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私の仕事は毎月月末が忙しい。各種書類の提出期限が重なるからなのだが、理屈から言えば「もっと早めに書類作成をすればいいじゃないか?」となるが、そのように上手に行けば同じ事を10年も20年も繰り返す訳が無い。同じ仕事でも昔は楽だった。なので友人達と釣りに行ったり海外旅行に行ったりで、小さかった長男から「お父さんはいつ働いているの?」なんて本気で言われたものである。景気の良かった頃は、それだけ仕事を分担してくれる「人」が大勢したので楽ができたと言う事なのである。その後「規制」が厳しくなり、景気も悪化・・・。「出来る事は自分でやれ!」と言う世の中になってしまったのである。つまり、今までは会社のOLさん達がやってくれた仕事の数々を自分でやらなければならなくなlったと言う事だ。今までは会社が作成してくれた書類を使って得た「契約」や「現金・小切手」をそのまま会社の受付担当者に渡してくればそれで完了だった。しかし今は切手・メール便などのの送料から電話代、さらには「書類の作成」まですべて当方の負担だし、自分ですべてを行わなければならない。最悪なのは「集めて来た契約にかかわるお金」を直ぐに「送金」しなければならない規則が誕生し、この銀行で過ごす時間的ロスが昼間の仕事の大きな損害になっているのだ。・・・と言うのは扱う金額が多い場合、先方から預かるのは「小切手」と言う事になるが、当然ATMから送金する事ができない。つまり午後3時までに「窓口」に並んで入金し、数日後に現金化されてから再び送金手続きをしなければならないのだ・・・。なので昼間は「雑用」が50%・仕事が50%。当然効率が悪く、収益にも影響が出る。さらに「書類作成」は各社のオンラインで作るのだが、20時位までは「電話対応」と処理に追われてまともにデスクワークするなんて不可能なのだ。・・・で午前0時を過ぎてからデスクワークが始まるのだが、扱い件数が多い月末は書類作成に6時間以上を要する。昨日も気付いたら朝の8時になっていた。それから風呂に入り、朝ご飯を家族と一緒に食べたらそのまま自然に「今日が始まっていた」と言う日々なのである。29日は徹夜が連日して3日目。もちろん土曜、日曜なんて関係ない。これが毎日と言うか、一週間休みなく続く。そして唯一の楽しみは2時頃に食べる「昼飯」になる。もちろん出先での昼食なので「マイブーム」の基準でお店を選んでいる。それが「中華丼」だったり、「丼物」だったり、行く先々で「これは?」と思う店に入るが、実際は「はずれ」の方が多い。・・・で、今のブームは「チャーシュー麺」だ。お店の名前は「ほくしん」で、これは「がんこチャーシュー麺」900円(外税)。トロトロの厚切りチャーシューが9枚も乗っている。この「チャーシュー」は箸で挟むと「トロリ」と切れてしまう柔らかさ・・・。確かにこの量は半端ないが、場所柄?他の客は「大盛り」+「餃子」+「半ライス」と言う頼み方をしている。そのお店の「場所」を地元の言い方で言うと、江戸川区を走る「環7」松本連続陸橋の「葛西」寄り・・・。昼時は混雑して入れないが2時過ぎならば比較的にゆっくりできると言う訳だ。ただし、私の場合「体調が悪いと」チャーシューの残り4枚くらいが辛くなる。それでもコレを注文してしまう自分が情けない・・・。3人位で食べに行くなら一人がこれをオーダーし、残り2名は普通のラーメンを頼んでチャーシューを3人でシェアすると丁度良いのかもしれない。ストレス発散がコレでは、またまた太ってしまうなあ・・・。
2010.12.29
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雪の中で閉じ込められる恐怖。昨日、福島県の国道で大雪によるスリップ渋滞中の車が路上で動けなくなり、車内に一晩中閉じ込められる事態が発生した。実を言うと、多かれ少なかれこのような事件は「寒波」とともにどこかで発生しているのだ。規模が小さかったりマスコミが知らなかっただけで、意外と体験者も多い。地元の運転手は、その時点で雪の状態と車の動き具合から「その場」を避けて事前にUターンしたりしている。ところが目的地に向かって淡々と進んでいて渋滞に遭遇した場合、「なぜ渋滞しているのか?」が解からず、仕方なくその場で停車状態が続く。私達のように都心部に住む人間は雪が降ると最初は「なんとなくウキウキして」そのまま5cm位降り続くと、「明日電車動くかな?」みたいな感じだ。それが「雪」のイメージで、スキーに行く時は除雪された「高速道路」を通り、比較的にアクセス良く現地に着いてしまうパターンが多い。ところが問題のような「一般道の降雪渋滞」に強制的に巻き込まれる事もある。大寒波の到来とともに、想像もできない「量」の雪が降ると高速道路は簡単に閉鎖されてしまうのである。・・・で、「一般道へ誘導」と言うが、実際は強制的に高速道路を下されるだけで「道路」の状態は高速道路よりも悪くなる。「除雪できない部分」も所々にあるし、民家や商店、路上駐車や歩行者もいる。高速道路の場合は「建物構築物」などが無いので、雪道に対する神経の使い方はどちらかと言うと車の前後に注意して走行すれば良いのだが・・・。「一般道路」となると、普通は高速道路と並走する「国道」を走行する事になる。地方の「国道」は、「県道」や「市道」並みの場所があったり突然広い2車線のバイパスがあったりして、さらに複雑な道路も存在する。実体験で言うとこんな感じだ。「乗用車」だけが走行するのならば、まだ良いのだが「大型車」の間に挟まれて走行していると、前がふさがれて信号も見えないしその先の道路状態も把握できなかったりする。そのような状態が続きながら市街を通過すると、必ず「峠」が登場する。このような「大雪」の場合「登坂車線」は積雪で走行する事は出来ず、電車の線路のように残された道に「繋がったまま渋滞」しながらノロノロと進む。雪は相変わらず降り続き、パシャパシャと車に当たる音と共に車に積り始める。後部窓や左右の窓の視界も段々と狭まってくる。熱で溶けていたボンネットにも積り始めると、最後はワイパーで払われたフロントウインドウ部分しか見えなくなる。さらに「寒冷地仕様」では無い普通のワイパーモーターでは、雪の重みに耐えられずワイパー下の部分に雪が固まり始めてワイパーが一番下まで戻らなくなってくる。ここまではまだ笑っていられるが・・・。そしてとうとう渋滞は「停止」する。周りはエンジンの音と雪と風の音。暖房の効きも悪くなり段々と冷えてくるので、暖房を強くする。外気導入のダクトが雪でふさがれたのか?ウインドウの内側が曇り始める。ここからが「恐怖の始まり」なのだ。外は吹雪が続き様子が全く解からない。しかも「なぜ進まないのか?」原因が解からないのでUターンするべきか判断もできない。次第に外は暗くなり始めるし、スタッドレスタイヤではもう踏破できる道路状態では無い。まだ明るい内に外に出てこの渋滞のまま路上でチェーンを巻くか?しかし渋滞が解消して動き出したら自分の車が後続車の走行を妨害してしまう事になるので即座に判断ができない。お腹もすいてくるし、トイレにも行きたい。同乗者が家族だけならまだ良いが、会社の同僚などで男女混在しているともっと大変だった。さらに切実なのが、ガソリン残量だ。山の中なので携帯も繋がらないし・・・。大型トラックならば大量の軽油を積んでいるし、エンジンをかけて停車したままでその場所で待機(宿泊・生活)できる機能もある。しかし狭い乗用車の車内ではそのような訳にはいかない。ただひたすら「恐怖に耐えて待つ」しかないのである。こんな体験を過去2回経験した。いずれも道路公団の「レッカー車」や「大型除雪車」が良い具合に通路を造り、チェーンを付けて動ける車から順番に誘導されながら渋滞を脱出したそれでも3時間~5時間動けなかった。こんな経験から「雪国」に行く際は車内に「長靴」「ポンチョ」「帽子」「携帯トイレ」「食糧・飲料」を用意し、トランクを開けると積載荷物の上には雪避けのビニールシートをかけ、その上に「チェーン・スコップ・牽引ロープ・懐中電灯・ロングゴム手袋」「細いロープ」を用意しておく。このポンチョを着てベルト代わりに細紐でウエストを縛る。紐は強風でポンチョがばたつくのを押さえるし、フード下に被る帽子のつばが雪を避けてくれる。このスタイルが雪中作業では一番動きやすい。スキー場でリフト乗り場にいる「係のおじさん」スタイルそのものだが・・・。ただし、「軍手」や「スキー用手袋」は役に立たないので「起毛で厚手のゴム手袋」が良い。さらに車内足元には不要になったバスタオルを敷いておく。これは外に出て長靴についた雪が車内の温度で解けて濡れるのを防ぐためだ。そしてガソリンタンクは常に「満タン」を心得る。こんな準備をしてまでもやっぱり今年の2月には長野の山奥に行かなければならない。大げさだけれど、「恐怖を知った人間」がスキーに行くだけだなのだが・・・。やはり用心はしておいた方がいいのですな。
2010.12.27
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昨日のお話し、「日本人の苦手な英会話」のテーマで、今日知人の奥様から連絡があった。「子供に英語を好きにさせるのはどうすればいいの?」って事だが、このように真剣に悩む事自体が英語への「壁」を感じている証拠なのだ。アメリカに行けば犬だって英語で指示する人間の言葉を理解する。つまり一番重要なのは、子供に対して「親」がどこまで頑張れるか?だ。それも子供と接触時間の長い「母親」の努力に尽きる。受験だって「オヤジ」は傍観者であって余計な事に口を挟むべきではない。さて、子供が2歳位になり「そろそろ言葉を話そうになる頃」って実はもう言葉に反応している事に気付くと思う。つまり子供はしゃべる事ができなくても親が「名前を呼べば」子供は振り向く。それは親の言葉に「意味」を感じているからであり、しゃべる事よりも耳の方が先に成長している証拠になる。つまりこの時期から「英語」が子供の耳に入るようになると、子供は「親の言葉」と別に「英語」の発音も同時に耳に入るようになるようだ。専門家は「子供の頭が混乱する」と言う方もいるが、子供の脳は未知数であり大人が考えるストレスなんて思わないようなのだ。なので、子供が「ハイハイ」するようになったら、親の言葉以外で子供の耳に入る音は「英語」で徹底すればいい。例えば親も子供の前ではTVを見ない。観るのは英語バージョンの子供の映像をTVから流す。昔の「セサミストリート」や「ディズニー映画」「スヌーピー」、イギリスの「機関車トーマス」など英語バージョンのDVDを多くを用意して子供に毎日見せ続ける。その中でも子供が興味を持った「お気に入り」があったらそれを毎日見せる。さらに、遊ばせる幼児玩具は絵をスライドさせると単語が読み上げられるような機械とセットになった知育玩具などを使う。幼稚園に行く前までコレを毎日続ければ、基本的な聞く耳が育った「英語脳」が造られる。実は副産物として子供と同時に母親の英語力もUPする。昼の「ワイドショー」や「昼ドラ」を我慢し、毎日同じ「DVD」に耐える事に母親が3~4年程ガマンできればOK。後は幼児向けの英会話スクールにでも預ければいい。さらに子供が小学生になっても映画等の「DVD」は英語バージョンのままで子供に見せ続ける。高い金を払い「アメリカンスクール」に通わせる必要もないだろう。母親の覚悟と根性があるならばトライする意味はある。ちなみに、来年以降の「就職活動」については「英語力」がキーポイントである。今まで「英語」を重視していなかった企業も社員の「英語力強化」を打ち出している。ただし残念な事実も存在する。私の友人で外務省に勤め、語学堪能な人がいる。そのお嬢さんはアメリカに4年間留学し、英語はパーフェクトだったにも関わらず、今年の「就職活動」は惨敗だった。それは、事前の「足切り」である。つまり「英語力」を証明する「物」つまり「TOEIC」の高得点結果が無かったのがミスだったのと、先ずは企業側の「大卒ありき」募集だったのだ。さらに内密な話になると「大学別足切り」も存在する。有名大学卒の優秀な女子学生が溢れかえっている今の日本において「高卒」や「専門学校卒」の肩書きのみでは、大手会社における採用では事実上「募集範囲外」に該当してしまうので、選考の土俵にも立てないと言う事実があるのだ。ただし、そのお嬢さんは絶対に会社の戦力になる事は解かるので、その「特技をどのように企業へアプローチできるか?」作戦が必要だと申し上げたのだが・・・。もう一度「短大」に行くべきか・・・。今年も大手企業が外国人学生の採用を増やしている現状を、学生がもっと早く真剣に気付かなければいけなかったのかもしれない。だから、無駄な勉強より「語学」は小さい頃からストレスなくさせておいた方がいいだろう。ちなみに我家の長男は今大学4年生だが、小さい頃からオヤジと一緒に「ひょうきん族」のDVDやオバカ「バラエティー」のTVばかりを見て大笑いして育ったからか?英語力は0だ。とりあえず就職は大手損害保険会社に決まったが、10月に「TOEIC」を受けさせられたようなのだ。つまり慌てて気付いた企業側が、学生の「英語力」を知りたがり、内定者の中から有能な学生を探していると言う事を示している。要するに、これから「実戦配備」の即戦力を目的としているようで、とりあえず「内定取り消し」にはならないのだが、将来の出世には影響があるかもしれない。親からしてみればやはり「失敗した」と思っているのだ・・・。
2010.12.20
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エンポリオ・アルマーニの革ジャンがイタリアから到着しました! ショップの写真よりグレーに近い感じの色でした。サイズは「52」でジャストフィット。いつもイタリアで購入する52サイズは毎回袖が長すぎだった。だから可能なウェアならば毎回「リメイク」をしなければならなかったのだ。なので、今回の袖口は「ニット編み」なので、そんなに簡単にリメイクできるものではないと心配であった。しかし、到着してみると袖の末端部分の「革口」部分までが私の袖の丈にピッタリなので、袖口から先のニット部分は手首で閉まり、袖の長さは無事に解消されている。さらにこの「ニット部分」は、「革」部分とのコンビネーションで伸縮性を生かしており、革ジャンなのに「ニット」を羽織っているような着やすさがある。ライダースタイプの堅苦しい革ジャンにも拘らず、このニットを加えることで得た外観イメージはとてもエレガントである。さらに締める部分は厚い革なので、オヤジが着た場合でも「締める部分は締めている」のでシルエットがとても綺麗である。もちろんニットの内側には、防寒の為に風が通らないように対処がされているので風が通る心配も無い。。ただし難点は「革」部分が結構厚手で頑丈なので、沢山着こんで「慣らし」をし、年月をかけて育ててあげないとならないだろう。見た目よりも実際は「重さ」があるが、着てみるとそんな感じは解消される。ニット部分が多いとはいえ、見た目よりストレッチ感は強くないが、体への自然なフィット感は肩まわりの動きやすさ、つまり脇の下から先端手首まで続くニットの柔らかさが腕の動きを楽にしているからだと思う。デザインと言い、実用性と言い、やっぱり「アルマーニ」は凄いと思う。購入の決心をして良かった。ただし、奥さまに見つかるといけないので当分は表だって着れないが・・・。さて、話は変わるが日本人は特に英語が苦手な民族だと思う。アメリカの影響を受ける世界中で一番の「英語下手」は、戦後日本を統治した「GHQ」が日本人の「識字率」がほぼ100%なのに驚き、「こんな優秀な頭の国民に自由に英語を操らせてしまったら将来のアメリカにとって脅威になる」とのことで、実際に役立たない英語教育を薦めた?みたいな事が言われている。(本当かどうかは定かではない)しかし、中学生から大学まで続けて「なんと無駄な授業だったのか?」と思う。私の場合、高校卒業後に合格していた大学入学を放棄し家出同然でハワイに住んでいた伯父を訪ねホノルルで居候をしていた。そこで伯父の友人で「ある人物」から怒られた事が私の運命を変えた。それは「筑紫哲也」さんである。当時は朝日新聞の解説委員をしておりニュースキャスターなんかになる前の事だった。氏の英語の発音は高校を出たばかりの私と同じような「ジャパニーズイングリッシュ」であり、効いた感じでは「流暢」とは思えなかったのである。ところが、氏はどんなに早くアメリカ人がスピーチしても簡単に問答し、難しい単語も出して答えていた。ランチの席で私が「そんな事を疑問に思っていた」事を知った氏は、私に言った。「上手にしゃべろうなんて思ったって無理だよ、日本人なんだもの。それより相手が何としゃべっているか理解するようにすれば良い。そしてセンテンスや言い回しを真似すれば良い。それだけで十分なんだ」と教えてくれた。浪人中の私は帰国し、東京「四谷」の語学専門学校に入学した。クラスは「一般」のビジネス会話を目指すメンバー。つまり「スッチ-」つまりフライトアテンダントを目指す若い女性しかいないクラスだった。クラスで「恥ずかしい思いをしたくない」ので、一生懸命アメリカ人の先生について行ったものだ。そしてその先生の助言で翌年春に大学受験し飯田橋にある大学に入学。以後7年間その大学に在籍し海外放浪を続けた結果、今でも続く海外の親友がたくさんいる。もちろん氏=師の教え通り、私の発音は良くない。ただし「聞く耳」は育っていた。それは衰える事は無い。しゃべろうとすると「単語」を忘れている事はあるが、聞く耳は生きている。なぜ、いきなりそんな事に気付いたかと言うと、それはあの携帯電話のCM「木村カエラ」の新曲にある。あのCMを聞いて歌詞のスペルは自然と頭に入って来て特に驚く事も無かった。ところが、家内が「なんて言ってるの」最後の「No menは解かるから、男はいらないって言ってるの?」と信じられない解釈をしていた。大学4年の長男すら「最後のSnow menは解かるけれど単語の意味が解からない」・・・と。呆れる有様だった。何の難しい単語を歌っているのではない。「単語を書いて並べる」事をすればだいたいの方が理解できるような簡単な意味だ。ここに「日本の英語教育」の問題がある事に気付いたのである。頭の中で「英語を訳そう」と思うから「頭が付いて行かない」のであり、英語のセンテンスそのものが頭に入れば「訳す必要は無い」のだ。だから英語に強くなりたかったら「英語」を沢山聞けばいいのだ。簡単な方法は映画の「字幕に頼らず」役者の短い台詞をどんどん真似するのだ。ただし、「字幕=英語の意味」だと思い、正しい訳だと思ってはいけない。日本人の解かりやすい「言い回し」に置き替えている事が多いからだ。つまり「意味=訳」の参考にすればいいのである。私の場合「ラストサムライ」のDVDを英語バージョン観るのが面白かった。日本語のセリフを英語でしゃべる様子が面白かったからだが、英語の授業なんてこんな感じが一番望ましいのではないだろうか?中学生からこんな授業が6年以上続けば、楽しく英語を学んで「政治家や官僚」にも多くの国際人が生まれ、日本の外交戦略も変わって行ったたんだろうなあ?・・・と思うのですな。
2010.12.19
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「東京ディズニーランド」がある「浦安」近辺は昔から漁師町だった。私の小さい頃は、現在の「船橋ららぽーと」あたりは「三番瀬(サンバンゼ)」と呼ぶ遠浅の砂浜だった。箱根芦ノ湖の遊覧船である「海賊船」は、「ららぽーと」が出来る前に存在した「船橋ヘルスセンター」の桟橋から出る「東京湾遊覧船」だった。なので、私の場合同じ船で「東京湾」と「芦ノ湖」を遊覧した事がある貴重な年代でもあるのだが、その「船橋ヘルスセンター」とは今で言う「大型温泉アミューズメントセンター」みたいな施設で夏場の海水プールは東京湾の海水を引き込んだプールだった。今の衛生基準では信じられないが、プールの人工波打ち際の足元などは「緑色のコケ」が付着しており、ツルツル滑って客があちらこちらで転倒していた。・・・でここのプールの目玉が「大滝滑り」と言うプールに併設された「スライダー」と言うより5~6名が同時に並んで滑り落ちる「滑り台」だった。この施設の後半の頃の施設状態は、滑り台の命とも言える滑走面を潤滑する「水」が途絶える事が良くあった。しかも当時の水着の素材と言うか水着の生地はあまり良い物ではなく、クタクタの綿が多かったり、初期のナイロン素材もあったのかも知れないが、当時は子供だったので正しい記憶ではないが。なぜか弱かった。ただし、今でも覚えている事がこの「潤滑水」が途中で途絶えた時の「スラーダーの悲劇」である。かなり高い処から加速が付いたコースの途中で「潤滑物質」が所々で切れた状態を想像していただきたい。そのコースを何とか滑り降りて着水した「滑走者」の水着のお尻のホッペには「生尻」が丸るく目玉のように現れ、それを見ていて大笑いだった。しかも「お尻丸出し」の本人だけが気付いていない事が多く、当時「悪ガキ小学生」の私達はその壊れたコースの傍で「滑稽な様子」をずっと見ていた覚えがある。パンツに穴が開くだけでなく、パンツの中が水で膨らみ男女問わず悲惨な光景も見られた物である。そんな記憶の中でも最悪?おもしろかったのが、止めればいいのに太って禿げたオヤジが勢いよく滑り落ちた結果、摩擦でズタズタになった海水パンツはターザンの腰巻のようになり、最終着水地点に着くと、パンツの両サイドだけの「布」が残り、「どうだ!これでもか!」と言わんばかりに主張された「跨間とお尻」だけが丸出しになった場面を見かけたものである。腹を抱えて笑うなんてものではない。「大滝滑り」の滑走(出発)地点には、最終地点で「悲惨な状態になる事」が解からない連中が列を作って並んでいる様子を遥か下から見ている様子も可笑しかったのである。当然だが「女性のお尻」も被害が出ていた。気付くと私の脇には「スケベそうなオヤジ」がそれとなく集まっていたのも思い出す。・・・でこのあたりには「ザウス」と言う世界最大の屋内スキー場があった事もあり、当然だが年間パスポートを購入しオールシーズンスキーを楽しんだものだ。当時は気温30度を超える夏の街中を「スキーの板」を屋根に積んだ車が、無数に走っていた。また、夏場に真冬の室内は最高の「避暑」であり最高の贅沢だと思っていた。昔に戻ると、この近辺の遠足は100%「潮干狩り」だった。それこそ、東京湾沿岸部の砂浜はどこを掘っても「アサリ・ハマグリ・赤貝」がザクザク獲れた時代で、漁師の多くはこの漁で生計を立てている人も多かった。そんなアサリに付加価値を付けて人気になった商品が「佃煮」などで、沢山の種類があったが今でも残っているのが「焼きアサリと焼きハマグリ」である。その老舗の一つが浦安の「さつまや」で、今でも「昔漁師のおかみさん?」だろう「お婆さん達」が伝統を守っている。 これは29本入りのパックで約1,000円。独特の甘い醤油タレで絡めた少し焦げたアサリの香ばしさが最高に旨い。 これは店内の様子だが「お婆ちゃん」達が蒸された剥き身のアサリを串刺しにしている風景だ。しかもただ串刺しにしている訳ではない。爪楊枝の半分以下の細い「専用竹串」に3粒のアサリを刺すのだが、これにも法則がある。手元に小さいアサリ粒、まん中は中サイズ、先端は大粒アサリという法則があるのだ。これは焼くときに「抜け落ちないように」の工夫らしいが・・・。とにかく手元なんか見ていない。握った感覚で仕分けし、次々と刺していく。・・・で、そのアサリをサッとタレにくぐらせ一本ずつ手で焼き上げる。とにかく手間がかかる商品なのだ。手間がかかるから美味しいのかもしれないが・・・。よくある物産展で販売されている高い「焼きアサリ」と呼ばれる真空パックされた「煮アサリ」とは、根本的に異なる別物でこれこそ本物の「焼きアサリ」なのだ。この「さつまや」の商品は「焼きアサリ」と「焼きハマグリ」そして「しぐれ」と呼ばれる佃煮の3種類だけである。ハマグリは歯ごたえ抜群で噛んでいると旨みが口に広がる感じだが、個人的にはアサリの方が柔らかくて好きだ。地方発送をお願いするとなると「冷蔵宅配便」の送料の方が高くなるので、よほど大量にオーダーしないともったいないが・・・。
2010.12.18
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昨年購入して、ずっと奥様から隠し通していたレザージャケットは、昨日無事「お目通り」がかなった。 私がそれとなく帰宅した際に「着ていた」のに気付いた家内がチラリと横目で見てから・・・。やはり、家内は「そんなの前からあったっけ・・・。」と聞いてきた。私は慌てることなくしかもサラリと「そうとう前から着てるよ・・。」と普通に言いのけた。その言葉を信じたかどうか?は定かではない。しかし「奥様公認」になったので、今日も朝から堂々と着ている。今まで所有していた「革ジャン」とは異なり、とても温かった。ユニクロのヒートテックをアンダーに着てからワイシャツを着る。そしてこれを着てバイクに乗っても寒くなかった。バイクの外気温計の数字は8度を示していたがこれなら都内近郊のチョイ乗りには十分だろう。若い頃は「革ジャンは根性で寒さに耐えるウエア」と考えていた事もあったが、インナーの防寒対策の無い「街着のレザージャケット」はそれ程寒い物だった。ただし、このフカフカ毛皮でもデザイン的に「襟」まではチャックが回らないスタイルなので「襟」を立てて首を守る事ができない。これが、ライダー用ならば「襟」にベルトなどが付いて首を守る構造だったりする。したがってバイクに乗るなら「首」にはマフラー等の防寒が必要になる。逆に言うと、都内近郊に遊びに行くならバイクだけでなく電車で出かけるにしても「薄着」でマフラー持参ならば厳冬期でもこれ1着あれば事が済むと言う事だ。「脱げば薄着」は暖かいデパート巡りでも、レストランにても楽である。そのような意味で言うと、もちろん「ダウンジャケット」ならば同じようにと言うか、もっと暖かいだろうが、ファッション性を考えると近年の街着傾向から「皆と同じ」では嫌なのである。実を言うと昨年までは「モンクレール」を買おうか悩んだ事もある。しかし「モンクレール」の高級ダウンジャケットを着ても「ユニクロのダウンジャケット」を着ていても、知らない人から見れば同じダウンジャケットに変わりない。当然「着方」の組み合わせも変わりない。女性用のダウンジャケットやコートのデザイン種類の多さに比べて、メンズのダウンジャケットはどう見ても「アウトドアウエア」の域を出ていないのが残念なのだ。・・・で、出かけるならば「ダウンジャケット着て行けばいいや」みたいに完全な「冬着」にしてしまうと、ファッションの広がりが小さくなる事に気付いたから、今年は「脱ダウンジャケット」に決めたと言う事である。しかし、一昨年購入した「ディーゼル・ブラックゴールド」の「膝丈ロングダウンコート」はダウンジャケットとは別物として分類して着ているが・・・。 先日紹介した「ランチコート」や「アニエスb」のレザージャケットは10年・20年と着続けているが、ダウンジャケットは良くても5年が限度だろう?だから同じ価格?ちょっと高くても買うならば、「レザー物」の方が結果的には安い買い物になると思うのである。最近は「人工皮革」つまり「PUレザー」と言う安い素材もあるが、アレは石油製品なので油断して数年放置すると酸化して溶けてくる。表面がペタペタとノリのようになってくるのだ。だから、購入する場合はその辺を考えないと「色落ち」や「ビニール」みたいに劣化する事を頭に入れておかなければならない。「革」の場合は「カビ」などの手入れが心配で買わないと言う人も多いようだが、乾燥した場所に保管するのが基本で、「住人の生活環境の空気」の環境に置いておけばちゃんと生きていてくれるモノだ。空気が澱んだ「押し入れの奥」に人が住めないのと同じ・・・。・・・なので、私の場合「レザー専用クローゼット」には昔から扉を付けていない。よくある紙製の「消臭カビ避け衣類カバー」だけで十分なのである。ただし、洗濯屋さんから戻ってくるビニールカバーだけは要注意だ。レザーで無くても「蒸れて」カビの原因となる事が多い。さて、余計な話ばかりしてしまったが、数日で新しい「革ジャン」がイタリアから届く。奥様の目をそらす意味で「フォルナリーナ」のブーツをクリスマスプレゼントとして追加オーダーしておいた。しかもイタリアのショップからサイズの合う物をピックアップして印刷。・・・で「どれが良いの?」と選ばせた。最終的にはこれを差し上げて?私の「革ジャン」を誤魔化す事にした。「君へのプレゼントと同じくらいの金額だったから・・・」と言うつもりだ。本当は家内のブーツのジャスト10倍の価格なのだが、知るのは私と長男だけである。
2010.12.16
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この時期は結構つらい時期でもある。それは、「年賀状辞退」の喪中葉書きが届くからだ。若い頃は「祖父母」や「ご両親」の喪中理由が殆どだったが、50歳を過ぎると同年代の方が亡くなってショックを受けるのである。我家もそうであるが、葬儀を「家族葬」や「葬儀規模縮小」とする家庭も多く、一般に知らせない事も増えて来た。その為、「その事実」に気付くのがこの頃に集中すると言う事だ。ただし、知らされた以上「知らん振り」はできないので、「御花代」「御香資」名目で届ける事が多い。しかし同年代の訃報はつらい・・・。残された奥様の顔を見るのもつらいし、主婦を失い見るからに部屋の片付けが滞っている感じが痛々しい。「男やもめ」とはよく言うが、オヤジ一人が残されても気の毒である。50代と言う年齢は数年後に定年を迎える年代だし、子供達も独立した生活があるので「残されたオヤジがとりあえず元気ならばそれで良し」なんだろう。まあ、「万一の場合の事」は考えておかなければ年代になってきたという事か?さて、話は大きく変わるが今日雑誌「LEON」にて、イタリアにて「ランチコート」が復活してきたと言う特集が掲載されていた。ただし、「ランチコート」とと言うものをご存じないと思います。元々はアメリカのカウボーイの「防寒コート」で、当然素材は「シ-プスキン」の1頭使いになる。重くてまさに労働者のコートだった。しかし、年代と共に「アメカジ」の定番となって流行した時代も過去にあったのである。・・・で、先日からの続きにもなるが、私も「革物」大好き人間なので一応は所有している。ただし、これはイタリア物になる。素材の革はスペイン製で、縫製とデザインはイタリアと言う事になる。USA物と異なるポイントは「シルエットが細い」と言う点だ。USA物は、どちらかと言うと一目で解かる「シープスキン」(ベージュカラーに白の毛皮)が定番で、ゆったりとしたシルエットだった。なので、このように「暗く重いカラー」はヨーロッパ物に多いと言う特徴もある。このコートは20年物になる。しかし、この20年間で着たのは10回くらいだろうか?・・・と言うのは、「着方」の組み合わせを間違えると「田舎の成金オヤジ」になる恐れがあるからだ。なので、簡素で崩した装いにコレをプラスした方が似合うのだ。つまり「フェイクファー」風に見せた方が良いような気がしていた。そんな「ランチコート」の新しい着方の提言として「綺麗目コーデ」が特集されていた。・・・と言う事なのである。さて、もっと寒くなったら着れるように「直し」をいれないといけませんね。ボタンが合計7個あるのだが、すべてが綻んで緩んでいる。・・・なので、「革修理専門店」のお店に持ち込み「ボタンの縫い直し」をお願いする事になるのだろうか?「革」が分厚いので、普通の縫製方法でボタンを取り付けるのは不可能なのだ。もう一つついでにご報告。あの悩みに悩んだ「エンポリオ・アルマーニ」の「ニットとレザーのコンビジャケット」を本日イタリアのショップにオーダーを入れてしまいました。 これはショップでのイメージ写真です。もし、家内から文句を言われたら・・・。『今年、一生懸命頑張った?「自分へのクリスマスプレゼント」にいたしました。』と言う事にいたします。それと、イタリアへのオーダーついでではありませんが、友人から新築祝いとして「WAKO」の「金の置時計」をいただき、そのお返しをしていなかった事を思い出し「ブーツ」をプレゼントする事にしたのです。気付いた理由は、先日銀座の「WAKO」前を歩いていたら正面のショーウインドウに同じ物が展示してあり、その金額に驚いた事からです。彼は、整形医療に没頭し「お洒落に疎い」事から、奥さまにも協力いただいて、毎年彼に似合うファッションコーデを考えてプレゼントしてきた経緯もありましたので、今回は悩んだ挙句「ブーツ」にしたと言う事です。聞くとブーツを「履いた事が無い」と言うので、ジーンズにもチノパンでも似合うようなショートブーツを選択しました。・・・で、大変な事に「家内」へのプレゼントは考えていなかった!どうしましょうか?今、このブログを書いてて気付きました。
2010.12.14
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昨日公言したレザージャケットをクローゼットの奥から引っ張り出してきた。 しかし、今日は異常に暖かくこれを着るには至らなかった。しかも明日の月曜日は雨だと言う。なので、またクローゼットに仕舞う事になるかもしれない。このジャケットを出したついでに、何点か引っ張りだしておいた。保有する革製のジャケットはすべてイタリア製なのだが、一つだけフレンチメイドがある。それが「アニエスb」のレザージャケットになる。Wライダースジャケットで前がジップではなく「ボタン留め」と言うのが珍しい。完全にバイクを乗る為の「ライダー用」では無い事を表している。つまりデザイン優先と言う事である。 このジャケットはかなり古いので、経年劣化つまり味が出ており凄くカッコイイと思っている。昨年専門店で「丸洗い」をしてリペアしていただいたので、ブラックの色が復活している。この「アニエスb」の凄いところは、この「ナポレオンジャケット」のようなボタン留めスタイルをブランドの「定番」にして、今でも全くデザイン変更が無い。この同じデザインのままの素材違いで「綿」「ナイロン」「ニット」などの異素材の新型?は出している。なので、素材違いとは言えこのジャケットを着ているだけで、知っている人は一目で「アニエスb」だと解かるのである。しかし、イタリアンデザインは「今季モノ」と言うか季節のニューデザインを求め毎年微妙なデザイン違いで売り出されるのである。なので、一度はまると毎年欲しくなってしまうのである。革ジャンなんて冷静に考えれば「ブラック」と「ブラウン」の2色あれば殆どのファッション構築ができるものだ。だから賢い方はとことん着こんで「自分のモノ」にしているのだ。賢くない私の場合は、着こんだレザーはこの「アニエスb」しかない。つまり他のレザージャケットは自分なりの「着こなし」が出来ていないのである。「宝の持ち腐れ」とはよく言ったモノである。 「リプレイ」のM65タイプ。 「ウールリッチ・ウオーレンミルズ」のM65タイプ。 「エンポリオ・アルマーニ」のシープスキンジャケット。これは軽いし暖かいが見た目よりも丈が短く着かたが難しい。 「プログレッシブ・エクスペリエンス」の非売品。実際にあるパンクロックグループのコンサートで使われたモノなので、私が着ると太めの「レイザーラモンHG」みたいになってしまう程「ハード」なスタイルだ。 このようなジャケットは年に1回着るかどうか分らない・・・。しかし昨日紹介した、買おうかどうか?深く悩んでいる「E・アルマーニ」のレザーとニットのコンビデザインジャケットは、これら写真のレザーよりは着る機会が多くなりそうなのである。だから迷っている。クローゼットの奥にはさらに多くのレザージャケット達が「たまには着てくれ」と言わんばかり揺れていた。とりあえず見なかった事にして、上記のレザージャケットを再度クローゼットの奥の方へ収納した。さてと、一昨年に付き合いで入らされた「生命保険」を一本解約するか・・・。それならば買えそうだが・・・。
2010.12.12
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これは数年前に購入した「E・アルマーニ」のディアスキンレザージャケットです。このジャケットの裏はとても手の込んだ造りになっており、国内にも数着しか存在しないレアモノになります。 ・・・で今回購入するか悩んでいるジャケットがコレです。・・・やはり「後ろ姿」が凝っている。欲しい・・・。買うべきか?イタリアのショップには最後の1着が残っているのみ・・・。しかも私の「サイズ52」おそらく「ピチピチ」サイズの「袖が長い」スタイルにはなるが、ニット使いが巧みでレザーとこの組み合わせがなんとも言えないデザインである。実は一週間悩んでいるのだが、どうしても結論が出せないでいる。いつもなら「エイッ!」とクリックしてオーダーするのであるが・・・。先ず第一に「先月から金を使い過ぎている」事。次に節約生活を提唱している私自らが「無駄使い」をして、「奥様に見つかると怒られる」事。普通の人なら「無駄使い」にはならないのだろうが、私の場合「収集癖」があるので、そこを突かれると良い訳ができないのである。何しろ似たようなレザージャケットはクローゼットに9着もある。今でもすべてのジャケットを堂々と着る事ができないでいる。つまり昨年購入して「奥様に見つかっていないモノ」がある。 昨年ショップに掲載されたこのスタイルにのぼせて楽天のショップで衝動買いしてしまった、二種類のレザーを組み合わせたフライトジャケットだ。一年間クローゼットに「氷漬け」してあり、4月の転居の際は「他の見られたくないモノ」と一緒に車のトランクに隠して、そっと新居に持ち込んだ。他の保有するレザージャケットは「ライダースタイプ」が多く、見た目の違いは「色」ぐらいしか解からないので、奥さまから「それいつ買ったのよ!」と言われても「昔買って、ずっと着て無かったヤツだよ・・・」と誤魔化していた。しかしこの「ブログデン」のジャケットはシープスキンの白いボアが目立ち、「前からありましたよ」とは言えないのである。だから未だに表に出ていない。明日あたり、引っ張りだしたいと思うのだが・・・。だから今回このアルマーニのニット使いのレザーを新たに買っても「お披露目」は間違い無く来年になるだろう?このボアジャケットは本当にそろそろ着たいのだが、明日にしてもどうやってクローゼットから出すか、タイミングが難しい。温かいし、カッコイイし・・・。しかし一年前に購入したジャケットなのに公開できない悩み。なので、また購入しても今年は着れそうもないけど「欲しいジャケット」を買いたい悩み。いずれにしても明日決めようか?一晩考えてみる事にします。
2010.12.11
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「はやぶさ」と聞くとあの小惑星探査衛星を思い浮かべる方が多いと思いますが、私の場合はさらに二つ程思い浮かんでしまうのです。一つは世界最速と言われる日本の輸出用オートバイの「隼」欧州のサーキットで、市販されているスーパーカーは本当に時速300kmを出せるのか?なんて調べた雑誌がありまして、フェラーリやらポルシェやらが300kmを出せずに四苦八苦しているところ、スタッフが偶然「足」として乗ってきた「隼」をサーキットに乗せて走らせてみると軽く時速300kmを出せてしまう・・・。なんてモンスターバイクなんですが、実を言うと街乗りとして女性でも扱えるイージーさも持ち合わせているのですな・・・。友人が持っていて何度か運転させていただいた事があるので、今でも憧れになります・・・。さて、次に思い出すのが太平洋戦争で海軍「ゼロ戦」のライバルだった陸軍戦闘機「隼」があります。・・・で、なんで太平洋戦争中の戦闘機が登場したかというと、夜のニュースでその戦闘機のパイロットが大勢生きていて「体験談」をTVで話しているのを観たからなのです。真珠湾攻撃から戦闘機で戦い、戦後まで生き延びて94歳。どうみても70代の爺様なのですが、その方が撃ち落とした「敵戦闘機が墜落して行く際の苦痛にゆがむパイロットの顔を今でも思い出して悪夢を見る」と言うのです。時速400km前後の速度ですれ違い、コクピットに乗る相手の顔まで解かると言う当時のパイロットの視力も凄いが、砲弾やミサイルが無差別に飛び交う今の戦争と異なり、なんとアナログな戦いなのかとつくづく感じました。実は私が20代の頃、パプアニューギニアのポートモレスビーや、ソロモン諸島のガダルカナル島ホニアラなんかに行った事があります。それこそ島の周囲は海山問わず、錆びた金属瓦礫の山々。戦車に砲塔、米軍の上陸用舟艇。ところが、戦闘機は日米関係無く当時のまま(墜落たまま)の姿で置いてありました。ゼロ戦もしかり、戦闘機はジュラルミンなどで出来ていたので、表面塗装の内側はそのままの状態で錆びる事がありませんでした。翼を打ち抜いた「銃弾の貫通した列」やめくれ上がった「破裂の痕跡」など凄い現場を見たのを覚えています。前置きが長くなりましたが、数年前に無くなった知人男性がおりまして、その方は当時の「隼」戦闘機に乗っていた有名「撃墜王」だった方でした。その方は、戦後現在の航空会社からのスカウトを断りキツイ築地市場での労働を選んで生涯を閉じました。あまり若い方は知りませんが、戦闘に参戦し「外地」(国外)で戦った方には「軍人恩給」が支払われているのです。自分の意思とは反しても「国の命令」で仕方無く戦闘に参加させられたのだから当然の権利だとは思います。ところが、その方はその「軍人恩給」を断り過酷な労働の収入のみで家族を養う生活を続けていたのです。そして、その方が90歳のころ偶然にその理由を聞きだす事ができたのです。理由は簡単で、「戦争とは言え、人殺しをしてしまった人間がご褒美のお金を貰うのはおかしいだろう?」と言うのです。そして「撃墜したアメリカ軍戦闘機に搭乗していた若いヤンキーの顔が忘れられない」と同じような事を言っていた。また戦闘中の事、アメリカ軍の戦闘機を攻撃しその火を吹いて落ちて行く戦闘機にとどめをさそうとしたところ、パイロットが手を合わせて「助けてくれ」みたいな仕草をしていたのが見えたので、攻撃を中止した。・・・と言っていた。ただし、その飛行機は空中で爆発して落ちてしまったそうである。よくあるような「戦争のワンシーン」かも知れないが正しく「殺し合い」だ。正常な頭だったらおかしくなって当然だろう?ところが今、アメリカ軍のアフガニスタンへ潜伏テロ組織への攻撃は「無人爆撃機」で攻撃している。操縦場所はラスベガスの近郊から・・・。若い女の子?一応兵隊だが、TV画面に映る街の様子や走行する車めがけて照準を合わせてミサイルのボタンを押す・・・。画面には爆発シーンが映し出されて、燃え残りやこっぱ微塵の残骸が残る。若い兵隊は「歓声を上げて大喜び」まるでゲームセンターだった。無人機が撃ち落とされたらそこで「ゲームオーバー」と言う事。画面から「ブブー」なんて音が出るとは思わないが、どうみても「実弾射撃ゲーム」に変わらない。つまり太平洋戦争当時のアナログな殺し合いにおける「精神的なダメージ」は一切起こらない事を目標にしているからでもあるのだが・・・。そこで、「私達日本人は関係ないよ・・・。」なんて思うかもしれないが、あなたもそのスイッチを押すメンバーになるかも知れないのですぞ・・・。つまり今の「裁判員裁判」の事。その裁判員に選ばれて、刑の判定を「死刑」を指示すれば目の前にる「犯罪者だろう被告」を殺す事になる訳で、これから判決後いつか「死刑」となり死んでいく人間の顔や様子を公判中は嫌でも見なければならないのです。TVや新聞では「裁判員裁判における死刑判決4例目・・・」なんて軽く流しているが、裁判員となって判決を下した裁判員の「心の負担」はさぞかし大きいのではないか?戦闘機で相手を撃墜した時の顔が65年以上忘れられないと言うならば、裁判員の方々も一生背負っていかなけれなならないのだろうなあ・・・。と思いませんか。それこそ軍人恩給みたいな「裁判員恩給」をあげなければならないんじゃないのかな?と感じたのでございます。
2010.12.08
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先程(午後3時)帰宅した際に、ソーラー発電の発電状況を室内モニターでチェックしてみました。太陽はだいぶ西に傾き、この時期はだいたい4時過ぎには遠くの高層ビルに隠れます。つまり、冬場で最も日照時間が短いこの時期は3時以降どんどん発電量が減っていく事になります。・・・で、午後3時現在の発電量は1.5KWと表示されていました。そして、数十分おきに0.1KW単位で下がっているのも確認できました。このまま続き、太陽が隠れると自動的に「発電システム」は停止し、東京電力の電源に切り替わります。つまり、ここからは「電気」を買う事になります。今日のチェックでは3時まで1.5KWの発電がありましたが、我家の場合平均して1KW前後しか電気を使用しないので、朝夕の最小発電量でも十分に足りている訳で実質的には太陽が昇っている間は常に「電気を売っている状態」と言う事になります。この時点では、「東京電力基本電気料」と「夜間割引電気料金」を負担する事となります。その合計金額から「余った電力」を東京電力に売った「売上」が引かれた金額が、来月の正式な電気料金負担分となるのですな・・・。良く勘違いされる方がいらっしゃいますが、「売った電気で利益を上げよう」というのは無理な話であって、上記の「電気料金負担分が安くなった分」=「設置費用」の式に近づけば理想であって、概算では月額3,000円前後の赤字が予想されます。ところが、来年1月に政府の補助金と市町村の補助金が一括で貰える(60万円)のでそのお金を設置ローン15年分を月割りにすると、4,166円になり、計算上では3,000円の赤字は解消されて、約1,100円の黒字となるのです。ただし、これらはすべて「お天気まかせ」なので「確定」ではないのですが、ソーラーシステム導入に対する「安心材料」ではあるのです。もし、赤字部分の電気料金を下げたかったら、今まで夜間に行っていた「洗濯機」「食洗機」「掃除機」などの使用を「昼間」にすれば良い訳で、夜間は「節電に努めれば」設置費用も含めて限りなく負担金額が0円に近づく事になります。なので、システム導入における高い購入費用の「元が取れるか?取れないか?」はシステム導入後の「家族全体のエコ意識によるもの」であって、長い目で見たら相対的には導入メリットの方があるのです。私の場合も、多くの方々から「もったいない」「設置費用が高すぎる」「直ぐに壊れたらどうするの」「屋根が劣化・耐久が下がる」と批判ばかり言われてしまいました。ただし、知人の学者に言わせれば「政府が推進して補助金を貰える今が買い時」だと言っている。また、ソーラーシステム自体は単純な構造なので「経年劣化を考えても15年間の大きな心配はないだろう?」と言っていた。それともう一つの心配は、のちに「安いソーラーシステム」が登場したり、大量生産による製造コストダウンから今現在よりも設置費用が安くなる事だが、精度の高い「JAPAN製」はあまり変わらないだろう。との事。むしろ、これからは「中国製」の格安パネルが台頭してくるだろうが、逆にその安いシステムの方が心配だそうである。それよりも、現在電気自動車に積まれているバッテリーがさらにパワーアップして、一般家庭用としても登場すれば、昼間の余剰電力をそれにて蓄える事ができるようになる・・・と言う訳。否定的な人が多くとも、誰かが最初にやらなければ本当のところは解からないのだ。話は変わるが、昨日NHKに「沢田研二」が「ワイルドワンズ」と共にステージに上がってるのを観たが、「沢田研二」が「ひこまろ」に変身していてショックだった。二重アゴに三段腹、ジーンズのベルトは腹の圧力で下方に捲れ、上部のジップが肉に押されてピョコンと飛び出していた。シャツをinしていたので、尚更「腹」が強調されて、踊ると「ゆっさ、ゆっさ」していた。しばらくの時間、唖然として画面にくぎ付けとなってしまった。実は昔中学生の頃「タイガース」に憧れてバンドを組んだ事がある。今から40年近く前の事だ。当時、ロックバンドは「不良行為」=「不良の始まり」と社会では見られており、中学生がバンドを組むなんて、例が無くご法度だった。それを、良識のある先生が「文化祭の展示」として離れの教室を空けてくれた事が嬉しかった事を覚えている。結果、メンバー全員「不良」なんかにはならなかったぞ~。当時中学三年生。その演奏後、数か月のモテ方は半端なかったなあ・・・。バレンタインデーにはチョコレートが100個以上。同級生の女の子が下級生の女の子を統制する・・・。なんて異常事態に。それはともかく、そこで演奏したのが「タイガース」の曲だったのである。私はベースギターを担当し、「青い鳥」「花の首飾り」「シーサイドバウンド」そして当時流行っていたスティービーワンダーの「迷信」、ビートルズの「ゲットバック」などがお得意曲であったのだ・・・。・・・なんて曲名を書いても知っている人はいないだろうなあ?とにかく当時の「ジュリー」はカッコ良かったのである。実は、当時モテモテだった私が中学時代の「同窓会」に行くと「今は渡辺徹みたいなデブでショック!」と言われてしまうのだが、要するに私も「ジュリー」も同類なのか・・・。自分だけが「気付いていない・・・。」のかも。
2010.12.06
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2日からソーラー発電システムが稼働し始めました。 この反対側の屋根にも同じようにパネルが有ます。このパネルが太陽光の赤外線を吸収し「直流電気」を生みだします。このまま「直流電気」では、家庭用電源として使うのは困難ですので、この電気を「交流」に変換する必要があるのです。今日の作業は、最初に屋外メーターの交換。つまり、普通は「電気の使用メーター」だけですがその横に「電気を売ったメーター」が追加されました。その後に「システムのチェック」です。要するに「電気」を「発電」する訳ですので「的確な工事」で「規格にあった機械」が「申請通りに設置されているか」を調査されます。規格や機械そのものがボツにされて検査を通らない工事をされてしまったお宅もあるそうです。次に屋内の「パワーコンディショナー」(変換器)との通電をチェックし「連携」が成立します。 これが、室内に設置された「変換機」になります。ソーラーパネルの性能も重要ですが、集めた直流電気を効率良く交流に替えるこの機械の性能も重要になります。この機械の表面にも発電の様子が秒単位で表示されますが、リビングルームの電気スイッチ脇に取りつけたのが、下の写真の発電モニターになります。 発電スイッチをONにしてから、東京電力の関係者が電話にて本局との「連携」を承認してから実際の「電気を売る」事が始まるのです。点けてすぐに「3」の数字が見えますが、今日気付いた中で最大値は3.4KWでした。この数字には実際のパワーが解かりづらいと思うのですが、冷蔵庫や炊飯器そして省エネエアコンなどは使用状態で0.2KW位ですので、一家の昼間において実際の使用パワーは1KW程度と言う事になります。今日の13時に発電を開始してから、10分位で空は完全に曇り太陽は隠れてしまいましたが、メーターを見てみると1.6KW~1.3KWの数字が出ていました。そこで、外に出てメーターのチェックをしました。つまり「普通の電気使用メーター」が動いていたら「ソーラー自家発電量」よりも「電気使用量」の方が多く、電気を東京電力から買っている状態と言う事になります。・・・で「売電メーター」を見てみると、なんと回っていました!つまり、我家の普通の生活状態ではエアコンを使用し50インチの液晶TVを観ながら、常時稼働している換気扇やら冷蔵庫などの電気を使う状態では、「曇り空の最低限の自家発電量」だけでも、必要十分に電気を発電し尚且つ「余った電気を売っている状態」だと言う事が証明されたのです。東京電力の関係者もこれだけ多くの「ソーラーパネル」を設置した家を調査したのは初めてだったそうで、「夏場の暑い日にすべての部屋のエアコンをフルパワーにしても電気は大幅に余るだろう」と言っていました。なので、これからの冬の生活パターンとしては寝室などにはエアコンでは無く「オイルパネルヒーター」などの蓄熱型暖房機をONにして部屋を暖めて置き、夜間は最低温度に設定しておけばエネルギー効率が良くなるのです。このエネルギー効率の良さは「家の断熱構造」があるから可能なのですが、12月3日現在広いリビングルーム以外でエアコンを点けた事が全く無いのです。とにかく家に帰ると寒くない、室温計の温度表示は常に22度~24度。夜間リビングのエアコンを点ける理由は85歳の母の為に・・・。私達では温度を「24度設定」で稼働させてもむしろ暑い感じ・・・。さすがに、南極観測隊の基地を造ったハウスメーカーの技術だと思いますな。その家をさらにecoにする為に改築し、すべての窓には標準である「ペアガラス」に加え、窓の内側に「6mm厚ガラス」の「インプラス」ガラス窓を追加してあるからでもありますが・・・。ちなみに、ソーラーシステムを入れる前、10月分の電気料金請求額は14,000円。前に住んでいた昔の家の場合は22,000円。広さは前の家が建坪40坪で、今の新しい家が70坪。だから、実際はソーラーシステムを入れなくても「電気使用料金は約半額になっている」と言う事です。つまり、今後の生活においてはecoに気をつけて「電気を使わなければ」電気を売る量が増えて収入が増えると言う計算になります。設置費用はソーラーローンとして月々約27,000円×15年。27,000円。つまりこの金額は前の家の平均的な月額電気使用料金とほぼ同じ。だからこそeco生活をすればするほど「差額」が埋まり、利益にもなる。家庭用「ソーラー技術」は日本が世界で一番の先進国でありながら設置が進まない。それは「パネルの数」と実際の家の「屋根のタイプ」そしてその「屋根の向き」にある。パネルの実際の購入価格は1枚15万円前後(定価は19万円位)、さらにコンディショナーが50万円くらい、それに施行工賃。そこに値引きと「国」と「役所」からの「補助金」が支給されて「稼働後」に一括受け取り。これらの「条件」がとても重要なのである。我家のソーラーパネルのカタログ上の性能は190W。これを40枚。すべてが一斉に190Wの出力を出すのではなく、60Wくらいしか引き出せないパネルやらその微妙な位置の違いなどで「発電の個体差」出てくる。つまり、パネルの数が少なければ「平均値が下がり」効率は極端に悪くなる。だから、この条件が揃って建築5年位の「比較的新しい家」ならば導入メリットは十分にあると言う事になる。今後、月単位で「発電量」「買い電気料金」「売り電気収入」をチェックして、皆様にご報告をしたいと思っています。
2010.12.02
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