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昨日はブログを書いていながらその記憶があまりない。今読み返してみると、何を言いたいのか恥ずかしい限りだ。やはり疲れているようだ。「脳みそ」半分では処理しきれないのだろうか?さて、今日は契約先の船橋市にある公園に行って来た。この公園は砂浜にありこの時期は「潮干狩り」で賑わう関東でも珍しい公園になる。施設としては、上記の潮干狩り場に加えて流水プールやテニスコート、野球場などがある広大な公園である。海岸に接した構造である事でここにも被害が及んだ。「浦安市」の隣地でもあるため、ここも「液状化」によるダメージが凄かったと言う事だ。 これは、職員専用駐車場である。コンクリートの駐車場の上には30cm以上の土砂が湧きだしており、事務所のある管理棟の入り口は30cm以上盛り上がっていた。・・・というより、地面が沈んだのか?1000台以上駐車できるパーキングも、この状態でところどころに「クレバス」みたいな地割れができている。地割れと言っても幅が30cm以上のコンクリートの割れ目なので、この上を走行するには4WD車でないと危ない。一応、割れ目部分は土砂が噴き出しているので、駐車場というより階段のようになっている。地表がこのような状態なので上下水道はズタズタにされ、復旧のメドはまったく立たない。この状態で「プール営業」なんて不可能だし、危険で客を園内に入れる事すら難しい。東京・埼玉方面の幼稚園や小学校の遠足でも良く利用される施設なので、結構ご存じの方も多い公園である。今日になって「日本テレビ」が取材に来たが、都心近郊の被害は今頃になってやっと取り上げられている。ちなみに施設は壊滅だった。そこには、生活の糧として働いている業者も多いが施設本体が無くなってしまうのでは泣くに泣けない状態なのだ。昔、家内はそこのテニスコートにおいてスクールのコーチをしていた事があるが、そのスクール運営母体も4月以降に経営破たんとなる。また、これだけ規模の大きい施設が廃園となると「治安」の問題もあるので、閉鎖と同時に施設の解体を行う必要があるだろう。その解体費用を払うのは当然所有者の「船橋市」だが、その費用負担が出来るほど財政に余裕は無い。震災当日の様子を職員に聞いたが、当日の施設の様子は「地獄絵図」の様だったそうだ。コンクリートの駐車場が風に煽られた布みたいに次々とウエーブが起こり、裂けた地面からは灰色の噴水が火山の噴火のように噴出し、巨大なコンクリート製の建物は揺れながら沈降と地面の盛り上がりが交互に起きたそうだ。気付くと、上記の写真の泥沼(今は乾いている)が出現し田んぼのように潜って歩けなかったそうである。職員達は、強い揺れの恐怖を感じながら「間違い無くこの施設は死んだ」と感じたそうだ。ちなみに、当社もこの施設全体のリスク管理を請け負っていたので、この施設が廃業するとなると4月以降の平成23年度の請け負い契約は保留となってしまった。単純に月当たりの収入減は100万円単位になると思われる。とにかく困ったものである・・・。遠くの東北地方だけの問題では無かったと言う事だ。
2011.03.30
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海外の友人達は本当に心配してくれている。オーストラリアのパースに住む友人とは30年以上の付き合いになるが、彼に言わせれば「危険な日本から脱出して、しばらくは「パースの家で一緒に暮らそう」とも言ってくれている。日本と言う国は、海外からしてみれば「とても危険な状態」だと見られている事になる。地震の事ではない。放射能汚染の問題だ。にも拘らず日本国民は「買い溜め」と言う今更愚かなしか行動していないし、退避命令が出されても文句も言わず黙って従わざるを得ない雰囲気。しかも被災者たちは誰も怒らず「仕方がない」で済ませる方法。海外からの指摘を冷静に聞けば、本当に国民をバカにしている国である。パースに住む友人のメールの一部を紹介しよう。I hope that this email finds you all in good spirits.We would like to make an offer to you or your family members. If you would like to spend some time out of Tokyo and stay with us in Perth we would be pleased if you stay with us in our house. We have given this idea some thought and hope that you consider it.We look forward to your reply.Our best wishes and thoughts with you allChris and Kim Woolfordまあ抜粋だが、彼が意図する事は危険な日本において「放射能に侵される友人を黙ってみていられない」と言う事なのだ。国民はTVの報道を鵜呑みにして信じるしか方法はないし・・・。蓄積された放射線物質はジワジワと細胞を殺して行くだろうし。放射能は即効性が見えない時限爆弾みたいなものだ。国民の多くが今後ガンで倒れたとしても、今テレビで発言している「東電幹部」はもはや引退して悠々自適な生活を送っているから関係無い事なのだろう。今現在は世界中から同情の嵐を得ているが、海水に垂れ流しなどしたら今後の成り行きでは「世界一嫌われる国」になるかもしれない。「核」の恐ろしさは「核兵器を所有する国々」が知っており、そのような国々が秘密の防御方法を提供しようとしたが、日本政府は断ったそうである。なにしろ「原子力発電システム」は今後の日本の輸出産業にしようとしていたので、「壊れた」では済まないだろうう。ジャパン・メイドのメンツと過信が在ったのかも知れない。この国では昔から最後に泣くのはいつも国民なのだ。
2011.03.29
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昨日は時計についてお話したが、実は20年前から「時計マニア」でした。景気の良い頃だったので、人がしない時計を集めまくっておりました。例えばシドニーオリンピックが終わった直後、オーストラリアドルが売られて暴落しました。結果、一時期1ドル100円前後だったのが確か60円台までになったのです。航空券やホテルの宿泊費も安くなり、「今行くしかない!」とばかりに当時の仲間5人でシドニーとゴールドコーストへ行きました。ある友人は暴落したゴールドコーストの不動産を買う為に・・・。私は時計を探しに・・・。と強い円を使って価格が安くなった物を買いに行ったのです。時計の場合、「世界限定500本」として販売され始めた「IWC」の「デイープワン」と言うダイバー時計を狙っていたのです。この時計は半端ない性能で、機械式時計なのに水中の深度が計測できるのです。クオーツ時計なら電池があるので「圧力センサー」を付ければ簡単にできるのですが、機械の歯車を使って海中の防水機能を保ちながら「水圧」を表現するのですから、とんでもなく常識外れの機械時計でした。ところが、あまりにも複雑だった事と万一水中で壊れた場合、命の問題になる為500本造らずに生産終了になってしまいました。そしてなんとゴールドコーストに1本残っており、日本で120万円位で売られるその時計が約80万円で買う事ができました。少し予算が余ったので、ブルガリのレッタンゴロと言う四角い時計を一本11万円で2本購入したのです。本当は「IWC」は売りたく無かったのですが「遊び過ぎて?」おこずかいが足りなくなり売ってしまいましたが、150万円で買い取りしてくれました。ブルガリの方も日本に入って来たばかりだったので、一つ残してもう一本の方も20万円で買い取りしてくれました。つまり、オーストトラリアに遊びに行って50万円のお小遣いができたのです。このような事は良くありました。ロレックスの「エクスプローラ1」をキムタクがドラマで使用していた事から火が付き、定価が確か24万円くらいなのに販売価格は50万円近いプレミア価格で店頭に並びました。アメリカ本土も数が無かったのですが、ヨーロッパ国内にザクザク残っていたので4本くらい定価で買ってきて3本売る。なんて事をしながら「趣味の時計集め」の資金にしたのです。だから最初の元手だけで、沢山の時計を集める事ができました。カルチエのパシャやフランクミュラー、パネライに・・・。ところが、その後バイクに夢中になってしまいお金が無くなり中断しましたが、昨年の10月頃から欲しくて欲しくて・・・。と言う時計を見つけてしまいました。そしてやっと見付けて「希望のタイプ」を買う事が出来ました。しかも定価19万円のところ98,000円で買えたのです。昔は、ハイエンドの時計ばかりでしたが、ファッションアイテムとしての位置づけが自分の中に強くなり、この時計を選んだのです。実物大の写真 これが「GAGA」です。スペルも歌手のGAGAと同じ・・。モデルナンバーは「5011-2」この2は文字盤の色を表します。そうなんです「ピンク」なんです。しかもこの色でしっかりメンズ用です。あの「森 泉」さんも全く同じのを付けていました・・。この写真はほぼ「実物大」で、直径が48mmもあり本当にデカイです。ただ、ピンクベルトはオヤジに合わないので「茶色」に付け替えしました。これが私の手にはめた様子です。 サッカーの「本田」さんはこの時計の40mmと言う一番小さいサイズをはめていました。しかし、女性でもこの上の46mmと言うサイズが人気があるようで、私自身もかなり悩んでいました。なぜか?この48mmサイズは「手巻きの機械式」ですが、イタリア製のムーブメントと言う事で信頼性が不明だったのです。しかし、この下の46mmサイズからはクオーツになり機械はスイスのETAという信頼の高い機械が入っているのです。これが46mmでファッションにうるさい女性を強く意識したデザインで、高そうに見えますがこの時計は10万円以下で購入できます。本田選手の40mmならば7万円以下で買えるし、文字盤が「白」で針が「黒」なんていうシンプルなタイプを買えばビジネスでも十分通用します。他人と同じ物は絶対に嫌という私のような「へそ曲がり」の方にお勧めです。インパクト大なので、会社内でコレに気付いた人は必ず聞いてきますよ・・・。ブラブラしているオヤジならばこの位の派手さがあった方がお洒落だと思います。チョイ悪オヤジの雑誌「LEON」にも掲載されていましたし・・。他にも、白い文字盤に「青い文字と針」の青いベルトタイプも美しいのですが・・・。夏になったら「白」のラバーベルトを追加購入する予定です。きっとイメージが変わるでしょう。
2011.03.27
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2月に脳梗塞で倒れ、倒れてからの経過時間が遅かったので、一時は「手遅れ」と言われていた私だが・・・。あのTVで煩いほど「オシム」さんが言っているように本当に「スピード」が命なのだ。自分自身「再起不能」だと思い込んでいた病院にて言葉が出なかった時期に「筆談」で長男に「形見」としてプレゼントした物がある。お母さんが娘に「指輪や宝石」を授ける事があるが、オヤジが高価な「釣り竿」やら「ゴルフセット」を、息子に与えても息子に興味無ければただのゴミだろう。けっして「欲しい」とは思わない。映画では無いが「息子に代々とカッコよく引き継ぐ物」は無いか?その発想が15年前の事。そして行動したのが11年前になるのだ。 これは、2000年製ロットナンバー52。ロレックスの「デイトナ」コンビモデルだが、「見た目は同じ」だが巷で販売されている時計ではない。同じタイプの普通のデイトナの中古価格なら70万円前後で購入できる。つまり「見た目は同じ」だが、とてつもなく価値を持つ時計なのだ。それをたった4日の努力で手に入れたプレミア物なのである。「ロレックス」の時計なんてザラにあるし、11年前の中古なんて金無垢や宝石入りだって100万円前後に価値は落ちてしまう。ところが、この「デイトナ」の一部モデルには、とんでもない「価値」を持つ物が存在するのだ。つまり「同機種の最終製造品」や「特殊モデル」がそうだ。販売時80万円前後の時計が1億円を超える価値まで上昇するし、1000万円位の価値に上がる例もたくさん存在する。この赤い文字盤のデイトナは1980年の製造品ですが、価格は2006年香港オークションで「1億2441万円」の価格に・・・。 同じコンビモデルでも左側が「P」品番で、右はそれ以前のモノで72万円(中古価格)何度も言うが、このようにすべての時計にプレミアがつくのではないと言う事。実は、この「デイトナ」は最終品番の「P」が頭文字となる製造番号がついている。マニアならこれを聞いただけで理解できる文字なのだ。しかもコンビモデルは数が少なくて、世界中でも数えるほどしか存在しない超プレミア物なのである。ちなみに、同じ物が「2006年香港のオークション」において日本円で361万円の値段がついていた。さらにその後今では中国人の投資家が、金に糸目を付けず買い進めたものだから世界的に流通が減り、上海の知り合いに聞いたところ今オークションにかけると800万円以上の値段が付くらしいとの事。実は、当時手に入れれば「必ず値上がりする」事は誰でも解かっていたので、ロレックス本社は生産中止を最後まで公表しなかったのだ。それでも探し出して往復「4日かけて」スイスまで買いに行ったのである。それは11年前、この「デイトナの新型が出る」と言う話が世界中に広まったが、新型の発売日については一切極秘を通すのもロレックス社のやり方だ、つまり「新型」があるなら「最終品」もまだどこかに残っている可能性がある訳だ。先ず、ドイツ在住の友人に連絡を取り、何度かジュネーブ市内の時計店を探して行ってもらったのだが解からなかった。ところが、昔大学時代の「友人」でJJのモデルからパリコレの一流モデルまで登りつめた女性がいた事を思い出した。彼女と私は同じ身長(178cm)だったので、ショーで貰ったスタッフ用のユニセックスコートなどを沢山もらったし、彼女自身が出る「ジャンポールゴルチエ」の日本初のショーなどにも招待してもらっていた・・・。彼女の両親と私の両親の仲が良かった事もあり、学生時代は毎日のように彼女の家で夕飯を食べていた。そんな彼女が有名モデルになると、「あの長野県知事」をやった「秋・康・」から毎日赤いバラの花束が届き、時々それを分けてもらった事もある。そんな彼女が「スイス人資産家」で「昔伯爵」だったオーストリア人と結婚し、ジュネーブに住んでいる事を思い出した。ご主人はスイス国内にもシャトーやホテル数件を持ち、スイス国内や経済界では誰でも知っている有名な旧家なので、高級時計を扱う「宝飾店」には問答無用の力を持っていたのである。急ぎ連絡を取り内密に調べて頂いたところ、「ブッフェラー宝飾店」に、この時計が残っていた事が解かったのである。急ぎ彼女の名前で「キープ」していただき、私が日本から取りに行く事にしたのである。その頃私は「日韓ワールドカップの仕事で、毎月2~3回はソウルに行っていた。そして出張先の「インチョン空港」から「アムステルダム」経由「チューリッヒ」行きのKLMオランダ航空の格安チケットをソウルで購入し、片道2日かけて、着替えも持たずにスイス「ブッフェラー宝飾店」まで行ったのである。そして場違いな店に入ったものの「マダム・ジュンコ」の名前は、店においては水戸黄門の印籠のようだった。奥からオーナーが現れて、深々としたお辞儀で出迎えられながら城の一室みたいな「豪華な個別の部屋」に通された。すると執事のような老人が、なんだか金メダルの授与式のようなトレーにコレを乗せて現れたのだ。そして私に「検品」させ「商品説明」し、最後に「保証書」を見せて「P」の打刻を確認させてもらった。その後にクレジットカードを渡して清算すると、オーナー自らが保証書にサインをし、写真のマホガニーを用いた重厚なケースに入れて手渡され握手で終わった。覚えたての「ドイツ語」が結構通じて、フレンドリーな商談だったがその当時の価格は約「100万円」だった。しかしこの店で扱う商品の殆どが一桁高く、「うん千万円」なので恥ずかしい金額でもあるのだが。そしてその後は、10年以上「私の宝物」として腕にはめて、長男に対し「どれだけ価値があるか」を念仏のように洗脳していった。長男は小学生の頃から「いつくれるの?」と期待されてもいた。そして、「時期到来」を悟り、入院中に長男を呼び「就職祝い」を兼ねてプレゼントしたのである。プレゼントの条件は二つ、最低5年に一度はオーバーホールをしてメンテナンスを行い、将来自分に男の子が生まれたら「この時計を引き継ぐように」だった。実は、銀座三越本店の時計サロンにオーバーホールをお願いする為にコレを持ち込んだところ、時計マイスターが保証書を見て「P品番」と「ブッフェラー」の印を見たとたん「初めて見ました、ブッフェラーにあったのですね」と驚かれた位のモノなんですから・・・。
2011.03.26
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今日やっとティッシュを買う事ができた。トイレットペーパーも多数流通し、買い溜めしている人も止めるだろう。今、店頭で少ないのはカップ麺の類だろうか?四月になれば、殆ど普段通りになるだろうか・・・。・・・で、災害リスク管理のプロから見れば、今後ダブついて価格が下がるだろう「飲料水」を蓄える事をお勧めする。今回マンション暮らしで嫌と言う程「水」で懲りた方を含めて、水の個人備蓄は防災の要なのだ。このような「天災」と「飢きん」は大昔からセットで日本を襲っている。「飢きん」の原因は、概ね「降水量」の激減。つまり「カラ梅雨」の懸念だ。梅雨時期に雨が降らなかったら「農作物」は高騰し、水不足が発生し夏になって「給水制限」だって起こる可能性がある。もし、このような真夏日が続くような「カラ梅雨」に限って、逆に局地的豪雨も起きるものだ。さらにもっと最悪な天候を予測すると、7・8月が「冷夏」になる事も怖い。結果、今度は「米不足」が発生する。米は「生物」なので精米した物は夏の暑さで劣化してしまうので、蓄えるなら「玄米」の方が良い。ただし、米に関しては「6月以降にこのような自然災害が続いていたら」と言う前提が付くが。普通に暮らす人々は7月になると、夏に備える「買い溜め気分」が始まると予想される。実はここからが本題なのだ。この東京電力の様子だと「夏の計画的停電」が発生するのは確実である。暑さに対して大人はガマンすれば済むような小さな事も、幼児やお年寄りにはキツイ生活が予想される。では、何が必要か?先ず「保冷剤」を大量に用意しておく。後「フタ付き発砲スチロールの箱」を用意しておく。手に入り難い時は、釣具店やキャンプ用品売り場にも売って言いる。釣り用のクーラーボックスよりも軽くて1,000円位で手に入る。そして万一の停電時には冷蔵庫は開けないようにして、停電時間中に「直ぐに出す物だけ」をこの箱に保冷剤を入れて冷蔵庫代わりにする。次に「冷えピタ」や「熱さましーと」みたいな冷却シートもあると良いだろう。もし手に入れば、凍り水を入れられる昔ながらの「ゴム製水マクラ」も必要である。万一、停電時が酷暑となり冷房が利かないとすると、間違い無く上記は必需品となる。熱中症の予防対策は体温を下げる事に尽きる。よくケーキを買うと付けてくれる手のひら大の保冷剤はとにかく役に立つ。熱が出た人には、この凍った保冷剤をミニタオル等で包んで「脇の下」に入れる。頭と同時に冷やせば体温が確実に下がる。元気な方でも、この方法を行うとどんなに外気温が暑くても「涼しく寝る事」が出来るので熱帯夜対策にも有効だ。話が逸れるが、我家で今一番重宝しているグッズがある。それは、ガーデン用の「ソーラー」照明ライトだ。以前ネットで一本800円位だったので10本程購入した。中国製なので商品品質にばらつきがあるが、太陽光の下で5時間位放置しておくと暗くなると自動点灯するが、スイッチを切れば充電状態のまま家の中に置いておける。そして夜間停電になってからスイッチを入れれば5時間位周囲を明るくしてくれるのだ。最近のこのタイプの屋外ランプはLEDを使っているので、想像以上に明るい。脚部分のポールが外せるので、「ランタンとして」10個もあれば家中明るくなるし電機代はタダである。トイレに1つ、風呂場に2つ、リビングに3つ、廊下に1つ、キッチンに2つ、玄関に1つと言う配置で、トイレやバスルームは使う時だけスイッチを入れれば一晩中使える。幸い我が家は太陽光発電システムがあるので、昼間は冷蔵庫1台とエアコンも2台位ならカバーできるが、もちろん夜間は使えない。意外と多く「昨夜の停電時、おたくは電気が点いていたみたいだけれどソーラー発電はいいですね」なんて真剣に言われるものだから返答に困ってしまった事がある。実際は、ガーデンライトだけなのだが、ご近所から見ると「電気がたくさん点いている」と思われる程明るいという事にもなる。なので、このライトも「お勧め」と言う事になる。但し、このような商品には本当にバラツキがあり、値段が高いから「性能が良く明るい」とは限らない。ネット購入で「購入者の感想」をよく読む事が重要だ。さらに物によっては「強力ランプ」に改造する事が出来る。このようなガーデンライトの充電用バッテリ-は「単3型」の充電専用電池が使われている事が多いのだ。本体価格から推察しても「格安・粗悪」な中国製格安充電電池が使われているので、これを「国産充電専用電池」などに交換すると良い。明るさのみならず、光続ける時間も数倍になる。さて、何を準備しておくか?それは皆様が夏の酷暑時に「停電したら」何が必要になるか?と言う事を冷静に想像してみると良いだろう。防災グッズに「ムダ」と言う言葉はあてはまらない。「備えよ!常に!」である。
2011.03.23
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誰が買い占めてるのやら・・・。花粉症家族の我が家にとってこの時期のティッシュは必要不可欠である。一人一日一箱を消費することだってある。だから「買い溜め」するのでは無く、必要品として手に入れたいのだが「朝9時から整理券を配ります」だの「入荷未定」だのと、戦時配給じゃああるまいしどうなっているのだろう?残り少なくなった我家では、仕方なくトイレットペーパーをデスクの脇にぶら下げて使っている。しかしだ、トイレットペーパーという紙はそもそも「水に溶けやすい」と言う特徴を持つので「水っ鼻」をかむにはそれなりのテクニックが必要になる。しかもよりによって2枚重ねのWではなく「溶けやすいシングル」タイプだ。そこで長男と考え出したのが我家の「3秒ルール」だ。このタイムこそが、水に溶けやすいトイレットペーパーが「紙」として保持できる限界強度なのだ。福島原発の燃料棒が溶け出すメルトダウンよりも、今はちょっとでも油断をするとトイレットペーパーの隙間から溶けた出した「内容物」がメルトダウンしてくる恐れがある。今日も危険な「鼻水」を大量に含んだ収納容器(紙)を左手に保持したまま、右手で電話に出てしまったのである。左手にメルトダウンの恐れがる1号器を抱え、依然鼻からの放水も続いている。早急に2号器となるティッシュを用意しないと新たな「鼻水」がパソコンに垂れる・・・。・・・と思った瞬間に1号器は溶解し左手は使用不能になってしまった。基本的に右手は後遺症により、スピ-ディーな動きができないし不幸にも受話器も持っている。電話にて会話しつつ近くにいた家内に、使用不能となった左手の残骸を見せてティシュの追加増援部隊を身振りで要請したのだが・・・。「何やってるのよ、汚いわね!さっさと捨てればいいじゃない」と言うが、ゴミ箱自体が近くに無いし、手に貼りついた残骸は「ふき取る」以外に救済方法は無い。放射線汚染ではないが、家内は私の半径1m以内に近づくのも嫌なのだろう?適当に丸めたティッシュを私めがけて放り投げてくるのだが、軽いので届かない。ヘリの放水と同じく空からの救援では埒が明かないのだ。さらに事態は深刻となり、ついに両鼻から垂れた「つなみ」は口を避けるように頬から顎へと2本の川となり流れ出し、防波堤を超えてデスクに落ちた。左手のトイレットペーパーは完全に破壊されて無残にも溶けている。悲惨だ・・・。洗面台の鏡の前では50過ぎのオヤジが鼻を垂れて涙ぐんでいる・・・。目だってかゆいのだ。速くティッシュを手に入れないと仕事ができない。家内が、「これでも使えば?」とポケットティッシュをたくさんくれたのだが、それはイタリアに行く際に現地で使おうとして家内が買って置いた物だった。前にもお話したとおり、2月に私の脳梗塞が原因でイタリア旅行前日にキャンセルした話をしたが、その時の遺産なのだ。渡されたポケットティッシュのパッケージを見て思った。嫌がらせ?それとも未だにイタリアキャンセルのあてつけなの?そのパッケージには「トイレに流せます」と書かれていた。これも解けるタイプじゃあないの?まあ、3秒ルールと言うか10秒位は耐えられるだろうが。
2011.03.21
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結局頼れるのは日本人だけなのですね。東北の震災直後から世界中の救助隊が日本に来て、華々しく報道されたが今現在殆どの救助隊はすでに帰国してしまったらしい。特に福島原発の放射線モレが公表されるに至り、慌てて帰国するのが見え見えだった。そして、日本中の空港から在日外国人達までが帰国している。あの光景を見ていると、「所詮外国人なんだ。」と思ってしまう。別に彼らが日本に残っても私的にはさしたる用がある訳ではないが、小学校や中学の英語教師も多いと言う。可愛い教え子達を見捨てて帰国するのだから、どう見ても自分勝手と言わざるを得ない。関東地方や関西在住の連中まで帰国しなくてもいいではないか?とは思うのだが・・・。今後の日本の在り方を含めて、結局日本は日本人の手で復興しなければならないと言う事だ。東北に住み被災した方々を「自分達の親戚」のように考えて、日本全体で助けなければならないと言う事だろう。バラバラになって政局も混乱している今の日本が一丸となって世界中に「日本人の強さ」と「国民の団結力」を見せつける良い機会となるだろう。今、モノ不足として世間が騒いでいるが実際は殆ど普通に流通している。ただし、圧倒的に不足し始めているモノもある。それは建築資材だ。水道等の配管用「塩ビパイプ」や材木の資材である。悲しい事だが、明らかに誰かが今後の復興特需に備えて売り惜しみをしているか?震災を理由として出荷を停止させているか?だ。ここ数日の間に仮住居の建築が始まったのだが、この段階で日本中の建築資材が不足する訳が無い。今後は「瓦」などの陶器類や「アルミ」「鉄骨」などの金属類、畳や家屋の壁紙類まで日本中が特需になり景気回復のカンフル剤になるはずだ。そんな特需に加えて、仮設住宅を一部大手メーカーに建築をさせるだけでなく、現地被災者の積極的雇用として働いてもらう事が重要だ。今後、被災地に必要なのは「労働力」だ。港近くには「船大工」や「専門的な職人」も多くいるだろう?先ずはそのような方々を探し出して登録を始める必要がある。そして、既存の組織以外で時限のある公社のような会社を公共団体が設立し労働力の振り分けをそろそろ行う時期にきていると思うのだ。被災者もいつまでも「配給」だけで生きて行くつもりはないだろう。今すぐにでも働きたい方もたくさんいると思う。国は後押しだけすれば良い、地方の長をトップとして市民を中心とした組織にする。それに省庁が余計な口を出したり、役人を送り込む事をしなければ必ず旨く行くだろう。ところで、今TV広告は殆ど無く「AC」の広告機構のマナー広告みたいなCMばかりでもう観るのも嫌だが、何となく街中の人々が優しくなったような気がするのだ。私はオシム前監督がTV広告で注意喚起宣伝していた「脳梗塞」によって、右半身にマヒが残り歩く為には「杖」を使うようにしている。今日も薬等を買う為に市内に出かけたが、スーパーの店内はエレベーターがすべて停止しているので階段を使うしかない。込み合う店内で買い物カゴを持ち歩くのも大変だったが、買い物袋と杖を持っていると「買い物かご」を片付けに行くのも難しい。しかし隣でレジ袋に商品を詰め終えた若い奥さんが気付いて「私がついでに片付けますからいいですよ」と言い片付けをやってくれたのだ。その後は、杖をつきながら長い階段を上る事になったのだがそれも結構怖い物がある。しかも買い物をしたティッシユの箱などの商品を反対側の手に持ってバランスを取りながら階段を上る時は、上から勢いよく下りてくる子供達にも気を付けなければならない。だれかが、私の杖に足を引っ掛けたら私は間違い無く階段から落下する。そんな恐怖を感じながら登っていたら、今度は後ろから来た若い女性が「お荷物持ちましょうか?」と声をかけて来て、私の荷物を持ちながら後ろからカバーするかのようにゆっくりと付いて来てくれたのである。そして階段の上に登り終えると「大丈夫ですか?お気を付けて」とにこやかに言いながら軽く会釈して去って行った。また街中でも、走行する車や自転車のオバサンまで気を使ってくれているのが痛いほど感じるのだ。自分自身は「障害者」認定はまだされていない身の上だが、ギクシャクした動きを見て気遣ってくれているのか?私は普通に歩いているつもりだったが、やはり見た目は普通ではないのだろう・・・。今日、街中を歩いてみて政府広報ではないが心優しい人が意外と多いと言う事に安堵した。やはり日本人という民族は凄い国民だと思う。今日は何となく優しさが満ち溢れている街を感じ、とても幸せな気持ちになった一日だった。
2011.03.20
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TVや雑誌で「地震保険」について損害保険会社の負担は相当増えて・・・。家だけでなく工場や車の支払いはとんでもない数字になる・・・云々。と言うけれど、基本的に地震保険とは「住居を伴う火災保険」のオプションとしてしか加入はできない。だから、人が住む事ができない「工場」や「役所の建物」などは地震保険の対象外になる。ケガの保険だって「天災危険担保特約」を付けていないと全く支払われない。車だって車両保険に入っていてもオプションの「地震危険担保特約」を付けておかないと対象外になるのだ。つまり保険会社の支払い総額はその地域の契約をピックアップすれば、マスコミが騒ぐほど膨大な金額ではなく「積立準備金」だけで十分に対応できるだろう。生命保険は「災害による死亡」と言う事で生命保険の全額支払いを表明したが、基本的に「地震保険」は100%役に立つとは言い切れない。今回の津波で建物や家財がすべて流失した場合は、「全損」が適用されて地震保険加入保険金額全額が支払われる・・・。とは言うものの、地震保険は建物や家財の火災保険の最大50%しか加入ができない。つまり、建物が2,000万円の火災保険に加入していたら50%の1,000万円しか加入できない事になる。なので、2,000万円をローンで負担していたら、地震保険では貰えない50%分の1,000万円のローンは残ってしまう事になる。支払いについて上記の例で大まかに説明してみると損害内容によって3つに分けられる。倒壊による損害と流失による損害にとよって%は異なるが、だいたいこんな感じだ。損害額が50%以上なら「全損」となり、地震保険の全額が支払われるので諦めはつくだろうが、支払いの次の段階は「半損」と言う扱いになる。倒壊した損害額が20%以上50%未満の場合で「半損」とされるのだ。この場合「半損」なので1,000万円の半分であるMAX500万円しか支払われない事になる。次の段階は「一部損」と言われ、損害額の3%以上20%未満が対象になり、上記の場合20%の損害があっても支払い額はMAXで5%の50万円しか支払われない。逆に言うと損害額が3%にならない場合は、全く支払いの対象外になる。この3%とは、地震保険の3%ではなくて、ここで言う火災保険金額2,000万円の3%。つまり60万円以上の損害が無いと、地震保険金額の5%である50万円が貰えないのである。まあ、専門的に言うともっと細かい細分はあるが、こんな感じだと思ってもらいたい。関東地方で問題になるのが、この「一部損」だろう。極端な言い方をすれば上記の場合、損害額が599,999円だったら1円も地震保険が出ない事になる。新潟地震、阪神大震災共に同じようなトラブルはあったが「損害の認定」だけで、100%50%5%の3パターンになってしまうのだから契約者は納得できないだろう。まあ、地震保険は純粋な「保険会社の保険では無い」事を知っておく必要がある。一応保険会社が窓口だが、最終的には国が管理する「互助会」みたいな物なのだ。今回大手損害保険会社は「航空写真」で契約者の家を特定し、機械的に算出するらしいが実を言うと保険会社にはもっと面倒な仕事がある。それは「保険金」を誰に支払うか?なのだ。家族全員が亡くなった場合は?契約者の連絡先は?それはそれは大変だろう。農村部などは建物の所有者を昔から変更していない例が多く、登記上の所有者を特定できない場合も多い。例えば所有者・契約者震災で亡くなったお爺ちゃんだったりする。すると、お爺ちゃんが生まれてから亡くなるまでの「戸籍謄本」を取り付け、相続可能な直系の親族をすべてピックアップし、生きている人全員の署名、実印の捺印と印鑑証明の添付が必要になるのだ。被災者自体が「どこの保険会社?」に「いくら?」加入していたか?など保険内容を把握していない人も多数いるだろうし、証券なんて持ち出している訳が無い。保険会社サイドの積極的な契約者探しと、支払い手続きの簡略化をしないと貰い損ねる被災者契約者も多数出る事は確実だ。まあ結論だが、火災保険には「地震見舞い費用」が少し出るので、保険料の掛け金分の元は取れるが、逆に言うと「保険会社が莫大な損害で支払いで苦しむ」なんて事は起きないのだ。むしろ、今後慌てて地震保険に加入する人が多くなるので、長い目で見ると意外と利益が増大する事だって考えられる。今回危ないのは、「農協」や「共済」などの組合系の保険だろう。農村部では、保険会社の保険よりシェアが多かったりするからだ。共済なのでとりあえず「積立準備金」の按分になるが、経営存続問題にもなるかもしれない。まあ、専門的な事を省いて簡単な例で表現しましたが、地震保険とはだいたいこんな物なのです。ちなみに我家は建物2,500万円、家財1,000万円の地震保険に加入しています。住宅ローンは5,000万円、つまり全損しても足りませ~ん!
2011.03.19
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地震の被害報告が東北地方に集中しているが、関東地方における実害はあまり報道されていない。浦安の高級住宅街には、近代的な耐震構造の大きな家が多く見るからにリッチな街が多いのだが昔からその土地を知る人間は絶対に手を出さない土地だった。東京の江東区の川沿い広がる高層マンションに住む奥様方を「リバネーゼ」と呼ぶほど人気のあるエリアだって成り立ちは浦安と同じだ。昔、千葉市稲毛に海上保安庁の元巡視船を、青少年の合宿用宿泊施設に改造した「こじま」という船が海に係留されていた。船はそのまんま置いたままにして埋め立てが進み、海岸は数キロ先になってしまった。そんな事を知らない新住民は「こんな大きな船をどのようにして運んだのだろう」と真剣に考える人も多かった。ロッテの祝勝パレードが行われたエリアだって昔は海だった。昔と言っても20年位前の事で大昔ではない。また東京湾岸エリアは近年造られた街なので、美しさは日本の昔の街とは全く異なる整然と造られた、まさに近代的な機能美とも言える街なのだ。今回、浦安の東京ディズニーランドの駐車場が水浸しになっていたシーンをTVで見た方もいるだろうが、あれだって空から見たワンシーンでしかない。実際の湾岸エリアの街々を走れば、異様な光景に驚くだろう。瀟洒な高級住宅街の街は「田んぼのあぜ道」のように泥だらけになり、高級車のタイヤは舗装路を走って来た車には見えない。乾いた泥は細かくてパウダー状になり、車が走ると砂埃が舞い上がりまるでイラク?なんてシーンと重なる。泥だらけ程度ならまだ良い、道自体がうねっているのだ。地割れも多く住宅外にも被害が多数出ており、見た目よりも実際に傾いている家が多いらしい。特に近代住宅の構造は完璧なので建物本体は原型を留めているものの、その形をキープしたまま沈んで傾いている家も多いのである。また、建物がそのような状態なので地下を通る水道管はズタズタで未だに断水が続いている。千葉県の浦安市民の感情は「千葉県民として見られたくない?」と言う意識が強く、財政も健全だし教育水準も断トツに高い。市役所のプライドも高く、地域市町村との合併話には唯一反対をしているのだ。ところが、今断水で市民は風呂にも困り近隣江戸川区や市川市の「銭湯」を頼らなくてはならない状態なのである。もう少し謙虚な姿勢でいたら良かったものを・・・。ところで、大昔から言われる事があるのをご存じか?「住むなら神社・仏閣の傍に住め!」と言う話。日本人は昔から災害で苦しんで来た国民だ。だから教訓を「言い伝え」として伝承されていく。その結果、「神仏を守るべき土地」はその集落で一番安全な場所に造られる事が多いのである。そして、神仏を納める「神社・仏閣」の周囲の木々や竹林は伐採される事も少なく、大木が根を張りさらに安全な土地となる。つまり、土地の岩盤しっかりした場所が多いのである。実は、昨年まで住んでいたエリアは昔沼だった土地だ。少しの地震でも揺れる感じが異様で家の歪みも生じていた。隣に建てたマンションは基礎を打ち込むと底なし沼のようにクイが吸い込まれ、一晩経つと建築現場には「沼」が出現した。なので、今回の転居は地盤を調べながら「神社仏閣」の位置を確認しながら選択したのである。今住む土地は半径100m以内に神社が二つ存在し、自宅の地盤調査では直下の岩盤は20トンの負加をかけても崩れない堅い岩盤が存在した為、基礎は簡単な構造で住んだのである。つまり、どんなに耐震構造の建物で地震に備えるよりも「土地」を調べる事の方が重要なのである。そしてその上に免震・耐震構造の家を建てて初めてその恩恵に授かれるのである。実は、駅前の高層マンションの34階に住む医師の家族は「地震当日怖くて離れた駐車場で家族4人で寝た」と言っていた。その後、静岡や関東にも比較的大きな地震があり子供達は怖がっているとの事だった。ところが、あの震災当日我家でピアノレッスンしていた子供と親達は、最初の大きな揺れ以外感じ無くて震度4でも体感無かった事が生徒さん達の間で話題になったとの事である。そこで、万一の場合は我家に来て避難するように伝えたのだ。昨日のブログの通り、我家には常に備蓄があり家族が4~6人くらい増えても1カ月位なんとかなると思っている。それと「今回本当に何かしたい!」と思うのだが、「脳梗塞」のオヤジでは何もできない。そこで思いついたのが、私が入院した事で支払われる医療保険の日額15,000円×30日分の45万円に我家の気持ち5万円をプラスして義捐金にする事に決めたのです。この5万円は大学生の長男が卒業式に着るスーツを買う予定のお金でしたが、26日の卒業式が中止になり「会社に就職したらスーツは自分で買え」と言う事にしたのです。ところで義捐金の使い道ですが、実は住居に使って貰いたいと思うのです。設備が整った病院に入院していても「隣のベッド」の「音」や「気配」が気になって寝られない事がありました。それが、カーテンと言う仕切りも無く知らない老若男女が一同に暮らすと言う事は、想像する事ができない位精神的ストレスが大きいと思うのです。最近涙もろくなり、TVを見ていて涙が止まりません。あの被災者の方々に「個室」を用意する事が重要だと・・・。救援と同時にプロジェクトを立ち上げるべきです。そして一刻も早く「県外」に仮設住宅を用意して差し上げるしかないのです。
2011.03.18
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退院してから、こんなに試練が待っていたとは想像もできなかった。今日の停電は、第二グループなので午後12:30から15:30分らしい。同じグループ内でも5分から10分の差があるので、いつ切断されるかわからないので不便である。また、買い物に行こうとしても、その間は臨時休業になるのでスーパーやデパートのシャッターは閉まっている。まあ、被災地の方の事を思えば我慢はできるというものだ。東京電力には頭に来るが・・・。その東京電力が昨日我が家を訪ねてきた。理由は、我が家のソーラー発電システムがどのくらい発電しているか?を調査していたのである。このところ天気がよいので、毎秒3.4KWから4KWぐらい発電しており我が家で使用する電力の余りは、東京電力が1KWにつき48円で買い取ってくれている。停電時に我が家が使えるのは15Aなので、自家発電とはいえそれほど多く使えるわけではない。なので、今稼動しているのは家電製品は冷蔵庫ぐらいだが、このパソコンもソーラーの恩恵で動いているので仕事もできている。たとえ少なくても発電しているわけで、その余った電力はご近所の皆様が使うようになっているらしい。つまり東京電力は我が家のような「カス」のような電力も、各地の発電量に加算して計算しているという事らしいのだ。情けない話だ。確かに原子力エネルギーは動き出せばコストは低いが建設費用は膨大になる。そしてこの危険状態が続いている。ならば、その建設費用をすべてとは言わないが「ソーラー発電システム」補助金として提供し余った電力を無償で提供して貰うようなシステムも併用すれば良いのだ。1万件の家がが3KWの発電をすれば、30,000KWにもなる。クリーンだし、設置した市民も電気代は夜間のもになるので安くなり喜ぶだろう。火力・風力・水力・ソーラーの併用でいいではないか。東北地方が復興して新しい家を建てる被災者にはご協力いただいて、すべての屋根にソーラーパネルを設置してあげれば良いのだ。原子力発電所の再建設をするならば、かなり安い投資ではないだろうか。我が家の発電システムの設備費用は約500万円。つまり、1万件に設置しても500億円ででいてしまう。10万件で5000億円なのでこれくらいできるだろう。数が増えれば、当然ソーラーシステムの単価は下がるので半額以下の設置費用で十分である。誰か政治家が提唱しないでしょうかねえ・・・。
2011.03.17
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今年2月9日に脳梗塞で倒れたが、その二日後に知人のご主人が、町内会の餅つき大会で倒れ同じ脳梗塞で亡くなってしまった。その頃は私自身も半分死んでいたので、人事ではなかったのだが一言で言うと「運」としか言いようが無い。そして私は転院先の病院から一か月の入院予定を4日に短縮し社会復帰をする事ができた。今日は片道500mの距離を歩いて銀行廻りをしてきた。但し、杖を持って歩いた。別に「杖」は無くても歩く事に支障はないのだが、とにかく怖いのである。私の歩行姿勢は、健康な人の歩き方より少し遅いかな?位で、とても右半身の感覚がマヒしているようには見えない。つまり、その事が怖いのである。私の場合、健康な人と完全に違う事は「直角に曲がれない」「頭を回転させる事ができない」という特徴があり、一昔前のおもちゃのロボットと同じなのだ。つまり、前から来る自転車、後ろから来る自転車に対して咄嗟に道を譲る事が難しい。これは相手が人でも当てはまる。だから人ごみは怖くて仕方が無いのだ。そこで仕方なく身体障害者向けの腕から固定する「杖」を右手に持ち、バランスを取りながら、ごく普通に歩いてみたのである。案の定、自転車も人も私に対して気を使ってくれているのが良く分かった。重い身体傷害ではないが、身を持って「ハンデ」を体験した感じである。まあ、カタチのつもりで持った杖であったが、帰りの500mは本当にこの杖がないと歩けなかった。普通なら考えられないだろうけれど、「向かい風」に立ち向かう事ができないのだ。左手で歩道のガードレールをつかみ、休憩しながらそしてよろけながら前に進んだ。退院後のハードワークもあったのかも知れないが・・・。私には今回「あだ名」が付いた。それは「地震を呼ぶ男」である。決してふざけたあだ名ではなく、事実が偶然かさなった事によるものなのだ。15年前私は「肝機能障害」で2週間入院し、退院した翌日が「阪神大震災」だった。そして今回は10日に退院し、翌日11日がこの大地震になってしまったのである。偶然とは言うものの少し怖い。未曾有の大惨事で福島の友人や宮城県の顧客の工場も連絡がとれていない。気が気で無い。また、地震保険の問い合わせも殺到し、千葉県や東京の江戸川区、墨田区の顧客の家も屋根が壊れてしまったりしている。その雑務に追われて宮城方面へのアクセスもできないでいる歯がゆさは何とも言えない。海外の友人達からもお見舞いのメールをたくさんいただいているが、彼らが見た日本の惨状よりももっと残酷な映像を見ているらしく、本当に悲痛な感情を持っていたのである。それは、動画サイトや個人撮影の写真とうの映像が全世界に流れ、一般日本人が目にする事がない現実を映し出しているからだ。日本のTVでは、テロップで「湾内に200~300人の遺体が・・・。」と、表現をしていて映像は一切流れないが、海外の友人は波間に浮かぶおびただしい遺体の山を見て驚愕してしまったと言う事だった。日本のTVでは自主規制があるので、人らしきものは一切カットしてい写す事はない。ただ「瓦礫の山」だけを写している。本当の悲惨な現状はこの報道の裏に隠された、多くの方々の無念な姿なのだ。決して「写しだせ」と言っているのではなく、日を追うごとに膨らむ死者の数が「ただの数字」として感じてしまう自分が許せない気持ちになったと言う事だ。それに気付いたのが海外の友人達からのメールだった。正直を言うと、今回の大地震は我が家にとって「大地震」では無かったのである。昨年4月に完成した家は先ず、頑丈な岩盤の土地を探しだしその上に建てたミサワホームの「免震」「耐震」構造の住宅であるため、テーブルの上のグラスの水が揺れる事も無く、アンバランスに積んでいた3個の缶コーヒーすら倒れなかった。ただ家全体が船に乗った?みたいに家全体がゆっくりと動いただけで「振動」は全く感じなかった。家内は生徒さん達と普通にピアノ教室のレッスンを行っていたし、生徒さん達もそれ程大きな地震とは思わなかったらしく、知らずに帰宅して自宅の家の中がめちゃくちゃになっていて慌てて電話してきたという感じだった。つまり恐怖感もなく、震度4程度だと全く気付かない状態だったのである。危機意識が全くなかった家内が買い物に行き、初めて事の重大性に気付いたのである。東北の大惨事を「他人事」としてとらえていた、家内は街中の様子にア然としたらいい。普通に買い物に行っただけなのに、ダイエーを含めて殆どの店のシャッターが閉まり、コンビニの店内は商品が全く無い状態だったらしい。買い物に行き、何も買えないで帰宅したのだ。「なんで?ここ関東じゃない?」と言うが、すでに東京を含めた東日本全体の大惨事である事に3日かかったと言う事になる。ただし、10年に以上前から顧客に対して「ペットボトルの水は一人当たり2リットル6本入りケースを5ケース以上」「日保ちのする麺類やパスタの大量買い置き」「レトルトのパスタソースやカレー」「麺つゆ」に「醤油と味噌」最後に「米は最低30kg」。ついでに「100円均一で大量購入した缶詰め」と、さらにカセットボンベは30本程度、屋外トイレ用テントに穴掘りセット。マンションの住人には「トイレ用の黒ポリ袋」と便座セット。寝袋に水配給用のポリタンク3つとそれを運ぶ台車、トイレットペーパーと5個入りティッシュを最低3袋。アルミホイルにサランラップ。ゴミ袋にキャンピング用のランタンまで・・・。我家の緊急時?倉庫にはこの数字以上に備蓄している。そして古い食材と新しい食材を常に交換して数は減らさないようにしてきた。すべてマネしろ、と言うのではないがこれらを「出来る限り用意するよう」に皆様にも実践していただいていた。もちろんすべてのお客様が用意できていた訳ではないが今現在、感謝の電話が相次いでいる。実はこのブログでも数回取り上げて、何度も皆様に「個人備蓄の勧め」を書いてきた。大都会で生き残るには、自分で努力するしかないのだ。これらの備蓄すべてがあれば、このような事態でも心に余裕が生まれ、ご近所の助けをする事だってできるだろう。現実に東京DLのある「浦安」の住人で、今も続く断水に困り赤ちゃんのミルクを造る「水」の援助を求めてきた友人に水を2ケース程プレゼントした。ちなみに、仕事でも車のガソリンは常に満タンにしているし、仕事用PCもデスクトップは使わない。例えスペックが劣っていても、バッテリーで動かせるノートPC3台を並べて使っているのだ。家内に言わせれば、「こんな事をバカみたいに?10年以上前から考えているから脳梗塞になったのよ!」と言われたのだが、決して間違いではなかったと思っている。ボーイスカウト経験者なら思い出すだろう?この言葉「備えよ常に」である。最後に被災された方へのお見舞いと、及び尊い命を失った方々の冥福を祈りたい。それと、少ないけれど募金にも必ず協力いたしますね。(入院した時の生命保険の保険金が貰えるので)
2011.03.14
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今まで一ヶ月つたない「闘病記」を呼んでいただきありがとうございました。携帯で更新していたので、文字のフォントも選べず誤字脱字も多く大変失礼いたしました。文章において面白可笑しく半ばふざけた文章にて表現していましたが、実際の闘病は「苦痛と屈辱」で毎日涙が止まりませんでした。実際2週間は、完全に植物人間でした。口には吸引チューブ、尿道にもチューブ。少しでも気道に異物を吸引してしまうと即、肺炎の危険性を伴っていたのです。唯一の救いがこのブログ更新でした。動く左手人差し指一本で、一話2時間以上かかる事もありました。今リハビリを受けながら、見た目は健常者にまでなりました。ただ怖いのは健常者に見られる事から、混雑した街中ではとても怖くて自信がありません。ただ、下界に出て嬉しい事は、26日?日本武道館で行われる長男の大学卒業式に出席できる事です。これで子育て終了!のケジメですね。さて、明日からは書く事ができれば別の話題で続けて行きたいと考えておりますのでまたお立ち寄りいただけたら嬉しいです。遠くからお見舞いにきてくれた40年来の友人、思いも寄らない面々の来訪。彼らが帰った後は、いつも涙でした。実際に脳梗塞で倒れた人に共通していえる事は「涙もろくなる」事です。感情の起伏のコントロールがつかないのか?とにかく涙涙でございます。今日は、新しいパソコンを長男が用意してくれたので30日ぶりにパソコンのキーをたたいておりますが、やはり難しい。右手の触感がまったく無いため、目で見て確認しなければならないからです。でも断言します。脳梗塞でリハビリ中の皆さん。植物人間状態からでも30日で社会復帰する事が可能なのです。不思議なことに、私と一緒にリハビリしていた60代の男女2名が私に刺激され、いきなり立つことができるようになり、二日目には杖を突いて歩けるようになっていました。なので、どんな事でもあきらめないで「前に進もう」という気持ちを大切に生きていきましょう。本当にありがとうございました!、
2011.03.09
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リハビリ専門の病院に転院をしたが、10日に退院が決まっている。まあ、早く復帰したいと言う気持ちがあり、自分の意思を尊重してくれた形だ。ところが、今は後10日位入院しても良かったと思っている。理由は単純だ。私のリハビリ担当者が、とても美人な方だったからだ。手取り足取り、私のトンチカンな動きに大笑いしながら遊んで貰っている感じ。向こうは仕事だから私に付き合ってくれているのだが、私は楽しくてしょうがない。悲しい中年オヤジの習性だから仕方がないのだ。彼女は私の担当者だから、病室から同じ院内のリハビリセンターへの送り迎えも腕を組む感じで支えてくれて歩くのだから、尚更である。少し照れて「自分一人で歩けますから」と言っても、許してくれない。偶然前の病院で知り合ったリハビリ仲間?のお婆さんから「あらあ、お似合いのカップルじゃない?」なんて言われて喜んでいる自分が情けないが、リハビリの意思は強くなった。何も知らない家内は、「この病院でもけっこう楽しそうじゃない」と言うが、「食事は不味いし最悪だ」と言いのがれたものの、「退院してもリハビリには、週二回は通わないといけないと言われた」と言った。嘘ではなく、事実だから仕方がないのだ。なので、退院しても「仕方なく?」ニヤケ顔で通院する事になる。
2011.03.08
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今日、転院をしました。今度の病院は市立のリハビリ専門病院です。ベッドサイドに冷蔵庫も無く、食事も食堂に食べに行かなくてはならず、隠し持った「ご飯の友?は」家内に持ち帰り頂きました。スタッフは平均年齢も高く、気さくな感じです。食事内容、ホテル並のサービスだった昨日とは雲泥の差ですね。但し嬉しい事が!「要車椅子患者」として転院をしたにもかかわらず、予定一ヶ月入院の荷物を両手にぶら下げて、スタスタ歩いて病室に向かったが、そこでスタッフから「患者さんはどちらですか?」と尋ねられ、「あ、私が患者です」と言ったら大騒ぎになりました。とりあえず車椅子に乗せられ、診察室へ。結果、「私もこんなに速い回復見たこと無い」と言われ、家内は「普段から人間離れしてますから」と言い、結果10日木曜日退院です。いいような、複雑な気持ちですが、とにかく一安心かな?
2011.03.07
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快適な入院生活も今日一日限りか?明日からは、市立のリハビリ専門病院に転院をする。私立の大学病院と公的病院との医療サービスを比較出来る良い機会と考えている。自分自身で体験すれば、顧客に説得するにも話しがしやすいし現実的である。さて、仕事の停滞によるしわ寄せがじわじわと来ている。手伝いの方々も2ヶ月目になると負担も大きく、微細なトラブルも起き始めている。家内は、基本的に教師が仕事で幼児教室とピアノ教室で教えている。但し、私が倒れた時の事を想定し各種資格を取らせておいたのが幸いした。私の署名捺印ではなく家内の名前で書類を提出できるからだ。しかし、実務は何も出来ないしパソコンも開けない。転院をしてからの一ヶ月はどうすれば良いのか?気が重い。
2011.03.06
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今日の朝食はホカホカのロールパン3個に豆と玉ねぎそしてマッシュルームが入ったバターの香り高いオムレツと温野菜添え。さらにサラダとスイーツが付く。塩分の関係でスープは常に省かれる。毎日、朝食7時30分、昼食12時、夕食18時30分。決められているが、時間が待ちどおしい。つまり入院中の食事は患者にとって最重要課題なのだ。私の場合は脳梗塞、つまり脳の血管が塞がり脳に酸素が行かず、脳の一部と延髄が死んだ。脳血栓は脳の血管に血栓が出来て、同じ状態になる。脳内出血は脳の血管が切れて、血液が脳内に溢れる状態になる。じつはこれらの原因は似たり寄ったりなのだ。但し3種の病気の中でも、手術をしないで済む病だった事が幸いだった。栄養を取りリハビリする事が今の私の仕事だ。ベッドに横たわり、左側の大きな窓から観る景色がまた良い。病院最上階の北側になるが、病室は南側より北側の方が落ち着く。まだ2月の入院から感じるので、夏場の南側の部屋はかえって病人には苦痛になる。眩しい太陽の光は、健康の象徴なのだ。全快して初めてそれを甘受する。何よりも、静かにそうっとしておいて欲しい。例えそれが太陽の陽射しでも。相変わらず、窓からは筑波山が見える。距離は100km以上あるはずだ。学生時代わざわざ筑波山までオートバイで行き、一日中峠を行ったり来たり走った事もある。死の恐怖もなかった。ところで、昨日友人がふいに現れた。彼は今比較的大きな花屋の社長をしており、なんと世界蘭博覧会においてアレンジ部門世界一の称号も持っている。假屋崎ではないが、表に出ればかなり有名になる事ができる。 だが、彼は純粋にお花が好きなオヤジなのだ。だから花屋の方を本職にしている。じつは学生時代オートバイで走った親友だ。まさかあの筑波山を二人で病室の窓から眺める日が来るとは思わなかった。ちなみに、私のイタリアンバイクは先日売却した。家内は乗れる日がきっと来るから残しておけば?と言ったが、一生乗れなくなった事は私自身が知っていた。さて、友人の彼は世界一速いと言われるオートバイ、隼に今でも乗っている。以前約束していた事だったが、やはり倒れる前にもう一度一緒に走りたかった。遠くに浮かぶ筑波山を二人で見つめた。
2011.03.05
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かれこれ入院一ヶ月、非常に快適な入院生活だった。大きな大学病院だからもあるが、ナースの偏りもなく均一かつ同様のサービスと丁寧な言葉遣い。何を行なって貰っても、ナースの方から、有難うございました。と言われて恐縮する。さて、こんなに快適な入院にも関わらずこの部屋は大部屋である。但し三人部屋で、上から見てS字にデザインされた丸い部分がトイレと洗面化粧台になり、すべてがゆとりある広さだ。今、この部屋に一人で過ごしている。じつは、搬送されて集中治療室が満床だったので臨時に四人個室の病室に寝かされた。大部屋との違いは個人スペースの仕切りがカーテンか?家具か?の違いで、差額3000円との事だった。なら大部屋の方が良い。但しこの三人大部屋は特例らしい。知り合いの整形外科の院長が一言言ってくれたらしい。普通は四人部屋になり、トイレとかは付いていない。さて、大部屋と一人個室との最大の違いを簡単に言うと、宿泊施設として見ると、ホテルと刑務所に近い。ホテルは誰がいつ遊びに来ても、面会時間を気にせず、部屋では携帯そして仕事やパソコンだって自由だ。しかし、大部屋は午後9時消灯。テレビも消す。携帯もダメ。私物持ち込み制限。そして共同生活になる。嫌な人と同室だって我慢だ。昔の映画なら入院患者が同室仲間と仲良く過ごすようなシーンがあるが、現実ではない。また、入院となる病棟によっても異なる。整形外科の患者は元気一杯、中にはバイクで転倒してケガした?ようなヤンキーあんちゃんなんかとの同室も、嫌な物だ入院ルールどころか悪態まで。これはナースの話。重篤な患者との同室も勘弁だ。夜中に大騒ぎ、朝になったら空ベッドでは気が重い。さて、私の部屋は内科病棟で95%が老人だ。一晩中大声を出し人、聞くだけでこちらまで咳がでそうな患者。立て無いのでベッドて排泄し、臭いが充満する。隣の患者の呼吸補助具の騒音で寝られない。なんて事が日常的に続いている訳だ。私はただ恵まれているだけ。さて、これを見たあなたは15000円だして一人個室に入りたい?と思ったら、昨日の富士火災のような医療費用保険に入れば可能です。生命保険会社ではなく、損害保険会社ならどこでも入れるでしょう。但し保険に詳しい代理店に言わないと理解できずに普通の医療保険に入らされます。保険料はアヒルのあの医療保険と同じ位。つまりソレと医療費用保険をセットにすれば、快適な入院生活が約束されると言う事。
2011.03.04
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実に良い天気だ。きっと外の花粉飛散は凄いのだろう。病室にいる限り空調により守られているので、まだ花粉症になっていない。ベッドに横たわり、空を見る。動く雲を見る。遠くには筑波山のシルエットも見える。今まで30年以上こんなに無心で景色を眺めた事は無い。本当は見られ無くなっていたかも知れないと思うと、余計空の青さが眩しい。今は病院の最上階だが、次に転院をするリハビリ病院は低層ビルなので、この景色ともおさらばとなる。もっと早く外の景色を眺めれば良かったと思うのだが、考えて見ると立つ事が出来たのが数日前の事だし、心の余裕も全くなかったのかもしれない。つまり空の青さに気付いたと言う事は、やっと冷静になれたと言う事か?3週間以上かかり、1週間は植物人間状態だった。入院とはこんな物なのである。他から見ると時間が有り余るような気がするが、それは元気だから感じる事であり、病んでいると時間は短い物である。さて、今日の午後は何をしようか。
2011.03.03
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私の自慢は、平均睡眠時間3時間の、21時間働く男だった。まあ好きで働いていたのではなく、2年程前から働かなければならない状態だった。つけはやって来た。それが、私の脳梗塞である。健康に絶対は無いのだ。だから生きている時に支えとなる物は、現金に他ならない。それが保険だ。大企業ならともかく、中小企業にいたらリストラだって考えられる。つまり、一家の主が倒れたら、入院費用と所得の穴埋めまで考えなければならない。それも健康な時に。そこで、医療保険に加入するのがベターなのだが、一つの保険会社にまとめて沢山加入するよりも、数社の内容を比較し複数社に分けて加入した方が良い。さらに、加入するなら複数の保険会社の商品を販売している代理店で加入するのが良い。なぜならば、一社しか扱わない代理店は自分の扱う保険しか勧めないだろう。しかし、比較し微妙な違いを重複無い様にすればいい。複数に分けて忘れちゃう!なんて心配無い。同じ代理店で加入していれば、万一の時は一本の電話で事足りる。火災保険も自動車保険も生命保険も、複数扱う代理店に一括しておけば、さらに自由度が増える。A社の火災保険は値上げだから、今年はB社でお願いします。なんて芸当も可能なんです。また、TVで宣伝しているから良い商品と思い込むのも間違いだ。一般に知られていない、富士火災が売る医療保険などは、医療費用がメインで健康保険の自己負担部分がゼロになり、差額ベッド代も出るなんてのもありその他オプション以外も自由に選択ができるで、下手すると外資系のあの保険より安いかもしれない。この保険会社の親会社はアメリカのAIGで、独立したアリコと同系列だった。富士と名乗るが外資系と言う事だ。結論から言うと、どこでも良いが終身の医療保険一つと、このような変わり種の保険を同じ代理店で加入すれば、あなたにとって無駄無く必要な組み合わせが必ず見つかるはずである。
2011.03.02
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脳梗塞で入院してから3週間。来週の7日にリハビリ専門病院への転院も決まった。そしてその病院では、1ヶ月の入院が決まった。通算で最低ででも2ヶ月の入院となる。普通のサラリーマンであれば、給料の保証は大丈夫だからその程度の入院は、問題無いだろう。ところが、自営業や私のような、零細企業の経営者は、とても心配な事になる。何しろ、私の代わりを誰かに委託して仕事を代行してもらわなくてはならない。しかも専門的仕事なので、誰でも良いと言う訳にはいかないのだ。当然、余計な給料を支払わなければならない。当然、現金を自腹で払う必要がある。そこで、登場するのが生命保険の医療保険と言う事になる。実は、当社でもアフラック、アリコ、ニッセイ、他、数社の保険も販売している、いわば保険のプロである。今までは、顧客に対して積極的に売っていたものの、自分の保険は適当だった。理由を簡単に説明すると、自分が販売する保険に、本人が入ってはダメと言うルールが存在する。なので、自分が保険に入りたかったら他の代理店にお願いしないと入れない。つまり、かなりめんどくさいので、充実した保証は無い。ところが、保険会社の都合で付き合いとして、半ば強制的に入らされる事がある。もちろん他の指定された代理店で入る。気づくと、ガン保険だけで入院日額70000円まで膨らんでいた。一般病気・ケガで日額30000円だった。保険料だってバカにならない。そこで、1月にごっそり解約して、それぞれを半分に削減したのである。すると2月に入院となったのだ。高い保険料を負担して、半分はドブに捨てていた事になった訳だ。なので、保険はその人の仕事や家族に合わせて無駄無く入る必要がある。これは、私が顧客にいつも力説していた話だ。今回の入院60日で計算すると、15000円なので、90万円が支払われる。手術はしていない。入院による自己負担は、一時的に高額負担するが、健康保険により高額医療支払限度額が所得により決まるので、MAXでも10万円位で収まりそうだ。つまり、サラリーマンだったら自己負担部分がカバー出来る保険で十分だと言う事になる。しかし、私のような立場だと上記90万円から自己負担を引き、臨時給与を払い、さらに所得の減額を考慮すると、殆ど残らない。日額25000円あれば、所得減額分のカバー出来たのだが、当初の30000円だったら余裕の入院だった
2011.03.01
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