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昨日、単身赴任中の長男が帰って来た。今週は帰らないと聞いていたので家内は大慌てである。「何か美味しい物を作ってあげなくちゃ」と呆れる程朝から大騒ぎだった。私からしてみれば相変わらず月末の忙しさは私を苦しめ、今回も金曜日から徹夜が続いていてそれどころではない。ところが、土曜日の3時頃自宅に戻るとすでに長男は帰宅していて玄関にて「お帰りなさい」と元気よく私を出迎えてくれた。彼は小学生の頃から大学生時代まで、とにかく時間にルーズな人間で将来どうなるか心配だった。中学受験においても学校名で選ぶのではなく自宅から「電車で30分以内で通える場所にある事」が最優先だった。その結果通学の駅は「お茶の水」になり、大学1・2年以外の10年間「お茶の水」に通っている。昨日も新宿駅から自宅に帰る途中総武線の「お茶の水」駅で降りて昼食を食べて来たと言う。本当にこの駅が好きなようである。私の学生時代は「飯田橋・市ヶ谷」に6年間いたのだが、食事や遊びにいくならやはり「お茶の水」だったので、未だに残る共通するお店も多い。そんなルーズな長男は今毎日7時半には会社に出勤しているとの事だ。まだ赴任してから1カ月を経過していない状態でいつまで持つのか心配だが、結果一人暮らしをさせて良かったのかもしれない。4月に入社後、7月からは赴任手当がつき6万円程給料も上がり毎日8時まで残業しているので8月の給料が楽しみだとも言っていた。しかしその分会社の付き合いで系列会社の生命保険に入らされたり、関連企業の車購入も勧められていたらしく家内には内緒で「ニッサン」車を買う事になったと言うのだ。別にニッサンの系列会社ではなく保険会社に務めたからなのだが・・・。私の場合、昔から小さい車が好きだったので国産車だったら軽自動車で十分だ思っていたが、長男にしてみれば前から乗るなら「アルフォロメオのミト」という小さなスポーツカーが欲しくて仕方が無かったそうだ。大きさは軽自動車並みだがイタリアの車らしく楽しそうな車だと思って「それなら賛成だな」と私も認めていた。・・・で日産車を買わなければならないと聞くと、私からしてみるとどうしても触手が伸びない。ここ数年の「ニッサン車」のデザインは「フーガ」と言い「コテコテ」の昔の韓国車みたいな感じがして好き嫌いがはっきりするスタイルで私は良い印象がなかった。私から見て唯一認める?と言うか、妥協で?どうせ買うならコレなんかで良いんじゃない?・・・と薦めたのが「ジューク」という車である。見た目は4WD?的なスタイルで車高が高く4ドアなのに後席のドアヒンジをピラーに収納するなんてデザインがヨーロッパ的だった事と「20代の若い男が乗る車なら1300cc~1600ccで十分だ」と思ったからである。この「ジューク」は、車体の長さはマーチクラスだが車幅は175cmを超える3ナンバーになる。まさかこんな車幅の車が1500ccだとは思えない程見た目も立派である。1500ccで馬力は114馬力。まあこんな感じなら普段の足代わりに良いんじゃないの?と感じただけなのだが、私は「技術のニッサン」を侮っていた。この「ジューク」と言う車のラインナップに現在の環境保護やエコなんかを問題外にするとんでもないモデルがあったのだ。まさにトヨタを含む国内メーカーが避けていたタイプ。反面ヨーロッパではVWやアウディーが進める主流のタイプ。小さいエンジンで高出力の馬力を出すエンジンを載せるタイプ。このジュークGTのターボエンジンは1600ccだが、なんと馬力は190馬力もある。昔、スポーツカーとして名乗れる馬力換算は「リッター100馬力」と言ったものである。つまり1000ccで100馬力、2000ccで200馬力があれば大したものだったのである。それがこの馬力、さらに駆動は4WDを選んでいる。それも普通の雪道や荒れ地を進む4WDではなくポルシェやニッサンの超高級スポーツカー「GTR」と同じタイプの「安定してコーナーを走り抜ける為の4WD」と言うスタイル。私も昔20代の頃スカイラインの「RSターボ」と言う車に乗り、はまっていたがその当時のハイテクマシンで確か180馬力位だったと思う。普通の2000ccクラスのターボモデルが145馬力前後の頃だったので、それでも結構早いなあ!なんて思っていた。・・・が、この「ジュークGT Four」は、日産の技術者の心意気?みたいなモノが感じられる不思議な車だったのだ。このエンジンとCVTを組み合わせたら、本当に速い車だと言う事が想像できる。価格だって普通のベーシックな「ジューク」の車両価格が160万円前後なのに対して、250万円近くする。・・・で、諸経費を含めると軽く300万円を超えてしまうだろう。それこそイタリアンスポーツの「アルファ・ミト」と同じ価格帯じゃないか?「お前、そんな車今買って大丈夫なのか?」と金銭的に心配したが、会社が販売推進を勧める以上金利の補填や法人営業部の斡旋価格なので「総額50万円分位のオプションを付けて300万円以下にしてもらった」と言っていた。ナビだけでなくバックモニターまで付けてあり、駐車アシスト装置も付いているとの事。はっきり言って「総額」はここでは申し上げられないが、駐車場代も会社が出してくれているし実質的に金利無しのローンなので十分に払えるとの事だ。「お父さん!車は来週納車されるけど、今度首都高速通って帰宅する時、慣れて無いからマンションまで来て一緒に乗って帰ってくれる?」・・・と、先程彼が帰る際に依頼された。もちろん「車をすでに買ってしまった事」は家内も知らない。なので、来月一緒に乗って帰る事も家内には言えない・・・。本当に落ち込む毎日が続いていたが、この長男の言葉一言で楽しみが増えた。親は子供がいくつになってもかわいいものだ。
2011.07.31
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私の血液型はO型である。一般的には大雑把で目立つ事も好きでオープンな性格と言われているが、大体合っている気がする。目立つ事も好きで、何事もクヨクヨしない・・・。・・・と自分でも思っていた。・・・しかし、最近自分自身の「表の顔」と気が付かなかった「影の自分」が感じられるようになってきた。2月に脳梗塞で倒れて20日間は完全に右半身が麻痺し、喉から液体すら通らない「植物人間」状態を経験したからか?どちらかと言うと、生まれてから今まで50年以上順風満帆でくじける事なんて一切なかった。だからはっきり言って「自身過剰」だったのかもしれない。・・・でO型の性格?が幸いし、少々の失敗があっても「なんとかなるさ」でだいたい済ませていたし、本当に何とかなっていた。ところが、肉体の弱点を持ってから本当に「気持ち」が弱くなってしまったようだ。家も建てたし子供も就職し一人前に独立した。オヤジの仕事は終わったと言う感じがする・・・。存在意義が無くなった?みたいな。家のローンは80歳まで当分残るが、いつでも私が死ねばローンは消える。家族に迷惑がかかる事は無い。ところが、前回のようにまた中途半端に「寝たきり」になったらいったいローンはどうなるのだろう?確かに「高度障害」になると死亡しなくても免責になり支払いは不要になるが、基準がとても厳しくて前回のような「半身麻痺」では高度障害にはならない。保険には十分加入しているが、治療費や諸経費で消えてしまう。また医療保険の入院保険金だって私の場合180日が限度だ。つまりそれ以後の補償は無い。入院しなくても自宅で介護を受けるなんて絶対に嫌な事だ。家族に迷惑なんてかけたくない。そうなるとせっかく建てた家も処分しなければならないし、就職した長男にも金銭的負担を強いる事になってしまうかもしれない。最近ベッドに横たわった瞬間にそんな事を思い出すのだ。顧客の医師が破産した。結構派手な生活をして3,000万円のベントレーに2,000万円のマセラティ、某有名マンションに住んで、親も兄弟もみんな病院を構える医者だった。それが一族みんな倒れてしまった。顧客を失ったと言うより「あんな人達も沈んでしまった」という驚きの方が大きかった。彼らからしてみれば、まさか自分達が「極貧生活」をする立場になるなんて絶対に想像していなかっただろう?落ち着いて優雅な雰囲気の奥様すら電話口に出た「声」が別人に変わっていた。東大を出てバリバリ活躍していた30代の知人も破産して最近安アパートに引っ越して住んでいる。離婚し奥様は出て行った。「金の切れ目は縁の切れ目」とは良く言ったものである。JR「新小岩」駅で女性が成田エクスプレスに飛び込んで体がすっ飛びホームにたたきつけられてキオスクに飛び込む事故があった。実はその後JR総武線の窓から立ち入り禁止の黄色いテープが貼られた現場を通過して気持ちが本当に暗くなった。「なんて事するんだい」と自殺した女性に対し嫌悪感があったが、その後現場近くのホームで事故が続いていたらしい。少なからずその女性に共感してしまった人もいたのかもしれない。・・・とその女性に対して嫌悪感のあった自分が、最近なんとなく共感に近づいていた事に気付いたのである。好きなオートバイにも乗れなくなった。仕事もMAX時の50%位しかこなせない。廻りの人達もどんどん落ち込んでいる。震災後の報道で「頑張れ」と言う文字を観る度になぜか落ち込む。全く被災なんかしていないのに・・・。前記の通り脳梗塞で動かなかったからだが奇跡的に動くようになり、退院したのが3月10日。・・・で翌日が「東日本大震災」顧客も被災しその対応の大わらわの毎日だったし、役に立って喜ばれた事が誇りでもあった。ところが、終わってみるとなんとなく「心が被災」してしまった感じ。良くは解からないけれど、もの凄く疲れた・・・。そんな自分の顔を鏡で見て気になった。自分を奮い立たせようと思い、今日いきなりこんな事を書いた。頑張らなくてもいいじゃないか・・・。つまり、
2011.07.29
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NHKのドラマ「テンペスト」が面白い。よくぞドラマにしてくれた!と思う。若い方々は「沖縄」と聞けば「青い海の常夏のアイランド」と思うだろう?確かに海を見るとグアムやサイパンよりも美しく、自然がキープされている。まさに世界に誇る「日本の宝」だろう・・・。ところが、今のこの感覚「日本の宝」だと思ってしまう事自体が日本人の驕りなのだ。「沖縄」は昔「琉球国」と言う独立した国だった。身近な例で見ると今の「台湾」みたいな、れっきとした一国だったのである。あのペリーだって「浦賀」に寄る前に「琉球国」に立ち寄り「支配的開国」を迫ったが、頭良くペリ-を欺いてしまった。その後日本がペリーの脅しに屈したのとは正反対だった。つまり見事な外交手腕のある「不戦国」だったのである。その様子をドラマ化したのがこの「テンペスト」だ。江戸時代に幕府が勝手に「日本」に併合してしまってから日本人は「琉球」を昔から「日本」と思い込んでいるのである。この昔の琉球王国は、王政を敷いていたが実は女性の権力が大きな力を持っていた国でもあった。昔の「卑弥呼」のような祈祷師とその配下となる女性たちが島々の村落にまで行きわたり、琉球王国を陰でまとめていたと言う独特の文化があった。・・・で、なぜ私がここまで「琉球国」に思い入れがあるか?と言うと中学生時代に2度、大学生時代に2度行っているからだ。先ず、12歳の時と14歳の3月に行ったのだが2カ月後のこの年1972年5月に「沖縄」が日本に返還された年なのである。大学生時代に行った時は「返還された後」だが、まだ文化はアメリカのままで交通ルールもすべて日本とは異なっていた。この「日本に返還された」と言う良い方は昔の沖縄の住人からすると屈辱でもあっただろう・・・。何しろ、「返還された」と簡単に聞こえるが、私が12歳と14歳の時に訪れた沖縄は普通に「アメリカ」だった。島の通貨は米ドルだし、島を走る車は日本車なのに左ハンドル。もちろん車は日本本土と反対の右側通行で、道路標識はアメリカ本土と同じで速度制限の標識だってマイル表示だった。ちなみに「本土日本人専用のパスポート」が存在し、その専用パスポートが無いと沖縄には行けなかった。沖縄への渡航制限もあったようだし「行ける時に行っとけ」と言う父の勧めで一人旅になったのだが、本当に行っておいて良かったと思う。沖縄渡航専用のパスポートを取得し、さらに沖縄に行くには神戸から「船」で行ったのである。まさに「渡航」であり、途中で奄美大島に立ち寄り約3日の船旅だった。当時の沖縄は今のように観光地化しておらず、「戦没者慰霊訪問団」が「ひめゆりの塔」や「洞窟」を訪問しお線香を焚いて回る・・・。なんて感じだった。人が行かない洞窟や近隣の森の中にはまだ「遺骨」があったりした頃である。多感な中学生時代に2度も行き「日本人って?いったい何?」と思ってしまったのである。確かに太平洋戦争において日本は同じような思考から「大東亜共栄圏」と言う旗印の下に西欧からの独立としてアジアを支配したが、「沖縄」はそれ以前から「日本の領土の一部で在った」と思い込んでいたにすぎない。以前、北海道の「阿寒湖」に行った際に「観光ショー」や土産店の多くに「アイヌ」の方々が関わり生活をしていた。差別的意味ではなく、まさに「和国」とは異なる「異文化」の「容姿も異なる他民族」である。江戸時代初期には東北地方の各地にも広く住んでいた民族だ。今では「沖縄の人」も「アイヌの人」も同じ日本人として誰も不思議には思わないだろうが、それも日本人の驕りに違いない。「民族文化が無くなる」と言う事は、普通に「気にならなくなる」と言う事なのかもしれない。世界レベルで見るとスペイン人がインカ帝国を消滅させ、西欧人がネイティブアメリカンを追いやった歴史がある。このような世界的植民地支配は後世になり「酷い事をしたもんだ」と誰でも思う事なのだが、日本人の歴史の中にもあった事実として若い日本人の皆様にも理解していただきたいと思うのである。そんな今の「沖縄」感を変えて「琉球国」としての意識にさせてくれるのがドラマ「テンペスト」なのだ。終戦直前の今頃(7月)の「沖縄」は最悪の状態だったろうなあ・・・。
2011.07.27
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「スマホ」にいつ替えたら良いのか見当がつかない。パソコンを購入する時もそうだが、どうせ買うなら「最新スペックにした方が良い」と誰でも思うだろう?昨年購入したパソコンだって「intel デュアルコアi5」なら、普通に使うならもう何も問題ないだろう?と思い2台導入したが、もう主流は「i7」に進化している。携帯ではスマホがこれからの主役になるのは理解できるのだが、パソコン同様に「いつ買うか」のタイミングがなかなか取れないのだ。雑誌などの寸評を見ると今圧倒的なスペックで「docomo SC-02C GALAXY SII」と言うサムスン製らしい。パソコン同様にCPUをデュアルコアを採用しているので、本当に動きが早くサクサク動くのとスマホの弱点である「バッテリーが持たない」と言う事を、電池を大型にしてそれをクリアしているとの事。しかも「薄くて軽い」らしい。今買うなら、コレが一番だと思うのだが、あくまでも「ドコモ」ユーザーのお話。私の使う「au」で出ているスマホでは、「XPERIA acro」が最高なのだが、携帯メールに対応していなかったり、本家「KDDI」のサービスに一部対応していない可能性があると聞く。ソフトバンクならば「iPhone 4」がある。「iPphone 4」だと国際的にも流通量が多いのでアクセサリーも豊富で私の得意とするイタリア物の個人輸入においても、イタリアでは本当にカッコいいアクセサリーが売られている。一流メゾンブランドのカバーだって沢山売られている。動きもサクサクと軽快だと言われるし。特にモバゲー等をする訳ではないので、PCを補完する「携帯端末」だけで考えればコレなんか良いのだ。これらのメリットを持たない今の「au」版スマホは、雑誌が予想する通り「秋まで待つ」のが賢明なのだろうか?なら、シンプル携帯とスマホの2刀流にすれば良いのか?・・・で、きっと秋まで待つと他のメーカーも今より進化させているんだろうなあ?もう一つ懸念が・・・。皆さんの指は「銀行ATM」のタッチパネルでサクサク認識してくれますか?実は私の指は認識してくれない確立が高いのです。暗証番号を入れようと画面ボタンを指で押すが、どの指を使っても力を入れても反応しない。乾燥しているからか?と思い、後ろに並ぶ人から解からないようにそっと「指を舐めて」試すがただベタリと指紋が付くだけだ。仕方が無いので「取り消し」を押すがそれすら動かない時がある。ATMは無情にも「早くやれこのノロマ!」と言わんばかりの「暗証番号をご入力下さい」と冷たく言い放つ。後ろに並ぶ人もイライラしているのが解かるし・・・。こんな「特殊体質」の私がタッチパネルでサクサクメールを打てるだろうか?今までのようにタッチキー付きスマホもあるが、それでは今の携帯と見た目も変わらず交換する意味が無い・・・。このままずっと大昔の携帯を使い続ける事になるのか?さて、今日も某駅前にある会社のすぐ傍のマンションで単身赴任中の長男が帰宅すると言う。ここからだと1時間30分で帰って来れる。つまり自宅から通勤しても十分に通える範囲だ。毎週帰宅する位ならば「自宅から通え」と言いたいが・・・。帰宅する理由の一つに、某テレビ局の番組関係者から私に「出演オファー」が来たのである。以前ブログで紹介したコレが目にとまったのか?これは我家の1F客間に飾る16代徳川家宗家「徳川家達」(イエサト)の書である。左端に押された「落款」には「清和源氏」とある。つまり「将軍」になる為に必要な位(称号)である「源氏の長者」として天皇から認められないとこの「清和源氏」は名乗れないのだ。「明徳」の意味は単純に「明らかに徳がある」と読めるが、正式な意味は「正しく公明な徳・天から与えられた優れた徳」となるが、どこか意味深な感じもする。「明治になって徳川家は・・・。」みたいな?「明・徳」?この「家達」は、ラスト将軍の15代「徳川慶喜」の後になる。江戸時代が続いていたら16代将軍になっていたが、「大政奉還」から明治時代になってしまったので、その時点で「地方の大名」になり下がってしまった訳だ。そもそも15代将軍は水戸家から選出された「異例」の将軍だったので、徳川本家の血筋である「田安家」(紀州徳川家)に宗家を戻したのである。将軍は「紀州・尾張」から出すとのルールがあったからだが、最後は紀州家に戻した。それが「家達」となる。この家達を16代に据えて幼い頃から育てたのが、あのNHKで大河ドラマとなった「篤姫」であり、紀州家に宗家を戻したのも篤姫の意向だったそうだ。また「勝海舟」の影響もありイギリス留学もさせたと言う。我家の曾爺さんが明治になり創設された「宮内省」にいて、「皇室」と「旧将軍家」の取り持ちをしていたとの事で、家達が1933年貴族院議長になった時に下付されたと聞く。コレは一部で、我が家には開いた事が無い「モノ」がたくさん残っている。東京大空襲でも焼けなかったのが奇跡だが、それらの写真を局に送りスタッフが来訪しどれを番組で取り上げるか?決めるらしい。つまりこの話を聞いた長男は、TV放映になる際に「自分が出演したい」から意気込んで帰って来るのだろう。
2011.07.23
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台風が近づいてますが気になる事があります。それは「気圧」と「地震」の関係です。台風はご存じの通り「熱帯低気圧」が発達した現象です。つまり滅茶苦茶「気圧が低くなる」事を意味します。反対に「高気圧」と言うのは大気の圧力が高い事を言うのですが、今までは暑い太平洋高気圧の「高い圧力」で地表は強く押さえつけられていた訳です。3.11東日本大震災の後、今の日本列島の地面の下は「安定感の悪いシーソーに乗っているみたいだ」と言う学者が多いのですが、「気圧がその地面に対しても影響があるのではないか?」と言う学者もいるのです。つまり、台風のような強い「低気圧」がバランスの悪い日本を通過すると、高気圧によって押さえつけられていた「力」が無くなり、バネが弾けるように一気にバランスを失うと言う考え方です。この大気の力と言うのは、私達人間には殆ど感じられませんが「海」を毎日見ている人ならば瞬時に感じられるぐらいの影響があるのです。高気圧が来ていれば干潮のみならず満潮でも海水面が通常よりも低かったリ、逆に低気圧が近づくと海水面への圧力が下がり「海面が盛り上がる」がごときに「海水面の位置」が高くなります。これを通称「高潮」と言うのです。このように広大な「海」でさえ影響が目で見える「大気圧」の影響。確かに「陸地」にだって影響が無いとは言い切れないでしょうね。だから「台風」だけでなく「どこかで地震が起きる可能性」が高くなるかもしれません。もちろん何も起こらない方が良いのですが、今信じられるのは自分だけでしょう。政府はあの状態だし・・・。自分が信じたらとりあえず信じたとおりに動いてみる。これが一番安心です。間違ったって誰にも迷惑がかかる訳ではないし、何事にも準備をしておくのは良い事でしょう。・・・と言う事で、ヤマト運輸の物販キャンペーンで2L6本入り「水」5ケース+1ケースサービスのセットを5、000円で購入しておきました。この「水」は定期的に購入しているのですが、私の味覚にピッタリの水であり尚且つペットボトルではなく味が変わらない「キャップの付いたビニール製の袋」に入っているのが嬉しいのです。大きなチューブみたいな感じなので、入れ物を捨てる時も簡単だしクルクル丸めれば手のひらサイズになるので、保存しておけば万一の場合給水車まで水を貰いに行く際の「水タンク」として再度復活できるのです。この6ケースを含めて我家の非常用「保存水」の在庫は20ケースになりました。昼間なら停電でもソーラー自家発電で簡単な電気調理器具が使えるので、水さえあれば煮炊きができるのです。簡単に短時間で茹でられる「素麺」や「インスタント麺」そして「餅」とともに「備蓄」をしてありますので安心です。もちろんトイレットペーパーやティッシュも3ヶ月分は用意してあります。前はこのような私の備蓄をを知って「そこまでするか?」といろんな方聞かれていましたが、大震災が発生する2年以上前からやっている事なので、最近では「あなたの言うとおりだった」と納得してもらえるようになりました。とりあえず「人間」にも「嫌な予感がする」と言う感の鋭い方もいらっしゃるようですから、心配になったら、先ず行動してみたらいかがでしょうか。今の時点での「備蓄」はあの震災直後の「品不足」と異なり誰にも迷惑かかりませんから。我家ではとりあえず台風に備えて庭木を固定したりしましたが、明日は長靴を用意したりカーポートの補強用支柱を立てておかなければなりませんね・・・。子供達は夏休みになるので自宅にいれば安心でしょうが、仕事がある方は通勤にも苦労する事になるでしょう。北米のハリケーンなども年々巨大化していますので、台風も侮らずに気持ちを変えておかないといけませんよね・・・。
2011.07.18
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今日の午前中、街中は静まりかえっていた。皆さんはきっと早朝のサッカーを観ていたのでしょうか?その分ゆっくり寝ているのでしょうか?午前中の街中も道路も本当にガラガラだった。こんなに人がいなくなるのか?と思う程人がいなかった・・・。今日は眠いのに朝から運転する羽目になったのは、連休で臨時帰宅していた長男を駅まで送る為だった。7月11日から一人暮らしをしていて一週間ぶりに帰って来ただけなのに、長男に対する家内の待遇には呆れる程だ。長男は帰宅すれば実家の車が使えるので、自室マンションの家具を揃えてグレードUPする事に勤しんでいるだけである。ただし、変化があったようである。今回自宅に戻っても社会人らしい?時間帯に「朝7時に起きて」「夜11時に寝る」生活が身についているようなのだ。学生時代は朝4時頃まで遊んでいて、朝と言うか起床は午後2時位。それが今では毎日朝7時30分には会社に行っているらしい。まあ、住んでいるマンションから徒歩5分で会社に行けるので楽と言えば楽だろうが・・・。この会社での残業は午後8時以降はできない事になっているので、前日の残業は翌日の朝までに済ませなければならないと言う事で早く出社しているらしい。長男からしてみれば毎日残業が3時間プラスされるし、マンションに戻ってもする事が無いので丁度良いらしい。それより驚いたのが、入社4ヶ月目で給料が6万円もUPしたとの事。その為大卒の新卒でありながら7月の給料手取りは30万円以上になったらしいのだが、「お母さんには内緒にしておいてね」と私に打ち明けてくれた事が何となく嬉しいのだ。まあ、50過ぎのオヤジと言えども息子は可愛くてしょうがない。だから眠いのを押して駅まで送ってあげる事にしたのである。来週の日曜日は家内と祖母が長男のマンションに行くと言っている。・・・でそのまま「箱根」まで行って宿泊してくるそうだ。まあ母親が子離れするのは一体いつの事だろうか?
2011.07.18
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選ぶ車によって運転する人の性格が共通しているような気がする。私の場合、昔から小さい車が好きで4WDのジムニーやパジェロミニだの今では三菱の「i」(アイ)がお気に入りである。我が家にセルシオがあった時でもジムニーがメインだった。家内はとにかくデカイ車じゃないと気が済まない方なのでセルシオをメインに運転していた。昔のジムニーはまさに男の車でドアなんて閉める音が「パン」と言う感じで、ブリキ?っぽさが頼りない半面、昔からの頑強なラダーフレームに乗っているので車体の頑丈さはピカイチだった。ただし家内は絶対に助手席には座ってくれなかったが・・・。そんな家内も今の軽自動車には驚いている。1000ccクラスの乗用車と変わらない室内サイズ・・・と言うか後席は軽の方が広いかもしれない。運転感覚も申し分ないし、エアコンの効きも良い。ただし、軽だから燃費が良いと言うのは間違いだ。エアコンを入れて、二人以上乗車すると重いのなんのって・・・。燃費だってリッター12kmが良いところだ。なので、リッターカーの税金と軽自動車の自動車税差額を考えたら、維持費ではデミオやフィット、トヨタのヴィッツなんかの方がトータル的に見て安くなるのは間違いない。そんな「チビ」車に乗っていると、よく「煽られる」事がある。前を走行する車が並んで走っているのに、煽っても前には進めない事は解かるはずだ。・・・で、「軽」だからと言って「煽るタイプ」は意外と共通している気がする。私の経験で一番多いのが外車の運転者だが、外車の中でもランクが低い車にを運転している人が多い気がする。例えばBMWでは3シリーズやベンツで言うとCクラスと言った1800~2000ccクラスのドライバーの「そこどけ!そこどけ!感」が目立って多い。その上のクラスでも似たようなタイプがいるが、明らかに型遅れの中古だったりする。そのようなドライバーの場合、男女問わず同じような「煽り」をする気がする。それも女性の場合は30代前後?と見られる派手目の若奥さんと言う感じかな?あきらかに「軽自動車」を馬鹿にしている感がありありだったり・・・。昔は結構頭に来ていたが、最近はなんとも思わない事が多いが、たまに「もの凄くしつこい」人がいたりする。そんな時に信号待ちで止まると「注意に行くか?」どうか迷う事がある。・・・だが、なんと言って注意すれば良いか?考えていると信号が青になって言い逃してしまっている。昔は結構派手なパフォーマンスをやったりしたものだ。信号停止でたまたま停止した瞬間、たまたま助手席フロアーに置きっぱなしだった「パイプレンチ」を右手に握りしめ、颯爽とドアを開けて飛び出す。そして後ろの車の運転者を睨みつけながら「見た目身長180cm体重100kg」の男が一歩また一歩と近づく・・・その右手には金属製の凶器が・・・。ウインドウ越しに相手の顔が引きつるのが解かる・・・。・・・で、次に自分の車の後ろのトランクゲートを開けてその「レンチ」をトランクにポンと片付ける。そうです、私の行動は助手席に工具があったら危ないので急いで片付けた・・・つまり『ただ「レンチ」をトランクに仕舞う為』だけの行為なんですねえ。けっして脅迫なんかしているんではありません。・・・で放心状態の後ろの車のドライバーには、ビックリさせてしまったお詫びに「ニコリ」と微笑んであげます。後ろで「プっプー」なんてクラクションを鳴らされてその車の発進がワンテンポ遅れていたり・・・。若い頃はこんな感じで「注意喚起」をしたものです・・・。また、本職のヤクザさんなんかは絶対に「安全運転」を心得ているんですな。何しろ「別件逮捕になったり、余計なトラブルで警察に眼を付けられたくない」事もあるのでどちらかと言うと「慎重な?」運転をしているのですな。同じような意味合いで、道路の譲り合いなんかではヤンキーのアンチャンの方が中年オヤジよりもマナーが良かったりする。・・・でどちらかと荒っぽいのが「クラウン」を運転している「建築業系?」「不動産屋系?」の中年オヤジ。割り込み上等、信号無視、マナーなんかクソくらえ?的な?それより厄介なのが「自分は安全運転ドライバー」だと思い込んでいる「自己中」なオヤジ系の車。何が危ないか?それは「事故を誘発する運転」が目立つのだ。後ろの車がイライラしてしまうような運転。語弊があるかも知れないが、私達の間では当時通称「サニー オヤジ」と呼んでいた。それは、このような「廻りの事を一切考えない自己中心的性格のオヤジ」が選択する車に「サニー」がやたらに多かったからだ。車を買う時、普通は家族で「どんな車がいい?」「あんな車がいい!」なんて考える事が多いが、「車?買うのか?なら一番安いサニーでいいよ」的な選択理由でサニーを選んだのだろう?と想像できたからだ・・・。凄ーくゆっくり走りながら、先の黄色信号で自分だけ行ってしまう・・・。後から続いて走っていた車はズラズラと赤信号につかまり・・・なんて。ハザードランプもつけないでいきなり停車したり・・・。ウインカーも出さないで右左折したり・・・。実は実際に事故を受け付けして見聞しているので感じた事実であり、決して「サニーと言う名車」を中傷しているのでもない。車を大事にしている人は自然と安全運転になるし、他人より高いと思える車を持つとそれを意識して見せたい衝動から「目立つ運転」をしたりする。実は面白いデータがある。大昔から「名家」と呼ばれる家には意外と「高級車」は所有していなかったりする。それは昔からの本当の金持ち程、車に余計な金をかけるムダを良く知っているからだ。例えば400万円の車を購入して、7日に一回の使用とすると、利用頻度は年間約52日。乗用車の減価償却は6年。つまり使用回数は312日と言う事になる。400万円の車に、6年間の税金・定期整備費・タイヤやバッテリー等の交換・2回の車検代は100万円を超える。これにガソリン代が加わる訳だ。このガソリン代を入れなくても500万円を312で割ると、約1日の車利用に対してかかる費用は約16,000円と言う事になる。そうです。つまり一週間に一回しか乗らない400万円前後の中型?高級車に乗るならタクシーの方が明らかにお得だと言う事。車両価格100万円チョイの小型車や軽自動車でも維持費を含めると200万円を超えてしまうだろう。これでも一週間に一回4年間での使用では一日あたり9,610円だ。毎日365日乗るのるならば、減価償却4年として計算すると一日あたり約1,370円。この減価償却を終えてくるとタクシーより安くなってくるような感じなのだ。・・・なので、家にあるなら「足代わり」の小型車1台がベスト。「家族旅行はレンタカー利用」が一番安くつくと言う事だ。ちなみに我家の周りに住む昔からの大邸宅の住人は100%古い国産車を大事に乗っている。皆様「正式なおでかけ」は黒塗りのハイヤーや、会社差し回しの「運転手つき」の車の送迎を受けている。・・・で、最近この街に引っ越してきた「震災復興でひと儲けした」某建築資材会社の社長がいきなり1500万円超の大型高級車を購入した。普通だったら「なるべく隠すように」自宅の駐車場に停めるのだろうが、安い経トラックは奥の駐車場に停めて、この車だけはいつも邪魔な玄関脇に停めてご近所の顰蹙を買っている。その方の見た目は痩せていて小柄でどちらかと言うと「弱弱しい感じ」のオヤジなのだが、車を運転すると人間が変身するタイプらしい・・・。ご近所の大金持ちの方々は「良い車が買えて羨ましい」と思う人は誰一人としていないのだが、そのオヤジ本人と奥様だけが「どうだ!」と自慢がしたいらしい。そのような態度はその他の日常の行動でも出るのだろうか?私は別に気にしないが、気の毒な事にそのご夫婦がご近所の方々から口々に馬鹿にされているのが良く解かる。しかし本人達が「恥ずかしい」と気付かない間はどうしようもないし、第三者が言う事でもないのだが・・・。何らかの理由でで急に小金持ちになったり金まわり良くなった人程「目立つ高級車」に乗りたがる傾向が多いのですねえ・・・。
2011.07.17
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知られざる震災被害は東京湾の海底にも・・・。東京湾と言っても、壺のような形の「底」の部分。つまり東京湾で一番奥にあたるエリアでの話になるが私にとって青春のすべてだった。小学生の頃は当時「船橋ヘルスセンター」と言う名の今で言う「温泉ランド」に入り浸りだった。現在は「船橋ららぽーと」になっているが、当時の賑わいは凄いものがあり夏場は海水を引き込んだゴールデンビーチなるプールもあった。さらに名物は「大滝すべり」という巨大な滑り台(今で言うスライダー)で、10列ぐらいの真っすぐに滑り落ちるタイプながら、今のような精密に造られた物ではなく「コースにチョロリと水が流れている」だけの単純なスライダーだった。子供心に一番の楽しみは「着水地点での見物」である。何しろ造りが単純なだけにコースによっては水の流れが極端に悪いところもあり、そんなレーンを滑り降りると「水着の尻」部分が摩擦熱で溶けて?丸い穴が二つ登場してしまうのだ。その様子が面白くて仕方が無かった。周りには助平そうなオヤジも見ていたが、きっと女性の水着に穴が開くのを見ていたのだろう?でも何となく「ゆるい時代」だったので大きな問題にもなっていなかったようだ。そして海の桟橋には「海賊船」が係留されており、それで東京湾クルーズなんかが行われていた。ちなみにその船は退役後、箱根の芦ノ湖で遊覧船になったアレである。実は、私の父は海軍の軍人だった事もあり「海」は好きで、私達兄弟は強制的に「海」との関わりを持たされたのである。父は一級船舶免許に加え、丙種航海士の資格まで取得していた。ちなみに父の仕事は銀行員だったが・・・。当然のように15歳9カ月がすぎると船舶免許を取らされたのであるが、高校生時代の3年間で唯一欠席した2日がその船舶免許の学科と実技の試験日と言う有様だ。弟は一級免許まで取得したが、船が大きいので二人一組でバディを組ん訓練から試験までを行わなくてはならず、偶然な事にそのペアの相手はなんと「矢沢栄吉」さんだった。そんなこんなで、海での付き合いも広くなり20歳のときにはモーターボートを一隻所有していた。買ったのではない。知人から「欲しいならあげるよ」って感じでいただいたボートで、ボルボペンタのエンジンを2つ積載した高速艇だった。現在、船橋の漁業組合の組合長ともその頃からの知り合いであり、私の結婚式にも来て頂いた方である。ただの漁師ではなく、とても頭の良い方でアメリカが提唱した都市開発の手法として海から見た都市造りは機能性と合理性に富んでしかも美しい街が出来上がると言う考え方の「サンフランシスコ湾計画」を翻訳して出版したぐらいの方なのだ。サンフランシスコのみならずシドニーに行った事がある方はその都市造り手法がご理解いただけるだろう?その時はまさにバブル絶頂期!船橋市に「船橋海浜公園」と言う人工干潟を要するレジャーパークが作られて、観光開発にも税金が投入されていたのだが、昭和57年の設立当時その人工砂浜には生物が全く存在しなかった。毎年観察していたが、3年くらいたって砂浜に「ゴカイ」の類が増え始めてからはカニなども現れて、生物が繁殖し始めたのである。それから「潮干狩り」が始まったのだが、良く見られる「ニジマス釣り」みたいにアサリを蒔いて観光客に捕らせる「ヤラセ」だった。当時、の東京湾奥は埋め立てにより海岸線の「砂浜」はすべて無くなり、沖合に残る浅瀬「三番瀬」のみが干潮時に砂浜が現れる天然の干潟として唯一残っていた。実はこの三番瀬(サンバンゼ)は東京都と千葉県の境を流れる「江戸川」からの堆積土砂が原型であり。東京湾の生物の「生まれ故郷」と言っても過言でない浅瀬なのだ。この三番瀬には「大潮」の干潮時になると、先の船橋市海浜公園の人工干潟と地続きになり数キロ沖合まで歩いて行く事ができるようになったのである。ところが、その事によって本来船を持った漁師しかいけなかったエリアに「密漁者」が大量に侵入し問題にもなっていたのである。ところが、3.11東日本大震災はこの東京湾奥の海底地形を変えてしまったのである。私の友人で「三番瀬環境フォーラム」の理事長の話では、「海底が一部沈降して干潟が消失してしまった」と言うのだ。「干潟」は字のごとく「海が干上がった場所」を意味する。より日光「消毒」が行われ、なおかつ地中のゴカイ類やコメツキガニなどが穴から砂を浄化しながら穴の外に運び出す作業が見られるのだ。このエリアが沈降した半面、干上がらないが浅瀬も多く発生し漁船の通行に支障が出ているらしい。フォーラムのスタッフが引き続き調査を行っているが、唯一の救いはボランティアが海底に植えた「アマモ」(海藻)がすべて残った事だろう。この「アマモ」は東京湾の魚類の産卵場になりつつあるからだ。一度破壊した自然をここまでに戻すのになんと30年かかっている。それがまた今度は自然災害によって破壊されてしまった。日本の形(地形)は1万2千年~1万3千年前に出来たらしいが、当初は日本が太平洋に向かって動いていたのだが、現在はハワイ諸島が毎年4cm、オーストラリア大陸は毎年8cm日本に近づいていると言う事をご存じだろうか?計算すると「2億年以内に日本はオーストラリア大陸と中国大陸に挟まれてつぶれてしまうだろう」と言う説がある。日本列島も千葉県あたりが太平洋方面に引っ張られた頃、北の北海道では知床半島を中心に時計とは反対周りに50度くらい回転したらしい。反対に南の方では時計回りに50度位回転したと言うのだ。日本列島の真ん中をつまんで引っ張れば、南北の端は内側に丸まる形に移動すると言う事だ。大きな話になってしまったが、地球の活動からしたらあの大地震だってミクロの動きと言う事なのだろう。それくらい人間なんてチッポケな生き物なのですなあ・・・。それは宇宙から地球を見た人が始めて感じる事らしいのですが・・・。
2011.07.14
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イタリアからポロシャツが届きました。ブランドは「ジャック&ジョーンズ」です。中国や東南アジアの国々では「アバクロ」以上の人気なんです。以前、イタリアのショップで売れれていたシャツを購入したところ、とても良くできた製品でデザインのみならず細部の造りがとても良かったので今回はポロシャツを買ってみました。バーゲン品なので3,500円位になります。フェイクレイヤードのデザインがいいですねえ・・・。サイズはXLを選んだのですが、このブランドはイギリス製なのでイタリアンデザイン同様にとても細いです。チェストは日本のLサイズより細いかもしれません。イギリス本国サイズのバーバリーやアクアスキュータムを買った事がある方は、なんとなく解かると思いますが、丈の長さはXLといった感じです。他にも「レザーの編込みベルト」やイタリアンデザインの「オレンジカラーのポケット電卓」を一緒にオーダーしました。さて、本格的な夏となり外に出ると痛いほどの日差しが肌に刺さります。しかし、今年の夏は私の体にとって「暑さ」は半分しか感じ無い。脳梗塞の後遺症で右半身の「触感」がマヒしているからなのだが、肌に触れる「モノ」すべてが「氷」のように冷たく感じるからである。普通の人が普通に感じる「痛い」「かゆい」「熱い」の感覚は私の右半身には無くなっている。つまり残った感覚が「冷たい」と言う感覚だけだったのである。2月に発症した「延髄の脳梗塞」によって1カ月間の右半身が全く動かない時期を乗り越えて、今では普通に歩いて普通に生活もしている。治った身体との引き換えに「触感」を失った訳だが、人間の体は本当に不思議である。「感覚」は冷たいと感じるのだが、「体」は正直言って実際は暑いはずだ。だから、感覚が冷たいと思っても普通に考えると「汗」が出てくるはずである。だが、右半分は汗が出ない・・・。実にややこしい。運動をすると左半身や顔の左半分からは汗がタラタラと出てくる。ところが屋外を歩いてみると、体の右半分冷たく感じる事で体の左半分まで「暑さ」が伝わる前に体全体が普通に?暑くも寒くもなかった。肌を焼く日差しだけがジリジリと感じる。しかし、このジリジリ来る太陽光は我家の家計を潤してくれる大事なエネルギーでもある。我家のソーラー発電メーターは朝10時には4.7KWSを表示していた。エアコン2台を動かして、冷蔵庫やその他の家電品を使っても最近の省エネ家電なら1.5KWから2KWで十分足りている。もちろん余った電気は東京電力に「高~く」買っていただいている。このところ東京電力から月々3万円以上が振り込まれている。3.11以降、はっきり言って「東京電力」には頭の来る事ばかりだが、「お前ら給料貰いすぎだぞ!」と個人で戦う事なんて出来っこない。ならば、昼間は節電してどんどん東京電力に電気を売りつけて「金をむしり取る」と考えればなんとなく腹の虫がおさまると言う物だ。体が涼しく感じる事を利用して、昼間は節電し夜はフルに電気を使うと言う生活だ。食洗機や洗濯機など電気を食う家電品は夜10時以降に動かしている。それは契約上10時以降は1KWH約9円だからだが・・・。それにしても、本当に計画停電はあるのだろうか?明日の電気使用予測も85%前後だろう。案外気の緩んだ?9月あたりに電気不足でパンクしたりして・・・。せっかく「ソーラー」ランタンを10個も用意したのに。今では夜になると庭から玄関前までそのランタンの光で眩しいくらいに明るい。
2011.07.13
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今日の朝、長男が一人暮らしをする為に家を出て行った。場所は、神奈川県の小田急線沿線の大きな駅がある処だ。長男がその駅を選んだ理由は、新任地の近くだと言う事、つまり「通勤で電車に乗りたくない」から会社から徒歩5分のマンションに住む事にしたと言う。そもそも長男は通勤通学で電車に乗るのが嫌いだった。なので中学受験の際も、「自宅から電車で30分前後」の学校しか選ばなかった。塾で「W大付属の中学だって受かる」と言われても断ったいきさつもある。・・・で、今年就職して長い研修が終わり明日から現場配置される事になったのである。現場の支社と言っても営業ではないので、本人の緊張感は全くない。むしろ「一人暮らし」に大喜びで毎日浮かれていた。なにしろ、住むマンションは駅から徒歩5分でリビングは17畳もある最上階の角部屋らしい。・・・で、会社はそのマンションの家賃・管理費・駐車場代(まだ車もってないのに)等すべて出してくれて、自己負担は1万円だけだと言う。これならば、借りないと「損」みたいな感じなので、「自宅から通えるの一人暮らししても良いだろう」となったのだ。家内は一人息子が出て行くので「悲しくて仕方が無い」と言う感じである。そんな家内を放っておいて、本人は銀座に行ってしまった。現地での引っ越し作業は家内がやっている。銀座へ行く理由は「時計」を受け取りに銀座三越時計サロンに行く事と、新任地に持参する「洒落たお菓子」を調達する事が目的なのだ。時計は私のコレクションの「ハミルトン・ネイビー・フロッグマン」と言うチタン製の軍用ダイバー時計である。 実を言うと譲るのがもったいなかったので、安いクオーツモデルを「就職祝い」で買ってあげたのだが、どうしても「コレが欲しい」と言うのでオーバーホールして譲る事にしたのである。これはクオーツの安いタイプで3万円位だったかな・・・。 ところが、フロッグマンのオーバーホールと小さな修理の代金は43,000円。最初にプレゼントした時計より高くついた。ビジネスならばこのクオーツタイプの方が良いとおもうのだが・・・。もう一つ、お菓子に拘る理由は「新任地は圧倒的に女性が多い」という事で「最初の掴み」と言う事で良い印象を得るのと同時に観察しよう?ともしているのだ。・・・と言うのは、殆どの新人男性社員がこの「単身赴任中に結婚相手が決まってしまう」と言う恐るべきデータが存在する。大きな会社で将来的に安定している?事は彼女達が働いて解かっているので、どちらかと言うと会社において「年上先輩女性」から、仕事の面倒を見てもらっていながら最終的には私生活の面倒まで見てもらう事になってしまうらしい。嘘のようだが、本当の事であり私の知る同業他社の友人達もすべて同じ結末になっている。ちなみに私の家内も年上だが・・・。では、なぜお菓子で機嫌を撮るのか?これは私の入れ知恵なのだ。会社の「女性間の上下関係」を把握するのが目的である。女性を観察するには先ず「スイーツ」だ。つまり「複数の異なる種類のスイーツ」を持参し、誰がどのように動くか?を観察する。そして、誰が分配しどのように采配するか?誰に一番気を使っているのか?を見ておけ!と伝えた。そして、仕事中誰に気を使えば良いのか?上下関係を見て学べと言う事だ。女性が多い職場は本当に気を使うものである。「あの人ばかりに声かける」「私の時だけ口調が冷たい」好き放題に言われる事があるのだ。その気も無く普通にしていても言われるので、例を上げたらきりが無い。親の気持ちでは、長男の嫁さんは「東北地方の農家出身の女の子」が理想だった。まわりで本当に良い子を多く見かけるからだが・・・。ちなみに今回赴任する支社は「地元のお嬢様」が多いと言っていた。長男は今まで「超お嬢様」としかつきあった事が無い。つきあう?と言うより「幼稚園」の頃からずっとその子の子分のような関係だ。その子は東大出身の男性が養子さんとして決まっており、すでに同居しすべての生活費をお嬢様の両親が負担している。以前私達も食事に呼ばれた事があったが、ミシュラン2つ★の某有名イタリアンレストランを貸し切りだった。その子が高校時代ケガして足の骨を折った。なんと1カ月間ニューオータニに泊まりそこから高校に通っていた。持参するお弁当箱の中には日本レストランで調理されたモノが・・・。・・・でタクシーで通学。そんな女の子が幼馴染なので、今回も「安っぽい家具は買うな!」だとか「部屋に何も置くな」なんて言われているらしい。つまり長男は「お嬢様の命令に弱い」のだ。3歳くらいの頃から頭に刷り込まれている。好き嫌いで親が忠告しても聞かないが、その子に命令されると嫌と言えず、先週長男が自腹でフレンチをご馳走してあげたそうなのだが、「僕が奢って金出してるのに、○○ちゃんがネギを食べないと肉は食べちゃダメって怒られた」としょげていた。全く23歳ににもなって情けない限りだ。私が彼の年齢の頃は「パプア・ニューギニア」やポルポト政権が発足した頃の紛争地域にある「アンコールワット」まで探検に行っていた。マラリアを運ぶ蚊とゲリラに気を使いながらだ。サバイバルどころではない。M16ライフル携帯の元軍人が同行しての行軍だ。そんな超肉食系サバイバルオヤジの息子がこんなでは・・・・。情けない。
2011.07.10
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日本的解決方法?焼肉屋さんのレバ刺し(生レバー)が禁止になるらしい。要するに厚生労働省が「危険物」に認定するらしいからだが、今一番中毒を出しているユッケや牛刺しは禁止にならないのだろうか?きっと役人達も高級店における「牛刺が食えなくなるのはイヤだけど、安い店の生レバーは普段食わないもんな~」的感覚なのだろうか?規制方法が安易でとても日本的だ。その内ネットで「非合法裏焼肉屋」みたいな怪しい?店の話題なんかが載るようになるのか?あそこのウラにある店に入って合言葉を言うとユッケ食えるらしいぞ・・・。とか、一見様お断り・・・。みたいな?本当に変な国である。・・・と言うか、おかしな役人が牛耳る国だ。きっと江戸時代の「生類憐みの令」みたいにどんどんエスカレートしていくんだろうなあ?「節電」だっておかしい。夜間は電気余っているんだから、国民消費分は自由で良いではないか?東京電力は「夜間規制は行っていない」と言っているし実際も本当だ。マスコミを含む報道方法の間違いから「節電しなくてはいけない」風潮が夜間にまで及んでいるのだ。そう言う私も「冷感シーツ」やら「冷感ピローカバー」を慌てて購入してしまったクチである。ネットショップで「売り切れ間近!」の広告で慌てて買ってしまったのだ。・・・で、良く良く考えると我が家は「ナイト10」の契約をしているので、夜間は昼間の電気料金の三分の一以下になる。なのでどんどん夜間にエアコンを使用した方がお得になるのだ。・・・と言うより、高断熱住宅の場合就寝後一時間でエアオンがオフになるようにタイマー設定して消しても朝まで結構涼しい。なので、マンションなどでも「28度設定」で風量を「微風」で寝ればいいのだ。一人暮らしの女性やお年寄りが冷房を我慢して「窓を開けて寝ていたら強盗に遭った」なんて出来事は本末転倒の話だ。夜はきちんと窓をロックして、エアコンかけて寝ればいい。・・・・と、そんな事をきちんと「報道」してあげなくては。国民の皆さんは勘違いしてるんだぞ!不要なネオンは消していても良いだろうが、防犯灯まで消して真っ暗な街は危険だと思わないのだろうか?消す方も消す方で「良く考えれば?」解かる事だろう。こんな風習も日本的なんだろうなあ。ところで、前回のブログで私が大震災被災者救済を望んで寄付した50万円はどうなったのか?と文句を書いたが、同じ日にTV番組の中でで北野武さんが「オレが寄付した500万円はどうなったんだ」と言っていた。あのオバカな「復興大臣」はゼネコン「松本組」の御曹司で大金持ちだ。年収が7億とか8億とか?そんなヤツが復興大臣をあのまま続けていたら「自分の会社」が陰で大儲けしていたに違いない。要するに「善良なる神様」のお告げ?で引き下ろされたのかな?今もどこかで政治家を交えて密かに役人達が集まり「役人間」「省庁間」で義捐金の取り合いをしているんだろうなあ。その内新たに「財団法人」がいくつも出来上がって、最終的には「天下り機関」となる組織がまたまた増加する。その省庁間の調整?分捕り合戦?が終わるまで被災者には渡らないだろう?その組織の職員や役員の給料は「私達の義捐金」の中から「事務経費」として直ぐに払われるだのろうが・・・。これも典型的日本の姿なんですねえ・・・。嫌だ、嫌だ。
2011.07.06
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3月、脳梗塞で入院した際の「入院費自己負担分」の中で払い過ぎなったお金が16,000円程還付されると言うので、家内には内緒にしてお小遣いにしてしまう事にした。5月にも入院したのでその分も少し戻るのだろうか?まあ、オヤジなんてこんな感じで隠れたお小遣い?で細々とやりくりしているものだ。ところで、最初の入院は2月で退院日が3月10日だった。つまり退院の翌日が「東日本大震災」だった訳だ。自分も入院で「辛い思い」をしていた事もあり、加入していた医療保険で30日分45万円が支払われた保険金を赤十字に寄付をした。保険金45万円に、我家の気持ち5万円を足して50万円にして贈った。・・・で、出しといて気になって仕方が無いのだがケチと言われようが、気になる物は仕方が無い。「義捐金」は世界中からの「浄財」である・・・。話は変わるが、私は「虫」が嫌いである。それも「蚊・蝿・ゴキブリ・毛虫」に限るが。特に「蚊」と「蝿」は見付けると絶対に退治しないと気が済まない。室内で見つけると、手には殺虫剤を持ち迎撃態勢を取りひとたび見つけると「対空砲火」のごとく浴びせて退治する。ハエの場合は飛ぶ速度が早いので、スプレー噴射の迎撃タイミングが合わず何度も失敗する。その内、室内は「殺虫剤」で充満する。これでは人間の方がハエより先にまいってしまうような感じだ。実は被災地の避難所生活の様子をTVで見て驚いたのである。そう、ハエだ。蚊も多いらしい。あの様子を見ていると、嫌で「鳥肌が立つ」というより「迎撃」して「殲滅」させたくなる欲求にかられてくる。かと言って「殺虫剤」で退治できる量ではなさそうだし、基本的に「ハエ取り紙」をぶら下げておくのが一番なのか?どちらにせよ、非衛生的なのには変わりない。被災地の皆様の間に「疫病」が流行らないように祈りたいものである。網戸に代わるモノや個別に蚊帳を配るなりしているのだろうか?窓ガラスにレースのカーテンをガムテープで貼り付けて網戸代わりにしている被災地の学校も見た。そんなに「難しい事」なのだろうか?義捐金を「援助」だけに限らず、小さな「インフラ整備」に回す事ができないのだろうか?・・・と、ずっと考えていた。ところが、「復興大臣」のあの態度は何なのだ!上から目線で知事に対する命令口調。大臣様?一体、何さま?のつもりなのだろうか?基本的に「あのような人間は対面ばかり気にして?」つまり自分の事しか考えていない事が良く解かる。最初から若い知事を見下している。「復興資金を俺様が恵んでやるのにその態度は何だ!」と言っているように聞こえた。「遅れた理由?あんたみたいに暇じゃ無いんだ」とあの知事は言いたかっただろうなあ。そんな様子をTVで撮影しているのだから、大臣様の「無様な姿」が日本中に放映されている事が解からない程「頭が悪い人?」なのか?ここで言う「頭」とは学力ではない「常識理解力」だ。非常事態の「瞬間・初動」においてはあのような上下関係、つまり命令系統を一本化する為に必要な序列でもあるのだが、今や「官民一体」が共同参画して復興するしかないのだ。政治家も農家も漁師も皆同じ土俵にいる事を忘れないでほしいものである。あの大臣は基本的に「土俵の外」にいるから恥とも気付かず「あんな事」が言えるのだ。あのようなタイプの政治家や官僚、さらに官僚のOB達が「旨い汁」を吸いながらやっているから日本はまとまらないのだ。あれを見ていると、本当に義捐金を送って良かったのか?気になって仕方が無い。
2011.07.04
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今日は、自宅の町会の理事会に出席させられました。この街に転居して丁度1年目の4月に「当番制」の「組長」と言う役職を負わされた。とりあえず断らず、波風を立てないように近所付き合いする為には仕方が無いとあきらめて受諾した。・・・で、行ってみると「役員」と称される「組長」は50人以上いてとても驚いた。私は1・2丁目の1組の組長らしいのだが、名簿を見ると10組ある。なので、町内会全体となると役員だけでも50組くらいありそうなので、こんなに人数が集まると言う事らしい。実はこの町内会は大きく分けて2つのエリアがあり、JRの高架線を挟んで「北」と「南」に分かれている。我が家は「北」のエリアに入るのだが、「北」エリアは住み始めてから60年~80年と言う住人が多く、住んでいる土地のサイズも100坪から500坪という大邸宅が多い。大きな会社の経営者や有名人の家もあるので、朝は黒塗りの送迎車が集まってくる光景も見られるのだ。その為、若い住民は一切見当たらず70代~80以上の高齢者ばかりが住んでいる。しかも「環境保全エリア」でもあるので建蔽率が低く建物の高さ制限も厳しいため3F建てを建築するのは難しい。さらに近年はその広大な土地を相続する際に「土地を切り売り」する為、30坪前後に分けた「建売住宅」が増えて来た。要するにマンションやアパートを新規に建築する事ができないので、一戸建てと建築基準法に抵触しない程大昔の古いアパートしか存在しないので、住民の数は極端に少ない。このエリアでは50代の私達は若造であり「若い方が引っ越してきてくれて良かった」みたいに言われてしまうのだ。言わば都会の過疎地みたいな感じでもある。何しろこの北側エリア全体には1軒の米酒店があるだけでコンビニも存在しない。我家から駅まで徒歩1分なのだが、現在駅前再開発で店舗は一つも無く自動販売機が2台あるだけである。・・・で地域住民もこの駅を使いたいのだが、駅にはエスカレーターもないので階段を上り下りする事ができない老人達はタクシーを呼んでJRの駅まで行っているらしい。私達は13分ほど歩いてJRの駅まで行くのだが、この駅がもっと使えるようになれば老人達も遊びに行けるようになり、地域も活性化すると思うのだ。とにかく「金持ち老人」が多いので、この駅からなら上野へ直通で遊びに行けるし都営浅草線を利用する事もできる。ところで、「町会の集まり」なんて普通はつまらない会議が多いのだが、この町会はちょっと違う事に気付いたのだ。住人の中に大学の教授や学校の先生、さらに大企業の役員等が多いので「会議」のスキルが滅法高いのである。今日は「日大生産工学部」の教授が来て、この町会エリアの地質調査の結果と防災対策についての勉強会が中心だったのである。それも市役所の担当セクションの課長から、近隣「工業高校」の校長も会議に加わってのまるで大学の講義をうけているようでもあったのだ。実は東京湾の浦安市から市原市を結ぶ直線上の「活断層」から発生する「東京湾大地震」の発生確率が70%を超えて、非常に警戒しなければならない状態にあるのだ。・・・で、この会のプロジェクトチームは工業高校の生徒と日大の学生が、町内に建つ昭和56年以前に建築された住宅約1500件をすべての「耐震調査を行い、震度6弱で倒壊の危険性がある住宅をすべてピックアップした」と言うのだ。そして、その耐震補強の方法は震度6強の地震に襲われても「家の倒壊」だけは避けられて住人の命は最低限守れる強度に限定しているところが凄いと思うのだ。耐震補強の目的は普通は「家を守る」事を目標にしているのだが、お年寄りの負担でもできる安い耐震設計をプラスし、「命を守る」事にウェイトを置いている。・・・で「市役所」はその学生達から「危険と判断された家」の家主が「耐震補強したい」と申請したら、その工事費用の50%を支援してくれると言うのである。またその耐震設備の設計も学生を中心に「勉強の一貫」で動いているので、1棟あたりの工事費が60万円前後でできてしまうところがまたお見事である。今回、私とおなじように「新米」の組長がもう一人いたが、その方は「阪神大震災」被災者の方で最近大阪から転居してきた方だった。その方は会議の終了後、「地域と役所そして大学の研究室がタッグを組んで地域防災に取り組んでいる姿を診て感動しました」と言っていた。ちなみに大規模地震が発生した場合、道を挟んだたった数十メートルの違いだけで大幅に震度が異なる事を皆さんはご存じだろうか?そんな調査結果も具体的に発表されたのだが、前述の「北」「南」のエリアで想定震度が異なっていた。「南」エリアは「震度6強」それに対して「北」側は「震度6弱」と算出されていた。「強」と「弱」の違いだろう?と思われるが、その「強」の力は「弱」のパワーの1.7倍だそうである。つまり「地盤」が一番重要だと言う事だ。逆に、「強になる」想定されたエリアに住む家の住人達は、それを覚悟して「耐震補強」をすれば良いのであり行政の補償の順番もその「危険度」の高い家から随時行われているそうである。ちなみにすでに4件が完了し、のこり147件について早急に工事を推進していくと市役所の方は言っていた。いやあ、今日は実に有益な会合だったと思っている。前回私が想定した「地震」と土地柄による「耐震性」の違いについて、科学的に証明された事が実に嬉しかったのだ。神社・仏閣はすべて国道より「北」側のエリアに並ぶように多数存在し、数十本以上ある数百年以上経つ巨大な「松の木」も「北」側エリアにしか存在しない。つまり「南」エリアは「巨大な木を支えられない土地」と言う事なのだ。「大昔から続く土地の利用形態は嘘をつかない」と言う事なのである。
2011.07.02
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