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今日は、長男が「スーパークールビズに合わせた服や靴を見に行きたいので一緒に来て欲しい」と言われ、長男と銀座近辺のセレクトショップやデパートをブラブラと見て回った。実は、私が服や靴を買いに行く時は殆ど長男が一緒についてくる。小学生の頃は家内も一緒だったが中学生になると家内には内緒で、秋葉原駅の山手線ホームで待ち合わせをしてウインドウショッピングに連れて行った。もちろん学生服は着替えさせて・・・。家内にバレた時は、「まるでギャルママが自分の娘を渋谷系ギャル?にでも仕立てようとしているのと一緒じゃない」と怒っていたが、高校生や大学生そして就職してもオヤジと一緒に買い物に行ってくれる息子はそれ程いないと思うのだ。オヤジが年をとっても子供との年齢距離は変わらない。いくつになってもカワイイのである。長男と靴を選択しながら「ああだ、こうだ」とウンチクを並べながらショッピングをする風景は、まるでお母さんと娘の関係に近い。私も本当はショップ等において、この親子関係が「兄弟」に思われる事が多くそれが嬉しいのかもしれない。新築した家の私の部屋に設けた6畳サイズのウオークインクローゼットにあるジャケットやパンツさらには靴。小物のベルトなど共有している物も多いのである。特に靴はスニーカーも含めてすべてイタリアから買っているので「本物」しか見ていない。だから今日も二人で「これは言いい!」と思った靴を見つけても価格が7万円だった・・。なんて事になり、結局何も買わずに食事して帰って来たのである。イタリアから買う事が贅沢のようだが、へたするとユニクロより安い物が多いので中途半端な国内ブランドはやはり「価格それなりに・・・」になる。確かに「エストネーション」なんかに行けば納得できる物が多いが、高い物を買うだけならだれでもできる。日本では全く知られていないがイタリアで今売られて、密かに売れているようなホットなものを半額以下で買った方が圧倒的に得である。 このポロシャツは「CALPE’」と言うブランドで、マリンテイストばっちりのカッコイイスタイルである。私も聞いたことが無いが、アメリカのブランドであろうか?イタリアではマリンテイストが大流行しているので、現地セレクトショップが選んだのだろうか?造りはとても丁寧で、背中には大航海時代の地図のモチーフと西洋数字の刺繍が入っている。襟周りには「首からの汗止め」として、柔らかい飾り布でテーピングされ、脇の下には良く見られるリベットによる穴が空き、シャツ内の熱気が抜けるようになっている。この「穴」についてはアメリカンブランドの「ラルフローレン」や「トミーフィルフィガー」の造りにも似ている。ところが、この穴がただの金属リベットの穴ではなく、直径5mm程度の穴の中には何とステンレスメッシュが施されているのである。長男は「いったい何のために?」と私に聞いたので、真面目顔で「海岸で寝ている時に臭い脇の下からハエなどの虫が入らないように網を張ってあるんだ」と出まかせを言った。長男は「成程・・・」と信じていたが、やっぱりアホウである。ちなみに、このポロシャツは昨年12月に2011年春夏新作として発表された時の価格は19,000円イタリアの靴2足と一緒に購入。購入価格はなんと2,000円!イタリアからの送料は通常2,200円だが今回は無料だったので、確かにユニクロよりも安いのである。街中で「同じ物を着ている人」と被る事は絶対に無い・・・。
2011.05.28
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今の会社員は羨ましいですねえ。長男は今年から某大手損害保険会社で働いているが、この会社も「スーパークールビズ」が採用されるとの事である。この政府が打ち出した「スーパー・・・」は今までの「クールビズ」とは大きく変化しまるでビーチウエアみたいである。政府が言うトップスは「アロハも良し」としているが、これは沖縄などの「かりゆしウェア」を念頭にいれているのであり、その地方色のある伝統ウエアを尊重したのでありビーチウェアのアロハではない。長男から「人事部のお達し」を見せてもらうと、実に曖昧である。もちろんアロハはダメだが、トップスはポロシャツがOKでパンツはチノパンとしてあり、政府がOKのジーンズはアウトだった。まあ、一応金融機関なのでこのあたりは妥当だと思うのだが、かっての可笑しな「校則」みたいで解釈に難しいところがあった。まず基本的なポロシャツはOKだが「派手な柄や目立つ刺繍のポロシャツはアウト」だそうだが、つまりラルフローレンで言えば、昔ながらの小さな刺繍の「ポロ」マークはOKだが、数年前から流行りの「ビッグポロ」の刺繍はアウトなのだろうか?ならば「ビッグポロ」の刺繍のダメな具体的なサイズはどの位のサイズの事を言うのか?チノパンにしても「カーゴ」はダメなのだろうか?さらに笑ってしまうのだが、「ショートパンツはアウト」だが「ハーフパンツは△」になっているのだ。ようするに「クロップドパンツ」はOKにしたと思うのだが、この辺のサイズ感覚は実に曖昧だ。何しろ人間には「体型の違い」があるのだから、太めで脚の短い男性がハーフパンツを履く場合パンツの丈の長さ的には膝下になり、細めで脚の長い男性がクロップドパンツを履いた場合もパンツの丈は同じ膝下になるだろう?だが、ご想像の通りこの二者は基準は同じでも、似ても似つかわしくない格好である。靴についても「スニーカーはOK]となっているが、やはり「派手な模様はアウト」だそうだが、これも「派手の基準が無い」のだ。アディダスの三本ラインはOKだが大きな「ナイキのマーク」はアウトだとでも言うのだろうか?長男に言わせれば「靴下について規定では何も触れていない」が、今年のメンズファッションでは細めのチノパンの裾をクルクルと巻いて、脚の踝まで見えるようにしてノーソックスにモカシンやスリッポンを履くのが定番でしょう・・・・と言うがその通りだ。さて、この「お達し」は、この次の月曜日から採用されるらしいが、今の若者にどこまで規定を考えたスタイルに近づける事ができるのだろうか?さすがに「ゴルファーオヤジスタイル」はいないと思うが・・・。。長男いわく東大出身者や地方の国立代出の連中ははお洒落を知らないから、恐らくスーツにノータイが8割だろう?と・・・・。「早稲田屋や慶応の下から大学まで上がった連中なら、期待出来てきっと面白いぞ」と分析していた。だから長男は初日なので、「細身短丈のグレーのジャケットに白のボタンダウンシャツ、細めで少々短めのベージュのチノ。そこに茶色の編み込み細ベルトを締める。最後に靴は茶色のスリッポンで、社内では靴下を履くようにする。」という服装に決めたらしい。まあ、無難と言えば無難だがやはり「スーツ8割」の中に混じれば目立つだろう?月曜日に「他のメンバーがどの程度まで崩して来るか?を見極められるので、自分のファッション価値観を共有できる良いチャンスだ」とも考えているらしい。つまり、「固定観念から脱する感覚を持つ人を見て見たい」と言うのだ。先日スーツをまとめて洗濯屋に出して取りに行くのを忘れた長男は、仕方なくイタリア製の黒に細いシルバーのペンシルストライプのクラシコスーツを着て、目立たないようにネクタイはシルバー系の細い「ヴィヴィアン・ウエストウッド」のシンプルなタイプを締めて行ったのだが、そのスタイルが同期の仲間にはショックだったらしくリクルートスーツを着まわしている新入社員が殆どの中「自分一人が浮いてたみたい」と昨日は言っていた。その件で昨日も書いたように、長男は人事部長から「ズーツと靴」について「自分より良い物を着ている」と言われて、恐らく「皮肉られたのだ」私はと思っていたのだが、今日新入社員の前で「みんな可笑しいと思わないか?右を見ても左を見てもみんな同じ服装ではないか?派手な格好をしなさい!と言うのではなく、彼みたいにもっと自分らしさを出せるようにならないとすべての常識から脱する事が出来ないだろう?先ず皆と違う事をする勇気は大変な事だと思うがぜひ彼を見習ってほしい」と言われたそうなのだ。実は、この人事部長は長男が大学3年生の夏ごろに「絶対にうちの会社に着なさい」と言ってくれた人であり、内定の公式通知において直々に「君は当社の内定者第一号だ」と言われ、信じた長男は就職活動を一切しなかった。その後4年生の頃は人事部付で、次年度採用募集選考の手伝いをしていた関係でこの人事部長を始め、他の人事担当者ともすでに2年以上の付き合いがあったのも幸いしたのだろうが。だから、「この会社はどのくらいの服装まで許されるか?」を十分に知っていたらしいのだ。そう言えば、大学生の頃この会社を穂門中に「お父さんあの会社最高に面白いよ!40代後半の人はみんなLEONオヤジだった」と大笑いして喜んでいた。マスコミ関係や出版社ならそんな社員が社内をウロウロしているだろうが、お堅い保険会社にも「そんなオヤジが許される社風なのか?」と喜んでいたのだ。実は15年位前まで、私も保険会社に勤めていた事がある。長男のような大手保険会社ではなく、中規模の保険会社だったがそれでも金曜日はカジュアルデーとしてノータイでスーツも不要の「ジャケパン」スタイルまでがOKだった。ところがだ、社内誰一人「ジャケパン」スタイルをする人がいない。私だけ毎週金曜日は「ジャケット」に「パンツ」を着て楽しんでいた。部下や上司にも「何で?人事部のお達しだからみんなもやりましょうよ」と言うものの真夏の暑いさなかスーツにネクタイ。大汗かいて見苦しい事といったら・・・。・・・で、仕事の関係で大手の会社に行くとその社内では男女関係無く、見事にカジャアルフライデーを謳歌していた。その光景は、まるで海外のオフィスを見ているようで、はっきり言ってカッコ良かったのを覚えている。つまり、大きな会社程物事をフレキシブルに考えて「効率が良い事はなんでも前向きにやっていこう!」と言う雰囲気があるのだ。そして自分の会社に戻ると、社内は「強冷房中」女子社員は寒くて「膝かけ」をし、厚い靴下まで履いて仕事をしている。そこに暑い暑いと言いながら「汗まみれの営業社員の男達が帰って来る」のだ。彼らはデスクに戻るとネクタイを途中までほどき、首から胸までタオルで汗を拭っている。まるで典型的な「昭和」の会社の光景であった。だから、政府の指針としてスーパークールビズが始まっても「そのスタイルに踏み込めない会社」は沢山出てくるだろう。夏の営業はは「軽装」でも全く問題無いのだ。私の場合、仕事は多岐にわたっているがよほどの事がないとスーツは着無い事にしている。常にジーンズにジャケット。官公庁を廻るのだって、会社を訪問するのもこのスタイルだ。すでに顧客の間では「彼はいつもあんな感じ」という観念ができているのだ。ただし、「ここぞ」と言う場面では、昨日の「サルトリア・クラシコ」のイタリアンスタイルでビシっと決める。すると「ああ、あの人は礼儀も解かってやっているんだ」と納得して貰えるのである。こんな事を長男にいつも話して聞かせていたから、今回「やっちまった」のだろう。家内は「あの子、あんなスーツ着て会社に行ったの?あなたちゃんと注意してよ、まだ新入社員なんだから、変に目を付けられたら出世できなくなっちゃうかもしれないじゃない・・。」やはり世間同様、家内も典型的な「昭和」の人間らしい。
2011.05.27
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オヤジがファッションに拘りすぎていたら、息子も偏屈な人間になってしまった・・・と言うお話。私の父は銀行員だった。父がそれなりの地位になった時に私にこう言った。「男の鎧はスーツだから絶対にケチるな」「靴にも気を付けろ」と厳しく言われ私が小学生の頃の日課は「父の靴磨き」だった。そして私が高校生になると、朝父の着ているスーツを見て「どの靴が適しているか?」のコーディネートをして下駄箱から私が手渡していたのである。銀行員の仕事は顧客の前では「ニコニコ」していなければならないので、自宅にいる父は頑固で変人とも言えた。食事だって父と私達兄弟3人の内容は異なり、「和やか?」な家庭とは縁遠い生活だった。だから今でも父が嫌いで、兄弟3人それぞれ家を建てて実家を出た。ただし、そのように「着る物」の選択眼は養う事が出来た。バブルの頃、ベルサーチに代表されたダブダブのWのスーツが大流行で「遊び人」は競うように着ていた物である。あのジュリアナ東京が真っ盛りの頃である。そんな頃、私は全く異なるスーツ選びをしていたのである。典型的日本人のような品祖で小柄な男達が着ている「ダブダブ」のスーツは、チンドン屋みたいで決してカッコイイとは思わなかったから。私が拘っていたスタイルは、「サルトリア・クラシコ」つまりイタリア伝統のクラシコスーツである。アルマーニやベルサーチのような時代を引っ張るデザイナー工房も多くあるが、伝統を頑固に守る工房もきちんと存在するのがイタリアなのだ。私が固執したスーツとは、イタリア語で「ス・ミズーラ」簡単に訳すと「あなたのお好みのまま」と言う感じかな?いわゆるフルオーダースーツと言う事になるのだが、通称「ナポリ・サルトリア仕立て」と言うスタイルでここにはイタリア人の決められた拘りルールがある。先ず最初に、山のような生地から好みを選ぶ事になる。なので、私の場合は毎回「エルメネジルド・ゼニア」の生地から選んでいた。スーツの特徴で一番目立つのが胸ポケットで、船のように弧を描く「バルケッタ ポケット」すべての縁にステッチが入り袖ボタンは本当に開く「本切羽」、縫い目の留め縫いはアルファベットの「D」に見えるD管留め、そして内ポケットの補強と型崩れを防ぐ「お台場仕立て」上着だけでも数え切れないポイントが決められているのだ。これをすべてクリアして初めて「サルトリア仕立て」の名称を使える事になる。価格は大体30万円前後になるが、当時全盛の生地ヘロヘロで数日着ると型崩れするようなブランド、ダブダブスーツだって20万円以上していたから、30年近く経った今でも着られるスーツは本当は超お買い得なのである。ただ、当時バブル全盛の頃にこんな「ダサイ」(死語)と見られるクラシカルなスーツを探して着ていたのは、間違い無く50代以上のオヤジしかいなかった。ただし、20代でこのスーツを着ていると当時の女性には新鮮に映るらしく、女性受けはみごと?だった。身長178cmで筋肉モリモリ体型の頃だから、この細めのピッタリスーツは真逆のスタイルになる。さすがにこれを着て「ディスコ」(死語)に行くには場違いで全く不向きだったが。しかし、繰り返すがそのスーツは今でも着れるのだ。ダブダブのスーツは世界中から消え去ったと言うのに・・・。作った店も残っているので、最新の「私の人型」も店にあり体型の変化に合わせてリメイクもして貰えるのである。お店前は、有楽町駅からも直ぐだが、地下鉄「京橋駅」に近い処にある「東京ジョンフォード」と言う老舗紳士服の仕立屋になる。最近は、若者向けの支店?「VIESTA 東京ジョンフォード」が銀座1丁目にもあるが初めての方はそっちの方が店に入りやすいだろう。さらなる拘りは「靴」だ。日本人の足には「リーガル」が一番合うと思うのだが、全く同じかそれ以下の価格帯で買える手作りの靴工房がイタリアにはたくさん存在する。もちろん靴底も含めてすべて革製(数か月はやたらに滑る)。縫製も上からから裏の靴底まで、しっかり糸が貫通している。革のなめしも良いので、履きこんでいく内に自分の足型に変化する。女性もフェラガモの靴を購入して足が痛い思いをする方も多いと思うのだが、靴の良さはその痛さを超えたあたりから自分の物になるのだ。安くて、しかも「Aテストーニ」のような高級ブランド靴と比べても遜色無い靴作りをし、私のお気に入りブランドが「チロ・レンディーニ」や「ジョルジョ・リッチ」と言う日本では全く無名の工房である。コストパフォーマンスを考えたら、「こんな安い価格でいいの?」と思ってしまう。 今回、長男から依頼されて今日イタリアから届いた靴ですがこれは「チロ・レンディーニ」ついでに私が購入した靴がこの「イントレ・・・」そうですあの「ボッテガ・・・」風の夏向けスリッポンで、ブランドは「ジョルジョ・リッチ」誰も知らないだろうなあ。もちろん革製で手編みの拘り・・・。これでなんと10,000円を切ります。サイズは二つとも28cm。通常は27cmを履くのですが、イタリアの靴をオーダーする時は必ず2サイズアップします。 今回イタリアからの送料が無料だったので購入しましたが、現物は写真よりも良いです。靴の裏まで拘る感じがひしひしと伝わる感じや、実際の色の良さは秀逸で国産の靴には絶対に出せないでしょうなあ。 前回購入したのはタッセルスリッポンですが、この靴裏の美しさと言ったら・・・。でも一番上の通称ビジネスシューズだが「新入社員」の長男が履くにはもったいないと思うのだが・・・スーツだって8着位持っている。彼はこれで同ブランドビジネス用が6足目、常に同じ靴しか買わない。自分の金で買うのだから文句言えないが・・・。完全に親の拘りが作用している・・・。家内は「あなたのせいよ」と言うが確かに、新入社員の出で立ちではないなあ。昨日は人事部長から「君のスーツと靴は、私のより高そうだ」と言われて自慢していたが、馬鹿かお前は? それはただの「皮肉」だ!
2011.05.26
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少し夏向けに雰囲気を変えてみました・・・。ブログを始めた頃、一番最初に選んだカラーです。自分としてはとても懐かしい柄なのです。それはジーンズにのめり込んで中毒の真っ最中の頃でもあります。このブログを始める前から、私は個人的にジーンズにのめり込んでおりまして少しでもお小遣いがあると「珍しいジーンズ」専門に集めていたのです。その頃から今までずっとビジネスでも講演でも雑誌取材でも、すべてジーンズにジャケットで通しています。ただ、普通のマニアだったらビンテージ物に凝るのだろうけれど、私が夢中になったのは当初からデザイナーブランドの物だけでした。今でこそ、どんなメゾンブランドでもジーンズは作られています。でも、この事って昔では全く考えられない事だったのです。「デニムは作業着、金の無い学生が履く物」なんてイメージが世界中でありました。ただし、アメリカでは日常的に老いも若きも履いていて、アメリカ人の国民服みたいな感じでもありましたが、反面ヨーロッパにおいては「作業着」としか認められず、レストランではもちろんドレスコードに引っかかって「ジーンズは立ち入り禁止」が当たり前でした。ところがです。あの「ドルチェ&ガッバーナ」が、今まで見た事が無い「細いタイプ」て今で言うスキニーですね、そのデニムをクラッシュさせてデザインデニムを作ったのです。そして、そのデニムにジャケットを合わせたスタイルが私にとってあまりにも衝撃的だったのです。まさに「かっこいい」の一言。でも当時「ドルチェ&ガッバーナ」なんて売っている店は無く、そもそもデパートなどにもジーンズ売り場なんてありませんでした。アメカジの珍しい変わりモノ?が欲しい人はみんな上野「アメ横」に行き古着を買っていたのを思い出します。それがまさか、イタリアからこんなのが出るなんて・・・。彼らが作った「ダメージデニム」は、ただ適当に生地を破いたと言うダメージではなく、位置が計算されつくされた「破けた部分がデザイン」そのものだと言う事を知ったのですな。 左側の背の高い男性が「ステファン・ガッバーナ」右の小さな男性が「ドミニコ・ドルチェ」そして、左側のステファンが履いているジーンズ。これが、極めつけで当時さらに世界が驚いた「クラッシュさせてペンキで汚したモデル」になります。このデザインが発表されてから数年経っても彼はこのモデルを履いてプレスの前に出ているので、よほどのお気に入りだったのでしょう。つまり私の原点がこのデニムだったのです。とにかく数が少ない。当時は彼ら自身が手作りで1本、1本作っている・・・。そんなジーンズ。たかがジーンズで10万円を超える価格なんて・・・。それからファッション関係の仕事でイタリアを度々往復している知人に依頼して、この「ドルガバのクラッシュペイントモデルを探し出してくれ!」となったのですな・・・。・・・で手に入れましたのが、コレ。ステファンが履いているモデルは、カラーがインディゴに近いウオッシュを少なめにしたパターンであり、さらに手を掛けてアイスブルーに近くなるまでストーンウオッシュかけたのがこのモデルです。ポケットから「軽石」がゴロゴロ出てきました。 ペイントの位置、クラッシュの位置、すべて同じ位置。つまりこれが「デザイン」だからなんです。この1本が私のファッション感覚を完全にリセットさせて、以後180度異なる服が増えていった時期なのでもあります。しかも彼らはパーティーを含めてどんな処にも、これらのクラッシュジーンズをはいて登場したものだから、当然イタリアでブレイクしとうとうデニムパンツが市民権を得た感じ。その後はご存じの通り世界的な大ブレーク。殆どすべてのメゾンブランドからデザイナーズ物デニムが売りだされたと言う事なんです。・・で私がさらに熱中したデザイナーが「トムフォード」彼が、「イヴ・サンローラン」でデザイナーになると、「リヴ・ゴッシュ」のジーンズを追い求め・・・。彼が「グッチ」に移籍すると、今度はグッチのジーンズを追い求め・・・。・・・と、のめり込んでしまったのですな。これがブログタイトル、「デニムデザインの虜」なんです。つまり、このドルチェ&ガッバーナの1本が私のファッション人生を変えてしまったと言うお話がブログのスタートなんです。その後は最悪の「大人買い」の連鎖反応・・・。「ジョン・ガリアーノ」「Dスクエアード」「ルシアン・ペラフィネ」「アレキサンダー・マックイーン」「CNC」etc 変わったところとしては「エトロ」や「ミッソーニ」などの「え?」とも思われるブランドまで・・・。最後は「ルイ・ヴィトン」からも発売する事になり「国内入荷しそうだ」と言う情報を聞くやいなや徹底調査。さらに「国内に3本」だけだと言う事から入荷前から予約したり・・・。その当時、ヴィトンの銀座店にしてもアパレルは本当に少なく、ましてメンズ物なんて「お爺さんの衣装?」なんて感じが数点あるだけ・・・。こんな時代だったのですから・・・。当然、後出しのLVジーンズのデザインは時代柄「股上は浅い」ものの、渡り幅の太さや裾までの直線的流れが、どうみてもフレンチデザインの「おじさん的ジーンズ」のデザインだったので、なんとかしたいと思い始め、とうとう買う度にリメイクしていましたなあ。 インディゴはノーマルモデルでブラックがリメイク後のLVデニム、元は同じ太さだったものを「スキニー」タイプで裾幅18cmへ変更しちゃった・・・。 これなんかは、「テーパードスキニー」にリメイクしたLVのジーンズ。ヴィトンのデザイナーさん、まさかこれも「マーク・ジェイコブス」ではないでしょう?まさかマークさんが「こんなにダサダサなデザインする訳無い」と信じてリメイクしちゃったたもんです。世界中広しと言えど、LVのデニムを買う度にリメイクしているオヤジがいるなんて事をデザイナーが聞いたら怒るだろうなあ・・・。まさに中毒になるとこうなってしまうのですねえ・・・。
2011.05.23
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東京を含む近県は本当に放射線被害は大丈夫なのだろうか?毎日のように新しい問題が公表され、今度もまたまた海への汚染水ダダモレの事実が公表された。発表された数値の「20兆ベクレルだった」なんて言われてもピンと来ない。またそのニュースを聞いた国民も「それは大変だ!」と声を上げる人も減っている気がする。もう、どこまでが危険で何が危ないのかまったく解からなくなってきた。出荷前の農産物が制限される事は数値の限度額が決まっているので仕方ない事だが、今流行りの「家庭菜園」の農作物なんかは食べても大丈夫なんだろうか?「洗えば良い」と言われるが、それは外気から付着したものであって、土から根へと吸収されてしまったら洗っても放射能は消えない。かと言って、ご丁寧に地域別放射線量を発表されても私達にはどうする事もできない。「ああそうですか?」と納得せざるを得ない。避ける事もできないのだから・・・・。お偉方は例えとして避難区域では「放射線の積算数値」が許容数値を超えるのは50年位かかると言うがが、そのため積算数値が許容範囲を超えて「将来的にガン発生の危険が増加するから危険」なのは幼児や子供だと言っている。ならば50歳過ぎの大人や老人は「避難区域」にもう一度持って、以前のように生活したって良いではないだろうか?60歳~80歳の方に「50年後にガンになるかもしれませんよ」と言って追い出すには無理と言うものだろう。本人が「避難区域にそおのまま住んでいたい」と言うならさっさと解放してあげた方が良いと思うのだ。東京電力や政府だって、そのような方々の「自宅での生活の面倒」を診て上げた方が安上がりだと思うのだ。知人には釣好きが多いのだが、茨城・福島・宮城の各県は海も山も絶好の「魚釣りポイント」が多い。特に沿岸部の港などでは様々な種類の地魚が釣れる。・・・で、知人はそろそろ釣りに行きたいのだが、自分で釣った魚を安心して食べる事ができるのだろうか?と心配していた。万一食べた魚が「強度汚染された魚だった」としても、自分で勝手に獲って来て食べたなら、当然「補償対象外」だろうと思うのだ。前に伊豆諸島の火山活動で全島避難した島があったが、立ち入り禁止が長い事続いた影響で魚も貝も恐ろしく大きく育ち、巨大な伊勢海老だって現れた。その後、島の住人が戻れるようになると「釣り人」が大勢乗り込んで来た。・・・・と言う話があった。だが、その時は自然災害の「火山活動」であり、終われば自然に戻って当然だ。しかし、今回は違う。誰からも釣られなくて、汚染地域でそのまま大きくなった魚にはそれなりの食物連鎖によって次々に「危険物質」を蓄えて増幅しているはずなので、それこそ想定外の数値になるはずである。そんな事誰でも解かっているので、「そろそろ釣りに行くか?」とは言わない。ただ怖いのが、中国のスイカ爆発事件ではないが「売れれば良い、食べるやつの事なんて関係ねえ」なんて思う連中が、福島県の危険区域の砂浜で大量の海産物を密漁し密かに売っていたら?と思うとさらに風評被害がおきてしまうだろう。だから、正規ルートで流通された店頭水産物なら安心だろうが「路地販売」されている「格安水産物」については要注意かもしれない・・・。震災後、原発の被害を知ったオーストラリア人の親友が、私と家族に向けて何度も「日本を脱出してオーストラリアで暮らせば?」と言ってくれていたが、再三の提案を断っていたらとうとう「僕の家でしばらく一緒に暮らせばいいじゃないか・・・。」とまで言う内容のメールがあった。「本当に心配してくれているのだな」と心から感謝していたが、今になって思うと「本当に日本を脱出しなければならない」と考える日が来ないでほしいと思うのだ・・・。
2011.05.21
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東京電力の会見を聞くといつもイライラする。どこかに「隠したい言葉」がいつも裏側に存在し、なぜかいつも「高い処?」から見下すような話し方に見える。現場の記者達の質問からもイライラが良く伝わる。「電力」「ガス」は必要不可欠のモノだから独占されていたら、従う以外に方法は無い。そんな事はないだろうが、開き直って「そんなにいじめるなら時々電気停めちゃうぞ」なんてやられても、私達国民は強制的に従がわせられるだけである。入院する前に、「日本の電気代が高い」とこのブログで書いたら「そんなに高くない」と言う意見をいただいたが、「電力関係の方?」ではないの?と疑いたかった。震災前の日本全国の「発電量」からしてみれば「もっと電気料金を下げる事ができたはずだ」と言いたかったのだ。他国の場合例えばヨーロッパでは隣国から電気を購入したりしている国もあるが、そのような国の電気料金は当然高くなる。これだけ多くの原発を保有し、その殆どが現在停止しているにも関わらず電力供給が止まらずに「何とかなっている」状態を見ると、最初からそんなに沢山「原発」は必要だったのだろうか?と誰でも思うのではないだろうか。「真夏のピーク時が不足して節電しないと大変な事になる」とは言うが、オール電化住宅を推進してきたのは電力会社に他ならない。我が家は、昨年新築したがあえてオール電化にはしなかった。電気は電気、ガスはガス、水道は水道である。昔のように別々のその方が使いやすいからだ。ちなみに、隣家はオール電化にしており「停電時」に悲惨な事になっていた。それはトイレだ。オール電化にすると「トイレの水タンク無し便器」を導入する例が多いが流す時に電動ポンプで強い水流が流れるスタイルだ。だから停電になると便器は使えなくなる。アパートで古い水洗便器のある空間の方が優れていると思うのは私だけであろうか?私は「リスクコンサルタント」としての顧客提案も仕事の一つであり、あらゆる「災害」や困難を想定してアドバイスしている関係で、新築の家もあえてオール電化にはしなかった。皆さんは災害を実感して、災害に対応できるのは「アナログ」の世界だと気付いた方も多かったのではないだろうか?例えば、環境の良い「浦安」の埋め立て地域に大金をかけて「耐震・免震」の高級住宅を建築しても、被災した方々には本当に失礼だが「家ごと沈んでしまったら」耐震も免震も何の意味もない。20年以上前の事、友人で三井不動産に勤務している友人が「見た目は綺麗で今後千葉県で一番の高級住宅地に変貌するが、私は怖くて浦安沿岸部には住めない」と言い、内陸部の不便なところに家を建てていた。なので、昔から千葉県に住む住人は知っていたし、昔あのあたりの土地の購入時には「液状化の恐れがありますが・・・」と万一の災害を想定する「誓約書」を書かされたエリアもあるのだ。だから、自分の人生をかける「家の建築」はまず「土地探し」なのである。あの津波で流された村の他に、高台に集落を作っていた村がありその住人は全員助かった。集落へ向かう坂道の道筋にかなり古い「石碑」があり、そこには「これより下に家をたてるべからず」と書かれていた。土地を買う時、利便性や街の地名を気にする方が殆どだがそれは二の次で良い。一昨年まで住んでいた私の家は、JR・都営新宿線・私鉄の駅に徒歩5分以内で行ける好立地の土地だったが、昔沼だったところであり大型車が通行すると「異様な振動」が気になっていた。まあ、転居理由はいろいろあるが、新しく土地を探す時地図を広げながら一番最初に探したのが「神社」だった。そして、道を隔てて神社が4つもあるエリアを見つけて「その近辺」を探して見つけたのが今の家が立つこの土地だ。購入を前提にして土地調査会社に地盤調査をさせて、徹底的にしらべさせた結果地下10m下に、断層からも離れた広い岩盤層が在る事が証明できたのだ。昔の人は言ったものだ。「家を建てるなら神社仏閣の傍にせよ」・・・と。その近くに「免振・耐震」構造の家を建てれば良いのだ。そしてあえて、昔ながらの「アナログ化」オール電化なんて絶対にしない。ガスは「エコジョーず」であれば格段に安くなる。そして、家の耐震基準は木造「地震耐震等級3級」で完璧だ。自動車レースではないが、揺れの強度を付けるなら「本体の重量を軽く」した方が強度を得やすいのである。紙のような軽さではなく、カーボン繊維のように意味のある軽さと強度を持つ素材で建てれば重量のある「コンクリート住宅」よりも、結果的には強い家になる。そしてソーラーパネルを乗せる。それも通常の2倍位のパネル数は欲しい。「採算合わない・・・。」と言われる方も多いが、パネル数は30枚以上欲しい。安い住宅で「オマケのような太陽光パネル」では意味がない。 我家の「西側」。東側に同数と、接続した右側にほんの少し見える白い建物の賃貸棟に10枚設置している。ちなみに今月の我家の電気料金請求書を見ると、基本80Aで昼間162KW・夜間が222KW・・・ 請求額は7,540円だった。しかし、東京電力に売った電気の量が662KW。つまり6月7日に振り込まれる「売電」の収入は×48円。31,776円になる。上記「昼間料金」は、夜間電力カウント以外の太陽が出ていない時間帯も昼間料金になるのでソーラーでは発電できない時間帯や日照が少ない雨の日を含んでいるからだ。後は「蓄電池」が大量生産されて価格が下がれば、本当の「エコ上手」になれると思う。
2011.05.19
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新入社員として今年保険会社に就職し、4月から被災地の損害調査に駆り出された長男が昨日帰宅した。「父親が入院した」と言うメールにも返信せず、家内が電話するとワン切りしていた。「きっと、もの凄く忙しくて精神的にまいっているのだろう」と良い方向で考えていた。それが、全くちがったと言う事は昨日の話・・・。被災地でどんな仕事してたの?と聞くと「スタッフ30人をまとめるリーダーだったから忙しかった」とは言うものの「被災地の被害はどんな感じだった?」との質問に対して、「わかんない、だって何も見て無いしどこも普通の生活してたよ・・・。」と言う。先日見たNHKの特集で「震災当日から3カ月後の様子」をやっていたが、茨城県の沿岸部も宮城県なんかと同じく悲惨だった。疑問に思い聞いてみると、「毎日ホテルの会議室で、事故受付書類なんかの整理を分類別に整理してPC入力チェックしていた」と言う事で殆ど屋内労働だったらしい。そして、そのホテルに宿泊しているので表に出る事は「食事に行く時」と「遊びに行く時」だけだったのである。そんなに余裕あったなら連絡ぐらいしろよ!と叱ると、「田舎だから電波の状況が良くなかった」と言いながらも、「・・・のウナギは旨かった」「常陸牛のステーキもいいねえ」「さすがにアンコウは季節外れだった」「ほんとうは地魚の寿司が食べたかったけれど放射線が気になってねえ・・」休みの日は電車を乗り継いで「アウトレットモール」に行き、ジーンズを2本アウターを一着買ってきていた。モノはすべて「トゥルーレリジョン」で、ジーンズの定価は1本4万円、アウターは2万円。「それが全部半額以下だったんだよ~!」と中学生のようにはしゃいでいた。そんな様子に全く怒る気が無くなった。・・・で家族への土産は「ワラに包まれた水戸納豆2房」だけだった。そして今日家内が「宅急便着払い」で届いた箱を開けてみるとすべて汚れモノであったので洗濯機に入れたのだが、干すときになって「その異常さ」に気がついた。家内が3階のバルコニーから「ねえ、ちょっと来てよ」と言うので上がってみると・・・。なんと、パンツと靴下のオンパレード!なんと、ほぼ宿泊日数30日に近い枚数があるではないか!パンツが25枚。靴下は23足。行く時持って行ったのは1週間分の8枚づつだけ。つまり現地で不足分を購入したらしいのだが、家内が「あきれた!一度も洗濯しないで毎日買って着替えてたの?」「違うよ!30日以上いたんだよ、枚数が合わないじゃん」・・・て言うので、あきれた私は「お前、雨降りかなんかで外に買いに行けなくて、在庫が無くなった時に同じパンツや靴下を連チャンで履いていただけだろ!」と言うと。「その通り!お父さん凄いね、よく解かったね・・・」とニコニコして喜んでいる。被災地では皆さん苦労していると言うのに、水戸偕楽園に観光に行ったり一泊ミニ旅行に行ったり精一杯遊んで来ただけではないか・・・。それを責めると、『「休日は自由にして良い」と人事部の人が言うので、「日帰りでなくて宿泊してきてもいいですか?」って聞いたら、「子供じゃないので大人の対応でお願いします」って言うんだもん、そりゃあ温泉なんか行きたくなるよね?』・・と、サラリとのたまう。他のメンバーはどうしたの?と聞くと「みんなは日帰り旅行しか行かないって言ってたから、お陰で一人でのんびり旅行できて最高だった。」と言うのだ。『誰か「一緒に行く」なんて言ったらどうしようかと思ったけど「お金がない」って誰も来なかったよ。これでもけっこう気を使ってたんだよ、みんなお金がないって言うからウナギとかステーキを食べに行く時も一人で行ったんだよ』つまり自分は気を使って遠慮していたと自慢している。「ちなみにウナギはいくらだったんだ!」と聞くと、「松」の上で特上と言うのがあって4,900円!って凄いのがあったんだよ」・・・と。バカ!それは高すぎるよ、お父さんだったら2,000円以上出せない・・・」すると、『浅草のウナギの有名店(頑固おやじで有名)・・・で食べた時、店主の親父さんが「鰻を食うときゃあその店で一番高いのを頼むのが、一番得なんだ」って教わったんだもん』と言う。・・・お前、浅草のあの店行った事あるんかい!お父さん一度も行った事ないぞ!と言うと、僕だって5回位しか行ってないよ・・・。・・・と言い、その頑固親父に気に入られて「鰻の善し悪し」なんかの裏話を教えて貰ったらしい。普通の人が「鰻屋」みたいな専門店に入ると5割位の人が「特上・松・竹・梅」の「竹」を選び、3割位の人で主婦やサラリーマンは大体「梅」を注文する。接待だな?彼女への奢りだな?なんて時はだいたい「松」なんだって・・・。『一人でふらりとお店に入り、いきなり「特上」を注文されると、何十年と鰻を焼いていても緊張するぜ』と聞いた事を信じているらしい。そこで、仕事中に知り合いの鮨屋の親父に聞くと、「その通り」だと言う。寿司も鰻もその店で一番良いネタは基本的に単価が高く利幅が薄いんだそうで、その店の看板でもあるから変なモノ出せない。だから採算度外視のネタを出す場合もあるとの事。「並」「上」程度のランクは「それなり」で納得されるから利幅も大きいらしい。23歳の若造が老舗の鰻屋にふらりと入り、いきなり「その店で一番高い料理」なんか注文すると、今流行りの「雑誌社の覆面調査かもしれない」と感じる店もあるそうだ。長男の体に染みついたこれらの生活パターンが、良いのか、悪い事なのか?長男は、親族で唯一生まれた「男の子」さらに一人っ子として、近くに住む裕福な叔父、叔母、爺さん、婆さん、など年齢の高い大人に囲まれて育った結果だろうか。親の想像範囲を超えている。「育て方」を間違えたと言うより「一人っ子」として、自分で身に付けた習性なのかもしれない。ちなみに、私があの「浅草の老舗」に一人で入ってカウンターで親父と会話しながら食事なんて絶対に無理だ・・・。
2011.05.18
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病院に入院中の話だが、患者の8割以上が老人であった。それは今の世の中仕方がない事なのだろうが、実は横のベッドに入院してきた80歳だと言う老人が看護師と話しているのを聞いた。老人は昨年までホームレスだったらしい。ホームレス歴は8年で昨年の秋公園に一人のサラリーマン風の男が現れて「今年の冬は寒いでしょう、私達はボランティアで家の無い方々を救っている団体です」みたいな事を言ったらしい。その老人は、看護師に対して『アパートの個室に住まわせてもらって「家賃・ガス・水道・電気」すべてあの人たちが払ってくれて、毎月2万円のお小遣いまでくれて神様みたいな人達なんだ」と自慢げに話していた。看護師は入院の付き添いに現れた男性に「この方とあなたのご関係は?」と聞くと「私は理事長に頼まれて入院介助をお手伝いしている者です」としか言わない。看護師は「その理事長さんが身元を保証されるのですか?ではその方の連絡先を教えて下さい」と言ったのだが、その看護師からしてみれば当然だ。「社会から遠ざかっていた老人」という方は身なりが少し良くなっていても「社会的常識」と言うか「現代の生活に全くマッチしていない」のが、何となく原動で解かるのだ。さらにこの老人に親戚や身内がいないと男は説明していた。看護師が理事長と名乗る方に連絡を取るようにしつこく言うと、男は「わかりました、私ではダメでしょうか?」その後看護師の耳元で「実は彼生活保護者なんです、後で書類等は当方ですべて用意しますので病院様にはご迷惑はかかりませんから」と言い、看護師は「ではあなたのお名前をお願いします」と聞くと「まいったなあ、名字だけではだめですか?」なんて訳のわからない困り方をしていた。別に悪い事している訳無いのなら、最初から堂々と自分の名前を名乗ればいい。病院としては「治療費」を踏み倒されなければ良い訳で、「生活保護者」として証明されればお金の支払いは約束された事になる。この時点で、老人も3食付きのベッドで治療を受けてお金の心配も無く病院とすべての手配をした男は善意のボランティアと言う立場で話は終わる。だが、これはれっきとした「商売」なのだ。・・・と言うより「詐欺」に他ならない。手口はこうだ。このような「団体」を名乗る会社は「不動産業くずれ」だったり関係者が多い。先ず「古びて入居者がいない」「外国人には貸したくないが、入居者が来ない」などでガラ空きのアパートを探し出し、オーナーに一括借り切りを交渉し格安で借り受ける。例えば、「一棟8部屋・風呂無しトイレあり6畳一間」で本当は1室3万円位の格安で募集しても入居者がいない。「なら8室で8万円ではどうか?」と交渉すれば、全く入らないよりマシか?となりまとまる。・・・で入居者は「ホームレス」だが、けっこう簡単に集まるらしい。条件が天国みたいな話だからだが。実はそのような「団体」は「生活保護」として「入居者」の老人達に支払われる「公的機関の生活保護費」が目当てなのである。具体的に言う訳にはいかないが、上記のように「アパートの家賃一人当たり1万円と高熱水費とお小遣い」を負担しても一人当たりの「諸経費」は5万円もかからないだろう。「生活保護」で入金されるお金は「本人の通帳に振り込まれる」が、通帳とカードを「第三者」に押さえられているとしたら・・・。その第三者が管理する通帳からはきちんと「光熱水費」が引き落とされてから、差額は全額引き出される。入居者は「お小遣い」も貰っているので、「確かに生活保護のお金を受け取っている」のは事実だ。不通2万円で生活できるか?と思うが、それまでホームレスだった人からしてみれば「何とかなる」らしい。・・・で「団体」は時々「米」等を差し入れしたりして「良い人」を装う。つまり、生活保護として入金されるお金と上記「諸経費」ここでは5万円と仮定すると、その差額が「団体の儲け」になる。ターゲットの老人はそのようなシステムにも気付かず、自分が実際は毎月20万円を超える生活補助を公的機関から受けているなんて事は理解不能で誰も知らない。その怪しい団体の利益が一人当たり15万円なら、8名「管理」すれば月々120万円が手に入ると言う事だ。さらに管理入居者を「入院」させてしまえば、管理する諸経費はさらに減って団体が手にする金は確実に増える。ついでに入居者の中で「働けそうな元気な人」は、その日限りの単純労働に派遣し「差額をピンハネ」する。「入居者」も臨時賃金が貰えれば、それなりに喜ぶだろうが最後がは「病院送り」となるのだろう?その病院に現れた男は看護師に「すみません、3階と5階にもこの方のご近所の方が入院してますので、ちょっとそっちにも用があるので行ってきていいですか?」と言って立ち去って行った・・・・。以前から「手口」は聞いていたが、実際に見て驚いたと言う事だ。こんな事バラしたら、私は殺されちゃうかな・・・。
2011.05.16
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今日の10時半に退院することになったが、結果的にいうと今回の異常に関する原因はつかめなかった。一番の異常は「複視」つまり物が二重に見えて結果、眩暈を起こしたのだが「脳梗塞」の特効薬を点滴したところ二日で正常に戻った。しかし、手足の重い痺れについては入院時と変化はない。「被曝」を気にしながらのたくさんの検査にも関わらず原因は判らなかった。ただ、脳梗塞の薬が効いたことから、脳と視神経に関する部位に問題があったことには間違いない。2月に初めて発病しこの大学病院に緊急搬送された時は、完全に右半身不随で口からの飲食、自力排尿もできない状態、しかも左半身は正常にも関わらず「植物人間」同様だった。まったく意識が無いのならば初めての「介護生活」にも気を使う必要はないだろうが、頭はしっかりしていて、左半身でなんとか自分で動けそうな気がするのだが「寝たきり状態」は殆ど変わらなかった。慎重177cm体重83kgのどちらかと言うと大男が寝たきり状態の介護生活は、看護士さんの苦労は想像できる。寝たきり状態なので、赤ちゃんと同じなのだ「おしめ」着用、前を開けばすぐに裸にできる介護複。尿道には尿導入管が差し込まれて、『「大」は「おしめ」の中でして下さい』と言われても出せる訳がなかった。・・・と言うか、口から物を食べていないのだから出るものもなかったのだが。倒れた当日は、翌日イタリアに出発しなければならなかった事で、朝から仕事が忙しく朝食も昼食も食べていなかった。そして朝快調にスッキリと排便。だから腸内は見事にカラッポだった。なので、「おしめ」は股間ベッドの上で洗って貰うときの「給水マット」となっていた。まあ、3日もすると若い看護士さんにも「恥ずかしい姿」を晒すのにマヒし観察する余裕までできたが・・・。その頃医師は家内を別室に呼び、「このままだと良くて車椅子の生活で、最悪の場合寝たきりで自力排便も飲食もできない要介護状態になることが予想される」と言われたそうだ。しかし、この特効薬がいきなり効果を示しいきなり手足が動くようになってっきて、20日目には一人で立てるようになった。その後リハビリ病院に転院したのだが、その病院の入院受付には家内と二人で入院荷物を持参して、歩いて入った。受付では「歩けない患者の入院」と連絡があったので専用車椅子が用意されていたが、元気そうな私たち夫婦以外、患者らしき人が見当たらないので、「すみません患者さんはどこですか?」と聞かれ「私ですが」と言って前代未聞の入院騒ぎになってしまった。私にとっては、それほど効果があった薬だったので今回の緊急入院の理由となった複視は「精密検査する前に異常部分が終息してしまったのではないか?」と言うことになったのだ。・・・で、疑われたのがゴールデンウィーク前に自宅のベッド横で転倒し「右後頭部」をベッドの木枠にぶつけた事があった。右後頭部と言うことは、私の右半身と言うことで「痛みや熱さ」を感じない側なので、そのときは「痛み」がまったくなかったので、あまり気にしていなかった。今の担当は「内科」である。だから、外科的要因となるとあまり知識が無かったようで、今回の症状の原因をつかめないまま私の今回の退院はさせたくなかったのだ。昨日、私の知り合いで整形外科病院の院長が「大きな大福」を山のように「お見舞い」と称して持参し、「指摘の首部分の脊椎損傷から視神経に問題は出ないはずだが・・・」と言っていた。しかし、20日首のMRIを受けて白黒つける必要があるのは間違いない。もしかすると3度目の入院生活が始まるかもしれない。こんなオヤジの状態にも関わらず、見舞いのメール一つよこさなかった長男が昨日一ヶ月ぶりに帰宅した。4月に損害保険会社に就職し、いきなり各種資格試験を取らされてから「地震被災鑑定」の教育を集中的に勉強させられた挙句、被災地派遣となったのである。長男は茨城県北部沿岸部の地域から内部の「涸沼」あたりまで及んだ津波被害を担当したらしいのだが、出発から一ヶ月間当方からの連絡は一切通じなかった。聞くところによると、『本社から増員された「班長」として現地スタッフをまとめている』と聞いていたので、「かわいそうに、きっと忙しすぎて連絡どころではないのでしょう」という家内の想像を信じて「連絡おかまいなし」としてきた。ところがである。昨日帰宅して家内が聞くと、「本当は土曜日で仕事は終わったけれど、現地の人が観光に連れて行ってくれると言ったので、宿泊先のホテルを自費で延泊して水戸偕楽園・アウトレットでショッピングしてきた」と言うのだ。・・・で現地滞在中にもお休みの日があったので、「ご当地旨いものめぐり」をしてきたと言うのだ。もちろん被災地域以外だろうが・・・。それを自慢げに「ステーキは・・・が最高だ」「ラーメンはあそこだなあ」「ウナギは霞ヶ浦より被災地の涸沼の方が美味しかった」などと、ぬけぬけと言ったそうである。家内はあきれて「被災地でもウナギ食べて遊んでたんじゃない」と怒ったが、「何を言いますか、被災地での消費こそが復興の第一と考えて有金のすべて使ってきて、お小遣いはカラッポです」と威張っていたらしい。まあ、現地では一ヶ月間たっぷりと「美味しいものを食べ歩いた」のは間違いない。そう言われれば長男は少し太ったようだ・・・とは家内の話。
2011.05.16
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最近は被曝線量を気にする人が多くなったが、入院中の検査におけるCTスキャンの方が莫大だと言う事に気づいた。「原発」の専門家たちは「胸部レントゲンやCTスキャャンに比べれば、街中の放射線量は微々たるものです」みたいな説明をする。しかしだ、闘病中の検査においてレントゲンやCTスキャンを度々受ける者から言わせれば「気になる例え」だとは思わないのだろうか?健康な方は、レントゲンやCTなんかを受ける頻度は少ないだろうが・・・。私の場合は2月9日に「脳梗塞」により延髄と左脳の一部が死んだ為、当初は右半身不随になってしまった。治療方法は「点滴」による投薬という至って簡単な処置になるが、あまり知られていないがこの病気は再発を繰り返すことが多い。実は、「若い」と言うこともあり前回の入院は30日で完了し、このようにブログを右手で打ち込めるくらいに回復し、歩くことも普通になった。ただし、見た目とは裏腹に右半身は常に痺れている。感覚は、「長く正座した後の足の痺れ」的で、触っても感覚が無い。実は右半身は今でも「冷たい」以外感じない。・・・と言うか、何を触っても「氷のように冷たい」のである。ボールペンや箸を握っても「氷の細い棒」であり、このタッチキーだって触れている指先はジンジンと冷えて感じる。まあ、体の右半分「シャツ・ズボン」触れているものすべてが冷たいので「今年の夏は涼しく過ごせそうだ」と良いほうに考えている。さて、私の「闘病」だが前述の通り「再発」との戦いになる。実は5月9日に入院し、とりあえず明日退院する。今回は連休前に、通院中のリハビリ病院にて計測した右手の握力が22kgから7kgに激落ちした事で、担当医師から「再検査をしなさい」となったのである。・・・で、その病院にて頭部「CTスキャン」と「MRI」を1回づつ受けたのである。さらにその病院から「最初入院した大学病院」の担当医師に連絡され、「大至急精密検査をしなさい」となってしまったのだ。仕方なく大学病院にいくと「MRIは予約いっぱいなのでCTをうけて下さい」となったのである。(これでCTは今日だけで2回目)診察の結果CTではなんとも無く、医師は「見た目は大きな変化が無いが細部が見えないので5月6日にMRIで検査しましょう」となった。6日の結果は9日に診断されて「今回はなんでもないでしょう」との診察であったので歩いて帰宅したのである。この大学病院は自宅から徒歩10分くらいの場所なので特に苦痛な距離ではない。ところが、帰宅途中に足取りが酔っ払いのようになりそれでも自宅に戻ると仕事があるのでパソコンを開こうとすると、キーボードが上下に2重にダブッて見えたのである。すべての物がダブッ見えるので眩暈が起きる。片目で見るとなんでもないのだが、要するに右目と左目の見える物体の位置が違うのである。家内はもう一度担当医師に電話すると「大至急入院してほしい」と言うことになった。脳梗塞の典型的な症状で「複視」と言うらしい。・・・で「おそらく脳内部ではなく延髄から首の部分が怪しい」と言うので、またレントゲンとCTスキャンを受けることになったのである。入院中にMRIを追加し・・・。なんとか今は回復している。その通り、今月5月だけでレントゲンを2回、CTスキャンを3回も受けている。最初に戻るが、計算すると頭部CT1回の放射線量は6,900mSvつまり3回受けると20,800マイクロシーベルトにもなるのだ。2月に1回、3月にも1回、さらにレントゲンが4回分プラスされるので、どう考えてもここ数ヶ月で軽く30,000mSvを越す被曝を受けたことになるのだ・・・。これってかなり大きな数字ではないのでしょうかねえ。今まで病人の方々は放射線量なんて気にした事無かったのだろうけれど・・・。お偉いさんがあんな「たとえ」を言うものだから、受けている当事者からしてみれば気になって仕方が無い。ちなみに20日にもう一度MRI検査が入っている。MRIは、「X線」ではなく「磁気」なので被曝の方は問題無いのだが・・・。
2011.05.15
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今日で入院6日目になる。主治医は「後1週間は入院した方が良い」と薦めるが、仕事を休む限界が16日だ。これ以上の時間的猶予はないので、20日にもう一度MRIを受けに来院する事で退院を了承してもらった。そのため、点滴は今日の夕方ですべて外される事になった。今、私の病室で看護士さん達から人気があり「ご満悦」なのが、我が家の庭に咲く「バラ」である。今年は昨年秋以降の手入れの甲斐があり、多くの花を付けてくれた。その花の特徴は、つぼみの時は濃いオレンジ色で花が3部咲きくらいになると中央から黄色が表れ出し、花びらの淵のみがオレンジになる。さらに完全に花が開くと最初オレンジ色だった淵の部分が最後はピンク色に変化するのです。そして香りが凄く爽やかなのだ。あの化粧品ロクシタンの「ローズ」をご存知の方は創造できると思うのですが、あのローズの香りを薄くしてほのかににシトラスを混ぜたような感じ・・・。難しいなあ・・・。・・・で、私のベッド脇に置いてあると非番の看護師さん達が「色の移り変わり」「香りの変化」を次々に見に来るのです。「ああ、癒されます・・・。」と言われて本当に癒されているのは私の方である。このバラを家の庭から摘んで持ってきてくれた家内に感謝かな?さて、乙女チックなバラの花で思い出したが、今日から映画「ジュリエットからの手紙」が公開されるらしい。実は2月始め頃からこのブログをご覧の方はご存知だが、2月に私は「脳梗塞」で倒れて入院をした。そのときは1ヶ月の入院だったが、倒れた次の日から連休を使い家内と二人で、だいたい10日をかけてイタリアに行く予定だった。当初は、ミラノコレクションが終わったばかりのミラノとフィレンツェを中心に買い物中心の旅行にする予定だったのだが、フィレンツェから少し東側に移動すると「ヴェローナ」と言う素敵な街が存在する。街全体が「世界遺産」で、空から見ると街の形は「ハート」に見える「愛の都」としても有名な場所である。あのシェークスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台でもある都市と言えばお分かりになる方も多いのではないだろうか?イタリア旅行を企画した時、「どうせ行くなら観光は有名な街を避けて田舎町を廻ってみようか」と言う事から、ベネツィアに行く途中にある「ヴェローナ」近郊の田舎に宿泊する予定だったのだ。そんな近郊の面白そうな場所を詳しく調べてみると、「ヴェローナ」近郊はとても面白そうな場所だと知ったのである。偶然だが、先ほど紹介した映画「ジュリエットからの手紙」はその「ヴェローナ」近郊を中心にロケされているらしいのだ。だから、私のような「乙女チック オヤジ」としてはぜひ観ておきたいと思ったのである。現地に行けなかった家内と二人で観にいくかな・・・。ところで、上記のバラについては、退院したら写真をアップいたしますね。
2011.05.14
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損害保険会社に今年就職した長男だが、入社早々人手不足を理由に東北被災地に行ったきり音信不通である。「バカだから新しく買った携帯、無くしたんじゃないの?」なんて家内が言っていたが、ある日電話したところ初めて通じた。長男は「忙しいから」と一言だけ言って、家内の電話を切ってしまったらしい 。家内は怒って、「あいつワン切りしやがって、15日帰宅しても駅まで迎えに行ってやるもんか!」と言っていた。その後、私が入院したことをメールしても返事は無かった。それほど「追い詰められるような仕事」なのだろうか?入社後、普通は営業に必要な「資格」をたくさん取らされるところ、「調査・鑑定」の教育を受けただけで被災地実戦配置されたのだから、ある程度想像はできるが・・・。15日に帰宅後は、16日に本社ビルに報告出社をした後8連休の「お疲れ休み」があるらしいが・・・。それなりに「高給」を貰っているのだから少しぐらい苦労した方が良いのだろう。でも、「親の入院」ぐらい「大丈夫?」くらい言ってきても良かろう。何しろ、すっかり元気な私は暇でしょうがない。不自由なことに「点滴」を2つぶら下げているので、自由は奪われている。しかし、あまりにもする事がないので「点滴の機械一式」をぶら下げて病院内をブラブラしている。さすがに大学病院、外来患者はものすごい患者であふれかえっている。基本的に、「初めての患者」は半日待たされる。それはすべての診察が「予約制」だからだ。入院患者は病室に先生が着てくれるし、他の科に診察を受けるにしても予約をいれておいてくれるので、指定された時間に行けばよい。ま、外来患者のエリアには行かないが・・・。昨日は、ふらりと「リハビリテーション科」に遊びに行ったのだが、その広い部屋の受付に顔を出したところ「遊びに来ると思った」と言われてさまった。今回の入院にリハビリ治療はメニューにはない。だから関係ないのだ。しかし、リハビリルームの中に入ると先生や理学療法士さん他全員が「私の再入院」を知っていた。なんで知ってるの?と聞くと、『入院初日にナースが「・・・さん、また戻って来ちゃった」って報告あったもの』そんなに目だっていたの?・・・前回の僕は。『そりゃあ「おじいちゃんおばあちゃん」に一人若そうに見えるオヤジが入れば誰だって目立つよ・・・。』と皆が大笑いしながら口を揃えて言う。こんな感じでナースセンターやらあちこちを一通り徘徊したが、仕事の邪魔をしてはいけないので早々に退散した。それと昨日の「入浴」ですが、ナースの一人が「珍しく暇なので新人の教育につきあう」と称し、お風呂において二人がかりで「オヤジの裸体」を弄ばれてしまった。女性の患者の場合はシャワートイレにビデがあるので、「お下」(おしも=ナース業界用語)を清潔に保てるが、男性の場合「丸洗い?」が必要なので、「数をこなして覚えるしかない」そうだ。「握り方・力の強さ・どの部分」などを経験で会得しなければならないらしい。女性にはやはり難しいのか?「痛くないですか?」としきりに聞かれた・・・。まあ、美容院で頭をシャンプーされている時に「痒いところどこかありませんか?」みたいなものだと想像し、「くすぐったさ」を一生懸命こらえた。その姿を「Sっぽい?笑顔で見ている先輩ナースの・・・さん」の視線が気になるが・・・。まあ、無事「献体」は終わり「教育材料」になれたので良しとしなければねえ。ただ、今日の朝の「新人・・・さん」は、なんとなく私と目を合わせにくそうだった。まだ、こんなに純情な女の子が残っているんだ。と安心したオヤジである。以前入院したときは寝たきり状態だったのと担当ナースが忙しくて「看護学生」にまかされた事があったが、「お下」を洗うのがやたらに上手?な子がいて「どこで覚えたんだ?」みたいな事があった。とにかく9時消灯、6時30分に起床という刑務所のような生活をしているので時間の配分が難しい。東北被災地で電気が不通のとき、被災者の生活は「日の出から日没まで」だったらしい。つまり、「日が暮れたら消灯」みたいな感じだろうか?暇な私と異なり、「すること」が多い被災者の方々の苦労が偲ばれます・・・・。
2011.05.12
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今日で3日目。6日にMRIを受けて、9日に結果診断だったがその診断結果は異常無しだった。そして診察終了し自宅に歩いて戻る途中に「めまい」が起きた。自宅に戻り急ぎの仕事をしなければならないと思いパソコンに向かうと、画面の文字が上下に2段見える。片目づつ見ると特に変化ない。要するに、右目と左目の「物体を感じる位置」が異なって見えるので「複視」と言われる症状になったらしい。自宅から主治医に電話すると「今すぐ入院」と言われてこうなったのだが、2月に入院した時と同じ病棟の同じフロアーなので、入院前にナースセンターに行くと「ご存じ」の看護士さんばかりだった。「あらあ、また戻ってきちゃったの?」と優しく言われて、嬉しい様な情けないような・・。ただ、病室に寝ていても知り合いの看護士さんばかりと言うのは気楽で居心地もいい。ただでさえ若くて美人さんが多いので、文句なんかでない。昨日の夜、「来なくて良い」と言明しておいたのにいきなり家内がやってきた。ちょうど綺麗な「ゆり」さんが、血圧と脈を計測するために左腕を握っている状態の時にだ。到着するなり、「あら、何だか元気で嬉しそうにしているじゃない」と言ってきた。するとユリさんは、「良かったです早く治療できて、本当に心配しちゃいました。」と言ってくれたのだ。そして、「今回は軽いので、それ程ご心配ないですよ」と家内に説明していた横顔が綺麗だった。今日は三日目、「目」だってこうしてブログを書けるまで回復している。退院予定は来週の月曜日との事で、しばらく「健康体」をもてあそぶことになる。そこで、入浴をお願いしたところ「お体洗うのお手伝いしなくていいですか?」と言うので、どうしようか迷っていると、4月に新人が入ったので「練習を兼ねてさせたいと思うのですが」との事、「朝、検温に来たあの子ですか?」と聞くと「そうだ」と言う。それはそれは「純真無垢」な若い子で、オヤジの冗談に「ポっ」と顔を赤らめた子のことらしい。・・・で、私はお断りすることにした。だって、あんなに純真な乙女に「醜いオヤジの裸体晒したくない」と思ったからだ。このように、病院ではまったく動けない人で移動可能な人は「人間洗濯機」みたいな機械で洗浄し、2月入院時の私のようにベットから動かせない患者はそのままベッドの上で体を拭いてアソコとお尻は石鹸で「手洗い」してくれる。・・・で、今回のように自立していながら、体に麻痺や痺れが残るような患者にはシャワーや風呂の体洗いと体拭きそして脱ぎ着まで「お手伝い」してくれるのである。まるで王様にでもなったみたいに「仁王立ち」している間に体を拭いていただく。たとえ患者でもそこまでさせたくはありませんな・・・。「遠慮しないでくださいね、この子の為でもあるので・・・」なるほど、そういう考え方もあるのか?と書いてる間に「昼食」が運ばれてきた。今日は「シーフードカレー」にサラダとデザート。看護士さんは、「ドレッシングのビニール開けづらいかな?私かけてもいいですか?」と言ってこれを書いている脇の「食卓」に綺麗に用意して出て行った。まるで、秘書でもいるような感覚だ。そして食べた頃には片付けに来てくれる。やはり「我が家」にいるより極楽だあ!死んだ「じい様」が、この病院に入院したがっていたのは納得する。今日退院する同室の方二人いたが、家族に対して口々に「ここは良かった、極楽だよ」と、先生や看護士さんに言っていたが、そのとおりである。今、あの新人さんがやってきてお膳を下げながら、「お風呂お手伝いしなくて本当にいいんでしょうか?遠慮なさらないでくださいね、何かあると大変ですから・・・とりあえず2時30分にお迎えにきます」・・・と。さて、どうしようか?今回の私の悪かったところは「目」だけ、つまり「点滴を2つ」ぶら下げているが、今の私は「健康体そのもの元気ピンピン」である。つまり「想定外の反応」が起きてはまずい、悪い教育例になってしまう・・・。・・・と思うが、どうしよう・・・。
2011.05.11
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今日、右目の異常から歩行困難になりました。脳梗塞の再発の恐れがあり、また緊急入院しました。綺麗な看護士さんが多いあの病院なのでまっ、いいか。
2011.05.09
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皆さんはおいくつに見られていますか?女性の場合「一歳でも若く見られたい!」願望は90歳のお婆ちゃんでも言ってます。しかし男性の場合「若く見られて良い事」は実際少ないように思えるのです。実を言うと、私は今月23日で満53歳になります。ところが、初めて会う方は100%「30代後半」だいたい37~38歳に見られます。理由は「髪の毛が異常に多くて白髪が無い、さらに長髪で天然パーマ」だから?だと自分では思っています。高校生の頃から「天然茶髪」で、当時「高校の校則違反」に対処する為、親に「幼児期のカラー写真」と「昔から茶髪」である事の証明書を書いてもらい提出していたくらいですから。それでも知らない教師に、あまりにも再三注意されたので偶然家にあった「私を抱っこするアメリカ人の叔母」の写真を定期券に入れて「僕、アメリカ人とのクオーターなんです」と嘘をつく事にしました。実は母の兄にあたる叔父が、戦後ハワイに渡り貿易事業で大成功しました。そしてアメリカ人女性と結婚しました。お名前はフローレンスさんと言う方でとても優しく今でもハワイに住んでいます。そしてその叔母のお婆さんがご健在の頃、日本に遊びに来て「孫」のように私を可愛がってくれていました。そんな時の写真でした・・・。また余計な話に逸れましたが、私の長男は小学生の頃から「老け顔」で、アダ名は「オヤジ」でした。海外で長男の買い物を私がキャッシュカードで払おうとすると、どこに行っても店員から「兄弟か?」とか聞かれ、高校生の長男はその度に「ダッド」と答えていました。もちろん日本国内でも長男と食事すると、会計で「別々にしますか?」とか言われます。サラリーマンの同僚?とも思われるようです。そこで「父です」と言うと「何歳の頃のお子さんなんですか?」と聞かれるので「30歳の時です」と答えてやります。相手は前述の通り37歳前後だと思い込んでいるので、パニックになっているのが解かります。ところが、私はこれでも会社の経営者です。4月の時期、自宅には銀行の支店長・証券会社の支店長・保険会社の支社長など多くの方が人事異動で赴任挨拶として毎日のように訪れてくるのですが、その時を含めて最初は皆さんは私に対して「敬語」で接してくるのですが、今頃になって再訪問されて「くだけて話をするように」なると、だんだんと「タメ口」になってくるのですね。大体大手金融関係の支社長クラスは40代前半が多く、100%私より年下になります。このまま夏ごろになると中には「年下と見くびり」横柄な態度に出る連中すら出てきます。担当者が何かのミスをして、その言い訳なんかで横柄な態度をされるとやはり頭に来て、わざと「君みたいに若い人はわからないだろうけれど・・・」と年下扱いしながら説教をタレてやります。むこうも頭に来て「ところで社長はおいくつなんですか?」と必ず聞かれるので「君より5歳以上上だと思うよ、昭和33年生まれだから・・・」・・・と聞いてから慌てて「態度を改める・・・。」なんて事は日常茶飯事になります。・・・で、若く見られるメリット?はと言うと、OLさんを含めて30代~50代前後の女性にモテモテだと言う事ぐらいでしょうか?特に「ペ・ヨンジュン」が好みのタイプの方が多いようで、あの「冬ソナ」時期のペさんの髪型と似ていてメガネをかけているのが理由でしょうか?とにかく女性が担当者の場合や一般奥様相手の仕事の時は凄くやりやすくて、本来はこちらから粗品を渡す立場なのに「貰い物」がやたらと多くなりました。実はメガネでも思い出しましたが、面白い事実がありまして若い女性はメガネよりも「コンタクトレンズ」の方が若く綺麗に見えますが、それは「目元のお化粧」効果が出るからです。しかし男性の場合は目元のシワが隠せずに出てしまうので、意外とメガネをかけた方が若く見えるモノなんですな・・・。それもお洒落なカラーのフレームやスッキリデザインのフレームなどを選べば、どなたでも4~5歳は若返ると言う事です。もう一つは、メンズファッション雑誌をチラリと立ち読みして服装のチェックをしてみると好いかもしれませんね。また、服を買う時は「いつもよりワンサイズ小さめ」を選ぶのもコツかも知れません。オヤジになると、どうしても「無難な大き目サイズと色」を選んでしまいますが、誰でも自信を持って堂々と着ちゃえば意外と似合ってしまうモノです。また、雑誌掲載のスタイルと同じ物を買わなくても、似たような雰囲気を「自分も真似してみる事」で、さらに5歳くらい若くなるでしょう。ようするに40代、50代のオヤジは誰でも簡単に「若造り変身」が可能なんです。私の親友で「作務衣」しか着無かった50オヤジが、ジーンズを基本としたファッション改造の結果、見事イメージチェンジに成功してからは、ライフワークも変化して見違えてカッコイイオヤジに大変身しました。「スッピン」になると、40代50代の年齢では女性より男性の方が若く見える事が解かっていますので、誰でも10歳くらい若く見えるようにする事は可能なんですねえ・・。ちなみに「自慢」ですが「体脂肪計付きの体重計」に乗りますと、体の「基礎代謝」が出てきますが、私の場合は「1,800~1900キロカロリー」と表示されて、「筋肉量」も含めての肉体年齢は「38歳」と毎回表示されます。退院直後は5kg程体重が減っていましたので、「32歳」と表示されて驚きましたが・・。ちなみに長男が乗ると「45歳」、家内が乗ると「64歳」と表示されまして、二人ともこんな機械は「インチキだ。」と疑っておりますが・・・。健康ランドや温泉などにある測定器やスポーツクラブで計測しても数値は変わりません。機械はウソをつきませんから・・・。
2011.05.07
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今日の高速道路の渋滞はもの凄いですなあ。お金も暇も無く「自宅待機」のオヤジからしてみれば「お気の毒に・・・。」である。さて、ロイヤルウエディングも無事終了したが、その後脚光を浴びたブランドがある。それは、皇太子妃が着ていたウエディングドレスを作ったブランドである。ブランド名は「Alexander McQueen」アレクサンダーマックイーンである。「McQ」マックキューブランドでご存じの方も多いかも知れないが、デザイナー本人は昨年自殺してしまった。デザインに独特の「スカル」を用いて少しハードなデザインを中心として独創的なデザイナーだった。会社は彼の死後も受け継がれているが、私個人としては彼のデザインが昔から大好きで最初にブランドが設立された当初から好んで購入してきた。スーツにジャケット、スニーカーなどはプーマとのコラボなんてモデルもあった。またTシャツは5~6枚あったと思う。丁度今頃着るのに良いのがあった事を思い出し、昨日美容院に行くのに上から下までマックイーンで揃えて着て行った。まあ、街中で胸のワンポイントを見て「Aマックイーン」と解かってもらえるのは、美容院のスタッフぐらいしかいないだろうし、良い話題になるだろうと思っての事。 ジャケットにグレイッシュデニム。上下でグレーカラーで揃えてイタリアのショップから一緒に購入したものです。さらにinに着る淡いグレイストライプのクレリックシャツもお揃いで在ります・・・。このジャケットは襟と袖のカフス、そしてポケットの淵が写真の通り「スウェット素材」になっているので、ホワイトジャケットなのに?ラフに見えてキザっぽく見えないところが秀逸でありますなあ・・・。日本人がホワイトのジャケットを着るとどうもシックリこない・・・。基本的に足が短くバランスの中心が下に見えるので、よほど短丈で目線を上にもっていく工夫をしないと、欧米人みたいなスマートな着こなしは難しい。どうしてもゴルファーオヤジか?チャラチャラしてる地方のホストの普段着みたいになってしまうところがある。しかしコレは違う。この遊び?的デザインによって見た目がとても上品にまとまって見えるのだ。 一方、こちらはハードと言うか「芸術的」とも思えるTシャツのデザインである。シンメトリーにデザインされた「スカル」つまりガイコツのデザインだがすべて巧妙な刺繍で描かれてある。これを着た後は洗濯屋に出さないと家庭では洗えない。オレンジの生地の発色も生産地「イタリア製」ならではのカラーでとても綺麗なのだ。こんな独創的なデザイナーブランドを選んだキャサリン皇太子妃は「相当にセンスがある女性なんだ」と思った次第である。英王室に嫁ぐのだから「もっと保守的な?」メゾンブランドにするだろう?と予測していたらっしいが、トップシークレットだったとの事。ネットオークションで今販売されているこのブランドウエアを見ると今「中古のTシャツ」でも7,000円以上している。それも販売価格の安いプリント物なのに・・・だ。今、一気にブレ-クしているみたいだが女性誌がこれから特集を組み始めると、もっと知名度が上がって、上のジャケットのピンバッチのデザインに気付いてくれる人も多くなるに違いない。ところで、家内は今お友達と「山中湖」の温泉に行っているがこのホテルは「リゾートトラスト」と言う会社の「エクシブ」と言う会員制ホテルになるのだが、普段予約をする時は7年以上我家の担当をしている方に連絡をしている。しかし今回の旅行は家内が有明の「ベイコート倶楽部」経由で予約していたので、後日この担当者から確認の電話がかかってきたのだ。その電話にて食事のコース内容や食事の時間、そして家内達の事だからエステの時間も決めているのだろうが、そんな会話の中で「ご主人さまは行かれないのですか?家にお一人でお留守番させて大丈夫なんですか?」と私の留守番中の食事や退院後の私の体調につい細かくて気にしてくれたらしい。家内は電話口を押さえて「ねえ、・・さん、お家に来て私の留守中にあなたのご飯作ってくれるって言ってるけれど?」と冷やかすように言った。とんでもない事を言う物だから、ガラにもなく「赤面」してしまった。そうなんです。彼女がこの会社に入社してからずっと当家の担当をしているのだが「とんでもなく美人さん」なのだ。年齢は丁度30歳になるが、独身でいるのが不思議なくらいである。家内に言わせれば、「綺麗すぎる人って意外と男性の方が気が引けて逃げちゃう人が多いのよ」と。だが、家内は彼女の事を信頼しており、個人的にも相性が良いので家族で一緒に食事もする事もある。実を言うと家内には内だが彼女と一緒に個人的に食事した事が何回もある。あくまでも「仕事」を理由にしての事だが・・・。私がそんな憧れを持った女性に、「家に来て私の食事を作ってくれる」なんて聞いたら、純情オヤジはドギマギしてしまうのは当然である。家内は「恥ずかしがって真っ赤になってるわよ」なんて返答している。「余計な事言うな!」と怒ったものの、嬉しさで顔が緩んでいるのが自分でもわかる。とりあえず「丁重にお断り」をしてもらったが、家内に伝言をもらったそうだ。「奥様の留守中困った事がありましたら、必ず携帯の方にメール下さい!急いでお伺いしますから・・・」って言ってたよ、「良かったじゃない、どうせなら一日くらい来てもらえば?」とさらに冷やかすように?家内は言った。暇だし本当に呼んじゃおうかなあ・・・・。駅前にある旧名「エノテカ・ピンキオーリ」だったイタメシ屋さんに連れて行こうかなあ。新しい店名は諸事情により言えないけれど・・・。家族でもよく行くので、お店においては僕らの誕生日まで覚えられている程「我家」を知り尽くしている。長男が高校生時代に付き合っていた「大金持ちのお宅のお嬢様」のご両親から夕食に長男がお呼ばれした際、「ご両親も呼んだら」との事で家内と二人でいきなり行った事もあったが、その日の夜は「定休日の貸切」だった。そんな感じの使い方もあるレストランなので、付き合いの範囲までも店には知られている。反面、私の内緒のプライベートな食事にも良く使うレストランなのだ。支配人が本当によく「気が効く?」ので、家内以外の人と食事していても安心なのだ・・・。「他の客に私の知人がいないか?」と言う事にも気を使ってくれる店なので・・・。せっかく「A・マックイーン」をひっぱりだしてきたのだし・・・。理由はできた。
2011.05.03
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家内は明日から温泉みたいです。 今日聞いたのですが、家内は明日から2泊3日で「山中湖」に行くそうです。もちろん宿泊はもちろん「エクシブ山中湖・サンクチュアリビラ」上の富士山は本館から見た写真で、家内が宿泊するのは右下の屋根のサンクチュアリビラになります。各部屋に温泉もジャグジーもあり、目の前は一日中写り変わる「富士山」の気色が眺められる。 またこの「エクシブ」の系列は料理も美味しい。仕事で甲府に行った帰りの道すがら、食事するためだけに寄った事もある。 先日、有明の「ベイコート倶楽部」で食事中に「温泉に行きたい」と家内が総支配人に話をしていたが、その際に「ゴールデンウィークに空きがある」と聞き、ちゃっかり予約を依頼していたらしい。「エステ大好きの・・さんに声をかけたら行くって言うんだもん」って君が行きたいから声をかけたんじゃないかい・・・。長男は被災地に調査に行ったきり連絡がまったく不通だし。オヤジはその間何を食って生きてろと言うのか。仮にも私は「介護認定要支援2」なるぞ!・・・と威張っても現実問題メシの心配をしなければならないか・・・。家内が「温泉に行きたい」と言っていたので、気を利かして来月の東北・仙台出張にからめて温泉旅館を予約したばかりなのだ。昔から「じゃらんnet」の会員で、旧のポイントがまだ使えると言う事で、クチコミの評判が良かった 「鎌先温泉」の「木村屋旅館」を2泊予約したのである。いつもは「遠刈田温泉」にするのだが、白石インターからも近い鎌先温泉に変更したのである。白石市には当方の大口顧客の工場があり、震災見舞いも兼ねているし内部物件評価の調査をしなければならない。私は「遊び」ではないのだ。ただし今年は家内が運転手として行ってくれるとの事で一泊余分に「サービス」したのである。グダグダ文句言っても仕方がないか・・・。明日は献立を考えて仕事帰りに食材を買いに行ってこなければなあ・・・。
2011.05.01
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