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4月から月1回通い始めたアートセラピーの講座ですが、間で1回用事のために参加 できなかったので、実質まだ2回しか受けられていません。 参加している時はその絵を仕上げることだけに集中出来たし、後で皆さんの描いた絵 にコメントしてくださる先生のお話が楽しくて、あっという間に時間が過ぎます。 少し出すのが恥ずかしいのですが、講座で私が色を塗った絵です(絵心がないので 汗) 1枚目の絵は「鳥になってどこへ飛んで行きたいですか・・・」という課題で私は「南の島 へ行きたいです」と答えたのですが、その後沖縄に行ってその通りになったのです(驚) 2枚目の絵は「コミュニケーション」という課題でした。置かれたカップを自分のコミュニ ケーションをとりたい誰かにたとえて、その人に出すならどれって考えるというような~ 私は自分の家族にみたてたのですけどね。。。 家族の反応は、夫曰く「まるで子供のお絵かきみたいやなあ」息子曰く「やめとき。そんな んで気持ちがわかるとか、俺は信じられん」(先生ゴメンなさい~私はそう思ってないので すが。。。)娘曰く「〇〇ちゃん(犬のこと)のカップはどれ?」 まっ、そんなもんです。人の評価なんてね。私は描いていて楽しいし集中できるし、その 間は色々な雑事を忘れられるし、すごくいい気分転換になります。貴重な時間ですね。 ちなみに2回とも講師の先生に「あなたは幸せそうね」「心が落ち着いてる感じですね」と コメントをいただいたのですけど。。。きっとそれはそうありたいという自分の願望が絵に 表れているのかしら?と私は感じましたが。 あんまりそう言われると「もしかして私って平穏なの?」「幸せなのかな?」っていう錯覚 に陥ったりもします。自分のことをこうって1番決めつけているのは(レッテルはってるの は)案外、自分なのかもしれませんね~わからないですけどね。 残すところ講座もあと2回。どんな課題でどんな絵になるのやら。楽しみです
2013.06.30
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その時の自分の「今」を書きたいからです。過去のことを書くこともありますが、それは その時に丁度「書きたいな」という気持ちがわき上がったときです。 だからあらかじめこれを書こうと決めて書くことは、あまりありません。保存もしてないし でも今日の日記は、このところずっと自分の中で「書こうかな~」と感じていたことです。 今の娘の状態にも関係してるのかな?息子の最初の高校受験や、高校生活のことを少し 振り返ってみたくなりました。 もちろん私から見たものなので、実際息子がその時にどんな気持ちだったか、はわから ないんですけどね。あくまでも私の推測でしかありませんが。。。 息子は高校を2校経験しています。ここでは最初の方の高校のことを書きます。 息子が最初に受験して入った高校は公立の全日制の高校の普通科でした。家から通う のにも比較的近く、自転車で15分位の距離だったかな。規模もまあまあ大きくて1学年 8クラスずつだったように記憶してます。 私が住んでいるところは地方なので、私立高校自体が少ないのです。全部で4,5校かな あまり定かではないのですけど。中高一貫校が1つと後はスポーツの盛んな高校等はある のですが。。。息子も滑り止めに1校受験しましたが、ほとんどの子が公立に進学します 受験は当日の試験の配点の方が高いのですが、事前に中学校間で調整します。 その参考資料にするための試験が何回かあって、 それは息子も受けました。多分別室で 後は内申点ですが、息子は中2まではまあまあよい成績だったからその貯金がありました 中3は教室での授業はほとんど受けられず、定期テストも受けたり受けなかったりでしたが ワーク等は先生に言われた時は、少し提出していたようです。 欠席は多かったのですが、その欠席に関して理由を書く申立書のようなものを出しました 受験する高校を決めたのはもちろん息子です。その時は高校へ行かないという選択は 無かったですね。私たちも先生も息子自身も。それしか道はないと思っていましたし、 息子の中では「楽しい高校生活をおくりたい」という期待もあったように思います。 学校間で調整するから受験で落ちることは稀なのですが、発表まではすごくドキドキでした そんなに選択肢もなかったし、一切学校のシステムについては調べないまま入りました。 なので実際に入学してみると、朝補習、授業、宿題と何から何までぎっしりと予定が決まっ ていて、それまで不登校だった息子にはかなりきつかったのではないかと思います。 その上息子にとっては、学校生活=運動系の部活に入ること、だったので体力面でも、 なかなか大変そうでしたね。睡眠障害もずっとありましたし。。。 それでも5月いっぱいくらいは、朝何とか起きて通えていました。ただ弁当はよく残して きていました。「食べると吐きそう」だと言って。蒸し暑くなってきた6月くらいから、 朝だんだんと起きられなくなってきて、授業の前の補習にも出られなくなり、そのうち 授業にも時々遅れるようになってきました。遅れた時はいつも何か届出を出していたよう です。この頃に部活内で同じ中学から来た友達に「中学校の時不登校だった」と言いふら されたらしく、ひどく憤慨していたのを覚えています。まだそれを流せるほど傷は治って いなかったのでしょうね。 中間テストは全部受けたけれど、7月にあった期末テストは確か半分位しか受なかった から、この頃から少しずつ休むようになっていったのでしょうね。 高校総体の応援には行ったから、そんなにずっとお休みしていたわけではなかったのかな 夏休みの間は、補習も部活の練習も出られませんでした。ほとんど家からも。 9月の文化祭は参加しなかったけど体育祭は参加しました。中3の時と同じく。 9月も10月もそれぞれ数日の登校だったように思います。最後に登校したのは11月の 中旬だったかしら。もう記憶が薄れかけていますが。。。もう3年近くが過ぎましたから この間私も何回か学校へ行き夫も一度一緒に行き、先生方ともお話させていただきました が、とにかく登校して授業を受けないことにはどうにもならないという感じでしたね。 保健室登校もなかったし。単位の関係もあるし、遅刻欠席にも厳しかったですし、不登校 対応の学校じゃなかったから、やむをえないことなんでしょうね。 そのうち単位が切れて翌年1月にはサポート校を見学し、そちらに転校することになり ました。息子自身が、高校生活を続けたいという意志があったからなんですが。 そちらに移ってからも色々と紆余曲折があったわけですが、それは以前に書いたので省略 します。 この時のことを息子自身がどう感じているのかは、彼だけのものなので私はわかりません ただ自尊心がありますから「弱い」とか「かわいそう」と思われたりそういう扱いをされる ことが、一番嫌だったんじゃないかしらと思います。その学校に入ったからには、皆と同じ ようにやりたいと感じていたように思います。だから体力面でも気力の面でも、余計難し かったのでしょうね。
2013.06.29
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が進んでいます。いや家のことではありません。家の中(特に2階の私達のスペース)は、 相変わらず雑然としています。片付いているのは我が家の下宿人(笑)息子の部屋です。 息子の部屋は6畳ほどの洋間です。そこに机、イス、本棚、洋服かけ(クローゼットなし) 衣類の収納の引出し式のケース、ロフトベッド等々、雑多に混在して置かれています。 もっともロフトベッドは軋むから嫌だと、最近は床に布団を敷いて寝ています。だから ベッドの上は単なる物置きと、布団置き場になっています。 私も洗濯済みの衣類を持って行くのと、ゴミを取りに行く時くらいしか部屋には入らない んですけどね~ 10日ほど前私が外から帰って来ると、私と夫が普段使っている和室に大量の息子の荷物 が置かれていました。ほぼ部屋一杯にあふれてた。着ていない洋服、本、靴、ゲーム類、 中学生の頃弾いてたエレキギター、アンプ、小学生の頃使っていた地球儀、ボードゲーム コミックからミッケの絵本まで、とにかく色んなものが種々雑多に所せましと。 今日私たちはこの部屋で寝れるのかしら?と一抹の不安が~ 夕方位になってやっとエンジンがかかり、それから息子と2人で(お願いされました)、 捨てるもの、置いておくもの(違う所に移動するものと、息子の部屋に置くもの)とネット のオークションに出品して売るもの等に分別。いらない本をひもで括ったりゴミに出したり でもその日には終わらず、また一旦息子の部屋へ。そしてまた次の日に続きをして。。。 2日ほどかかってようやく整理できました。 でも何故か息子の部屋はそんなにスッキリとは見えないのです。あんなに捨てたのにね~ 謎ですね??? ネットのオークションでコミックの揃ったのとか、中古のゲームとかが少し売れて、少し ですが息子のおこづかいになったみたいです。発送するためにダンボール箱を探したり 送り状を書いたり、入金確認をしたり、何回かコンビニに行ったりしていました。 私にもあれこれと聞いてきましたが、全部自分1人でしていました。 「あー俺こんな手間かかることは向いてないわ」とか言いながらやり取りが嬉しそうでした 売れたらしいスラ〇ダンク全巻(私も1度読みましたが、もう1回読めばよかった) ワンピー〇はまだ売らないで置いておいてほしいなあ~私が読んでないから。 今まで部屋を片付けるという発想のあまりなかった息子ですが、出来るだけ持ち物を 減らして、シンプルに暮らしたいと思い始めたみたいです。ちょっと嬉しい変化ですね。 相変わらず睡眠は不規則ですが、たっぷりと寝てよく食べて、たまにフラッと散歩に行き 筋トレなどもしているみたいです。勉強は~???よくパソコンに向かってますが。。。 私は下宿屋のおばさんとして、ご飯を作って「お風呂入れるよ」と声をかけるぐらいかな~ ギターとアンプ。もう使わないらしい(涙)
2013.06.27
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日記を書くのがしんどくなる時があります。じゃあ、書くのをやめたらいいんだけど(笑) やめたらやめたで、溜まっていくのがしんどくなる。複雑ですね~そしてかっこう悪くても その時の自分の正直な気持ちを、書いておきたい衝動にかられます。何故か。私はその ものにどっぷりと浸っている時は多分書けないんだと思います。人それぞれなのでしょうが 息子の渦中に書けなかったのはそうだったからでしょうね。それと、鎧でガチガチだった から。自分の気持ちを見つめるのも怖かったですしね。今は見つめ過ぎないようにしてる というか、自分であれこれと分析し過ぎないようにしています。 人の気持ちって、自分から見えてるところだけじゃないですものね。 家の子どもたちは、もともとの性格からかあまり自分の感情を言葉にしません。 息子が渦中に言葉にしたことも(吐き出しも)、その度に違うし変わるし、あまり重く 受け止め過ぎない方がいいのかな?と感じたこともよくありました。 家の場合は「言葉にならない気持ち」を感じる方が、大事なんじゃないかなって思う時も あります。強がっているのかもしれないし口に出すことがはばかられるほど強いのかも しれないし。それは、行動で示していることもあるし、表情に出てることもある。 ただあくまでも私がそう感じただけで、本人の真意はそうじゃないのかもしれない。。。 深読みし過ぎてることもありますしね~(涙) 娘の場合は息子以上に感情が言葉に出ませんね。自分の本意でないことも言わないです 息子の場合は口に出る言葉と、実際の気持ちが違う時もよくありましたが。。。 だから私が娘の気持ちを感じようと思ったら、行動や表情によるしかないのです。 何か質問しようとしても、あまり聞かれるのが好きでないのか、会話が続かないんです。 時間がかかっても自分のペースで決めたいみたいですしね。これは息子もそうですが。 だから、これからもずっとそうなんだろうなあ~多分。 娘はしっかりしているのかと思えば、甘えてくるような時もあり、日によって違います。 自分が14歳だったとき、どんなだったのかなあ?って最近よく考えるのです。 男子と女子ではまた違うような気がする。だから息子の時はそんなに思わなかったのです 私は自分の子どものことしかわからないから、男女差についても何の根拠もないのですが 娘は息子の時よりは現実をよく見てるようなところがあります。ある意味大人というか。 息子のあれこれもよく見てきていますしね~ だから立ち止まることが、自分にとってどれくらいのことなのかは、ある程度予想がついて ると思うのです。それでも動けないんでしょうね~辛いだろうなと思います。想像ですが。 それともこれも、私の深読みなのかしらね?本人はそこまで思い詰めていないのかしら~ この前おみやげにいただいたお菓子です 美味しかったから、あっという間に空に
2013.06.26
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バランスを取ることを今、日々心掛けています。 息子の不登校の時、自分自身も参ってしまい、鬱のような状態になったことがあるから 出来るだけそうならないようにしたいなあと思っています。生活の質を落としたくない。 自分のためにも家族のためにも。上手に気分転換しないとね。 今私が実行していることは、 1、1日1回は外の空気を吸う。買い物でも何でも。私の場合は自営なので心掛けてます。 2、体をなるべく動かす。掃除が主になりますが短時間でもこまめにする。気分によります 3、何か悩みがうかんだら、5分と決めて悩んでみる。そして流す。 4、出来るだけ子どもを見過ぎない。義母も。頼まれたことだけする。 5、時間が出来たら、自分の楽しみのために使う。本を読んだりテレビを観たりネットを したり。。。これと言って趣味がないから今はそんな感じです。予定をたてないでその 時の思いつきで自由にしています。 今のところ多少眠りは浅くなっていますが、以前のように鬱状態になったり、過食したり はありません。朝の学校への電話連絡も普通に出来ています。 ただあまり自分の気持ちを落ち込ませないように、極力外との接触は避けています。 ママ友とか学生さんにはなるべく遭遇しないようにしてるかな~ ネットでの情報収集も最低限にしています。深入りしないというか。迷いが出ないように。 まっ、これはしょうがないですね。そうやって平穏に居られるほど、自分の心はまだ強く なっていないと感じますから。一種の自己防衛かな?自己完結ではないです。 この方法がいいのかはわからないですけどね~ 日々の暮らしのためのアレコレは止めるわけにはいきませんから。 取りあえずご飯づくりと食材の買い物だけは、自分では頑張ってるつもりです。 あとこれは我が家の犬に学んだのですが、家族のだれに対しても公平に接するように努 めています。犬は誰に対しても邪心なく、公平に接しているように思いますから。。。 子どもたちにそうすることは、義母や夫に対してもそう出来るように。難しいことですが 気持ちだけでもそうあれたらなあ~と思っています。 この前にKちゃんに会ったら「私たちは自分の体のことだけでも、今更年期で大変じゃない 子どものことが心配なのはわかるけど、お互いに自分のことを一番大事にしようね~」って 言われました。 確かにね。自分が心身ともに健康で居られてこそだものね。自分をいじめずに大事にして あげないとね。Kちゃんありがとう。と言うわけで仕事と家事は超手抜きの毎日ですね
2013.06.25
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何故か急に変えてみたい気分になって、タイトルを変更してみました。デザインも。 「人はかわれる」から「人はかわれるかもしれない」に。 単なる心境の変化です。そんなに深い意味はありません。多分~ 何でも「絶対」ってことはないですからね~少し肩の力が抜けてきたのかな? わかりませんけどね。その時その時で人は変化していくということも実感したからかしら。 無理に変わろうと思わなくても、自然と少しずつ変わっていくというか。 何事もその時の状況を受け入れて、変化していかなければ自分の人生は生きられない ということにも気づきました。 そしてここ数年で「自分って変わったなあ~」って思える時もあれば「昔と変わってない」 と思える時もあります。 変わろうと変わるまいと自分であることにはかわりなく「ああそうなのね」って受入れて、 そして淡々と生きていく。そんなことも今感じています。 庭のあじさいの色も変化しています
2013.06.24
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人見知りが激しくて、外ではあまり自分を出せない子でした。 私と少し似ていますね。私も小さい頃はあまり自分の感情を、表に出せない子でした。 引っ込み思案の恥ずかしがりや。。。今もそのなごりはあります。 そんな子だったので、幼稚園に入る時は「集団生活に馴染めるかしら」と心配していました ただ幼稚園に入ってみると、娘と同じようなタイプの子も何人かいて、それなりにやれて いましたね~そんなに大人数の子と遊ぶというのではないけれど、いつも何人かは仲良し の子がいました。いじめられることもなかったし。お手紙を書くのが好きで、よくお友達に お手紙を渡すのを楽しみに、登園してたように記憶しています。 家の中では自分の「こうしたい」という好みは、割と押し通していたように思います。 特に小さい頃は。頑固な面もあった。食べ物の好き嫌いも結構あって、今でもその傾向が ありますね。 今好きなことは、コミックを読むこと、音楽を聴くこと、テレビドラマを観ること、ファ ッションに関する雑誌を読むこと、パソコンで芸能情報を調べること、絵やイラストを ノートに描くこと、くらいかなあ~ お休みするようになって、DSのゲームもしています。学校に行ってる時はする時間が なかったみたいです。 表情は少しゆるんできたかしら。笑顔もあります。体調が悪い時はしんどそうですが。 「~借りてきて」「~食べたい」「~買ってきて」「~したくない」という言葉が増えて きたかな。そして「~は嫌だなあ」とも言います。したくないことを伝えられるように なってきましたね。 私や周りの人のことを気にせずに、自分の気持ちや感情をそのまま素直に出せたら いいなと思います。まず家族の中から、出せるようになることなんでしょうね。 余談ですが、娘の笑った時の顔と私の笑顔は、よく似ていると人に言われます。 自分でもそう感じる時もありますが。。。笑顔には笑顔がかえってきますものね~心は鏡 ですものね。娘が立ち止まったことで、私も娘の感情や気持ちを感じたいと思う時間が増 えました。きっとこれは親離れする前に、神様が与えてくれた親子の時間なのかしら。。。 娘の好物2つ。すいかと家で採れたすもも。 今年は豊作です~
2013.06.23
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わけですが、今となってはそれは親や先生への気遣いからくるサービス登校だったなと よくわかります。ただ入試の前の数か月は自分のために登校していたのかもしれません。 その頃の私は先生と一緒になって、1日でも1時間でも多く学校で過ごせることが、本人 にとってよいことと考えていました。息子が学校へ行けると、とても嬉しかったのです。 でもそこには、息子本人の気持ちが全く考慮されていなかったのですね。 まず最初に「学校に行く」という答えありきだったんです。 この当時息子に聞いたわけではありませんが、息子は本心では学校へ行くことが苦痛だっ たのではないかと思います。自分でも説明が出来ない何らかのひっかかりが心にあった ように思います。だからその頃の息子は本当にに自分を鼓舞して、行ってたのだと。 時には友達と一緒に、また2時間目からとか3時間目からとか行ったこともあります。 五月雨登校の後半は別室登校だったのですが、それは単に出席日数を増やすためだけ でした。それがあったから、最初の公立全日制の高校に合格したのかもしれません。 わかりませんけどね。。。でも家の場合は高校でも朝起きられなくなって、途中で通えなく なりましたけど。 五月雨登校によって学校の出席日数は増えたのかもしれないけど、息子のエネルギーや 自己肯定感はおちる一方だったんじゃないかな。そしてそんな状態で学校へ行ってる わけだから、勉強が頭に入るとも思えません。体のためにその時に必要な睡眠も充分に とれない。ただその頃家に居たとしてもそんなに居心地がいいわけじゃないから、気持ち がゆっくりと休まることもなかったでしょうが。。。 もっとも私は単に睡眠がとれていれば休まってると思っていたんですよね。最初はね。 あの頃の息子には本当に悪いことをしたなと思います。 「今は学校へ行かなくていい」「家でゆっくりと休めばいい」って何で言ってあげられな かったのかな。きっと自分も「学校へ行かないと大変なことになる」「他に道はない」って 思っていたんでしょうね。 今でもあの頃の息子の険しい苦しそうな表情を思い出します。今考えると娘よりもはるか にエネルギーダウンしてました。ただ息子はずっと部活をしていたから、娘よりも体力が あって、そう出来たのかもしれません。 私は息子の口に出た「学校へ行きたいのに行けない」「部活を続けたい」という言葉だけを 自分の都合のいいように解釈して、本当の息子の気持ちに寄り添っていなかった。 そして、強迫症状や物に当たって荒れるということが出てくると、「何かの精神疾患かな」 と思ったりしていました。誰でも自分の本当の気持ちに反することをずっとしていたら、 そうなりますよね。。。 息子が五月雨登校の時に、私だけがスクールカウンセリングを受けていました。 その時「学校をお休みしていても大丈夫ですよ」とは一度も言われませんでした。 もっともその頃の私は、そう言われたとしてもそうは思えなかったでしょうけどね。 「休んでいたとしても、秋ぐらいからは(入試を意識して)行くようになりますよ」とは 言われた記憶があります。 途中でカウンセリングも辞めてしまって、私はこの1人の方だけのスクールカウンセリング しか受けていないのですが、「学校へ行けるようにする」ことが前提にあったのかな? それとも単にその時の親や子どもの気持ちを受け止めてくれる、というカウンセリングも あるのでしょうか? そして誤解のないように申し上げておきますが、私はスクールカウンセリングがよくない とか、五月雨登校しない方がいいとか、別室登校はよくないとか言ってるわけではない のです。それはもう1人1人子どもの状況は違いますから。それぞれのお家の考え方もあ りますし。ただ一番大事なのは、その時の子どもの気持ちを尊重することだと思います。 子どもがその時にどう思っているのか、どうしたいのか。時間がかかっても子どもが 決めることが大事だと。私は息子の時は、それが出来ていませんでした。 だからこれは自分にも言ってることなんです。せめて親が子どもを焦らせないって。。。
2013.06.23
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昨日久しぶりに実家に顔を出してきました。娘のことでここ最近バタバタしていて、 (気持ちの上でね・・・)実家にも長い間(と言っても2週間くらい)行ってなかった から。父の日のプレゼントも渡せていなかったので、それも持って行きました。 父の好きな地酒です。 数日前に母から電話がかかってきていて、娘がお休みしていること等も話していたのです が、「大変だね」とは言われましたが、それ以上はつっこんで聞いてきませんでした。 きっと私の表情見てそうしたのかな?わかりませんが。私もすぐ話題をそらしたし。。。 父も母も高齢で自分たちの体の不調も多く、孫の心配まで出来ないというところかしら? 私はその方がよかったのですけどね~心配されてもどうしようもないしね。 この前に父の方も介護認定を受けて、母よりもひとつ重い認定になりました。 ただ今のところ本人も介護サービスを受ける気持ちになっていないから、何もしていない ようです。母が入院とかになったら、頼らざるを得ないのでしょうけど。。。今のところ なんとかかんとか、綱渡りですが2人でやってくれているから、私も助かっていますね。 この前の電話で母が「最近足腰がすごく弱って、筋肉をつけないといけないから、病院で リハビリを始めたのよ」「それで家でもしようと思って機械を買ったんだけどね、きてみた ら、大きくて重くてとても出来そうにないのよ~返品しようと思うのだけど手伝ってくれる かしら?」と言われてました。 前向きでいいとは思ったけど、それは無理でしょう~かえって骨折したりするかも。。。 昨日行ったら、その機械らしきものが見当たりません。「どうしたの?」って聞くと、 「いつも来てくれるヘルパーさんに相談したら一緒に梱包してくれてね。昨日返品したの」 とのことでした。よかったよかった。 やはり年をとると色々な方に頼って生きていくことのなるのよね~どうしてもね。 母も父と最近口げんかになることが多いらしく、その愚痴を聞いてきました。 吐き出すと少しスッキリするものね。 「あのね。お父さんがわけのわからないこと言っても、いったん受け取ってあげたら? 『そ』のつく言葉でね。」って言ったんだけど、どっかで聞いたような~(笑)
2013.06.22
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少し前に読んだ本のことで、ちょっとおもしろいなあと感じたことがありました。 それは平野啓一郎さんが書かれた、『私とは何か「個人」から「分人」へ』という本です。 平野さんの書かれたものは、私は初めて読ませていただいたのですが、非常におもしろい 斬新な考えをされる方だなあと思いました。私の頭が少しかたいせいか、なかなかお考え についていけないところもあったのですが、一応最後まで読めました(笑) この方のお考えによるともともと「本当の自分」などというものは存在しないのではないか と言われるのです。そこには実体が無いと・・・以下本からの書き抜きです。 人間にはいくつもの顔がある。-私たちは、このことをまず肯定しよう。相手次第で 自然と様々な自分になる。それは少しも後ろめたいことではない。どこに行っても オレはオレでは、面倒臭がられるだけで、コミュニケーションは成立しない。 だからこそ人間は決して唯一無二の「(分割不可能な)個人」ではなく「(分割可能な) 分人」である。 -中略ー 分人はすべて「本当の自分」である。 私たちは、しかし、そう考えることが出来ず、唯一無二の「本当の自分」という幻想に 捕われていて、非常に多くの苦しみとプレッシャーを受けてきた。どこにも実体がない にも拘らず、それを知り、それを探さなければならないと、四六時中そそのかされて いる。それが「私」とは何か、というアイデンティティの問題である。 そしてこのことを裏付けるために、ご自分の家での顔、仕事場での顔、ある会合での顔、 そして学生時代の学校での顔、等色々な例をあげられていました。 また以前の日記にも書きましたが、ネットでのその人の顔とリアルでの顔とが違うという 事にも触れ、結局どちらも「本当」ではないのか?どちらが「本当」の姿かと決めること 自体、不毛に思えるとも書かれています。 私には目からうろこがポロリと落ちるいうか、すごく新鮮な感じがしましたね。 対人関係ごとに色々な「分人」が存在するならば、「個人」の中の「本当の自分」なんて もともと特定する必要も、ないのかもしれないし・・・ そして本の中では、自己を肯定することにも触れられていました。 人はなかなか自分の全部が好きだとは言えない。しかし、誰それといる時の自分(分人) は好きだとは意外と言えるのではないだろうか?逆に、別の誰それといる時の自分は 嫌だとも。そうして、もし好きな分人が1つでも2つでもあれば、そこを足場に生きて いけばいい。 -中略ー そして好きな分人が1つずつ増えていくなら、私たちはその 分、自分に肯定的になれる。否定したい自己があったとしても、自分の全体を自殺という かたちで消滅させることを、考えずに済むはずだ。 自分が読んだ後に息子に「これ面白かったから読んでみたら?」と薦めてみたのですが、 「いいわ」と読みませんでした。 でもこういう柔軟な考え方をすれば、生きるのが少し楽になる方もいらっしゃるのではない かしら?と思ったのでした 講談社 現代新書
2013.06.20
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ネットで調べてみると、家から比較的近い場所に「不登校の子の親の会」があることが わかり(前にも見てたんだろうけど、その時は素通りしてたのだと思います)、1週間ほど 前に電話していました。その時電話に出られた代表者の方が、 「親の会は今月はもう終わったんですよ。来月までまだ間があるから、よかったら1度 お話に来られませんか?」っておっしゃってくださいました。 それで昨日お約束した時間に行ってきました。 「思ったことでも、今までのことでも、何でもいいからお話してくださいね」と言っていた だき、最近お休みしてる娘のことや、息子の今までのことをずっと話しました。 ほとんど私ばかりが話していたかな?相手の方は時々質問をはさみながら真剣に聴いて 下さいました。私が1通り話終えた時その方が1言、題に書いた言葉をかけてくれたのです この言葉を聞くと急に私の両目に涙が溢れてきました。自分でも何も考える間もなく。 今客観的に振り返ってこれを書きながらも、また泣きそうです。そしてその方が、 「そこまで考えられるようになるまで、随分長い時間がかかったでしょうね」とおっしゃた 時、今まで胸につかえていたものが、少し溶け出した気がしました。 ふと気がつくと、お邪魔してから1時間半ぐらいが過ぎていました。あっという間だった ような感じがしましたが。。。 「よかったら7月の会も来てくださいね。何も言いたくなかったら聞いてるだけでもいいん ですよ。笑いがある明るい会ですよ」と言って送り出してくださいました。 参加してみたいな。笑えるかな。お友達も出来るかなと思いました。 ここ最近、明け方にキューっと胸が締め付けられるような感じがしていて、あまりよく 眠れなかったのですが、昨晩はまあまあ寝れたような気がします。 息子の渦中は全く行けなかった親の会、行ってみようかな?と思えるようになったのは 自分の中の変化ですね。子どもをどうにかしようとか、動いてほしいとかじゃなくって、 自分の気持ちを軽くするために、行こうかなって思っています。その時にまた気が変わる かしら?そうなったらそれで、気持ちに正直に行動すればいいんですよね。 「親が子どものことをどうにかしようと思ってるうちは子どもは動かないものです。でも 大丈夫。時間がかかっても子どもは自分のことは自分でどうにかしていくものです。 皆そうですよ。」と力強いお言葉もいただきました。 思い切ってブログを始めてみると、たくさんの方と知り会えたみたいに、自分のまわりの 垣根を低くしてみると、困った時に一緒に考えてくださる方がいらっしゃっるんですね。 娘はここ数日腹痛や頭痛があります。横になってると少し楽みたいです。 気分がいい時は机に向かって、何か書いてます。勉強してるわけではないみたいです。 暑いから親子で食欲がおちて、果物のようなのどごしのいいものばかり食べてます。 今日は借りてきて欲しいCDのリストを持ってきました。まだ自分では行けないようです。 「~したい」はまだあまり出ないけど「~して」とよく言うようになりました。 今まであまりそう言わなかった子なんです。甘えているのかしら? この前娘のリクエストで焼いたチーズケーキ
2013.06.19
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とは言っても、ここ最近ご飯作りに全く意欲が湧かない私。少し前に撮った写真も放置 状態でした。だから4月下旬位に作った料理も入っています。最近じゃないですね(汗) このご飯シリーズも(勝手に命名 笑)、前回からは2か月近くあいてしまいました。 酢豚風の炒め物とかぼちゃの塩煮とホタテのバター焼き 蓮根・茄子のひき肉はさみ揚げと和風ハンバーグとサラダ かぼちゃの塩煮はある方の料理ブログに載っていたのを、真似して作りました。 かぼちゃと塩と水だけだったかな?甘辛い味の煮物があまり好きでない息子が喜んで 食べてました。塩を入れすぎるとすごくしょっぱくなり過ぎますが、丁度だとかぼちゃの 甘みが、さらに引き立つように思います。 うなぎ寿司とから揚げとインスタントみそ汁 そら豆の煮物 子どもの日に義母がうなぎ寿司を買って来てくれたので、娘の好きなから揚げとフライド ポテトを作りました。5月の中旬ごろ旬のそら豆の煮物を作りました。実家では父が好き だったから母がよく作っていましたね。私もその頃はあまり好きじゃなかったけど、最近 おいしいと思えるようになってきました。塩ゆでも好きです。さやを剥くと実が少しですが 冷凍サンマの塩焼と春巻き インスタント麺の冷やし中華 今の旬じゃないですけど、スーパーに冷凍のサンマを解凍したものが1本50円で出て いたから、「これは買うしかない」(笑)と思って買いました。おいしかったです。 春巻きは家族皆が好きなので、うちは割とよく作りますね。 休みの日のお昼ご飯は麺類が多いのですが、これはこの前に初めて食べました。 半生と違い保存がきくから便利です。私は食べなかったのですが(2食分しかなかった) 結構いけたらしいです。
2013.06.18
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ちょっと自分のことを書きたくなりました(子どものことから少し離れて) で、いきなり壮大な題をつけてしまって、いったい何から書けばいいのかしらっていう 感じなのですが。。。 そもそも私が自分のアイデンティティに?と疑問を持ち始めたのは、息子の不登校以来 なんです。それがなければずっと曖昧なまま一生を終えていたかもしれません。 アイデンティティ=自己同一性 と辞書等に書かれていますが、私自身の捉え方としては 「自分って何者?」という方がしっくりくるかな(この考え方がいいかどうかは?ですが) そして、そのことをあまり深く考えもせず(若い頃に少し考えた時もあったけど)漫然と 日々を送ってきたように思います。それともどこかでは向き合うようになってたのかしら。 以前にコメントのお返事にも書いたことがあるのですが、私は自分のアイデンティティは いまだに作られている途中だと思っています。 ずっとずっと昔のお話です。私が30歳前後の頃かな。義母と初めて口喧嘩らしきことを したことがあります。自分の親とは何回も喧嘩したことがあるけど、義父母に対しては 「いい嫁にみられたい」という思いが強かったのでしょうね。自分を出来るだけ抑えて 何でも「ハイハイ」と聞いていたような(嫌。。。違うかも。。。笑)とにかくそれまでは 喧嘩にはならなかったのです。その時は自分の思うことをそのまま言ってしまい、それが 義母の癇に障ったのか「あなたいったい何歳と思ってる?」みたいなことを言われました。 今でもはっきりと覚えてる(しつこく)内容は忘れたけどね~ 自分では自分ってもうある程度の大人だと、その時は思っていたんですよね。 だから大人の余裕で嫌と思うことも流せるって(考えると流す必要もなかったのでしょう が)。でも年齢で言われたのはこたえたかな?まあ、それが義母の基準なんでしょうね。 私は「普通はこうよ」って言われたように感じてしまいましたね。昔の感覚の30歳は 結構な大人なのかしらね~ それまで多分無理していたんだと思います。「嫌なことを嫌」って言えなかったんですよね 「こうあらねば」の常識に縛られ過ぎて、自分が何が嫌かもわからなかったのかもしれない その時に感じたことは、大人になると言うことは単に年齢ではなく、自分の意見をきちんと 持っていて、「~したい」「~したくない」とお相手に伝えられることなんだなあって。 でもせっかくそう気づいたのに、つい面倒になることを避けてそうせずに生きてきた部分も 多かったなあって思います(反省) ストレートに出してしまうのじゃなくて、出していい時とそうでない時の見極めをすること をし過ぎるあまり、出せずにそのまんまになっていたところもありますね。 好きなことがわからないと、嫌なこともわからないですよね。 だから自分の好きなことや楽しいことを、誰に押し付けられたわけでもなく、持っている ということも大人になるってことなのかしら。自分で自分を癒せるというか。。。 大人になることがアイデンティティの確立と=ではないにしても似通った部分はあるのかな そう考えてくると、私のアイデンティティはまだ確立していないような気がします。 まだ自分の楽しいことや好きなことが、きちんとは見つかっていないように感じるから。 少しずつ見つけつつはあるのですけどね~そして自分がこれからどう生きようかということ も、ぼんやりとですが見えてきたような気もします。遅いのかもしれないけど。 まだまだこれから色々と経験して、死ぬまでには確立するのかしらね~アハハハ。。。 そして女の人にとって、子どもを持つということは、ものすごく大きな転機になると感じ ます。それまでの自分のアイデンティティらしきものの大半が、母というアイデンティティ に変わってしまうように思いますから。 子どもを持つまでは私はもっと自分を大事にして、自分の好きなものを好きと言える人間 だったのだと思います(多分ですが)でも母というアイデンティティの中にとりこまれた 途端、それまでの自分がなくなってしまったんじゃないかなあ。全部ではないですけどね。 よい母であろうとし過ぎたんじゃないかしら?それが子どもへの重たい愛情になっていった のにも気づかずにね。でも、今気づけて本当によかったと思います。 自分の中の母である比率は、自分の気持ちの持ち方次第で変えられますものね。軽くね。 私の中の「私比率」(←自分で作った造語です 笑)を高めたいなって、今思っています。 これからどんな自分が現れるのかしら~少し楽しみでもあり少し怖くもあるのです 文とは関係ないけど、お庭で採れたいただきもののびわ。
2013.06.17
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自分の気持ちを静め 淡々と日々を過ごす それがすごく心地いい 強がりではなく 心を波立たせず 過ごせた一日は 自分に花丸をあげたくなる そうやって 穏やかに過ごしていると 部屋に差し込む陽射しも 庭に咲く花も 寝ている子どもの寝顔も 1枚の写真のワンショットのように見える 何かで切り取ったように まるで止まっているように見える 不思議な感覚 「いったいこれは どういうこと?」って自分に聞いてみるけど 答はない 淡々と そこに存在する 当たり前の風景 でも ひとつひとつが とっても愛おしい お友達のお子さんが亡くなりました。一昨日の晩電話で知りました。 「生きているだけで 丸儲け」「子どもが生きてること以上の親孝行はない」 心からそう思えた夜。 ご家族のお気持ちを思うと、とても言葉がありません。ご冥福をお祈りするだけです。
2013.06.16
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とよく言われますね。小さいお子ちゃまって本当にかわいいですものね~ 昨日子どもの小さい頃のことで、ふと思い出したことがありました。 ここに書こうかどうしようかって迷ったのですけれど、思い切って書いてみることにします 今から17年ほど前のことなんですが、私は息子と娘の間にも子どもを授かったことがあり ます。でも2か月の終わり位の時にお腹の中で育たずに流産しました。 病院の健診でわかったのですけどね。その前の健診で確認されていた心音が消えていて 大きさも育っていなかったのです。病院でそれを告げられた時正直目の前が真っ暗でした 「これは不可抗力でね。どうにも防ぎようがないんですよ」と言う先生の言葉を遠くに聞き 一旦診察室を出て、廊下のイスでこれからどうなるのかなあ~って思っていた時です。 その時に一緒に連れて来ていた息子が(当時2歳前くらい?)、病院の電気のスイッチを イスの上に精一杯背伸びして、押そうとしていた姿が目に入ってきました。 その頃息子は、何でもスイッチを消したり点けたりする遊びにはまっていたのです。 その後ろ姿を見ていたら、なんかおかしくなって笑えてきたんですよね。 入院の手続きをして一度家に帰ることになったのですが、帰りに乗ったタクシーの運転手 さんに息子が「こんにちは」って挨拶して(結構愛想がよい子でした)年配の運転手さんも ニコニコされてました。「僕。前から救急車がきたよ」とか話かけてくれてね~ 私もショックは受けていたんだけど、小さい息子に癒してもらった気がしましたね。 なんかねえ。子どもって親が悲しんでいるのがすぐにわかるのでしょうかね。 表情を読み取るというか。そして小さいながらも親を励まさないとって思うのかしらね。 わからないですけどね。やはり親の表情をよく見る子は気をつけなくっちゃねって思い ます。家の子は多分2人とも結構人の表情や雰囲気を読みますね。それで色々と疲れて しまうのかしらね~せめて家の中ではリラックスしてほしいですね。 最近予備校に行ってた息子ですが、色々と疲れたのか「もう行かない。家で勉強する。」 「俺は自分の思うように生きていいよなあ~」と今日言ってました。 と言うことは息子は今まで、自分の思うように生きていいとは思えていなかったのかしら? 「自分の人生だからね。自分の思うようにどうぞ。」って私は答えました。多分能面で。 娘はこの暑さでますます体調がすぐれません。頭痛もひどいらしいのですが病院には 行かないらしいです。あまりにも続くようなら受診も考えていますが。私は家の中でパンや チーズケーキを焼いています。温度が上がってますます暑くなってます
2013.06.14
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それを丁寧に感じるのって大事なことだけど、すごく勇気がいりますね。特に怒と哀は。 そこで凹む自分を見ることによって、さらに凹んでしまったりします。 「懲りない自分」と思ったり「何でこんなことで」と思ったり。それって自分をいじめてる ことになるよね~自己受容とは真逆ですね(涙)感情を味わってないですよね。 ああそうか。だから自分が落ちてる時は極力外部との接触を避けてしまうのですね。 出来るだけ、感情を波立たせないようにしてしまうのですよ。私は~。 そして、自分の好きなことだけして自分を癒す。不登校の子どもと同じですね。 息子の不登校の時、そうして自分の殻にこもっていた時があるのですが、そうやって 少ない自分のエネルギーを枯渇させないようにしていたのかな。自分を守ってたのかな。 自分の殻を破るのは、かなりのエネルギーがいりますよね。 私は一度にそんなにエネルギーを出してしまうと、きっと枯渇状態になってヘロヘロに なってしまうだろうから、少しずつ少しずつエネルギーを溜めたり出したりしながら、 殻を破って(変わって)きたんだろうなあって思います。人から見るとどうなのかな? 自分のことは自分ではよくわからないから、多分なのですが。。。 感情が波立つ自分(腹が立つ自分、怒りを感じる自分)も、穏やかに居られる自分も、 皆愛しい自分と思えた時、自己受容が出来てることになるのでしょうか。 自己受容が出来ていれば人の言動にそんなに傷つくこともないから、人とかかわることも そんなに怖くないし、人との間に壁を高く立てる必要もないのかしら? 子どもの不登校がなかったとしたら、損してたなあと私が一番思うことは、この自己受容を ずっと知らずに、人生を送ってしまっていたんじゃないかなってことです。 自分をいじめてね~もっともっと頑張れって言ってね。足りないとこを数えてね。。。 まず自己受容、そしてそれが他者受容に繋がれば、優しい社会になるのでしょうね。 そんな優しい社会になれば、生き辛さもなくなるのかなあ~ この前に自己受容しつつ作った手抜きのご飯。 残りご飯で作ったドリアと麻婆茄子とウインナー
2013.06.13
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一時期葛藤しているよう(に見えた?)であった娘です。 「学校へ行く」か「学校へ行かないか」考えているのかな? 昨晩は「不登校にはなりたくない」「でも行けない」って泣いてました。 今日は私が午前中から外に出ていたので、娘の寝顔だけ見て行きました。 昼ごろに起きてお弁当は綺麗に食べてありました。明るいわけでも暗いわけでもなかった ほとんど自分の部屋で過ごしています。ベッドに腰掛けて何かしてることが多いかな。 週に1回担任の先生がプリント類を持って来てくださいます。夕方なので会えます。 先日は娘に「別室でテスト受けてみる?」とおっしゃっていました。 娘は「受けません」とはっきりと答えていました。 今のところ学校へ行くつもりはないのかな? 先生が持って来て下さったプリント類も、机の上に放置状態です。 病院でもらったお薬は全部(2週間)飲んでなくなったので、「また病院に行く?」と聞い たのですが、「飲んでも効かないから、もう行かない」と言います。 相変わらず体調が悪いらしく、ゴロゴロしてることが多いです。腹痛もよくあるみたい。 睡眠も日によって違うけど、10時間位寝てることが多いかしら? 息子の時のように荒れることも怒ることもなく淡々と見えます。内心はわからないけどね。 自分の観たいテレビ番組のある時はリビングに出てきてます。あとそんなに頻繁じゃない けど、パソコンしたりもしてる。友達からのメールにも返信してます。 内容はわかりませんけどね。 娘にとって学校へ行ってないことは、怖いことのようですね。 息子の不登校をほぼ5年ずっと見てきた娘なので、不登校のことをわかった上でそうして いるのかしら?とふと思う時もあるのだけど、そうなろうと思ってこの状態になってるわけ ではないみたいですね。でも何か心に引っかかりがあってそうなってる。体にも出てる。 娘にも説明できないのかなと思います。 私にも娘の気持ちの全部はわからないけど、今のところパニックになっている風でもない。 頭をかかえてる時はあるけれど、14歳の娘は案外強いのかもしれないなあ~ この先どうなるのかは、わかりませんけどね。 私は今日はピラティス行って久々にランチして、リフレッシュできました。 帰ってくると義母に「用事があって2階に行ったら、窓が大分汚れてるみたいだったわ」 「私が拭いてもいいんだけどね。。。etc.etc.」って言われました(汗) あら~ゴールデンウィークの頃拭いたから、自分の中では綺麗な方だったんですけどね。 「あらお母さんしてくださったらよかったのに~ノープロブレムですわ~おほほほ」 って言いたかったけど言えず。。。「はい。また~」とか言ってそそくさと2階に。 私も結構強いのかな~?流す流す(笑)娘と似てるかも。親子だわね。やはり。 でも私よりは娘の方が、大分繊細ではありますけどね~
2013.06.12
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のようなものでもあるのですが、私自身書くことによって自分のその時の気持ちの確認や 整理にもなります。あくまでも自分の理想なのです。今はそうしたいと思っているけど 日々気持ちの波もあって、そう出来ないときもよくあります 立派なことばかり書く気はサラサラないのですが、そこを目標にしているということで 書いてみました。 「子どもと喧嘩してもお互いにあまりいいことがないよね」ということは重々わかっては いるのですが、親ってつい自分の思ったように子どもが動いてくれないとイライラして 口では言わないまでも険悪なムードになりませんか? そんなことが全くないお家もあるのでしょうけどね~私も息子が不登校の初期はそんな ことばかりの毎日で、段々と少なくはなってきたけど、なかなかね。。。難しいです。。。 特に一緒に居る時間が長いと、つい見てしまって不安になったりもします。 イライラはぶつけないですけどね。自責ではなく次の自分の行動に役立てるためにと、 穏やかな気持ちで子どもに接することが、子どもの安定のためにもなるかなと整理して みました。あくまでも私の個人的な考えですが。。。 1 焦り このままだと先が見えないのではないか。子どもが社会から取り残されてしまうのでは ないか。いつになったら元気になるかわからない。多数派じゃないことへの不安。 大体は比較することからくるのですけどね。私の場合はね。 一旦この考えが頭に浮かぶと「早く今の状態を変えないと」という焦りが頭をもたげて きます。ゆったりと子どもを見守れない。何か言って動かしたくなってくる。 人生は長い。どう変わるかわからない。焦っていいことないよね。だからポイするに限る 「あわてない。あわてない」と深呼吸する。子どもが焦っていたとしたら、せめて親は ゆったりと構える。そう出来たら自分をほめてあげる。(何か褒美をあげたり) 2 いつも目標を持たないと駄目と思ってしまう 向上心ってすごく大事なことで、生きる原動力になると思います。 でも長い人生そう出来る時もそう出来ない時もある。いつも目標を持たねばならない わけではないんですよね。ましてや成果を出さねばならないわけでもない。 これは、多分自分自身が今までに刷り込まれてきたものなのかなあって思います。 私もどこか苦しかったんです。はっきりとコレということは特定できませんが。 目標を持って生き生きとそれに向かって努力する人生がいい人生で、目標のない行き 当たりばったりの人生はよくないみたいな刷り込みがありました。 どちらがいい悪いじゃない。どっちでもいいんですよね~ 小さい頃から「大きくなったら何になる」ってよく聞かれて私は違和感でした。 具体的な職業まで聞かれても、真剣にに考えれば考えるほどわからなくて。そんなこと 今決められないって思っていました。子どももそうなのかなあ? 私はあまり考えもせず敷かれたレールになんとなく乗って生きてきたのですけどね。 今の時代これから先がどうなっていくのか、そして自分の気持ちもどう変化していく のかもわからない。わからない状態を楽しむくらいの余裕を持ちたいです(苦手ですが) 3 (1と2を踏まえた上で)学校へ行ってればとりあえず安心だと思ってしまう 学校神話がまだ自分の中にありますね(手強いです)。大多数の人がそうするからって 自分の頭できちんと考えることをしてないんでしょうね。前よりは考えていますが。 息子は中高と不登校を経験しましたが、今は自分の中では大学へ行こうと思い始めた みたいです(また考えが変わるかもしれませんが。。。) 「未来は未定」なんですよね。この前に読んだ『夜と霧』の中にもあった言葉なんですが。 だから誰にとっても、未来がどうなるかなんてわからない。だから不安にもなるし、 逆に言えば不安に感じること自体、あほらしいことでもあるんですよね。 どんなワクワクすることがあるのか、どんな落とし穴が待っているのかわからないんだもの 自分の人生を自分の足で歩いていくということは、その未定の未来を楽しむことじゃ ないのかなあって最近よく思います。おもしろがることにも通じるかな? 決まりきった予想がつくようなことで安定した道を選びたいというのも、1つの生き方 であり、そうじゃない道を選ぶというのも1つの生き方。どちらが上も下もない。 自分が思い描くゴールにたどりつく方法も、人それぞれなのかなあって思います。 こう考えてくると私が子どもと険悪なムードになる時は、自分や夫や今まで知ってる 生き方を見て「これが正しいのよ」って同じ道を歩まそうとする時じゃないかなって思い ます。たとえそれを直接子どもに押し付けなかったとしても、私の心の中に「こっちが正解 なのにね。なぜそうしないのかな」という気持ちがある時は、それが伝わってしまうよう に感じます。私は自分の頭できちんと考えてそうしたわけでもないのにね~そして正解は 人それぞれ違いますものね。 親子で喧嘩しても楽しくないですよね。 お互いに遠慮せず言いたいことが言えるというのが理想ですが(家はまだまだです 涙) 親であるからと言って偉いわけでもなく、また親であるからと言って自分の正直な気持ち に嘘をついてまで我慢することもない。それがフラットな関係なんでしょうね。 私の場合は仲の良いお友達と思って、子どもと接するようにするとうまくいくかなあ。 子どものタイプにもよるかもしれませんね。一番大事なのは「尊重」なのかしら? あまり難しく考えなくても、イライラしないで笑っている方が、自分も幸せと思っていれば いいのかなあ?その方が絶対長生きできそうだしね
2013.06.11
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私の場合は、とにかく上の息子の時は不安が強かったですね。 混合栄養のことから、肌着のことから、おむつのことから、眠りのことから、何から 何までね。事前に本や雑誌を読んで色々と研究もしてたのですが。 アレルギーのことも不安でした。先に出産した姉の子どもが2人ともアトピー体質で 息子もアレルギー体質でした。ただそんなに重度じゃなかったから、少ししっしんが 出来やすかったくらいです。その後小児ぜんそく、アレルギー性結膜炎、鼻炎に移行 しました。娘も息子ほどではなかったけど、アレルギーがありましたね。 季節の変わり目には2人とも発作が出て、車までおんぶして病院に走ったこともあります。 皆さんそうでしょうけど、子どもが小さい頃はよく小児科や耳鼻科にも行きました。 そんな時義父母に「~したから風邪ひいたんだ」「~したらもっと丈夫になるよ」と言われ るのは、私はすごく嫌なことでした。まるで自分のことを責めれれているようで。 「子どもだから病気するのは当たり前」「大丈夫」ってもっとおおらかに言ってほしかった 子どもの不安をさらに大きくするような声かけは、親としては慎まなくてはね(ドキッ!) このことにはかなり根強く、今も不満が残っているんですよね。。。 うちは2人とも予定日より1か月も早く生まれて、生まれた時は小さめでした。 その後順調に大きくなったからそんなに心配はなかったのですが、「丈夫です」と言える ほどでもなかったのです。 私の中に「元気な子に育ってほしい」という思いがいつもあって、子どもの病気に必要以上 に神経質になっていたんじゃないかなって、今は感じます。 義母は性格か、今でもすごく心配性ですね。 このところお休みしている娘の体調にも、色々と口を出してきます。 今日も「大きい病院で早く検査してもらった方がいいんじゃない?」と提案してきました。 私は「私も心配なんですけどね~もう少し様子みて、本人の気持ちも聞いて、そうしよう と思ったらそうします」と言いました。でも、明らかに不満そうでしたね。。。 義母も娘のことがかわいくて、色々と心配してくれるのはありがたいことなのですが。 私はそう言われると、プレッシャーを感じます(何故かな?) 娘の前でそう言われなかったのは、よかったかな
2013.06.10
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1人でも居ればその子は大丈夫って、以前おとねさんが書かれていたけれど、私は娘に とって、そういう人になれてるのかなあ?お名前出してしまってすいません。おとねさん。 息子はよく「誰も俺のことをわかってくれない」と言ってましたね(最近は言わないけど) 私には娘の気持ちの全部はわかりません。わかりたいとは思ってるけどね。。。 娘は普段から自分の気持ちはあまり言いません。 私が信用されてないから?それともこれはもともとの娘の性格? 何か決めないといけないような時も、大体自分で決めてることが多かったですね。 そういう意味では私も娘に任せていました。それでそんなに不安になることもなかったし。 学校をお休みするようになってから、外へもあまり出られなくなってます。 出たくないみたいです。義母に何か言われるのが嫌なのか1階へも降りなくなりました。 外出したのは英語の塾へ行った時だけです。 午前中は体が動かなくて寝ていることが多いです。体調も日によって波がありますが、 夕方位になると段々と元気になってくる感じかな? 食欲もムラがありますね。3食の時もあれば2食の時もある。量はまあまあ食べてます。 お風呂は毎日必ず入ります。歯も磨いてる。起きた時はパジャマから服に着替えてる。 息子は一日中パジャマ兼部屋着でしたね。お風呂も入らなかったし歯も磨かなかった。 そこが娘とは違うとこです。どちらがいい悪いじゃなくってね。息子も今は変わりましたが 学校のことはすごく気になっているみたいです。 娘の場合は学校のここが嫌という感じではないみたいですが(分かりませんが)、何となく 違和感を持っていたのが、積み重なって出てきたのかしら?これは私の推測ですが。。。 「もうすぐテストがあるんだって。全然勉強してないから受けられない。」って昨日言って ました。友達とメールしていて教えてもらったらしくて。 週に1回の家庭教師の先生との勉強と、英語の塾は時々お休みしながらも行ける時は行 こうと思っているみたいです。でも家で1人の時は勉強していません。 「学校へ行かなくちゃ」という意識はあるけど、体が動かないという感じかしら。 私から娘にあまり聞くことはないけれど、(今のところ朝行くかどうかは聞いてます) 昨日塾の送迎の車の中で少し話をしました。横並びだし話しやすかったのかな? 「何も楽しいことがない」って言ってた。「こんなに休んじゃって」とため息もついてた。 息子の時ならばこんな時山のように提案(と言うか先に答えありきだったし)していたけど 「何でも自分のしたいと思うことしてみたら?協力できることはするよ」って言いました。 それに対して娘の返答はありませんでしたが、流れる空気は悪くなかったかしら。 ただただ気持ちを聴くということ。「今はそうなんだね」と娘の「今」を感じること。 そう心掛けてはいますが・・・なかなか難しいです。 「一緒に〇〇へ行こうか?」とかつい誘ってしまいそうでね(涙) 私の中にまだ「動くこと→よいこと」「動かないこと→よくないこと」みたいな思いこみが あるんじゃないかなあって思います。娘がお家で安心して暮らせれば、エネルギーが 溜まるかもしれないなあ~くらいに軽く考えないとね。 私は買い物量が増えて毎日行ってます。それ以外の外出はめっきりと減りました。 かと言って家事をする気にもなれず、思いっきり手を抜いています(笑) 今のところ私も、あまり楽しいことは見つけれていない毎日です
2013.06.09
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梅雨入りしてからここ最近お天気のいい日が続き、気温も高くとても蒸し暑いですね。 庭のあじさいが色づき始めました。雨あがりの露のついたあじさいは、やはり生き生き としてとっても綺麗ですカタツムリはいないかな? 色鮮やかなあじさいのように、スッキリとした気持ちになれたらなあ~
2013.06.08
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柴田トヨさんをご存知ですか?1991年(明治44年)生まれの方です。 90歳を超えてから詩作を始められ、98歳のとき刊行した『くじけないで』という 詩集が、160万部を超えるベストセラーになったとか。(2012年現在) 今年の1月に101歳で亡くなられたそうです。 私はこの前に図書館で借りて初めて『くじけないで』を読みました。 平易な言葉で書かれていて、何回も読めば読むほど気持ちが穏やかになって やさしくなりました。ユーモアーもあるんですよ。 こんなかわいいおばあちゃんになれたらいいなあって思いました 今の私はやはり癒しを求めているのかなあ? * 溶けてゆく* ポットから 注がれる お湯は やさしい 言葉のようだ 私の 心の角砂糖は カップのなかで 気持ちよく 溶けてゆく * 自分に * ぽたぽたと 蛇口から落ちる涙は 止まらない どんなに辛く 悲しいことがあっても いつまでも くよくよしていては だめ 思いきり 蛇口をひねって 一気に涙を 流してしまうの さあ 新しいカップで コーヒーを飲みましょう * ことば * 何気なく 言った ことばが 人をどれほど 傷つけていたか 後になって 気がつくことがある そんな時 私はいそいで その人の 心の中を訪ね ごめんなさい と 言いながら 消しゴムと エンピツで ことばを修正してゆく * くじけないで * ねえ 不幸だなんて 溜息をつかないで 陽射しやそよ風は えこひいきしない 夢は 平等に見られるのよ 私 辛いことが あったけど 生きていてよかった あなたもくじけずに * 貯金 * 私ね 人から やさしさを貰ったら 心に貯金しておくの さびしくなった時は それを引き出して 元気になる あなたも 今から 積んでおきなさい 年金より いいわよ * 朝はくる * 一人で生きていく と 決めた時から 強い女性になったの でも 大勢の人が 手をさしのべてくれた 普通に甘えることも 勇気だと わかったわ (私は不幸せ・・・) 溜息をついている貴方 朝はかならずやってくる 朝陽も射してくる筈よ
2013.06.07
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子どもの苦しみが楽になるならば、私はいくらでも苦しむと思います。 親は子どもの辛い気持ちを聴くことが出来るだけ。聴くことで子どもの気持ちは少し 楽になるかもしれない。私たちが聴いてもらうことによって楽になるように。 でも親の苦しみは子どもの苦しみをさらに大きくするだけ。子どもは親の苦しみまでも 自分で背負うことになってしまう。だから親が苦しんで、自責していいことは何もない。 そのことに完全に気がつくまでに、私は何年もかかりました。 息子の時はまさにそうしてしまったんですよね。頭では理解していても本当にストンと おちるまでには、自分で自分の首をしめてるようなことが何度もありましたね~ 自分にとって大切な人に幸せになってもらうためには、まず自分が幸せにならないとって 思えるようになったかしらね。やっとね。これがわかるのが1番難しかったですね。 でもそこを1回通って(自分で苦しみ抜いて)、自分で体感しなければ、なかなか納得は 出来ないような気がしています。それともスッと納得されてる方もいらっしゃるのかな? 私の場合は気をつけていないと、ついそっち(自責)に引っ張られる時があるんですよね 息子の不登校を経験するまでは、不登校ってすごく怖いことのように思っていました。 何でも経験したことがないことは怖いですよね。子どももきっと同じなんでしょうね。 当事者はもっと大変かしらね。。。 でも実際にそうなってみると、案外そんなに怖いことでもないかなあって感じています。 一般的な世間の評価を気にしなければ外に対して見栄を張らなくていいし、自分の価値観 で生きられるし、自分や家族の気持ちと体調をまず優先して、気持ちよく感じるように 生きていければそれで幸せですものね。もちろん家族の中でも多少の違いはありますが そこは話し合って解決できるところは解決すればいいのかしら。変わらないものはその まんま受け入れていけば、変わることもあるかなあ~位の感じで。 自分自身も「こうあらねば」とか「こう変わらねば」とか思わずに、淡々と日々を送って いく。子どもも自分も多少のアップダウンはあったとしても、そのふり幅は小さくなって きたように思います。 私も気持ちが波立つことが少なくなったかな?(ちょっと今朝は落ちてたけど。。。) 私が穏やかに過ごしていれば、それが伝わるのか子どもの心も穏やかな気がします。 子どもは子どもで、その都度悩みはあるようですが、それも子どもの問題ですしね。 今より向上したいと思えばそうすればいいし、そう思わなければお休みすればいい。 平穏な日々が続けられるということは、恵まれていると言えば恵まれているんでしょうね 欲を言えばキリがないけれど、もうそういうのも別にいい気がしています。 少なくとも子どもに関しては、子どもの生き方や幸せを邪魔しないようにするだけかな。 手伝ってといえば手伝うし、そう言われなければ身の回りのことだけして後はそっとして おく。それだけで親の役目は充分果たしていると、今の私はそう感じています。 昨晩娘のことで息子と少し話をしました。私が「不登校の時どうして欲しかった?」 ときいたら、息子は「何も言わずに、ほうっておいて欲しかったな」と言いました。 私は不登校の初期、逆のことばかりしていたのですよね(反省) 渦中に息子がすごい吐き出しのあと「母さんは自分が困るだけだろう?俺が引きこもりに なったらな」って言ったことがあります。う~ん。そうだったかしらね~このままずっと 家に居ることになったら、どうしようかしらって思っていたのかしらね。その頃はね。。。 今はそうじゃないけどね。ウエルカムだわ(笑) 子どものためと言いながら実は自分の見栄や世間体の部分も大きかったんでしょうね~ そして私の中にそんな気持ちがあることを、子どもはお見通しだったんでしょうね(涙) もちろんそればかりじゃないですけれどね。子どもが自分の夢や希望をかなえてくれたら 親は純粋に嬉しいですものね。。。 でも心が元気になった子どもはまず家族と繋がって、社会とも繫がりたいと思うようになる のでしょうね。そして子どもにとっても大人にとっても、そんな社会であってほしいなあ。 カウンセリングの時によく「あなたはどうしたいの?」って聞かれる時があって、今そう 聞かれたとしたら、「自分のために、軽く楽に生きたいです」かしらね 出来るだけそうありたいと思っています。肩の力を抜いてね。 明日になったら変わるかもしれないけど。今限定かもしれないですけどね。。。 いつもかわいい次男坊(親バカ)
2013.06.06
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今日ピラティスに行こうと思って下に降りて行くと、義母につかまってしまいました。 間に合うかどうかギリギリの時間だったから、「行ってきます」とそそくさと行きたかった のですが。。。最近お休み中の娘の様子を聞きたかったみたいです。 義母の不安もわかるのですが、私もこれからどうなっていくのかはわからないわけで、 これ以上の不安は背負いたくないのですよね。 しょうがないから昨日と今日の娘の様子を伝えました。淡々と事実をね。 「今日は起きているのに行けないのね~」って義母が言った時何かムッとしてしまって 言葉は飲み込んだけどね。言外に「なぜ行かせないの?」って責められているように感じ てしまったんですよね~私がね。そこから被害妄想で「あなたは子どものことが心配じゃ ないの?ピラティスなんか行ってる場合じゃないでしょう?」って言われたようにもね。。 自分でも「私って何でそんなに感じてしまうのかしら~」って思ったんですけどね(涙) 自分の気持ちが落ちてる時って、どうしても相手の言葉を悪意にとりやすいのでしょうね 私の気持ちとしては娘が今日は起きてるのにもかかわらず「行かない」と言えたのはある 意味いいことだと思ったのです。私にも遠慮せずはっきりと自分の「こうしたい」を言えた わけですから。まだ体調が不安定で、自信がないのだろうと思いますね。多分ね。 でも義母にそれを言ったとしても理解してもらえそうにはありませんから。まず学校へ行く ことが一番大事と思ってるみたいだしね。決めつけてはいけないんですけどね~ 悪く受けとってしまうのは自分の癖ですね。。。そこはなおしていこうと思います。
2013.06.05
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ここ最近ずっと表情の暗~い娘です。私は娘の笑顔が大好きなのですが、最近では 見られるのは数えるほどになりました(涙) 親や周りの人に気を遣って無理に笑うのではなく、心から笑顔になってくれたらすごく 幸せなんですけどね~我欲ですね(笑) お休み継続中です。今日で続けては9日めかな? 昨日と一昨日はすごく体調が悪いみたいでした。昨日は夕方4時位まで何も食べず ずっと寝ていました。頭痛と腹痛も訴えていましたが「病院には行きたくない」って。 熱はなかったからそのまま休んでいると、夕方には顔色もよくなってきました。 食欲も出てきたみたいで一安心しました。 私も昨日は一日家を出られず、朝のゴミ出しと犬を庭に出す時以外は下にも降りず、娘と 一緒に引きこもっていました。 梅雨の晴れ間でお天気は良かったから、洗濯はして干せたのですがその他の家事はする 気になれず、ダラダラと過ごしていました。 娘の体調→私の体調 とやはりまだまだ引きずられてしまいますね~ 昨晩「さあ寝ましょう」と思って布団を敷いていると、娘が部屋に入ってきて「お母さん 明日は起きた時に、ホットサンドが食べたい」と言いました。 ホットサンドは以前はそれ用の器具を持っていたので、よく作っていたのですが、壊れて からはずっと作っていませんでした。娘は大好きなんです。 「うん。いいよ~」と私が言うと、娘がにっこりしました。あら久々の笑顔だわ~ 今朝は8時前に一人で起きてきました。丁度学校に電話する時だったから一応聞くと、 「行かない」と言いました。それからわたしの作ったホットサンドと大好物のチェリーを 食べてお薬を飲んで「ごちそうさま」とまたまた笑顔で言って、自分の部屋へ行きました。 昨日と今日と2回も娘の笑顔が見れて、私も幸せな気持ちになりました。 そう言えば中学校で五月雨登校をしていた息子は、ずっと苦しそうな顔をしていました。 笑顔が無かったなあと思い出しました。 「学校へ来ている時は、友達と楽しそうですよ」と先生はおっしゃっていたけれど、それは 無理して笑顔になっていたのかもなあ。息子はそんなところがあります。 もっとも私は学校に行かせることに必死で、息子の食欲や起きる時間寝る時間には気を つけていたけれど、肝心の息子の表情はあまり見ていなかったように思います。 言葉ばかりに惑わされて一喜一憂していました。息子は自責も繰り返していましたしね。 娘はどうなんだろう?今は自責はないのかな? 自分の悪い癖でまた分析したくなってますね(笑) 淡々と今の子どもの姿と気持ちを受け止める。いいことも悪いことも。そして流す。 今はそうなのね~娘も今朝は体調がいいのねって。。。エネルギー充電中なんでしょうね 私はこれから娘のお昼を作って、ピラティスに行って充電してくる予定です。 私も今日は笑顔になりたいな~
2013.06.05
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どんどん外に出して、言葉にして態度で表して、楽になれる人もいればそうじゃない人も いるんじゃないかなって、私はずっと思っていました。 私自身はリアルではあまり自分の感情を、表に出さない人なんです。表情にもあまり表れ ないかもしれません。シャイなのかしら~(笑) でも結構我は強いかもしれないなあ。おばちゃんになってきて、少しは出せるようにもなり ましたしね。そして私の中にも、感情を表に出したい気持ちはやはりあるのでしょうね~ ブログには私のそんな一面があらわれていると思います。 少し前に平野啓一郎さんの『私とは何か「個人」から「分人」へ』という本を読みました。 やまんばやさんのところで平野さんの著書が紹介されていて、おもしろそうと思い図書館 にリクエストしていました。もう読んでしまったので返却済みですが。。。 この中で平野さんは「分人」という定義を提唱されています。 そこを説明しようと思うと長くなりますから、それはまたの機会に書けたら書きます。 私が興味を惹かれたのは氏が書かれていた「実際に知っている姿とネットの中の姿は 必ずしも一致しない」という一文です。 平野さんは「人には色々な顔がある」として「(ネットとリアル)どちらが「本当」の姿 なのかと決めようとしていること自体不毛である」とおっしゃっています。それは別に 意図的にキャラを演じ分けているわけではなく、その人の無意識の部分で勝手にそう なったんじゃないかと言われるのです。 私自身は今までお会いした方の中で、ネットとリアルで印象が大きく違うという経験は あまりなかったのですけどね。でも必ずしも一致させる必要もないのでしょうね。 私がブログに書いていることは、やはり私という人間の一面であって全部じゃない。 出来るだけ自分の正直な思いを書くようにはしているつもりですが、全部は書けない。 そして書いてみることによって、自分の無意識の部分がボロボロと出てくることもある。 「へーっ。私ってこんなに感じていたのね」って思うこともシバシバなのです。 自分でもびっくりすることがあります。 なんかうまく書けないのですが、本音とたてまえという意味ではなく、お相手との関係性 によって、「ここまでは出せる」とか「出せない」とかを判断してるのかしら? その時の自分の気分によっても、深いところまで出したり出さなかったり。。。 意図的に使い分けてる(キャラを演じている?)と言うわけではないのですけどね。 やはりリアルではなかなか自分を出せない私なのですが、それはそれで「自分はそう なんだ」と自己受容していこうかしらと思っています 最近の夕飯。鮪とイクラの丼(イクラ少し) カニかまとブロッコリーと卵の炒め物。
2013.06.04
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わかりやすいのです。それとも私が見落としてることがあるのかな? 娘です。わかったふりしちゃいけないのは承知していますが、どうなんでしょうか? 娘の行動だけを出来るだけ客観的に振り返ってみます。自分の確認にもなりますから。 今日で一週間になります。お休みし出してからですが。(間に土日を挟んで) それまで学校に遅刻はありませんでした。連休明け位から週1回のお休みがありました。 休んだ時はずっと寝てるような状態でした。明らかに疲れているのが分かりました。 続けてお休みするようになってから、昼頃には起きてきていました。 病院の先生にも「出来るだけ規則正しい生活を」と何回も言われたからかな? 起きてきた後もまあまあ食欲もあったし、後はテレビ観たり、コミック読んだり、ゲーム したりしていたかしら?ちょっと無理に行かせれば行かないこともないかなあという感じ 分からないですけどね。でも息子の時ならば明らかに登校刺激してましたね。 息子は五月雨登校が長かったですから。娘よりはるかにエネルギーダウンしてたのにね お休み後半位からは少し考え込むような時間も増えてきました。 よく自分のベッドに腰掛けて、何もせずにジッとしていました。この頃に学校の担任が 来てくださった時は、普通に会いました。「学校で何か嫌なことはない」と言ってました 「体がだるくて、朝起きられないだけ。」とも言ってたかなあ。表情も悪くなかった。 お休みの間はずっとふさいでるようでした。英語は行かなかったのですが自分で電話して いました。家庭教師の先生とは普通に勉強しました。 そして今朝昨夜から「学校へ行く」言っていたように朝目覚ましが鳴っていたけど、起き られませんでした。私が部屋に行くと「無理」と言いました。そして「明日は行く」って。 私は「そう」と答えたかな。息子の時は行かせようと誘導してた。息子と違うのは「学校へ 行きたい」じゃなくて、「学校へいかなくちゃ」って最初から言ってることかしら。 息子には私がそう言わしていたフシがあるんですよね。無理させてました。 決めつけてはいけないけど、多分明日も行かないと思います。表情見るとそう感じます。 ただ今日から「葛藤」してるみたいです。昼位にご飯食べて薬飲んでからまた布団に戻り ました。布団虫になってる。現実逃避かな?「お腹痛い」「頭痛い」とも。。。 自分でも思いがけず、少し休んでも学校へ行けないことがわかって、ショックを受けてる ようです。私が娘に言ったのは「学校へ行かないのは悪いことではないよ」ということだけ 「疲れた時は休めばいい」って。娘は何も言わなかったけど少し表情は緩んだかしら。 今から自責が始まるのかな~息子の時は葛藤に入る邪魔ばかりしていたから、実際に 葛藤を始めたらすごかったのですけどね。。。娘はどうかな?やはり続くのかな。。。 私自身の気持ちはやはり葛藤を見るのは辛いです。そして久々の義母対応に疲れてます だからご飯作るのがすごく億劫になってきました。食欲も減退したらちょっと痩せるかな? 自分で思ったよりは淡々としています。ちょっと肩に力が入っています。 感情も不安定な時が増えましたね。出来るだけ穏やかにいられるようにとは思ってるけど
2013.06.03
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息子が少し動き始めました。少し前に「予備校に行く」と自分で申し込みをしていたの ですが、最初は少し行ってずっとお休みしていました。ここ数日行ってます。 ただ授業等は受けず自習室で勉強してるだけみたいです。模試も今のところ受けてない みたい。どこまで本気かはわかりませんが、彼が勉強らしきことをしているのを見るのは 高校入試の前を除いてほぼ5年ぶりくらいかな?最初の高校に行った時のテストや課題 次の高校に行ってた時のレポート等はしていたけれど、自主的にする勉強という意味では また気が変わることも大いにあると思いますが、今はそうなんでしょうね~ 結構気を遣う性格だから、親に与える負荷を少し軽くしてくれたのかな?とか思ったり。 そうではないことを願っていますが。。。自分のためにそうすると思っていればいいの ですけどね。 娘の方は葛藤が始まったみたいです(多分)「お母さんに手伝えることはない?」と聞いた のですが、「ない。ほっといて。」と言いました。私が出来ることはご飯作りと学校への 対応くらいかな?と言うことで息子の時の経験が役立てばいいのですが。 今のところ「体調不良」になってるのですが、それもどうお伝えしたらいいのかなあ~ 何かいい案があれば教えていただきたいです
2013.06.03
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浜朝顔 家は兄妹の仲は割と良い方じゃないかと思います。ほかのお家と比べたわけじゃないから 私から見てなんですけどね。 異性で年齢も4歳以上離れているからか、一緒に遊んで大きくなったという感じではない けれどあまり喧嘩もなかったし。喧嘩する方が仲が良いという考え方もありますが。。。 息子が不登校になって家の中が殺伐としていた(この言葉がしっくりときます)頃は、皆 がピリピリしていて一触即発みたいな感じだったのですが不思議と兄妹の喧嘩は無かった のです。息子もイライラしていたけど、妹には当たりませんでした。言葉でも。 ただ「親が妹ばかりを可愛がる」とは言っていました。 昨年度位に学校の長期の休みの時、夜2人だけが起きていたときに息子と娘が話を したと後から息子に聞きました。こういう話は娘より息子の方がよくします。 その時息子は娘のことを「〇〇は自分でよく考えているよ」「放っておいて大丈夫だよ」 と言いました。その気持ちは今も変わらないみたいですね。 私も娘のことを信頼していると思っていました。 でも色々な不安が押し寄せて、自分がザワザワしてくると、そこがブレてしまいます。 これは親だからか、それとも私という人間の器の問題なのかはわかりません。 きっと両方かな?今は「信じる」と言うよりも、気持ちに「添う」の方がしっくりくるかな ただただ「聴く」という姿勢が必要なのでしょうね。 こと娘のことに関しては、ドンとしているのは息子の方なので(自分のことに関しては まだ迷いの中かな。。。)、私の不安を吸収してくれるように思います。 頼り過ぎないようにしなくてはね。そう言えば息子が不安定な時は娘が助けてくれたかな 誰かが凹んでいたら、誰かが支える。1人で頑張らない。頼るところは頼る。 家族でいることって、時々面倒になることも多いですが、家族っていいなあって思います
2013.06.02
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ビーチの砂浜に這っていたあさがお? 誰かに何かお伝えしても、それをきちんと受け止めてもらえない時が多々あります。 リアルでですが。家族の中でもありますね。まあ家族の場合はやり直しがききますが。 最近超機嫌の悪い娘です。そりゃそうでしょうね。自分の思うように体が動かないの だから、それはイライラすると思います。私に当たってくる時もよくあります。 息子の時はそれを甘えと気がつかず、よく喧嘩になっていました。今はそれはないの ですけどね。。。 私自身息子の不登校の初期に鬱のようになって動けない時があったから、気持ちはあっ ても動けないのは本当に辛いだろうなあと思います。身近な人に当たりたくもなりますよね まあ娘の場合は今のところ当たると言っても、かわいいものですけどね。 最近娘に対して「~してみる?」と声をかける場面が何回かありました。 基本「黙る」をしていますが「一緒に~に買い物に行く?」とか「体がしんどくても昼間は 体を起こしておいた方かいいよ」とか(←これは病院で言われたことですが)。 娘にとっては余計なお世話なのですよね。しんどいのかよくゴロゴロしています。 言わなきゃよかったと後悔しました(涙)無視されました。。。 そうされるとやはり凹んでしまう私。学ばないなあ~失敗しちゃったよなあって。 娘の方にも変化がありました。体調が悪くなってから急に「~食べてもいい?」と聞いて くるようになりました。今までは何でも勝手に食べていたのに私の許可を求めるように。 自分に自信をなくしているからかな?甘え?おためし?なんかいろいろな言葉がグルグル してきます。「うん」って言ったのですけどね~それでよかったのかしら。。。 なんかギクシャクしてしまいます。歯車が少しずつズレてくるような感じがする。 自分もだんだん自信がなくなってくるのですよね。これが進むと腫物扱いになるのかなあ とかね。。。 一旦リセットして(全部は無理でしょうが)、そのまんまの娘の姿を見ようと思います。 一人一人子どもも違う。息子と娘でも似ているところはあっても違う。 そのまんまの娘の姿を受け止める。そのまんまの私の気持ちも受け止める。 私は娘にどうあって欲しいのか。それを我慢せずに自分の中で認めてあげる。 もちろん娘にその期待をのせることは出来ませんけどね。娘には娘の考えがありますから 自分がそう思うのは当たり前だよね~という優しい視線で眺めてみる。 だんだんと家事が手抜きになるのも、しょうがないよね~とこれも優しい視線で(笑) 今のところは娘の状態をそんなにハラハラせずに眺められていると思います(多分) 私の場合は「自責」が一番の曲者のようですね
2013.06.01
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