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昨日はずっとそれが頭の中にありました。その事についてはまた後で書きます。自分の中に色んな感情が渦巻いていて整理できないとき、別に整理する必要もないんですけど。自分が何をどう感じているのか、モヤモヤしてることがあります。動きたいのに動けなくて、集中力もなくて本も読めなくて、何もする気がしない。以前はそんな時はよく寝倒していたんですが、今は寝ているよりもテレビを観たり買い物に出たりしています。何かして気を紛らした方が良いみたいです。昨日は朝起きたときからそれに近かったです。体のバイオリズムか何かダルかった。奥歯が1本調子悪くて、歯医者に行かないといけなくて、朝のうちに思い切って予約しました。予約がとれたので昼前に行くことが出来ました。早めに行ったからわりと簡単な治療で済みました。歯もみがいて貰えて気分もスッキリしました。歯医者が終わったあと少し買い物に行って、昼頃に帰宅しました。息子も娘も今体調が悪くて、黄砂と花粉の時期はアレルギーの関係かそうなのです。お昼もあまり食べたくないみたいだったので、私だけ先に済ませて、それからずっとたまっている録画を観ていました。ボーッと出来て良かったです。頭の中に時々ネガティブな感情は出てくるのですが、それをどうこうしようと言うのではなくて、浮かんでは消えていくような感じです。 ピンクのジュリアンも植えましたBSで放送していて録画して観ている『だから荒野』の中で,高校生の男子がお母さんに「自分の人生を親が勝手に決めんな」「自分の人生は自分で決める」「母さんも自分の人生は自分で決めろ」(うろ覚えですが)みたいなことを言うセリフがあって、思わず「その通り!」とテレビの前で言いました。拍手したいぐらいでした。来週最終回なので楽しみです今の時期は私はやはり苦手ですね。新聞の塾の広告等も見ると嫌な気分になります。きっと「受験」とか「進学」とかの言葉にあまりよい思い出がないからですね。あっ、でも誤解がないように申し上げておきますが、そう言う記事を自分は今は読みたくないですが、書かれるのは自由だし書きたい方も読みたい方もおられるので、どんどん書いてくださいね~私も時期がくれば読めるかもしれませんね。ネットの良いところは、その時の自分に必要なものとそうでないものを取捨選択出来ることだと私は思います。リアルだとそうも出来なくてキツイ時もありますものね。それはそれで、自分のその時の気持ちを確認出来たりする良さもありますが。何か愚痴っぽくなりましたが、ちょっとモヤモヤを書けて良かったです。読んでいただきましてありがとうございます。えっと今熱計ったら38度近くあってどうも風邪ひきはじめみたいです。気候不順ですものね。今日もゆっくりします。皆様もご自愛くださいね。
2015.02.24
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結構家の中で色々と喋っちゃってるてるなあ~最近の自分は、と感じています。あら言っちゃった~と後で思うときもあるのですが、大きくは後悔はないです。むしろスッキリするし、そんなに後腐れもないですね。でも今のところお家の中限定ですけどね。外ではまだ、すらすらと言葉は出て来ません。例えば義母に対しても今までは言われたら黙っちゃうような場面でも、言えそうな時は自分の意見を言えるようになった。仕事のやり方に関して義母のやり方が悪いと言うのではなく、「私なら~します」と言えました。でもそれに対して義母も「私は自分が~したいからこうするの」と言ってきて(笑)折衷案は出なかったけど、空気は悪くなかったです。スッキリしました。まあ仕事のことは比較的言いやすいですけどね。まずは言いやすいところから始めてます。夫に関しては今までもわりと言ってたのですが、「わーそれは私はちょっとわからないわ~」「理解できないからもう少しわかりやすく説明して」とか言えるようになってきたかしら。今まで意見が対立するような時は、面倒なので自分の意見を言わずに済ますような場面でも、一応言ってみることにしました。同じ意見にさせようとかは無しで、自分の気持ちを伝えてみることは面倒がらずに出来るようになりつつありますね。でもそうすると夫の方からも説明してくれるようになってきたような気がします。話してみるとお互い誤解してることもあったりするから、言えて良かったと思います 家のクロッカスが咲いた。写真が大きくてごめんなさい~汗息子は差し障りのない会話はするけれど、肝心なことはあまり言わない方だからいきなりが多いんですけど、私から時々聞いてみることが出来るようになりました。それと用事が頼めるようになって、非常に助かっています。彼は出来ないことや、したくないことはハッキリ言うからなのですが。親に対して遠慮が無くなってきてるのかな?それとも私がそう思ってるだけ?ありがとうは忘れず言ってますが。聞くときは、「予定が知りたいから決まってたら教えてくれる?」と言うことが私は多いです。そしてあまりしつこく何度も聞かない。サラッと聞く。家で一番今のところ喋ってないのは娘ですね。私が喋りにくい雰囲気を出してるのかな?日中も一緒の部屋に居る時間はそんなに無いです。家から出ることも今は無いので、買い物も頼まれたもの買ってきてます。その時は自分から言ってきます。「ご飯何時頃出来る?」とか「家庭教師の先生来る時間変更」とか、こちらの予定をすりあわせないといけないようなことは、わりと言う。でもその他の会話があまり無いんですよね。犬の話はよくするけど。夫や息子との会話もあまり無いようだし。まだ家の中では私と一番喋る方かな?娘に関しては私も完璧にでは無いですが、基本的に黙ってる部分が多いです。なので質問もあまりしてない。でもそれではあまりにも会話が無くなるので、最近はドラマやテレビの話はしてます。今共通で観てる「流星ワゴン」や娘がこの前まで非常にはまっていた「Nのために」の話。スポーツの話題等。それが良いかどうかはわからないけど、自分の興味があることはよく喋る。今気を付けているのは自分の価値観を押し付けないことと、面白そうに聴くことです。会話するときはそれに集中する。こちらが興味を持つと続きやすいような気がしています。現在家での家族との会話はそんな感じです。もともとそんなに賑やかな会話がある家庭ではなかったですが(それが悪いと言う意味じゃなくて)、雰囲気的に大分風通しが良くなってるかな?誰かだけが無理して盛り上げるとか、誰かが我慢してて言いたいことが言えないとか、腫れ物扱いしてるとかいう段階は抜けたように私は感じていますが、他の家族がどう感じて居るのかまではよくわかりません。自分的にはやっとここまで来たかとも思っていますこの前に勉強した会で、マズローの要求段階説の図を久々に見たのですが、家庭の主な役割である「安全の欲求」を満たすこと、が不充分だとまたそこへ帰って来ることになる。それは子どもは勿論のこと、大人になってもそうですものね。そこをとばして次の段階に行くことは出来ないらしいです。そうするとグラグラしてしまうらしいですね。砂上の楼閣になってしまう・・・と言うことは家はまだ第2段階か第3段階かな?私自身もそうかもしれません。いやブログを書いてるのはその次の第4段階「承認の欲求」なのかしら?お家を1つの社会と考えるのならば、お家の中でもこの段階までは可能なのかな。そしてどの段階に居ようとも、その人がそれで幸せと思えるならば、それがその人の幸福なのですね。それに気づけた自分って何か良いなあ~って自画自賛しています~(笑)昨日遅くに書いてたのですがアップが今になりました。第1段階の生理的欲求のご飯は、最近こんな感じです
2015.02.21
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ここ1週間ぐらいの間のことです。カウンセリングの予約の時間を1時間間違えていて、しかも本来の開始時間に仕事で人と会う予定まで入れていて、出先で気づくということがありました。私はアナログ人間なのでスケジュールは手帖とカレンダーに書いてるですけど、そのどちらにも1時間遅い時間を書いていました~あわてて出先から連絡してカウンセリングの時間を取り直しました。新たな勉強の講座を受講することになり、その開講日にお金を支払う時に、簡単な計算を思いっ切り間違い大恥かきました。お金出してから言われて初めて気づいたんです(笑)新しい方々と会うという緊張のあまりだと思うのですが・・・その他にも買い物に行って買うものが思い出せなかったり、実家に行く時に持っていかないといけないものを、家に置いてたりしました。これは単に忘れっぽいだけなんだろうか?認知症の始まりかも~涙でもこれがきっと本来の自分なのかもしれませんね。私の持って生まれた性格と言うか気質なのかも。どちらかと言うと天然?周りの空気がよめているようで、実はよめていないのかもしれないなあ。こんななので、失礼があったらお許しをと先に謝っておきます。誰に?そして話すのは書くことよりさらに苦手なので、実際に会うと無口になることもあり(親しくなるまでは)自己開示は苦手です。文章でも書くのも、喋ることでも、自己開示するとしばらく回復に時間がかかるように思います。自分で気がついた子どもの頃からそうなんです。だから何らかの環境によってそうなったと言うことではなく、もともとの性格なんでしょうね。でも自分のような性格でも社会生活はおくれたから、きっと何とかなるのでしょうね。今もしそういうことで悩んでおられる若い方が居たら、きっと大丈夫と言いたいなあ~なんとかなっていくと思います。失敗しても恥かいたとしても、そんなに大きくは凹まなくなりました~これは年齢のせいかな?良いのか悪いのか。インプットに時間がかかるのに加えて、アウトプットにも更に時間がかかる。それは自分の短所でもあり長所でもあるのかな?自己開示が苦手な理由は結局よくわからないんですよね。何かのトラウマなのかそうじゃないのかは。家庭がそんなに厳格だった訳でもなく、喋ることを制限されてた訳でもなくなんですけど。1つ思い当たるのはお金のことをあまり外では言うなと言われたことがありますね~お正月に貰ったお年玉の額を親類のおじさんに言ったら後で母に凄く注意されたことがあります。それはよくないことなのかな?って思った。小学校低学年の頃のことですが、今も鮮明に覚えてます。母の生家は商売してたのですが、実家の父ははサラリーマンでした。当時の記憶では商売してるお家の子が、自分のマイバッグにお年玉で貰ったお金を持ち歩いていたり、親に買って貰った綺麗なお人形やアクセサリーを「これは私の宝物なの」と自慢したりしてた。私も自分のものを自慢したり見せびらかしたりしたかったのかもしれません。でもそうすることは何となく良くないこと恥ずかしいことと、思わされてたのかも知れないなあ~今急に思い出した遠い遠い自分の記憶です。最近お家の中や庭で撮った花の写真です。春が近づいていますねアネモネとデージー昨年植えたジュリアンがまた咲いた桜の蕾
2015.02.16
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怖いことだと思っていました。親も子も。ふりかえって今思うと息子の時の方がその気持ちが強かったですね。私がそうだったから、そのざわざわや不安が、余計に子どもを追い詰めてしまったのかな~だから息子には本当に悪いことしたなと反省しています。娘は息子のときに比べるとずっと安定しているし表情も良いように感じます。何時も何時もそうではないですけどね~息子は何時も何かに追い詰められているような、険しい表情をしていました。自分の理想が高くて折り合いをつけるのに時間がかかったこともあるけれど私自身の気持ちの影響も大きかったのですよね~彼への期待も大きかったし。でも今でも彼への期待を無くしてるわけでは無いんですよ。自分の道を歩いていって欲しいと思っているし、今はその力を溜めている途中だと思っています。自分がそう思いたいだけかも知れないんですけどね~待てるようになったから、色んな普通があって良いと思えるようになったから、期限なんて無いと思えるようになったから、その子その子のペースがあると感じるようになったから、色んな理由があるのだろうけど自分がそう思えるようになったのは自分の成長だと思うし、そう思えるようになって、良かったなと今素直に思います。時間は本当にかかりましたけど。そして今でもやはり世間一般の常識や価値観にドップリと触れさせられると気持ちは揺れます。このままで良いのかな?と思います。何かしなくちゃいけないのかな?と感じたり(笑)でも揺れには強くなったかしら?ポキンとは折れなくなった。しぶとくなったなあ~これは子どももそうかな?たくましくなってきたような気がします。息子の方は特に。 蝋梅にあたる日射し今と言うかここ最近と言うか、自分の自由な時間がとれたら本を読むかDVD観るかが多いです。その世界に浸っている時は比較的元気で、そこから離れて現実に対すると、ちょっと疲れたり凹んだり~でも丁度バランスがとれていて良いかも。生きていれば傷つくこともある。家族と話しするのも今は楽しいことの方が多いかな?無理して会話しなくちゃと思わなくても、皆が話したいときに話してるから、家の中は犬以外比較的静かですけどねここ最近読んで良かったなあと感じた本は、シスターである鈴木秀子さんの『あなたは生まれたときから完璧な存在なのです』心が綺麗になるような本でした。もうひとつは『「助けて」と言える国へ』奥田知志さんと茂木健一郎さんの対談集です。世の中には素晴らしい方が沢山いらっしゃるんですね。牧師さんの奥田知志さんは私は初めて知ったのですが、ずっとホームレス支援をされてる方のようです。ご自身の長男さんが中学校の時不登校の時期があり、今(2013年)は大学生をされてるそうですが、親も子も 非常に悩まれた時期があったみたいです。こんなことを書かれていました。不登校がつらいのは、本来学校に行くか行かないかということがその子の人生の一部にすぎないにもかかわらず、その子の全部であるかのように周りや本人が思ってしまうことです。ー中略ー問題はにもかかわらず、不登校の子たちは何であんなに苦しむのかと言うことです。ー中略ーやはり基準や普通という感覚が強すぎて自分が外れていると思い込まされてしまうのではないでしょうか。ー中略ー空気を読みすぎて苦しんでいる。そしてその空気が何かというと普通なんです。こんなに人格的にも素晴らしく、色々な経験を積まれている方でも、子どもさんの不登校は辛く、悩まれて、子どもさんが死んでしまうのではと感じられた時期もあったようです。人間は経験してみないとわからないことが多くて、痛い目にも合うけれど、その分自分の心はしなやかになって、打たれ強くもなっていくのかしらね~奥田さんはこんなことも言われていました。私は悩んでいる人に「うまいことごまかせ」とアドバイスします。問題解決を求めて必死にもがいておられる。どうしたらいいですかと尋ねられるのですが、ー中略ー答えはわからない。でもできたてのうどんは熱くて食べられないんだけれども、ちょっと経ったら食べられちゃう、みたいな話をします。不徹底ですがそれでいいという場面もある。一生懸命や努力が正しいとは限らない。うどんの例えが私はほっこりして良いなあ~と感じました。時期もあるのでしょうけど、まず親がどーんと構えると言うことなのかな。笑顔で。もちろんそう出来ない時もありますけどね。人間だから・・・道は何通りもあるし結論を急がないことかなと私は思っています。いや日々自分に言い聞かせています
2015.02.13
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素直に「ああそう言いたいだけなのね」と思うか「それは自分への何かの示唆なのか?」と思うか、「嫌み」「アドバイス」「詮索」「ライバル心」ととるか、短い間に考えてしまうことがあります。そしてたいがいはそれに対して何も言わずに黙ってることが私は多いのです。質問はあんまりしないかな?お相手の方が言って欲しそうなときは話すときもありますが~これは年末あるママ友と遭遇した時に交わした会話から感じたことです。そんなに深い意味はなく話されてることも多いと思います。自分もそうなので、そう思うだけなんですけどね。でも人が言われた言葉は、私は性分なのか重く捉えてしまうことが多いかな?話し言葉も書き言葉もそうですね。そしてお相手とのそれまでの関係性で、色々と思っちゃうわけです。損な性分だなあ~憶測に過ぎないのです。軽く軽く受け取ろうとは思いながらねでも例え自分がどう受け止めようが、それによって相手の方の気持ちが変わるわけでもなく、私からアクション起こすわけでもないので、重くとるのは止めようと思います。そっちに重心がいってしまって自分の軸がブレるとしんどいですものね。みんな考え方や感じ方はは違いますものね~でもね、身近な人ほどそうするの難しくないですか?特に義母とか実家の母とかのように、自分の常識は世間の常識と思ってるような人と接するときは、引っかかることも多々あって(笑)つい言葉を交わす前から緊張してると言うか、構えてるようなときもあります。他人に対する方が寛大になれます。でも喧嘩しても後味悪いと言うことも学びましたし。かと言って上手くも言えないんで、どうしても黙ってしまいますね。そして忘れて流すことが年々多くなっています。年取ってくると非常に忘れっぽくなるから余計そうかしら?でもそうやって相手の話された言葉や書かれたものから、その方の気持ちを感じようと思わなければ全く気にならないわけです。気になるのはそれだけ関心があるか、相手の影響力が大きいからなんでしょうね~だから子どもが親の言葉を重くとってしまうのも、その逆もよくあることなのかしらね~身内だと「わかってほしい」という期待もどうしても大きいですものね。 この子にはベッタリなんです(^^;どこかで聞いてなるほどと思った言葉ですが「人とは離別感を持って接する」という言葉です。最初は「冷たい関係」?とか「無関心」?と感じたのですが、どうもそうじゃない。平たく言えば「人間は所詮1人」ということなのかな?でもそう思えば自分は自由だし、自分の生き方を人に指図されることもないってことなんですね~当然そこには責任もついてきますが。共感しながら離別感も持つ・・・ああ私にとっては難しいわ~でもそう出来れば、子離れもスンナリといきそうですね2、3日前のことですが夫が帰りが遅い時があり、丁度娘がお風呂に入る時とぶつかってしまいました。洗面所を使うタイミングが一緒になってしまって、娘が準備してたのに押し出されるようになって~娘私のとこへ来て不満タラタラ。私は最初は娘の言い分聞いてたのですが、つい「仕事してる人が優先だからね」って言ってしまったのです。娘は「仕事してるのが偉いの?」って聞いてきて「偉いとか偉くないとかじゃなくて、そうしないとご飯食べられないでしょう」ってまた言ってしまった・・・娘プンプンしながら黙って、夫が終わると速攻お風呂へ。私は何となく体感したんです。相手が傷つくことを怖れずに言いたいことを言ってみる。それで信頼関係が崩れたとしたらその時はまた考える。そう言う時期じゃなかったか、当事者の問題(夫と娘)に私が首をツッコミ過ぎたか。離別感を持つってお相手の力を信じることにも通じるのかもしれませんね。そうすれば軽く聴けますものね
2015.02.06
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