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最近思うのであるが、日本人は伝える事が下手になったような気がするのである。ここで言う伝えるは人と人の間での事であるが。自分たちの餓鬼の頃は伝え聞く事が当たり前であった。だが、現在では伝えると言う事をしなくなったように思う。これはテレビ等を見て知識を得るようになってからだと思う。現在はPC等の発達で、尚更伝える事が疎かになって来た。確かに情報を検索すると分かる時代である。それで充分に情報を得る事が出来るが、そこには人間同士の大切な感情が無い事に気が付いていないように思う。ここには人間としての大切な物が失われているのでは無いかと思えるのである。今や目上の人から色々な事を聞く事はしない。そうなると目上の人を敬う事もしなくなる。同時に道徳的な事も伝わらなくなってくる。確かに得たい情報は検索すれば出てくるが、そこには人間の繋がりが無い為に、人間同士の相互間と言う部分で欠落する事が多いと思うのである。また、教育現場でも、それを教える事をしない。最近、言われるサラリーマン教師、そこには教えるマニュアルはあるかもしれないが、人としての愛情を教える事をしていないので感情が足りないように思う。私も教えた事があるが、怒る時もあった。怒るのは自分が真剣に、教えたいとか思うから怒るのであるがその様な行動を、今の教師が行ったら父兄からの圧力でつぶされる。ましてや、この情報時代では直ぐに「あの教師は」と言う事になり下手をしたらマスコミにも叩かれる事になりかねない。それによって教師は委縮して居る時代である。本当に真剣に教えようとすると、怒るし誉めもする。それによって子供が伸びるものであり、学ぶものだと思う。だが、今の教育は、それが成されていないから子供たちが自己本位になっている部分が大きいと思う。それは親や祖父母が伝える事をしていない部分があるのと教育を学校に依存しているが、何か問題が起きると文句は言うそれも一方的な苦言であり、自分の親として責任は何処かに飛んでいるのが、今の状況である。私たち子供の頃は、親が自分たちが躾しているかを考えてから次に学校側の事を考えていた。だから親からの伝えられた躾を守るのが子供の役目であった。だが、その私たちが自分の子供に、その伝統を伝えて来なかった事に今の問題点があると思う。確かに戦後の復興で働く事に忙しかったかもしれないが自分たちが親としての自覚が薄かった部分は否めない。それによって、自分たちの子どもに対して伝える事が疎かになって来ていたのだと思う。同時に子供たちに伝わったのは悪しき事が多く良き伝統的な事を伝えていない為に、日本の良さを分からない、人間を作り上げてしまったと思う。これから修正する事は難しいかもしれないが、人と人の交わりの中で伝える事の大切さを考えて行かなければならない事を反省している。情報は、これだけの情報時代であるから伝わるであろうが人間としての日本の風土に残っている良さや伝統的な良き風習を伝えるべきであると思う。
2014.06.30
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前にも書いたが人生は旅と同じだと、私は思っている。旅は色んな人に出会えるから面白い。また、アマノジャクの自分は他の人と違った旅がしたくなる。62歳の時にママチャリで1都1府16県を走りぬいた。9800円のママチャリであったが、あの旅は良くやったと自分でも思う。峠を2時間以上歩いて登り、疲れて帰ろうかと幾度も思ったが自分で決めた事だから、行ける所まで行こうと我慢して走ったが、色んな風景が見られたし、色んな人に会った。(帰るにも既に岩手県だったので、戻るのが面倒な部分もあった)ただ、色んな人に会った皆さんは、あきれていた人が多かった。確かにその辺を走っているカゴ付きの変速も付いていない自転車で旅をする老人(自分では老人とは思っていないが)であるから、あきれるであろう。8月1日に出発して9月の15日に下関まで行ったのであるから今、考えると無謀としか言いようがない。途中で豪雨に襲われたり、野宿したが寒くて眠られなかったり新潟県の親不知のトンネルでは、ここで死ぬかもしれないと思った。それはトンネルに人が歩く所が無く、大型車が多数通り曲がりくねっているので、いつ車に撥ねられるかビクビクして歩いて居たのである。色んな経験をしたが、自分なりに言い聞かせて、昔の人は歩いて旅をしたのだから、まだママチャリで走っているだけ自分は幸わせな方だと思いながら走っていた。私は北海道生まれなので、何故か北上して行った。太平洋海岸を通り、日本海沿いを南下したのであるが北陸から南は、どうも私の感覚では人の雰囲気が違った感じを受けたのである。私の願望は田舎に住みたいと思う気持ちが強いのであるが北陸より南には住みたいと思う感じがしなかった。何故なのか分からないが、人当たりが東北や北陸の人たちと違う感じがしたのである。東北方面の人は人当たりが良いが、北陸より南の人は他方面から来る人に対して、警戒心が強いように思えた。同時に自己主張が強そうに思えたし、我関せずの感じが見受けられる。東北当たりの子供たちは、私がママチャリで走行して居ると登校途中、すれ違うと「おはよう」と、あちらから声をかけて来る。最初は東京で、そんな挨拶をされた事が無いので、こちらから挨拶を返す事が出来なかったが、慣れて来たら私もすれ違いざまに「おはよう」と声をかけるように成っていた。東京で変なおじさんに、声をかけようものなら親に叱られるがあちらの子たちは、挨拶を当たり前にするのである。そんな感じで日本海沿いを南下して、福井に入ってから雰囲気が変わった。愛想が無いのか、よそよそしい感じを受けた。確かに東北方面でも県によっては、違いがあった。東北では秋田の人は青森の人より愛想がない。道を聞いても無愛想に答える人が多かったが、福井から南はそれとは違った雰囲気であった。私の性格は旅をしながら、観察する事が好きで、色々な面で観察をしたが、それも旅の面白さであった。今度は70歳になったら、また、ママチャリで青森まで行ってみたいなと思っているが、体力が持つか分からない。最近は年とともに急激に体力が落ちて来たが、気持ちはやって見たい気持ちがある。後2年であるが、体力を鍛えなければと思っている。ママチャリ旅行記は120ページ位になっているのでブログには載せられないが、連載方式で載せようかとも思っています。
2014.06.29
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東京都議会の野次問題が過熱したが、自民党から一人の議員が名乗り出て決着らしいが、その議員の弁明は「野次は議会の華」などと言った時は、私もあきれた。確かに国会でも野次が飛んでいるのをテレビでよく見たがそれが議会の華とは、政治家はお祭り屋と同じである。では、審議とは、その辺の野球等の試合と同じなのか真剣に討議して居るのであろうか?この様な事が当たり前なのであろう、政治家になるには野次が飛ばせなければなれないのであろう。悲しいかな政治の世界は、口がたち、弁明と嘘を付けなければなれないのであろう。同時に今回の都議会の件も犠牲者を一人出して終り、それが日本独特のやり方、犠牲者は最終的に弱者か男気がある者に仕立てられる。今回はどちらになるか分からないが、一応脱会としたみたいであるが次回の選挙で、どの様に出て来るか?自民党で出て来たら、最終的に都民を馬鹿にしている。でも、私はそれをやりかねないと思う。「人の口も半年も経てば忘れて、何も言わなくなるのが日本人の特徴であるから、我慢しろ」と言われて名乗り出たのかも?でも「野次は議会の華」は政治家の言う言葉ではない。政治を考える人なら、もう少しマトモナ事を言ってほしいものである。自分が投票する立場なら、そんな事を言う人に投票するかな?まず、お粗末としか言いようのない結末であった。
2014.06.28
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問題メールの場合は、基本的には相手のメールに張られたアドレスはクリックしない事が重要です。問題メールの場合は、最初に送り先名をコピーして検索して下さい。それによって自分が良く受けている送信先であれば、文面を確認して内容に問題が無ければクリックも可能ですが、今は既存の会社名を使って問題メールが送られてきます。どうしても分からない内容なら、その会社に問い合わせしてからクリックする事をお勧めします。問題メールの場合は迷惑メールブロックを通り抜けて来ているので信用してクリックする方が多くなると思いますが前にも書きましたがネットに完全はありません。ネットに信頼と信用は禁物です。むしろ疑心暗鬼で操作する事を考えた方が良いと思います。今やメール関係とSNSが、コンタクトが取れる事により尚更、危険性が出て来たのは間違いない事です。私も色々情報を集めてマニュアルを作りますが、このマニュアルの範囲などは、ごく一部でしかないと思っています。長年、コンピュータに携わりオンライン構築などを行いましたが必ず隙間が出来ますし、私自身コンピュータを信じていません。それが一般の方が操作して安心するのは危険です。ただ、私はシステム屋として迷惑メールや問題メールを発信する連中は許せないので、私の場合は数回、その様なメールが来たら対処するし、それなりの処置を行いますが、これは経験者だからですが、普通の人は、そこまで出来ないのと高齢者がネットをやるような時代になって来たのでマニュアルを作成して居るのですがあくまでも対応策でしかありません。ハード技術とソフトの技術は進歩するし、その時の状況により対応策は変えて行かなければならないのと、色んな方法で相手側はつけいって来ます。だから、私のマニュアルは、その一部分の処理にしか過ぎないのです。ただ、これからはネット関係から逃げられない時代になる事は間違いないので、その見極め程度のものにしか過ぎません。仮にこのマニュアルを表に出したら、相手は次の処置策を考えるでしょう。出さなくても考える事は間違いないです。私の場合は、今は1週間に2通位しか迷惑メールは来なくなりましたがそれでも私は、それが許せないので対応します。今の時代はビックデータと言われて、個人情報が多数ネット上に存在するのですから、何時、その情報が流失してもおかしくないのです。もしかしたら、私のメールアドレスで、私の知らない所で使われている可能性もありますし、それが次の問題を起こす可能性もあるのです。だから、ネットだからこそ用心する事が重要な事なのです。確かにネットは便利ですし、色んな事に使えます。だが、便利さには危険がつきものなのです。私がシステムの構築を、今考えたとすると利便性を優先はしますが危険性が同じようにある事を考慮して構築するでしょう。私が最初にコンピュータに携わった頃は、バッチシステム(死語でしょう)で単体稼働の状況でしたから、データの流失した場合は特定出来ましたが今は違います、ネット社会になった為データの流失は避けられません。それを考慮してシステム構築を行わなければ問題が起きます。人は利便性を求めて、新たなる使いやすさや、便利さを求めそれが良いと思うのですが、多くの便利さが生まれるとそこには多くの危険性が生まれる事を考えて行かなければならないのです。便利さは危険性を多く伴う事を考えるべきなのです。仮に今私はメールアドレスを変更したら、今までの使っていた先のアドレス変換に膨大な時間と費やすでしょう。それが嫌だから一括返還のアプリを開発したとして、一般に流用させたら便利だと言って、皆さんは使うと思います。だが、そこには危険が伴うのです。それを悪用して、他からのアドレス変換も出来たり、複数のアドレスを持ち悪用も出来たりする事も出来るのです。システムを便利と思って使うのは普通の人達ですから、利便性が優先されていれば満足しますが、システムを作る側はこれを作ったら利便性があるが、悪用される事も考慮して作って行かなければならないのですが、今はその考慮が足りないように思えてなりません。利便性と悪用される率は正比例して居ると考えておくべきです。これは使う側にも言える事なのです。今回はここまでで終わります。追記今回のブログ掲載で、またもや迷惑メールが来ました。11通ほど来ました。対処は迷惑メール方法で書いたやり方で行い、来なくなりましたが。今回は相手先に入らないで、迷惑メール先名を検索して相手のアドレスにファィルと文章を書いて送った結果止まりました。下記が相手からの最終文面ですが、この後に2通ほど別なタイトルで来たのですが、IPアドレスを調べたら、下記の所と同じでしたので最終警告を、こちらから出して終わりました。「ただXXXをご利用頂きまして、誠にありがとうございました。またのご利用を心よりお待ちしております。」この様に迷惑メールは止まりませんが、対処方法はあります。今回ブログを書いた事によって、迷惑メールが来ると思っていました、最初から予測は出来ましたが、この様に自分の周りにも気を付けるようにして頂きたいと思います。今回の迷惑メールはタイトルを色々変えて来ていました。アダルト系と業務系に、色んな手法で抜け道を考えているようです。
2014.06.27
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対処方法は色々あるのですが、相手によって違う方法を考えなければなりません。一番早いのは相手の意図を組み入れて、相手側に入り込むやり方で相手のやり方を受け入れながら分析して対策方法を考えるのが良いのですが、それをやっていたら私のPCが動かなくなる事になりPCが何台あってもたまりません。相手側に入り込めば相手の手口や、対処方法が分かるのと対処された場合の、次のやり方を想像できるのですがこれには私のPCが音をあげて、修正するまでに時間を弄するので遣りませんが、色々な問題メールを見ていると、何処に問題点があるかシステム屋として分かる部分があり、次の方法は、この様にして来ると想像がつきますので、その範囲内で書きますが、全部は書きません。それは、こちらの手の内がバレルと相手は別な方法を使うからです。だから、問題メールと対処方法の範囲で書きたいと思います。まず、初期的な方法として迷惑メールの場合は、頻繁に来ない場合は迷惑メールブロックで処理出来ますので、これに関しては問題が無いです。次に頻繁に来る迷惑メールの対処方法ですが、これは最初の段階ではフォルダーを作成して頻繁に来る迷惑メールを蓄積します。同時に迷惑メール対策センターのアドレスをアドレス帳に登録して置き頻繁に来る迷惑メールを報告するのですが、その時にCCで迷惑メールアドレスをCCに張り、同時に相手に送るのです。ただ、これで相手は前よりさらに頻繁に送りつけて来ます。それをフォルダーに蓄積し、ワードで蓄積した迷惑メールを日時、題名、アドレスなどを張りつけてファイル化します。これには多少時間がかかりますが、対応しなければ迷惑メールで悩まされますので、仕方がありません。ある程度の数がファィルに張られたら、対策センターと相手にファィル添付で送信します。これで相手はもっとメールを送りつけて来るでしょう。それを全部ファィルに張りながら、気長に送りつけます。(対策センターと迷惑メール側にです)これで来なくなる事はありません。そこで迷惑メール先に入り込み蓄積されたファィルを送付してこちらが、どの様に対応するか文面を書いて送ります。文面は各自が考えて作成して下さい。これは、あくまでもアダルト系統でしかやらないで下さい。上記の場合でも迷惑メールの来る時間が、同じ時間に同一の内容で来る場合があります。私の推測ですが、アルバイトを雇って迷惑メールを流していると思われます。その場合は金額的内容や、どの様に登録するか等の文面がある所が本元なので、そこに対して上記の処理を行って下さい。そうでなければ相手に伝わらないです。これはIPアドレスを辿って見ると、レンタルサーバー先が同じであるがIPアドレスが違うものが多かったのと、同時間に迷惑メールが来ているのでその様なメールに関しては、ただ発信して居るだけだと思われます。それ以外(前々日の例のメール)の場合は、相手が誘って来る文面の場合は、基本的に相手に入らない事、入った場合はウイルス感染やIPアドレスの搾取によって、問題が広がる可能性が高いです。迷惑メール(アダルト関係)が、それでも止まらない場合がありますが、ファィルと両方への送信を行い、幾度か同じような方法を取ると相手がギブアップする可能性が高くなります。ただ、それをやっているとブロバイダー側から送信出来なかったメールが来る場合があります。これは迷惑メール側が拒否を行っているからだと思われますが送信出来なかったメールが、送信してから直ぐに来ている場合はブロバイダー側の送信不可能メールですが、時間が経ってからの送信不可能メールは迷惑メール側が作成して送って来る場合があります。その状況になれば、相手側も迷惑メールの送信頻度は落ちます。それでも来るようでしたら、相手のIPアドレスでの対応に成ります。この場合は技術的な部分が含まれますので、ここでは書きません。次回は問題メールに関して書きます。
2014.06.26
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次には、こちらが色々検索する事によって、相手方にこちらのIPアドレスが分かる事にも気を付ける事。自分ではメールアドレスを入力しないで検索して居るから相手は分からないと思っている方が多いと思いますが。自分が検索する事は、ブロバイダーのサバーを通して検索する事になりPC毎にIPアドレスが設定されていて、それに対してアドレスに対しても、ブロバイダ側でIPアドレスが設定されていて、誰が現在どの様な処理を行っているかは記録されます。これは当たり前の事ですが、PCに詳しくない人は分からないでしょう。まずそれが分かるのは、電話会社からの請求書を見るとネット関係の請求金額が出ています。これは使用して居るIPアドレスで、どのくらい使ったかログファイルに記録されているから金額が出るのです。皆さんは分かるでしょうが。高齢者の方は分からないでしょう。同時に今まではPCからのメールを意識すれば良かったのですがスマホの発達によって、スマホやモバイル系統の機器からメールが送られて来るようになり、ブロバイダー側が迷惑メール判断しないで受信箱に入って来る事もあります。この場合の判断は一般的にはcoかneかによってスマホかPCかの判断がつきます。(coは個人が使うのが多いです)だが、迷惑メールは、メールアドレスは単純にco.jpでは無く色々なアドレスを使ってきます。そのようなアドレスを販売して居る会社が存在します。レンタルサーバー会社でIPアドレスを貸し付けるのです。自分が使っているPCには必ずIPアドレスが設定されています。これによって、誰が使ったか分かるのですが、今まではIPアドレスも4つの数字の固まりで、世界中の各PCを管理して居たのですが、それがパンク状態になり6つの数字に変わる事になりました。それによって世界中のPCで使われるネット関係を管理するのです。上記の事は、さて置いて迷惑メールと問題メールの事ですがこの問題は「振り込め詐欺」と同じで、互いに追いかけっこになります。ただ、ネットでの方が相手はターゲットを探すのは楽です。今は名前で検索できる機能が発達して居るのと、色んな応募やメーカに登録されている方が多いから、相手はそれを利用するでしょう。同時にメール関係とSNSにより、繋がりが広がり、意外と落とし穴で友達を多く作ると管理しきれません。また、相手からすると友達が多い方からの情報を入手するように成る。これは私の考え方ですが、あるグループに属してから迷惑メール等が多くなりました。それは意図的にグループに入り、そのグループ内部の人がやっている可能性も否めません。これだけ情報が錯綜すると、管理体制がいくらしっかりして居ると言われても色々な所から情報は検索できますし、自分では、それほど登録していないから大丈夫であろうと思っても、それは違っています。前回、私がSNSで問題になったのも、よく考えて見るとグループ化されていますので、共通の友達が一人と言う事はあり得ないのです。ただ、相手の住所が私の良く行く被災地であり、そこの仮設の方とは2年以上の付き合いなので、そこに住んでいる方だと思った部分がありました。住所が違っていて、共通の友達がその方一人なら疑問に思ったのですが相手は、それだけ巧みに考えて、落とし入れようとしていますから気を付けて下さい。話はずれましたが、相手は巧妙な手口で来ます。仮に国民背番号制を取り入れた場合、各個人の情報が取り出せます。管理体制には十分注意すると言っても、完全な管理体制は出来ない。これはシステム屋を長くやって来ている私でさえ、コンピュータを信頼していません。本来システム構築は人間が作ったもので、絶対はないのです。国民背番号制をやるとしたら、その前に、それに関する法整備を先にやり、現状の問題点を洗い出して、なおかつ、これから起きる可能性などを踏まえて法制化してから、国民背番号制をやらなければ大きな問題が起きるでしょう。コンピュータは、利便性はあるのですが、感情や人情はないただの便利な道具であり、ソフトも人が考えている以上完全なのもは無い、上には上がある事を忘れてはならないと私は前から思っています。この続きは、どの様な対処をしたか、私の範囲で書いていきます。
2014.06.25
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今や迷惑メールは手口が巧妙化して来た。これはネットの発達とともに、相手が色々考えているのと迷惑メールを受ける側も、それなりの対策を取るのでそれを掻い潜って迷惑メールを発信するように成って来ている。そこで問題なのは、今、高齢者がPCを覚える人が多くなってきた。ところが覚えたと言っても、あくまでも操作を重点に習う事になる。それではネットなどで問題メールが来た場合の対処方法まで覚えきらないで終わる事が多いし、教える側も、ある程度までは問題点などは教えるが、巧妙化した問題までは教えていないはずである。そこには問題メールを発信する側も一番狙いやすい相手である。中途半端に覚えている為に、手口を変えると騙し易い面がある。今の迷惑メールは既存の会社名を使い、それなりの興味を引く文面でクリックを促して来る。またSNSで「友達申請」などで入り込む手口もある。これは私もやられたが、相手は私の友達に先に申請を出して相手を信用させる手である。私は、友達は最小限に抑える、これはホロー出来ないからと同時に誰だったか分からない状態を作りたくない為である。相手は私の友達に申請を出し相手が受理したら、私に申請を出してくる。その友達は100名以上の友達がいる。私がボランティアで行っている被災地の方であるからボランティアの方たちと友達になっている為に多いのである。その様な人に友達申請を出して、私のよく行く被災地に住んでいるとして私に友達申請が来たので、私は被災地の方で毎回行っている友達と友達なのだと思い申請を受理してしまったのである。私自身からは殆ど友達申請は出さないので、友達申請が来た場合は相手を見極めてから受理するのであるが、ボランティアで行く被災地の人であればと言う思いと、毎回のように会う人の友達なら問題はないと思いチェックが甘くなってしまったのである。申請を受理した途端にSNSから相手は脱会して、別のメールアドレスを教えて来た。結果的に、それはアダルト関係で、私の別の友達も私と友達だと思い申請を受理して同じような現象を起こされたのである。この様に相手の手口は巧妙であり、最初に狙う相手はPCに詳しくない人を狙って、次に私たちのようなのを狙って来る。私の場合は海外からも友達申請が来た、この場合は本当に初めてで共通の友達も居ないので必ず相手のプロフィルをチェックして相手の友達関係をチェック、勤め先等、検索チェックを行いそれで信用できる場合だけ受けるようにしている。上記の場合はSNSなので、迷惑メールフォルダーに分離しない。また、簡単に検索できる機能が発達しているので相手からするとターゲットを探し易い。その為に相手を確認する方法は、共通の友達等であるがこれも、あてに出来ない例である。この様にネットの発展により、これから多くの問題点が出てくるであろう。その前に政治家や管轄省庁が対策を取らなければ、「振り込み」詐欺的な問題は必ず起きるであろう。むしろ問題は複雑化する傾向になり、その対策に追われるだけで終わってしまう。同時に狙われる人は、中途半端に分かっている人や高齢者となり被害拡大は避けられない状態になる事は確実である。今でも私の場合は迷惑メールフォルダーをすり抜けて、受信ボックスに入って来る怪しいメールが多くなってきた。私自身ネット関係をやっりだして30年以上経つのである程度の判別は付くが、経験の浅い方なら相手の手口に引っかかる率は高いであろう。私の場合は日に多い時で200通くらいのメールが入るのでその処理に要する時間は大変であるが、それだから注意を怠らない。下記は受信ボックスに入っていたメールの例題である。「いつもお世話になっております。お客様のアカウントは何らかの取引に利用されている恐れがありますので、お手数ですが、システムにログインして、異常がないかご確認いただきますようお願いします。 :」 ●社名とアドレスは掲載していません。この様なメールは一般の人は開いてクリックしてしまうと思う。だが、相手からすると、そこが狙い目である。上記の場合は相手先の社名をGoogle等で検索してから、自分が使っていたり、関連するものかを確認する事をお勧めします。次回もこの続きを書きます。
2014.06.24
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私には最近来なくなったが、迷惑メールに気をつけなければならない。私はシステム屋として迷惑メールを出す人の神経が分からない。私も一時、1日15分ごとに迷惑メールが来て、1日100件以上のメールで悩まされた経験がある。その対応に時間を取られ、色々な防護方法を試したが相手も巧妙で送信アドレスを変えて来る。そうなれば自分のアドレスを変換するのが、一番良いのであるが私の場合メールをやり出してから、20年以上は経っているので各方面のアドレス修正が大変であり、途轍もない時間がかってしまうのでメールアドレス変換が不可能であった。そうなれば別の対策しかない。私もコンピュータのシステム屋としてのプライドもあり色々な対策を行ったが、相手も負けてはいない。その為に私は1日コンピュータの前に座りっぱなしの状態が続きストレスも貯まって来た。だが、これだけ時間をかけて、迷惑メールの対策が出来ないのでは私自身に負けたと同じであるから、私のプライドが許さなかった。最終的には迷惑メールをデータとして、迷惑メール別にファィルを作成してその迷惑メール毎にファィルを返信して、相手に威圧して行く方法を取り同時に迷惑メール対策機関に同様のファィルを送付する方法を行った。これで終息したが、今度は別の迷惑メールが来るようになる。そうなれば、また同じような対策を行う。その繰り返しで、何とか迷惑メールは来なくなったがだが、またもや違う迷惑メールが来る。相手も巧妙になり、迷惑メールブロックアドレスの制限が限界まで送りつけて来る。私も負けないで相手に送りつけるが、相手は受信拒否を行う。そうなれば一方向のみ(迷惑メール対策機関)で、相手の方は受信しない。そこで、こちらとしては対策を考えなければならなくなる。その方法がIPアドレスによってネットサーバー先を検索してネットサーバー先の管理者に迷惑メールの状況を報告して対応して貰うのである。この様に迷惑メールは一般の人たちを、どれだけ迷惑させているか分からない。ネットをやっている多くの人は、これに悩まされている人が多いであろう。システム屋の私からすると、迷惑メールを発信する人の神経が分からない。システム関係をやっている人なら、常識的に、この様な事はしないと思うがそうとも言い切れない部分があるように思う。システムを、ある程度知っている人間が行っていると思われる。アドレスの変更やフリーアドレスを検索できる人間であろう。システム屋の風上にも置けない奴としか言いようがない。だが最近は迷惑メールも巧妙化して来た。発信先を海外のサーバーを使う手などで、IPアドレスで検索しても海外の為、サーバー相手先とのやり取りが出来ない状態などが出て来ているのである。私は今までの対処経過をマニュアル化して作成しながら経過の変化を分析しているが、これからは多くの問題点が出て来るであろう。注意点としては1.何処かのグループに入っている場合のアドレス検索がされている。2.何かに応募した場合の応募先がデータ盗難にあってアドレスが漏れている。3.自分のブログ等でアドレスを検索されて来る場合等がある。今後は、迷惑メールを開いて、相手の書いてあるアドレスをクリックした場合ウイルスの感染可能性も出てくる。色々な問題点があるし、SNS発達により巧妙な手口が増えるであろう。次回もこの件に関して書きます。
2014.06.23
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今や政治の世界では野次が付きものであるが、この人たちが日本の政治を担っていると思うと、先が思いやられる。野次は悪いとは言わないが、運動の試合などで野次が飛ぶのは分かる。だが、政治を行う場所で、品のない野次を飛ばすのはやめるべきである。この人たちも現在のSNSが発展している時期だから、国民の間に直ぐに伝わったのであろう。20年以上前なら国民に伝わらなかったかも知れない。でも、どう見ても政治家と言う人たちは、古い体質から抜け出せない連中であり、政治を考える事が出来ていないし、古い政治のやり方と考え方が変わらない。政治家は時代の変化や世界情勢が変わっている事に、学習能力が無いのであろう。それが石原環境大臣の発言にも見られし、人の痛みが分からず、お金しか考えていない政治家。同時に、この事は政治家の党と言う体質が変わらないからであろう。その連中が行政改革と言って、官僚に言っても官僚たちは「お前らが変わらいで、俺達だけを変えろとは?」と思い言う事は聞かないであろう。まず、日本人の体質なのかもしれないが、体制を変える事は苦手日本人独特の仕事でも長く務めるのが良い事である。自分を変える為には新たな道を探さなければならないが、そこに道が無ければ、新たな自分を求めて行けば良いのだが周りは「腰の軽い奴」と言う見方をする。確かに日本人は仕える事は、自分を犠牲にしてもと言う風潮は強いし、それが出来ないで自分を磨こうとする人間に対しては外国人から見ると、日本人は自己進歩が無いと思われるであろう。外国では自分を磨く為なら、今までの職を辞して、新たな自分の磨く場所を選択する。それは自分を磨く為であるからだ、どちらの考え方にもメリット・デメリットあるが、日本のやり方や考え方では、改革は難しいであろう。自己を磨けない人間が、新たな挑戦は出来ないと思う。今の政治家は、古い体質と封建制度のような、世継ぎ主義で選挙を行っていたのでは日本の道は厳しい。今回の集団自衛権も古い政治家が積極的に動き、新しい政治家の意見などは国民に聞こえてこない。もし、新しい政治家も同じ考え方なのであれば、日本の行く先は暗闇の中に一直線であろう。どうも、政治体制に日本は問題がある。日本が繁栄していた時のやり方が、戻って来て一党独裁で遣りたい放題の政治を行っている。これを作ったのは国民であるが、その国民も原発反対と唱えるのは原発範囲地域出ない人達ばかり、原発のある地域の人達は反対を唱える人は少ない。これは国が、お金で黙らせているからであろう。それで石原大臣のような発言が出てくるし、生活の為には危険もショウガナイかと言う気持ちになっている部分が大きい。これは生きる為には、日本人特有の「依存」から来るものであろう。依存がある限り、改革は出来ないであろうし、自分たちで変えようとする気持ちを持つ人が日本人には少ないのであろう。だから原発城下町とか企業城下町と言われる言葉も出てくるのであろう。これは日本人が封建制度から抜け出していないで、自立心が薄いからである。人間は進歩しなければならないが、依存が先に立つと進歩を止める。その行動で、今の政治家を選択して居る国民は進歩して居ないのであろう。いや、全体を考える力が薄い民族性なのかもしれない。
2014.06.22
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前々回、女性に関して書いたが、それを止めたのは私の時代的な女性に対する見方が変わって来たからなのである。私たちの時代は戦後間もなくなので、男が家庭を守ると言う教育を受けて、そうする事が男の務めであるという風潮は戦前からの流れで残っていた。また女性は家庭を守り、子供を育てるものであると考えられていたのである。それが何時からか女性が仕事をして行かなければ、生活が成り立たなくなってきた。高度成長期は男性主義が最高潮であったが、バブルが弾けて経済的な面で生活が苦しくなって、女性が働き出しウーマンパワーが叫ばれた頃から、色んな面で現在の様相となったと思う。私がコンピュータを始めた頃はパンチャー(死語だろうな)がデーターを作成していたが、女性が主であったが、私は仕事上では女性として見ていなかった傾向があった。だから彼女らが失敗すると、男性同様に叱った。それで幾度も彼女らが泣いたか分からない。ただ、その頃は女性と男性の給与体系に格差があった頃なので私は彼女らを私と同じであるから、男性同様に給与を上げてほしいと社長に直談判して上げさせたのであるが、それは仕事上では男性と同様であったが、仕事に関する考え方が私たち男性と違っていた。それは女性自体が社会進出したばかりだったので、しょうがない部分があったのは否めないと思うが、私には馴染めない部分もあった。それは、女性は全体を見る事が苦手な部分が見えたからである。仕事は全体を見回して、状況判断を行う事が基本である。だが女性は自分の周りしか見ない傾向が強い。簡単な例を取ると、車を駐車させても、人が通ったりする部分を男性なら気を使って駐車させるが、女性の場合はそれが無い。言うなれば自分本位で行動を起こす傾向が強い。その反面、言葉は巧みである(口は動く)ので、出てくる言葉が弁解に聞こえていた(これは私個人の感覚であるが)その面で幾度も全体を見ろと叱った事があり、男性と同じ叱り方をするので、女性はたまらず泣きだしていた。私は女性を泣かすのが趣味ではないですが、恋愛で泣かすのならプレーボーイでしょうが、ただの怖い上司であり、家庭でも亭主関白を自負していた人間ですから、変態ではありませんがS系なのかもしれません・・・そんな事で私は女性を使うのが苦手なタイプでした。所が苦手は、巡り巡って自分は、その様な所ばかりに行く羽目になっていました。確かに自分は、女性は嫌いではありませんが、仕事ではなるべく女性の多い部署は避けたかったのですが、それが何時も女性の多い所が多かった。どうも苦手意識があると、回って来るのは苦手な場所であったと思う。女性が働き出した初期の頃は、女性は結婚して居なくなるのだからと言う見方が強かった時期でもあったから、今のように女性が仕事を意識してない部分もあったのであろう。私は、女性は苦手である、特に結婚して子供が居る人や、年齢がある程度行っている方は、自分本位の部分が見えてならない。たとえば、自転車で走行して居ても、2列になって話しながら走ったりスーパーで売り場の前で長時間話し込んだりしている人を多く見たが普通なら人の邪魔にならないように気を付けるのであるがそれが出来ない人が多いと思う。その様な人ほど口うるさい人が多い傾向が女性にみられる。これで、私は女性から猛反発を食うでしょうね。
2014.06.21
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前回、書いたように女性のパワーは圧倒的に強い。私は男性自体が弱くなったと感じています。今回は、これで女性に関しては書くのはやめました。吊るし上げが怖いので。最近、自民党の中から携帯に税金をと言われて、SNSで騒がれているとの情報が入ったが、これで財源確保を考えているのはおかしい。企業の税金を下げますと政府は確約して、その下げた分を庶民に負担を強いると、これは国民も黙ってはいないであろう。どうも、今の政権は大企業優先しか考えていないように思える。総理が海外に良く出かけて、外交を行っているように見えるが私から見ると、大企業の営業マン(総理と言う名を利用した)にしか見えてこない。そこには政治的意図から、昔の自民党のやり方の企業献金を目的を考えているのが、見え見えである。今や日本国としての借金は膨大に膨れている。同時に消費税を10%にしなければ、今の日本の財源では無理がある事は分かっているが、それなら企業の税金を何故減らすのか?企業の減税分を国民に負担しろと言っているのが、今の政府である。ここで問題であるが、この状況を国民はどう思っているのか?もし携帯等に税金を掛けて、さらに消費税を10%にしても国民は黙っているのであろうか。それでも今の政府を支持するであろうか。経済優先などと言っているが、そこには大企業優先にしか私には聞こえてこないし、自分たちの為に大企業を優先してそれを、あたかも経済優先を唱っているにしか過ぎない。まず、自分たちの襟を正せ、違憲議員の政治体制を改正して議員削減を行い、無駄な税金を使うなと言いたい。現在の政府は、自分たちの都合の悪い事は後回しにして集団自衛権や憲法改正等と言う事に、国民の目を向けさせて削減すべき議員の事は後回し、おくびにも出さないで誤魔化している。この様な議員を選んだ国民も問題が多い。今の日本は経済などと言って、企業の減税を行い、公共事業を復活させたら、国債を発行して行かなければ成り立たないし、これ以上国民から税金を絞り取ったら、自分たちの首を絞める事は分かり切っているであろう。だが、企業の減税を行ったら、その分の財源を何処から出すのであろう?同時に今の政府のやり方であれば、公共事業を、ばら撒き経済の活性と考えている時代遅れの自民党のやり方である事は間違いない。今、アルゼンチンは債務不履行(デフォルト)の問題でアメリカとの再燃が起こり、経済的危機が再度起こりそうである。アルゼンチンは国債を発行できない状態である。それだけ国の借金が嵩み、返済不能になった為であるが日本も同様な状況に、今、陥っていると私は思う。アルゼンチンも一時は経済大国であったが、今や世界的にも経済では信用のない国になってしまった。日本も同じ道を歩んで居るように思う。国民はアベノミクッスなどと浮かれて、騙されている時期ではない。この連中を選挙で選んだ国民の責任も重大だが、国民が考えて行動しなければ、日本は政治家に良いように振り回されるだけであろう。
2014.06.19
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今回、函館行って女性の怖さを感じた事を書きましたが私は戦後の色んな面で女性の力で変化したと思っています。今回のブログを女性が読んだら、激怒する方も居るかもしれません。今や「ヤマトナデシコ」は死語となったと思っている私ですが教育問題や多くの面で女性の意見が強くなって来た事を感じ取っています。そこには男性の不甲斐なさもあるし、戦後の経済発展の為に男は仕事一筋で家庭を顧みなかった事もあり、女性が声を上げて変化させた部分が大きいと思う。そこには女性の怖さもある。女性は子供を産むと強くなる(精神的に)傾向があります。同時に今の日本経済状況などで、共稼ぎでなければ生活が出来ない部分が出て来て、女性の社会で活躍するようになってきました。だが女性自体の性格から、井戸端会議と昔から言われますが口では男性に負けない人が多いのは事実です。SNSで、政治的問題などで書き込みをしているのは女性が多い。これは女性本来の性格を出しているのと、女性特有の口八丁が出ていると私は思っています。その面で男性は会社などで仕事をしているので、そこまで頭が回らないと言うか、その様な問題には関わりたくない傾向がある。今の男性は家庭で食べさせる事が出来ない社会に成ったのと私たちの時代の「男は仕事で家庭を守り、家族を食べさせる、それが男としての役目である」と言うのが当たり前でした。それが出来ない男は家庭を持つ資格が無いとも言われていたのです。だが、これが女性を強くした原因になっていたのではないかと私は思うのです。妻が家庭を守る考え方でしたが、それが女性の発言力の機会を作り出した部分が出て来たのではないかと思うのです。私はPTAに関わった事があるのですが、その時の女性の強さ私たち仕事をしている人間からすると、自分たちの事しか考えていない発言が多々ありました。それによって学校側が委縮していた部分があったのです。今までは家庭で行っていた躾や学校以外の行動範囲まで学校側に押し付ける傾向を目にした時は、これでは学校が委縮して教育の基本が崩れると思ったのでした。その通り、今や学校側は委縮していて、何事にも隠ぺいする傾向が強くなって来ています。これは母親(女性)のパワーに押された事と、男性が家庭内の事を蔑ろにした事にも原因がありますが、その前に女性特有の団結した強力な口が作り上げて来たと私は思っています。今の日本の教育体制は腐敗しつつあると思います。その原因を作ったのは私たち世代であると感じています。
2014.06.17
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今回、函館に帰り思ったのは、地方都市の、これからである。特に中央から離れた地方都市の荒廃は、激しさを増している。函館に於いても、観光化しか財源的には無いであろう。その観光に頼りながら財政を補って行くには難しいであろう。観光化された近辺は、ある程度開発されて美化されていたが一歩、別な場所に行ってみると廃墟になった家や、空き家などが多く見受けられる。同時に高齢化が進み、観光シーズン以外は高齢者の街と化すのであろう。今の観光化一本やりで市の財源を補うのは難しいように思う。だが、これは函館だけではないであろう。政令都市以外の市町村は、何を財源にして行くかを考えなければ街が成り立たなくなって来ているのが現状であるのは間違いない。これは日本の多くの市町村が同じ状態である事を政府や官僚は分かっているのであろうか?分かっていると思う。官僚はある程度把握しているであろうが、政府や政治家はどうなのであろう。地方から選出された政治家は、地方の活性化を考えているのであろうか。考えていても烏合の衆の一部分に成り、何も出来ていないし経済発展を掲げているが、それは中央での大企業の為に動いているし公共事業で地方をと考えているが、そこには日本国の借金が膨れている状態であり、今や日本は対面だけの経済国になりつつある。この様に考えると日本の先行きは不安ばかりであるが、中央に住んでいる私たちは、あまり感じてはいない部分があったが今や地方は、これからの財政的問題が深刻化する事は間違いないであろう。同時に高齢化と人口の減少により深刻化は進むばかりである。財源を国に頼るしかないのと、新たな方策も高齢化によって出来ない状態であると感じた。だが、これは前から分かっていた事であり、目先の案件ばかりを優先して来た地方都市にも責任がある。住民に先見の目がないのと、国政に出した政治家の不甲斐なさがこの状態を作り出して来た。特に地方は選挙では「シガラミ」を優先している傾向が強く選挙に勝つと「先生」呼ばわりして、持ち上げるがその政治家が国政に出ると、烏合の衆の一団になり地方行政や地方の発展に、何ら役に立っていないのが現状であろう。これからの日本は地方から崩壊して行く事は目に見えている。その前に地方を、どの様にして行くか、また地方の発展をどの様に考えて行くべきかを政治家も官僚も考えなければならない時期に来ている。また、地方人も目先の事を優先するのではなく、将来像を見据えた政治家を選出しなければならないであろうが高齢化が進んだ、今の状態では「シガラミ」での選出になりかねない。今の地方は若者を、どの様に取り入れて行くか、それだけの魅力的な事柄を、作り出して行く事を考えて行かなければ、地方の廃墟化は加速するであろう。
2014.06.15
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今回、母の命日で函館に行って来た。毎年、命日には函館に行くようにしている。函館も1年ごとに変わっているように思えた。昨年あった、駅前の「和光」が取り壊されて更地になっていた。観光シーズンにはまだ早いので、それ程、観光客は居なかったが駅で昨年食べた、ウナギが1匹のった重を食べようと思ったらそれは無くなっていた。ただ本通1丁目の「ほくほく亭」の500円ランチを2個食べさらに夜のディナー寿司860円を食べに行って満足した。次の日もランチを食べに行き、これは10貫ついて、巻物が付かないで全部握りであるからお得感があり、お勧めである。旅を人生に例える人も居るが、私もその一人である。人生もそうであるが、旅でも色々な人と出会える。その人たちから色んな事を学ぶ事が出来るし、色んな面を見せられる。これが旅の醍醐味であろう。6年前(62歳)になるがママチャリ(9800円の)で東京から、三陸海岸を北上して青森から秋田方面の日本海沿いを1都1府16県を走って山口県まで行った事があるがそれも面白かったが、その時は辛かった記憶が先であった。今は貧乏旅行であるが、夜行バスとフェリーで行くと色んな人に出会える。これが面白いのである。また、宿も安宿で色々な人たちと話が出来て、自分の知らない部分もありこの歳になって学ぶ事が出来る。ただ今回は女性の恐ろしさを感じた。それはファミレスで30代の女性が、2人で話していた事を聞いたら女性の強かさを感じてしまった。聞こうと思って聞いたのではなく、席が近かったので女性が、声が大きくて話をするので聞こえてしまったのである。あんな大声で男性を手玉に取る事を言いあっているのを聞くと女性不審に陥ってしまうし、「ヤマトナデシコ」は存在しないし死語になったと感じてしまった。それも長時間話、フリードリンクを何回も取りに行き、さらに何回もサラダバーも食べているのを見たら、女性の怖さを感じてしまったのである。女性の話になったが、津軽海峡を越えて道内に入ると、女性の表情が違う事を感じた。女性が無表情であるのが、北海道には多く感じる。簡単に言えば「愛想が無い」歩いている女性も鉄仮面が歩いている感じがするのである。津軽海峡を越えて、青森に入ると女性の表情が、また違うのであるのは何故なのであろう。青森の女性は表情が感じられ、愛想もある感じがした。函館でも買い物をしたが、表情が硬い、青森は柔らかさがある。そう言えば、私の住んでいる所で良く行く所の、北海道出身の女の子も表情が硬い感じがした。何かが違うのであろうか、私には分からないが北海道人の硬さを感じた。だが、女性は女性同士で話す時は、あのような事を話すのであろうか?これからは女性と付き合う時は、気を付けなければならないと思った。付き合う可能性は低いが・・・・。写真はブログでうまくいかないので次回に掲載します。
2014.06.14
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さて、日本では集団自衛権なる事を政治家が討論している。これは、今までの範囲を超えた考え方たで、日本も紛争国問題に参戦するとも取れる内容に変化し出した。戦前の日本に近くなって来たのであろうか?政治家ばかりで意見を言い合っているが、別に委員会なるものがあるがあれは政治家が国民をだます為の、やった振り、その様に政治家だけではやっていませんよと言うだけで、政府寄りの人間の寄せ集めであるから信用出来ない。もしこれが通って集団自衛権の範囲で、他国紛争で日本の自衛隊が最前線に行き、幾人かが死んだら誰が責任を取るのであろう。それでなくても責任逃れしかしない、政治家が責任を取るとは思えない。家族や親族の悲しみや、それ以後の生活等もあるが、心の傷をどうするのだ確かに、まだ他国紛争までは自衛隊を派遣しないと言っているが今の状況では、それはマヤカシであり、派遣は目に見えている。論争している政治家は最前線に立たないから良いが、若い自衛隊の方は命令で行くしかなくなるであろう。今回函館で自衛隊出身者の人と話をしたのであるが、その人も、今の政府の考えている集団自衛権なら、紛争国の最前線に行くでしょうと言っていた。私は「行きたいと思っているのですか?」と質問すると彼は「命令だから行くしかないのです」との返答であった。同時に「最前線で戦う事になるでしょうね」とも答えた。これを考えると死傷者が出るであろう。そうなった時に誰が責任を取るのだと疑問に思う。もし、最前線に行かせるなら、これに賛成した政治家の子供や孫を最前線に出して、自分たちの行った事に責任を取らせたい気持ちである。集団自衛権も、そうではあるが違憲で議員削減案はどうしたのだ?集団自衛権より先に、自分たちの違憲行動を討論して国民に襟を正すべきであろう。それは無しのつぶてで、集団自衛権などで誤魔化している。これに関してはマスコミも何も言わない。前回の衆議院解散も、これを約束して解散を行ったのはマスコミも国民も知っている。だがマスコミも国民も何も言わない。憲法違反は犯罪ではないのか、政治家にとってはそれを黙って見ている国民にも責任があるし、違憲と分かりながら政治を行っている政治家や政府は最悪の政治家集団である。政治を考える人なら責任を感じ、国民との約束を守り、国民の立場を理解するのが政治家であろう。それが出来ない政治家を選択した国民の責任も重大である。マスコミも国民も集団自衛権の前に、原発問題や復興問題を考える政治家を擁立しなければならない。今の政治家は、今までの政治の流れに飲まれて、改革など出来る人は居ないし、大企業の伝達やシガラミで動いている烏合の衆である事を国民は知るべきである。このままでは、次の選挙も違憲状態で選挙を行い、またもや国民を煙に巻き、その時の経済状況や問題点を出して誤魔化して当選を勝ち取ろうとするだけであろう。国民はもう少し選挙に対して利口にならなければ、同時に先を見越した候補者を立てなければ、同じ事の繰り返しで終わってしまい、国民の選挙に対する学習能力の無さが露見するであろう。
2014.06.14
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最近、ブラジルでデモが行われている事が報道されたが、日本で行われるデモなどは、マスコミは取り上げない。日本のマスコミは海外のデモや民衆の騒動は報道するが、何故に日本のデモや民衆の事に関しては、報道を行わないのか?完全に緘口令が引かれているのであろう。今や原発問題や機密法など、政府のやりたい放題に国民は怒りを感じているし、反対も多数を占めているのはたしかなのであるがこれを報道しないマスコミは、何を持って国民の怒りを伝えないのかこのマスコミの不甲斐なさを感じる今日この頃である。今の日本でデモは行われているのであるが、ストライキが聞かれなくなった。今、ブラジルなどでストライキが行われているが、私が4年前にアルゼンチンいた頃は、毎日のようにデモとストライキ行われ、テレビで報道されていた。中南米のテレビ局は国の中で起こった事は報道する。特に国民の怒りなどは大々的に報道を行い、その人たちが何を要求しているかを伝えるのである。私は何で、こんなに毎日デモやストライキが行われるのか不思議に思った事が何回もあった。日本でも、私の若い頃はストライキやデモが頻発していた時期があった事を思い出す。今は、ストライキなどは聞かなくなった。最近のストライキと言えば、プロ野球が行った位なものであろう。前回も書いたが日本人は労働者意識がバブルの頃から薄れ同時に組合組織も弱体化して、働く者の権利を忘れたのではないか?これは日本政府や官僚の思いのままになり、大企業がバブルによって労働者の意識を変えた部分があると思う。いや、働く人たちの意識が変わったのであろう。労働者と言う意識が薄れ、自分たちの働いて得る権利を放棄した部分が大きいと思うし、企業が成り立つのは働く人が居るから成り立つ事を意識しなくなったのだろう。だからストライキ等はやらないし、労働組合も企業との慣れ合いになり同時に企業側は経済不安定を理由に、働く人たちの立場を弱体化させたそれに加担したのが政治家であり官僚である。雇用制度を変えて契約社員などと言う制度などで、労働者の弱体化を企業と結託して行った結果、日本の雇用制度は変わり、労働者の権利をはく奪した部分があると思う。それを経済の悪化とマスコミは騒ぎたて、政府の制度改革に一役かって、国民を煽りたてた為に国民は従うしかなかった。ここに問題がある。その改革を行った政治家は企業から、多くの資金を受け取り企業の思惑通りの制度を作り、働く人たちの権利を蔑ろにした。それを扇動したのはマスコミであり、官僚である。私の若い頃「一生食いぱぐれがないから役人になれ」と言う言葉が言われた時期があるが、一般の働く人たちの苦しみは分からない連中が企業の言いなりになり、それに負けた労働組合組織は弱体化した。ここにも国民の責任がある。バブルで浮かれ、働く事で潤う事を味わって、それが終焉を迎えると自分たちの首を絞めている事が分かっていない。国民は政府や官僚の手先の、マスコミに扇動されるなと言いたいし同時に今の労働組合組織も、言うなれば政府の手先的存在になっている、選挙の為も組織体である事を反省すべきである。国民は、もう少し「働く人」の立場を分かる政治家を擁立すべきである。今日は2回書きました。明日から母の命日で函館に行くので、14日以降に書きます。
2014.06.09
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食事に関しては、今は一人身なので料理を作るが量が問題になる。私は、元々外食は、あまりしない方である。結婚していた時も、仕事(40年以上コンピュータシステム)が忙しかったので、子供たちとの会話が取れない事が多かった為に、会話をする為に、休日は私が料理を作っていた。意外と評判が良かった。男の料理は金額を考えないで、材料を買うからなのであろうから美味しいと言われたが、元来、料理を作るのが好きなのである。母が早くに亡くなったので、一番上の私が食事の支度をしていた事もあるのと、コンピュータのシステムも料理と同じで作り方によって味(動作が)が変わるものなので作る作業が好きなのだろう。だから海外に居た頃も自炊(日本食)をしっていたし、それなりに他人にも食べて貰っていた。海外では、おすそ分けをしても、味に関して相手が分からないのでこんな物かと感じるだけや、日本ではこんな食べ方をしていると思うくらいで済んだが、料理は一人分を作ると面倒なのと美味しく作れないので、量が多くなる。アルゼンチンでは牛タンを、根元から、そのまま売っているので下準備の皮はぎから、シチュウなどや塩焼きなどの材料を作りシチュウもデミグラスソースが無いので、自分なりに工夫して作って友達に食させたら、レストラン並みだと誉められた事がある。国によっては材料の販売の仕方が違う。日本はお客様本位で販売しているが、海外は固まりで、そのまま売っている所が多い。日本ほど肉類は用途によって、色んな売り方をする国は少ないアルゼンチンで『すき焼き』を食べたいと思ってすき焼き用の肉を買いに行ったが、あちらは、薄切りはしてくれない。自分で肉の固まりを買って来て、自分手作しなければならないので大変な思いをした事もあった。料理は作る楽しみがある。出来あがって味が良かった時の喜びは、コンピュータのシステムを完成させた時と同じ感動がある。そんな事で、私は専門学校や短大で教えていた時は、システムを料理に例えて教えていた。その方が初めての人は馴染みやすいから、誰しも料理は食べるし作るから、データを材料に例えたり、作る工程をプログラム作成に例えたりして教えていた。話はズレタが、最近は料理を作って、近所のお年寄りに持って行こうと思うが、もって行かないで自分が何回かに分けて食べている。それは、お年寄りは自分の味を持っている為に、うるさい事を言われてもと思ってしまうのである。お年寄りの方は、それなりに家庭の主婦であった方なのでその辺の男性が作った料理ではと思うのと、出身地によって味の付け方などが違うから中途する。ましてや、私は、魚等は「アラ」を主に使う。(函館出身なので)アラは味が出るし、旨い所が多い。煮魚は肝を必ず入れるし、魚は自分でさばく、ブリ大根なども作るが、私の場合は、大根はコメのとぎ汁で、最初に茹でてそれからアラと一緒に炊き込むが、最近の大根は、それをしなくても、柔らかくて味が染みる事を実感した。この様にして色々料理を作るのは、楽しいがそれも毎日となると大変な事である事を実感している。主婦の方が毎日の料理を考える大変さを実感する、今日この頃である。
2014.06.09
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今まで色々書いて来たが、国民の政治に対する考え方が問題である。政治家と官僚の政策に対して、「お上」至上主義の国民の考え方を改めて行かないと日本の政治は変わらないであろう。前回も書いたが、バブル時期から日本人の政治や経済に対する考え方が極端に変化して行ったと思う。確かにバブルの経済は国民を潤した部分は大きい、だが、そこから国民の政治に対する考え方が一党に依存する形になったのである。この政党に任せればと言う意識が強くなり、自分たちの考え方を誤ったのではないかと思える。それは、先を見越さない政治家や官僚を国民が作り出したのである。国民がしっかりとチェックを行えば、今の不甲斐ない政治家や官僚は作らなかったであろう。同時に何回も書くが、封建的民主主義の日本の政治構造では「おぼちゃま」が貧困層や地方の政治は分からないし、大企業オンリーで資金を集めた時代の政治家の秘書などを経験して居ても結果は前例を見習う政治しか出来ないのである。同時にマスコミも同罪である。結果的に政治家や官僚の言うがままになり、大企業にオンブして経営している為に、国民に発する情報は政治家や官僚の伝達を行っているだけマスコミとは何かを考えていない、伝える情報より経営が先であるから今のような状態になってしまった。そのマスコミの情報に乗せられて、国民は政治家を選択して政治を行わせている。これに、一時的にも気がついた国民は、政権交代を試みたがその政権も結果的に前政権と何ら変わらない状態の連中であった。本来、日本の政治体制は、何回も書くが封建制度の延長線上にあり官僚と言う武士が政治体制を作り、政治家と言う『お殿様』が筋書きに乗っかって政治を行っている。日本の政治の根本は官僚であり、それを改革しなければ日本は変わらない。だが、変える為には国民が選んだ政治家でなければ、国民直接は変えられない。その為には、今の何回当選しましたとか言っている連中では駄目であろう。その人たちは、何回も当選していたら、政治の仕組みは分かっているはずなのに、今まで変えようとして来ない連中なのだから、無理があるし、日本人独特の「諦め」と「慣れ合い」が出来てしまっているから、変える事は出来ない。今騒がれている「野党再編成」も、今の政治家が編成しても何ら変わらない。私たちの成人時代の野党は「労働者」としての立場で国会に出た。前に書いたがバブル後は「労働者」の立場だった人たちが、考え方が変化して中流化の人間模様にとなり、「労働者」では無くなった。その為に労働階級の政治家が減少し、今は中流で育った人たちが変わりを務めている為に、貧困層や地方の切迫した生活などは分からにで政治を行っているのが現状である。これでは政治は変わらないし、今の国民の大多数が旨い味を味わった為にその味を今一度と考えている限り、また、同じ政治家を選ぶだけであろう。今後は貧富の格差が大きくなるのは目に見えている。その格差を考えた政治家を選び、官僚改革を行わなければ日本はアルゼンチンのように裕福な国から、貧困の国になるのは目の前に来ている。目先の事ばかり考えた政治では駄目であろう。国民ももう少し政治に対して、厳しくチェックする気持ちを持たなければ前記のような国になるのは早い(今の日本国の借金額を考えれば)この様に考えて行くと日本人ほど「慣れ合い」や「諦め」が先に立ち先を見ないで目先だけを考える人種のように思う。
2014.06.08
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私も好き勝手な事を書いて来た。日本人の曖昧さや、政治家と官僚の不甲斐なさ等を書いて来たが書く事は簡単であると思う。これからは、どうすれば良いかを考えなければならないがもし誰かに「貴方ならどうするの」と投げかけられたら私は即返答できるであろうかと考えて見た。出来ないであろう。基本的に日本で生活して、日本の習慣の中で教育されて来た自分だからだが違う部分では言い切れる事が出来る。私自体は教育を受けたいが貧しくて、自分が苦労した部分がある事とここまで生きて来た経験や海外での生活を行った経験から今の日本人の考え方を変えなければ、日本の政治は変わらない。まず若者が政治に関心を持ち、監視していくシステムを作らなければ日本の政治システムは変わらないであろう。現在の選挙体制は高齢者が作り上げて来た。だが、その高齢者は「諦めムード」が先行して、義務感や「シガラミ」が優先されて、この様になった部分が殆どである。同時にバブルによって日本経済が絶頂期に達し、それによって政治家が国民生活を煽り、国民もそれに乗って浮かれだし、確かにバブルを境に政治の体制は変わった部分が多いと思う。私たちが成人に達した時は、戦後の復興を目指す為に労働者と経営者の対立もあり、それが政治に反映されていた。その為に労働者側の政党も、ある程度の数を持てたがバブルを境にその体制は崩れたと言えよう。国民がバブルによって中流階級を意識したのが、政治に反映されたからだろう。そこには労働者と言う階層が国民の中に無くなり、経済人の一員との考え方に成ったのがバブルである。そのバブル時代に育った連中が、今の政治家が殆どであり、悪く言えば経済的に苦しい時代を知らない為に、経済を再生すれば日本はバブル時代に近い国に戻れると思っている。私は、バブルは経済的に狂った状況であり、再度バブルは起こらないと思う。バブルの時代に育った人たちが、経済や政治を動かしていたら今の一党独裁政治にしかならないし、国民もバブル時代を再度夢見たら日本の政治は変わらない。今や国民が労働者の立場に戻らなければ、一党独裁の政治に変化はしないし自分たちの意見を反映させる事が出来ないであろう。今の国民はバブル期を引きずった考え方をして、政治家を選択している。そこに大きな問題点があるのと、政治家自体もバブル期を基準にしている。基準が違っているのである。もう一度、国民は考え直す時期に来ている。労働者としての考えに立ち戻り、政治を考えて、労働者の立場の分かる政治家を擁立すべきである。
2014.06.07
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前回はドミニカ共和国の事を書きましたが、今回はアルゼンチンでの事を書いてみます。私はアルゼンチンでも首都のブエノスアイレスに住んで居たのですが住みやすいかと言われると、私はあまり好きな街ではありません。南米にしては、どちらかと言えば人間的に大人しい人が多いです。言うなれば関西の、おばさんタイプが中南米の人で関東人タイプが南米の人たちに、私は感じました。私は中南米タイプの方が好きなので、アルゼンチンは好まなかったのかもしれません。中南米の人たちは単純ですが、アルゼンチンの人たちは何を考えているか分からない部分が多いです。同じスペイン語圏内ですが、多少言葉の使い方が違う部分があります。南アメリカを旅した方なら分かると思いますが、何処かの国に行くと「お前は中国人か?」と言われる事が多いのですがアルゼンチンでは殆ど言われませんでした。私はドミニカ共和国では、あまりにも「チーイーノ(中国人)」と言われるので腹が立って怒った事もありましたが、アルゼンチンでは1度言われたくらいでした。これは教育が充実しているか、いないかの違いもありますね。アルゼンチンは、昔は裕福な国で、それだけ教育も充実していたのでその面で躾が出来ているのでしょう。反対にドミニカの場合は教育体制も充実していないから、あのように差別的発言が出てくるのかもしれませんが、皆さん知っていますか、ドミニカ共和国のサント・ドミンゴ大学はアメリカ大陸では最初に出来た大学なのです。それは別として、ブエノスアイレスで困った事は、公衆トイレが殆どない事です。私は男ですから、日本でしたら家と家の隙まで立ち小便をした事は何回もありますが、ブエノスアイレスは家と家の間が壁しかないので隙間が無いのです。同時に大きな公園にも公衆トイレがありません。それでどうするかと言えば、BAR(バール)に入りコーヒー等を注文してトイレを借りる事になります。私は一度、自分の部屋まで1時間以上我慢した事があります。何処かで立ち小便をしようと思ったのですが、する所がありません人が通る所では、恥ずかしくて出来ませんし、日本人の恥を曝したくないので、我慢して急いで家に帰りました。もし中南米を旅行する場合は、必ずトイレを済ませる事をお勧めします。それをしなければBARで買い物をしてトイレを借りる事になります。公園などでも同じでトイレが無い所が多いですから気を付けて下さい。ただ最近は公園などに簡易トイレが設置されている所もありますが。海外の都会では本当に、その様な事は気を付けておかないと困ります。日本みたく公衆トイレが至る所にある都市は海外では稀ですからでも、あちらの人たちはどうしているのかな?この様に文化の違いや習慣の違いが分かるのですが、それは旅行では分からない部分が多いです。私は日本の若い人たちが、これからは海外に出て色々な情報を得て新たなる日本の道しるべを、作ってほしいと思います。その面では日本人は得意分野(真似するのが)なので良いのではないかと思います。(良い所を取って新たな物を作り上げる)
2014.06.06
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私は日本人ほど曖昧な人種はいないと思う。私も同じであるが、日本語の表現する言葉の多さを見ると曖昧さがわかる。政府や官僚が法制化を行い書面にする時は、逃げ道を作り曖昧な表現を使う。それは国民全体が知っている事ではあるが、あの曖昧さが日本人固有のものなのであろう。外国での言葉は意外と端的に表現する。日本人は、その為に理解しやすい部分があると思う。だが日本人は曖昧な言葉で誤魔化す部分が多いように思うのである。それは逃げ道を作っている為であると、私は思う。外国人から見ると日本人の理解出来ない部分が言葉の難しさにある。表現する言葉が多すぎて、どの様にも取れる部分がある。それを政治家と官僚が一番利用している。われわれ日本人から見ても法制化された表現は、どの様にも取れる部分が多い。これは政治家や官僚が責任を取らない為の逃げ道である。今回の集団自衛権の問題にしても、あの表現の仕方では国民の解釈しだいで、どの様にも取れる。これは国民性から来ているのであろう。基本的に日本人は「大人しい、優しい、おもてなし」等の表現を使って外国人から見ると人種的に良いとみられているが、それは日本人が言葉で誤魔化している部分が多いのではないかと思うのである。この様に考えると政治家や官僚たちの表現ほど日本人の「ずるさ」を表し、責任逃れの典型的なものであろう。私も含め日本人は言葉で相手を思いやる部分があるが、本心が見えない部分の多い人種のように思う。「絆」「思いやり」など言うが、表面上の言葉では表現できるがそれに行動が伴わなければ意味を成さない。その部分は、日本人は曖昧であるし、言葉で逃げる部分が強いので行動を起こす事をしないのかもしれない。外国のように政治に問題があったら、国民は行動を起こして自分たちを表現するが、日本人は一部では行動を起こす人もいるが殆どの人は言葉では表現するが行動が伴わない。その典型が政治家と官僚である。彼たちほど言葉を操り、国民を愚弄して、何か問題が起きても責任を取らない。そこには逃げ道を法制化した文章があるから、それを盾にとって自分たちを守る。こんな曖昧な表現で国民が理解しているのであろうか?この部分も国民ははっきりと言うべきであると思う。簡単に言えば復興資金が、他の事に使用されていたが、官僚の弁解は復興に関連する事であるから、被災地の雇用や復興の為の材料作成などと適当な言い逃れをしているし復興に関する政令も、逃げられるような文面で書かれている。この曖昧さは日本人固有のものなのか、確かに日本人は曖昧である。自分も海外で生活した事があるが、相手から話しかけられて返答に困ると最初の頃は、曖昧な返事をしていた。この曖昧さが、今の日本の政治に反映されている。これは、日本国民は考え直すべきであるが、日本古来の風習であるから簡単には修正は出来ないだろう。
2014.06.05
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今の政治は、外交問題などで難しい時期に来ているのは分かるが、それにしても、国内問題は殆ど話題に上がらない。選挙の時は、原発は廃止や再稼働反対等と言って起きながら選挙が終わったら、再稼働ありき、新規原発ありきなどと言いだしているのが政治家であるし、あれだけの原発事故を起こしながら、再稼働や新規原発はないであろう。挙句の果ては原発輸出を言いだした。今や一党独裁で遣りたい放題の与党であるが、選挙の時にその議員たちが原発停止、再稼働はしませんと言っていたのが国会議員になったら、一言も言い出さない。これが政治家であるのは、国民も分かっているが、相変わらず、そんな議員を選ぶ。選んでも良いが、議員が言っていた事に詰め寄る事もしないのが日本人である。海外なら詰め寄り、吊るし上げをされる状況である。だが、再度選挙になると、その議員が当選するのは何故か?日本人ほど政治に対して考えない人種なのかもしれないし政治に対して学習能力が無いのではないかと私は疑ってしまう。はっきり言って「シガラミ」が優先するのが日本の政治であり国民性なのであろう。前にも書いたが封建制度の中から抜け出せないのが日本人のような気がしてならない。まず、この事から考え直さなければ日本の政治は変わらないであろうし時はコクコクと過ぎて新たなる展開が目まぐるしく変わる中で日本だけは対応しないで、時代を繰り返しているだけなのであろう。冷戦時代が終わり、色んな面で変化して来たが、それを見ていた日本人はただ、傍観者的存在で見ていたのが問題である。他国の事で勝手にやっているのだから良いや、これが日本人の考え方のような気がする。他人の事には、冷たい見方をするのであるが、自国で何かが起これば騒ぐ事は騒ぐが、それも一時的な騒ぎで終わる。だから「風化」しないように等と言う言葉を言いだすのではないであろうか。風化や絆は、大きな問題が起きた時には出てくるが、自分たちの生活の中に生かしているかを考え直せば、それは無いに等しい「絆」は、今の日本で生きているか?今の日本では近所付き合いや、お互いの助け合いが戦後間もなくの頃ように、そんな言葉が生きていますかと問うたら何と言って返って来るであろう。同時に政治家もそうである、まず職業的にしか国民を見ていない。当選すれば「偉くなり」、選挙の時はへりくだって「お願いします」それは自分の事だけを考えての行動、選挙の時は公約などと言いながら当選すれば「何食わない顔」をして、「知りません」の連発。これだけ繰り返されたら国民も怒るべきなのであるが、日本人は諦めが先で、「どうせ言ってもしょうがない」と同じ事を繰り返している。この状態では変わらないで、政府と官僚の言いなりになるだけである。本当は、日本人は言うべき事は言う、そして政治家にやらせる事を考えなければ封建民主主義は続くであろう。
2014.06.04
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今回Facebookで知ったのであるが、あの大震災で国会議員や国家公務員の給与がカットされていた。これが国会議員に於いては、月額26万のアップを5月から行い国家公務員に関しては8%のアップを行う事が週刊現代のニュースとして伝わった。これに関してはNHK・民放は、何も放送していない。これを知っているのは、TwitteyやFacebookをやっている1部の人であろう。高齢の方は知らないと思う。この様な事が伝えられないマスコミでは信用出来ないし、ましてや消費税を上げた途端に給与アップはないだろう。同時に、あの大震災で一般市民の給与所得税も上げたのである。それに関しては何の後沙汰も無し、国会議員は、自分たちは良い思いをしているが、裁判で違憲判決が出て議員削減を行わなければならないのに与野党は何も言わないで、集団自衛権等を論議して、議員の削減は後回しにして誤魔化しているのが現状であろう。これに対してマスコミも同罪であり、マスコミの役目を成さないで国民を愚弄している。現状で、あの震災の復興は進んではいないし、むしろお金が足りない状態が続いているのに、国民に選ばれた国会議員の「先生方」は、復興は目処がついたので、今まで貢献した分は戻します。私から言わせると、これが政治をやる人間の姿かと疑ってしまう。私も大震災、初期の頃から被災地に行っているが、復興と言う姿が見えてこないし、年月が経つが今だ「不考」(復興をもじって)である事が言えるのである。私たちが被災地に行くのも、自腹であるし、それに対しての援助もないそれは私たちが被災地の為と思って行っているのであるから仕方が無い事であると思うが、政治家は日本の、あの大震災の為にはそれなりの事をするのが政治家だと思う。だが今の政治家は自分たちの事しか考えていない政治屋と言う職業人に成り下がっている。次の選挙の事しか考えていないし、お金の事しか考えていない。ただの税金泥棒であるとしか言いようがない。ここで、その国会議員を選んだ国民に責任がある。これは最終的に国民の責任なのであるし、議員削減を行わないで次の選挙をやって、今のような一党独裁政治をサポートしたら日本国民の政治に対する考え方を疑ってしまう。ここで変える事が重要であるが、今度の選挙に擁立されるのは今の国会議員であるが、国民が別に考えてこの人と思う人を自主的に擁立しなければまたもや同じ結果になりかねない。
2014.06.03
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あまり堅い事ばかりでは、私も疲れますので今回はラフな事を考える事にしました。前に「海外珍滞在記」で、私がドミニカ共和国で、約4年間生活していた事を書きましたが、私は日本でしか生活した事が無かったので、最初の1年目は早く日本に帰りたいと思っていました。あまり良いイメージがなかったのと、習慣の違いで自分には向いてないかと思ったのですが、仕事で4年住む事になりました。2年目以降は習慣にも慣れて、私が帰国をする頃は、あちらの人に「お前はドミニカ人だ、もう日本人でない」と言われるくらいに溶け込んでいた自分が居ました。私もあちらの習慣に慣れだすと、日本人ほど真面目に仕事を考える人間はいないと思ったのと、あちらの人の方が人間らしいかもしれないと思う様になったのです。それは女性に対して美人が歩いていると、声をかけるのが当たり前日本だとセクハラでしょうね。最初に私が思ったのは“結婚してるのに、何故、女の子に声をかけるのかな?”と疑問に思いました。だが、私が男の立場で素直に自分を出したなら、自分が歩いていて美人が居れば声をかけたいし、誘っても見たいと思いますが、そこが日本で教育を受けた自分は素直に出せない。男の本音としては、綺麗な子だったら付き合ってみたいと思うし寝て見たいとも思うのが当たり前だと言う気持ちがあります。あちらの人は、その本音を素直に表現して出すのです。自分の思っている事を素直に出すのが当たり前、同時に妻子は別物として考えている。(声をかける時は妻子の事など頭にないのかも?)これこそが男の本音でしょう。結婚しても美人は美人だし、その子と付き合ってみたいと思うのは男は同じであると思い、3年目からは私も女の子をナンパし出しました。私は独身(2度離婚歴あり)でしたから問題はないのです。だから彼らたちよりは、まだ真面目な方かと自分に納得させていました。本当にドミニカ共和国では、ナンパが当たり前、声をかけられる女の子も意識して身体の線が見えるような服装をしていますし、グラマーです。それを強調するのが女の子、近所に買い物に行くにも洋服を取りかえる子もいましたから、女性も意識しているのでしょう。日本だと、年寄に“はしたない”と言われるような状態でしたが私は人間の本能的な物を出しているだけで、人間的には素直なのではないかと思いました。日本人は自分を出す事などは苦手なのか、それが“はしたない”と言う教育を受けて来ているから、あのような行動が出来ないのでしょう。私は、3年目以降は気楽に日本みたく気を張って生活しない事がこんなに楽なものかと思いました。現在の日本では、若者が自由を履き違えて取っている傾向があるがただ表現力が日本人にも出て来たと思う今日この頃です。ただ、日本は堅苦しいです(素直な気持ち)
2014.06.02
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私はマスコミを信頼していない、信頼出来なくなったと言う方が正しいかもしれない。今の民放は政治家と官僚の御用聞き存在だからである。同時に新聞各社も、昔ほど特ダネを取り上げ無くなった。同時にマスコミが世論調査なる物を発表するが、調査対象数が日本の人口の1%にも満たないで、世論調査はないであろう。国民の殆どの方は、世論調査と言うから、多くの国民が対象になっていると思っているであろう。だが多くて対象者が3000人であり、回答者が70%で多い方である。それを国民の声であるかのように、伝えているマスコミは政府や官僚の伝達役であり、選挙が近くなると世論調査なるものを伝え出すが、これは政治家の宣伝役を行っているだけである。今、騒がれている原発問題に関しても、表面的な物は伝えるが実際の福島原発事故の内部的な事は、殆ど伝えない。被爆地帯の住民の事などと、事故処理を行っている人たちの事は国民には伝えられていないし、これは伝えると政府や官僚が困るからであろう。現在のマスコミを信じる事は、日本人として問題が多いように思う。マスコミは政府と官僚の管轄下に置かれていて、都合の良い事だけは国民に伝えるが、問題が大きい事は伏せている。だが日本の国民が、情報が入るのはマスコミだけである。そのマスコミが、この有様では選挙も一党独裁になってもしょうがない。選挙の時だけ国民を煽り、政治家の宣伝的な情報を流す。これで国民は騙されて投票する。この事に気が付いている国民は少ないであろう。特に高齢者はマスコミに扇動されている人が多いから。ここに至るまでになったのは、国民にも責任はある。国民(私も含むが)の目が政治に向いていなかった事による為にこの様な事態になってしまったと思う。国民がもう少し政治に対して関心を持ち、監視すれば良かったと思う。今はSNSによって、色々な情報が伝わるように成ってそれなりに政治に対して関心を持つ人たちも増えだしたが、それも高齢化が進んで遅かりしと言えるのではないかと思う。
2014.06.01
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