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昨日、身障者の方の部屋の掃除をしました。埃が10cmの高さの所もありました。ダジャレですが埃高い人だと思ってしまいましたが別な面で親の躾が大切だと感じ取りました。その方は私より一回り以上下の方で、親御さんも亡くなられていますがあすこまで乱雑にするには性格的な物があると思います。良く捨てられない方が居ます。私も勿体ないと言われて育った人間ですから、どちらかと言えば捨てられない派なのかもしれませんが整理はします。身障者と言う事で50%譲っても、あれは性格的な部分が大きいと感じてしまいました。最初は大変でしたが、2時間の作業の中で感じた事は如何に躾が大切かと思う事と、またもやお節介焼きな自分が出て来て、この人に色んな面で養護しなければ無理があるなと思うのと、毎週14時間のヘルパーの方は何をしていたのだろうと疑ってしまいました。そこには私の分からない部分が多くはあると思いますがあれまでになる前に何とかなったのではと言う疑問も感じたのです。でも新たなる自分の分からない部分は勉強に成りました。これは私たちが解決できる問題ではない事も分かりました。本人が変わるしかないのですが、あの年齢では変わらないであろうと思いますし、今までの長い人生の中で彼は彼なりに問題を抱えていたろうと思うのですが、最終的に親の躾が大切であると思ってしまいました。私の場合は父の躾は半端で無いほど厳しく、最後は手が飛んできましたが、その頃は恐怖感しかなかったが今は別な面で生きたと思っています。今回の人も交通事故を4年前で起こしてから障害者に成ったのでその前の段階から整理整頓が出来なかったのと、親が甘かったのかもしれませんね。埃が10cmは何年で、あのようになるのか分かりませんが何処にでも置いてしまい、同じような物が散乱しているのとバケツなど掃除用具が無い、これには驚きました。私には良い勉強に成りましたが、あの状況だと2カ月あとは元に戻っているでしょうね。そんな驚きと、勉強に成った昨日でした。私も押し入れは、意外と乱雑にしていますから、整理しなければと反省しています。
2014.07.31
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最近、私のブログが異常にアクセスがある。本来、私のブログは面白みが無いのである。これは書いている私が言うのであるから間違いない。ただ、少数の人が見てくれているのと、自分の日記代わりに書いているので、毎日書いている。自分でも思うが、面白みのない人間なので書く事も自分の思った事を口で言えないから書いているし特に政治の話は、私達世代は学生運動時代だったのでどちらかと言えば左よりである。こんな人間であるから、書く事も硬い部分が多い。それが今まで25アクセスくらいだったのが、最近は50アクセス位が平均化して来た。所が1時間で70アクセスと増えた時に驚いた。題名も面白みのないものであったが、アクセスが増えた。本来、私的日記風にブログを書いているから、批評もあまりないし他の所に自己ブログアドレスも殆ど知らせていない。知らせていてもアクセスは少ない。ブログは、面白みのない項目が多いのと、真面目すぎるのかアクセスする人は少ないと思う。私はなるべく個人的攻撃は書かないし、自分個人の経験を書く事が多い。それが私のブログの書き方であるが、ここに来て何故にアクセスが多くなったのかは分からない。批評などがあれば、どの様な人が読んでいるのか分かるのであるが批評を書くようなブログでは無いように自分でも思う。書かれるのが嫌だから自分の経験や、社会情勢を書いている部分があるのかもしれないが、何故に増えたのかは分からない。多少自分でも気持ち悪い部分があるが、増えた事に関しては喜びもある。増えた事が私の考え方に同調して増えたのか、反発して増えたのかは分からないが、どちらでも読まれる事には変わりが無いので喜ぶべきなのであろう。
2014.07.30
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私は現在高齢者と傷害者の地域でのお手伝いを行っている。自分も高齢者なのであるが、何故か10歳位は若く見られる。それは20代後半から見られていたのであるが、だが最近は体力的に実年齢を感じてしまう。この暑さで少々バテ気味であり、食も進まなくなって来た。だが、それでは問題があるので、自分なりに工夫をしようとは思っているが、運動や外出の時間が、この暑さで減少している。それでなくても太り気味なので、気持ちは先に立つが行動が伴わないのが今である。ただ、これでは駄目だと自分に言い聞かせて明日は障害者のお宅に掃除に行くが、始めての訪問であるが、ゴミ部屋だそうである。本人も高熱を出す位の汚さだと言われたが、元来、私の性格は断れないのが欠点であり、それが貧乏くじを引いてしまう事が多い。ただ、私は誰かの所に、お手伝いに行く時は必ず見て行くCMがある。前にも書いたが「https://www.youtube.com/watch?v=uaWA2GbcnJU」である。これは自分自身で見て、お手伝いをする事は「何かを求める物で無い」人の心から自分が勉強するものであると言う事を学んだ。これは人間として誰しもが忘れかけている事のように思う。他人から見ると馬鹿で無いかと思われるかもしれない。私が30年前に車いすの人にPCを教えた時に言われた「売名行為」と言う言葉、その時は私財で続けたが破たんした。確かに人それぞれの生き方や人生経験があるであろうがその人が行っている行為は正しく、優しければ、そこから学ぶべきであり、それに対して悪行的言葉を発する人を私は軽蔑する。私は決して裕福ではないが、人の心を大切にして行き、良い事をしている人から学びたいと思う。これは年齢とともに、その様な気持ちが強くなって来た。若い頃は生活や仕事で出世を望み、上に立たなきゃ自分の考え方を認めさせることが出来ないから、仕事人間であり強引な人間であったと思う。だが時代は、これからは若い人に頑張って貰う為には、自分の経験を伝えながら、それなりの行動をして行かなければ若い人も認めてくれないであろう。私は誰かの所に行く時は前記したCMを見て、自分を鼓舞して行くようにしている。まだまだ、私は勉強と行動で頑張りたいと思っている。
2014.07.29
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女性の長電話に今回はびっくりした。本来、私は電話が嫌いなタイプである。システム関係の仕事をしていた頃に、自分の休みの日でも電話が掛かって来ると、システムトラブルかと思ってしまう位休日に、その様な電話が良く家に掛かって来たので、私は居留守を使う事もあった。だから休日の電話のベルが鳴ると、嫌な思いがあるので電話が嫌いなのである。今は仕事から離れたので、それは気にはならなくなったがそれでも自分から率先して電話は掛けない。こんな人間であるから、海外で女性と付き合っていた時にはあちらの女性は会えない時に電話を貰うのが当たり前なのであるが私は電話が嫌いなので、電話をしないで2~3日掛けないと相手の女性から電話が来て「貴方は私を嫌いなのか?」と言われた事が幾度もあった。今回は、ある交流会で知った人からメールが来てPC関係を教えてほしいとのメールが来たので、電話番号を交換したのである。相手から電話が掛かって来て、私は、電話は長くて10分程度のタイプであり、あまり電話では話をしないのであるが所が相手は話し出したら止まらない。延々と3時間以上話しているのである。話も一方的であり、私は相槌を入れるだけで、聞き役であるが相手が何をしたいのか分からないほど、色んな事言い出して理解出来ないで、相槌をしているだけであった。確かに女性は立ち話でも長時間している事は見かけたが私は端的に話して終わりたいタイプであるので、あの長電話は苦痛にしか、私には感じなかった。私の電話に対する考え方は、端的に伝えるだけの道具と思っているので、あ~でもない、こうでもないと聞かされるのは地獄であるが、むげに電話を切るわけに行かないのと相手から掛かって来た電話であるから、尚更切れない。でも女性は何で、あんなに色んな事が出てくるのか私には理解出来ない部分が増えた。3時間の間(午後6時から午後9時過ぎまで)食事も取れないで付き合うのは苦痛であるが、内容は何を言いたいのか私には理解出来ないで終わった。これほど女性は電話が好きだと思わなかった。最終的には会う事に成ったので、私から目的をはっきりさせて来て下さいと頼んで終わったがよく内容のない事を長時間、話が出来る事に頭が下がる。男の私には理解出来ない部分が多いのが女性である。理解出来ないから2回も離婚するのかもしれないが本来女性には鈍感なタイプであると言われていたがもっと鈍感になってしまった。
2014.07.28
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最近、人工知能が騒がれ始めた。人工知能は30数年前にも騒がれた時期がありました。その頃、私も興味があり人工知能学会に入った事がありましたが、何時しか、それも消え去ってしまったのですが、またもや復活しそうで。それはGoogleやFacebookが人工知能の研究者を集め出したからである。目的は何か分かりませんが、想像はつきます。私も30数年前にCOBOLで人工知能的なソフトを作れないかと考えて作った事があります。その頃は人工知能用の言語はあったのですが、新たに覚えるのが面倒だったので、自分が使う言語で作る事を考えたのです。それは自動仕訳システムでした。完成はさせて、メーカーに売りつけたのです。そのお金は離婚の慰謝料と、車いすのボランティアで消えましたが自分では満足して出来上がりだと思っています。COBOLは事務処理用の言語なので、人工知能には向いていないのですがコンピュータ自体を利用すると、それらしき事が出来ましたが膨大な長さのプログラムに成ってしまい、その頃の8インチフロッピーで5~6枚以上のソフトに成ってしまった事を思い出します。さて今、なぜ人工知能かと言えば、これは私のあくまでの想像ですがビックデータ時代に突入したのとデータの漏えいを防ぐためにコンピュータ自体に知能を持たせようと考えているのでしょう。今の時代ロボットに人工知能関係は使われています。コンピュータに学習能力を持たせて、データ管理を行わない限りデータの漏えいや、機密事項の安全性が保てないから、人工知能で危機管理を行おうと考えていると思います。確かに現在ではデータの持ち出しや、漏えいは避けられない状況です。前にも書きましたが、そうなればデータを保管しているコンピュータに管理させるシステムしか考えられませんが、ただデータも使う為のものですから、使う為の管理と盗難や持ち出しなどの判断基準を使わなければ、ただのゴミと同じに事に成ります。そこでデータが保存されているコンピュータに善悪判断をさせるのですが、これも人間が使うので問題の解決には最終的に使う人間の判断(善悪)に掛かってきますがただ、それを行った人間は、誰かは判断する事が出来ます。簡単に言えば路上にあるカメラと同じように、センサーなどでコンピュータに感知させて、それをコンピュータに学習させて判断する事に成るでしょう。だが、そこには膨大な能力が必要になり、記憶媒体も大きくなる。これからはコンピュータ自体が感知能力や学習能力を持った機器になり、人間の能力を超えた物に成るのではないでしょうか?
2014.07.27
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マイナンバー制度の続きですが、予定は下記の時期に行うみたいです。平成27年10月 施行日(個人番号付番) :付番通知準備、個人番号付番・通知平成28年1月 利用開始日(個人番号利用開始) :個人番号利用開始、個人番号カード交付開始平成28年7月 情報提供ネットワークシステムとの連携テスト・総合運用テスト開始 :住登外者整理・統合、符号の一斉取得平成29年7月 地方公共団体間での情報連携開始 :情報提供ネットワークシステム連携に向けた統合運用テスト、中間サーバーへのデータ登録確かにマイナンバー制度は国や自治体は管理しやすくなりますがその前に、どの様な法整備が行われるかが問題です。何回も書きますが、法整備でも漏えいの場合と悪用された場合の整備はこれは重要な事です。もし自治体や国が住民票や戸籍謄本の如き考え方をしたら問題は大きくなります。同時に高齢化社会の中で色んな面との連携があるので、それを悪用される率は高いでしょうし、「振り込め詐欺」等の情報源にもなりかねないと同時に、財産管理にも十分な考慮が必要でしょう。この様なシステムは利便性を追求しているのですが、前にも書きましたが利便と悪用率は正比例します。自治体や国は、利便性は高くなりますが、同時に悪用する側も財政状態が把握できるので、狙う相手を探し易くなり同時に社会保障関係も把握できるので、多方面での悪用も出来ます。システムを構築する為には利便性を優先して考えて、悪用された場合の部分もチェックとして入れますが、それは利便性が優先されますし悪用される部分はシステム構築範囲だけでの処理が多くなります。これでは必ず抜け道が出来る事は明らかです。システム構築する側は前例的な悪用例の範囲しか知りませんからそれをどの様に防ぐかも前例で構成させるだけでしょう。ただ一部の専門家にも悪用例を想定して貰い構築は行うとは思います。これだけでは問題は解決しません。システムは、あくまでも人が使う道具でしかないので、使う側を考慮して作られます。そこに問題が起きるのです。確かに国や自治体は管理しやすい、個人情報のすべてが入って来る。何処の病院に通院して、今までどの様な病気に成ったか何処で働いて給与はいくら貰っているか、財産はいくらあり市町村税は、いくら払って貰えるか等、コンピュータで便利に管理できるのですから喜びます。その様な情報が持ち出しなどで、他人に渡ったり、企業に渡った場合は利用価値は高くなります。全部分かるのですから、企業なら該当者をピックアップ出来てその人たちにアタックすれば良いのですから、便利です。次に悪用する場合は、対象者の絞り込みが簡単です。こいつは財産があり、預金はどのくらいあり、家族構成等が分かる。そうなればターゲートは決まります。これらを法で縛る事は出来るが、その前に、この様な事態を防ぐ事が先決であるが、システムでは持ち出し等はチェックしているが範囲が甘いのが現状なのです。
2014.07.26
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最近思うのであるが、私はシステム関係を仕事として長い。これが一般の人達からすると、コンピュータが何でも分かる人間と思われている。コンピュータにはハードとソフトが両方で、始めて動くものなのである。だが、それは業務分担されている事を、一般の人は分からないから私に頼めば全部やってくれると思われがちなのである。だが、コンピュータ自体は前記したようにハード(機械)とソフト(アプリ)に別れて仕事を行って、始めてコンピュータは動きだす。前に書いたがソフトを料理に例えると、料理を作る人と料理を作る為に必要な道具を作る人は、別である事は誰でも分かる。それと同じでコンピュータのシステムは料理を作る人でコンピュータのハードは料理の道具を作る人が提供するのである。ところが一般の人には両方知っていると思われがちなので色んな事を頼まれるが、私の場合はソフト(システム系)なのでハードの部分は、ある程度は知っているが、全部は知らない。確かに料理人は、道具は吟味して使うので、ある程度は知っているが作る工程や技術的な面は表面的に知っているだけである。コンピュータも同じであるが、機種によって多少仕様が変わる。でも、被災地などでPCのセットアップなどを頼まれたりして稼働まで持って行くが、私としては苦痛な部分も多々ある。特に高齢者に成ると、何でも出来ると思われがちなので次から次へと、お願いされたりするが、それはハードなので私の分野で無いと言っても分かってくれない。今は若い人の方がPCを動かすのは早いし、うまい。私の頃はオペレータと言っていたのであるが、今の若い人は色んな動作を知っている。私たちより操作は得意である。私は何とかやってしまうから、また、頼まれるのであろうが嫌と言えない性格と、何でも出来ると思われると変な所で自分はプライドを持っているので、何とかやってしまう。自分でも負けず嫌いなのか、なあんだ~知らないんのかと言われるのが嫌なのでやる性格である。幾度も、それで苦労しているが、最後は自分に納得させている。たまには出来ませんと言いたい時もあるが、それを許さない歳に自分はなったのかもしれない。
2014.07.25
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来年の10月にマイナンバー制度(国民総背番号制度)施行される事は国民に伝えられる事に成ったみたいです。管理管轄は地方自治体が行うとの事ですが、これはどうなのでしょう?地方自治体の法整備(条例改正項目の検討、条例改正)を行う。結果的に大手企業が請け負い、システム構成を行う事に成るであろう。平成29年から本稼働との事ですが、それまでに各企業の給与体系や病院等との連携を行う事に成るでしょう。システム的には問題は無いと思いますが、連携先等に混乱が出る可能性は出て来ます。弱小企業や商店等の体制が整っているか、そこで働く人たちの給与体制がシステム化されているか。大中企業や年金関係は、問題は無く連携出来るでしょうが弱小企業や小規模病院等の体制に問題が起きる可能性はあります。社会保障等を入れる場合は病院間の連携は、今は取れていない状況なのでここを前もって整備して行かなければならないでしょう。同時に自治体の受け入れ体制が問題になるでしょう。大きな自治体は問題が無いと思いますが、町村関係は何処が管理するかそれでなくても高齢化が進んでいる地方の町村はシステムについて行けるかを疑問に思います。前にも書きましたがシステムの構築に関しては問題がないと思いますが稼働時の操作等で連携先が多数に成るので、その操作が複雑化する事ははっきりしています。それをスムーズに動かす為には、それなりの教育期間が必要になりトラブル対応などの処置方法も複雑になりますが、システム上では想定範囲以外の事が起こりうる事も考慮されシステムは構築されますが、何処まで考慮されるか。ましてや町村単位であれば、対応の能力が何処まで出来るか疑問です。次に問題ですがデータの漏えい問題を、何処まで考えているかです。これは今まで書きましたが、漏えいした場合は個人情報の収入や社会保障関連も入っているので、色々な問題が起きる事は間違いないでしょう。それを自治体で法制化しても限度があります。国は責任を自治体に持たせる為に、管轄を自治体としたのでしょうが国の責任逃れにしか思えません。完全に官僚は逃げたと私は感じています。最大の問題は漏洩ですが、これに関して、どの程度の範囲を想定しているのが問われます。ましてや自治体範囲であれば、漏えいは避けられないでしょう。小さな自治体ほど危険を感じます。まず、操作に関して慣れていないのと、漏えいに関して危機管理が薄いと思うからです。まず、平成29年に完全移行との事ですが、何処まで危機管理が行われているか見守る必要があるでしょう。
2014.07.24
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日本の選挙の体質を見た。今回の青森の某都市の議員逮捕は、日本の選挙をものがたっている。私は前にも見た事があるが、私の前妻の地方での選挙活動でお金が動いているのを目の前で見た。その時は驚いたが、ここでは当たり前の事なのだと言われた。地方の選挙ほど、お金が動くし、候補者から二重取りする人もいるとの事である。国政に成ると選挙区域が広がるので、金額は少なくなるがやはり金で動くと言う事である。これでは日本の将来はと考えてしまうが、そのやり方が伝統的に伝えられていて、当たり前になっているのが地方である。すなわち政治とは、お金を稼ぐ場所であり、投票者はお金でしか動かないのであろう。これでは政治家ではなく、何回も書くが政治屋と言うヤクザ組織と何ら変わらないのが、地方も国政の政治家も同じであろう。国政に成ると企業から、お金を集め、それを集人力のある団体に、ばら撒き投票を依頼する。集人力があれば、それだけ圧力がかけられて、お金も入る事になり政治家も、そこには票の取りまとめをお願いする。これでは烏合の衆が政治を行っているだけであり、地方で選出された国会議員は、次の選挙の為に政党の言う事を聞く。サラリーマンが会社から給与を貰っているから、文句も言えずに会社の方針に従うのと同じ事を政治家がやっているだけである。特に新人議員は新入社員と同じで、有無も言わさず会社の方針に従わなければならない。そうしなければ給与が入って来ないから、懐が寂しい。これが政治の世界なのであろう。政治とは金で動く集団を作る為に行うものであり、それが日本である、国民の為に行うものではない事が良く分かる。基本的に日本は封建制度を挽くずり、民主主義と言うものを分からずに、改革を喜び企業城下町とか終身雇用などと封建制度の名残を引きずって来た。私はこれを全面的には否定しない。これには、これの良さがあり、それによって日本が発展して来た事は事実であるから、だが時代の変化に対して、それも変化させなければならない時期もあり、それが人間社会、いや国家なのであろうと思うが今の国民や政治家は、その封建社会を挽きづって来ているだけである。特に政治の世界は金で動く。官僚も地方に対しては、反発する地方には少なく、言う事を聞く地方や原発などの誘致に協力する所には多く、これは企業も同じでありそれによって便乗した政治家が地方から出て、政治を行っている。これは封建制度と変わらない国民の考え方と、官僚や政治家の思惑だけで走っているのが日本国なのであろう。今の時代は、その様な封建的民主主義は終り、国民一人一人が考えて新たな日本を作らなければ、何の魅力も無い日本に成ってしまう。新たな若者に託すためにも、今の大人たちは考え方を変えなければ日本は変わらないであろう。
2014.07.23
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私はブログに好き勝手な事を書いている。一時は複数のブログを書いていたが、今はこのブログにしか書いていない。他のブログで月9000近くのアクセスがあったが、そちらは休止しているし、HPの走りで作成した私のHPも書かなくなった。HPに関しては1000文字範囲内なので、書く事は伝わらないので書かなくなってしまったが、9000のアクセスがあったブログは嫌な投稿があるので休止してしまった。普通ならアクセスの多いブログに書くであろうが、私は天邪鬼なのか、さほどアクセスが多くないブログに色々書いている。基本的に私は自分の思っている事を書いているのでブログは日記的存在なのである。昔は日記帳を付けていたが、今は書かなくなった。同時に私はブログを他のネット関係にも紹介しなかったのであるが最近2か所位に紹介している。はっきり言って私のブログは個人的な経験と社会批判等が多い。だから、あまりブログに関しての批評は書かれない。最初の頃、ブログを書いていた時は批評が無いのが寂しいと思ったが、最近は日記に批評されてもと思うように成って来た。インターネットに関しては、走りの頃から仕事等で使っていたのである程度は他の人よりは経験も多いであろう。昔、はやったチャットもグループを作ってやっていた。意外と評判が良く、良い人たちが集まって楽しかった。だが私は本来コンピュータ自体を物理的に利用すべきと考えている。人間と人間の会話は、あくまでも相対して会話するのが一番良いと考え、SNSなどで友達申請などが来るが、誰でもは受けない。それは本来の会話は相対して行うべきであると思うからであるがそれが出来ない海外や遠方の人たちだけは申請を受ける。そうでない近くの人は、申請は受けない。文章は人それぞれの考え方によって、理解され方が変わるからである。本来の自分の言いたい事を書いたつもりが、文面が足りなくて伝わらない事が多かったのと、私の性格からか端的に物を考えて表現するタイプなので、相対して会話しても理解されない部分が多い。そんな人間が文章で、何処まで表現できるかと言えば会話よりは表現できていると自分では思っている。それは口下手な私は文章なら、まだ正直に書く事が出来るからである。だがそれでも足りない所は多くあるし、人間同士が信頼し合うには会話が必要である事を、今の私は痛感している。SNSを見ると、各意見は多いが、そこには自分の思いを書けるが行動の責任は伴わない。これはSNSの問題点であり、今後の課題でもあると思う。SNSで書かれている方を観察すると、あまり意見を書かないで行動のみの経過を書く方と、意見を書く方のパターンがあるが行動のみの方は、それなりの実行を感じるが、意見のみの方は行動と意見とのアンバランスを感じてしまう。私も後者に近いので、反省している限りである。
2014.07.22
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最近ニュースを見るのが嫌になって来た。それは政治家の馬鹿さ加減と嘘つきなのが見え過ぎて日本の将来、こんな奴らに任せて大丈夫なのかと疑問と腹がたって来る。今回の集団的自衛権の国会答弁でも、与党合意と違う事を言い出し始めて、どうにでも取れる言い回しをしている。これが日本の政治家の実態であろう。この連中は何を考えているのか?今や時代の変化について行く為に、色々な対応を迫られるのが政治であろうと思う。その為に自衛権行使も考えなければならないが、その前にもっと考えなければならない事が沢山ある。日本の成長期の亡霊を追っかける政治家など要らない。今の政治家はトップからして、日本の成長期を追い掛けているだけで今後の日本が進むべき道を考えていない。すなわち古き自民党のやり方を再現しているだけである。これも日本の成長期に育ったからなのか、過去は過去動いている世界には過去は通じないであろう。それより今を見据えて、自立を考えるべきなのに今の政治家は古き時代を思い出して、もう一度戻したい気持ちなのであろう。亡霊を追っかけても捕まえる事は出来ないし、現実社会を見据えて政治を行うのが政治家であろう。こう書いたら、今の政治家は「現実を見つめて政治を行っている、中国の脅威や諸外国の動向を見て」と答えるであろう。そうなると私は「国内問題は」と問うと思う。政治家は「経済に力を入れている、企業の発展の為に政治を行っている」と答えるであろう。私は「自分たちの政治資金の為に大企業優先、減税や雇用法を変え、その為に一般庶民に財源を求めているだけにしか見えない」と言う。この繰り返しで終始するであろう。どう考えても今の政治家では日本は変わらない。古き良き時代を追い掛けている政治にしか見えないし古い自民党の政治のやり方を行っているだけで、国民の民意など考えた政治は行われていない。この様な政治家を選んだのは、私たち国民である。政治の罪悪の責任は、政治家は取らない、責任を取らされるのは、国民である事を国民自体が自覚していないのが日本国である。口では政治家が悪いと言うが、最後は古だぬきの議員を選びまた、この様な状況を作り、出てくる言葉は「政治家は嘘つきだ」その前に選んだ自分たちも反省すべきである。日本で言われる「噂は半年で忘れられる」、それを地で行ってるのが日本国民である。原発しかり、再稼働を黙認、機密法、集団的自衛権等の悪法も次の選挙の時は消え去り、学習能力のない議員を選ぶ。自分たちの首を絞めているのは国民である事を自覚すべき。それが出来なければ日本は変わらないし、若者にも同様の考え方を持たしてしまう。
2014.07.21
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コンピュータのシステムを構成させるには、色々な分析を行う。単純に動いて計算して作表出来れば良いのではない。計算や作表は最終結果であり、そこに至るまでの工程を考えなければならない。それには操作上の問題点も色々考えて、想定して作る。結果は、あくまでも最終目的であり、そこに辿り着くまでの操作や入力されたデータチェック、誤操作の回避方法も考えてそれを全部考慮してシステムを設計して、それからプログラムを作成する事に成る。作成されたプログラムはテストデーター等で仮想操作が行われそこで問題点が出て来たら修正や追加事項を行って完成するがそれでも問題は起きる。それは想定範囲外の操作が行われて起きるのである。人間は経験値で想定する動物であるから、自分の経験内でチェック項目をプログラムの中に組み込むが、使う側も同じように経験値で操作する。私が必ず現場で一緒に仕事をさせて貰うのは、現場サイドの状況と動きを見て疑問に思う事を聞く為と、現場サイドの問題点を聞き見る為であった。それから担当者の要望を聞いてシステム設計を行う。それでも問題は解決しない事が多い。皆さんも分かるであろうが、スマホでもPCのOSでも出初めは問題が多い、システム作成時に想定されない事項が出てくるためである。システムとは料理と同じで、同じ料理を作っても家庭やレストランで味が違う事を考えて見ると分かると思う。調味料が違ったり、料理の手順が違っても味が変わるし材料の新鮮さによっても違って来る。そこには作る人の拘りがあり、それによって料理の味も違うし経験によっても味が違う。コンピュータのシステムも同じで、プログラムの作り方で違って来るし経験値で何処にチェックを入れるか等で、システムの良しあしが変わる。その全般を考えて設計する為に、色々な想定を考えなければならないし、使う側の要望を入れて行かなければならないので、完全な物は無いのである。ただ、今はコンピュータ関係も簡易言語やEXCEL等があり簡易的にシステムを作る事が出来るのと同じように料理もインスタントで材料が出て来ましたから、同じような味を感じる事が多くなって来た。それはコンピュータ業界も同じである。その中でも工夫が必要であると感じるのと、独自性を生み出していかなければ、これからの日本のシステム関連は世界から取り残されるであろう。コンピュータは道具であり万能ではないと考えてシステムを作り、どれだけ機能を発揮させるかがシステムであり誰が使っても操作性に優れ、安全性があるシステムを考えて行かなければならないが、それは人間がシステムを作る上では無理なので、それらを考えて使う事が寛容である。全部の人間の要求を満たす事は出来ません。同時に人間は満たされたと思うと、次の要求をするから。それを考えて行くと、便利な道具であり、使い方によっては優秀な物ですが、そこには完全に満たされる物は無い事を使う側は考えなければなりません。
2014.07.20
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第四十日目(9月15日)今日は朝から雨で、雨宿りしながら繕い物をする。針も持つのは久しぶりである、雨は止みそうにない。雨は嫌いだ、気持ちも荒んでしまうし、動きが取れず、ただ、ただ雨の止むのをジッと待つのである。私のような気が短い人間には、待つと言う事は耐え難いものなのである。耐え難くなって小雨になった時点で走行を開始して萩に向う。峠を越して萩に到着、武家屋敷や吉田松陰も学んだ学校を見ながら長門、下関方面に向かうが三隅で泊まる事にした。第四十一日目(9月16日)長門から下関に向って6:00出発、ここで今回の旅を終わらせる事にした。四十一日間の旅の締めくくりは、本州の南端で終わらせるが、此処までママチャリで走行出来たのは気力があったからであろうが、この旅で何を得たかと言われると答えが出てこない。答えるとしたら、自分で思った事を実行してやり遂げたが、まだ続けたいと思う気持ちもあり、それが出来ない悔しさも残る。だが、ママチャリでは、旅は二度としたくないという気持ちである。もし今度、旅をするなら、最低でもバイクで行いたい。それだけ辛かったが、ママチャリで行う人が少ないし、今まで会って話をした人達も、誰もがママチャリでは旅行したくないといっていた。そんな人達は私を変人と見ていたであろうと思う。でも、「頑張ってください」と声を掛けてくれた分、まだ救われるかもしれないと思っている。でも、体力的に自分は年齢を感じないで、此処まで旅をして来たし、周りの人達も年齢を感じさせないと、お褒めの言葉を貰った。奇想天外な事を考える自分は、次に何をするか考えなければと思って終焉とする。津和野、萩などの写真は携帯電話が故障してデータが消えてしまってありません。悔しいです。今回、ママチャリ旅行記を見直して、自分では終わった事であるが今から6年前(62歳)に、走行した時は三陸海岸も綺麗であった。私は、この後にアルゼンチンにボランティアとして1年行き帰国後に、あの大震災が起きて、最初は石巻に行っていたが南三陸町の悲惨さを見て、南三陸町に通う様になって2年以上が経つ。私がママチャリで走った福島の方たちは原発事故で今では、あの場所に帰られない人も多く居る。それを思うと、あの大自然は私の最後の見納めだったのだと心が痛む気持ちに成る、あのオロナミンCとお茶をくれた方はどうしているだろうと思う。写真は整理が出来たら載せますが、安物の携帯だったので写りが悪いですが、載せますが残念な事に萩とか津和野方面は携帯の故障で写真が全滅してしまい、メールで自分のPCに送ったのしか残っていません。
2014.07.19
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システムの関連を続けて書いてみた。前にも書いたが、私はシステム屋が長い。同時に管理職が嫌いなので、現場サイドを好む。一時は管理職もやらされたが、面白いと思わなかったし大変な業務であり、売り上げの為には本来のシステムから逸脱する事もあった。それは納期があり、納期内の納めなくてはならないし同時に利益も上げなければならない。私のコンピュータを始めた頃は、ソフトにはお金を払ってもらない時代であり、殆どのソフトは手作りであり、ハードの一部分と考えられていたので資金も限定されていた。そこから始めたのであるが、システムを作る楽しみはあった。それは自分の考えたように、コンピュータが動いてくれるからそれが楽しかったので、徹夜も暇ないで仕事をした。だが、ソフトが認められて、作る為にお金が払われるようになりそこから利益を上げなければならない時代へと変わりそこからシステムエンジニアとプログラマーへと分業化されて来た。それまではシステムもプログラムも一人でやっていたのである。だからプログラム言語も覚え、システム分析も行っていた。その為に業務的には大変な時期ではあったが、全体を考える楽しもがあった。分業化されてから、私はシステム設計が主であった。ただプログラムも作っていたので、言語関係も分かり同時にコンピュータに携わる前は経理を行っていたのでシステム分析も意外と、こちらからの提案を受け入れて貰えた。ただ、私の場合はプログラマー泣かせのシステム屋であり会社組織では利益を考えないで、行動するタイプだったので管理職に成るのは早いが、上とぶつかる事が多い人間であり若さゆえの自信も持っていたが、今考えれば天狗に成っていたと思う。私たちの業界は35歳定年と言われるくらい、苛酷であった。もちろん女性などは居なかった。あまりにも過酷過ぎて女性は持たないと思われていた。今は女性のSEも居るが、その頃はパンチャーが女性であった。私は多くの企業のシステム設計を行った。私の場合は、システム設計を行う上で、必ず現場サイドに入らせて貰った。それは使う現場の要望を吸収する為である。これがプログラマー泣かせの原因である。企業によって人材の使い方や、能力的な物が違う。現場サイドに入り、何が必要で、どの点を注意しなければならないかは、自分が経理や総務の仕事をしていたので良く分かるのである。その為に問題点を洗い出すと、チェック項目が多くなる。それをシステムで補おうとすると、プログラムが複雑化してルーチン(業務)とルーチンの間に問題点をチェックする項目が多くなるので論理的ミスが出やすくなるのである。それだけ複雑になると人月と時間がかかる。システムは人月で相手と金額交渉に成るので、私が設計すると金額オーバーに成りかねないから会社側は赤字にしたくないので、私を責めるが、若い私は意の介せずシステム設計を行う。それはシステムを発注する側は、ここまで出来るかと喜び私を信頼してくれるから、ご指名される。そんな事で良く自社側と揉めていたが、自分は職人気質が強かったのであろう。基本的には一匹狼で稼ぐ事にしたのである。その方が自分なりの仕事が出来たからであるが。今思えば、あの頃は稼げたと思う。
2014.07.19
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第三十七日目(9月12日)洗濯を休憩所でして7:00出発、国道の傍なので車が遅くまで走行していて寝付く事が出来なかった。今日は出雲から大田に向う予定である。此処まで東京→千葉→茨城→福島→宮城→岩手→青森→秋田→山形→新潟→富山→石川→福井→京都→兵庫→鳥取→島根と通過して来た。自分は今まで本州で南は大阪までしか行った事が無かったが、今回はそれを越して新たに色々な処を見て来たが、前にも書いたが南の方面は私には合わないような気がした。なぜと聞かれたら明確な答えが無いが、肌で感じるものがある。だが京都以降は日本の古代時代の面影が所々に見え隠れして、その面影を見る事が出来た。出雲大社もそうであるが、地方の名も無い神社で、途中で見た神社などは階段の角度が70度位の長い階段があるのを見たり、また、道路のそばにしめ縄が結ばれた大きな石が飾られていたりして、神話の世界の様相が伺われた。出雲大社 第三十八日目(9月13日)朝から雨で出発出来ない。7:45江津、浜田方面に向って出発、上り下りが数箇所あり江津に到着。浜田方面に向うが途中の無人駅で休憩、誰も居ない無人駅に一人居るとロマンチィクな気持ちになってきて、自分が映画のヒロインで一人寂しく無人駅に佇んでいる映像を想像して悦に入っていた。確かに東京から東北を回っての一人旅であるからそのような気持にもなるのかも知れない。浜田に向うはずが益田方面に向ってしまった。国道9号線を走行して、今日は走行距離も伸びた。三隅の手ごろなバス停で今日は泊まる事にした。第三十九日目(9月14日)三隅を6:00出発、山口方面に行こうと思ったが、津和野に向っている。萩方面を目指していたはずが、日原で方向を間違ってしまったらしい。津和野に入り萩に向うが、ダラダラ上りで自転車を漕ぐ事が出来ず押して歩く。途中で雨に降られ雨宿りする。島根は昔からの伝説の多い所と聞くが、その面影が道路の傍に四角い石にしめ縄がはってありそれが違和感を、感じないのである。ここまでの旅で地元の人に道を聞いても、表情や話し方がその地方によって違っているのを感じる。それぞれの県民性と言うものがある。私のような道産子は(自分では昔からの道民と思っている、それは本家が松前であるから)本州からの移民が多いから、地方独特の特徴が無いと言って良い。それだけ歴史がないのと、それぞれの地方出身者が混濁しているから、伝統的なものが残らないのであろう。今日も途中の道の駅で、地元の人に道を聞くと走りやすい方向を教えてくれたので、その道を走行するが走りやすかった。聞いた人がサイクリングを日常行っていたので、道を知り尽くしていたからなのであろう。今日は須佐に泊まる事にした。
2014.07.18
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今回のような情報の売り買いが行われているのが情報社会の現状です。今回はSEが関わっていた事に、同業者だった私は腹が立ちますがもし私が若くて、世界的に通用するデータ関係で仕事をしていたら何処からか1億円で買うからデータを持ち出してくれと言われたら考えてしまうでしょう。これはコンピュータのデータ関係に携わる人には起こりうる事があると考えていい事なのです。この様に考えると、今やポイント等で加入を促すサイトも増えて、それに加入する人も増えて来ました。そのデータも住所や電話番号等を入力するのが多いです。それは企業にとっては色々面で使えるし、宣伝の為にもネット社会では必要なのです。各企業がそれだけのデータを集めるのには、相当な費用がかかり人件費も膨大になりますが、1回でデータを取得できるなら多少の金額は払った方が楽ですし、金額も少なくて済む。これがビックデータ時代の問題点に成る事は間違いないでしょう。前にも書きましたが、国民総背番号制を取り入れた場合これはもっと厄介な問題になるでしょう。そこには個人的な収入や社会保障番号など詳細に記される事になりそれが流失したら、個々の財産関係も分かりますので悪用するには持って来いなのです。この様に一般の人は安易に了解して、導入を受け入れる事に成るがその前に法整備を行ってから導入を行わなければ、問題が起きた時は、すでに遅しの状況に成るでしょう。ただ法整備でも、それを掻い潜って悪用されますし今回のように持ち出しされたりした場合は手がつけられません。今や個人情報等を加入する前に見るように成っていますが見ている人は極わずかでしょう。そこには相手に対する信頼があるからと、大企業だから等と思って加入をする人も多いと思います。ましてや国民総背番号制は、国がやっているのだからと安心する人も多いと思います。私からすると一番当てになら無いのが国だと思ってます。それは内部的な問題は全部外注に出すのが国のやり方ですから私も一時期、国の関係の仕事をした事がありますが最終チェックのみで、システム内容はこちら任せが現実です。確かにシステムのプロはいませんから、任せてしまう事は分かりますがシステムを作る側も資金が決まっているので、深くまでは作れません。本当はこうしたいのだがと思っても、資金が足りない為に赤字に成ってまで作る事は出来ませんから、同時に期限内に納品となれば手抜きが起こります。これでは抜け道はいくらでもある事に成り、それだけの効力を発揮出来ない事に成ります。この問題を解決するには、コンピュータ自体に感情を持たせる。もしデータを詐取しようとしたら、今の状況は問題ありとコンピュータが判断して起動を止める。同時にコンピュータ自体に学習能力を付けて、善悪の判断を付けさせる。これなら一時的にも問題の解決は出来ますが、この様に作ったとしても、そのシステムを作るのは人間ですから、その上を考える人が出て来る。この様に考えると情報化時代の恐ろしさが分かると思います。だから安易に信頼すべきでないし、自分の事は自分で守る事それが重要な事であると思います。
2014.07.18
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第三十四日目(9月9日)網野町を6:00出発、178号線を走行する。海岸線の走行を選択したが、これは間違いであった。峠が多すぎるのである、岩手以来の自転車を押して歩く回数が多くなってしまった。海岸線を走ると平地が多いと思い込んでしまっていたのである。秋田のから象潟の海岸線は走りやすかった、それとは反対で丹後、但馬の海岸線は自転車には適さない道である。今日は鳥取の手前、網代まで来た、この旅も一都一府14県を通って来た。殆ど海岸線を通って来た、距離は、どの位越えているであろう。地図での距離以外に無駄な走行を行っていたので、相当になるであろう。昨日の自転車の故障で、この旅を終えようという気持ちになっていた。終点の無い旅に出て、何を終点目標にしようか考えていなかったのである。一つは自転車が故障したら諦めようとは思っていた。ママチャリ旅行記であるから、主役のママチャリがなければ物語にならないからである。第三十五日目(9月10日)網代6:00出発、鳥取砂丘の途中で洗濯する。久しぶりの晴天での走行である。気分的には爽快であるが、懐は土砂降り状態で反比例している。洗濯と身体を拭いたりして砂丘に向って行く。砂丘の見える休憩所で洗濯物を干している間休憩する。休憩所を12:00出発、海岸線を走行して行く。この旅で人間は食べ物があれば、何とかなるものだと言う事を感じた。後は暖かい地方であれば生活が出来るものだと思った。私がドミニカ共和国に行っていた時に、現地の人が働かないでも生活出来るのかと疑問に思っていたが、そのような状況になると人間は生きようとして努力するものなのだと思った。でも、文化が発達して食も住居も進むと、人間は贅沢になり上を求めるのでお金が掛かるのである。それと同時に街に出ると色々な食べ物や物が氾濫しているので、目に入ってくると欲望が出てしまうのである。何も無い自然の中に居たら、自然の中から探し出したり、工夫して何とかしようとするのである。今回の旅で私も自然と付きあって来たが、本当の自然ではない人間の作り上げた自然のような気がするのである。今日は道の駅「大栄」に17:30着で泊まる事にした。第三十六日目(9月11日)道の駅「大栄」は24時間トイレ開放なので、ドアの開け閉めで音がうるさく寝る事が出来なかった。6:45出発、米子方面に向う。今日は13:00まで平地が続き、目的の米子を過ぎて境港まで足を伸ばし、松江まで行く。境港で大橋を渡るが歩道が狭くて危険を感じている。松江では街を探索して松江城を見に行く。この街は城下町の面影を所々に残していると思った。最近途中で会う子供たちが挨拶をするのに感心する。まだ、まだ日本も捨てたものでは無いと感じながら、挨拶を返していた。特に地方の子供たちに、その傾向が強い、中学生低学年まで相手から挨拶するのである。都会では他人に対して挨拶したら変に思い、危ないと感じるので挨拶なんてしたら、親が知らない人に声を掛けるのでないよ、危険だからと言うであろうが、また学校でも、そのように教えるであろうが、田舎ではそんな事、意に介せずに挨拶している受けた方も心が和む。これが本当の人間の繋がりのように思うが、都会は殺伐としているからしょうがない部分もあるが、もっと人間らしい教えをしてほしい。私は北海道生まれで、東京に出て来る時に言われた事がある「東京は人には気をつけなさい、恐ろしい所だから」と言われた事を思い出してしまうが、私は田舎者なのか、今回地方を走行して何か人間に会えたような気がする。今日は松江の外れの綺麗なバス停で泊まる事にした。
2014.07.17
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前々回に書いたが、SNS関連であるが今の時代はネット社会に乗り遅れると情報が入らない。だが、そこには落とし穴が多数ある事を考えなければならない。特に60代以上の人がネットに関わる事は充分に注意が必要である。私はシステム関係を40数年やっているが、60代の人がPCの発展する頃に一番排他的な態度を示したのである。システムの構築で、今の60代の人たちが非協力的であった。だが、ここまでPCが発展して、取り組まなければならなくなった為に今は60代の人たちがPC教室に通うようになり色々覚えだしたが、この人たちが一番危ないと私は感じている。今やネット社会でPCを覚えて、色々なサークルなどでネット会話を行っているが、そこまでなら良いのであるが、中途半端に覚えている為、危険性も高いのである。もし私がPCで悪用的な行為を行うなら、この人たちを最初に狙う。それは一番騙し易いからである。操作だけは分かっていても、システム内容が分からないので簡単に、それなりのメールを送るだけで開く率は90%と私は考える。この年代は操作できる事に変に自信を持つタイプが多い。だが、操作はあくまでもアプリ(ソフト)内だけとネットだけでありあくまでも操作にしか過ぎないのである。同時にこの年代の方は、中身(システム)を理解していない為に、疑問が生じた場合でも動かす行動(色々な操作)に出る。動かして変な状況が表示された時には、遅きに居たりでありそこから回復不可能になり、パニックに陥る。この人たちはパニックになると、色んな行動(操作)を行う傾向がある。私も海外で日本人の専門家が報告書等を作成する為にPCを持っていて、幾度も問題が起きて対処を頼まれたが対処する場合でも、その状態に成った状況が、何で成ったかが分かれば対処も簡単なのであるが、それを覚えている人は殆どいなかった。それは自分なりに試行錯誤して、動かして最終的に分からない事に成り、私に頼んで来るのである。それでも最後に、どの様に操作したかが分かれば辿って行けば、ある程度の対処が速いのであるがそれも覚えている人は少なかった。これは教える側にも問題があると思う。教える側は誤操作を意識して教えない傾向が強い。私も短大や専門学校で教えたが、私の、想定範囲外の問題が起きる事が多かった。若い人でも、その様な状況であるから、ある程度の年齢の行った方だと、私たちが考えられない事をやる事が多いのである。まず問題が起きた場合は、自分の操作した過程を覚えて置く事をお勧めしたい。基本的には問題が起きた場合は、対処出来ないと分かった時点で分かる人に聞く、その場合も最初に行って問題が起きた操作状況を伝える事が大切である。現代社会で情報化が進むうえで、どうしてもネットに関わらなければならなくなるが、ネットに対して過信は禁物である。同時に今まで長く使っていたのだから、このくらいはと言う自信も禁物である。私も40年以上の経験があるが、この業界の発展スピードは速いついて行くのにやっとですし、私はコンピュータを信じていません。それだけ危険なものであり、便利な物でもあるのですが便利な物だけに、犯罪に使われる可能性が高いのです。前にも書きましたが、情報漏えいは、これから頻繁に起き同時に、その情報が他人に使われる事を前提とした考え方でPCとは付き合って行かなければならないし、無線(WiFi)での通信も傍受される事も考えなければなりません。
2014.07.17
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最近狂っているのは異常気象だけで十分なのですが、世界的に色んな部分で狂ってきている感じがする。特に日本の政治家は、物事の優先順位を考えもしないで数の論理で、ごり押し政治を行っている。民意など考えていないし、自分たちが数の多いうちに面倒な事はやってしまえと言う考え方にしか見えない。これで選挙が近くなると民意を踏まえた事を持ち出しマスコミをコントロールして選挙運動を始める。それに乗っかって投票を行う国民、それが今の日本である。今の政治は古い自民党時代の体質を再現しているにしか過ぎないように思えてならない。大企業優先で資金を吸い上げる為に、セールスを行い数の理論で民意を繁栄させない、ごり押し法案を可決。同時に庶民の味方ですよと掲げていた部分与党も同調して自己保身を守り、与党はその部分与党の団体集約力をあてにして古だぬきの議員は、旧自民党体制と同じ方向性で進んでいる。今の政治家は進歩も無いし、学習能力も無い、昔体質の政治家が揃って大声で、国民を守るためには等と戯言を言っているだけである。この状況にSNSでは一部反発もあるが、大多数の国民は当たり前だと思っている。世界の状況は変化しているのに、日本の国民の考え方も政治家の考え方も変わらないのが、今の日本である。このままの状況で日本国が進んだら、どうなるのであろう。その疑問が湧かないのであろうか、国民は?そこが不思議である。部分与党を後押ししている宗教団体は、初期の頃は庶民の貧しさから生まれ出たものである。ところがバブル期からは、政治圧力団体に変身したのであろう。今では政治的な団体化しているが、今回の集団的自衛権に関しても支持政党は賛成している。今や宗教法人では無く、ただの圧力団体化した集団である。日本が平和憲法のもとで国際的に尽力して来たが金だけ出すが人は出さないと言われて、その対抗処置として後方支援で人を出し、次に今の政府が考えているのは最前線に人を出す事であろう。これは、今後日本は後ろで応援しているが、死者を出している国があるのに、日本は表に出て来ないと言われたら、必ずや日本政府は最前線に人を送るであろう。上記の事は国際紛争での他国での場合である。その様になれば日本国憲法の戦争放棄はどうなるのであろう。どの様に解釈して国民に説明するのであろうか。ましてや与党の幹事長や今回の法案政策を作成した議員が徴兵制度もありのような発言を行っているのは日本は戦争準備を致しますと言っていると同じである。平和憲法はその時点で崩れ去る事になるし、日本の現在の人口から考えて、そのような行動を起こしたら日本経済も終焉を迎えるであろう。このまま突っ走る与党は政治家では無い、政治屋団体でありそれに騙された国民も、何処かが狂ったとしか言いようがないあのような事を議論するより先に、もっと違う事をやるべきでありそれが政治家であろう。この件を先にやって、選挙近くに成ると国民問題に関連した行動を起こして国民を騙すのであろう。それが昔の自民党のやり方であり、進歩のない政治家ばかりである。当選回数が多ければ政治を旨くやっていると思う国民も問題があるが過去を追い掛けても、過去は過去であり、新たな物を求めなければ時代に対応しない事ぐらい誰でも分かるはずなのにそれをしない政治家と国民が日本であろう。
2014.07.16
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第三十二日目(9月7日)舞鶴6:00出発、天の橋立に向う。宮津市付近で、またも雨に降られる。いささか雨にうんざりする日々である。100円ショップで雨具を購入しているが、着用すると嫌な汗をかくので嫌いなのだが、このところ着用も仕方が無い状況である。バス停で雨宿りをしながら、汗を拭いていると地元のお年寄り(女性)も雨宿りに来た。話し掛けて来た言葉が関西弁(どちらかといえば京都言葉)なのである。京都に近い言葉なので、私が昔、無銭旅行をしている時に大阪駅で話しかけられた京都の女性を思い出した。あの時は、こんな優しい言葉遣いをする人が居るのだと思い、頭の中がボーとなってしまった事がある。そのときを思い出していた。本当に京都に近い言葉は、柔らかいし優しさを感じる事が多い。最近はテレビなどでも聞きなれてきたので、あまり感じないが、二十代の頃は初めて聞いたので本当に言葉だけで、その女性が美人であるような錯覚になっていた。それと同時に、南に下がってくるほど、地元の人と自分の間に違和感を感じてしまうのである。それは言葉も関係あるかもしれないが、仕草にも何か違うものを感じるのである。私は北方民族なので南の人達との違いを感じるのかもしれない。何か風習的な事もあるのか、雰囲気が違っている。新潟、富山あたりまでは、そのような違和感は感じなかったのであるが滋賀県、京都府あたりから、自分と違う雰囲気を感じるのである。何か関西と関東が違う雰囲気があるが、それに似たものなのかも知れない。そんな事を考えながら走行していると、何もない山道に差し掛かってしまった。しょうがないので、伊根町のバス停(峠の入り口)で野宿することにした。第三十三日目(9月8日)伊根町のバス停を6:00出発、これから峠越えである。上り下りが多く岩手の峠を思い出す。思い出すとは、この旅もそれだけ日数がたったのであろうと考えてしまう。今日は殆ど自転車を押していたが、とうとう自転車が悲鳴を上げてしまった。この旅で始めてのパンクである。パンク用の用品を買っていたので修理するが、パンク修理も始めて行ったので、失敗してしまい。チュウブを傷つけてしまい、使用不能にしてしまった。新しいチュウブに取り替えなければ走行不能になり、町の自転車屋を探すが無いのである。網野町農協の小さなガソリンスタンドに行き、聞いてみると自動車修理工場が自転車の修理も、やっているとの事で紹介されて向う。パンクが後ろなので、タイヤを外して取り替えることしなければならず、その修理代を含め3,000円とのことなので、自分で外すのでチュウブのみの購入をお願いする。その時に言われたがタイヤも限界に来ている、溝も無いので取り替えなければならない状態に来ていると言われる。でも、それを取り替えたら飲まず食わずになりかねないので、あきらめて教えてもらいながら後ろタイヤを外し、チュウブを取替え、チュウブ代1,000円を支払う。今日は自転車の修理などで時間を掛けてしまったので、食料を買い込み公園で野宿を決め込む。
2014.07.15
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人間は依存したい心理が強い動物なのかもしれない。私も、その傾向は強いが、最近は特に、その様な言動を聞いたり、観たりする率が多くなって来た。共存共栄と言う言葉があるが、これは互いの存在を認めともに栄えて行くと解釈するが、それが崩れつつあるのが日本なのではないかと思える事が多くなって来た。SNSの発達により色々な情報が伝わりやすくなったために私たちが今まで考えていた常識的に問題がある事も何の違和感も無く伝わり流れて来る。一般的な常識では考えられない事が、私たちの情報として伝わり、それに対する意見も多数ある。これには問題ではないが、この問題を面白おかしく茶化す事も見受けられるように成って来た。確かに、これだけの情報社会に成って来たら伝達速度も速い。同時にそれに対する反応も速いが、そこで考えなければならないのはそのように伝わる問題に対して、自分たちは、どの様に対応すべきかである。世の中は多種多様の人たちが住んでいるし、環境も違っている。それによって意見も多様である事は良いが、茶化し等では無く自分なりの考える意見を言うべきである。私も何回か困ってネットで問いかけたが、真面目な意見もあるが茶化した文面もあり、私はあまりネットで問い合わせる事をしなくなった。基本的に私はシステム屋であるが、コンピュータの弊害には危惧していたタイプなので、この様な弊害は出て来る事は予測していたが色んな面で情報過多の時代に成り、それによって混乱を招く事は避けられない時代に成って来た事は、皆さんが認めるべきである。情報過多になると、共存共栄ではなく依存弊害に成りかねない。同時に情報過多で人間関係にも問題が起きて来る。実際、ネット上で「保育士が妊娠して職を辞した、これに母親が反発して、何故に今辞めなきゃならないのか」などと言うアンケートがあったりする。上記の問題は通常なら、ごく普通の事であるが、その地域では問題になっているとの事で、辞める事に問題があるか、などのアンケート項目があるが、こんな事がネット上で行う自体が問題であろうし、常識的に考えても、この問題は母親側の我儘にしか思えない。この様に今まででは考えられない、問題や情報が入って来る。また、個人情報の流失問題、これは当たり前に起こると事件である。その様に考えてネットやコンピュータを使わなければ、もっと大きな問題が起きるであろうし、その対策を取らないで国民総背番号制を導入したら、取り返しのつかない問題が起きるであろう。(これは前にも書きましたが)基本的に政府や官僚の行っている事が甘い、遅い、無知であり対応の仕方も前記のごとしであるが為に、今後ももっと問題は起きるであろう。基本的にビックデータ時代に成り、個人情報がここまで膨大になったら流失は避けられないし、一般市民もそれを覚悟して情報を入力しなければならない時代に成ったのである。コンピュータに感情があれば別な部分で防げますが。
2014.07.15
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第三十日目(9月5日)式部温泉「湯楽里」を立ち8:00出発、敦賀に向う。どれだけの峠かと思いつつ36K走行するが、思っていたほど難所でなかった。敦賀に早く着いたので小浜に向うが、時間があるので、敦賀市内を見て歩く。敦賀はちょうど、お祭りであったが、屋台の数が半端じゃないほど出ているのである。私もこんなに沢山の屋台は始めて見た。加賀の大聖寺の寂しいお祭りも初めてであったが、ここの屋台の数は凄い。地元の人に、お祭りの事を聞くと「このお祭りは、ダラ祭りと言って9月2日から9月15日まで続く」のだそうだ。ダラダラと長い間お祭りが続くから、そのように言うのだそうだ。地方によって独特の御祭りがあるのを感じた。私の育った北海道は移住者(維新での敗戦者や開拓を志した人)が多いので、盛大なお祭りも少ないような気がした。そんな御祭りを横目で見ながら小浜に向う。今日は小浜に泊まる事にして、駅前で今日の宿を探すと民宿で部屋が開いているとの事である。ホテル(ビジネスも含めて)は地方によって宿泊金額が違う、部屋の大きさもあるが、同じような大きさの部屋でも金額が違うのである。綺麗なホテルでも安いところがある、汚い感じのホテルが綺麗なホテルより高いのもある。地方によって金額が違っているのである。その地方の物価指数によって違うのであろうか?昨日、泊まった「式部温泉」はビジネスプランなるものがあり、一般料金の三分の一の価格なのであるが、食事やサービスが違っているのだ。この温泉は紫式部が祭られている神社が近くにあるで、その名前になったそうだ。今回の旅で初めて温泉に泊まった。ここまでの旅では多くの温泉地を通過して来たが一度も泊まらなかった。今度旅行する時は、温泉めぐりをやってみたいな気持ちがする。その時は、ママチャリは願い下げであるが・・・・。 第三十一日目(9月6日)小浜8:00出発、舞鶴に向う。資金も少なくなり、それと正比例して気持ちも落ち込んでくるものである。また、これだけの日数、旅をしていると疲れが蓄積されて気持ちも重くなる。ましてや天候も左右して、これほど雨や曇りの日が多いとなお更なのかも知れない。特に舞鶴は私が昔一時住んでいた小樽に行くフェリーが出る港なのである。一度、フェリーに乗った事があるが、安くのんびり旅行するには良いものである。二等船室の畳の処であったが、寝転んでのんびりしていたし運賃も列車や飛行機の3分の1くらいであった。そんな事を考えていると、気持ちが揺れ動いた、北海道に行こうか、兄弟や子供たちに会いに行こうか?望郷の思いを感じながら、港を見ていた。そんな葛藤しながらフェリー港の近くで泊まる。
2014.07.14
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今回のWカップ、ドイツの優勝に成りましたね。私はアルゼンチンを応援していましたが残念。2009年から2010年までブエノス・アイレスで仕事をしていたので、どうしてもアルゼンチンに勝ってほしいと思っていました。また、SNSでブエノス・アイレスの友達ともやり取りしているので尚更なのですが、アルゼンチンではサッカーが盛んなので大盛り上がりだったでしょう。アルゼンチンは国内リーグでも人が幾人も死ぬくらい、盛り上がる国ですから、今回のWカップでは異常なほど盛り上がった事でしょうが結果は準優勝に成りました。私がブエノスアイレスに居た頃、メッシーがヨーロッパから地元に里帰りしていた時に見た事がありますが、メッシーは子供の頃、病弱で難病持ちであったと聞きました。それを克服して今のような立派な世界的に有名な選手に成ったそうです。メッシーはアルゼンチンでは難病では助けて貰えなかったのですが彼はアルゼンチンでは、難病の子供たちを援助していました。メッシーは子供の頃からサッカーでは天才的な素質があってアルゼンチンチームに入っていましたが、難病で背が伸びないので苦労したみたいです。それをスペインのチームが治療費を出してくれて、今のメッシーが存在するのですが、アルゼンチンチームは治療費が出せなかったが、彼はアルゼンチン人として誇りを持っているのでしょう。だから、スペインのサッカーリーグが終わると、必ずアルゼンチンに帰国していました。普通なら見放されたと思い、帰国はあまりしないと思いますが彼の良い所はアルゼンチン人として誇りを持っている事でしょう。自分の苦しみから抜け出して、今の自分を作り上げてくれたのは親であり国であると思い、そこ気持ちを世界のメッシーにしたと思います。この様な気持ちを持つ事は自分にプレッシャーをかけますがそれに負けない自分を作り上げるのだと、私は感じました。今の日本では考えられない部分をメッシーは持っています。それは感謝です。親に感謝、そして国に感謝、助けてくれた人たちに感謝それが人間として大切なものである事を日本人は忘れているのでは無いでしょうか。
2014.07.14
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第二十七日目(9月2日)金沢7:00出発、国道8号線を行く。今日の予定として加賀から福井方面に向うが、途中で雨に降られる。今日は午後から雨の予報であり、何処まで行けるか分からない。加賀の大聖寺で雨が強くなり公園で雨宿りすると、地元の人も雨宿りしていたので安宿を聞いてみる。近くの旅館を紹介される。探しに行ってみると昔、薬の行商の人達が泊まって居た所で3,500円(食事なし)であったので泊まる事にした。宿に着いたら雨が止んでしまったが、泊まる事にした。今から福井に向っても暗くなってしまうので、この街でも探索することにした。街と言っても小さい街であるので、見るものもあまりない。探索していると神社のお祭りをやっていたが、屋台も少なく旗竿も立ってない寂しいお祭りを見たが、私はこんな寂しいお祭りを見た事が無かったので、地元の人にお祭りの事聞いてみるとこの後に「加賀十万石祭り」があり、そちらが盛大にやるので、こちらのお祭りは寂れてしまったとの事である。近くにお寺が十数軒並んだ通りがあると教えてもらい、そちらに行ってみる。確かにお寺が連なって並んでいる。仏様が喧嘩をしないのかと、ゲスな考え方をして見て歩き図書館でこの街の歴史を見てみる。第二十八日目(9月3日)大聖寺(加賀)を7:00出発、昨夜は強い雨が降っていた。途中まで行くが雨に降られて立ち往生、出発時の迷いが当たってしまった。強行が裏目に出た状況である。テレビで報道されていたが、二、三日前大雨で被害が出ていたのを見たが、私の旅では、そこまでの問題は無かった、ここ数日は雨に祟られている状況であるが。今日の朝のテレビで、こちらは大雨になるとの予報(大雨警報)が出ていたのである。バス停で雨宿りするが、雨は止みそうに無い。小雨で強行に走行開始するが、衣服はズブ濡れ状態である。今日は鯖江泊まりとする、走行距離が伸びない。こちらも肌寒くなってきた。雨宿りしていると観光バスが通り過ぎる、バスが羨ましく思ってしまう。第二十九日目(9月4日)鯖江を9:00出発、敦賀に向おうとしたが、峠越えを考えてしまい鯖江と越前の街を周って歩く。前々日の親不知越えが応えているのかもしれない。それと今回の峠はNETで見ると手強そうであるから、疲れている現在では問題があると思っている。今日は越前の「式部温泉」に泊まる事にした。今日は温泉に入浴して疲れを取りたいと思っている。ここはビジネスコースで価格も安いし、今日の部屋は露天風呂つきである。何か得した気持ちになっている。ここのところ雨などで走行も延びず、気分が落ち込んでいる状態なので温泉に入り気分転換に良いのかも知れない。でも此処まで来るに時間が掛かった。国道も新しい国道は車専用であり、自転車通る事ができないのである。ここまで走って来て幾度か、そんなことがあったが、今回はひたすら走っていると急に車専用の看板があり、戸惑ってしまった。車時代を感じて、もう少し自転車の専用道路を整備してほしいと思う旅である。
2014.07.13
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最近、気象も異常であるが、日本国の政治にも異常を感じている。大企業の減税を行う事を決めて、それに対する財源をどうするかを議論されているが、携帯税やパチンコ税など庶民に求めようとしている。このような政治では国民の事を考えた政治ではないと思う。それは国民の事を考えて政治を行っているのか?今の政治は大企業を優先しているのは確かである。安倍総理大臣は外遊に企業経営者を同行させたり、大企業の商品をセールスしたりと、原発等を、輸出を率先して行っている。それに加えて減税処置を政府は発表、これは大企業から政治資金を受け取る為の行動にしか見えない。そのツケを国民に負担させようとは、それが政治家のやる事なのかと疑問を感じてしまう。これは、国民は「お上」の言う事は聞くしかないからと国民の負担させておけば、自分たちには大企業から恩恵があるし国民は政治資金の糧にはならないので、弱者に負担させれば良いと言う考え方なのであろう。同時に消費税も10%に上げて、なおかつ大企業優先は変わらない。同時に消費税に関しても使途は明確でない状態である。これで携帯税等を国民に負担させ、日本国の借金は国民が払えその為の政治を俺たちは行っているのだと言う政治家。私から言わせると大企業減税や携帯税等を考える前に自分たちの無駄な議員を削減しろと言いたい。そちらを先にやるのが政治家であろう。自分たちの襟も正さず、負担は国民にさせれば良いと言う考え方は政治家の資質を疑う。そもそも政治とは何かを分かっているのか、今の政治家は政治は国民の為にあり、国民ありきで成り立つのである事を理解していない政治家ばかりである。基本な部分が欠けているのは政治家であるし、違憲と判断されてなおかつ政治を行っている事態、日本の政治は、ねじ曲がっている。まず政治家自身が襟を正し、政治は誰の為に、誰に選ばれて政治を行っているかを考え直すべきである。次に、この様な政治体制を作った、我々国民も反省して意見ははっきりと言うべきであり、選挙の時のシガラミやなれ合いをもう一度考え直すべきであると思う。
2014.07.13
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第二十四日目(8月30日)黒部7:05出発、魚津7:20、滑川8:00富山に入るが市街は国道より中に入る。距離は20K位なので国道8号線の富山到着が10:30となった。今までの道はアップダウンが多少あるくらいで、走行しやすかった。休憩所(公園)で自転車を洗車する。タイヤが少々減り気味であるが、故障もパンクもしていないこの自転車はママチャリであるが、丈夫だ。また此処まで走行して来て、自転車屋が無いのを気が付く。国道沿いには無いのであろうか?町の中の商店街にでもあるのであろうか?今日の朝の天気予報があたり、12:00過ぎに雨が降り出す。雨が強くなってきたので富山泊まりにする。明日は金沢に向うつもりだが、大きな峠があるので今日は鋭気を養うつもりである。富山市街は国道から数キロ走らなければならなかったが雨の濡れながら走り、ビジネスホテルを探す。富山のビジネスホテルに泊まる。ホテルの側は歓楽街のようだが、私はお酒が弱いので食事をするためにブラブラして歩く。第二十五日目(8月31日)富山7:40出発、41号線を通って砺波経由で金沢に13:00に到着。昨日金沢に行くまでに、大きな峠があると聞いていたが、岩手県の峠よりは、たいした事がなかった。はじめに岩手の難所の峠を越えていた事が、多少の峠は驚かなくなった。確かに自転車を押して歩く事1時間30分くらいで、途中上り下りを繰り返しが二箇所あったが楽な感じであった。前にも書いたが、私は仕事でも最初に苦しい事をやってしまう傾向がある。後が楽だから先に辛い仕事をしてしまう。今までの経験からも難問を早くやってしまうと、次の仕事が楽に出来る事を知っていたから何事にもそのようにする事にしている。ただこれも問題がある。難問に力を入れ過ぎ、余力が残っていない事がある。そんな時は別なパターンを考えたりした。 ところで現在の自分は、炎天下で皮膚は炎症を起こすし、お尻は痛くサドルに坐るのが辛い状態になっている。こんな事で休憩日を設けなければと思う状態である。 第二十六日目(9月1日)今日は休養日として、金沢の街を探索することにした。天気も良く、昨日泊まった富山のホテルで抽選があり、3,500円で泊まったのであるが、朝の抽選で5,000円のホテル限定の商品券が当たったのである。その券を利用して今日は泊まることにした。オフシーズンで、このホテルも安く済み、二泊しても10,000円であった。実質的に5,000円で二泊した事になる。部屋も奇麗で過ごし易かったし、駅にも近く便利なところであった。意外とお勧めかもしれない。金沢城や兼六園などを回って歩くが、思ったほどの感動がなかった。ましてや兼六園は表から見るだけにした、それは入場料が取られるからである。なんとも侘しい旅であろうか。だが、お土産店に入り、衝動買いをしてしまった。これは私の悪い癖で、よく衝動買いをして、後で反省してしまう。
2014.07.12
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人の優しさは、内面から出て来るものなのでしょう。それが本当の優しさだと思います。優しさは人それぞれの人生の歩みによって、個性があるものだと思うのです。また、家庭環境も影響する事は確実でしょう。それぞれ育てられた家庭のぬくもりがある所には、それなりの温かい思いやりが生まれ、荒んだ家庭には何が足りない部分が出て来るのかもしれませんが、反面教師と言う言葉もありますから別な面で温もりの、ある家庭で育った人より、苦しみが分かりそれが別な面で優しさに変わると、私は思っています。人生は人との関わり合いで成り立ちますが、若い時は自分の夢に向かうだけで、優しさを表現する力は小さいと思うのです。私も自分の若い時を振り返ると、今考えると「何て嫌な奴」と思われていたくらい自分中心に考えていたのです。あの頃は貧しさから抜け出す事が主であり、周りを見やってやる余裕などなかったと思います。同時に自分の中に籠ってしまっていた部分もあり、人に優しさを与える余裕も無かった時期でした。若い頃は与えると見返りを求める、それが無ければやらない方がいい、そんな考え方に成りがちです。それは若さから来るものであり、悪い事では無いと思うのですがそれを、ある程度の年齢まで引きずると、多少問題が出て来るでしょう。ここからは私の言いたい事を書きますが、上記のように家庭での育ち方によって、その人の行動範囲が変化するこれは人を思いやる気持ちが育つ過程であると思います。今や日本の国政を担う政治家は、国民を思いやる気持ちがあるのか疑問に思う今日この頃です。御坊ちゃま育ちで政治家の家庭で育った連中は、政治家は金と権力が主であり、次に選挙で勝つ為の事しか考えていないのが現状でしょう。本当に国民の事を考えているなら、某幹事長のような懲兵制度などを口に出すでしょうか。確かに日本国が攻められたら戦うしかありませんが、もし政府の見解で他国での紛争に自衛隊が最前線で戦う事になったら死者も出るでしょう。総理大臣は、その様な他国の戦争に巻き込まれる事がありませんと発言しているが、日本はお金だけ出して人は出さないと言われ後方支援ならと言って自衛隊を出したのです。今後世界から日本は戦わないと言われ、同盟国が窮地なのに助けない国と言われたら、自衛隊を最前線に出す事に成るでしょう。そうなれば日本国憲法の戦争放棄は崩れ、新たなる軍国主義的な道を辿って行く事に成りかねない。今の政治家は戦争に行ける歳ではないし、私も同様であるが本当に日本を考えるなら、今やるべき事は他にあると思う。それが分からない政治家を選んだのは、私たちである事を忘れてはいけないと思う。次世代を担う若者たちの為にも、私たちは反省すべきでありそれが別な面で若者たちに優しさを教える事に成ると思う。
2014.07.12
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第二十一日目(8月27日)7:00出発、こちらの道路は走りやすい。国道に沿って農道が整備されている。農道も広くて舗装もされているし、車も殆ど通らないので自転車専用道路の感がする。私一人の道路のように昨日から走行して来た。新潟県は道路が整備されていると聞いた事がある。かの有名な田中角栄首相の恩恵で道路などが整備されたとの事であった。また、平地なので走りやすい事もあるが、何か無駄を感じる思いである。これだけ整備されていると、維持費が大変であろうと思ったりする。自転車などで通る人には鼻歌を口ずさみながら走りたい気持ちになるし、傍が田園なので爽快な気分になる。農道は国道並みの道路であるが、政治家の強さ弱さによってこれだけ変わるのは疑問に思う。今日は柏崎泊まりとする。ここのところ疲れが早いのか、走行距離が伸びていない。天候も雨が多いためもあるし、ここまで休息日が一日だけだったからかもしれない。第二十二日目(8月28日)柏崎を8:00出発、国道に出ようとして駅前の交番に聞く。ところがお巡りさんが適当に教えてくれたので、周辺を一時間近く走行して、道を歩いている人に聞いて、やっと国道8号線に出る。不親切なお巡りさんに腹を立てながら走行開始する。上越市近くで雨に降られ糸魚川に向うつもりが上越泊まりに変更する。ここのところ雨が多く、自分の思っているような走行が出来ていない。雨嫌いの私は、雨によって気分も滅入るし景色を見ながらの気分にもならない。ただしたすら、南下しているのだが、資金的な事も考えなければと思いながら旅をしている。第二十三日目(8月29日)直江津(上越市)を7:30出発、糸魚川まで自転車専用道路があり爽快な走りが出来た。こんな道路がある事を始めて知った。34Kも続いていて走りやすい、この道路を使って自転車の全国大会などを行ったら糸魚川も有名になるのではと思いながら走行する。気分良く走ったのも此処まである。楽あれば苦ありで、この旅最大の恐怖を味わった。親不知のトンネルであるが、歩道も無く道幅が大型車の幅、対向車とすれ違うと両側の壁いっぱいの状態なのである。それに大型車の走行が多く、トンネルの数も多く距離も長い。トンネルの中は暗いから自転車を押していると、後ろから来る車に轢かれるのでないかと思う。曲がりが多いので恐怖感ばかりで、生きた気持ちにならなかった。今までトンネルを数多く走行したが、此処みたいな所は無かった。トンネルは自転車走行には危険が伴うが、この親不知だけは別格の思いがある。こんな難所が、これから無いように、お願いしたいと思いながら無事に何とか通り過ぎた。通り過ぎた時に自分は、生きていたと感じたくらい恐怖感があった。恐怖感を味わった後に、道の駅で食事を取る。海産物やズンダ餅等があり、あの恐怖感から逃れられたご褒美に、色々食べた。今日は黒部泊まりにした、疲れもピーク状態である。
2014.07.11
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人の優しさとは何かと感じてしまう事が多い。人はそれぞれの生き方をして来て、そこから優しが生まれるのだと思う。私も優しさを持った人間に成りたいと思うが、中々その様な人間にはなれない。人間として生きて行く事は、周りとの交わりがありそこから邪心や妬み等も生まれ、純粋なる自分を出せないのが人間なのであろうと思うが、時には立ち止まって自分を見つめ直したい時もある。その時に感じるのは人として生きて来たのか、誰かの為に自分は何かが出来たのかと思ってしまう事が多い。生きている以上は色んな欲望を持つのが人間であろうと自分は思っているが、でも、その中で多少なりでも人に優しを分け与えられる人間に成れるであろうかと感じる。これも自分の長い人生で経験して来たからなのだがその経験を私は生かしきれないで終わるのかもしれない。でも、少しでも近付きたいのが、優しさを持った人間に。この様な事を考えるのは、私も歳を行ったからなのであろう。今の自分は人間として、まだまだであると感じる。それを感じたのはタイのCMを見てであるが、こんな人に成って見たいし、近づきたいと言う願望はあるがそれは私には無理だろうと感じている。でも、自分が今、高齢者や障害者のお手伝いに行く時はこのCMを見て、気持ちを新たにして行きたいと思っている。被災地に行く時も見て行く。下記のバーナーがタイのCMである。https://www.youtube.com/watch?v=uaWA2GbcnJU
2014.07.11
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第十六日目(8月22日)秋田7:00、秋田の公園を見ながら国道に出る。 道の駅「岩城」9:15到着、ここまで日本海沿いに走行する。軽い上り下りがあり、風のため思うように走れない。本日は象潟の道の駅で野宿することにした。ここまで八都県(東京、千葉、茨城、福島、岩手、宮城、青森、秋田)を通過して来たが、そこそこでコンビニが違っていた、千葉ではローソンだけだったり宮城ではKマートだったりと地域展開かコンビニ同士の協定があるのかもしれないと思った。ただ、道の駅は何処もパターンが同じように思えた。象潟の道の駅で鶴岡からバイクで竜飛を目指している女性と、自転車(軽快車)で横浜から北海道を周って南下している青年(23歳)と自動車で周っている青年(30歳)と色々話をする。秋葉原の無差別殺人事件の話になって、23歳の青年が犯人の気持ちも理解できる部分があると言い出すと、他の人も「そうだね」と言った。23歳の青年は「こんな旅をしている人も何か悩みを持って旅に出ている、だけど旅に出ている人は、秋葉原の犯人と違うのは、旅に挑戦しているから、あのような事をしないのだ」と言うのである。確かに彼も挑戦することが(殺人ではなく)あったら、あのような事はしなかったであろうと思ったりもする。第十七日目(8月23日)6:00出発、鳥海に近づく毎に風が強く走行不能となる。これほど強い風は始めてである。下り坂道でも走行出来ないので自転車を押して歩く。鳥海の道の駅で朝食(蕎麦)を食べる。秋田から山形方面の蕎麦は、私は好きである。だがモツ煮込み蕎麦なるものがあったが、新物好きの私も手を出さなかった。酒田から鶴岡に向う途中で雨になる。また、雨宿りして時間を潰すが、雨が止まないので鶴岡に向う。鶴岡に着いた時はずぶ濡れ状態で洗濯する。後四日ほど雨との天気予報である。第十八日目(8月24日)今日は休養日とする。朝から雨で走行出来ない状態なので、疲れもあるので休養する。ところがパチンコで臨時収入がある。70,000円第十九日目(8月25日)7:00出発、村上市に向う。道の駅「温海」アタミで休憩、13:30道の駅「朝日」で休憩。走行途中で女性の自転車旅行者を見受ける、珍しいと思ったら、また途中で一人会った。元気の良い女性がいるなと感心する。若いから出来るのだなと思いながら、自分も頑張らなければと思う。弘前から秋田までの日本海沿いは平坦で走りやすかった。ただ、風だけが強敵であるが、それ以外は走りやすい分走行距離は伸びた。昨日の臨時収入で、今日は豪勢に泊まろうと思って、村上市から神林の道の駅あたりで、宿を探すが中々無いのである。栄町の駅の近くの旅館で泊まる事にした。今日、村上市に向う途中でセミが鳴いていた。今まで鶴岡まではセミなど鳴いていなかったのに、南下する毎にセミの声がするのである。それだけ気温が上がり暖かいのであろう。明日は新潟に向う予定である。爽快に走行できるであろう。第二十日目(8月26日)今日は旅に出て二十日目である。長いようで早かったような気がする。7:30に出発、新潟に向う。今日は晴れて気温が高そうである。出発して途中まで風が強い、旅館の女将も言っていたが、この近辺は風が強いので有名なのだと。途中で風は無くなると言っていた。旅館では東京から鮎釣りに来ていた、六十代の男の方と話をしたり、釣って来た鮎をご馳走になった。相手の男の方は自転車で旅している私に対して、驚いていたようだ。同年代の男がママチャリで旅をしているのは、考えられないと言っていた。そのさい、相手は「ここから東京に帰られるのですか?」と問うてきた。私もソロソロ帰京を考えても、良いかなと思っていた。だが、東京に戻るには、ここからだと大きな峠が、幾つかあるので気分的に避けたい思いがあるので南下する事にした。道の駅で「加治川」で財布を拾い届ける。落とし主は学生のようで中身は、3千円ほどしか入っていなかったようだ。良い事をしたと思って新潟に向って走行する。途中で臨時収入を得ようとしてパチンコをするが、柳の下にドジョウは居なかった。今日は新潟泊まりとする。
2014.07.10
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年齢が行くほど健康診断の結果は聞きたくないものである。昨日、先にやって健康診断の結果を聞きに行った。結果は悲惨なるものであり、見たくもないものであった。元々血圧が高く通院して薬を貰っているのであるが血圧に関しては薬で安定していて、心配は無いのであるが他は悲惨としか言いようがない。メタボは合格(CT検査必要)とあり、体重も合格(6~7K減)食生活と運動で改善すべきと書かれてあった。そこまでなら自分でも自覚表情があり、納得していたので素直に認められたが、問診で追加事項が言い渡されたのである。それは心筋梗塞の恐れあり、今日スキャナー検査をして行きなさいと言われて検査を行った。その結果は現状では大丈夫でしょうと言われ、一安心したが次に痛風の恐れがあるので薬を出しますと言われ、まだあるのと自分なりにガックリしてしまった。確かに人生60年後半に成れば、ガタも来るのは分かるが年々何処かが欠陥だらけになって来る自分が情けなくなる。車なら中古車としても売れないで、ポンコツ置き場行きに成って来ている状態である。車なら部品を変えれば、そこの部分は再生されて動くが人間はそうは行かない。悔しいが、何とか、この危機を脱出したいものと考えているが考えが先行して行動が伴わない傾向が、最近見られるのでそれを、どの様に乗り切るかを自覚して行動しなければと思っている。だが、まだ負けたくないので被災地や地域の高齢者や障害者のお手伝いをして行くが、健康診断は受けるべきだが自分をへコませる部分もある。まず、第一段階の痛風は回避しなければと思っているがそれが出来るかによって自分が変われると思っている。でも、切腹を三回もやっているのだから、何処かが悪くて当たり前と諦めては居るが、でも切腹(手術)をやる毎に、自分は命根性が生きようとアップして来ている。二回目の癌の時は最初から死を覚悟して、病院にも行かなかったが最終的に倒れてしまい、横行結腸が完全に塞がれる位、癌が大きくなり食べた物を口から吐ていたのであるが、それでも我慢をしていたが手術の結果、転移が無い事が分かると、自分は死にたくない気持ちが強くなって生きて何かをやりたいと思ったのである。これこそが人間の我儘であると思うが、自分は特にその部分が強いのかもだから、まだまだ頑張らなきゃと自分に言い聞かせている。
2014.07.10
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第十三日目(8月19日)弘前を7:00出発、秋田県に向かうが雨になりそうである。道路を間違って102号を走行する、15分くらい走ると雨が降り出した。道を間違ったのを途中で気が付き、道の駅で秋田方面に向かう道路を聞く。そこでも私の自転車を見て驚いていた。「自分なら絶対しない」とも言われたが、私も勧めないであろう。道の駅「ひろさき」で雨に濡れた衣服を着替える。雨に降られて自分は雨男なのかと思ったりする。私は昔から雨が大嫌いで、自分でも「張子の虎」と豪語していたくらいである。それだけ雨が嫌いで、雨が降るとデートもスッポカスくらいであった。言い草は「張子の虎は紙で出来ているから、雨に濡れると解けるから」であった。三回ほど着替えて大館に着く、15:30であるが、また濡れるのが嫌なので、今日は大館泊まりとする。駅前の案内所で安い旅館を紹介してもらう。案内所の人が食事処まで教えてくれる。教えてもらった食事処に行くと、案内所の人の言うとおり二品頼むと小鉢が四つ程多く出て来るのである。それで料金は私の頼んだ二品分だけであった。この食堂は、どうも誰にでも同じ扱いをするみたいだ。安宿で寝るが、明日も雨の予報である。第十四日目(8月20日)7:00能代に向かうことにする。小雨であるが午前中は何とかなりそうだ。昨日体重を量ると64Kであった。10K近くやせた。高血圧もあるが、それも問題ないようだ。確かにこれだけ激しい運動をしていれば、体重も減るであろう。鷹の巣で雨に降られ、雨宿りする。集中豪雨で雷は鳴るし、走行出来る状態ではない。この状況では昼まで走る事が出来ない。能代に14:00着、コインランドリーで洗濯をして、今日泊まる宿を探す事にする。また、自転車の整備をしなければと思っている。ここまで、故障が無く問題はなかったが、前ブレーキの減少が激しい。100円ショップで工具と前ブレーキ部品を購入する。ここまで東北のお年寄りの人達を多く見てきたが、その顔に刻まれた年輪が一つ一つの皺となり、元気な姿で生きているのを見ると、自分の気持ちの中に清々しさを感じた。こちらのお年寄りの皺の中には、今までの苦労を刻んで来たものがあるが、私の中に同じものが出来るかと言えば出来ないであろう。私は都会生活の中で見栄とエゴの中で生きてきただけ、あれだけの美しい皺など出来ないであろうと思ってしまう。田舎の空気の中で生活して来たからこそ、あの皺の美しさがあるのかもしれない。そんな事を考えながら、ここまで走行して来た。第十五日目(8月21日)今朝は雨である。走る事が出来る雨ではない、今日も能代泊まりかと思ったが11:00頃に小雨となり秋田に向う事にした。昨日は旅に出て二週間目、町に出て夕食を食べた。モツ鍋とビールを飲んだ。そこのモツ鍋は今まで食べた事の無い物であった。鹿角では当たり前に作るものであると言う。食べて「おいしかった」自分好みの味であった。そこで私の旅の話になった。私の話し方とアクセントが、こちらの人と違っていた事と、顔の黒さを見ると、車で旅行しているとは思えなかったのであろう。店のママと女性のお客さんに、色々聞かれ今回の旅行話をした。「がんばってね」と激励の言葉を掛けられ、「明日にでも役所に行って、地元の新聞社に行けば」とも言われたが、私は「変人がママチャリで旅をしているだけだから」と言って断った。ママさんたちの言い分は、「六十過ぎで、ママチャリで本州を周っている人は珍しいから」との事であるが、確かに少ないであろうが、言い換えれば只の変人であると思う。秋田の到着したのは18:00頃になり、秋田駅の交番に行って安宿を聞いてみる。駅前のビジネスホテルを紹介され泊まる。秋田駅は国道から内陸にだいぶ入る所にあった。場所が分からなかったので、地元の人に聞いたが、こちらの人は愛想がない、ぶっきら棒で親切さが無いように感じた。ただ、能代から秋田に入る間に会った小学生や中学生低学年の子供が顔を合わせる毎に挨拶をしてくれるには驚いた。都会では考えられない事である。確かに東北に入った頃から挨拶する子供に幾度か会った。東京なら他人に声を掛けるなと学校で教えられているが、こちらの子は道であった人に挨拶するように教えられているようだ。特に目上の人には挨拶をする子供が多かった。都会と違い、そのような子供たちを見ると田舎は良いなと思ってしまう。人間味のある育ち方をしていると思った。特に青森からは子供たちの挨拶に何度も会った。
2014.07.09
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私の早とちりは治らないのか?私は人に物を頼まれると、断れない性格なのである。それが良い場合もあるが、殆どが悪い場合が多い。今回も頼まれたのであるが、人が嫌う関係の事なのであるが私はあまり内容を聞かないで、OKを出してしまった。これは何時ものパターンで、引き受けてから考えて見るとこれは皆嫌がるような事であると思ってしまう。確かに、これは皆さんが嫌がる事である。ゴミ部屋の整理で、そこに住んでいる人は身体が悪いのであるが整理出来ないのでお願いすると言う事であるが引き受けてから聞くと、そこに住んでいる人は、よく熱を出して病院に行くとの事であった。頼んで来た福祉の方も、あれほどの所は見た事が無いし一人じゃ無理だから、もう一人頼むとの事であった。でも良く考えると、誰もやりたがらないであろう。私も引き受けてから失敗したと思っているが遅かりしである。この様に意外と早とちりな部分が多いのが私である。だが、今回の件は、もう一人居なければ、私一人でもやりますと言って引き受けた。この様に意外と貧乏くじ(世間で言う)を自分から引いてしまう事が多いのである。そんな時は自分に言い聞かせている事がある。それは勉強だ、今回の件も、その人がどの様な心境でそうなるのかを聞いてみたいし、聞けなくても、その人の性格的なものを探って見たいと思っている。それは次、その様な状況に出くわしても対応できる部分が私の中に免疫が出来ると思うからである。これは人、それぞれ違っている。そんな事は当たり前の事であるが、その違った人からは学ぶ部分は沢山あり、それを生かす事が出来るのは自分であるからと弁解がましい事を自分に言い聞かせている。確かに色んな人と話している事で学ぶ部分は沢山あるし自分と違う経験や境遇で考え方も変わるものである。そんな事「当たり前だ」と言われそうであるが人は意外と、そこまでは考えて話したり行動したりする人は少ないように思う。だが私の中では「また、やってしまった」と言う気持ちもある。それを誤魔化す為に、こんな事を書いているのかもしれないが今回の事で自分が、どの様な経験をするか、何を学べるか楽しみな部分もあるが、不安もある。(正直な気持ち)こんな自分だから籤運も悪いのであろう。どうも貧乏くじ運だけは良いみたいである。
2014.07.09
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第十日目(8月16日)昨日は久慈の道の駅で泊まり、名古屋からバイクで旅行している人や茨城から車で旅行している人達と話をする。その人たちが私の自転車を見て、「よくやるよ」と口々に言う。名古屋の人は六十代、茨城の人は六十九歳と、それなりに年齢がいっていた。6:00道の駅を出発、八戸に向かうが、また峠の難所にぶつかる。少々嫌気がさしてくるが、越えなきゃ進まないのであきらめて押して歩く。12:00階上町役場に到着、そこで昨日濡れた衣服を洗濯して干す。1時間くらい休憩して走行開始、昔の人の事を考えながら、自分はママチャリだから、マダ良い方と思いながら走行。八戸到着、今日は此処で泊まる事にする。ところで地方の町の名前が読めない事が多いのに気が付く。階上町(はしかみ)と読むのであるが、私は「かいじょう」と読んでいた。第十一日目(8月17日)八戸5:00出発、市内を回って見るが街として活気を感じない。日曜日だからなのかも?途中地元の人に三沢方面の道を聞くと、私の自転車を見てか自転車で行きやすい道を教えてくれる。いままでの峠が多い道から見ると、天国のような平坦の多い道で走りやすい。途中道の駅で食料を確保する。最近は道の駅で食料を確保している。さて野辺地に向かうが県道を走っていたので六ヶ所村に出てしまった。どうも「むつ市」に向かっているようだ。走れど、走れど、野原と畑ばかり何も無い。自動販売機もないので、喉が渇いても買う事が出来ない。広々とした土地ばかり、東京に住んでいると住宅が密集しているばかりで、こんなに広い土地など最近見ないので、広い土地を見ると心が和む。これだけ空気が綺麗で自動車も、たまにしか走ってこない。大きく深呼吸をしても排気ガスなど入ってこない、東京では考えられない状況である。走れど、家がポツンポツンで、たまに店があるくらい、寂しい感じもするが、田舎に来たという感じがする。今日の工程は三沢から小川原湖沿いに北上して野辺地に入ったが、国道でなく県道を走ったので走行距離は伸びてしまった。だが、道沿いに色々な花が咲き、コスモス街道、アジサイ街道、色々な街道が続き、気持ちの良い走行が出来た。こんなの東京じゃ考えられないのですが、峠の多く花の気持ちを感じる余裕も東京に住んでいて減少していたかも。スペイン旅行したときに、トレドに向かうバスの窓から見た花街道を思い出す。ただ、花々が車の排気ガスで薄汚れているのは悲しかった。人間の勝手な気持ちで、自然が損なわれて行く事が少々感じた。走行途中で三沢空港の前を通った、昔(40年近く前)プロペラ機で来た事のある空港である。あの頃も何も無い土地であったような気がする。野辺地を通過して平内町のバス停で今日は泊まる事にした。こちらのバス停は雪対策でシッカリした造りで、風や雪に強く出来ているので、今日は寒さを防げるであろう。野宿で寒さを耐え忍んだのは少年時代、家出した頃以来である。また、旅をして感じたのであるが、地方、地方によってコンビ二があったり無かったりするし、コンビニの種類(セブンイレブン、ローソン等が地方によって固定しているようだ。第十二日目(8月18日)平内町を5:00出発、途中で朝食を取る。浅虫の道の駅で洗顔、青森総合運動公園で休憩して洗濯する。今回の旅行で、ガソリン税で道の問題が話題になった事があるが、そのとき私は道路に無駄な税金を使うより、税金を安くしたほうが良いと思っていたが、今回の旅行で地方を走って見ると道路の大切さが分かるような気がした。それは、田舎ほど車を使用しなければ何も出来ない、買い物に行くにも店は何キロ先であり、物を運搬するにも道が無ければ何も出来ない。地方では車が家庭の足なのである。そのためには車が通る道が無ければならない。都会に住んでいると、車を使う頻度は少ないので不便を感じない。その分勝手な事を言えるのであろう。考えてみると地方の名産物を、都会で食べられるのも、道があるからなのだと思う気持ちを忘れてはいけないような気がした。だが、道は人間に対しては、冷たい開発を行っているのも感じた。車優先の為、人間の事など考えていないのかもしれないが、これも優先順位で考えると仕方が無いことなのかもしれない。また、昨日通過して来た六ヶ所村であるが、本当に大自然を感じる広い草原があり、酪農の村であるが、これを人間の都合で原発の処理場を作ろうとしている。そこには人間の都合と言うエゴが、はびこって自然を破壊しようとしているように思う。この自然を見ると反対する人達の気持ちが分かるような気がする。人間は開発と言う名目で自然を破壊している事は、途上国で、ボランティアで仕事を行っている時も感じていたが。開発と発展は反比例しなければ成り立たない部分なのだと感じた。人は裕福と自然を交換して利益を生み出すのだ。 青森市内に入り、不動産の広告を見てビックリした。家賃が一ヶ月二万円新築とある。東京では考えられない値段である。これなら青森で生活しても良いような気がする。ただし仕事が、あればの話であるが、でも地方の人間の暖かさがある。それにしても老人が多い、それも女性が多く、一人、一人の顔には深い皺が刻まれていて人生の苦労を感じる。ここにも女性の強さを感じる。多くの歳が云った人たちが、これだけ元気に働いているのは、田舎の良さと、自然に包まれているからなのであろう。青森は私の若かりし頃の通過点、函館との連絡船が通っている頃必ず通った駅であり、時間がある時は食事などした処である。今日は浪岡を経由して弘前に入る。弘前は青森より活気があるし、人通りも多い。今日から身体を休めるため、野宿を避けて安旅館泊まりにしようと思う。弘前市内を見て歩き、弘前城など見ながら泊まる所を探す。今日は駅前でビジネスホテル泊まることにした。
2014.07.08
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最近、悩む事が出来た。私は意外と楽天家タイプなので、あまり悩まない。仕事では悩み苦しんだ事は幾度もあるが、それも自分なりに勉強だと思って、あっさりと割り切る。だからママチャリや海外にも行ってしまうのかもしれない。だが、最近は自分の食事を作る事に悩んでいる。毎日、同じ物は食べたくないので、「今日は何を作ろうか?」と悩むのである。それを思うと家庭の主婦は大変な事が良く分かる。私は家庭を持っていた時から料理は作る事が多かった。それは仕事が忙しくて、家族との会話が出来ないので休日は私が料理を作っていた。その頃は月250時間以上の残業は当たり前であったので家族との会話はする時間など無かったので、家庭サービスで自分なりに考えて料理を作っていた。料理自体は私の小学6年の時に母が亡くなったので、弟や妹に食べさせる為に作っていたので、苦にはならないのである。だから意外と創作料理は得意であった。その頃は、家は貧しかったので、食料は山菜や残り物を工夫して作っていた。ただ家庭を持ってからは、男の料理で材料は高い物などを買って作っていたので子供たちには評判が良く、期待されていたのであるが、私は単純なので、その気に成って作ったものである。1度目は、そんな事で色々作った。2度目の人は、良い所のお嬢さんだったので料理は下手であった。米を洗剤入れて砥いだ事があると聞いて、あきれるばかりであった。彼女が作った豚の生姜焼きは、「まずい」の一言であったがせっかく作ってくれたので私は我慢して食べたが、作った本人は、「まずい」と言って捨てたのである。話が飛んだが、家庭の主婦は毎日献立を考える事は大変だろうと最近思う様になった。私は、外食は月に多くて4回から5回位で、殆どが自炊である。海外で仕事をしていた時も、意外と自分で作る事が多かった。ただ、海外の場合はその国なりの料理があるので、たまには日本食を作る事があるくらいで、献立には悩む事は無かったのである。海外でも私の料理は評判が良かった(自分でそう思っているだけ・・)料理は一人分を作るのでは、味も良く出ないので多く作る。それで海外の友達にお裾分けするが、皆が期待して待っていたのであるからまずくは無かったのであろう。(豚も煽てりゃ木に登る)であるが・・・今は一人で暮らしているが、どうしても料理は多目に作る。そうして冷蔵庫などに入れて置くが、毎日は、同じ物は食べたくないので考えるのであるが、それが最近では苦痛になって来たのである。人間食べなきゃ腹は減るし、旨い物も食べたいしと贅沢に出来ているが、金持ちでは無いので材料費は節約して魚や肉の安い時に多目に買って冷凍して置くのであるがそれを使って色々考えて工夫して変化のある料理を作るが私の頭の中にあるレシピも限界があり、思う浮かばなくなって来た。それでも同じ物を食べたくないので悩んでいるのである。主婦の偉さを感じる今日この頃である。
2014.07.08
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第七日目(8月13日)昨夜も寒くて眠れなかった。また、昨日は峠ばかりで自転車を押して歩く事が多くて最悪の日であった。最大の難所は3時間半も自転車を押して歩き疲れもピークに達している。釜石17:30着で今日は、ここで泊まる事を考えることにした。ちょうど盆踊り会場があり、櫓が風除けになっていて横になれるので、今日の就寝場所とする。今日は釜石の花火大会なのだろう、木の間から打ち上げ花火が見える。確かに港で地元の人が「今日は花火大会だ」と言っていたのを聞いた。第八日目(8月14日)5:30出発、今日はお盆なので皆さんお墓参りに朝早くから出歩いている。お盆の風習も地方によって違うみたいで、私の生まれた北海道では見た事の無いものがあったりする。私の若い頃は、お盆と言えば帰郷の時期で人々が多く、乗り物は込むと決まっていた。でも、最近はそれも少なくなってきているようだ。土地の風習だけはお年寄りの人達が伝えているようだ。ところが山田町から豊間根の間で雨に降られ、濡れてしまった。雨が止むまで駅で雨宿りするが、今日の目標の宮古に何時に入れるか分からない。今回の旅で始めての雨である。いままで天候に恵まれていて、雨降りは少なかったが、炎天下で日に焼けて顔が真っ黒である。雨が小降りになって宮古の道の駅到着、そこでPCを借りて自分のブログに今回の旅行記を掲載する。ブログ掲載により、これで中途でこの旅行を止める事が出来ない。自分を追い込んで旅行を続ける事になった。今日は道の駅で泊まる事にした。ここまでの旅行で自分が田舎の住むなら、東北地方にしたいと思う。何か人間がノンビリしていて気分的に余裕があるように思うのだ。第九日目(8月15日)昨日も夜は寒かった。そうだよな、お盆近くなると東北から北は、夜は寒くなるのを北海道に住んでいた頃から感じていたが、長い東京や外国などで生活していたので、その事を忘れていた。5:00宮古の道の駅を出発、道の駅「やまだ」で一時間程休憩を取る。ところがここに来て第二回目の難所に到着、峠下で地元の人と話をする。地元の人にサイダーをご馳走になり、この地方の事や、ママチャリで自転車旅行しているのかなど色々話をする。地元の人に言われた「こんな自転車で東京から、なんで旅行を考えたのか?」と私は返答として「自分を試すのと、田舎が好きなので、これから住むのに何処が良いかを探すため」と。もっと面白い事を聞かれた「高速道路を走って来たのか?」それには私も返答に困り「高速はママチャリじゃ走れませんよ」と答えていた。久慈の手前の峠で集中豪雨に見舞われる。身体がビショビショに濡れ、最悪の状態になる。昔の人は歩いて旅をしていたのだ、こんな事にも幾度も遭遇していたであろうと、自分に言い聞かせて、あきらめる。本当に昔の人は大変だったろうと思いながら走行する。本日は久慈の道の駅で泊まる。
2014.07.07
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最近考えるが、日本人は政治に無関心と思う。野次問題や泣き問題などで騒ぐが、その議員を選んだのは誰であるかを考えて見ると、私たち国民なのである。私はブログで何回も同じような事を書いた。今の政治家と言われる人は、政治屋と言う職業でしか考えていない人達が殆どである。今や国会議員等は民意など考えないで、暴走している。それを選んだのは誰あろう国民なのである。その基本を忘れて騒いでも、次の選挙では国民が求める事項を並びたてて「お願いします」と言って頭を下げて「信じて下さい」と戯言で国民は騙されて、当選したら上目線で好き勝手な事をやっている。この状況を作ったのも国民である事を自覚しないと日本の政治は変化しないし、政治と言う職業としか思っていない人間を擁立して、おこぼれを貰おうとする人間や金で政治家を牛耳る大企業の思うつぼである。基本的に日本人は政治に無関心すぎる。政治とは何かを理解していないし、民意とは何かも理解していない人間が多すぎるように思う。だから地方議会などはコネやツナガリだけで候補者を擁立して、今のような政治家を作り上げたのであろう。まず、国民が政治に対して厳しくして行かなければ同じような人間が政治を行うだけである。これからは当選何回もしているから良いのでは無くてその政治家の考え方と実行力を判断して擁立して選ばなければ、今のような民意を反映しない政治家ばかりになり日本の行く末は貧困国に成るであろう。まず、新しい考え方、日本を導く力のある人を見定めて、その様な人たちに政治を委ねなければ御坊っちゃん議員や古だぬき議員などを選んで居ては日本は没落の道を歩むだけであろうと思える。それには国民自身が変わらなければならないし、今の国民の「今さえ良ければいいや」の考え方を変えなければ駄目であろうと思う。今は政治に対して色んな意見を言うが、その前に考えるべきは選んだ自分たちや、無関心な自分たちを見直して行かなければならない事を忘れてはいけないと思う。私は思う問題がある場合は、最初に考えるべきは基本であるとその基本を修正しない限り、問題は、また起こる。その基本を修正してこそ、次の結果が生まれると感じている。今は問題点ばかりが先行しているが、基本の部分は考えないで居る状態が続いている。日本を良くするためには、基本を考え直すべきである。
2014.07.07
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第四日目(8月10日)昨日の夜は寒くて寝る事が出来なかった。風が冷たいのである、これは北海道を思い出す。生まれが北海道の私は、8月でも夜は風が冷たい、それを思い出す。また、昨日は坂が多く、走行距離が伸びなかった。今朝、公園で寝転んでいると、地球が自分一人の物のような気持ちになったりした。これは孤独感の現れであろうか、何も考えたくない、自由になりたいと思う、気持ちが強いのであろう。今日は5:40出発、相馬市に向かうが双葉町泊まりであろうか、いや南相馬かな?走行していると自然に鼻歌が出て来る、何かから解放されたからか自然の眺めが良いからなのか、大都会に住んで居たので、今の自然に癒されているのであろう。走行距離が伸びて相馬市に到着した。今夜の寝る場所を探索しながら、市内を走行するが人通りは少ない。相馬市の花の小道公園で寝るが、寒くて寝る事が出来ない。第五日目(8月11日)昨夜も寒かった。身体が東京の暑さに身体が慣れているので、この寒さは応える。5:00に出発、岩沼に向かう。亘理町の蓮沼を見ながら走行する。沼を見ながら自然は良いなと思う。自分は田舎者なのだ、だから田舎に住みたいと思うのであろう。本来は、東京は嫌いなのであるが、仕事をしなければ生活できないのと情報が入りやすいから住み続けているのだ。また、自分の仕事の就業先が多いので住んでいるが、基本的には住みたい街ではない東京は。 多賀城14:00通過、塩釜到着14:30今日は塩釜泊まりにする。走行は日が暮れる前で終わらせるようにする。夜になると車などで危険なので、明るい時だけ走るようにしている。本当に田舎を自転車で走っているが、人に会うのも少ない。自然に鼻歌が出てきてしまう。ただ、車が多いので気を付けて走行しなければならないし歩道が狭いのと、途中で歩道が切れて、反対側に歩道がある事が多い、これは何の為にそうなっているのか疑問に思いながら今まで走行して来た。今日は寒さ対策して寝る事にする。第六日目(8月12日)塩釜5:00出発、松島通過7:00日本三大景と言われるが思ったほど、たいした事がない。天候も曇りで、松島の海岸沿いの散策路を走ったが、これといって良さを感じない、自分は松尾芭蕉の心境にはなり切れなった。心理的に余裕が無いので景色も心に響かないのかもしれない。 石巻を9:20通過、これから気仙沼に向かう。途中で道の駅(上品の郷)に寄るが、この旅行までは道の駅など寄る事が無かったが、寄ってみると意外と面白いものである。また地元の人達とも話が出来るので、その地域の事を聴く事が出来る楽しさが増える。道の駅では足湯に入り、松島町の文化センターでシャワーを浴びさせてもらう。ここまでの旅の汗を流し、気分爽快でまた走り出す。だが峠が多い、殆ど自転車を押して歩く事になってしまった。本吉町の入り口で、湧水が出ていたので、湧水が出ている家の人に水を貰おうと思い声を掛けると、「その水は飲めない」と言って水の変わりにオロナミンC2本とお茶を1缶くれた。貧乏旅行にはありがたい気持ちと、田舎の人の好さを、ほのぼのと感じたのである。本当に田舎の人達の心の暖かさを感じてしまう。東京では考えられない事である。これが田舎の良い所であり、私の子供の頃の、人の温もりを思い出す。もし東京なら警察に通報されるのではないか。
2014.07.06
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前に書いた事があるが、女性に関しての事であるが途中で書くのを止めましたが、今回ある交流会に出て女性の強さを改めて感じました。私はどうも中高年の女性は苦手なのですが、苦手と思っても関わらなければ生活できないので、会話をしますが最近は会話の主導権を握るのは女性であるのは大多数の男性は感じていると思うのです。確かに中高年の女性は子供を育て、家庭を切り盛りして来た事によって、今の男性(ご主人)は奥さんに頭の上がる人は少数でしょう。殆どのご主人は、奥さんに頭が上がらない状態であると思います。これは男性が家庭を蔑ろにして来た付けだと思うのです。私も海外で仕事をしましたが、海外でも女性の強さはあります。何処の国でも女性は強く逞しい(生活力)と感じました。女性は子供を産み、育てる事に責任を感じるので強い部分が出てくるのだと思います。そこで男性が、これほど不甲斐ないのかを考えると私なりの意見ですが、自分たちは子供を産めないそれは女性の役目であり、同時に家庭を干渉して来なくなった。干渉して来なくなったと言う事は、躾をしなくなった。躾は母親に任せて、自分は仕事をして、お金を稼ぐ事が義務だと思って来た私たち世代が作り上げて来たと思うのです。私たちの子供の頃は躾は、どちらかと言えば父親の役目だった。母親は家庭の中の事をやり、父が稼いできた範囲で切り盛りしていた。それがウーマンリブ活動から変化が起きて、女性が強さを発揮して来た。その強さは潜在的に埋もれていた、女性の中の物を表面に出し強調して来た事に男性は圧倒されて何も言えない状況が作り上げられ、今では家庭では母親の権力が強くなり、それに影響された子供たちが、育って来た為に男の存在感は薄れてきて、同時に男の子も草食系等と言われて、昔で言う男性的な人材が少なくなり世の中は女性に制圧される勢いを感じている。それは、地球は女性が居なければ成り立たないのであるから私自身としては認めるが、男性の不甲斐なさには腹が立つ何故に、これほど男性が弱体化したかを嘆いている。今や女性から三行半を突き付けられる時代に変化したのである。これはもう男性優先の時代の終焉の始まりのように感じている。男性諸君はもう少し、自分たちの権利を取り戻してほしいと思うが、この様に書いている自分も女性に圧倒されている一人である。
2014.07.06
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第二日目(8月8日)早朝4時30分に出発して蓮の沼などを見ながら北上した。気分的には開放感があり、自由を感じている。果たして、これが自由というものなのかわからないが、何かに縛られていた、今迄から考えると、そのように感じるのかもしれない。第一日目が過ぎた感想としては、自由と開放感、それと天候が良好なのも手伝って気分は爽快である。第二日目は「日立市」を目指して進む事にした。自転車を走行させながら、口から「ゆっくり行こうよ、焦らずに、ノンビリ行こうよ、時間があるから」と歌っていた。気分的には開放感が勝っているので歌も出るのかもしれない。ひたちなか市12:00通過、水とパンなどを買って走行しながら食べる。走りながらも景色を見る余裕があり、風景などを見ながら行く。今夜は日立の折笠公園で野宿する事にする。第三日目(8月9日)5:00出発、高萩に向かう途中、休憩所で歯を磨いたり顔や身体を拭いたりする。道の駅で携帯や電気カミソリを充電する。貧乏旅行なので節約しなければならないので、恥も見栄も無くさなければ、これから続かないと思い、図々しくなってきたのかも。今までの自分では考えられない行動を取っているように思える。仕事をしていると見栄を張り、他人を意識して、こんな考え方にはならないであろう。私の現在やっている事を人が見たら、軽蔑の目で見ているような気もする。ただ、今回のような貧乏旅行だと、心に余裕が無い分荒んだ気持ちになる事は否めない。さて第二日目から第三日目が一番辛かった。此処からなら引き帰す事が出来る距離なので、引き帰したい気持ちに何度もなり、心の葛藤が続いていたが、一度自分で決めた事を投げ出す自分を見たくないのと、お金を持ち歩かなかったので、帰るには資金不足なので諦めたのである。自分を追い込んで最初に苦労すれば、後が楽になる事を経験しているから、今回もその様に仕向けていった。私は仕事も最初に面倒な事を最初に行う癖があり、それによって後を楽にしようと傾向がある。それが、今回の旅行にも採用したのである。 この日は風景を見ながら走行する。元々田舎が好きなので、緑や田園風景を見るのが楽しいのである。四倉の田園は都会の風景を見慣れていた私には新鮮に見えた。今回は海岸沿い(三陸海岸)を走行する事を考えているので、その方面に進む事にした。勿来の海岸で休憩して、海を見る、海は何年ぶりであろう。 今日も公園で野宿するが、風が冷たく寒いくらいである。
2014.07.06
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第一日目、8月7日午前6時、東京都新宿区上落合のアパートを出発する。九段下から浅草橋方面に向かい、両国の横綱公園で朝食を取り、荒川を渡って水戸街道を行く事にした。私は東京の地理を理解していないので、走行距離が多くなってしまう。今回も地理不案内のため新井薬師方面から荒川沿いを走行して、大幅に距離オーバーしたようだ。途中、途中で水分や休憩を取りながら進んだが、普段から自転車で走行するのは一時間程度の走行、今回のように長距離に挑戦するのが初めてなので、身体の事を考え行動した。今日も気温が34度位になるとラジオで放送していたが、自転車を漕ぐとアスファルトの熱と、自分の運動している熱とで体温が上がり、汗が滴り落ちるのである。また坂道は自転車を押して歩く事になる。変速が付いていないため、自力で走行する為には体力を消耗するので押した方が楽なのである。だが、これも岩手県に入ってから限界を感じる事となるのである。水戸街道を北進すると最初に松戸から我孫子に向かう坂道で押す事になった。今日の目的地を土浦と決めていたが、炎天下の中の走行は体力を消耗させた。最近まで運動らしき運動をしていなかったので、なおの事つらかった。どうも私は何事かを決定すると、事を急ぐ傾向にある。基本的に気が短いのであろう、何事にも走り出すと一方向ばかりを見てしまいっていた。気分的には壮快である、松戸から我孫子を過ぎて利根川を渡ると、昔、通いなれた取手に着いた、一年近く東京の世田谷から取手に通い、その後に我孫子に引っ越して来たので地理的には明るい。取手の図書館で休憩を取り、水戸街道を北進したが20年前と道の建物などはあまり変わらないような気がする。藤代を経て懐かしい牛久沼(写真2)を見ながら進んで行く。また、坂道なので自転車を押しながら歩く、この頃になると炎天下の中での、ママチャリの厳しさを感じてしまう。また、自転車の走行する道が歩道を通る事になるが、これが途中で歩道が無くなったり、反対側になったりして、いままで通っていた歩道が無くなり走行するのに苦労するのと歩道が狭くて走行出来ないで押して歩いたりしなければならなかった。 懐かしさもあり、牛久市内などを回って見たりして、時間を過ごしたので思った程距離は伸びなかった。第一日目は土浦市内の公園で野宿した。(本当は文書の間に写真を載せてあるのですが、ここではのせられませんので別に載せますが、サイズの関係で後ほど)
2014.07.05
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特定機密法を楯に、政治批判の多いブロガーを規制する案が出ているそうですが、これで日本は中国と何ら変わらない国に成り下がりましたね。ブロガーと言っても個人ですよ?国民は政治批判も出来ないように成るのかな?これでは民主主義国家とは言えない状況に成って来た。出版関係でないか、報道関係でないからと言う事で犯罪と見なすとSNSに新聞記事が載っていましたがこんな事で政治家自分たちの不利な事は批判するなと行っているような物でしょう。これでは戦前の軍国主義の報道統制と同じである国民は自由に発言できない事になります。今のマスコミは、官僚と政治家の伝達役でありそれらしい報道はしていません。集団的自衛権の国会デモ等も、殆ど報道はしていない。特にテレビなどは数秒単位では見ますが、詳しくは報道しない。だが、海外のデモや暴動は報道する。これは。おかしいと思うのです。日本の多くの国民が反対して、デモ等で表現しているならそれを報道するのがマスコミであり、それが報道機関としての役目であると思うが、政治家と官僚の都合の良い事は報道するが都合の悪い事は報道しない。こんな報道機関は必要ないと思う。政治家や官僚から統制されているのか、分からないがそれが個人で書いているブログに関しても、政治批判は駄目となるとこれは独裁国家であり、国民は政治に関して口を出すな出したら犯罪であると言っているも同然です。今の政治家が特定機密法を可決して、その様な事は御くびにも出さなかったのに、法案が通ったら、この様な事も取り上げるとは今の政治家と官僚は何を考えているのか?今回の集団的自衛権も同じで、今後は他国の戦闘地域に自衛隊が行く事に成るでしょう。政治家は、そうしない事を約束していますが、彼らの約束は口先だけであり、法制化して書面に書かれたなら証拠として残りますが、それでも信用出来ません。書面から何時しか消えていたと言う事もありますから。何回も書くようにですが、今の政治家を選んだのは国民です。国民が考え直さない限り、これからの日本は中国的な国家になりかねないようの思えてなりません。
2014.07.05
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最近SNS関係を見て思うのであるが、色んな情報が入りやすくなって来た。同時に色んな意見も見れるようになった。それは便利であるが、別な面で国民の声が聞ける。意見は私も同意する部分が多い。だが、一方通行的に思える部分もある。不平不満は、この世の中から消える事は無いであろう。それぞれの生活環境が違うのだから、当たり前であるが特に今の政治体制に不満が充満している。私も今の政治のやり方は、国民を蔑ろにしたやり方だと思う。だが、それを作ったのは国民である。確かに自分たちの襟も正さない政治家を選出した。違憲議員を選んだのは国民なのであるし、その反省をしなければならないが、不満が先行している。SNSでは反乱した意見があるが、反省も必要に思えてならない。まず、違憲である事を声高に訴えて、再度選挙を共用する事が先決であろうと思う。私がSNSに書いた、多少過激な意見であるが、それが消されていた。それは「国民は国民的自衛権を発動して、今の集団的自衛権に賛成した議員を選ばない、極論ではあるが今度の選挙の時に投票をボイコットする気持ちで考えなければならない」と書いたら、一人が「いいね」が入った後に消えてしまった。確かに極論であると自分でも思うが、消すまでの事は無いと思う。私は国民が意見を言う事には吝かでは無いが、その前に、この様な反対論が出る原因も考えるべきであると思う。自分たちが選んだ部分を反省しないで、あれが駄目、これが駄目ではいつまで経っても鬼ごっこで終わるように思う。自分たちも反省して意見を言わなければ、それは一方通行になり良い結末は生まれない。問題には原因があり、原因には基本的な大元が何処から出たかを考えて、はじめて解決するものであると思う。今のSNSの意見は、作り出した原因も考えないで一方通行で氾濫しているように思う。
2014.07.04
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今回の旅行目的を考えて見ると、自分でも判らないのである。基本的には現在の年齢(62)の前から、日本全国を周って見たいと言う気持ちは持っていた。だが、交通手段をママチャリで行うことなどは考えていなかった。自分の持っている自転車は変速機も無い、前に籠がついている、一般の低価格の自転車である。アパートの近くのスーパーで、9,800円で買ったものである。そんな自転車で旅立ったのは、自分の限界をためして見たい気持ちもあった。それは、四年前に大腸がんの手術を受け、今回健康診断で胃に影があると言われたショックがあったのも一つの要因である。その要因と同時に、現在の年齢で新たな仕事に就こうとすると、年齢で断られ続けたりもしていたのと、自分達は戦後の日本の高度成長期を支えながらも、必要が無くなったら捨てられている現状に怒りも感じていた。悲しいかな自分では年齢と思っていないので、そんな現実に自分が、どれだけ頑張れるか、試してみたくなったのと、50歳を過ぎてから、田舎暮らしがしたいという気持ちが強くなって来たので、田舎を周って良い所を探してみたい気持ちもあったのである。交通手段に選んだママチャリに関しては、私は人と違った事をしたがる傾向が強く、多くの人が遣っている事ではなく、あまり人が遣らない事で挑戦したいと思ったのである。ママチャリで長距離旅行に挑戦する人など、ほんの少数しか居ないであろうと考え、他人とは違うと言う優越感を感じようとしていたのである。単なる天邪鬼なので、ママチャリとなった。自転車も普段はあまり乗らない、特に私の住んでいた上落合は坂道が多く自転車を使用するには不便さを感じていた。普段はなるべく坂道を避けて平坦な道を選んで、サイクリングをしていたのである。さて、北に向かうか、南に向かうかは、私は北海道生まれなので、北に足が向いたのであろう。ただ今年は暑かったから、涼しい北を目指したのもあった。
2014.07.03
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昨日、心の洗われる動画を見て、感動しました。自分はこんな人になれるかなと思ったら、悲しい部分もありました。その動画は自分に何も求めない、だが他人には優しく出来る。お金も無く、決して裕福でも無いのに、困っている人を助ける。動画はタイの保険会社のCMだそうですが、感動しました。人間の理想に近いですね。まず、これほどの人は居ないでしょう。https://www.youtube.com/watch?v=uaWA2GbcnJU(張りつけで見て下さい)これを見て、自分が恥ずかしくなりました。多くの方が見ているようです。これから、誰かの手伝いをする時には、これを見て行こうと思いました。この気持ちを大切にして行こうと思って載せました。
2014.07.03
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日本人の政治に対す考え方は、封建制度の流れのままだと幾度か書いたが、それは教育制度に問題があるのではないか?日本の教育制度は、考える力では無く、記憶する力を重点に置いていると私は思う。優秀な大学に入る為には、学科ごとに平均した得点を取らなければならないし、その為には記憶する力が必要不可欠である。確かにそれも必要な部分はあるが、本来、人間は得手、不得手があるものでそれを平均して覚えろと言う教育体制を取って来た。そこには記憶する力が必要であり、良い大学に受かる為には親が、その様に仕向けて来たし、行政もマニュアル化してその様に推し進めて来た。それが何で政治と不思議に思うであろう?それは、その様な制度では政治の根本的な部分は分からなくても上っ面だけを覚えれば良いからである。仮に今話題の「集団的自衛権」を取り上げて見ると国民にも理解出来ない部分が殆どである。政府や官僚は言葉で逃げられるようにした文面を公表して法制化したが、それを教育場まで掘り下げて行わない。学校教育で行ったとしても、子供たちには理解出来ないであろう。大人でさえ理解出来ない文面なのだから、その様に学校教育では、政治に関心を持つような内容では無く外見だけを教える、その様な物があるうで終わってしまう。それでは法制化や政治の仕組みなどは分からないままに教育を受けて、受験の時だけ必要な名前だけを記憶して答える。そんな事で政治体制や法制化の仕組みは、国民が分かるものではなく官僚と政治家が決めるものであると言う、教育制度で進んで来たのが日本国のやり方なのであるから、国民も理解出来ないで居る人が殆どであろう。まず、学校教育で政治体制や、法制の理解出来る文面で教育を受けて、どの様になっているかを理解させて行かなければ日本の政治体制や法制化の方法は、国民に理解出来ないで国民が、気がついた時は、危険状態になってしまうであろう。確かに学校では歴史や社会経済を習ったが、あれは覚える為だけであり上っ面の表題を教えているだけである。別な面で韓国や中国が教えている、日本との戦争状況は子供の頃から教えている。私が言いたいのは、戦争状況では無く、政治の仕組みや法制化の仕組みを教育の現場で教えて行かなければ、日本の政治に関心を持つ事が出来ないであろう。政治家と官僚は、それを願っているであろうが、国民が政治に対して無知な部分は、その様な教育体制に問題があり、法制化と政治は官僚と政治家に任せておけと言う態度の日本の国だから何時まで経っても、日本の政治に国民が関わる事が出来ないであろう。小さい頃から政治に対する考え方を教えるべきである。そこで国民は政治が大切なものである事を、理解させるような教育制度にして行かなければならないと思う。自分たちは政治に関わっている自覚を育てる。そこで若者が自覚する事によって、選挙にも行くように成るが今の教育制度では、表面だけを教えているに過ぎない。
2014.07.02
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政治家は世の中の悪しき構図を表している。私は思うのであるが、政治家ほど日本の悪しき構図を表している団体は無いと思う。まず、お金の集め方、大企業に媚を売り、言う事を聞いて資金調達する。次は自分たちの行った事には責任を持たない。選挙の時だけ国民の言う事を聞くが、当選したら国民を蔑ろにした政治を行い、選挙近くになると、国民の関心ある事を取り上げて騙す。選挙の時だけ国民に謙り、当選すると上目線で見下す。これが政治家だと、多くの国民が思っているがそんな連中を政治家として認めて当選させる国民も問題がある。だが政治は動いているし、世界は動いている。動いているが国民は蔑ろにされている。それを知りながら、声を出さない国民となってしまった日本。何故なのだろう、これほど国民を無視した政治を行っているが国民は一部の人たちがSNS等で声を出しているだけである。ここまで無視されたら、何かが起こってもおかしくないが?基本的に政治家は国民に選ばれた事を自覚して居るのか?国民の半数が反対しても、何も言わない政治家ばかり選んだ国民も悪いが、何も出来ないで政治家気どりをしている政治屋はもっと悪いと、私は思う。本当に国民の為に考えて行動している政治家は居ない。マスメディアも政治家と同じく同罪であるが、マスメディアの役目をしないで、娯楽番組に力を入れて国民の目を欺く政治家の手助けを行っている。悲しいかな、これらを選んだ国民の責任は重いと思う。同時に次回の選挙の時は、またもや古参の議員さんを選ぶのであろう。古だぬきを選んでも、頭が固くて世界情勢についていけない連中であり自分の選挙の事しか考えていない人達である。それを応援して居る、取り巻き連中も甘い汁を吸うだけを考えて自分たちの力にならない連中を村八分にしたりする。これが日本の選挙であり、国際的に一時は経済大国になった日本の政治体制である。国民は政治に対する認識は、世界的に低い人種なのであろう日本人は悲しいかな、それが現実なのである。だがSNSの発展で国民も声を出し始めた事は良い事である。
2014.07.01
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