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6月も終わりである。今年も半年が経ち、自分の思う事が出来たであろうか?自分に問いかけると、半分かなと思う気持ちである。人は、それぞれに考えて、行動しているのである事は分かっているので、私は意外と他人の行動は関知しないが自分の行動も関知されたくない。だが、自分が行動する事には、自分なりの責任が供なう事は自覚して行動しているつもりであるし、行動を起こしたら責任を感じるし、責任を取る事も大切だと思っている。私も若い頃は、自分の行動から逃げ出したく成り、幾度か逃げ出した事もあるので、今の自分がこの様な事を書けた筋合いではないが、若い頃の経験が別な部分で、今生きていると思うのである。若さは考えも、行動も無謀である部分が多いと思うがそれは、それで大切な事である事を、年齢と供に感じる。若い頃の経験が自分を作り上げるし、その経験を生かす事が出来るのは、年齢を重ねる事によってであろう。人は人なりに経験する事が違うので、他人からも学ぶ事もあるがそれはあくまでも見聞きした事であり、自分が経験した事でないので、自分の中では、それが生きるのは知識としてである。知識は知識として大切であるが、行動から経験した知識と見聞きした知識の差は大きい事を、人は忘れがちなのでは無いかと思う事を最近感じる。人は自分の経験から、他人の行動を見るが、それは間違いではないが其の人の経験して来た事の行動と、自分の経験して来た行動が違って居るのであるから、もし同じ行動をした場合でも遣り方が違う事を分かって居ない自分が居たように思う。また、自分は人を考えるが、他人はお金が先でと思う人も多い。それはそれで、それぞれの考え方なのだから良いとは思う。この考え方は、あくまでも個人的な行動範囲であるので私は個人的な行動範囲で、人は批判する事を避ける。私がブログで批判を良く書くが、それは政治関係や、私の行っている行動範囲に対してである。そこには自分なりの責任があるし、全体を考えて行動する事なので色々な面が見えるので書く。ただ、個人攻撃はしない。(政治関係は別)これは人間で、ある以上は行動の違いや経験の度合いが違うからである。ただ、私も年齢なのか文句は多くなったように思う事が多い気がするが・・・・
2016.06.30
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どうも最近は、私がクレーマー的存在であるように思う時がある。私は社協で、高齢者で介護の必要な方の、お手伝いを行っている。私は、お手伝いが毎月終わると、必ず社協に行って報告を行う。その場合に、自分の意見を言うのであるが、私の感じたままに単刀直入に言う事が多い。私の性格なのか、思っている事や、変えるべき事ははっきりと言う事が多い。今月も金曜日の車イスの方の業務報告がてらに社協に行った。其の時に、自分の思いを言ってしまったが、前にもブログで書いたが、社協自体の横の連絡が、問題があると言う事と、障害がある高齢者の方が依頼して来る状況の把握を、しっかりとやってほしいと要望を言った。社協の方も、それには納得したとの返事が返って来たのであるが4月に異動で新たな方も配属されているので、横の連絡がスムーズに行かない面がある部分は分かるが、高齢者側からの依頼が、便利屋的な場合も把握してほしいと言うと、新任された方から、私の意見に賛同してくれた方が、話に加わって来たのである。その方も新任されて三ヶ月目であるが、依頼して来る方達に疑問を感じる事が多いと言う事と、家族からや、ケースワーカーの方によっても状況把握がなされてないで、便利屋的に投げかけて来る場合が多過ぎると感じると言うのである。私も、特に都会は、その傾向が強いように思うし、核家族化により、家族の「絆」部分が崩れていると思う。その様な現状の中で、自宅介護も増え続けて、介護する家族の負担も大きく、介護が長期化する事によってのストレスも附加して二重の負担が掛かっている。その方達の依頼であれば、依頼も理解出来るが新たに依頼が来る場合に、どう考えても家族で行える事であるのに依頼が来ている場合が多くなっている。確かに介護の必要な高齢者の方が、年々増えて、家族の負担も多くなった部分は分かるが面倒な部分や汚れる事を避けたいとの気持ちが、見え見えな場合も多く見受けられる。その様な依頼が増えつつあり、それを全部受けていたら今の私達がやっている事は、便利屋扱いに成ってしまうのと私達がお手伝いをする気持ちが、消滅しかねない。今、高齢化で介護が必要な方が年々増え、それを支える財源も社会保障制度の予算も削減されている、現在の政府の遣り方では、高齢化の進む状況では将来的な部分で多くの問題が起きるであろう事を、国民の方達も危機感が無い。国民も目先の生活だけで、これからの日本の将来を考えて居ない様に、同じように政治家も官僚も将来を見据えて居ない事は、はっきりしている。現在は社会保障制度の政府の財源削減により、多くの高齢の方が負担を強いられて生活が苦しく、また家族も負担が多くなって来ているし、財源不足により自宅介護と認定が厳しくなって来ている。その為に、社協に対しての高齢の方からの依頼が増加しているがそれを、お手伝いする方達も高齢の方が多いのも現実である。言うなれば、高齢者が高齢者を見る事に成っている状態である。その現実を分かりながらも、政治家や官僚は何ら将来的な対策を施して居ないし、むしろ財源不足で対応が厳しさを増し、将来的な政策も考えていないのが、政治家と官僚であろう。だが、高齢化の進む事は、“待った”はかけられない状態であり、多くの方が苦しんでいる事は確かであるが、その中でも、まだ、家族が居る方で最近に障害が出た場合でも面倒な事は、他人に任せて、お金を掛けないでと言う方も多い事も現実である。本来なら、親を見て育てられた事に感謝すべきがそれすらも忘れている方も多いし、その様な方が前記した考え方で、社協に依頼して、便利屋的に使う方が増えて来ているのが現実である。私は、その様な方の依頼は受けないと言う事をはっきりと宣言したのである。その様な方の、お手伝いをするくらいなら、もっと困っている方の、お手伝いをする事にしますと。其の判断をしっかりとして貰う事が大切であり、それによって、私達がお手伝いする為の高揚が出来るのであるから。
2016.06.29
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私も使う言葉でプライドと、たまに使うがそれは自分の関わった仕事に対してである。私はシステム関係を40数年やって来たしそれなりに多くのシステムを構築して来たのであるが自分なりに極めたいと思って、色々と思考錯誤して仕事をして来たので、それなりの事は出来るようになったと思うからのプライドが持てた。それは自分なりに自信が、多少なりに持つようになってからプライドと言う言葉を使うが、私はあまり、この言葉は使いたくない。だからブログでも、人との会話の中でも、使う事が少ないと思う。プライドは、人それぞれによって違うし、持ち方も違うから言葉に出す人も居れば、気持ちの中でだけで持つ人もいる。私は後者に近い考え方であり、プライドと言う言葉を発する時は、それなりに自分に自信がある時だと思っている。最近の傾向では、自分を極めないでプライドを表す人達を見る事や聞く事が多くなって来たように思う。私からすれば、本当に極めて居るのかと思う人達が態度で表して居る傾向が強くなった。特に私がブログに書く、政治家はプライドと言う言葉を分かって居ない人達なのではないかと思ってしまう。プライドは、極める事によって、生まれるものであると思っている私であるから、こんな勝手な事を書くが自分を極める為に、それなりに努力をするものである。だが、今の政治家は部分的には、理解しているが極めて居るかと言えば、それが出来て居ない人達が多い。これは人気投票的に、政党から安易に候補者に擁立され数としての人達が多いからなのであろう。政治は幅が広いので、専門分野を絞る事をしないで顔が売れているから、人気があるからと政党側も数としてだけを目的としているからなのであろう。今回の参議院選挙は、マスコミも数を強調しているがこれも問題が大きい。確かに過半数を取るか、取らないかで政治的な意味はあるがその前に、私達は政治家としての気質を、見極めて行くべきであり私達の立場になって政治を行う事が、出来るかで選ぶべきである。それには、それなりの分野で専門的に極め、プライドを持っている人達かを見て行く事も必要である。先に書いたプライドは、イチロー等を見ると彼はそれなりに実績を積み上げて成績も残すが、私達の知らない努力をして、ここまで積み上げて来たから、それなりのプライドを持てるし、其のプライドを誰もが認めるのであろうと思うが、本当にプライドのある人は、それを見せないし、言わない、自分の中だけで、プライドを持っている人が多いと思う。だが、今の政治家は選挙の時はプライドを隠し、当選したら、上から目線でプライドを露わに出している。あれは自己満足と、自分の欲求を満たしているだけのプライドであり本当の意味では内容が無いように思える。それは、私からすると薄っぺらい人物にしか見えない。本当にプライドのある人は、自分を見せないし自分の行動に責任を持ち、言った事をやり遂げる人だと私は思っている。人はそれぞれにプライドは持っているが、そのプライドの持ち方によって、人なりとしての価値が決まるように思うし実力の無い人がプライドを強調する事は、私は嫌う。プライドと言う意味の取り方によって、違いがあるが今の政治家や多くの人達は、極めないでプライドが強い人が多いように思える私である。
2016.06.28
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またも、与党幹部の政治家の発言に呆れる。何時も私が書く、今の政治家は国民生活を考えて居ないと思える発言であり、誰の為の政治なのかを自覚して居ない発言である。一概に発言内容だけで、判断出来ない部分はあるが日本語は特に前後の発言の関わる部分が多い事もあるのでそれにしても今回の発言は、国民生活を考えて居ないとしか取れない部分が多過ぎる。この様な政治家が多過ぎるのと、政治は誰の為に行われ誰に選ばれたかも理解して居ないで政治家ですと言う態度は、今の政治家が殆どであり、それが政治家の劣化に繋がって居るのであろう。まず、政治は誰の為、誰の代弁者で選ばれたのかを自覚し同時に誰からのお金で給与や運営費を貰って居るかも分かって居ないのであろう。分かって居たら、あのような発言を行わないであろう。あの程度の思考能力しか無い人では、国民生活は分からないであろうし、国民に対して上から目線の対応である。これは、自分は政治が分かって居て、私達が働いているからあなた達(国民)が生活出来るのですよと言って居ると同じ感じがしてならない。自分なりの意見を言う事には、吝かでではないが、それは自分の立場を、弁えていての発言なら、分かるし自由であるが、国民の代弁者として選ばれたのであるからそれなりに常識を持った発言すべきである。だが、その自覚が無い人達が政治家であろう。企業に勤めて居れば、企業から給与を貰って居るのであるから企業の為に働く、これは人として当たり前の事であろう。ところが殆どの政治家は、そうでは無く私達がやっているから日本が動いている、其のやって遣って居る事の報酬であると考え、無駄遣いも、企業からの政治資金も、税金からの政治資金も当たり前に使い、民意は反映なしで、政党利益のみを追及しているのが、今の政治家であろう。そこには基本的な働くと言う理念も分からず、国民を見下した態度が見え隠れしているが、選挙の時だけ国民受けする事を言って当選したら、只の数だけで政策の為のコマに成っている。これが今の政治家に多過ぎる。同時に庶民感覚が無い、庶民や弱者の立場を考えるだけの能力に欠けていて、只の職業としての意識しか無いので国民生活では考えられない発言や、問題を起こすのであろう。そこには国民も、もう一度、政治家とは、誰の代弁者であるかを考えて選ぶべきであり、今までの諦めやシガラミや、知名度を優先した人気選挙では、駄目な事を認識すべきであろうと思える。その為にも、今の政治家や選挙制度に対しての声を上げて変える時期に来ているし、それをやらなければ劣化政治家の温床作りに国民が同調しているだけであろう。本当に、今の与党幹部は、政治屋であり、政治家では無い。国民主体の政治を、私達自身が考える時に来ている。
2016.06.27
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昨日は久しぶりに睡魔と闘った日であった。移動しながらも、自分では眠たいのであるが、車やバス等の移動では、眠る事が出来ない性格であり、それと睡魔の葛藤が、若い頃から、その様な事が多かった。若い頃は体力的な部分で補えたが、今は其の部分も低下しているのでそれが自分の思うように行かないのである。どうしても睡魔に襲われると、思考能力が低下するので相手との会話も、荒くなる部分が出てしまう。普通なら気にもしない事が、面倒になったりし、聞く能力が普段なら聞き流して済ませる事も、何か知らず反発してしまう。確かに睡眠時間が2時間程度であった事もありそうなった部分があると思う。若い頃は、私達の業界は徹夜続きが当たり前でありそれが衰えて来ている事は否めないと感じた。そんなこんなで、何とか乗り越えたが、自分の至らなさも見え隠れした部分が出た事に反省している。今回は特に、行く前に難問を抱えていたので、それを解決する為に、色々と試行錯誤をしていたし其の難問が、半端じゃ無い状況だったので、幾日か問題を考えたりしていた事も、睡眠時間の取れない原因であった。若い頃から難しければ、難しいほど、それに対し向かって行きたい気持ちを奮い立たせる事に成った。どちらかと言えば、私の得意分野では無いが、PC関係なのでシステム屋としてもプライドも闘志を掻き立てたがどちらかと言えばハード的な事で、私にとっては分野違いであるが色々な面で、ハードも分からないとシステムを構築できないので関わる事が多いが、得意としてない。でもパソコンに成ってから、分野も曖昧に成りどちらも分からないと出来ないと成らないし、頼まれる事が多いのである。同時に若い頃からそうであったが、難問に成るとそれに対する闘争心な湧きあがり、解決したいと言う気持ちが自然と出て来て、のめり込むのである。本来は専門分野の方に頼むと、早いかもしれないがそれを自分で解決する事によって、自分なりに新たな知識が得られるので、自分で解決したくなる。今回は、それを解決する為に手を付けて、1週間近く思考錯誤していたのであり、出発前に解決策が見出されたので行動を起こしていたので、それに数時間かかり、出発時間が遅れた為に、睡眠時間が足りなくなった。だが、解決した満足感はあったし、誰でもが解決出来ない事でありそれは良いのであるが、睡眠不足の行動の悪さが出た事は反省してるのと、年齢を感じた自分である。
2016.06.26
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今日は車イスの方のお手伝いで、病院に行きますが四回目なので、相手の方も色々話をしてくれる様に成って来た。話をする事によって、相手の方が何を望んでいるかも分かるし面白い部分が出てきたりする。前回は、帰りに買い物をしたいとの事で、私が買い物をしている間に、歩道に車イスを止めて道行く人を観察したいと言っていたので、その様にして、私は買い物を済ませたが、どうしても車イスで外出機会が少ないので、人恋しい部分が出るのであろう。今まで、お手伝いした方は、その様に気持ちを感じる事が多かった。どうしても外出機会が少ないので、ストレスが溜まるのであろう。私の場合は、まだ行動出来るし、チャリで走り回る事も出来るのでストレスが溜まりそうになると、外出して発散しているが私が、お手伝いをしている方は、外出が出来ないで寝た切る時間が多いので、どうしてもストレスが溜まるのであろう。また、長い期間寝たきりになると、最初の内は動くようになりたいと、希望を持ってリハビリを行っているが、長期間に成ると、思うように動かせないジレンマを感じるようである。私は、なるべく、相手の方の行動範囲を広げて上げて行きたいと思っている。それによって相手の方のストレス解消に多少でも成れば良いと思うし、それによって相手の方の行動する意欲を、感じて貰えると私も安心する。今回の方も、最初の頃は動けるようになりたいと言う気持ちが強かったが、今は諦め感が強いと言っていた。その様に感じるのは、自分の思うように動けない、もどかしさが、時間が経つ事によって出て来るのであろう。それではリハビリも効果が薄くなると思うのである。それを何か別な部分で目的を持って貰い、新たな気持ちでリハビリを行って、意欲を引き出してあげたいのである。それは私も同じで、何かに向かっている事によって自分を鼓舞出来るし、何時も自分を行動的に出来るからなのであり、それによって自分の見えない部分も引き出す事が出来ていると思って居るから。ただ、それは社協のお手伝いの規約から、離脱する部分も多いので、難しいが、その辺は臨機応変に行って行きたい。私のお手伝いは、その気持ちを大切にして行きたいと思って居る。その面では、規約外の考えであるが、この考え方は続けて行きたいと思う。まずは、人のやる気を引き出す事と、相手の方が何を遣りたいかを知る事によって、段階的に進めて上げる事しか出来ないが色々話をして、それを私は理解したいと思っている。今日の夜から知的障害関係で宮城に行きますので、明日のブログは休みます。
2016.06.24
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参議院選挙の告示され、各党首の街頭演説を行っているが街に張られている政党のポスターの内容から始まっている。私も政治家に対して、自分のブログでは批判や批評を書く事が多いのであり、私のブログを読んだ方に「貴方は共産党か」と言われた事がある位、左よりの傾向が強い。確かに若い頃は、左寄りではあった。貧乏学生であり、その日の食べる事にも苦労したし質屋が通いもよくしていた。また、サークルを作り、会報を出して、会社から睨まれた事もあったのであるが、共産系ではなかった。同時に私の学生時代は、学生運動が激しく、それなりに自分たちの意見を主張する時代でもあり、政治に対しても興味を持てたと思う。今回は18歳以上が選挙権を得たので、其の年代の人達の動向に興味があり、それによって日本の将来的な物が決まるように思う。これは政治家も同じであろうと思うが、如何に彼らが自分たちなりの意見を主張するかによって、今後の選挙運動が変わるであろう。ただ、18歳からの人達が、AKB選挙の様に考えての行動を起こしたら、日本は一気に政治家の資質が低下しかねない。これが、一番怖い事であるが、もし違って私達の若い頃の様に自分達の政治に対する意見を主張するようであれば、日本の政治も変わる可能性があると思う。ただ、18歳は高校生も多く含まれるので、官僚が教育現場で制約を行う可能性が強くなる事も否めないであろう。現在の日本の教育体制では、それを遣りかねない様な官僚が多過ぎると思われる。既に高校では選挙に対しての制限的な制約を行われている。ただ、それに対して親が、どの様に考えた行動を起こすかも関連するであろう。この年代は、親の影響が強い部分も出るので、どの様な動き方をするか、今回の選挙は興味が持てる。同時に、今回の選挙での一票の格差が、3倍以上は何ら変わらない状態であり、政治家の自己保身法案が浮く彫りに成っている。本当に、今の政治家は自分たちの襟を正す事をしないし国民の税金で政治資金を受け取りながら、金銭問題は起こしなお且つ、民意等反映させる事無く、国民が払った税金の無駄遣いを行って、将来的に危機がある社会保障等の予算削減など行っているのが、今の政治家である。政治資金法もザル法案であり、なお憲法違反の議員であるはずの議員は無駄な税金を使い、大幅削減は行わず、削減しましたよと国民を誤魔化し、無駄金を使い、日本の借金を増やし将来に残す事は明白でありながら、将来にはツケを持ちこさないと戯言を言って居るのが、今の政治家であろう。今回の選挙で、国民が民意を反映させる気持ちがあるかによって今後の日本の行く末が掛かって居るであろう。●私の宣伝ですが、エッセイを書いたのを投稿しています。興味のある方は読んでみて下さい。ただし75000文字位あります、ドミニカ共和国での4年間をまとめて書いたものです。アドレスは下記です。https://kakuyomu.jp/works/1177354054881234744
2016.06.23
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私はブログに良く書く、政府や官僚の高齢者対策は「姥捨て山対策」と書くのは、現在の政策では政治家の言う福祉保障の充実が行われないのと、逆に高齢者負担が増し高齢で介護の必要な方に対して、あなた達は邪魔です、金食い虫ですと言う対策であると思うからである。前日書いた、ある大臣の発言でも分かるように高齢者に対する労わりや思いやりなどは無いに等しい。現在の高齢で介護が必要な方が、重度で施設に入って居る人も費用が倍になり、家族の支払いが大変に成って来ている。これも政府の福祉保障費の予算削減と、官僚が、皆さんが払っている、介護保険や年金の資金運営の失敗も重なり、それと消費税を福祉保障の予算にと言う事であったがそれも本来の福祉保障に使われているか分からないのである。今や高齢で介護が必要な方が入所出来る施設も少なく介護の頻度によって、自宅介護へと移る政策を行っている。そうなると自宅介護によって、介護する家族の収入等が減る事や介護する労力により、多くの方が、ストレスが溜まり介護される側も同様にストレスが蓄積して、死を選ぶ事件が起きているのが現実である。これからは、重度の介護が必要な方も自宅介護と成りその様な事件は多発するように思えてならない。これに対して官僚も政治家も、対策を考えずに予算削減を行って、自己負担の増加と介護に対する対策は、何ら行って居ないので、家族で行って下さいと言っている。これは完全に「姥捨て山政策」であり、動けなくなったら自分と家族が費用を負担しなさい。国は予算が無いので、あなた達を助ける事が出来ませんと宣告した様なものである。重度の介護の必要な方も、介護費が倍に成り負担増を強いられ同時に自宅介護となれば、介護する側の収入も減少する事になりその様な事は分かっているが、対策等は施されて居ないのが政府と官僚であるし、同時に、それを取り上げない政治家も多い。最終的には、政治家と官僚は時代背景から、この様になる事は予測で来ていたし、早めの対策も行えたはずが、それを怠って来たのが現実である。これからは、介護に関する事件が多発するであろう。介護する側も、介護される側も互いの事を考えて死を選ぶ事件が多くなった。それに対する政治家は、何ら反応が無く、官僚は予算が無いので対策案も出さないで、むしろ予算を削り、自宅介護を強いている。自宅介護により、費用の負担が多くなり、逆に収入減が生じる事は明白である。そうなれば、生活苦が生じるが、介護認定に対しては厳しい基準で応じるのが現在である。今の対策では、重度の介護が必要な方々は、死を選びなさいと言っているも同様に思えてならない。ましてや他人は助けてくれないし、自分たちで生きて行くには辛い状況であり、それを分かりながら政府は現在の政策を行い何ら今後の対策等は考えて居ないのである。これだけ高齢化で介護が必要な方々が増えたら、確かに、お金も掛かるし予算増も考えなければならないであろう。幾度も言うが、無駄な議員は大幅削減を行って政治家としての資質も無い方は、税金の無駄遣いであるからその分を予算に回すべきであろう。
2016.06.22
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選挙が近くなったので、其の関係を書く事が多くなる。今回は各政党の政策を見て見ると、選挙民受けする事が多く、具体的な問題を言っているが、それに対する方策が見えて来ない。現実問題は国会では先送りにされて、選挙受けする事だけが行われたが、表面上だけは繕い、それに対する具体案は示して居ない事が多かったように思う。特に私の関心のある、福祉関係は悪くは成るが、良くは成って居ない様に思えてならない。社会保障費の削減により、介護が必要とする人達の負担が大きくなっている事が現実問題としてで出した。政府も官僚も、彼たちは何を考えているのかと思ってしまう。団塊の世代で、日本経済が潤い、そのおかげで教育を受けられそれなりの日本経済が潤った事を忘れ、今や姥捨て山政策を行いある大臣は高齢者に対する失言まで飛び出す。其の大臣は、誰のおかげで自分が大臣に成ったのかまた、自分も高齢になるであろうに、自分がその様に言われたら、どの様に思うか考えての発言であろうか。こんな連中が政府を、牛耳って日本の政治を行っているのだから人の痛みや庶民の気持など分かるはずが無い。特に、この大臣は典型的な、おぼちゃまであり世襲で政治家になり、何の苦労も知らないのであろうから、人を労わる事や、自分が育てられた恩などは分かるはずがないし地方ではチヤホヤされて育ち、世襲で議員に成っただけの人であろう。こんな連中が多いのが、今の日本の政治家であろうし考えている基準が庶民とは、大きく懸け離れているのであろう。これが地方での日本独特の封建制度の名残りであろう。何回も書くが、地方ほど封建的民主主義であり、財閥や旧家の出の議員が多く、世襲制度選挙の温床であろう。この考え方を改めなければ、日本の政治は変わらいないであろう。仮に金銭問題を起こしても、次の選挙で当選すれば問題は選挙民によって解決した事に成るが、議員の中身と考え方は変わって居ないのが現実であり、同じ事件を起こしても再度、当選すれば選挙民が判決を言い渡して、当選したのだから問題は無いと言いきるであろう。今や政党政治の曲がり角に来ていて、政党内はマンネリ化と知名度優先の候補者を公認して、数だけ揃える政治であり、党内も古狸が牛耳って、庶民感覚の意見を言えば潰されるだけであろう。この様な時代を終わらせて、市民が候補者を擁立して庶民感覚の議員を国会に送り込む様に成らなければ日本は変わらないであろう。私達の若い頃は、日本の経済も安定して居なかったので労働者は自分たちの権利を守る為に、自分たちの立場に立った人を擁立して政治の場へと送り込んで、自分たちの意見を言っていた部分があった。それが日本経済の発展と供に、労働者は自分たちの権利を放棄したかのように、擁立し無くなり御用組合的存在になってしまったのである。その為に経済界は、金に物を言わせて政界を牛耳りそれに対抗する労働組合は、弱体化してしまった。それが政治家の劣化を招いた部分もあると思う。経済界からの、金に動く人達が政治家と成り、経済界の言いなりになり、労働者の弱体化を行った。これが政治は誰の為にやるかを、政治家自身が金の為に動く原因に成り、金をばら撒く企業に擦り寄って行ったのであろうと思う。国民は自分たちの税金を見守るのと、将来に借金を残さない為にも税金の行方を考えるべきであろう。無駄遣いは、日本の借金を増やすだけで一利ナシと言う事を・・
2016.06.21
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選挙近くなり、各政党が政策を掲げているが今回も与党は経済政策を掲げて、国民を欺く事のように思えてならない。前日も書いたが、与党の言う前回の経済政策は、失敗であったと思われる部分が多い。前回の経済政策で、国民が潤ったと思っている人達は殆ど居ないであろう。むしろ苦しくなったと思っている人が多いので今回の消費税の延期を行ったのであろう。これは選挙絡みもあっての事だが、延期を行った場合は国に入るべき、お金が入らなくなるので、それに対する対策を国民に説明すべきが、それも無しである事は次の予算も借金で補う事に成る事ははっきりしている。ましてや高齢化と少子化など、社会保障費は年々増加するのであるから、その財源を確保しなければ成らない事ははっきりしているのであるが、それに対する政策は出来ないで、選挙で数を揃えたら、国民負担を強いる事を考えているのであろう。選挙の時は、経済発展、第一の矢、第二の矢などと言っているが全部、的を外して居るのに、懲りもせずに経済と言っているが潤ったのは大企業だけであろう。政府の関係者が外遊してセールスマンを行い、挙句は減税を行いそれで政治資金を頂き、問題が起きているのであるが政治家は、それが普通の事で在るかのような振る舞いである。結果的に庶民生活など考えていないも同じで、政治家の懐勘定だけで、次に考えるのは選挙の事であるから金銭問題が起きるのであろう。其の金銭問題で、国民の税金を使い政治資金としてクリーンにしたはずが、何ら変わらない金銭感覚で再発しているのが、政治家の金銭問題である。自分たちに都合が悪い事は、抜け道だらけの法案を作り弱者に対しては、厳しい予算を付けて、自分達が問題を起こしたら、ノラリクラリと逃げ、弱者には厳しい罰則を課すのが政府であろう。政治家は自分たちが襟を正して、国民に物申すなら分かるが自分達の事は棚に上げて、弱い人達の予算は削減し自分達を守る事だけを行う連中なのであろう。政治家とは誰の為に働くかが分かって居ない人達が多過ぎるのが、現在の日本なのであろう。選挙の時だけ、公約を口で言うが、それはあくまでも選挙用の公約であり、国民受けする事を言っているだけが現在の政治家と政党であろう。本当の政治家なら、自分たちの襟を正して、国民生活を考えて行動すべきであり、お飾り議員は無用の長物である。今や数の論理では政治を行うのでは無く、実質的な行動で政治を行うべきであり、その為には大幅な議員削減してそれを予算や国の借金に回して、将来にツケを残すべきではない。
2016.06.20
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今の日本国民は、経済発展と供に自己中心的考え方が強くなった様に思うし、それを利用した政党は国民の払った税金に胡坐をかいているのあろう。今や消費税増税も延期に成ったが、その税金を使うはずの社会保障費の資金の当ても無い状況である。同時に政府が行った経済政策も失敗していると考えても間違って居ない状況であり、予算関係は日本は切迫しているのである。だが、政府はそれを認めない、それを認めたら選挙の勝てないし政治手法の間違いを認める事に成るから、当たり前であろう。今は社会保障費を、どの様にして行くかが大切な国内問題であろう。その社会保障に関しては、何事も先送りを行い、今後の社会保障に影が落ちて居て、今後は益々社会保障に関して問題が多くなり弱者負担が多くなるであろう。本来は消費税を社会保障費に使う事で、国民も認めて来たが政府は経済政策の失敗により、消費税増税を行うと日本経済の低迷は、はっきりしているので政府は延期を行ったのであるが、それに対応する対策は先送りである。これでは、国民の負担は増えるのと、高齢者や貧困格差が拡大する事により、日本の経済は停滞する事ははっきりしている。今の政治家は自らを見直し、政治とは誰が主権者であり誰の為に行うべきかを考えるべきであり、金の為の政治で無い事を考えるべきであろう。まず、経済に関しては世界状況から見ても日本の最高だった頃には戻れない事は分かっている。その状況を国民も自覚すべきであろうし、政治家自身も考えて行動すべきが、今の日本の政治家は自覚も責任感も無い人達が多過ぎるのであろう。今回は18歳以上の選挙権が与えられての、選挙であるがその人達の動向により、今後の日本の政治が、どの様に動くか決まるような気がする。現在の人気投票的選挙と同じ考え方であれば、日本は変わらない。むしろAKB並みの選挙になりかねない様に思う。日本の国内事情も、国民は考えて無駄遣いを止め将来の為にも、税金の無駄遣いの議員大幅削減を行うように叫ぶべきであろう。そうしないと将来の人達に、借金を背負わせて、破産国家に突き進む日本である事を、国民は自覚して行かなければ成らないであろう。
2016.06.19
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昨日も車イスの方のお手伝いを行ったが、そこには色々な問題点が見えて来る。本人は身体を動けるようにリハビリを行う努力をする意思で通院するが、政府の政策で同じ病院に通う事を制限がされその期間を過ぎると、別な病院に変える事になる。それは、それなりの理由がある事は分かっているがそこには通院する側の利点もあり、問題点も起きる。利点は、病院によりリハビリ担当者の考え方によって、方法が変わり、リハビリされる側からすると今までと違った効果が表れる可能性がある事と意欲的な部分を引き出してくれる事も考えられる。だが、利点に対して逆に成る可能性も占めている事もあるのが問題点に成りかねないのと、近隣の病院であれば私達の様なお手伝いが出来るが、遠方となればタクシー成りを使用する為に余計な経費が掛かるのと、体力的な負担も大きい。一概に病院を変える事は悪いとは思わないが、慣れて来てそれを一からやり直す事は、リハビリ担当者によって変わりそれがストレスに成りかねない部分も考慮すべきであろう。どうしても、ある程度の期間行って居ると気持ち的にそれなりに楽であるが、新たにとなると、どの様な変化が生じるかと言うストレスも出るのと障害を克服する意識的な変化も出て来る事に成る。その意識が良い方向に出た場合は、良いが悪い方向に出た場合は、本人のやる気を無くする事により、体力的な衰弱が激しく成るであろう。この様に考えると、障害がある方の度合いにあった方法の考え方も考慮して行くべきであろうと思う。この様なお手伝いをしていると、色んな面が見えて来るが政府が行う政策は、机上と官僚サイドの考え方で抜けている部分が多い事を感じるが、すべてを求めるのは無理かもしれないが、ある程度は考慮すべき点が抜けている。やっぱり、お役所主義であり、予算削減も問題ありであろう。
2016.06.18
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前々回に書いた、政治家のお金感覚であるが、知事も最終的に辞任と言う事に成った。これも世論が厳しく、同時に政党は選挙絡みでの決着であろう。選挙が無ければ、支持政党は、どの様に対応したのであろうか?まずはウヤムヤにして終わらせた可能性が高いが今回は選挙民も厳しく批判していた事もあり、この様な結果に成った事は、国民も政治家に対する見方の変化も出て来たのであろう。そうなると次の候補問題であるが、各政党は知名度を優先して、日本の首都を導く人をと言うが今の日本で知名度だけでは、政治家の劣化が激しい中では問題が多いように思う。今の日本の政治家の劣化が始まった原因は、選挙が人気投票化されている議員が多い事を国民は知るべきである。私は幾度かブログに書いたが、AKBの選挙と何ら変わらないのが日本の選挙であり、政党が公認する基準も知名度優先であり基本的な政治の「せ」も分からなくても、数さえ増やせば良いと言う政治体制であるから、人気投票選挙に成っている。今回の辞任知事も、日本では最高学府を卒業して教授になり政治学者である人が、あの程度の政治認識しか無いのであるから良く政治を教えていたと思える。確かに私達が企業に居た時は、経済学者が会社経営を行って上手く行くかと言えば、それは無理だと言う事が言われた。確かに論理的な事は理解しているが、現場サイドで生じる色々な面では、論理で解決出来ない部分が多い。また、別な面で精神論的な部分も必要であり、現場に溶け込んで始めて分かる事もあり、それは理論では解決できない事があったりするので、学者が言う理論で、儲かるなら苦労しないと私達は思っていた。今回の辞任した知事も、政治学者として理論をかざして政界に出て政治家に成ったが、結果は政治を知らないで自分の論理をホザイテ、政治の主権者である国民目線に立てないで、上から目線で私は政治を知っているという態度であったから、この様な不祥事を起こしている。今の政治家は、この方と何ら変わらない人が殆どであろうしもっと悪いのは、顔が売れているからと言うだけで政治家に成っている人が殆どであろう。今もTPP関連を担当した方で金銭問題を起こした方は、病気を原因に入院して、何とかホトボリが覚めるまでと思っている。この方も衆議院が解散したら、再度立候補して当選して金銭問題は無かった事にする事は目に見えている。まず、政治家の金銭に関するザル法案では、この様な問題は起きるし、チェック機能もなされていないのとお金の管理も出来ない人達が、政治を行う事態に問題が多い。私は何度も言うが、借金大国の日本が借金を減らす為には金銭感覚の薄い議員の大幅削減と、選挙制度の改革及び官僚制度の改革により、税金が使われる予算のチェックと第三者機関による、政治家の使う金銭チェックの機構を作り、大幅議員削減により年間一人2億近い金額を借金と地方創生に回すべきであろう。今の日本の議員連中は国民の税金で給与や諸経費を貰って居る自覚が無い事と、誰の為に政治を行っているか分からない人が殆どであるから、その無駄を省くべきであろう。
2016.06.17
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昨日、健康診断を行ったのであるが、ショックな事があった。それは、年々背がチジンでいっているのである。昨年より4mm程低くなっているのであり、昨年も5mm程度と背が低く成って居て、内診の先生に聞くと、歳を取ると当たり前とあっさり言われたのである。内診の先生は、私が毎月高血圧で診て貰う先生で世間話や色んな話をする方で、私と同じ歳なので気が合うのであろうと思う。今日も診察の人達が多いのであるが、色々話をしてくれた。話している中で、先生が幾度も評判の良い事で幾つかの本に載って居る事も話、本も見せて貰ったが本当に色んな面で端的で的確に助言をしてくれる先生である。今は、私の通院している病院の内科を診ているがその前は大学病院で教授もやった方で、そんな素振りも見せない方で、私は気楽に話をしていたが、本当は以外にも名医で評判の良い先生であったのは、驚いた。本当に先生とは友達感覚で話す事が多かったが、人は意外な者で、自分を隠す人の方が、仕事が出来る方が多いように思う。本当に人は見かけに寄らないと言うが、本当に仕事の出来る人はそれを表面に出さない人が多いと思うし、表面に出す人は上から目線で、内面的には相手の事を考えていない人が多い。また、一人で居る時は自分の感情を出すが、対人で接すると物腰も柔らかく、自分は仕事が出来る事を言わないで行動で示す人が多いような気がする。その様な方は、相手の立場に成って見てくれるしそれなりに自分を隠しているが、自然に仕事が出来る事が見えて来るものである。ある程度に仕事が出来る人は、自分は仕事が出来ると表面に出すが、本当に奥深いものは持って居ない人が多い。自分を見せずに仕事がこなし、なお且つ相手の立場を理解しながら行動する人ほど、仕事が出来るものである。仕事の出来る人は、自然体で自分を出しながら、相手を理解しようとして、気さくに接し相手を自分の中に自然に引きこむ力を持っているのであろう。今回の健康診断は背が低くなったのは、ショックであったが別な面で人の接し方等を学ばせて貰ったように思う。結果は3週間後であるが、年齢なので身体の部品は摩耗しているであろうが、心を学ばせて貰ったように思うので、それで良いのかと思う。
2016.06.16
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私の性格なのか、意外と人見知りしないで気さくに話をする。これは私の若い頃では考えられなかった行動である。前にも書いたが、子供時代の劣等感があり、人見知りでは無いが人嫌い傾向が強かったのが私である。だが、最近は気さくと言うか、気軽に話しかける事が多い。これが自分の本来の性格なのであろう。高齢者や被災地でも気軽に話しかけられる事が多いしなるべく話しかけるようにしているのである。特に高齢者の方には話しかける事が多い。今、お手伝いして居る方がたにも、話しかけているし相手の方も気軽に話してくれるように思える。今の相手の方とは、今回で二回目であるが、相手の方から話をして頂けるので、こちらも色んな面で対応出来る事が多くなる。また、私の考え方としては、お手伝いして居る方が何を望んでいるかを知りたいし、その方の考え方も知りたいので、話してくれる事を私は喜んでいる。私は良く買い物に行く店の方とも、直ぐに親しくなる事が多く、気軽に「今日は何がお勧め」と聞くから始まり、だんだん親しくなり、相手からも声を掛けられるようになる。人は会話の中から互いの気持ちが分かり、それによって人間同士の信頼関係や友達としての付き合いが出来ると思えるのである。ただ、現代は話す事の大切さを忘れがちになって居ると思う事が多い。私は高齢者や被災地の方とも付き合いがあるが、話をする事によって相手の気持ちを察する事が出来ると思うので、必ず声かけから始める。声を掛けて見て、相手の方の反応で、次にどの様な事で、声のかけ方が良いかを模索して声を掛けようか考える事が変わるし、対応する私の姿勢も変化させるようにしている。ただ、都会と地方では大きな違いがある事は皆さんが分かるように、地方では声を掛けやすいが、都会は声かけを行うと警戒される傾向がある。それが顕著に出ているのが、子供たちである。地方では朝登校する子供たちが、見ず知らずの私にも「おはようございます」と声を掛けてくれる。これは都会では無いし、私が都会で挨拶したら逆に警戒される。その違いを感じる事が多い。言葉は難しい部分があるが、そこには声を掛ける事によって何かの人と人の繋がりが生まれ出る。その繋がりを大切にして行くべきであると私は思う。ただ、そこに欲望的(金銭的も含む)な物が入って居ては駄目であるが、その様な事が無ければ人との繋がりが生まれ出て、そこから学ぶ大切さが分かると思うのだが都会は、それが無くなって来ている様に思える。メール時代に逆行するが、私は会話から理解や信頼が生まれ其の大切さを忘れがちになっているのが今なのではないかと思う。システム屋として長く仕事をして来たわたしが、危惧しているのがその面である。
2016.06.15
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最近、街中に政党のポスター多くなった。参議院選挙が近いからなのであろう。その中で、ある政党のポスターに「東京を世界一の都市に」と書いてあるのには、呆れてしまった。何を考えて、こんな文面が出て来るのか疑問に思う。この連中は、これが政治を行う政党が訴える事なのかと思ってしまう。現実問題を把握して無い政治家の集団かと思う。今や日本は地方の問題が大きいのに、東京を世界一等と戯けた事を言っている場合であろうか。大きな災害や高齢化による地方の過疎化など多くの問題点があるのに、「東京を」は無いであろう。せめて日本をなら許せるが、この程度の事しか言えない連中では日本の政治家の劣化も甚だしく感じてしまう。今や日本を立て直すだけの、政治力を持った人が居ないし、日本独自の考え方を主張出来る人材が居ない。今の日本の現状を考えた政治を行える人はいないし国民の苦しみや、地方の問題等も分かる人が居ないのであろう。今、地方は過疎化と高齢化で喘いでいる所が大多数であろう。これは地方から選出された議員が何の対策も方針も行わなかった事が原因であろう。それで憲法違反の議員が多いのに、議員削減を行うと地方の声が等と言うが、今まで地方の声が通っていたならこの様に地方が落ち込む事が無かったであろうしそれなりの事が出来たと思う。はっきり言って、地方からの選出された議員は政治屋であり取り巻き連中の便利屋さんの役目をしていたのであろう。特に地方は、幾度も書くが封建的民主主義が強くお嬢様やおぼちゃまが世襲制度の様に議員になり言うなれば昔の藩政と同じ考え方をしているのでこの様な結果に成ったのであろう。また、前日も書いたが、金の計算も出来ず、使う事だけは分かっている子供と同じ人達が殆どであろう。これでは庶民の生活は分かるわけが無いし、苦しみも分からないで、政治家ですと言っているが、政治を職業にしている政治屋であろう。職業と言うのは、金を儲けを行う為の事を、生業にする事である。この様な人達が、地方の事など考えずに、金になる取り巻き連中の便利屋にしか見えないのは私だけであろうか。今の政治家で本当に庶民の立場に成っている人は極わずかな政治家だけであろうと思う。後は民意等無視した政治家と、数だけで政治の「せ」も分からない政治家が殆どのような気がしてならない。それも憲法違反の政治家で、数だけ揃える為の人気取り選挙である事は悲しい限りである。本当に日本を考えるなら、金食い虫の議員は大幅削減してそのお金を借金に回すべきであろう。企業ならリストラして、人員削減を行うが政治家はそれも考えないで、削減すると反対行動を起こし最終的に削減した振りの、微小な数だけ削減して国民を目先で誤魔化しているだけである。これでは日本の借金は消えないであろう。
2016.06.14
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政治家のお金の問題が多いが、誰一人として責任を感じている人は居ないのではないかと思ってしまう。基本的に政治家の使う、お金は誰が払ったものなのか分かって居るのであろうか?餓鬼じゃないのだから、お金の計算や誰から給与を貰い誰の為に働くか分かって居るのであろう。この人達(政治家)は、お金は天から降って来て好きなように使える物と思っているとしか言えない。今、話題の知事は中国服も筆も政治の為に使いました。同時に公用車は都民の為に働いているのだから、使って当たり前、私は都民の為に働き、過酷な労働を行っているのだから好きなようにお金を使いますと言っていると同じである。そのお金は何処から出ているか等は考えていないし好きなだけ使えるものだと思い、お金の問題を提議されたら居直り的な弁明や上から目線の反論を行う。今までの政治家も同様で、お金の問題で責任を取った人は殆ど居ないに等しい。政治家が受け取って居る給与や諸経費は、国民が汗水流して働いた税金である事を政治家連中は分かっているのか?政治家で分かっている連中は居ないに等しいと思う。そんな連中がお金の計算も出来ず、同時に国民が慎ましやかに暮らして居るのに、豪遊で無駄金を使い、なお且つ個人的な物を買った物まで政治の為ですとは、餓鬼でも言わない事を平気で言って、最後はウヤムヤな結末が今まである。これ程、無駄金を使う連中が政治ですと言っているのは国民も許すべきではないが、曖昧な結末で許す国民にも問題がある事は確かである。現在の政治家で、やましい事をやって居ないのは少数であろうと国民も感じている事は確かである。日本は借金大国であり、それを少なくする為と政治家は言うが無駄使いしているのは、政治家であり、政治の「せ」も分からない人達が国民の税金を使い、それが当たり前であるかのように思っているのが政治家なのであろう。これが一般企業であれば、大問題に成り責任を取る事になりその人は信用を失い、誰もが相手にしないのが普通であるが政治家は選挙で当選したら、お金の問題は解決したと言う。これも、その人を当選させる選挙民もおかしいと思う。もし仮に自分の周りで金銭問題を起こした人がいたら普通の人なら信用しないで、村八分にするであろう。それが政治家なら許されると思う事態が、選挙民の考えに疑問を感じる。一般人が金銭問題を起こしたら、刑事事件になるが政治家は秘書がとかで弁明して、私は任せていたので誤魔化して逃げて終わりである。この連中は国民の税金である自覚が無いのであろう。議員になれば、上から目線、金の問題になれば他人に責任を擦り付けて、自分は口だけで責任を感じますと言って居るのが議員先生である。こんな無駄金を使う連中は、大幅に削減して日本の借金を減らすべきであろう。年々日本の借金は増え続けて、国民一人当たりの負担が多くなっている事に国民も考えるべきであろう。そうしなければ、日本は破産宣告をしかねない事になり国民は、その責任を取る事に成りかねない。
2016.06.13
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最近、人との交流が多くなって来た。技術屋の私は、人との交流が苦手だった。どうも人と接する事を、子供の頃から嫌っていたのである。特に私の場合は、施設育ちなので自分に劣等感を感じて居てその影響で、人と接する事を嫌った部分が大きい。私もコンピューターの初期時代からシステムを行っていたので、技術が面白くて、のめり込んで行った事もあり人に対しての考え方と行動は、自分の劣等感もあり逃げて居た部分はあったと思う。また、技術は自分で求めて行けば、逃げない部分があるが人は考え方が違えば、それは相反して互いを理解する事は難しくなる。それが自分としては、面倒であり、結果がはっきりする技術は自分を極める事が出来るので、システム作成に没頭した自分が居た。また、システムは論理や処理速度も自分なりに考えて行く事によって、それなりに満足感が得られたが、人は考え方が違うと険悪感が生じるので、逃げていたのであろう。そんな自分が変わったのは、海外で仕事をした事が大きかったと思う。それは日本では、周りを気にして生活したのと子供時代の劣等感も考えないですむので、自分を出せたから気楽に接する事が出来るのが、こんなに楽なのかと思った事が私の隠れていた部分が出たのであろう。その様な過程を踏んで、私は自分の本質を出す事が出来た。そこには自分本来の考え方は基本であるが、相手の立場を考える事の必要性もある事を感じる。確かに自分の考え方もあるが、それがすべてでは無い事を人は忘れている様な気がする。互いに意見を交わす場合も、自分なりの考え方も必要であるが一歩下がって相手ならどうするかを考える余裕を持つ事によって別な部分が見えて来る事が多々ある。また私の性格は、お節介焼きな所があり、その場合も自分の考え方でお節介を焼くのでは無く、相手の立場で考えて見てから動く事を心がけている。人と人の繋がりは、互いに尊重し合って行く事の大切さを最近は感じる事が多いが、その考え方が少なくなって来たのも現代の風潮であろう。特に都会は、他人は他人の傾向が強く、他人に関知されたくないし他人を関知したくないと言う考え方が強い。だが、今や一人暮しが多く、また、高齢の方も多い中ではそれを改めて行きべき時が来たのではないかと思うがただそれを利用する犯罪も多い事が、自己防衛と成って現れているのが現実であろう。そこには別な部分で人を思いやる優しさを持った人も多いので、その方達に期待して日本人の持っていた労わりや思いやりの気持ちを新たに作り上げて貰いたいと思うのである。私も最近は自分を出す事によって、多くの人達と関わりを持ち自分なりに学ばせて貰い、人と接する事によって学べる事を感じているので、人は人を見て聞いて学ぶものだと感じている。ただ、他人の行動を、批判をする事だけは、私としてはしたくない。人が行動を起こす事は、その人は自分なりの責任を持って行動しているので、問題が起きたら自分自身で責任を取る事に成るから、善悪の意見は言うかもしれないが批判は避けたいと思っている。政治に関しては別ですが・・・
2016.06.12
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昨日、車イスの方のお手伝いに行って来ました。今回で2回目ですが、前にも書きましたがこの方は10年以上、車イスの生活をしている方で今までは奥さんが病院に付き添っていたのですが奥さんの体調が悪くなり、私達がお手伝いをする事に成ったのです。今や介護も家族で行う方が多くなって来て家族の負担が大きく、介護されている家族のストレスも多大であろうと思えますし、介護する年数が増す毎に家族の疲れも大きいでしょう。今、介護する家族が将来を考えて死を選ぶ方も出て来て家族も高齢化しているのが現状です。高齢者が高齢で介護の必要な方の面倒を見る事に成って居るのが日本の現状であり、それに対する対策は成されていないのが、日本の社会福祉対策であろうと思うのです。政治家や官僚は、今の日本の高齢化時代に対する考え方の甘さがあり、同時にそれに対する対策は殆ど成されずにいてむしろ社会保障費の削減を行い、高齢者負担が増大傾向にあり消費税の再延期で、尚の事、社会保障は窮地に立つでしょう。机上での考え方と、現場サイドの隔たりが大き過ぎるのが現実ですが、行政も政府の決定した政策範囲しか行う事が出来ないのであり、現場サイドの声は殆ど通らない事が多いのが現在の政治家と官僚の政策だと思います。基本的に政治家は票に成らない所の政策は後回し政治家は選挙が重点で、高齢化で介護等は選挙に影響しないのと、金に成らないと動こうとしないのが今の政治家なのでしょう。本来は弱者の為に政治を行い、自らの行動で示すべき人が政治家なのであろうが、おぼちゃま、お嬢さまでは弱い立場等分からない人達が日本の政治を行っているのが現実であり、金のある企業等には擦り寄ってセールスマンと何ら変わらない行動はするのが、今の日本の政治家の様な気がしてならないのです。現状の高齢者に対する政策は、姥捨て山政策でありあなた達は邪魔者で金食い虫であり、自分の事は自分でやって下さいと言う政策であろう。日本が、これだけ潤ったのは、今の高齢者が苦労して働き日本の高度成長を成し遂げたが、今はただの厄介者扱いなのでしょう。今の政治家は高度成長期に恩恵を受けて育ち、教育された事を忘れて、今は厄介者であるかのような政策しか出来ないで居る政治家や官僚に憤りを感じます。これだけ日本の高齢化が進むと、現在の対策では後手、後手に回って居るし、むしろ問題を大きくしているだけの様な気がしてならない。机上の政策では対処出来ない状況であり、現場サイドの状況を把握して、そこで働く人達の声を聞くべきであろうし過酷な労働である事も考慮すべきであろう事も表面的に分かっているだけで、現実を分かって居ない政策案を作成しているのでしょう。選挙の時だけは、社会保障等と言っているがそれはあくまでも、現実が分かって居ない選挙民には受けるが、現場を分かっている人には、虚しく聞こえるだけ。これからの日本現実を見据えた政策を作るべきで小手先だけの政策では、問題が大きく成るだけの様に思う
2016.06.11
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今回は函館に行っていたので、金曜日の車イスの方のお手伝いは出来なかったのですが、函館に居る時も社協から電話があり、私の代わりの方が行ったむね報告がありました。また、帰る日にも社協から電話があり、聞きたい事があるとの事で帰京した日に社協に行き、担当の方と話をしましたが前に室内掃除をやった方が、再々依頼があったので頼めないかとの事で、前回も依頼があったのですが、私が断った方だったので、断った経緯を説明したのです。年度変わりで新たな方が社協の担当になったので其の経緯が伝わって居なかったのでしょう。どうも横の連絡がスムーズに行かない傾向があるようです。今回の方は新規で赴任した方なので、分からない部分がありその面は分かるのですが、古い方からの引き継ぎがなされていないと感じてしまいました。私が断った方は、前にもブログで書きましたが高齢で介護が必要な方なので、室内掃除をお願いとの事で私が行ったのですが話を聞くと娘さんが、その方の面倒を見る為に近くに引っ越して来たとの事でした。私が作業をした時間は午前10時からでしたが、作業を開始して間もなくに娘さんが来て、あれこれ指示して帰って行き、私は疑問に感じたのです。普通であれば、親を見る為に近くに引っ越して来たのであればその方が掃除なりをやれば良いと思うのですが、確かに汚れ仕事なので、誰もが敬遠したい気持ちは分かりますが、午前10時過ぎに来る人ですから仕事はしてない人と思えたのです。今や都会では親子関係が成り立っていない場合が多い事は分かりますが、汚れ仕事は社協にと言う考えと親を見る為に近所に引っ越して来たが、掃除や面倒な事は他人頼りで、それで面倒を見ているとは言えないと思った事と、仮に仕事をして居ても、休日等でも少しずつ出来る事なのでやってあげるのが、親子であろうと言う事で再度依頼があったのですが、私は断ったのでした。最近の傾向としては、親を見る方が少なくなったのと汚れ仕事は嫌い、やらない方が多いと思うのです。また、専門業者に頼むと金額が高く、それも払いたくない。それなら社協に頼み、自分は指示だけして手を汚さない。これでは親を見る為に、近くに越して来た事の意味が無いと思うし、社協に依頼する他の方の様に高齢で介護が必要な方で、誰も見てくれない方ならお手伝いは厭わないが、便利屋と思っている人を、私はお手伝いをしたくないのです。前回も依頼があった時に、本当に困って居る方のお手伝いをするべきで便利屋と間違った考え方のお手伝いは、私はしませんと、社協に宣言して前回の依頼は断ったが、再度依頼があり社協の担当者が新しい方だったので、私に依頼があってそれで再度お手伝いをとの事でした。私は断った経緯を説明して、その方のお手伝いは娘さんに任せるようにしてはと説明しましたが、ケースワーカーの方も前に綺麗にして貰った方に依頼したいと話しがあったと言う事はケースワーカーの方も、家庭の事情を把握していないのではと私は思いましたし、この様な事は、今後増え続けるように感じたのです。高齢で介護が必要な方は、増加の一途ですがそれを担当するケースワーカーの方も、経験不足だと、私達の様に、お手伝いする方としては、便利屋扱いで使われて本当に必要な方のお手伝いが出来ない事に成りかねない。確かにケースワーカーの方も若いから、経験不足は分かるがしっかりと把握してからの依頼なら問題は少ないであろうが今回の様な場合は増える事は、目に見えていると私は思うのです。その様に説明したら、担当者の方が、私に社協で隣の机に座って貰えませんかと言われましたが、私はうるさい奴ですから止めた方が良いですと答えましたが、現場サイドが分からないから経験のある方がと言われたのですが、断りました。どうしても現場サイドで行動していないので、電話や訪問で依頼を受けると、内容が把握できないから問題が起きると言う事なので、その面を教えて貰いたいと言っていたのです。その様な気持ちが、ある方なので、この人は伸びるであろうと思えて、今後は私の経験や問題点を伝えたいと思っています。
2016.06.10
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何時もの貧乏旅行ですが、6月の2日の夜から函館に向かい7日の朝に帰京しましたが、3日の函館は雨でした。4日の朝は雨でしたが、11時ごろから晴れたので元町カトリック教会に向かい、母との思い出を噛みしめそれから、元町界隈を探索してチャリで走ったのですが雲行きが怪しくなったので、毎年泊るゲストハウスに戻りオーナーと話をしたり、泊って居る外国の方と話をして暇を潰し、オーナーが温泉に行くので、私と外国の方と同行させて貰い、函館ではメジャーな、谷地頭温泉に行って来たのです。私も海外で生活した事があるのですが、外国の方は温泉に入浴する時は、水着を着るのですが今回の外国の方はスイスの男の方と、カナダの女の方ですが水着は着用しなかたです。私もアルゼンチンで温泉に行った事があるのですが、男性も女性も水着を着て居て、日本で言うプールを思い出す様な光景でしたが、日本では裸なので外国人がどの様にするのか興味があったのですが、裸で入浴していました。ただ、外国は混浴でしたので水着を着用するのでしょう。また、次の日はセネガルのバンドマンの人達が7人泊りその人達と話をしたりで、彼たちはバンドマンなので性格が明るく、楽しい会話をした後にチャリで市内を探索。ゲストハウスのオーナーは、冬はオーストラリアで過ごし、あちらの永住権も持っている方なのですが、気さくに話す人なので私と相性が良いのか、色々話をしてくれて、毎日オーナーと温泉に行って居て、今までと違った楽しみが出来た事は良かったです。また、ゲストハウスなので外国人も多く、拙い英語ですが話をする事が出来、泊りに来ている方の経験等を聞く事が出来て、今までと違った年に成りました。また、函館も新幹線が開通して、駅中も様変わりしたのは驚きました。私は、毎年6月に行くのですが、昨年来た風景と違って居る事には驚かされます。今年はオーナーが送り迎えをやってくれたので、バス等は使わずゲストハウスに行き、市内はチャリで回りましたが、土日を挟んだので人も多かったはずなのですが、昨年よりは少なく感じたのは、何故かなと思える状況でした。また、函館と言えば朝市なのですが、今やSNSで情報が入るので、函館市民の行く、中島廉売や自由市場も観光客が多く、格安と感じなくなってしまい、売る側も観光客目当ての販売を行っていたのには、がっかりしました。また、函館は市民の行く温泉が多数あるのですが、最後の日に行った温泉は、畑の中にある温泉で市民の穴場的温泉、昔の面影を残す温泉で懐かしく感じたのです。帰りもオーナーがフェリー乗り場まで送ってくれて、「函館に帰って来ないの」と問われたのですが、働く場所が無いからと言うと、オーナーが新たなゲストハウスをやる時に、私を使って見たいと本気で言っていたので私の気持ちはグラつきましたね。(笑)函館は生まれ故郷なので、戻りたい気持ちがあるしオーナーも私と毎日接して居て、私の気さくな部分を認めてくれたのでしょう。本当に真剣に言ってくれたと事には、戻ろうかなと言う気持ちになってしまいました。そんな事で、毎年母の命日月に行くのですが、今年は違った部分で色々な事があって楽しかったです。写真1は元町カトリック教会 2はカトリック教会の裏にあるマリア像 3坂道から見た公会堂 4函館奉行所
2016.06.09
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母の命日月に函館に行って来ました。毎年行くので、行く場所は決まってしまいますがそれなりに自分を考え直す事が出来る場所なのです。函館は、私が30年以上前に車イスの方にPCを自費で教えたのですが、資金がつき1年間しか出来ませんでしたが私のお節介焼きの原点の場所です。これも馬鹿が付くほどのお人好しの母の生まれた所で私を産んでくれて、色々な事を母から教えて貰った私にとっては原点なのでしょう。母は貧しかったが、私達兄妹を思う気持ちの強い人でした。その母の姿を見て育ち、母の人に対する優しさや労わりの気持ちを子供心に感じて、私達の為に働く姿を見せてくれた。戦後間もない頃であるから、女性が働く場所など殆ど無い状況下で子供達を食べさせる為に、本当に身を粉にして働く姿を見て、私は母を助けられない自分のモドカシサを感じていました。だから、早く大人になって母を助けたい気持ちが強かった。だが、その母も私が小学6年の始めに亡くなったのです。亡くなった内容は、前にブログでも書いたがそんな母を助けたいと思ったのは、母の優しさが私に伝わったからであろうと思います。貧しかったが、そこには親としての優しさがあり自然に滲み出て来る、子を思う気持ちが伝わって来ていたのでしょう。だから私は大人になったら親孝行をしたいと感じたがそれは叶わぬ夢でとなってしまったのです。親孝行とは、最近聞かない言葉であり、その様な事も少なくなって来た感じがしてならない。これは私達にも責任があるような気がする。経済発展の為に働き、子供に対する教育を蔑ろにして来たからと、ある程度の裕福さを求め、家族や子供を思う気持ちが薄れて居ているのであろう。貧しさの中から這い上がり、貧しさから一時的に抜け出した事により、子供に対する考え方が変わり親の見栄が出て、対抗意識ばかりが先行した為の様に思う。だから、親の苦労を見せないので、物を買い与え学力を付けて良い所に就職をが、親の考え方でありそれが子供にとっては当たり前になってしまい、親から学ぶ部分が無くなったのが現在であろう。これから日本は貧困格差が広がり、多くの子供たちが学びたいが、学ぶだけの資金が無い、同時に自立して行く気持ちも育っていない問題は出て来るであろう。これは親たちの見栄の張り合いで作り上げた子供に対する教育であり、親自体が受けて来た教育なのであろうと思うが、今一度考え直す時ではないかと思う。明日も函館の写真等を載せます。写真1は行きの、2は帰り、3はフェリーです。
2016.06.08
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消費税の延期した政府は、これは自分たちの経済政策の失敗を認めたのと、参議院選挙用の筋書きであろう。今、日本で問題なのは社会保障費がネックになりこれから急激に進む高齢化と介護問題は、避けては通れない事は、誰しも分かって居て消費税増税を国民が認めた。政府は経済を謳い文句に選挙で勝ち、その経済政策の失敗により、消費税の増税は日本の経済に問題が起きる為に今回は延期した事は分かるし、選挙の為の延期でもあろう。だが、高齢者問題に対する対策は、消費税を社会保障費にと言って居るのであるから、高齢者対策の予算が無くなる事は確かであり、その対策を行わないで、今回の延期である。こう考えると政治家のいい加減な所が見え隠れする。当初の考えでは消費税は、社会保障の為に使う税金であると言う事で導入されたが、その様に使われているかも疑問が多い。今、高齢で介護が必要な人達は急激に増加しているのが現実であり、施設も無く自宅での療養も増えている。私も高齢で介護の必要な方の、お手伝いを行っているが一人暮しの方も居るし、今まで家族が介護を行っていたが家族が精神的な負担が大きく、また経済的な負担も増大しているのが現状である。ましてや、子供が遠方である方は夫婦で支え合っている。今や介護は高齢者が高齢者を見ている現実を私は見ている。そうしなければ、現在の介護制度では支出が多くなり家計の負担増になり、生活が成り立たなくなる状態である。政治家は口では、介護職離職ゼロと唱っているが現実の介護を行う事は体力的にも、経済的にも負担が多い事を知って言って居るのであろうか。選挙の時には、国民受けする事を言うが、現実を見据えていないで、口で言う事は簡単であるし、介護関係を知らない選挙民には、手厚くやって居ると思われるが、現実は政治家の言う事は、ただの選挙用の宣伝文句にしか聞こえない私である。今や介護が必要な高齢者は増え続けているのでありそれに対する予算も無いので政策も介護が必要な高齢者やその家族に負担が来ている。この状況はドンドン悪く成って行くのが現実であるがそれに対する政策は、反比例して圧縮され高齢者の負担増はこれから、さらに増す事に成るであろう。政府はこの問題を早急に対応すべきであろう。3日~7日まで、母の命日月で、函館に行きますのでブログは休みます。
2016.06.02
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今年も母の命日月が来たので、毎年の恒例である私の生まれ故郷の函館に行く。幾度も書いているが、私は母を愛していたし、尊敬していた。だから母との思い出深い、函館に命日月に毎年帰る。毎年貧乏旅行であるが、母との思い出を求めているのであろう。私が小学6年の始めに、夕張で母は亡くなったが、何故か、母が生まれ育った函館での、母との思い出が残っている。私は、函館で生まれて4歳位までしか居なかったが、私が幼児洗礼を受けた、函館カトリック教会や、母が添い寝をしてくれていた思い出や教会の日曜学校での出来事を忘れる事が出来ない。幼児洗礼は、生まれたばかりに受けているが、口に含まれた洗礼水を吐き出した事や、母が日曜日に教会に行く時に私が教会の日曜学校で遊んだ事や、母が添い寝して雷が鳴り、それを脅かしで私に言った言葉等を今でも鮮明に覚えている。まだ1~2歳の頃の事であるが、それが母との思い出として残り続けているのである。母から、人に対する労わりや優しさを学んだ部分が大きい。母は馬鹿が付くほど、お人好しであったが、それは母の育った環境も良かった部分もあるが私達兄妹を思う気持ちは、強く自分が食べなくても私達兄妹には食べさせてくれたし、家は貧しかったが他人を思いやる気持ちを持ち続ける人であった。また、父が病弱であり、私達家族の為に母は働き、それを苦にせず、頑張って居る母であり、何処から、あの様な力が湧きでるのか分から無いほど働いていた。母の育ちは裕福な家庭であり、カトリック系の女学校を出てカトリック信者に成り、母の三姉妹も同じ道を歩んだ。私はそんな母を尊敬していたのであり、私は早く大人になり母を助けたいと思っていた。今の私は、母の亡くなった年齢の倍に成ってしまったがそれでも母との思い出を大切にしたいと思って毎年、函館に行き、洗礼を受けた教会に行く。函館から帰って来たら、また新たな自分を作ろうと思う。
2016.06.01
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