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カダフィ大佐の死亡情報が出ています。ほとんど調査できていないのですが、日経だけが「アルジャズィーラ」、ほかのメディアはみな「アルジャジーラ」のようです。日本語のァィゥェォがくっつく五十音は、シェ ジェ ティ ディ ツォ ファ フィ フェ フォかな。漏れはないかな?それ以外は、小文字でなくて普通サイズのアイウエオをつけるから、ウイークデー ソフトウエア バードウオッチング サンドイッチ スエット といった、なんだかムズムズする表記になる。私のクライアントにはこういう表記のルールに厳格なタイプがいないので、場合によって適宜好き勝手に表記しています。歌の抑揚を表現するときなんかは使いますかね。外国語の発音は、どうせ日本語の五十音で再現不可能なんだから、どこかで妥協しないと駄目というのは、そのとおりですよ。問題はいったいどこで妥協するか、ですね。現行新聞表記はやや古い。雑誌や小説が自由に聞こえたとおりに表記してしまっているので、「『メード』喫茶って何だよ(怒)」みたいな発言はよく目にします。だからって、「アルジャズィーラ」というのはちょっとやり過ぎなんじゃないかと思ったりはします。
2011年10月21日
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ふと思い立って、横国の「社会と数学-役に立つ数学」という公開講座に申し込んでみました。全6回で、夕べが第1回。チョー楽しかった。講演自体は、直接録音に行くこともあるし、多くは録音だけ送られてきて自宅で聞くけれど、いろいろなジャンルをちょぼちょぼ聞いています。あまり素養がない文学系なんか、なまじっか知識がないからすごく面白かったりします。テープ起こし者の特権ですね。この公開講座は仕事抜き。といってもそもそも存在を知ったのが、以前講演を起こして、それ以来チェックしている経済学者のブログに告知されていたからですが、神経をピリピリさせないで聞ける講演って、なんて新鮮。ちょっと遅れて行ったので、200人入る大きな会議室の後方に座りました。マ、マイクなしかよ。先生の声はばかでかいけど、ところどころ聞こえない。例えば、プロジェクターを操作しながら、 次の……、あ、この●♭△■#のところは今日は話しませんので飛ばします。とか、 まあ、●♭△■#な学生は●♭△■#けど、それはいいとして。とか。余談とか、ちょっと付け足しといったさらりと流す発言は、決して大声では言いません。それは、聞こえなくていいところかもしれないし、フレーズとしてはとても短いのだけど、90分のうち20回や30回はあるから、ものすご~く気になる。全部くまなく100%聞き逃したくない、というのは職業病の部分はあるけれど、それにしても、200人の会場でマイクなしはないだろ。一応聞こえる部分も大きい部屋は反響がきついから、リタイアしていそうな年齢の人には聞きづらいよ。……と思ったら、最後にスタッフが事務連絡を始めたとき、マイクを使ったのでびっくり。マイクはあったのでした。この先生が、自分の声は大きいから十分聞こえる、と判断されてマイクを使わなかったわけね。はい、先生の声は大きくて、95%は聞こえていました。でもね、どんなに地声の大きな人でも、これは重要でないと思っているとき、思い出そうと逡巡されているとき、少し不適切だなと思う際どい発言をするとき、声量は落ちます。マイクは使ってください。講演者のそばにレコーダーを置かせてもらうとささやき声もきちんと入ります。普段起こしていて、ああ、この発言は当日、前列の人にしか聞こえていないだろうなあ、と思うことがあります。それは起こしたほうがいいのか、起こさないでそっとしておいたほうがいいのか。もちろん起こしますけれどね。* * *講演のほうは、前半は位相幾何のグラフ理論の話でした。エッシャーのだまし絵は2次元に3次元を持ち込むことで生まれる空間。3次元に4次元を持ち込んでできる不思議な立体をコンピューター上で作って、成果物をいろいろ見せてくださった。面白かったけど、途中がずっぽり抜けているんですね。グラフ理論や位相幾何の話を公開講座ではできないってことか。それにしても、入り口ぐらいは聞きたかったです。家に帰ってきてからいろいろ調べたら、なんとグラフ理論の第一人者で、テレビにも多数出演している有名な方でした。すみません。予習していかなくて。メモもとらなくていい、聞いていなくてもいいという講演は普段ないので、何の準備もせず、油断していったことを激しく後悔しました。少しブラッシュアップしてから聞きに行かないと、こっちが錆び付いていて受け止める力が足りない。感受性が鈍っているなあ。仕事で聞いていると何回も聞き直しをするので、だんだんおなかの中に溜まってくる感じがありますが、普通の講演は1本勝負なんですよね。当たり前だけど、『トポロジカル宇宙 完全版―ポアンカレ予想解決への道』ってのが面白そうです。買ってみよう。後半は数学教育の話で、計算が速くて上手なことが「数学ができる」ということじゃない、なぜだろう、どうしてだろうという素朴な疑問を持つ習慣を持って、構造でものを見ろ、といった話。日本の義務教育について、私はすごく評価しているけれど、初等算数から抽象数学へのギャップはちょっと問題があると思う。小さい頃から、普段の会話の中で数学的なものの見方を取り入れるといい、みたいなことをおっしゃっていたけれど、それが受け入れられるかどうかって、子供のポテンシャルに拠るところが大きいんじゃないかと、自分の子供を見ていて思います。(同じ親なのに、受け入れ方の度合いが子供によって違うので)『数学ガール』のテトラちゃんみたいな子は数学教育だけで出来上がったわけではないんじゃないの?そんなことを考えました。この辺、掘り下げてみたいテーマです。
2011年10月08日
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