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天皇制をわれわれがどうみるか、またどのように向き合うかは、人生を何度も繰り返し経験しないと分からない問題かも知れない。天皇制は日本の有史以来の歴史の中に深く溶け込んでおり、日本人の「こころ」の一部を形成しているからだ。しかし、だからと言って無関心でいることは適切ではないし、危険なことでもある。天皇制を利用して、体制を右旋回しようと企んでいる勢力も、ないとは言えないからである。 また、なぜ人間が同じ遺伝子型を持つ人間を、占い師や祈祷師、宗教家の予言や占いを信じ教義に従い、犯罪にさえ手を染めるのか、生命科学的、心理学的に解明されているわけではない。 私たちは、記録による知識はあっても、神代の昔から連綿と続いてきた天皇制を実体験した経験はほんの数十年に過ぎない。天皇と共に敗戦に涙した世代も、もはや後期高齢者となっている。筆者は現今上天皇のご成婚時に、地方都市で陛下が美智子さんとご一緒のところを見かけたに過ぎない。しかし、平成をあと二日残して、ニュース、報道番組、週刊誌、ネットなどで、賑やかに語られているような軽々しい問題でないことは明らかだ。 評論家たちはいろんなことを言うが、日本人にとって皇位継承順を含めて天皇制とどう向かい合うかは、軽々しい問題ではない。天皇は君臨はしたけれども統治したことはないと言われる。太平洋戦争開戦を決定したのも軍部であって天皇ではなかった。昭和天皇は戦争終結に当たり、玉音放送で戦争終結と平和国家建設の必要性の意思表示を述べ、平和国家建設の意思を示したが、その玉音放送によって戦争が終結したわけではなく、翌月の米戦艦上において終結セレモニーが行われたことで、事実上の終戦をみた。 GHQのマッカーサーは、連合国側にあった天皇制解体の意向を、残党の武力蜂起を懸念し、また新しい国民統合のシンボルとして天皇制を維持する決断をしたと伝えられている。フィリピンを長らく統治した経験が、彼をしてそう決断させたのであろう。端的に言えば、日本を極東の反共の砦として維持するために天皇制を利用したのだ。 西洋には「王権神授説」、日本には美濃部達吉の「天皇機関説」があり、議会制民主主義の政体を持つ日本が、太平洋戦争の遺産として「象徴天皇制」を日本国憲法に明記したいきさつを、どの様に理解したらよいか、今上天皇の30年にわたる「象徴」として国民に向かい合ってきた歴史を、数々の震災による被災民と地域に寄り添われたことをもって、象徴天皇制の「実態」として決定づけるのもまた早計に過ぎはしないか。今上天皇が国民とともにあるということは事実であり、否定できないとしても、それをもって直ちに日本の天皇制の核心部分であるかのように言うのは、短絡に過ぎよう。 今上天皇=現天皇が退位を表明し、徳仁親王へと皇位継承が行われる。徳仁親王には男子がいないことから、皇位継承の順位は昭和天皇の次男秋篠宮となり、次男には男子がいることから、皇位継承は男系を前提にすると、徳仁天皇亡きあとは傍系へと皇位が受け継がれていく。徳仁天皇には愛子様がおり、愛子さま待望論もあるやに聞く。 秋篠宮は第二位に位置する継承者であるが、不測の事態がなければ、あと二日を残して時代は平成から令和へと動くが、この際天皇制のあり方を考えてみることも必要だろう。徳仁親王のあとは秋篠宮親王の第一子の悠仁が継承することになる。愛子さまが皇位継承するためには、女性天皇を可能にする制度改正が必要と思われるが、その際天皇制を象徴たらしめる国民の側の考えを醸成していく必要がある。 ところで、秋篠宮の第一子の悠仁が籍を置くお茶の水女子大学付属中学校の教室の席に、棒にくくりつけた刃物が置かれるという事件が起きた。次回はこの問題について考えよう。 (2019.4.28)
2019.04.29
大学とは何か? この問いに対する答えは、大学組織から離れてはじめて見つかるのかも知れない。筆者は2019年3月末、大学を退職し「離職通知書」を受け取った。後任が見つかるまでの間、これまで担当していた授業(財政学、環境ビジネス戦略)を非常勤講師として引き受けることになり、嘱託契約を締結した。甲は大学、筆者が乙となり、嘱託の具体的内容が記載されている。他の大学の授業も、4コマ引き受けている。 要するに、筆者は個人事業主の身分になった。筆者は在職中、雇用者として雇用主の定める「職務規定」を順守し、違反すれば解雇される立場から、非常勤講師嘱託契約により対等に働ける個人事業主の立場になった。 数年前に、定年を待たずして大学を辞めた人に感想を聞いたところ「心のモヤモヤが晴れた。青空がきれいに見える」と言っていた。しかし、定年を1年残して辞めた理由はついぞ話してくれなかった。 筆者の場合は特殊なのかもしれない。と言うのは、大学に勤務していたキャリアの途中の3年間に、有限会社組織のコンサルタント会社を経営した経験があり、その後も「個人事業主」として、書籍(古書、筆者の新刊)の販売をamazonから販売、ヤフー!ショッピングでの販売などを手掛けていた。定年退職を待たずして、ヤフー!ショッピングのプロフェッショナル店舗を四苦八苦、開業にごぎつけた。このような「独立的精神構造」が、大学を客観的に眺める下地を準備していたのかもしれない。 したがって、定年退職後はスムーズに「会社経営」に移行でき大学組織の客観的分析を可能にしていると言える。このシリーズは、かかる客観的視点から大学組織の経済、社会的分析を「労働力商品再生産工場」という視点から検証しようと言うものだ。それにしても、この過激な内容はどこからいずるものなのか? 後続をお読みいただきたい。(続く)
2019.04.26
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