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』【スタッフ】監督=小津安二郎 製作=山内静夫脚本=野田高梧、小津安二郎撮影=厚田雄春 美術=浜田辰雄編集=浜村義康 音楽=斎藤高順【キャスト】 岩下志麻 =平山路子 笠 智衆 =平山周平 佐田啓二=平山幸一岡田茉莉子=平山秋子 三上真一郎=平山和夫 吉田輝雄=三浦 豊牧 紀子 =田口房子 中村伸郎 =河合秀三 三宅邦子=河合のぶ子東野英治郎=佐久間清太郎 杉村春子 =佐久間伴子 加東大介=坂本芳太郎北 竜二 =堀江 晋 環 三千世=堀江タマ子 岸田今日子=バーのマダム高橋とよ =若松の女将 浅茅しのぶ=佐々木洋子 須賀不二男=酔客織田政雄 =同窓生 菅原通済 =同窓生 緒方安雄 =同窓生【あらすじ】『平山周平』 某製造工場の役員長男の『幸一』夫婦は 共稼ぎながら団地に住んで無事に暮しているし家には娘の『路子』と 次男の『和夫』がいて、これという不平も不満もない細君と死別して以来、今が一番幸せな時だといえるかもしれない中学時代から仲のよかった『河合』や『堀江』と 時折呑む酒の味は格別だ・・・・その席でも24才になる「路子」を 早く嫁にやれと急がされるが、まだ手放す気はない中学時代のヒョータンこと『佐久間』老先生を迎えての“クラス会”の席上、話は老先生の娘『伴子』のことになって、昔は可愛かったその娘が 早く母親を亡くしたために 今だに独身で、先生の面倒を見ながら場末の中華ソバ屋をやっているというそれを見た「平山」は まさか「路子」が「伴子」のようになろうとは 思えなかったが・・・・偶然出会った 戦艦での部下「坂本』に連れていかれた酒場“かおる”のマダムが亡妻に似ている気がしたのは・・・・気のせいか意を決して「平山」は 「路子」に結婚の話を切り出したが・・・・「路子」は どうやら「幸一」の後輩の『三浦』を好きらしいことが判って・・・・「幸一」がそれとなく探ってみると「三浦」は つい先頃婚約したばかりだという口では強がりを言っていても、「路子」の心が どんなにみじめなものか・・・・「平山」にも「幸一」にも よくわかって・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー先ずは 5月29日 『新藤兼人』監督が逝去されたとの訃報が・・・・今年100歳を迎え 昨年は念願の映画「一枚のハガキ」も発表 天寿を全うされた 心より ご冥福をお祈り致します 合掌 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー昨日に続き小津監督映画「秋刀魚の味」 昨年11月にも観て色々書いています今回は 特に登場人物の“オジサン”連中について 取り上げてみました先ず 中学校同級生 仲良し三人組 微妙に年齢が違います「平山周平」役 『笠 智衆』1904年生まれ 58才「河合秀三」役 『中村伸郎』1908年生まれ 54才「堀江 晋」役 『北 竜二』1905年生まれ 57才因みに 同窓会に出席してた その他の人たち・・・・俳優以外の人もいて『菅原通済』1894年生まれ68才 実業家 数々の小津作品に出演『緒方安雄』1898年生まれ64才 赤ちゃん専門の医者『織田政雄』1908年生まれ54才 俳優そして 肝心の“ひょうたん”こと「佐久間清太郎」先生実は『東野英治郎』は 1907年生まれの 55才なんだから面白い更に“ひょうたん”の娘「伴子」役『杉村春子』は1906年生まれの56才でひょうたん先生の父親より 年上なのだ・・・・・少ししか出演シーンがないのに印象に残る 相変わらずの名演技を披露してでも 仲良し三人組みの評判はあまり良くない「昔は可愛かったのに なんか神経質で 意地悪そうだったな・・・・」って “ひょうたん”の犠牲となって場末のラーメン屋で・・・・ 花の生涯を 棒に振ってしまった薄幸の娘このシーンが大変重要で 主人公の「平山周三」が 娘「路子」(岩下志麻)を同じようなメに合わせてしまうのじゃないか・・・・と 娘の結婚を急ぐのだが・・・・その焦りや 色々な障害や 騙しにあって更に 仲良し三人の奥さんの事流石に 一流企業の常務「河合秀三」の奥さん(三宅邦子)は 何時も和服をキチンと着こなし 仲間の二人が来ても 暖かく丁寧親切に接待をする 「堀江 晋」の 今の奥さん(環三千世)は後妻で 娘と三つ違いと若く美しい「平山」に「汚らしい・・・」と言われても ニヤニヤとして「俺は綺麗好きだよ」といつも「河合」と「平山」の酒の肴にされて・・・・「平山秀三」の奥さんは 早い内に亡くなっていて トリスバーのママ「岸田今日子」に 面影が似てる等と 息子達に話をする・・・・ラスト 娘を嫁にやって 寂しさのあまり そのバーに礼服のままやってくるとママ「アラ! お葬式?」 平山「マ そんなもんだ・・・・」ヤッパ 男は先に逝かなくちゃダメだな・・・・・年齢の話のついでに この映画の監督「小津安二郎」1903年12月12日 生まれで この映画撮影の時“59才”だったがこの映画製作(1962年)の翌年1963年12月12日に“60才”で逝かれた故に この「秋刀魚の味」が遺作となった ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先日 息子の家の傍の公園を歩いていると なんとも佳い匂いがして 上をみると大きなな樹木の先端に 薄紫色のかわいい花がビッシリと咲いていて・・・・初めて お目にかかる「せんだん・栴檀」だと 後にネットで調べて判った オイラ的花言葉:「栴檀は双葉より芳し」(せんだんはふたばよりかんばし) *大成する人物は、子供のときから人並みはずれて優れた ところがあるということ *香木である栴檀は双葉のころから芳香を放つ 「双葉」は「二葉」とも書く
2012年05月31日
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【スタッフ】監督=小津安二郎 脚本=野田高梧 、小津安二郎 製作=山内静夫 撮影=厚田雄春 美術=浜田辰雄 音楽=黛 敏郎 録音=妹尾芳三郎 編集=浜村義康 【キャスト】笠 智衆 =林啓太郎 三宅邦子=林 民子 設楽幸嗣=林 実 島津雅彦 =林 勇 久我美子=有田節子 三好栄子=原田みつ江 田中春男 =原田辰造 杉村春子=原田きく江 白田 肇=原田幸造 竹田浩一 =大久保善之助 高橋とよ=大久保しげ 藤木満寿夫=大久保善一 東野英治郎=富沢 汎 長岡輝子=富沢とよ子 大泉 滉 =丸山明 泉 京子 =丸山みどり 佐田啓二=福井平一郎 沢村貞子 =福井加代子 須賀不二男=伊藤先生 殿山泰司=押売りの男 佐竹明夫 =防犯ベルの男 桜むつ子 =おでん屋 菅原通済=通さん 【あらすじ】東京の郊外 川が流れる土手の下 小住宅が並んで建ってる一角その住宅の組長の原田家は『辰造』『きく江』の夫婦に中学一年の『幸造』それに 産婆のお婆ちゃん『みつ江』の四人暮しガス会社に勤務の『大久保善之助』の家 妻の『しげ』中学一年『善一』の三人『林啓太郎』の家は 妻の『民子』と、中学一年の『実』 次男の『勇』それに民子の妹『有田節子』の五人暮し老サラリーマンの『富沢汎』は妻『とよ子』と二人暮しその住宅地域で 唯一 テレビをもっている『丸山明』と『みどり』若い夫婦は万事派手好みで近所のヒンシュクを買っているそして、この小住宅地から少し離れた所のアパートに住む子供たちが英語を習いに行っている『福井平一郎』その姉で自動車のセールスをしている『加代子』と住んでいる林家の「民子」と「加代子」は女学校時代の同窓「平一郎」に 会社から持ち込んだ翻訳を依頼した「節子」二人は お互いに好意を感じ合っている子供たちの間で、オデコを指で押すとオナラをするという妙な遊びが流行ってるあるとき 「丸山」家にテレビを見に行って 叱られた林家の「実」と「勇」「それなら 家でもテレビを買ってくれよ~」と煩く云ってると・・・・父親「啓太郎」 「ヤカマシイ! 子供の癖に余計なことを言うな」と怒鳴る 子供たちは黙るどころか「大人だってコンチワ、オハヨウ、イイオテンキデスネ、 余計なこと言ってるじゃないか」と反撃に出て正面衝突 ここに 子供たちの沈黙戦術が始まったのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいいな~ 「小津」監督の描く 小市民のなんでもないような 日常生活ぶり何処にでも居そうな ごくごく身近に感じる オジサン・オバサン達の生態子供達の間で 変な遊びが流行り・・・・ そしてテレビがポツポツ普及し始めた頃の話オイラも 中学校を卒業するまで 東京・足立区のはずれ 中川に近い一角 1棟で2軒継った 5棟10軒の家族が住む社宅 オイラ一家7人で過ごした今でも 10軒の家と家族 一緒に遊んだ仲間を覚えている・・・・かな?隣は行田さん イサオさん・エミちゃん・カズオちゃん前が金子さん イサオさん・カオルさん・アキラさん・シズちゃん・カッコちゃん後は澤村さん ヒデキちゃん は一人っ子その隣は今野さん イク・イト・マキさんの美人三姉妹に コウちゃんその裏が小坂さん ノブヨシちゃんに・・・・ハナタレ小僧の なんだっけ?近所の原っぱで 皆一緒に 何時も日が暮れるまで遊び回ったっけ懐かしいよね~・・・・みんな どうしてるんだろう? 60年も昔だからナァこんな 昔の頃を思い出させる様な つくりの小津映画「お早よう」なんでも筒抜け 洗濯機を買ったの 隣のオジサンは定年だの 晩のオカズは秋刀魚の開きだの 醤油を貸したり借りたり・・・・ そう言えば オイラの家にテレビが来たのは 何時だったろう?皇太子・美智子妃ご成婚の1959年には あったような気もするが・・・・東京オリンピックの1964年には 確かにあったけどこの映画の林家では子供達にせがまれ1958年にテレビ購入 結構早い方だ子供達が相撲を見たがってて 「北葉山対冨樫」 柏戸がまだ冨樫の頃粋人「菅原通済」 テレビの流行を「一億総白痴化」って話題を 今では誰もそんなこと言わないけど・・・・当たってるかも丁度 この頃「東京タワー」が「新幹線」「首都高速道路」そして東海村に原子力発電所で運転がスタート 日本が大きく進歩し始めて 活気に溢れてた時代貧しくとも 明るい未来が窺われて 無我夢中で前だけ見て 突っ走ってた・・・・しかし そんな効率主義時代の中にあって 「でもね 無駄って 必要だよねー・・・・」って 言ってる映画ですこの頃も 子役の活躍が目立ってて「島津雅彦」くんの お茶目で達者な演技には 大人たちは誰も(杉村春子だって)適わないアッ! 一人だけ勝てる俳優が居た・・・・そう「三好栄子」のバアチャン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息子の住むマンションの中庭で見つけた立派な株の「ゆきのした・雪の下」 オイラ的花言葉:「足らず余らず子三人」(たらずあまらずこさんにん) *収入は少なすぎるでもなく多すぎるでもなく子供は三人いる というのが、楽しく暮らしていくのにちょうどよいということ *また、単に、子供の数は三人だが、少なくもなく多くもなくて 理想的だという意味でも用いられる
2012年05月30日
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【スタッフ】監督=ジョー・ロス 脚本=ビリー・クリスタル 、ピーター・トーラン 撮影=フェドン・パパマイケル 音楽=ジェームズ・ニュートン・ハワード 編集=スティーヴン・A・ロッター 衣裳デザイン=エレン・マイロニック、ジェフリー・カーランド【キャスト】ジュリア・ロバーツ =キャスリーン・ハリソン(キキ)ビリー・クリスタル =リー・フィリップスキャサリン・ゼタ・ジョーンズ=グウェン・ハリソンジョン・キューザック=エディー・トーマスハンク・アザリア =ヘクター・ゴンザレススタンリー・トゥッチ=デイヴ・キングマンクリストファー・ウォーケン=ハルアラン・アーキン =ウェルネス・ガイドセス・グリーン =ダニー・ワックススコット・ツェラー =デイヴィス【あらすじ】『エディ・トーマス』と『グウェン・ハリソン』は 映画スター同士の大物カップルしかし1年半前に「グウェン」が スペイン人俳優「ヘクター」との浮気が発覚して 仲は冷えきっていたそんな ある時「グウェン」の付き人をしている 妹の『キキ』のもとに、映画宣伝マンの『リー・フィリップス』から 電話がはいる「エディ」と「グウェン」の最後の共演作『時を超えて』のプレス・ジャンケットに「グウェン」が出席するよう 説得してほしいというのだ人気の落ち目に悩む「グウェン」は 渋々ながらも 会場に向かい、「エディ」と仲良く手をつないでカメラのフラッシュを浴びるのだが・・・・一方「キキ」は、「グウェン」の横暴な態度に辟易しつつ、実は 密かに「エディ」に恋していたのだったそして ひょんなことから、「キキ」と「エディ」はベッドを共にするのだがしかし 何故か「エディ」の心は まだ「グウェン」にあるような感じで・・・・いよいよ完成披露試写会・・・・・監督の『ハル・ワイドマン』のキャメラは、撮影現場を隠し撮りしていた 実験的な作品に変貌していて・・・・出演者が次々に しゃべるホンネや 素顔のままの『時を超えて』の上映に 会場は大パニックになって・・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画「アメリカン・スウィートハート」は「ジュリア・ロバーツ」と「キャサリン・ゼタ・ジョーンズ」の共演が目玉で・・・・「ジョン・キューザック」と「ビリー・クリスタル」は 引き立て役なんだけどどうも 気になって仕方ないのが「ビリー・クリスタル」の存在アカデミー賞授賞式の司会者として“お馴染み”の俳優さん今年も久しぶりに お洒落な司会で会場を沸かしていたが もう9回目なんだ何と言っても あのオープニングの映像と共に 毎度楽しませて貰えるが 素晴らしい(その昔は アカデミー賞授賞式の司会と言えば「ボブ・ホープ」だったけどネ)でも この人も 映画となると 昨日の「クリス・ロック」と同様に“ウザイ”因みに 「クリス・ロック」も2005年に授賞式の司会をしてるし・・・・あんまり 好きじゃないと書いた「ロビン・ウィリアムス」も司会をしてる皆 コメディーの出身だから 軽妙洒脱 喋りが上手く 人をそらさないから司会には向いているんだけど・・・・どうも 観る側の先入観で軽く見てしまうのだろうか?映画 全体の雰囲気を壊してしまうような気がして・・・・この映画の「ビリー・クリスタル」は 映画の広告宣伝マンどんな スキャンダルでもオッケーで 新聞ネタになれば それが宣伝になると色々仕掛けをかけるのだが・・・・「自殺させよう」なんて 物騒なことまで最近 日本でもやたら“番宣”と称し 主演者達がTV出演して宣伝する様になったが結婚、離婚話しや浮気不倫等 ニュースに取り上げられるようなパフォーマンスが・・・ということぐらいが この映画のブログネタで・・・・二大人気女優の姉妹対決は 若干「キャサリン・ゼタジョーンズ」が 勝ってたかな?アッ そうだ 「クリストファー・ウォーケン」演じる映画監督作品「時を超えて」の 撮影現場隠し撮りは 少しだけだがハリウッドの映画撮影現場の雰囲気が見られこういった類の映画が 本当にジックリ見たいと思ったな・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27日の日曜日は 息子の小学校4年生の孫「HANAKA」の運動会だった翌日 近所にある公園の“バラ”が見事だというので行ってみました
2012年05月29日
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【スタッフ】監督=ジョエル・シュマッカー 脚本=ジェイソン・リッチマン 、マイケル・ブラウニング 原案=ゲイリー・グッドマン 、デイヴィッド・ヒメルスタイン 撮影=ダリウス・ウォルスキー 美術=ヤン・ロールフス 音楽=トレヴァー・ラビン 編集=マーク・ゴールドブラット【キャスト】アンソニー・ホプキンス=オークス(CIA諜報員) クリス・ロック=ジェイク・ヘイズ(弟)/ケヴィン・ポープ(兄) ガブリエル・マクト=シール) ピーター・ストーメア=アドリク・ヴァス(ロシアン・マフィアのボス) ジョン・スラッテリー=ローランド・イェーツ) ガルセル・ビュヴァイス・ナイロン=ニコール) ケリー・ワシントン=ジュリー(ジェイクの恋人) マシュー・マーシュ=ドラガン(国際的テロリスト) ブルック・スミス=スワンソン)【あらすじ】チェコ・首都プラハ一人の男が殺された・・・・彼はCIAの諜報員『ケヴィン・ポープ』彼は古美術商『マイケル・ターナー』と名乗り・・・・ロシアン・マフィアの『ヴァス』からアタッシュケース型ポータブル核爆弾P.N.Bを購入するという・・・・囮作戦の最中だったが同じくP.N.Bを狙う国際的テロリスト『ドラガン』によって暗殺されたP.N.Bの使用を食い止めなければならないCIAは・・・・「ケヴィン」の双子の弟『ジェイク』に 白羽の矢を立てた真面目な兄とは違い 毎日を 賭けのチェスに明け暮れ ダフ屋で その日暮し・・・・恋人の『ジュリー』も 見捨てるような 根無し草の陽気な「ジェイク」そんな「ジェイク」を「ターナー」に仕立てるため、「ヴァス」との取引までの9日間CIA諜報員の『オークス』が ターナーの性格や 諜報員としてのノウハウを叩き込むその甲斐あってマフィアの「ヴァス」との取引は成功・・・・が、テロリスト『ドラガン』一味に襲撃されP.N.Bを奪われてしまった取引中に「ジェイク」の網膜をスキャンさせ起爆装置のロックをかけていたため「ドラガン」は「ジュリー」を人質に取り「ジェイク」をおびき出すのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラ好みの名優「アンソニー・ホプキンス」主演ということで観た映画「9デイズ」今までの あまり動かずも その仕草や眼の動きで相手を威嚇し 圧倒した演技は影を潜め 敵を追いかけて走り格闘 銃を乱射 乱暴に車を運転 走る車中でも大乱闘派手なアクションを披露 ハンニバル・レクター博士のイメージを ぶち壊してくれる1937年生まれだから この時65才 野球帽を被って頑張ってたが 無理しないで!それと 相手役というか 一人目立ってる男「クリス・ロック」が ヤカマシイー!しかし この映画は アクション・コメディ映画なんだとかで・・・・この二人のギャップのコンビが映画の原題になってる「Bad Company」ということで・・・・オイラ的には この お巫山戯キャラの「クリス・ロック」が 肌に合わず折角の緊迫した悪党との駆け引きシーンや 迫力のアクション・シーンも何度も オチャラケで雰囲気を壊し・・・・笑えればイイのだけれど 笑えずにあまり コメントする様な気にもならず・・・・だから 最後にテロリスト「ドラガン」がセントラル・ステーションの地下で 核爆弾のスイッチを入れ ジュリーを人質にして叫ぶメッセージも・・・・「お前らに 死とは何かを教えてやる 世界が飢えてるというのに アメリカ人だけ肥りやがって テレビに映し出される テロの酷い爆破場面も 食事する手を休めず のんびり 非道いねー! とか言いながら・・・・ テレビゲームでもみるように 観てやがる・・・・訳も分からず 他所の国の紛争に 首を突っ込み どう生きるのが正しいのかな~んて 説教を垂れる 神を気取るのに夢中だ・・・これで 神に会えるな ソレっ・・・・」 こんな折角のセリフが ピンと響かないのだよ・・・・「アメリカ同時多発テロ」から 1年後制作の映画だから・・・・アメリカ人には どう響いたのだろうか? 気になった ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・道路沿いに ピンクの花が一列にずーっと「いもかたばみ・芋方喰」 オイラ的花言葉:「猫が肥えれば鰹節が痩せる」(ねこがこえればかつおぶしがやせる) *鰹節を食った猫は太るが、かじられた鰹節は痩せて細くなる 一方が得をすれば 他方が損をするということ
2012年05月29日
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【スタッフ】監督=スタンリー・キューブリック 原作=ピーター・ジョージ脚本=スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーン撮影=ギルバート・テイラー プロダクションデザイン=ケン・アダム美術=ピーター・マートン 編集=アンソニー・ハーヴェイ音楽=ローリー・ジョンソン【キャスト】ピーター・セラーズ =マンドレイク/マフリー大統領/Dr.ストレンジラブジョージ・C・スコット =バック・タージドソン将軍スターリング・ヘイドン=ジャック・リッパー准将キーナン・ウィン =バット・グアノ大佐スリム・ピケンズ =キング・コング少佐ピーター・ブル =サデスキー大使トレイシー・リード =ミス・スコットジェームズ・アール・ジョーンズ=ゾッグ少尉【あらすじ】アメリカ合衆国の戦略空軍基地『リッパー』将軍の副官として赴任した 『マンドレイク』英空軍大佐は、突然「R作戦」開始の命令をうけて愕然としたソ連攻撃に備えた 緊急かつ最高の報復作戦「R」が 発令されたのだ基地は完全に封鎖され、厳戒態勢がとられ 哨戒飛行機の全機も通信回路が遮断され、基地からの指令だけしか受けられない状態になり・・・・50メガトンの水爆を搭載したB52爆撃隊は 直ちにソ連内の第1目標に機首を向けたその直後、「マンドレイク」大佐は 「リッパー」将軍が精神に異常をきし、敵の攻撃もないのに 独断でこの処置をとったことを知ったが、手遅れだったその頃 ペンタゴン 国防省の最高作戦室では、大統領を中心に軍部首脳と政府高官が 事態の処理をめぐって激論を交わしていた議長の『タージッドソン』将軍は 時間の緊迫を訴え、編隊の呼戻しが不可能な以上、全力をあげ ソ連に先制攻撃をかける以外 道のないことを懸命に説いたが・・・・大統領は『サデスキー』ソ連大使に 事態を説明、撃墜を要請したが・・・・ソ連に1発でも水爆が落ちれば 全世界の人々が死滅する装置が起動すると脅すそして、その世界壊滅装置の解体は不可能なのだという米国兵器開発局長官『ストレンジラブ』博士は この存在を証明します同じ頃、大統領の命令をうけた『ガーノ』陸軍大佐指揮下の部隊は基地接収のため交戦中だったやがて基地警備隊は降伏、「リッパー」将軍は自殺し、「マンドレーク」大佐は 呼返しの暗号を発見したが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画の冒頭「この映画に描かれるような事故は絶対に起こりえないと、合衆国空軍は保障します」「また、ここに登場する人物はすべて架空で、実在の人物との関連は少しもない」 という字幕が出ます・・・・そして更に ソ連が地球の最終核兵器「絶滅装置」の開発が進んでいると 続き・・・・ブラック・ユーモアの喜劇映画なんだけれども、あまりにもブラックが 強烈過ぎて笑うに 笑えません・・・・それは 絶対アリエナイ筈なんだけど “もしかして”という不安感が・・・・たった一人の人間の判断で 地球の滅亡が 脅威が 行使される可能性を示唆しそれは アメリカ合衆国大統領が 核爆弾の発射ボタンを押す という判断と敵国に核攻撃を受けて それを確認が出来た段階で 反撃攻撃作戦を命令出来る「将軍」がいるということその 世界の運命を握る人間が 本当に信頼出来るのか?という疑問を投げかけるそして その人間を取り囲み 支え アドバイスする人達の 信頼性も合わせて その主人公と 重要スタッフ達を描き 人間性を暴いて・・・・こんな奴らだったら どうする? 的な 怖~い映画です 『リッパー』将軍(スターリング・ヘイドン)の設定いきなり 「R作戦」(報復作戦)を 真剣で切羽詰った真面目な顔で 命令しますそして 隊員達に「・・・どうやら我々の祖国は今頃どえらい騒ぎらしい 君らがどんな気持ちなのかよく分かってる さぞ複雑な気持ちだろう 平気で核爆弾を落とせる奴は人間じゃない・・・・ だが考えろ、今頃祖国のみんなは我々に期待してる それを裏切れるか」と鼓舞するこんな考えになった理由が・・・・どうやら 「殺菌用のフッ素が水道水に含まれているのはソ連の仕業だ・・・それに気づいたのはセックスが終わって、言いようの無い疲労感に襲われたからだだからエッセンスを守るために水道水を飲まないし・・・・それ以降、女にはエッセンスを与えないのだ」・・・・なんだか訳が解らない理屈を『タージドソン』将軍(ジョージ・C・スコット)の人物設定愛人が下着姿で登場し 國の存亡に係わる重要会議のペンタゴンに電話してくる将軍はなんとかつなぎとめようと 猫なで声で 会議の席で話をする将軍 その上 超タカ派 兎に角 ソ連に水爆を落とせと強硬主張する人物で・・・・この人は“ヒットラー”を モデルにしてると思われる人物設定興奮してひっくり返る癖があったのは「ヒットラー」『ストレンジラブ』博士(ピーター・セラーズ)の人物設定「ドイツ語訛り」「車椅子」「右手は自由が利かず黒い手袋」「残酷で異常な性格」それは ナチスの残党という設定で・・・・自由のきかない黒手袋の右手は、興奮すると“ハイル!ヒットラー!”と・・・・最後 大量虐殺という結果になった時 興奮して車椅子から立ち上がり 思わず大統領に 「あ! 歩けます、総統!」と叫ぶ・・・・なんだ この“狂気”はこんな中でも 「大統領」と「マンドレイク」大佐 (P・セラーズが3役)まだ まともに見えるんだけど・・・・ でも どこか変で・・・・異常者、狂人、自己欲が戦争を起こしてきたという過去の事実から それは 今もなお続き今度は制御の利かない機械が そこに介入している恐ろしさが増幅して・・・・そして 今 我々日本の 国のトップに立つ人の“信頼性”はどうなんだろうか?昨日の「菅 元首相」の東電事故調事情聴取で判ったことは 緊急国家危機管理マニュアルが無いこと関係者みんなが無責任であること(特に東電社長・原子力安全委員会等当事者)『もしも・・・・』を想定した訓練も対策も無い事国民の安全は守られてないという事実そして 何より一番腹立たしいのは モウ1年以上経った今頃 こんな茶番の責任のなすりつけ合いを 全国民の前で 堂々とやってるバカ馬鹿しさこれから3年以内に再度大地震が起きる可能性は70%以上だというのに具体的に全国民に対する 国としての トップからのアナウンスは未だに無いし 原発・放射能に対する“絶対”安全対応策の 納得できる説明も無い未曾有の大地震・大津波 富士山大爆発 超大型颱風・大龍巻・集中豪雨福島4号原子炉再爆発・・・・・などなど これら緊急事態発生の際 どういう対応策が取られるのでしょうか?これから 充分調査検討の上 議論を重ね 国民 識者の意見を聞き 国会にはかり結論はまだまだ続き・・・・ズーーーうっと先? もしかして・・・・・この映画のラストの映像の様な怖い結末には ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・近所の庭先で咲き 塀からその紅い花を見せる「おおべにうつぎ・大紅空木」オイラ的花言葉:「迂直の計」(うちょくのけい) *実際的でないように見えて、実は最も現実的で効果のある計略のこと わざと迂回して敵を安心させ、妨害のないのに乗じ先に到着する戦法
2012年05月26日
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【スタッフ】監督=サイモン・ウェルズ 原作=H・G・ウェルズ脚本=ジョン・ローガン 撮影=ドナルド・M・マッカルパイン 美術=オリヴァー・スコール 音楽=クラウス・バデルト 編集=ウェイン・ウォーマン【キャスト】ガイ・ピアース =アレクサンダー シエンナ・ギロリー=エマフィリーダ・ロウ=ウォチット夫人 マーク・アディ=デイビッド・フィルビー博士オーランド・ジョーンズ=ボックス サマンサ・マンバ=マーラオメーロ・マンバ=ケイレン ジェレミー・アイアンズ=ウーバー・モーロック 【あらすじ】1890年代のニューヨーク大学物理学教授の『アレクサンダー』ある日、デイトの最中に 婚約者の『エマ』を暴漢に殺されてしまう現実をどうしても受け入れられない「アレクサンダー」過去に遡って「エマ」を救い出したいとの一念で、ついに“タイムマシン”を発明してしまうしかし、「エマ」の死んだ日に戻った「アレクサンダー」は そこで、「エマ」の運命そのものは どうやっても変えようがないことを知る諦めきれない「アレクサンダー」は その理由を解き明かすため、今度は一転、未来へ向け時間移動・・・・2030年の世界へと降り立つのだったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【H・G・ウェルズ】(Herbert George Wells)(1866年9月21日 - 1946年8月13日)「ジュール・ヴェルヌ」とともに「SFの父」と呼ばれるイギリスの作家教員をめざしたが、教育界の保守的な体質と病気が原因で道を閉ざされ、文筆活動へ進むやがてジャーナリストとなり、『ベル・メル・ガゼット』や『ネイチャー』に寄稿『タイム・マシン』(1895年)をはじめ、『モロー博士の島』、『透明人間』、『宇宙戦争』など現在でも有名な作品を発表これらの作品は、科学知識に裏打ちされた空想小説が多く、自身は「科学ロマンス」と呼んだ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー凡そ120年もの昔に「H・G・ウェルズ」が書いたSF小説「タイムマシン」曾孫にあたる「サイモン・ウェルズ」監督が撮ったSF映画ヤッパリ 随分無理があり 穴だらけの映画になってしまってるのだが・・・・タイムマシンに乗って 時空を自由に行き来できるという夢を見せてくれた 久しぶりに オイラの少年時代 空想に耽ってた あの頃を思い出してなんか 不思議な想いにとらわれて・・・・映画の中身を考えるより もし 過去に帰れるとしたら・・・・何才ぐらいの時代に? いや生まれる前?もし 未来に行けるとしたら・・・・何年後の時代が見たい?以前にも考えたことがあるけど・・・・ 例えば 明後日に行って 朝刊を読んで帰ってきて 明日の“日本ダービー”の馬券を全財産を注ぎ込んで買って 億万長者になるんだ な~んて セコイことを・・・・ (夢がないネジジイ)でもね この映画でも人間は浅はかで 2030年には月旅行が当たり前で月へ移住までするんだけど 月で核実験なんぞ するもんだから ボロボロになって地球もその関係でダメになっちゃうとか・・・・・タイムマシンが故障して なんと 802701年にまで行っちゃうんだ 80万年だよそこではもう人間は なんだか変なゴリラの様な怪獣の“餌”として生かされてて 崖にへばりついた住居に住んでいるんだ・・・・・ 地球を支配してるのは 地表に住めなくて 地下で生活してるその怪獣もどきでそう言えば 近所に産直の安くて美味しい牛肉屋があって そこのバックヤードがガラス越しに見えるんだけど・・・・あれと同じ 牛の肉じゃなく 人間の・・・・なんだか話がそれちゃったけど・・・・オイラが想像する未来世界も決して明るくない このままじゃ 地球はいつか CO2か放射能で汚れきって 人間が住めなくなるか平和が長く続いても 地球上に人間が溢れて 水と食糧が無くなり 死滅する地球規模で 未来を考える時代を迎えているのに 未だに・・・・そんな 事を考えてしまう映画です ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一昨日の 油絵の会は「あけぼの公園」と「布施弁天」で写生会赤やオレンジ、白やピンクの「ポピー」が満開でした
2012年05月25日
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【スタッフ】監督=オリヴィエ・ダアン製作=アラン・ゴールドマン脚本=オリヴィエ・ダアン、イザベル・ソベルマン撮影=永田鉄男美術=オリヴィエ・ラウー衣装デザイン=マリット・アレン編集=リシャール・マリジ音楽=クリストファー・ガニング 【キャスト】マリオン・コティヤール =エディット・ピアフシルヴィー・テステュー =モモーヌパスカル・グレゴリー =ルイ・バリエエマニュエル・セニエ =ティティーヌジャン=ポール・ルーヴ =ルイ・ガションジェラール・ドパルデュー=ルイ・ルプレクロチルド・クロ =アネッタジャン=ピエール・マルタンス=マルセル・セルダンカトリーヌ・アレグレ =ルイーズマルク・バルベ =レイモン・アッソカロリーヌ・シロル =マレーネ・デートリッヒ【あらすじ】1915年、フランス・パリ貧しい家庭に生まれた『エディット・ジョヴァンナ・ガション』母は路上で歌を歌い、日銭を稼ぐ毎日だったその後、祖母が経営する娼館に預けられた彼女は、娼婦『ティティーヌ』たちに可愛がられ束の間の安らぎを得るやがて兵役から戻った父に引き取られると、路上で大道芸をする父の手伝いをする中で、自らも人前で歌うのだったそして1935年、路上で歌を歌い日銭を稼いでいた彼女は、パリ市内の名門クラブのオーナー、ルイ・ルプレにスカウトされ大きな転機を迎えたルプレによってピアフと名付けられた彼女は、歌手としてデビューするや、瞬く間にスターダムへと駆け上っていくのだったが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【エディット・ピアフ】(?dith Piaf) 歌唱曲 「アコーディオン弾き」- L'Accord?oniste (1939)「ばら色の人生」 - La Vie en rose (1945)「谷間に三つの鐘が鳴る」- Les Trois Cloches (1945)「街に歌が流れていた」- Un refrain courait la rue(1946)「小さなマリー」- La p'tite Marie(1950)「愛の讃歌」 - Hymne ? l'amour (1950)「青のシャンソン」- Chanson bleue(1951)「パダム・パダム」 - Padam... Padam... (1951)「あなたに首ったけ」- Je t'ai dans la peau(1952)「かわいそうなジャン」- La goualante du pauvre Jean(1954)「パリの空の下」 - Sous le ciel de Paris (1954)「憐れみ」- Mis?ricorde(1955)「いつかの二人」 - Les Amants d'un jour (1956)「群衆」 - La Foule (1957)「私の回転木馬」- Mon man?ge ? moi(1958)「エデンブルース」- Eden blues(1958)「ミロール」 - Milord (1959)「水に流して」- Non, Je ne regrette rien(1960)「私の神様」- Mon Dieu(1960)「恋は何のために」- A quoi ?a serf l'amour(1962)共唱テオサラポ「愛する権利」- Le droit d'aimer(1962)「ベルリンの男」- L'homme de Berlin(1963) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「愛の賛歌」は フィナーレを飾るに相応しい最高のシャンソン「淡谷のり子」「美輪明宏」「「美川憲一」「加藤登紀子」などなど そして「美空ひばり」の歌も 素晴らしかったけど・・・・ヤッパリ これはコーチャンこと「越路吹雪」が歌ったものが最高ですただ この曲をVTRで観て 聴いているだけで涙が溢れたりしますそして 先日書きましたが映画「寝取られ宗介」で この曲を歌った女装した「原田芳雄」の唄も 素晴らしくてわすれられないなんでこの「愛の賛歌」は こんなに人の心を打つのでしょうか?人生の機微を唄いあげ 人の心の琴線を揺さぶる歌詞とパフォーマンス それがシャンソンという 音楽の魅力なんでしょう・・・・本場のシャンソンは 更にフランス語の発声にも特徴がありあの 舌を鳴らすコロコロ ルラルララ レロレロの躍動感で・・・・「エディット・ピアフ」が最後のステージで歌う「水に流して」は彼女の心情を正直に語って 聴く人に感動を呼びました「いいえ、ぜんぜん いいえ、私は何も後悔していない 私が人にした良いことも、悪いことも 何もかも、私にとってはどうでもいいこと いいえ、ぜんぜん いいえ、私は何も後悔していない 私は代償を払った、清算した、そして忘れた 過去なんて、もうどうでもいい 私は多くの過去を束にして 火をつけて焼き去ってしまった 私の味わった苦しみも、喜びも 今となっては必要がなくなった 私は過去の恋を清算した トレモロで歌う恋を、清算した 永遠に清算してしまった 私はまた、ゼロから出発する 私の人生はすべて、喜びも 今は、あなたと共に始まる・・・・」貧しく過酷な子供時代 そして多感な青春時代も最悪な環境に育ちそれらの豊富で多彩な経験が 本物の歌の心情を支えているが故に本物の 真実の感情を込めて 唄えるのでしょう現代の歌手に求めても仕方はないのですが・・・・哀しみで人の心を抉る 人生の機微を歌える歌手は居ないもしかしたら 下済みで もがき苦しんでる 歌手の卵がいるかもあの街角に立って 帽子に小銭を集め 歌ってる卵が・・・・でも 実力だけで 舞台に立てる程甘くない・・・・そして 認めるプロデューサーも居ない何故 アメリカで超人気番組「アメリカン・アイドル」日本版をやらないのか?本物の歌手を見つける イイ手段なのに・・・・エディット・ピアフが晩年 インタヴューに応えて「女性に助言する 言葉は?」 「愛しなさい」「若い娘には?」 「愛しなさい」「子供には?」 「愛しなさい」そして「爺さんには?」 「消えなさい」(冗談) 身長が170CM 近くあったという「マリオン・コティヤール」140CM しかなかったという「エディット・ピアフ」を 見事演じ切った晩年のお婆ちゃん姿は 凄いね~・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・散歩路 田圃や畑の畦道や 雑木林に真っ白な花を咲かせる「うつぎ・空木・卯の花」オイラ的花言葉:「栴檀は双葉より芳し」(せんだんはふたばよりかんばし) *大成する人物は、子供のときから人並みはずれて 優れたところがあるということ *香木である栴檀は双葉のころから芳香を放つ
2012年05月23日
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【スタッフ】監督=クリス・コロンバス 脚本=ランディ・メイエム・シンガー 、レスリー・ディクソン 原作=アン・ファイン 撮影=ドナルド・M・マッカルパイン 音楽=ハワード・ショア 編集=ラジャ・ゴズネル 特殊メイク=グレッグ・キャノン 字幕=戸田奈津子【キャスト】ロビン・ウィリアムス=ダニエル・ヒラード(ミセス・ダウトファイア)サリー・フィールド =ミランダ・ヒラードピアース・ブロスナン=スチュワート・ダンマイアハーヴェイ・ファイアスタイン=フランクロバート・ブロスキー=ジョナサン・ランディ社長ホリー・ホリディ =グロリア・チェイニーサラ・ジャクブ =リディア・ヒラードマシュー・ローレンス=クリス・ヒラードマーラ・ウィルソン =ナタリー・ヒラード【あらすじ】7色の声を使い分ける声優の『ダニエル』 仕事中にボスともめ、クビになるインテリアデザイナーの妻『ミランダ』は、子供と遊ぶしか能のない夫にうんざりしていた長男『クリス』の12歳の誕生パーティで子供や動物たちとバカ騒ぎをしていた「ダニエル」に、ついに「ミランダ」の怒りが爆発し、離婚を宣言「クリス」の姉『リディア』と5歳の妹『ナタリー』も落胆するが、それ以上にショックだったのは、子供達が何より大好きな「ダニエル」だった裁判の結果、養育権は「ミランダ」のものとなり、「ダニエル」は 週に1度しか彼らに会えなくなった一方、「ミランダ」に 昔の恋人「スチュー」が猛烈アタック 交際を始める「ミランダ」は留守中に子供の世話をしてくれる家政婦を雇う新聞広告を出すそれを知った「ダニエル」 映画の特殊メイクアップ・マンの兄『フランク』の協力で、初老のイギリス人夫人に変身『ミセス・ダウト』と名乗ってミランダを訪れた彼(ミセス・ダウト)はすっかり気に入られ、家政婦として雇われる「ミランダ」も子供たちも「フランク」とは気づかず、何度もバレそうになるのをごまかしながら、彼は子供たちを厳しくしつけるその頃、ダニエルはTV局の社長『ランディ』に気に入られ、新番組の打ち合わせにレストラン″ブリッジス″に招待されるところが同時刻、同じ場所でミランダの誕生祝いがあって「ミセス・ダウト」も出席をすることに さてどうなったのか・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画「ミセス・ダウト」の主人公『ダニエル・ヒラード』・・・・オイラは嫌いこの人は 何時も演技をしているので 正体が解らないから・・・・ と 言うより・・・・“ずるい”し なんだろ?元々の職業は声優 7色の声を使い分けることが出来る 実に上手い映画の中でも実演して見せるが 放送局のプロ達も 驚くほどの腕前家政婦募集の申込書に細工をして 誰からも申し込みがこない様にしてダニエル自身が ミランダに 偽名で次々と申し込みの電話をするのだが全然 ミランダは その声がダニエルだと 気がつかないのだからその声を使った演技力も 素晴らしく 他人の物真似も抜群であるだから『ミセス・ダウトファイヤー』に化けても 妻も子供達も誰も見破れない離婚前のダニエルの 生活振りは“アホ”そのもの 非常識極まりない・・・・いくら子供達が好きだからといって こんな馬鹿な事は 誰もしない子供達が動物が好きだからと ポニー・子牛・ロバ・羊・山羊・豚・アヒルウサギ・ニワトリ・・・・・家の中や庭に連れて来ちゃうし子供達を大勢呼んで 机の上で ロックの音楽に合わせて腰振りダンス自分の信条に合わないからと 平気で上司と喧嘩 仕事を辞めてしまう 妻の仕事(収入)で 生活をしているのに その自覚がまるでない・・・・妻の「ミランダ」は「ミセス・ダウト」に告白する「こんな馬鹿をしてる「ダニエル」を 年がら年中 怒ってる自分が “ガミガミ女”と自覚していて 自分が嫌になった」と・・・・・そこまで 妻を追い込んで 離婚の決意をさせた事がダニエルには 解らない「よく話し合ったの?」って聞く・・・・やって出来ないダニエルじゃない・・・・・なんでも出来るのだ・・・・だって「ミセス・ダウト」に変身したらどんなことだって こなしてしまうのだから・・・・・ 映画の筋書きなんだから そんなにムキにならなくてもと 思うが・・・・オイラには 我慢ならない・許せない・・・喜劇・コメディーなんだと 解っていてもだ・・・・あのレストランでの 着替えの ドタバタ劇は “アリエナイ”し 笑えない!この「ダニエル」「ミセス・ダウト」役「ロビン・ウィリアムス」は こんな風な人元々コメディアンなんだけど シリアスなものもこなす 名演技が出来る器用な俳優また「ミランダ」役の「サリー・フィールド」も こんな風の人過去「ノーマ・レイ」「プレイス・イン・ザ・ハート」「マグノリアの花たち」等シリアスな演技だけで 活躍してきた俳優なんだか“シリアス”な人を 演技を 作品を馬鹿にした映画じゃないのかと迄 思ってしまう造りの映画だーれも そんな風に観た人なんて居ないよ・・・・・ジジイ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今 歩いたり走ったり 兎に角 田舎道や川沿いの土手に 真っ白か淡いピンクの花が満開・・・・でも誰も見てくれない花「はるじおん・春紫苑」 オイラ的花言葉:「下種の勘繰り」(げすのかんぐり) *卑しい者は不必要に気を回して、見当違いの邪推をするということ
2012年05月23日
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【スタッフ】監督=カーティス・ハンソン 脚本=アマンダ・シルヴァー 撮影=ロバート・エルスウィット 美術=エドワード・ピッソーニ 音楽=グレーム・レヴェール 編集=ジョン・F・リンク【キャスト】 レベッカ・デモーネイ=ペイトン(モット夫人・乳母)アナベラ・シオラ =クレア(妻)マット・マッコイ =マイケル(夫)アーニー・ハドソン =ソロモン(施設の手伝い人)ジュリアン・ムーア =マーリーン(マイケルの友人)マデリーン・ジーマ =エマ(娘)ジョン・デ・ランシー =モット(婦人科医)【あらすじ】2人目の子供を妊娠した『クレア』産婦人科医の『モット』医師に診察してもらうが、彼は診察するふりをして「クレア」にわいせつ行為をはたらいた 「クレア」は その事を知った夫『マイケル』に薦められ「モット」医師を告訴すると、他にも被害を受けたとする女性が続出して大事件となり、追い詰められた「モット」医師は自殺したそれを知ったモットの妻保険を全て没収されたうえ、ショックで流産 子供が産めない体となって・・・・そして 「クレア」一家に復讐を誓うのだった 6か月後、「モット」の妻は『ペイトン』と名乗り“ベビーシッター”となって、「クレア」の家に入り込み、復讐を開始するのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 鬼になった女の執念 その恐ろしさを充分過ぎるほど 教えてくれる 夫の悪事は棚に上げて 何も罪のない自分が なにもかも奪われた理不尽その悔しさの敵意を 実は被害者だった「クレア」一家に向ける 怖い女故「モット」医師の妻が「ペイトン」(レベッカ・デモーネイ)の偽名でやって来る明るくスマートで品のよい美人 頭が切れ よく気がつき 子供の扱いも上手そんなベビーシッターが訪ねてきたら 誰でも 二つ返事で「OK!」 ところがこれが 物凄く陰険で 底意地悪い 執念の復讐劇の始まりじわじわと時間をかけて クレア一家全員にダメージを植え付けていく悪魔先ずは 生まれたての赤ん坊に 真夜中3時に起きて 自分の母乳を飲ませる流産したが 搾乳するほど乳が張っていたのと・・・・ある企が・・・幼稚園児の娘「エマ」とは クレアは絶対見せないゾンビや悪霊ものビデオを見せ 二人だけの秘密として約束したり 手を尽し 母親と引き離しをはかる家の雑用の手伝いに来ている 精神を少し病んでいる黒人の「ソロモン」には「エマ」が懐いているのに眼を付け 性的悪戯をしてると、クレアに告げ口をしかし 取り合わないクレアに・・・・衝撃が走る「ソロモン」の道具箱に「エマ」の下着を発見するのだ・・・・即クビのソロモン順調で幸せに過ごしていた日々が 最近 何故か“変だ”と気が付くクレア赤ん坊は乳を欲しがらないし 抱いても泣き止まない 娘「エマ」もよそよそしい「ペイトン」の魔手は クレアの友人「マーリーン」にも 最愛の夫にも及ぶそれは 夫「マイケル」と「マーリーン」の 不倫を匂わせること 「クレア」の誕生日サプライズ・パーティーを 秘密裏に 二人に計画させそれを なんとなく不安なクレアに告げ口・・・・こそこそする二人を勘ぐってその誕生日パーティーの日 暗がりに隠れて待ってる 大勢の友人親戚達の前で大声で叫ぶクレア「貴方がマーリーンと寝てるって事 知らないと思ってるの!」逃げ帰ったが 不審に思った「マーリーン」「ペイトン」の素性を調べて吃驚! 慌ててクレアの家に車を飛ばすそして クライマックスえ・・・・・男の復讐劇は 単純明快 我を忘れて一直線の暴挙って事が多いが・・・・女の復讐劇は怖い 武器なんて要らない 何もかもを奪われてしまうそうじゃなくたって お・ん・な は怖いんだから・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・朝の散歩道 道路脇でピンクの花を咲かせる「ひるざきつきみそう・昼咲き月見草」オイラ的花言葉:「阿修羅道」(あしゅらどう) *強い闘争心と猜疑、嫉妬、執着の心をいう *地獄、餓鬼、畜生、人間、天上と並んで 六道のひとつとされる修羅道の世界
2012年05月22日
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【スタッフ】監督=リュック・ベッソン 脚本=リュック・ベッソン 製作総指揮=クロード・ベッソン 撮影=ティエリー・アルボガスト 美術=ダン・ウェイル 音楽=エリック・セラ 主題曲/主題歌=スティング 、ドミニク・ミラー 編集=シルヴィ・ランドラ 衣裳デザイン=マギャリー・ギダッチ 【キャスト】ジャン・レノ =レオン ナタリー・ポートマン =マチルダゲイリー・オールドマン=スタンフィールドダニー・アイエロ=トニーピーター・アペル=マルキーウィリー・ワン・ブラッド=ウィりー・ブラッドキース・A・グラスコー =ベニー【あらすじ】ニューヨークで孤独に生きるイタリア系移民『レオン』 “プロの殺し屋”レストランの経営者で イタリア系マフィアのボス『トニー』を介し彼の依頼を完璧に遂行する毎日を送っているある日、「仕事」帰りの「レオン」は アパートの隣室に住む少女『マチルダ』と彼女の顔に 父親からの暴力の痕があることをきっかけに知り合う「マチルダ」は弟以外の家族に愛されず、閉塞感に満ちたまま日常を送っていたある日、マチルダの父親が 麻薬を横領したことを見抜いた麻薬取締局『スタンスフィールド』と その一味によって・・・・一家は父親のみならず義理の母親と義理の姉、そしてわずか4歳の弟にいたるまで皆殺しにされてしまう運よくその場に居合わせなかった「マチルダ」 とっさに「レオン」に助けを求め「レオン」はしばし逡巡した後に 彼女を保護した 弟の復讐のため 殺しの技術を「レオン」から学ぼうとする「マチルダ」と、殺しの腕は一流ながら 学がなく 鉢植えの観葉植物だけが友達の「レオン」根が地面についてないということが自分と同じだ、とレオンはマチルダに説明する奇妙な同居生活を始めた二人は、やがて互いに心の安らぎを見出すようになり複雑な感情と信頼を抱いていくのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー15年以上前に観て 深い感動とショックを受けた映画「レオン」もう 今回で何度目になるんだろう・・・・最初に受けた感動と同じ いや それ以上かも知れない程の感動を受ける映画の面白さの総てが この映画には詰まってる脚本・演出・役者・映像・音楽・スピード感・アクション・銃撃戦・意外性裏切り・マフィア・ユーモア・セッ〇ス・純愛・社会性・問題提起・・・・・まず 主人公の二人の設定の面白さ文字もろくに読めない イタリア移民の冷徹な殺し屋「レオン」(ジャン・レノ)暇があれば腹筋を鍛え 自分の匂いを消すため牛乳を飲み たまに観た 好きな映画は「ジーン・ケリー」のミュージカル「いつも上天気」唯一の友達は鉢植えの観葉植物「アグラオネマ・サムレモ」昼間は窓の外に出し、水をやり 葉を丁寧に拭く(まるで自分の子供を可愛がるように)そして レオンと同じ 孤独の「マチルダ」に意気投合 マチルダから文字を学ぶ12才の少女「マチルダ」(ナタリー・ポートマン)麻薬密売人の父親、子供達を愛さない派手な母親、美容ダンスに夢中の姉たった一人 仲良しの弟・・・・でも 全員が情け容赦なく殺された麻薬取締官「スタンフィールド」(ゲイリー・オールドマン)達によって孤児となって、そのスタンフィールドに復讐を誓い、レオンに 殺しを学ぶ二人は なにもかもが正反対なんだけど・・・・惹かれあってゆく その様子が 最初は微笑ましく しかし しまいには切ない程に・・・・二人の 物真似ごっこの場面が好きだ・・・・「マチルダ」は「マドンナ」「マリリン・モンロー」「チャップリン」「ジーン・ケリー」をそして「レオン」が「ジョン・ウェイン」を真似るが 思わず笑ってしまうこの二人の芝居は 100点満点 何もケチのつけようがない特に「ナタリー・ポートマン」は この時 既に大人の演技で魅せる一昨年やっと「ブラック・スワン」でのオスカー受賞は 作品に恵まれなかったからそして この二人に張り合って 凄いキャラクターを演じた「ゲイリー・オールドマン」非情な麻薬取締官 しかしレオンのボス「トニー」と通じていて 自らも麻薬中毒狂気の エキセントリックな犯罪者の演技では 右に出るものが居ない程で・・・・兎に角 この映画について語れば いつまででも・・・・・なのですが未見の方は 是非 一度・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E病院の裏山で何時も咲く「むさしあぶみ・武蔵鐙」が 今年もオイラ的花言葉:「合縁奇縁」(あいえんきえん) *人が出会い、気心が合って親しく交わることができるのも、 理屈を超えた不思議な縁によるものだ *男女・夫婦・友人の仲がしっくり行くも行かないも 前世からの定めによるものだという意味合いで使う
2012年05月21日
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【スタッフ】監督=行定 勲 脚本=行定 勲 原作=吉田修一 撮影=福本 淳 美術=山口 修 装飾=大庭信正 音楽=朝本浩文 録音=伊藤裕規 編集=今井剛 【キャスト】藤原竜也 =伊原直輝 28歳・映画配給会社勤務 夜のマラソンが日課香里奈 =相馬未来 24歳・イラストレーター兼雑貨屋店長貫地谷しほり=大垣内琴美 23歳・無職 人気俳優の丸山友彦と熱愛中林 遣都 =小窪サトル 18歳・男娼 途中から共同生活に小出恵介 =杉本良介 21歳・H大学経済学部3年 長崎出身の大学生竹財輝之助=丸山友彦 野波麻帆=美咲 中村ゆり=松園貴和子 正名 僕蔵=隣の占い師 キムラ緑子=女社長 石橋蓮司=野口良夫 【あらすじ】都内の2LDKマンションをシェアして暮らす 男女四人の若者達お互いに干渉し合わない 微妙なバランス感覚をもって・・・・ うわべだけでも 冗談を言い合い 励まし合い 貶しあって結構 居心地良く共同生活を送っている映画会社勤務の 真面目で 礼儀正しいリーダー的存在の『直輝』自称イラストレーターで よく酔っ払って帰宅する『未来』フリーターで なんともホンワカとした性格の『琴美』アルバイトの大学生『良介』それぞれが不安や 焦燥感を抱えながらも、“本当の自分”を装うことで 優しく怠惰に続く共同生活そこに 夜のお勤めが お仕事で 金髪の『サトル』が加わります同じ町では 連続婦女暴行事件が起こり始めるそして彼らの日常に、小さな波紋が拡がり始めて・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー なんだろう「杉本良介」“T大学”でも“K大学”でも“W大学”でもない 『H大学経済学部』って調べたら 原作者「吉田修一」の出身大学がH大学経営学部で・・・・この映画の主人公「杉本良介」の 人となりを表現する 手掛かりに優秀な国立大でもなく 早・慶大でもない 二流の・・・・(えっ、なんでって?・・・・そう 実はオイラの母校でして)という事は別にして・・・・この映画「パレード」のテーマは・・・・・未来「サトルって良介が思っているような子でもなければ コトが思っているような子でもない・・・・・ もちろん直輝が想像してるような子でもないだろうし かといって私が思っているような子でもない気がすんのよね・・・・」直輝「お前が知っているサトルは お前しか知らないんだよ お前もオレもみんなも それぞれが知ってるサトルしか知らないんだよ だからみんなが知ってるサトルなんて 誰も知らないし そんなヤツこの世には存在しないんだよ・・・・」・・・・・と いうことどんな“サークル”や“グループ”でも同じこと お互いを知ってるようで知らない 知ってる相手の事は あなただけしか知らない人お互いが自分なりに構築した人物を演じつつ 同じように演じる仲間と付き合ってる お互いが そのサークルの『パレード・祭りの隊列』の流れ(和)を 乱さないようにお互いを優しく気遣いながら バランス感覚を持って楽しくサークル活動が出来るようにこの映画では 同じマンションの部屋で共同生活をしてる4人+1人の なんでもないような日常風景を描写しながら 個々人に内在する悩み・焦り・悲しみ・不満などを炙り出していく今時の若者達の 希薄になった人間関係を映して・・・・そして ラストの衝撃へ・・・・・でも もっと怖いのは そんな衝撃のあとも続く“パレード” “変わらぬ共同生活” ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恐る恐る グリーンの皿を挟み 撮ってみた 今朝の「皆既日蝕」 神秘的だったね~
2012年05月20日
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【スタッフ】監督=アンドリュー・デイヴィス 脚本=ディビッド・グリフィス 、ピーター・グリフィス 原案=ドナルド・ルーズ、ディビッド・グリフィス、ピーター・グリフィス 撮影=アダム・グリーンベルグ 音楽=グレーム・レヴェール 編集=デニス・ヴァークラー、ドヴ・ホウニグ 【キャスト】アーノルド・シュワルツェネッガー =ゴーディー・ブルーアー(消防隊長)イライアス・コティーズ =ピーター・ブラントフランチェスカ・ネリ =セリーナ・ペッリーニ(ウルフの妻)クリフ・カーティス =クラウディオ・ペッリーニ(通称ウルフ)ジョン・レグイザモ =フェリックス・ラミレスジョン・タトォーロ =ショーン・アームストロングミゲル・サンドヴァル =フィップス捜査官ハリー・J・レニックス =ドレイ捜査官リンゼイ・フロスト =アン・ブルーアー(妻)イーサン・ダンプ =マット・ブルーアー(息子)マディソン・メイソン =シュラブ国務次官ミリー・スラビン =国務長官【あらすじ】“ロサンゼルス” 消防隊長の『ゴーディー・ブルーアー』高層ビルのカフェで 妻と幼い息子と待ち合わせをしていたが、目の前で 突然爆発事故が起こり、愛するふたりを失ってしまう爆発直前に、爆弾を仕掛けたコロンビアのテロリスト“ウルフ”を目撃していた「ゴーディー」は、悲しみのどん底にありながらも 彼が捕らえられると信じていたしかし、CIAやFBIは何週間経っても捜査を進めようとせず、彼の苛立ちは増してやがて妻子の死が、国にとっての“コラテラル・ダメージ(目的の為のやむを得ない犠牲)”なのではないかと疑いはじめた「ゴーディー」自らの手で犯人を捕まえると決意・・・・単身コロンビアに乗り込むゲリラ内戦に巻き込まれた「ゴーディー」は小さな村に逃げ込み、そこに暮らす若き女性『セリーナ』と、その息子『マウロ』に出会う亡くした妻子を思い起した「ゴーディー」は、彼らを手助けしながらウルフを追い続けるしかし、「セリーナ」は「ウルフ」の妻であった彼女は、「ゴーディー」に協力するといって、次のテロの標的がワシントンであるという情報を提供するのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー オイラにとって 映画「ターミネーター2」(1991年)以来 久しぶりの“シュワちゃん”1947年生まれだから 当時55才 一寸アクションの切れが甘くなってたネ2002年の公開なんだけど 前年の 2001年にワールド・トレイド・センター・ビルの同時多発テロによりこの「コラテラル・ダメージ」 暫く公開を控えざるを得ない状態にあったという麻薬大国「コロンビア」に軍事介入をするアメリカ政府に反発するテロ組織がアメリカ・ロスの中枢部にテロ攻撃を仕掛け その爆破に巻き込まれ死んでしまうシュワちゃん演じる「ブルーアー」消防隊長の 最愛の奥さんと息子ブルーアーが 待ち合わせ時間に遅れた為 現場に居合わせた妻・子たまたま 事故現場で話しかけた 警官を装ったコロンビア人テロリスト「ウルフ」に並々ならぬ憎悪の炎を燃やし 復讐の鬼と化した「ブルーアー」FBIやCIAが逸るなか コロンビアを刺激しないという 国務長官判断は「コラテラル・ダメージ」=“政治判断に依る やむを得ない犠牲”として処理されあえて 犯人追求をしないと命令が下った・・・・注)米国の軍事援助は、コロンビアの軍=準軍組織“テロリスト・ネットワーク”に流れ込み このネットワークは、自分の活動を維持するために、米国市場にコカインを持ち込んでいる最大の責任者でもあったそれに我慢ならないのは「ブルーアー」 単身コロンビア ゲリラ地域に潜入したが次々と起こるピンチにも どういう訳か 何時も危うい所で 命拾いを繰り返す(主役が死んだら お仕舞い 仕方ないじゃん)残念ながら テロリスト「ウルフ」は やっつけられない逆に 捕らわれている所を ウルフの妻に助けて貰い 一緒に帰国するのだそれも“ウルフがワシントンをテロ攻撃する計画”密告の オマケまでもってでも・・・・それは それで実行される様子なのだが・・・・ しかし この密告についての認識が 大きな過ちで・・・・この映画 オイラ的に乗れずに イライラしたのは・・・・良いテーマを持っていながら 何もかも中途半端 問題を放りだしたままにすることそこでテロリストは完全に消しておけヨ! あのTVキャスターは痛い目にあわせろ!そこは(麻薬工場)完全に焼き払えヨ! 政府に対する抗議行動はどうした? 最愛の妻子の事は忘れたのか? ウルフの息子はどうするつもりだ?他にも色々と 突っ込みどころ満載で・・・・・「そんなの観なきゃいいじゃん・・・・」 「なんとなく 映画のタイトルにひかれれて 観てしまったのだよ」太めの“シュワちゃん”の アクションと同様に 切れ味のワルイ締まらない映画なのでした尚 翌年2003年に 「アーノルド・シュワルツネッガー」カルフォルニア州知事が誕生します ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・家の生垣に毎年沢山の花をつける「なにわいばら・浪花茨」今年は 枝を随分切り落としたので 少なくなったが それでもかなり咲いたオイラ的花言葉:「後顧の憂い」(こうこのうれい) *物事をやり終わった後に残る気がかり のちのちの心配
2012年05月19日
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【スタッフ】監督=テリー・ギリアム 脚本=アーレン・クルーガー 撮影=トム・サイゲル 、ニコラ・ペコリーニ 美術=ガイ・ヘンドリクス・ディアス 音楽=ダリオ・マリアネッリ 編集=レスリー・ウォーカー 衣裳デザイン=ガブリエラ・ペスクッチ 、カルロ・ポッジョリ 【キャスト】マット・デイモン =ウィル・グリム ヒース・レジャー =ジェイコブ・グリムモニカ・ベルッチ =鏡の女王ジョナサン・プライス=ドゥラトンブレナ・ヘディ =アンジェリカピーター・ストーメア=カヴァルディマッケンジー・クルック=ヒドリックトマス・ハネク =アンジェリカの父リチャード・ライディングス=バンスト【あらすじ】18世紀グリム兄弟の弟『ジェイク』は、病気の妹を医者に診せる金を作るために売る牛を騙されて「魔法の豆」と交換してくる・・・・兄の『ウィル』は激怒妹は医者に診せられぬまま、死んでしまう 15年後の19世紀、成長した「ウィル」と「ジェイク」のグリム兄弟は、魔物退治の達人として名を知られ 各地で魔物を退治しては報酬を得ていた「ジェイク」は各地の民話や伝説を収集するのに熱心、「ウィル」は現実的で要領よく生きていたフランス占領下ドイツ・カールシュタットでバンシー退治を成し遂げたそこで フランスの『ドゥラトンブ』将軍の部下『カヴァルディ』に、ペテン師だとして 仲間と共に逮捕されてしまう「ドゥラトンブ」将軍は、グリム兄弟を見逃す代わりに ある森で起こっている不可解な連続少女失踪事件のトリックをあばき、解決することを要求してきた兄弟は要求を受け入れ、カヴァルディの監視付きで、森のある村に出向くそこで兄弟は、森に詳しい猟師の娘『アンジェリカ』に助けを求め人がおそれて足を踏み入れない森の奥を調べることに・・・・そこは昔、魔力を持つ、美貌の『鏡の女王』が住んでいると言い伝えられる塔の建つ森だったが その背後にはトリックがあると思ってるグリム兄弟しかし 森では今も“鏡の女王”の魔力が息づいているような奇怪な出来事が立て続けに起こっており、 そして少女の失踪も 続いていた・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「グリム童話」ドイツ語: Kinder- und Hausm?rchen (KHM) キンダー ウント ハオスメルヒェン (子供たちと家庭の童話)『ヤーコプ・ルートヴィヒ・カルル・グリム』と『ヴィルヘルム・カール・グリム』グリム兄弟によって編集された童話集KHM200番までの他に 聖者物語 が10番まである代表作に『ジャックと豆の木』『赤ずきん』『ヘンゼルとグレーテル』『眠れる森の美女』『白雪姫』『蛙のプリンス』『ブレーメンの音楽隊」など・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー“Once upon a time”・・・・“昔々のお話”で始まる童話じゃなく映画子供の頃 誰でも一つや二つ 読んだことのある筈の「グリム童話」実はイメージとは違い 大変怖い そしてグロな話も 沢山ありますこの映画でも 上記の作品群のモチーフを ふんだんに盛り込みながら例えば 「赤ずきんちゃん」や「狼男」「ヘンゼルとグレーテル」「カエル」等が出てくるし 「鏡よ鏡よ鏡さん 世界で一番綺麗なのは誰だい?」の台詞とか「お姫様が王子さまのキスで よみがえる」とかのシーンが 次々に出てきますその「グリム童話」を編集したグリム兄弟の生い立ちと 若い頃 どんな風に生きてきたのかを 描いているのですが・・・・・でも メインは 魔女退治で活躍する 子供向けじゃない 漫画チックな大人の冒険ファンタジー物語なのです・・・・なんだか 的が絞れてなくて散漫兄の「ウィル」役は(マット・デイモン)弟「ジェイク」は(ヒース・レジャー)オイラお気に入りの二大人気俳優を揃えているので かなり期待して観たのだけれどオイラにはチョッと向いてなかったし 正直 退屈だったかな~ 冒頭の 風車小屋の悪霊退治・・・・ウォおオオォォォーー的な ホラーか?いやいや結構迫力満点の出だし こういうタイプの映画なのかと 思ってたらそこまでで 後は緊張感が途切れて・・・・ダラダラと 妙なオバケが次々にでも “西洋のオバケ”って あんまし 怖くないだよネ・・・・一番傑作なオバケは“泥のオバケ” 小さなドロドロの泥の塊が 少年の顔にかかるすると 少年の目玉と口と鼻を食べちゃう 少年はノッペラボウになって・・・・その泥オバケは 少年の目と鼻と口をつけて 周りの泥の塊を集めだんだん大きくなって ・・・・その姿・顔形は まさに漫画で 笑っちゃう(注 苦笑い)さらに 魔法にかけられた馬が ノッペラボウの少年を飲み込んで 駆け出しおおきく膨らんだ馬の腹が人型に揺れ動いてグロだし あまりのバカバカしさに・・・・なんだか あっけにとられてしまうこの映画の監督「テリー・ギリアム」は あのナンセンス爆笑喜劇「モンティー・パイソン」の一員で 後に映画監督も務め 何本も映画を残した人 だから必死になって笑わせようと 演出してるらしいのだが所謂 日本人のテイストには 合わないギャグばかりで・・・・・終盤 森の塔に住む魔女「鏡の女王」の出現で 雰囲気は変わるのだが・・・・それは骸骨寸前の老婆が 若い少女の血を求めて誘拐を繰り返していたその生き血を飲むと 絶世の美女に甦る その魔女役が「モニカ・ベルッチ」イタリアの宝石と言われているらしいが サスガにステキ 魔女でもイイと思っちゃうラストの鏡に映った その顔 姿が 粉々に割れて 飛び散る時のシーンは見ものお伽噺のような ホラーのような 冒険アクション物のような ・・・・ファンタジー映画なんだっていうけど どうもネ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今年も 白い可憐な花をつけた「おおばなのえんれいそう・大花延齢草」オイラ的花言葉:「斧を掲げて淵に入る」(おのをかかげてふちにいる) *物の使用法を誤ること 斧を担いで淵に入れば、斧が役に立たないばかりか 自分も沈んでしまうの意で、 適材を適所に用いなければ意味がないことを戒める
2012年05月17日
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【スタッフ】 原作=田辺聖子 脚本=渡辺あや 監督=犬童一心 撮影=蔦井孝洋 美術=斎藤岩男 編集=上野聡一 音楽=くるり 主題歌=『ハイウェイ』/くるり(SPEEDSTAR RECORDS)【キャスト】妻夫木聡=恒夫 池脇千鶴=ジョゼ・くみ子上野樹里=香苗 新井浩文=幸治江口のりこ=ノリコ 新屋英子=ジョゼの祖母藤沢大悟=隆司 森本更紗=少女フキ麻雀屋客=真理アンヌ、SABU、大倉孝二、中村靖日、 西田シャトナー、遠藤雅伸、山本浩之【あらすじ】大学生の『恒夫』は、深夜に麻雀屋でアルバイトをしてるが・・・・アルバイ帰りの明け方 恒夫は 乳母車を押して歩く老婆に遭遇する中を覗くと、包丁を握り締めた少女がいて 刺されそうになるが・・・・間一髪で難を逃れる・・・・・乳母車の中身は、老婆の孫だった彼女は原因不明の病で生まれてから一度も歩いたことがないという老婆は近所に孫の存在を隠して暮らしていたのだそのまま「恒夫」はふたりの家に連れて行かれ、朝食をごちそうになるこうして、恒夫と脚の不自由な少女『ジョゼ』と出会い 興味を持つ「恒夫」は、事あるごとに家を訪ねたが ジョゼの部屋には祖母が拾ってきた様々な本があり その中の一冊が、フランソワーズ・サガンの『一年ののち』「ジョゼ」が 続編を読みたいと 恒夫は絶版の続篇『すばらしい雲』を探し出した「ねぇ、その主人公がジョゼっていうんだよね?」恒夫の問いに笑みを浮かべる数ヵ月後 工事で知り合った現場主任から、ジョゼの祖母が急逝したことを知らされ、恒夫はジョゼの家へと急ぐ ジョゼは静かに恒夫を家に招きいれ・・・・お葬式から最近の暮らしぶりまで、淡々と語るジョゼだったが、恒夫がジョゼの行動に口をはさんだ途端、わめきながら恒夫の背中を殴り始め帰ろうとする恒夫に 怒鳴る「帰れって云われて 帰るような奴は 早く帰れ!」そして、いつしか泣き声に変わり・・・・、やがてふたりは お互いの存在を確認しあうようにひとつになる「恒夫」と「ジョゼ」は 一緒に暮らし始めるのだったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は 何処にでも居そうな ごくごく 一般的な 気のいい若者大学生のふとした気まぐれから付き合い始めた 身障者女性との 真剣な恋愛で思い知らされた 他人に対する いや人間としての 介護するという意味合いや 愛の責任の重さとか 無意識という罪とかの・・・・認識に目覚めるという 話なのではないか・・・・主人公「恒夫」(妻夫木聡)は結構イケメン 明るくて如才無く優しいだから 当たり前のように 女の子にもてる 女友達は次から次へ 相手には困らないし 性交渉も当たり前のように真剣に 相手の事を知ろうとか 心を通わせようとか思っての付き合いはしてこなかったし そういう相手にも巡り合わなかったところが 今まで見たこともない不思議で奇妙な おばあちゃんと孫娘に出会う生まれつき足が不自由で立つことも歩くこともできない「ジョゼ」(池脇千鶴)近所の人達の眼に触れないよう 夜間に乳母車で散歩の時 外に出るだけ家の中でも押入れが居場所 おばあちゃんがゴミ捨て場から拾ってきた本が山積み「ジョゼ」は そのあらゆるジャンルの本から知識を得ていて 結構博識おばあちゃん(新屋英了) 一見 凄い恰好 ホームレスの風采 怖い 汚いオイラだったら 絶対近づかないけど・・・・それに 乳母車の中に 毛布にくるまれて目だけギョロつかせてる「ジョゼ」出刃包丁で いきなり切りつける 凶暴性を発揮する女 付いて行けないでも“普通”に飽きていたのか「恒夫」は付いて行き 朝飯をご馳走になったご飯・味噌汁・出汁巻き卵 の虜になって 毎日通ってくるこの「普通じゃないコト」「美味しい朝食」「身障者とお婆さん」が“鍵”となって「恒夫」の “人間としての目覚め”が始まるのですそれは 「恒夫」の 意識してない 罪な優しさからも発する「なんとかしてあげたい」「少しでも役にたちたい」の意識と「心地よい 生活」に 目覚めたのですそれからと いうもの乳母車にスケボーを取り付け 日中の街中を「ジョゼ」を載せて突っ走り好きだという「フランソワーズ・サガン」の本を探し国の補助金で家を改装させ動物園で“虎”を見せます暫く離れていた ある時 お祖母さんが死んだと聞き 駆けつけ ジョゼを励ますそこまで真剣に好意を見せつけられれば「ジョゼ」だって 自分の負い目を気にせず「恒夫」に抱かれるのです でも 抱いた「恒夫」は 生まれつきの優しさからの 行為じゃないのか?確かに「ジョゼ」を演じる「池脇千鶴」の持つ妖しげな魅力に惹かれた部分もあるがその後 同棲を始めるのも そうせざるをえなかった行為だと思えるのだが・・・・実家で葬儀があると知らせが・・・・「恒夫」は家族に紹介しようと 実家に「ジョゼ」を連れて行く途中 急に思い止まるそして「海を見に行こう」と 海岸でジョゼをオンブしながら波と戯れて「車椅子を買おう」「イヤヤ!」「なんで?」「恒夫がこうやって いつまでもオンブしてくれたらええやん」「俺 何時までも若くないんだよ・・・・」 ここで気が付いた「ジョゼ」 そして「恒夫」そして しばらく時が経って・・・・家を出ていく「恒夫」 微笑みで送り出す「ジョゼ」「俺 逃げた」・・・・号泣する「恒夫」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小貝川土手 そこらへんの雑草に混じって咲き始めた「あかつめぐさ・赤詰草」オイラ的花言葉:「揚句の果て」(あげくのはて) *いろいろあって最後に行き着くところ とどのつまりの意 「揚句」は「発句」の対語で、俳諧・連歌の最後の七七の句のこと 七七の句が必ず最後にくることから、終わりの意が出た 「挙句の果て」とも書く
2012年05月15日
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【スタッフ】 原作=ヤマザキマリ コミック漫画『テルマエ・ロマエ』 監督=武内英樹 脚本=武藤将吾 撮影=川越一成 美術=原田満生 衣裳=纐纈春樹 編集=松尾 浩 音楽=住友紀人 V E=阿部友幸 VFX=西尾健太郎 テーマ曲=ラッセル・ワトソン「誰も寝てはならぬ」 【キャスト】阿部 寛 =ルシウス(古代ローマ帝国の浴場設計技師)上戸 彩 =山越真実(漫画家志望)市村正親 =ハドリアヌス(第14代ローマ皇帝)北村一樹 =ケイオニウス(次期皇帝候補)宍戸 開 =アントニヌス(ハドリアヌスの側近)勝 矢 =マルクス(ルシウスの友人)竹内 力 =館野(ヤーサン)笹野高史 =山越修造(真実の父) キムラ緑子=山越由美(真実の母)いか八郎 =銭湯にいる老人 内田春菊 =平井道子(漫画家・真実の師匠)蛭子能収 =ショールーム部長 - 蛭子能収【あらすじ】西暦130年代の古代ローマ ハドリアヌス帝時代浴場を専門とする設計技師『ルシウス・モデストゥス』革新的な建造物が次々に誕生する世相に反した 昔ながらの浴場の建設を提案するが平凡すぎると 中々採用されず、失業状態にあった落ち込む彼の気を紛らわせようと友人『マルクス」は 公衆浴場に連れて行ったが周囲の騒々しさに耐えかね雑音を遮るため「ルシウス」は湯中に身を沈めていると壁の一角に奇妙な排水口が開いているのを見つけ、仕組みを調べようと近づいたところで足を取られて吸い込まれてしまう不測の事態に 必死にもがきながらも水面に顔を出すと・・・・ナナナな~んと!「ルシウス」は ローマ人とは 全然違う「平たい顔」の民族がくつろぐ、見たこともない様式の浴場“銭湯”に移動していた 「平たい顔族」とはアジア系有色人種の未来の姿、すなわち現代“日本人”「ルシウス」は 浴場を使ったタイムトラベラーとなっていたのだこれ以降、「ルシウス」は自分の意志とは無関係に度々「平たい顔族」の風呂へ訪れては 古代ローマと現代日本の世界を行き来してそれが自らの創意工夫によるものではないことに若干の後ろめたさを感じつつ、そこで得たアイディアをローマでの浴場設計・運用考案に活かし、浴場施設専門の空間プロデューサーとして名声を勝ち得ていくのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー正直な感想 前半の猛烈な勢いが後半息切れしちゃって“一寸残念”って感じかなァ 前半は 兎に角 意表を突かれ 大変面白く 笑った笑った・・・・古代ローマの風景も CGをウマく使ってセットとの融合も素晴らしい手抜きのないローマ市街の全景 コロッセウムを始めとする建築物が再現され当時の風俗衣装を身に纏った濃い目のイタリア人がわんさかと画面を埋め尽くしてこれをイタリアの人達が観たら どういう反応を示すのだろう?って 観ていたがネットで見たが 既にイタリアでは公開され好評だと書いてあった ホントかな~いきなり日本の銭湯に 古代ローマ人がタイムスリップしてきちゃうとにかく この奇想天外なアイデアの勝利だよね これを思いついたのは原作の漫画家「ヤマザキマリ」さんの旦那さんがイタリア人だからなんだってそれと 何しろ古代ローマ人「ルシウス」になりきってる「阿部寛」がイイ全身の裸体を惜しげもなく晒すのだが とても上手に股間を隠すアングルが笑えて先日のブログにも書きましたが 朝日新聞全紙5ページにわたる全身の彫像広告の迫力長身の上に バランスのとれた引き締まった筋肉 誇るべし日本人代表 銭湯「稲葉湯」の湯船に いきなり“プッファー!”って 飛び出すルシウス「富士山の壁画」「壁面の鏡」「ケロリンの文字の入った黄色い風呂桶」「脱衣籠」「体重計」「壁に据えられた扇風機」「フルーツ牛乳」・・・・・ 懐かしいねェ 何十年も行ってないよ“銭湯”一番最後は結婚したばかりの頃の北小金 よく行った「小金湯」かな もう45年も前その頃の情景と全然変わってないんだね・・・・いや、その頃の銭湯なのかな?そう言えば 今流行りのスーパー銭湯なんか 出てこないから真面目な顔で 眼をまん丸に見開き 驚きまくる「ルシウス」そして “平たい顔族”の 奴隷と認識する・・・・確かに 風呂に入ってた オジサン連中といったら もう・・・・このへんまで 猛ダッシュで 笑わせてくれるのだが・・・・ でもね 後半に入って シリアスな感じになってくると チョット残念だったかな~こんなにも都合良くタイムスリップばかりしてちゃあ 少し白けるし・・・・日本人のオジサン達までが 古代ローマにタイムスリップしちゃあ まずくない?あんまり ネタバラシは良くないので このへんにしておきますがこういった類の 喜劇映画が もっと欲しいな・・・・漫才ブームの人達も映画造りが盛んだがイマイチだし 心底笑える映画をネ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・雑草の中に ピンク色の小さな花が「からすのえんどう・烏の豌豆」オイラ的花言葉:「全ての道はローマに通ず」(すべてのみちはろおまにつうず) *ローマ帝国の全盛時には、世界各地からの道がローマに通じていたということ 物事が中心に向かって集中すること、手段は違ってもめざす目標は同じであること、 あらゆる物事は一つの真理に発していることなどのたとえとする (この映画でもギャグに使われてる言葉)
2012年05月15日
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【スタッフ】監督=大森立嗣 脚本=大森立嗣 原作=三浦しをん プロデューサー=孫家邦 音楽=岸田 繁 主題曲/主題歌=くるり 【キャスト】瑛 太 =多田啓介 松田龍平 =行天春彦 片岡礼子 =ルル 鈴木 杏 =ハイシー 本上まなみ=三峯凪子 柄本 佑 =山下横山幸汰 =由良 梅沢昌代 =山下の母 大森南朋 =山田 松尾スズキ=シンちゃん 麿 赤兒 =岡 高良健吾 =星岸部一徳 =早坂【あらすじ】 東京郊外の“まほろ市”に住む『多田啓介』駅前で便利屋を営む真面目な青年バツイチの彼は、拭えない過去を持ちながらも地道に仕事をこなしているある年の正月、仕事からの帰り道で、依頼人から預かったチワワを見失ってしまう必死に探す「多田」は、バス停でチワワを抱いている男を見つけたその男は中学時代の同級生『行天春彦』だったよくしゃべる男に変貌していた「行天」は事情も告げず「今晩泊めてくれ」と「多田」に頼む・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー いつでも どんな映画でも 人と人との関係において生まれる 人それぞれの感情大体が“好き”か“嫌い”かで まずは大別して 仲良しになる・愛する・尊敬する か 気にもとめない・無視する・軽蔑する・喧嘩する・・・・ 大小の違いはあっても それぞれ必ず選別が行われている つくずく思うのだが 人間って ホントにデリケートに出来ていて・・・・ちょっとした事がキッカケで 何時までも離れられない関係になったりあんなに旨くいってたのに 喧嘩別れしたりする・・・・繊細で壊れやすい人の感情 だから その関係は 決して安定はせずに お互いが微妙なバランスを取りながら進み不安定だからこそ スリルがありドラマチックな展開もあったりで 面白いもし安定するようになった時には 諦めとかの要素も加わり 人生の終わりが始まっている (な~んてネ)この映画の「多田}(瑛太)と 「行天」(松田龍平)の 関係も高校時代 工作授業の際 「多田」の所為で「行天」の小指が切り落とされた事に始まる運良くその小指はくっついたものの傷が残り 季節の変わり目には今だに痛むとかそんな事が 二人を結びつけていて これがこの物語のポイントで テーマかな?“まほろ駅”って “町田駅”のこと 映画を観りゃあ知ってる人には 直ぐに解る駅前じゃなく 5分ほど歩いた所にある“便利軒” ラーメン屋じゃない映画の中でも 子供に突っ込まれるのだが「多田って名前 商売には良くないよネ タダ にしろって 言われない?」「多田便利軒」は お客様のどんな雑用にもお応えるする“便利屋”なのです「犬を散歩させる」「子供を幼稚園に送り迎えをする」「戸の滑りをよくする」「バスの運行状態をチェックする」・・・・など セコイ仕事がメインでそんなつまらない仕事をしてる多田の所に その相棒「行天」が転がり込んで・・・・ まったりとした会話を交わし やる気があるのかないのか チンタラと・・・・仕事に イイ仕事もワルイ仕事もないけどサー いいのかな~ イイワケーもんがよー どんな料金なんだろう? 家賃は? 信用は? 採算は合ってるんだろうか?(嫌なジジイだね~ イイじゃないかそんな些細なこと マッタク!)いろんなエピソードが用意されているが どれも中途半端で・・・・「フランダースの犬」「子供が麻薬の配達係」「チワワの飼い主」等に共通するのはさっきの小指の話のように切り離されてしまっても 必ずまたひっついて 元通りになるという“復活”の話“再生”“復興”・・・・なんか こじつけがましいかな? スマン「なんじゃ こりゃあ!」アア、これはね 瑛太が叫んだのですが・・・・聞いた松田龍平が ボソッと「全然 似てねエ」 解る人だけへのギャグそれと【蛇足】「大森立嗣」監督この映画に出演してる「麿赤児」の息子 そして弟は「大森南朋」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高井城址公園に紫色の「あやめ・菖蒲」が咲いたオイラ的花言葉:「理屈と膏薬はどこへでも付く」(りくつとこうやくはどこへでもつく) *理屈をつけようとすれば、どのようにもこじつけることができるということ
2012年05月13日
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[スタッフ]監督=原田眞人 脚本=原田眞人 原作=井上靖 撮影=芦澤明子 美術=山崎秀満 録音=松本昇和 照明=永田英則 編集=原田眞人【キャスト】 役所広司 =伊上洪作(夫) 樹木希林 =伊上八重(母) 宮崎あおい=伊上琴子(三女) 三國連太郎=伊上隼人(父) 南 果歩 =伊上桑子(妹) キムラ緑子=伊上志賀子(妹) ミ ム ラ =伊上郁子(長女) 菊池亜希子=伊上紀子(次女) 三浦貴大 =瀬 川(運転手) 真野恵里菜=貞代(お手伝い) 赤間麻里子=伊上美津(妻) 【あらすじ】1959年小説家の『伊上洪作』湯ヶ島の両親の家に 父『隼人』の見舞いに行き 東京の自宅に帰ってきた妻の『美津』、 長女の『郁子』、 二女の『紀子』「伊上」の新作小説にせっせと“検印”を捺しているが 三女『琴子』はいないそれは50万部も売れたベストセラー作家の 家族の大切な仕事であった深夜、持ち直したかに見えた「隼人」の訃報が入る1960年父亡き後、伊上の妹『桑子』が 物忘れの多くなった母『八重』の面倒を見ている1963年「八重」の誕生日に、川奈ホテルに集まる一族「伊上」の もうひとりの妹『志賀子』、夫の『明夫』、運転手の『瀬川』、秘書の『珠代』も参加しての盛大なお祝い会1966年しばらく「伊上」が 「八重」を引きとることになるが、認知症の始まった「八重」を冗談のタネにする家族に 「琴子」が突然怒り出すそして 日頃から家族を小説やエッセイのネタにする父への不満が一気に爆発「琴子」の提案で「八重」は軽井沢の別荘で暮らし、「琴子」と「瀬川」 手伝いの『貞代』の3人で面倒を見ることに1969年「伊上」が5歳の時から8年間、伊豆の山奥の土蔵で彼を育てた曾祖父の妾「おぬい」の五十回忌の法要で、顔を合わせる一族「琴子」はプロの写真家になり「瀬川」と付き合っている「紀子」はハワイへの留学を父に許された「八重」は夜に徘徊するようになり、もう誰が誰かも分からなくなっていたある朝、「おぬい」に “息子を奪われた”という「八重」の言葉に感情を抑えられなくなった「伊上」は、初めて母と対決しようと「息子さんを郷里に置き去りにしたんですよね」と 問いつめるしかし、「八重」の口からこぼれたのは、伊上が想像もしなかったある“想い”だった・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー久し振りに “ズシーン”と胸に響く 本物の日本映画に出会いました何より 映画全体を通して感じられる 重厚で濃密な芸術作品としての香り落ち着いたセピア色風の画面 ピンと張り詰めた旧家の佇まいと空気感どの場面を切り抜いても絵になるような情景それにぴったりの バッハの荘厳な音楽 心地よい旋律を奏で・・・・俳優陣の ある時はポンポンとテンポの良い会話が飛び交い 又 ある時はしんみりと また聞き取りにくい程の枯れた声で・・・・出演俳優陣の醸す 本物の家族と同じ様な雰囲気のする自然な演技中でも母親「八重」を演じた「樹木希林」は 本年度の映画賞の総てで 最優秀主演女優賞受賞は確実(またも断言)笑わせ 泣かせ ハラハラさせ・・・・なにより観客を感動させるのです恐らく この映画を観た総ての人は 自分の母親を想い起こさずにいられない(*そうか、今日という日のタイミングは「母の日」なんだね!)そして 主人公「伊上洪作」役「役所広司」が その歴史に残るような演技をする「樹木希林」を真正面から受け留めて 樹木希林の演技を 更に光り輝かせた・・・・この人も 主演男優賞 当確!映画の冒頭土砂降りの雨が降る中、幼い女の子2人と 雨宿りをする中年女性無表情で いや なぜか切羽詰まった様な顔で ジーッと見つめてます少し離れた反対側の軒下にいる 紺の絣の着物を着た少年を・・・・この意味が判らずにいましたが これが物語の重要な鍵になるのですオイラも自分の母親を思い出す時 いつも同じ 必ず出てくる情景がある終戦間近 都心大空襲の予報に 栃木県にある父親の実家へ逃げる途中の事まだ5才のオイラの記憶は定かではない筈なのだが・・・・何度も 繰り返し母親から聞かされてる内 自分の記憶としてインプットされ 鮮明な情景が それは 予報通り大空襲になって 送ってきた父親は 宇都宮で引き返した 駅舎に取り残された オイラと妹を連れた母親 恐怖と心細さに・・・・父親の薄情さを 繰り返し愚痴って (もう65年も前の話だが) という風に 子供時代に親から受けた強烈な印象は 一生涯忘れることなく背負ったまま 生き続ける・・・・「伊上洪作」は“自分は親に捨てられた”というもので尚且つ それで 祖父の愛人に育てられるという 強烈なものしかし それが彼の小説にとっての 大きな“コブ”となって深みのある 傑作が書けたという・・・・・原作者「井上靖」亡くなられたのは1991年1月29日 83才だった亡くなられる3年程前に“奈良シルクロード博”の総合プロっデューサーを務められオイラも そのイベントに少し関わりがあって 何度か講演やお話を聞かせて戴く機会があったが・・・・ センスのいいスーツ姿は 大変ダンディで・・・・・お歳を全く感じさせなかった (若い頃は役所広司に似てたのだろうか?)再度「樹木希林」映画の進行に従って変化してゆく 表情の豊かさは 多彩で・・・・ ある一瞬 オイラの母親のような顔 同居人の母親の表情にも見えて・・・・幼子の様な無邪気な顔 鬼のような怖い顔 優しいお婆さん顔に廻り会える 久しぶりに 母親を想ってみる機会を 映画館でどうぞ・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・朝の散歩道 小貝川川畔 今一番の盛りは「すかんぽ・酸葉・すいば」茎をかじると 少年時代のあのなんとも懐かしい匂いと味がしてオイラ的花言葉:「親思う心に勝る親心」(おやおもうこころにまさるおやごころ) *子供が親を思う心よりも親が子供を思う心の方が深いということ
2012年05月12日
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【スタッフ】監督=三宅喜重 脚本=岡田惠和音楽=吉俣 良 撮影=池田英孝美術=松本知恵 編集=普嶋信一【キャスト】宮本信子 =萩原時江 中谷美紀=高瀬 翔子戸田恵梨香=森岡ミサ 南 果歩 =伊藤 康江谷村美月 =権田原美帆 有村架純=門田悦子芦田愛菜 =萩原亜美 勝地 涼 =小坂圭一小柳 友 =カツヤ 相武紗季 =マユミ安めぐみ =小峰 比奈子【あらすじ】宝塚~西宮北口間を 約15分で走る、えんじ色の車体にレトロな内装の阪急今津線その電車に、さまざまな“愛”に悩み 周りにとけ込めずにイラつきながら、やりきれない気持ちを抱えながら・・・・ 誰にも言えずに生きているそんな人達 偶然乗り合わせただけの乗客たちがいる後輩に婚約者を寝取られ ウェディングドレスで結婚式場に乗り込む『高瀬翔子』OL 32才カレシが突然暴力を振るう DVに悩む 女子大生『森岡ミサ』21才 息子夫婦との関係がぎくしゃくしている 品の良い老婦人『萩原時江』65才セレブ気取りの奥様たちとの付き合いに疲弊する平凡な主婦『伊藤康江』42才大学生活になかなか馴染めない地方出身 野草オタク『権田原美帆』19才 同じ大学の同じ様な境遇の『小林圭一』 軍事オタク19才年上の会社員と付き合い 憧れの大学を諦めきれない女子高生『門田悦子』18才小学校でイジメにあってる少女 8才雑踏の中 モノローグ・・・・同じ場所で 同じ時間を過ごしている人が こんなに沢山いるのにそれは 何の意味ももたない 知らない人達は 私の人生に何の影響も受けないし私の人生も誰にも影響を及ぼさない・・・・ 世界なんて そうやって成り立っているんだ そう思っていたが・・・・電車内という限られた空間で、それぞれの人生がほんのちょっと重なり合い、影響し合い、そして離れていく・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラだって 72年間の人生の内 およそ50年間も 電車に乗って学校に・会社に 通ってた訳で そう、色々とあった計算してみると・・・・1年300日間として15000日 1日往復2時間として30000時間 毎日 同じ時間に改札口を入り 同じ時間に 同じ電車の 同じ車両に乗る乗客の顔ぶれはいつも大体が同じで 挨拶を交わす人さえ居たりしてそれぞれが それぞれの家庭から それぞれの学校や勤務先に通いそれぞれに それぞれの家族や仲間があり それぞれの事情や物語があってそう 忘れられないエピソードは 誰にでもいくつかはある筈もう 誰に話すこともなく このまま忘れ、朽ちてゆくなんとなく 寂しいというか もったいないような気もするが・・・・忘れ去ることだけが 人生なんだ・・・・なーんてネ でも この映画では そんな混雑してる通勤・通学時間帯の映画じゃなく 日中の 僅か15分間の出来事を描いた映画「阪急電車 片道15分の奇跡」 たった15分間の乗り合わせで 思いがけなく起きる 知らない人同士の奇跡別に奇跡といっても 特別に凄い事が起こる訳じゃないウェディング・ドレスを着て白の靴にバッグ ティアラに真珠のネックレス引き出物の紙袋を下げた女性が乗ってきて 窓際で涙を流してる(凄いか?)誰だって オカシイと思う 修羅場を過ごしてきたのは 明白で・・・・ その異常さに声なんかかけられないよね~でも 白髪の上品な初老の女性が優しく「お掛けなさい」と空席を指さすなかなか 出来ないんだよねー こういう風にナチュラルに話かけるってそして涙ながらに 今までのいきさつと仕返しをしてきたと語る「中谷美紀」静かに聴いてあげて 慰め 力ずけ アドバイスまでしたのは「宮本信子」なんとなく いい感じの音楽 そして電車のガタンゴトン ガタンゴトンがまったりとした雰囲気を醸し出し・・・・二人の名演技を ウンウンと頷きながら観ていたが・・・・でも、よーく考えてみると なんとも嘘っぽくない?そうじゃなくても その車両乗客全員が 聞耳を立て注視してる中だよ どうも この監督と脚本家の描く いい人 悪い人が 極端に過ぎるそれに 今風なのか 現実なのか判らないが 若い人達が下品過ぎるイジメ 暴力 妊娠 不倫 セックス オタク・・・・そんな話題ばかりそして おばちゃん達の おしゃべり公害 傍若無人の車内での馬鹿騒ぎこの阪急沿線のおばちゃん達から「こんなんちゃう」って文句出なかったん?そう・・・・大体こんな風? 大阪のおばちゃん・・・・それを とっちめるのが「宮本信子」 スっげー剣幕で説教画像だけで 音声は聴こえてこないが・・・・迫力満点なんとなく こんなんが 大阪風なんだろうナ・・・・と納得の映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高井城址公園の岡の中腹 「しゃが・射干」の花が群生していたオイラ的花言葉:「知る者は言わず言う者は知らず」(しるものはいわずいうものはしらず) *物事を真に知る者はむやみに口に出して言ったりしないが、 よく知らない者に限ってべらべらとしゃべるものであるということ
2012年05月10日
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【スタッフ】監督=ラース・フォン・トリアー 脚本=ラース・フォン・トリアー 製作=ヴィベケ・ブルデレフ 撮影=ロビー・ミュラー 美術=カール・ユーリウスソン 音楽=ビョーク 編集=モリー・マレーネ・ステンスガード 、フランソワ・ジェディジエ 衣裳=マノン・ラスムッセン 振り付け=ヴィンセント・ペイターソン 字幕=石田泰子 【キャスト】ビョーク=セルマ カトリーヌ・ドヌーヴ=キャシーデヴィッド・モース=ビル ピーター・ストーメア=ジェフジャン=マルク・バール=ノーマン ヴラディカ・コスティック=ジーンカーラ・セイモア=リンダ ジョエル・グレイ=オールドリッチヴィンセント・パターソン=サミュエル ジェリコ・イヴァネク=地方検事シオバン・ファロン=ブレンダ ウド・キア=ポーコルニー医師【あらすじ】1960年代、アメリカの片田舎 チェコからやってきた『セルマ』女手一つで息子『ジーン』を育てながら工場で働いている「セルマ」は遺伝性の病気のため視力を失いつつあり、「ジーン」も手術を受けないと同じ運命をたどるのだが、それを秘密にしつつ、手術費用をこつこつ貯めていた彼女の生きがいはミュージカルアマチュア劇団で稽古をしたり、仕事帰りに友人の『キャシー』とハリウッドのミュージカル映画を観ることを唯一の楽しみとしていたしかしセルマの視力は日増しに弱くなり、ついには仕事のミスが重なり工場をクビにしかも「ジーン」の手術代として貯めていた金を、親切にしてくれていたはずの 大家で警察官の『ビル』に盗まれてしまう「セルマ」は「ビル」に金を返すように迫り、もみ合っているうちに誤って拳銃がビルの腹部にあたる・・・・叫び声にビルの妻が階段を駆け上がって来るが 拳銃を持った「セルマ」「拳銃と金を奪われた 早く警察を呼べ!」 ビルが叫ぶ そして何故かビルは 自分を撃てとセルマに 激しく迫り「セルマ」は 狂った様に乱射 頭部を金物容器で殴りつけ 殺してしまうやがてセルマは殺人犯として逮捕され、裁判にかけられるのだがセルマは「ジーン」を守るため、また「ビル」が 妻に内緒で破産していたという秘密を隠し通すため・・・・法廷でも かたくなに真実を語ろうとはしないのだった・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの理不尽で 救いの全く無い 暗くて陰気で ショッキングな訳の解らん ミュージカル仕立ての映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」二度と観る事はないだろう・・・・と 思っていたのだが・・・・昨夜 ケーブルTVで放映してたのを ついつい怖いもの見たさ? にしかし こんなにも悪印象で 気分が滅入ってしまうような強烈な映画はある意味 そのメッセージ性と 考えさせてやろう という目的は監督をはじめ製作者一同「して やったり」と 喜んでいるのだろう知的障害 盲目 母子家庭 貧困 に被せて・・・・長年勤めた職場を 目が不自由なために起こした事故で解雇され 信頼する大家で警官に 必死で貯めた 息子の手術費用を奪われ取り返そうと争う内 誤ってその警官を撃ち殺してしまうそして逮捕 裁判 有罪 死刑 執行・・・・勘弁して 観客はそれらの経過や事実を観てる訳だから・・・・画面上の登場人物達より 訳が解って居るから 非常にイライラしてそれも主人公「セルマ」 もたもたと はっきりせず ニヤニヤしながら人のアドバイスや親切に耳を貸さずに かたくなに 自分勝手に・・・・その上「セルマ」が 想像の世界に入ると・・・・突然その辛く哀しい状況の場面が夢の世界に変わり ミュージカル仕立てになるそんな哀しい場面で「セルマ」が 嬉々として唄い踊る姿をみて観客は「なんだ~コイツ 笑ってやがる」って イラつきが倍増しちゃう大体が貧しく哀れで 夢のない陰気なミュージカルで どう盛り上がれる?誰が こんなに気分の悪くなるような映画 観たがる?「よぅ ジジイ オメエ 2度目だって言ったよねえ・・・・なんで?」「だからサァ 冷静になって 本当に 監督が言いたかった事って なんだろう?って 客観的に観てみたかったんじゃん・・・・」「それで?」「言い訳がましいけど・・・・ 最近 身近で起きてる自然の大災害 地震・津波・放射能・竜巻・・・・ そして 長距離バスの居眠り事故 登校児童に突っ込む無免許自動車 原発再稼働 電気料金値上げ 官僚天下り・・・・理不尽な事って 慣れっこになってしまう程 次から次へと 起こってて 誰もが みーんな イラついてるし 許さ~んって 怒ってるし・・・・ でも な~んも変わらない 文句は言ってるけど変える人は居ない」 そんな時 そう 誰もが 振り向いてくれるような 非常識な そしてショッキングな事をぶち上げる これって 一つの方法なんじゃ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・他所の玄関先に咲いていた「きふじ・黄藤」この辺では見かけないのでパチリ オイラ的花言葉:「謹毛失貌」(きんもうしつぼう) *枝葉末節にこだわって、根本を忘れること 絵を描く時、一本一本の毛までていねいに描いたのに 肝心の顔の形が似ていないこと(でも いいんじゃない?)
2012年05月10日
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【スタッフ】監督=スティーヴン・ソダーバーグ 脚本=スティーヴン・ソダーバーグ 撮影=ウォルト・ロイド 音楽=クリフ・マルティネス 編集=スティーヴン・ソダーバーグ 【キャスト】アンディ・マクダウェル =アンジェームズ・スペイダー =グレアムピーター・ギャラガー =ジョンローラ・サン・ジャコモ =シンシア【あらすじ】何の不自由もない幸せに暮らすカップル夫の『ジョン』は 大手法律事務所に勤める有能な弁護士、妻の『アン』は 夫の希望を受け入れ専業主婦しかし「アン」は かかりつけの精神科医に日常の些細な悩みを訴えている一方の「ジョン」は 貞淑すぎる妻とは正反対な「アン」の妹『シンシア』と秘かに肉体関係を結んでいたそんなある日「ジョン」の大学時代の友人『グレアム』が訪ねて来た「アン」は彼を親切に迎え入れるが、同時に彼の不思議な魅力を感じてもいた翌日「グレアム」のアパート探しを手伝った「アン」は、彼が不能であることを聞かされ驚く・・・・やがて彼の部屋にあるヴィデオ・テープを見つけ、その内容が 自分のセックス観について語った女性たちを「グレアム」自身が撮ったものであることを知り、急に恐れを感じるそんな折「シンシア」が「グレアム」のヴィデオの前に立ち・・・・初体験から「ジョン」との情事までを赤裸々に語った後にその事を妹から聞かされた「アン」は、激しい嫌悪感と共に嫉妬を抱くそして寝室で「シンシア」のイヤリングを見つけたことで「ジョン」の浮気を確信したアンは、怒りをあらわにして家を飛び出した気がつくと彼女は「グレアム」のヴィデオの前で告白を始めていた家に帰った「アン」は 夫に離婚を切り出し、「グレアム」のヴィデオに出たことを告げた怒った「ジョン」は「グレアム」のアパートに駆けつけ、彼を殴りつけて追い出し 妻のヴィデオを見たその時 初めて「アン」の真実の思い、また「グレアム」の変貌の理由を知った心の中で何かが弾けた「グレアム」は、次々とヴィデオ・テープを叩き壊した数日後「アン」と「グレアム」2人で新たな生活を始めようとしていた・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなんか 最近の映画のような感じを持っていたが 1989年製作で もう23年も前の映画だったアメリカの家庭生活 夫婦生活に於ける不安と悩みは複雑で人それぞれ 彼らのセックス観を大胆で開放的なものと見ていたが 今や世界共通? 『ジョン』妻の実妹「シンシア」と密かに浮気『アン』夫の「ジョン」を無意識に拒否する妻『シンシア』姉の「アン」とは正反対 短絡的な性欲に溺れる妹『グレアム』ビデオの中で性体験を告白する女性にしか興奮を覚えない四人共 心に闇を持ち、そして“嘘”を抱え生きている意図的につく“嘘” 無意識につく“嘘”彼らの心の閉塞感を象徴するかのように、ジョンとアンの家、ジョンのオフィス、シンシアの家、シンシアがバーテンとして働いているバー、グレアムの家と・・・舞台劇のような 全てが屋内のシーン なんとはなしに 観ていて息苦しいただ一人「グレアム」のみが“心を開こう”としているかのように彼の住むアパートのドアの鍵は いつも掛かってない愛されていないが故に、愛し方が分からない?でも「アン」と「グレアム」は ビディオを介し 互いに本心を伝えあい静かに抱きしめ合うことで 長く心に縛られていた鎖から解き放たれていくそして愛するが故に、愛されることを知る(ヤッパ 心と心が通じての愛)二人の心の開放感を表すように、ラスト 屋外のシーンとなって・・・・「スティーヴン・ソダバーグ」監督・脚本によるそのままを示すストレートな題名「セックスと嘘とビデオテープ」特に盛り上がりを演出せず 淡々と個々の心の中を覗き込むように描いた観る人の深層心理に訴えかける作品であり、観る人それぞれが 様々な受取り方ができる仕掛けとなってるもう こういう悩みとか トキメキとかから離れて うんじゅう年・・・・もういっぺん 悩んでみたいものだねえ・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・散歩道の崖に あちこちで見掛ける「あまどころ・甘野老」オイラ的花言葉:「破れ鍋に綴じ蓋」(われなべにとじぶた) *どんな人にもそれぞれにふさわしい配偶者があるということ 江戸系いろはがるたの一つ 破損した鍋には修理した蓋が似つかわしいとして言う
2012年05月09日
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【スタッフ】監督=成瀬巳喜男 製作=小林一三原作=林芙美子 脚本=水木洋子 音楽=斎藤一郎撮影=玉井正夫 美術=中古 智 録音=下永 尚照明=石井長四郎 編集=大井英史 助監督=岡本喜八プロデューサー=藤本真澄 エグゼクティブプロデューサー=森 岩雄【キャスト】 高峰秀子 =幸田ゆき子 森 雅之=富岡兼吾 中北千枝子=富岡の妻・邦子 木村貞子=富岡の母 岡田茉莉子=向井の妻・おせい 加東大介=向井清吉 山形 勲 =伊庭杉夫 金子信雄=仏印の所員・加納 木匠マユリ=飲み屋の娘 千石規子=屋久島のおばさん 村上冬樹 =仏印の所長 ロイ・ジェームス=米兵 【あらすじ】戦時中の1943年、農林省のタイピストとして仏印(ベトナム)へ渡った『幸田ゆき子』、そこで農林省技師の『富岡兼吾』に会う当初は「富岡」に否定的な感情を抱いていた「ゆき子」だが、やがて富岡に妻が居ることを知りつつ2人は関係を結ぶ終戦を迎え、妻「邦子」との離婚を宣言して富岡は先に帰国したが富岡は妻と別れていなかった失意の「ゆき子」は 米兵のオンリーになっていたが再会した富岡はゆき子を詰り、ゆき子も富岡を責めるが結局2人はよりを戻す 終戦後の混乱した経済状況富岡は仕事が上手くいかず、米兵と別れたゆき子を連れて伊香保温泉へ旅行に当地の「ボルネオ」という飲み屋の主人『清吉』と意気投合 2人は泊めてもらう清吉の若い女房『おせい』に 魅せられた富岡は「おせい」とも関係を結ぶゆき子はその関係に気づき、気まずくなった2人は 伊香保を去る 妊娠が判明した「ゆき子」は再び富岡を訪ねるが、彼はおせいと同棲していた「ゆき子」は かつて貞操を犯された義兄の『伊庭杉夫』に借金をして中絶する術後の入院中、「ゆき子」は新聞報道で清吉が「おせい」を絞殺した事件を知る ゆき子は新興宗教の教祖になって金回りが良くなった「伊庭」に養われることにそんな「ゆき子」の元へ 落剥の富岡が現れ「邦子」が病死したと 告げる 「富岡」は 新任地の“屋久島”へ行くことになり、身体の不調を感じていた「ゆき子」も同行するのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画「浮雲」を 再度観たいと 思ったのは「桐野夏生」著 小説「ナニカアル」を読んだからです「林芙美子」を主人公にした 大変興味深い 面白いというより傑作ですその小説での「林芙美子」が戦時中 軍隊の要請でシンガポールやインドネシヤ等の南方方面軍事地区で取材旅行の際 現地に移住してきた人達 軍人や 出版社の人達そして同行した実名の作家たち(この浮雲の脚本を書いた「水木洋子」も出てくる)との かかわり合いを描きつつ 不倫相手の新聞記者との逢瀬と別れを 綴ったもので「浮雲」の主人公「富岡」と「ゆき子」の ベトナムでの出会いの部分なんかが この小説に リンクしてる風に思えるし・・・・ 又この小説で描かれる作家「林芙美子」独特の人間臭さ そして恋愛観 男性感がこの映画にも散見され ナルホド納得と 窺い知ることが出来た からですこの映画「浮雲」は「成瀬巳喜男」監督の代表作で 日本映画界でも指折りの作品「小津安二郎」監督は「このシャシンは 自分には撮れない」と・・・・ そして「溝口健二」監督は「あの人のシャシンは うまいことはうまいが、 いつもキン〇マが有りませんね」なんだって・・・・さらに「淀川長治」は「ビンボークセー! から嫌い」って観なかったそうですが 主人公「富岡」(森雅之)の言動は 男としてあまりにも いけません ダメです「ゆき子」(高峰秀子)に 最初に出会う仏印(ベトナム)で農林省の役人の肩書きをカサに 無礼な言葉を吐きます「あんた千葉県出身だろ えー なまりがあるぜ なに東京? フン どうせ葛飾か四ツ木あたりだろ・・・・」そんな風に怒らせておいて・・・・後に彼女を 猫なで声で籠絡する手口女房と別れるって言っておきながら 帰国するや別れてない その理由はなんとも しおらしく「待っててくれた人に 申し訳なくて・・・・」「ゆき子」と行った温泉地で 親切にしてもらったオヤジの女房をモノにして東京で同棲生活をしちゃう 出鱈目振りも 凄い根性で・・・・でもね この「ゆき子」の生き様も凄いよ・・・・“花の命は短くて 苦しきことのみ 多かりき” なんだけれどもこんな駄目男 捨てちゃえばいいものを・・・・どこまでもついて行く妻子ある事は解っててする「富岡」との不倫離婚する筈の「富岡」は 離婚せずに捨てられ外人のオンリーになりかつて処女を奪われた義兄の愛人になっても最後は「富岡」と屋久島へ戦後 強くなったのは“靴下と女” 間違いなかった・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今朝の散歩は狂喜乱舞 とうとう発見しました 幻の「銀蘭・ぎんらん」花の丈は約10cm~25cm 白い1cm程の可愛いい花を5~10個もつけてそれも 30~50本も あちこに散らばって 「ばんざ~い!」です オイラ的花言葉:「本木に勝る末木なし」(もときにまさるうらきなし) *何度か取り替えてみても、やはり最初の相手が一番よかったということ 「本木(もとき)」は接ぎ木のもとになる木、「末木(うらき)」は枝やこずえ 最初の妻を本木に、後妻を末木にたとえるなど、多く男女関係について言う (本当に そうだろうか?)
2012年05月09日
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【スタッフ】監督=アラン・J・パクラ 脚本=フランク・R・ピアソン、アラン・J・パクラ 原作=スコット・トゥロー 製作=シドニー・ポラック、マーク・ローゼンバーグ 撮影=ゴードン・ウィリス 音楽=ジョン・ウィリアムス 編集=エヴァン・ロットマン 字幕=戸田奈津子 【キャスト】ハリソン・フォード =ラスティ・サビッチボニー・ベデリア =バーバラ・サビッチラウル・ジュリア =サンディ・スターンブライアン・デネヒー =レイモンド・ホーガンポール・ウィンヒールド=リトル判事グレタ・スカッキ =キャロリン・ポルヒーマスジョン・スペンサー =リップランザーサブ・シモノ =クマガヤ【あらすじ】『ラスティ・サビッチ』 やり手の地方検事補妻の『バーバラ』は 以前優秀な数学者だったが、結婚生活のため学業を断念して 今は主婦業にいそしんでいる検事局に若くセクシーで出世欲旺盛な女性検事『キャロリン』が入ってくる助手にして仕事を進めるうち「ラスティ」は彼女と関係を持ってしまうその関係に溺れる「ラスティ」 ところがある日、キャロリンが他殺体で発見され 担当を銘じられるラスティ調査を進めるうち、彼女が検事局の何人もの男性スタッフと関係を持っていることが明らかに、さらには過去の事件にも不審な操作の影が 捜査を進める「ラスティ」だが・・・・ある朝 逮捕される現場にあった飲みかけのビールタンブラーから彼の指紋が採取されたのだそして、被害者の体内に残されていた体液の血液型はラスティーのものと一致保釈され「ラスティ」の闘いが始まる弁護を依頼するのは、今まで散々手を焼いてきたやり手弁護士「キャロリン」は上司の地方検事とも関係を持っていた地方検事選挙での再任を目指すその地方検事は、ついにラスティを捨てる「キャロリン」は誰かを脅迫していた検事局でのし上がろうとする「キャロリン」の野望 法廷でのぎりぎりの闘いは勝敗の行方がつかめないところが、決定的な物的証拠であるタンブラーが保管庫から紛失していた無罪を勝ち取る「ラスティ」 タンブラーはどこへ?そして、真犯人と動機は? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画の前半は 淡々と堅い話が進み 少々判りづらい部分もありーで眠気を催しますが・・・・我慢して がまんしてすると 辣腕美人検事補「キャロリン」の登場で 一気に眠気が去り 逆に眼を見開き・・・・画面に釘付けになって・・・・不倫に溺れ 深みに嵌ってゆく「ラスティ」案の定 長くは続かずに捨てられ そして嫉妬に狂う「ラスティ」もしかして やっちまったのか?「ラスティ」あの沈着冷静 模範的父親役の多い「ハリソン・フォード」美人検事に振り回される 情けない男を演じます奥さんには「愛はなかった」を何度も繰り返して・・・・そして あれれれ・・・ あんなに証拠も揃っていたのに「ラスティ」推定の無罪が 間違いない本当に“無罪”となって 無事釈放それにしても あの日系検屍官「クマガヤ」のチェック・ミスは問題だがそれよりラストの 衝撃の結末で 驚かされるのだが・・・・このラストの“アレ”は 意識的に残したものなのかね?だって 知らなかったんでしょ「クマガヤ」のミスの件はそれに 証拠品のタンブラーが消えてしまうことも ということは 「ラスティ」の有罪を確信してた訳で・・・・何故 “アレ”を処分しておかなかったのか?その謎が オイラ的には 今でも疑問で 眠れないのだよ・・・・この映画は「不倫はダメよ!」つーより「女って怖いんだよ!」 つー映画です ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 散歩仲間のオバチャンに教えてもらった 雑木林の中に10本も まとまって咲いていた あの「金蘭・きんらん」オイラ的花言葉:「妻の言うに向こう山も動く」(つまのいうにむこうやまもうごく) *動くはずのない向こうの山でさえ、妻が言えば動く 家庭の中で妻の意向が絶大であることのたとえ 日ごろ人の言うことに耳を貸さない人でも、妻が言えば従ってしまうということ
2012年05月07日
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【スタッフ】監督=阪本順治 脚本=荒井晴彦、阪本順治原案=延江浩『いつか晴れるかな』音楽=安川午朗 主題歌=忌野清志郎「太陽の当たる場所」撮影=笠松則通【キャスト】原田芳雄=風祭 善 大楠道代=風祭貴子 岸部一徳=能村 治 佐藤浩市=田 一平 松たか子=織井美江 瑛 太 =柴山寛治 石橋蓮司=重田権三 三國連太郎=津田義一 冨浦智嗣=大地雷音 小倉一郎=柴山 満 でんでん=朝川玄一郎 小野武彦=山谷一夫【あらすじ】『風祭 善』は、大鹿村で鹿肉料理の食堂「ディア・イーター」を営んでいるそして、300年以上前から伝わる大鹿歌舞伎の景清の役者でもある定期公演を間近に控え、仲間と稽古をしているところに、『能村 治』と 『風祭貴子』が現れる「善」と「治」は幼なじみ、「善」と「貴子」は夫婦であったがその昔、3人でディア・イーターの営業を始めようとした矢先・・・・「治」と「貴子」は東京へ駆け落ちしたのであった(18年前のことである)しかし、村に帰ってきた「貴子」には記憶障害があり、「治」は「貴子」の面倒を看ることができなくなったのだ「治」の「善ちゃん、どうしようもなくて・・・・返す」という言葉に、「善」は激怒し「治」を殴りつけ 「元に戻して返せ!」と怒鳴るのだが結局、2人を自宅へ泊めることになって・・・・ 「貴子」は、駆け落ちしたことはおろか、「善」のことも忘れており、記憶障害のため 料理も満足にできないのだが・・・・18年前に自分が演じていた歌舞伎のセリフだけはしっかりと憶えていたそんなとき、大鹿村を台風が直撃 土砂崩れに巻き込まれた定期公演に出演する筈の役者が大怪我で 入院のはめになり・・・・「貴子」が代役として出演することとなったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラと同じ1940年 東京都足立区生まれ 「原田芳雄」昨年2011年7月22日 71才で その生涯を終えた遺作となった この映画「大鹿村騒動記」 病を得た「原田芳雄」が限られた時間の内で どうしても撮りたかったという材題それは 300年の伝統を誇る 農民による素人演芸“大鹿村歌舞伎”「原田」は心底惚れていたんだろう 大鹿村オリジナルの上演外題は「六千両後日之文章重忠館の段」 演じる役柄は「景清」・・・・病気とは思えぬ渾身の舞台での芝居は 惚れ込んだだけのことはあって見事に決まってた・・・・映画は喜劇仕立て出演者の中でも 幼馴染「治」役 (岸部一徳)とは絶妙のコントを「善」の女房を盗んで18年間も帰って来なかった「治」が帰って来たオイラだったら 絶対許さない 撃つよ 鹿用の鉄砲で・・・・でも なんだか 憎めないんだよな~ あの「一徳」キャラクター風呂から出てきて 身体を拭き 下着をつけて・・・・ 鹿肉が歯に挟まって・・・・ 温泉に素っ裸で飛び込む 後ろ姿・・・・寝床で自分の寝言に飛び起きる・・・・なんてことない ちょっとした仕草が うまい 実にうまいこの人 いつの間にか 名脇役として無くてはならぬ俳優に・・・・認知症でもピック病という脳が萎縮してゆく病気 途切れ途切れの記憶そんな難しい役柄を「大楠道代」は ある意味威厳を持って 真面目にこの病気に冒されながらも 自分を失わずに演じて 凄さを見せる他にも「三国連太郎」と「佐藤浩市」は 親子共演を果たしそれぞれが 確かな演技を披露「石橋蓮司」「松たか子」「でんでん」「瑛太」も・・・・・み~んな 「原田芳雄」の発するエネルギーに感化されて・・・・「阪本順治」監督も 恐らく同じ思いだったのだろう美しく色ずく秋の 長野県大鹿村の景色をふんだんに映しこんでこんなド田舎に根付いてる歌舞伎の伝統を守る村民を優しい眼で描きそして リニア・モーター・カーを村に通すかどうかを村人が議論してる場面も入れて 古さから抜け出たいという村民も居るのだと 訴えることも忘れないし中国人青年が 農業の研修生として働いてる所まで 見せるもう少し 歌舞伎の舞台映像を観たい気もしたが・・・・94分と 短く纏めた 秀作に拍手・・・・そして 一瞬たりとも目が離せなかった「原田芳雄」の圧倒的 存在感溢れる 最後の名演技に 大拍手を贈ろう!本当に お疲れ様でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラが購入した墓地 その墓の傍に群生してた「鈴蘭・すずらん」 オイラ的花言葉:「一枚看板」(いちまいかんばん) *ただそれだけで他に代わりのないもの また、大勢の中の中心人物
2012年05月06日
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【スタッフ】監督=リチャード・ロンクレイン 脚本=ジョー・フォルト 撮影=マルコ・ボテコルヴォ 美術=ブライアン・モリス 音楽=アレクサンドル・デスプラ 編集=ジム・ペイジ 字幕=杉田朋子 【キャスト】ハリソン・フォード =ジャック・スタンフィールド(銀行幹部)ポール・ベタニー =ビル・コックス(銀行強盗)ヴァージニア・マドセン=ベス・スタンフィールド(妻)メアリー・リン・ライスカブ=ジャネット・ストーン(秘書)ロバート・パトリック =ゲイリー・ミッチェル(上司)ジミー・ベネット =アンディ・スタンフィールド(息子)カーリー・シュローダー=サラ・スタンフィールド(娘)ロバート・フォスター =ハリー・ロマーノ(同僚)アラン・アーキン =アーリン・フォレスター【あらすじ】シアトルのランドロック・パシフィック銀行 最高幹部『ジャック・スタンフィールド』は コンピュータ・セキュリティのスペシャリスト彼が設計した銀行の資産を守る盗難防止システム”ファイヤーウォール“は 業界で屈指の防衛力を誇っているそんな彼 近々行われる銀行合併のための諸問題の対策に追われていたそんな折、紳士然とした男『ビル・コックス』が彼のオフィスを訪ねてくるやがて彼は本性を表し、「ジャック」の個人情報を徹底的に調べ上げていてジャックの自宅に侵入 彼の妻『ベス』と 二人の子供たちを監禁し、ジャックに”ファイヤーウォール“を破って、預金高上位顧客1万名から100万ドルづつ合計1億ドルをコックスの海外口座に送金するよう 脅迫したしかし 銀行合併の下準備のため 正常な状態にない銀行コンピューター為す術のない「ジャック」は 脅されるまま、独自に判断操作して・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画を観て 今更だが「ナルホド!」と 勉強になった点*『銀行強盗』は 苦労して 銀行に押し入ったり 現金を奪ったりしない (コンピューター・オンライン上で送金 授受が出来る事から)*それでも 銀行内には 現金が山のように積まれている事*銀行のセキュリティー・システムの最大欠点は その銀行システムを管理してる 最高幹部一人だけが 実権を握っており その幹部を押さえれば破れるという事 (実力者個人の弱点を掴み それを脅す)*個人情報って 今の社会では 隠しようがないって事 (とことん調べたら どんなに些細な個人情報でも 隠しようが無い)*犬の首輪にGPSを付けて 迷子犬になっても探せるようになってる事*何も落ち度のない秘書を 突然「お前は首だァ!」で辞めさせる事が出来る事映画が始まる スタッフ・キャストのクレジット その合間の映像は縦に壁のような筋が次々と流れ その隙間から視える「ジャック」家の様子ヨットに乗る一家4人の映像と会話 通勤で家を出てから会社までの車のジャック オフィスの窓から見える勤務状況 子供達の通学 奥さんの買い物ゴミ箱の紙くず・書類片 電話の盗聴・・・・・徹底したマークが1年間続くこれだけ 徹底的に調べられると個人は丸裸同然 何もかもが曝け出されるそれだけじゃなくジャックのIDが使われ ネット上の博打で 大負けしてるし・・・・改めて ネット社会に於ける個人情報の大切さを知らされる息子さんがナッツ・アレルギーで その発作止めの薬まで調査済みで・・・・犯人グループの 一家の事なら なんでも熟知した行動が不気味で幸せに過ごしていた家族は 恐怖のどん底に突き落とされる家族の安全が第一と考えるジャックは 犯人の言う通りに行動するのだがヤッパリ「ハリソン・フォード」のキャラクターならではの 模範的パパをそして ラストは・・・・なんだけど気になったのは その後の「ジャック」と家族色々 犯人グループが仕掛けておいた筋書きに嵌っていて会社を裏切って金を横領 同僚のハリーと奥さんの不倫ネット博打で大損 殺人現場を目撃され・・・・そんな事件での潔白は証明されても・・・・スキャンダルになって会社は恐らく信用第一の銀行だから 解雇? 預金を移動させられた預金者達が騒ぎ出して?恐怖の殺人現場にいた子供達のトラウマは?ネット博打での負債は?それにしても「ハリソン・フォード」の旦那 当時63才頑張ってたがやっぱり “歳”を感じずには 観られないようになっていたのに安心そんな 余計な事を考えてしまうような映画でした・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・玄関先に 植えられた「おだまき・苧環」が あちこちに咲きだしたオイラ的花言葉:「悪の報いは針の先」(あくのむくいははりのさき) *悪事の報いは針の先を回るように、即座に現れるということ
2012年05月05日
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【スタッフ】監督=フェデリコ・フェリーニ 脚本=トゥリオ・ピネリ、フェデリコ・フェリーニ 原案=トゥリオ・ピネリ、フェデリコ・フェリーニ 製作=ディノ・デ・ラウレンティス、カルロ・ポンティ 撮影=オテロ・マルテリ 音楽=ニーノ・ロータ 【キャスト】アンソニー・クイン=ザンパノ ジュリエッタ・マシーナ=ジェルソミーナリチャード・ベイスハート=綱渡り芸人 (キ印) アルド・シルヴァーニ 【あらすじ】父のいない貧しい家に生まれ 少し知恵遅れの娘『ジェルソミーナ』オートバイで旅まわりをする曲芸師『ザンパノ』に死んでしまった姉の「ローザ」の代わりに1万リラで買われ助手として旅に出た旅芸人「ザンパノ」の呼びものは、胸の力で鎖を切ること・・・・疑い深く、狡猾で 金ができれば酒を呑み 他の女を追いかけまわしある時から、二人は小さなサーカス団に入り 大道芸を披露して・・・・その一団にいた若い綱渡り(人々から「キ印」と呼ばれている)『青年』がことごとに「ザンパノ」をからかい、彼が怒るのを見て手をたたいて喜ぶ本能的に、「ザンパノ」を からかいたくなるのだというしかし「ジェルソミーナ」は、そんな「キ印」が弾く小さなヴァイオリンの哀しいメロディに引きつけられ、彼と親しく口をきくようになりトランペットを教わる・・・・「キ印」は 彼女に「この世のどんなつまらないものでも、役に立つのだ」と語ったが 頭の弱い「ジェルソミーナ」も、この言葉には胸をうたれるしかし 「ザンパノ」と「キ印」の不仲は 警察に逮捕される迄の喧嘩になって二人とも サーカス団から 解雇されてしまい 旅芸人に戻って・・・・サーカス団団長から ジェルソミーナは誘われるが、ザンパノの出所を待った自分が1万リラで買われた事を忘れてないのだ・・・・偶然に出会ったザンパノとキ印は 再び喧嘩となり 誤ってキ印を殺めてしまうザンパノ そしてショックを受けて 完全におかしくなってしまうジェルソミーナそんなジェルソミーナを置いて逃げだすザンパノだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなんと 哀しい 映画なんだろう 貧しいうえ 少し知恵遅れ 悪い男に買われ 邪険にされながらも付いて回りそして子猫のように 捨てられてしまう 女の一生「自分は 生きていても誰にもなんにも役に立っていない」という意識をしつつそんな薄幸な女を「ジュリエッタ・マシーナ」は 役になりきって熱演を見せる含羞む・驚く・微笑む・悲しむ・怒る・泣く・喜ぶ・恍ける等 豊かな表情でこの人の為の映画であるような感じさえしてしまうその演技が より冴えて素晴らしく映るのは・・・・ ヤッパリ「ザンパノ」役の「アンソニー・クイン」の 素晴らしさの御陰だ粗野という言葉がピッタリ 野牛の臭いがしそうな猛々しさを持ってる酒を呑み過ぎたら 誰にも手が付けられない程 支離滅裂となって暴れるし神をも恐れず 世話になった修道院から銀の彫金を盗み出すワルそれでも時々ふっと見せる長い睫毛の眼差し 眩しそうに見上げる眼が優しいこんなにも「アンソニー・クイン」って 上手かったのだと再認識させられた「リチャード・ベイスハート」の役柄は そんな二人の間に立って人間としてのあり方を差配する 神様なんじゃないか? (又も神?)うん そう 神様・・・・だって 最初に登場するビルとビルを渡る綱渡りの時 背中に羽が生えてたそりゃあ 生えてたんじゃなく 付けてたんだって・・・・そうだっけ?純粋無垢に生きる「ジェルソミーナ」粗野で強慾、乱暴狼藉、無思想でその日を生きる「ザンパノ」弱いものに手を差しのべ 強きに茶々を入れ明日を夢見て生きる「キ印」そんな役柄を設定して作り上げた「フェリーニ」ネオリアリズム最高傑作「ニーノ・ロータ」の あの音楽が この映画の内容をそのままを写し 奏でて 涙を誘う・・・・ター タララララー・・・・のトランペットが耳に残り 響く ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・久しぶりに晴れた早朝の散歩 E病院の裏山に今年も咲いた「金蘭・きんらん」絶滅危惧種で 誰にも内緒の場所なんだけど 一箇所は道路になってしまったオイラ的花言葉:「無用の用」(むようのよう) *役に立たないように見えるものが、かえって大きな役割を果たしているということ 『荘子・人間世』に「人は皆有用の用を知りて無用の用を知ること莫きなり」とあり 人は明らかに役に立つものの意義は知っているが、一見無用のものが 人生にとって真に意味あることだとは知らない、と荘子は言っている
2012年05月04日
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【スタッフ】監督=フェデリコ・フェリーニ 脚色=フェデリコ・フェリーニ 、エンニオ・フライアーノ トゥリオ・ピネリ 、ブルネロ・ロンディ 製作=ジュゼッペ・アマート 撮影=オテロ・マルテリ 美術=ピエロ・ゲラルディ 音楽=ニーノ・ロータ 編集=レオ・カットウゾ 指揮=フランコ・フェルラーラ 【キャスト】 マルチェロ・マストロヤンニ=マルチェロ・ルビーニ(記者) アニタ・エクバーグ =シルヴィア(ハリウッド女優) アヌーク・エーメ =マッダレーナ(大富豪の娘) アラン・キュニー =スタイナー(友人) イヴォンヌ・フルノー=エンマ(婚約者) マガリ・ノエル =ファニー レックス・バーカー =ロバート(シルヴィアの恋人) ジャック・セルナス =セルナス ウォルター・サンテッソ=パパラッツォ(相棒のカメラマン)【あらすじ】作家志望の夢を抱いてローマに出た青年『マルチェロ・ルビーニ』今は社交界ゴシップ専門のトップ屋(記者)憧れた都は退廃と無気力以外の何ものでもなかったカトリックもキリストの像をヘリコプターで運ぶなど・・・・豪華なナイトクラブで、ローマの大富豪の娘『マッダレーナ』に会い娼婦の家で 一夜をすごすことも・・・・郊外のわびしい家に帰った時、同棲中の婚約者『エンマ』が服毒して苦しんでいるのを見たが・・・・悔いる気持はさらさら無い彼はハリウッドのグラマー女優「シルヴィア」を迎えると、野外で狂乱の宵を過し、名所トレーヴィの泉で戯れたて・・・・ローマ郊外で聖母マリヤを見たと二人の子供が 再び聖母出現の日の聖地でテレビ・カメラに包囲され、奇蹟にあやかろうと横たわる病人に 豪雨がマルチェロとエンマは友人『スタイナー』の家を訪れたが・・・・調和と安らぎに満ちたその生活を羨んだ或る夜、豪壮な館のパーティーに出たマルチェロは、虚脱したように 歓楽をむさぼる貴族たちの仲間入りをした「スタイナー」は死んだ・・・・子供を連れた無理心中だった平和に見えた一家のこの悲劇の深さは マルチェロの夢をすべて消したやがて 海に近い別荘で 乱痴気騒ぎの狂宴がくりひろげられマルチェロも 狂乱の中に没入した夜明け方、人々は快楽に疲れ果て 海辺に出たが・・・・波打ち際に打ち上げられた怪魚は、腐敗し悪臭を放ち、彼らの姿そのものだった ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー難解だと論議沸騰した「フェデリコ・フェリーニ」監督作品「甘い生活」今観ると 何故そんなに難解だと大騒ぎになったのか理解出来ないが今となってみれば そんなに問題にしない無常観 貞操観 虚無観等の哲学当時は 大いに論議されたという時代背景があってのこと・・・・ 1960年 実存主義作家「カフカ」が46才で逝き 実存ブーム日本では安保闘争等でみられた学生の反骨精神フランスで起きた古い殻を破った新しい映画の波 ヌーベル・ヴァーグアメリカで大流行のエルヴィス・プレスリーを代表とするロック 等々当時のイタリア富裕層の生活振り 頽廃振りを嘆き このままじゃ駄目だ なんとかしなきゃの暴露告発と警告映画この映画の中でも 鍵となる人物「スタイナー」の存在が重要でパイプオルガンも弾きこなす文化人で 宗教への造詣も深い常識人美人の奥様に可愛いい二人の子供 幸せに平穏に暮らしているはずの人物しかし その内面は違い マルチェロが 助けを求めて「自分の環境を変えたい 僕は人生を浪費してる 昔は野心があったのに 今は全てを忘れ失おうとしてる・・・・」 スタイナー「私は趣味で満足できないのに プロになる熱意もない 全てが定められた息苦しい社会に守られて生き続けるだけの人生より どん底の人生の方がいい・・・・うわべだけの人生より・・・・」「子供たちの将来を考える 世界は美しいと人は言うが わからない 人は情熱や感情に振り回されず 芸術作品に存在するような調和を 求めて生きるべきだ そして強い愛で結ばれるべきだ 離れていても 生きていけるほどにね 離れていても」 この台詞そのものが「甘い生活」を表しており その深刻さは自らの頭を拳銃で貫き 二人の子供まで道連れにしてしまうほど・・・・信頼していたマルチェロは この事件で再び頽廃の道に嵌りこんでゆくお城での貴族のパーティー そして富豪の邸宅での乱痴気パーティーも 観てるオイラには少しも面白くなく そこに参加してる人達も面白そうじゃないなんて馬鹿な大人達なんだろう?という 疑問だけ・・・・それが監督の狙いなんだろうけど・・・・貧乏人のオイラには 全然理解出来ない 別世界の出来事で・・・・オイラ的に一番興味深かったのは マルチェロの父親が田舎から出てきて一度行ってみたいと言うので 連れていったキャバレーでの出来事踊り子の一人を席に呼んで シャンパンを振る舞い 一緒にダンスを踊り意気投合し 彼女のマンションまで付いて行く・・・・息子のマルチェロは お父さんが上機嫌で 未だに現役で女を口説けると半分喜び 半分呆れて 少し距離を置いて眺めていたのだが・・・・このエピソードは 華やかな虚飾の世界で生活してるマルチェロの生まれ育った原点との 唯一の接点になる逸話なんだけど 実に上手い演出だと 感心させられる・・・・・映画的には 冒頭 ヘリコプターで吊るしたキリストの彫像をローマの街の空を飛び回る ショッキングな映像で驚かせ・・・・当時から 事件やスターに群がり 追いかけ回すパパラッチの暴挙に驚きあの肉体女優「アニタ・エグバーグ」 当時では 感じられなかった存在感の大きさに 吃驚させられる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・散歩道に 今年は例年以上に沢山見かける「ウラシマソウ・浦島草」 オイラ的花言葉:「ローマは一日にして成らず」(ろーまはいちにちしてならず) *大事業は長年にわたる努力をしなくては成し遂げられないということ 「全ての道はローマに通ず」と言われたほど繁栄を誇ったローマ帝国も、 一小都市国家から身をおこし、大ローマ帝国を築くに至るまでには、 延々700年にも及ぶ長い苦難の歴史があったとして言う(その逆も) “Rome was not built in a day.”
2012年05月03日
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【スタッフ】監督=フェデリコ・フェリーニ 脚本=フェデリコ・フェリーニ 、トゥリオ・ピネリ エンニオ・フライアーノ、ブルネロ・ロンディ 原案=フェデリコ・フェリーニ 、トゥリオ・ピネリ 撮影=ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ 音楽=ニーノ・ロータ【キャスト】ジュリエッタ・マシーナ=ジュリエッタ(妻) サンドラ・ミーロ=スージー(隣人の遊び人)サンドラ・ミーロ=ファニー マリオ・ピス=ジョルジオ(夫) シルヴァ・コシナ=シルヴィア(女優) ルイザ・デラ・ノーチェ=アデル カテリーナ・ボラット=母親 ルウ・ギルバート=祖父 ヴァレンティナ・コルテーゼ=ヴァレンチナ シルヴァーナ・ジャキーノ=ドロレス エレーナ・フォンドラ=エレーナ 【あらすじ】ローマ郊外の閑静な住宅地に住む中年の夫婦『ジョルジョ』と『ジュリエッタ』二人の結婚記念日 「ジュリエッタ」は着飾って、夫の帰宅を待ちわびていた夫婦だけで静かにすごしたいと考えていた「ジュリエッタ」だったが・・・・夫は 派手で騒がしい招かざる多勢の客をつれて帰ってきた彼女は あたり構わず大騒ぎをする客達に だんだん気が滅入っていく「ジュリエッタ」は献身的で貞淑な妻だった夫に対する気持は、結婚当座と少しも変ってはいなかったが・・・・その夜の気持は、いつもと少し変っていたもうあまり若くない自分・・・・初めて、あせりのようなものを感じたそして、もしかしたら、夫に愛人がいるのではないか?とさえ考え初めたいつしかとめどない妄想が拡がって 夢幻の世界をさまよい、子供の頃の記憶がよみがえり、 時に寓話の世界が現出するその幻は、夫を誘惑する色々なタイプの女性の姿をとり・・・・・それは残酷で脅迫的だったり、荒唐無稽だったり、異常だったりするそして、我にかえる時、疑惑は耐え難いほどに 心の傷はますます深くなって彼女は心霊術師を訪ねて悩みをうちあけ、興信所に夫の素行調査をたのんだりした隣人の『スージイ』を訪ね、男性遍歴が生き甲斐だという彼女から、浮気のお膳立てをしてもらったりしたが 浮気のできるジュリエッタではない興信所の調査で、夫の不貞の証拠をみせられた「ジュリエッタ」は、完全に見捨てられたことを感じたのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラ23才 学校を卒業 就職した途端 映画を観る環境でなくなったしかし「フェデリーコ・フェリーニ」監督作品等は 何とか都合をつけて観たしかし 残念なことには 難解なフェリーニ作品について語り合う友達は周りには居らず、もし居たら一晩中でも あの「甘い生活」の時のように 口から泡の議論が沸騰してた筈で・・・・フェリーニ作品の「8 1/2」とか この映画「魂のジュリエッタ」等 は ファンには 酒の肴として絶好で 話のネタが尽きない 堪らない映画なのにということで・・・・今回 久しぶりに(45年振り?)観て当時 何故 あんなにも難解だって思い込んでいたんだろう?つーのが 正直な感想これは 貞淑で献身的な 何不自由ない中年主婦に訪れた危機・・・・ この結婚生活は 幸せだだったのだろうか? 夫は 本当に愛してくれていたんだろうか?もっと楽しんで 自由に生きたほうがいいんじゃないだろうか?「フェデリーコ・フェリーニ」監督夫人「ジュリエッタ・マシーナ」監督夫人の内面を 監督自らが暴くというか 白日の下に曝け出した映画として 当時話題になったもんです幼い頃 宗教劇で 火あぶりの刑の場面で 怒り狂って舞台をメチャメチャにした祖父 その事がトラウマになってる過去占いというか 霊媒師の虜になって 変な妄想に取り付かれたり・・・・隣の家に住む 快楽主義の女性の誘いに乗って体験する甘美な世界しかし 寸前の所で いつもストップがかかる理性 そしてトラウマがオイラ的には この映画のい一番の欠点は 「ジュリエッタ・マシーナ」こんなセレブの生活環境に似合わない ていうか 見劣りしてて・・・・意識的にか周りには 大柄な女優をキャスティングして 派手な衣装で地味で小柄なマシーナは 一人浮いてしまてって・・・・そうじゃなくても「道」の 知恵遅れの貧しい女のイメージが強くてフェリーニ監督の狙いだったのか? もしそうだとしたら マシーナは 何故主演したのか?ラスト 夫が愛人と旅に出るのを 何も言わず送り出し・・・・一人取り残されるも・・・・何故か 微笑みながらドアーを開け表に出る自分を解放した?いや 自分には合ってなかった 無理をして合わせていた生活から抜け出せる 喜びなのか・・・・そう言えば・・・・解釈の難しい映画って最近ないネ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・隣の家の八重咲きの「山吹・やまぶき」が 塀越しに・・・・ オイラ的花言葉:「夫婦は合わせ物離れ物」(ふうふはあわせものはなれもの) *夫婦というものはもともと他人同士がくっついたのだから、 別れたとしても不思議でもないし、仕方のないことだということ
2012年05月03日
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【スタッフ】製作・脚本・監督=セルゲイ・ボドロフ プロデューサー = セルゲイ・セリリアノフ 、アントン・メルニク 撮影監督=セルゲイ・トロフィモフ 、ロジェ・ストファーズ プロダクション・デザイン=ダシ・ナムダコフ 編集=ザック・ステーンバーグ アソシエイト・プロデューサー=浅井 隆音楽=トゥオマス・カンテリネン衣装=ワダ・エミ 【キャスト】浅野忠信 =テムジン・チンギス・ハーンスン・ホンレイ(孫紅雷)=ジャムカ(親友で後に敵方)ホラン・チョローン =ボルテ(妻)アマデュ・ママダコフ=タルグタイ(部下)バー・セン(巴森) =イェスゲイ(父親)アイ・リーヤー(艾麗?)=ホエルン(母親)オドニャム・オドスレン=少年時代のテムジンバエルトセッセグ・エルデンバット=少女時代のボルテ【あらすじ】12世紀のモンゴル一部族の頭領『イェスゲイ』の息子『テムジン』9歳の時敵対するメルキト部族から花嫁を選び友好関係を結ぶ為 父と旅に出るイェスゲイには、メルキト部族からテムジンの母となる女性を略奪した過去があるしかし途中立ち寄った村で、テムジンは少女『ボルテ』を許婚として選ぶその帰路、「イェスゲイ」は 敵対するタタール部族に毒殺される父を失った「テムジン」は、頭領の座を狙う『タルグタイ』の裏切りにより、家財を奪われ命を狙われ・・・・過酷な自然の中に身を潜めるある時「テムジン」は凍てつく池に落ちるが、逞しい少年『ジャムカ』に救われ2人は兄弟の契りを交わすタルグタイの手を逃れ 成長したテムジンは、許婚「ボルテ」を迎えに行くがボルテもまた彼を待ち続けていたしかし メルキト部族騎馬軍団の奇襲に遭い・・・・弓矢に貫かれたテムジンを守るため、ボルテは自らメルキト部族に身を投じる翌年テムジンは、多くの戦士を抱える『ジャムカ』と共にメルキト部族に攻め入り激戦の末、ボルテを見つけたが 彼女はメルキト部族の子供を宿していたが しかし、テムジンは我が子として慈しむテムジンの寛大な精神は、ジャムカの戦士たちを惹きつけ・・・・そのためジャムカから離れ、テムジンに付いていく者が出始めたジャムカはテムジンを討つ覚悟を決め、タルグタイも合流ジャムカの軍団が、テムジンの率いる人々を襲うテムジンは家族を逃がし、数で劣勢な戦いに挑むが 捕らえられてしまうジャムカはテムジンを殺すに忍びなく、命乞いを求めるが テムジンは応じず部下たちと共に奴隷として売られ、中国西北部タングート族の地で投獄される数年後、ボルテの身を挺した尽力によって、テムジンは生還彼は、乱れたモンゴルに規律をもたらそうという強い意志を固めたジャムカの大軍との決戦を控えた彼のもとには、最強の戦士たちが集まるのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【今迄に観たジンギスカン映画】<1956年>アメリカ映画「征服者」 監督=ディック・パウエル ジョン・ウェイン =テムジン・ジンギスカン スーザン・ヘイワード=ボルテ ペドロ・アルメンダリス=ジャムカ<1965年>アメリカ映画「ジンギスカン」 監督=ヘンリー・レビン オマー・シャリフ =ジンギスカン スティーブン・ボイド=ジャムカ ジェームズ・メイスン=カム・リン<2007年>日本映画「蒼き狼・地果て海尽きるまで」 製作=角川春樹 監督=澤井信一郎 原作=森村誠一 反町隆史=テムジン 菊川 怜=ボルテ 若村麻由美=ホエルン 松山ケンイチ=ジュチ 平山祐介=ジャムカ 松方弘樹 =トオリル ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「チンギス・ハーン」の物語は オイラ 若き日に夢中になって読んだ「井上靖」原作の「蒼き狼」が基本にあって・・・・その映画やテレビ・ドラマは 其々がソレゾレの解釈と造りで 面白いものも面白くないものも なんだか変なモノも そのベースがあってのことで・・・・オイラ的には 勝手に話のツジツマを合わせて観るので 内容は理解できるしかし物語は 家族の成り立ちや 部族間の闘争の歴史や 敵味方の変遷等がかなり複雑に絡み合っているのと かなり長期にわたる話なので・・・・ どの部分の 何を メインに描くかが 作品の重要ポイントになる2007年の同時期に公開された角川映画「蒼き狼」は 情けないほど駄目作品で 観てるオイラが 恥ずかしい思いをするような映画だった大金を投じた映画は 華美で豪華な衣装 笑ってしまう日本語での会話 そしてメインの話が 女性達の醜い争いのホームドラマになっていて・・・・やたら沢山人数を集めたエキストラでの合戦は 教育訓練がゆきとどかずにただ 右往左往するだけで 緊迫感もなにも あったもんじゃなかったそれに比較しても しょうがないんだけれど・・・・衣装は あの「ワダ・エミ」さん 事情が解っている垢や汗で汚れて染みが付いた戦闘服 装飾も地味で抑え気味だが重厚感あふれボルテの民族衣装 装身具の細部まで気を使い 色々場面によって着替える戦闘場面の迫力も 独自性を発揮して迫力を盛り上げて・・・・「浅野忠信」のチンギスハーンは痩せ気味だがまあ及第点か モンゴル語で喋る「ボルテ」役の 女優も素朴だが 芯が強そう 微妙な色気さえ感じたチンギスハーンの苦労した時代を中心描かれるので 地味で暗い場面が多いし時代を 飛ぶので 説得力にかけるシナリオで面食らうのだが・・・・この映画を観ながら しきりに考えていたのは・・・・大相撲の事だったモンゴル出身者の多くが 力があるファイターで 元々そういう民族なのかと「朝青龍」は まさに「チンギス・ハーン」そのものなんじゃないか?などと最近 頼りなく情けない日本人力士のイメージ もうちょっと なんとかして!「源頼朝」が「チンギスハーン」じゃないか?って 言う人も居るんだから・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・玄関脇に小さく可憐な白い花をつけた「やまぶき・山吹」オイラ的花言葉:「蟻の思いも天に昇る」(ありのおもいもてんにのぼる) *蟻のように小さく非力な者でも、一心不乱に願い 賢明に努力すれば 天の神の聞くところとなり、望みが達成されるということ
2012年05月02日
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【スタッフ】監督=ヘンリー・コスター 脚本=メアリー・チェイス、オスカー・ブロドニー 原作=メアリー・チェイス 製作=ジョン・ベック 撮影=ウィリアム・H・ダニエルズ 美術=ベルナルド・ヘルッブルン 、ネイサン・ジュラン 音楽=フランク・スキナー 編集=ラルフ・ドーソン 【キャスト】ジェームズ・スチュアート=エルウッド・ダウド ジョセフィン・ハル=ヴィタ・シモンズ(エルウッドの姉) ペギー・ドウ=ミス・ケリー(看護婦) チャールズ・ドレイク=サンダーソン医師 セシル・ケラウェイ=チャムリー院長 ヴィクトリア・ホーン=マートル・メア(ヴィタの娘) ジェシー・ホワイト=ウィルソン(病院の従業員) ウィリアム・リン=ガフィニー弁護士 ウォーレス・フォード=ロフグレン ナナ・ブライアント=チャムリー夫人 【あらすじ】祖母の遺産でのんびりとした毎日を送る『エルウッド・ダウド』42才彼は身長190センチの巨大空想ウサギ『ハーヴェイ』を連れ回り、相手構わず他人に姿の見えない「ハーヴェイ」を紹介していた弟の奇怪な行動が 娘の縁談に影響するのではないかと恐れた姉の『ヴィタ』は「エルウッド」を精神病院に入れようとするしかし、病院の医師や看護婦たちは「エルウッド」の純真さの虜となり彼らも巨大ウサギを見るようになってしまう・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主人公「エルウッド」(ジェームス・スチュアート)は 不思議な男他人には見えない 190cmもある大きな白ウサギと いつも一緒にいるエルウッドは いつも 優しく気を使ってエスコートし行きつけのパブでは 必ず“マティーニ”を二人?で仲良く飲み 語り合うその「ウサギ」氏の名前は「ハーヴェイ」映画の画面には 一切姿は見せないが 中盤でエルウッドと一緒の肖像画でその顔と容姿を見ることが出来る 蝶タイとベルトをしてるがまさにウサギである「エルウッド」が『プーカ』だと言うので ウィルソンが辞書で調べると『プーカ・POOKA』古代ケルト神話に伝わる“動物の形をした妖精”“巨大である”“プーカというものは そこかしこに現われ”“人につく”“親切だがイタズラ好き”“飲んべえやイカレポンチを好む”と書いてありそして最後に「ウィルソンさんげんきですか?」と書いてあって 吃驚仰天!ということで・・・・この“ウサギ” ズバリ言いましょう!“神様・イエス・キリスト”です・・・・・大丈夫? 断言なんかしちゃって・・・・それに“マティーニ”なんか 飲むかい?いいんです・・・・信じる者だけが 見えるのですあのパブにいた 薄汚れたオジサンは チャント見えてたし・・・・秘密にしてるけど姉さんの「ヴィタ」だって 時々見えるんだから「エルウッド」は どんなに貧しい人にでも 変なおじさんにだって 必ず名刺を差し出し 家に招待するでしょ人間は いつの間にか 出身地や 肌の色や 教育文化や 宗教や貧富の違い等々で 人間に等級をつけ 差別をするようになってて・・・・そんな人間界に遣わされた・・・・なのですよ!でしょ! それで この映画の意味が よーく解るのですから*【付録】 「写真と油絵の違い」(「ヴィタ」姉さんの台詞) 写真は現実を映し 油絵は現実のみならず夢をも映し出すのよ・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今年の牡丹は良い牡丹 お耳を絡げてスポンポン もひとつおまけにスポンポン・・・・だったかな? それに これ何だっけ?オイラ的花言葉:「神機妙算」(しんきみょうさん) *神が行うような絶妙のはかりごと 常人には思い付かないすぐれたはかりごと
2012年05月01日
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