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【スタッフ】監督=ジョン・フランケンハイマー 脚色=ウィリアム・ハンリー 原作=ロバート・アーサー 製作=エドワード・ルイス 撮影=ライオネル・リンドン 音楽=モーリス・ジャール 編集=ヘンリー・バーマン、ステュー・リンダー、フランク・サンティロタイトルデザイン=ソウル・バス【キャスト】ジェームズ・ガーナー =ピート・アロン イヴ・モンタン =ジャン=ピエール・サルティ三船敏郎 =矢村エヴァ・マリー・セイント =ルイーズ・フレデリクソンブライアン・ベッドフォード=スコット・ストッダードアントニオ・サバト =アントニオ"ニーノ"バルリーニジェシカ・ウォルター =パット・ストッダードフランソワーズ・アルディ=リーザジュヌヴィエーヴ・バージュ=モニーク・ドゥルボ・サルティジャック・ワトソン =ジェフ・ジョーダンアドルフォ・チェリ =アゴスティーニ・マネッタドナルド・オブライエン =ウォレス・ベネットエンツォ・フィエルモンテ=グイドクロード・ドファン =ユゴー・シモンフィル・ヒル =ティム・ランドルフグラハム・ヒル =ボブ・ターナーブルース・マクラーレン=ダグラス・マクレンドン【あらすじ】国際オートレースのトップをきって行われた“モンテ・カルロ・F1・グラン・プリ・レース”で 大惨事が突発アメリカ人ドライバー『ピート』は地中海に投げ出され、幸に軽傷ですんだが・・・・イギリス人『スコット』は壁に激突して重傷を負った「ピート」の車に迫った「スコット」に 道を譲らなかったから起きた事故だった優勝は 三番手につけていたフランス人ドライバー『サルティ』だった「ピート」と「スコット」のスポンサーBRMの『ジョーダン』は2人を激しく非難したが・・・・弁護してくれたのはフランス人「サルティ」だったところで、レーシング・ドライバーの生活は女性の憧れの的だが、彼らの家庭生活は必ずしも平穏ではなかった「スコット」の妻『パット』は離婚を決意し、「サルティ」はフェラリ創立者の娘『モニーク』と結婚していたが、生活は破綻しており 彼は パーティで知り合った雑誌記者の『ルイーズ』を愛し始めていた「ピート」はBRMをクビになり そして妻も 彼のもとを去っていった傷心の彼に救いの手をさしのべたのは、ホンダの『矢村』だった「矢村」は「ピート」のファイトを買い、日本チームへの参加を勧めた「矢村」のおかげで「ピート」はよみがえり、つぎつぎとレースに優勝していった傷いえた「スコット」も第一線に復帰し、モンテ・カルロで2位に入賞した「ニーノ」、それに「ピート」と「サルティ」を加えた4人が各地のレースでしのぎを削りあったそしてフォーミュラー・ワンの最後のレースである“モンツア”のイタリア・グラン・プリを迎えることになったレースは白熱化し、異常な興奮をまき起こしたが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【フォーミュラ1(Formula One、 F1)】モータースポーツのカテゴリーの1つであり、その世界選手権を指す場合もある F1世界選手権 (FIA Formula One World Championship) は、国際自動車連盟 (FIA) が主催する自動車レースの最高峰で、現在は4輪の1人乗りフォーミュラカーで行われている ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーF1(フォーミュラー・ワン)レースの映画は 意外に少なく1954年「カークダグラス」主演の「スピードに命を賭ける男」1969年「ポールニューマン」主演の「レーサー」1971年「スティーヴ・マックイーン」の「栄光のルマン」ぐらいか・・・・どれも オイラ好みの俳優が渋く決めて それなりに格好よく 憧れたものだが・・・・この1972年の「グラン・プリ」は「ジョン・フランケンハイマー」が監督し 本格的にグランプリ・レースをドキュメンタリー風に追いかけて撮った映画でこの類の映画の中では 自動車レースの実写だけで見れば最高の完成度です残念ながら 有名レーサーには必ずつきものの女性との絡みの部分は付けたしで・・・・上記の3作品と同様に まったくありきたりで 面白くもなんともありませんそのかわりに レースの映像は 凝りに凝って・・・・運転席からレーサーと同じ視線で見える 時速250キロを超えるスピード感を味わせS字に曲りくねった かなり狭い走路をつばぜり合いしながら走る車を 空撮で追い耳をつんざく爆音を轟かせ ガソリンの匂いを振りまき 風を切るヒュウーん キゥイーンの音 観客の歓声は 心地よいスピード感に溢れるF1レースの世界に引きずり込みます日本人俳優「三船敏朗」が ホンダ・チームのオーナーとして出演 貫禄を見せます(本田宗一郎をモデルにした人物像だそうで 当時 既に世界的に名が売れていた両人)そのせいかホンダチームは 最終戦に勝って グランド・チャンピオンに輝きますそれだけでも この映画を観る価値があると いうもので・・・・ この時 総合優勝するために以下に記した9ヶ国 9戦を戦いポイント争いをしました第1戦 モナコグランプリ (モンテカルロ)第2戦 フランスグランプリ(ランス)第3戦 ベルギーグランプリ(スパ・フランコルシャン)第4戦 ドイツグランプリ (ニュルブルクリンク)第5戦 オランダグランプリ(ザンドフォールト)第6戦 アメリカグランプリ(ワトキンズ・グレン)第7戦 メキシコグランプリ(エルマノス・ロドリゲス)第8戦 イギリスグランプリ(ブランズハッチ)第9戦 イタリアグランプリ(モンツァ)その為には莫大な費用がかかり 企業やチームは景気に左右され日本車も参加を断念したりこの映画の中でも そんな会話がされたりしますそんなことで 出演者も国際色豊かで主演の「ジェームス・ガーナー」はアメリカ人 「三船敏朗」の日本人「イヴ・モンタン」はフランス人 「ブライアン・ベッドフォード」がイギリス人「アントニオ・サバト」はイタリア人・・・・それと 有名レーサーも 名門フェラーリのオーナー等も多数出演していて・・・・自動車レースファンにとっては 堪らない映画だったでしょうファンでなくとも レースの臨場感は半端でなく 衝突クラッシュ場面で震えたり車同士の接戦で身体を左右に傾け 手に汗を握り 懸命にブレーキを踏み・・・・ レースの雰囲気に酔うことができるのです ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いつもの散歩路にあるお地蔵さん 脇に彫ってある年代が明治29年とあった1896年 今から116年前のモノ ここにずウーっと在ったのかと思うと 合掌したくなって オイラ的花言葉:「百戦錬磨(ひゃくせんれんま)」 *多くの経験を積んで鍛え抜かれていること 百戦錬磨のチャンピオンも寄る年波には勝てず引退を決意した
2012年10月31日
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【スタッフ】監督=ニック・カサヴェテス 脚本=ジェレミー・レヴェン 、ニック・カサヴェテス 原作=ジョディ・ピコー 撮影=キャレブ・デシャネル プロダクション・デザイン=ジョン・ハットマン 音楽=アーロン・ジグマン 編集=ジェームズ・フリン、アラン・ハイム 衣裳デザイン=シェイ・カンリフ 【キャスト】キャメロン・ディアス =サラ・フィッツジェラルド(母親)アビゲイル・ブレスリン =アナ・フィッツジェラルド(次女)アレック・ボールドウィン=キャンベル・アレクサンダー(弁護士)ジェイソン・パトリック =ブライアン・フィッツジェラルド(父親)ソフィア・ヴァジリーヴァ=ケイト・フィッツジェラルド(長女)ヘザー・ウォールクイスト=ケリー(おばさん・サラの妹)ジョン・キューザック =デ・サルヴォ判事エヴァン・エリンソン =ジェシー・フィッツジェラルド(長男)トーマス・デッカー =テイラー・アンブローズ(ケイトの恋人) 【あらすじ】11歳の少女『アナ』は、“白血病”の姉「ケイト」に臓器を提供するドナーとして、遺伝子操作によってこの世に生まれた母『サラ』は愛する家族のためなら当然と信じ・・・・「アナ」は これまで何度も姉の治療のために犠牲を強いられてきたそんなある日、「もうケイトのために手術を受けるのは嫌 私の体は自分で守りたい」と・・・・「アナ」は 突然、両親を相手に訴訟を起こすしかし、その決断には ある隠された理由があった・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「リバー・ラン・スルー・イット」と 「みんな元気」と二本続けて観た映画は“親子の絆” “家族の絆” をテーマにしたファミリーモノで・・・・・オイラ自身の事も含めて ブログに書いてきましたがこの映画「私の中のあなた」は 更に そのテーマを掘り下げて観せてくれる物語といえば 大変厳しく 難しい判断を迫られる内容なんだけど・・・・何故か 映画は微笑ましく心温まる そして暖かい涙に頬を濡らさずには置かない とても イイ映画なんですところで、あなた 死ぬ間際「最高の人生だった!」って 言える自信ありますか?この映画の主人公 末期の血液ガン“白血病”で髪の毛も眉毛もなくボロボロになって2才の時から闘病を続けている 現在16才?の女の子「ケイト」が ラスト近く母親の「サラ」(キャメロン・ディアス)に 言う台詞なんだけど・・・・・オイラ的には間違いなく「最高の人生だった! ありがとう」って みんなに言えるねそりゃあ 後悔することも 文句や愚痴を言いたいことも やり残したことも沢山あるよだけど オイラ的には 出来過ぎの人生だったんじゃないか って思うよ マジでこれも オヤジやおふくろ そして家族のおかげだし オイラの家族のおかげで・・・・なァ~んて しんみりしてしまいましたが、そんなことを考えさせられる映画なんですところで この映画では 有り得ないような話がベースにあって それが二つもそれが この映画の柱になっています一つめは 生まれた子供「ケイト」が白血病と判って その子を生かすために 両親は 人工授精で子供を出産し ドナー(臓器提供者)にしようとするってこと二つめは 自分の両親を その11才のドナーにされた娘「アナ」が告訴するってこと白血病の姉が「ケイト」(ソフィア・ヴァジリーヴァ)でそのドナーにされる妹が「アナ」(アビゲイル・ブレスリン)性格も顔つきも全然違うのだけれど 大変良い子達で 二人はとっても仲がいい「アナ」は 11才になるまで 血液や骨髄液を何度も抜かれ・・・・今度は腎臓を摘出 移植するという話に 「アナ」は もう嫌だと 裁判所に提訴を有能な弁護士「キャンベル」(アレック・ボールドウィン)に依頼するそうなんです こんな非常識な事が起きた原因は 母親「サラ」(キャメロン・ディアス」「アナ」 お前が臓器を分け与えなければ愛する「ケイト」は死んじゃうのよ、お前は姉が死んでもいいの?」って 母親の「サラ」は 病気の「ケイト」を守るために必死なんだ 家族のために 自ら輝かしい弁護士のキャリアまで捨てたのだから「家族は助け合うのが当然じゃないの? なのになぜ「アナ」は協力しようとしないの?」って どうですかあなた この母親の言い分は?父親「ブライアン」と 兄の「ジェシー」は 母親の勢いに押され沈黙 ただ見守るだけ「アナ」は自分が人工授精で生まれ 「ケイト」のドナーとして育てられた事も聴かされているだけど「アナ」は 今まで痛かったし辛かったけど 大好きなお姉ちゃんの「ケイト」が大好きだったから 文句も言わずに協力してきたんだけど・・・・・今回だけは絶対 “嫌”とうとう TVCMでも有名な弁護士「キャンベル」(アレック・ボールドウィン)に相談「キャンベル」も 自らの持病のこともあって 「そりゃあ非道い」と 無償で協力を約束両親を訴える裁判を起こす結果は・・・・置いといて (それがキイポイントなので)重病の「ケイト」に対する 両親 妹「アナ」 そして兄「ジェシー」は勿論そして 弁護士 それと「ジョン・キューザック」扮する判事 主治医等の対応が素晴らしい特に 同じ病で入院してた彼氏「テイラー」と「ケイト」の仄かな愛の交流には・・・・ 傍で見守る家族の反応も 本当に素敵で 恐らく観客も 暖かな愛に包まれる筈さらに「ケイト」が海を見たいと言う我儘を 自分の責任に於いて許可する主治医もイイし父親が止める母親を振り切って 海岸に連れてゆき 家族で過ごす映像は美しく 哀しいいよいよの前夜に 「ケイト」は母親に 自分が作った 自らの成長記録アルバムを渡し涙する母親に「最高の人生だった」って 言うの・・・・・涙がポロポロと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・秋が深まる事を示すシンボルの樹 公民館の庭にニョッキリ1本立つ「アメリカ楓」 朝日を浴びてキラキラ輝く赤・黄・橙・・・・の楓の葉が 毎日変化をみせる オイラ的花言葉:「子故に迷う親心」(こゆえにまようおやごころ) *我が子を愛するがゆえに、親としてどうしていいか分からず、 迷い悩んで正常な判断ができないことを言う
2012年10月31日
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【スタッフ】監督・脚本=カーク・ジョーンズ 撮影=ヘンリー・ブラハムプロダクションデザイン=アンドリュー・ジャックネス衣装デザイン=オード・ブロンソン=ハワード編集=アンドリュー・モンドシェイン 音楽=ダリオ・マリアネッリ【キャスト】ロバート・デ・ニーロ =フランク(父親)ドリュー・バリモア =ロージー(次女)ケイト・ベッキンセイル=エイミー(長女)サム・ロックウェル =ロバート(次男)オースティン・リシ =デイヴィッド(長男)【あらすじ】8ヵ月前に 妻に先立たれてしまった 独り住まいの老人『フランク』子供達は4人 みんな成人して都会に出ており 其々が子供の頃からの夢を叶え 長男「デイヴィッド』はNYで画家になっており 次男の『ロバート』はデンバーでオーケストラの指揮者長女の「エイミー』はシカゴで広告会社の重役に そして次女の「ロージー』はラスベガスでショー・ダンサーとなっていた「フランク」は 毎年家に帰ってくる子供たちを楽しみに・・・・今年も 家の中も外も念入りに掃除し 芝を刈り 花壇の手入れをし 上等なワインも牛肉も仕入れ バーベキューセットも購入し 準備万端 待っていたしかし 母親が居なくなった所為なのか 全員から 夫々に都合がつかないからと 断りの電話が入ったショックを受ける「フランク」だったが・・・・・直接子供たちと話をするために、またみんなの働いている所 住んでいる所を見たいと持病の呼吸器疾患で医者の止めるのも聴かずに、自分が彼らの元に向かおうと決心するだが、この行動によって、それまで秘密にされてきた子供たちの真の現状が明らかになるのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラ 先日このブログに 父親から引き継いだモノや伝授されたコトが なんにも無いというような事を書いてしまってから この映画「みんな元気」を観て ハッと気がついたなんて馬鹿な事を書いてしまったのか・・・・まったく恥ずかしく情けないと“大反省”親から受け継いだモノって このオイラ自分自身そのものであり これまで長生きしてしてこられた丈夫な身体と こうやってモノを書いたり見たり聴いたり理解判断したりする 正常に機能する 能力を授かっているのに・・・・父親と何の会話をしなくたって・・・・生まれた時から オヤジの全てを見ながら育ってチャーンとそれが教えとなっていて それを引き継いでいる 伝授されたモノでありそれは オイラの性格や行動の全ての根源にあることに 気づいていなかったという馬鹿がつく程真面目で、辛抱強く、温和で、人見知りで、シャイで引っ込み思案臆病だけどイザとなればチャントやるし・・・・カスれ声で、 汗かきで・・・・・いいことも わるいことも 母親からも合わせて み~んな 受け継いでいるそして それはオイラの子供達に 何の話し合いがなくても チャンと引き継いでいるし孫たちを見るにつけ・・・・なーんとまあ ジイちゃんバアチャンに そっくりこんな 当たり前のことを 気づかせてくれた、この映画「みんな元気」電線架線の仕事一途に 脇目もふらずに ただ只管 懸命に働き続けてきた 不器用で世間知らずの父親「フランク」役は あの「ロバート・デ・ニーロ」子供達との関わりは殆んど妻任せにしてきたが・・・・その妻を亡くして 気がつく・・・・子供達との距離感そんなことから 子供達を訪ねようと 都会に出向くのだが・・・・・何故か 子供達の対応が ギクシャクしてて 言葉では嬉しがったりしてるのだがなんか 居心地が悪いというか 歓迎されてない雰囲気を感じる「フランク」なんか この設定 あの「小津安二郎」監督の「東京物語」風で・・・・・近所の画廊に長男の絵が飾ってあったが 一晩待っても長男はアパートに帰ってこず次男のロバートは 指揮者ではなく ティンパニー奏者だったし長女は広告会社の重役になっていたが 旦那との仲が破綻してる様子で 孫とも次女はダンサーで活躍してると高級マンションに案内し 友人の赤ん坊を預かってると 想像してた子供達の生活とは ちょっとづつ違うところが見えていた・・・・それでも フランクは 子供達一人ひとりに聞く「幸せかい?」そして 一人ひとりに封筒を渡し 「後で読んで」と・・・・長旅に加え 常備薬も失って 帰りの飛行機の中で意識不明になる「フランク」病室で3人の子供達に囲まれ 意識を取り戻したフランクに其々が真実を打ち明ける兄弟姉妹は チャンと連絡を取り合っていたのだ 内緒にしようと長男がメキシコで麻薬過剰摂取で死んでしまった事を・・・・暫くして退院した フランクはデイヴィッドのアパートから送られてきた郵便物の束の中に フランクが残してきた封書を見つけ開封する・・・・そこには子供時代に撮った 母親と4人の兄弟姉妹がクリスマスツリーの前に座る写真そして「クリスマスには家に帰って来るかい? 」のメッセージがそして「フランク」はNYの画廊で「デイヴィッド」が 店員に語っていたコトを 思い出していたそれは「私が芸術家になれたのは父のおかげ 父は何時も言ってた 壁の塗装は犬におしっこをかけられるからダメだと」・・・・ そして 画廊の倉庫に残っていたデイヴィッド」の絵は なんと「電信柱に架かる電線」あの「ロバート・デ・ニーロ」が 顔をクシャクシャにして・・・・・「ありがとう」ラストはクリスマス その絵が架かる部屋 食卓を囲む笑顔の一家が・・・・・そしてフランクのモノローグ「子供達は頑張ってる 心から誇りに思っていいぞ お前が一番 喜ぶことを言おう みんな元気だよ! Eberybody’s Fine 」エンドロールの脇に映る写真は フランクが旅の道中に映したスナップが・・・・なんとも 後味の良い映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・294道路脇で 再開した花屋さんから買ってきた「パンジー・三色すみれ」オイラ的花言葉:「引喩失義」(いんゆしつぎ) *つまらない前例やたとえを引いて正しい本来の意義を見失うこと 良くない先例をひいて正しい道を踏み外す意にも用いる
2012年10月30日
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【スタッフ】監督=ロバート・レッドフォード製作=ロバート・レッドフォード、パトリック・マーキー原作=ノーマン・マクリーン(マクリーンの川) 脚本=リチャード・フリーデンバーグ撮影=フィリップ・ 美術=ウォルター・P・マーティシャス衣装デザイン=キャシー・オリアー、バーニー・ポラック編集=ロバート・エストリン、リンジー・クリングマン音楽=マーク・アイシャムナレーション=ロバート・レッドフォード 【キャスト】ブラッド・ピット =ポール・マクリーン(弟)クレイグ・シェイファー =ノーマン・マクリーン(兄)トム・スケリット =マクリーン牧師(父)ブレンダ・ブレシン =マクリーン夫人(母)エミリー・ロイド =ジェシー・バーンズスティーヴン・シェレン =ニール・バーンズニコール・バーデット =メイベルヴァン・グラヴェイジ =若き日のポールジョセフ・ゴードン=レヴィット=若き日のノーマンマイケル・カドリッツ =チャブ【あらすじ】舞台は1910 ~1920年代のアメリカ合衆国モンタナ州ミズーラスコットランド出身の厳格な牧師の父「マクリーン」 真面目で秀才の兄「ノーマン」陽気で才能に恵まれながら自分の生きる道を見いだせない弟「ポール」三者に共通する事は、幼い頃から父に教わってきたフライフィッシングだった兄はやがて大学の講師の職を得、シカゴへと旅だってゆく弟は地元の街で新聞記者の職を得るものの、破天荒な人生を生きていたしかし、フライフィッシングを極め、釣りの師である父もその才能が非凡である事を知るしかしギャンブルにのめり込み・・・・・・人々の人生は様々で、楽しい事・悲しい事・苦しい事はあるが、そんな時の流れのなかで・・・・川は変わらぬ姿で流れ続ける(A River Runs Through It)という物語 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー何故か この映画を観ながら 頭に浮かんだ想いは・・・・世界中に人間が住んでいて どんな国の どんな環境の中にあっても 家族がいて其々が 其々の生活を営み それは過去から今までの そしてこれからも延々と続いてゆく・・・・・その流れは祖先から続き 親から受け継ぎ そして子供に・・・・オイラ的には次男だから 家系だとかの受け継ぎ 受け渡す何もないのだが・・・・ふと 思ったのはオヤジから伝授されたモノって 何かあったのだろうか?オイラは 本当に親不孝モンで 早くに結婚し家を出てしまって・・・・・親の存在を意識する頃には 殆んど家に寄り付かずに 過ぎてしまったからか?子供の頃の父親との会話も 何一つ覚えていない・・・・・いやいや いつも夕食は一緒に食べてたのだから 会話が無いハズは無いのだが それは10才年上の 兄貴も同様で 会話を交わした記憶が殆んど無いまともに 会話をしたのは かなり大人になってからの事で・・・・オイラ自身も 息子に何か引き継ぐモノって在るんだろうか?財産なんて何もないし・・・・また伝授したい モノもコトも ナンもないし・・・・ゆっくり話し合ったことも 一度もない・・・・アチラに旅立つ前に 一度 酒でも呑むか、な~んてネ(照れてんじゃねーよジジイ!)なぜか・・・・・そんなことを思いつつ美しい山々に囲まれ 緑濃い森と林 そして広々とした草原その草原の向こうには・・・・・清き水が流れる 美しい川が・・・・そんな環境の中にある 「マクリーン」家の父親は神父・・・・学校に行かなくても父親がなんでも教えてくれる・・・勿論 フライ・フィッシングも親子3人で川に行っての釣りは 親子の絆を再認識する 最も楽しい時間 父母と兄弟の4人暮らし 同時に育てられた その兄弟愛は濃密ででも 成長するにつれ 兄弟の性格も行動も まるっきり異なってくるそれでも ヤッパリ兄弟は兄弟 お互いが大切に思ってる事は間違いなく・・・・ラスト近く 今や釣りのカリスマとなった「ポール」の釣り上げた 超でかい鱒は自分の運命を象徴してて・・・・・・うんーん いいねえ 何も物語的には衝撃的なことはなくても・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E医院の玄関前の色とりどりの葉っぱ「コレウス・錦紫蘇」オイラ的花言葉:「兄弟は他人の始まり」(きょうだいはたにんのはじまり) *血を分けた兄弟といえども、成長して別々の道を歩むようになれば 情愛も薄れ、他人のようによそよそしくなるということ
2012年10月29日
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【スタッフ】監督=フアン・ホセ・カンパネラ 脚本=エドゥアルド・サチェリ 、フアン・ホセ・カンパネラ 原作=エドゥアルド・サチェリ 製作=マリエラ・ベスイエフスキー 、フアン・ホセ・カンパネラ 撮影=フェリックス・モンティ 美術=マルセロ・ポント・ベルジェス 音楽=フェデリコ・フシド 編集=フアン・ホセ・カンパネラ 【キャスト】リカルド・タリン =ベンハミン・エスポシトソレダ・ビジャミル =イレーネ・メネンデス・ヘイスティングスパブロ・ラゴ =リカルド・モラレスハビエル・ゴディーノ=イシドロ・ゴメスカルラ・ケベド =リリアナ・コロトギレルモ・フランセーヤ=パブロ・サンドバル【あらすじ】2000年 アルゼンチン・ブエノアイレス刑事裁判所を停年退職した元検事『ベンハミン』残された時間で 25年前に起きた忘れ難い事件をテーマに小説を書くことを決心、かつての上司で 今は判事補の『イレーネ』を訪ねるその事件とは1974年、銀行員の夫と 新婚生活を満喫していた美しい女性が自宅で暴行殺害された凄惨な事件当時、渋々担当を引き受けた「ベンハミン」が捜査を始めてまもなく・・・・事件があった家のテラスを修理していた二人の職人が逮捕されるところが、それは拷問による嘘の自白によってだった捜査は打ち切られたが「ベンハミン」は諦めず 上からは 止めろ!と叱責されながらも執念の追跡捜査で 容疑者『イシドロ』をサッカー競技場で逮捕したしかし、「イシドロ」の罪は政治の力でもみ消され、有罪確定後 超法規的措置で釈放されてしまう・・・・・軍事政権に役立つ情報を持っているからという理由で・・・・協力を条件に犯人が自由の身になるという、現実があった「ベンハミン」は、殺された女性の夫『リカルド』の深い愛情と悲しみ、そして無念を思いながら、ブエノスアイレスを離れる・・・・それは、職歴や学歴など、身分の違う美しい上司『イレーネ』への恋心を封印するという悲しみも 同時にあったのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー大変良くできたシナリオで ハラハラもドキドキもさせ 政治批判も盛り込み淡くもどかしい恋の話も折込み アルゼンチンらしくサッカースタジオも絡めて 最後はドッキリの結末を観せてくれるサスペンス映画です そして テーマは “愛”だと オイラは確信してる映画で・・・・3通りの 人と人を繋ぐ 愛の形を 表現して観せてくれる美しい上司「イレーネ」と 彼女に恋心を抱く「ベンハミン」との25年越しの愛暴行の上殺された新婚の妻と その夫「リカルド」の 決して忘れる事の無い永遠の愛「ベンハミン」と 相棒で飲んだくれの「パブロ」との 命も惜しくない友情愛それは ベンハミンが書いたメモ temo(怖い)に 真ん中に“a”を入れてteamo(愛する)に 変えるシーンが象徴していて・・・・(それは イレーネから貰ったタイプライターが壊れていて“A"の文字が打てなかった)こういう 細かい伏線が 次々に埋められてゆく心地よさに ウンうんと頷きながら最大の伏線はラストに 驚愕の衝撃をもって訪れるので その結末が凄い観終わっても話題を残し 一緒に観た人達との議論は何時までも続くハズ“キーワード”は 映画のタイトルの「瞳の奥の秘密」と「終身刑」で・・・・何故かは 解ってしまえば 感激が半減してしまうので ヒミツ にしますが犯罪者に対する刑罰の是非 死刑反対とかの意見もあって・・・・・最愛の妻を 散々暴行された上 凄惨な姿で殺された夫の悔しさと悲しさは どれほどか何度も フラッシュバックで流れる その凄惨な映像は強烈で・・・・確かに彼は25年前、犯人イシドロが釈放された時に言いました「死など望まない 無期懲役であればそれでいい」と・・・・事件当時の様子にさりげなく敷かれた伏線、単純に合理的な判断での発言だと思っていただけに、これには驚きました・・・・終身刑かあ日本にもあった 母子暴行殺人事件が フッと頭をよぎる・・・・もし あの被害者の旦那が観たら・・・・しかし 映画の終わりは「ベンハミン」と「イレーネ」の 長きに渡る恋の結末で閉められていて・・・・なぜか ホッとして映画を観終えるのです ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今朝 或るお宅の庭であまりにも見事に 真っ赤な実をつけていたのでパチリ「ピラカンサ・橘もどき」オイラ的花言葉:「臥薪嘗胆」(がしんしょうたん) *仇を討つために、また大きな目的を果たすために、 長い間の試練に耐え、辛苦すること
2012年10月27日
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【スタッフ】監督=マルセル・カルネ 脚色=シャルル・スパーク 、マルセル・カルネ 原作=エミール・ゾラ 台詞=シャルル・スパーク 撮影=ロジェ・ユベール 音楽=モーリス・ティリエ 【キャスト】シモーヌ・シニョレ=テレーズ ラフ・ヴァローネ =ローランジャック・デュビー=カミーユ ローラン・ルザッフル=水兵 シルヴィー =カミーユの母親 マリア・ピア・カジリオ=ホテルのメイド 【あらすじ】リヨンの裏町 ラカン生地店の主婦『テレーズ』病弱なくせに傲慢な夫『カミーユ』と 息子を溺愛する姑『ラカン』夫人にはさまれて、冷たく暗い毎日を送っていた貨物駅に勤めるテレーズの夫「カミーユ」はある日 イタリア人のトラック運転手『ローラン』を家に連れて来た逞ましく若々しい この男の魅力に「テレーズ」惹かれたが・・・・「ローランもまた 彼女を一目見て恋に落ち・・・・駆落ちを迫る程になっていった危険な、あわただしい逢びきが重なり、二人は「カミーユ」に 真相を告げて離婚を承諾させよぅとしたが、「カミーユ」は哀願と脅迫をくりかえしたガンとして聞かない「テレーズ」に 「カミーユ」は それでは別れるから最後の思い出にパリへの旅行をしてくれと申し出るのだが・・・・ それは テレーズをパリの親類に閉じこめてしまおうという計画だったその旅行の途中、あとを追ったローランが テレーズと車中で密会している現場にカミーユが現れ 二人は争い、ついローランはカミーユをデッキから突落してしまうきびしい警察の訊問の間、テレーズは勿論口を割りはしなかったが、たえず彼女の脳裡を襲うのは 惨死体となった夫の姿と・・・・息子の死以来 全身不髄となったラカン夫人の 睨む眼であったなんとか 事故死で解決しようとしてる矢先に・・・・事件の夜、列車で夫婦と同室だった復員水兵が 新聞で「テレーズ」の住所を知ると あの夜の記憶を呼びおこし、自転車屋を開業する資金をと 50万フランの口止料を出せと 脅迫してきたが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画の原作「エミール・ゾラ」の「テレーズ・ラカン」が 出版されたのは1867年 今から145年も前のこと・・・・・ 日本では慶応3年「大政奉還」され「坂本龍馬」が「中岡慎太郎」に暗殺された年だったそして「マルセル・カルネ」監督が映画化したのは1952年(昭和27年)今から60年も前 でも映画界では 最盛期とも言えるほど名画が沢山封切られた年「恐怖の報酬」「ローマの休日」「シェーン」「波止場」「第三の男」「終着駅」・・・・そして「テレーズ」を演じた女優は「シモーヌ・シニョレ」 そう「恐怖の報酬」で名演技を披露した・・・・・本業はシャンソン歌手の「イヴ・モンタン」の奥様彼女のクールな ある意味冷酷で非情な顔つきは 暗くて怖いという雰囲気もあり映画を引き締め 劇的な物語に仕上げる為には格好のキャラクターだと思いますなんせ 彼女の代表作は「悪魔のような女」なんですから・・・・オイラ的には イイ意味で 日本女優の「原節子」的感じがします背筋が寒くなるほどの美しさは・・・・裏腹でそんな彼女が演じる「テレーズ」は 画面に登場した時から・・・・不機嫌で 何にも関心を示さない 本当に冷たい嫌な女のように映りますしかし それが意地悪で 陰険な義母と夫の所為だと 直ぐに理解できます病弱で 身体的にも軟弱なくせに 鼻っ柱だけは強く利己的で我侭な夫「カミーユ」その「カミーユ」を 猫可愛がりする姑に 辟易としている様子が・・・・なんで 二人が一緒になったのか? と不思議ですが 貧しかった彼女を育ててくれた 大恩があるので・・・・嫌々ながらも結婚させられたのですまるで 看護婦をさせる 家政婦として こき使うためにそこに現れたのが 如何にも強そうなイタリア人運転手「ローラン」(ラフ・バローネ」見つめ合った 二人がお互いを求め合うのに 時間はかからなかった・・・・そして 列車での思いもよらない事故にになって 「カミーユ」が死んだ・・・・「テレーズ」は犯人として疑われるが、証拠も動機も無いとして、結局は無罪放免しかし、相部屋の男がテレーズの前に現れ、警察には黙っているとして現金を要求 仕方なくテレーズは現金を渡し、今後は一切カネを要求しないとの誓約書を交わしカネを受け取り 外に出た元水兵は、二人の前でトラックに轢かれ死亡しかし水兵は、自分の身を守るために、時間になっても戻らないときは、裁判所宛てに目撃した事実を綴った手紙を投函することをホテルのメイドに依頼していた何とも ついてない二人オイラ的には 長年にわたり不幸だった「テレーズ」が 晴れて幸せになる結末でもいいんじゃない・・・・って思ったがマルセル・カルネ監督か エミール・ゾラなのか 冷酷だったのはどっちなんだい?多くの監督が サスペンス映画の手本とした名作です ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今朝の散歩路 山の中の農家の庭に一面「ほととぎす・杜鵑草」の花が満開で思わずパチリオイラ的花言葉:「愛想も小想も尽き果てる」(あいそもこそもつきはてる) *相手の言動に呆れ果てて、愛情も好意も何もかもなくなってしまう 「愛想が尽きる」を強めて言う 将に「嘆きの・・・・・」
2012年10月26日
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【スタッフ】 監督=行定 勲 脚本=伊藤ちひろ 企画=セカンドサイト 制作=パイプライン プロデューサー=柳崎芳夫、谷口達彦、鳥澤晋 製作・著作=BeeTV 主題歌=「夢の世界」MONKEY MAJIK【キャスト】エピソード1 「染められたい」=成宮寛貴:ユウヒエピソード2 「捨てたい」 =永山絢斗:ムサシエピソード3 「殺されたい」 =高岡蒼甫:謎の男エピソード4 「抱きしめたい」=林 遣都:トニーエピソード5 「後悔したい?」=小出恵介:鬼川としのり全エピソード =仲里依紗:十朱(とあけ)【あらすじ】人気漫画家の『十朱(とあけ)』仕事が忙しくて恋をする暇もない彼女だが・・・・友人に誘われて気乗りしない 人気漫画家のパーティに出席する会場の隅でシャンパンを片手にひとり佇んでいると・・・・彼女の前を美しい男たちが通り過ぎてゆく男と目が合った瞬間に彼女は妄想の世界へと入り込み、そこでは彼女の思いのままの物語が展開するのだ・・・・・エピソード1・・・・「染められたい」売れない画家を恋人に持ち、彼のために尽くす「十朱」エピソード2・・・・「捨てたい」恋人を手ひどく捨てようとするという「十朱」それでもなおよりを戻そうとする泣き虫男と箱根に行くエピソード3・・・・「殺されたい」「十朱」は男が運転する車に乗せてもらうことになるが、カーラジオからは銀行強盗のニュース、そして車の後ろには大きなトランクが・・・・男に頼まれるままに、謎の箱を森の中に埋めるのを手伝う十朱「殺されるかも?」と思いつつ、それでもいいと胸を躍らせるのだが・・・・・エピソード4「抱きしめたい」記憶喪失の美形の浮浪者を、「十朱」は家へと連れて帰り、記憶喪失をいいことに彼を“自分のもの”として束縛するエピソード5の「後悔したい?」「十朱」の出席したパーティの主役である人気漫画家に彼に声をかけられ、2人でパーティを抜け出すが・・・・・思いもよらない事態が彼女を待っていた ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【付録】 (ウィキペディアより)BeeTV(ビーティービー)エイベックス・エンタテインメントとNTTドコモの合弁会社、エイベックス通信放送が運営する携帯電話専門の動画配信サイト ドコモ動画にて提供 2009年5月1日開局中身は「ドラマ」「音楽」「お笑い」「アニメ」「トーク」「ニュース」など・・・・ iモードの有料コンテンツの形式をとっており、月額視聴料は315円(税込)携帯電話のストリーミングを使った、オンデマンド型の動画配信サイト 2011年11月18日には「dマーケット VIDEOストア powered by BeeTV」の提供を開始し、2012年4月24日時点で会員数100万人を達成し 現在では350万人を超えているこの映画「パーティーは終わった」は このBeeTVで配信してる「ドラマ」です ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「BeeTV」のドラマだって知らずにチャンネルNECOのテレビ放映で観ましたこういうのが 携帯電話で鑑賞できるんですね・・・・監督が「行定勲」 主役が「仲里依紗」というので 躊躇わずに・・・・・最近 何故か「仲里依紗」ちゃんに ハマっています(ジジイ 歳を考えろ!)先日終了した MHK連続TVドラマ「つるかめ助産院」でも 大きなお腹を抱えた妊婦を演じ 見事悪戦苦闘の末男の赤ちゃんを出産してました流石に携帯等のファンが若者なのだろうからか 物語はオムニバス形式で5話で構成されており はっきり言って 如何にもありふれた話の軽いモノばかり 20~30分位が1話で 各々主役の男性が変わり 相手役は全てが「仲里依紗」招かれたパーティー会場で見掛ける イケメン男を相手役にして妄想する漫画家「十朱」役(仲里依紗)5話の中で 好きな話は1話の「染められたい」絵描きの「成宮博貴」が 恋人の「十朱」をモデルに絵を描いている話内容は 特に記するところはないが・・・・絵が気になって一番最悪なのは ラストの「後悔したい?」ゾンビが出てきて 踊ったりしちゃうので・・・・・げんなりなんとなく いい感じで こんな奴いるよなあ~ なんて共感したのが2話の「捨てたい」 相手役の「永山絢斗」がイイ 草食系の弱ったらしい男の子「十朱」は そんなヘナチョコ野郎だから別れたいのだが・・・・なんとなく憐れでだから旅行に行って嫌われようと・・・・屁をこいたり 徳利からグビグビ呑んだり寝てる「永山」君の顔を 素足でグリグリど踏んづけたり・・・・・それでも「永山」君は ニヤリって 笑うんだから・・・・・もう という訳で 5人の男どもを相手に 少しも 物怖じせず 個性豊かに演じた「仲里依紗」は 大物女優になります (変な男に引っかからなければ・・・・・)なんか「浅野忠信」と噂があるらしいが 流石 大物相手に・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・丁度 今頃に咲く花は散歩中には あんまり見られないが あるお宅の庭に今を盛りと咲いていた紫色の花「メキシカンセージ」オイラ的花言葉:「矯めるなら若木のうち」(ためるならわかぎのうち) *樹木の枝ぶりを整えるなら、柔軟性のある若木のうちに手を加えよの意 人間も、悪い性癖や欠点などは、幼少のうちに直した方がいい
2012年10月25日
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【スタッフ】監督=デイヴィッド・リチャード・エリス 脚本=クリス・モーガン 原案=ラリー・コーエン 撮影=ゲイリー・カポ 音楽=ジョン・オットマン 編集=エリック・A・シアーズ 【キャスト】キム・ベイシンガー=ジェシカ クリス・エヴァンス=ライアンウィリアム・H・メイシー=ボブ巡査部長 ジェイソン・ステイサム=イーサンノア・エメリエリック・エテバリ=ディミトリ マット・マッコーム=ディーソン エリック・クリスチャン・オルセン=チャッド ジェシカ・ビール =クロエリック・ホフマン=弁護士【あらすじ】高校の生物の教師『ジェシカ・マーティン』愛する夫と11歳の息子『リッキー』とともに幸せに暮らしていたある日「ジェシカ」が「リッキー」を学校へ送って 帰宅したところへ・・・・突然見知らぬ男たちが ガラスの扉を叩き割って侵入彼らは「ジェシカ」を車で連れ去り、どこかの家の屋根裏へ監禁するリーダー格の男『イーサン』は その部屋にあった電話をハンマーで打ち砕く・・・・彼らが何者なのかも、目的が何なのかも「ジェシカ」には まったく思い当たらないだが 彼らは顔を隠していなかった・・・・顔を見た自分は、いずれ殺される! 「ジェシカ」 粉々になった電話のワイヤーを接触させ、ダイヤル信号を送ることに成功「お願い、どこかに繋がって!」 彼女の必死の思いは届く・・・・電話に出たのは『ライアン』という若者の携帯電話だっただが彼は「ジェシカ」の話をいたずらだと思ってとりあわない・・・・それでも彼女のあまりに切羽詰った声に「ライアン」は この携帯を警察に持っていく警察で応対したのは『ボブ・ムーニー』巡査部長だが、27年の平凡な警官生活を間もなく終えようとしているこの実直な警官が「ジェシカ」の説明を聞き始めたまさにその時、署内でトラブルが発生彼は「ライアン」に電話を返すと、殺人課へ行くよう指示する暴漢の「イーサン」たちはジェシカの夫『クレイグ』を探しているらしい「ジェシカ」から「クレイグ」の居場所に関して満足な返答が引き出せないとみるや「イーサン」は息子「リッキー」を誘拐することにする「ジェシカ」と「イーサン」のぞっとするようなやりとりを聞いて・・・・事の重大さを悟った「ライアン」は、ジェシカの頼みで「リッキー」の学校へ急ぐだが下校する大勢の子供たちの中からリッキーは 悪党グループに連れ去られてしまうリッキーを乗せた車を必死で追跡する「ライアン」だが、携帯電話のバッテリーが残り僅かにこれが切れれば「ジェシカ」は唯一の望みを失うことになる!・・・・・・さて ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【付録】原題は「Cellular」であり、携帯電話を表す "cellular phone"から名付けられた 携帯電話の機能や社会的役割が、ストーリーの進行やターニングポイントの鍵となり・・・彩を添える ちょっとしたエッセンスにもなっているまた携帯電話だけでなく、固定電話の留守番録音機能や内線機能なども、ストーリーの進行に一役かっているモバイルフォンでの通話場面しかない、主人公の若者『ライアン』と、固定電話の通話場面がほとんどの、定年退職を控えた巡査部長の『ボブ』が、事件を解決しようと奔走する姿が・・「携帯」と「固定」という新旧の電話の役割が、二人の対比のモチーフとなっている (ウィキペディアより) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今や 固定電話の立場は殆んど無くなって 携帯電話 それもスマートフォン等というカメラやパソコン等の機能満載のモバイル・フォーンが主流となってしまったが・・・・この映画が撮影された2003年頃には この映画の主人公でテーマになっていた携帯電話スーパーマン主人公が活躍するアクションがなくても 充分携帯電話で ハラハラドキドキのサスペンス映画ができることを「デイヴィッド・リチャード・エリス」監督が観せてくれる携帯電話の機能や その使い方の問題も 上手く取り込んだ脚本がイイ電波が弱くなったり 「圏外」になったり 「混線」したり・・・・電池切れになって飛び込んだ サービスセンターの混んでいて待たされるのも あるある受信履歴を使った発信返し機能も・・・・オイラ的には 主人公の女優「キム・ベイジンガー」ファンなので彼女えの期待が大きかったのだが 泣き叫ぶ様な場面ばかりで・・・・それも 何故突然襲われてしまったのか? 屈強な男共が 色っぽい彼女に 変なことをしでかすのではないのか?でも彼等は 乱暴な振る舞いはするが 意外に紳士的なのが不気味で・・・・・正体を明かされないまま 物語は進行していくので・・・・引き込まれるそして 海岸で女の子をナンパする 軽薄男の代表みたいな若者が たまたま受けた携帯電話の為に 車から車へ乗り換えつつ 警備会社のセキュリティ・カーやら 弁護士の高級車ポルシェなどに 次々に危機一髪の危険をクリアーしていくその若者「ライアン」(クリス・エヴァンス)が 主役となってでも そのスピード感や 離れ技的なアクションは痛快で 画面に釘付け状態・・・・中盤を超えたた所で その暴漢達が 警察官であることが判明し・・・・「ジェシカ」が襲われたのは 警官による麻薬取引現場で奪い盗った現金と麻薬横取り現場のビデオカメラを持っている 彼女の旦那を抑える為・・・・・妙な ひねりなどは無く 最後まで「ライアン」が一人活躍するのがいいそして もう定年を迎える老巡査が 27年間撃った事のないピストルを仲間の警官に発射するる 結末もイイ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・庭石の窪みに生えて 咲いた「いわしゃじん・岩参沈 と杜鵑草」 薄紫色の小さな釣り鐘風な花が可憐で・・・・ オイラ的花言葉:「死中に活を求める」(しちゅうにかつをもとめる) *絶望的状況のなかにあっても、なおそこから抜け出す道を見つけること
2012年10月24日
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【スタッフ】監督=アンリ=ジョルジュ・クルーゾー製作=レイモン・ボルデリエ、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー原作=ジョルジュ・アルノー脚本=アンリ=ジョルジュ・クルーゾー、ジェローム・ジェロミニ撮影=アルマン・ティラール音楽=ジョルジュ・オーリック【キャスト】イヴ・モンタン =マリオ シャルル・ヴァネル=ジョーペーター・ヴァン・アイク=ビンバ フォルコ・ルリ =ルイジヴェラ・クルーゾー=リンダ ウィリアム・タッブス=ビル・オブライエンダリオ・モレノ=ヘルナンデス ジョー・デスト=スマーロフ 【あらすじ】メキシコにほど近い中米ヴェネゼラの町ラス・ピエドラス『マリオ』は 同じ食い詰め者や 札付きたちの集まるこの町で、恋人『リンダ』や 仲間の『ジョー』と苦楽をともにしていたそんなある日、町から500キロ離れた山上の油田で大火災が発生、犠牲者が続出石油会社は一刻も早く消火させるため、ニトログリセリンの使用を決断そこで危険なニトログリセリンを運搬する4人を 2000ドルの賞金付きで募集「マリオ」「ジョー」に『ビンバ』『ルイジ』が選ばれたこうして 彼らは2台の運搬車に乗り込み、現場へ向かうのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもう 何度目になるのだろう この映画「恐怖の報酬」この映画は 映画の面白さ そして映画とは何か?の 基本を教えてくれる原作、脚本、監督、演出、配役、俳優、演技、撮影、音楽、美術、照明、編集録音、衣装・・・・・・・総合芸術として どれもが満点でなくてはならないそして観客を画面の中に引き込み スクリーンの中で主人公達と一緒になってどれだけ笑い 泣き 悲しみ 怒り 悩み 汗をかき 怖がり そして感動を味わうか観終わって 席を立てないほどの興奮に震えていたり 思わず拍手をしてしまっていたり涙と鼻水が止まらくなっていたり 足元が軽くスキップしたくなるほど心が踊っていたり・・・・・というように 完全に別世界に連れ込んでくれる それが映画芸術「恐怖の報酬」は 超危険物質“ニトログリセリン”を 4人の男達と 一緒になってデコボコの山道を運ぶという ハラハラ ドキドキ ヒヤヒヤの恐怖を味わうのです先ずは 前半のかなりの時間を ”ラス・ビエドラス”の街での情景を映しますその町の暑さと汗の匂いを 各国から集まってきたはぐれ者達と混ぜて写し取りますそれは 石油の利権の所には必ず居るアメリカ資本家と貧しい者達の馴染みパターン図式がなにげに映し出されてていたりして・・・・・そして いよいよ出発となってからは、もう画面から目が離せなくなります出発前にニトロの破壊力を4人のドライバーに示すために、一滴だけ落とすと・・・・“ズバーン”と粉々に砕ける石、主役の4人だけでなく、 観客までも一気に巻き込んで・・・・・ サア覚悟はいいですか?って主役の4人、それぞれの生い立ちなどは詳しく語られませんが・・・・ドイツ人の『ビンバ』(ピーター・ヴァン・アイク)はナチス体験を相棒にちょっと語り病いに余命いくばくもないイタリア人『ルイジ』(フォルコ・ルリ)は故郷で死にたいとフランス人『マリオ』(イヴ・モンタン)はメトロの切符をお守りにしているそしてマリオの相棒となる老年ヤクザの『ジョー』(シャルル・ヴァネル)ヤクザものだから、若い頃から非道なことを多くしてきた筈なのに・・・・いざという時、あらゆる死線を乗り越えてきた筈の彼が最も弱さを晒して・・・・石油の溜まった池での真っ黒になった惨めな姿や マリオの腕の中で果てる憐れな姿たったこれだけの時間で 人間の本性を暴き出してしまう映画のチカラ恐怖でこわばる目の動き 震える指先 緊張で固まる肩と腕 それでも進む侠気ラストの 「青きドナウの流れ」のワルツのメロディーに乗せて・・・・・ダンスを踊る絵柄と 山道をジグザグと踊るように運転をして帰るマリオの映像が交互にアアア もう止めて・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと前に 車庫の脇に咲いていた「チョコレートコスモス」 匂いもチョコレートの香りがするんだけど・・・・知ってました? オイラ的花言葉:「累卵の危うき」(るいらんのあやうき) *一触即発の、きわめて危険な状態を言う 積み上げた卵はいつ崩れてもおかしくない
2012年10月23日
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【スタッフ】監督=深川栄洋 脚本=深川栄洋 、入江信吾 、山本あかり 原作=東野圭吾 撮影=石井浩一 美術=岩城南海子 装飾=松田光畝 音楽=平井真美子 音楽プロデューサー=小野寺重之 録音=林 大輔 照明=椎原教貴 編集=坂東直哉 衣裳/スタイリスト=浜井貴子 、越智雅之 【キャスト】堀北真希=唐沢雪穂 高良健吾=桐原亮司 船越英一郎=笹垣潤三 戸田恵子=桐原弥生子 田中哲司=松浦 勇 姜 暢雄 =篠塚一成緑友利恵=川島江利子 中村久美=唐沢礼子 粟田 麗 =栗原典子 今井悠貴=10歳の亮司 福本史織=10歳の雪穂 山下容莉枝=西本文代 【あらすじ】1980年(昭和55年)ある廃ビルの密室で、質屋の店主が殺されたすぐに妻の『桐原弥生子』と 従業員で愛人の『松浦勇』に嫌疑がかかるが、所轄の担当刑事である『笹垣潤三』に 10歳になる息子の『桐原亮司』が 母親「弥生子」のアリバイを証言する一方、捜査本部は、被害者が事件の直前『西本文代』という女の家を訪ねていたことを突き止めるだが、「笹垣」の職務質問に 嘘で答えようとした「文代」を制したのは・・・・10歳の少女・『西本雪穂』だったその後、「文代」の若い恋人が事故死、 質屋殺しの決定的証拠品も発見され、その後を追うかのように「文代」がガス中毒死、事件は被疑者死亡のまま解決を見るだが、「笹垣」はどうしても腑に落ちない被疑者の息子と容疑者の娘の姿が、いつまでもちらついて去らないのであった・・・・・数年後遠戚である『唐沢礼子』の養女となった「唐沢雪穂」は、著名なお嬢様学校、清華女子学園に通う美しく聡明な女子高生になっていた入学当初は「昔、実の母親が殺人犯」という噂もあって学内でも浮いた存在だったが、噂はすぐに消え、やがて名実ともに学園のスターになっていった大学に進学してからは、親友の『川島江利子』と 社交ダンス部に入部、まもなく周囲を魅了する存在となる一方、「桐原亮司」は、事件後実家を離れ、自活するようになっていた以前は欲求不満のオバサン相手に性を売ることで収入を得ていたが、とある乱交パーティーで20歳も年上の『典子』と出会い、同棲するようになる不倫に傷つき自暴自棄になっていた「典子」と「亮司」は、互いの心の傷をそっと癒し合うようにささやかな生活を営んでいたそんな中、「笹垣」は未だ質屋殺しの一件に囚われていたやがて、自らの命までも狙われるようになった時・・・・・遂に「笹垣」は 19年前の事件の 真相を知ることとなったが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー次ぎ次に起こる殺人事件や 学校での苛めや 捜査本部の会議室や 刑事の捜査等など めまぐるしく 訳がわからないまま ずんずん進んでいく映画の流れに 身を任せて2時間30分 なんとか 飽きずに画面に釘付け状態だったのですが結果的に言うと 謎解きの答えが かなりエグイので 後味が悪く・・・・それに 何故か 納得のいかない部分が かなり多くあって 「映画的に どうなんだろう?」っていう疑問が残る作品でした 物語的には 「唐沢雪穂」(堀北真希)が 何時も中心にいて 彼女の物語なんだ と気がつきそして彼女に絡んで もう一人「桐原亮司」(高良健吾)が 浮かび上がってきてこの二人が 質屋殺しの 被疑者の息子と 加害者の娘という立場にあって何か この二人が 事件に関係があるんじゃないか? と ずうーーっと長い間 警察を退職しても なお疑って居た刑事「笹垣」(船越英一郎) 執念の謎解き物語チョッと失礼な オイラ的な率直な感想なんだけど・・・・「堀北真希」に この内面的に 致命的な傷を負っていながら 大きなな野望を成し遂げていく 気丈な女性像を表現するには チカラ不足というか何か にじみ出てくる どん底の哀しみ その苦痛に耐え抜いてきた苦悩の陰りなんかが窺うことが出来ないし、まともに裸も見せられないようなお嬢様女優には無理というものましてや 偏見かもしれないが 先日まで放映されていた 朝ドラ「梅ちゃん先生」のイメージが強過ぎて 復讐心に燃える執念の女なんて・・・・・トテモとてもそれと 同居人が好きなテレビ 2時間刑事ドラマの帝王「船越英一郎」申し訳ないけど この人のイメージも固定化されていて・・・・詳しくは観ていないのだけれど なんとなく ヒトが好く いい加減なように見えてもちゃ~んと犯人を推理し捕まえて 延々とその謎解きを講釈する 定番パターンのアレではどれだけ真面目顔で演技しても 馴染めないのだよ・・・・その退職刑事がラストに 自分も毒を盛られたという犯人「高良健吾」にする説得はナニ?「高良健吾」君 はイイ役者だし 実際よく演ったていたと評価しますでも 彼の役は 如何にも納得できない・・・・許しがたい 凶悪レ〇プ犯罪者なんだよそれも「雪穂」の指図のもとで・・・・もっと何かの方法があったはずなのに・・・・原作者「東野圭吾」の小説では どのように読者を説得してるんだろうか?そうそう それと 最近の子役の上手い事 凄い! ヨねー でも こんなコト できるのかなァ?という疑問が抜けない・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藪の中の赤くなった「からすうり・烏瓜」オイラ的花言葉:「悪縁契り深し」(あくえんちぎりふかし) *悪い縁ほど強く結びついているもので、 離れるのが極めて難しいことを言う
2012年10月21日
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【スタッフ】監督=サム・ペキンパー 脚本=アーロン・シドニー・フライシュマン 原作=アーロン・シドニー・フライシュマン 製作=チャールズ・B・フィッツ・シモンズ 撮影=ウィリアム・H・クローシア 音楽=ピーター・ツィンナー 【サム・ペキンパー、Sam Peckinpah】監督(1925年2月21日 ~1984年12月28日)代表作に『ワイルドバンチ』、『わらの犬』、『ゲッタウェイ』、『ガルシアの首』、『戦争のはらわた』・・・・・など 本国アメリカではその残酷な作風から「Bloody Sam ・血まみれサム」と呼ばれた日本では最後の西部劇監督、もしくはバイオレンス映画の巨匠として知られ 暴力描写とそれを写し出す映像技法は映画界に留まらず、ジャンルを超えて多くの人々へ影響を与えた 【キャスト】モーリン・オハラ =キット・ティルドン (ダンスホールで働く子持ち未亡人) ブライアン・キース =イエローレッグ (元北軍兵士、常に帽子をかぶってる)すティーヴ・コクラン =ビリー・ケプリンガー ( 拳銃使い、タークの相棒)チル・ウィルス =ターク (イエローレッグの復讐相手、元南軍兵士)ストローザー・マーティン=牧師【あらすじ】『イエローレッグ』南北戦争で捕虜となったとき、南軍の兵士に頭の皮を剥がされそうになった彼は戦争が終わった後も、その相手を探し求めていたが・・・・とある村で、彼は一人の男をリンチから救うその男こそは、かつて彼に残忍な振舞いをした当の相手だった彼は自分の素性を隠し、男とチームを組んで銀行強盗を計画するが・・・・現場に着くと そこには既に強盗が逃げるところで その犯人を撃った弾が運悪く 無垢の子供を誤って射殺してしまう子供の母親は、遺体を父親の眠る廃墟となった町へ運ぶと言い出し「イエローレッグ」たちは護衛を願い出るが・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・主人公「イエローレッグ」(ブライアン・キース)が よく解んない・・・・元北軍兵士で 右肩に銃の弾が入ったままになっているため右手の自由が利かない南北戦争の時 頭の皮をはがされかけた傷痕を隠すために常に帽子をかぶっておりその 頭の皮を剥ごうとした相手を探して旅をしてるそして 現在の生業は 銀行強盗らしいのだが・・・・邦題によれば ガンマンらしいのだが・・・・ 右手が思うように動かせないため 弾が何処へ飛ぶかわからない為誤って「キット」(モーリン・オハラ)の息子を撃ち殺してしまうその息子を 隣町の墓に眠る父親の所に埋葬しようと インディアンが居る土地を横切って行くという「キット」を 責任を感じた「イエローレッグ」が付き添って行くというのだが、キットは許さないそれでも彼は「拳銃使い」と やっと見つけた「仇」に「銀行を襲おう」と誘い一緒に 「キット」を護衛しつつ 旅に出るのだと、いうことで 「イエローレッグ」の目的は 仇の男を殺すことなのに・・・・「キット」との絡みで 彼女の息子の埋葬の方が重要案件になってしまいそして ヤッパリ インディアンに襲撃されることとなるのだが・・・・でも そのインディアンは たった一人で徐々に追い詰めて 襲ってくる(ゲーム感覚なのか 白人狩りの遊びなのか・・・・あまり若くないインディアンが)ということで・・・・どうゆうこと? (マア いいじゃん)この映画の見所は 一体何だったのか?って 考えてしまう映画だった恐らく 戦争で傷を負った兵士の恨みと敵討ち・・・・それよりも“愛”が勝ったという いかにもありそうな 話だったのかな・・・・(サム・ペキンパー監督作品という事で 期待して観たのだが・・・・)「モーリン・オハラ」が えらく気丈な女で・・・・ずゥーっと怒ってんだけど殺風景な荒野の中 流れる河で2回も 裸体を晒すところかな・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・咲き始めました 「ほととぎす・杜鵑草」 白一色の花は 大分前から咲いていました オイラ的花言葉:「曖昧模糊」(あいまいもこ) *物事の本質や実体が、ぼんやりして何かはっきりしない様子
2012年10月20日
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【スタッフ】監督=ロバート・アルドリッチ 脚色=ダルトン・トランボ 原作=ハワード・リグスビー 撮影=アーネスト・ラズロ 美術=アレクサンダー・ゴリッツェン、アルフレッド・スイーニー 音楽=アーネスト・ゴールド 編集=マイケル・ルチアーノ 作詞=ネッド・ワシントン 作曲=ディミトリ・ティオムキン 【キャスト】 ロック・ハドソン =ダナ・ストリブリング カーク・ダグラス =ブレンダー・オマリー ドロシー・マローン=ベル・ブレッケンリッジ ジョゼフ・コットン=ジョン・ブレッケンリッジキャロル・リンレイ=ミッシー・ブレッケンリッジネヴィル・ブランド=フランク・ホッブスレジス・トゥーミー=ミルトン・ウィング【あらすじ】南部の退役軍人『ジョン・ブレッケンリッジ』妻『ベル』と 娘『ミッシー』」をつれ 1000頭の牛とともにメキシコの牧場を去り新生活をしようとテキサスに向かったそこに お尋ね者の『ブレンダー・オマリー』が昔 恋人だった「ベル」をたずねてやってきて カウボーイとして手伝うことになった「オマリー」を追う保安官『ダナ・ストリブリング』も 後をつけてやってきたが・・・・「オマリー」の逮捕をテキサスまでのばすことにして 牛追いとして雇われたある町で「ブレッケンリッジ」は 旧南軍兵士と争い、射殺された16才の娘「ミッシー」が 男らしい「オマリー」に好意を寄せ・・・・、「ベル」と「ストリブリング」が親しい仲になったりしながら旅はつづき・・・・また あるところでは、インディアンが一行を狙ったが・・・・「ストリブリング」が 牛の1部をインディアンに与えて危機をのりこえた砂漠で砂嵐に出会った時、3人組の牧夫がベルとミッシーを襲ったが・・・・「ストリブリング」と「オマリー」は 危ういところで2人を助けたやがて 一行はリオグランデ河に出て 渡河前夜のパーティの晩・・・・思い出の母「ベル」の 黄色いドレスを着た「ミッシー」を見た「オマリー」はその面影が 昔のベルソックリで 尚且つあまりの美しさに 驚く・・・・翌日の渡河の最中、「ストリブリング」と「オマリー」は 落日の決闘を約束する牛群が無事アメリカ領に運び込まれ「ベル」は「オマリー」に「ミッシー」から手を引くように言う・・・・それは オマリーが 驚愕する話だった・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この映画も アメリカ先住民 インディアンが出てくる西部劇「ガン・ファイター」この映画での“インディアン”は物分りがよく 牛の群れを移動してるのを狙っていたが 保安官「ストリブリング」(ロック・ハドソン)が交渉の末 全体の五分の一の牛を差し出すことで 引きあげてゆきます随分 のんびりした物語で 保安官は ガン・ファイターで お尋ね者の「オマリー」(カーク・ダグラス)を牛群れがテキサスに到着するまで逮捕しないで、着いた所で決闘するという・・・・(負けちゃったら どうなっちゃうんだろう? なんて 余計なこと考えちゃったョ)基本的には この映画のキモは「ドロシー・マローン」と「キャロル・リンレイ」の母と娘に 恋をしてしまった男「オマリー」の物語で・・・・・実は「オマリー」 昔の恋人で 今は人妻になってる「ベル」(D・マローン)に逢いたくて この牛追いに カウボーイとして雇われたんだ「ベル」の娘「ミッシー」(キャロル・リンレイ)が 黒ずくめの衣装で恰好イイガン・ファイターの「オマリー」に憧れ 好きになってしまうのだけれど・・・・・「オマリー」は 男の子のような格好をした 16才の少女は 相手にしないところが ある夜 牧童仲間の野外パーティで 「ミッシー」が 黄色のドレスを着て現れる・・・・それは昔 母親が着ていたもので その姿を見た「オマリー」は その美しさと 母親そっくりなのに・・・・吃驚するその時 流れる曲が「Pretty Little Girl in the Yellow Dress」「カーク・ダグラス」が歌い「キャロル・リンレイ」と踊る母親の「ベル」(ドロシー・マローン)が 複雑な思いで それを見詰めるそうなんです・・・・・実は 「ミッシー」は「ベル」と「オマリー」の子だったのです翌日「ベル」は そのことを「オマリー」に打ち明けます・・・ギョっとする「オマリー」そして 無事 牛追いの仕事が終わり 「オマリー」は「ストリブリング」と決闘し 撃ち殺されてしまいます・・・・・「オマリー」の拳銃には弾が入ってなかったのですなんでまた 「オマリー」は 死を選ぶ? それはね・・・・前の晩に「ミッシー」と・・・・・過ちをなんとも 西部劇らしくない内容の映画だったけど 「ジョセフ・コットン」も出演してたし 50年も前に観た映画だったけど・・・・「黄色のドレスの可愛いい娘」と「ククルク パロマ」の曲が印象的で忘れてなかった西部劇の定番「デミトリ・ティオムキン」の音楽だもんネ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・散歩路 何処で咲いているのか 思わずそのイイ香りに 辺りを探してしまう「きんもくせい・金木犀」オイラ的花言葉:「後悔先に立たず」(こうかいさきにたたず) *事が終わって悔やんでも、もう遅いということ
2012年10月19日
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【スタッフ】監督=ヘンリー・ハサウェイ 脚色=フランク・フェントン 原作=フレッド・フリーバーガー 、ウィリアム・ターンバーグ 撮影=ミルトン・クラスナー 、ホルヘ・スタール 美術=ライル・ウィーラー 、エドワード・フィッツジェラルド 音楽=バーナード・ハーマン 編集=ジェームス・B・クラーク 歌=エミリオ・D・ウランガ 、ケン・ダービイ 、ライオネル・ニューマン 【キャスト】ゲイリー・クーパー =フッカー スーザン・ヘイワード=リア・フラーリチャード・ウィドマーク=フィスク ヒュー・マーロウ =ジョン・フラーキャメロン・ミッチェル=ルーク・デイリーヴィクター・マニュエル・メンドーザ=ヴィセンテ・マダリアガリタ・モレノ =酒場の歌手【あらすじ】1850年 カリフォーニアの黄金を目指す3人の男元保安官『フッカー』 イカサマ賭博師『フィスク』 賞金稼ぎ『デイリー』彼等を乗せた船が故障 修理のためメキシコのある港に着き 下船した3人は酒場で アメリカ人女性の『リア・フラー』から 落磐で金坑内で身動きが出来ないでいる彼女の夫『ジョン』を救うため2000ドルで同行してくれと頼まれたこの話に メキシコ人『ヴィセンテ』が乗って、 美人の「リア」への思惑と 金に惹かれた男性4人が カリフォーニアの金鉱山へ陸路の旅をはじめた彼女は金坑への道を記した地図を誰にも見せなかったインディアンが出没する危険地帯に入ったとき「リア」は男たちに「腰抜けは今のうちに引き返せ」と言って四人に警告するある夜「リア」に 迫った「デイリー」は 気づいた「フッカー」に手ひどく殴られた金坑はインディアンンの聖地「悪の花園」の中にあった一行は 山道を抜け砂漠を横切り やっとのことで金坑に辿りついた坑道で柱の下敷きになっていた「ジョン」を救出したが 迫り来るインディアンに早く引き揚げることになったが 負傷した「ジョン」は 皆に迷惑がかかると一人 馬に乗って離脱したが・・・・インディアンに捕らえられて張りつけにされた「デイリー」も「ヴィセンテ」も 一人づつ 遊ばれてるようにインディアンに倒された生き残った「リア」と「フッカー」「フィスク」は 一人しか通れない峠の山道でインディアンを食い止める役を決めるのに カードを出して・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの「ヘンリー・ハサウェイ」監督の西部劇「悪の花園」のテーマは一体何なんだろう?気丈な女「リア」が 金鉱山で負傷した旦那「ジョン」を救出する夫婦愛の映画じゃない・・・・助けを待っていた「ジョン」は救出されての言葉は・・・・「身動きできないまま 長い間考えたが・・・・俺は お前に騙されてここに来た」って恨み節をぶつける・・・・・そして 女房「リア」(スーザン・ヘイワード)の行動が 何しろ一番解らない命懸けで 旦那のために応援を求めて 数日間もかかる道のりを往復したのに何故か そんな台詞を聴いても 嘆くわけでも 怒るわけでもない・・・・掘り当てた金塊にも そんなに執着するわけでもなく・・・・終始 眼を釣り上げてでも ラストにはあっさりと「フッカー」の腕の中に・・・・「フッカー」と「フィスク」の 旅の間に芽生えた 真の男の友情物語ラスト 追撃してくるインディアンを峠で食い止める役を イカサマカードで引き受けた「フィクス」を 「リア」と共に逃げおおせた「フッカー」が 峠に戻ってくるのだがそれにしては 長い道中で もっと二人の関係を描いておかないと 説得力に欠けるしそうそう この峠のシーン あの「誰が為に鐘は鳴る」の時の「ゲーリー・クーパー」じゃんとか 思ってしまったよそれと ヤッパリ ネイティヴ・アメリカンインディアンは悪者に描かれていて・・・・自分達の聖地を侵す白人共を 追い出しにかかり・・・襲ってくるそんなインディアンとの 争いを描いてる訳でもない・・・・だから主人公は「ゲーリー・クーパー」と 「リチャード・ウィドマーク」そして「スーザン・ヘイワード」の3人が 中途半端のままに・・・・それにしても 「G・クーパー」の立ち姿の 恰好イイこと・・・・あの 西部の荒野をバックにして 馬に乗る姿も・・・・・最高!映画の冒頭 メキシコの港の酒場で 踊り歌うメキシコ人女性そう あの「ウェストサイド・ストリー」の「リタ・モレノ」だった懐かしィー! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この花は 先日のスケッチ旅行の時 “小布施”駅の案内所に咲いていたもの「マンデビラ・ディプラデュア」というオイラ的花言葉:「秋の扇」(あきのおうぎ) *秋には扇は不要となることから、男の愛情を失った女のたとえ
2012年10月18日
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【スタッフ】監督=長谷川三郎 撮影=山崎 裕 録音=富野 舞編集=吉岡雅春 スチール=那須圭子 朗読=大杉 連【福島 菊次郎】(ふくしま きくじろう)1921年3月15日 生まれ 91才 )写真家、ジャーナリスト、ノンフィクション作家 山口県下松市生まれ戦後、民生委員などの社会事業を通じて作家活動をはじめ、広島市に投下された原爆の被災者の10年におよぶ困窮生活を活写した作品『ピカドン ある原爆被災者の記録』が、日本写真評論家賞特別賞を受賞(1960年) この年、離婚して子どもを連れ上京しプロ写真家となる原爆、政治・軍事問題、学生運動、公害・福祉問題などをライフワークとし、「ピカドン」など17回の個展を開き12冊の写真集がある中近東、アラブ、ソビエト連邦などに長期にわたる取材もこなした 作品は、『中央公論』、『文藝春秋』、『朝日ジャーナル』などの総合雑誌グラビアで約3300点が発表されているまた、「写真で見る戦争責任展」などの写真展を全国510会場で開催した 1982年、自給自足の生活を目指し瀬戸内海の無人島に入植したが、高齢に伴う病気のため、現在、山口県柳井市在住 信条は「余命はあと1年 生きたらあともう1年」<撮影した写真内容>【ヒロシマ被爆者】【自衛隊と軍事産業】【東大安田講堂 学生運動と公安】【水俣等の公害被害者】【ウーマンリヴ運動】【成田空港建設反対で抵抗する三里塚地元住民】【原発建設反対運動の祝島住民】【昭和天皇の戦争責任問題】【福島原発地域の住民】などなど・・・・戦後の日本を見つめ続けてきた『福島菊次郎』に密着取材2009年からの2年間に密着し撮ったドキュメンタリー映画カメラマンとして 常に時代を象徴する事件を追い続け 何時も弱い立場の人達の目線で保守化する世情やメディアと決別した後は、無人島で自給自足の生活を送ったことも胃がんの切除手術を受け自身の最期を自覚し始めた11年3月11日東日本大震災が発生すると、再びカメラを手に原発事故が起きた福島県へと向かう そんな「福原菊次郎」氏の一貫した姿勢を貫くブレない姿がすごい近年、日本のメディアは権力に迎合し、無難な報道をするようになったどこで 誰が こう言ったという発表報道に終始してるテレビや新聞ジャーナリスト達そんな メディアに失望し、無人島で自給自足の生活をしてた時、同居してた女性から、「あと7万円しか残ってない・・無理をしないで生活保護を受けたらいいじゃないの 国民の権利よ」と言われ・・・・「この国を攻撃しながら、この国から保護を受ける事など出来ない」と怒り・・・・ 女を追い出してしまう潔癖さ・・・・「戦時中は大本営の嘘 戦後も政治の嘘 日本は嘘のかたまり子どもが自殺した時も教師や校長、教育委員会に真実を感じる人は誰もいない本当のことを言わなくなった国は恐ろしい」・・・・カメラマン志望の生徒たちに 講義で過激な話を・・・・「問題が法を犯したものであれば、カメラマンは法を犯しても構わない」とそしてまた 88才の時 役所に行き 「独り身で病弱の為働けないし金もないが 何処か良い介護施設はないか?」と相談「そんな施設はない 自分で探せ」的な答えだった、日本って そんな冷たい国なんだと穏やかだが 辛辣な内容の 説得力のある「福島」氏の語り口に引き込まれずにはいられないし 改めて 世の中に迎合し ゆるーい生活をしてる自分を恥じ・・・・なんの疑問も・抗議も・反省もしないまま 不平や・不満を たらたらたれながしてぬくぬく だらだら ただただぼう~っと 生き続けているオイラ これでいいのだろうか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今頃に 家の前のアスファルト道路際にたった1本 咲いていた 根性花「ひるざきつきみそう・昼咲き月見草」オイラ的花言葉:「志操堅固」(しそうけんご) *物事を成し遂げようという意志が固いこと 環境などに左右されず、志を守って変えないこと
2012年10月18日
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【中島みゆき】(なかじま みゆき、本名:中島 美雪)1952年2月23日 生まれ 60才日本の女性シンガーソングライター、ラジオパーソナリティ 北海道札幌市出身1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」でデビュー暗く重い作風とラジオ番組などでの明るい語り口とのギャップで1980年代前半に大きな人気を博し、現在も根強い支持を受け続けている日本を代表するシンガーソングライターの一人【映画で歌われる楽曲】<第一部> プロモーション・ビデオより1)おだやかな時代2)見返り美人3)黄砂に吹かれて4)空と君のあいだに5)囁く雨6)愛だけを残せ7)一期一会 <第二部> ライブ・ステージ Live at Sony Pictures Studios in L・A1)この空を飛べたら2)地上の星3)土用波4)銀の龍の背に乗って5)この世に二人だけ6)夜行7)歌姫<第三部> 新規映像 1)恩知らず(PV)2)時代 (ライヴ2010~11 by東京フォーラム) 以上16曲 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラが「中島みゆき」を知ったのは遅く NHK-TV「プロジェクトX 挑戦者たち」のオープニング曲「地上の星」と エンディング曲「ヘッドライト・テールライト」を何度か聴いて何時の間にか口づさむ様になり・・・・覚えたいとCDを買ったそして朝の散歩時ウォークマンで聴きながら歩き 幾つかの曲を覚えた特に強烈な印象で胸に響き何度も繰り返し聴いていた曲「ファイト」よく ピンチの時に この歌のサビの部分を頭の中で唱えてたものだ・・・・こんな歌詞なんです“・・・・・・・・私 本当は目撃したんです 昨日 電車の駅 階段で ころがり落ちた子供と つきとばした 女のうす笑い 私 驚いてしまって 助けもせず 叫びもしなかった ただ 怖くて 逃げました 私の敵は 私です ファイト! 闘う君の歌を 闘わない奴等が笑うだろう ファイト! 冷たい水の中を ふるえながら 登ってゆけオイラが聴く日本人歌手は この「中島みゆき」と「高橋真梨子」「井上陽水」だけです・・・・(そんなこと どーでもいいかァ)そうそう 映画「歌姫・劇場版」最初のプローモーション・ビデオ部分では オイラ的には「コリャあ 失敗した」映画館まで足を運んだことを後悔して観ていた それは陳腐なドラマの様な演技が行われてホラ カラオケの歌詞の裏で流れるような映像が・・・・折角の歌のイメージを壊してところが 第二部に入って ロサンジェルスの音楽スタジオでのライブステージでガラリと変わる そうだよネ 彼女の魅力はステージ 歌う姿が全てで・・・・下手な芝居じゃなく 歌うスタイルそのものが 歌の内容を表現できるのだから・・・・1曲が歌い終わる度に 立ち上がって拍手を送りたくなる衝動にかられ歌の合間に 音楽スタジオでの舞台が造られてゆく様子を映しオーケストラ サックス リードギター キーボード ベースギター等の外人奏者とバックコーラス 黒人女性2人に男性1人の三人 邦人スタイリスト 衣装さん等交流を深めながら 全員で音楽を作り上げて行く過程が描かれる・・・・すっぴん トレーナー姿でリハーサルする 衣装合わせする彼女も映し撮りタップシューズか あちこちを歩き 何度も床を叩き スタジオ内の反響音を確かめるオイラ的には あの「マイケル・ジャクソン」の「THIS IS IT」を思いだしていた第二部の生のステージを観るような 圧倒的な迫力に酔ってるうちに クレジットが流れスクリーンが暗いまま ホンの1分間ほど 終わりかと? するとPV映像が流れる なんだか アンコール・ステージの感じで・・・・そして ラスト曲は あの名曲「時代」が ライブ・ステージ・ビデオでそういえば 最近 演奏会にもライブステージにもご無沙汰してるナァー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この写真は 先日の「千畳敷きカール」で撮ったもの「とりかぶと・鳥兜」美しいけど猛毒ですオイラ的花言葉:「拍手喝采」(はくしゅかっさい) *手をたたいて、さかんに褒めたたえること
2012年10月17日
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【スタッフ】監督=エドワード・ドミトリク 脚本=ロバート・アーサー 原作=オークレイ・ホール 製作=エドワード・ドミトリク 撮影=ジョー・マクドナルド 美術=ライル・R・ウィラー 音楽=リー・ハーライン 編集=ジャック・W・ホルムズ 【キャスト】リチャード・ウィドマーク=ジョニー・ギャノンヘンリー・フォンダ =クレイ・ブレイズデールアンソニー・クイン =トム・モーガンドロシー・マローン =リリー・ダラードロレス・マイケルズ =ジェシー・マーロウウォレース・フォード =ハロウェイ判事トム・ドレイク =エイブ・マキューンリチャード・アーレン =ベーコンデフォレスト・ケリー =カーリー・バーン【あらすじ】1881年 米・ユタ州の田舎町「ワーロック」マキューンの経営する“サン・パブロ”牧場の暴れ者たちが街を牛耳っているマキューンの部下の1人『ギャノン』だけは、自分たちの行為を嫌っていた『マキューン』はワーロックの法律は、自分が作るのだと豪語し 平気で散髪屋を殺した翌日、町の人々は集会を開き、町を自衛するために保安官『クレイ・ブレイズデイル』を呼ぶことを決議したしかし、『ジェシー』だけは「クレイ」が行くところ、かならず賭博師『トム・モーガン』がついてくるので、町に騒動が起こるといって反対した暫くすると「クレイ」と「モーガン」がやって来て・・・・・「モーガン」は さっそく酒場を開き 「クレイ」はモーガンは悪人ではないと強調したマキューン一家が町に現われ 「クレイ」は 彼等の前に立ちはだかり・・・・ 「マキューン」は立ち去ったが、家畜は盗まれ、駅馬車は襲われつづけたある日、『リリー』が 夫「ベン」を殺した男「クレイ」を 復讐にベンの弟「ボブ」を伴ってやって来ると聴いた・・・・「モーガン」は山かげに待伏せ、「リリー」と「ボブ」の駅馬車を襲ったマキューン一味のしわざとみせかけ、「ボブ」を射殺した「モーガン」と「リリー」は・・・・かつて恋仲だった「モーガン」は今でも彼女を愛していたが、彼女は冷たかった一方「ギャノン」は 一味から離れ 町の仕事をするようになった「クレイ」は ギャノンの弟『ビリー』らを町から追放した「リリー」は「ギャノン」を利用して「クレイ」を殺そうと企み 誘うのだが・・・・「ギャノン」は「リリー」を愛するようになってゆくそして「クレイ」と「ジェシー」も 相思相愛の仲になっていた「ビリー」はクレイに決闘を挑む ビリーの仲間がクレイの後方から狙っていたが「モーガン」の援護で危うく助かり・・・・「クレイ」は傷つきながらも 「ビリー」を撃ち殺した「ビリー」の兄「ギャノン」は 弟を抱きかかえ泣き崩れた・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアメリカ映画と言えば オイラが子供時代の頃は西部劇が主流で 定番は原住民インディアンが西部開拓者の幌馬車隊を襲撃する それを騎兵隊が救助する大体がインディアンは野蛮で凶暴な悪者として描かれていたが・・・・「リチャード・ウィドマーク」が主演した「デルマー・デイヴィス」監督作品「襲われた幌馬車」でコマンチ族インディアンに育てられた「コマンチ・トッド」役の「リチャード・ウィドマーク」が インディアンに対する見方・偏見を・・・・大きく変えたんじゃないかと オイラ的には勝手に思っているし・・・・そしてまた 「ウィドマーク」の「コマンチ・トッド」大ファンとなった映画だった(あの 素足で履く“モカシン・シューズ“や バックスキンの上着に憧れた)その「ウィドマーク」が主演を 助演に「ヘンリー・フォンダ」「アンソニー・クイン」という 三大名優が揃った西部劇「ワ-ロック」は ちょとばかり複雑で変な西部劇何がというと・・・・複雑な人間関係が微妙に絡み合っているから先ず「ヘンリー・フォンダ」の「クレイ」と「アンソニー・クイン」の「モーガン」あの「ワイアット・アープ」と「ドク・ホリディ」の様な設定なんだけど・・・・なにやら「クレイ」と「モーガン」はアヤしい関係のようで・・・・特に「モーガン」は 「クレイ」の為ならナンでもヤっちゃうという風で・・・・「クレイ」を仇と狙う「ボブ」がワーロックの町やって来る時 待ち伏せて撃ち殺す成り行きで「クレイ」と決闘となった時も わざと外しテンガロンハットを射抜く・・・・その後の「クレイ」の荒れようは もの凄く 足の悪い判事の杖を投げ飛ばし「モーガン」の酒場の客に哀悼の歌を強要し 挙句の果てに店に火をつける始末それから 主役の「リチャード・ウィドマーク」は 悪人一味の部下なんだけどその悪人共がヤる行為が許せない・・・・暴れん坊の弟「ビリー」がヤンチャで・・・・町で仕事をするうち 「クレイ」に保安官補に任命され 町の治安を守る使命がそこで 弟も居る「マキューン」一家と 対決することになるのだが・・・・あくまでも 話し合いで解決しようと 身体を張って交渉に行くが・・・・ 力でねじ伏せようとする「クレイ」とは 悪に対する姿勢が異なる所を描いてそれと 町の男共の 日和見主義が 嫌らしく描かれているのも見所自分達では何も出来ない やらない癖に 「クレイ」の強引な悪者退治には反発する「ドロシー・マローン」と「ドロレス・マイケルズ」の女性陣も絡むが・・・・色どりに 出演させただけ・・・・「ウィドマーク」との決闘で 黄金の拳銃を投げ捨て 恋仲の女も捨てて独り去ってゆく「ヘンリー・フォンダ」の後ろ姿で終わる 男の映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・玄関前の塀際の棚で 咲き始めた未だ蕾の「きいじょうろ・紀伊如雨露」 オイラ的花言葉:「耳を信じて目を疑う」(みみをしんじてめをうたがう) *聞いたことは信頼するが、身近に見るものは信じようとしない 人は見もしないことを尊重し、卑近なことを軽視するものだということ
2012年10月16日
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【スタッフ】監督=ルイス・A・ベルデホ 脚本=ジョン・トラヴィス 原作=ジョン・コナリー 撮影=チェコ・ヴァレス 美術=クリス・シュライバー 音楽=ハビエル・ナバレーテ 編集=トム・エルキンス 、ロブ・サリヴァン 衣裳=ダナ・キャンベル 【キャスト】ケビン・コスナー =ジョン・ジェームズ(離婚したばかりの小説家)イバナ・バケロ =ルイーサ・ジェームズ(ジョンの謎めいた娘)ノア・テイラー =エヴァン・ホワイト(先住民の塚を研究している学者)サマンサ・マシス =カサンドラ・パーカー(学校の教師)ガトリン・グリフィス=サム・ジェームズ(ジョンの息子7歳) ジェームス・ギャモン=ロジャー・ウェイン(前の住人サラの父親)エリク・パラディーノ=エド・ロウリー巡査 【あらすじ】妻と離婚した作家の『ジョン・ジェームス』新たな生活を始めるため、思春期の娘『ルイーサ』と7歳になる息子『サム』と3人でサウスカロライナの人里離れた、自然に囲まれた大きな一軒家に引っ越してきたその日から、夜な夜な聞こえてくる怪しい物音と囁き声、そして 闇にうごめく得体の知れない何かの気配、さらには家中に残された泥だらけの足跡・・・・・やがて、「ルイーサ」は夜になると家を抜け出し、家のそばにある古墳のような塚に向かい、泥だらけになって帰ってくるようになるその塚こそ、“マウンド・ウォーカー”と呼ばれる太古から地中で生き続ける呪われた種族の巣窟だった種の保存のため、新たなる女王を探し続ける彼らは、「ルイーサ」に白羽の矢を立て、彼女を暗黒の世界へと引き込んだのだったそれを知った「ジョン」は奪われた娘を奪還するため、“マウンド・ウォーカー”の巣窟へと足を踏み入れるのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー上のポスター写真のサブタイトルにもあるように この映画「ネスト」は「ケビン・コスナー」デビュー30周年記念作品なんだって・・・・それにしては あまりにも中途半端で 消化不良な造りの映画だったなー・・・・・よりによって こんなB級映画のような サスペンス・ホラーを選ぶなんて一体 どうしてなんだろう?学者肌のインテリ 正統派の熟年美男子 誠実で物静かな俳優「ケビン・コスナー」この映画でも 前半部分では そんな感じを発揮しつつ 二人の子供達に気を使う良きパパ振りを 真剣に演技し それに応える子供達の演技も 熱演で・・・・この映画が ホラーだなんて 全く感じさせない程なのにでも途中から ナニヤラ怪し気な 影が 時々画面を横切っては消える変なのは 先ずは 何故奥さんは こんなに素敵な旦那様と 可愛いい子供達を置いて 逃げ出してしまったのか? あまり説明がないので不自然 っていうか 不思議そして大体が こういうホラー物って 人里離れた林の中の一軒家で如何にも そんな雰囲気がする設定になっていて・・・・・(それが映画じゃ)ケビン扮する作家「ジョン」が 直感で「なんか怪しい」と察するだろうに・・・・後に この家の前住者の悲劇を知り 不動産屋に文句を言うのだがその時点でも 即 引っ越したらいいものを・・・・・鈍感なのか反応が遅くイライラしちゃう・・・・(だから 奥さんに逃げられた?)そして 結末は・・・・最悪の結果にしてしまう救いようがない 暗澹たる気持ちで観終わる映画って最底・・・・父親の子供を守るという判断 逃げるとか 戦うとか 助けを求める とかの決断が遅く結局は その勇敢さも空振りして・・・・ 大事な娘を あんな風なバケモノに取り込まれ 自らの手で・・・・・そして 自爆の結果も 息子を救うことにはならず・・・・・なってこった「ケビン・コスナー」自身は この映画を観て どんな風に想ったんだろう?感想を聴いてみたいものだ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以前ほど目立たなくなったのは 野原が整地されたからだろうか・・・・秋の澄んだ青空に向かって黄色い穂花を咲かせる「せいたかあわだちそう・背高泡立草」オイラ的花言葉:「終わりよければ全てよし」(おわりよければすべてよし) *結果さえよければ、動機や過程は問題にしないということ
2012年10月12日
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【スタッフ】監督=チャン・イーモウ 、降旗康男 脚本=ヅォウ・ジンジー 原案=チャン・イーモウ ,ヅォウ・ジンジー ,ワン・ビン 撮影=チャオ・シャオティン 、木村大作 美術=スン・リー 、若松孝市 音楽=ガゥオ・ウェンジィン 編集=チェン・ロン 、川島章正 【キャスト】高倉 健 =高田剛一 (父親)邱 林(チュー・リン)=案内人李加民(リー・ジャーミン=仮面劇役者 楊振波(ヤン・ジェンボー)=楊楊(ヤンヤン)蒋 雯(ジャン・ウェン)=旅行会社ガイド中井貴一 =(声の出演)高田健一(息子)寺島しのぶ=高田理恵 (健一の妻)【あらすじ】静かな漁村に暮らす『高田剛一』 久々に東京に向かう嫁の『理恵』が電話で、「剛一」の息子、『健一』が末期のガンで 父親に会いたがっていると知らせてきたしかし、入院している「健一」は、長年にわたる確執から父親に会うことを拒んだ打ちひしがれ、病院をそっと抜け出す「高田」に、「理恵」はビデオテープを渡すそのテープを再生した「高田」は、息子が千年以上前の、宗教的儀式にまつわる演劇形態の研究をしていたことを知る有名な俳優『リー・ジャーミン(李加民)』の舞踏を見るために、はるばる中国南部・雲南省まで向かった「健一」だったが、あいにく「リー」は病気のために歌を披露することができず「健一」が翌年再び雲南省を訪れたら、『三国志』に由来する仮面劇『単騎、千里を走る』を披露することを約束していたのだ今となっては決して果たされない約束「高田」は息子のやり残した仕事を成し遂げるために、「リー」の舞踏をビデオ・テープに撮ろうと単身、中国の麗江市へ旅立つ手がかりは、舞踏家「リー・ジャーミン」という名前のみしかも「高田」の道案内をする「チュー・リン」は、日本語がおぼつかない遅々として進まない状況 言葉も分からないこともあって、苛立ちを隠しきれない「高田」やっとの思いで刑務所にいる「リー」の元にたどり着く・・・・ところが「リー」は生き別れになった息子『ヤン・ヤン』のことを思うと、『単騎、千里を走る。』を舞うことができないと言って泣き崩れる息子に一目会いたいと泣きながら懇願する「リー」に、「高田」は やむなく「ヤン・ヤン」を迎えに旅立ったが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー付録【単騎、千里を走る】「三国志」の中で “曹操”によって 捕われの身となった“関羽”が、最後迄義兄弟の“劉備”への仁義を貫き通し、“劉備”の妻子と共に“曹操”の下を脱出単騎で千里を駆け抜け、“劉備”の下へと無事戻ったという逸話を京劇の舞踏仕立てもの ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー俳優「高倉健」 中国の映画監督「チャン・イーモウ」に請われて撮った映画『単騎、千里を走る』 日本編は「降旗康男」監督が撮った 日中合作映画です「チャン・イーモウ」監督と言えばあの「北京オリンピック」の総合プロデューサーとしても活躍した今や世界的有名人そして 今年度のノーベル文学賞受賞者『莫言・モオ・イエン』氏の小説「赤い高粱(コウリャン)」を映画化しベルリン国際映画賞を受賞した監督中国人出演者は全てが素人という でもメチャメチャ イイ人ばかっかり反日や抗日なんて事を思ってるなんて これっぽっちも 感じられないそうなんです オイラ的な経験から言えば・・・・・(2006迄の15年間程毎年訪れていた北京・上海・南通・唐山・天津で接してきた人達) そこでの 一般人の大方の人達は 人間的には善人ばかりで 商売だからだけでなく確かに 政府の反日教育は半端なモンじゃないのだけれど・・・・実際 個人的には悪い人は居らず 昔からの歴史に学び国に対する猜疑心が強く人の顔色を窺い 疑い深く 心から政府や党員の誰も信用しないし本音はなかなか吐かない下手に 自分の政治的旗色を表示すような行動は 極力しないはず ましてや「高倉健」扮する「高田」が訪れる雲南省麗江市は超田舎町・・・・「健さん」の真剣な態度と眼差しに 中国人だって 誰もがみ~んな動かされて親が子を思う気持ちは 全世界共通のことで・・・・・言葉が通じないってのも 寡黙な「健さん」にはうってつけで 逆にスーパーは不要それにしても 尖閣問題で友好関係がもつれ 険悪ムードが高まってゆくのを 一番喜んでいるのは 一体誰でしょう? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高井城址公園に 紫色の小さな実をイッパイつけた「むらさきしきぶ・紫式部」が オイラ的花言葉:「親思う心に勝る親心」(おやおもうこころにまさるおやごころ) *子供が親を思う心よりも親が子供を思う心の方が深いということ
2012年10月12日
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【スタッフ】製作=杉原貞雄、山本紫朗 原作=菊田一夫 監督=青柳信雄脚本=長瀬喜伴、新井 一 音楽=松井八郎 撮影=鈴木 斌美術=北 辰雄 録音=中川浩一 照明=西川鶴三編集=庵原周一 【キャスト】フランキー堺=酒井英吉 水谷良重 =万はるえ 榎本健一=雲の上団五郎 三木のり平 =仁木のり蔵 八波むと志=輪八太蔵 早崎文司= 尾上市太郎森川 信 =村井武雄 沢村いき雄=松本菊之丞 由利 徹=矢利 通 南 利明 =三上俊夫 佐山俊二 =須山新二 花菱アチャコ=万善五郎清川虹子 =女房おしま 藤木 悠 =親分辰五郎 北川町子=妾お柳筑波久子 =浅山道子 高島忠夫=柳川社長 藤田まこと=医者【あらすじ】ドサ廻りの雲の上団五郎一座の座長『団五郎』大劇場で華々しく公演するのを夢みている男だが、現実はなかなか厳しい相変らずのドサ廻りを続けていた或る時 祭礼で賑う ある田舎街で さっそく一座は小屋を掛けた座員は座長をはじめ 女形の『のり蔵』『太蔵』『竜之助』『武雄』『菊之丞』など小人数なため一人一人が三役も四役もこなさなければならずてんやわんや出し物は「のり蔵」の「娘道成寺」と「母恋笠」この芝居を見に来た 地元親分の妾『お柳』は、すっかり「のり蔵」に熱を上げた二人は蓬びきの約束までして・・・・それを知った親分はカンカン一座は 親分の怒りをかって荷物と共に放り出された芋ばかり食べながら 一座はようやく四国へたどりついた船旅途中 一行は『酒井英吉』という青年に声をかけられたとうとうと演劇論をまくし立てる「酒井」も 実は胃の中がカラッポ「酒井」が四国の人間であることから、わらをもつかむ気持で、「団五郎」は 彼に四国の万興行に一座の売込みを頼んだ「英吉」は、「東京大歌舞伎・雲の上団五郎一座」の売り込みに成功、「英吉」は 一座のためにー大悲劇「ラブミー牧場」を書きおろしただが、悲劇も団五郎一座にかかってはたちまち喜劇に早替りおまけに国定忠治のセリフまで出てくるとあって『万善五郎』は気を失ったところが意外なことに小屋の前は連日長蛇の列今日は京阪神興行の社長が見物に来るという日、一座の珍芸珍演に観客は大よろこびだが ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもう既に鬼籍に入ってしまった往年の名喜劇役者達が勢ぞろいしてのドタバタ喜劇『アチャラカ』という とにかくハチャメチャな大爆笑舞台を観せてくれる「脱線トリオ」の「八波むとし」「南利明」「由利徹」それに「佐山俊二」「三木のり平」が絡み・・・・・その上 喜劇の神様的存在の「エノケン」と「アチャコ」までが 活躍そして なんといっても この映画を盛り上げるのは「フランキー堺」の新しさ【新国劇】の“国定忠次”“瞼の母” 【歌舞伎】の“勧進帳”“義経千本桜”【浪曲】の“次郎長三国志” 【歌劇】の“カルメン” 【西部劇】まで・・・・それらを元ネタにして、天才的なアドリブで破壊してしまい 喜劇に変える特に 長年に渡る下積み生活の苦労と努力の成果が表現されるベテラン喜劇役者の個人技が発揮される舞台は国宝モノだ!今の若手芸人たちの 瞬間で消えてしまうような 底の浅いもんじゃない「笑わせようとしていない真面目な演技が 笑わせる」という高等技術を持った喜劇俳優いつの間に消えてしまったのか この類の大人の役者達上の写真は 春日八郎の歌「お富さん」で有名になった 歌舞伎の「与話情浮名横櫛」のパロディ劇 「八波むとし」の“蝙蝠安” と「三木のり平」の“切られの与三郎”それに「由利徹」の“お富”じゃなくその叔母さんの芝居は秀逸・・・・涙が出るほど笑わせてくれた「フランキー堺」の“勧進帳”の『弁慶』も 実に上手いし・・・・ これだけのメンバーが揃ってのまとめ役として適任だった「菊田一夫」の原作がイイからだろうが この芸達者達が居なければ成り立たない映画「高島忠夫」が出演してるが やっぱり息子達より甘いマスクは勝ってる・・・・全然姿を見せないが・・・・どうしてるんだろう?「清川虹子」 おいちゃんの「森川信」 新人の「藤田まこと」「水谷良重」肉体女優で売り出した「筑波久子」も懐かしい・・・・とにかく 最後の喜劇映画じゃないのか・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・志賀高原では ほとんどの高山植物は終わってたが たった一つ 写真が撮れた「えぞりんどう・蝦夷竜胆」オイラ的花言葉:「軽妙洒脱」(けいみょうしゃだつ) *気がきいていて、さっぱりとしていること 軽快で妙味があり、気がきいて味があること
2012年10月10日
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アトリエ教室で「志賀高原」に3泊4日のスケッチ旅行に行った初日の6日(土曜日)が曇りだったが 残り3日間とも晴天に恵まれ紅葉し始めた 錦秋の志賀高原でスケッチを思う存分楽しんだ(いや苦しんだ・・・・)宿泊は「木戸池温泉ホテル」 古風な雰囲気を持つ“木戸池”を目の間にしたホテルこの景色が 最初のスケッチ対象となった池に映る山とホテルの白壁とボートハウス 白樺と紅葉した樹のコントラストを描く早朝4時30分頃から 大きなカメラを持った大勢のカメラマンが夜明けを待って池から立ち上るモヤと 朝日に白樺が池に映り なんともいえぬ幽玄の雰囲気を狙うそして ビックリしたことが・・・・帰宅してソファに座り ふと見上げたカレンダーの写真「あれェー 何処かで観たゾー」そうなんです、つい先程まで居た あの“木戸池” 朝もやの池に映る白樺林の写真だった日本の風景写真の12分の1に選ばれるほどの名所だったんですねー・・・・感無量こんな感じの中で最高の瞬間を撮るのです二日目は小布施に出かけ古い民家 レンガの煙突がある酒蔵店 洋菓子屋の建物を観光客で混雑する街中でスケッチ・・・・チト 恥ずかしい三日目は雲一つない晴天 写生をしつつ坂道を13000歩も登り降りはハードだった “バンダイナムコ原”のスケッチ・ポイント紅葉と白樺と青空が池に映って それはそれは美しい絵のような薄暗い樹樹の中 漆黒の鏡のような池面に映る倒木と黄金色の樹と紅い葉主役は「青い空」「白い雲」「緑色々の木々と山々」「白樺・ダケカンバの幹」「黄金色や真っ赤な葉」「青・黒・緑・・・鏡の池」 秋の色満載の日本の宝「自然」 そして今日9日午前中に“田ケ原湿原”でラストの写生をして帰途に 充実の四日間でした
2012年10月09日
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クラブツーリズムの 日帰りバス旅行に行ってきました「錦秋の中央アルプス! 絶景の千畳敷カール」というツアー名に誘われて紅葉を【千畳敷カール】(せんじょうじきカール)長野県駒ヶ根市と宮田村にまたがる中央アルプス(木曽山脈)宝剣岳の直下に広がる氷河地形(圏谷・カール)のこと日本一高い所にある千畳敷駅へ“駒ケ岳ロープウェイ”に乗って ロープウェイを降りると 目の前にひろがる“千畳敷カール”の雄大な景観 絶好の好天に恵まれ 丁度見頃の紅葉が抜けるような青空と緑のハイマツ 荒々しい姿の宝剣岳も映えて美しい・・・・ 遠くには南アルプスの山々が その向こうに富士山も 遊歩道には草花が・・・・でも遅かったか 6月に改めて花を観に来たい
2012年10月05日
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【スタッフ】監督=木下惠介 脚本=新藤兼人 製作=小出 孝 撮影=楠田浩之 美術=小島基司 音楽=木下忠司 録音=大野久男 照明=豊島良三 【キャスト】佐野周二=石津圭三 原 節子=池田恭子 佐田啓二=高松五郎 坂本 武=佐藤専務 村瀬幸子=バーマダム 永田 靖=恭子の父 東山千栄子=恭子の母 森川まさみ=恭子の姉 青山杉作=恭子の祖父 【あらすじ】自動車の修理業を経営する『石津圭三』その彼に 得意先の『佐藤専務』が 縁談を持ち込んだ相手は『池田恭子』という華族の令嬢だが、提灯に釣り鐘だと「圭三」は問題にしないしかし 熱心な「佐藤」に口説かれて とにかく見合いという事になったところが見合いをしてみると「恭子」は それはそれは美くしい しとやかなお嬢さん 「圭三」は すっかりのぼせてしまう・・・・「佐藤」から 結婚承諾の返事を聞いた「圭三」は 信じられないと狂喜乱舞・・・・新調の服、新しい靴、派手なネクタイをしめて池田家を訪問「圭三」は「恭子」の 家族の人達に紹介される・・・・皆善い人達ばかりだが家族の中で一人だけ 欠けている「恭子」の父の「浩平」「浩平」は 詐欺事件に巻き込まれ大きな借金を背負い 刑務所に送られていたのだそして池田邸も抵当に入っていて その期間はあと三ヶ月だと 「佐藤」から聞かされて・・・・「圭三」は 金の為の結婚であったかと・・・・失望するしかし「恭子」への愛情は深まるばかり・・・・諦めきれない「圭三」は「恭子」と 帝劇へバレエ見物に出かけるが・・・・何故か 涙が溢れて・・・・「恭子」は なんとなく 優しい人だと感じる「恭子」の 誕生日を祝って「圭三」はピアノを贈るのだが・・・・それは 池田家にとっては屈辱以外のなにものでもない・・・・それに気づかぬ「圭三」「恭子」の 弾くショパンの曲が良いのか悪いのか判らない・・・・「恭子」の父親が 意地悪く「圭三」に何か歌ってくれと・・・・執拗に言い「圭三」は仕方なしに ガラガラ声を張り上げて故郷の民謡“よさこい節”を歌う「恭子」の家族達は 金はあるがその趣味の格差に 馬鹿にした笑いを・・・・「恭子」が刑務所に父を尋ね、父の口から「金の為の結婚はするな」と忠告されるそぐわない雰囲気の「圭三」は 自分と「恭子」は 違う世界の人らしいと感じ・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画の2年前1947年「吉村公三郎」監督作品「安城家の舞踏会」でも「原節子」は 没落する華族の令嬢を演じた・・・・そこでも 新興産業の運送業で金儲けをした 安城家、元運転手が安城家を金で救うというシナリオだったが・・・・・この「お嬢さん乾杯」でも 叩き上げの自動車販売会社の社長「圭三」(佐野周二)が元華族池田家の没落を 次女「恭子」を嫁にさし出す事で防ごうと・・・・池田家の誰もが 腹の中では「圭三」を“守銭奴”と蔑みながらも窮状を救ってくれる「圭三」に 愛想笑いをしなければ・・・・でもお婆ちゃんだけは 辛辣に・・・・この辺の 成金「圭三」と 誇り高いが困窮する池田家の面々との やりとりが大変上手く描かれていて・・・・・流石の「木下恵介」監督と 拍手!そして 微妙な感じで「圭三」を窺う「恭子」(原節子)の 心の揺れが見えてオイラ的にも「圭三」のように こんなに愛してるのに イマイチ反応が曖昧な彼女にヤキモキする心情が判る 経験をしたことがあるので・・・・・「圭三」の気持ちが よ~く 判って 切ない・・・・圭三「こんなに愛してるのに、「恭子」さん あなたはどう思ってるんだい?」恭子「とっても 良い方だと思うわ・・・・」これに “カチーン”とくるんだよネ・・・・何故 「私も愛してるわ」って 言えないんだ! “良い方”って どこにでも転がってんじゃ ないのか・・・・ 池田家の為に 自分が犠牲になりさえすれば・・・・我慢すればな~んて魂胆が見えみえで やってらんない もういい・・・・ってこの 二人の心情も オイラには共感できて 脚本を書いた「新藤兼人」の 恋愛経験が窺われるところ・・・・・兎に角 「原節子」が 怖いほど美しい 思わず唸ってしまうほど・・・・それに「佐野周二」の弟役「佐田啓二」が 実に二枚目で・・・・息子「中井貴一」は 残念ながら足元にも及ばない・・・・戦後4年 焼け跡がかなりの勢いで復興してる様子が見えるぽちぽち だが自動車が走り 「圭三」が扱う車は外車だったしかし テーマ曲を「佐田啓二」や「佐野周二」が歌うが・・・・・チョッと 頂けない・・・・(当時はどうだったんだろう?)それと「ショパン」の「幻想即興曲」 「恭子」の演奏も帝劇の貝谷八百子バレエでのオーケストラの演奏も なんとまあお粗末 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・散歩道の畑で 栽培されているのか大量の「ふじばかま・藤袴」の花が揺れてオイラ的花言葉:「羞月閉花」(しゅうげつへいか) *美しい容姿に対して月もはじらい、花も閉じてしまう意 容姿の美しい女性を形容する語(まさに原節子を形容する言葉)
2012年10月04日
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【スタッフ】監督=斎藤寅次郎 脚本=伏見 晃 原作=長瀬喜伴 企画=福島 通人 製作=小出 孝 撮影=長岡博之 美術=浜田 辰雄 音楽=万城目正 録音=大村三郎 照明=小泉喜代治 【キャスト】美空ひばり=マリ子 川田晴久=三平 花菱アチャコ=谷本浩一高杉妙子 =富 子 堺 駿二=新六 水島 光代 =静子 坂本 武 =亀造 西條鮎子=晴子 磯野 秋雄 =友田 榎本健一 =大八 大杉陽一=佐栗 山本 多美 =お福【あらすじ】流しの『三平』と 似顔絵描きの『新六』は同じアパートの隣り合わせ住んでいる二人は その同じアパートの住人でキャバレー勤めの『富子』の 恋のライバルでもあったある日『富子』が『マリ子』とと言う名の少女を連れてきた「マリ子」は ずっと母子家庭で育ってきたのだが、死んだと聞かされていた父親がアメリカから帰国し 一緒に暮らしたいと 母とマリ子を探して 10年ぶりに訪ねてきたが母親は 病の床で 私たちを見捨てた男は もう夫ではないと 和解を頑なに拒んだその後 その母親が急逝し、以前親切にしてくれた「富子」を頼って家出してきたのだったそんな「マリ子」を「富子」は受け入れ 育てていこうと決心するそんな「富子」に気に入られようと 「三平」は「マリ子」の父親になると宣言「マリ子」を 中心に「富子」と「三平」の楽しい生活が始まるが・・・・ある日「富子」は 自動車にはねられ死んでしまう「富子」を失った「三平」は 「マリ子」を 散々 邪険に扱い・・・・ 捨ててしまおうと 海の岩場に置き去りにするが・・・・逃げる際 ボートから落ち 逆に「マリ子」に救助され・・・・仕方なしに育てていこうと決意するのだった「三平」の流しに合わせて唄うようになった「マリ子」は、その可愛らしさと 歌のうまさで行く先々のカフェ、キャバレーで人気者となったそのことで 「マリ子」を捜していた父親に見つかり、家に引き戻されてしまうが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「美空ひばり」 日本人が誇るべき歌謡界の女王 子供の頃から天才的な歌手だった1989年6月24日 壮絶な闘病生活の末 52才の若さで 天国に旅立ったオイラより三つ年上の“ひばり”さんの歌は 小学校頃から いつも傍にあって それは もう生活の一部分で おそらく 何曲かの歌は知ってるし 歌える「リンゴ追分」「お祭りマンボ」「王将」「柔」「悲しい酒」「みだれ髪」「悲しき口笛」「真っ赤な太陽」・・・・・でも 何故か子供時代“美空ひばり”の歌は 聴いてはいけない 歌っては叱られるというように 誰か(?)から 躾けられていた様な気がするし・・・・あんまり 自らも 好きではなかったように思うでも 晩年 彼女の家族 母親を始め弟達が次々に亡くなり・・・・自らも病に倒れ・・・・そんな不幸が重り・・・・それから 暫く経って すっかりアクが抜け 哀しみと 寂しさが漂う風情が加わり歌に深みが増し ズシンと胸に迫りくる 凄みまで・・・・・そんな頃かな? 「小椋佳」作の「愛燦燦」を聴いて 撃たれ・・・・ファンになったそして「川の流れのように」で 更に このヒトの歌の巧さに惹かれ・・・・・それ以前の 昔のヒットナンバーも 凄い歌だったことを認識させられたと いう事で この映画「東京キッド」で歌う 13才の彼女の歌声は凄いそして ませた大人顔負けの 彼女の演技は 当時の一部のインテリから“ワル”のレッテルを貼られてしまい・・・・「子供らしくない」という事で「堺正章」の父親「堺駿二」が出演してるが・・・・やっぱり“そっくり”そして「エノケン」も ヤッパリ灰汁の強い役柄で 個性豊かに 笑わせてくれる「川田晴久」の役柄は 主人公なのに 理解出来ない非道い奴で・・・・子供を捨てるのに 何度も失敗を重ねるのだが、海の岩場に置き去りにするかァ?映画の内容はともかくこの映画は 少女時代の「美空ひばり」の 天才振りを見るだけでもとっても 貴重な作品なのです 【付録】(東京キッド) 作詞:藤浦洸 作曲:万城目正 歌も楽しや 東京キッド 粋でおしゃれで ほがらかで 右のポッケにゃ 夢がある 左のポッケにゃ チュウインガム 空を見たけりゃ ビルの屋根 もぐりたくなりゃ マンホール 歌も楽しや 東京キッド 泣くも笑うも のんびりと 金はひとつも なくっても フランス香水 チョコレート 空を見たけりゃ ビルの屋根 もぐりたくなりゃ マンホール 歌も楽しや 東京キッド 腕も自慢で のど自慢 いつもスイング ジャズの歌 踊る踊りは ジタバーグ 空を見たけりゃ ビルの屋根 もぐりたくなりゃ マンホール ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・メダカの泳ぐ鉢に咲いた「ほていあおい・布袋葵」の薄紫色の花 オイラ的花言葉:「栴檀は双葉より芳し」(せんだんはふたばよりかんばし) *大成する人物は、子供のときから人並みはずれて優れたところが あるということ *香木である栴檀は双葉のころから芳香を放つ
2012年10月03日
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【スタッフ】監督=福田晴一 脚色=舟橋和郎 、安田重夫 原作=梁取三義 製作=杉山茂樹 撮影=片岡 清 美術=川村芳久 、加藤喜昭 音楽=原 六朗 録音=高橋太朗 照明=山本行雄 【キャスト】伴淳三郎 =古川凡作 花菱アチャコ=柳田一平 松井晴志 =柳田三太 宮城野由美子=初灘悦子 伊藤和子 =中村たみ 和歌浦糸子 =山元鶴子 山路義人 =若林彦一 幾野 道子 =若林静江 関千恵子 =清水マリ 柳 紀久子 =野尻敬子) 磯野秋雄 =伊藤二等兵 西川ヒノデ =塚口二等兵 中原 伸 =佐々田少尉 大友富右衛門=部隊長【あらすじ】終戦も間近い昭和20年6月『古川凡作』は“赤紙”を受けて入営する朝、急な神経痛の発作で足腰が立たなくなった乳母車で入営した「凡作」は、「不髄の身が乳母車で入営」と思わぬ英雄扱いを受けた新聞でこれを読んだ『中村』という女性が感激のあまり、慰問に来てくれたが「凡作」には大迷惑だった・・・・しかし彼女に同行してきた『初灘悦子」という娘に 心惹かれたそれにしても 軍隊生活は正気の沙汰とは思われないほど厳しい・・・・ある夜、こっそり「悦子」と逢った「凡作」は弾薬庫の近くで、うっかり煙草の吸殻を こぼれた石油の中に捨て、やっとのことで消しとめたが、駈けつけた隊長の『若林』から殊勲甲と激賞され、従卒に抜擢された役目は隊長と妾『清水マリ』との連絡係であるだがへマをやったばかりに、隊長の奥さんから「マリ」と結婚しろと迫られた「凡作」は 親友『柳田』二等兵の親子愛に持前の義侠を発揮して、「柳田」の招集解除を交換条件に「マリ」と式をあげてしまうところが、隊長は 言を左右にして約束を果たさず、金鵄勲章でごまかしてしまい「悦子」からは 嘘つき呼ばわりをされてしまう「柳田」は 息子の行方を心配するあまり 脱走をしてしまうのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここ3本の邦画はNHKBSの「山田洋次監督が選ぶ喜劇50選」からのモノで戦前3年前1937年の「エノケンのちゃっきり金太」 終戦と同年1945年の「東京5人男」 そしてそれから10年後の1955年作品「二等兵物語」と続けて観たが 前作二作品はミュージカル仕立てで まあ喜劇と言えるものだったが・・・・この「二等兵物語」は 喜劇役者が出てるというだけで 喜劇じゃない・・・・と思うあの「野間宏」原作の「山本薩夫」監督の映画「真空地帯」のシリアスな兵隊モノとはそのアプローチの仕方が異なるものの 不条理な軍隊組織のあり方を糾弾したもので戦争という異常な世界での狂気という 根っこの部分では 全く同質のものであるその当時 日本の仕掛けた戦争とは 日本の軍隊とは 日本の軍人とは・・・・?一体 どうだったのだろうか?本当に“憎らしい”“許せない”と思う 古参上等兵や隊長を含む幹部隊員達・・・・理不尽で 非人間的な新兵虐めの数々は 笑いの映画では済まされないモノそして 多くの女性達までが 軍人の手先になって 弱いものをたたく正確にその実態を 真実を 我々は教えられてこなかったし 知ろうともしてこなかった・・・・今の若者たちは 更にそれ以上に・・・・映画の終盤近く 敗戦の知らせに 軍隊の幹部連中が倉庫から物資を運び出すそれを我慢しきれなかった「バンジュン・伴淳三郎」が 機関銃を彼らに向けてブッパナシ・・・・怒りをあらわに「皆殺しにしてやる」と凄む その表情が素晴らしい・・・・誰かに似てる? そう長渕剛だあ~何故あんなに韓国人も中国人も 冷静さを失くし歯を剥きだしにして怒っているのか?このようなタイプの日本軍人が横暴さと狂気を顕にし虐待するテレビドラマを一日中エンドレスで流し続けて 反日を植え付けているのだから・・・・なんだか そんな嫌な中国での記憶が蘇ってしまい 笑えない喜劇だと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼岸には遅れた 高井城址公園の裏山に咲き揃った「ひがんばな・彼岸花・曼珠沙華」先日の台風の風でなぎ倒されていたが・・・・ オイラ的花言葉:「唯唯諾諾」(いいだくだく) *事の善悪・是非をかまわず、他の意見に盲従すること 人の言いなりになるようす
2012年10月02日
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