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【スタッフ】監督=崔 洋一 アクション監督=谷垣健治 脚本=崔 洋一 、宮藤官九郎 撮影=江崎朋生 、藤澤順一 美術=今村 力 音楽=岩代太郎 編集=川瀬 功 衣裳デザイン=小川久美子 SFX/VFXスーパーバイザー=浅野秀二 殺陣/擬斗=高瀬將嗣 【キャスト】 松山ケンイチ=カムイ 小 雪 =スガル(お鹿) 伊藤英明 =不動 佐藤浩市=水谷軍兵衛 小林 薫 =半兵衛 大後寿々花=サヤカ 金井勇太 =吉人 芦名 星=ミクモ 土屋アンナ =アユ イーキン・チェン=大頭 イ・ハソン =カムイの少年時代 PANTA=絵師 隆 大介 =柏原 坂口征夫=渡り衆 山崎努 - =ナレーション【あらすじ】17世紀、日本非人の出身である『カムイ」貧しさから“伊賀の忍”になるが、自由を求めて“抜け忍”となるある日 彼は伊賀の“追い忍”達との戦いの直後、領主『水谷軍兵衛』の愛馬「一白」の白い足を切り落とした『半兵衛』という漁師に出会う「カムイ」は「半兵衛」が住む島に辿り着くが・・・・そこにいたのは かつて「カムイ」が仕留め損ね、今は「半兵衛」の妻『お鹿』として生きる 同じ伊賀の抜け忍『スガル』だったのだ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー昨日のコミック漫画原作の映画「あしたのジョー」の少し前 1960年 前半60年安保時代の学生は 反骨精神旺盛で みんな活気溢れ元気だった 何故か「白土三平」のコミック漫画に哲学的意義を感じていて・・・・少年マガジン等の先駆的コミック雑誌「ガロ」を貸本屋から借りて貪り読んでいた1959年~1962年 発売の『忍者武芸帳・影丸伝』1961年~1971年 発売の『サスケ』1964年~1971年 発売の『カムイ伝』 その他「ワタリ」「カムイ外伝」等・・・・当時 買い揃えた文庫本が 今でも本棚の奥に埃をかぶってある(筈)(筈)というのは 後年 40年も前の本を 息子が面白がって読んでいたから映画「カムイ外伝」 いままで漫画の映画化で面白い映画が あったタメシがないからあんまし 期待しないで リラックスして観たんだけど・・・・そこそこ オイラ的には面白かったけど・・・・話の辻褄があまりに強引にすぎるのと、あの島の漁村の人々の皆殺しはなんとかならなかったのでしょうか?「白土三平」ファンにとっては懐かしく驚くことじゃないのだけれど・・・・映画全体のイメージが壊れちゃったかナまあ 確かに1話づつ完結していく 長編漫画を2時間にまとめたら訳の解らないストーリーになってしまうのは・・・・脚本家の技の現われでえっ「宮藤官九郎」?・・・・こいつ原作を理解してないんじゃねーの・・・・若者狙いのCG映像やスロー映像を多用して 今風に 仕上げたってか?忍者モノの コミック劇画が下地の映画化だから 有り得ないような跳躍やアクションには目をつぶって・・・・うぉー! スゲーって 単純に驚いてあげても・・・・どうなんだろう?「松山ケンイチ」君 結構頑張ってた 奥さんの「小雪」も出演してたけど やっぱり年上のオバサン風で「小雪」の娘が ケンイチ君の恋人役って あんまりじゃんネところで NHK大河ドラマ「平清盛」 ご苦労さんでしたあんまし 評判は良くなかった様ですが その熱演ぶりは伝わりましたよ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラ的花言葉:「青春は岐点の軌跡である」(せいしゅんはきてんのきせきである) *青春時代は、進路を選択する場面の連続であり、その場面場面で、 多くの可能性の中から一つを選択して歩んできた道が、その人の青春である *大事な岐点で漫画ばかし見ているような奴は ロクなもんにしかならんね
2012年12月30日
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【スタッフ】監督=曽利文彦 原作=高森朝雄、ちばてつや脚本=篠崎絵里子 撮影=橋本桂二視覚効果=松野忠雄 特殊メイク=松井祐一美術=佐々木尚 編集=洲崎千恵子音楽=高橋哲也、北里玲二 主題歌=宇多田ヒカル『Show Me Love(Not A Dream)』【キャスト】山下智久 =矢吹 丈 伊勢谷友介=力石 徹香 里 奈 =白木葉子 香川照之 =丹下段平勝 矢 =西 寛一 モロ師岡 =食堂の親父西田尚美 =食堂の女将 杉本哲太 =安藤洋司倍賞美津子= 津川雅彦 =【あらすじ】昭和40年代の東京下町のドヤ街ケンカに明け暮れ、荒んだ生活を送る青年『矢吹丈・ジョー』そんな「ジョー」にボクシングの才能を見出し惚れ込んだ 元ボクサーの『丹下段平』ところが、「ジョー」は問題を起こして少年院へそこで出会ったのがプロボクサーの『力石徹』いきなり拳を交えた「ジョー」は、チャンピオンにも匹敵する実力を持つ「力石」の前に屈辱を味わうことに・・・・一方の「力石」も、「ジョー」の秘めたる才能に気づき、互いにライバルとして激しく意識し合うやがて、一足先に少年院を出た「力石」は、財閥令嬢にして所属ジムのオーナー『白木葉子』の手厚いサポートを受けエリート街道をひた走る対する「ジョー」は、「段平」がドヤ街に開いたオンボロジムで、打倒「力石」に執念を燃やし血の滲む特訓を続けていくのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラ 大変恥ずかしながら 大学時代から 就職してサラリーマンになっても 恐らく この「あしたのジョー」の連載が終了した1973年 33才の頃まで週間コミック雑誌「少年マガジン」を発売日を待ちかねて購入 愛読してた変な話だけど 当時 大学でも会社の仲間内でも「矢吹丈」と「力石徹」の話題と同じ少年マガジン連載の「巨人の星」の話題は 男としては外せなかったのだよ木曜日の夜の通勤電車内 かなり大勢の いい大人達が分厚いコミック雑誌を貪り読んでる摩訶不思議な光景が見られたものですが・・・・アレって なんだったんだろう?特に「ジョー」と「力石徹」のラストのボクシング対決は 数週間に渡って熱戦が繰り広げられ毎回スリリングに形勢が変わり どちらが勝つか一進一退で 読者をハラハラさせつつ引っ張り回したねー しかし「ジョー」の最終必殺技トリプルクロス・カウンターパンチが炸裂して 二人共宙に舞ってダウン しかし「ジョー」は とうとう立ち上がれずに負けるそして 勝った「力石徹」に握手を求めて手を差し出した「ジョー」に “ニッ”と笑い手を伸ばすが ジョーの手をすり抜けて・・・・「力石」の身体が前のめりにマットに沈むこのシーンに涙した大人が沢山いて・・・・暫くして「力石徹」の告別式が行われた程(本当に)こんな 名作漫画コミック「あしたのジョー」はTV・アニメで二度にわたり連続放送され劇場用にも2回制作され公開された実は これも本日観ましたが・・・・アニメはコミック原作に忠実で懐かしく イイ感じそして 映画といえば・・・・「矢吹丈」を演じる「山下智久」君 残念ながら あの独特のアニメの主人公イメージから遠く逆に「力石徹」を演じる「伊勢谷友介」君の 狂気溢れる迫力の演技に圧倒されて・・・・相変わらずの 汚いジイさん「段平」役「香川照之」が 違和感ない姿が凄いねえでも やっぱり あの頃熱狂してた原作のコミックの印象には程遠く・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2週間ほど前から 二組の番の“目白”が庭の沙羅の木にやってきますオイラ的花言葉:「田舎者の国自慢」(いなかもののくにじまん) *田舎者は他国をあまり見たことがないので、自分の生まれた国(知識)が 最高だと自慢しがちだということ(オイラの書いてることなど)
2012年12月29日
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【スタッフ】監督=周防正行 脚本=周防正行 原作=岡野玲子 撮影=長田勇市 美術=大橋 実 音楽=周防義和 主題曲/主題歌=プリンセス・プリンセス 録音=米山 靖 照明=長田達也 編集=菊池純一 【キャスト】本木雅弘 =塩野陽平 鈴木保奈美=赤石真朱 大沢 健=塩野郁生 彦摩呂 =笹木英峻 田口浩正 =信田珍来 近田和生=慈安 渡 浩行 =良 好 ポール・シルバーマン=洋西 入江則雅 =一 裕 甲田益也子=晶 彗 竹中直人=北川光輝 菅野菜保之=寿 流 村上冬樹 =南拓然住職 大槻ケンヂ=硫一 広岡由里子=マドンナ 原ひさ子 =お婆さん 柄本 明=社員蛭子能収 =社員 宮 琢磨 =塩野厳生 宮本信子=塩野静子【あらすじ】『塩野陽平』大学4年生 ロックバンドを組み、ライブハウスで リードボーカルとして翔んでいたしかし、「陽平」は長男 寺の跡取りという宿命があった恋人の「真朱(まそほ)』を残し、ド田舎の禅寺“明軽寺”に 弟の『郁生』と共に入寺「陽平」たちを待っていたのは、つらく厳しい修行の毎日だったしかし、地獄の修行もしばらくすると、お寺の裏側も見えてくる偉そうな顔した古参たちも裏に回れば何をやっているかわかったもんじゃない・・・・そんなある日、会社の研修で参禅にやってきたバンド仲間の「アツシ」から「真朱」が「硫一」と付き合いだしたと聞かされた「陽平」は、不安を隠せないしかし、そこへなんと「真朱」が明軽寺にやってきたのだ・・・・久しぶりに愛を確かめ合おうと思ったものの、嫉妬深い「寿流」に見付かってしまい、大目玉をくらってしまうそんなことで「陽平」は名物住職の『南択然老師』の行者となったこの老師は 世話のやけるボケ老人だったが なぜか「陽平」は そんな南老師のそばにいると気分が落ち着くのだったそして一年がたった「真朱」のもとに帰る日も近い!と浮かれていた「陽平」だったが、知らない間に山を降りる日を延期され、次の制中の“首座(しゅそ)”に選ばれて・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラが 水泳仲間の「Yさん」から誘われて通い始めた坐禅会はもう丸3年になる毎週日曜日朝 5時半に家を出て 6時から7時まで 高源寺の本堂で 座禅を組む最初の頃は足が痺れて我慢ができなかったり 立ち上がれなかったり していたが最近では やっと慣れて なんとか瞑想出来るようになったそして般若心経・白隠禅師座禅和讃等のお経を唱和した後 茶室でお茶を戴いて帰るただ それだけなのだが、何故か週の終りのケジメとして 平穏無事に過ごせたことを仏様に感謝申し上げることが 何一つ頼れるものの無いオイラの心の支えとなっているこの高源寺の住職の息子さんが 雲水となるべく永平寺で修行中なのであるその厳しい修行の様子を 住職から聴く機会が何度かあって 興味があったのだが今回の映画「ファンシイダンス」は その雲水の修行を コミカルに描いた あの「周防正行」監督の初期の作品で その後 数々の名作を産んだスタッフやキャストも いわゆる周防組の一員が構成された記念すべき作品です本日の午後1時からNHKーBSで放映されていましたが・・・・また観てみました実は この映画を より深く理解するために是非お薦めしたい“YOU TUBE”が有ります「法戦 若き雲水たちの永平寺」というNHK特集番組(1985年6月23日)で映画では 主人公「陽平」(木本雅弘)が 不真面目に修行する姿が映されますがそんなフザケて不謹慎な態度は微塵も感じられない 真剣に修行に励む雲水の卵たちの涙で苦闘する健気で真摯な姿に感動できますその中で レポーターが 東司(トイレ)に入る雲水にインタヴューする場面で丁寧に その作法の詳細を説明するのですが 映画では少し馬鹿にした風に表現しますここから帰宅すれば バカでもチョンでも 親の後継で住職になれる安心感から仕方なしにイヤイヤ修行をしてる・・・・真剣に学ぼうとしない「陽平」を住職が「お前が嫌いだ!」と叱りつけるのは観客の声だインドから達磨さんが中国に伝え 日本に伝わった禅宗は「道元」の曹洞宗 「榮西」の臨済宗 「隠元」の黄檗宗に分かれ 永平寺は 勿論道元曹洞宗です人は 本来“佛”であると説き それでは 何故 佛になる修行をするのか? の答えは “修行することが悟り”なのだという・・・・・今朝の「松井秀樹」の引退記事に 松井パパが言い聞かせて掲げていた「努力できることが 才能なんだ」に 似てるなって思いました丸3年経ったオイラの“座禅”・・・・続けていることが才能なんだZEI! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日 近くのホームセンターで正月用の門松 お花を買ってきましたでも 赤い実のついた「万両」は 家の周り沢山生えていて・・・・オイラ的花言葉:「身心一如」(しんじんいちにょ) *仏教で、肉体と精神は一体のもので、分けることができず、 一つのものの両面であるということ ▽「身心」はからだと心 「心身」とも書く 「一如」は真理はただ一つである意 「一」は不二、「如」は不異の意 異ならないこと (お釈迦様の基本理念)
2012年12月27日
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【スタッフ】監督=レス・メイフィールド 脚本=ジョージ・シートン、ジョン・ヒューズ 原案=ヴァレンタイン・デイヴィース 撮影=ジュリオ・マカット 美術=ダグ・クレイナー 音楽=ブルース・ブロートン 歌 =ナタリー・コール、ディオンヌ・ワーウィック、エルヴィス・プレスリー アレサ・フランクリン 、レイ・チャールズ 編集=ラジャ・ゴズネル 衣裳=キャシー・オレア 【キャスト】リチャード・アッテンボロー=クリス・クリングル(サンタクロース?)エリザベス・パーキンス =ドリー・ウォーカー(百貨店イベント担当)ディラン・マクダーモット =ブライアン・ベッドフォード(弁護士・ドリーの恋人)ロバート・プロスキー =ヘンリー・ハーパー(判事)マーラ・ウィルソン =スーザン・ウォーカー(ドリーの娘)J・T・ウォルシュ =エド・コリンズ(検事)【あらすじ】ニューヨーク西34丁目にある伝統と格式を誇る老舗デパートの“コールズ”営業不振から『ランバーク』社長率いるライバル・デパートに買収されようとしていたクリスマス恒例の感謝祭パレードでサンタクロース役の『トニー』が酒に酔って・・・・イベント責任者の『ドリー』は困り果てていたそこへ 白いひげの老人『クリス・クリングル』が現われ 観客の興味を惹いていた早速「ドリー」は「クリス」にサンタ役をお願いし、パレードは例年以上の人気を集めたさらに コールズ百貨店のクリスマスセールのサンタ・コーナーを務めることに・・・・「クリス」は、子供たちや親たちのクリスマス・プレゼントの相談に乗ったり・・・・コールズに置いてなかったり 他の店の方が安ければ そっちの店を教えてあげていたコールズの重役は慌てるが、実利よりもサービスを重視した「クリス」は大評判となり、コールズはクリスマス商戦で圧倒的な人気を集めていた数日後、「ドリー」の娘『スーザン』が 母親のボーイフレンドでもある弁護士『ブライアン』と 「クリス」を訪ねてきた「スーザン」は 母親からサンタは実在しないと教え込まれてきたが・・・・ろうあ者の子供と手話で話す彼を見て 本物のサンタではないかと思ってしまうコールズの巻き返しに腹を立てたランバーグは、部下の『ダフ』と『アルバータ』に命じて、「クリス」をスキャンダルで陥れようとするそんなこととは知らぬ「クリス」 「ダフ」の挑発的な嫌がらせの仕掛けに引っかかりたまりかねたはずみで相手を殴ったクリス・・・精神異常者として病院に送られることに「信じる心を失ったら、疑うだけの人生になってしまう」というクリスに「ドリー」も反省し、弁護士「ブライアン」に助けてくれるよう頼む「ブライアン」は強制収容に意義を申し立て、聴問会を開くことを要求病院にクリスを訪ね「あなたはサンタだ 2人でサンタが実在することを証明しよう」と言う「ドリー」も社長に掛け合い、コールズは 社が一丸となってクリス救済のキャンペーンを展開 反響はすさまじく、クリス支持の声が各地で巻き起こったいよいよニューヨーク中が注目する聴問会が始まったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー年々 クリスマスを賑やかに楽しく過ごすことも 子供達や仲間や女友達からの メリークリスマスのメッセージ・メールも 途絶えて久しい・・・・(それはネ サンタクロース(ジイさん)が プレゼントを忘れてるからだよ!)という訳で クリスマスの晩に 家族で観るべき映画「34丁目の奇跡」は“サンタクロース”の存在を 信じるか 信じないか? の答えが解る映画なんだ「リチャード・アッテンボロー」演じる「クリス・クリングス」は自分は「サンタクロース」だと名乗る老人で 普段は老人ホームに住んでるんだけどトナカイと話もできるし 世界中の言葉が話せるし 手話も出来るうえソリの手綱捌きや ムチの使い方も上手いし 立派な赤いサンタの衣装も持っている 殆んどの子供達は サンタの存在を信じてるし(エえっ 最近は誰も信じてないって?) 「クリス」に会って話をすれば 間違いなく本物と思って 疑わないだけど大人は 子供たちにはサンタがいると言ってるのに それを信じてはいないだから 「クリス」の言動を奇人変人として・・・・異常者の病院にいれてしまうところが それを取り上げ 逆にクリス救済キャンペーン展開する百貨店の作戦“我々はクリスを信じる”キャンペーンは 大当たり! 全国で賛同の声がそして 裁判が始まるのだが 「クリス」の真実味の薄い立場は絶対不利で いよいよ裁定が下されようとした時幼い「スーザン」が突然「ハーパー」判事に歩み寄り・・・・クリスマスカードと1ドル紙幣を差し出した判事は、紙幣に印刷された「我々は神を信じる」という文が赤く囲まれているのを見て「アメリカ国民と政府が認めた紙幣に神の存在がしたためられている」「よって“サンタ”も存在する!」と言い放ったのだと いうことで・・・・・アメリカ人には 今でも“サンタ”は存在するのですアメリカでは 10月に入ると 何処の百貨店でもスーパーでも一般店舗もクリスマス商戦に入り 店内はクリスマス飾り一色で 華やかに賑わいますお客様も 一人一人の家族や恋人の顔を思い浮かべながら 三ヶ月間にも渡ってアレコレと プレゼントの選択に時間を費やします だから お店側も必死にキャンペーンを図るのです(クリスマス前のニューヨークは それはそれはきらびやかで美しい・・・・)クリスマス・イヴは 映画を観ながらサイレント・ナイトで・・・・と長女・次女の家族から 焼肉屋へのお誘いが・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クリスマスには 赤い花が似合う 「ポインセチア」オイラ的花言葉:「天佑神助」(てんゆうしんじょ) *天の助け、神の加護 思いがけない偶然によって助かることのたとえ
2012年12月26日
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【スタッフ】監督=グリフィン・ダン 原作=アリス・ホフマン 脚本=ロビン・スウィコード、アキヴァ・ゴールズマン、アダム・ブルックス 撮影=アンドルー・ダン 美術=ロビン・スタンデファー 音楽=アラン・シルヴェストリ 音楽監修=ダニー・ブラムソン 編集=エリザベス・クリング 衣裳=ジュディアナ・マコフスキー 【キャスト】サンドラ・ブロック =サリー・オーウェンズ(魔女・ジリアンの姉)ニコール・キッドマン =ジリアン・オーウェンズ(魔女・サリーの妹)ストッカード・チャニング=フランシス・オーウェンズ(魔女・伯母)ダイアン・ウィースト =ジェット・オーウェンズ(魔女・伯母)エイダン・クイン =ゲーリー・ハレット(刑事)ゴラン・ヴィシュニック=ジニー・アンジェロフ(ジリアンの恋人)エヴァン・レイチェル・ウッド=カイリー・オーウェンズ(魔女・サリーの娘)アレクサンドラ・アトリップ=アントニア・オーウェンズ(魔女・サリーの娘)マーク・フォイアスタン=マイケル(サリーの夫) 【あらすじ】オーウェンズ家の人々は、両親を亡くした『サリー』と『ジリアン』の姉妹、叔母の『ジェット』と『フランシス』の4人暮らし一族は魔女の血を引き、ちょっとした魔法を使える能力が受け継がれていたその代償なのか、彼女たちと恋に落ちた男性は必ず若死にしてしまう姉妹の父親もそうで、残された母は悲しみのあまり死んだそして「サリー」自身が愛し、結婚した男性も早死にした堅実で慎重派の姉「サリー」は「もう恋なんてしない、魔法も使わない」と心に誓い、理想の男性像をノートに綴っていたパンケーキを裏返せる人、片方がグリーン、片方がブルーの目を持つ人・・・・それは絶対に存在しないかわり、自分も傷つかない、幻の男性像だった一方、セクシーな女性に成長した妹の「「ジリアン」は、恋人の『ジミー』と共に 家を飛び出していたが・・・・離れて暮らしながらも、「サリー」と「ジリアン」はこの世で唯一完壁に分かり合える存在として、お互いを大切に思っていたやがて「サリー」の元に「ジリアン」からSOSの電話が熱烈に愛していたはずの「ジミー」に誘拐され、暴力をふるわれているというのだ妹を助けるために駆けつけた「サリー」、決して誓わないと誓った魔法を使い殺してしまう一方、事件を追って刑事の『ゲーリー』が 彼女達の所に 調査にやって来たなんと、彼は「サリー」の理想の男性そのものだったのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「サンドラ・ブロック」と「ニコール・キッドマン」アカデミー主演女優賞受賞者で 美女の代表二人が魔女で共演したコメディ映画かなりの期待を持って拝見したが・・・・残念ながら「つまらん じつにツマラ~ン!」コメディというが笑えないし ホラー気味の場面もありの 恋愛映画風でもあり~の魔女なのに魔女らしい技もあまりみせないし なんせ 焦点が絞れてない散漫な内容でオイラ的には 「ニコール・キッドマン」の大ファンなので 彼女を観れるだけでイイんだけど・・・・彼女の役柄 なんでこんな使い方をするのかと 腹がたったネ2006年 映画「奥様は魔女」の“サマンサ” 可愛いい魔女はハマってたのにそれと「サンドラ・ブロック」と姉妹って・・・・全然似てないし共通点が全然無い 真逆のキャラクターじゃないのまあ そういう狙いのキャスティングなんだろうけど・・・・それにしても 二人が「ジミー」を殺し 家の前に埋めるシーンを延々と見せる雨が降る夜中に 二人がスコップで 必死に大きな深い穴を掘ってる姿・・・・埋めた跡を踏んづけると 足がブスブスと埋まり 大きな蛙がゲロゲロ 気持ち悪~ゥ美女の二人にこんな事させて・・・・それも家の前の庭だよ~ 平気でいられる?でもね オイラ的には 二人の可愛いい叔母さん「ジェット」と「フランシス」が救いだった特に「フランシス」役の『ストッカード・チャニング」は「エリザベス・テーラー」似で時々 画面に現われ いつでもどこでも なにやら楽しそうに笑いながら 会話をしお茶やお酒を飲み 食事をし 魔女と敬遠されていても気にせずに 生活してる姿が素敵歳をとっても 仲の良い女二人が な~んの心配もなく 楽しく笑いながら暮らすのって女性にとっては理想じゃないの?という訳で・・・・男どもは 真面目な顔して 観る映画じゃないってこと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここ3日間程 年賀状作りに没頭してて・・・・映画はお預け状態だったが やっとオイラ的花言葉:「鶯鳴かせたこともある」(うぐいすなかせたこともある) *これでも昔は男たちから ちやほやされたこともあったということ (若き日の自分を梅に、男たちを鶯に見立てて言った 叔母さんの述懐)
2012年12月23日
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【スタッフ】監督=ジョン・リー・ハンコック原作=マイケル・ルイス『ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟』脚本=ジョン・リー・ハンコック 撮影=アラー・キヴィロプロダクションデザイン=マイケル・コレンブリス衣装デザイン=ダニエル・オーランディ編集=マーク・リヴォルシー 音楽=カーター・バーウェル【キャスト】サンドラ・ブロック=リー・アン・テューイクィントン・アーロン=マイケル・オアーティム・マッグロウ=ショーン・テューイキャシー・ベイツ=スー夫人リリー・コリンズ=コリンズ・テューイジェイ・ヘッド=S・J・テューイ 【あらすじ】夫と娘、息子の4人で幸せに暮らす裕福な白人家庭の夫人『リー・アン』彼女はある凍てつくような真冬の夜、ひとり寂しくTシャツと短パンで歩いている巨漢の黒人少年に目を止め、声をかけ その『マイケル』と名乗るその少年を放っておけなく、自宅へ彼を招き入れることに・・・・「マイケル」は 父親の顔も知らずに育ち、母親とは引き離され、住む場所や学校も転々とする劣悪な境遇に置かれていたそんな彼に、はじめは憐れみだけを感じていた「リー・アン」しかし、「マイケル」の瞳の中に輝きを見つけた彼女は後見人になると決心、自分の部屋と教育の場を与え、改めて家族の一員としてマイケルを迎え入れる「リー・アン」はある時、大柄でありながら敏捷な肉体と仲間を危険から守る保護本能に秀でた心を持つ「マイケル」にアメリカン・フットボールの才能を見出すこうしてアメフトに取り組む「マイケル」はたちまちその能力を発揮し、一躍注目選手として成長していくのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【解説】この映画は2009年のNFLドラフト1巡目でボルチモア・レイブンズに指名されて入団した『マイケル・オアー』のエピソードに基づく実話?『マイケル・ルイス』原作のノンフィクション小説『ブラインド・サイド 、アメフトがもたらした奇蹟』を映画化したものですそして原題の「ブラインドサイド」とは、クォーターバックの利き手逆側の、死角になり易いサイドの事で、右利きクォーターバックの場合は左側であり・・・・ パスプレイの際、クォーターバックの体は利き手側に向くため(右利きの場合右方向)、逆側は死角になりやすい よってブラインドサイドのオフェンスタックルは、オフェンスライン内でも特に重要とされ、高い能力が求められるポジション ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー85店舗のファースト・フード・チェーン店オーナーの金持ち「テューイ」一家その夫人「リー・アン」(サンドラ・ブロック)が 18才ハイスクールに通う大男の黒人少年「マイケル」(通称ビック・マック)を夜中に拾う場面が大きなポイントになるそれは「テューイ」一家 「マイケル」がアメリカン・フットボールの超有力選手になる能力を持っていることを事前に知っていて あれほど親身に接し援助したのかどうか?それは 「テューイ」家の打算が見て取れて その善行の評価が 大きく変わるから というのは 後に「テューイ」家は“ミシシッピー大学”に入学させるために里親として引き取ったのではないかという疑惑が出て、取り調べを受けるシーンでオイラ「あれェ?」って 気がついたんだ・・・・調べてみると 現実の「マイケル・オアー」は テネシー州のメンフィスのパブリックスクールでフットボール歴があるから“テネシー大学”に入学する方が より自然なんだけど・・・ということは この映画が 実話というには あまりにも美談にし過ぎていて・・・・だってテューイ家のパパの理解度は凄く 可愛いく美しい娘も最初から好意的だし小学生の息子はベタ惚れで「兄ちゃん」って呼んで 引っ付いて歩いてんだから・・・ 10人も子供を産んで みんな行方も分からないという母親はドラッグ漬け 父親も行方不明 劣悪な環境の貧民街に育ち ロクに読み書きもできない 図体だけは超デカイ「マイケル」 何も疑わずに家に入れるか? っていう単純な疑問が 最後まで引っかかっていてでも アメリカ人って こういう人達も ストーリーも 大好きなんだろうネ・・・・それにアメリカ人って アメリカン・フットボールの熱狂的ファンばかりじゃない日本人には理解出来ない程・・・・・だから この映画で「サンドラ・ブロック」アカデミー主演女優賞を受賞しちゃう確かに 彼女の演技は素晴らしく「マイケルを救ったのではなく自分が救われた」とかそして「マイケル」が育ったスラム街で 如何にもワルな奴等に 顔色変えて啖呵を切る「もしマイケルにちょっかい出したら銃を持って乗り込むからね ライフル協会の会員よ」相手に文句を言わせない迫力で・・・・・でもさ「 銃規制は しろよナ! アメリカ! ヤバイじゃん 乱射事件ばかし・・・・」「撃たれる前に 撃て・・・・」って 兵器産業に毒されてるアメリカの悲劇ジャンなんだか 変な方向に行っちゃたけど あまりにも平和で平穏で慈愛に溢れた映画って逆に 落ち着かない・・・・って変? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラ的花言葉:「好事門を出でず」(こうじもんをいでず) *善行はとかく世間に伝わりにくいということ *良い評判はなかなか広まらないが、悪い評判はあっという間に広がっていく
2012年12月22日
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【スタッフ】監督=ファティ・アキン 製作=ファティ・アキン、クラウス・メック脚本=ファティ・アキン、アダム・ボウスドウコス撮影=ライナー・クラウスマン 編集=アンドリュー・バード音楽スーパーバイザー=クラウス・メック【キャスト】アダム・ボウスドウコス =ジノス・カザンザキス(レストラン・オーナー)モーリッツ・ブライブトロイ=イリアス・カザンザキス(ジノスの兄)ビロル・ユーネル =シェイン・ヴァイス(天才シェフ)ウド・キア =ノイマン(不動産投資家)アンナ・ベデルケ =ルチア・ファウス(ウェイトレス)フェリーネ・ロッガン =ナディーン・クルーガー(ジノスの恋人)ルーカス・グレゴロヴィチ =ドルカ・グリルシュ【あらすじ】ドイツのハンブルグで大衆食堂を経営する『ジノス・カザンザスキ』恋人『なディーン』が仕事で上海に行き、離れ離れになる事に耐えられないでいたそこで、高級料理店をクビになった頑固な天才シェフ『シェイン』を雇い店長にして 自分は上海に行こうとするがところが、仮出所した兄『イリアス』を雇うハメになり・・・・税務署から支払い命令がきたり・・・・椎間板ヘルニアで腰を痛めて動けなくなり・・・・と、うまくいかないやがて「イリアス」がウェイトレスの『ルチア』に恋をして仕事に精を出し始め・・・・シェインの料理も評判を呼び、店はウソのように繁盛し始めたが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ドイツ・ハンブルグの郊外にある工場の倉庫(ロフト)跡を改装したレストラン“ソウル・キッチン”は 普通の大衆食堂で・・・・メニューも 魚フライにピザやパスタ ポテトフライみたいな 袋詰めの冷凍食品を電子レンジでチンするか 油で揚げるだけの簡単なものばかり 大抵は生ビールの合間に蒸留酒シュナップスを飲みながら 食事をする余談だが ドイツもイギリスほどではないが 食事は大したものがない・・・・名物と言えば「ザワークラウト」「ヴルスト」「アイスバイン」と「じゃがいも」くらいなんといってもビールが美味しいから、そのツマミみたいなモンが名物料理なんだろうだから フランクフルトでもハンブルグでも ドイツレストランには行かないでイタリアン・レストランや 中華料理店に行く メニューも豊富で美味しいからこの映画のレストラン「ソウル・キッチン」は グルメの店じゃないし内容も 美味しい料理を主役にした映画でもない・・・・レストランオーナーの主人公「ジノス」が そのレストランが“生きがい”と感じるまでの すったもんだを描いたコメディ映画だロフトなのでスペースが広いから いろんなことが出来る利点を生かせれば お客は来る例えば ロック・ライブやディスコ・ダンス会場にしたり 演劇なんかも出来るから・・・・そんな店を狙う 不動産屋は あるいかがわしい商売をするのに絶好と・・・・あの手 この手で 攻め込んで来て・・・・そういえば“ハンブルグ”は港町 船乗りがやって来る娼婦の街としても有名でこの映画にも そんな場所が撮されていたが・・・・特に ストーリー的に書く様な事はなく 繰り広げられるギャグを笑えるか どうか?それが この映画の評価が分かれるところ オイラ的には つまらなくはなかった ってところかナ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラ的花言葉:「窮鼠猫を噛む」(きゅうそねこをかむ) *絶体絶命の窮地に追い詰められれば、弱者といえども 強敵を打ち破ることがあるということ *追い詰められて逃げ場を失った鼠は、ついには猫を噛むとされること から言う
2012年12月21日
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【スタッフ】監督=ジム・ジャームッシュ 脚本=ジム・ジャームッシュ 製作総指揮=オットー・グロッケンバーガー 製作=サラ・ドライヴァー 撮影=トム・ディチロ 音楽=ジョン・ルーリー、スクリーミン・ジェイ・ホーキンス 編集=ジム・ジャームッシュ、メロディ・ロンドン 【キャスト】ジョン・ルーリー=ウィリー エスター・バリント=エヴァ リチャード・エドソン=エディー セシリア・スターク=ロッテ伯母さん ダニー・ローゼン=ビリー【あらすじ】ハンガリー出身の『ウィリー』はニューヨークに住んで10年 本名は「ベラ・モルナー」その彼に クリーヴランドに住む『ロッテおばさん』から電話が入ったおばさんが入院してる10日間だけ、16歳のいとこ『エヴァ』を預ってくれと「エヴァ」はアメリカで新生活を始めるため、ブダペストからやって来るのだやって来た「エヴァ」に、TVディナーや TVのアメリカン・フットボールを見せ解説してやる「ウィリー」友達の『エディー』と「ウィリー」は、競馬や賭博で毎日の生活を食いつないでいる「エヴァ」の同居をはじめ迷惑がっていた「ウィリー」も、彼女が部屋の掃除をしたり万引きしたTVディナーをプレゼントしてくれるうちに 打ち解けていったお礼に贈つたドレスを「エヴァ」はうれしそうにもらうが、気持ちだけ受けとって、その趣味の悪いドレスをゴミ箱に捨てた彼女がクリーヴランドに発った直後、「ウィリー」と「エディー」は、いかさまポーカーで大儲けして、借りた車でクリーヴランドヘ向ったクリーヴランドは雪におおわれており、「ロッテおばさん」の家で暖まった3人は、ホットドッグ・スタンドで働いている「エヴァ」を迎えに行く「エヴァ」と彼女のボーイフレンドの『ビリー』とクンフー映画を見に行ったり、エリー湖に行ったりした3人数日を過ごした後「ウィリー」と「エディー」は、ニューヨークに帰ることにするが、いかさまで儲けた600ドルのうち、まだ50ドルしか使ってないことに気づき・・・・・「エヴァ」も誘つてフロリダに行くことにするのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー前から気になっていた「ジム・ジャームッシュ」監督作品 観るのは初めて“映画好き”を自認するオイラとしては 誠に恥ずかしい限りで・・・・・そう この映画「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は 彼の初期の作品殆んどが固定カメラで撮影 長くても3分間のワンシーンが ワンカットづつの細切れで その間は数秒間の黒画面で繋いでゆくという 全くの新しい感覚その黒画面の意味は? 日本独特の“間” 一瞬の考える“間”だと・・・・監督がモノクロ画面 限られた人数の出演者 そして口数も少ない上 アクションもなく物語は これといった盛り上がりもなく 淡々と彼らの行動を追いかけるだけだから 見方によれば 大変退屈な 面白味のない映画評価もあるだろう・・・・が流石 キネマ旬報1986度 外国映画ベストテン1位は 伊達じゃない・・・・所謂 ハリウッド映画にはない 映画の常識を外れた独特な作風に 奇異は感じるものの何を言いたいのか? なにを表現してるのか? オイラにはその奥深さを感じる映画だった今日 絵画教室で 先生が絵画の評価に付いて話された・・・・・ 「表現の方法は様々違っても 観る人に感動を与えられる“ナニカ”がある作品 それは ただ上手に素材を描き写すだけじゃなく その素材がある 空間も含め 空気感や その素材の味や 物語までも含めて表現できてる作品が優れた絵画だ」とそうなんです この映画には“ナニカ”があるのですある意味 ロード・ムーヴィーとも言えますハンガリー → ニューヨーク → クリーヴランド → フロリダ → ハンガリー 観客がこの映画で観る景色は モノクロということもあり “灰色”にしか見えません 決して明るくないのです あの“パラダイス”であるべき“フロリダ”に着いてもオイラ的にも 若い頃には憧れたアメリカ そして“アメリカン・ドリーム”ナニカ 素晴らしいモノが 待ち構えている筈のアメリカ・・・・でもハンガリーの国情は 知らないが・・・・貧しいストレンジャー(異邦人・ハンガリー人)にとっては どこも同じどこに行っても同じ・・・・まして 競馬やポーカー等の賭け事でなんかで 人生の成功なんて有り得ないオイラの同居人の弟は ロスアンジェルスで ある意味成功したが・・・・ それは日本人ならではの 志し高く それなりの覚悟を決め コツコツと忍耐強く頑張り続けた結果なのであって・・・・大半の日本人は 夢敗れて帰国のハメにこの映画では 16才の「エヴァ」の目線で アメリカの空港に降り立ち ニューヨークの下町 狭い部屋に住む青年の生活ぶり そしてクリーヴランドのホットドッグ・ショップで働き フロリダへ・・・・そして ハンガリーに戻るチャンスを 見送った「エヴァ」は あるキッカケで手に入れた大金をもとに、ここから別の人生が始まる?そして10年間のアメリカ生活に 図らずも終止符を打った「ウィリー」も・・・・ハンガリー人の二人に置いていかれた「エディー」も・・・・・心機一転久々に 考えるコトを楽しめる映画なのでした*「小津安二郎」監督をリスペクトする「ジャームッシュ」監督は映画の中で「ウィリー」が買う競馬馬に 「晩春」と「東京物語」と名付けていた ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラ的花言葉:「心機一転」(しんきいってん) *あることをきっかけとして、気持ちがすっかり変わること *良い方向、明るい気持ち、積極的な気分に変化させる時に使う
2012年12月19日
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【スタッフ】製作・監督=アナトール・リトヴァク 脚本=サミュエル・A・テイラー 原作=フランソワーズ・サガン 撮影=アルマン・ティラール 美術=アレクサンドル・トルネ 音楽=ジョルジュ・オーリック 編集=アルベール・ベイト 衣裳/スタイリスト=クリスチャン・ディオール 【キャスト】イングリット・バーグマン =ポーラ・テシエイヴ・モンタン =ロジェ・デマレアンソニー・パーキンス =フィリップ・ヴァン・デル・ベシュロイス・ランディス =テレサ・ヴァン・デル・ベシュ(フィリップの母親)ピエール・デュクス =ルシアン・フルーリー(フィリップの雇い主)ジャッキー・レイン =メイジー1ジーン・クラーク =メイジー2ミシェル・メルシェ =メイジー3ユタ・テーガー =ギャービー(ポーラのメイド)ダイアン・キャロル =ナイトクラブの歌手【あらすじ】トラック販売会社の重役『ロジェ・デマレ』は 中年プレイ・ボーイしかし 室内装飾家の『ポーラ・テシエ』とは5年来の恋仲で・・・・「ロジェ」は最近、仕事が忙しく・・・・ パリに住むアメリカ人の富豪『バンデルベッシュ』夫人の邸の室内装飾に「ポーラ」を推薦 紹介すると・・・・自分は先に帰ってしまった1人で夫人を待つ「ポーラ」の前に 夫人の1人息子『フィリップ』が現れた以来、25歳の「フィリップ」は「ポーラ」と「ロジェ」の仲が単なる恋愛関係で結婚していないことを探り出し「ロジェ」は、「ポーラ」との約束を取り消しては 他の女と旅行に出かけていたそれを「フィリップ」が目撃した・・・・「フィリップ」は「ポーラ」に 猛烈なアッタクを仕掛け攻略・・・・「ポーラ」のアパートで暮らすようになっていた・・・・「ロジェ」は 2人の情事を知り・・・・無性に腹立たしく離れていったが暫く経って とうとう我慢が出来ず 昼食の約束を取り付け やっと会った席で・・・・鋭く「ポーラ」を問い詰め たまたま彼女の年のことに言い及び・・・・心を傷つけられた「ポーラ」は 「フィリップ」のもとへ戻っていった「ロジェ」は 酒と女におぼれた・・・・2ヵ月後、ナイトクラブで「ポーラ」を連れた「フィリップ」を見て心が痛んだ「ロジェ」は・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【付録】 (ウィキペディアより)映画『さよならをもう一度』原題:英: Goodbye Again、仏: Aimez-vous Brahms ?)フランスの作家『フランソワーズ・サガン』原作の小説『ブラームスはお好き』を映画化したもので、ブラームスの交響曲第3番第3楽章(ポコ・アレグレット)の甘美なメロディが様々にアレンジされ、各場面で効果的に使われている ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー1950年代後半 オイラが学生時代の 憧れの国だった“フランス”映画は“ヌーベル・ヴァーグ” 代表としての監督“フランソワ・トリフォー”“ルイ・マル”“ジャン・リュック・ゴタール”等の 新作名画が次々に公開されそんな中 女流作家「フラソワーズ・サガン」は話題になり“悲しみよこんにちわ”“ある微笑み”“一年の後” “ブラームスはお好き”等出版が相次ぎ・・・・そして映画化もされた勿論 ミーハー学生のオイラも全部読んだし 映画も観ました この映画「さよならをもう一度」は 当時 年上のOLの彼女がいて(ホント)オイラ「フィリップ」(アンソニー・パーキンス)のポジション(目線)で 観たナそうだ・・・・その時は “なんて大人って 狡いし汚い”って罵ってたナ「イヴ・モンタン」演じる「ロジェ」のプレイ・ボーイ振りが 先ず気に食わない 「ポーラ」役の「イングリット・バーグマン」みたいな美人をキープしつつ・・・・次々と若い美人と見れば手当たり次第に口説いては ベッドを共にしてるしそして当時46才だったけど「イングリッド・バーグマン」は 美しく輝いていたでもそれは やはり貫禄も 円熟味も 落ち着きもあっての 年相応の美しさでハナから「フィリップ」(アンソニー・パーキンス)は 相応しくないのに・・・・(弁護士? まともに仕事はしてないし 大体が前年に話題になった映画「サイコ」の ノーマン・ベイツ役が強烈過ぎて・・・・イメージが消えにくく)こんな奴と イットキとはいえ 二人を引っ付けてしまう事に何故か無性に腹が立ってだって 一緒に暮らしている事を 暗示してる場面はあっても 二人のベッド・シーンが 一つも無いのは不自然・・・・ガテンがいかない(「ロジェ」の浮気現場は その前後の会話までも何度も写しているのに・・・・)結局は 「フィリップ」が最後に言ってる・・・・「僕は 二人を結びつけるキューピット役でしかなかったんだ」が 正解で甘やかされて育った 金持ち“坊ちゃん”は 二人に弄ばれたという結果に・・・・という訳で 自らの体験も合わせて 若者の純粋な気持ちが弄ばれるという悔しさに・・・・そして 今 改めて観た感想はというと・・・・「ロジェ」(イヴ・モンタン)の浮気性は フランス人男の甲斐性ってコト?「ポーラ」(イングリット・バーグマン)は 女はヤッパり 結婚して安心を得て 例え 男が浮気をしてるコトが判っても独身の時とは違う というコトらしい?ところで あなた「ブラームスはお好き?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・また 温室の「蘭」オイラ的花言葉:「花は根に鳥は古巣に」(はなはねにとりはふるすに) *咲き終わった花はその木の根元に落ち、飛んでいる鳥は やがて古巣に帰る *物事はすべてその根源へ戻っていくということ
2012年12月18日
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【スタッフ】監督=ジョン・シュレシンジャー 脚色=フレデリック・ラファエル 原作=トマス・ハーディ 製作=ジョゼフ・ジャンニ 撮影=ニコラス・ローグ 音楽=リチャード・ロドニー・ベネット 【キャスト】ジュリー・クリスティ=バツシバ・エバディーン テレンス・スタンプ =トロイ軍曹(バツシバの夫・ファニーの恋人) ピーター・フィンチ =ボールドウッド(隣の農場主) アラン・ベイツ =ガブリエル・オーク(羊飼い) プルネラ・ランサム =ファニー(トロイの恋人) フィオナ・ウォーカー=りディ(バツシバ家政婦) 【あらすじ】イングランドの南部ウェセックス地方は、豊かな牧羊地牧羊農民の『ガブリエル・オーク』は、隣人の『バスシバ』に結婚を申し込むが、断わられたその後「ガブリエル」は、すべての羊を失い、家を出て 羊飼いとして、ある農場に雇われたところが その農場の主人は たまたま伯父の死で家督を継いだ「バスシバ」だったその農場の女中『ファニー』が 評判の悪い軍曹『トロイ』と結婚することになっていたが結婚式当日 彼女は教会に来るのが遅れ「トロイ」の怒りをかい、話は立ち消えとなった隣人の豪農『ボールドウッド』という独身男に「バスシバ」が、冗談で恋文を送ると・・・・彼の方は本気になってしまい、結婚を申し込んできたしかし「バスシバ」の心を深くとらえていたのは 悪い噂の軍曹「トロイ」で・・・・暫くして 二人は結婚してしまうしばらく後、家を訪ねてきた やせ細った「ファニー」が 赤ん坊と共に死に・・・・「トロイ」の心に深い悲しみと悔いを残し・・・・彼は、海に飛び込み 沖に向かって泳ぎだし どこへともなく消え去った消息のない彼を、人々は死んだものと思うようになったそして再び「ボールドウッド」が「バスシバ」に求婚してきたが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー3時間あまりの長編映画 ノロウィルス?らしい腹痛と吐き気に苦しみつつ・・・・・選挙速報も 年賀状作りも 気にしながらの観賞には 少しまどろっこしい感じがした美しいが 世間知らずで男勝りの勝気な娘「バツシバ」(ジュリー・クリスティー)に出会った三人の男性が 夫々に結婚を申し込んだのだが・・・・その奇妙な顛末の物語その原作は 1840年生まれのイギリス人作家「トーマス・ハーディ」の古典最初の男は 羊飼いの「ガブリエル・オーク」(アラン・ベイツ) 毎日 遠くから眺めていた「バツシバ」に 子羊を持参し「結婚してくれ」と・・・・しかし 物足りないと・・・・・すげなく断られる二番目は 広大なエバディーン家の農場を遺産相続した「バツシバ」の隣人 豪農の「ボールドウッド」(ピーター・フィンチ)女嫌いで有名で 馬に乗った颯爽とした姿は恰好いい 渋く決めた独身中年紳士近づきの挨拶代わりに バレンタイン・カードに“結婚して”とイタズラ書きをした「バツシバ」が気になりだして・・・・思い切って結婚を申し込むが 体よく躱される三番目は 赤い軍服姿が恰好いい軍曹「トロイ」(テレンス・スタンプ)この男には「ファニー」という婚約者がいたのだが・・・・兎に角 女癖が悪いと評判でも「バツシバ」は 怪し気な剣の舞に すっかり惚れ込んでしまい、結婚してしまうこう言う話の常道というか 惚れた男は どうしようもないギャンブル好きの遊び人で 撥ね退けた男達二人は 実に実直で真面目で仕事も良くするし 顔もスタイルも満点 彼女には献身的で心根も優しい 何もいうことは無い 彼女向きな男達なんだけど・・・・全く 本当にイライラするほど 観客をやきもきさせる「なんで 彼らの良さが ワカランのジャーい! オンナって生き物は モウ 」海岸沿い 30~50cmぐらいの牧草が風にたなびく 穏やかな山波の丘陵地帯羊や牛を放牧するにはもってこいの 美しくも豊かな環境が冒頭に映るのだが・・・・ところが 羊を誘導する筈の利口な番犬が 或る晩 トンでもない事をやってのけるそれは 羊飼いの「ガブリエル」が就寝中 その番犬が羊の群れを 50mもあるのだろうか 断崖に誘導 一匹残らず突き落としてしまうのだ眼下の砂浜に 羊の死骸が横たわり波にさらわれてゆく映像にはショックを受けるそして「ガブリエル」は その場で その番犬を銃で撃ち殺してしまうのだが・・・・それは ラストに「ボールドウッド」が嫉妬のあまり 「トロイ」を銃で撃ち殺す場面よりオイラ的には 印象に残る強烈な場面であったなまじ ウブで世間知らずな女の子には要注意を!!なんも考え無しに 直感で男に惚れて痛い目に合う・・・・それは自業自得だから勝手だが なんも考え無しに男を惹きつけ 引き摺り回し 傷つけ合い 殺し合いまでさせるそんな無意識の罪は マッタク許しがたいが・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今年は夏の暑さが響いたのか温室の蘭も不作です 「カトレア」オイラ的花言葉:「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」(うまにはのってみよひとにはそうてみよ) *何事も経験してみないと本当のところは分からないということ 馬のよしあしは乗ってみないと分からないのと同様に、 人のよしあしは親しくつきあってみないと分からないの意 *民主党には乗ってみたが その実力は よーく判った・・・・ としても あんなに嫌った自民党に再度乗るなんて・・・・オイラ嫌だナ
2012年12月17日
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【スタッフ】監督=コートニー・ハント 脚本=コートニー・ハント 製作総指揮=チャールズ・S・コーエン 撮影=リード・モラノ 美術=インバル・ウェインバーグ 音楽=ピーター・ゴラブ、シャザード・イズマイリー 録音=ミカ・ブルームバーグ 編集=ケイト・ウィリアムス 衣裳/スタイリスト=アビー・オサリヴァン 【キャスト】メリッサ・レオ =レイミスティ・アパーム=ライラチャーリー・マクダーモット=JTマーク・ブーン・ジュニア=ジャック・ブルーノマイケル・オキーフ=トルーパー【あらすじ】ニューヨーク州の最北端の町でトレーラー暮らしをする5才と15才の子持ち母親『レイ』ギャンブルにはまった夫に 新居の購入費用を持ち逃げされてしまった持ち逃げした夫を探していた「レイ」は、ビンゴ会場(博打場)の駐車場で夫の車を発見車を運転していたのは地元のモホーク族の女性『ライラ』で、自分はキーのささったままのこの車を発見し、拾っただけだと主張した「レイ」がお金に困っていることを見抜いた「ライラ」は、車を高値で買い取ってくれる人物を紹介すると提案そこで「レイ」は、「ライラ」に言われたとおりに凍ったセントローレンス川を横断しかし「ライラ」は、そこで「レイ」に 車の買い取りの話は嘘だったことを告げ、不法移民中国人の密入国を手助けする話を持ち掛けた他に頼るあてのない「レイ」は、この仕事を受けることを決め、車で凍った川“フローズン・リバー”を往来するようになるしかし、それは警察の目を逃れるギリギリの毎日だったそんな彼女は、ある日パキスタンから来た夫婦をアメリカに不法入国させることに・・・・「レイ」は その夫婦をテロリストと疑い 夫婦の持ち物のバッグを凍った川の中程で捨ててしまうのだが、その中には夫婦の赤ん坊が居たのだったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画「フローズン・リバー」2008年に製作された映画なんだけど・・・・日本の大手配給会社は興味を示さず 映画館のシネマライズが2010年に持ち込んだ映画こんなに素晴らしい作品なんだけど、観れば解るが、前半部分の何とも言えぬ暗さからか日本人のテーストに合わない・・・客が入らない・・・儲からない・・・と敬遠されて?オイラでさえ チョッと気持ちが引いてしまう 貧しく最悪な環境で 嘆き悲しむ中年主婦のうなだれ涙する場面で始まる映像は 気分も萎え落ち込んでしまう程だからでも 先程も言い もう一度言うけど この映画で “素晴らしい”感動を貰えるそれは この映画が初作品監督で脚本を書いた『コートニー・ハント』が優れてるから前半に 散りばめられたタネ(布石)を終盤に全部刈り取ってゆく 何とも言えぬ心地よさ手に入れそこなった新しいトレーラーハウスや 壊れた回転木馬や レイラの赤ちゃんや 逃げた旦那への留守電や 電話で騙したオバアちゃんや兎に角 わすれかけていた事の結果が どうなったのかチャーンと見せてくれるのだ大事なのは この映画のテーマ それは『母の愛』「メリッサ・レオ」演じる主役「レイ」は 15才と5才の男の子の母親風呂もない テレビもレンタル 食べるものも満足にない トレーラーハウス住まい1ドル・ショップ(100円ショップみたいな)のパートタイマー店員 2年間も真面目に勤めているのに 本採用されない・・・・ 足の親指や 胸の脇にタトゥーがあるから 若い頃は結構 遊んでたかな?でも 今は二人の子供達のために 危険な犯罪までやってのけるのだから・・・・そして先住民モホーク族の若い母親「ライラ」(ミスティ・アパーム)も夫を失くし やはりトレーラー住まい 生まれた子供はオバアちゃんの所になんとか 金を貯めて引き取りたいと 密入国者の手助けをする犯罪を重ねてる二人がパキスタン人夫婦を密入国させた時 彼等が所持してたバッグをフローズン・リバーに捨てるが その中に赤ちゃんが入ってたと聞くと・・・・危険を顧みず マイナス30度以下の氷の川を引き返す 「レイ」と「ライラ」死んでいた筈の赤ちゃんは・・・・いつか「ライラ」の胸の中で 息を吹き返す思わず「ライラ」「神様の思し召しだ」と・・・・・そして ラストは・・・・あんなに 暗くて重かった話が 嘘のように晴れ渡り大きな希望に満ち溢れ 恐らく観た人全てが微笑める 画面は 真っ白な 零下の雪と氷の世界なんだけれど 実に心暖まる映画なのです ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室の蘭「カトレア」オイラ的花言葉:「薄氷を踏む」(はくひょうをふむ) *非常な危険をおかしてひやひやすること 薄くて壊れやすい氷を踏むことから言う
2012年12月15日
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【スタッフ】監督=ジェイソン・ライトマン 脚本=ディアブロ・コーディ 製作総指揮=ジョー・ドレイク、ネイサン・カヘイン、ダニエル・ダビッキ 撮影監督=エリック・スティールバーグ プロダクション・デザイン=スティーブ・サクラッド 音楽=マテオ・メシナ 音楽監修 ピーター・アフターマン、マーガレット・イェン 歌=キミヤ・ドーソン 編集=デーナ・E・グローバーマン 衣裳デザイン=モニク・プリュドム 【キャスト】エレン・ペイジ =ジュノ(16才 高校生) マイケル・セラ =ポーリー(赤ん坊の父親・高校生)ジェニファー・ガーナー=ヴァネッサ(養母)ジェイソン・ベイトマン=マーク(養父)オリヴィア・サールビー=リア(ジュノの親友・高校生)J・K・シモンズ =マック(ジュノの父親)アリソン・ジャネイ =ブレンダ(ジュノの継母)【あらすじ】アメリカ中西部のとある平凡な街に住む『ジュノ』1977年代のパンクロックとB級映画が大好きという、ちょっと変わった16歳の女子高生ある秋の日、彼女の妊娠が判明原因は、同級生の『ポーリー』との興味本位のセックス「ジュノ」は中絶するつもりで病院に向かうが、中絶反対運動に参加している同級生に出会い、考えを変える“赤ちゃん、もう爪だって生えてるわよ”という同級生の言葉が心に突き刺さった「ジュノ」は早速、親友の『リア』とともに里親探しを開始フリーペーパーで郊外の高級住宅街に住む『ヴァネッサ』と『マーク』夫婦を見つける準備万端整ったところで「ジュノ」は両親に妊娠の事実を報告ショックを受けながらも二人は彼女を受け入れ、全面的なバックアップを約束する週末、父の『マック』とともに養子縁組契約のために里親希望の二人の家に向かう「ジュノ」弁護士とともに待っていた「マーク」「ヴァネッサ」と、ぎこちない会話を続けながらもなんとか契約手続きは無事完了ホッと一息ついたところで、「ジュノ」が「マーク」のギターを発見二人はお互いが共通の趣味を持っている事を知り、意気投合するこれをきっかけに、紙切れだけの関係が大きく変わってゆく小さな命を授かったことがきっかけとなり、「ジュノ」は、今まで気づかなかった様々なことを知り、成長してゆく窮屈そうに生きる大人たちの姿、両親の深くて大きな愛、かけがえのない友情そして、長い冬が過ぎ、春から初夏に変わる頃、ジュノはいよいよ出産予定日を迎える ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画「ジュノ」の面白さは なんと言っても主演ジュノを演じる「エレン・ペイジ」の魅力大人びたクールさ 幼くて可愛いい 自分に素直な行動派 かなり変な16歳の女子校生を観る人に共感をもたせるような女の子を 実に巧みに演じる・・・・お腹が大きくなっても 堂々と学校に行き 好奇の眼にもへこたれない・・・・強い子もし この主役のキャスティングが違えば 内容がジメジメした暗いものになってしまう筈そして 恐らく普通の人には書けない内容の「ディアブロ・コーディ」の脚本も凄い【ディアブロ・コーディ】(Diablo Cody) 1978年6月14日~本名は(Brook Busey-Hunt)アメリカ・イリノイ州シカゴ出身オハイオ大学で情報・メディア・コミュニケーションを学び、在学中から地元のラジオ局でDJをはじめ、卒業後には法律事務所や広告会社で働く或る時から コーディは思いつきでストリップ・クラブで舞台に上がるようになりストリッパーという仕事が気に入り、それまでの仕事をやめてプロとして身を立てまた、アダルト・ショップでのぞき見ショーにも出演していたが・・・・・しかし 次第にジャーナリズムや執筆活動に入った (ウィキペディアより)この人が書いた 少し常識を外した あからさまな性に関する でも まともな台詞をケレン味なくスラスラとクールにしゃべる「ヘレン・ペイジ」とのコンビが絶妙だって 映画の冒頭から 16才の女の子がョ ドラッグ・ストアへ行って 妊娠計測器を買う時 店のオッサンとの会話 あの あっけらかんとした感じ・・・・そこのトイレでオシッコをかけて・・・・プラスになったって 振り回すなよ ンなもん 大型ペットボトルでジュースをがぶ飲みしてたのは そのためだったのかい・・・・もう「ジュノ」の親友「リア」との会話も これが 今のアメリカ女子高校生達が交わす言葉なのかって 少々 同年代の娘を持つ母親たちにとってはショッキングな内容の会話でも 「ジュノ」を取り巻く 大人たちの 大人の対応も 実に鷹揚で素晴らしく特に「ジュノ」の父親と継母の 妊娠を打ち明けられた時の 驚くも その冷静な態度「ジュノ」は 子供は堕さずに産み その子は ある決めた養父母に渡すという翌日 父親は その養父母になるという家に「ジュノ」を連れて行くし・・・・継母も 電磁波測定する看護婦が言う偏見の言葉に 毅然として抗議をするし16才の女学生ということでなければ 当然祝福されるだろう妊婦と同様の扱いで臨む赤ちゃんを 受け入れる若い養父母の結婚生活が映されるが・・・・なんかアヤしい完璧主義の奥さんは 本を読み講習を受け 部屋の模様替えをし子供部屋も用意してしかし30才になる旦那は 何故か「ジュノ」と音楽の趣味が一致して、意気投合昔のロックバンド時代が・・・・そんな子供じみた夢を壊す奥さんと喧嘩 離婚? 結果的には 「ジュノ」は 自分の家庭の暖かさに気がつき妊娠させた チョッと線の細いオタクっぽい男の子が 自分を一番解ってくれていると自分が一番居心地のよい場所に戻ってくるのだ・・・・でも 10ヵ月もお腹の中にいた“赤ちゃん” あれだけ苦しんで産んだ“赤ちゃん” あっさりと 欲しがっていた女性に渡してしまう・・・・まだ16才の女子校生には これでいいのかも知れない・・・・が ・・・・・しかし、どうなんだろう? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室の蘭オイラ的花言葉:「浅瀬に仇波」(あさせにあだなみ) *深い川の淵には波は立たず、浅い瀬ほど波が立つ 思慮が浅薄な者ほど万事落ち着きがないというたとえ
2012年12月14日
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【スタッフ】 監督=スタンリー・クレイマー 製作=スタンリー・クレイマー 脚本=ウィリアム・ローズ 撮影=サム・リーヴィット 音楽=フランク・デ・ウォール 【キャスト】 スペンサー・トレイシー =マット・ドレイトン(ジョアンナの父親・新聞社社長) シドニー・ポワチエ =ジョン・プレンティス(バツイチ・黒人医師) キャサリン・ヘップバーン=クリスティーナ・ドレイトン(マットの妻) キャサリン・ホートン =ジョアンナ(ドレイトン夫妻の娘) セシル・ケラウェイ =ライアン神父(ドレイトン夫妻の友人) ビア・リチャーズ =ジョンの母親 ロイ・グレン =ジョンの父親 イザベル・サンフォード =黒人家政婦 【あらすじ】 サンフランシスコ空港で 飛行機から降り、 人々の ぶしつけな視線など気にしないかのように、 黒人青年と白人女性は 親しげに語り合って歩きタクシーに乗った 青年は『ジョン・プレンティス』 妻と娘を 列車事故で亡くした 37才の世界的に著名な医師 女性の名は『ジョアンナ(ジョーイ)・ドレイトン』 父親が 新聞社の社長で 23才の活発な一人娘 2人はハワイで知り合い僅か10日間で 愛し合う間柄となった ジョーイの母『クリスティーナ』は 娘の婚約者が黒人と知り驚くが 娘の嬉々とした様子に動揺はするものの 次第に喜びに変わって だが、父の『マット』は、そうはいかない 新聞社を経営し、人種差別と闘ってきた「マット」だが・・・ 自分の娘のこととなれば、話はちがってくるのだ 「ジョン」は、黒人でありながら 学界では有名な人物であり、 ジュネーブの大学院に迎えられる事は「マット」も調べ 知ったのだが 黒人と白人の結婚は 想像を絶する困難がある事を知っているから 「マット」は 娘の為を思い どうしても 割り切れない 「ジョン」のジュネーブ行きの時間が迫っており、 2人はその前に、互いに両親の了解を得たがっていた 嫁に会うため、ジョンの両親『プレンティス』夫妻が 呼び寄せられ 出迎えた許嫁「ジョーイ」が 白人と知り 両親は愕然とする 「ジョン」と「ジョーイ」「ドレイトン夫妻」「プレンティス夫妻」 そしてドレイトン氏の親友「ライアン神父」が 其々に話し合いを重ね ジョンとジョーイの母親同士は 結婚には賛成で 逆に父親同士は 絶対反対で 怒り心頭 ところが ジョンの母親が 「マット」に語りかける 「歳をとって 何もかも枯れてしまったの? 若い頃の情熱を忘れたの?」 ジョンは父親に「お父さんは自分が黒人だと思ってる 僕は人間なんだ」 そして ラスト「マット」が 家政婦を含め全員を集め 今の心境と結論を 話し出すのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー*今日の昼に NHK-BSで放映されていた「招かれざる客」を観ましたが・・・・ 今年の3月25日に同映画を載せていましたので そっくりコピーしたものです「もし もしもだよ 娘が連れてきた結婚相手の男が・・・・ “黒人”だったり 鼻や唇に大きなピアスをつけていたり 金髪モヒカン刈りの男だったら あなた どうします?」オイラ 吃驚するとかより そんな奴に 絶対会わないね・・・・・ 「人種差別」は “よくない事”と 絶対に思ってるし 言ったり書いたりしてるが 現実には どうなんだろう? オイラ 若かりし頃(35才頃) インドに仕事で出張時 節約する為 2流のホテルに滞在してた 午前中で仕事を終え ホテルの小さなプールで一人泳いでいると インド人中年のオジサン7~8人が いきなり飛び込んできた 真っ黒なインド人達が騒ぎ遊ぶ 同じ水の中に居る事が なんとも心地悪く なんだろう? 理屈抜きで嫌だったんだ・・・・直ぐに プールから出た その人達は 別に人種差別なんてコト 少しも思わなかっただろうし ここで こんな風に書かなければ どうでもいいことなんだけど・・・・ 未だに人種差別の話が出ると オイラ この事を思い出し 自問する 23年間も手塩にかけて育てた 容姿も心も全て美しい自慢の娘が 突然やってきた 14才も年上の バツイチの黒人の男に盗られる そんな風に考えても決しておかしくないし 当たり前だと思う いくら有名な医者だろうが それは 男親にとっては関係ない それがハンサムな白人男性だって 盗られるという感じは同じで 今でこそ大統領が黒人オバマ 誰もそんな事 考えられない時代 あの黒人開放運動「キング牧師」が 暗殺されたのは翌年のこと 1950年に あの「エリザベス・テイラー」の「花嫁の父」を演じた「スペンサー・トレイシー」が その苦悩する父親役を熱演します そして、この作品が遺作となった 記念すべき映画なのだ・・・・ 普段 自らの新聞紙上で人種差別廃止を訴えてるのに・・・・ 我が事となると「世間が」とか「立場が」とか「常識では」とか・・・ そして「キャサリーン・ヘップバーン」 夫の演説を聴きながら その顔が だんだん変化する様子は スペンサー・トレイシー越しに映っているのですが 見ものです 「シドニー・ポアチエ」も同じ年に撮った「夜の捜査線」で FBI捜査官役を演じていますが 田舎町の白人警察官に馬鹿にされるが その優秀な手腕を発揮して 白人警官が無能に映るという格好イイ 黒人役を演じて 人種差別が恥ずかしいことと・・・・ その前1964年に「野のユリ」でアカデミー主演男優賞を受賞した 当時 最も売り出し中の俳優で・・・・ その恋人役を演じた 「キャサリーン・ホートン」は「キャサリーン・ヘップバーン」の姪で 本当に 可愛らしく これから先の現実人生の厳しさに耐えられるか 映画といえ 心配になります “ホンネとタテマエ” それぞれが それぞれの立場を理解し 真剣に話し合えば それぞれが 良い人ばかりなので 結論は自ずと・・・・ しかし 年寄りの男共の 頑固な女々しさを 反省せねば・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ オイラ的花言葉:「合縁奇縁」(あいえんきえん) *人が出会い、気心が合って親しく交わることができるのも、 理屈や人種や年の差を超えた 不思議な縁によるものだ *男女・夫婦・友人の仲がしっくり行くも行かないも 前世からの定めによるものだという意味合いで使う
2012年12月12日
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【スタッフ】監督=アンドリュー・デイヴィス 製作=アーノルド・コペルソン製作総指揮=キース・バリッシュ、ロイ・ハギンズキャラクター創造=ロイ・ハギンズ 原案=デヴィッド・トゥーヒー脚本=ジェブ・スチュアート、デヴィッド・トゥーヒー撮影=マイケル・チャップマン 音楽=ジェームズ・ニュートン・ハワード【キャスト】ハリソン・フォード =リチャード・キンブル医師トミー・リー・ジョーンズ=サミュエル・ジェラード捜査官ジュリアン・ムーア =アン・イーストマン医師ジェローン・クラッベ =チャールズ・ニコルズ医師ジョー・パントリアーノ =コズモーアンドレアス・カツーラス=フレデリックセーラ・ウォード =ヘレン・キンブ【あらすじ】シカゴでは高名な外科医『リチャード・キンブル』ある夜帰宅すると、家で片腕の男を目撃 格闘となるが逃げられてしまう・・・・、室内では 妻が瀕死の状態で倒れていて応急処置をするが 間もなく息を引き取ったそして なんと「キンブル」は その容疑者として逮捕されてしまう・・・・無実を訴えるも虚しく 死刑判決を受け、刑務所へと移送される「キンブル」しかし、その移動中 護送車内で受刑者が脱走を試み 護送車が横転 線路上に落下そこへ走ってきた列車と衝突・・・・九死に一生を得た「キンブル」は逃亡した一方、事故現場からの脱走者がいることを知った連邦保安官補『サミュエル・ジェラード』追跡を開始するが・・・・何度となく 追いつめられるも何とかその窮地を潜り抜けた「キンブル」は・・・・やがて片腕の男を突き止め、さらに意外な人物がその黒幕であることを知るのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー昨日の映画「十二人の怒れる男」は 少年の死刑判決を決める陪審員達の話だったがこの映画「逃亡者」は 無罪の男「キンブル」医師が 有罪判決を受け死刑を言い渡される偏見とか先入観による 偏った判断ではなしに 充分検討討議の上の陪審員達による なにか決定的な 証拠品や証言に基づき 下した裁決なんだろうけどどうも 腑に落ちない?動機は 金目当てというが・・・・ 有名な外科医 金に困ってなんかいないし誰もが認めるアツアツ夫婦で その夜もパーティーで そのラブラブ振りを発揮してたし殺したのも 自宅の寝室というのも有り得ないし 即 警察に電話もしてるし何より 犯人の右腕が義手の男と格闘してる訳だから 何かを現場に残してる筈だし指紋はなくても 髪の毛だとか 靴跡だとか・・・・それに「キンブル」医師の発言 釈明が一切聞き入れられないというのもガテンがいかないなんせ 勤務先病院での評判や それまでの人生や功績から考えても 有り得ないと思うが それが 一度 刑が決まってしまうと 本人がどう足掻こうが・・・・人間を完全に否定され 警官や刑務所 そしてマスコミは完全に極悪人扱い 人間的な扱いは一切されない日本でも「免田事件」「財田川事件」「島田事件」「松川事件」・・・・と死刑が確定した人が 何十年も経って無罪になった免罪事件が実在するが・・・・ただ 死刑を免れただけではない 大切な人生を奪われてしまったのだ・・・・この「ドクター・キンブル」も 心より愛していた妻を奪われただけはでなく築き上げてきた財産や 名声・人格 人生そのものを失い・・・・・ たまたま 映画だから都合良く作られているが・・・・ しつこく追いかけてきた連邦保安官「ジェラード」から 逃げおおせ・・・・殺人犯も捕まえ 影の真犯人も割り出し捕らえたから いいようなものの・・・・薬による死刑が実行されるハズだった・・・・恐ろしや!1960年代に アメリカTVドラマの大ヒット番組だった「逃亡者」は「ドクター・キンブル」は(デヴィット・ジャンセン」で 毎週の放映が楽しみだった若々しい「トミー・リー・ジョーンズ」が 如何にも凄腕の連邦保安官に成り切ってあのコーヒーCMの宇宙人は “有り得ない”・・・・と思っちゃう ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室の「蘭」オイラ的花言葉:「引喩失義」(いんゆしつぎ) *つまらない前例やたとえを引いて正しい本来の意義を見失うこと 良くない先例をひいて正しい道を踏み外す意にも用いる
2012年12月11日
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【スタッフ】監督=シドニー・ルメット 脚本=レジナルド・ローズ 原作=レジナルド・ローズ 製作=ヘンリー・フォンダ 、レジナルド・ローズ 撮影=ボリス・カウフマン 美術=ロバート・マーケル 音楽=ケニョン・ホプキンス 編集=カール・ラーナー 【キャスト】マーティン・バルサム= 「陪審員1番」 陪審員長で陪審員全体の取り仕切りを行う 、中学校体育教師でフットボールのコーチジョン・ヒュードラー= 「陪審員2番」 臆病な銀行員リー・J・コップ= 「陪審員3番」 高圧的なメッセンジャー会社経営者 5年前に喧嘩をした息子との確執があるE・G・マーシャル= 「陪審員4番」 株式仲介人 冷静沈着な性格 最後までスーツの上着をぬがないジャック・クラグマン= 「陪審員5番」 工場労働者 スラム育ちエドワーズ・ビンズ= 「陪審員6番」 塗装工の労働者ジャック・ウォーデン= 「陪審員7番」 セールスマン ヤンキースの試合を観戦予定で、時間ばかり気にしているヘンリー・フォンダ= 「陪審員8番」 建築士 最初から裁判自体に疑念を抱いている ジョゼフ・スイーニー= 「陪審員9番」 80才前後の老人 人情深く洞察力が鋭く 証言女性のメガネに気付く エド・ペグリー= 「陪審員10番」 居丈高な自動車修理工経営者 差別意識が強く 鼻ばかりかんでるジョージ・ヴォスコヴェック=「陪審員11番」 ヒゲを生やしたユダヤ移民の時計屋 聡明な性格 ロバート・ウェッバー= 「陪審員12番」 広告代理店宣伝マン 軽薄な性格 言動に左右されやすく自分の意見がない【あらすじ】ニューヨークの法廷で殺人事件の審理が終わった被告は17歳の少年、日頃から不良といわれ、飛び出しナイフで実父を殺した容疑だった12人の陪審員が評決のため陪審室に・・・・夏の暑い日で彼らは疲れきっており、早く評決を済ませ 家に帰りたがっていた第1回目の評決は 11対1で有罪が圧倒的だったが判決は全員一致でなければならなかった・・・・無罪は陪審員8番 ただ1人彼は不幸な少年の身の上に同情し、犯人かもしれないが有罪の証拠がないと・・・・陪審員3番が証拠を読みあげた殺人の行われた部屋の真下に住む老人が、当日 少年が“殺してやる!”と叫んだのを聞きその直後、老人は逃げる少年を廊下で見た警察は被害者の胸に 飛び出しナイフが刺っているのを発見逮捕された少年はその時間に映画を見ていたというが その題名は思い出せなかった第10番は 殺人現場の向う側に、高架鉄道を はさんで住んでいる老婦人が、折から通過した回送電車の窓越しに、犯行を目撃したと・・・・第6番は親子の仲が日頃から悪く 喧嘩が絶えなかったと・・・・これらに対し 第8番はこれらの証言にも、万が一間違いがあるかもしれないと・・・・陪審員たちは凶器のナイフを再検討した被告はナイフを買ったことは認めたが、落としてなくしたという警察は形が特別なもので、被告のものが凶器だと主張したしかし第8番は 同形のナイフを自分のポケットから取り出し 古道具屋に売っていたとそして 2度目の評決で 第9番目が無罪に変わり 10:2になった味方を得た第8番は、証言の不確かさを 次々と暴いてゆく・・・・第11番は 少年が犯人なら、なぜ捕まるとわかっている自宅に帰ったのかと疑った3回目の評決がとられ・・・・無罪が4人に増え 8:4にそして さらに・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー社会派監督「シドニー・ルメット」作品映画「十二人の怒れる男」 ずーっと昔の学生時代に観た映画・・・・・二度と観る事はないだろう と思ってただってェ モノクロ白黒画面 女優もスター俳優も出てないし 音楽も無し 蒸し暑く 狭い部屋に 12人もの むさくるしい中高年のウルサ型のジジイ達が最初から最後まで 討論とはいえない罵り合い つかみ合いまでして少年の“命”を決める有罪・無罪を 全員一致の評決までを描く 息苦しくなりそうな映画 なんだからでもね 昨日 改めて観てみましたが・・・・凄い 飽きない 面白いたった 2時間程で 12人の個性 生い立ち 人間性迄を描き出してしまう 脚本 演出 俳優 の巧さに・・・・驚かされるこの映画のテーマは 物事の本質を見極める大切さ・・・・「先入観」や「偏見」という ベール越しに物事を判断してはいけないということ「エド・ペグリー」演じる陪審員10番(偏見と差別主義代表のような人)が 叫ぶ 「あの不良が・・・・連中は平気でうそをつく・・・・真実なんてどうでもいいんだ 大した理由がなくても奴らは人を殺す・・・・気にするような人種じゃない・・・ 奴らは根っからのクズなんだ」それは 被告少年や スラム住民へのあからさまな誹謗中傷・・・・心の中に強くある差別感情と偏見を 大声で告白する結果となって・・・そこで 人間の良心代表みたいな 陪審員8番(ヘンリー・フォンダ)が言う「偏見抜きで物事を考えるのは難しい 偏見は真実を見る目を曇らせる 事実は私も分からないし知る人はいない だが、われわれは疑問を感じている そこが重要な点だ・・・・確信もなく人の“命”は裁けない」 日本にも裁判員制度が導入されて 難しい判断を迫られる事がある・・・・としてこの映画は その時のための モデル映画となっていると聴いたもし“有罪”に 異議を申し出なければ この8番陪審員が居なかったら?“自分自身が納得できる意見を持つこと”そして“納得いくまで議論し尽くすこと”の 大切さを訴える映画だからなんでしょう映画の終わりは 狭い部屋から出て 裁判所の入口 雨が上がって・・・・12人の陪審員は 其々が なんとなく足取りも軽く階段を降りて 街に散っていきます観終わった観客も 同じような思いで 映画館を後にしたコトでしょう・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室の「ラン」オイラ的花言葉:「大儀は大悟の基」(たいぎはたいごのもとい) *大きな疑いを持つことが、大きな悟りに至る基本である 疑いを持たなければ悟りは開けないということ
2012年12月10日
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【スタッフ】監督=バリー・レヴィンソン 脚本=アート・リンソン製作=ロバート・デ・ニーロ、アート・リンソン、 ジェーン・ローゼンタール、バリー・レヴィンソン製作総指揮=トッド・ワグナー、マーク・キューバン、エリック・コペロフ原作=アート・リンソン 撮影=ステファーヌ・フォンテーヌプロダクションデザイン=ステファニア・セッラ編集=ハンク・コーウィン 音楽=マーセロ・ザーヴォス音楽監修=アラン・メイソン 衣装=アン・ロス【キャスト】ロバート・デ・ニーロ =ベン ショーン・ペン =本人キャサリン・キーナー =ルー ジョン・タートゥーロ =ディックロビン・ライト・ペン =ケリー スタンリー・トゥッチ=スコットクリステン・スチュワート=ゾーイ マイケル・ウィンコット=ジェレミーブルース・ウィリス =本人 【あらすじ】映画の都ハリウッドで活躍する映画プロデューサーの『ベン』製作に携わった『ショーン・ペン』主演作のカンヌ国際映画祭でのオープニング上映を2週間後に控えていただがその矢先、監督のとんでもない演出のおかげで試写会の観客アンケート結果が散々だったために映画会社の女社長から作品の再編集を命じられ・・・・監督を説得する役回りを務めるハメにまた、クランク・イン直前の最新作では、主演の『ブルース・ウィリス』が作品のイメージとまるで違うヒゲ面にメタボ体型で撮影現場に現われ「ベン」は頭を抱える一方、プライベートでも1年前に別れた妻への未練を引きずり、悩みや難題が山積の「ベン」それでも彼は、全てを解決させようと地道に奔走していくこうして、脱線しかけていたそれぞれの問題も何とか軌道修正され、いよいよカンヌの上映に臨む「ベン」だったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【映画製作(プロデューサー)の主な役割 】 [ウィキペディアより]1)企画立案2)出資者への交渉、確保、プロデューサーチームの編成3)脚本家や映画監督、その他のスタッフ選び4)キャスト選び5)準備から撮影、仕上げ、作品の完成までの全ての工程の包括的管理6)配給サイドとの交渉7)資金の流れの管理8)ファイナルカットの権限*製作総指揮(エクゼクティブ・プロデューサー)は そのトップ*プロダクション・デザイン=日本では「美術」と表示する美術監督 時代考証等をし 装飾、大道具、小道具、 ファッションに至るまで、全体の美術プランを作る ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画製作にとって プロデューサーの役割が 如何に大きいかを語る映画オイラのブログでも スタッフ欄の製作者名を省くことが多いが・・・・それは 最近大抵は3名以上の連名だったり 製作者総指揮だとかプロダクション・デザインとかもあって、それぞれの役割が不明な事があるからこの映画も 製作の欄に4名 制作総指揮者に2名 表示されている直接 映画製作には関係が無いだろうということで 省いていたんだけど上記のように その役割は映画の根幹に関わる重要な役割である事が判るが・・・・・この映画のプロデューサーの一人で 主演の「ベン」役「ロバート・デ・ニーロ」はわが儘勝手で いうことを聞かない「監督」、主役「俳優」、そして「出資者」にキリキリ舞いさせられ、それらの人達の間に立っての なだめ役 調整役が主な仕事のようにみえる・・・・本来 プロデューサーは いい企画を立て 本を探し 脚本家・監督・俳優を選び採算を彈き スポンサーに売り込み・・・・ だから 本来の映画の評価は プロデューサーのモノ なんじゃないかと思える程なのに噂によると ハリウッドでの仕事は 夫々に役割分担が明確に決められていて脚本・演出・撮影・編集・等 其々権限があって 下手に口出しが出来ないというが・・・・ この映画の中の「ジェレミー」監督「マイケル・ウィンコット」が撮った映画のラスト部分が 試写会で大ブーイングが起こって・・・・それは 映画の中の映画の主人公「ショーン・ペン」が 空に 沢山のかもめが鳴き 飛ぶ波止場 ボタ山のようなてっぺんで 銃に撃たれて転げ落ち・・・・それを愛犬(ラブラドール)が追ってくると ギャングらしい男達がその犬を無残にも撃ち 赤い血しぶきが画面に向かってバサっと飛び散るそれを 出資者「ルー」(キャサリン・キーナー」は そのラストをカットしろと・・・・「ベン」は カンヌに出品するのだから ラストを変えろと監督を説得するが・・・・まったく聴く耳を持たない 荒れ狂う「ジェレミー」監督・・・・こんな監督を選んだのも「ベン」なんだから・・・・でも クスリの所為か編集し直したからと・・・・それは なんと・・・・ 犬が 撃たれた主人の傷口を そして顔をペロペロ舐めまわす感動のラストにそして 大挙してカンヌ映画祭に乗り込む関係者一同・・・・感動的な「ジェレミー」監督の挨拶があって・・・・いよいよ開幕映画としてしかし・・・・・サプライズが何事も経済第一主義 儲からななければ(金が稼げなければ)何も出来ない世の中能力のある芸術家に投資するスポンサー そして国は応援出来ないものだろうか枠に縛られず 自由に映画を撮れたらと思うが・・・・絵画や文学ととは違って 映画は 各分野のタレントが集まって創る芸術だから・・・・監督や俳優の暴走は ちょっと問題かな? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日も温室の 白にピンクの入った「セントポーリア」オイラ的花言葉:「各自為政」(かくじいせい) *それぞれが勝手に事を処理する 大局を顧みないで、自分勝手に振る舞うこと
2012年12月07日
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【スタッフ】 監督・製作=スタンリー・ドーネン 原作=ピーター・ストーン、マルク・ベーム 脚本=ピーター・ストーン 撮影=チャールズ・ラング・ジュニア 作詞=ジョニー・マーサー 音楽=ヘンリー・マンシーニ タイトル・デザイン=モーリス・ビンダー 【キャスト】オードリー・ヘップバーン=レジーナ・ランパートケーリー・グランド =ピーター・ジョシュアウォルター・マッソー =バーソロミュージェームズ・コバーン =テックスジョージ・ケネディ =スコビーネッド・グラス =ギデオンドミニク・ミノット =シルヴィトーマス・チェリムスキー=ジャン・ルイ【あらすじ】スキー旅行先で、富豪の夫『チャールズ』との離婚を決意した『レジーナ・ランパート』旅行からパリの自宅に戻ると、家財道具一切が部屋に無く、夫の姿も消えていたそこへ、司法警察の『グラン・ピエール』警部が現れ、「チャールズ」の死を告げる 警部によれば「チャールズ」は家財道具のすべてを競売にかけ、その落札代金25万ドルを持って パリ脱出のために列車に乗ったのだというしかし「チャールズ」は、列車から誰かに突き落とされたのだった警察署で、夫の遺品を受け取った「レジーナ」 小さなバッグに手帳、櫛、万年筆、「レジーナ」に宛てた切手を貼った未投函の手紙など のほかパスポートが4通もあった 何もない、電気も止められてしまった自宅で途方にくれる「レジーナ」そこへ、スキー旅行先で知り合った『ピーター・ジョシュア』が現れる「ピーター」は彼女に「事件は新聞で知った 何か協力できることはないか」と申し出る 「チャールズ」の葬儀は寂しいもので、出席者は「レジーナ」と、「レジーナ」の親友でスキー旅行に同行した『シルヴィ』そして『ピエール』警部だけ途中、ハゲた小柄な男『ギデオン』とやせた背の高い男『テックス』、そして、大柄で右手が金属義手の男『スコビー』が順次現れ「チャールズ」の死亡を確認し 其々が意味不明な恨み言を口走る 「レジーナ」はアメリカ大使館の『バーソロミュー』に呼び出され、4通ものパスポートを所持した「チャールズ」の素性を知らされる本名は『ボス』、そして 見せられた証拠写真の 若い頃の夫「チャールズ」(ボス)は、葬儀に現れた3人と一緒に写っていたのだその4人は 第二次世界大戦中、OSS(CIAの前身)で 対ドイツ戦に従事していた25万ドル相当の金塊の輸送任務にあったが、4人は金塊を盗まれたことにして密かに地中に埋め、終戦後に山分けすることにした・・・・がしかし間もなく戦況は悪化し、ドイツ軍の攻撃を受け「スコビー」が右手に大怪我を負い、4人は散り散りになってしまうそんな中で「チャールズ」が金塊をこっそり掘り返し、持ち去ったのだという 「チャールズ」が持ち去った25万ドルは妻である「レジーナ」が知っているに違いないと信じた3人が「レジーナ」の前に現れ、「金をよこせ」と脅迫するのだったその3人の脅迫から「レジーナ」を守ろうとする 謎の男「ピーター」しかし「スコビー」からの電話忠告で・・・・「レジーナ」は「ピーター」も25万ドルを狙ってるのではないかとの疑いをもつ やがて「スコビー」、「ギデオン」が何者かに殺されるのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画「シャレード」には 話題の切り口が沢山あって 何をメインにして書けばいいか 迷うほど・・・・・先ずは 「オードリー」が身につける「ジバンシー」ファッションの数々こういったサスペンス映画には 難しいと思うのだが・・・・なにげに着こなして違和感がない「オ-ドリー」 当時の女性ファンには高評価で 随分と参考になったとか次に「オードリー」に絡む 多種多様な男性俳優陣「ケーリー・グランド」謎の男役 一体何者なのか? ラストに正体が明かされるが当時34才「オードリー」の相手役としては またもや25才も年上の59才で・・・・ケーリー・グランドは出演を断ったそうだが なんなくこなしてしまう所が流石CIA捜査官を名乗る「バーソロミュー」(ウォルター・マッソー)は 「ジャック・レモン」と組んだ おかしな二人シリーズで喜劇俳優として活躍だったが今回は髭ズラの 少しとぼけた感じのする 怪し気な捜査官を怪演・・・・あの「荒野の七人」でナイフ投げのカウボーイ役が印象深い「ジェームス・コバーン」拳銃をくるくる回すガン捌きを披露して カウボーイ出身をアッピールしてたが流石の大男も 死に様は ちょっと可哀想な格好だったかな・・・・悪役顔の「ジョージ・ケネディ」は 右手が金属義手で 怖さ10倍の迫力で迫る「ケーリー・グランド」との ネオン輝く屋上での死闘は ハラハラもんだったそして次に 「ヘンリー・マンシーニ」作曲の主題曲「シャレード」「ティファニーで朝食を」の“ムーンリバー” そして「酒とバラの日々」二年連続主題歌がアカデミー賞 歌曲賞を受賞していて3年連続か?の期待がされノミネートはされていたが残念ながら・・・・でも 今もよく流れている名曲 この映画が展開されるパリの風景に見事マッチしてグゥ因みに「シャレード」の意味はジェスチャーで演じたモノマネを当てるゲーム 所謂「謎解きゲーム」のコトらしいあんまり 話題に登らないが この映画を見た人は最初のタイトル・クレジットのデザインが 斬新で目立っていた事にきがついたでしょうそう アメリカ映画では「ソウル・バス」と並んで有名なタイトル・デザナー「モーリス・ビンダー」の作品 あの「007」シリーズのタイトルの作者です「オードリー・ヘップバーン」と組んだミュージカル映画「パリの恋人」の監督「スタンリー・ドーネン」は 「A・ヒッチコック」を意識したサスペンス作品にしようとしてたらしいが・・・・・オイラ的には 少々遊びが過ぎて ハラハラ感が薄いのが気になったが逆に コメディ・タッチの仕上がりで 独特な味は これはこれで面白かったナあのガキンちょの水鉄砲や オレンジの首挟みリレー スーツのままのシャワー等ツボを心得た 笑いの場面はイイ粋で お洒落な 洒落い度100%の映画「シャレード」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日から 温室で咲く花々を載せます 先ずは「セントポーリア」オイラ的花言葉:「海千山千」(うみせんやません) ] *多くの経験を積み、物事の裏側に通じてずるがしこいこと 海千山千の人を相手にするときは、嘘をついているのではないかと よほど気をつけないと、簡単にだまされてしまう
2012年12月06日
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【スタッフ】監督=マイケル・ゴードン 脚本=スタンリー・シャピロ 、モーリス・リッチマン 原作=ラッセル・ラウス 、クラレンス・グリーン 製作=ロス・ハンター 、マーティン・メルチャー 撮影=アーサー・E・アーリング 音楽=ジョセフ・ガーシェンソン 編集=ミルトン・カルース 【キャスト】ロック・ハドソン =ブラッド・アレン(作曲家) ドリス・デイ =ジャン・モロー(室内装飾家) トニー・ランドール=ジョナサン・フォルデス(アレンの親友・富豪) セルマ・リッター =アルマ (ジャンの家政婦) マルセル・ダリオ =ピエロ (ジャンの会社社長) リー・パトリック =ミセス・ウォルター(ジャンの顧客) ニック・アダムス =トニー・ウォルター (その息子) 【あらすじ】 室内装飾家の『ジャン・モロー』が電話をかけようとすると、男が女と話しているのが聞こえる・・・この電話共同線の男は恋歌まで歌い出すのだ「ジャン」は怒鳴った いつも電話で女をクドイてる いやなヤツ・・・・・そのいやな奴は 作曲家の『ブラッド・アレン』「ジャン」は電話局に抗議、 局の女の苦情係も「ブラッド」に苦もなく丸めこまれやむなく「ジャン」は 協定を結び、1時間を半分ずつ使用することを提案一方「ブラッド」の 友達『ジョナサン』は金持ちで、彼の曲を使うショーのスポンサー「ジョナサン」が恋をしている相手は「ジャン」「ジャン」が 美人と聞き「ブラッドは興味を持つ「ジャン」は 顧客の富豪の息子『トニー』に誘われナイトクラブへ行くが、隣席に女ときていたのが「ブラッド」だった彼は、「トニー」が酔いつぶれたのを幸い、彼女に近づき西部の純真な田舎者『レックス・ステットソン』と名乗った「ジャン」は本気で 彼を信じ・・・・夜中に翌日のデイトを申し込んできたのが、共同線の相手とは知らなかったのだ・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画の魅力は なんと言っても「ジャン」を演じる歌手『ドリス・デイ』勿論 俳優として映画にも沢山出演しています「二人でお茶を」「カラミティ・ジェーン 」「情欲の悪魔」「知りすぎていた男」「影なき恐怖」 「パジャマゲーム」「先生のお気に入り」・・・・・それらの映画の主題歌で有名なのは「ティー・フォー・ツー」「ティーチャーズ・ペット」中でも ヒッチコック監督「知りすぎていた男」の「ケ・セラ・セラ」は大ヒットでしたオイラ的には彼女のハスキー・ボイスの歌声が好きで「When I Fall in Love」とか「Fly me to the Moon」とか・・・・・特に20代の頃に よく聴いていたレコード アルバムが「Latin for Lovers」「Quiet Night of Quiet Stars」「Meditation」「Summer has Gone」・・・・ボサノバ風のリズムにハスキー声の歌が心地よく いつも聴いては癒されていたものです 彼女は1924年生まれ 現在88才 ご健在のようです「ロック・ハドソン」との共演で息の合ったコンビ振りを見せていましたが・・・・後に 彼はゲイであること、エイズに感染してる事を公表59才の若さで早世しましたが・・・・勇気ある行動と称えられました映画の中で なんかアヤしいと「ドリス」に 疑われるシーンがありますが当時は笑えた場面でも・・・・今となっては もう「ドリス・デイ」の仕事は「室内装飾家」オイラの携わっていた職業に関係してるので 大変興味深かったが・・・・日本では この職業は“インテリア・コーディネーター”かな? この“インテリア・コーディネーター”は 主にハウジング・メーカーに所属していて新築物件で顧客に内装の相談に乗り 床材・照明器具・タイル・カーテン・壁紙・敷物等色や素材のアドバイスをするのが主な仕事だが 設計の段階から相談に乗ったりもしてる最近 若い女性の憧れの職業の一つになっているらしい・・・・が「ドリス・デイ」の“室内装飾家”は お客様からイメージを聴いて部屋ごと全てを創る 椅子もテーブルも 装飾雑貨も美術品 絵画まで・・・・だから 顧客の家族構成は勿論 生活様式 趣味 性格まで知っていなければできないしそれらの家具調度品等 すぐ調達できる業者も熟知してなければ出来ない仕事で何より 顧客からの絶対的な信頼が必要条件ですあの「ロック・ハドソン」の部屋の装飾には 大笑いでしたが・・・・なんと! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・近所のE医院の裏庭の「紅葉」 近辺が土地造成で沢山の樹木が切り倒されてもE医院の老医院長の遺言で 自然が守られているのは 嬉しいコトですオイラ的花言葉:「妄言多謝」(もうげんたしゃ) *自分の独断偏見で述べた言葉について、その後に深くお詫びする意
2012年12月05日
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【スタッフ】監督=スタンリー・ドーネン 演出=スタンリー・ドーネン 原作=レオナード・ガーシュ 製作=ロジャー・イーデンス 撮影=レイ・ジューン 音楽=ジョージ・ガーシュウィン、アイラ・ガーシュウィン 振り付け=ユージン・ローリング、フレッド・アステア 【キャスト】オードリー・ヘプバーン=ジョー フレッド・アステア =ディックケイ・トンプソン =マギー ミシェル・オークレール=フロストル教授ロバート・フレミング =デュバル アレックス・ゲリー =ドヴィッチルータ・リー =レティ【あらすじ】ニュー・ヨークのファッション雑誌“クォリティ”は新しいモデルを探し“ミス・クォリティ”と名づけ、パリの世界的デザイナー『ポール・デュヴァル」に衣裳を作らせてファッション・ショーを開き、その写真を独占し雑誌を売ろうと計画したそのモデルを探す役は、ファッション・カメラマン『ディック・エヴリー』写真撮影に使った古本屋で『ジョー・ストックトン』という店番の娘に眼をつけた彼女は パリのフロストル教授が主宰する「共感主義」の哲学を信奉するインテリ娘『ジョー』はもちろん、ファッション・モデルなどに興味はなかったが、パリに行けば崇拝するフロストル教授に会えるので、ミス・クォリティを承諾クォリティ誌の主筆『マギー・プレスコット』の一行がパリに到着するや・・・・「ジョー」は早速、画家や詩人や共感主義者が集まる裏街のカフェーに行った翌日、デュヴァルのサロンでは、見ちがえるほど美しくなった「ジョー」の姿が・・・・ミス・クォリティを紹介するパーティの夜 「ジョー」は「フロストル」教授が裏街のカフェーで講演することを知ると、パーティのはじまる前に抜け出した「ジョー」は「フロストル」教授に会い、教授がまだ30代の青年であるのに驚く「ジョー」を追って来た「エヴリー」は「ジョー」を捕まえサロンへタクシーを走らせ「エヴリー」は 教授が「ジョー」に興味を抱いているのが気に入らない「ジョー」は 教授に「エヴリー」が 無礼なことを云ったと腹を立てていた 2人の口論はサロンに着いてからもつづき パーティは滅茶々々になった翌日、「エヴリー」は「ジョー」が「フロストル」教授の部屋にいるのをみつけ「ジョー」を連れ帰ろうとした昨夜見せられなかったデュヴァルのドレスを今夜発表することになっているからが一つには教授の野心を見抜いたからだしかし、「ジョー」は「エヴリー」のそんな態度が気に入らず、絶対帰らぬといい張って喧嘩別れしてしまったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「パリの恋人」は ミュージカル映画です原題は「Funny Face」 一時流行りましたネ「ファニー・フェイス」あれです脂がのった28才の『オードリイ・ヘップバーン』が主役で 自らが歌い 踊り 写真のモデルとして ファッション・ショーのモデルとして・・・・・ 沢山の素敵な姿が見られますが その1シーン 1シーンが 絵的にとっても素晴らしい 中でも 芸術家達のたむろする怪し気なバーで 黒のサブリナ・パンツに丸首セーター 一人で踊る 前衛的なダンスは見ものですそして 当時58才「オードリー」より30才も年上の『フレッド・アステア』歳なんか 少しも感じさせない 軽快なステップの華麗な踊りを見せてくれますこのシーンは バーからの帰り「オードリー」を 送ってきたホテル前の中庭で傘とレインコートを使い 闘牛士をイメージした見事な踊りを披露 圧巻ですそして 二人が歌い踊る 真っ赤なライトの暗室での ダンス・シーン お城の庭 花がさく池の辺での バレエ風の踊り更に 変装した「ケイ・トンプソン」と「アステア」が哲学者たちの集会でやはり歌い 踊るナンバーも最高です物語的には 【あらすじ】に記した通りで 特になんてことない超ベタな 恋愛物語踊りと ファッション そして「オードリー・ヘップバーン」をみるだけでイイんですラスト 花嫁衣装でアステアとの踊りで幕を閉じます 何故か 父と娘の映画が二本続き 父親のような「アステア」と 娘のような「ヘップバーン」の映画 それも花嫁衣装で終わるのは・・・・なにか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラ的花言葉:「錦上花を添える」(きんじょうはなをそえる) *美しいものの上に、さらに美しいものを添える 立派なものに、さらに立派なものを加える 華やかな錦の上に、重ねてまた美しい花を置くの意
2012年12月04日
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【スタッフ】監督=ロバート・ロレンツ 脚本=ランディ・ブラウン プロダクション・デザイン=ジェームス・J・ムラカミ 製作=ロバート・ロレンツ、クリント・イーストウッド、ミシェル・ワイズラー 撮影=トム・スターン 美術=ジェームズ・J・ムラカミ 編集=ゲイリー・D・ローチ、ジョエル・コックス 衣装=デボラ・ホッパー 音楽=マルコ・ベルトラミ【キャスト】クリント・イーストウッド =ガス エイミー・アダムス =ミッキー(ガスの娘)ジャスティン・ティンバーレイク=ジョニージョン・グッドマン =ピート・クラインロバート・パトリック =ヴィンスマシュー・リラード =フィリップ・サンダーソンジョー・マッシンギル =ボー・ジェントリー 【あらすじ】数々の名選手を発掘してきたメジャーリーグの伝説的スカウトマン『ガス・ロベル』しかし近年はパソコンを使ったデータ分析が主流で「ガス」のような昔気質のスカウトマンは すっかり時代遅れに・・・・視力も衰え、残り3ヵ月となった球団との契約も延長は望み薄か・・・・そんな中、ドラフトの目玉選手のスカウティングに向かった「ガス」のもとに、弁護士としてキャリアの大事な時期を迎えていた一人娘の『ミッキー』がやって来るすっかり疎遠になっていた2人は、久々の再会も互いに素直になれずにギクシャクしたままそんな2人の前に、かつて「ガス」に見出され、引退した現在では新米スカウトマンとして再出発を図る『ジョニー』が 姿を現わすのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「グラン・トリノ」の後 “もう役者稼業は廃業だァ”って俳優引退声明してた「クリント・イーストウッド」爺が 4年振りにスクリーンに姿を見せてくれたそして相変わらずの 頑固ジジイ振りを発揮してくれてる顔のシワも更に増え オシッコもチョロチョロ 眼も霞んで・・・・自動車の運転も危ない ガレージの狭さに文句を付けつつ 脇を擦り しまいには 危うく大事故になりそうな接触事故まで起こす程の 老人振りでも“若ケーもんにゃ負けねー”って 頑張ってるメジャーリーグの野球選手発掘「スカウト・マン」が 今回の仕事最近流行りのコンピューターのデーター分析に基づく やり方には駄目を出すそういえば 最近の映画「マネー・ボール」の真逆をアッピールする内容だ ハイスクールのスラッガー選手を追いかけてバックネット裏で観戦 観察してるがどうも 気に入らない・・・・高額契約金だの 女にモテるだの の話しかしないそして ピーナッツ売りの黒人少年を馬鹿にする 嫌な奴なんだ これが・・・・現場じゃなきゃ 見られない生身の人間像が・・・・・日本の高校野球選手は こんな姿は絶対に見せない 管理が行き届いて(裏では?だが)というように スカウトマンのプロ魂 みたいなもんを中心にした話も面白いのだがでも 実は 父と娘の 親子愛の物語なのですこの映画で何度も出てくる歌が“YOU ARE MY SUNSHAINE"You Are My Sunshine My only sunshine. You make me happy When skies are grey. You'll never know, dear, How much I love you. Please don't take my sunshine away 君は ボクの太陽空が グレイに曇っていても君は ボクを幸せにしてくれるボクが どれほど君を愛しているか君にはわからないだろうどうか ボクの太陽を連れて行かないでおくれ39才で亡くなった妻の墓の傍に座り ビールを飲みながら歌います ソレは奥さんに そして娘に向けて歌ってるのです娘「ミッキー」(エイミー・アダムス)は33才 やり手の弁護士になっていて独り住まいの父「ガス」が心配だけど 今 役員に昇進のチャンスを迎えているでも「ガス」の上司から連絡が入り ガスの眼は 放っておくと失明の恐れがあると それで そんな大事な時にも拘らず 父親を何とか説得しようと旅に付いて行くのだしかし まともに向かい合おうとしない「ガス」に とうとう「ミッキー」は自分が「ガス」に捨てられたことで 今でもセラピストにかかっていると告白そこで ガスは初めて 彼女が6歳の時の忌まわしい事件を打ち明け 「ミッキー」が自分と一緒では拙い事が起こると 手放した事を・・・・でも「ミッキー」は言う あの頃の お父さんの傍の席が「人生の特等席」 と・・・・・泣かせるねェ娘と和解し 更に恋人も出来て もしかするとスカウトマンを引き継いでくれそう満足そうに微笑みを浮かべ 「バスで帰ろう」って 一人バスに乗る「ガス」・・・・そうだよ“爺さん” 穏やかにラスト人生の特等席に座らにゃあ・・・・ やっぱり 「クリント・イーストウッド」スタイルの映画に仕上がってオイラには たまらなく イイ映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・稲戸井駅近くの踏切脇にある 白い花を沢山つけた「サザンカ・山茶花」は立派オイラ的花言葉:「老い木は曲がらぬ」(おいきはまがらぬ) *老い木は柔軟性に乏しく、曲がりにくい(老人の頑固さの例え) 年を取ってからは、考え方や性癖を改めようとしても無理だということ
2012年12月03日
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【スタッフ】監督=ヴィンセント・ミネリ 原作=エドワード・ストリーター 脚本=フランシス・グッドリッチ、アルバート・ハケット音楽=アドルフ・ドイチュ 撮影=ジョン・アルトン編集=フェリス・ウェブスター 美術=セドリック・ギボンズ、レオニード・ヴァシアン 【キャスト】スペンサー・トレシー=スタンリー・T・バンクスジョーン・ベネット =エリー(スタンリーの妻)エリザベス・テイラー=ケイ(スタンリーの娘)ドン・テイラー =バックリー・ダンスタン(ケイの花婿)【あらすじ】娘の『ケイ』を新婚旅行に送り出して、弁護士の『スタンリー・バンクス』は披露宴の残骸の中 がっくり身を落とした「ケイ」が、『バクリー・ダンスタン』という青年と結婚したいと両親を驚かしたのは、何ヵ月か 前のことだった妻『エリー』は落ち着き払っていたが、「スタンリー」は「ダンスタン」家が名門であり、「バクリー」青年も しっかりしたしてることを知るまでは、オチオチ眠れないのだった晴れて2人の婚約がすむと、「スタンリー」の頭痛の種は 結婚費用だったなるべく式は 内輪ですませたい彼の意志に反して、妻や娘は一生の願いとして教会で盛大な式を挙げたがったいっそ、娘が男と駈け落ちしてくれた方が、まだ安くつくではないか等と思ったもしたがようやく教会の式も決まり、披露宴招待の人数も折り合って、知人から続々と贈物が届くようになった頃、ケイは突然破談にしてくれと言い出したが・・・・新婚旅行の行き先について、「バクリー」と 他愛ない喧嘩だったのである親父が仲裁に乗り出す間もなく、若い2人はケロリと仲直りして・・・・式の予行練習も済み「スタンリー」は 眠られぬ結婚式前夜を過ごした晴れの式では、「ケイ」は堂々たる花嫁ぶりを披露して・・・・知人たちがただのシャンパンを飲みに250人も集まった 披露宴の混雑で、「スタンリー」は 去り行く娘に言葉をかけてやる暇さえなかったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラも2人の娘を嫁にやった父親なんだけど・・・・・まったくの所 花嫁の父親は 傍目から見ればアタフタと ただ動き回る道化のピエロでよく観察してれば そのおかしな行動は 映画のネタにされてしまっても仕方ない かな?「スタンリー」も 母親と娘が その規模をドンドン大きくしてゆくことや・・・・招待客が絞れずに ナン百人にもなってしまうことや新居に持ってゆく嫁入り道具の購入や 衣装の新調に・・・・・どれだけの費用がかかるのかと 心配でそれと 自分が花嫁と歩くバージン・ロードで 失敗するんじゃないかとか・・・・挨拶のタイミングや 上がってしまって 何も言えないんじゃないかとか「お父さん、長らくお世話になりました」なんて 改まって挨拶されて涙が 止まらなくなったらどうしようとか 又なんて返せばいいんだとか・・・・それと 20数年も手塩にかけて育てた娘が むさい若造に盗られてしまう感覚はマリッジ・ブルーが 花嫁だけのモノではなく 父親自身にも起こる感情なんだとこの映画の花嫁の父「スタンリー」(スペンサー・トレイシー)に共感するでも、ちょっとオイラの娘達とは 一緒にはできないかな?だって、映画の花嫁は「エリザベス・テイラー」なんだから・・・・どうです? まだ18才の初々しい この輝くばかりの美しさ(えっ 結婚した あの頃だったら 負けなかったって・・・・誰が?)この父親 面白かったエピソードは 相手の家を訪問して 婿殿の両親と挨拶 自己紹介そして会話に そして酒が入ると ついつい本音や 言わなくてもいいような事がボロボロ男親同士の酒の趣味が一致して それだけでOK・・・・それは“マティーニ”いよいよ 結婚式の場面 ヤッパリ観てるだけで感動する1950年 60年も前の 「ヴィンセント・ミネリ」監督作品あの「ジュディー・ガーランド」と結婚して その娘は「ライザ・ミネリ」自分の娘の結婚式では どうだったんだろう? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今時 ヤッパり 咲いてる花は これだけか「キク」オイラ的花言葉:「羞月閉花」(しゅうげつへいか) *美しい容姿に対して月もはじらい、花も閉じてしまう意 容姿の美しい女性を形容する語
2012年12月02日
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【スタッフ】監督=ジョン・フォード 脚本=ナナリー・ジョンソン 原作=アースキン・コールドウェル 戯曲=ジャック・カークランド 製作=ダリル・F・ザナック 撮影=アーサー・ミラー 音楽=デイヴィッド・バトルフ 字幕=清水俊二 【キャスト】 チャーリー・グレイプウィン=ジーター・レスター マージョリー・ランボー =シスター・ベッシー・ライス ジーン・ティアニー =エリー・メイ・レスター ウィリアム・トレイシー =デュード・レスター エリザベス・パターソン =エイダ・レスター ダナ・アンドリュース =地主のティム スリム・サマーヴィル =ヘイリー・ピーボディ ワード・ボンド =ラブ・ベンジー 【あらすじ】1930年初め ジョージア州 タバコ・ロードと呼ばれる一帯レスター家一族が築いた 南部一番の綿とタバコを農園から川まで運ぶ道がそう呼ばれたしかし、それは100年前のこと・・・・今はさびれ放題その末裔『ジーター・レスター』じいさん夫婦一家は壊れかけた小屋に住んでいる飢えのあまり、立ち寄った末娘の夫『ベンジー』の持っていた“かぶ”を奪いあう始末少し頭の変な息子の『トゥード』は これもおかしな金持女の未亡人と結婚し・・・・新車を購入したが めちゃくちゃな運転で車は早くもガタガタに・・・・「ジーター」ジイサンは その彼女の車を売ろうとするが、あわや刑務所行きにこれもおかしな もう1人の娘『エリー・メイ』を・・・・・逃げられた「ジーター」の末娘の夫「ベンジー」の許へ行かせようと・・・・・ある日、銀行家がやって来る 地主の『ティム』も一緒だ土地が抵当に入っており、出て行ってくれというのだ・・・・・「ティム」の口利きで1週間待ってもらうようになるが・・・果して 年間借地料金100ドルは工面できるのか・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなんだろう? 「ジョン・フォード」監督の1940年製作映画「タバコ・ロード」面白いのかなァ? プア・ホワイトと言われる貧しい農民一家が主人公その人たち全員がおかしい っていうか“変” 好きになれない人ばかり・・・・娘の婿が 蕪(かぶ)の入った袋を持って 家を訪れると 奪って食べちゃうし地主から貰った“玉蜀黍”は 子供たちには内緒でと 夫婦二人で食べちゃうし家も傷み放題で 少しは修理ぐらいしろよ! って感じそれというのも レスター一家は ここ7年間は何も収穫なしで日用品は多分ツケで買っていたが、それもできなくなり、救貧農場に行くしか手立てがなくなるほど追い詰められている状態もちろん、読み書きはできない子供を 17人か18人産み 母親は生んで育てた子供の人数も覚えていないうち、5人は死んでおり、家に2人が残っている残りは家を出て 紡績工場などで働いてるのだろうが、音信はまったくなしどこで何をしているかも知らない家にはお婆ちゃんがいるが、映画が終わる直前には森に行って行方が知れなくなるが行方知れずになっても探さない・・・・・いくら 貧しいからって・・・・・喜劇的に描きたかったんだろうけど オイラ的には 笑えなかったし 逆に この「ジーター」じいさんの行為に腹立たしい 気分になってしまい・・・・・唯一 面白かったのは39才の元気な女牧師?「ベッシー」が 賛美歌や 民謡を歌い始めると 頭のおかしいまだ10代の「デュード」が合わせて歌い始め そのハモリ具合が絶妙で・・・・周りの人を巻き込んで合唱になるこの辺の 妙なまとまり具合が実に面白く・・・・この続きをふくらませてくれたらとでも よく考えると 1940年って オイラの生まれた年 72年前の作品太平洋戦争が始まる時代と考えると、アメリカにもこんな貧しい人々がいたんだと何故か不思議な印象が残る映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寒さに負けず 白い花を咲かせている 庭先の「バラ」オイラ的花言葉:「蒔かぬ種は生えぬ」(まかぬたねははえぬ) *何もしなければ、よい結果は得られない
2012年12月01日
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