全11件 (11件中 1-11件目)
1

【スタッフ】監督=マーティン・スコセッシ 原作=遠藤周作 脚本=ジェイ・コックス 、 マーティン・スコセッシ 撮影=ロドリゴ・プリエト 美術=ダンテ・フェレッティ 音楽=キム・アレン・クルーゲ 、 キャスリン・クルーゲ 編集=セルマ・スクーンメイカー ヘアメイク=渡辺典子 【キャスト】アンドリュー・ガーヒィールド=セバスチャン・ロドリゴ神父アダム・ドライヴァー =フランシス・ガルペ神父リーアム・ニーソン =フェレイラ神父キーラン・ハインズ =ヴァリニャーノ院長浅野忠信=通訳 窪塚洋介=キチジロー イッセー・尾形=井上筑後守塚本晋也=モキチ 小松菜奈=モニカ 加瀬 亮=ジュアン笈田ヨシ=じいさま 片桐はいり 伊佐山ひろ子 洞口依子 青木崇高 渡辺 哲 AKIRA 中村嘉葎雄【あらすじ】17世紀、江戸時代初期 ポルトガルで、イエズス会の宣教師である「ロドリゴ」神父と「ガルペ」神父のもとに、日本でのキリスト教の布教を使命としていた「フェレイラ」神父が日本で棄教したという噂が届いた尊敬していた師が棄教したことを信じられず、二人は日本へ渡ることを決意する二人は中国・マカオで日本人の漁師にしてキリシタンである「キチジロー」の手引きにより、日本のトモギ村に密入国するそこでは隠れキリシタンが奉行の弾圧に苦しみながらも信仰を捨てずに祈り続けていた 司祭はなく、「じいさま」と呼ばれる村長の『イチゾウ』だけが洗礼のみを行えるという環境だった二人は村人達と交流を交わし、布教活動を行っていく「キチジロー」はかつて弾圧を受け、踏み絵により棄教を示したが、自分以外の家族は踏み絵を行えず、眼前で処刑されたのだという罪の意識を背負い苦しむキチジローは自分の村である五島列島にも二人の宣教師を招き、布教を広めるそこでフェレイラの手掛かりも掴み、任務は順調かと思えた。しかし、キリシタンがトモギ村に潜んでいることを嗅ぎ付けた長崎奉行・井上筑後守が村に訪れ、2人の宣教師の身柄を要求した村人達は必死に匿ったが、代償としてイチゾウ、キチジロー、そして敬虔な信者であったモキチ(塚本晋也)を含む4人の村人が人質となった奉行は踏み絵だけではキリシタンをあぶり出すことは困難と考え、「イエス・キリストの像に唾を吐け」と強要した4人の内キチジローを除く3人は棄教しきれず、処刑されることとなった。自分達を守るために苦しむ信者達を見てロドリゴは苦悩する「なぜ神は我々にこんなにも苦しい試練を与えながら、沈黙したままなのか?」 -----------------------------大学も決まり 高校生活も最後となって バイトが休みだからとTettaがやって来た家でバアバと三人で昼飯を食べてから やはり映画「沈黙」が観たいからと出かけた夕方5時30分の回だったが 始まる寸前までTettaと二人きりの館内に「怖いねえ」でも その後3人が入場し 結局5人の観客 暗いイメージなのか不入りらしい が「マーティン・スコセッシ」監督が日本人作家「遠藤周作」のキリスト教宣教師の棄教(転び)について そして 神は 何故沈黙されているのか?を撮った作品是非 多くの方々に観てほしいものだが(TVの番宣も少なかったから?)日本人「篠田正浩」監督との違いは どうなのか? おおいに興味があって・・・・ありましたねえ ラストに歴然とした違いが・・・・そう 完全に棄教したわけではなかったという エピソードがラストにでも それが当たり前のような気がした それは・・・・営々と続いてきた欧米人のキリスト教に対する深い思いを 踏みにじれないのだから それより スコセッシ監督の日本に対しての気の使いよう 決して野蛮人として扱わず 逆に日本人に対しての尊敬の念を失なわない様な扱い方 なにより 日本の良いところ 美しさ等を存分に取り入れたキャメラ・音楽・音声・・・・だから 拷問シーンも数々出てくるのだが 目を逸らさずに見ていられるようなもので(但し 加瀬亮の斬首場面だけは 吃驚させられるが・・・・)そして 日本人出演者の喋る英語の素晴らしさ 英語の喋れないオイラが解るほど「イッセー・尾形」のお奉行様の 不気味に笑う優しさやクールさが独特で好いし「浅野忠信」演じる通訳の 敵か味方か判らぬ 毅然たる態度に安心感が漂うこの映画のキモの部分は 若き宣教師(パードレ)「ロドリゴ」が 自分が殺されたり拷問されたりする殉教の英雄的な死よりも過酷な、善良な周囲の人間が拷問を受けて次々に殺されていくときに 何をするのが「正しい」のか、という選択を迫られるそして とうとう沈黙をしていた神の声を聴くことになるのだが・・・・映画の冒頭 そして暫く続く空白画面のラスト エンド・ロールの流れる長い時間長い沈黙の後 虫の声が 風の音の間に そして波の音も微かに聞こえて・・・・とっても印象深い終わり方で監督が 観客に静かに問いかける 貴方だったら と
2017年02月21日
コメント(0)

【スタッフ】監督=デヴィッド・フランケル製作=マイク・メンシェル、 サイモン・コーウェル、 ブラッド・ウェストン、クリス・サイキエル脚本=ジャスティン・ザッカム 撮影=フロリアン・バルハウス美術=マーティン・チャイルズ 衣装=コリーン・ケルサル編集=ウェンディ・グリーン・ブリックモント音楽=セオドア・シャピロ 音楽監修=ベッキー・ベンサム【キャスト】ジェームズ・コーデン =ポール・ポッツアレクサンドラ・ローチ =ジュルズマッケンジー・クルック =ブランドンヴァレリア・ビレロ =アレッサンドラコルム・ミーニイ =ローランド・ポッツジュリー・ウォルターズ =イヴォンヌ・ポッツ【解説】「デヴィッド・フランケル」監督が、英国の人気オーディション番組での優勝をきっかけに世界的オペラ歌手となったシンガー、「ポール・ポッツ」の波瀾万丈の感動の音楽伝記ドラマ何度も挫折を重ねた冴えない男が、夢への情熱と周囲の支えで、ついに最後のチャンスを掴み取るまでの一発逆転の道のりを、ペーソスとユーモアを織り交ぜ心温まるタッチで描き出す劇中の歌はすべてポール・ポッツ自身が吹替えを担当している【あらすじ】いじめられっ子だった子ども時代はもちろん、大人になっても一貫して冴えない人生を送る『ポール・ポッツ』歌うことが大好きで、オペラ歌手になる夢を持ちながらもケータイ・ショップの店員に甘んじる日々そんな彼にもようやく春が訪れ、メールで知り合った気だての良い女性『ジュルズ』と恋人同士にそして彼女の叱咤激励が功を奏し、ヴェネチアへのオペラ留学が実現するさらに、憧れのパヴァロッティの前で歌う機会にも恵まれる「ポール」だったが・・・・・ -------------------------イギリスの大人気オーディション番組「Britain’s Got Talent」2007年に登場した風采の上がらない歯の欠けた太っちょのオッサン会場の観客はもとより 審査員の「サイモン・コーウェル」「アマンダ・ホールデン」「ピアーズ・モーガン」三人も「なんだコイツ」風な感じで対応 そして「なに歌うの?」「オペラ トゥーランドットから誰も寝てはならぬ」「おいおい大丈夫かよ」みたいな顔つきで「じゃ どうぞ」歌い出しのイントロから観客の心をつかみ あのサビの部分に入ると もう観客は一斉に立ち上がり 悲鳴のような歓声と拍手喝采に変わって・・・・審査員三人の顔が大写しになると あまりの素晴らしさに呆然となってアマンダなんかは 涙を拭う仕草も・・・・映画よりずっと前にYoutubuで何度も観て感動してたんだけど・・・・ということで この「ポール・ポッツ」という人が一体どうゆう人で またどんな境遇で育ったのかって 誰でも興味を持ったんじゃない?オイラ的には 携帯電話の販売員って聞いて ただ歌が好きで好きで たまんなくてサ ひたすら陰でコツコツ歌の勉強をしてきたオタク的な歌好きおじさん って感じだったんだけどそんな事から この映画『ワン・チャンス』に興味深々で 観て見たんだけど やっぱりそうか そういう事だったのねって なんか チョット騙された感じと そりゃそうだろうな的な納得もしたね子供の頃から歌が上手で 音楽の専門教育を受け イタリアの音楽学校にも留学し きちんとした音楽教育を受け 優秀な成績を収めて、パヴァロッティのマスタークラスの練習生もなって (でもパヴァロッティには 絶対オペラ歌手にはなれないって言われちゃったけど)それに 地元でもオペラカンパニーで アイーダの主役ラダメスを演じるんだぜだからオイラ的な嫌味な見方をすると わざわざボロボロのオジサンの恰好で出演させて そのギャップで観客を驚かせるつー演出だったんじゃないのか なんてネだって その後の2009年に 同じ番組でのサプライズがあったよネそう「スーザン・ボイル」 陽気で 太めの冴えない感じのオバちゃんだったけど「レ・ミゼラブルの夢破れて」を歌い その素晴らしさと 見た目のギャップで 観客も審査員も驚かせたこの女性の それまでの人生も知りたいと 思ったてたけど・・・・同じかもなそんなひねくれた見方をするオイラも 映画そのものは丁寧につくられていてそれなりに面白かったけど・・・・有名になって正装したレコードジャケットの「ポール・ポッツ」
2017年02月17日
コメント(0)

【スタッフ】監督=サム・テイラー=ウッド 原作=ジュリア・ベアード脚本=マット・グリーンハルシュ 撮影=シーマス・マッガーヴェイ美術=アリス・ノーミントン 衣装=ジュリアン・デイ編集=リサ・ガニング 音楽監修=イアン・ニール 音楽=ウィル・グレゴリー、アリソン・ゴールドフラップ【キャスト】アーロン・ジョンソン =ジョン・レノンアンヌ=マリー・ダフ =ジュリア・レノン(母親)クリスティン・スコット・トーマス =ミミ・スミス(育ての母親・伯母)デヴィッド・スレルフォール =ジョージ(伯父)デヴィッド・モリッシー =ボビートーマス・ブローディ・サングスター=ポール・マッカートニーサム・ベル =ジョージ・ハリスン【解説 (allcinemaより)ビートルズ結成以前の若き日の『ジョン・レノン』にスポットを当て、育ての母と生みの母という2人の対照的な女性の間で揺れ動くナイーヴな青年の愛憎入り交じる心模様を瑞々しく綴る青春ストーリー監督は現代美術界を代表する女性アーティストの一人で、これが長編デビュー作となる『サム・テイラー=ウッド』【あらすじ】1950年代半ばのイギリス、リバプール幼い頃から伯母夫婦のもとで育てられた「ジョン・レノン」すっかり問題児となってしまった「ジョン」を厳しくしつける厳格な伯母の「ミミ」に対し、いつも優しく接してくれる音楽好きの伯父「ジョージ」ところが、その「ジョージ」が急死してしまう悲しみに暮れていたジョンは、葬儀の日に実の母「ジュリア」を発見するやがて、意外にも彼女がすぐ近所に住んでいたことを知ったジョンは・・・・「ミミ」には内緒で会いに行くすると「ジュリア」は、実の息子をまるで恋人のように迎え入れるのだったまだ新しい音楽だったロックンロールを愛し、奔放に生きる「ジュリア」そんな彼女と過ごす秘密の時間を満喫し、いつしか彼女の影響でロックンロールに夢中になっていくジョンだったが・・・・ ---------------------------【ジョン・ウィンストン・オノ・レノン (John Winston Ono Lennon】1940年10月9日 ~ 1980年12月8日) イギリスのミュージシャン出生名は「ジョン・ウィンストン・レノン」オノ・ヨーコとの結婚で改名1960年代に伝説的な成功を収めたロックバンド、ザ・ビートルズを立ち上げたリーダー 「ポール・マッカートニー」と「レノン=マッカートニー」としてソングライティングチームを組み、楽曲を製作し、メイン・ヴォーカルを務めた1970年のビートルズ解散後はアメリカを主な活動拠点とし、ソロとして、また妻で芸術家のオノ・ヨーコと共に平和運動家としても活動した1975年から約5年間音楽活動を休止した後1980年に活動を再開するも、同年12月8日23時頃にニューヨークの自宅アパート「ダコタ・ハウス」前でファンを名乗る男性に射殺されたローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」で第5位同誌の「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第38位、「歴史上最も偉大な100人のソングライター」において第3位・・・・等々 ----------------------------オイラと生まれが1日違いの同い年 生きていれば今年77才(喜寿です)「ジョン・レノン」が15才頃から自ら音楽を始める頃迄の青春時代を描いた作品だから オイラ自身の当時の状況を思い起こしつつ 興味深くの観賞となった「ミスター・サンドマン」等の懐かしい歌が流れ 「エルビス・プレスリー」に憧れる「ジョン」青年達とは 国は違ってても同じ時代を生きていた感じがしただから ビートルズはオイラはファンじゃない ジョン・レノンが聴いていた頃のエルビスを代表とする歌手のファンで 最盛期のビートルズが来日した頃はロックは 既に卒業していたんだこの映画では「ビートルズ」の発生時代を映すよりも ジョンの育った環境家庭の事情 特に二人の母親についての心理描写が克明に綴られてて・・・・子供の頃から愛情深く 厳格に育ててくれたのは母親の姉の「ミミ」伯母さん演じた 憂い顔が素敵な『クリスティン・スコット・トーマス』がイイ感じ何時もジョンが外出する時「眼鏡をかけて!」と促すと ジョンはすぐにかけるがミミ伯母さんが見えなくなるとメガネを外す それを何度か繰り返すのですが何時も気に掛けてるミミと 言われた通りにするジョン 二人の微妙な関係を映して近所に住む 実の母親に会いに行った「ジョン」 ミミ伯母さんとは正反対の性格如何にも男好きの様子の母親「ジュリア」 演じる「アンヌ・マリー・ダフ」もその自由奔放で陽気に振舞っているが なんとなく心もとない 危なげな感じが巧いジョンが辟易する程 イヤ恋人でもあるかのように べたべたとして・・・・この「ジュリア」と「ミミ」の姉妹関係 何故「ミミ」がジョンを育てているのかジョン役「アーロン・ジョンソン」と 三人の葛藤がこの映画の見どころでしたオイラの親友の「Sちゃん」 父親を戦争で失い 若い母親は再婚し家を出て行き実家で祖父母と お兄さんのお嫁さん(伯母さん)に育てられていたが 変わってたしかし オイラとは趣味が一緒で 気が合い年中つるんで遊んでいたが 実の母親に会いに行くことは決して無いと・・・・言っていたが どうだったんだろう?そんなことを思い出していました
2017年02月15日
コメント(0)

【スタッフ】監督=ベン・スティラー 原作=ジェームズ・サーバー脚本=スティーヴ・コンラッド 撮影=スチュアート・ドライバーグ美術=ジェフ・マン 衣装=サラ・エドワーズ編集=グレッグ・ヘイデン 音楽=セオドア・シャピロ音楽監修=ジョージ・ドレイコリアス【キャスト】ベン・スティラー =ウォルター・ミティクリステン・ウィグ =シェリル・メルホフアダム・スコット =テッド・ヘンドリックスキャスリン・ハーン =オデッサ・ミティシャーリー・マクレーン =エドナ・ミティショーン・ペン =ショーン・オコンネルパットン・オズワルト =トッドアドリアン・マルティネス=ヘルナンド【あらすじ】ニューヨークの伝統ある雑誌『LIFE』で写真管理部という地味な仕事に就いている平凡な男『ウォルター』単調な日常を送る彼の唯一の趣味は空想すること現実世界では秘かに想いを寄せる同僚の『シェリル』に話しかけることさえままならない彼だが、空想の世界ではどんな危険にも怯まない勇敢なヒーローとなって大活躍するのだったそんな中、『LIFE』の最終号を飾るはずだった写真のネガが行方不明になっていることが判明する追い詰められた「ウォルター」は、ネガのありかを直接聞き出すため、世界中を冒険している写真家『ショーン』を追って自らも冒険の旅に出るのだが・・・・ ------------------------------先日の映画「リスボンに誘われて」のラスト・シーンに感動した と書いたがこの映画「LIFE]も このラストシーンが撮りたくて製作したんじゃないか?と 思える程 スカッと見事に決めてくれた「やっぱり そうなっちゃうんだね」 そして 大騒動の結果は「そういう事だったのね!」と納得させて 感動させるあの世界的にも有名な写真雑誌「LIFE」が 最終的に2007年に廃刊に「JFケネディ」「マリリン・モンロウ」「ジョン・レノン」等 数々の話題の人等が表紙を飾ってきた 映画の中で次々にそれらの表紙絵の看板が登場 それを観てるだけでも楽しいし 米では大いに話題になったんだろうこの映画が「虹を掴む男」のリメイク版と聞き あの名コメディアン『ダニー・ケイ』について語りたい事が山のようにあるんだけど、ここでは控えて とこの映画の見どころを書こう冒頭主人公「ウォルター」がパソコンで 出会い系サイト?で 会社の同僚の「シェリル」に コンタクトを取るキーを押す勇気が中々出ずに躊躇する姿を映し そして思い切って押したんだけど ブーの音声と共に受け入れ拒否のマークが 何度押してもブー、ブー 特別な出来事等を記入する欄が空白だった為だ(平凡な毎日なので 特別なコト等何もないウォルターなんだ) そして その もてない独身サラリーマン男「ウォルター」の朝の様子とその通勤風景がなんともいい・・・・ところが 突然 ウワーオゥ!な場面に「ウォルター」高架線駅ホームから飛び降り 隣のビルのガラス窓を突き破って飛び込むんだ そして 一階玄関から犬を抱えて出てくると そのビルが大爆発これが「ウォルター」の妄想場面と分るまで 度肝を抜かれるのだが 吃驚仰天或る日突然「世界を見よう、危険でも立ち向かおう それが人生の目的だから」のライフ社が 事業再編で、LIFE誌の廃刊が決まったその 最終号の表紙に相応しい「25番目のフィルム」が行方不明 ネガ管理責任者のウォルターは その25番フィルム探しに 撮影者「ショーン」を追って・・・北の果てグリーンランドから アイスランドの火山へ さらにはアフガニスタンやヒマラヤへと 「生きてる間に、生まれ変わろう」『LIFE』のポスターの文字通りに「ウォルター」が 冒険者になって あちこちへ駆け巡るんだけど・・・・ ところが、最初に言ったように感動のラストシーンは、ウォルターの地味な仕事 都会の片隅で人知れず こつこつ生きてきた 冴えないウォルターの努力を褒め称える様な出来事だったんだ有名になって 派手に世界を騒がせなくても また 世界に飛び出さなくても、これまでウォルターのように 地味に一生懸命やってきたことが大切なのだと言ってるそれが どんな風に見せられたのか 内緒だけど・・・・ これまた 久しぶりにグッときました ----------------------------------エッ! どうしても知りたい ラストシーン? じゃ 内緒で見せちゃうね最後の「LIFE]の表紙にはウォルターが写っていたんだ この文章と共に「 Dedicated to the People Who Made It 」「これを作った人々に捧げる」
2017年02月14日
コメント(0)

【スタッフ】監督=ラッセ・ハルストレム 原作=ピーター・ヘッジズ脚本=ピーター・ヘッジズ 撮影=スヴェン・ニクヴィスト音楽=アラン・パーカー、ビョルン・イシュファルト【キャスト】ジョニー・デップ =ギルバート・グレイプ(次男) ジュリエット・ルイス =ベッキー(トレーラーハウスの娘)メアリー・スティーンバージェン=ベティ(カーバーの妻・ギルバートの浮気相手)レオナルド・ディカプリオ =アーニー(三男、知的障害がある18才)ダーレン・ケイツ =ボニー(母親、超肥満体)ローラ・ハリントン =エイミー(長女)メアリー・ケイト・シェルハート=エレン(次女高校1年生)ジョン・C・ライリー =タッカー(ギルバートの親友)【あらすじ】24才の「ギルバート・グレイプ」は、アイオワ州の田舎町エンドーラで生まれ、その町から外に出た事も無い それは彼には町を離れられない家庭の事情があるから知的障害を持つ弟『アーニー』は眼を離すと騒ぎを起し、母の『ボニー』は過食症で身動きもままならないほど肥満 そして姉『エイミー』と 妹『エレン』の生活を食料品店で働きながら支えている中年の夫人『ベティ・カーヴァー』は夫がいるが、ギルバートと不倫関係にあるそんなある日、ギルバートはキャンピイング・カーで旅をしている『ベッキー』と出会い恋に落ち・・・・彼女と共に町を離れたい気持ちが生まれるそんな折、ベティは夫が亡くなり子供たちと町を出るアーニーの18歳の誕生日パーティーを控えた前夜、ギルバートはアニーを風呂に入れようとするが、素直に従わない弟に暴力を振るってしまうギルバートは家を飛びだしベッキーの元へと向かい、一夜をすごすその翌日、車の故障が直ったベッキーは町を出ていく家に戻ったギルバートはアーニーの誕生パーティーを終えたが、彼の運命を変える出来事が起きる・・・・ ---------------------------------- 超肥満体の母親を真ん中にグレイプ一家と「ベッキー」(一番後ろの女性)兎に角 青年「ギルバート」(ジョニー・デップ)が 一家を支えるべく懸命に頑張ってる姿が素敵です 最近の「ジョニー・デップ」は あまり好きではないので なおさら そう感じました知的障害を持つ弟「アーニー」を いつも傍に置いて甲斐甲斐しく面倒を見ます眼を放すと 何をしでかすか分かりません 高いところが好きで 何時も木に登っています そしてみんなが「アーニー」はどこに行った?」と騒ぐのが楽しいみたい困るのは町で一番高い給水塔に登ってしまう事で 何度も警官や消防団が出動して町中が大騒ぎになるのです・・・・毎回「ギルバート」が厳重注意を受けますそれでも 優しく「アーニー」を抱きかかえ 叱るような事はしませんそんな「アーニー」を演じているのが なんと あの「レオナルド・デカプリオ」実に 自然に障害者を演じていて見事です そんな「デカプリオ」も見直しましたつー事で 一見 面倒見のいい青年「ギルバート」の日常を描いた ホームドラマ風なんだけど・・・・実は 結構深い意味をもった問題提起をしてる様に思えました父親の家出が原因で過食症になり 超デブになった母親の身勝手さは なんなの?もしかして 父親の家出は 母親の所為なんじゃないの? なんて思えて・・・・子供たちに 大きな負担を掛けているのに 身動きができない程太って 何もせずただ食べるだけ 口先では色々と言ってるけど 何らダイエットなど取り組まないでも 子供達はみんな母親を思いやるイイ子ばかり こんな母親を他人の眼から守るこの映画の原題は「What'S Eating GILBERT GRAPE ?」直訳すると「なにを食べた ギルバートグレープ?」から「なにを困ってる ギルバートグレープ?」という意味なのだそうですそう この映画タイトルが言ってるのは なんの疑問もなしに生きてきた・・・・家族のために自己犠牲を重ねてるギルバートに、こんな人生で良いのかい?ってそれは 異端者である トレーラーでの移動生活を続けている「ベッキー」(非日常の)の出現で やっとこ気付かされるのです身動き出来ない母親と 知的障碍者の弟の面倒を看つつ 一生涯を終える事への疑問これは これからオイラが向かう先 介護される側のものが 考えさせられる問題で介護する身内の犠牲的献身を思う時・・・・何らかの手立てを打っておかなければ と取り越し苦労ではなしに そんな思いに駆られる映画なのでした
2017年02月12日
コメント(0)

【スタッフ】監督=フェリックス・ハーングレン 原作=ヨナス・ヨナソン『窓から逃げた100歳老人』(西村書店刊)脚本=フェリックス・ハーングレン、ハンス・インゲマンソン撮影=ギョーラン・ハルベリ 音楽=マッティ・バイ【キャスト】ロバート・グスタフソン =アラン・カールソンイヴァル・ヴィクランデル=ユリウス・ヨンソンダーヴィッド・ヴィーベリ=ベニーミア・シャーリンゲル =グニライェンス・フルテン =イェッダンアラン・フォード =ピム【解説】『ヨナス・ヨナソン』の世界的ベストセラー『窓から逃げた100歳老人』の映画化 本国スウェーデンで大ヒットしたアドベンチャー・コメディ 老人ホームから逃げ出した100歳の老人が繰り広げる大冒険珍道中の行方を激動の20世紀を生き抜いた彼の波瀾万丈の人生と共にユーモラスに綴る 主演はスウェーデンを代表するコメディ俳優『ロバート・グスタフソン』【あらすじ】老人ホームで100歳の誕生日を迎えた『アラン』だったが、何を思ったか窓から脱出して当てのない旅に出るその道中、ひょんなことからギャングの黒い金が詰まったスーツケースを持ち逃げして追われる身にそれでも、まるで動じる様子のないアランは、途中で知り合った70歳の老人『ユーリウス』と意気投合、飄々と酒を酌み交わすそんな恐れ知らずの超マイペース老人アランだったが、それもそのはず、彼はその100年にわたる人生の中で幾多の歴史的節目に立ち会い、何人もの歴史上の要人と親交を持ってきた、知られざる20世紀の大人物だったのだ・・・・ -------------------------------そうなんです この100歳のお爺ちゃんは 子供の頃から爆弾が大好きで、10歳の頃 丘の上で立小便をしていた太めのオジサンをドッカーン!って フっ飛ばして以来 どれだけ沢山の人を爆死させてきたんだろ?それとね、戦時中に敵国の橋を爆破するんだけど なんか由緒ありそうな古びた大きな石造りの橋なんかも 次々に爆破してゆくんだけど 戦争だから仕方ないにしても ちょっと この主人公に怒りを感じちゃった オイラ更に この爆発オタクは遂にはネ 原子爆弾にまで係わってゆくんだから猶更のこと・・・・この野郎 許せねー! って感じ 悪趣味だろスエーデンの有名喜劇俳優らしいから かの国では笑って許してなんだろうがそしてね この歳になるまでに関わった歴史的な人物は何人いたんだろう?スペインの「フランコ将軍」原子爆弾での「アインシュタイン」と「オッペンハイマー」 副大統領の「トルーマン」 それがもとでソ連スパイに拉致され「スターリン」にも会い「チャーチル」や「毛沢東の妻」にもその後「レーガン」や「ゴルバチョフ」等と次々に 夫々コント的なやり取りが軽妙に描かれるので深刻には ならないのだが・・・・笑えなかったナ印象的なのは 象使いの女との出会い 奇想天外な設定が この映画の見どころギャングから数億円の大金を知らずに手に入れた主人公 組織から追われるが 次々に 面白おかしく かわしてゆく珍道中 本人は意識してない大冒険物語つー事で この映画の監督「ハーングレン」の言いたかった事映画の冒頭での100歳になった主人公「アラン」が置かれている孤独な状況はスウェーデンにとってもリアルなもの だから、映画を見た後でシニアを見かけたら彼らの話に耳を傾けてみてほしいというのが、この作品に込めた思いの一つそれと、もう一つは、何事にも心配しすぎないで 今この瞬間を謳歌する、そういう生き方を少しでもしてみてほしいということ・・・・いつもとは違う電車に乗って、違うレストランに入ってみて、自分のルーティンを壊してみたら、人生はきっとより楽しめるものになるはずだよそう言ってるのです 「さあジイサン バアサン 今すぐ 出かけよう!」
2017年02月11日
コメント(0)

【スタッフ】監督=篠田正浩 脚本=遠藤周作、篠田正浩 原作=遠藤周作製作=岩下 清、大村允佑、葛井欣士郎音楽=武満 徹 撮影=宮川一夫【キャスト】デイビッド・ランプソン=ロドリゴ ダン・ケニー=ガルぺマコ岩松 =キチジロー 岩下志麻 =菊三田佳子 =丸山の女 加藤 嘉 =老人松橋 登 =モキチ 滝田裕介 =イチゾウ毛利菊枝 =老婆 戸浦六宏 =通訳永井智雄 =役人 入川保則 =岡田三右衛門殿山泰司 =牢番 岡田英次 =井上筑後守丹波哲郎 =フェレイラ 高橋昌也 =ナレーション【あらすじ】時は江戸、キリシタン弾圧の中でマカオから長崎に流れついた二人の宣教師『ロドリゴ』と『ガルベ』二人をつれてきたのは『キチジロー』という男でキリシタンではないと聴かされた彼らは先に日本に来た宣教師を探す目的もあったそして、村の隠れキリシタンたちに会い、彼らは隠れて布教をし、洗礼もした遠くの村からもキチジローから聴いたという者が来る「キチジロー」は信者だったが、簡単に踏み絵をふむ人間だったそんな中、キチジローも含め4人が捕まるキチジロー以外は踏み絵につばをかけろというお守に逆らい、海に沈められるそれを見たロドリゴは お守からのがれるためにさまよう途中、キチジローが助けようとするが断るが、結局はキチジローに金で売られてしまうそんなロドリゴは殺されず、牢でキリシタンの裁きをみせつけられる夫をたすけるために踏み絵を踏む女をあわれに思うが、ロドリゴは屈しなかった「ガルベ」が殺されるのもみせつけられるそして、探していた宣教師『フェレイラ』が現れる彼はキリストを捨て、お守に従っていたそして「ロドリゴ」に 改宗をせまるだが、「ロドリゴ」は またも堕ちずに、拷問をされるそばには 多くのキリシタンが拷問されていたのだが・・・・ ----------------------------好きな監督「マーティン・スコセッシ」の「沈黙 SILENCE」が先日公開された早く観に行きたいと思っていたら、たまたまTVの映画チャンネルでやっていた48年前の1971年に封切られた「篠田正浩」監督作品「沈黙・SILENCE」を観たオイラ 30才台の頃に観ていたが やたらに暗くて陰湿な感じに 二度と観る事はないだろう・・・・と思っていたのだが 米国人監督が何故かリメイクと知り オイラの親父は宗教が嫌いだった なんか若い頃に新興宗教で大変嫌な経験をしたらしく でもハッキリとしたワケはとうとう聴けずじまいで・・・・ 「触らぬ神に祟りなし」を 何度となく言っていたような気がするのだが 江戸時代に 何故 こんなに急速に外国からのキリスト教が伝播したのだろう?当時の政府役人にとっては 鉄砲や銃器の伝播同様に 不気味で脅威だったのか キリシタンを迫害 弾圧したのだというが、宣教師たちは日本人にどんな風に勧誘したのだろう?小学校の頃 近所の箱屋のオジサンが 自宅で日曜学校をやっていて聖書に基づきやさしく話をされていたが オイラなんかはおやつのお菓子が目的で通っていたあんな風に 沢山の一般人を使い 一般人に解り易く 布教活動を行っていたのかこの映画のキモは そのパードレと呼ぶ宣教師達の棄教(転び)を生々しく描いてて ある夜 牢の中で、大きないびきのような音が延々と続き、その音に 捕らわれたパードレ「ロドリゴ」は悩まされる その彼のもとに先に棄教した「フェレイラ」が訪れ棄教を諭しますが頑なに拒み「あのいびきのような音を止めてくれ」と叫ぶのですフェレイラ「あのいびきのような音は拷問されている信者の叫び声 彼ら隠れキリシタンたちは既に棄教を誓っているが、貴方が棄教をしないかぎり拷問は永遠につづく」とそして「ワシは 二日間汚物のいっぱい詰まった桶の上に逆さに吊るされたが 神に恨みの言葉等決して吐かなかった ワシが転んだのは 神が、神が何事もなさられなかったからだワシは神に懸命に祈った だが神は何事もなされなかった。 あの信徒たちは 今 お前が知らぬ昨日から今も拷問を受けている 何故 彼らはこれ程苦しまなければならないのか? 神は何もせぬではないか・・・・ロドリゴ「あの人たちは地上の苦しみの代わりに 永遠の悦び得られます」フェレイラ「誤魔化すな! 教会を裏切ることが恐ろしいからだ・・・・」「もしキリストがここにおられたら 確かにキリストは彼らの為に転ぶだろう 愛の為に」ロドリゴの殉教の信念が揺らぐ 自分の信念を貫き通し、信仰の道をまっとうするのかそれとも苦しみ、死んでいく人達を救うべき道を選ぶべきなのか・・・・ついに 夜明け、「ロドリゴ」は奉行所中庭にて踏み絵を敢行することに・・・・自己の信仰の対象であるイエスが彫られた銅板に足を近づけた時、今まで沈黙を保っていたキリストが、踏み絵を通して彼に語りかけてきたのです『踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため 十字架を背負ったのだ』 と・・・・ こりゃあスゴイ言葉だぜいここら辺をスコセッシ監督は どんな風に表現してるんだろう?父親の影響もあってか オイラも無宗教派だが 最近は座禅をしてる所為か禅宗の臨済宗に傾倒というか 禅の心を学んでいるものの信者ではない キリスト教24億人 イスラム教18億人 宗教が違うという事で争う という事だけでも 宗教というものが信じられない八百万の神を信ずる日本人が一番まともなのかも・・・・・
2017年02月07日
コメント(0)

【スタッフ】監督=阪本順治 原案=湊かなえ『二十年後の宿題』(幻冬舎刊『往復書簡』所収)脚本=那須真知子 撮影=木村大作 美術=原田満生編集=普嶋信一 音楽=安川午朗 音楽=川井郁子照明=杉本 崇 録音=志満順一【キャスト】吉永小百合=川島はる 柴田恭兵=川島行夫 仲村トオル=阿部英輔 里見浩太朗=堀田 久満島ひかり=戸田真奈美 渡辺真帆 =真奈美の小学生時代森山未來 =鈴木信人 小笠原弘晃=信人 の小学生時代宮崎あおい=安藤結花 飯田結花 =結花 の小学生時代勝地 涼 =生島直樹 相良飛鷹 =直樹 の小学生時代小池栄子 =藤本七重 佐藤純美音=七重 の小学生時代松田龍平 =松田勇 菊池銀河 =勇 の小学生時代高橋かおり=信人の婚約者 駿河太郎 =真奈美の夫福本清三 =信人の祖父 藤谷文子 =結花の母伊藤洋三郎=勇の父 塩見三省 =図書館の職員乃木太郎 =本田刑事 石橋蓮司 =奥村刑事【あらすじ】夫と共に北海道の離島に降り立った小学校教師の『川島はる』この島の小さな分校で6人の生徒を受け持つことになった彼女は、合唱を通じて生徒たちと心を通わせていく合唱によって自信が芽生えた生徒たちも、以前とは見違えるように明るく楽しい学校生活を送るようになったそんなある日、海辺でバーベキューを楽しんでいた『はる』と生徒達を思わぬ悲劇が襲う これが原因で、『はる』は島を追われるように去っていき、生徒たちからも歌声は聞かれなくなってしまう20年後、東京で暮らす『はる』のもとに その時の教え子の一人が事件を起こしたとの知らせが『はる』は真相を知るため、成長した教え子たちとの再会を決意し北へ向かうが・・・・ ----------------------------毎度のことだけど 「吉永小百合」主演映画には 何故か裏切られる面白くないのだ こんなに豪華な脇役陣を揃えていながら 実にツマラン野球の読売巨人軍みたいに 優秀な選手ばっかり集めて 勝つのが当たり前なのに 凡試合ばかりして 結局優勝できない・・・・みたいな感じでサ上のキャスト見てよ「宮崎あおい」「満島ひかり」「松田龍平」「森山未來」「石橋蓮司」等々こんな芸達者ばかり集め それぞれが熱演し 小百合さんも 負けじとばかり 頑張ちゃってるから 観てるコッチが疲れちゃう つーの更によ 絶対的にモノスゴイ映像は 感動・感動・感動なんだけど・・・・「木村大作」さん いい加減にしてくださいな やりすぎだっつーの そして「坂本順二」監督さん このストーリーや 人物設定に異議あり夫(柴田恭兵)が 脳腫瘍で余命いくばくもない という設定そのものも クソ面白くないんだけど、苛立ちからか犬を棒切れで思いっきり殴るというシーンにはビックリ仰天 どんな性格やねん? 妻の不倫に腹立ってナン?また そんな夫の為に 礼文島?に移住してきた主人公「ハル」(吉永小百合)崖から海に落ちた子供を 助けようと夫が海に飛び込み 溺れ死んだ時 こんな田舎町の港で 不倫相手の男(仲村トオル)と 昼日中に接吻してるそんな夫と妻の 偶然の出来事を 都合良くか悪くか 生徒に見られたりして兎に角「吉永小百合」様が 40才と60才を演じるのだけれど その差がよく解んないから 今なのか 20年前なのか 映画は行ったり来たりするがよくわからないまま・・・子供達は ハッキリみんな大人になってるんだけどホント歳とらないよねー 小百合さんそれにさ 純真な子供たちの筈が 夫々に嫉妬心やら 自己中な子供らで海から落ちたんじゃなくて 自殺なんじゃないのか・・・・と 夫々が悩んで20年間も そんな悩みを抱えたまま過ごしてきて 一気に仲直り なんだァ?ラストも 如何にも さア 泣いてもらいましょうか みたいな演出の合唱泣けないつーの・・・・ケチばかりつけてるようで 申し訳ないからやめるけど・・・・第36回日本アカデミー賞では、最多タイとなる12部門で優秀賞を受賞、うち3部門で最優秀賞を受賞したんだって これって どうなってんだ?因みに 第86回キネ旬ベストテンでは 最優秀作品賞は「家族のくに」で「北のカナリアたち」は 残念ながら19位だったんだよね・・・・
2017年02月04日
コメント(0)

【スタッフ】監督=アッバス・キアロスタミ 脚本=アッバス・キアロスタミ脚色=マスメ・ラヒジ 撮影=ルカ・ビガッツィ美術=ジャンカルロ・バージリ、ルドヴィカ・フェラーリオ編集=バフマン・キアロスタミ【キャストジュリエット・ビノシュ =彼女 ウィリアム・シメル =ジェームズジャン=クロード・カリエール=広場の男 アガット・ナタンソン=広場の女ジャンナ・ジャンケッティ=カフェの主人 アドリアン・ムーア=息子アンジェロ・バルバガッロ =通訳 アンドレア・ラウレンツィ=ガイドフィリッポ・トロジャーノ =花婿 マニュエラ・バルシメッリ=花嫁【解説】イランの巨匠『アッバス・キアロスタミ』監督がイタリアのトスカーナ地方でロケを行い、フランス人女優ジュリエット・ビノシュと、英国人オペラ歌手「ウィリアム・シメル」を迎え、国際色豊かな体制で撮り上げた異色ドラマ【アッバス・キアロスタミ】(1940年6月22日 ~ 2016年7月4日 76才没) テヘラン大学芸術学部を卒業、1970年に短編『パンと裏通り』で監督デビュー『友だちのうちはどこ?』(1987年)、『そして人生はつづく』(1992年)、『オリーブの林をぬけて』(1994年)の三部作で評価を確立1997年『桜桃の味』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞1999年の『風が吹くまま』はヴェネツィア国際映画祭審査員賞特別大賞を受賞2012年には、『ライク・サムワン・イン・ラブ』を日本で製作「小津安二郎」の影響が至る所で顕著にみられ 自身で小津ファンを公言小津に捧げる映画作品『5 five 〜小津安二郎に捧げる〜』を制作してる【あらすじ】イタリア、南トスカーナ地方の小さな村彼女は、村の講堂で行われている講義を息子と聞きに来ていたイギリス出身の作家『ジェームズ・ミラー』は、「贋作は価値を下げるものではなく、本物の良さを再評価するためにある」と話した数日後、彼女は経営するギャラリーで、作家ジェームズと再会した彼女がジェームズを誘うと、彼は「9時まで戻らないと列車に遅れるから」と答える二人は、ルチニャーノ行きの電車に乗り「トスカーナのモナ・リザ」について熱く語るジェームズは「本物と贋作の差なんてない!紙一重なんだ」と言い 熱く贋作について語る二人だったが、疲れてしまったのでカフェに入ったジェームズが電話のために席を立つと、カフェの女主人が来て「素敵なご主人ですね」とこの誤解をきっかけにに人は、嘘の夫婦を演じることに・・・・<命の木>という永遠の愛が叶うと伝えられている木があり、その前で新婚夫婦の仲睦まじい様子を見て、ジェームズは「最初がとても甘いほど、辛くなる」と言う二人は、広場にある彫像を観て語り合うが、夫婦間の温度差と意見のすれ違いを感じてジェームズは、意見が合わないことが分かると「本物もニセモノも君も嫌いだ!」とそこで、彼女は 彫像について老夫婦に意見を求めるが、なかなか意見が合わない老夫婦の夫が「奥さんが求めているのは、肩を抱かれて共に歩くことじゃないかな」ととりなすが・・・・・ -----------------------------原題の「Certified Copy」は、『ジェームズ』が発表した著作のタイトルに由来しますこれは「真正な複製」といった意味で、「芸術において作品の真正さを問題にするのは意味がない、何故ならどんな複製もそれ自体はオリジナルであり、どんなオリジナルもそれ自体は別の形の複製だから」という事らしいが・・・・・どこからどこまでが本当で、嘘なのか? 映画の中で その真贋の不思議な違和感に包まれたまま くり広げられる大人の男女の会話と関係性を 半ばイラつき 半ば興味深々で・・・・ 著名なイギリス人作家と、現地でサイン会をしたときに知り合ったフランス人女性一見淡いラブストーリーのように思わせておいて、それが揺らぎ始めて、混乱するトスカーナの郊外を ずっとドライブしながら、歩きながら会話を続けていくだけで・・・・オイラ その昔 そう現役サラリーマン時代 商品部の仕入れ企画担当をしていた商品企画や販売企画等を全面的にお願いしてた企画会社クリエーターの「Kさん」とは 気心が合い 一緒に仕入れやショップ視察や展示会やらに 地方や海外へも よく出かけた新規の人気のブランド・ショップ等がオープンすると誘い合わせて チェックに行くのだがいつの間にか買い物に来た夫婦の振りをして 隠れて写真を撮ったり価格やサイズをメモしたそのままの雰囲気で食事をしたりお茶をしたりして、展示や商品について語り合った しかし 偽夫婦は やっぱりニセモノで お互いのワザとらしい会話と演技を貶しあい 笑いあったインテリア商品を夫婦の視点で展示やモノを視る事が出来たことは 多いに役立ったと思うそんな昔の事を思い出していたのだが・・・・この映画の二人は元々夫婦なのか、それとも演じて楽しんでいるのか?贋作という、本物に似せれて作ったものというタイトルは 二人の関係性、会話で交わされる夫婦生活についても すべてが贋作なんだと言ってるんじゃないのかラスト 思い出のホテルの部屋で 彼女の心は15年前の新婚時代へと戻っていて懐かしそうに思い出を語るが 帰ろうとする「ジェームズ」 「行かないで」と彼女「ジェームズ」は鏡を見ながら、幻想と現実の間で迷っていて「9時までに戻らないといけない」・・・・その時、教会の鐘が鳴って 終わる「ジュリエット・ビノシュ」の ある意味一人芝居的な演出が見もの ジェームズの気を引こうと 化粧し大き目のイヤリングをした時の なんと魅力的なコトそれを なんでジェームズは 素っ気ない振りをしたんだろう? もったいない・・・・
2017年02月03日
コメント(0)

【スタッフ】監督=チャン・イーモウ(張芸謀)原作=厳歌苓(ゲリン・ヤン)『妻への家路』(鄭重訳、KADOKAWA)脚本=ヅォウ・ジンジー(雛静之)撮影=チャオ・シャオティン(趙小丁)編集=チャン・モー(張未)音楽=チェン・チーガン(陳其鋼)【キャスト】陸焉識(ルー・イエンシー) =チェン・ダオミン(陳道明)馮婉玉(フォン・ワンイー) =コン・リー(鞏俐)丹丹(タンタン) =チャン・ホエウェン(張慧雯)鞏素珍(コン・スーチン) =チェン・シャオイー(陳小芸)李主任(リ主任) =エン・ニー(閻妮)劉同志(リュウ同志) =リュウ・ペイチー(劉佩埼)鄭指導員(チョン指導員) =ズー・フォン(祖峰)【あらすじ】教師の『婉玉(ワンイー』とバレエを習っている娘の『丹丹(タンタン)が共産党員に呼ばれ、追放中の夫『焉識(イエンシー)』が監獄から逃亡したが、連絡があったら必ず通報するよう 厳命される 「丹丹」は「革命模範バレエ 紅色娘子軍」の主役の呉清華に決まりそうだった或る日「丹丹」は 父から母と駅で会いたいと連絡を受けるが、母に行くなという駅には追っ手が来ていて「婉玉」の目の前で「焉識」は捕まってしまう「丹丹」は逃亡犯の娘ということで バレエの主役から外された1977年、文化大革命が終わって「焉識」が右派分子の罪を解かれ、20年ぶりに帰宅するが 迎えた「婉玉」の様子がおかしく・・・・自分のことは全く忘れ、「方」という男と間違える党員も含めて説得にあたるが、思い出してくれない 「丹丹」はバレエを諦め、家を出て紡績工場の寮に住んでいる「焉識」は守衛室の隣で暮すことになる 「婉玉」は毎日、駅へ夫を迎えに通う五日に帰ってくるからという手紙を書いて西寧発の列車から降りてくるが、プレートを掲げた「婉玉」は全く気づいてくれない 医者から心因性の記憶障害だと写真で思い出さそうとするが、「焉識」の写真は全て「丹丹」によって切り取られて教授でピアノ好きだった夫を迎えるために調律したい というので調律師になって直し、婉玉を待つが、曲だけ思い出して自分を思い出してくれない西域から大量の手紙が入った荷物がようやく届く 読みにくい、というので読んであげるが、「手紙を読む人」としか理解されない新しく手紙を書き、丹丹と和解してくれ、と頼み、ようやく娘を許した丹丹は父にあの日密告したのは私だったと話すが、父は知っていたよと・・・・ ------------------------------この映画の根底にあるのは中華人民共和国での【文化大革命】(1966~1976年)1977年に終結宣言がなされた 革命とは名ばかりの史上最大規模の暴挙の残滓である名目は「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」という政治・社会・思想・文化の改革運動だったが 実際は、大躍進政策の失敗によって国家主席の地位を劉少奇党副主席に譲った『毛沢東』共産党主席が自身の復権を画策し、民衆を扇動して政敵を攻撃させ失脚に追い込むための、中国共産党の権力闘争であり これにより国内の大混乱と経済の深刻な停滞をもたらし 死者は40万人とも1000万人とも言われ、被害者数は1億人にものぼると言われているが 未だにその核心に踏み込んだ映画は無いそんな中国で 今や世界的な名匠と称えられている「チャン・イーモウ」監督自らもその大革命を体験した苦い思いも込めて撮ったこの作品は 穏やかにではあるが誰の心にも重くのしかかる 哀しみと怒りのメッセージだと聞こえます その犠牲者の主人公は 収容所に投獄されていた大学教授『陸焉識・ルー・イエンシー』20年ぶりに開放され、愛する妻『馮婉玉(フォン・ワンイー)』の元へ帰ってきた20年振りという事は 10年間の大革命から更に10年間投獄されていたという事で悪いコト等何もしてないのに なんという理不尽さ 中国共産党の暗闇が窺えるそれによって最愛の妻は あまりの心労の末に、夫の記憶を失ってしまっていた何をやっても妻の記憶を回復させることができない 夫の甲斐甲斐しい努力の様子が 痛い娘の「タンタン」も被害者で 完全に紅衛兵化していて 父母を裏切って密告するのだがその当時からすれば仕方ないことなんだろう 彼女は大革命当時のバレエ“好色娘子軍”のプリマドンナに抜擢される間際だったんだから(*バレエの軍国的な振り付けには笑えた)大学教授でピアノを弾き 妻に監獄で数百枚の手紙を書いた「陸焉識(ルー・イエンシー)を演じた『チェン・ダオミン(陳道明)』 温和で優しいインテリ男性を好演記憶をなくした妻『馮婉玉(フォン・ワンイー)』を「コン・リー(鞏俐)」が相変わらずの その愁いに満ちた 哀しみを見事な変幻自在の表情で演じて 泣かせますさらに若い娘『丹丹(タンタン)』を 夫妻の間で「チャン・ホエウェン(張慧雯)」が多少 今風な感じもするが 溌剌に演じてバランスをとっていました流石の「チャン・イーモウ」監督作品です
2017年02月02日
コメント(0)

【スタッフ】監督=ビレ・アウグスト 原作=パスカル・メルシエ『リスボンへの夜行列車』脚本=グレッグ・ラター、ウルリヒ・ヘルマン撮影=フィリップ・ツンブルン 美術=アウグスト・マイヤー衣装=モニカ・ヤコブス 編集=ハンスヨルク・ヴァイスブリッヒ音楽=アネッテ・フォックス【キャスト】ジェレミー・アイアンズ =ライムント・グレゴリウス(スイスの高校教師)メラニー・ロラン =エステファニア(驚異的な記憶力をもつ女)ジャック・ヒューストン =アマデウ・デ・プラド(貴族出身の医師)マルティナ・ゲデック =マリアナ(リスボンの眼鏡技師の女性)トム・コートネイ =ジョアン(マリアナの伯父・養護院に入院中)アウグスト・ディール =ジョルジェ(アマデウの親友・薬剤師)ブルーノ・ガンツ =年老いたジョルジェ(アマデウのかつての親友)レナ・オリン =年老いたエステファニアクリストファー・リー =バルトロメウ神父シャーロット・ランプリング=年老いたアドリアーナ(アマデウの妹)【解説】 『パスカル・メルシエ』の世界的ベストセラー『リスボンへの夜行列車』を 名匠『ビレ・アウグスト』監督が映画化したミステリー・ドラマ 退屈な人生を送る高校教師が、一冊の本との偶然の出会いをきっかけに、 作者の素顔を探るべくリスボンの街を旅するさまと、主人公が解き明かしていく 作者の波乱の人生を哀愁あふれる筆致で綴る 【あらすじ】スイスの高校で古典文献学を教える教師『ライムント・グレゴリウス』5年前に離婚して以来、孤独で単調な毎日を送っていたある日彼は、橋から飛び降りようとする若い女性を助けるしかし彼女はすぐに行方をくらまし、「ライムント」は彼女が残した本に挟まれていたリスボン行きの切符を届けようと駅へ向かうしかし女性の姿はなく「ライムント」は衝動的に夜行列車に飛び乗ってしまうそして車中でその本を読み心奪われた「ライムント」は、リスボンに到着するや作者「アマデウ」を訪ねる しかし、「アマデウ」は若くして亡くなっていたやがて彼を知る人々を訪ね歩く「ライムント」は、独裁政権下のポルトガルで反体制運動と情熱的な恋に揺れた「アマデウ」の濃密な人生を明らかにしていくのだったが・・・・ -------------------------------ネタばれのラストを最初に書くとリスボン滞在中の主人公「ライムント」(ジェレミー・ライアンズ)を、橋で自殺をしようとしていた女性が訪ねてくる 実は 彼女はメンデスの孫「カタリナ」で、愛する祖父が非道な行為で憎まれていた人物であることをアマデウの本で初めて知り、そのショックで自殺を図ろうとしていたのだと 語った フムフム そしてこの映画 オイラが今まで観た映画の中でもベストテンに入る素晴らしいラストシーンがスイスに戻る「ライムント」を、親しい仲となっていた「マリアナ」が駅に見送りに来るアマデウをはじめとする当時の人々の人生と比べて 何もなしていない自分の退屈な人生を嘆くライムントに、マリアナは 決して貴方は退屈な人じゃない リスボンに残ったらと誘う 走り出そうとする汽車 エッと振り向くライムント で終わるこの「ライムント」を演じる65才ぐらいの「ジェレミー・ライアンズ」が凄く好い感じ出勤途中に 橋の上から飛び込もうとする若い女性を ダッシュして 鞄の学生たちの答案用紙をぶちまけながら飛び付いて救助する そのまま教室まで連れてゆくと・・・・最初から この高校教師の人間性が良く表現された映像が続き・・・・いつの間にか消えたその女性 生徒を置いたま教室を飛び出し駅へ そのままリスボンへ出発何度も校長先生から携帯電話に連絡が入るのだが・・・・なかなか 帰るとは言わないそして その若い女性の持っていたポケット・ブックを列車の中で読んで深く興味を持ちその著者「アマデウ」の家を訪ねると、妹だという女性「シャーロット・ランプリング」が演じているんだけど、相変わらず 物憂げでミステリアスな雰囲気を醸し出して不思議な魅力も発散させて・・・・謎のこの旅に一気に引きずり込むのだヨ1974年、ポルトガルの民主化革命に命をかけたレジスタンスの若者達「アマデウ」と親友の「ジョルジュ」そして美しい女「エステファニア」この三人の悲恋葛藤、革命、激動の人生を「ライムント」が 追いかけ探り歩いて・・・・そして 彼もまた自身の人生を深く考えるようになる という・・・・老いた自分を意識した時 誰もが一瞬留まり「なんだったんだろう?」と・・・・いうことあった?そして なんかきっかけさえあれば 大きくジャンプして変身してみたい なんてそんな 叶わぬ夢を見てる でしょ?ライムントは 退屈だからと離婚されてしまい独り身だったから できたけど・・・・長年連れ添った連れ合いが・・・・・だからネ
2017年02月01日
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1
![]()

![]()