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じつは この映画
とは何の関係もないのですが、ちょうど読んでいる小説の中に 植物に夢中になる少女
が登場してきていて、これがいいんですよね。で、 シネリーブル
でこのチラシですからね。
新疆ウイグル自治区ってどこ?中国 の西の端、向こうが カザフスタン 、ズーッと向こうまで高原が続いていて・・・。
上に貼った写真は アルシン
という 主人公の少年
と オニーチャン
ですが、オニーちゃんはこのシーンの直前スマホで話していたんですよね。
「こんなところでスマホが!!!」 物語は集落の影さえ定かでない 高原の村 で、 オばーちゃん と、北京から帰ってきた オニーチャン の三人で暮らしている 13歳の少年アルシン君 の、上海からやって来た 漢民族の少女メイユーちゃん とか、ふたたび北京へ出ていってしまう オニーチャン とか、町に働きに行っている 母親 とか、高原でボクシングごっこをする 友達たち とかとの 出会いと別れの日常を 、マジックリアリズというんでしょうか、ファンタジーというんでしょうか、
夢と現実を交錯させるようにして描いています。 少年 が集めている アザミ や アカシアの葉っぱ の 押し花ノート の中にこそ、地の果てのような場所で暮らしている少年の夢のように美しい世界があるに違いないですね。
でも、 この少年
の夢のような世界の傍らのラジオからは工業的な躍進を伝えるニュースが繰り返され、北京の友達とスマホでおしゃべりする兄が立っているというシーンを重ねていく ジン・イー監督
の 意図
は何なのでしょうね。
内モンゴルの高原
に立った時に 世界の果て
のような、その場所に感動してから20数年、
今や、世界の果てなんて存在しないのかもしれませんね。 それが、一体どういうことなのか、 監督 が問いかけているのはそのあたりのように感じました。 拍手!
余談ですが、最初に話題にした小説は リュドミラ・ウリツカヤ「クコツキイの症例(上・下)」(群像社)
です。まあ、まだ、 上巻の第1部
の終りあたりをウロウロしているところですが、その登場人物の一人に トーマ
という 「ボタニスト少女」
がいるんです。
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