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の新入荷の棚で見つけました。10年ほど前に 「しんせかい」(新潮文庫)
という、まあ、実に読みづらい作品で 芥川賞
をとった 山下澄人
の最新作のようです。
起きたら寝る前に読んでまくらもとにおいていた本がなくなっていたからキティーを読んでいた。キティーというのは「アンネの日記」のほんとうの名前でアンネは日記にキティーという名前をつけていた。そういう名前の友だちがいたのでも、架空の誰かというわけでもなかった。日記が、キティーだった。本の名前はだからほんとうは「アンネの日記」じゃなくてキティー。それでもどうしても「アンネ」と「日記」と入れたいなら、アンネに日記を書かれたキティー。もしくは、アンネに日記を書かれた、とされている、キティー。(P5)
キティーに飽きてお腹がすいて寝る前に読んでいた本をもう一度探したけどやっぱりなくて、パンを焼いて蜂蜜を塗って食べていたらママが部屋から台所へ来た。おはよう。ママはほんとうは今よりずっと前に起きていて布団の中でノートを書いていた。わたしがノートを書くようになったのはママの真似で残念ながらアンネじゃなかったとネルは思い込んでいたけど、とママは書いていた。ぼくがネルにムェイドゥの残してしったキティーをすすめてからずっと読んでいたネルにあなたも書いてみたらとぼくがいったのだからぼくの真似というよりはネルはやっぱりキティーに影響されて書きはじめたというのが正確で、ぼくの真似というはネルの思い違いだった。(P15)
この海辺は ぼく が パパ と北へ旅立った、その途上の風景です。だから、 ぼく はこの文章の中にもいます。 海は水平線の向こうまで白波を立てていた。空は薄く白く、青かった。太陽はわたしの真上のすこしうしろの左にいて、影は短く右の下、ネルは浜に立ち、海にからだを向けていた。ママはガソリンをどこかで入れようと家を出るときから考えていたことをぼくは波打ち際で小さく上下していた赤白いポリタンクを見ても思い出せずにいた。波は引かずに小刻みに押されて寄せてだけ来ていたようにわたしには見えていた。南で大きな地震があったとき津波も来た。げんぱつが爆発した。ネルとぼくはずっとげんぱつが爆発するのをテレビで見ていた。とママは書いていたけどわたしはげんぱつが爆発したとき寝ていた。間もなく爆発するとタカタカちゃんがママに何度も電話をかけて来ていた。電話がつながったのは「キセキ的だ」ったらしい。テレビでは爆発するなんていってなかったのにタカタカちゃんのそういっていた。爆発したよと寝ていたネルは、ママに起こされた。爆発したのは「たてや」で肝心なところは問題ないとテレビの人がいったとぼくが説明したとわたしは書いていた。「めるとだうん」とタカタカちゃんがいっていたとママがいった。テレビではいってなかった。大変なことになったとわたしは思ったが何がどう大変なのかもちろんわからなかったし、わたしは何に対しても何もわかっていなかったし今もわからない。わからないままカンレキになった。その日からわたしはマスクをした。ママはしたりしなかったりした。マスクをしたわたしへ先生はなぜそんなものをしているのといった。わたしが「ほうしゃのう」と書くと先生は笑っていた。もし仮にそんなものがここらまで来ているとして、そんなペラペラなもので防げるはずがない。「それにだいたいそんなものは来ていない。」
マスクはしどころがむずかしい。
車に戻りエンジンをかけて、暑かったから冷房をつけた。(P102)
わからないままカンレキになった。ぼく のことばです。なんですか、これは? 還暦 です。 作者の山下澄人は1966年生まれ ですから 2026年 には 還暦 です。書き手は還暦のおじいさんですか? ぼく は、いわゆる、 私小説的 な 作家自身かも とかも考えましたが、やはり、小説的造形の架空の存在であることは間違いないようです。
書き手が誰なのか?
まあ、そのあたりから読み始めるボクのような読者には困惑の連鎖なのですが、 小説的輪郭
がぼんやり見え始めた気はしました。
で、ここから 100ページ
、 12章
に渡る作品を読み終えて、この 書き手
が 何者なのか、
結局わかりませんでした(笑)。
山下澄人の小説
はいつも ヘンテコ
なんですけど、しかし、困ったことに、この作品、 読み終えさせる妙な力
はあるのです。それから、 書き写し
ていると、案外、面白いのです。まあ、何も覚えていないのですけど。そういう、読書、一度どうですか?
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