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土曜日は地域の夏祭り、日曜日は落雁作りで、婦人会の方々とたくさんの時間を過ごし、少しずつ、打ち解けたお話もできるようになってきました。とはいえ、まだみなさんのお名前を覚えられません。この地区のお祭りはすごいです。婦人会では午後1時から準備を始めて、お料理をたくさん作ります。煮物、和え物、サラダ、ちらし寿司、おにぎり、てんぷら、バーキューの野菜の下ゆで、焼そば、牛乳かんてん…。男の人たちは会場作り。子どもたちは、横を流れる川で遊んで待ちます。お祭り開始は午後6時。ビールもお酒もジュースも飲み放題。お料理も食べ放題。焼き肉のお肉や焼き鳥もどっさり。みんながお腹いっぱい食べても、とても食べ切れません。唐津の演歌歌手が歌ったり、ビンゴや花火、カラオケ大会、盆踊り…。プログラムに関しては、どこのお祭りでも見られるようなものだけれど、周囲をぐるりと山の緑に囲まれた会場が、本当に気持ちいいのです。心が広々するのです。そして何より、圧倒されるのは、山のおじちゃんおばちゃんたちのバイタリティ。パワフルなおしゃべり、料理の仕方の豪快さ、お酒の飲み方、疲れを知らずに働き楽しむ。長丁場のお祭りでへとへとになった翌日、夜7時から落雁作り。あの~、みなさ~ん、疲れてないんですか~?砂糖、片栗粉、落雁粉、水をしっかり混ぜ、型にぎゅうぎゅう詰め込みます。型からはずすと、きれいな落雁の出来上がりです。次回のイベントは8月18日、お観音さんというお祭りだそうです。また、お料理をたくさん作って、地域の女性をもてなします。軟弱モノの私、この先、体力が持つんでしょうか…人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2012.07.30
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いのちの食卓(その他)おとなりのおじちゃんの趣味は釣り。おじちゃんが釣りに出掛けた翌朝は、おばちゃんがお魚を届けてくれます。ありがたや~。今回いただいたのは、鯛とイトヨリ。ここに来る前は、魚の下ごしらえなんて、スーパーのお魚コーナーでしてもらっていたのです。うろこを取って、ワタを取って…。下処理完了のお魚たち。近頃はだいぶ慣れましたヨ。それにしても、そこら中にウロコが飛び散るの、何とかならないでしょうか。おばちゃんには、「外でやるさ」と言われましたが。鯛は、本日、丸ごと唐揚げにしました。まだ3枚におろせないので、丸ごと。イトヨリは冷凍しておいて、後日、お煮付けにする予定です。尊敬する辰巳芳子さんが、著書「いのちの食卓」の中でおっしゃっています。私は、人とのかかわりにおいては、互いに「仕え合う」ということを重んじております。 ところが、最近は、どうも人々が「立ち向かっている」ように見えるのです。人に対してだけでなく、自分自身に対しても、なにか自己実現といって、立ち向かっている。それは、とてもしんどいことではないかと思います。 もっと肩の力を抜いて、人と手を取り合うような態度でなければ、この人生はつらいものになるでしょう。料理をすることがどこか困難だと思っている方は、どこかにその方法、態度に無理があるのではないでしょうか…。人とのかかわりにおいて、仕え合うことの一つの稽古が料理なのです。自分のために、家族のために、その稽古を365日できるのが、食べものを作っていくことなのですね。それはすなわち、生活そのものです。私は、こちらに来て、その稽古をしっかりさせてもらっているように思います。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2012.07.25
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ねずみのかいすいよく(絵本)先週は豪雨続きで、この地域にも避難勧告が出されました。そんな中で、行かれるかどうか危ぶまれましたが、日曜日、菖蒲地区子どもクラブの海水浴へ行ってきました。場所は、唐津市のイロハ島。イロハ島というのは、空海さんが名付けたそうですよ。プライベートビーチのような、静かできれいな砂浜でした。あんな天候だったから、人が少なかったのかな。でも、どんより曇って雨もぱらついていた空も、私たちが浜に着いてからは、すっかり晴れて海水浴日和になりました。地区の皆さんとバスを借り切って海水浴に出かける…。こんな行事がたくさんあるから、みなさん、とっても仲良しになるんですね。娘はこれまで、ほとんど海水浴をしたことがなかったので、泳いだり、もぐったり、砂浜でお堀を作ったり、もう夢中で遊んでいました。夏になると娘がよく眺めていた「ねずみのかいすいよく」(作/山下明生 絵/いわむらかずお)。海水浴へ行った七つ子ねずみたちは、帰りの電車で疲れてぐっすり眠ってしまいます。娘もきっと疲れたでしょうに、夜は古湯温泉花火大会!お友達と待ち合わせしていたので、海水浴から帰ると、タッチアンドゴーで花火大会の会場へ。真下から見る花火。心臓に響く花火の音と、吸い込まれそうに大きく開く花火に、娘は「すごい!すごい!」と大興奮でした。花火のカスが落ちてくるのも、面白がっていましたヨ。これだけでもう、夏の思い出できました、っていうくらい楽しい楽しい一日でした。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2012.07.18
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君あり、故に我あり(その他)子どもの本ではないけれど、私の進む道に光を投げてくれた本「君あり、故に我あり」(著/サティシュ・クマール)をご紹介します。著者のサティシュー・クマールさんは、9歳で出家してジャイナ教の修行僧となりました。けれど、僧になって9年間、歩き、学び、瞑想し、観察し、生命の複雑に入り組んだ働きに注意を払ってきた後、世を捨てることで魂を救うことはできないと確信しました。私たちは精神性を僧門、洞窟、宗教的施設から解放し、すべての人々にもたらす必要があるのです。精神性は毎日の生活の一部であることが必要で、非暴力と真理は、特別な人によって実践される特別なものではないのです。私たちは非暴力と真理を、政治やビジネスや農業、そして私たちの家庭にも取り入れる必要があるのです。こうして、サティシュさんは社会と深く関わりながら、エコロジカルでホリスティック(ものごとの根本的な原因やその現状を引き起こしているシステム全体を大きな構図で捉える考え方)な新しい世界を作る運動を展開していきます。サティシュさんが提唱するのはSoil(土)、Soul(心)、Society(社会)という考え方。私たちは土から生まれ土に還るのだから「ソイル(土)」が最初に来なくてはならない。私たちの食べ物や日々の栄養は、土から育つ。(中略)私たち人間は、自然の恵みを神からの贈り物として受け取る。私たちは自然の一部である。私たちは謙虚さと感謝の気持ちを持って、この地球上に暮らすことを求められている。自然を育てることの次には社会を育てることが来る。これは、ダーナ(与えることと受け取ること)に基づいた社会の秩序を意味し、相互利益と相互関係を意味する。私たちは知的、文化的、宗教的財産を使って、人生を豊かなものとする。これらの財産は何世代にもわたって蓄積されてきたものだ。(中略)そのお返しに、私たちは自分の仕事や創造性、芸術や手仕事、農業や建築を、社会の今と未来の世代に対する贈り物として差し出すのである。このような精神によって動機づけられているのであれば、仕事は重荷とはならない。仕事は義務ではなく、責務でもない。私たちは自らの仕事を行うものですらない。私たちが仕事を行うのではなく、仕事は私たちを通じて流れ出す。ソイル(土)とソサイエティ(社会)に補給し活力を与えたように、私たちのソウル(心)にも補給し活力を与える必要がある。心を大事にしなければ、土や社会を大事にすることもできない。私たちの心は疲弊し、傷ついている。あるときには怒りによって、またあるときには貪欲によって、私たちの心は傷を負う。不安や恐れも心を痛めつける。嫉妬や憤慨は心を病ませる。拒絶されることを通じて私たちの内面世界は分断されてしまう。権力への誘惑が心を腐敗させる。だから、無傷となり満たされるためには、私たちは自分の心を癒す必要がある。ずいぶんと長い引用になってしまいました。それでも、まだまだ引用したい所がたっぷりあります。特に、サティシュさんのお母さんの美しい言葉の数々、必読です!これまで、ジャイナ教ってよく知りませんでしたけれど、もしも世界中がジャイナ教徒であれば、争いのない平和な世界になるんじゃないかな~、なんて思ってしまいました。真実を知る人は、心を超え言葉を超え、あるがままの存在を悟る。真実を生きるとは、状況や人や自然を自分の欲得に沿うように操作することを避けるという意味である。我々は、他の人は他の人なりの真実を持っていることを受け入れる。なぜなら、人の心が捉える事ができ、言葉で表現することができる唯一の真実などというものは存在しないからだ。真実とは、『結論は一つではない(アネーカーント)』ということと同義だ。大半の宗教は唯一の真実が存在すると信じているようであり、賢者はそれをさまざまな言い方で語る。しかし、ジャイナ教の認識は、現実は多元的である、というものだ。それぞれの人、それぞれの木、それぞれの花が無限の宇宙の中心である。たった一つの中心、たった一つの真実というものはあり得ない。一元論ではないのだ。あらら、また長い引用をしてしまいました。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2012.07.13
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ウーフはなんにもなれないか?(日本の児童文学)自分探し病ってあるそうですね。「本当の自分」を探し求めてさまよう…。私が大学生の頃だったでしょうか。自分探しという言葉が巷にあふれだしたのは。その後、自分を探して道に迷ってしまう若者が増え、「本当の自分なんて探したって見つからない」っていう批評家たちが出てきたり…。30代、40代になってもまだ自分探しをしている人は、かなり重症な自分探し病患者らしいですよ。それって私のこと?娘が図書館から借りてきた「ウーフはなんにもなれないか?」(作/神沢利子 絵/井上洋介)。ウーフは、コックさんにもなりたいし、バスの運転手さんにもなりたいし、登山家にもなりたいし、飴屋さんにもなりたい。きつねのツネタと小鳥のピピは、無理だと言います。「かわいそうだなあ。ウーフは なんにも なれないよ。」ウーフは怒って、じゃあピピはなんになるんだ、とピピに聞きます。すると、ピピは嬉しそうに笑って言うのです。「ぴーぴー ぴーちゅる ちゅる。ああ おかしい。あたしなんか、もう なんにも ならなくて いいんですよ。あたしなんか、なりたいものに なっちゃったんですからね。」ウーフは驚きます。「そうよ、あたしは もと、ふわふわの 毛を した小さな ひよこでね、空もとべなかったのよ。でも いまは こんなりっぱな 小鳥の おじょうさんでしょ。あたし、ぴいぴいの ひよこちゃんから、小鳥に なったのよ。空も とべるし うたも うたえるわよ。」ピピ、かっこいいです。でもね~、人間、それじゃ食べていけないんですよ~。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2012.07.11
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ペパーミントの小さな魔法(日本の児童文学)梅雨の晴れ間は大忙し!天日干しまくり!北側が山になっている(北風から守ってくれるんですって)ため、この家は本当に湿気が多いんです。油断するとカビが…今日は救いの快晴です。布団を干して、シーツを洗って干して、座布団を干して、湿気取りのために置いている炭を干して、まな板を干して…それから、漬物にする大根葉を干して、ミントを干して…前に住んでいらした方が植えてくれたのか、春先、アップルミントが生えてきたので、大事に増やしてきました。毎晩、眠る前にミントティーを楽しんでいます。ハーブティーってちょっと高価なので、助かります!近頃、徒長して見苦しくなってきたので、摘み取って干してみました。たくさん乾燥させておいて、冬のためにとっておこうと思います。娘の愛読書、あんびるやすこさんの「魔法の庭ものがたり」シリーズ。3冊目は「ペパーミントの小さな魔法」です。魔女トパーズの遺産である「トパーズ荘」と魔法の庭を相続したジャレットは、トパーズの後継者としてハーブの薬屋さんを開きます。ジャレットがミントティーを淹れる場面があります。たいていは、かわいたミントの葉でいれるのですが、今日のようにフレッシュな葉っぱでいれるお茶のかおりは、特別です。だそうですよ。ドライだと、香りが落ちるんですね~。今のうち、たっぷりフレッシュミントティーを味わっておかなきゃ!デス。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2012.07.09
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梅仕事というのは、辰巳芳子さんの「庭の時間」に出てくる言葉です。素敵な言葉ですよね。私も、生まれて初めて、梅仕事をしてみました。梅干し作りです。おとなりのおばちゃんのいただいた青梅を、2、3日追熟させて、黄色くなるのを待ちます。梅雨のじめ~っとした台所に、熟れてくる梅のあま~い香りが漂います。黄色く熟れた梅を洗って水気をよく拭き取り、カメに入れ重石をして塩漬けすると、これまた2、3日で梅酢が上がってきます。透明な梅酢が上がってきましたよ。おばちゃんからもらった赤ジソを塩でもんであく抜きして梅酢を少々加え、一枚一枚広げて(これが大変!)梅の上に載せます。さあ、これで土用干し(7月20日頃)まで、風通しが良く涼しい所で保管します。初挑戦の梅干し。どうか上手にできますように。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2012.07.04
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