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2021.03.01
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カテゴリ: 読書
僕はかねがね,「100年後にはどこの大学の文学部でも梶原一騎を研究している学者がいるようになるだろう」と予言しているほどの梶原信者である。このたび『梶原一騎正伝』という,いかにも梶原一騎の研究書のような書籍が出たので買って読んでみた。



純情 梶原一騎正伝 [ 小島 一志 ]

まず,著者の小島一志氏について。この方の執筆スタイルの問題なのだが,ノンフィクションというには台詞や人物の心情が再現ドラマのように描かれている。
たとえば,こうだ。



(「第2章アントニオ猪木監禁」,「伏線そして偶然と必然」より)

アントニオ猪木監禁事件のときの梶原一騎の心情がありありと描かれているが,梶原一騎に取材したのでなければ,著者の想像ですよね・・・?
「朝樹は葉巻に火をつけ,空になったグラスにウイスキーを注いだ」 とか,誰がそんな昔のことを覚えていたのかと。

ほぼ全編がこんな再現ドラマで作られており,冒頭では梶原一騎が逮捕される直前,実母との会話なんかが,これも梶原一騎か実母しか知らないであろう事実を,会話や当時の心情が描かれている。
こういう再現ドラマは非常に情緒的で,傲岸な梶原一騎と,震えているアントニオ猪木が目に浮かんでくるようである。
読み物として面白いことまでは否定しないものの,これが小説だというのならばそんなものかと思うが,ノンフィクションという看板で売り出すのは違うのではなかろうか。

また,取材対象の偏りにも多少の不満がある。
個人的にどうかと思うのが,『あしたのジョー』の作画を担当した ちばてつやの証言が全く収録されていない ことである。



(「第3章 高森朝樹から梶原一騎へ」,「噂の高森三兄弟」より)

梶原一騎の代表作は,『あしたのジョー』,『巨人の星』,『空手バカ一代』など数多いものの,最高傑作は『あしたのジョー』というのが研究者のほぼ一致した見解だ。
梶原一騎については漫画原作者,格闘技のプロモーター,極真空手の幹部など様々な肩書きがあるとして, 『あしたのジョー』について,現在も存命であるちばてつやの証言がないというのは,漫画原作者としての梶原一騎を何も描けないというのと同じである。
ちばてつやですらこうであるから,他の漫画家の話はほとんど全く収録されていない。

実際のところ,本書では梶原一騎の漫画原作者としての要素をほとんど描いていない。

たとえば,『あしたのジョー』でジョーが少年院で受けたリンチだとか,最終的にジョーが少年院のボスになるところは著者の経歴そのままだったとか,『巨人の星』の星一徹はマイホームパパを嫌う梶原一騎の理想像だとか。
そういう, 梶原一騎の人生を通じて作品を論じて見せたり,作品を通じて梶原一騎の思想を研究するというのを僕は求めていたのだが,あんまそういうのはない。

では,漫画家としての梶原一騎を描く代わりに著者は本書で何を描いているかと言えば,梶原一騎と極真空手の内情だとか,アントニオ猪木監禁事件だとか,暴行傷害事件での逮捕だとか,そういう業界の闇みたいなところが中心である。
ここで,著者はもともと空手雑誌の編集者をしていたという経歴があることから,空手関係者の証言は多数集められてはいる。といっても,極真空手については分裂に次ぐ分裂の結果,仲の良い流派だとか,険悪な派閥がある。
著者の人脈の問題と言えばそれまでだけれど,士道館の館長・添野義二の証言は何度も出てくるのだが,さすがに偏りすぎだろう。添野館長は基本的に梶原一騎を擁護する立場であり,批判的な証言は掲載されていないから,そういう意味で信用性は微妙だ。また,梶原一騎と対立する派閥の意見も聞いたりすべきだろう。





(本書終章,「母と妻による二つの墓」より。)

さすがに言い過ぎではあるまいか?
とても中立的な立場とはいえないため,内容にはかなりの疑義がある。
恐らく,梶原一騎の妻,高森篤子氏が本書を読めば逆の感想を抱く可能性が高い。
また,本書では梶原一騎はADHDだったのではないか,在日朝鮮人だったのではないか,色々な疑惑を紹介している。特に在日朝鮮人説には客観的な資料がなく,著者も官報など確認できていないのに,なぜこの説を紹介しなければならなかったのかよく分らない。

最後に,気になるのが本書では梶原一騎の親族からの証言について,兄弟である真樹日佐夫などの証言は多数掲載されているものの,息子さんたちの証言が全く掲載されていないことである。
Twitterで梶原一騎の息子さんのアカウントがあるので見てみても,本書が発売されたというのに全く何の言及もされていない。恐らく,息子さんたちへの取材はしてないのか,できていないんだろうなぁ・・・。



純情ー梶原一騎正伝ー【電子書籍】[ 小島一志 ]





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最終更新日  2021.03.03 14:04:08
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