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という筈であったがまだ東村山に。鼻水ザーザー、目はしょぼしょぼ、花粉症の勢いが収まらない。そして、なんとこれに放射能が加わっている。3月15日に放射能物質が最大に飛来していたようだったが、その頃政府は「大丈夫、大丈夫」と言って隠ぺいしていた。自分の政府が全く信用できないという最悪の事態。そんなこともあり、あんなこともありで滞在を2週間延長。まだ、日本にいる。朝から毎日食べ過ぎてはいるが、家事でエネルギー放出、一応体重安定キープはしている。今年は、花見、カラオケなんて気分じゃないようだが、何とか明るい気持ちでやっていきたい。Typical Japanese BentoMum going to see dad at hospital with me today毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月29日
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ポークジンジャーを夕食に作ってみたが、両親は殆ど手をつけず、私が全て食べた形になった。母の料理にはかなわないとは思っていたが、一応やってみたのだが。I made pork ginger the other day, but mum and dad ate only a bit. So I had to eat them all.I can't beat mum's cooking I knew but I tried anyway.毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月26日
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毎日のように余震があって、震度3くらいじゃなんとも感じ無くなってしまった。カエルをゆっくりと茹でていくと、ずっとその温度の変化に反応しなくなってしまい、最後は茹であがってしまう、というのが「茹でガエル」というらしい。ちと、怖い気がする。卑近な例でいえば、私がオランダ系の連れ合いに毎日怒られていて、だんだんとエスカレートしているのに気が付かず、ある日突然追い出される、なんてことになるのだろうか。震度然り、放射能汚染然りだ。この国に生まれ、途中からオーストラリアに移住して25年、やっぱりこの国と運命を共にしたい、なんて思ったりもする毎日。まっ、あんまり考え過ぎてもいけない。いつもはほとんど考えていないのだから、いつものように自然体でやっていくべきだろう。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月21日
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88になった父親の下の世話の合間をぬって、防災の準備も完了。ずっと昔に備えてあった防災用具一式のちりと埃を払って使用可とした。余震が毎日続いている。今回の東北関東大震災と違った場所の新潟、長野、静岡でも起きている。昨夜の静岡のは大きかった。そして、福島第一原発は東電、政府がいかに情報を隠蔽しようともし切れない状態になってきているようだ。東京から西に逃げ出している人もいる。相変わらずデジカメ撮影がままならない母が5度目にやっと全体を捉えた写真。こんな時、両親と笑っていられるのがたまらない。3人で乗り越えていく。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月16日
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500年に1度くらいの地震に出遭ってしまった。両親、家族、私は元気だ。巣鴨で両親に、恒例の「いなご」「きりもち」「塩大福」を買って大塚に出たところで震度5強の地震に遭遇。長かった。3分くらいあったろうか。落ち着くためにカフェに入った。そしたら、また余震。西武池袋線沿線を徒歩で歩いて3時間、途中で疲れてラーメンを食べた。中村橋という所で交番でビジネスホテルはないかと訊いたら、電車が動き出したということでそれに乗って帰宅した。12時近かった。この大地震のときに、年老いた両親のそばにいることができて良かったとおもっている。これで地震が沈下して欲しいと願っている。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月12日
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日本帰国時の雪、東京の雪体験は13年振りだ。はしゃいでしまった。そして、風邪。朝食は納豆と大根おろし、レモン蜂蜜、ごぼう茶、ウコン。これで風邪ひいてどうする、といった感じだがまだ隙があるようだ。日本にきて一番嬉しいのは、顔のデカイ人がうじゃうじゃいること。落ち着く。小顔の国、オーストラリアでは肩身が狭いが、日本ではいつも堂々としていられる。しかし、どうもあのマスクだけは抵抗があり、可愛くない日本人を演じていたら風邪引いた。父の介護に来て、こちらが弱っていたら話にならない。健康管理は社長の最低線でもある。心してやっていくことにする。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月09日
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父の米寿のお祝いを、家族が集まってすることができた。なんだか、自分はこんな年まで生きないだろうな、なんて思ったら病んでいる父がここまでやって来られていることは、本当にすごいことだなと思った。働くことしかなかったような父だ。80歳まで働いた。ロウソクがなかなか消せなかった。母、ひ孫を入れた家族で楽しいひと時だった。私がオーストラリアに発つ前に何も言わなかったが、「エイズにだけは気を付けろよ。」と忠告してくれた。その忠告を守ることができてよかった。「次は、90歳だな!」家族から励ましの言葉だった。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月06日
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「食器は、あまり汚れてないから水だけでいいよ。」今回の帰国ではできるだけ料理、後片付けの手伝いもすることにしている。以前、オーストラリアでは食器洗いは、洗剤で洗ってそのまま水洗いはせずに終える、と母に話していたので、私に食器洗いはさせないようにと母は思っているようだ。「洗濯物は、干し方があるからお母さんがやるから。」オーストラリアでもオランダ系の連れ合いに合格点をもらえない洗濯物干し方、母にも不合格をもらってしまった。家事もなかなか楽じゃない。因みに、激寒の朝、ウォーキング開始、冬のリンリンハウスにご挨拶も無事完了。いろいろと厳しいことは続いているが、体力を維持向上させ筋肉も鍛えて乗り切っていきたい。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月04日
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父の介護と米寿の祝いに、本日参上。介護でいろいろ惨状はあるが、何とかやっていきたい。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業・オーストラリア留学
2011年03月01日
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