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親の事情を分かれと言ったって。そうです、大変に良く分かります。私が言っている親の事情、というのは、親に事情があったから許してあげてね、という通り一遍のことを言っているのではなくその人はさまざまな関係性の中で親との関係を再現しやすかったり親が自分に対して自分がこういう理由でこうなるという同じことを感じてしまって、投影をしやすいところがあります。自分は親にとって、無価値なんだ、どうせこうなるし、こうとしか扱われない人間なんだという間違った自分という像、こういうふうな人間だという思い込み無価値間を、改善していきたいのです。親の事情、というのは、親もかわいそうだよねこんなふうなことをして、ということではありません。そんなふうであれば、親を責める自分が悪いような気になることさえあるし自分の無価値感にちゃんと触れてはいないからです。そうではなく、自分が親との関係で無価値だと信じたり、恋愛でどうしても私なんて考えがでるのであれば、本当にそうなの、本当に本当に本当に今あなたが苦しんでいる事柄は、親との関係で自分はこんなふうだと(とても無意識になので分かりにくい部分ですが)d思い込んだ事柄は本当に本当に、親は自分なんていらないと思っていたのそれとも、彼等は未熟だったの本当に自分はそうなの。本当に自分のせいで母父を守れなかったのそんな自分を、そして今後も、完璧ではない両親を憎んでいくのそれとも、本当に幼い自分のせいではなく幼い自分は精一杯、我慢をしたり、いい子になったり支えたり、一生懸命だったけれど自分が変われば自分がいい子でいれば自分が言うことを聞けばこんなふうに」両親はけんかをしないの周りから愛されたの本当に、あなたは、そんなふうに子供のあなたは、自分がいけなかったからもっともっと努力をしなければ愛されないの、そんな感覚を持っていくの?そういった誤解をとり。本来の、暖かさ、暖かい関係のびのびとできる力を得るために何が必要かを探し出し、それに向き合うことそれが私が言っている、親の事情が正しく分かるということです。通り一遍の、親が事情があるから許してあげようねということではなくあなたが今頑張っていること、こうではないといけないと思っていたり周りの人々の機嫌がよくないと自分はだめだと思う感覚をそれは、自分は親にとっていらないと感じていたりだからいつも機嫌を取らないと生きていけないと感じていたり親は見捨てるだろうと感じていたりこんな自分ではないとだめだと思っていたりそんなことをどこかで、自分の価値観と結び付けていることを切り離したいのです。親の個性で怒ってしまったり安定をしないときでそうしていたこともあるでしょう。あるいは実際には、親は怒りんぼうだったけれどワガママを言っても見捨てなかった場合だってあるでしょう。それを正しく心で理解をしたいのです。頭で分かっている段階では何も変わらないからです。それと、逆に場合もあります。親は実際には何もしていないけれど親が自分に全部をしてくれていなくて、憎んでいる場合もあります。それであれば、相手は私に何もしてくれていないじゃないのという怒りを誰かれなくぶつけるので、どうしても、あなたが求めているものは何?本当は暖かさだったりでも自分から語りかけたりできずに、相手が全部してくれないと思い込んでいる自分はいったい、何を信じているの?ということを探していくことで、親との関係が画期的によくなっていきます。この方々は逆に、親を悪く取りすぎていて、親がすることを全部個人的に自分への攻撃自分に愛がないから、と取られていますから、親をそのまま理解をすることが大切になります。そういったことを含めての親の未熟さあるいは親のあり方、あるいは、親のあり方を含めての自分の本当になりたいあり方とも言えるかもしれません。それから、親に憎しみをぶつけてしまう方々はそれは正しい癒しというか、理解の道をたどりにくいので少し今の現実に起きている事柄に対応をする力を得ることに主力を向けて、行かれてバランスを取ってください。ご自身でされると、これもあれもこうなったのも親のせいという見方をしていくからです。これは正しいあり方ではありません。親のことを見直すときに自分の力を取り戻すためではなく「親がこれしてこうなった」と考える方々は実際には何か自分から逃げて向き合えないことがあるためにそう考えることがあります。このタイプの人々は多くはありませんが現実の出来事に対してもう少し力をつけていく必要もあります。キャシー天野
2008.03.27
掲示板の書き込みから、少し感じたことを今回はテーマに書きたいと思います。皆さんの中にも、自分が愛される価値があるなんて信じられないとお感じの方々もおられるでしょう?私が、人は愛される価値があるもんなんだなあーと気が付いた一つの大きなきっかけは、やはり子供たちが地上に生を受けて来てくれたことが大きいです。他の事柄から学ぶ方々もおられるでしょうし、私は子供たちが理解をすると手も大きな助けとなりました。掲示板を読んで悲しくおもったのは、あるいはさまざまな人々と接してやはり心を痛めるのは、家族の虐待やあまり暖かく接してくれていない家族と一緒にいたことで自分は愛される価値がないんだろうと信じる方々も少なからずおられることです。どこかに不安を抱え、どこかにいつも安らぎを求めてそうやって人は、どこかで自分も受け入れてもらえるはずだと探し回っているのです。皆さんにお伝えをしてきたように、でも小さな小さな子供のことを考えるときにその子は、本当に価値があるのです。親になるとそれを学びます。残念ながら、親も不完全なんです。自分だって自分に不信感があるから子供が何かできないと悔しかったり、そうして怒ることもあります。そうするとその子供たちは、また、自分なんて要らないんだということを感じて信じるようになっていきます。さて、男女の関係で、自分が愛されていないと信じていると大変に面白い感じ取り方をします。それは、まるで目が見えていない聞こえるのに聞いていない、と言った感じで相手との問題が全然違うところにあるのに、全部全部全部自分が悪いから、自分が愛される価値がないから、この関係がだめになったと考えるのです。でも、皆さんが失恋をしたときに、考えてみてください。自分は自分がだめだといつも思ってきた気持ちが今あがって来ているけれどそれは、自分がそう思っているからそう思っていて、本当の原因を見ていないのかもしれないのです。相手の男性が、余りに未成熟で、浮気をしたり、お金の問題があったり、そういったことが原因で別れていませんか?あるいは、相手にしがみつきはしたけれど、何か他のことが原因でうまくいっていないのを認めるのが怖いからしがみついていて、しがみついて愛していたのに離れた、みたいな間違った理解をしていませんか?それは上のように相手が未熟で合って、自分はもう我慢ができなかったのにうまくいかせようとしていたのかもしれません。あるいは、ただ単純に、合わないところが露呈をしていた問題ではありませんか?そしてまた、結婚をするまでに、合う人に会うまでは別れないと合う人がわからないではありませんか。不思議なことに、愛されていないという怖さがなければ問題は一個一個が別々に見えてきます。でも常に愛されていないと感じていたら、すべての問題を自分が愛されていないせいにしてしまいます。もう一度、正しい物事の見方をできるように、願い求めてください。ひょっとしたら、闇雲に新しい関係を求めるよりも、そういったことを願い求めたほうが解決はとても早いかもしれないのです。キャシー天野
2008.03.26
決断をやめるべきかどうか、分からないときに大きな決断をすることがしずらい、という時期が人生にはあります。こちらをとっても、あちらをとっても、と悩んでしまいます。そんなときに、考えてみてください。いつもしているパターンがないかどうかを。それは、新しいことをするときにいつも感じている不安ですか?新しいことをするときにはどきどきしていても、結局は大丈夫だったりしますか?それならば、「私は新しいことをするのが怖い。理由なんかない。でも怖い」と自分の気持ちを感じて行ってください。ある時期、ふと納得がいくと、すっと進めるようになります。ご自身の癖として、とにかく今までのパターンでなければ安心ではありませんか?そうであれば、同じことをしていないと不安なのかもしれません。「同じことをしていないのがすごくすごく不安だ」これも、この気持ちを感じてみてください。さまざまな理由が挙がるにしても、結局はここが怖いのであればこれが怖いと分かってくれば、さまざまな理由は本当はそれほど問題ではないことが分かってきます。それとも、目的そのものが、明らかではありませんか?あまりに抽象的に生きてきてしまえば、つまり何かしっかり準備をしないのに依存をするみたいに生きてきてしまったらその生き方を見直すことは大切です。でも大抵は、迷っている方々の場合、そちらに進んで大丈夫なことが多いのかもしれません。進んで大丈夫なんだけれど、進むまでが怖いということはよくあるからです。大切なことは、どちらを選んでもマイナスもあるしプラスもあるでも、自分がやってみたいと思ったことだから責任を取るという姿勢です。そしてまた、本当に納得が行った押されたような感じがあるときにはあまり誤りがないことが多いのではありませんか?回りの人々の声がきになるのであれば、本当はやってみたいけれども批判が怖いのかもしれません。そうであれば、やってもやらなくても批判はでてくることや、結局は自分が自身をもって、正しいことをしていくうちに、賛同をしてくれる人々がでてきたり、ということも学んでいくことも大切になるでしょう。二つに分かれている気持ち。その陰には、新しいことがとにかくいやだったり準備ができていない感じがして不安だけれど、それは単に情報を集めて学べばいいことだったりもします。皆さんの人生を豊かにするために、大切な選択それらを本当は人は間違うことはありません。間違うのは、何かから逃げようとして、自分が自分に責任をとっていなかったり目標が人がうらやましいからやってみようということで本当はしたくないことなのにやたらしたい気持ちになっていたりそんな何かの引っ掛かりがあるからです。それと、誰かを恨むときには、自分の心の中で何か引っ掛かりがあってまだ自分自身で納得がいかないままに決めてしまっているからです。親に結婚を反対をされた、そして止めてしまったすごくすごくすごく悲しい運命だと思います。けれども、その親を選ぶのであれば、どうして自分が選ぶのかがしっかりと決まっているようでも、どこかで、「そうしたほうがよい」と思うよりも、「そうしないと怖いことが起きる、いけないんだ」という気持ちに押されてしまうと、後々禍根が残ることもあります。ご自身の気持ちに寄り添って決めてみてください。ご本人がしっかりと決められたことは、本当に成功をしていきます。キャシー天野
2008.03.22
恋愛で気になっていること、まず友人では、メールが一度きて、こちらが一度返す、それで友人なんだということを学んでください。恋愛になってくれないと自分が価値がないと感じているとメールがきて、こちらも出す、またきて、そして永遠に続いていないと怖いと思います。でも、相手が自分にあこがれている人であればメールはとても長い期間にわたって、忘れたころに続くような感じでずっと何年もきたりします。友達でもそうです。忘れたころに来たってそのときに会話を楽しんだっていいのです。これはあこがれであったり、友人であったり、そのあり方を楽しんでみてください。何とか恋愛に、切れちゃう、保たないとと思っていると確かにメールを何度もして、よい関係になってもいいのです。でもそうできないとまるでいけないような感覚になってその人に何とかしがみつこうとします。人との縁は自然な流れと、そういったよい関係や友人やそういった人々もいたりして、そしてその中やあるいは他からなんだかしらないけれど続くよね、会話がという人々が出てきたうちでよい縁がでてきます。ほにゃほにゃほにゃ、ってメールが続きそしてある話題がきれたらメールが来ないこともあって自然なことですし、そこでおびえずにまた何か話があれば、ほにゃほにゃ、つまり緊張をせずに楽しみ、ということもしてみてください。それから、出会い系の場合はもちろん出会いたいわけですからまた話は違ってきますが、とにかく慌てないでください。相手は出会いたいのでとても会えるしメールも来ます。でもお互いに本当にあった人に出会うのって、すこし時間がかかってもよいことは、頭の片隅においておいてください。自分が何かをして怒られてしまったんです、感覚が強い人ほど相手の調子がよくて後悪いと、自分を責めるので自分がその人をあまり好きではなくても罪悪感からとても逃したくない恐怖心が沸いてそれで好きだと錯覚をします。それで関わるとやっかいです。
2008.03.20
掲示板で気になっていた書き込みについてヒント程度ですが書きます。プラス思考をしているのに回りが付いてこない、この際には今までそのプラス思考は役になっていたけれど今は人生でそのプラス思考は「こうしないとしかられる、自分はだめな人間だ」に支えられてきたので、同じことをしない人々に強要をしていてそろそろ本物のプラス思考を身につけろという時期です。恐怖心からしていた脅迫的な指定ないと怖い感覚を癒し相手を尊重し本当に分かることとそれとは別に「私こうしたいんだ。できたら楽しいよね」という喜びで物事をしていくことを学ぶ時期にきています。実際には潜在意識上の問題が解決すれば下の態度に自然となるので当然問題は解決し、協力者が出てくるのと、しない人々にだめなやつ、こいつはという判断ではなくその人自身を受け止められることと同時にできるようになります。
2008.03.20
少し彼と喧嘩別れをした方々にお伝えします。喧嘩別れをすると、自分さえ優しければ、もうちょっとうまく接することができればと考えます。それは、本能的に、『この恋愛がうまくいかなかったものだなんて信じない。本当はうまく言っていたはずだという幻想を抱いていたい」という、自分を守ろうとする気持ちです。確かに私は、今まで、その方の不安定がどのくらい恋愛に影響をするかをお伝えしてきましたし、対人関係で自分が安定をすると関係も安定をすることを学ぶこともお伝えしてきました。でも恋愛で、苦しくてけんかをしたときには、そもそもその二人の思いが違っていて、それにどこかで女性が気が付いていてけれども気が付かないふりをしていて、無理をしていてその無理がきかなくなったとき、というのもあります。この際には、自分が変われば、という問題ではなく彼との関係で彼のほうの気持ちあるいは二人の目標が合わないために彼女のほうがどこかで無理と感じているか、もう合わないと気がつきながらも、そんなことはない、本当に話し合うことや、問題になっていることを避けているのです。彼のほうの気持ちが何か彼女の思いと違うのであればいくら自分が優しくなっても、そこが改善をするポイントではないので問題は解決をしません。すれ違っていると思う、自分が思っているほど、彼は自分を思っていないことがあるんだそれについて。どう自分が向き合うかという時期が来ているのかもしれません。それに、向きあえないままに、『やさしくなろう、我慢をしよう、彼は自分を好きだ、でも自分がわがまままなんだ」ということで問題が分からなくなったまま、自分のよさわが吹き出ることもあるのです。皆さんの問題に、ちゃんと接するように。それは必ず次の恋愛のためのとてもよい勉強になります。彼との問題にけじめをつけたりちゃんと調整ができたりできるでしょうし、彼を離れるうえで正しく物事を理解するので、彼への執着から抜け出る力になることでしょう。キャシー天野
2008.03.19
最近、多くの人々に接してとてもよくわかるようになったのですが成功の哲学はあります。それはとてもシンプルなものです。それは、自分が本当にしたいことをすること不必要なことを避けることができる勇気の2つがあれば成り立つんです。例えばある方が自分の仕事をしていて、まあまあうまくいっている、でも他の人が成功をしていて悔しいので、その人のまねもしてその方法も取り入れたとします。あるいは、この方法に、これも取り入れたら、この資格ももったらきっと仕事が成功を磨るだろうと思っているとします。でも本当はそれはやりたいことではなく、あるいは自分が例えば『このものを売ろう』という目標とはあまり関係がないこともあります。今の自分のことに自信が持てなくて、これさえあればというお気持ちで何かをまねしたり、資格を取ろうとしているかもしれないのです。多くの成功者あるいは、カウンセリングをして成功をしていかれた方々は、とても面白いことに、この点がとてもクリアーになっています。例えば、自分の仕事に資格を持ったらいいな、と思っていても本当に成功をするためには、必要がない場合もあります。『こんな仕事をしていて、こう、困った、だからこうしたい」ということがとてもクリアーであれば、本当に必要なことはかなりクリアーにみえています。そして不必要なことであれば、別にその分野は人に任せたほうが効率がよいのかもしれないんです。(分業化)その分野は、人から評価をされたいだけで、とても必要に見えているけれども本当は不必要なことさえあります。(目標の見誤り、あるいは人から非難を避けるために人から評価を受けるために目標が微妙にずれ込んでいることに無自覚になって目標からそれている)潜在意識の思い込みはダイレクトな目標への行動から微妙にそれさせていくのですがその人にとってはあまりに自然なことのため、分からなくなります。例えばダイエットの薬を作るとする。斉藤一人さんならば恐らく目標まっしぐらです。痩せるための薬を作る、とにかく売るということを考えるでしょう。人から非難をされたら、非難をされないことを選ぶのではなくその非難が本当に大切で、目標を達成するために有意義なクレームかどうかも瞬時に検討をすると思います。何か変えなければならないことが本当にダイエットの薬として必要ならばするでしょうし何か必要がないことならば、別に非難を恐れて体裁を取り繕うという方向にはいかないと思います。でも、もし、自分の中でさまざまな気持ちが動けばもっと評価をされるためによい見かけを、会社も体裁を整えて、誰か名前がある人を宣伝に使いというほうに走るかもしれません・それらの方法は大企業になって初めて有効な手段であり、個人の人が成功をまずするためには目標がずれやすい手段です。その方が、見得が大好き、自分はボトルで薬を買う、という人であればそこにこだわることは大切です。でもその中に少しでも何かが怖いから避けるために目標に関係がないことを混ぜているとしたらそれは自分でしっておいてください。それらの関係がないことをもっと関係があることに使っていく必要があるからです。それから自分の趣味で目標からそれているけれど、趣味だからこれはこれでよしと自分の状態を把握していることは大切です。成功ということを考えるときに、余りにおおくの人々が目標を、何かから逃げ出すためにということで混ぜ込んでいます。これは誰もが無意識にしていることですが、それがクリアーな割合と、成功の度合いは関係があります。なお、この成功は、その方にとっての成功です。自分が本質的に納得がいく事柄での、やり遂げられる力、やり遂げたこと、とお考えください。
2008.03.19
掲示板に寄せられたご質問の中から、皆さんにとっても役に立ちそうな事柄について、日記に残したいと思います。なお、掲示板に載せていただいた方からは掲示板上で日記に書いてもよいかどうかをお伺いし、掲載の了解をいただいています。以下が掲示板に寄せられた悩み事です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーキャシーさん、皆さんこんばんは。いつも楽天のブログを読んで、とても参考にさせていただいています。ところで、私には付き合って半年ほど経った彼氏がいるのですが、その彼とここのところぎくしゃくしています。事の発端は、彼の趣味です。彼はとても趣味の多い人で、いろんなことをやっています。休みの日も週に一回は会えていたし、私との約束も大切にしてくれていたので、あまり気にもしていませんでした。しかし、彼はここのところ仕事が忙しい上に、趣味をまた増やしていることに、私との約束を大切にしてくれなくなるのでは、と不安に思い始めました。あまり負担になってはいけないと思いつつも、「趣味に没頭しすぎてかまってもらえなくなるのは少し寂しい」と控えめに伝えたところ謝られ、努力すると言われました。話はこれで一度終わったのですが、何だか私の心はそれ以来すっきりしません。前みたいに大切にしてくれなくなっているのかな…という不安は、彼に埋めてもらうのではなくて、自分で埋めたいです。でも、どうしたら不安な気持ちを打ち消せるのかわかりません。時に身を委ねるしかないのか。彼と少し距離を置いたほうがいいのか。さらに、私の態度に彼も不安になっているようで、喧嘩をした時にそれを訴えられました。悲しいことに、お互いが信じあえていない状況なのだと思います。もっと落ち着いた、深く信じあえる関係を築きたいと思っています。アドバイスがありましたら、よろしくお願いします。●●さんへ、とても変な話をしますね。この話をするのは実際には対面のカウンセリングで関係がとても変わる方々もいて、でも、ブログに書くことは難しいと思ってきたので避けてはきました。というのは、週と半端に伝えても分かりにくいことだからです。でも、本当は正直に思っていることを伝えて、その方々がちゃんと改善をしてける方向に向き合えるほうがよいと感じてきました。こういった問題を私が取り扱うときに、何をするかというと、もともとあなたの中にある、「相手が趣味をたくさんしているということは自分は大切ではないんだ」という思い違いが感覚としてのこっているはずですから、それを探します。つまり、もともと何かの考え方を人はもっていてそれにヒットをすると、そこから抜け出られなくなるのでもともともっている、普段は隠れているけれどもその思い込みにヒットをしてしまう基を探していきます。子供のとき、誰もが「お母さんは忙しいなあそんなときにエプロンの紐を引っ張ってはいけないんだ」といった思い出を隠し持っています。それは、そのまま体の中に実感として強く残ります。その実感は、対人関係でとても我慢をしているんです。例えば、「相手がいっぱいのことをしているときって寂しいけれど、でも私は理屈では相手のことを喜んであげなければならないんって知っているんだからそうしないといけなんだ」というように、無意識に我慢をしていて、他の対人関係では気が付かないんです。でも、これが異性になると、いっぺんに今まで良くなかった関係をこの関係で全部得ようとしますから、他の人には我慢をできることができなくなります。あなたの中での誤解は、彼が何か多趣味であると自分はいらない人間なんだ、という誤解です。それは体にあるいは潜在意識に染み付いている「お父さんやお母さんが忙しいときには我慢をしないとならないんだ」という幼い感覚その裏には、「だって、きっと言ったってだめなんだいつもいつも」という潜在意識の誤解があります。いつもいつもいつも、趣味があると大切にされないと思ってしまう。ということが起きていて実際には、彼は趣味を大切にしていても、あなたとの約束を守っていなかったことはなかったんですが「でもそういうことをしたら自分の約束を破るだろう」というのがあなたが信じている事柄です。これを取り除いていくと、面白いことが起きます。取り除く、というのは、今の出来事よりも、もう少し分かりやすいところで起きていることがらを見直していきいます。「あれ、お父さんとお母さん、忙しいこともあるけれどそういうときに自分ものびのび遊ぶこともできるあるいは忙しくないときだと一緒に遊べるぞ!」といったように、一つに固まっていた考えをいくつもあるぞ、という認識をさせることで、「あれ、そうかあ、お父さんとお母さんが忙しくても自分で何かができるし、無視をされているわけでもないんだな」という感覚そのものを掴み取っていきます。「彼は趣味がいっぱい」→ふーん、そういう人なんだ、というほかの選択、「ふーん、今趣味してんだ-それで明日遊ぼうよ」、という別の選択、自分の約束を忘れたときには、「何やってんの?バランスとらないとだめだよ」とその出来事だけを解決していける力(というのは、自分が無視をされていると感じるともうそれが許せなくなるし、たった一個の小さな事柄が「私のことなんて大切じゃないんだ」と思い込むことになるからです。そんな、たくさんの選択ができるようにしていく必要があります。ご自身でこういった思い違いを癒す方法としては、まず以下をしてみてください。「私は彼が趣味がいっぱいだと私はもういらないと思っている。私は、自分が大切な人が何かをしていると自分はもういらないんだ、自分なんて大切ではないんだというとても深い悲しみと、苦しみを持っているでもこれは、私が感じていることだから、感じていることとして大切にしてあげよう。だって、これは、私が感じている気持ちなんだ。相手が趣味をして、相手が活き活きしていると私はとてもとても自分はその人と一緒にいない感覚がしているんだ。でも、本当に彼がそうなわけではなくて、彼には彼の多趣味という生き方があるのかもしれない、その人と楽しんでいけるかどうかこの人と一緒にいたいかどうか、私は選べるし、彼がそういう状況でも、楽しいことは一緒にたくさんできるはずだ。私は本当は答えを知っているんだ」その言葉を大切に、すこし自分の中で、真剣に彼が趣味を持っていると、自分なんていらないと思う感覚に触れてみてください上手に触れられれば彼に対しての感じ方が変わって行きます。目的は、あなたの中にある、「相手は自分をいらないんだと思うんだ、それがとても辛いんだ、相手が自分のことをしているときってとてもとても苦しいんだ」という感情を知ること、感じることでもそれは、事実ではなく、あなたがいつもいつも対人関係でもっている感覚だということ、それに伴って感じることで、その感情と、自分の間違った思い「だって、相手が相手の趣味をすることは自分はいらないんだ」という思い込みからはずすことです。そしてまた、彼のことを言えば、趣味をしていないと不安だと思いますよそれは彼の課題ですが、彼に強要をすることはできません。彼にも生い立ちがあるのですから。彼は今、趣味によって自分を満たす必要があるのです。そして多くの男性はあるいは、多趣味の人は、どうしても趣味をさせてあげることは必要です。それは相手を無視しているのではなく、彼の今の生き方です。バランスを崩していたら、もちろん、バランスのとり方を教えてあげることは大切ですが。キャシー天野
2008.03.14
掲示板で、相手の(お母様を含めて)言うことを聞いてしまっていてそれがスタイルになっている、ということが出ていたのでそれについて下記を掲示板に書きましたが、日記に残したいと思います。ご自身のあり方が、周りの人々の意見に従うということで作られてかた方々は、これは、自分のあり方や好きなことを諦めていてそれがスタイルになってしまっている状況なんです。自分の好きなことなんてきっと聞いてはもられないから、あわせていたら何も問題は起きないと感じておられるんです。でも大人になった今、それをすると新たな問題が出てきますが、それは時期的にもうそろそろ新しいことを学ばなければならない時期にきているからです。私のところでは、幼いときの見直しをして「ほら、本当は小さなあなたはこんなふうに感じていてお母さんはこんなふうに怒っているけれどもでも本当はこんなことしても大丈夫なんだよね」という感覚を身につけていくことで、相手への対応の仕方が変わります。こういった自分の意見を押し込めてきた方々は親しい人々には、押し込めた分、自分が大切にされていない感じがして、恨みを持つようになります。とくに夫婦の関係でそうなりやすくなります。自分を押し込めることを無意識にしていると、、自分をなくすことで生きてこられたので、親しい相手にも自分を出すことができません。そのため、相手は、何かつまらなさややさしいんだけれど、本当には自分に関わってもらえていない違和感を感じることがあります。親しみを感じないような寂しさです。また、自分が意見をまったくいえなかった方々はある時期からなんだか、鬱々としてきたりもします。あるいは、対人関係でいつも言うことを聞いてもらえていないと感じてきたら、第一歩として、「私は本当はしたいわけではないけれど、従わないと怖いから自分の考えをまったく出さないことが自分を守れる方法だと考えているんだなあ」「でも人は違う意見を持っていて当然なんだけどお母さんが何でも聞かせてきたし、私は面倒だから聞いてあわせているほうが楽なんだ、このスタイルが身を守れると思っているんだだけど人によっては、自分の意見を言わないから無視されているようで、寂しいんだなあ」と軽く思っておいてください。その自覚があれば、少し潜在意識が動いていきます。結婚生活の中やあるいは親しい関係のなかでこれが続くと、相手が苦しくなることが出てきます。それも、その人がそろそろ学んでいく時期に来ていることを物語っています。あるいは、自分が無理になったりいつも押し付けられるのにどうしてなんだろうと苦しくなる時期に自分を見つめなおす時間になります。そしてあるとき、気がついて見れば、いつも自分の意見がいえていない違和感にさいなまれたり、あるいは、誰も自分をわかってもらえていない違和感や自分が大切にされていない違和感を感じたときから、今まで押し込めて来すぎてきたことを変えていく時期になります。ここまで、掲示板に書いたものですが、さらに、「こういうことに気がついて伝えるようになった」という書き込みがありましたので、相手に伝えようと思ったときからまたでてくる相手との葛藤についてすこし書きます。その、相手に何かを伝えようとすると悪いという気持ちがそのときからわきます。実際には今まで伝えなかったのも、自分が相手と違ってはいけないという思いと、それと、相手を怒らせると面倒だという気持ちやさまざまありますが、しかしこういった罪悪感そのものが誤解ですからそれを取り除いていくわけですがそうすると、さまざま変化があります。相手に何かを伝えようとしたときに、それにこだわってしまうときには、● あることを伝えないで犠牲になっていた● 今は伝えようとしている、新しい自分がいるという段階にいます。そしてもう少しご自身を整理されると、本当は相手に罪悪感がなければ、相手は相手で区別をして受け止めて自分は自分で大切にしてよい、という自然なあり方になっていきます。ここまでの過程にどのくらいの時間がかかるかは人それぞれなのですし、いったりきたりを繰り返しながら学んでいくわけですが、罪悪感があると我慢をして犠牲になるか、それか伝えるときには「何で聞いてくれないの、絶対に聞かせる」と戦うという、二つに一つになります。けれども、本当に「自分は自分のあり方があっていいんだよね」「相手も相手であっていいんだよね」ということが、本当に受け止められたときには、例えば母親との関係でそれがでてきていれば、「あれーお母さんそうかじゃあ、こうするね」と相手のことを聞いてあげられるときも「ごめん、今は自分はこうしたいから」といったように凄く冷静に違う答えを自然に言うこともできるようになります。すると相手もとても楽になっていきます。罪悪感があると、「またーほら、また聞いてくれない戦わないと」となるか、無理をしてしまうのですが罪悪感がなくなっていくと、「あ、お母さん、怒っているむかつくなあ、でも、お母さんも疲れているみたい、洗ってあげよう」みたいな自分自身の気持ちをちゃんと感じてそれに従うことができるようになります。自分が自分らしくしているのに、相手はその人が優しくなったように感じていきます。例を挙げると、罪悪感があると「どうしてお皿洗わないの?」我慢をして、うんいいよ、と聞くばかりで疲れているか、「そんな言い方しないでよ、わかってほしいんだけど洗うつもりはあるのよ、でも言い方を変えてほしいの」と必死になって頼み込んで自分を認めてもらわないと自分がだめだと思っていますがそれが、「お皿洗ってね」と相手が怒鳴っても「あ、もう面白くないなーぷりぷり、でもまあ、疲れてるんだ?じゃあ洗うね」というようにすごく早く自分の気持ちの動きを感じ取れるようになります。その言い方はいやだなと思う自分でもすぐに元の自分に戻ったり相手の情況を見たりできるようになります。だからこそ、「うーん、今ならいいよ」という対応も固まっていなければできるし、あるいは、「ごめん、今は難しいな」と感じたり、それで相手が嫌がっていても大丈夫だったりそのときそのときに、自分を大切にできます。今日は自分も機嫌が悪いな、と感じていたら、「ごめん、今の言い方はちょっときついな」と言って断るときもあります。要するに、ひとつのやり方にこだわるときには罪悪感が関わっているのです。罪悪感って面白い働きをするのですが、相手が言ったことに対して、どうして分かってくれないの?分かってくれないから分からせてやる、になるか分かってくれないから自分を諦めるの二つしかなくなります。その根底には、相手が間違っていると思いつつも相手を怒らせている自分はいけない自分だ、という気持ちがあってとても不愉快だからです。そのとき、そのときで反応ではなくちゃんとその人を見られるときには自分の罪悪感がないので、とても素直にその人をみて対応ができるので相手はとてもいやすくなります。キャシー天野
2008.03.09
なかなか先日の日記の続きが書けずにごめんなさい。膨大な量になりそうなので、圧倒をされています。(笑)一つお伝えしますね。潜在意識のとても大きな役割の一つに「痛みを避ける」ということがあります。これは潜在意識で、優先順位がとても高いほうの役割なのです。例えば意識で、「こうしたい」という望みがあっても潜在意識に「ここは傷つくところなんだ」という思い込みがあれば必ずそちらは避けて行動をします。そして本人は本気のつもりでもどこかで本気になることでかく恥を想定していてそれを避けつつ行動をします。例えば痩せたい、痩せられないね。すごーく痩せたいんだけど、何かちょこちょことストレスで食べてしまう。どこかで本気でだめだったら怖いなんて怯えてはいませんか?「やってみたけれど本当にだめだった、頑張ったのに」といううらがわにでもね、本気だったけれど、ここはセーブしたよだめな私、だって、本気でやっていないんだものみたいな心理が隠れているとしたら、セーブをしないと傷つくから、本気なようだけれど、少し手をぬいているだめな自分、本当はできるんだけどね、みたいなとても複雑な心理があったりもします。たとえとても積極的に行動をしているようでも、自分が無能だと心のどこかで信じていたら、それに気が付くと信じる方向は絶対に選択をしません。本気で向き合いにくいところはどんなところですか?本気なようで避けていることがありませんか?恋愛で「これをしたい」んだけれど、「一回やってみて望みどおりではないともうしたくなくなる」時には、どんなことを信じていてどんなことを避けようとしているのかをみていかれるとよいかもしれませんね。そういうときって、自分を守るために、良いものを得るよりも何かをしてしまって失敗をしないで傷つかないほうが優先になっているのです。だから行動が、「傷つかない少しやってみて、怖そうならばしない」という選択をします。リスクマネジメント、危機管理能力、それは、こういう可能性もあるこういう可能性もある、だから、こうする、という選択ならびにそうできる能力です。傷つくことを避けようとすること、それは、自分自身に向き合うことを避けて拒否をしていることです。勝手に潜在意識が選んでいること、それはそういうことが起きるかもしれない、起きないかもしれない、おきてもいいんだよね普通に。と、心が(つまり感情が、大丈夫なんだーほっとした)という)理解をしたときに変わっていきます。コマーシャルで二人の赤ちゃんがおりました。ひとりはこんなこともしてみたいな、と考えておりました。もうひとりは、「これもあれもこれも危ないからしないの」という選択をしておりました。潜在意識はこの下の赤ちゃんの方法で、人を守ろうとします。恋愛をしたくてもできない、それは、本当は潜在意識上には、傷つかないことのほうが、恋愛をできるよりも大切という選択肢がのこっているのです。大丈夫、できるよ、してもいんだよ、そういった危険性は少ないしという情報を一般的な事柄から集めてあげることも大切ですし(でも潜在意識は絶対に自分を守りたいので、通常は嫌々、こちらだけが真実、という見方を人にさせます)また、そういったことが起きても対応ができるかもしれないしそして、何か必要以上に、怖がっているんだよね過去の出来事から、と見つけてあげてもいいでしょう。飛行機事故があると信じている人は、そのニュースだけを大々的に取り上げます。これも潜在意識の役割です。でもデーター的には、あう確立のほうがずっと少ないのです。ですから、安全に旅をしたという経験者を探して、話してみても、よいのです。そういうことです。このニュースからとても衝撃を受けている、という場合は何かそちらに自分の気持ちが向きやすくないかどうか、ということも考えてみてください。以下、対面セッション後、いただいた感想です。ご本人の了解を得た上で、掲載をさせていただきます。ー前略ー自分の変化に驚くばかりです。そして、今まで、恐れがあった為、不自然な思い込みが多かった事がわかりました。人と接するときに、いい印象を与えなくてはならない。といったことや、どうせ、私は一番じゃないんでしょ。といった事にとてもチカラが入っていた事がセッション後から、分かるようになってきました。先日、若いご夫婦の、本当に自然な会話を耳にする機会がありました。とても自然な会話で、奥様はご自分のことを話していて、ご主人は、そんな奥様の話を、自分の手柄のように聞いている、といった感じででした。それを聞いて、そう云えば私は、自分の今までの人生にはそんな風に、幸せそうに自然に会話するカップルが居なかった、と思いました。居たのかもしれませんが、気に留めてこなかったのだと思います。どこか男尊女卑が美しい男女のあり方のような歪んだ考えがありました。ですから、イプセンの人形の家、や三島由紀夫の小説などノスタルジックなものに惹かれて、というか、のめり込んでいました。今は、だんだん自然になっていける自分が、少し怖く不安でもあり、楽しみでもあり、2年前の、メールカウンセリングで、突き当りまでいくと、光が見え、またそれを頼りに、突き当りまでいき・・・とキャシーさんがおっしゃってくださった、その光が、今まではふわふわしていた光が、ハッキリと太く、確かな光になったような気がします。後略掲載をさせていただき、まことにありがとうございました。本人の力を取り戻していくと、人はのびのびと自己を実現させていくようになります。
2008.03.01
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