全19件 (19件中 1-19件目)
1
ソナタ形式とは、中学校の音楽で提示部、展開部、再現部と、先生に数学的図解入りで、やかましく教え込まれて、さらにロンド形式だの、変奏曲、フーガ、カノンと並べられると、何やらすでに車の型式番号のような分類表のイメージです。 モーツァルトやベートーベンの交響曲を、図面の解析のようにして聞くというのは、音楽の享受という地点からは程遠く、それでも提示部から展開部への進行が分ると、それだけですでに音楽を聞いたような気になってしまう(一丁上がり)、学校とは恐ろしい所であります。 ところで―― 、中学校のとき、はじめて買ったモーツァルトがベーム・ベルリンフィルの「交響曲40番、41番」でありました。ロマンティックな40番に比べ、力んで聞いた「ジュピター」は、意に反してそのころの私には理解に程遠く、第4楽章のフーガが始まるころは、必ず居眠りをするという始末。それでも最後にホルンの咆哮が始まるころになると、目が覚めて「まだやってんのかいな。」と思ったものです(今でも「551の豚まん」のコマーシャルで、ここが始まると思い出します。それにしてもすごいですね、大阪というところは)。 こうしてみると、私のモーツァルト体験はお互いに不幸だったとしか言いようがありませんね。力んで聞く第一楽章より、必ず居眠りに誘われる第4楽章こそがモーツァルトの真骨頂なのでした。これと同じような体験がシューベルトの交響曲第9番の第4楽章にもありました。えんえんと続く繰り返しのリズムの中から忽然と現われる金管の響き、彼らは私どもをわざと眠りに誘っているのではないか、これはベートーベンにもマーラーにもないもので(彼らは聞き手に、常に覚醒を求めます)、当時はとても理解できませんでした。 その後長く、私はモーツァルトを遠く離れて、ひたすら巨大化し複雑に重層する分厚い響きの交響楽に向かいました。厳粛であるべき私のクラシック感では、必然的にそちらに興味は向かったのです。ベートーベンはその重層的な響きという点で飽き足らず、ブルックナーやマーラー、シベリウスのような後期ロマン派が、当時もっとも私のお気に入りでした。ベートーベンのとくに晩年の枯れたような響きは、きっと耳が聞こえなくなったせいだなどと、友達とよく論じ合ったものです(確かに「傑作の森」といわれる「エロイカ」「運命」の時代に比べ、「合唱付」や「大フーガ」は単色の色合いが濃いですね)。 一方で、大交響楽の響きに疲れると、これまた中高生時代に流行っていたバロック音楽に手をつけたりしていました(これもヴィヴァルディやヘンデルではなく、例によって渋面のバッハを中心にして)。 というわけで私にとって、モーツァルトは敬遠するわけではないにしても、後回しにされるという中途半端な位置にありました。映画「アマデウス」で、なかなか聞かせるじゃないか、という感触はあったのですが、基本的には、彼のはいつでも聞けるわい、というスタンスで結局今日に至っているのです。生誕記念の特集がテレビやCDショップでいやでも耳に入ってきます。 ある程度聞き込んでいると、彼の音楽というのは、次に始まるフレーズが何となく予測できるので、私はこれは彼の無理のない形式性にあるのだな、と思いました。絵に描いたようなソナタ形式の進行は、ひょっとすると彼にとって、この形式性が日常着のようにもっとも着心地がよかったんじゃないかなと思えるのです。 まあよく考えてみれば、世の東西を問わず、すわりのよい(居心地の良い)音楽や文章の形式というのは、基本的に三部形式であるようで、江戸時代の筝楽の「六段」も序破急の三段に大きく分けられます。ソナタ形式とはこのような三部形式(トリオ)の発展形式(そう云えば序破急の発展形が起承転結と言えなくもないか?)で、彼の同時代のハイドンが確立したものでした。ただハイドンと違うのは、彼が貴族や王様の雇われ音楽家ではなく、職業作曲家(曲を作ってなんぼの)であったということです。 お雇いではないことで、形式上は彼は王侯貴族と対等の立場でした。このあたりの時代背景というのは、貴族社会が崩壊し王様の絶対主義から、国民国家への転換を迎えつつあった当時のヨーロッパ社会と無関係ではないので、彼はそのあたりをよく理解していたようです。 多方面にわたる驚くほどの多産ぶりは、一つには経済的な問題があったはずです。これはエステルハージ家のハイドン、教会と宮廷のお抱えだったバッハなどと決定的に異なる立場でした。職業作曲家として生計を維持するために多産であることは、安定した作曲の形式(生産システム)を必要としたでしょう。彼の音楽が形式的にブレないのは、彼にとってもっとも着心地のよい形式を、無理なく着こなしていたからだと思うのです。モーツァルトには一つの楽想が頭に浮かぶと、ただちにそれを転換したもう一つの楽想、そしてそれらをつなぎ合わせるハーモニーと形式が、譜面に筆をおろす前に一目瞭然に見渡せていたんじゃないかと思わせます。 「音楽の職人」から「独立した芸術家」にいたる転換点にいたモーツァルトには、云わばしどけない自己表現は禁止されていた(発注が貴族では売れない)ので、彼の表現はもっぱら長調で進行する音楽に、ときに現われる憂愁の旋律となって顕われます(これはシューベルトがもっと洗練された複雑な技法で多様しましたね)。これはソナタ形式と交響楽(シンフォニー)の確立者であるハイドンにはないものでした。堅牢な形式に禁欲的に盛られてこそ、そこに展開されるモーツァルトの楽想は我々を捕らえるのです。私にはこの堅牢な形式美が、どうやら私を半覚醒の状態に落とし込むモーツァルトの魔力ではないかと疑っています。 この形式というのは、伝統といってもよいので、時代がフランス革命からナポレオンの台頭にいたって、国民国家としての意識がヨーロッパを覆うにつれ、貴族や王様を対象とした形式では、居心地が悪くなってきました。晩年の「魔笛」やピアノ協奏曲に、すでに王様貴族でない庶民を聞く対象として意識した作品が出てきますが、明確にはこれはベートーベンの登場を待たねばなりませんでしたね。 ― つづく ―
2006.09.29
コメント(0)
ようやく秋の気配がただよい始めると、何となく人恋しい感じで、無性に弦楽クァルテットなどを聴きたくなります。そこで古いLPを引っ張り出して、スメタナ四重奏団のベートーベン第14番などに耳を傾けていると、よけいに寂しくはかない気分になってくるのは、これ如何にというわけで… 私の音楽遍歴は、小中高のおごそかなる音楽教育に幻惑されて、マジメなもの、崇高なるものでなければ、音楽ではないという固定観念を長く引きずっていました。以前も触れましたが、そのころの学校の音楽教室とはバッハやベートーベン、ハイドン、モーツァルト、シューベルトなどなど、教室の壁にはおどろおどろしい肖像画が並んでいて、一人ぐらい笑った顔でもあればまだしも(ユーミンみたいな)、日本の明治以来の学校教育は、どうしてもこうした権威を振りかざさないと止まない意思で貫かれてきたようです。 私の音楽趣味は、それに反発しつつも、こうした西欧のクラシック音楽に対する、崇高なる畏敬の念からは逃れられなかったので、これは町の楽隊音楽とオペラハウスとシンフォニーホールを一繋がりに聞いている、ヨーロッパの人たちの音楽体験からすれば、相当いびつなものであったでしょう。 しかし西洋音楽のとらえかたは学校だけでなく、一般の通念としても一種高尚なステータスとして考えられていたので、クラシック音楽の解説者には独特の威厳を振りまく人もいましたね(ステータスだから一時ピアノ教育が流行ってました。音がうるさいと殺人まであってね、今や音楽にステータスはなくなったのでピアノの音も、あまりしなくなりました)。 ベートーベンだって、たまには笑ったろう、何ぼなんでも、あの肖像画のように、四六時中渋面をしていたら、眉間が痛くなるだろうし、モーツァルトだって人生の最初からカワイソすぎるなんて云ったら、まず本人が卒倒してしまうだろう、というのは今頃になって普通に考えられるのです。 ひとつには彼らの伝記、伝説を作りあげたのが19世紀ロマン派の芸術家であって、これら西欧の作家たちの責任も一部あるのかもしれません。帝国主義の跋扈した19世紀は、西欧社会にとっても、ものごとは権威的に語られねばならないものだったのでしょう。ベートーベンやモーツァルト、ワーグナーはこうしたロマンと権威に彩られて、今でも語り継がれているのです。明治の音楽教育は西欧の帝国主義的権威を必要としていました。ベートーベンの伝記は、ワシントンやキュリー夫人と並んで、私の読書のもっとも古層にあるものです。 したがって私の音楽遍歴は、クラシックを渋面で聞くことから始まりました。そしてこれは今だに完全に抜け切れたとは言えません。 ところで ―――、生誕250年ということでモーツァルトがさかんに聞かれます。私にとってモーツァルトは、上のような渋面の音楽観からいうと、少しずれたところにありました。若いときに何度も聞いたのは「ジュピター」であり「レクィエム」ぐらいであって、他のベートーベンやブルックナー、マーラー、シベリウスといった荘厳なる私のクラシックリストのなかでは、端っこに追いやられていたことを思い出します。 ひとつには当時のモーツァルト観が、すごくナイーブな印象があり、また宮廷サロン風の優雅な響きが、厳粛であるべき私のクラシック感に馴染まないと思っていたからです(これを心地よく覆してくれたのが、映画「アマデウス」でしたね)。 これから話すのは、やっと最近普通の目線で、少しずつ聞くようになった私のモーツァルト感です。手元に残っている自分のレコードライブラリーにはモーツァルトはあまりないので、嫌いなCDやテレビの特集などを聞いてみるのですが、一言で云えば典雅なる形式美ということでしょうか。――― ― つづく ―
2006.09.28
コメント(0)
新内閣の顔ぶれが決まり、おなじみの記念撮影写真を見ていると、あらためて日本の政治家で普通の相貌をもった人の少なさに驚きます。普通のとは、街中でよく見かける顔ということなんですが、それがほとんどの閣僚の中に見られないというのは、政治の世界というものが、ある種の異世界を構成しているからかもしれず、その理由を新聞を眺めつつ、考えてしまいます。 昔、私は、ある県の200ほどある市町村を、仕事で(商売で)くまなく訪ねたことがあります。主として各市町村にある教育委員会とか文化財保護委員会をまわるのですが、市はともかく町村のレベルになると元議員や元役人が名誉職として、この種の委員をしていることが多く、その人たちに確実に会うために、前もってその各市町村長や議長、教育長などを、ごあいさつと称して訪ねます。ついでに議会の有力議員とおぼしき総務委員長や議会運営委員長などにも名刺をくばるのですが、議会というのは役人と並んで、日本のもっとも古い体質を遺憾なく発揮しているところでした。 前にも触れましたが、地方の役人の世界というのは、その地出身の人がやっているということで、構造的に地域の特徴を一番色濃くまとっているのですが、議会議員といわれる人たちも、地元の選出でなっているわけですから、おのずと町の顔役的な人が多くなります。もちろん立派な見識を持った方も多くおられましたが、一般的には明治以前にさかのぼると、たいてい町の庄屋さんとか、お武家さんないし、やくざの親分?といった、いわばかつての土地の名士が代々継いでいることが多く、意のある実力者たちはとっくに地方を離れて、都会に引っ越しているという状況なのです。 これは残念ながら過疎といわれる田舎へ行けば行くほど、鮮明にでてくるので、ある町会議員さんなど、月18万円の議員手当が生活費のすべてだとおっしゃってました(その方は専業農家で過去に自己破産されてました)。 いっぽうで地方の唯一の産業である、土木建設は国からの交付金で潤って、議会でも常に有力者であり、総務委員長などをやって、実質的に町を牛耳っているという構図になります(総じて土建屋さんの議員は、その強面とは逆にやさしい人が多いです、商売はしやすい)。 国会議員も云ってみれば、こうした地方代表の集まりであり、その相貌はおのずから今の日本であるより、過去の日本の顔を呈することになるのです。云ってみれば「ヘタな田舎芝居の役者顔」というところですか。学歴だけ見ればずいぶんと立派な人ばかりですが、政治の世界の引力は、常に過去の暗黒世界に引き込もうとする力に満たされているようです(スター・ウォーズのDarkSideに引き込む力のように)。 もう一つの特色がありました。今や籍は地方といえども、国会議員の現住所地は紛れもなく東京であり、しかも2世3世議員があたりまえの世界となれば、この人たちは間違いなく世襲制が選挙制に変わっただけの、江戸時代以来のお大名さんなので、国許に帰るのは選挙のときだけ(大名行列を押し立てて)、普段は江戸詰めのお屋敷に住まうという図式に相成ります。 議員が代々引き継がれていくような、一種の特権職になれば、おのずとその顔は民間では見られない相貌にならざるを得ず(例えば職人さんが、ある種の共通の顔を持っているように、また天皇家が一筋の顔で継承されるように)、竹中さんのような顔が全然議員になってなかったのと対称的です。 この種の「ヘタな田舎芝居の役者顔」という相貌というのは、一面で強者(権力者)に追従するモノ欲し顔でもでもあります。「TVタックル」で彼らが永田町時代劇をやるとき、少しも不自然さを感じないのは、国会議員を支配しているカルチャーが江戸時代のまんまの指向性を体現しているに過ぎないからです。あたりまえのことですが、こんな顔は民間ではとっくに淘汰されて化石としてしか残ってないので、街中ではめったに見れなくなったのでした。
2006.09.27
コメント(0)
謎の作家といわれた沼正三の「家畜人ヤプー」は、第一巻目を高校時代に文庫で、本屋で見つけてから、どうしょうか長いこと迷っていました。三島由紀夫や倉橋由美子、大岡昇平など当時の一流作家が絶賛していて、しかもSF仕立てであることは、私の読書性向からいって、読めということになるのですが、何しろ本の帯に「空前絶後の一大SM小説」と大書してあると、さすがに二の足を踏んだのです。とはいえ高3から浪人生にかけての受験時代のあり余る時間は、純文学とクラシック音楽だけでは、気晴らしには重たすぎ、片やでクィーンの「ボヘミアン・ラプソディ」を聞きながら、ママよとばかりに手を出したのでした。 若い時というのは、何かにつけて分らないままでも、とりあえず手をつけてしまうという、軽率さが許され、しかもそれが出来てしまう時代だと思うのですが、さすがに「家畜人ヤプー」が次々と繰り出す、強烈なSMイメージの氾濫には食傷してしまいました。SF仕立てといっても、その構造はきわめて堅牢で、細部に至るまでいわゆる当時のSFの道具立てがしっかりと描かれている。先日も映画の話で触れましたが、SFファンというのは道具立てのディテールにうるさいのです。 そしてそうしたガッチリした構図(文体も含めて)の裏付けがあることで、その中で繰り広げられるSMワールドは、その筋の玄人でなくとも、付き合わざるを得なくなる。小説ならば読まざるを得ないし(例えば大江健三郎の「飼育」とか「死者の奢り」なんて、いったん読んだら読む前の自分とは変わらざるを得ないような強烈なイメージ、これは文体の読ませる力です。文体に力が無ければ、ある種の好事家は別として、普通の人は誰も読まないでしょう。)、同じように映画なら例えば「羊たちの沈黙」はA・ホプキンスとJ・フォスターがやっているので、かろうじて誰でも見ることができるので、三流役者ではこれまた好事家だけのB級映画になったでしょう(「セブン」もそうですね)。 というわけで、これを読んだあと、いったいこれを書いたのは誰だろうというのが、最初の読後感でした。しかもあとがきに、まだ偉大なるイース帝国の政治経済社会は描いてないので、今後出す予定とか書いてあって、SMワールドの氾濫をまだ二巻三巻とやるのかいな、ヒマやなあ、と思ったものでした(その後、全三巻で完結したそうですな、私は読んでません)。 私は割合、気になった本や音楽は、繰り返ししつこく読んだり聞いたりするほうです。私にとってクラシック(古典)とは、「繰り返しに耐えるもの」という定義を自分勝手にしていて、それが今のものであれ昔のものであれ、私には関係がありません。新しいものでも「繰り返しに耐えるもの」であれば、私にとってはクラシック(古典)なのです。 ところが、「ヤプー」(ヤフーではありません、念のため。実はYahooという会社が出てきたときに最初に思い出したのが「ヤプー」でした)は、それっきり読み返したこともないのに、その細目(ディテール)は、笑ってしまうほど今でも鮮やかに蘇るのです。筋は忘れましたが、その戦後日本の自虐的史観へのパロディー、はたまた皇国史観に対する強烈なアイロニー(イース帝国のサドの女王が天照大神として、高天原に天孫降臨する!一時期左翼右翼の両方から非難されたほど)、いずれをとっても戦後の小説が成そうとして果たせなかった強烈な社会性を、いともすました顔でヌケヌケとやりやがった、他の多くのマジメな?純文学作家はそう思ったでしょう。 それはさておき、一回読めば忘れようたってそうはいかない、このクッキリとしたイメージは、結局すぐれた才能によってのみ成される文章力であって、若いころはこれは間違いなく三島由紀夫か倉橋由美子がからんでるに違いないと思ったものでした。三島はいうまでもなく男色の気配、倉橋はその寓意性で似ているし、何よりもその明晰な文章力、大岡が褒めるのもよく分る。彼らが実名では発表しにくい強烈な毒素を、思いっきりぶちまけたというような。その後犯人探しが行われ、ほぼ決着したらしいですが、それはこの話とは関係ありません。 それにしても主人公がパイプカットされて肉便器!に加工されていくときの生々しい触感、恋人にカットされたモノ?を加工したチンボー(恋人が握るといっぺんに長く固く!)なるムチで打たれるときの快感、はては…。 一巻目だけでも、ごちそうさんの世界なのですが、いよいよ女王が高天原に降臨して、その後のイース帝国の政治経済社会がどうなったとか、そこまではまだ当分の間、私はお付き合いを遠慮しますが、これだけ堅牢な構造を持った小説というのは、少なくとも日本のSF小説にはなかったのでした。「日本沈没」がこれに比するような堅牢な「沈没ワールド」を現出せしめたら、日本のSFはずいぶんと楽しいことになっただろうに、現状とても望むべくもありませんね。
2006.09.26
コメント(0)
「スター・ウォーズ」は「未知との遭遇」と同時期に、こちらは前評判も高くて、かなり気合を入れて見に行ったものです。 で、その結果はというと、感心した部分と、やっぱりなという部分が半々で、中の上ということですか。感心したというのは、SFマニアにとって、とても大事なディテールを丁寧に作ってある。例えば帝国軍のデルタ型の戦艦や、球形のデス・スター、あるいは貝殻型のミレニアム・ファルコン号など、メカの細部の凝りかたなど、例の「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号を真似て、やっと従来のSF映画によくある、チャチな宇宙船のメカニックに対する不満を払拭できたのでした。 あるいはまた、惑星タトウィーンの連星系をなす赤と青の2つの太陽、メカの浮遊感、その使い古されて汚れた感じなどなど、SFXの多用でそれまでの特撮で不満だった空中飛行の迫力も含めて、SF映画に期待される細目の技術はほとんど解決したんじゃないかと思ったものです。 しかしストーリーはいわゆるSFではなく、神話あるいは伝説の書法を用いているので、私から見れば何でこんな神話活劇に、たいそうなSFの道具立てを用いるのか、もったいないことをするなよ、とも感じたのです。私の考えでは、次に出てくるSF映画は「2001年宇宙の旅」を、引き継ぐ本格SFムービーであるべきでした。 とはいえ、1作目から時代劇のチャンバラやフォースの力など、非キリスト教的なG・ルーカスの考え方が、私には小気味よく、結局前の3部作は全部見ることになりました。 最近完結した後の3部作は、すでに「ロード・オブ・ザ・リング」が登場した後では、テーマもSFXも新鮮味がなくなってしまい、ついに映画館へは行きませんでした。年を取ったと言われれば、それまでですが、最近のSFXにはハッキリ云って食傷しているのが、正直なところです(SFX=ジェットコースター活劇という図式は、50を越えるとちょっと敬遠してしまいます。SFXでありながら重厚な映像を確保しているのは、最近では「トロイ」とか「グラディエーター」ぐらいでしょう)。 そんな中にあって「スター・ウォーズ」で、これはひょっとしたら面白くなるかな、と思わせたのはシリーズ第2作の「帝国の逆襲」でした。これはストーリーの新たな展開ということもさりながら、それぞれのキャラクターが一番生き生きとしていて、SFであることを抜きにして見せてくれる、そういう部分があったからです。前作からの主人公のルークとダースベイダー、レーア姫とハン・ソロ、C-3POとR2-D2に加え、老師のヨーダの造形がとくに魅力的で、あきらかに人形浄瑠璃を真似た制限された振りが、かえって人間の俳優よりも存在感を感じさせる、「スター・ウォーズ」の真の主人公はヨーダかと思わせるほどでした。その後の空中を飛び回るヨーダが全然魅力的でないのと対照的でしたね。 3作目以降は、ハッキリ言ってそれまでのキャラクターの反復に過ぎず、私にとってはSF映画としてはもちろん、神話としての魅力も急速に薄れていったのでした。どうせやるならアナキンの暗黒面への変身を、もっとどす黒く、凄惨に、はたまたアミダラ姫の絶望と希望の痕跡をもっと強烈に、描いてほしかったのですが、結末が分っているだけに(辻褄あわせの)月並みな進行ではちょっと、という感じでしたね。内心に悪を持ったB・ピットやR・クロウだったら、ダースベイダーの狂気なんかは凄かっただろうと思うのですが、そうなるとまったく別の映画になってしまったかな? というわけで、私のSFムービーに対する欲求不満は依然として、完全には払拭されなかったのでした。なかなかやっかいですね、SFに限らず~オタクというやつは。
2006.09.25
コメント(0)
もともと何もないところ(Frontier-最前線)に、都市を造る、農地を拓く、というのは、新大陸だからできたのでした。実際はネイティヴが居住していたのですが、彼らから見れば、先住民とは野牛と同じく、野山に追っ払うか、駆除されるべき対象にすぎませんでした。これは旧大陸の民族の興亡の歴史とは、明らかに性質が異なります。旧大陸では新たに都市を造るとか、農地を拓くというのは、常に他民族の領域を侵すということであり、自然が対象ではありませんでした。これはヨーロッパでも中国でも同じです。 アメリカのユニークさというのは、建国以来の自然(先住民を野蛮人と規定したとして)を相手にした戦いの歴史ということであり、旧大陸にみられる歴史的裏付けを持った民族的同一性という観念は最初から存在しないのです。したがって、アメリカでは観念的には、新しい人(遅く生まれた人)ほど、よりアメリカ人であるという考え方が成り立ち、新しいということは、それだけで一つの価値となりえます。(実体的には白人優越主義が、W.A.S.P.を頂点に存在するにしても) 民族アイデンティティーを、最初の建国の理念から捨像し、新しい国をきり拓くという観念だけで成立した国家というのは、世界中でアメリカしかありませんでした。開拓史とは基本的に自然が相手であるため、民族アイデンティティーを鼓舞する歴史観を必要としません。日本人とか漢民族とかフェニキア人で連想される民族の同一性を保証する歴史はアメリカには存在しないのです。 これは逆にアメリカ人の歴史とか伝統に対する、独特な反応に現われます。独立してたかだか260年の国であるにも拘らず、記念碑や歴史的建造物、古文書の保存には極めて熱心であり、また国中に星条旗が翻っています。しかし開拓民どうしの争いは、例えば漢民族と匈奴とか、ローマ帝国とゲルマン民族とかの興亡史とは、根本的に異なるものであり、アメリカにヒトとヒトとが擦れあった歴史は存在しないといってもいいでしょう。過去に民族的歴史性を捨像した大国は、おそらく元帝国のみでしょう。彼らは自らの歴史性を持たないことで大帝国になりえたのでした。 こうしたアメリカ人の考え方は、人間どうしがひしめき合って、お互いに領土の隅っこを争いあっている地球上より、誰もいない(歴史性のない)宇宙のほうが性に合っているのでしょう。国威発揚という大義名分があったとはいえ、二人の宇宙飛行士を月に送り込むために、膨大な予算と技術をつぎ込む、というのは、超大国の云わば生理的欲求に見え、かつての元帝国がなしえた世界帝国への生理的欲求と、共通する精神を感じます。その非歴史性によって世界制覇をなしうるという精神性がです。 これはアメリカの都市の風景を見ればわかります。前にも触れましたが、アメリカの都市というのは最初から歴史性を持たないことによって、成り立っているのでした。(ニューヨークでは、時間は歴史の刻印とはならず、時間の経過は直ちに、荒廃となって現れる。 ― 山崎正和 ―)古くなれば都市を形作る建物や景観は、人為的に捨てられるのです。ヨーロッパや中国のように、古いものに新しいものを積み足していくのではなく、トランプのカードのようにそっくり丸ごと入れ替えてしまう、ここには歴史性の展開はもとより発生しないのです。元帝国が都市を持たず、ゲルという移動式テントで世界制覇を成したように。 そこでかつて安倍公房が、アメリカ化とは都市化のことだと言った意味がわかります。世界的に今の社会経済のしくみは、その非歴史性で成り立っているので、日本でも東京を始めとして、都市の生理はその歴史性を否定することで成り立っているように見えます。東京とか大阪とか現代の都市というのは、常に最新の機能を施していかないとたちまち荒廃するのです。経済社会の仕組みが、アメリカを基本としたグローバリズムで運営されるとき、必然的に都市は老化することを否定され、交換するか破壊しないと成り立たないのでした。 例えば大阪の千里ニュータウン、開発から40年を経て今や老朽化したニュータウンの代表のような相貌を呈しています。当時考えられた住みやすさの中に、歴史性という概念は捨像されていたのでした。そういえば養老孟司さんが「団地のエレベーターは、棺桶は縦にしないと入らない」と言ってましたね。ヒトはいずれ100%死ぬという概念は、今の都市社会では否定されるのです。 一世代が過ぎて千里ニュータウンはリニューアルに必死です。歴史のないところには、歴史の概念のない(ペラペラの)建物を造るしかないようです。今から40年経てば、また新たに建て直すのですかね。 私から見ると、地方の経済的にはバブル後見捨てられたような諸都市のほうが、30年たっても40年たっても少しも古びてないような気がするのですが。 またまた話が拡散してしまいました。今の世界が、否が応でも唯一の超大国の生理によって、動かされざるをえず、それがわが身とそれを取りまく社会に、どういうふうに影響しているのか?それに対峙するものとしての歴史性というものをどう捉えるのか、自分自身まだまとまってないので、しょうがないですね。
2006.09.22
コメント(0)
「ディズニーランド」の特番でやっていた月探検は、当時の科学知識で分っていること、予測される困難などを、ごくマジに取り上げていたので、コミックの宇宙版のような「スーパーマン」とか「宇宙家族ロビンソン」などより、私を満足させたのでした。地球の重力を振り切って月へ向かうには秒速11.2Kmのスピード(第二宇宙速度)が必要とか、地球を取りまく放射線帯(ヴァン・アレン帯)を通り抜けるため、人体を守る防護装置が必要とかね(これは結局どうなっているのですかね)。 したがって、当時まだ分ってない事柄については、うまく答を避けて、月の様子も照明弾で近接撮影をするだけで、着陸はしないという設定でした(その時の映像がアポロ8号の月近接映像と酷似していたのでした)。このシナリオは驚くほど実際のアポロ8号の飛行手順と似ていたのです。アポロ8号は月着陸船は積まずに、母船だけの飛行でしたね。乗員は船長のF・ボーマンのほか、後に例のアポロ13号の船長になったJ・ラベルも乗り組んでいました。 J・ラベルのアポロ13号はその事故の重大性と、そこからの帰還で、失敗や危機管理の見本として、今でも鮮明に記憶されるものですが、宇宙開発というのは当時報道されていた以上に、危うい試行錯誤の連続だったみたいですね。早い話が、J・F・ケネディの「60年代中に人を月へ送り込む」という宣言自体が、たぶんにソ連を意識した拙速なものであり、当初マーキュリー計画に選ばれた宇宙飛行士7人(ライトスタッフ)は、もともと戦闘機のテストパイロットたちで、メカニックや安全性より、勇気や蛮性が(カウボーイのように)求められたのでした。 これもあまり知られていないようですが、ランデブーやドッキングの実験が行われたジェミニ8号では、ドッキング後に姿勢制御が不能となり回転が止まらなくなるという事故が起こっています。(後に映画「2010年宇宙の旅」で放棄されたディスカバリー号の長い船体が、衛星イオを背景に回転している映像がありましたが、これを見て私はすぐにジェミニ8号の事故映像を思い出しました。)このときのジェミニの船長がN・アームストロングで月への第一歩を標した宇宙飛行士ですね。映像では回転しながらも、相手のアジェナロケットを切り離し、緊急着陸を行ったのですが、このときのアームストロングの沈着な判断と行動が、後の月着陸にも生かされました。月着陸寸前にクレーターの縁を避けるという曲芸飛行を、燃料切れ寸前で行ったのです。 メカニックとコンピューターで囲まれた冷徹そのものに見える宇宙飛行の中味が、案外、宇宙飛行士の勇気とか蛮性に近い行動でなされてきたということを知るにつれ、またしてもアメリカという国を考えてしまいます。 この人工国家はおもしろいですね。いつも手痛いパンチを受けてからでないと目が覚めない、逆にいうと正面きって現われた敵に対しては、ものすごい力を発揮する。端からチクチク攻めてくる相手には弱い、というよりずるいと感じる。 危機管理とか失敗学とか、いろいろ今の日本に欠けているものとして、あげられますが、アメリカというのは、やはり建国以来の(C・ヘストンではないですが)血みどろの歴史が、こうした勇気と蛮性を培ってきたので、それは幌馬車であろうと、三角錐の司令船や、クモのような月着陸船でも変わりがないといっているようです。そういえばC・イーストウッドの映画に「スペースカウボーイ」というのがありましたな。 天照大神の天孫降臨以来、いわば所与のものとして国と国土というものが、あたりまえにあるものと思っている日本人には、このフロンティアという考え方は、もっとも遠い精神なのかもしれません。
2006.09.21
コメント(0)
男の子のメカニック好きは、以前Military Freakでもふれましたが、私の宇宙映像への憧れはテレビシリーズの「宇宙探検」が最初でした。これは60年代初期の、確かアシモフ(Isaac Asimov)の原案だったと思うのですが、月基地を中心とするマコーレー隊長率いる探検隊の話でした。 ずいぶん真面目なつくりで、今ではほとんど忘れられているようですが、私にとってはメカニカルな宇宙船、無重量状態、宇宙遊泳などなど、ストーリーではなく、その映像に興奮していたのを覚えています。とくに宇宙の星々が立体的に流れていく風景(遠くにある星々はゆっくりと、近くにある星々は早く)は、白黒のテレビといえども想像力を極度に刺激して、毎週楽しみにしていました。 同じころ「ディズニーランド」というテレビシリーズを、プロレス(力道山)と隔週にやっていて、こちらはディズニーの宣伝映画みたいなものでしたが、中に「未来の国」で月探検の特番があり、これの出来もまずまずでした。ディズニー版初期SF映画の「禁断の惑星」より、よほどおもしろかったのを覚えています。 その後宇宙ものは、想像力を刺激するには、あまりにも特撮技術が稚拙にすぎ、初代「スタートレック」もがっかりしながら見ていた記憶があります。同時期の「宇宙家族ロビンソン」のほうが特撮としてはきれいだったのですが、こちらはストーリーがまったく陳腐で、子供でもバカにしていました。学校の図書館で読みあさっているSF小説の壮大でメカニカルな印象とはかけ離れていたのです。 途中宇宙ものではありませんが、やはりアシモフの原案の「ミクロの決死圏」が出てきて、やっとまともに見られるSF映画が出てきたと思ったものです。これの音楽が確かJ・ゴールドスミスで、その後の「砲艦サンパブロ」や「スタートレック」などのクラシカルな音楽と比べても、ずいぶんとContemporaryな音作りをしていましたね。 「2001年宇宙の旅」はそういう意味では、新聞に全面広告が出た瞬間に、これは何がなんでも見に行かねばならぬ!と決意させる映画でした。当時大阪梅田のOS劇場(シネラマを観せる唯一の映画館)に友達を誘って見に行ったものです。で、その結果はというと、私の力説にも拘わらず、友人たちは途中から横で寝てしまったのでした。当時SS席は2000円はしたと思いますよ。S・キューブリックは例の「博士の異常な愛情」で大ファンでしたが、壮大な金をかけた映像美とは裏腹に、説明を放棄して放り出したようなストーリーで、期待していたSF的カタルシスにはほど遠いものでした。 そうした宇宙のSF的カタルシスを最初に味わわせてくれたのは、実はあまり期待せずに見た「未知との遭遇」です。これはどちらかというと、メカニカルな満足というよりS・スピルバーグの演出に満足させられた部分が大きいので、これは彼の「ジョーズ」でもそうでしたね。シンプルな筋立てをとことんおもしろく見せる、というのは「激突!」以来のこの人のお家芸です。(したがって彼のここ最近の真面目な映画は、観る気がしません) こうしてたどってくると、私にとってSF映画というのは、常に期待の裏切られどおしで、むしろ実際の「アポロ計画」を頂点とした、アメリカの月探査計画のほうが、よほど私を興奮させたのでした。 初期の1人乗り宇宙船「マーキュリー計画」から始まって、2人乗りの「ジェミニ計画」そして本番の3人乗り「アポロ計画」とつづくミッションは、アメリカ(当時片やでヴェトナム戦争をやっている)の話なのに、並行して進められている無人月探査計画の「パイオニア」「レインジャー」「サーベイヤー」から送られてくる近接、軟着陸映像とともに、逐一私の頭を虜にしました。 実をいうと、この一連のアメリカの月探査計画で一番興奮したのは、アポロ11号の月着陸ではなく、その前のアポロ8号が月周回飛行を行った時でした。F・ボーマンが船長だったと記憶していますが、ラジオで(当時はテレビ映像はなかったので)アポロ8号が地球軌道を離れて、月に向かったというメッセージが届いた時、これはいよいよ人間が宇宙に飛び出したな、果たしてちゃんと帰ってこられるのかなと、異様な気分に浸されたことを覚えています。これにはウラがあって、はじめに書いた「ディズニーランド」の月世界探検を、いままさに本当にやりつつあるんだという、興奮だったのです。 アメリカ人はこういう時、演出がうまい。F・ボーマンは月周回軌道に入ると、月の映像を中継しながら、旧約聖書の「創世記」冒頭を朗読してましたね。― 初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。 ― Wikipedia ゆっくり動いていく月の表面の映像を見ながら、これは「ディズニーランド」の映像とそっくりじゃないか、と思ったものでした。
2006.09.20
コメント(0)
小泉さんから安倍さんへ粛々と禅譲が行われ、肝心の反戦フォークとビートルズの世代は、例によってきれいにすっとばされて、その他大勢の年金世代とひとくくりにまとめられて、お払い箱にされそうです。 前にも触れましたが、団塊の世代(1947年~1950年生まれの約800万人)は、ただその人数の多さによって、何かと騒がしく、良くも悪くも戦後の世相を形作ってきた世代として、持ち上げられたり揶揄されたり(もっぱら男を中心として)されてきました。「最大にして最後の逃げ切り世代」「食い逃げ」「年金持ち逃げ」なんてね。 私から見ていても、何となくうまいこと逃げのびやがった、という感じがしないではないのですが、世間はそれを許すわけがなく、役人は彼らの年金の収奪システムをあの手この手で考えますし、われわれ事業者にとっても無視できないお金の塊りですし、団塊ジュニアは本人は非正規社員で、最後の正規社員だった団塊親にパラサイト(寄生)するのは当然と思っているフシがある。(団塊ジュニアを考えるうえで、私はとかく男社会を中心にいろいろ言われた団塊世代というものが、実は女社会の団塊でもあったことを、よく考えなければならないと思っています。モーレツとビューティフルを揺れ動いた仕事社会の裏側に、粗製濫造で家に放っておかれたお母さん、その親に育てられたのが今の団塊ジュニアでした、これは別の話。) 今どき、格差社会とかいわれますが、その正体は正規社員か、非正規社員かの違いであり、双方の年収、社会保障などの隔絶は、他所の国ならとっくに革命や暴動が起こりかねない種類のものでしょう。そしてこの今の正規社員というのは、団塊の世代と異なり、いつでもリストラされうる正規社員です。ごく一部の大企業を除いて、リストラの憂き目を見ない企業は日本にはすでになく、使用者側も就労者も、その前提でしか仕事を捉えられなくなっています。山本七平は戦後の日本的資本主義は、江戸時代の丁稚、番頭、暖簾分けという終身雇用制を、形を変えて発展させたものと断じましたが、今や日本資本主義のモラールは崩壊し、ささくれたグローバリズム(何でもあり資本主義)が、世界を覆っています。 これは90年以降のバブル崩壊の敗戦処理の一環であって、その失策は馬車馬のように働いた団塊の世代にあるのではなく、やはり80年代の政府の失策(とくに経済の舵取りをやった大蔵省)によるところが大きいでしょう。戦前に陸大出の秀才が日本を壟断し崩壊させたように、戦後は東大出の秀才官僚が日本を崩壊させました。秀才のやることが、いかに理念やモラールを欠いたものであるかという点では、戦前も戦後もまったく日本人は変わっていないので、これは日本国の宿阿ではないかと思わせるほどです。 今また社会保険庁や、地方自治体(わが京都を筆頭に)のただれたモラールが指摘されていますが、官庁や自治体というのは、日本の牢固とした社会構造をもっとも頑固に堅持している組織であって、民間ならばとっくに崩壊している組織でも、その秀才の切れ味(言い抜け)で容易には改革解体などの動きは起こらないでしょう。既成概念、既得権益を容易には手放したくないのは、日本人の歴史的なほとんど習性として、根強く摺り込まれているので、早い話が宮内庁は今だに、天武天皇以来の儀式大典を牢固として守っているのです。 ひょっとして日本の歴史で唯一の異議申し立て集団であったかもしれない、団塊の世代は今や世間の表舞台から棚上げされて、かつての反戦フォークやビートルズのような革命指向性も、うまく年金のあぶらげをぶら下げられて、骨抜きにされようとしています。この世代の人たちは、このまま今度は年金の収奪システムの対象で終わってしまうのですかね。 彼らにはもうひと暴れしてもらわないと、何となくその後の世代から見れば、割りに合わないような気がするし、だいいち団塊の行く末は(戦争や大災厄がなければあと30年くらい)、まだまだけっこう長そうなので。 またもや、本当に安倍さんでいいのですか?とは、実はこの人たちへの問いかけなのですが。
2006.09.19
コメント(0)
いろいろ雑文を書きながらも、出典があいまいだと、何となく落ち着かないのですが、そこはブログの気楽さ、まあいいか、で書いています。 よく考えると、うろ覚えでも記憶しているパラグラフや本の名前は、たいてい20代までに読んだ本で、近ごろ話題の本などは(例えば「バカの壁」とか)何が書いてあったのか、なかなか思い出せない。まして音楽CDは(そのお気楽さ加減に腹を立てて)とっくの昔にイヤになって、いまだにiPodには手を出さず、映画のDVDは見た翌日には、その内容をすっかり忘れているという状態で、これはまさしく老化の始まりかと愕然とする今日この頃です。いくらそうではないと力んだところで、一緒に見ていた家内や子供はしっかり覚えているのだから、やはり物理的退行は進んでいると納得せざるを得ません、クソッ! 今や3時間ものの長尺映画を一回見ただけで、すべからく思い起こせるというのは、私からすれば神業に近く、こんな能力は間違いなく二度と手に入らないでしょう。 ヒトの脳細胞は、基本的には4歳までに形成されて、以後は増殖することはなく、シナプスのネットワークによって機能するというのですが、最近の学説には必ずしも神経細胞が一方的に減少するわけでもなく、脳細胞があらためて形成される場合もあるとかないとか、私のような年代になると気の揉むところであります。いずれにしても脳細胞に限らず、毎日毎晩何万という体細胞が、アポトーシスや活性酸素で破壊され消滅していくというのは、長い人生を娑婆で晒してきた以上致し方のないところで、ここより先は消滅する細胞と引き換えに、我がブログで記憶だけは残しておこうと、あらためて力んだりしてみたりね。 ところで出典があいまいなのには、もう一つ理由があるのでした。30歳前後までに(つまり独身時代に)読んでいた本が、なぜかわが家から消えているのです。もちろんほとんどは下らない駄本でしたが、なかに私にとってどうしても思い出さなければならない本というものもやはりあったのです。 独身時代の駄本の山は、結婚と同時にまずエロ本の処分から始まり、子供ができると、手に届くかぎりのすべての本の表紙を破られることでさらに加速し、その後引越しを繰り返すたびに消滅していったのでした。何だか体細胞の消滅とパラレルな感じで気が悪いのですが、これは同時に我が家における、私の立ち位置の縮少とも並行していて、ある日気がつくと、わが家での自分の居場所が何となくあいまいになっていることに愕然とするわけです。 結婚男子が誰でも味わう(であろう)、わが身の立ち位置の縮少とは、たとえば子供ができると、直ちに生じます。それまで何だかんだいっても、我が家の中心でお気楽を決め込んでいたのに、子供ができれば、世界の中心はおのずとそちらに移り、家内の行動の優先順位は、当然子供へと大転回します。これは子供を生まないオスにとっては地動説が天動説に転回するような、世界観の大転換であり、それを当然のこととして振るまう家内に多少の抵抗は試みるも、委細かまわず泣き続ける子供には白旗を掲げざるを得ないのです。男の縮少はどうやら、このあたりが出発点で、昔ながらに亭主関白を気取る連中も、2人め3人めとなれば、とっくに骨抜きにされて、部屋の片隅に追いやられるという仕儀に相成ります。 子供がどうやら20歳にちかく、手を離れかけると、家内と私は永い永い別々の航海をしてきたようで、はたして同じ母港に戻ってこれるのか、なんとなくお互いを探ってみたりもするのですが、どうなんですかね。 それはともかく、かつての我が愛読書の痕跡は、私のはなはだ心許ない記憶にしかないのでは、やはり具合がまずいことに、とくにこのブログを始めてから、しょっちゅう思うところで、明日あたり大きな書店にでも行って、自分の記憶の残りかすのようなものを、考古学的手法で発掘するとしますか。
2006.09.15
コメント(0)
先日、新聞を見ていたら、なつかしいJ・ボンドとアストン・マーチンDB5の写真がでてましたね。 初代ボンドの007は、ご多分にもれず私の子供時代のあこがれで、その大きな部分がこの車に代表されるメカでした。 実を云うと「ゴールドフィンガー」の映画そのものは、子供の私にはあまりおもしろくなくて、もっぱらメカとボンドガールの肢体だけを、目を皿のようにして見ていたものでした。当時はテレビでは「ナポレオンソロ」や「刑事エイモス・バーク」だったですか、ちょっとHなスパイものや刑事ものをやっていて、子供が堂々と見るには少し勇気が要りましたな。 007はその手の元祖のようなところがあって、しかも映画館ですからテレビよりもっと期待できる。スパイ活劇という大義名分のもとに、友達と一緒に切符売り場に並んでましたが、派手な看板を見るだけで興奮してましたね。 今思い出すと、このアストン・マーチンDB5、決してカッコがいいとはいえません。その後ボンドカーで登場したロータス・エスプリとか、いわゆるスーパーカーといわれた類と比べても、その差は歴然であります。ところがそれがさまざまなメカを搭載して走り出すと、むやみにカッコよく見える。つくづく車とは動いてナンボの道具だなと思ってしまいます。 撮影が上手かったということもあったのでしょうが、「ゴールドフィンガー」の中のアストン・マーチンDB5は、この車の存在感が他の映画に比べても(007シリーズだけでなく)圧倒的に大きい。映画が子供心にあまりおもしろくなかったのは、まさしくこのボンドの分身であるべきDB5が、しょっぱなの大活躍でぺしゃんこに潰れてしまい、後半まったく出てこないのが原因でした(ボンドガールの肢体も後半はナシ、何だか損した気分で映画館を出てきたことを思い出しました)。 車のカタチというのは、スタイルがいいというだけではダメで、パワーと装甲の強さを感じさせないといけない。フェラーリやロータスの見てくれのカッコよさより、実際に走りまくって、その強さを発揮するというイメージがいいのです(まあこのあたりは好みの問題ですが)。スーパーカーから機関銃やミサイルや煙幕が飛び出しても、少しも新鮮に見えなくて、飛び出してきて当然という感じ。DB5のちょっと鈍重でクラシカルなボディから、それらが出てくるからカッコいいのです。 クラシカルといえば、DB5の前のラジエターグリルと丸いランプ、英国貴族の馬車の伝統を残していて、最初の産業革命の覇者としての矜持を感じさせます(このあたりがアメリカ車や日本車には決定的になかったのでした)。巷間云われる高級車なるもの、ベンツもジャグァーもロールスロイス、BMWも、よく見れば決してスタイルはよくない。どれも鈍重で姿形を論ずれば、確実にイタリアーノに負けます。それがカッコよく見えてしまうのは、やはり伝統の相貌をキッチリ纏っているからじゃないかと思うのですが。 それにしても60年代のS・コネリー、胸毛も露わに無茶苦茶カッコいいですね。それまでのP・オトゥールやR・オリヴィエのような威厳のある英国の品格ではない軽さが魅力的で、私は当時の新しい英国男子のイメージとして、彼とビートルズを思ってしまいます。 もちろん「アンタッチャブル」以降の彼も渋い魅力があって、「小説家を見つけたら」は私の最も好きな映画の一つですが、60年代の英国の文化的迫力は、当時の経済力の凋落と対称的に世界中を覆っていたような気がするのです。彼らはその代表でしたね。
2006.09.14
コメント(0)
「またも負けたか、8連隊…」とは、大阪管区の旧日本陸軍第4師団所属の第8連隊を指し、弱兵の代表としての大阪人を揶揄した俗謡でした。例によってWikipediaによれば― 弁舌が立ち(逆に言えば言い訳が多い)、商人気質で利に聡く、かつ反権力という大阪人一般のイメージから来る「大阪の兵隊は弱い」という根拠薄弱な理由が原因であり、第4師団が存在した当時から言われていた。 ―とありますが、 例えば、隊長が突撃を命令すれば、いっせいに立ち上がると同時に、隊長を放って退却する。攻撃には常に消極的で、逆に撤退はどこよりも早い、というイメージです。 肝心なことは、当の大阪人が― 「損して得取れ」の大阪商人気質から、「弱いと思われていた方が何かと得である」として、弱兵イメージを敢えて否定しなかった ―という点です。ヘタに強いと思われると、激戦地区にやられて、結局損をする、というわけですが。 大阪人は身内のことをボロクソに言うとは、前に司馬さんのことでも云いましたが、彼らが自分をボロクソに言うときは注意が必要です。同じ心情が、以前の弱い阪神タイガースの応援につながっていて、弱くて何が悪い、ほっとけ、という声がたちまち聞こえてきたものでした。(今や図らずも強い阪神になってしまい、こうしたメジャーなイメージは、もともとの阪神ファンからは異質なものと受け取られているでしょう) 集団行動と上意下達が絶対の軍隊組織では、大阪の市民感覚(町人感覚)は相容れないものでしょう。軍隊では兵隊には考えることは求めていず、ただ駒のように動くことだけが求められています。戦前の軍隊では東北や九州の地方の兵隊さんが伝統的に強いとされました。日本の農民は集団的行動に、その生活スタイルからよく馴染んでいると思われたからです。 商人は集団から常に抜け駆けすることで、その利(先取特権)を得ようとします。集団でいるとき、これでいいのか、常にあたりを伺ってしまうのは、江戸時代からの生活スタイルに根強く裏付けされているので、大阪の地下鉄を見ていると、まことに情けない景況を呈することになります。 私は大阪人ではありませんが、集団行動は大の苦手で、例えば以前流行ったパック旅行なんかで、旗を持った添乗員には、どうしても恥ずかしくてついて行くことができない。同じように地下鉄で電車待ちのとき、どうしても行儀良く並ぶことができません。ちょっとはすかいに並んだり、列からワザと離れて立ってたりする。別にズルをして横入りする気があるわけではなくて、要はきちんと整列すると落ち着かないからです。 ところが大阪では、並ばないのは横入りするというのと同義で、以前ほど露骨では無くなったにせよ、電車が入ってくれば、一見整列してたはずの乗客は、たちまちワレ先のバトルを始める。ここではおっさんもおばはんも関係なくて、どうやってワレ(自分)だけが得するか、という行動原理が支配しているのです。 これは一面で子供の行動原理に似ています(そういえば、裸の王様を見破ったのは、子供でしたな)。東京での整列乗車、車の行儀のよさは、大阪人から見れば不思議で仕方がない、一歩人より先に出れば座れるのに、ちょっと車線を変えれば、周りの車より早く行けるのに、とは大阪だけの発想のようです。 大阪商人であり学者でもあった、石門心学の石田梅岩、あるいは超合理主義の富永仲基、山片蟠桃を思い出します。 ― つづく ―
2006.09.13
コメント(0)
昔、安部公房の「箱男」でしたか、小説で「幕は上がった。そして劇は終わった」(間違っているかもしれません、すいません)という、章題だけのページがあって、思わず笑ってしまったのですが、今回の自民党総裁選は、まさしく始まる前に終わってしまい、自民党の議員はもちろん国民の関心も、すでに別のところへ向かっているようです。 この政治的空白の間に、何やらキナ臭い法案がヒソヒソ与党内で話し合われています。「貸金業規制法改正案」のグレーゾーン金利撤廃の特例処置ですが、実質骨抜きの法案を審議して、なおかつ廃案になれば現状の高金利が維持されるという、貸金業者にとってはどちらに転んでも痛まない仕掛けになっています。金融庁がこの改正案を出した時点で、勝負は決まっているのでした。後藤田政務官が辞任したのは当然で、ヌケヌケとこうした法案を出してくる金融庁には、何やら族議員ではないにしても、圧力の影がちらつきます。こういう時いつもやり玉に挙げられるのは、大手貸金業者ですが、私はむしろそれを裏から支援している銀行、クレジット会社等のビッグマネーの意志を感じます。彼らにとって自分の手を汚さずに済む、こんなおいしい集金システムはないのですから。 この手の倫理観喪失の企業論理というのは、司馬さんが指摘したように、70年代の土地バブル以降何度も日本を荒廃させ、今また同じ失敗をやろうとしています。絶対に損をしない集金システムとは、日本では役人と議員およびそれを支えるビッグマネーによって、牢固として崩されない仕組みを構築しているようで、もちろん彼らの意識に、日本の未来を考えるなどという感覚はここから先もないでしょう(自分のことは真っ先に考えているのでしょう)。ヘッジファンドがまず倫理的要素(Human factor)をこそぎ落とすことで、その論理(Logic)を貫徹できるように、倫理的思考を停止すれば、お金はどこからでも収奪でき、沸いて出てくるもののようです。 日本人全体の倫理的(Moralistic)な思考停止がいつから始まったのか、1つ考えられるのは90年のソビエト崩壊後でしょう。まあそれ以前に共産中国の「文化大革命」という粛清があって、共産主義というイデオローグが意味を成さなくなり、国内的にはいわゆる左翼思想が急速に力を失っていったのでした。 今や日本に限らず、全世界的に左翼思想が力を失って、Pax Americanaの資本主義は、その衣をかなぐり捨て、世界中のビッグマネー(アメリカだけでなくアラブもロシアも共産中国も)は、野放し状態でその論理を、世界で貫徹しています。かつて左翼思想のなかには、革命を含む支配体制転覆の思想(したがって、これはどこの国々でも支配者にとってはジャマな思想でした)があり、資本主義体制はおのずとそれに対する防御策としての装いを施していたものでした。この装いには倫理的な裏付けが必要だったのです。 私は左翼主義者ではありませんが(学生のころは保守反動と罵倒されました)、今一番問題なのは誰もが倫理的な思考というものを行わなくなったんじゃないかということです。 そうした中で、安倍さんが粛々と政権を引き継ごうとしているわけですが、彼の見た目の柔和さとは裏腹に、掲げている言説には、いくつか気になる項目があります。政権構想「美しい国、日本。」の中でも、とくに力を入れているように見える「百年の計」教育再生構想の中に、「学校・教師の評価制度導入」「学校教育における社会体験活動の充実」とありますが、具体的なプランを聞いていると、今現在の文部科学省の意思に沿った流れであることは明白です。 一言で云えば、教育の国家管理(支配)ということです。 以前から教育問題は、誰が悪い、何が悪いで、事あるごとに何かと話題になってきました。それをここで持ち出す気はありませんが、文部科学省あるいは保守側の政治家の意図は明白で、左翼思想の残滓である教育現場における日教組の勢力の排除であります。私に云わせれば、日教組は思想的にも組織的にも、ほとんど死に体であり、彼らの思考停止状態が教育現場にもたらすモラルハザードは、すでにたいしたことではない。 むしろそれをダシに出てきた、教育の一元化論的発想のほうが、これからは問題で、これはあきらかに教育を受ける自由と権利に反します。一元化された教育には自由と権利はありませんね。多面的思考を奪う、あらゆる教育思想に私は反対です。そもそもあらゆる多面的な思考力を培うのが、教育の本来的な意味での目的だと思うのですが。 アメリカでは算数よりもディベートを徹底的に訓練するそうですな。フランスでは数学の公式をフランス語に翻訳?させて、何度も書かせると聴きました。良いか悪いかは別として、人間の基本的な権利としての自由の裏付けは、まず1)正確な意思表示と、その2)論理的な記述力、にあるといっているようです。 日本人は英語が下手だといわれますが、私に云わせればそうではない、語るべき中味の論理的な理解と、それを正確に表現する方法を訓練されてないから、何をどうしゃべっていいのか分らないだけなのです。国連の各国代表の演説を聴いて御覧なさい、下手クソな発音でも無茶苦茶な?文法でも、彼らは平気、語るべき中味をしっかり持っている(把握している)からです。日本人が彼らより語るべき中味が無いなんてことはありえません、方法を訓練(教育)されてないだけです。 何だか話が、例によってそれてしまいました。 話を安倍さんの教育再生構想に戻します。公教育の現場では、すでに教育委員会を通じた一元化構想が進行しつつあるように見えます。「学校・教師の評価制度」とありますが、誰が評価するのですか?まさか近所の住人じゃないでしょう。国家が評価する体制というのは、言い換えれば、国民が自ら考えるという国民国家の基本理念を奪うということであり、何やらキナ臭い意図を感じます。 さらに「学校教育における社会体験活動の充実」では、高校卒業後半年間の社会奉仕活動の義務付けというのですが、これは一歩進めれば徴兵制度ですよ。なぜ誰もその方面からの指摘をしないのでしょう。 こういうことを云うと、すぐ今の若者たちの性向(すぐキレるだの、相手の気持ちを測れないだの、意欲に乏しいだの)を、どうするのか?という反発が返ってきそうですが、これは若者の性向ではなくて、日本人全体がそうなっているのでしょう。若者が大人を殺すだけでなく、大人が子供を殺す、大人同士が殺しあう、もっと云えば老人同士が殺しあっているのが、今の日本でしょう。団塊の世代が高齢化すれば、この傾向はもっと顕著に現われてくるでしょう。 こういう社会は、どこから招来したものでしょう? 「美しい国、日本。」といいますが、片やでビッグマネーと合体した役人と議員のモラルハザード(倫理喪失)を許しながら、片やで国民の強烈なモラルアップを求める、自家撞着を興しているのです。いったいに安倍さんは「美しい国、日本」とは、どんな日本を想定しているのでしょうか? もし里山の風景と天皇に象徴されるような、国土を想定しているのなら、現実のコンビニの前にたむろする若者たちや外国人就労者の風景こそ、今の日本の原風景であることを、肝に銘じてもらいたいですね。そしてそれを招来したものが何であったかも、熟考してもらいたいものです。 何だか興奮してしまいました、やっぱり政治向きの話はいけませんね。
2006.09.12
コメント(0)
女性のトップセールスなるものが、かってに出来てくるのか、ということですが、かってに出来てくる場合もあれば、そうでない場合もあります。 私の経験では、あせらずとも1年に1人ぐらいは、芽になりそうな人が現われます。その芽をどうやって見究め、どうやって育てるか、管理者の腕のみせどころとなります。管理者によっては、無理矢理トップにさせてしまう人もいて、この場合女性営業に大きなプレッシャーがかかり、つぶれてしまうケースがあります。これは焼け野が原となった営業所でも、すぐ次のトップを見つけられる自信のある管理者がよくやる手法ですね。 私はそこまでの自信はなかったので、もっぱら現有戦力を大事に育てることを優先しました。しかしこれだと本当の意味でパワフルな戦力にはなりません。大きな目標数字を達成するには、どうしても多少現有戦力にヤスリをかけることがあっても、ちょっと迫力のある人を、芯に置かないとダメなのです。 当然そこにはさまざまな軋轢が生じます。先日も云いましたが、女性は口で間接的に攻撃しますから、管理者は常に営業所の状態に気を配っていなければならない。そうした軋轢を何とも思わないタフなトップセールスもいますが、大抵はそこまで強くなくて、管理者は時には弱くなるトップをどう支えるかに時間を費やします。しかしこれは間違うと他の女性営業のバッシングをともないますから、表で露わに見せるわけにはいきません。必然的に夜の時間外の長電話がフォローの時間となるのでした。 私の上司の中には、この長電話を何とも思わない人もいて、2時間くらいは当たりまえ、3時間でも4時間でも辛抱強くお付き合いする、という感じなのです。 感心して「よくそこまでお付き合いできますね。」と聞きますと、「聞く必要はない、ほとんど寝てる。」というのです。「相手にしてるという、フリが大事。」 同時にこの管理者は表では、トップセールスにものすごく厳しくあたる。要求も注意も真っ先にトップに行うのです。 というわけで他の女性営業は、文句のつける先がないのでした。昼間厳しい分、充分にフォローする。よく心得た管理者でした。 ところで最初からトップであることを、ある意味で心得てやってくるタフな女性営業も中にはいます。管理者としては注意すべき相手で、下手に褒めると天狗になる(舐めてかかる)。そうならないためにも管理者は、日頃から厳しい人、うるさい人、ケムたい人と思われていなければなりません。女性はこうした管理者の心映えに極めて鋭敏です。そこから「管理者は嫌われなければ、意味がない(存在理由がない)。」という例の話になります。事務所に入るなり全体がピリッと締まるような、雰囲気を持っていなければなりません(なにも強面で入っていけ、というのではありません)。 タフなトップに対しては、どうやって相手を立てるか(顔を立てるか)をよく考えます。大事なことは、顔は立てても管理者はこっちであるということです。弱味を見せてはいけません。ずるいトップセールスは相手の弱味に、徹底的につけ込んでくる場合があります(これは本人の営業手法とパラレルの場合が多くて、この場合はすげ替えも含めて、要注意で対処しなければなりません)。 弱い管理者は、どうかすると数字がほしいあまりにトップに追従してしまう場合があるのですが、これはほぼ100%その営業所は崩壊します。多少バカにされてるような管理者でも、部下に追従する管理者よりはマシな場合が多いのです(何も営業所で偉そうにせよ、というわけではありません)。 次に部下の見究めです。タフな女性営業の中には、そのタフさを営業仲間にまき散らしたいタイプの人がいます。最悪のケースは仲間と徒党を組んで、会社に要求を云ってくる場合です。この場合は即トップをすげ替えます。どれだけ数字を取れる人であっても、考え方が間違っている人は芯にするわけにはいきません。所長が反対でも、これは切ります(所長まで取り込まれているケースもありました。所長が弱いと営業所全体が具合悪くなる、その場合、会社は所長が無能であっても、所長は切りません。部下から切るのです、これが企業の論理です)。 逆に多少営業力の弱い人でも、考え方が会社の側に立っている人は、無理してでもトップにします。会社の考え方をバックに(それが無理難題に見えても)、モノが言えるかどうかは、組織における人材というものを見究めるうえで、とても大事です。(ただし会社に対してモノを云ってはいけないという事ではありません。個別的に堂々と云えばよいのです。下から何も云ってこない、というのもこれまた組織としては危険な兆候です。) いずれにしても、ものの考え方が企業論理的にキチッとしている人が、部下にいると管理者はとても楽です。トップセールスにそういう人がいると、管理者はほとんど何しなくても、営業所は回っていきます。彼女が入ってくれば、営業所がおのずからピリッと締まるのですから。 ― つづく ―
2006.09.11
コメント(0)
私事でUPができませんでした、すいません。(もっともこのブログも私事ですが) 飾ることを忘れたアメリカは醜い、というのは自らを省みない人はハシタナイ、というのと同義です。9.11以降その傾向はますます顕著になって、それ以前と以後に分ける考え方があるようですが、私には90年代以降のアメリカ一国支配の状態(新パックス・アメリカーナ)が、アメリカが自ら考えることをやめた端緒で、9.11はその必然の流れにあったように思えます。 90年代の民主党クリントン政権は外交に消極的で、冷戦構造崩壊後の世界各地の紛争を放置しました。逆に金儲けには熱心で、歴代政府の生み出した財政赤字をいったん解消したことは、よく知られています。これはこの間の外交に対する無作為と引き換えに達成されたものにみえます。 共和党ブッシュが政権獲得当初、外交に熱心であったとは思われず(ブッシュが外交オンチだったことは周知の事実です)、基本的にはクリントン時代よりさらに考えることをやめて、金儲けに専心することを期待されていたのでした。9.11が起こってみると、その予兆はクリントン時代にすでに発生し、指摘もされていたにも拘らず、すでに考えることをやめていた政権はそれを放置しました。 同じように考えることをしないブッシュ政権は、テロに対してステロタイプな反応でしか答えることができないようにみえます。これはアメリカという国家全体が、考えなくなっている状態であると判断せざるを得ないのです。 これは危険な兆候にみえます。史上初めてアメリカはイラクに対し先制攻撃を行い、さらに戦争捕虜の取り扱いについて、国際法違反の事例を繰り返しています。一国支配の思考停止が、これらを起こさせているのです。政権内にこれらに対する深刻な反省があるとは思えません。将来的にこれらの事例がアメリカを苦しめるというような想像力も無いようにみえます。国際関係は常にフィフティ.フィフティが原則なので、こちらがやったことは事例として永久に残り、相手に同じことをやられても、それを非難できないのです。 古代ローマ帝国がやったこととは、帝国が永久に存続するという前提があったのですが、思考停止状態の自由市民に対し、皇帝はパンとコロセウムをもって答え、事実を伝えることを怠りました。市民も事実から目をそらせることを望んだのです。新興の異教徒集団というのは、いつの時代でも既成勢力からみれば、異分子、テロリストに見え、弾圧と迫害を加えます。逆に新興勢力は必然的に急進的にならざるを得ず、当然その中にはビン.ラディンのような過激派も登場したでしょう。 ローマ時代のキリスト教徒というのは、ローマ自由市民から見れば、今のイスラム教徒に見えていたはずで、内部に侵攻する異分子をどのように見ていたかは、今の私たちがイスラム教徒を見るのと同じ感覚だったでしょう。 「ベン.ハー」や「十戒」がテロリスト(=異分子)の側から見た歴史観であることを忘れてはいけません。 今のアメリカはイスラムはまだ浸透していないにしても、ヒスパニックの勢力は黒人勢力を上回るばかりであり、アメリカの文化を変容させています。これは世界帝国となったアメリカが必然的にたどる道であって、いずれ好き嫌いは別として、アジア文化もイスラム文化も浸透することになるでしょう。そのとき今の帝国ははたして存続しているのかどうか、Pax Americanaの体制がどれだけ維持できていくのか、は何しろアメリカ自身が、考えるということの重大性をどうやって認識できるか、ということにかかっているような気がするのですが。 100年後200年後変容したアメリカがイスラム化されているとかいないとかではなく、本当の意味での新Pax Americanaというのは、こうした多面的な思考がアメリカ自身に生まれてこないと、たぶん難しいんじゃないかと思えるのです。もちろん世界がそれを受け入れるかどうかは、これまた別の話ですが。 ― おわり ―
2006.09.08
コメント(0)
Pax Americanaとは、現在唯一の超大国であるアメリカ合衆国がもたらす平和の状態をいいますが、その開始時期については第二次大戦後の1945年以降のソ連との冷戦構造が続いた45年間と、ソ連崩壊後の1990年以降のアメリカ一国支配以後の現代では、平和の質が変化したように見え、ここでは90年以降の状態を新パックス・アメリカーナと呼びます。 子供のころ、私にとってアメリカというのは、今よりはるかにテレビに登場する機会が多く、American way of lifeはアメリカ製の家庭劇でなじみのあるものでした。最近60年代の「アイ・ラブ・ルーシー」や「奥様は魔女」など復刻版の放映がちょくちょく行われていますが、このごろのアメリカドラマに比べて、会話がとても気が利いていておもしろい。そういえば当時映画ではドリス・デイとロック・ハドソンのような、思いっきり会話を聞かせるコメディがありましたね。 今やアメリカは、たぶん40年前の家庭の概念そのものが崩壊してしまって、こうした家庭劇は作れなくなってしまったのでしょう。今会話がおもしろいドラマというのは韓国ものぐらいじゃないですか?去年「チャングムの誓い」は、私の毎週みる唯一のテレビ番組でしたね(後半はさすがに食傷しましたが)。 60年代のテレビドラマが、それ以外にも「ローハイド」とか「コンバット」とか出てくるというのは、どうやら来年あたり定年を迎える団塊の世代の意思が働いているように思えます。良くも悪くも戦後日本のかたちを、ひたすらその数の多さによって形作ってきた世代です、彼らの中高生時代が毎日アメリカドラマの時代でした(その人たちが、昼間はアメリカを罵り、棒を振り回していたのです、これはまた改めます)。 当時子供心にうつるアメリカのイメージというのは、強くて気のいい隣のおっさん、という感じで、こちらも決して悪意があるわけではなく、多少反抗しても気にもかけない、というくらいの鷹揚さを感じたものです。残念ながらヴェトナム戦争がアメリカのイメージを大きく損ないました。自信をなくしたアメリカからは以前の鷹揚なテレビドラマは発信されず、反対にシビアなイメージのニューシネマ(「真夜中のカーボーイ」とか「イージー・ライダー」)が登場しましたね。 それまでの人の好い崇高さを思わせる威厳(ケネディに代表されるような)というのは、このころからアメリカから失われていったように思います。私の学生時代、クラブにアメリカ人の留学生がやってきて、尺八をやっていたのですが、以前の陽気なYankeeには程遠く、ヴェトナムについて語るのは何となく、ためらう感じがありました(彼らは国へ帰れば、徴兵が待っていたのです)。 80年代にR・レーガンが強いアメリカを標榜して、急速な軍備増強をおこない、すでに内部矛盾が限界に来ていたソ連が崩壊したことで、45年にわたる東西冷戦構造はなくなりました(レーガンが60年代テレビドラマの俳優だったことは象徴的です)。左翼思想はその根本的な後ろ盾を失い、周囲を見渡せばアメリカ1国だけが世界に屹立しているのでした。 90年代以降のアメリカは、当面の敵がいなくなった結果、よけいな衣装はかなぐりすてて、取あえずの勝利の美酒をむさぼることに専念しているようにみえます。ライバルがいなければ自分を飾る理由もないのです。飾らないアメリカは、しかし私にとっては、はなはだ魅力のない国になってしまいました。 知性とか教養とかいうのは、60年代のホームドラマにみられるような、気の利いた会話によって発揮されるので、今のアメリカからは残念ながらこうした魅力を感じることができません。飾らないとは例のダルな日本の女子高生と同じ、貧寒さのことです。 古代ローマ帝国のことを考えます。Pax Romanaの裏で進行した、内部崩壊と外部からの浸潤(キリスト教)が、今のアメリカの状況にみえてしまうからです。100年後あるいは200年後イスラム教がアメリカの国教になってたなんてね。 ― つづく ―
2006.09.05
コメント(0)
女性トップセールスとは、たんに個人実績だけでなく、仕事に対する取り組み姿勢、仕事仲間との協調性など、総合的に飛び抜けた存在のことをいいます。前の会社では各営業所に配置された女性営業から、いかに芯になる女性トップセールスを育てるかが、各営業所の所長の仕事でした。 営業の仕事とは、すぐれて人対応の仕事であり、たんなる技術や知識以上に、相手に対する観察力と関心が必要とされます。相手の気持ちを推し量るというのは、人間的な興味がなければ成り立たないので、その点で女性は一般に周囲の状況にとてもデリケートですから、人対応にはよく合っています。 ただし営業は待ちの仕事ではなく、こちらからアクションをおこさないかぎり、扉は自動では開いてくれないので、ここのところは一般的に腰の重い女性営業の人たちを、どうやって外に出すか、管理者の力量が要るところです。 ところでトップセールスというのは、自動的に育ってくるものでしょうか?各営業所の歴代の女性トップセールスは、いずれも名だたるツワモノぞろいでしたが、各所長の管理の仕方でずいぶん個性がありました。結局育て方とか、考え方は、日常接する各所長の考え方で決まるので、本社ではなかなか分りません。 私は各営業所で今何が起こっているのか、嗅ぎ取る術を3チャンネルほど、いつも用意していました。これは各所長を信頼してないとかいうことではなく、仕事上で必ずもっていなければならない安全装置みたいなものです。これは前もって各所長にも言っておきます。所長の報告が1つ、営業所の事務の報告が2つ、3つめが各営業所のトップセールスとのラインです。 女性は一般に秘密話が好きです。「ここだけの話」が実は秘密でもなんでもない、公然周知の話になっているというのは、よくあることですが、私は3つのラインの話の端々からきな臭い予兆を嗅ぎ取ります。いちばん危ないのは全員が同じ報告をしてくるときで、これはたいてい営業所全体が何か拙い状態になっていると考える。 こういうときはその営業所に直接行きます。朝のミーティングから昼間、5時の終礼まで様子を探ります。所長が張り付いて私から離れないときは、たいてい怪しい。何か隠し事があると判断します。ただし単刀直入に聞きません。組織はヘッドを壊すと収拾がつかなくなるので、慎重に判断します。 一番多いのがトップセールスとその他女性営業が揉めている場合です。各所長の力量が問われる場面ですが、一般に男はこういう時、自分の力を見せるため秘密にしたがる習性があります。私もそうでした。 こういう時、決まって出てくるのが、所長がトップセールスをえこ贔屓している、という他からの噂です。2番手のセールスがトップと成績が拮抗している場合、よくおこる話です。女性というのはコワイ。男のように腕力ではなく、口で攻撃する、しかも正面でぶつかるのではなく、いつも周囲から仲間を引き入れて、攻撃してくるのです。どうかすると他の営業所の女性営業まで引き連れて、あらぬ噂を立てる。基本的に好きなんですね、こういう話が、女性は。(こういうのは男にもいますね) 私は女性同士のネットワークというものを、ガセネタをあるラインに流すことで探ったこともありました。めったにやらないのですが、本社のある女性営業に特定の情報を流す、各営業所のどの女性営業から同じ情報が入ってくるかをみるのです。 ある営業所のトップセールスが、本社のトップとラインがあったり、場合によっては本社の事務社員と懇ろになってるというのは、よくあるのです。 さてこういう時、どういうふうに組織を修復していくのでしょうか? ― つづく ―
2006.09.04
コメント(0)
どなたかのコメントにもありましたが、ドストエフスキーばりに、退屈な前置き話!をながながと続けているのは、これから話する私のエセ科学的妄想に興味のない人を、前もって追っ払うためです(ウソ!)。 境界線(Outer Limits)を追い求めて、そこにたどり着いたと思った瞬間、さらにそこから広大な地平が広がっている、ということは科学の世界ではよくあるようで、例えばもう40年近く前の話になってしまいましたが、人類が始めて月の石を地球に持ち帰ったとき、これで月のクレーターが隕石でできたのか、火山の噴火でできたのか、今にも解決できるような期待がありました。ところが実際には解決できた問題の向こうに、さらに大きな疑問が現われてきたのです。 あるいは素粒子の学問の世界でも、原子核の内部構造を調べていくとクォーク(Quark)という粒子に行きつく、ところがそのクォークの数が思いのほか多いことがわかってくると、さらにそれの向こうの地平を考えざるを得ない、というわけで超弦理論(Super string theory―物質は極小のヒモの振動数によって決まる)のようなものが、ささやかれると、ここから先は科学というよりも哲学的認識論にジャンプしてしまいそうです。 実は2500年ほど前に、それに近い世界認識に到達した人がいましたね。インドのシャーキャ・ムニ(釈迦牟尼)です。今のような科学的知識のない時代は、かえって単刀直入に人間の感覚の陶冶ができたのかもしれません。仏陀の悟りはひょっとすると無神論の認識ともとれ、そこでは意志とか本能とか、生命感覚の核心は無だとし、それを盛る器(身体)は空とする考えは、意外と今の科学知識の最先端の認識と近いのかもしれません。 何だか話が難しく、おまけに拡散しているようです。漠然と考えていたことを、まとまらないままにウダウダ書きつけるとこういうことになる、という見本みたいになってきました。 例の「利己的な遺伝子」のR・ドーキンスが、生物の種族保存は、生物が持っている遺伝子によって行われる結果なのではなく、逆に遺伝子の持っているコピー機能の結果として、生物が存続してきたという考え方は、我々の発想を覆すものでした。コピー機能に意志はないのです。― つまり、我々人間を含めた生物は遺伝子が自らのコピーを残すために作り出した「乗り物」に過ぎないということになる。コピーを残す効率に優れた「乗り物」を作り出せる遺伝子が、結果として今日まで存続してきたと言えることになるのである(生物=生存機械論)。 ― Wikipedia R・ドーキンスが過激な無神論者になるのは、何となくわかりますね。ではこうやって話している人間の意志とか本能とは一体何なのでしょう。 そこで竹内久美子女史は「そんなバカな!-遺伝子と神について-」などで、遺伝子の機械的なふるまいが結果として、人間の意志や生存本能という(仮想の)感覚を操っていると豪語します。男の浮気は遺伝子のふるまいの結果なんてね。 これは発想の転換ではありますが、新しい発見というものではない、ドーキンスの理論はダーウィンの進化論を、よりすっきりと補足説明するもののようでです。 それはともかく、人間についてはとりあえず後回しにするとして、先に触れたウィルスのような生物と非生物の境界に位置するような存在のふるまいが、ただの分子機械であるように、細菌のふるまいも生物=生存機械論で考えたほうが理解しやすい、と私は思うのです。 ここから先は、私の妄想です。 先に書いた我々の身体に付着した常在細菌のふるまいは、自然物のいわば化学反応に近い結果であるといわれたほうが、私には理解しやすいのです。腸内細菌の個々に意志(生存本能)があって、多種多様な攻防を繰り広げていると考えるよりは、全体として生物=遺伝子生存機械のプロセスを繰り返しているというような。 となると、地球全体のありとあらゆる生命現象も、遺伝子生存機械の結果であると見ることもでき、人間以外のすべての生物は、たぶんそれを受け入れるでしょう。彼らはサルやイルカのような高等生物であっても、みずから意志で動いているというよりは、遺伝子のふるまいに動かされていると見たほうが早い。 人間だけはそれを認識してしまったわけで、そこに神へのながい道筋を見出すか、たんなる脳内の仮想現実と見なすかは、個々それぞれの判断です。ただ地球全体としてありとあらゆる生命現象をみるとき、ヒトのふるまいもふくめて遺伝子生存機械のように見えてしまうのは、私だけでしょうか? 地球という球体が全体としての意志はもちろんないとしても、遺伝子生存機械の器(乗り物)として存在しているのなら、たしかにバイオスフィア(地球を一個の生命体と考える)という考え方はありえるかなという気がするのです。 ― おわり ―― 追記 ―あ~しんどかった。こういう話はもうやめにしましょう。
2006.09.01
コメント(0)
ヒトはホメオスタシス(恒常性維持機能)で厳密に、身体の内と外を区分けします。内部には細菌は棲息できません。侵入した細菌類はすぐ免疫系、マクロファージが撃退します。しかし皮膚や腸など外部との境界面には、多量の細菌類が棲息していて、我々はいうなれば細菌をまとって生きているようなものです。従来の人体模型では、こうした説明はありませんでしたね(「ニュートン」もなぜか触れません、どうも健康食品などに見られる、エセ科学のニオイが邪魔しているようです)。 生体は完全な閉鎖系だと、呼吸も食物吸収も行えないので、生存できません。したがって内と外の境界面では厳密な物質の交換が行われています(必要なものは吸収し、不要なものは捨てる)。小腸内には腸内細菌といわれる嫌気性細菌が多量に生息し、この交換に一役買っているといわれています。 小腸の外部と接触する面(食物が通過する側)には、多数の絨毛組織が構成されて、栄養素の吸収をすべく待ち構えています。その表面積はヒトの場合およそテニスコート2面分といわれます。驚くことに腸内細菌はその表面をコーティングしたように、一面に覆っているのです。これを腸内細菌叢(腸内Flora)といいます。(ビロウな話で恐縮ですが、ウンチの中味の半分は大腸菌その他の腸内細菌、ないしその死骸だそうです。腸内には100種以上、100兆個以上の腸内細菌が棲息しており、数だけでいえば宿主のヒトを構成する細胞数が約60兆個~70兆個といわれるところからみても、その分量が知れます。ただしヒトの細胞よりはるかに小さいので、私たちの身体が、ほとんど細菌で占拠されているというわけではありません。それでも1人あたり1.5Kgほどいるそうです!ギャッ) いつからそんなものが棲み付いたのか、ということですが、おそらく生物が誕生してからずっとということでしょう。ヒトの場合生まれて最初の授乳その他で口から入り込み、3,4時間以内に腸内に棲みつくと言われています(胎内では無菌状態なのです)。 ここで出てくるのが、俗にいう善玉菌、悪玉菌であります。この名称はヒト(宿主)からみての話で、別にバイ菌に善意や悪意があるわけではありません。彼らは彼ら独自の生存をかけての闘いを、腸内で行っているわけで、結果として、それがヒト(宿主)に役に立ったり、害を与えたりするのです。いずれの細菌もヒト(宿主)が食べた食物の一部を腸内でかすめ取ることで生存しているのですが、結果として細菌が代謝して産生した物質の中に、ヒト(宿主)にとって有用なものがある場合、これを善玉菌といいます。 気の遠くなるような年月をかけて、宿主のほうも腸内細菌が棲息することを前提とした体内構造に、進化していきます。例えば牛などは、硬い繊維物質を消化吸収するのに反芻を行いますが、硬いセルロースは四つの胃に生息する腸内細菌によってグルコースに変換され、小腸で吸収されます。こういう関係が共生といわれるのは、よく知られています。ヒトでもパプアニューギ二アでは穀類(タロイモ、炭水化物)しか食べてないのに、筋骨隆々のヒトが多いのは、彼らの腸内細菌が炭水化物を蛋白質に変換しているのではないかといわれています(ホンマかいな)。 腸内細菌の分布は、腸の部位によって異なり、例えば胃に近い部位では、酸素を呼吸する好気性細菌が棲みつき、酸素のほとんどなくなる大腸に近い部位では、嫌気性細菌が広大な細菌叢(Flora)をつくっています。この棲み分けは、先ほどの部位によるだけでなく、宿主の年齢や食生活、性格?によっても、限りなく変化するようです。 もともと腸内細菌は、細菌類の中でも弱い部類なのだそうで、早い話、酢酸(お酢)のひと拭きでたちまち死滅します(宿主の急激な気分変化でも、死滅するというのですが、例えば交通事故を起こしかけてヒャッとストレスがかかったときとか。そういえば、うちの若年寄はちょっと私がストレスをかけると、たちまちトイレに駆け込む。きっと腸内細菌が全滅したのでしょう)。 それはさておき、古代、外界での生存競争に敗れた腸内細菌の先祖が、(たまたま)ヒトの小腸に逃げ込んで、他の細菌が棲みそうにないところで繁栄を始めた、というストーリーは、動物の適者生存をみても説得力のある話に思えます(海での生存競争に敗れた魚は、淡水に逃げ込み、淡水を追われた魚は地上に逃げて、肺呼吸を獲得したとか)。 腸内細菌にかぎらず、皮膚の表面も、皮脂を食べる皮膚常在細菌におおわれていて、一種外界とのバリヤになっている。あんまり清潔にしすぎると、かえって皮膚を傷めるといわれる所以です。 というわけで腸内や皮膚の表面では、あらゆる常在細菌が棲みつき、お互いに攻防を繰り返しているわけですが、これらの攻防にははたして、何かの意志(生存本能)のようなものが働いているのでしょうか? ここで問題になってくるのが、生物と無生物の境界線です。先に挙げたWikipediaの生命の定義1.外界および細胞内を明確に区別する単位膜系を有する。 2.自己を複製する能力を有する。 3.外界から物質を取り込み、それを代謝する系を有する。は例えばウィルスのような生物と無生物の境界線上にいる存在には、適用できません。1.ウイルスは非細胞性で細胞質などは持たない。2.ウイルスは単独では増殖できない。他の細胞に寄生したときのみ増殖できる。 3.ウイルスは自分自身でエネルギーを産生しない。宿主細胞の作るエネルギーを利用する。― Wikipediaという特色からウィルスを非細胞性生物、ないし非生物と位置づけており厳密な定義ができていないのが、現状のようです。 さらに― ウィルスに唯一できることは他の生物の遺伝子の中に彼らの遺伝子を入れる事である。厳密には自らを入れる能力も持っておらず、ただ標識ドメイン(入場許可証のようなもの)を持っているだけであり、後はその生物の細胞が勝手に導き入れてウイルス蛋白を増産し病気になる。この事からウイルスはまるで、意思も増殖力も生命力もないただの分子機械だと捉える考えもある。 ― Wikipediaということになると、いったいに生命とか意志(生存本能)とかの定義が、その境界線でたちまち不分明になってくるのがわかります。 ― つづく ―
2006.09.01
コメント(0)
全19件 (19件中 1-19件目)
1