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神尾真由子 3. 何だかヘタな音楽批評のような文章になって、我ながらうんざりしているのですが、私はクラシックの一ファンですから、何も神尾さんの人物論やクラシックの音楽論をしているわけではもちろんありません。しかし彼女の演奏や話を聴いていて、私の痛覚を強く刺激するところは確かにあるので、その中味が何であるのかをできるだけ明らかにしてみたいと思っているのです、荒川静香さんやイチローのパフォーマンスに刺激されて、その中味を分析せずにはいられないように。 それにしてもチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、第一楽章のヴァイオリンの出だしから美しい旋律と、難度Cレベルの奏法の連続技は、ソリストの欲望(もちろん聴き手も)を刺激して止まないので、彼女の言いかたを借りれば、「パン食い競争のパンが、そこらじゅうに転がっている。」という仕儀になるのです。いちいちパンを食べまわっていたら、曲全体の流れが滞る ―― 「沈殿する。だからパンは1つか2つにして、むしろサラッと行ったほうが好い。」 これは音楽に限らず、他人に何かものを伝えたいとき(コミュニケーション)の正道のようなもので、あれもこれもと幕の内のように詰め込むと、結局何を言っているのか分からない、というのはよくあることです(このブログなど最たるもので、全体がどんどん膨らし粉のように、ふやけて収拾がつかなくなっています。まあ独り言だからいいかと思っているのですが)。 サラッと通り過ぎるには、強い知的な抑制力が必要で、彼女がすごいのは自ら語っていることを、精確に演奏で表現(パフォーマンス)していることです。これはやはり技術的に飛び抜けた力の裏付けがあってのことで、さらにそれに惑溺せず(酔っ払わずに)に、抑制(Control)して聴かせられるのは、やはり天才としか言いようのないものでしょう。 というわけで、第一楽章中間部の長いカデンツァを、私は久しぶりにダレることなく堪能できたのでした。例のヴァイオリン特有の軋み音のあとに、美しくて和やかな楽音が驚くほど精確な音程で立ち上がるとき、私たちは安心して一種の目眩を楽しむことができるのです(これは明らかに彼女が意識して行っているのです)。 それにしてもチャイコ、難儀なカデンツァのあとに、またまた長大な再現部を施して、ややもするともうご馳走さんとなるのですが、例の抑制が功を奏して最後まで引っ張っていってくれる。大阪の聴衆が第一楽章の終わりで、思わずブラボー!を叫んだのは、肯なるかなでした(聴けてラッキーでしたな)。 残念ながら第二、第三楽章はカットされて、切れぎれにしか収録されていなかったのですが、一度でいいから通しでやってくれないものですかね、まああせらなくても今後聴ける機会は増えそうですが。 彼女のものの見かたは、何となく大阪風で「物事を包装紙で判断する人は苦手」というのは、その表現も含めてヒトやモノを外見や権威で有り難がるのでなく、赤裸の本体で判断しようとする商人文化の発想が感じられます。かつての大阪船場には赤裸の本体(儲かるのか、儲からないのか)を見究めようとするオッサン、オバハンが数多くおられました(今はちょっと空回りしています、これはまた触れます)。 というわけで、例えばサントリー財団から貸与されたというストラディバリについて、「どんな楽器を使っても、結局は自分の音でしかない。その自分の音がどれだけステップアップするか、ということ。」とか、「曲に飽きることは、あります。どんな好きな服でも、毎日着ていたら飽きるのと同じ。」とか「考えても思いつかない、想像力がないと。」「目標とするヴァイオリニストは、いないです。他人と同じには、なりたくない。」といった言葉が、21歳にして自然にポンポン出てくるのには、彼女一人の個性でなく、大きな文化のバックボーンを感じてしまいます。 番組ではご両親も出ておられましたが、いわゆる音楽一家ではなくて、ごく普通の家で、こうした貴種が生まれてきたときに、あえて腫れ物をさわるような特別扱いはしない、という雰囲気がよく出ていて、早い話チャイコフスキーのコンクールにも当初は行くつもりがなかった、というのには笑ってしまいました。多少でもチャイコのコンクールの意味を知っている人なら飛んで行ったでしょう(本人の強い要請があって、コンクールでなく我が子のために、矢も楯もなくなって行かれたようですが)。 さて言葉つきや風貌だけなら、梅田や難波にごまんといそうな、ちょっと生意気な女の子(失礼!)に、たまたまヴァイオリンとの邂逅があって、それでもって私の音楽ライブラリーのなかでは、すっかり古びて聴く気になれなかったチャイコを新鮮な気分で聴かせてくれたのには、驚きと感謝としかいいようがないのです。ヴァイオリンとクラシックという触媒がなければ、彼女という世代と時代を知るということは、私にはもちろん永遠になかったでしょう。 それにしてもその触媒を果たしているクラシックなるもの、古典とはその気難しい外装の古びた風貌を剥がしてみれば、今昔の人の生活や人生に関係なく、屹立してそこにあるので、私の「クラシックとは繰り返しに耐えるもの」という定義に、彼女は新たな概念を付け加えてくれたのでした。― 神尾真由子 おわり ―
2007.10.26
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神尾真由子 2. インタビュアーのときに愚問と取れるような質問に対しても、辛抱づよくゆっくり答える彼女の姿は、かつてのイチローや中田英寿とそっくりです。イチローは最近では愚問であることを隠そうともせずに、まともに答えず茶化した答えをしたりしていますが、並みの記者では歯が立たないのでしょうね。ときに彼らが芸能ネタ的にバッシングされるゆえんです。 神尾さんにとってもこうした質問に対して辛抱して答えるというのは、もっとも苦手の部類だったでしょう。もう少し時を経て、他人に遠慮会釈しなくなったときこそ、彼女の真価が表れてきそうです。マスコミに愛想を振りまきすぎて(気を遣いすぎて)、自からのパフォーマンスをダメにしたというケースは、スポーツのアスリートに限らず芸術方面でもよくあるのです。 それでも彼女の性格の強さは、フィジカルな音楽の強さそのままに、インタビューにもよく現われているので、「ヴァイオリンをやるのは、すごいと思ったことが、ヴァイオリンなら自分でそれを再現できるから。」とか、「批評は関係ない、私は私なので。」「四十になっても先生がついててくれるわけじゃないので。」「先生(ベロン氏)の怒りが分からないという意味で、(指示とは)違うほうを弾いた。」といった言葉に端的に現われているので、これは子供時代からの「強いのが好き、逆らうのが好き。」といった根生いのものから来ているようです。 受け答えを、まずYes,No,の結論から入るというのは、早くからの海外留学で身に着けたもののごとくですが、基本的なスタンスはもっと以前からのものでしょう。これら性格というか個性を正確に見抜いて、それを矯めずに大きく羽ばたかせた工藤、小栗夫妻ほかの皆さんの指導はたいしたものですね。 彼女の言葉でいくつか印象に残ったのは、音楽に関しては例えば、「客のためでも自分のためでもなく、そこにある音楽を、ボロくなった絵画をリタッチ(補修)するように、再現している感じ。 主役は曲であって、演奏とは作品を再現するもの。」 ヴァイオリンに関しては、「深味のある、甘い音色ということではチェロにはかなわない。(ヴァイオリンの)音色の特色は、もっとムキ出しの生々しい感情表現、美しいだけじゃなく、金属音のような不愉快すれすれの部分にあると思う。」これは今どきの音楽観をよく表現しているので、かつて楽音全盛で夾雑物のない、澄んだ美しい響きだけを、いかにして奏するかが重視された時代とは違い、ヴァイオリンの楽器としての表現力の特質を、よく衝いていると思います。 彼女の演奏を聴いていると、この言葉どおり、まず正確な楽譜の再現という基本的な裏付けがあって、そのうえでこのヴァイオリンの表現力の特性に、とことん迫っていくというようなところがあるのです。 前にも触れましたが、チャイコフスキーのこの協奏曲は、曲芸的な演奏技術が、全体に散りばめられているのですが、彼女の演奏を聴いていると、その音符が一粒一粒たどれる感じで、決して音が不明瞭になるとか、音程が不安定になるということがない。競演した指揮者のJ・ジャッドが言ってましたが、「音楽のページをめくるような感じ。」というのは云いえて妙です。 そのうえでヴァイオリンの大きな特色である、露わな金属的な軋み音、かつて「どんなヴァイオリニストが弾いても、一箇所か二箇所軋む」といって敬遠された音が、不快感すれすれの境界面で絶妙にコントロールされて、実にスリリングな演奏を聴かせる。 このあたり、「100%音楽に入っているわけじゃないので。」という彼女の演奏のスタンスに関係あるようで、「弾きながら、別の耳から音楽が聴こえてくるときが最高。」とは、たんなる熱演とか集中力とは、ちょっと違う立ち位置で、音楽に対しているように思えます。― つづく ―
2007.10.24
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神尾真由子 1. 彼女のことをどの項目で話するか迷っていたのですが、以前に女性ヴァイオリニストのことをここで取り上げたので、その云わば心地良い反証のようなかたちで話すことにしましょうか。 「女性なるもの」の本質を、コンサートホールやアイスリンクで見るヒロインの姿にかこつけて、男はそこに存在=生命のいじらしさを感じてしまう、などと言ったのですが、神尾さんはそうしたメランコリックな印象からははるか対極にあって、私としては少なからず新しい天才をここに見るのです。 先日、神尾さんの2時間ほどの音楽ドキュメントがあって、ゆっくりしゃべる彼女に執拗に迫るインタビューがなかなか面白く、また音楽もチャイコフスキーに圧倒的に偏した構成が、製作者のこだわり丸出しで思わず笑ってしまいました(かつて同じような音楽ドキュメントで、五嶋みどりさんのときもチャイコでした)。彼女の生演奏は残念ながらまだ聞いていないので、ここで書くのはその番組を見た印象です。 神尾さんの語り口は、イチローや中田英寿に似ていて自分の解説は好きじゃない、できれば音楽だけを聴いてくれ(プレーだけを見てくれ)という態度がありありとしていて、今どきの口や顔が先走ったVisual系の売れっ子たちを吹き飛ばしてしまう強さがあり、私はこういうタイプの天才たちが好きなのです。彼女もまたイチローや荒川静香さんと同じく、ヴァイオリンを奏することについて、すでにして不可能なことは無いようにみえます。 したがって、やはりイチローや中田と同じくマスコミに(一般大衆に)理解されないという点で、バッシングに会いそうな危険がありますが、これまたおそらく彼女は気にしないでしょう。「日本にいると気を使うから疲れる」というのは、自分を誤解されるべき情報が蔓延している日本にいるより、スイスのほうが大好きな音楽によほど専念しやすいと言っているのです。 彼女の口重な数少ない言葉は、いつもズバリとそっけないほどですが、語る中味は彼女の音楽と同様極めて明晰です。ときに「ほんまに21歳かいな」と思わせるところもあるのですが、おそらく数多くの師匠さんの教えも入っているとはいえ、それらから自分が本当に納得できたことだけを慎重に語ろうとするから、ゆっくりになるのでしょう。 それに比べて、彼女の演奏 ―― 月並みですが羽が生えたごとく伸びやかで、しかも音色に讃岐うどんのような(失礼!)腰の強さがある、たんに美しい響きなのではなくて、強い音色で明晰なフレージングを聴かせるので、まさしく音楽が立ち昇る感じ。女性的な繊細さとは違った堅牢な構造を感じさせるので、全体としての印象はチャイコフスキーなど、まことに堂々とした居住まいになります。 ところで、このチャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルト、私がドヴォルザークの「新世界」とともにもっとも初期に買ったLPの一つで、例のD・オイストラッフ、E・オーマンディ、フィラデルフィア管弦楽団のセットでした。一時病みつきになって、それこそ擦り切れるまで聞き返したものですが、前にも呟いたようにその後ブルックナーだの、マーラーだのに傾斜するようになって、長らく敬遠していた曲のひとつです。 それにしても子供のころ最初に聴いたLPというのは、抽象的な音楽というよりは具体的なレコードに刻印された響きやプツノイズの記憶が鮮明で、チャイコを聴けば自ずからこのジャケットの写真と、裏の解説文もありありとよみがえってきます。 話はちょっと神尾さんから離れてしまいますが、当時(1960年代)30センチLPのジャケットには豪華見開き盤というのがあって、中には全曲スコア付きなどという超豪華ジャケットもある。ケルテッシュ、ウィーンフィルの「新世界」はそのはしりみたいなLPで、私は新世界の主旋律をそのスコアのなかに赤鉛筆でなぞっていったものです(今でもあります)。 チャイコのはそれに比べて箱だけのそっけないものでしたが、裏に記された曲の解説だけはよく覚えていて、「チャイコフスキーの協奏曲は美しい旋律があふれていて、逆に曲の流れを滞らせるところがある」だの「技巧的にもきわめて難曲なので、どんなヴァイオリニストが弾いても一箇所や二箇所、音程が乱れたり軋み音を発するのが普通だが、オイストラッフにはその懸念がまったくない」といった文章を思い出します。 このあたり、神尾さんの今回のインタビューを聞いているうちに、思い当たったのでした。― つづく ―
2007.10.22
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Kong !! 「美女と野獣」とは、フランスの異類婚姻譚の民話で、映画ではジャン・コクトーの「美女と野獣(La Belle et la Bête)」(1946)が、アニメではディズニーの「美女と野獣(Beauty and the Beast)」(1991)がよく知られています。 世界の民話や説話の多くが、その起源に悲劇や残酷物語を負っているのは、グリム童話を引くまでもなくよく知られているのですが、この異類婚姻譚の民話もおそらく元は悲劇であったのではないかと思うのです。J・コクトーの映画では、ラストに王子様に戻った野獣は美女とともに昇天していくのですが、よく考えてみればこれはハッピーエンドではなく、二人の死なのですね(コクトーの二面性については、また改めます)。 コクトーより10年以上前のKongでは、もちろん野獣が王子様に変身することはなく、獣性を保持したままエンパイアステートビルから墜落していくのですが、大事なことは元祖「キング・コング」(1933)では、美女は最初の絶叫から最後の絶叫まで、ついにKongの獣性に同情することはなかったということで、映画の中の人間たちがことごとくその獣性が示す自然性に反発するぶん、それを観ている私たちはKongに感情移入できるという仕掛けになっているのです。 これはどうやら、同時期にさかんに作られたターザンもののような、自然回帰の指向性に乗っかっていったようなところがあるのですが、戦後リメイクされた二つの「キング・コング」(1976、2005)は、ちょっとそのテーマをはきちがえているところがあって、Kongを環境破壊の犠牲者ないし化身と捕らえてしまったのでした。当然そのテーマを表現するのにKongに同情する人間たちが出てくるわけで、J・ラングやN・ワッツのような美女との交感が大事なシーンになってくるのですが、こうなるともともとのKongの獣性が失われて、何だか動物園の腑抜けのパンダのような感じで全然面白くない(感情移入できない)。 2005年のP・ジャクソン監督は、さすがにKongの蛮性を復権させようと、曲芸師のような立ち回りを主人公に演じさせますが、残念ながらむなしい空振りを繰り返す腰抜けのホームランバッターを観るようで、ちっとも面白くない。このあたりP・ジャクソンの想像力にはちょっと幻滅したところがあります。 1933年といえばA・ヒトラーがドイツの首相に就任し、F・ルーズベルトが第32代大統領になった年で(E・シュレーディンガーがノーベル物理学賞を受賞した年でもあります)、1929年以来の大恐慌もようやく峠を越した時期ですが、同時に楽天的な近代工業の発展史観が、一般にも疑問をもたれだした時代でもあったようです。しかしそれでも自然性がもっている無秩序の振るまいというのは、ニューヨークに象徴される脳化社会では絶対に許されないという通念には、まったく疑義をもたれていないわけで、都市=人間界には管理され飼いならされなければ、入ることが許されないのでした。 このあたり当時の製作者がどれほど意識していたのかは分かりませんが、家畜(あるいはペット)として飼いならされるのを拒否して、蛮性を爆発する、破壊を止めないKongというのは、観客にはいずれ殺られるに決まっているのに、不可能性に向かうことを止めない自然性として、ありありと感得できるわけで、それを推進する力とは何なのか考えてしまいます。 というわけで、一方的に美女に目覚めた野獣の悲哀が、最後のエンパイアステートビルのシーンには色濃く出ているので、これだけ守っているのに絶叫を止めない美女を見つめるKongの表情は、じつは王子様ではなく体育会系の英雄の顔なのでした。意識していたかどうかは別として、元祖「キング・コング」の製作者たちはたいした映画を作ったものだと思いますよ。 Kongの栄光とは、追い求めても追い求めてもついに手にすることのできない「女性なるもの」への、狂気=自然性の爆発にあるのであり、元祖「キング・コング」だけが、それを端的に表現していたのでした。 ― Kong おわり ―
2007.10.19
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Kong! どうでも好いことでも、どうしても黙ってられないことというのが、世の中にはときどきあるようで、たとえば世間的に話題になった映画でも、どうしても気に入らない、認められないということはあるのです。CG画像が氾濫して、いまや画像化できない映像というのはないとばかりに、仮想映像の乱用がされていますが、私にとっては眼が疲れるばかりで何の感興も沸いてこない、その代表が「ハリー・ポッター」シリーズや「スター・ウォーズ」の近作3シリーズです。 これらは欧米ではむしろ3D映像で楽しむアトラクションととらえられているようで(日本のシネコンでは3D画像を楽しむ映画館というのは少ない)、遊園地的アトラクションにストーリーだの人物だのを云々しても、しょせんナンセンスな話かもしれません。 ところで、私は1933年版の元祖「キング・コング」の大ファンで、もちろん白黒テレビの子供時代に観たのですが、そのほかのSFだの怪獣だのの映画やテレビが子供心にも、当時の特撮画像を観るたび、大いに欲求不満が残っていたにもかかわらず、元祖「キング・コング」だけは観ている最中も、観終ってからも興奮しっぱなしで、一週間ほど頭がボーッと霞んでいたことを思い出します。 子供というのは単純にできていて、動きのあるものには大いに関心が向くが、動きが少なくてしゃべりだけのシーンというのは退屈極まりない。例の「ローハイド」でも野外の牛追いシーンは、同じ画像の繰り返しでも飽きることなく、いつまでも眺めているのに、カウボーイ同士のしゃべりになると、とたんにつまらなくなる。これは会話や人物の表情でストーリーを楽しむというのが、子供の頭ではまだできていない証拠で、動物の脳髄というのはまず視覚その他の感覚野が発達し、言語野はいちばん最後になるみたいです。遊園地が子供向けなのは、アトラクションが最初からストーリーは云わば付け足しで、アクションが中心だからです。 それにしてもキング・コング!、子供心にもすごいと思わせたのは、もちろん特撮や怪獣の出来が、動物図鑑で見た恐竜の想像図に一番近かったからで(子供はこういうところにうるさいのです)、おなじみのステゴサウルスだのプテラノドンだのティラノサウルスが、顔をそろえて次々に主人公を襲う。キング・コングは生贄の美女を横取りされまいと獅子奮迅の大活躍をするのですが、つれなくも美女は人間界に逃げ帰ってしまう。 物狂いしたキング・コングは、生贄を追いかけてついに禁断の人間界に踏み込んでしまう。あえなく生け捕りにされたキング・コングは見世物としてニューヨークに連れて行かれて…という筋書きは皆さんもご存知の通り。 その後の特撮怪獣映画の定番を形作り、同工異曲の作品は世界中で作られた(今でも)のですが、残念ながらこの70年以上前の映画を超える怪獣映画は出ていないと私は思います。人間の想像力というのは、たかだか70年ではたいして変化しようがないので、キング・コングにかぎらず、例えば無声映画時代の「ベン・ハー」、あの有名な戦車シーンはワイラーのシネラマでもって元祖だと思っていたのが、とんでもない、この無声映画の戦車シーンはもっと迫力があるのです。 第二次大戦後、動物愛護や人権という道徳観が、表現意欲にタガをはめたか一種の抑制があるのに対し、元祖「ベン・ハー」では馬も戦車も人間も、みんな束になってひっくり返り、折り重なって競争を繰り広げるのです。しかもこれらは間違いなく実写で撮ったはずで、映画黎明期の想像力の前には道徳的抑制など、薬にもしないという雰囲気が横溢しているのです。 同じことがキング・コングにもあるようで、この映画がたんなる元祖怪獣映画ではなく、多面的な見方を許したのは、究極の「美女と野獣」のテーマを保持しているからでありました。それにしても元祖の名に恥じず絶叫美女のフェイ・レイ、ハリウッド形絶叫の典型として私の耳朶に永く残ったものでした。― つづく ―
2007.10.17
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ところで、Fundamentalisumとは根本主義とか原理主義とか訳されて、もともとキリスト教の教義を厳密に実践していく一派に与えられた名称なのですが、今ではむしろアラブのイスラム教原理主義のような急進主義を指すことが多い。しかし原理主義が急進派とは必ずしも限らないわけで、たとえばユタ州のモルモン教徒などは、きわめて厳格な教義に基いた生活習慣を守りながらも、政治社会行動についてはゆるやかなバリアを張って、外部に対してはいたって穏健です。 イスラム教原理主義についても、たぶん事態はいっしょで、原理主義=過激派のレッテルは安易に貼り付けないほうが好い。イスラム世界も他と同様に多様性のなかにあって、とてもじゃないがひとくくりにして理解することなど不可能でしょう。 先日とある京都のJRの駅構内で、二人のイスラム教徒と思しき人たちが、通路のちょっとした隙間に敷物を敷いて、祈祷を繰り返しているのに遭遇しましたが、駅員もその一種厳粛な雰囲気に気負されてか、黙って見守るしかないのでした。イスラム教徒にとって一日3回でしたか、決められた時間ごとのメッカに向かっての祈祷というのは、何をさておいても最も大事な日常行事で、かつて日本人が祠の前を通れば必ず手を合わせた以上に自然な振る舞いなのでしょう。 とはいえ、京都の田舎の駅中でも、こうした風景が日常的に見られるというのは、今後ますます増えていくと予想されるので、私たちは異世界との付き合いに慣れていかなくてはならないのです。こうした話をするとすぐ日本人の田舎根性とか、国際感覚の欠如とか、差別意識とかという、したり顔の有識者のコメントが飛び出してくるのですが、私はむしろそうした異世界の感触を正確に受け止める姿勢が大事だと思うのです。 というのも、異世界ないし異物の感覚というのは、日本人に限らず人間という動物種が、この世界に蔓延していくための強力な動因だったかもしれないからで、前にもちょっと呟いたことがあるのですが、数種類はいたと思われるホモ・サピエンスのうち現存するのが、わが現生人類種だけで、ネアンデルタール人などははるか昔に絶滅したのでした。当時の文明力というか道具を持ってしては、他人種を戦いによって絶滅させることは不可能で、彼らはおそらく我々とは関係のない(人智の及ばない)、自然の作用によって滅んだのでしょう。 この現生人類と絶滅した人類を分つものが、いったい何物であったのか、そこにたとえば宗教とか異物感覚といったものが浮かんできます。現生人類だけがこの感覚を強力に有したDNAを保持して生存優位に立ったのではないか、というのが私の結論です。 他者に対する異物感覚というのは、人に限らず生物種通有のものですが、人間だけは脳内で観念的に肥大化した種族観念でもって、ときに他の生物種全体の絶滅を図って憚るところがありません。この肥大化した観念を大きく束ねているのが、宗教ではないかと疑ったのはK・マルクスでありました。基本的には各宗教は他者と自己を峻別する生存本能を前提にして成り立っており、逆に同じ宗教集団の生存維持においては、個の犠牲を厭わないのが大きな特性です。 これは日本人には関係がないと思われるかもしれませんが、宗教の概念を文書に書かれたドグマではなく日常生活の振る舞いをも規定しているものとすれば、かつて会社人間が仕事のためには家庭を顧みず、ときに会社のためには社会的道徳を簡単に捨て去って、自己犠牲をも厭わなかったというのは、それが一種の宗教集団(Cult)であったことを示しているのです。それが証拠に日本人は会社を離れることを極度に怖れたので、その怖れかたというのは、中世ヨーロッパの破門(人間と見なされない)とほとんど同義であったでしょう。 これは会社組織というのが、社会を束ねる最上部構造をなしていたことを示しているので、そこから排除されるというのは自己の存在の否定に等しいのです。これはほとんど西欧的概念でいうところの会社組織ではなく、宗教集団に近いので、今でも日本の大会社というのは、多かれ少なかれカリスマ的雰囲気と、組織内福祉に大いに気を配っているようです。 私の友人はかつてあるグループ企業に勤めていましたが、幸か不幸かそこまで帰属意識を吸い上げるほどのCultではありませんでした。それでもこのグループ全体のオーナーは多分にカリスマ的雰囲気を持った人で、彼もときに無反省に自己犠牲を厭わない仕事を行っていました。それができてしまうというのは、たんに野心とか対価とかいったレベルではなく、そこに価値を見出したからでしょう。そこに最上位の価値を置いているからこそ、身を削っても社会通念を逸脱しても何とも思わないどころか、むしろ慰謝を感じてしまうという仕儀になるのです。 彼の場合は、そのあげくほとんど死ねというに等しいMissionを受けたらしいのですが、そのとき初めて、かろうじて「こんなことに命を取られてもつまらない」と思ったそうです。こんなことにというのは、こんな会社にという意味です。―― 私の死に目を看取ってくれるのは、明らかに家族であって会社ではない、会社組織はもちろんそんなところにまでかかわる義務はないわけで、それでも自己犠牲を続けるというのは「つまらない」。 結局それは自己満足であって誰も(会社も家族も)そんなことは望んでいないし、そんなことまで誰も要求もしていないし、そんなことをしても誰もそれに対価を認める気など全然ない、ということに気づいた ―― というのです。 しかしそれにしても、こういうことに気づくのに、こんなに手間暇かけなくてはいけないというのは、たぶん西欧的概念でいうところの会社組織ではありえないので、何度もいいますが、日本では敗戦後、会社組織が多かれ少なかれ社会組織の最上部構造をなしていて、何をさておいても行動倫理の最優先事項となっていたのでした、あたかもJRの駅中で敷物を敷いて祈祷するイスラム教徒のように。 というわけで、私は日本人が宗教に無関心だとか、特殊だとか簡単に規定するのには、大いに?を呈するたちで、自身の日常の振る舞い(行動基準)がどこから発しているのかということを、ときに客観的に振り返ってみれば、他者(他宗教、他民族)から見れば、それがいかに異物として映っているかに気づくのです。 もし日本人の行動基準に特殊性が認められるとすれば、それは他民族のように明確な宗教という概念を意識していないということに尽きるので、これは前にも触れましたが、日本が現在では世界でほとんど唯一の多神教の文明国?であるからでしょう。そして日本が多神教で居続けられたのは、長く世界の端っこで島国として存在し得たからで、こうした状況というのは、交通手段が限られていた古代社会以外では特異的であって、その部分においてのみ日本人は特殊であったと見るべきでしょう。 歴史地理的要因で、その行動様式や思考形式がいくら特殊といっても、その根底には現生人類であるヒト族に通底する異物感、振舞いかたが存在するので、それこそが私のいうヒト族だけに刻印された宗教的振る舞い様式のDNAだと思うのです。これはさぞかし他の生物種にとっては脅威のDNAであって、その振る舞いはすべての生物種を滅ぼすまで止むことはないほどの強い生存本能を宿しているものであるでしょう。― つづく ―
2007.10.12
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「美しい国」と「戦後régime(体制、秩序)からの脱却」という、きわめて原理的な改変を標榜した安部さんが、はなはだ偏頗なかたちであっけなく葬られて、あれよあれよという間にAncien régime(旧体制、旧秩序)の面々が顔をそろえて、国政の落ち着きという名目で、すました顔で政権を握ろうとしています。 小泉、安部と続いたいわば政治的喧騒は、急速に沈静化して、気がついてみると退屈な現実が目の前に横たわっています。いったいこの6年間は何だったのですかね。 どうも小泉政権の5年間と、安倍さんの1年間には大きな隔たりがあったようです。小泉さんは原理的な改変に関しては、注意深く話が難しくならないようにしていたので、一年前にも触れたことがありますが、決して国民に覚悟を強いるような政策は持ち出さなかったのです。「自民党をぶっ壊す」だの「郵政民営化」「抵抗勢力」だの、いずれも国民にとっては高みの見物で、コロセウムの観客よろしく面白がっていればよいのでした。劇場型政治と揶揄されたゆえんです。 しかしローマがコロセウムの喧騒の裏で、崩壊への道を着実に進んでいったのと同様に、規制緩和という名のもとの経済格差は今や社会格差になりつつあり、この社会階層の固定化はおのづから近未来の日本の不安定要素となるでしょう。規制緩和という一見自由競争主義的な経済政策が、なぜ格差社会を生むのか?というのは難しい問題ですが、一言でいえば、すべての経済活動が自由競争の原理で進行すれば、最終的に富は強いところに一方的に偏在化するようにできているからです。 規制緩和=グローバリズムが、世界の潮流ではなくアメリカの戦略であることを忘れてはいけません。経済理論は人間を経済合理性によってのみ行動するという前提(経済人)で組み立てられていて、その理論どおりに人間が行動を貫徹すれば、おのずから勝ち組は一方的に勝ちまくり、負け組は二度と這い上がれないくらいに負け続けるというしくみになっています。 困ったことに規制緩和の中には、労働市場の自由化も含まれていて、今や非正規労働者は一流の大会社といえども経営基盤の根幹をなす事態になってしまいました。さらにその周辺には近隣諸国の低賃金の労働者の大群が控えています。 日本の一番の弱点は、会社が社会秩序のよりどころをなして、一種の擬制コミュニティーを形成していたことで、いったんその秩序が崩れると、それに変わるコミュニティーが存在しないのです。かつては政治や経済の混乱時には、戦前なら村社会が、戦後なら会社が一種の緩衝体を成して、根底的な社会崩壊を防いでいたのですが、今どきの何でもかんでも国や役所に持っていくという風潮を見ていると、何だかそれだけ日本社会の弾力性が失われているように思えてきます。 それはさておき、労働市場の自由化は、一見労働者当人にとって転職や再チャレンジのチャンスが広がったような幻想を抱かせますが、実体的にはこの規制緩和は、チープな労働力をいくらでも他所から(外国も含む)引っ張ってこれるという、一方的に使用者側に都合の良いしくみであることを忘れてはいけません。 というわけで、正規社員と非正規社員の格差は、たんに経済格差というに止まらず、日本では決定的な社会格差となって現れるのです。早い話、会社内労働組合(もしあるとすれば)にとって非正規社員の存在は、ほとんど捨像されているでしょう。擬制コミュニティーの崩壊は、本来新たな社会コミュニティーの形成を促進するはずですが、規制緩和の建前とは裏腹に大会社の労働組合ほど、既存の労働組織を守ろうとするので、これは公務員ならずとも既得権益の甘い汁はおおいに魅力なのです。 何だか、重くて暗い話になってしまいましたね。― つづく ―
2007.10.09
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