全5件 (5件中 1-5件目)
1
本当はね…。尖閣諸島の問題について、色々言いたいんだけど。書けば書いたで、ま~たコメント欄で何言われるか分からないしさ(笑)。それにしても、支那人(というか人間の形の畜生)のあつかましさってなぁ、凄い。あのしぶとさはゴキブリと同じ。…まあ、態度が悪くてモラルがなくて、無駄に数だけ多いってのは、ゴキブリと同じか(笑)。「支那人」という日本にとっての(というか地球の)害虫は、早めに自衛隊を中心に「駆除作業」を行って地球上での個体数を若干調整したほうが…。…って、そんなことを書こうとした訳じゃない!今月は谷啓・小林桂樹と、私が大好きな人の訃報が続いている。そこへもってきて、また訃報。さっきYahooの芸能ニュース欄を見て非常に驚き、とても大きなショックを受けてしまった。以下、毎日新聞の記事から。古今亭志ん五さん61歳(ここんてい・しんご<本名・篠崎進=しのざき・すすむ>落語家、落語協会常任理事)28日、上行結腸がんのため死去。葬儀は未定。喪主は妻好美(よしみ)さん。東京都台東区出身。1966年、古今亭志ん朝最初の弟子として入門。82年に真打ちに昇進し、志ん五。古典落語の名手で、特に「道具屋」など与太郎噺を得意にしていた。「えーっ!?ウソだろ、おい!」と、見出しを見て思わず大声を出してしまったほど、ビックリしてしまった。あんなに、のべつ寄席に出ていたのに…なんで急に。確かに、今年のアタマだったか、腸閉そくになって寄席を急に休んだとかいう話は聞いていた。ここ最近、私があんまり寄席に行っていなかったからかもしれないが、そんなに悪い病気だったとは知らず、てっきり復帰したものだと思っていたのだが…。今さっき、私が日ごろお世話になっている、落語会を主催しているプロデューサーさんと電話で話したところ、もう噺家さんの間では、「年内難しいかも…」という話は出ていたらしい。志ん五師匠といえば、何といっても「与太郎」。あの放送禁止と言っても過言ではない(笑)キャラは凄まじいものがあった。今も「あんぢゃ~~~ああ~あ~~~ん!」の声が、耳に残って離れない。私が見た高座は、圧倒的に「無精床」が多かった。次いで「浮世床」だろうか。例の「姉川の合戦」のくだりは、もう抱腹絶倒で、鈴本や末廣亭で、大笑いした数は数知れず!あとは与太郎が出てくる噺で「道具屋」「錦の袈裟」、「金明竹」ってところをよく聞いた。確か「幇間腹」や「うなぎ屋」も聞いたことあるな…。マクラもお決まりで、それがまた楽しかった。「寄席に来たんだ!」という実感を湧かせてくれた。「我々はこれでも、お話しながらお客様の層を見て話してるんです。子供さんが多ければドラえもんやサザエさんの話、中小企業の社長が多いなと思えばマルクスの資本論の話とか、お年寄りが多いと思やあ、どこそこの火葬場が安いとか…」物凄い贔屓!の噺家さんではなかったが、亡くなるとその人が、ネタが、マクラが、出囃子が、雰囲気が、たまらなく恋しくなるのは何故だろう。もし、今すぐに志ん五師匠を見ることが出来るなら、何が何でも飛んでいこうという気になってしまうのは何故だろう。本当に、落語協会全体の芝居が淋しくなってしまった気がしてならない。志ん五師匠、年寄り向けの話題なんでしょ、火葬場は!61歳で行くのは、いくらなんでも早すぎです。早世されてしまったのは、馬生師匠、志ん朝師匠、後輩の右朝師匠に倣ったのでしょうか?でも、やっぱり、まだあの世に逝っちゃ駄目です!!でも、仕方ないですかね…。そちらで志ん生・馬生・志ん朝親子、そして大名人と楽しく過ごして頂ければ…。心より、ご冥福をお祈り申し上げます。
2010年09月28日
コメント(0)
森繁 「何ィやってるのかねえ、社長を長いこと待たせて 秘書が後から来るなんて」加東 「社長、仕方ありませんよ。社長を見送ってから 自分も行こうと思ったんじゃないですか?」森繁 「それにしても、遅くないか?私ゃ新橋の〆奴と 約束があるんだが…」小林 「…社長!一昨日こちらに到着致しました! 来るのが遅くなりまして、申し訳ありません!」森繁 「やっと来たのか!来るのが遅すぎゃせんか? 最近ちっと、たるんどるっちゅう話だぞ!」三木 「さあさあ、久々に我々一同が顔を揃えたんですから、 新橋あたりの奇麗どころを並べて、ひとつパーッと! ♪お伊勢~参~り~に~、いし~べ~の~茶屋で~」森繁 「わかった!わかった!その話はもういいから、 君は下がっていたまえ。…ったく、こういうことに なると、目の色変えるから、困ったもんだ」(電話のベルが鳴る)小林 「はい、こちら社長室。…どちらさまですか? はあ?新橋の〆奴?」森繁 「電話を変わりたまえ、電話を!…もしもし?」新珠 「ねえ?社長さん。いつ来てくださるの? あたし、会いたくて仕方ないのよ」森繁 「いや~、私もすぐにね、行きたいんだよ、うん」小林 「社長、奥様がお見えになりましたが…」森繁 「いいんだよ、君は余計なこと言わないで! 何だって?奥様…ああ…何!?」久慈 「あなた、今、どなたとお話になっていたんです?」森繁 「いや、うん…そりゃね、仕事の取引相手ですよ。 あーた、バカなこと考えちゃいけませんよ! そういうわけでして、今後とも当社の製品をですね、 ひとつ宜しくお願いします!はい!」(あわてて電話を切る)新珠 「もしもし?もしもし?…もう!ったく酷いわね!」加東 「あっ、奥様どうも。社長、たった今、香港から バイヤーの王宋海さんがいらっしゃいました」森繁 「おお、そうかい。お通しして。あーたはもう 帰りなさい。これから商談だから」(久慈あさみ、しぶしぶ帰る)フランキー 「アーッ!シャチョウサン!ゴブサタシテマス! オウソウカイデス!アナタトワタシ、 ギブアンドテイクジャケン!ソコノヒショ! トットトオチャダス!コレチャイナノジョウシキ アルヨ!」小林 「何だい、あの態度!何がオウソウカイだ!」(小林桂樹、帰宅して食事)小林 「ケッ!こっちに来たとたんに、またこれかよ! 嫌ンなっちゃうなあ、社長秘書は」英 「お前、そういうことを言ってはいけませんよ。 社長さんくらい、お前のことを考えてくださる方は いらっしゃらないんだから。もっと感謝なさい!」小林 「うるさいんだよ、おふくろは!ご飯お代わり! あと、たくあんがないよ、新しいの出してくれよ!」小林桂樹さん。…68年の役者生活、本当にお疲れさまでした。3年前、新文芸坐のトークショーでお目にかかれたことは、私にとって本当に大きく、また大切な財産です。谷啓御大のショックが癒えぬうちに、訃報を聞くことになり、本当に身を切られるほど辛いです。そちらで、また「社長シリーズ」の新作を是非!ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2010年09月18日
コメント(0)
考えてみれば、谷啓御大ほど、テレビ草創期から今日まで「過去の人」にならずに活躍し続けた人も珍しい。クレージーの一員としては勿論のこと、単独出演の番組もテレビ番組の全ジャンルに及んでいるのでは?と思うほど、多岐に渡っていたようなイメージがある。私が谷啓という人を意識した一番最初は、おそらく「なるほど・ザ・ワールド」の回答者だろうと思う。そのときは、この人は俳優さんだろうと、幼い時分にうっすらと思っていた。幼稚園年長くらいだろうか。その後、小1でクレージーの大ファンになったとき、谷啓御大がメンバーだったということを初めて知って、凄く驚いたような覚えが…何となくあるような。今で言うと、伊東四朗御大が「てんぷくトリオ」の一員だったことを知らなくてビックリ、みたいな感じ。それ以降、「クレージーキャッツを追いかけまわす」イコール「『ハナ肇・植木等・谷啓』の3人を追いかけまわす」ということになるのだが、平成に入ってからのメディアへの登場は、谷啓御大が一番多かった。映画「釣りバカ日誌」の課長役や、フジテレビのコント番組「笑う犬~」でのトロンボーン演奏、正月の「かくし芸」での特別出演などなど、思い出したらキリがない。あと、谷啓御大の仕事で絶対に忘れちゃいけないのは、スヌーピーのアニメにおける、チャーリー・ブラウンの吹き替えであろう。現在では、版権の関係なのか、CSなんかでスヌーピーのアニメをやってても、吹き替えが本当の子供の声なので、個人的には違和感がありまくり。谷啓御大の吹き替えがベスト中のベストだったと思う。近年ではNHK教育テレビの「美の壺」で、和服を着て着物や手ぬぐい、ステンドガラスなど、様々なものを穏やかな口調で紹介していたのが忘れられない。穏やかで、シャイで、笑いの中心に滅多に立たなかった御大が、たった一度、中心になって爆笑を攫ったのが「元気が出るテレビ」における「ガチョーン100連発」(だったっけ?)であろう。いろんな「ガチョーン!」を100パターンも(!)やって、その度に周囲が「ハラホロヒレハレ」と崩れ落ちるだけ、という、あの企画は笑い転げた記憶がある。今日、スポーツ新聞で知ったのだが、昨日記者会見したなべおさみ師匠によると、御大は昨年あたりから急速に「記憶の障害」が出てきてしまったらしい。それだから、上記のNHK「美の壺」のナビゲーターや、ナレーションを担当していた番組を降板し、闘病生活に自らの意思で入ったのだろう。おそらく、記憶に障害が出て、なおかつ手足の動きがままならなくなって、最後は階段で転倒…ということは、具体名は書かないが(というか、もの凄く辛いから書きたくない)「あの病気」に冒されていたということなのだろうか。だとしたら、あまりに突然だし、あまりに辛すぎる。もう表舞台に出ることが出来なくても、せめて穏やかに、苦しまずに、最期を迎えるべき人ではないか。苦しんで死ぬべき人間がウジャウジャいるのに(って自分もその中の一人かもしれないが)、よりによって善人の塊みたいな御大が、何故にこんな辛い最期を迎えなくてはいけないのか!今回ばかりは、本当に天を恨む。私は仕事で行けないのだが、今週末から上野・浅草で始まる「したまちコメディ映画祭」のクロージングで「コメディ栄誉賞」を受賞し、御大自身も20日(月)に登壇する予定だったのに…。御大、本当にお疲れさまでした。有難うございました。そちらの世界で、先に逝ったクレージーのメンバーと、いつも通りのバンドコントを思う存分、おやりになってください。私も死んだら、真っ先に観に行くつもりです。心より、ご冥福をお祈り致します。
2010年09月12日
コメント(2)
犬塚弘、桜井センリの両御大には大変申し訳ないが、クレージーキャッツは今日、終焉を迎えたと言って差支えないと思う。青島幸男・植木等・森繁久彌・玉置宏・藤田まこと…。時の流れだから仕方がないが、近年、私が心底憧れて尊敬していた人が、次々とあの世へ逝ってしまう。訃報を聞く度に、言いようのない喪失感と悲しみに襲われ、辛い思いをしてきた。そしてまた、今日、仕事の真っ最中に、一番聞きたくない訃報を聞くことになってしまった。仕事をする気力が急激に失せ(社会人としてチト酷い…)、全身から完全に力が抜けてしまった。第一報は、職場の元先輩で、私の映画仲間の方からのメールだった。それで上記のようになったわけ。前々から、谷啓御大の体調があまり優れず、NHK教育の「美の壺」を降板していたり、「釣りバカファイナル」にちょっと出てきたとき、非常に具合が悪そうだった…とか、様々な話は聞いていたので、てっきり病気で亡くなられたものだとばっかり思っていた。ところが、メールを見た後、インターネットのニュースで訃報記事を読んだら、また大きなショックを受けた。自宅の階段で転倒し、頭と顔を強打。そのまま病院に運ばれたが、手当の甲斐なく亡くなられたとのこと。死因は脳挫傷。つまり、これは病気ではなく家庭内での「事故死」ということだ。それだけ、ご病気で体が弱っておられたということなのだろう。…にしても、なぜ、あれだけ戦後の音楽界・お笑い界にとてつもなく偉大な足跡を残された方の人生の最期が、こんなに辛いものなのか。正直、私は神様を恨んだ。キザな言い方だけど。ハナ肇・植木等・安田伸・石橋エータローといった仲間が呼んだにしても、もう少し穏やかに天国に呼ぶ方法(?)はなかったものなのか!?本当に、亡くなり方を知った時は、我が身を切られるほど辛かった。谷啓御大には、一方的だが、前々から親しみがあった。なぜなら、誕生日が私と同じ2月22日!他人に自分の誕生日を説明するとき、何千回・何万回と「クレージーの谷啓と同じ誕生日です」と、ずっとしつこく言い続けてきたからだ(苦笑)。谷啓御大の思い出は、明日後篇を書かせて頂きます。
2010年09月11日
コメント(0)
このブログを、前からご覧になってらっしゃる方ならご存じだと思うが、かつてNHKのBS2で、月曜日~水曜日の夜に「ビッグショー」の再放送をやっていた。ここのブログで、放送後すぐに感想を書いていたのが懐かしい(笑)。毎週楽しみで、特にベテラン歌手の回は欠かさず録画をしたもんだが、あの「蔵出し劇場」枠が水曜日・木曜日の18時台になってから、どうしても録画を忘れることが多くなった。まだ仕事中だったり、家にいるときは大体ニュースを見てるからってことが大きな原因だが、それとは別に、何となく18時台というのは、歌番組やバラエティーを見るのに「不向き」な時間帯のような気もする。そんなこんなで、忘れることが多く、ましてさほどの強い興味を抱く番組もやってないだろう…と思ってバカにしていたら、大きなしくじりをやらかした(笑)。7月末からの木曜日18時台は、何と「この人ショー」の再放送で、それも取り上げられた人が淡谷先生を筆頭に、由利徹先生、そして柳家小さん師匠!という面々!気がつくのが、あまりに遅すぎた(涙)。まあ、友人や知り合いが録画してくれていたので、幸いにも近いうちに見られることは見られるが…。いや~惜しかった!なんで、もっと公式HPをキチンと確認しなかったんだろう。小さん師匠の次の週、「春日八郎ショー」から録り始め、昨日の「ミヤコ蝶々ショー」も録った。…まあ正直、蝶々先生の回は正直面白くなかったけど…。そして次回がなんと!「辰巳柳太郎・島田正吾ショー」だという!これは思わず期待してしまう!私の懐古趣味話が、ここ数回続いているが、やっぱりノーカットで昔の番組を見られるのは良い!「春日八郎ショー」も、これがもし民放の番組だったらイントロカットのワンコーラス、みたいな状況だったに違いないと思うが、「この人ショー」では、全ての歌がイントロから始まり(当たり前だ)、「お富さん」に至ってはテレビではおそらく唯一のフルコーラス(4番まで)!お馴染みの歌だが、あれは本当に貴重映像だったと思う。これからもドキュメンタリーの再放送とかより、こういう娯楽番組の蔵出しを期待したい。
2010年09月03日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1


