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ついさっきブログを書いてから、まだ3時間しか経ってない(苦笑)!けども、新年を迎えたので、改めてご挨拶。新年あけましておめでとうございます!それにしても、大晦日のテレビはつまらなかった。私は例年通り「年忘れにっぽんの歌」を観ていたが、年々構成も酷くなり、出演層も薄くなっていくような感じがある。ベテラン勢の最後の砦だった、青木光一、大津美子、ペギー葉山の姿もなく、「にっぽんの歌」というよりゃ単なる演歌の特番だった。それでも「紅白」よりは、真剣に歌を聞けたのも事実だが…。それにしても、メイン司会者の司会ぶりの下手さにはホトホト閉口した。徳さんは何で、あんなにリズム感と間が悪いんだろ?昭和歌謡好きのはずなのに。いきなり新年一発目のブログで、後ろ向きというか、愚痴めいたことは書きたくないが(笑)、私が子供のときの「年忘れにっぽんの歌」は良かった!戦前・戦中デビューの大ベテランが皆元気だったし、「演歌」は刺身のツマで、メインは「戦前~戦後の歌」だったし、会場は歌舞伎座だったし、司会は玉置先生とトップ師匠だったし(涙)!というわけで、21時半に「年忘れ」が終わったあとは、昔録画した「年忘れ」を観ていた(笑)。それに比べて、今日から3日間のテレビは見応えあるプログラム…といっても歌謡曲じゃなく落語だが(笑)。というわけで、本年も当ブログをご贔屓の程、何卒宜しくお願い申し上げます。
2010年12月31日
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昨日で、今年の訃報は全部書きつくしたと思ったが、つい先ほど、またまた大きな訃報が飛び込んできた。「森の水車」「銀座カンカン娘」のレコードも出し、数々の名画で名演技を魅せてくれた高峰秀子先生が28日に亡くなっていたという。享年86。アイドル女優の元祖でもあり、昭和55年に女優業を引退、その後はエッセイストとして活躍していた。旦那の松山善三監督より先に逝ってしまうとは…。こんなこと言うのも何だが、現役を退いて30年も経っているわけだから「過去の人」扱いされても致し方ない部分はあるだろうと思う。しかしながら、高峰秀子という女優は正真正銘の「日本映画界を代表する女優」であり、国民栄誉賞に値すべき数少ない女優さんなのだ。格下の某女優がもらって、この人がもらえないというのは、どう考えてもおかしい。これで完全に「日本映画黄金時代」は終焉を迎えたと言っても過言ではない。大晦日に訃報が届いたわけだし、あまりメディアでも大きな扱いをしなさそうで嫌だな…。心からご冥福をお祈り致します。さて、それ以外にもいろいろあった今年のニュース。支那・朝鮮・ロシアになめられるだけなめられた年という印象も強い感じがする。それもこれも、ひとえに売国奴が政権を握っているから悪いのだ。来年、日本が良くなるためには、まず民主党を叩き潰すことから始めなくてはいけないだろう。かといって、今の自民党にもあまり期待は出来ないが…。私の趣味の落語の方だが、今年も様々な落語会に顔を出し、いろいろ楽しませてもらった。落語界の大きな動きとしては、やはり落語協会の新体制。小三治会長は、ある意味「当たり前」みたいな人選だと個人的には思ったが(だって志ん朝師匠がいないしね)、まさか柳亭市馬師匠が副会長に就任するとは、全くもって思わなかった!会長も副会長も「歌を歌ってばっかり」の人だが(爆笑)、いいんだろうか?これで。この間の26日(日)の九段会館「年忘れ市馬落語集」は2年ぶりに手伝いに行ったが、師匠と初めて会ったころの「年忘れ」とは比べ物にならないスケールアップだった。ゲストが談志・志らく・三三、観客として桃太郎師匠も見に来ていて、物凄く盛り上がって良い会だった。…個人的なニュースの1番って、ひょっとしたら26日の楽屋~打ち上げの席かもしれない(笑)。てな訳で、今年もあと2時間弱!本年も当ブログをご覧頂き、誠に有難うございました。来年もご贔屓の程、宜しくお願い申し上げます。
2010年12月31日
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いつもだったら、10項目は書こうと思うのだが、今年は何となく、いいニュースも少なく寂しい感じ。個人的にはこれから書く内容が、今年一年の全て、というような感じがする。各界より訃報相次ぐ何というか、今年は「絶対に死なない」というような印象の人が次々に亡くなったような感じがした。毎年訃報は聞くけれど、今年ほど「ウソだろ!?」と思った訃報が多かった年はなかったような気がする。この選び方自体が、不謹慎極まりないのだが、私が個人的に「ショックが大きかった順」だと以下の通り。1…玉置宏2…池内淳子2…谷啓4…藤田まこと5…古今亭志ん五6…小林桂樹7…池部良8…コロムビア・ライト9…大沢啓二10…野沢那智・1位は、何と言っても玉置先生だろう。 小学4年生から今日まで、私が歌謡曲&落語ファンを やっているのは、この先生の影響以外の何物でもない。 私は憧れるだけ憧れまくり、今では歌謡曲のイントロが 聞こえると、私は条件反射で、どこでも司会をしてしまう ようになった(苦笑)。 それだけ憧れた先生に、柳亭市馬師匠の力添えで お目にかかることができ、私のことを覚えて下さり、 にぎわい座の帰り道で、家元や白山先生と共に 声をかけてもらったことが、今でも忘れられない。 お別れ会では、日本を代表する歌手と噺家が一同に 会し、あの空間はそりゃ凄かった。 余談だが、東京會舘は食べ物が本当においしかった。 玉置先生、本当に有難うございました!・2位は同率で二人。 谷啓御大は、あまり具合が良くないという話(噂)を 聞いてたが、池内先生は元気だとばかり思ってたので 本当にショックだった。 クレージーキャッツは、谷啓御大の逝去で、本当に 終焉を迎えてしまった。悲しくてならない。 そして、小粋なお姐さんであり、日本のお母さんでも あった池内先生の死で、正しい「ホームドラマ」も 終焉を迎えたということなのだろう。・藤田まことという人にも、多大な影響を受けた。 「剣客商売」の秋山小兵衛役は、強さと優しさと グルメ(?)と、或る程度のプライドがミックスされた 素晴らしい演技で、池波作品を一回りも二回りも 深いものにさせてくれたと思う。 そして東海林太郎、ディック・ミネ、フランク永井、 水原弘といった大先輩や友人の名曲を、あの美声で 歌い継いでくださったことにも感謝したい。 今頃、あの世で東海林先生に挨拶でもしてるだろうか。 こんな素晴らしい役者、もう二度と出てこない。・寄席の世界では、本当に大事な戦力を失った。 志ん五師匠の高座は、「無精床」でも「浮世床」でも、 熱演なんだけども軽い調子で、寄席の楽しさを存分に 伝えてくれた。 当たり前のように見ていた師匠が、急にいなくなる 淋しさ。これは本当に辛い。・「東宝マニア」として、9月・10月の大きな訃報は、 本当に身を切られるほど辛かった。 お二人とも歳に不足はないけれども、ずっと元気で 古き良き「邦画全盛時代」を伝えてくれる生き証人!と 思っていたので…。 サラリーマン喜劇の文字通り顔だった小林桂樹御大。 文芸作品から特撮物、任侠路線まで、何でもござれの 2枚目だった池部良御大。 特に池部御大は、あの軽妙洒脱なエッセイがもう二度と 読めないのが悲しい。・東京漫才の最後の大黒柱が倒れたのもショックだった。 時事漫才で一世を風靡した「コロムビア・トップ・ライト」 東京12チャンネルの懐メロ番組の司会でも、毒舌さと 名調子ぶりは見事なものであった。 不仲だろうが、やはり名コンビだったことに変わりはない。 20年ほど前に喉頭ガンで声帯を切除、食道発声で 講演等をされていたようだ。 15年くらい前に、声が出るようになるまでの密着取材を テレビで見たことがあるが、本当に壮絶なものだった。 大沢親分・野沢那智も、まさか亡くなるとは 思わない二人。 お二人の訃報を知ったときも、ドキッとしてうろたえた 自分がいた。 日本の芸能史にかけがえのない足跡を残された 皆さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。 他のニュースは、また明日。
2010年12月30日
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今日の会、本当だったら山中アナウンサーとの対談の後、07年12月18日の「芝浜」をスクリーンで上映する…という会だったが、嬉しい予定変更となった。中入りの後、家元が「芝浜」を生で演ることになったからだ。前半のトークショーは、小三治会長・市馬副会長という体制になった落語協会の話などもあったが、それ以外は何も書けない(笑)。書いたら私は、この世から消される(笑)。それはともかく、中入り後の高座。「落語チャンチャカチャン~権兵衛狸~芝浜」まさかの3本立!「芝浜」以外でも、もっとお客を満足させたいという、家元の心意気を感じ、胸が熱くなった。ただ今日の家元は、喉の調子が本当に辛そうで、時おり酷く咳込んで、見ている方も辛かった。しかし、家元は最後まで見事に演り、そりゃもう凄いものであった。今日の「芝浜」の出来は、07年(あれは先日DVDになったが、神懸かり的な出来!)とはまた違った意味で、端正な「芝浜」だったのではないだろうか。ただ、今日の高座、ひとつ残念なことがあった。1人、非常に態度の悪い(性質も悪い)客がいたのだ。私の席からは、だいぶ遠くに座っていたので、そいつの顔はあまり見えなかったが、派手なシャツ着て、帽子を(ハンチング?)被っていたのだけは分かった。高座が始まって少し経ったあたりから、大きい声で相槌を打ったり、妙な声で笑ったり…。遠く離れた私にまで、その声が聞こえていたんだから、近くの席の人たちは、さぞかしイライラしただろう。おまけに「芝浜」の途中で席を立って、外へ出たのだがチンタラ歩くうえに、多分チェーンだか車のキーだかをチャラチャラ鳴らしながら歩くもんだから、本当に耳障りで、心底頭にきた。よみうりホールの係員に、つまみ出されてしかるべき、というほど酷い態度!家元の、久々の年末の「芝浜」だっただけに、それが本当に残念だった。
2010年12月23日
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柳亭市馬師匠が「落語協会副会長」に就任した記念で、何か落語関係のネタを書こう…と考えていて、さっき急に思い出したことがあった。その出来事から、すでに3年以上経っているのだが、いまだに思い出してもおかしい、腹の底から笑った「ハプニング」が新宿末廣亭であった。活字にすると大したことない話なのだが、今思うと「あの事件」をきっかけに、若干寄席通いの頻度が上がった気がするくらい(笑)、面白かった出来事。せっかくブログ更新の頻度も上がってきたので(笑)、今日はこの話で。http://plaza.rakuten.co.jp/torazou/diary/200804030000/上記のブログの下の方に書いてある、08年4月3日の新宿末廣亭夜席でのこと。トリが花緑、ヒザ前がたい平、その他白鳥、歌之介、一朝、圓丈、権太楼という豪華メンバーだったのに、2階席も開かない普通の入り(7割程度)だった。いつもの下手側の桟敷席の定位置に陣取ろうと思ったら、その場所に60歳代と思しき男女5人がいて、仕方なく桟敷席の後ろの方に座った。ヒザ前でたい平師匠が上がり、時事ネタを振りだしたそのとき!その男女5人が、いきなり立ち上がって帰り支度を堂々と始めたのだ。ガサガサ音を立てながら(笑)。たい平師匠は、それを見てすかさず…「あっ!ちょっと、ちょっと!何で帰っちゃうの!?花緑兄さん、楽屋入りしたのに!」それを無視するがごとく、帰る支度を続ける一行。そしたらたい平師、高座のマイクを掴んで…「業務連絡、業務連絡!花緑兄さん、花緑兄さん!お客5人帰りました、お客5人帰りました!」そしたら、私服姿の花緑師が高座に飛び出してきて、「ちょっと~!何で帰るの!こっちはこれからトリで落語やるのに!」2人でそのグループに向かって、非難の嵐!この時点で、私を含めた他のお客は大爆笑!そしたら、末廣亭の入口の辺りで、そのグループのリーダー格(?)と思われるオヤジがおもむろに口を開いた。「たい平ちゃん、ごめん!俺たち、これから新潟に帰るんだよ。もうバスが出る時間だからさ」おまけに「たい平ちゃんの落語聴きたいからさ、今度新潟に来てよ!」だって。ったく、田舎もんは図々しい(笑)。たい平師「分かりました!え~っ、他のお客さま、これから新潟に帰る、あの皆さんに拍手を!」わーっ!と笑いながら拍手する我々。そしてそのグループは末廣亭の外へ…。そのとたんに…。「ああやって、途中でお帰りになったお客さまは無事に家まで到達できない確率が高いんで…」もう、ホントに笑い転げた。お客だけでなく、従業員の人も、楽屋の芸人さんも、全員がドカーン!と、一体になって笑った。この瞬間、私は「ああ、寄席っていい空間だな」と心から思ったのだ。落語という「作品」を噺家が演ることでで、楽しさを共有することは、どんな空間でも可能だが「その瞬間に起きたこと自体」を笑いで共有するのは、ホールでは難しいと思う。ホールで似たようなことがあったら「単なる事故」になってしまうから。たとえ退屈であっても、寄席は私にとって、どんなマッサージよりも「癒される」空間である。
2010年12月21日
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実はこれ、前々から温めてきた内容だが、ここ最近の「週刊文春」で作家の小林信彦氏が似たようなことを書いていた(涙)。「殆ど同じじゃねえか!」と言われてもしょうがない内容になってしまうが、どうかご理解の程を…。本当は「超○○」なんかも入れたかったのだが、これはあまりに市民権を得過ぎてしまって、ちょっとね…。「悩ましい」みたいに、マスコミが間違った用法を流布させるのも、物凄く腹立たしいが、いわゆる「色っぽい」方の「悩ましい」は、普通の言葉なので、今回は割愛。その1・ヤバい伊東四朗御大もよく言っているが、この言葉の語源は泥棒や香具師の隠語・符牒である。詳しい語源をネットで調べたら、江戸時代からある言葉のようだ。本当に窮地に陥ったときとかに(?)使うんだったらまだしも、いわゆる肯定のときに(食べた物を褒めるとか、カッコいいものを見たときとか)使われるのが心底嫌いだ。「美味しい」なら「美味しい」、「カッコいい」なら「カッコいい」って言えよ!めんどくさがらずに!いつの間にやら、ヤクザな人間の符牒を堅気の人間が当たり前のように使うようになってしまった。何故?その2・何気にこの言葉も大嫌いだ。そもそも「なにげに」と入れて一発変換できちゃうこのパソコンもおかしい(苦笑)。「何気なく」「さりげなく」みたいな意味とは微妙に違うような使い方を周りはしてるが、こんな言葉はそもそも日本語にない!「さりげなく」と言え!「さりげなく」と!その3・ら抜き言葉「見れる」「食べれる」が一番、世間の利用頻度が高そうだが、この言葉も、どうにもこうにも聞いててイライラする。「ら」を抜いたからって、相手に会話の意味が早く伝わる訳でもないんだしさ…。その4・食べ物を見て「カワイイ~!」これを使うのは100%女性だが、これを聞くと何故だか、妙にカチンとくる(苦笑)。動物の赤ちゃんとか、子供に対してなら当たり前の言葉だが、テレビのリポーターが、夕方のニュースのグルメ特集なんかで「これ」を使われると、見ていてムカムカしてしまう。その5・「全然」の後に肯定の意味がつくこれも、聞くと違和感があって嫌な言葉の一つ。「全然おいしい」なんかが、特に駄目…。意味としたら「全然(まずくないよ)おいしい」ってことで、カッコの中を飛ばして話してるということと解釈するようにしているが…。カッコの中をキチンと言ってほしいなあ…と思ってしまう。その6・平坦な発音私が高校生の頃だから…今から15年くらい前から、日本中の若者が、どういうわけか全員「北関東出身」みたいになっちゃった(笑)。「パンツ」「ドラマ」などのカタカナ語もそうだが、「~なんじゃね?」みたいな疑問形の語尾を聞くと、ホントに頭の血管が切れそうになる(苦笑)。でもこれ、確か何年か前に「平坦な発音の出所は?」みたいな調査企画がテレビであった。どこの局の何て番組だったかは、全く記憶にないが、それの調査結果によると、15年以上前にいたという’渋谷の伝説のチーマー’(って言ってたと思う)が茨城だか栃木だかの出身で(!)、その人の言葉を周囲が真似するうちに、こんなになっていった…と言っていた、確か!だから「1億総北関東発音」になったのだ(笑)。「メール」と「クラブ」に関しては、発音の違いで意味まで変わってしまうから、仕方がないから目をつぶるけど…。でもさあ、それ以外はせめて普通の発音にした方がいいんじゃないか?…と思い続けて15年。どいつもこいつも、いい加減綺麗な日本語喋れ!!…というわけで、今日はお馴染み「小言幸兵衛」の一席でございました。お後の支度がよろしいようで(苦笑)。
2010年12月19日
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「年忘れ!落語界噂の真相2010」と題した昨夜の会、高田文夫・昔昔亭桃太郎・春風亭勢朝・三遊亭白鳥という落語界の噂好き・ゴシップ好きが一同に会した(失礼)、本当に素晴らしい落語会であった(笑)。「荒茶」 春風亭勢朝「カラオケ病院」 昔昔亭桃太郎「はじめてのフライト」 三遊亭白鳥中入り「大喜利・座談トーク」前半の落語は、後半コーナーでエネルギーを使うべく…だと思うんだけど、全員軽い感じだった。まあ、この会は「落語はオマケ」だからね(笑)。しかしながら、桃太郎師匠の「カラオケ病院」は、時事ネタに合わせた新しい曲目が多数入り(クレージーの「五万節」が嬉しかった)、爆笑に次ぐ爆笑だった。白鳥師も、今年の頭に作った「はじめてのフライト」がまた出来るようになるというのも、面白い現象だった。さて…後半のトークだが…殆ど内容が書けない!全く書けない!!何書けっていうんだ、ホントにもう(苦笑)!大半の人を悪く言う桃太郎師匠(苦笑)、それに絶妙なタイミングでツッコむ高田先生(笑)。ホント、死にそうになるくらい笑った。凄かった。誰もが考える「今年の落語界重大ニュース」だと思う「立川談志復活」とか、「六代目円楽誕生」とかが低いランキングで、ほかは何だかどうでもいいような話題ばかり(笑)。そんな中…まあ、これは書いても大丈夫かな?第2位に「落語協会・小三治会長誕生」があった。そこで、昨日ここに書いた「新副会長誕生」の話が大々的に発表された。後ろのスクリーンに、でっかく映った市馬師匠の顔!それも、どういうわけか大石内蔵助の格好をしてマイクを持っているという不可解な写真(この間の紀伊国屋のチラシかな?、元は)。「おーっ!」「えーっ?」と、どよめく場内!勢朝師いわく「『小朝の36人抜き真打昇進』どころの騒ぎじゃないほどの大抜擢」とのこと。そりゃそうだ。それも小三治会長の一任で決まったそうな。ただ全員、市馬師匠の今後を非常に心配しており、桃太郎師匠は「これから寄席の楽屋で、どこに座ればいいんだろうね?」と仰っていた(苦笑)。でも、最後の方で勢朝師が「市馬さんを悪く言う人はいませんから、大丈夫ですよ」と言っていたのが、「新副会長」を最も端的に表す言葉だろうと思う。そんな訳で、40分の予定だった(らしい)トークは1時間半も続いたのだった(笑)!終演後、ロビーで桃太郎師匠にバッタリ会ったのでごあいさつ。「いくらなんでも1時間半は長過ぎたよね」なんて、私に仰っていたが、個人的には3時間でも4時間でも聞いていたかった(笑)。来年も期待しております。
2010年12月18日
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今朝の新聞ないしインターネット上でニュースを知って「何だって!?」と驚いた落語ファンは多いはずだ。私だって「えーっ!?」と声を出したくらいなんだから。以下、読売新聞より。落語協会(柳家小三治会長)は16日、東京都内で理事会を開き、副会長に柳亭市馬さん(49)を選出した。市馬さんは五代目柳家小さん門下で、1993年に四代目柳亭市馬を襲名して真打ちに昇進した。「…随分と思いきった世代交代をしたなあ!」という思いが強い。落語協会副会長と聞いて、私がすぐに思い出すのは先代正蔵(彦六)師匠、先代馬生師匠、志ん朝師匠という面々だが、そもそも副会長という役職が出来ること自体久しぶりの筈ではないだろうか?小三治会長は恐らくだけど、あまり率先して行動するタイプではないだろうし、実質落語協会を取りまとめるトップの地位に、市馬師匠が就いたということだろう。やはり「人望」と「人柄」で推されたんだろう。師匠と初めて会ったのは、ダンスパーティーの夜だった…わけではなく(苦笑)、7年ほど前の新宿末廣亭楽屋。あれから7年、市馬師匠を取り巻く環境は大きく変わった。「激変」と言ってもいいくらい変わった。いなかった弟子は4人になり、独演会のチケットはすぐに完売するようになり、立川流との交流も活発になり、歌手デビューも果たし、日本歌手協会に入り、とどめが落語協会副会長就任!師匠自身が、一番ビックリしているに違いない(笑)。おかげで、一緒にカラオケする暇が全く無くなった(笑)。今朝、その新副会長にお祝いメールを送った。喜びよりも不安の方が大きいんだろうな…と思われる返事がすぐに返ってきた。恐らく、これからあちこちの落語ファンがブログとかでとやかく言うと思うが、そんな意見はあまり聞かないで、マイペースで体を壊さずに、自分の思った通りに行けば大丈夫でしょう、たぶん!何はともあれ、おめでとうございます。心より、お祝い申し上げます。いずれ「市馬会長」になる日も近い…のか!?
2010年12月17日
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3週間のご無沙汰でした。年末近くになり、仕事は立て込む、遊ぶのが忙しいとまたここがほったらかしに…失礼致しました。ここ最近の世間および個人の動向を、一言コメントで。その1・ウィキリークス問題代表はジュリアン・アサンジ氏…。アサンジ氏…この名前をを聞いた瞬間、私の頭の中に「二上り鞨鼓」がエンドレスで流れだした(笑)。「柳家アサンジ」とつぶやいた人間が、少なくとも全国に360人はいたと思われる(笑)。我々日本人(特に江戸前人間)は、アサンジ氏の動向より、小三治師の動向の方が大事だ(笑)。その2・酒乱の海老蔵問題この間、音羽屋が真っ当な意見を述べていたのが印象に残っている。今回の問題は、もはや泥沼化しているが、海老蔵が今後復活するために必要な事は2つだけ。死ぬまで酒を断つことと、芸にのみ精進すること。これだけ守れば、大丈夫でしょ。かなり人間性に欠陥があるようだが、これは当面インターネットと週刊誌で、自殺寸前になるほどメチャクチャ書かれるはずから、私はこれ以上はとやかく言わない。もう少し(言葉で)ケチョンケチョンに叩かれた方が、プライドも少なくなるだろうし、当人の今後の為には非常にいいだろう。自殺させちゃ駄目だが。それにしても、あの嘘だらけの記者会見は、いちいち芝居がかってて、ホントに酷かった。良い声でスローに喋るのは、渡部陽一さんだけでいい。その3・昔昔亭桃太郎師匠のブログに…3回連続で私の名前が登場した(笑)。有難いことに変わりはないのだが、実名で書かれると落語会に行ったときに「よっ!また書かれてたね」とか知り合いに言われまくるので、非常に恥ずかしい(笑)。この間なんか「おしゃれ」のカテゴリーで、談志・米丸・高田文夫という面々(!)の次に私の名前。普段、いい加減な格好しかしてないのに…何故?でも、名前を書いて頂けるのは本当に有難い。桃太郎師匠、今度とも宜しくお願い致します。さてさて、明日は池袋・新文芸坐で、その桃太郎師匠と高田文夫先生を中心にした年忘れの暴露トーク大会!今から本当に楽しみだ!
2010年12月16日
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