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この「歌謡祭」は、昼夜2回公演×2日間というのが基本のフォーマットになっている。ところが、毎回同じではなく、各回毎に出演者も曲目も変わるので、4回公演がワンセットみたいになっている。だから、毎年毎年クタクタになるんだよね…観てる方も出てる方も(笑)。さて、27日(水)夜の部の感想を。曽根史郎「上海帰りのリル」作曲家・江口夜詩門下生の兄弟子(?)、津村謙の昭和26年の大ヒット曲。この方も何と80歳だが、見た目も歌い方も、全く変わっていなかった。若干高音が出し辛そうに感じたが、これはこの歌が物凄く歌いにくい歌だからだと思う、たぶん(笑)。弘田三枝子「世界の国からこんにちは」誰でもご存じ、昭和45年の大阪万博のテーマソング。この歌は当時競作だった。一番ヒットしたのは勿論テイチクの三波春夫盤だが、コロムビアで歌ったのは弘田三枝子だった。レコーディングして以来らしい、歌ったこと自体が(笑)。畠山みどり「東京五輪音頭」これまた昭和38年発売の競作盤。一番ヒットしたのは勿論テイチクの三波春夫盤だが(まただよ)、これまたコロムビアで歌ったのは、北島サブちゃんとこの人。私としては、キングの三橋御大バージョンが捨て難いが、畠山バージョンも味がある。柳亭市馬「俵星玄蕃」さあ、問題の人登場(爆笑)。休憩時間に客席にパンフを売りに来て、私の顔を見た途端いきなり「おい!3部買え、3部!」だってよ(苦笑)。そりゃ、確かに今現在、日本で「俵星玄蕃」をまともに歌えるのは市馬師匠くらいしかいないけど…。三波先生の遺族から二つ返事でOK貰って、CDも出してるが…まさか「歌謡祭」に出るとは(笑)。かなり端折られたアレンジで、ちょっと歌い辛そうな部分が目立ったが…まあ、いいでしょ。大体4分半も歌ったんだから(笑)。あとで当人も気付いてたが、バンドが大事なとこを思いっ切り間違えてたし(苦笑)。何はともあれ、お疲れです。多摩幸子「星の流れに」今は亡きお姉さん、菊池章子先生の代表曲を妹さんが熱唱。歌の崩し方や所々の声質が、ホントお姉さんにそっくりで、素晴らしい歌唱だった。青木光一「柿の木坂の家」私は勝手に青木元会長のキャッチフレーズを作った。「歳を取るのを拒否する男」だって、そうとしか言いようがないんだもの!85歳だよ、85歳!!普通だったらステージで歌うどころか、生きてるだけで大変だってのに(笑)、ここ20年ぐらいは、ルックスも声も何一つ変化がない(笑)。素晴らしい!ただ、いい加減「柿の木坂」は聴き飽きた(苦笑)。来年は、是非とも渋めのナンバーをお願いします…。山下敬二郎「ダイアナ」ミッキー・カーティス「テネシー・ワルツ」平尾昌晃「ミヨちゃん」3人全員「監獄ロック」お馴染み、古希を過ぎたロカビリー3人男の揃い踏み。カッコイイなあ!70過ぎても不良というのは(笑)。3人揃って、衰え知らず!山敬は相変わらずガリガリ、ミッキー亭はブルースハープを吹きつつ、渋いノドで観客を魅了。平尾先生は余裕綽綽で、後にドリフでも大ヒットした歌を自作自演。よくよく考えると、こんなに落語関係者の比率の多い歌謡ショーも珍しい。市馬師匠がいて、金語楼先生の息子の山敬がいて、立川流のミッキー亭のお師匠さんがいるんだから(笑)。東山明美「お嫁さん」同名のドラマ主題歌。私はこの歌は梓みちよの歌だと認識していたのだが、東山明美も歌ってたみたい。滅多に歌わない方だから、実に貴重なステージだったと思った。ちなみに、このドラマで旦那さんを演じたのは、TBSの「サンデーモーニング」の司会の方(笑)。水谷豊「カリフォルニア・コネクション」宇崎竜童「サクセス」水谷豊・宇崎竜童「人生ロマン派」今回の4回公演の中で、最も感動したと言いきっても過言ではないのがここ。「相棒」を好きで観ている私としては、目の前で右京…じゃない(笑)、水谷豊が歌っているのを観られただけで、感涙、感涙…。宇崎竜童も見事だった。うちの父親と同い年なのに、何故にああも違うのか(笑)。ただお客さんは年配者が多かった故、こういうノリについていけなかったみたい…(苦笑)。28日(木)昼の部は、また次回ということで。
2010年10月31日
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今週の水曜日・木曜日と2日間に渡り、東京・五反田の「ゆうぽうと」で日本歌手協会の年に一度のイベント、「第37回歌謡祭」が開かれた。私は毎年、招待という形で観に行かせてもらっていて、今年もまた、会社を休んで4ステージ全て観た(笑)。また私の親友が、今年から歌手協会の事務員になって、その仕事ぶりを見学するのと、我らが柳亭市馬師匠がなぜか歌手で出る(!)のを見るというのも、楽しみのひとつだった。3時間半のステージ×4回=合計14時間!!という、とんでもない長丁場で、昭和の歌謡曲を全身でたっぷり堪能してきた。今日から4回にわたって、印象に残った歌手の感想を書いていこうと思う。まずは1回目、27日(水)昼の部から。安藤まり子「花の素顔」昭和24年の映画主題歌。オリジナル盤は藤山先生とのデュエット曲を、御歳81歳の安藤さんが歌った。ピアノ一丁の伴奏で、とても後期高齢者とは思えぬ(笑)堂々たる美声で、本当に唸った。凄かった。白鳥みづえ「親子舟唄」昭和30年の大ヒット曲。オリジナルはバタヤンとのデュエット曲。こういうノリの良い演歌調の歌は、個人的に大好きなので、自然とボルテージが上がる(笑)。声も衰え知らずで、抜群だった。ここにバタヤンがいれば、もっと良かったのに…(涙)。斎藤京子「お花ちゃん」昭和31年、三橋美智也御大とデュエットして、これまた大当たりになった歌。民謡出身の方は、幾つ歳を重ねても声の艶は落ちないというのが、よく解った。初代コロムビア・ローズ「東京のバスガール」昭和32年発売、今でも抜群の知名度を誇る歌謡曲…だと思うけど、さすがに下がってきたのかしら?ここ数回、生で聴いた中では、一番声が出ていたような気がした。三浦洸一「踊子」この先生も、初代ローズさんと同様、ここ数回生で聴いた中では、一番調子が良かったように感じた。ただ、少々脚が悪そうだったのは気になったけど…。ペギー葉山「フランチェスカの鐘」昭和23年、二葉あき子先生の歌をペギー前会長が歌う。基本的にはオリジナル・アレンジで、オリジナル歌手に対してのリスペクトを強く感じ、印象に残った。築地容子「セレソ・ローサ」今回の歌謡祭で、一番お目当てだったのが、この方。実は私が「お元気ならば出てほしい」と上記の友人にリクエストしたら、本当に出てきて下さった!昭和33年大晦日の「第9回紅白」で歌った歌だが、かなりのお歳なのに、顔も声もほぼ昔のままで驚愕!後期高齢者なのに(すごい失礼だな…)。これからもぜひぜひ、お元気でいて頂きたい。芦野宏「チャオチャオ・バンビーナ」上記の築地さん同様、石井好子さん追悼コーナーで、「第9回紅白」で歌った歌を熱唱。この人も、思ったよりお歳の筈だが、殆ど歌い方に衰えがなかったように思う。水前寺清子「大勝負」ここ数年、合田道人氏とコンビで「歌謡祭」の司会を担当しているチータ。久々に生でこの歌を聴いたが、この人の司会術と存在感は、半端ではない。凄い。NHKが「紅白」からこの人を切った(落選させた)のは本当に大間違いだったのだ、と痛感させられた。第1ステージの感想は、この辺で。続きはまた次回。
2010年10月30日
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昨日の夕方、フジテレビのニュースで東京漫才の大御所、コロムビア・ライト師匠の訃報を知った。昨日の朝、自宅のソファに座ったまま亡くなっているのを息子さんが見つけたそうだ。享年83。本当に今年(特に9月以降)は、私の大好きな人が次々天に召されてしまう。天は、私に何か恨みでもあるのだろうか(苦笑)?東京漫才の文字通りトップだった「コロムビアトップ・ライト」の名コンビ。とてつもない不仲のコンビでも有名だったが(苦笑)、現在の爆笑問題のスタイルの原点でもある時事漫才は、断片的にしか聞いたことがないが、今聞いても結構な辛口で、実に素晴らしい漫才だったと思う。しかし、このコンビの功績は漫才だけではない。やっぱ懐メロの司会でしょ、司会(笑)!何度もこのブログで書いてきた、国宝級の価値がある東京12チャンネルの懐メロ番組の映像。今から40年前に放送された番組なのに、現在でも昨日録画したと言っても過言ではない状態で映像が多数残っているのは、本当に素晴らしいことだ。最近は戦前~戦中~戦後の歌の知名度が著しく落ちて、滅多にあの番組の映像を見ることは出来なくなったが、youtubeには結構上がっていて、珍しい歌手の映像や、大歌手の歌でも滅多にテレビで歌わなかった曲やら、検索すると色々出てくる。まあ、今年の夏の特集番組は本当に酷く、私がここでボロクソに感想書いたら、コメント欄が大荒れしたが(苦笑)、今でも私のような熱狂的歌謡曲ファンには、あの番組は「バイブル」のようなものである。あの番組の司会が、トップ・ライトのご両人だった。普段のスタジオでも、大晦日の歌舞伎座でも、変わらぬスタンスと、適度な毒舌と名調子の司会で、観客も歌手も見事にノセて、番組を高視聴率番組に押し上げた功績は本当に大きいと思う。ライト師匠のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。嫌かもしれませんが(苦笑)、あの世でトップ・ライトの名コンビを復活させて、是非ともベテラン歌手の方の司会をして頂ければと思います。子分筋の玉置宏先生もおりますし…。
2010年10月26日
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考えてみれば、谷啓御大が亡くなって以降、私のブログは一昨日以外、全部「追悼文」になっていた。それだけ、9月以降は一時代を築いた有名人が、次々にお亡くなりになったということであるが…。今日は休みの日だったので、朝飯を食べながらボーッと「とくダネ」を見ていた。ちょうど回したら、大沢親分の告別式の模様をやってて、VTR終わりで、司会の小倉氏が「最近、有名な方がずいぶんお亡くなりになりましたが、もう若い世代が報道をしてても、その方々を知らないんですよね」と言っていた。それに対して、芸能リポーターの前田忠明氏が、ちょっと怒気を含んだ言い方で、こう言った。「…勉強しろ!!って言いたいですね、本当に」個人的には、芸能リポーターという仕事は嫌いなのだが、この前田氏の一言には、重みというか、怒りのような強いものを感じた。何年か前にも、同じようなテーマでここに書いた覚えがあるのだが、最近の若い世代(30歳以下)の人間は、あらゆる事に関して、本当に何も知らないと思う。特に芸能に関して、自分が生まれる前に活躍した俳優、女優、歌手など、呆れるぐらい誰も知らない。「それは、ただ単にオメエが懐古趣味で、周囲と同調できない腹いせだろう!?」というツッコミも大いにあるだろうが…100%その通り(笑)。それにしても、場合によってそういう年代の人の名前を出した際に、間髪を入れずに「そんな人知らな~い」と言うことが、どれだけ失礼な事か分かってないと思う。そりゃあ、マニアックな歌手や役者の名前を出すのは、同好の士と飲んだり食ったりしながら…というときにしてるよ、いくら私だって(苦笑)。でも、職場とかで普通に誰でも知ってるだろうと思って、比喩で名前を出したら、「誰なんですか?その人」と真顔で言われたときの落胆といったらない(苦笑)。東海林太郎も、長谷川一夫も、藤山一郎も…だ~れも知らないんだから、話にも何もならない。もし、知らない昔の歌手や役者の名前を何かで聞いたら、「知らない」と片付ける前に、一応ウィキペディアでも何でもいいから(笑)、誰なんだかザッと調べてみる癖をつけてほしい…というのが、「変わり者」の私の切なる願いである(涙)。かといって、知りもしないのに適当に同調されたら、知らないと言うより、もっと腹が立つけど(笑)。
2010年10月15日
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その1・チリ鉱山落盤事故、ついに救出作業開始!♪「おいら~はナァ~、生まれながらの炭坑夫~~身上はつるはし、一本さァ!!」キャーッ!ミッチーッ!!待ってましたっ!!…って、三橋美智也御大は何の関係もない(笑)。33人全員無事!というのも奇跡だし、その上に全員の健康状態も良い、というのだから、本当に凄い。まあ、ちょっとニュースでやりすぎじゃない?って気もするが、ここ最近ずっと嫌なニュースばっかで、色々辟易していたところだったから、こんなに過熱したのかもしれないが。あるいは、何かハプニングが起きやしないかという、悪い根性で追っかけてるマスコミもいるような気がしてならないけども(苦笑)。銅鉱夫の方々(この言い方でいいのかね?)、地下の700mに何カ月も閉じ込められていて、本当に鬱屈した気持ちだったろうと思う。ホントに、お疲れさんでした。近いうちに、映画か何かになんのかね?これ(笑)。その2・佐良直美、27年ぶりまさかの復活!!♪「愛~、あなたと二人~、花~、あなたと二人~恋~、あなたと二人~、夢~、あなたと二人~」犬猫関係の仕事を、軽井沢でやっていたのは知っていたし、芸能の仕事に未練も何もないと思っていたから、この話を最初に聞いたときは、本当にびっくりした。芸能界を追放に追い込んだ梨元さんが死んだから?って憶測も出たが、そうではなくて、11月に出る歌のみで復活、ってなことらしい。個人的な意見だが、「NHK紅白歌合戦」の紅組司会で、一番巧かったのは、佐良直美だと思う。水前寺清子もメチャクチャ上手いが、佐良直美と比べると少しだけ落ちる部分があるような感じがする。昭和49年~52年まで、4年連続で紅組の司会を務めたが、このときの山川静夫アナウンサーとの掛け合いは、今見ても本当に見事な司会ぶり。どうせなら、今年の年末は山川・佐良コンビで「紅白」をやったらいいんじゃなかろうか(笑)?でも、そうなると紅組には、やはり島倉千代子、水前寺清子、都はるみが必要だな…。でも白組に春日八郎・三橋美智也・村田英雄・フランク永井・三波春夫がいない(涙)。やっぱ無理だな、もう「紅白」も駄目なんだから(笑)。
2010年10月13日
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東宝映画の傑作…といっても、私は未見の映画なのだが、昭和40年に公開された、松本清張原作・須川栄三監督の「けものみち」という作品がある。一度見てみたいと思ってはいるのだが、なかなか名画座でかからないので、どんなもんか詳しい批評は出来ない。ちなみに主演は池内淳子で、池部良(珍しく悪役)と小林桂樹(刑事役)が助演しているという…。…今年は、本当に!本当に!!本当に!!!どうかしているとしか思えない!!!!この映画の主要キャスト3人が、こんな短期間に全員この世を去ってしまうなんて…(涙)。92歳だから、年齢に全く不足はない大往生なのだが、本当にショックが大きい。というか、谷啓御大以降、あまりに好きな芸能人の訃報が続き過ぎて、なんかメンタル面でボロボロになってしまっている。池部良さんは活躍期間も長く、また俳優だけでなく、エッセイストとしても大活躍されていた方だから、人それぞれで、印象の残り方が違う役者だと思う。健さんと名コンビだった「昭和残侠伝」を思い出す人も多いだろうし、もっと遡って昭和20年代の「青い山脈」「山のかなたに」「丘は花ざかり」等での万年青年を思い出す人も多いだろう。私個人としては、特撮映画の主演のイメージが強い。「宇宙大戦争」「妖星ゴラス」で科学者役を演じていたが、もともとインテリっぽい印象がある人だから、そういう役が非常にハマっていた印象がある。…まあ、当人はそういう特撮物に対して、どの程度理解をされていたかは判らないが(苦笑)。ご本人をお見かけしたことは何度もあって、麻布十番の商店街にある喫茶店で、3~4回目撃したと思う。年齢の割に、非常に背が高くスマートで、お世辞でも何でもなくて「青い山脈」に出てた頃と大差なかったのは本当にびっくりしたし、凄い!と心底思った。まだ元気だとばかり思っていたので、本当に突然の訃報という感じがして、非常に今日は驚いた。先週は大沢親分の訃報もあったし、本当にいい時代の日本人が、どんどんいなくなってる気がしてならない。大沢親分も、まさかという感じだった。私は日曜日は仕事なので、「サンデーモーニング」をもう何年も見ていない!だから、親分が痩せられたことも、たったの2週間だけお休みして亡くなったことも知らなかった。…余談になるが、私は張本という人が、前々から本当に大嫌いで(笑)。ネットで知った話だが、何でも筋違いな事である選手を批判し、それに対して反論した江川昭子さんを番組から降ろさせたという話を聞いて、ますます嫌いになった。「日本に住まわせて貰ってる分際」で、何を偉そうに抜かしやがんでえ、このバ○チ○ンが!あのコーナーは、親分がいたからこそ成り立ってたコーナーなんだから、テメエもついでに降板しろい!…話が完全にそれたが(苦笑)、もう日曜日が休みでも、あの番組を見ることは、恐らくないだろう。考えてみれば、池部良さんと大沢親分は、立教大学の先輩後輩。同じ時期に天国に旅立ってしまわれた。お二人のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
2010年10月11日
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昨晩、久しぶりに自分のビデオ棚を整理していたら、平成3年の秋に放送された、TBS開局40周年記念特別番組…の後半部分(笑)が出てきた。今でこそ、三国人に魂を売ってしまった感がある(笑)TBSだが、この頃はまだまだ勢いがあったころで、超豪華ゲストを招いて、往年の番組を振り返るというゴージャスな生特番であった(笑)。その中で、当時まだ放送中だった「東芝日曜劇場」の歴史を振り返るコーナーがあった。司会の徳光・古館・三雲の3アナが「女と味噌汁」のセットにいて、そこに山岡久乃を呼んでスタート。ご丁寧にも、登場するとき「女と味噌汁」のテーマがかかるのが、実に心憎い演出(笑)。そのあと、地方に芝居に行っている大空真弓、そして池内淳子をリレーでつなぎ、思い出話を語っていた。…大空さん以外の2人が、もうこの世にいないことが、本当に信じられなかった。「女と味噌汁」シリーズは、昭和55年に終わったので、私はリアルタイムでは知らない。しかし、単発時代の「日曜劇場」はよく見ていたので、幼いころから、池内淳子・山岡久乃・乙羽信子といった、日本を代表する名女優の演技は、しっかりと心の中に刻み込まれている。「凛とした」という言葉が、銀河系一似合っていた…というか、この人のために「凛とした」という言葉が出来たのでは?と思うほど、100%ハマっていたのが、池内淳子さんだった。後年は、洋服姿でも結構ドラマに出ていたが、やっぱし着物姿に尽きる、池内先生は。着物と割烹着姿が本当に様になっていて、江戸前美人の頂点、と言ってもいい鮮やかさだったと思う。あちこちの訃報で「日本のお母さん」と書かれていたが、「お母さん」というより「女将さん」、あるいは小粋な「お姐さん」という印象の方が強い。あの歯切れよく、心地よいテンポの喋りも、正しい日本女性の見本のようで、「徹子の部屋」なんかでのトークが楽しみだった。ついこの間まで「ほんだし」のCMに小栗旬と出てたり、地方で「三婆」の舞台に立っているのを聞いていたから、テレビで訃報を知った時、最初事故かと思ったほど。タバコを喫んでた人なのは知っていたが、まさか肺ガンに冒されていたとは…本当に残念としか言いようがない。日本の演劇界にとって、森繁久彌・小林桂樹と並ぶほど、大きな大きな損失と言って過言ではないだろう。池内さんの冥福を、心よりお祈り申し上げます。
2010年10月06日
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