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水曜日、中3総合の授業を終えた後は僕は授業がありません。なのでこの時間は・・・ お勉強ターイム(自習室の生徒の指導以外の時間)内容は、すいません、秘密。 う~ん、今日はなかなかはかどりましたぁ。
2010.05.26
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とびとびになっておりますが、この記事とこの記事の続き。 自分を把握してそれを伝えようとする力 これって、相反する2つのことを同時に行うことになると思うんですね。 1 自分に目を向けて、その自分を把握する2 確実に伝えるために、自分を取り巻く環境(社会)に目を向ける (もちろん、伝える相手も含む) また、1をよりはっきり把握するためには、2は必要不可欠だと思うんですね。自分は人と比べないと分からないことってあるじゃないですか。(ヤバイ、頭の中がグジャグジャになってきた・・・笑) 例えば、先日、このブログで知り合いになったある先生からお電話を頂いたときの話。先生曰く、授業は、一つの作品だと思っているとおっしゃった。おっしゃる意味はよく分かりましたし、授業というものの僕の捉え方とも、かなりの部分が重なっていると思いました。ただ、僕は授業を先生のように例えたことがない。ならば、僕はどう捉えているんだろう?こんな風に自分に目を向けることになったのです。その答えはまだ出てないんですけどね。 生徒それぞれの感想を読んで差を感じたのはここなんです。自分が感じたことを伝えようとしているのだけれど、自分の中だけで完結していると言いますか・・・。 例えば、人との会話において僕は・・・だと思うんだけど。 何でそう思うの?っていう質問が容易に想像できますよね。 だからね、〇〇で△△なわけよ。 △△って? あぁ、それは、〇□ってことよ。 あぁ、なるほどね。 会話においては相手にとって不明な点は質問によって明らかになります。 当たり前ですが、「伝える」とは、相手がいて初めて成立するもの。ですから、相手を意識しなければ伝えられないし、自分の姿も見えてこない。 生の会話は、実際に相手は目の前にいて質問によって自分に目を向けさせてくれるけど、文章によって感想を表そうとする場合、実際に目の前に相手はいない。だから自分が相手の質問を考慮することでより深く自分に目を向けなければならない。「伝える」ということは、決して独りよがりではできないということですね。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.24
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5-a=4a-10 ↓ ・・・A-a-4a=-10-5 ↓ ・・・B -3a=-15 ↓ ・・・C a=5自習室でこんな計算ミスをしている中2生を発見。Bの-a-4aが-5aになるところを、-3aとしている。僕はこれが単なる計算ミスにはどうしても思えませんでした。っていうか、そう捉えてしまうと、もったいないことをするな!もっと集中しろ!そういう言葉しか出てこなくなる。生徒を指導するとき、精神的、抽象的表現だけでは上手くいかないことの方が多いです。 どうやって計算した? 右辺から左辺に4aを移行して左辺から右辺に5を移行してそれから左辺の-a-4aの計算をミスしました。 この時点で僕はこの計算におけるこの生徒の頭の中を把握しました。 あのな、単純なミスではないよ。間違いが起こり易いような計算をしているからだよ。 ???????? 「左辺に移項して・・・」とか、確かに必要だよ。でも、それが全てになってないか?そうなると機械的というか、作業になっちゃうんだよな。頭を使ってないってことだ。そういう状態でいつも計算をしていると頭が鍛えられてないわけだからそりゃぁ、簡単な計算も間違えることも起こるわけよ。 5-a=4a-10この方程式を解こうと思ったらどういう形にすれば解けるかをはっきり意識する。〇a=△(〇・△はある数)だよな? はい。 じゃぁ、まずはaの項だけ(左辺)、頭で考えたら? -5a 右辺は? -15 もうちょい頭を使ってみるか。両辺が負の数なんだからどうする? あっ! 取っちゃえばいいんだぁ! そう! そうすると、式の流れは、5-a=4a-10 5a=15 a=3 1年生の習い始めは、順を追っていく必要があるけど、ずっとそのままを繰り返していたら結局、機械的になってしまう。それに慣れてしまったら、計算ミスは増えてくる。意識や集中力の問題じゃないんだよ。計算ミスは、起こるべくして起こるもの。 発見してすぐにこの生徒の頭の中を把握できたのは当塾の教育方針である、目先の点数に追われるのではなく、先を見据えた長期的な指導これにより、彼の心の状態や思考パターンを僕が掴んでいたからです。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.23
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今月末、中1生にとっては初めての定期テスト。自習室に勉強しに来ました。勉強する姿も、中学生らしくなってきました。 意識する前はむらがあった字も、 なかなか良い字になってきました。 自分がやるべきことに集中すればそれは仲間への思いやりになる、ということを大切にした自習室の使い方でした。 小学生の頃から、中学生の先輩たちが自習室を利用する姿を見てきたこと、これが活かされているようです。 中1生が帰った後直ぐに中2生がやってきたのですが、(写真を撮ったのですが、上手く撮れていませんでした)あぁ、やっぱり先輩になったんだなぁって、少し風格を感じました。 後輩は先輩の姿から学び、先輩は後輩の存在から自分を奮い立たせる。 つばさ塾で大切にしていきたいことの一つです。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.21
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感じた反応をそのままにしておくことと、それを誰かに伝えようとすること、いや、伝えなくても自分の反応を把握すること。年齢を重ねるにつれ、後者の必要性は増してきます。 生まれたばかりの赤ちゃんは、前者がほとんど。当たり前ですが、そうなるのは言葉を知らないから。だから赤ちゃんの状態がどういう状態なのか、親はそれを知るために苦労する。子どもは歳を重ねるにつれ、言葉を習得し、段々伝えられるようになります。それでも、反応のままである部分も、子どもの言葉によって伝わった部分も、伝えようとしても上手く伝わらなかった部分も、全てひっくるめて我が子丸ごと知りたい。それが親の気持ち。 たとえ成績が上がっても、お母さんが我が子を不安に感じたりするのは、伝えずに反応のままにした、上手く伝えることができない、我が子のそういう部分。しかもお母さんは毎日近くで接しているわけだから、不安は増していきますよね。 子育ての苦労って、子どもの成長に伴った自分を把握しそれを伝える力といつでも我が子を知りたいという親の気持ちから来るものだと思うんです。 生徒たちの「感想」は僕に何を見せたのか?それは文章を読み取る力もそうですが、自分を把握してそれを伝えようとする力でした。生徒をかわいいと思えば思うほど、僕も生徒という人間をもっと知りたくなる。そういう僕の中に常にあった気持ちをより前に出させるものでありました。そして、成長途中である子どもたちに僕たち大人が何をすべきなのか、より深く問いかけてくるものでした。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.20
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先週から、小6作文工房では、投書を取り扱っています。写真で伝わるでしょうか、この奮闘ぶり!いやぁ~、まいった! 素晴らしい!鳥肌が立つような出来事が、この前にありましてその記録を残そうと僕は写真を撮ったのです。それはですね・・・ 投書には、学校では取り扱わない言葉や表現が出てくるので読みが分からない言葉が結構出てくるはずです。読みが分からなければ、手を挙げて。教えてあげるからね。 すると、頻繁に手が挙がるわけです。それは予想していたのですが・・・。 先生わからな~い!僕に全て依存するような、そういう手が多挙がると当然ですが、そのクラスの雰囲気は悪くなります。ところが、今日の小6生クラスでは手が挙がれば挙がるほど、エネルギー溢れる引き締まった空気とでも言いましょうかどんどん雰囲気が良くなっていったんです。それはですね、僕に読みを聞いた後の生徒たちの行動によるもの。水を得た魚のように辞書を引く! この書き込みようですから。 イメージ・ネスト → 作文この授業でも、生徒たちはよく辞書を引きます。作文を書く場合、言葉の要素(僕がそう呼んでいる)である、1 音(読み)2 意味(イメージ)3 文字のうち、1と2が一致した状態で頭に入っているから作文内の言葉として使おうとするわけです。(どちらかが欠けていては、文章では使えない)で、それを辞書で調べて使うわけですが、それは3を確認することによって1と2と3、全てを一致させるということです。こういう流れになります。 1 音(読み) 2 意味(イメージ) ↓ 3 文字 「何度ノートに書いても覚えられない」ということが避けられる効果がありますね。 投書内の言葉を理解しようとする今回の場合、その流れは、 3 文字 ↓1 音(読み) ↓2 意味(イメージ) 3(文字)から2(意味・イメージ)までたどり着くためには1(音・読み)を通らなければなりません。今日、彼ら彼女らのとった行動は、1から2は自分でやること前提で、以後、3から1を自分がやること前提でそのために、1を手を挙げて僕にお願いした。読みが分からない、ただそれだけで手を挙げたのではなく、読みが分かれば、辞書を引いて自分で意味を調べることができる、知りたい言葉を知ることができる、挙がった手は、そういう手だったんです。エネルギー溢れる引き締まった空気の元はこれだったんです。 これが定着すれば、目指すはこの流れ! 1 音(読み) ↓ (ここで辞書を使う)2 意味(イメージ) 3 文字 生活の中で耳から取り入れた音から意味・文字を獲得する。 今まで取り組んできた作文工房がこういう形で表れてきたこと、僕の予想以上に、生徒たちは成長していたということ、それを痛感する授業でした。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.19
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投書要約 → 感想小6生から中3生に取り組んでもらっているのですが、毎回、たくさんの気づきが出てきます。取り組み始める前は、僕は「要約」に頭が占められていたのですが、「感想」から読み取れるものがたくさんあるんですよね。 投書内容に対しては反対の意見を根拠を明確にして主張する人 投書内容に対して、筆者が述べているもの以外の根拠を付け加えて共感する人 ただ単に同感であることを記述する人 いろいろな感想がありました。で、「感想」とは何ぞや、と考えさせられたんです。 何かを見たり、聞いたり、読んだりすれば、それに対して何かしらの反応があります。その反応は、考えると言うよりも、感じるに近いんじゃないかと。その反応を感じたままにしておくか、それを自分の中から外に出そうとするか。 外に出そうとする前の反応は不思議なものでなぜそこを肯定するの?と疑問が起こるようなことでも、疑問にならないと言いますか、気づかないと言いますか、自分の中で引っかかりなく存在してしまう。全ての事象の反応にいちいち疑問を投げかけていたら息苦しくて生活できませんもんね。 じゃぁ、それで良いのかって言うとそうでもない。例えば、ある反応が「悩み」であった場合。本質的な解決に繋がらなくても、 話を人に聞いてもらうだけでスッとすること、ありますよねぇ?反応を自分の中から外に出そうとする、 つまり、話したり書いたりして、自分の反応を人に伝えようとするためにはそれを自分が把握する必要があります。自分でもよく分からないけど、人に伝えようと話している中で段々と自分が見えてくることだってありますよね。 生活の中では、反応を感じたままにしておくことも、人に伝えようとすることも、両方必要なことですよね。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.18
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昨日は、今春に大学を卒業した教え子とがっきー家でパーティー。彼は、ある一次試験に見事合格(たぶん僕では無理!?)したのですがそのお祝い。 今の塾生たちにも同じようにいつも思っていること。つばさ塾を運営していくために色々なことに悩み、色々なことに取り組んでいますが、その原動力はいたってシンプルなんです。 同じ大人として楽しくお酒を呑みた~い! 教え子が我が子をダッコしてくれる・・・う~ん、感無量!!(なんでコタはパンツやねん!) この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.17
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今春の広告チラシは3/18が最終折込でした。あれから2ヶ月が経とうとしているのにここ数日、中1のお問合せ・お申し込みを毎日頂いております。本当に有難いことでございます。まだお席はございますので、つばさ塾に興味のおありの方はどうぞお気軽にご連絡下さい。
2010.05.14
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前回の記事で終わったはずだったんですが、忘れたことが一つありまして、補足。 生徒の「字」に対してのアプローチから僕は色々なことが見えるようになりました。 部活などで塾に来る前から疲れている字、何か悩み事を抱えている字、できない自分にイライラしている字、頭が疲れて集中力が切れ掛かっている字など、日によって微妙に変化する生徒の心や体の状態、そういったものを「字」から何となく読み取れるようになったんです。 アドバイスしたり、僕が心配していることを伝えたり、褒め称えたり、読み取ったものをどう活かすかは、その都度、タイミング等も考慮して判断しています。 黒板を使って、大きな声を出して、身振り手振りなども混ぜて説明する、いわゆる「授業」よりも、「字」を含める生徒の勉強する姿から、生徒それぞれの状態を読み取ろうとする「演習」の方が数倍疲れるようになりました。(充実しているってこと)塾講師駆け出しの頃とは、全く逆になりました。 「字は人を表す」って、その人の人柄とか性格を表すものだって思っていましたが、日々変化する人間の状態も表しちゃうんですよね。 今度、自分の字も分析してみようかな!?(笑) おわり(ホントに・・・苦笑) この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.13
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今春、大学を卒業した卒塾生がお土産を持って来てくれました。お守り。んうまくいくお守り?おぉぉぉぉぉ!馬が九で、うまくいくお守り!こんなお守りがあるなんて知らなかった・・・しかも、つばさ塾らしい気がする。今年は、受験生のお守りはこれにしようかなぁ。
2010.05.13
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つばさ塾は、数学で学んだことを英語へ、社会で学んだことを国語へ、こういう意識を大切しているので一般的な塾と比べると教科の枠組みが薄い塾です。教科の枠組みだけでなく、勉強とスポーツといったものも、一つ一つの枠の中だけで考えるのではなく、相互に影響するものだということも、大切にしています。 ただ、勉強で学んだことをスポーツへ、スポーツで学んだことを勉強へ活かせ!口では何とでも言えるのですが、経験の浅い小・中学生にとっては具体的にどう行動に起せばいいのか、イメージしし難いんですよね。 どうしたら上手く伝えられるんだろう? から始まって、たどり着いたのが、 必ず影響し合ってるはずだから、まずは生徒が塾で勉強する中でこれはスポーツで培ったものだ!そう言える部分を見逃さないようにしよう! こう意識して授業を行うようになったんです。 それで前回の記事の生徒のある能力に気が付いたんです。それは、修正する能力。 彼は小学生の頃から野球をやっていて中学でも野球部。投球やバッティング、フォームが悪ければ思うようなプレイはできません。一度慣れてしまったフォームを変えるのは、結構、大変なことなんです。 僕は中学ではソフトテニス部に所属していたのですが、顧問の先生に、こう言われました。 がっきー、お前はフォームが悪いからサーブが入り難いんだ。お前はしばらく別メニューだな。壁(コンクリート)に背を向けて立ってそこでサーブの素振りをしろ。ちゃんとしたフォームじゃないと肘もラケットも壁に擦ってしまうからな。 それから2週間くらいそれを続けました。最初の2・3日で肘は擦りむけて血だらけ。力入れる部分や、入れ具合、またそのタイミング。どれをとっても慣れないことで、肘は痛いは、疲れるは。でも、日を重ねるにつれ段々楽になってくるんですよね。つまり正しいフォームに慣れてきたってことですね。 このようにスポーツは、こういう経験ができるんですよね。だから、彼も野球を通してこういう経験をしているはずだと思い、前回の記事のやり取りの後、上記の話を付け加えたんです。「納得させること」に重きを置いたのも、納得すれば、野球で培った修正する能力を活かせると考えたからです。 彼の修正していく姿を見て、僕はハッとしました。 僕ら大人は経験の多い分、人間の能力を見抜く力がある。それに比べて子どもは、自分の持っている能力でさえも、気づかずに生活していることが多い。その能力を見抜いて、子どもに伝え、自覚してもらう。それが僕ら大人がやるべきことなんじゃないのかって。 今回の生徒とのやり取りはほんの数分だったのですが、その後の彼の成長にとっては、非常に大きなものでした。授業と言いますか、会話と言いますか、奥が深いです。おわり この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.12
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ある日の生徒とのやり取り う~ん、もうちょっと丁寧にした方が良いなぁ~。何でそうした方が良いと思う? 他の人が読めないから!? う~ん、それもあるよ。でも、俺が伝えたいことはそこじゃないんんだよなぁ~。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ じゃぁねぇ、何のためにノートをとるの? 後で勉強するため。 うん、じゃぁ、読むのに苦労を伴う字を書く人と、読み易い字を書く人、そのノートを使って勉強する確率が高いのはどっち? 読み易い字を書く人。 そりゃそうだよなぁ、読むのに時間を使ってしまうような字、それを読む労力を考えたらやる気が無くなっちゃうもんな。「やる気は自分で起すもの」、確かに俺もそう思うけど、やる気出すぞぉーーー!って念じて出てくるもんじゃない。夢を描くぞぉーーーー!って夢を持てないのと一緒。やる気が出るように夢まで育つようにそのための工夫をすることだと思うんだよね。「字」は、その中の一つだと思わんか? はい、思います。 学年や生徒の状態によって「字」へのアプローチは変えているのですが「納得してもらうこと」に比重を置きました。 その後のこの生徒の書く字はなかなか良いペースで修正されていきました。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.12
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お父さ~ん、コピーしてきてくれた? 娘に塗り絵のコピーを頼まれていたのをすっかり忘れていました。 ごめん、さくちゃん、お父さん、忘れとった。 えぇぇぇーーーーーーーーーっ!! 今からコピーしに行こうか? うん、それなら許してあげるぅ~。 ということで、休日だけど、つばさ塾へ。 直ぐにコピーをすると、ご機嫌で教室内を走り回っていました。僕はちょっと思い出したことがあって講師室で少しお仕事。 何やら教室から楽しそうな声が聞こえてくるので覗いてみると・・・ 娘と息子に妻が算数の授業を行っておりました。ビックリしたのが妻の板書。 黒板にチョーク、簡単そうに見えて思い通りに書くことって、最初は結構難しいんです。筆圧や字の大きさ・バランス、ホント最初は全く思い通りならないんです。駆け出しの頃、早く出勤して板書練習をしなければ、上手く書く自信が僕にはありませんでした。 彼女、家庭教師や塾講師、教育実習の経験は全くないんですよ。何でいきなりそんなに上手に書けるの?妻の能力にちょっと嫉妬してしまうがっきーでした・・・。
2010.05.10
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5/2(日)5/3(月)と、二日にまたがり、3月におじゃまさせて頂いた愛夢舎の佐々木塾長と田中教務部長と過ごさせて頂きました。 今まではお互いの塾の授業見学を通しての勉強会。今回は、お互いが休日である日を利用して思う存分語り合おうというのが目的。 お昼頃に名古屋に到着され、それから車で移動。あまりこちら(中部)の方にいらっしゃった経験がないということだったので今回は、三重県・鳥羽市のここにお連れしました。普通なら2時間半ほどで到着するのですが、なにせGW真っ只中、数箇所で渋滞に・・・3時間半もかかってしまいました。(お二方、ホント、スンマセンでした。) 行きも帰りも、りょーた先生の運転。1 お客様をお乗せする2 運転する車は自分の車ではない(僕の車)3 宿周辺の道は、車の幅ギリギリの細い道で坂3つのプレッシャーの中、本当によく運転してくれました。(りょーた先生、ありがとーーう!) 車の中でも、温泉入ってても(文字通り〔裸の付き合い〕になりました)、部屋で食事をしているときも、もう話が止まらない、止まらない。佐々木塾長は、翌日には声が嗄れてしまうほど(笑) ご懇意にさせて頂いている先生方とお話させて頂くと良いところも悪いところも、自塾がよりはっきりと鮮明に見えてきます。たくさんの気付きとエネルギーを頂きました。これからのつばさ塾にどんどん活かし、より良い塾にしていきたいと思います。 佐々木塾長、田中教務部長、遠い所からお越し頂いた上、更に遠い所にお連れして、大変お疲れになったと思います。(でも、また来てくださいねぇーーーーーー!)回を重ねる度に、僕にとっても、りょーた先生にとっても、より濃いものになっていくこの会合。今後、どのように成長していくのか非常に楽しみですね。感謝、感謝でございます。愛夢舎の皆様にも、どうぞよろしくお伝え下さいませ。またお会いできる日を楽しみにしておりま~す。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.06
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PM21:45、授業終了後、戸締りをして我が家へ。誰に話しても、え? マジで?と、ビックリされたのですが、empty先生には我が家にお泊り頂きました。余計なお金を・・・とか、そんなんじゃなくて、うちに泊まればいいじゃん!?昔からの友人のように、なぜか言えてしまう。もちろん、empty先生にも同じように感じて頂けないとお泊り頂けないわけでして、本当にありがたいと思います。また、妻も同じように感じてくれるんですよね。 ということで、23:00頃から、3人の宴の始まり。あっという間に4時間が経過。プライベートであるとか、仕事のことであるとか、そういう枠が自然と無くなっちゃうトーク!? 朝起きてからは、うちの娘と息子がべったり!(お疲れのところ、ホント、スンマセン)「指折り数えて・・・」とは正にこのこと、先生がいらっしゃる日を2人とも待ち焦がれていたんです。 思い返すと、僕も幼い頃、両親の友人が何人かやってきて遊んでもらったのをよく覚えています。人間関係というものは、幼いからまだよく分からなかったけど、酔っ払って、酒くさいけど、優しいおじちゃんたちだなぁ~。でも、いいなぁ~、こういうの。って、人との繋がりの温かさや強さを感じていたと思うんです。いつか娘と息子が、今の僕と同じようにこの日のことを振り返ってくれればと思います。empty先生に遊んでもらって大はしゃぎな我が子を見て人との繋がりは、親にかかっているってことを改めて感じました。 empty先生、つばさ塾代表としても、がっきー家代表としても、大変、感謝しております。ありがとうございました!!また来てくださいねぇ~。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.06
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この日は、遠方、茨城より、empty先生にお越し頂きました。小6算数(りょーた先生)、小5作文工房(僕)、中2総合(りょーた先生)、中3文系(僕)の4つの授業を見て頂きました。 他塾の先生に授業を見学して頂くことは、もちろん、経営者としても、塾講師としても、大変ためになることです。 子どもたちにとってはそれ以上。行動範囲に制限がありますから、子どもの視野は生活している地域に留まりがちです。そういう子どもたちにとって、他県から塾の先生が見学に来られるということは、視野が広がっていくきっかけに。 僕は塾生たちを誇りに思っています。どうぞ、見てやってください!って。と同時に、自分に誇りを持って欲しいんですよね。 多少の緊張はあったでしょうが、いつも通り授業に取り組む塾生たちに改めて感心させられました。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.06
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・・・であると思いますと、丁寧な口調にするのか、・・・じゃないのかなぁ~と、普段の会話口調にするのか、・・・であると、言い切るのか、そういう選択肢の中から表現を選んだ結果の「・・・だと思います」と、それしか使えないから「・・・だと思います」、これには大きな差があります。 何か行動を起そうとするとき、選択肢が一つではなく、複数あるってことは、タイミングであるとか、場所であるとか、それだけ状況を把握できているってこと。しかも、その中から選ぶわけだから当然、頭は鍛えられる。 作文工房の狙いの一つはこれなんです。イメージ・ネストによって作文のテーマや内容を探っていくこと、それは選択肢を考え、その中から選ぶってこと。 イメージ・ネストによって自分の伝えたいことを探り当てても、それで終わりじゃない。それを見ながら文章にするのならば、伝えたいことを伝えるために今度は読み手のことを考えて表現を探る必要がある。 以前は、その表現の具体例を僕が挙げることで何とかしようとしていました。が、思ったほど成果が上がらなかったんです。で、今はどうしているかって言うと、 伝えたいことをもう一度強く意識してみな。それで、読んだ人をどうさせたいの?笑わせたいの?感動の涙を流させたいの?それとも、納得させたいの?色々あるよねぇ? こう声をかけるようになって、一本調子だった表現がどんどん豊かになっていきました。中には、え? こんな表現も知ってるの?って、僕が驚いてしまうような表現も。文章内で彼らの彼女らの姿がよりはっきり表れるようになりました。 そのとき、僕も解き放たれたような気分になりましたね。 そうだよなぁ、頭の中にちゃんと表現は詰まってるんだ。10年~12年の間、常に日本語が飛び交う日本で生活してきたのだから。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2010.05.01
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