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葛城山を下りて向かったのは謡曲『三輪』の舞台にもなっている、三輪神社。師匠(仕舞)「そこのすぐ近くでね そうめん屋さんをやってるらしいんだ」師匠のお弟子さんの一人が、結構有名なそうめん屋さんをやっておられるとのこと。合宿のついでに寄ってみることに。お弟子さん「ようこそお越しくださいました」お店は、大きな鳥居のすぐ左手にあって日本家屋と庭園が美しい、素敵なたたずまい。お弟子さん「そうめんたくさん用意しましたので 是非いろいろ召し上がってください」ご好意に甘えることになり冷たいの、つけて食べるの、あったかいの3種類を食べる。(↑写真ものっけてみる。これはつけて食べる冷たいの)・・・これがまた絶妙にうまいんですわ。長そうめんっていう長~いそうめんなんですけどのどごしがよくて、するする入る。普段食べてる100均のそうめんとは段違い!!(当たり前だし!)だしもうま~そしてお弟子さんの案内で三輪神社も観光。それにしても、『三輪』の舞台ということは・・・お弟子さん「これが『三輪』に出てくる木の根っこらしいんですけど・・・」囲われた古い木の根の横にお触書のようなひとつの立て札。簡単な『三輪』の説明と由来があり、署名が・・・鴨くん(仮名)「・・・やはりありましたね」犀ちゃん(仮名)「・・・すごいですね」やはりきた、『謡曲史跡保存会!!』お弟子さん「? 何ですか?」鴨くん「いや、実は有名でしてね 謡曲の舞台に行くと必ず、この団体が立て札立ててるんです」よくは知らないけれど史跡に行くと、そのそばにひっそりと、でも必ず立っている看板、BY『謡曲史跡保存会』。2年ほど前に『箙』ツアーに行ったときもあったなぁ。全国くまなくあるんだから驚きです。がんばってるなぁこの人たち・・・。その後、神主さんに「三鳥居」の説明をしていただき色々な行事の説明も受ける。神主さん「当社は酒の神様でもありますから 全国からお酒が集まってくるんです。 年に一度は、そのお酒を皆様にふるまうのです」なんと、全国から集まった樽酒を一日だけ、いろんな種類、試飲できるとのこと。師匠「それは・・・是非行きたいですね」目が本気ですね。神主さん「今年は11月半ばです。是非お越しください」祭りには興味あるけど11月半ばって、舞台の直前では・・・。まぁ、行けたら行きたいものですな。
2007年09月28日
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(→2日目のつづき)そんなわけで合宿も3日目。朝食は雉ちゃん(仮名)「うちでよく作るものなんですが・・・」トマトサラダに加え、ボールの中に並々と入った漬物のようなもの。小さく切ったきゅうりに茄子、醤油にたっぷり漬かっている。・・・そういえば昨日、雉ちゃんがしこんでたな。食べると師匠(仕舞)「! うまい」鴨くん(仮名)「ご飯が進みますね」醤油につかっていて、濃いのかと思いきや全然そうではなく、ご飯によく合う。ちなみにご飯は、昨日のバーベキューで炊いたニンジンご飯。雉ちゃん「醤油に刻んだみょうがを入れて そこに野菜を入れて冷やすだけで出来るから 簡単だし、おいしいんです。 山形の料理で、『だっし』って言うんだそうです」だっし、うまい。うちに帰ったら作ろう。うむ。お腹も満たされたところで、下山前、最後に『葛城』を最初から通す。師匠「面(おもて)をつけてやろう。 締め方教えるから近くに来て」稽古用の面。よくある、女の人の面。みんなが囲んで見つめる中鴨くんが、面を手にとって顔に当てる。師匠「こうやって、紐を後ろで二回からげる。 袴の後ろの締め方と一緒だね。 そしたらほどけない」師匠が手馴れた手つきで、でもしっかりと結び目を作る。師匠「あとは蝶結び。 蝶結びをもう一度からげると、よりほどけない。 鴨くんどう?」鴨くん「はい、全然落ちないです。おお」面の下から少しくぐもった声。師匠「やってみる?」私「やります!」不器用だけど地頭だもの!これくらい結べないと!えーと、まず交差して、からげて・・・師匠「まずここで結んでね」私「はい。・・・お締めいたします」強く。えいや。師匠「そしたらここを保ちつつ、二回目をからげて」えーとえーと。鴨くん「・・・緩んできたんですけど」あわわ。師匠「頭のここで締める。それから蝶結び」ちょ、ちょうむすびができな・・・鴨くん「相当緩んでますよ!」およよよ鴨くん「・・・50点です」不可ですか。・・・こればっかりは稽古しながら、何度も練習するしかないかなぁ。せめて可になるくらいにしないとな。「おひやー」そして最初から合わせ地を謡いながらシテの型を見る。「御身を休め給えや・・・」心なしか、初日よりも雰囲気がずいぶん出てきている気がする。雪山で、女の人になって1人暮らす葛城山の神様。それを現世に現すのはシテの技量と地の技量どちらもあってこそ成り立つもの。シテに比べ、地はまだまだ幼く、未熟だ。あと2ヶ月でどこまでいけるか。地頭である私が地の一人ひとりと向き合わなければ。そしてロッジの管理人さんに挨拶をして荷物を手に、葛城山を下りる。行きと同じロープウェイ。師匠「やっぱりいい眺めだね。ほら鹿くん(仮名)」鹿くん「・・・・・・」そのあとは、葛城山のふもとを観光し師匠のお弟子さんのお店に寄ったりして、帰途についたのでありました。一日一日、本番が近づいてくる。葛城山の眺めとあの月の白さを思い出しながらあと2ヶ月弱、稽古するのだ!(→オマケ。)
2007年09月27日
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(→1日目のつづき)二日目には旅館を離れ葛城山にのぼり、そこのロッジで宿泊する。仲居さん「こっから葛城山の御所駅までは ぐる~っと回らないかんから、結構時間かかりますよ」おかみさん「お昼弁当にして持って行かれたら」宿の人に親切にしていただき、朝食を食べたら、弁当を持ってすぐに出発。師匠(仕舞)「着いたら葛城山登って 上でご飯食べて、また散歩してから稽古しよう」電車に乗って御所駅に着きバスでふもとまで行って、さらにロープウェイに乗る。ロープウェイからは、辺り一帯の街が一望。とはいえ師匠「ほら鹿くん凄いよ」鹿くん(仮名)「・・・」高所恐怖症の人には関係ない話。そしてロープウェイを降り、途中に合った休憩所のようなところで昼食。葛城山は、下界とは10度ぐらい気温差があるらしく風は随分と涼しい。私「あれ、何されてるんですか?」早くにご飯を食べ終わった師匠が、向こうで何か拾っている。師匠「うん、しもとを探してて」『葛城』のシテは、舞台では手に“しもと”(小枝の束)を持っていることになっている。師匠「小道具とかだと作るけど しもとは本当に小枝を使うからね。 どうせなら、ここのしもとを使った方がいいかと」鴨くん「僕も探します」そうして薮に分け入り鴨くん「こんなもんでしょうか」師匠「うん、いいんじゃない。丁度いい」見事、いいサイズのしもとが見つかったようだ。葛城山で育ち、枯れて落ちたこの小枝を本番でも手にするわけだ。師匠「ここの使った人は多分今までいないよ(笑)」鴨くん「そうでしょうね(笑)。大事に持っていきます」そして山頂のロッジにつき荷物を置いて、辺りを散策。亀さん(仮名)「すげー」山頂だけに、眺めは最高。“葛城高原”の名の通り、平たい高原になっていて空と大地とまばらな人影実に単純で美しい景色。・・・師匠の話じゃないけれど葛城山頂で『葛城』の稽古をするなんて人、今までいないだろう。素晴らしい機会だ。これは。十分堪能して、建物に戻って稽古開始。地謡としては謡って待って謡って待って謡って待っての正座の稽古二日目・・・。夕ご飯はバーベキュー。登る前に買った食材を使い安上がりで豪勢な食事。師匠「あーほら、また月が」昨晩に引き続き、また綺麗な月が。今日は割と雲が多いけれどさすが十四夜、ほとんど円い。師匠「あと1回合わせたら また月見に行こう」片付けて、また稽古して気づけばロッジの門限30分前。急いで外に出て行くと犀ちゃん「・・・隠れてますね」いつの間にか雲が厚くなり、月はぼんやり向こう側。待ってれば出るだろう、ということでビールを手に、桟敷のようになったところに座り込んで「かんぱーい」酒を酌み交わす。夜はいっそう冷え冷えとして秋も後半ぐらいを思わせるような夜風。月はまだ出ない。師匠「何か舞おうか」舞台より二周りほど狭いその場所で、何か舞うことに。まずは師匠の『融(とおる)』。月が頻繁に出てくる曲だ。後ろで地謡を謡いながら「たとえば月のある夜は」シテの詞の一節が「星の薄きがごとくなり」妙に腑に落ちたりしてやっぱり、その曲に合う場面で舞ったり謡ったりするのっていいなぁと心から思う。師匠「次どうしよう」一回生「『葛城』見たいです」鴨くん「ええぇ」師匠「そうだね。葛城山にいるんだし。 『月白く、雪白く』っていう場面もあるから」鴨くん「はあ」そして第二弾。月はまだ出ない。「高天の原の岩戸の舞・・・」シテ謡に呼応して地がゆっくりと謡い出す。「高天の原の岩戸の舞」その次の型、ヒキワケで「天の香具山も向かいに見えたり」向かいにあるという香具山を見る。ああ、こういう風に神様は見てるのかなぁと思った次の瞬間。「月白く」月が出てくる部分にかかったそのときそこにいた誰もが息をのんだ。雲隠れの月がゆっくりと顔を出し「雪白く」辺りをくっきりと照らし出して「いずれも白妙の景色なれど・・・」そこを確かに、白銀の世界にした。このときの光景を、後に犀ちゃん「あのときほんとに 鴨さんは葛城の神様に気に入られていると直感しました」と第六感持ちの犀ちゃんや雉ちゃん「『葛城』やること、葛城の神様から応援されてますよ」雉ちゃんは、熱っぽく語っていた。それほど、あまりにもはまりすぎていて今から思えば逆に怖いくらいの光景だった。だって「月白く」と言った瞬間、本当に月が出るのだから偶然にしても身震いがした。でも、その場にいたときの雰囲気はとても優しくまるで何か大きな微笑みに包まれているかのようで怖さも何も感じないまま霊感ゼロの私もふっと浮かんだのだ。ああ葛城の神様に祝福されている。師匠「凄いね鴨くん」亀さん「凄かった」鹿くん「凄かったです」仕舞を終えると同時月も隠れて、再び穏やかな闇夜戻った中でみんな同じような感想を述べる。鴨くん「はぁ、ええと・・・ ここまで照らされると、確かに恥ずかしいですね」『葛城』の最後は葛城の神は、自分の姿を照らし出されるのを恥じて「面なや面はゆや 恥ずかしや浅ましや」と言って、岩戸の内に入ってしまうのである。その心持とのシンクロをしたからか鴨くんも少し興奮気味。月明かりの一舞私はきっと忘れないだろう。そして、見ている人に月と雪を思わせるようなそんな謡を、私はしなくてはならない。だって月が、こんなに素晴らしい光景を見せてくれたのだから。明日には下山だ!頑張るぞ!(→3日目につづく)
2007年09月26日
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「せっかく能『葛城』やるんだし みんなで葛城山に行けたらいいね」どこからともなくそういう声が上がり「いっそ葛城山で合宿できたらいいね」「どうも山頂に宿泊所があるらしいよ」「師匠(仕舞)は9月末あたりがいいそうです」話が進んでその結果。師匠(仕舞)「あの辺葛城山じゃないかな」鴨くん(仮名)「そうですかね。金剛山かもしれませんけど」電車にゆられて向かいますは葛城山のふもと、千早赤坂村。通常合宿とは別に、2泊3日の“能合宿”ということで1泊目は葛城山ふもとで、2泊目は山頂のロッジに泊まるという観光含めた葛城づくしの3日間が実現。毎回なれた合宿所(民宿)以外に行くのは2年前の能合宿・箙合宿以来、久々のこと。どんなところに行くのやら・・・。犀ちゃん(仮名)「ここから終点まで乗れば、徒歩1分だそうです」電車を降りてバスに乗り換え街を抜けて、のどかな田園風景の村へ。着いた旅館は「「「・・・・・・」」」レトロ。あまりにもレトロです。師匠「・・・なんかこう なんとか旅館殺人事件が起きそうだね」そんな予感はいやです。とりあえず入るとたらりら~♪と、音楽が鳴るものの誰も出てこない。鴨くん「もしやもう事件が」ないから!ないから絶対!亀さん(仮名)「すみませーん」仲居さん「遠いところをよくいらっしゃいましたねぇ~」まぁ、無事旅館の人はいて部屋に通されお茶を飲む。部屋はというと亀さん「このテレビ白黒なんだけど」師匠「この冷蔵庫、ビール抜いたらお金取られるやつだ。久々に見た」鹿くん(仮名)「このスピーカー手作りですよね」やはりレトロ。期待を裏切らない。師匠「まずはこの辺散歩して それから稽古始めよう。それでいいかな」ということで、まずは辺りを散策。実った稲穂に彼岸花ゆるやかな坂道を上りつ下りつして歩く。途中、出来かけの藤棚が小高い丘の上に、椅子とともにあって上って見るとすばらしい眺め。鴨くん「いいですね。夜ここから月見たいですね」師匠「来れたら来よう」そうして戻って、稽古を開始。ご飯を食べるような広間に集まる。師匠「名人の『葛城』のテープ手に入れたからまず聞こう。 小鼓の流派同じだからよく聞いてね」じっくりテープを聴き私「じゃあ亀さんと鹿くんで合わせる稽古してください」シテは師匠と型の稽古、それ以外は鸚鵡返しをしご飯を食べたら、合わせる稽古。「おひやー」シテの登場から「岩戸の内にぞ入り給ふ・・・」キリの最後まで「「ありがとうございました」」通して1時間ほど。・・・それだけで犀ちゃん「・・・足が」鹿くん「・・・これに合狂言入るんですよね」しびれる人続出。師匠「本番は1時間20分ほどだから 足組みかえるなりして、退場はゆっくり帰ればいいから」私は割りとしびれないほうだけれども本番はどうなるか分からない。何かテクニックを開発できんかなぁー。むー。仲居さん「お客さん、いい声してはるねぇー」こっそりのぞいておられたのか仲居さんがうきうきとやって来る。仲居さん「あと今玄関出たらね、 ほんまきれーなお月さん出てましたわ。 私はぁーっと思って見てしまいましたわ」ということで夜はお月見。犀ちゃん「月明かりってこんな眩しいんですね」師匠「ここまでくっきり影が出るなんて」よく晴れた夜空にぽっかり浮かぶ、十四夜の月が煌々と辺りを照らす。鴨くん「明日も晴れるといいですね」明日は葛城山山頂へ。そこでもいい月が見られますように。(2日目につづく)
2007年09月25日
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今後の予定はというと24日・・・午前中は卒論の調査、午後は稽古25日~27日・・・『葛城』の舞台、葛城山へみんなで行って能合宿28日・・・午後は師匠(謡)稽古29・30日・・・調査10/1・・・後期始まり・・・やばい頑張らねば!卒論演習(卒論どこまで行ってるか、っていう演習)までになんか調査の結果出さねば!『葛城』の舞台まで2ヶ月きってるし!時間大事にせんと!ほんまに!
2007年09月23日
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今日は朝からパン屋のレジ。店長「五月ちゃんちはケーブルテレビ入るか?」京都のローカルなテレビか。私のアパートは一括で入っているので、一応映る。私「はい、入りますよ。 それが何か・・・」店長「いや実は こないだ取材されてん」!!私「テレビ出たんですか!?」店長「10分ぐらいやけどな、特集で紹介されて インタビュー受けて、うちの奥さんとバイトの子も何人か出たわ」奥さん「私絶っっ対撮ってほしなかったんやけどな、 テレビ局の人が『ちょっとだけ』って言わはるし・・・ 送ってきたビデオ見たら何や、ふてくされて映ってるし もっとにこやかにしてれば良かったわ」すごーい、すごーい雑誌に紹介されたことは何度かあったけどまさかテレビとは・・・!店長「9月末まで毎日やってるらしいわ。 ケーブルやさかいに、どれほど見てはるんか分からんけど」私「でもこれは集客率上がるんじゃないですか? 今までどなたか来られました?」店長「昨日1人、車でわざわざ来られた人はおったわ。 テレビ見ました、ゆうて」すごーい、すごーい~~美味しいパン屋だしこれは是非とも、沢山きてほしいところ!影響あるかなぁ。楽しみだ~~
2007年09月22日
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社長「おう渡理、久しぶり」私「はい、お久しぶりです」週1、2程度で行っている会社。最近は卒論やら能やらで、行くたび「久しぶり」と言われる。社長「お前次はいつ来る?」来るなり次回予定ですか。私「ええと、来週は25から27までサークルの合宿なので 次は10月あたまになりますね」社長「そ~~~か~~~ 寂しいな~」落胆。社長「アキ(仮名)も嫁に行くしほんまに 寂しい限りである」アキさん「ちょっと私ばりばり仕事してますよ~。 それに今度また制作増えるじゃないですか」ん?制作、増えるの?社長「そうであった! あいつが来るんやったな。 出迎えてやらねば」・・・社長が制作室を出て行ってから私「今度どなたか来られるんですか?」アキさん「そうなのです。10月からなんだけど コピーライターにもう一人」おおお!もしや、私の同期・・・フーさん(仮名)「もともとうちでバイトしてた奴や。 今年新卒で東京の番組制作会社入った。 やから五月のひとつ上やな」アキさん「でもうちに戻ってきたいんだって。 社長はその申し出を受けることにして」どうやら東京の気質が合わなかったらしく入社して半年で会社を辞め、再びうちに来ることを決めたらしい。見ると私のパソコンにも会社の社員全員にあてての、その人からのメールが来ていた。『僕は今年の3月、皆さんに送り出してもらって それから東京で、頑張るつもりでいました』多くは語られていないけれど送別会から半年誰に会い、何が彼のもとで起こったのかそれは私には分からないけれど。『でも僕はやっぱり 尊敬する人のもとで働きたい』それはきっと社長であり愉快で素敵な社員さんたちでありそんな人に囲まれて仕事ができることがどんなに素晴らしいか離れて気づいたのかもしれない。『恥を承知でお願いします。 もう一度、働かせてください』新卒で入った会社は有名人がごろごろ行き交う、うちより遥かに超狭き門の会社なのにそこを蹴ってまで戻って来るとは。・・・その行動力も凄いなぁ。アキさん「だからね、机のレイアウト変えなきゃ♪ この辺にもうひとつ席作って・・・」フーさん「でも社長、あいつを営業の部屋に置くって言ってたで」アキさん「ええええー!? コピーライターなのにですかー!?」フーさん「知らんが、そばに置いときたいんやろ」アキさん「ぶーぶー」まあ何にせよコピーライターが増えることは嬉しいこと。作るものは沢山あるし・・・私「・・・そういえば 私の同期は・・・」アキさん「あっ・・・ えーと、まあ 今度最終の説明会するし・・・」次で最終!て、てことは、このままではいよいよ同期ゼロに王手・・・・・・まあそんなこともある!いきなり戻ってくる人もいるくらいだしいきなり同期が増えてもおかしくない!うん!・・・仕事しよ!
2007年09月20日
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私「今日はよろしくお願いします」師匠(仕舞)「ああ、よろしくお願いします。 いやー、出てくれて良かったというか、その・・・」私「はい。出られて良かったです。頑張ります」師匠主催の舞台は、祖母の初七日法要に当たることなく無事、出演することができた。師匠ほっとした顔を見て、来れてよかった、と思う。楽屋には「着付けてさしあげましょう」何度もお世話になっている、師匠のお母様(能楽師)。お母様「あなた何舞われるの?」私「『歌占』を」お母様「そう。それじゃあしっかり着付けないとね。 この袴じゃあ短いから、腰を入れて舞ってくださる?」私「はい」袴は、お母様が用意された綺麗な袴。新しい。お母様「はい。・・・いいわね。似合うわ。 上手く見えます(笑)」私「はあ(苦笑)」ああ、この袴に合うようないい仕舞と謡をせねば。構えもしっかり、腰も入れて。始曲5分前。私「2番目『葛城』連吟だよね」鹿くん「ええ、そうなんですが 亀さん(仮名)がまだ・・・」ま た !亀さん「おはよう」なんでそういつもギリギリにくるんですか!亀さん「大丈夫間に合うって」・・・出番20分前に登場した亀さんや鴨くん「全員そろいましたか」教育実習のため、長期不在だった鴨くんも入れて全員で久しぶりに合わせる、連吟『葛城』があり師匠「次『土蜘』の連吟ね」次から出ずっぱりなので謡ったら、反省とかそんな暇もなく、出番をこなしていく。仕舞は私たち学生が最初。師匠「えーと、地は犀さん(仮名)が最初に入って」4人いる仕舞地のメンバーは師匠が地頭で、もう一人内弟子(※)の方が入ってくださるから舞っても謡っても、相当贅沢な感じ。(※内弟子・・・能楽師のセミプロみたいな人。師匠の同僚の方)師匠「次は」鹿くん「『芦刈キリ』と『歌占キリ』です」『歌占キリ』はお母様「やはり袴短かったかしらね」・・・ちゃんと腰を入れて舞うことが出来ず不完全燃焼。でもお母様「あとあの杓拍子の型あるでしょう。 あれはもうちょっと、斜めに手を飛ばすようにしたほうがいいわね」私「はい」幸いにも、11月の舞台は同じ仕舞をやるからリベンジできるのだ。もっと稽古して、次はもっといいものにしよう。会の最後辺りになるとお母様、内弟子さん、師匠の仕舞が見られた。「年の歩み暇の駒・・・」お母様の舞われた仕舞、『砧』は途中「夢ともせめてなど」地がかかり「思い知らずや」ブレーキをかけたその一瞬の空白に鳥肌が立ち「・・・恨めしや」この何でもない型それがこんなにも、謡い手と舞い手によってこんなにも、変わるのだと改めて思い知ったのだった。・・・あんな風に舞えて謡えたらきっと世界が変わるだろう。師匠「今日は皆さん、ほんとありがとうございましたー」後席。師匠は今回の舞台、ほぼ全曲謡い通しだったのに師匠「まずは今日初舞台だった人からコメントを・・・」ここでも司会兼主役兼奉仕側に回られ、頭が下がる思いだった。私のテーブルには、最近習い始めたという方が何人かおられ「お仕舞もほんと、先生の言う通りにやればいいんでしょうけど 全然体が動かなくて・・・」私「分かります分かります」1回生の頃、出来なくて挫折を感じていたあのときを思い出していた。「やめようと思われたことはないんですか?」私「ありますよ」やめようと思ったことそりゃあもちろん、ある。私「でもやっぱり、出来ないうちが一番苦しくて 出来ないから『もう無理!』ってなるんですけど それを乗り越えると、なんかやめようとか全然思わなくなってました」「そうなのねー。今日の舞台、拝見しましたけど ほんとお上手で」全然です!へたくそです!「どうやったらあんなに声が出るのかなーって。 頑張れば私もいつかは ああいういい声が出せるようになるのかしら?」私「大丈夫ですよ。師匠について行かれたら(笑)」「そうよね(笑)」 昔始めた頃は、わけも分からずただ言われるがままに謡って、舞っていた。基本的な型が出来なくて泣けてきたことも自分に合わない気がしてやめようと思ったこともそりゃあ、山ほどあるけれどでもやっぱり続けられたのは師匠と先輩たち、つまり携わっている先人が実に楽しげにやっていたからだ。「出来なかった昔より、出来るようになった今の方が断然楽しい」「いつまでやっても能は飽きない」そのことばを信じて続けていたらどうやらほんとにそうだった。80歳、90歳になっても続けられてかつやればやるほど楽しくなるなんてそんな素敵なことがあったとは。でもやっぱりそうでないと何百年も続いてこないだろう。犀ちゃん「今日何人か 昔ちょっとやってて、暇になってからまた始めたって方がおられましたけど」私「うん」犀ちゃん「何十年もブランクあっても、ちょっとやってあれだけ上手くなるなら 今やってることは無駄にならないっていうか またいつでも始められるんだな、って思います」ほんとにそうだ。仕事を始めて忙しくなってたとえブランクができたとしてもまたいつでも戻ってこられる。能の懐は深いから。また先人の方に教えられた。師匠「いやー、今日はほんとにありがとう ありがとうありがとう」2次会・3次会と随分飲んだ師匠はハイテンションでこっちも嬉しくなりながら夜更けに4次会のBOXへと向かったのでありました。さていよいよ次の舞台は11月!それに向けて来週『葛城合宿』が2泊3日!おつかれさまでございましたまた頑張っていきまする!
2007年09月17日
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17日(月)は舞台なのでそうごろごろしているわけにもいかず今日中に京都に戻ることに。・・・でもその前に。「あら五月さん、お久しぶり」丁度母校の文化祭だったのでこっそりのぞきに行くことに。・・・でも受付で担任の先生に出くわし、「こっそり」はあっさり消える。先生「今大学休みか。 こっちに来てたんだ」私「ええまぁ、そうなんです」他愛もない話をしてそれを見ていた生徒が、ピンときたようで生徒A「・・・もしかして教育実習の先生ですか?」私「ええまぁ、そうです」生徒A「やっぱり! 先生、先生の古典分かりやすかったです!」生徒B「うん、凄いうまいなぁーって見てた」・・・嬉しくて照れる(笑)。文化祭は全くもって、私のときと変わらない雰囲気でまとまりのないままでまとまっているような雑多ににぎやかな感じ。驚いたのは「あ、先生!」廊下をすれ違う生徒の中に「あっ先生、お久しぶりっす」私を覚えててくれた生徒が結構いたことだ。2週間っていう短い期間だし教育実習生の顔なんて、多忙な高校生は忘れていると思ったけどそうでもなかったようだ。・・・「こっそり」なんて元より無理だったのだ。先生「あらぁ五月さんーお久しぶりー」仲の良かった先生と食堂で一緒にご飯を食べて卒論の話とか、今後のこととか逆に高校時代の話とか延々と話をする。先生「なんにせよあんたは良い生徒やったちゃ。 あんたならどこ行っても頑張れるちゃ」・・・受験のつらいときこの先生のことばで、元気づけられたことがあって今またやっぱり励まされて、元気が出る。私「はい。頑張ります」「頑張ろう」ということば大変なときは聞きたくないって人もいるんだろうけど私はやっぱり好きだ。頑張ろう。うん、頑張れる。京都に戻ったら卒論と能とエトセトラまたいつもの日常が来る。学生生活あと半年。頑張るのだ!
2007年09月15日
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当然だけど一日ボーっとしてたらボーっと一日は過ぎていく。ごろごろしてしまう。何をしても抜け落ちていくから。これがきっと「喪失」なんだろう。今まで満たされていたものが不意になくなって栓が抜けたお風呂のお湯はたまらないように何をしても抜け落ちていく。だからごろごろしてしまう。ああ小説を書こう と思ったのはそういうわけかもしれない。栓が抜けたお風呂に同じだけのお湯をキープするためには水圧を強めて大量の湯を流し込むように心に抜けた分をキープするため思考が大量にあふれ出してくるのだ。「妻は身を粉にして働きましたが」たとえば不意に喪主である、母方の祖父のことばが浮かぶ。「晩年は、肺を」別に死の「アスベストによって悪くして・・・」原因がわかったところでどうしようもなく怒りをどこにぶつけるわけでもなく蝕まれたものは取り返しがつくものではなくこんな身近に脅威があったんだということをちょっとの驚きと、あとはただボーっと思っただけなのだ。小説を書こうと思ったはいいけれどそんな時間がどこにあるのか。でもまぁボーっとしてる暇があるんだからあるわな。きっと。なんか書きたい。思考がどんどんあふれてくるから思考の受け皿を作って栓をしないとボーっとしてしまう。
2007年09月14日
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葬儀。空は誠に良い天気で「・・・身近な人の死ってねぇ」風が実った稲穂をなで「何か教えてくれるところがあると思うの」ひざしが優しくあたりをくるんでいる。骨を拾って壷におさめみんなで家に帰るとき父方の伯母が独り言のように言った。「命をとして 残された私たちに何かを伝える。 ・・・私は母さんが死んだとき ああ、命は短いんだ、って思った」向こうで母が母の母を抱えている。「だから好きなことをやろうと思ったの。 やりたいことやらなかったら損だ、って。 人生は一度しかないんだから・・・」私が今回教えてもらったことそれは私は、死んではならないということだ。今回母は一番よく泣いただろう。自分の母親だから当たり前だ、でもお悔やみを述べられては棺を見ては母を拾っては泣いている、母を見てああ私は、母を泣かせてはいけないと本当に思ったのだ。子が親の葬儀をするのは子の務めでも親が子の葬儀をしてはならない。させてはいけないのだ。泣き虫の母はきっと泣く。父もきっと泣く。じいちゃんも、伯母さんも、周りの人も・・・死ぬつもりはないんだけれど私は、心の底から死んではいけないとそう、思ったのだ。「渡理」帰りの車の中で、じいちゃんが言う。「この言葉知っとるか」今日のじいちゃんの『格言』だ。「『親思う 心に勝る 親心 今日のおとづれ何と聞くらむ』」死に際した吉田松陰が残した辞世の句。「子供がどんなに親を思っても 親が子を思う心は それに何倍も何倍も勝るもんじゃ。分かるか?」じいちゃんは「・・・はい」やっぱりいいなぁ。祖母が残してくれた思いを胸に私は生きなければ。親よりも、決して先には死なない。それが最低限必要な、親孝行だと思うから。
2007年09月13日
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身近な人の葬儀に出るのはこれで4回目。最初は曾祖母次に伯母父方の祖母そして、母方の祖母。小学生の頃の葬儀と今の葬儀変わらないのは私が遺体に、声をかけられないこと。母「ばあちゃん、渡理やよ」私が見る故人はみな穏やかな顔をしていて本当に眠っているように見える。母「ばあちゃん、綺麗な顔しとる」母が祖母の髪をなでる。小さな母の手その手におさまるくらい、祖母の顔はもっと小さい。母「ばあちゃん・・・」涙がにじむ。でも私は声をかけられない。声をかけられない私は子供なのだろうか故人に生前と同じように話しかけることが難しいと思う私はやはり、子供なのだろうか。目の前にいる、故人はもう故人であって中身はなくて中身はどこかこの、空中に漂っているのだ。私たちが会話をするのは常に中身とであって、外見(そとみ)とではない。だったら中身が精神体となった人に対してはこちらも精神で、話をしなくてはならないのではないか。私は空中のどこかを見る。このどこかにばあちゃんがいるに違いない・・・お経を聞きながら話をした。お墓で先祖と話すように話をした。ときどき空中を見てはどこかにばあちゃんが見えないか、探した。でも私にそんな能力はない。でもまた、話し続けては探し続ける。でもやっぱり何か言いたくて「お母さん」納棺のとき「ばあちゃんに手紙書いた」今日こっそり書いた、手紙を出した。私には言える言葉が見つからない。私にはこれしかできない。こんなんでいいのなら一緒に、空に持っていってほしい。「・・・入れていいかなぁ?」お母さんは泣いた。泣きながら「ありがとう・・・」何度も何度もお礼を言った。お花と一緒に手紙を入れた。手紙は袈裟の下に胸のところに置いて天国で、読んでもらおうと思った。内容は私とばあちゃんだけが知っている。今日は夜伽。明日はお葬式。明日はばあちゃんが、天にかえる日だ。
2007年09月12日
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鴨くん(仮名)「教育実習中なので稽古も出来ないし 今度の舞台の地に入るのは遠慮します」鹿くん(仮名)「というメールが・・・」私「うむむむむ」稽古日。私は一日中講義だったがまがりなりにも大学は夏休み。とはいえさすが舞台前、割に人の集まりがいい。鹿くん「また組み直さないといけないですかね」私「まぁ・・・ これ以上は無理なんじゃない」リスちゃん(仮名)「鴨さん説得しますか?」私「いや、 それはまず無理だから諦めたほうがいいよ」頑固だから。リスちゃん「・・・そうですねぇ」一回生は地に入るには早いし私もなんとか頑張らないといかんなぁ。稽古が終わってケータイを見ると着信10件。全て家族から。嫌な予感がしてかけ直すと父「おばあちゃん亡くなったから 今すぐ帰って来い」・・・私「ごめん 舞台出られないかもしれない」鹿くん「・・・。 仕方ありませんよ」いつの世もこればっかりはどうしようもない。舞台が気になることは気になるけど今から帰省だ。
2007年09月10日
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一日かけて広告ができた!けど卒論は何も進んでいない・・・!明日から木曜まで集中講義だというのに。そのあとは舞台でそのあと多分調査に行くから質問肢作っておかないと!ところで以前散々コケ落としていたMyWindowsですが生協購入なので生協に持っていったら先日タダでキーボードと中身新しくしてくれましたやるな生協。しかしながらWordすら知らない赤子状態に戻ったため再び色々教えることから始まりました。名付けからです。キータッチも含め、とても無垢な感じです。ともあれこれで、わが下宿にパソコン2台。しかもどちらも新品同様。再び普段使いがWindowsに戻りそうな予感・・・(贅沢者)
2007年09月09日
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私「社長、今度の11月に 能の舞台があるんですけど」社長「おう、それで」私「そのときにいつもパンフレット作るんですが そこに会社の広告って、お願いしても・・・」社長「おう、どれくらいの」私「そりゃあ、一面なら一番嬉しいんですけど・・・」社長「おう、じゃあそれ」私「! あ、ありがとうございます!」社長「ただし お前自分で作れよ」ということで。11月の舞台で出すパンフの広告うちの会社から、一面広告(普通1/9サイズか、大きくても1/3なのに)OKが出て諸手をあげて喜んだわけですが・・・デ ザ イ ン が 。えー、だってちょっと待って一応広告会社だからまともな広告出さねばいかんのでは・・・。不要紙に案をかく。1)能関係だし、能の写真を使ってパロディめいた広告 (→絶対肖像権とかややこしいからボツ)2)社長の顔を出す (→社長はOKだろうけど、撮りに行ってる暇がないからボツ)3)いっそ文字で埋める (→見栄えがしないからボツ)4)いっそロゴだけ (→広告会社としてよくない気がするからボツ)5)・・・ああ~、難しいいつもと違って写真何でも使える訳じゃないし技術力にも制約があるからいい案が出ない、案が出ない・・・(ぐしゃぐしゃ)・・・うーむ、締め切りは今月半ば、月曜から木曜まで集中講義だし・・・これはヤバいかも・・・卒論の調査も行かねばならんのに!あー、やることがいっぱいや。自分が2人になったらいいのに。分裂できんかな分裂・・・(逃避)
2007年09月08日
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今月17日は師匠(仕舞)が主催される、同門会(※)がある。(※・・・同じ師匠のもとで稽古している人たちが集まって、 稽古の成果を仕舞や連吟などで発表する会のこと。)私たちは学生だけれどお手伝いするという条件で、出させてもらっている。というか師匠「サツキさんは、仕舞地に入ってほしいんだけど 『草紙洗』『黒塚』、それと『三山』と『女郎花クセ』・・・」待ってください。最初の二つはいいとしてみつやまとおみなめし?師匠「まぁ大丈夫でしょう。俺地頭で入るし」ええええ『三山』は合宿で稽古したけど難しい曲だし『女郎花クセ』なんて遠い曲(つまりマイナー)、口慣れてないんですけど・・・。師匠「まぁ大丈夫でしょう」どこからそんな根拠が・・・。そんなわけで暇を見つけてBOXへ行き仕舞地を謡う・・・♪この花恨みたる気色にて~・・・♪よしなき水の泡と消えて~・・・♪続いてこの川に身を投げて~・・・・・・暗い曲だ。『女郎花クセ』私自身仕舞も出すしなー。何気にもう日は迫っている。稽古しないと。うむ。
2007年09月06日
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店長「調査はどうやった」調査の後、パン屋のレジのバイトがあった。(今でもパン屋は、人手がないときのヘルプとして入っている。)私「ええ・・・ 今日は60とか70とかの ご年配の方が対象だったんですが・・・」寄合に参加してアンケート+話を聞くという今回の調査。アンケートは20弱取れたけど・・・爺A『おー、なんや方言を調べるっちゅうてかー』私『あ、はいそうなんです』爺A『そーかそーか わしの若い頃は・・・』しばしセピア。爺A『・・・まぁ頑張ってくださいやー』私『ええ、ありがとうござい』爺B『なんやねーちゃん、何歳や今』私『えっと、22ですが・・・』爺B『そーか! その頃のわしは・・・』しばしセピア。えーと、調査せねば・・・私『あの、ちょっとお伺いしたいんですが・・・』爺C『おねえさんおねえさん』私『あ、はい』爺C『実はわしのせがれがまだ嫁おらんから・・・』知らないです!い、いかん、甘く見ていた、このままでは絶対バイト間に合わん・・・!私『もしもし店長すいません、バイトおそらく1時間ほど遅れると・・・』私「・・・皆様すきあらば 色々話しかけて(主にセピア色)こられるので・・・」店長「みんなサツキちゃんに話聞いてほしいんやなー(笑)」やっぱり若い子が来ると新鮮だし、色々話したくなるのかな。ましてや懐かしい方言の話をもちかけてくるわけだから。店長「また調査行くんか?」私「はい、今度はアクセントとか音声の調査を」店長「がんばりや。 残ってるパン、沢山持って帰り」私「ありがとうございます」9月末までにはもう一回調査に行って、データを出さないと。10月に入ると何かと忙しくなるだろうから。よーし、美味しいパンをほおばりながらまたひとふんばりするか!
2007年09月02日
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Macのウィジェットという機能に(またか)「ウェブカメラ」という機能を搭載出来るんですけどサンディエゴ動物園のカメラ、パンダかわいすぎる・・・!しかも最近子供産んだ!お母さん子供かわいがりまくり!(ちなみにココでも同じものが見れます)嗚呼たすけてー明日の調査にボイスレコーダーがいるかと思ってコ○マ電気に買いに行ったんですがICレコーダーの高さに断念・・・。Mac対応になるとたちまち値段がはねあがるのです。くっ。まぁ、録音する「だけ」なら、英世さん数人で買えます。でもやっぱり今の時代、データはパソコンに入れて、管理しなきゃいけないと思うんです。そしたら、録音して集計して論文に発表してっていうだけじゃなくてWebにのっけて、世間の人が誰でも聞けるようになって後世の研究者が使うことだって、できるようになるわけで。私のしがない論文が、次世代の言語研究の一手になるやもしれぬ。・・・そんな凄いデータにはならんだろうけど。でも夢は広がる。そしたら諭吉複数と会議を開かねば。その会議の結果、明日の調査はアンケート中心でいざというときはケータイの録音機能を使えということに相成りました。パンダ笹むさぼり食ってやがるー!(サンディエゴは朝7時)がんばらねばー
2007年09月01日
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