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アッサリしてんなあ…というのが田邊教授の最後の描写についての感想(笑)次の瞬間には全く違う話になっちゃってるし。でもまあ、万太郎視点だからね。…ひじゅにですが何か?「昔の誰ぞを思い出すの」by岩崎第21週『ノジギク』田邊教授の最後の瞬間を細かく描いても仕方ない。意識を失う寸前に万太郎の顔が浮かぶなんて演出にしたら陳腐もイイトコだしなあ…(笑)後の聡子の台詞を待つまでもなく全てを失った教授は、心の重荷も全て捨て去ったかの様で新しい人生のスタートへの希望を伺わせる穏やかな笑顔を見せてくれた。だから、あの新聞記事が衝撃的だったわけで。聡子にワザワザああ言わせたのはもしや自殺では…と勘繰る視聴者がいるのを慮ってのことかも?つーか臨終シーンを敢えて描かない>俗にいう”ナレ死”(笑)というのは、今や朝ドラ”お約束”と言って良く今作もそれを貫いてきたってことだな。そのおかげで万太郎を本当は認めていたという教授の本心が死後に明かされるという効果的なオチに繋がる…とは思う。聡子もこの間の勇気ある態度を見せた後でだし今回の念願の自分の子供を宿らせた姿でこれからも強く明るく生きて行くだろうと察せられる。寿恵子との友達関係は続くだろうし。後味を良くするための工夫?ちゅーことで、田邊教授編(?)はこれにて終了。万太郎視点のままで良いけれどもうちょい深く描いてくれても良かった気がしなくもなくも…その後は、万太郎の状況が良い方向へ。教授退場が功を奏した…なんていうなよ>ぉリアル峰屋を破産に追い込むほどの多額の出費をドラマでは寿恵子一人が背負う形になっているのでそこにリアリティを持たせるためなのか寿恵子は叔母の料亭で仲居として働くことに。そこから、さらに岩崎弥之助へと繋がる。岩崎弥之助から資金援助を受けたのは史実らしいけどね。彼を惹きつけることとなったのがいつもの万太郎の人たらしぶりではなく寿恵子を通じてのノジギクってところがドラマ的に良いね。しかも、それが一番になったからではなく岩崎一人が興味を持つ形にしたのも面白い。寿恵子が活躍するのは楽しいし初期の頃から新しい女性を強調していたのでドラマとして一貫しているとも言えるけど何かその分、万太郎の出番が少ない(笑)まあ、今回のノジギクみたいに寿恵子一人の暴走ではなく背後にしっかり万太郎がいる…というのは良いけどね。上記の岩崎の台詞「昔の誰ぞ」は、やはり坂本龍馬のことだろうか?まあ、この言葉に真っ先に浮かぶのは龍馬だよね。しばらく前の大河ドラマ『龍馬伝』で龍馬と岩崎弥太郎は幼馴染で、かなり因縁のある仲だった。史実は知らんけど>ぉ弥太郎の弟である弥之助も龍馬に複雑な思いを抱いていた可能性は大。さらに、万太郎は東京大学への出入りを許される…だけでなく、徳永教授の助手に。勿論、お給料も出る。順風満帆ちゅーヤツ?ドラマ前半は、週ごとにユニークな人物が登場するのが特徴だった。岩崎弥之助がそこに新たに加わったと言えるだろう。その最初の人物は坂本龍馬で万太郎には「天狗」ということになっていたしあのシーンはファンタジーになっていた。架空の人物にして完全なるファンタジーで終わらせてもあのシーンは十分に成立したかもしれないのに坂本龍馬という実在の人物であることにしたのは今回、岩崎弥之助に繋げるためだったのか。第17週の感想に「ファンタジーから現実の世界へと移行しようとしているのかも?」と書いたけど現実的な苦難の時期が終わると共に、譜歌旅ファンタジー路線へ?いや、ファンタジーと現実とが結び付いた瞬間なのかもしれんな。アッサリ過ぎる退場となった田邊教授。万太郎との対比をもっとバッチリ描いていたら面白かっただろうにな。表面上は正反対、でも底の底には同じものが流れている…みたいな。万太郎が浮世離れした人物でなく、もっと世俗的な部分が大きかったら教授の様になっていたかもしれない…みたいな。それでも、教授が頑張って礎を築いたから今の万太郎がある…みたいな。さようなら、教授。☆トラックバックは何がなんだか…ひじゅに館へお願いします☆http://yakkunchi.blog90.fc2.com/tb.php/3979-c7c299f5☆応援クリック、よろしくお願い致します☆ にほんブログ村 人気ブログランキングへ オオシマノジギク菊の花パイ胎菊>菊花茶
2023.08.27
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今週、「おお!」と喜びの声が上がったのは寿恵子であり、寿恵子の影響を受けたといえる聡子。新しい女性の姿を前面に出している。つーか、単純にカッコイイよね、2人共!その分、男たちが小さく見える。田邊教授に関しては意図的なのかもしれないけど万太郎もちょっと…と思ってしまったぞ。いいのか?だって、物語的には万太郎VS田邊教授こそが面白いと思うから。まあ、それを際立たせるための2人の妻の”成長”なのかもしれんけども。…ひじゅにですが何か?「初めて見ました、教授のあんな顔」by野宮第20週『キレンゲショウマ』まずは長屋の人々―丈之助さんだけでなく他の人々も次々と去って行く。それだけ年月が経ったことの証だし万太郎達だけでなく周囲の人々にも人生があるという表現だしある意味、吹き溜まりの様だった長屋から明るい方向へと旅立って行くわけだからハッピーエンドとも言えるし…そんな風に群集劇にするのが朝ドラには似合うというのが私の持論(ちゅーたら大袈裟過ぎるけど)だし…別に批判する気はないのだけど何だかちょっと唐突というかえっ、何で今!?早過ぎん!?…なんて思ってしまった。単純に寂しいってことかな?(笑)逆にいうと、万太郎たちだけ取り残されたわけでこれが今後の物語に影響を及ぼすことになるのかな?そして、寿恵子&聡子―上記した様にカッコイイから良し>ぉたださ、寿恵子の場合は逞しいの一言というか(笑)悪くすると暗いドラマになってしまいそうなところあるいは、万太郎のワンマンぶりが目立ってしまい寿恵子の苦労が強調されてしまうところ明るく強く清々しい印象まで与える描かれ方でとても良い。聡子に関してはキャラとして成長が伺えて好感度もマシマシなんだけど先行きのフラグっぽくもありそう思うと、ちょっと悲しいなあ…いや、「っぽくもあり」は不要か。誕生日のプレゼントが家族で過ごすことであり行き先が海…なんてさフラグ以外の何物でもないじゃん。悲しいなあ…悲しいと感じてしまうのは悪役的扱いではあるとはいえ田邊教授もまた魅力的な人物だからだよなあ。「あなたが始めたんです」という聡子の台詞にある通り万太郎より先に田邊教授がいたんだよなあ。あちこち手を出し過ぎたというかこの世の栄光というか権威を追い求め過ぎたのだよね。プライドとか上昇志向とか色々あるだろうけどそういう時代でもあったのじゃないかな。そうでなければ地位を築くことができなかった。万太郎は逆に何もなくただ植物に対する愛だけで前進してきたしそれは理想的と言えるし結果的に成功するのだけれど大学への出入りを許され、多くの資料の助けを得たのが大きかったわけでそれは教授のおかげだもんなあ。教授としては、純粋に愛だけで突っ走れる万太郎が羨ましかったかもしれない。教授はコミュ障と言ってしまったら酷かもしれないけど、近いものはあるよね。でも、万太郎は人たらし(笑)だから、植物採集旅行でお教授は今迄になく明るい笑顔で生き生きとしていた。今迄追い求めてきたものを全て失った後で植物学が唯一残されたものだった…という以上のものだった。万太郎と同じ状態になった…なれた…という感じ。それが、まんまフラグにばっているからとても悲しい。万太郎と田邊教授の対比を、もっとじっくりと描いてほしかったなあ。寿恵子も聡子も長屋の人々も良いんだけどもこの2人にもっと重点を置くことはできなかったのかなあ。見応えあった気がするけどなあ。求め過ぎ?たださ、史実によれば牧野富太郎氏はリアル田邊教授である矢田部良吉氏を酷評しているらしい。まさにこのキレンゲショウマの件で。キレンゲショウマを提出したのはリアル山元虎鉄である吉永虎馬氏。なのに彼の名前を矢田部氏は学名に加えなかった―レンゲショウマに似た黄色い花ということでキレンゲショウマと呼んだわけだけど全く違う科の植物だと判明した後もこの名前を変えようとしなかった―日本語による学名にしたのも、世界で通じる言語ではないため好ましいことではない―…等の理由によるらしい。ドラマでは虎鉄がキレンゲショウマを送ったのは万太郎。その前のヤッコソウの時に万太郎は彼の名前を学名に加えた。日本語の学名については「日本の植物学史上に残る宣言でした」と肯定している。そもそも、大学では英語を主に話し国語・国字改良運動に取り組んでいたという教授が学名を日本語で…というところが意味深いしな。ドラマは田邊教授を魅力的に描くことをテーマの一つにしている?皆が皆、実は良い人!…というのは朝ドラにはよくある(つーか、主流)ことえ今作もずっとその路線で行っているけど単純に朝ドラ”お約束”に則っているのではなく全ては田邊教授のためだったりして?>ぉ☆トラックバックは何がなんだか…ひじゅに館へお願いします☆http://yakkunchi.blog90.fc2.com/tb.php/3978-fbf71ec9☆応援クリック、よろしくお願い致します☆ にほんブログ村 人気ブログランキングへ キレンゲショウマレンゲショウマわれらの牧野富太郎!(いとうせいこう)
2023.08.20
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寿恵子を笹に例えるとは粋だな、万太郎!一目惚れしたのは、やはり美人だからってのが大きいだろうし鹿鳴館のシーンでは生けられていた薔薇の美しさに万太郎が目を留めた後でドレス姿の寿恵子が登場して、やはり美しさを強調していた印象。でも、今は笹に例えて「生きる強さ」を絶賛している。つまり内面の美しさを一番に認めている。そういうのって素敵だよね。…ひじゅにですが何か?「槙野にご執心なのはあなた様ではございませんか」 by寿恵子↑田邊教授の件は、ここが落としどころなのだろうね第19週『ヤッコソウ』園子が亡くなって、千歳が誕生。園子命名の時は植物からの発想だったけど千歳の場合は長生きしてほしいとの願いから…ちょっとシンミリするな。でも、後遺症というか、先週アレコレ起きた不幸の影はここに集約されたというか、集結したというか…って感じですっかり元通りの万太郎&寿恵子である。いやいや、いつまでも引きずっているわけにはいかないし視聴者としても、いつまでも暗い話なのは嫌だけどさ(笑)少しずつ立ち直って行く姿をまんま描くよりも内面に傷は抱えつつも明るく自分の道を行く姿の方が好ましいっちゃー好ましいか。何故こんなことを気にするかというとひじゅにの身近にもアレコレ起きて軌道修正はなかなか上手く行かないもんだからさ。特に精神面でね。やはり、進むべき道をしっかりと見つめているからだよね。そこは大いに見倣わないとな。ところで再び上昇気流に乗ってきた万太郎に対し田邊教授側に影が差して来た様子…新聞小説で、あれほどの騒動が起きるものなのか?…っちゅー気もするけど昔はかなり人気を博したらしいし社会現象も起こしやすかったみたいだね。現代だったら、週刊誌とかTVに相当?サスペンスドラマでは、そこから騒動が…というのはよくあるパターン。新聞社を訴えたということでこの騒動そのものは、これで終わりなのかもしれないけど問題は、田邊教授は世間的にあまり評判はよろしくなさそう…っちゅーか、敵が多そうってことと女子教育には、まだまだ世間の理解は得られていないということだな。前者は、万太郎との一件を収束させるための一歩となるのだろう。実際には他にも色々抱えていそうだけど。国語・国字改良運動とか、女子教育に関しても西洋主義をこじらせ…じゃなくって、強行してた感じだし苦々しく思っていた人は多そうだものね。後者は、女性の問題というとドラマ的には綾を思い出す。綾は伝統に逆らい女性でありながら蔵元となりでも、結局は峰屋を潰してしまった。いや、綾のせいじゃないということは分家の皆も認め慰めてくれたけど物語的にはそう受け取れる要素もあるのは確か。新種を作ったり、火入れの時期を変えさせた、その直後の腐造だったからね。綾自身は「どこでも生きていけるじゃがね」と、希望を取り戻した様子だった。女性問題も、そこに重ねて行くのかな。いや、やはり ←今回は「やはり」多用(笑)新しい女性像という点で一番重きが置かれるのは寿恵子だろう。万太郎のパートナーとして竹雄から寿恵子にバトンタッチしたことも象徴的だし(男性から女性へ)今度は綾からバトンタッチ。まあ、綾は伝統を覆したことや、働く女性という点で分かり易い立場にあったので目立っただけで寿恵子も鹿鳴館でドレスを着たり外国人にダンスを習ったりと今迄にない生き方をしてきたわけだしね。主人公の配偶者ってことで単にサポート役として描かれていても別におかしくはないっちゅーか、今迄の朝ドラでは寧ろ定番。ある意味、朝ドラ”お約束”でも、単に”夫唱婦随”ってことなら、それは古き良き女性像に過ぎない。ヲタクっぽいところとか、万太郎を「押し」にしているところとか文字通り万太郎の背を押しているところとか(笑)結構、工夫した描き方をしていると思う。まあ、そこを前面に押し出してるってほどでもない感じなんだけどそこは主人公じゃないからなあ…あくまでも。☆トラックバックは何がなんだか…ひじゅに館へお願いします☆http://yakkunchi.blog90.fc2.com/tb.php/3977-3cf11cbc☆応援クリック、よろしくお願い致します☆ にほんブログ村 人気ブログランキングへ やっこさん胴乱をかついで新聞小説の時代
2023.08.12
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先回、ファンタジーから現実の世界へと移行?と書いたけど一気に話が暗くなってきたなあ…娘さんが亡くなったのも実家が経営破綻したのも事実だから仕方ない。実話ベースである以上いつか描かなければならないことだった。ただ、こんなに連続して起きたのかどうかまでは知らん。ドラマ的演出のため、ここに集結させたのかもしらん。知らんけど>ぉ子供さんに関しては、実際には13人中6人が早世しているとか―朝ドラだから、そこまでは描かない気がするけどどうなのだろう……ひじゅにですが何か?「ズギャン!」by竹雄第18週『ヒメスミレ』久しぶりの竹雄登場。万太郎が寿恵子に出逢った時の言葉>これもまたオノマトペ?を再現したりして綾と仲睦まじくて良かった…と思った矢先ズギャン!…ではなくズドン!と突き落とすのもドラマのセオリー?チラッと聞いたところによると家業を畳むことになったのは同じだけれど実話では牧野富太郎さんにお金を送り続けたためにそこまで追い詰められる結果になってしまったらしい。ドラマの万太郎も、お坊ちゃま気質を残してはいるもののさすがに実家を追い込んだ形にしては主人公として難だとの判断で腐造を出したという峰屋側の原因にしてお茶を濁したのかしらん?でも、峰屋は綾の”夢”として描かれてきたからこういう形での終焉は何だか後味悪いなあ…園子ちゃんは園子ちゃんを演じた子役の演技力が印象に残った。名子役を発掘するのも朝ドラ”お約束”?演技力というより、演出家の扱い方や撮影の仕方が上手い…ってことなのかもしれないけどね。久しぶりの分家の皆さん登場。こーいう時は善人化するのも朝ドラ”お約束”もしくは『らんまん』流?資金援助を断ったのは仕方ないよ。彼らには彼らの生活があり、抱えている人々もいる。はっ!ここここれってリアル峰屋(富太郎氏の実家@岸屋)への皮肉!?綾も竹雄もすぐに路頭に迷う…というわけではなく2人ならナントカやっていけるという話だからね。綾のせい、また女という立場のせいにはせず「おまんはこの峰屋を殿様の酒蔵峰屋のままで幕を引いた ばあ様もご先祖も・・、さぞ喜んじゅうじゃろう」という言葉で綾を労っているのも良い。峰屋=綾の夢だったわけだから、この言葉は少しだけ慰めになっただろう。だけど、実際の岸屋は人手に渡っているんだよね。はっ!ここここれも実は皮肉!?ま、まあ、それはともかく…万太郎は万太郎で、娘の死という辛い現実が―主人公にとっては、これ以上の不幸はないだろうに意外とアッサリめの描き方にしたのはさすがに子供の死を真っ向から描くのは朝ドラとして躊躇われたか。こちらも、子供の死をじっくり観たいとは思わんしな…これからは這い上がるしかない。また明るい展開に戻るかも。次は田邊教授の善人化?☆トラックバックは何がなんだか…ひじゅに館へお願いします☆http://yakkunchi.blog90.fc2.com/tb.php/3976-9ceb7258☆応援クリック、よろしくお願い致します☆ にほんブログ村 人気ブログランキングへ ヒメスミレいぶりたけのこ寿限無
2023.08.05
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