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育児学級から早や1週間。 このままでは知り合ったことを忘れられてしまうと、勇気をふりしぼってメールする。 「勇気をふりしぼって」っていうのはオーバーかもしれないけど、かなり文面など考えたのは事実。 友達同士でメールする時なんてもっと気軽なのにね。 知り合って間もないってこともあるかもしれないけど、最大の原因はママ友とは趣味が違うということである。 この日記にも何度か書いたけど、私はアニメやマンガが好き。 まあ、いわゆる「オタク」である。 世間一般では、最近以前よりマシになったかもしれないけれど、あいかわらず変人扱いされる趣味の持ち主である。 ダンナも同じ趣味の持ち主だし、友達だって圧倒的にそっち関係の人が多い。 趣味が同じだといいところは、話題が尽きにくいってところである。「今週のジャンプ読んだ?」とか、「ファイナルファンタジーの新作やった?」とかそれで1時間くらいはなせちゃうものなのだ。 べつにアニメやマンガ以外の話はまったくしないってわけじゃないけどそればかりだとどうしても、グチやウワサ話が多くなると思うのは私の気のせいでしょうか。 本人はそのつもりはなくても、なんかぽろっとそういうこと言ってるような雰囲気になることあるのよね。 それがいつのまにか大きな火種になったりして……。 べつにアニメやマンガに限らず、他の趣味でもいいけど、やっぱり趣味や文化は人の心を豊かにすると思うのです。 美輪明宏さんもそう言ってたし、心理学面でも友達関係を築きやすい人間の条件のひとつに「趣味が同じ」というのは入っていたと思う。 たしかに趣味が違う友達もいるけど、そういう人とは(全部じゃないよ)環境が変わるといつのまにか話が合わなくなっちゃったりして……。 それに趣味以外の話をすると、どうしても生活に密着した話題になっちゃうんだよね。 そうすると相手に自分をさらけだすみたいなことになりがちだから、もめた時にしんどいのだ。 ママ友同士の悩みごとサイトによく「ダンナの学歴や収入のことを深く訊ねられたり、自慢されたりするのがイヤっていうのがあるけど、これって大して共通の話題のない人間同士におちいりやすい状態じゃないでしょうか。 まあ、同じ趣味の人間でも気が合わない人はいるけどね。 話を元に戻します。 そんなわけで、私はメールを書いたのだった。 内容はというと、「お元気ですか~」みたいなあっさりしたもの。 だって相手の性格がまだつかめてないんだから、あまりつっこんだ話題をするわけにもいかないのだ。 するとわりに早くほぼ全員から返事が来た。 みんなマメなのか、それともママ友がほしいと同じように思っていたのか不明。 けど、まあ来ないより嬉しい。 さて、これからどうするかが問題。 どのくらいの頻度でメールすればいいんだろう? あんまり頻繁にすると話題も尽きちゃうし、相手に引かれちゃうかも……。 こういうこと考えるのって、中高校生のクラス替えの時みたい。 これからこういう気疲れって増えていくんでしょうかねえ。
2006年03月31日
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ハイヒールの踵を鳴らして、奈津子は黒服たちに拘束されたままの千晴につかつかと歩み寄った。ニヤリと笑ってから、千晴の顎をつまみ上げる。「このフィルムを手に入れるために、この部屋に忍び込んだのね。ちゃんと監視カメラに映っていたわ。でもどうしてこれがここにあると分かったのかしら?」「……智里さんが教えてくれたんだよ。オレは憑巫だからさ」 千晴は奈津子をにらみつけた。震えそうになる声が情けないと思う。ここで自分がしっかりしなければ、死してなお実里を助けたいという智里の想いは報われないのだ。「憑巫?」 ハッと声を上げて、重文は笑った。それまで悪事の発覚におびえていた自分を払拭しようとするかのような笑いだった。「そんなインチキにだまされるのは、実里くらいのものだよ」「そうでもないみたいよ」「奈津子?」 いきなり何を言うのかと、重文は奈津子をいぶかしげに見やった。奈津子は興味深げに語り始める。「この坊やがフィルムの在処を知ることができるとしたら、智里の霊が教える以外に方法はないもの。なぜならこのことは、私たちだって知らなかったんだから。きっと智里は自分が生きているうちに、このフィルムを証拠にして私たちのことを告発しようとしたのだけれど間に合わなかったのでしょうね。だって私たち、あの娘に飲ませる毒の量を途中からぐんと増やしたじゃない。智里が何か感づいている様子だったから」「お、お前ら……腐ってる」 憎悪を込めて、千晴はつぶやいた。「あら、そうかしら」 おどけた調子で、奈津子が肩をすくめる。背後で重文がおやおや、と笑っていた。まるで子供をからかう大人のような態度だった。彼らにとって智里を殺したことは何の罪悪感もないのだ。胃がむかつくほどの怒りを感じ、千晴は唾を吐きかけた。奈津子の念入りに化粧をほどこした顔にそれがたたきつけられる。 赤い唇をねじ曲げてにぃっと笑って、奈津子は千晴を平手打ちした。千晴が顔をしかめている間に、黒服の一人が奈津子にハンカチを手渡す。「この坊やを智里のところへ送ってあげて」 ハンカチで智里の唾を拭いながら、奈津子が冷徹に指示を下した。急速に千晴の鼓動が早まっていく。何か脱出できる方法はないか。このまま自分はやられてしまうのか。そう考えをめぐらしている間に、重文が訊ねてきた。「君は海が好きかね、山が好きかね? それともどこにも行かず、安らかにベッドでおねむなんてどうだい?」 重文の言いぐさはまるでテレビドラマのようだったが、それが本気によるものなのは間違いなかった。重文の双眸は尋常ではない光を放っている。こいつは真性のサディストだ。 千晴は底知れぬおびえを感じながら、黙って重文をにらみつけるしかなかった。 その時、軽やかな声がどこかから聞こえてきた。それは今、千晴がもっとも聞きたくて、それでいて聞きたくなかった声だった。「千晴の好きな場所なんて決まってるだろ? 俺のそばさ」「おっさんっ? 」 思わず叫んで、千晴は声がした上方を見上げる。バルコニーから、才口はこちらを見やっていた。その瞳はいつものように幾分おどけた余裕を持って笑っていた。一同は驚愕して、才口を見つめる。千晴は呆然とつぶやいた。「どうしてここに……」「おいちゃんはな、お前のいるところにはどこにだって参上するの。ま、本当のところは何かしでかしそうなお前にこっそり発信器をつけてただけだけどな」 才口は微笑んだ。つつみこむような笑みだった。千晴はこわばっていた自分の頬が、ゆるんでいくのを感じた。 身軽な仕草で、才口はバルコニーの柵を乗り越えて、千晴の元へ歩み寄る。千晴は黒服たちに押さえつけられつつ、必死に呼びかける。「バカ! おっさん、こっち来るな! やめろ、あぶな……」 言い終えないうちに、奈津子が指を鳴らし、黒服たちが才口に襲いかかった。才口は器用にそれをかわして、キックやパンチをお見舞いしていく。その様は軽やかなダンスを見ているようだった。 だが、才口の快進撃もそう長くは続かなかった。 奈津子が懐から取り出した拳銃を千晴に向けて、怒鳴った。「動かないで! 動くとこの坊や死体になるわよ!」 俊敏だった才口の動きが、石のように固まる。冷たく光る銃口を突きつけられながら、千晴は必死に訴えた。「オレのことには構わないで、おっさん!」 千晴の叫びも空しく、才口は黒服たちに取り押さえられた。「おっさん……おっさん、あんたバカだよ。オレなんかのために、こんな危険な真似して……」 千晴の視界は、急速に涙にかすんでいった。才口がしみいるように笑う。「おいちゃんはな、惚れたお前のためなら何だってしちまうんだよ」(おっさんは、キザだな) 千晴は思った。それでもって、バカだ。どうして自分なんかのために、ここまでしてくれるのだ。千晴の胸に熱を帯びた痛みが宿る。 千晴の頬に、熱いものがしたたり落ちた。奈津子と重文が鼻で笑うのが聞こえる。「二人とも、そういう仲だったのか。いやはや羨ましいことだな」「それじゃ、二人仲良く一緒に智里のところへ逝ってもらおうかしら」 自分の殺害計画を話す奈津子たちに、才口は目もくれなかった。ただ、千晴だけを見つめる。泣いている千晴が心配でたまらないというように、見つめてくる。その瞳は限りなく優しく、よけい千晴は泣いてしまう。才口はウィンクして、千晴に微笑みかけた。両親が死んだ時。叔父に襲われたことを告白した時。いつもこうして才口は千晴のことを慰めようとしてくれた。それなのに、千晴は。(オレは……オレは、おっさんのことなんか、何とも思ってないのに。オレは、智里さんが憑依したから、おっさんに抱かれただけなのに……) 次の瞬間、千晴は叫んでいた。「頼む――オレは、オレはどうなってもいいから、おっさんは助けてやってくれ! お願いだ!」「千晴……」 驚きと困惑、そして喜びの入り交じった表情を才口はした。おのれの愛情が受け容れられた喜びに、才口は満足気に微笑んだ。だが、すぐに心配そうな色がその瞳を覆う。才口の目は、重文と奈津子に向けられた。 千晴の唐突な嘆願に重文は虚をつかれていたようだったが、奈津子は違った。赤い唇をゆがめて、才口と千晴を交互にねめつける。奈津子はどす黒く笑った。「美しい愛情ね。でもね、私、そういうのは吐き気がするほど嫌いなのよ――さっさと死んでちょうだい!」 奈津子が手にしていた銃を、才口か千晴のどちらかに向けようと考えている間、。才口と千晴は互いに互いを庇おうと必死に身をよじった。 かちゃり、と乾いた音がした。奈津子が安全装置をはずす音だった。千晴と才口は、まなざしだけでも絡み合って死にたいと必死に見つめ合う。二人が撃たれるのは、もはや時間の問題と言えた。 つづく
2006年03月30日
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こういうことを今さら言っても仕方ないのは分かっております。 分かっておりますが、時々言いたくなるのよ。 お願い、ちょっとだけ言わせて!(田原総一郎風に)人生、リセットしたい…… 妊娠後期に入りつつある今、とみにそう思い始めてきたわけであります。 なぜかというと、それはおそらく私が「ママ」になるからだと思う。 うちのママンは私が高校生くらいのころ、口癖のように言っていたことがあった。「私の人生は娘であるあんたとお父さんの世話だけで終わっていくの?」と。 当時、10代の生意気盛りだった私はうざいなあくらいにしか思っていなかった。 だってさ、私やパパは会社や学校で忙しいのにママンは毎日家にいられるわけじゃん。 それにママンは自分で主婦の道を選んだわけでしょ? 文句たれるのはおかしいんじゃない? と。 パパも同じことを思っていたらしく、ママンがこういうことを言うたびにイヤ~な表情をしていたように思う。 でも今ならなんとなくママンの気持ちが分かるような気がする。 とあるホームドラマに、お母さんは空気みたいなものというセリフがあった。 これは母親を早くに亡くした娘のセリフで、お母さんはふだん意識していないけど、亡くなったらどんなに大事な存在だったか分かったってセリフだったんだけど、言い得て妙だと思う。 母親って、あくまで脇に回りやすい立場だと思うんだよね。 ごはん作りや掃除などの家事、子供の世話ってルーティングワークでしょう。 時間も手間もかかるのに、そのわりに家族に感謝されにくいっていう。 うちのママンは、自分のそういう立場が中年にさしかかってきてイヤになってきたんですな、きっと。 じゃあ、どういう自分がいいの? と考えた時に、この人生リセットの発想が出てくるわけだ。 私が今、こういうことを考えるのも今まで子供のことなんて考えずに生きてきたわけだけど、そうもいかない立場になりかかってきたからであります。 じゃあ、どういう人生がいいの? と言われるとこれまた困っちゃうんだけど。 ところどころにあの時、lこうしておけば良かったっていう選択肢は浮かんでくるんだよね。 受験の時、あっちの学校を受けておけばよかったかなあ、とかさ。 とりあえず最新の後悔は、です。
2006年03月28日
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黒服の一人がうなずいて、部下らしき男に何かを命じた。部屋から出て行った部下は映写機とスクリーンを持って部屋に戻ってきた。スクリーンが下ろされ、部屋の明かりが消される。部下がスイッチを入れ、映写機がカラカラと回り始める。 奈津子と重文に黒服たち、そして千晴は固唾をのんでスクリーンを見つめた。千晴とてこの画像を実際に観るのは初めてなのだ。 そこに映し出されたのは、広いキッチンだった。少し遠目から隠し撮りしたのだろう。画像は薄暗かったが、キッチンに誰がいるのかははっきり見て取れた。奈津子と重文と、もう一人、二十歳前後の女性だった。この女性に千晴は見覚えがあることに気づいた。初めて若宮邸を訪れた時、千晴と才口にあいさつしたメイドだ。 重光がメイドに、ガラス容器に入った何かを手渡す。『これ、今月の分だ。また智里の食事に入れておいてくれ』『は、はい』 声を震わせるメイドを、奈津子が咎める。『どうしたの? 何を怯えているの』『だって……』 メイドは落ち着かなげに辺りを見回した。『こんなことをして、本当にバレないんでしょうか』 重光が気色ばんで答えた。『大丈夫に決まっているだろう。この薬は心臓発作そっくりの症状で人を殺すことができる。智里は生まれつき体が弱い。まずバレはしないさ。それに私たちが裏から手を回して、智里の診断書に色をつけてもらうという手もあるからな』『あなた、ずいぶんムキになっているのじゃないこと?』 腕組みをして奈津子が訊ねる。揶揄するような、妬いているような声音だった。『あなたは智里のことはモノにできなかったからかしら。智里を守るために実里があなたに身を投げ出したんですものね。ずいぶん泣ける姉弟愛だわ。今回、実里を毒殺しないのは、あなたは実里を抱けたからひょっとして情が移ったからとか?』『情が移った――そうかもしれんな』 重光は鼻を鳴らした。『たしかに実里は、殺すには惜しい体の持ち主だ』『この私よりも?』『まるで魅力の種類が違うよ。さしずめ君が熟れた果実だとしたら、実里は伸びやかな若木というところだな』『美少年愛好家、ってところね。私も食べてみたいわ、実里を』 二人は顔を見合わせて笑った。メイドがぞっとしない様子でそれを見守っている。やがて改まった様子で、重文が言葉を続けた。『実里を始末するのはこの後だ。一度に二人も殺しては、さすがに怪しまれる。とにかくお前、これをしっかり智里の食事に混ぜておいてくれよ。たっぷり報酬ははずむからな』 そこで映像は途切れ、明かりが点けられた。シャンデリアの下、めいめいの表情が照らし出された。無表情を装おうとはしているが明らかに狼狽している黒服たち、自分たちの悪事が記録されていた驚きと恐怖を隠せない重文、そして――奈津子は優雅だが歪んだ微笑みを浮かべていた。千晴は奈津子の笑みに底冷えするような恐怖を感じた。 つづく
2006年03月27日
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「何だ、これは?」 重文がかがんで、「それ」――消しゴムほどのサイズがある黒い物体を拾い上げた。怪訝そうに顔をしかめる重文の手から、奈津子が「それ」をもぎ取る。茶色いペンシルで描かれた奈津子の眉が、みるみるうちにつり上がっていった。奈津子のただならぬ形相に、、重文が顔色を変える。「ど、どうしたんだ?」 重文の問いには答えずに、奈津子が千晴をにらみつけた。千晴は気丈にそれを受け止める。 奈津子はフッと笑って千晴から視線をはずし、黒服の一人に命じた。「この小型フィルムを今すぐ映写機で再生して。どんな画像が入っているか見たいから」 千晴は内心、大きなため息をついた。一目で奈津子は「それ」が録画フィルムだと気づいていたのだ。中に入っている映像を奈津子が見たら、自分と智里の計画は台無しになってしまうのは間違いなかった。 つづく
2006年03月26日
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若宮邸には正門の他に、裏門が三つある。そのうちの一つにはまだ監視カメラがつけられていない。夢枕で智里が教えてくれた情報は本当だった。千晴はそこから忍び込み、目的の一室に足を踏み入れる。そこは智里の部屋だった。誰もいないのを確認してから、そっと智里の洋服だんすを開ける。 千晴は智里の遺品である洋服をかき分けた。ナフタリンの香りが鼻につく。その奥には隠し棚があった。このたんすは智里の父が母に送ったというアンティークで、ロシア貴族の遊び心により、こういった仕掛けがなされているのだ。そのことを知るのは智里の両親、智里、実里しかいない。今や生者でこの隠し棚の存在を知っているのは実里だけだった。』だからこの棚に「あれ」を隠したのだと、智里は語っていた。 瀟洒な金細工でできた取っ手を千晴が引くと、隠し棚はきしみを立てて開いた。そこには、智里が示した「実里を救う鍵」があった。千晴が震える手でそれを掴んだ、その時。 背後に、鼻でせせら笑うような気配があった。「綺麗な顔をしてなかなかいい根性をしているね、坊や」 全身が総毛立つような思いで振り返ると、そこには葉巻をくわえた男がいた。実里の叔父である若宮重文だった。姉を守りたいという弱みにつけこんで、実里を襲った卑怯なこの男を、精一杯の侮蔑を込めて千晴はにらみつけた。千晴の敵意を余裕で受け流し、重文は葉巻の煙を千晴に吹きかける。暗闇に紫煙が白く漂ったと思いきや、明かりがつけられる。重文の背後に控えていた黒服の男たちが点灯したのだ。 まぶしさに目が慣れずに双眸をすがめる千晴に、重文は笑いかけた。「こうして会うのは二度目だね。君は本当に人様の屋敷に忍び込むのが好きだな。将来の夢は泥棒かい? 監視カメラをこっそり増やしておいて良かったよ。こうして君が入って来るのが分かったからな」 重文に怯えているフリをしつつ、千晴は必死に出口を探す。そんな千晴に、勝ち誇ったように言った。「逃げようとしても無駄だよ。すでにすべての出入り口は固めてある」 千晴は大きく息をついてから、開き直ったように口を開いた。「あんたもオレのこと言えないんじゃないの?」 立ち上がって、千晴は腕組みした。重文との身長さは十センチほどあったが、少しでもこの男と同等の目線に立ちたかった。それほど重文にはどす黒い迫力が漂っていたのである。重文が実里と――そして智里になした悪事も、この男ならやりかねないという雰囲気があった。一見紳士然としているから、なおさら裏に暗いものがある。おのれの足が震えるのを感じながら、できるだけ威勢良く千晴は言葉を続けた。「あんただって、どうしてこんな時間にこんなところにいるんだよ? ここは実里さんの屋敷だろう? いくら親戚だからっておかしいじゃねェかよ」「私は実里のことが心配だから、個人的に警護しているまでだ」「それを実里さんは承諾してるわけ?」 重文は答えなかった。いまいましそうに葉巻を噛むその仕草から、千晴は重文がここにいるのを実里は知らないのではないかと推測した。もしかして実里に隠れて、この屋敷の監視カメラを増やして、どこか近辺に潜んで若宮邸の動向を探っているのかもしれない。 その時、コツコツとハイヒールの音がした。室内に入ってきたのは、毛皮を来た派手な中年女性――若宮奈津子だった。赤い口紅を塗った唇を開いて、奈津子は言う。「あなたに重文を責める資格はないはずよ、坊や。あなただって、この部屋に忍び込んで来たんじゃない。立派な不法侵入だわ。私たちが今、警察を呼んだらあなたはどうなるのかしらね?」 奈津子の加勢に重文が勢いを取り戻した。「そうだ。この前は実里の手前、無罪放免にしてやったというのにな。一度ならず二度までも忍んで来るとは、君はあの使用人と同じく、実里と智里のことが好きなのか? いや、君は智里と面識はないはずだが――」「あるんだよ、これが。何たってオレは憑巫だからさ」 「憑巫」という耳慣れない言葉に、重文と奈津子は明らかに戸惑った様子を見せた。その隙に、千晴は奈津子の背後に回り込んで羽交い締めにする。ズボンポケットにねじこんでいたナイフを取り出し、奈津子の首筋にあてた。奈津子がヒィッと喉を鳴らす音を聞きながら千晴は叫んだ。「動くな! 動くとこいつの命はねェからな!」 千晴を攻撃しようとしていた黒服たちが、一斉に動きを止める。頬をこわばらせた重文が訊ねた。「何が望みだ?」「オレをここから出せ」 もがく奈津子を押さえつける手をゆるめずに、千晴は答えた。奈津子の汗はきつい香水の匂いがする。「どうやらオレの目当ての金はここにはないみたいだからな。いつまでも居座ってても意味がない。このおばさんは助けてやるからさ、代わりにオレを見逃してくれよ」「やはり金目当てだったのか、このチンピラが」 舌打ちする重文に、千晴は恫喝した。「金目当てで何が悪いんだよ? こいつがどうなったっていいっていうのか、ええっ?」「坊や、本当はあなた、お金目当てなんかじゃないでしょう?」 奈津子の声が、千晴に問うた。奇妙に冷静な声だった。千晴が虚をつかれた瞬間、奈津子の肘鉄が千晴に命中していた。千晴の腕がゆるむや否や、奈津子がそこから飛び退く。 千晴の体は一斉に黒服たちに押さえつけられた。必死に抵抗する千晴を冷ややかに見据えながら、奈津子は言った。「あなた、本気で私を刺す気なんかなかったでしょう? 甘いわね、坊や」「奈津子、平気か?」 駆け寄る重文に、奈津子は婉然と微笑んだ。「ええ。若い子に抱かれるのも悪くはないわね。あなたみたいなテクニックはないでしょうけど、重文」「こいつめ」 重文は笑って、奈津子にくちづける。近親者同士のねっとりとしたラブシーンに、千晴は顔をしかめた。それを見とがめて、重文が千晴のうなじに火のついた葉巻を押し当てる。「熱い!」 千晴が叫んだ瞬間、その懐から「それ」が床に転げ落ちた。つかさず、奈津子が「それ」を拾い上げる。 千晴の全身は冷たくなった。実里を救う鍵が、完全に敵の手に落ちたからだった。 つづく
2006年03月25日
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昨日と今日は、母親学級だった。 なぜ昨日、ブログ更新しなかったかというと精神的に疲れたからである。 特に何があったというわけではない。 単に「妊娠中の栄養管理」だの「虫歯予防」だのといったお話を聞いていただけ。 余談だが、この母親学級のチラシには「ダンナ様もお誘いあわせの上」って書いてあるんだけど、普通、平日の昼間にダンナが来られるわけないと思う。 自営業とかだったら別だけど。 それともダンナに仕事を休め、というのだろうか。 こういうところが本当にお役所仕事だよなあ……。 話を元に戻す。 なぜ精神的に疲れたかというと、ひとえにママ友怖いよ~の心境に陥っていたからであります。 このブログにも以前書いたけど、ママ友関係でもめてるって人は今の世の中結構いるらしい。 そういう情報を聞いてビビっていたのである。 正直言って、母親学級行くのもどうしようか迷ったくらいだった。 だってチラシに「交流会もあります。お友達もできますよ」って書いてあるんだもん。 昨日の友は今日の敵っていうでしょ。 変な人間関係作るんだったら、行かない方がマシかなあと思ったのである。 でも、そのうち「税金払ってるんだから、こういうサービスはちゃんと受けておかないと損だよね」とか、「これから先、一人も産まなかったら母親学級に参加できるのもこれが最後だし、何かの話の種に……」と思って行くことにした。 その結果、昨日はなにごともなく終わり、今日はというと、その問題の交流会があったのである。 前半は実物大生後1ヶ月の赤ちゃん人形を使った赤ちゃんの入浴方法講習だった。 この人形がよくできてるの。 よくできているっていうか、不気味と紙一重。 首が据わってないのも再現されてるし、耳の穴も鼻の穴もあるし、耳朶がちゃんと折り曲げられる。 おまけに×××もちゃんとついてるのよ~。 皮膚もすごく柔らかく作ってあって、このリアルさを超えるのはキャンディ・ガールくらいでしょうか。 思わず、以上のことをつぶやいてしまったら、講習をしている助産婦さんに「そんなこと言う人は初めてですよ」と言われた。 そうかなあ。 それが終了すると、生後5ヶ月の子供を連れたお母さんが登場。 「何か質問はありませんか~」と各テーブル(5人くらいでテーブルを囲むようになっていたのです)を回ってくれる。 生後5ケ月っていっても、赤ちゃんの個性っていろいろなのね。 大きい子もいるし、小さい子もいるし。 と思っているうちに、交流会に突入。 これがビビるほどのものでもなかった。 職員さんが「これで予定は終了ですので、みなさん各自お帰りになってください」と言うと、パラパラと帰る人が出てきた。 うちのテーブルは、来てくれたママさんがわりに話好きな人で、みんな帰るのが遅かった。 一人の人が「メルアド交換していただけませんか?」と言ったら、みんなでメルアド交換。 メルアド書くのにいそがしくて、そんなにしゃべっている暇もなく帰ることになった。 危惧していたような事態は起こらなかったけど、かと言って私がママ友作りに積極的になったかというと微妙。 あれだけの会話で各人の性格が分かったわけでもないし、気が合うかどうか判明したわけでもない。 長い間つきあっていくといろいろあるだろうし、子供が絡むつきあいって今までしたことないのでどうなるんだろう。 今のところ、聞いた連絡先にメールしようかどうか迷っている。
2006年03月24日
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同じ感情を共有した者同士のなごんだ時間が、わずかの間流れた。 それまでの笑みを消し、何かを決意した表情で智里が口を開く。「もうあなた、大丈夫だわ。自分で自分の気持ちを了に伝えられるようになったから」「えっ?」 智里の言っていることが千晴にはよく分からなかった。そんな千晴に言い聞かせるように、智里は言葉を続ける。「さっきも私がいなくても、素直に了に抱かれることができたじゃない。きっとそのうち、自分の口から了に好きだって言えるようになるわ――だから、私はもうあなたには必要ない。今、あなたの前に現れたのはあなたにお礼が言いたかったから」「ちょ、ちょっと、待ってくれよ」 突然のことに焦って、千晴は訊ねる。「まさかあんた、これでオレの前から、いいや、実里さんの前からも消えるってことか?」「ずっと私は実里のそばにはいるつもりよ」 静かに智里はかぶりを振った。「じゃあ、どうしてオレの前からは消えるんだよ? だいたいそうしたらあんた、おっさんにもう……」「だから消えるのよ」 智里は寂しげに微笑んだ。「言ったでしょう。私はあなたの背中を押してあげたかったんだって。あなたが自分の気持ちに気づいた今は、私の存在はもういらないわ。いつまでもあなたに憑依して、了に抱かれているのも悪いと思うし」「で、でも、実里さんはどうなるんだよ? あんた、”実里を助けて”ってメッセージをオレに送ったじゃないか」「それは……」 智里は口ごもった。何かを考えて込んでいる様子で、智里から目をそらす。千晴は焦れた。「それがどうしたんだよ?」 躊躇を見せつつ、智里は答えた。「あなたと了が働きかけてくれたおかげで、大津は実里の警護をもっと固めてくれると思うわ。あの人は本当に、私たち――今は実里に良くしてくれているから。だから……」「オレの目を見て話せよ、智里さん」 千晴は智里の白い顔を見据えた。目を伏せたまま、智里が何度か瞬きをする。あきらかに何かをためらっている様子だった。智里の真意を知りたい。自分は智里を、そして実里を助けたいのだ。その一心で、千晴は智里に語りかける。「あんた、オレに何か隠してるだろ? もしかしてそれ――あの親戚たちのことか?」 智里が頬をこわばらせた。無言のYESだった。千晴は言葉を畳みかける。「実際にあの人達に会って、オレ思ったよ。この人たちはあんたたちの財産が本当に欲しいんだって。口ではおべっか使ってるけど、本当は実里さんのことなんて邪魔で仕方ないんだって。今までオレも、それなりにいろんな人間見てきたからそれくらい分かるつもりだ。それに……」 迷った末、千晴はその言葉を口に出した。「実里さん、あの親戚の一人にその……無理矢理されてたんだろ」 智里の細い肩がビクッと震えた。うつむけられた顔が、見る見るうちに痛ましく歪んでいく。自分は智里にひどいことを言ってしまったのだろうか。いや、この問題は実里と智里から避けて通れないはずだ。そう自分に言い聞かせて、千晴は慎重に弁ずる。「オレも、親戚のオヤジに犯られそうになったから少しは分かるつもりなんだ、実里さんの気持ちが。どんなに実里さんが傷ついて、悩んだかってことが。きっと、実里さんを助けられなかったあんたもつらかっただろう?」「そうよ……」 かすれた声で、智里がつぶやいた。肩が小さく震えている。いよいよ、智里が思いを吐き出そうとしている。じっと千晴は智里を見守った。何かを堪えきれなくなったように、智里は顔を上げた。長い黒髪が宙に跳ねる。「私はつらかったわ! 実里を助けられなくて――いいえ、あの子が私を守るために身代わりになって、清春叔父に犯されてたって知って!」 あの葉巻の男は清春という名前だったのか。千晴は合点した。その間に智里の目から、大粒の涙があふれ出ていた。涙に濡れた声で、智里は思いをぶちまける。「それを了から聞いた時、私誓った。何があっても実里を守ろうって――いつも強がりばかり言ってるけど、本当は脆くて優しいあの子を守らなきゃって――でも、でも、私は……」「……亡くなってしまったんだね」 無念そうに、智里はうなずいた。長い睫毛が目元に濃い影を落とす。ためらいながらも、ずっと前から抱いていた疑問を千晴は舌の上にのせた。「智里さん、本当は病死じゃなかったんだろ?」「――」 智里は無言だった。唇が大きくわなないている。智里の顔をのぞきこんで、千晴は語りかける。「あんた、もしかしてあの親戚たちに何らかの形で、殺されたんじゃないか? だから実里さんが自分みたいに殺されるんじゃないかって心配になって、それでオレに……」「それ以上、言わないで」 消え入りそうな声で智里は答えた。その瞳は恐怖におののいている。「あなたをこれ以上、この問題に巻き込みたくないから。今日みたいに、あなたをつらい目に遭わせたくないから」「でも智里さん、オレに実里さんを助けて欲しかったんだろ? どうして今さら……」「あんなにも了に愛されてるあなたをこれ以上、危険な目にさらしたくないのよ!」 智里は叫んだ。子供のように泣きじゃくる。「了は優しい人よ。それにあなたは知らないかもしれないけれど、いろんな傷を抱えている。そんな了がさっき、ようやくあなたと望んで結ばれたの。あんな幸せそうな了の表情、今まで私見たことない。実里も私も、あの人にあんな表情させられなかった。それにあなたもとてもいい子だわ。あなたのそばにいるうちに、私、それがとってもよく分かった。だからもうこれ以上、あなたを私たちのごたごたに巻き込みたくない。あなたたちの幸せを壊したくない。だから……」「だから、オレにこの件から手を引いて、おっさんと仲良くやれって?」 智里はこくん、とうなずいた。その仕草は童女のように愛らしかった。千晴はしみいるように笑って、涙を流す智里に語りかける。「でもさオレ、あいにく他人の不幸を見殺しにして、自分だけ幸せになる気はないんだ。それはおっさんも同じだと思うよ」「……本当に?」 涙がにじんだ声で、智里は上目遣いで訊ねる。そのまなざしを優しく受け止めて千晴は微笑んだ。「ああ、本当さ。だからあんたも実里さんも、おっさんのことが好きになったんだろ?」 智里ははにかんだ表情を見せた。何よりの肯定だった。 ゆっくりと、千晴は訊ねる。「なあ教えてくれよ、智里さん――オレに実里さんを救う方法を」 智里の瞳が揺らいだ。本当にいいの? というように、じっと千晴を見つめる。千晴が深くうなずくと、智里は千晴の耳元に顔を近づけて、ゆっくりと「それ」を告げた。 才口の寝息で、千晴は目覚めた。千晴は才口に腕枕されて眠っていたのだ。白い月が、シーツにぽっかりと影を落としている。「……夢だったのか」 ぼんやりとつぶやくと、才口が強く抱きしめてくる。そのぬくもりにつつまれながら、千晴は考えた。智里は夢枕に立って、千晴と交信していたのだ。死者が生者に夢を通しておのれの意志を伝えることは珍しいことではなかった。 思いにふける千晴に、才口が寝言を漏らす。「千晴……」 眠ったまま、自分を放すまいとする才口の気持ちを、この上もなく千晴は嬉しいと思った。千晴を胸に抱いた才口の寝顔は本当に幸せそうだ。この男が、好きだ。千晴はそう確信する。 だからこそ才口を置いて、智里との約束を果たすために、千晴はあの屋敷に赴かければいけない。そこは千晴にとって死地になるかもしれないのだから。「愛してるよ……了」 そうささやいて、そっと千晴は才口の腕から抜け出た。眠ったままの才口にくちづける。この男の寝顔をずっと眺めていたいという思いを振り切って、千晴は暖かいベッドから抜け出た。 つづく
2006年03月22日
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朝、ダンナの「ユミ~ィ」といううめくような声で目が覚める。 今日は出かける予定だったので、てっきり「もう起きなきゃダメだよ」とでも言われるのかと思ったら、なんと「盲腸になった……」とのお言葉。 「ええっ!」と言って、飛び起きる。 この時はパニック状態なので意識していなかったが、私でもこんなに早く起きられる時があるんだ……と後で感心した。なぜなら私は小さなころから非常に寝付きと寝起きが悪いという非生産的な性格で、いつも起きてから30分くらいはうつらうつらしているもんなんだけど、今日は飛び起きて救急病院に電話、そして着替え。 やればできるじゃん、自分。 まあ、かといって今後はいつも通りなんだろうけど。 この救急病院というのがやっかいでして、朝9時まではうちの所轄だけど、9時からはどこそこの病院で……とたらい回し状態にされるのである。もし移動中に当直の先生がいなくなっていたらもうアウト。盲腸かもしれないダンナを支えたまま、遠く離れた次の救急病院に行かなければならないのである。こりゃアカンと思い、近所のホームドクターに電話して休日だというのに特別に診てもらう。ああ、なんて人迷惑。先生、ごめんなさい。 救急車を呼ぼうかとも思ったけど、それはちょっと大げさかと思いまして。 心優しい先生は二つ返事で診療を承諾してくださり、ダンナとそこまで移動。その間に「お願いだから今死なないでね。もうお腹の子供はリセット不可能なんだからね。シングルマザーになる度胸なんて私にはないの」と言う私。ダンナは涙目になって、「そこまで僕を心配してくれるんだね、ユミ……」と言っていた。 いえ、微妙に違うんですけど。 単に私はたった一人で子供を育てる自信がないだけなんですけど。 などというよけいなことを言う前に、病院に着く。 先生に診ていただいたところ、どうやら盲腸ではないらしい。かと言って、尿結石その他の内臓系の病気でもないらしい。 ここで、ダンナの回想が始まった。 この前の日曜日、ダンナはバイクに乗って近所のホームセンターに行った。 その時、走っていた車のフロントガラスに左脇腹を当てられそうになったのである。 ダンナは「すばらしい反射神経でイナバウアーのようなポーズをとってそれをかわし(本人談)」 、ぶつけられずに済んだ。 車から気のよさそうなおじさんが出てきて、「大丈夫ですか、すぐにいっしょに病院へ行きましょう」と申し出たのだが、ダンナはその後に控えるお出かけ計画が待っているので僕にはそんな時間はないと思い、「いえ、平気ですよ」とさわやかに微笑んだ。 そしてそのおじさんの名前と住所を訊ねることもせず、家に帰ったのだという。(以上、回想終わり) つまりダンナは、その時のイナバウアーが原因で、筋肉を痛めたようなのである。「これはどうも内科というより、外科みたいですね」と先生に言われるが、内臓がやられていると生命にかかわるのでとりあえず救急病院に紹介書を書いてもらって、ハイヤーで病院に直行。 ちなみにハイヤー代は890円。もちろん、フロントガラスおじさんからは一銭もいただけません。 ダンナは私の怒りをすでに察知したらしく、「ユミ、怒らないで……」と車の中でず~っと言っていた。 ダンナは自分が悪いと思う時は必ず上目遣いで目を見開くのだが、今日はめいっぱいこの表情をしていた。それで私の母性本能がくすぐられるとでも思っているのだろうか。 救急病院には当直の若い女医さんがいた。年の頃なら20代後半。いしいひさいちの「ののちゃん」の担任教師に似た感じの人。 私はたまにお腹の中の子供が女の子でも自立できるような専門職、たとえば医者になるのなんかいいな~と高望みしたりするんだけど、ダンナを診察している間もず~っと携帯電話で呼び出されているその女医さんを見ていると、これはこれで大変な商売だと思う。結婚相手との出会いとかあるんだろうか。 とりあえず血液検査とCTスキャン。 検査結果を待っている時間が長くてうたた寝していたら、ダンナが「僕の膝枕で寝たら」と言ってくる。どうやら治療費のことでとても反省しているらしい。 検査結果は異常なしだったけれど、先生に「体脂肪が多い」などと言われ、思わず笑ってしまう。だからふだんからやせろと言っているのに……。 でもやせろって言うと、「僕の内臓はフォアグラなんだも~ん」なんてわけのわからない開き直りをしてくるのでやっかいなのである。打たれ強いタイプなのかもしれない。 痛み止めをもらい、またもやタクシーで帰宅。 帰ってからダンナは「腹減った」とうどんとパンを食べて、五時間くらい昼寝していた。 食べてからすぐ寝ると太るんだよ、ダンナ……。 とりあえずダンナは元気なようです。
2006年03月21日
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「あなたは自分の気持ちに気付きたがらなかったけれど、心の底ではずっと了のことが好きだったの。あなたに呼び寄せられた私にはそれがわかった。だから私は、あなたの背中を押しただけ」「でも、あんたもおっさんのこと好きだったんだろ? それで、オレの体の中に入って、おっさんに抱かれたんだろ? 自分だって、オレを利用したんじゃないか」「……ごめんなさい」 ふたたび智里は頭を下げた。長い髪に覆われた頬は真っ赤に染まり、強い羞恥と自己嫌悪の色を見せている。まったく、表情豊かな幽霊だこと。千晴は少し感心した。 そんな智里がかわいそうになって、できるだけ優しく千晴は声をかける。「べつにオレ、あんたのこと怒ってるわけじゃないんだぜ。ただ、あんた本気でおっさんのこと好きだったんだろうって思ってさ。だったらどうして生きてる間に……」 告白しなかったんだ、と言いかけて千晴は口をつぐむ。若宮家総帥の娘である智里の立場に思い当たったからだった。 静かに智里は顔を上げた。すまなさそうな千晴を安心させるように微笑む。どこか悲しくて、何かを悟った微笑みだった。「いろいろなことを考えてしまっていたの。実里のことや、若宮家のことや……だから自分が恋なんてしちゃいけないと思ってた。けどやっぱり未練が残ったんでしょうね。一度でいいから、好きな人に抱かれてみたかった。それであなたに……」「気持ち良かった?」「えっ?」 とっさに訊かれたことの意味が分からないのだろう。きょとん、とする智里に、千晴はくだけた笑みでもう一度訊ねる。「気持ち良かった? オレの体を通して、おっさんに抱かれて……」「あ、あなたっ……!」 智里は言葉を失って、ふたたび頬を赤く染めた。ようやく智里は年相応のあどけない表情になっていた。それを微笑ましく思いながら、千晴は語りかける。「オレは気持ち良かったよ。おっさんの腕の中にいるのがあんなに心できて、うれしいと思わなかったよ。あんたは、違うの?」 智里は、しげしげと千晴を見つめた。戸惑った表情が、次第にほぐれて、昔ながらの友人に寄せるような親しみのこもったまなざしへと変わっていく。噛みしめるように、智里は答えた。「ええ、そうよ――私もあなたも、二人とも了のことが好きなのね」「ああ。よりによって、どうしてあんなオヤジに、な」 二人は顔を見合わせて笑い合った。
2006年03月19日
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千晴は誰かに見つめられている気配がして、目が覚めた。暗闇の中で、智里がじっと自分の顔をのぞきこんでいた。白い肌が闇に月のように浮かんでいる。ぼんやりと千晴が見つめ返すと、智里は「起こしちゃったのかしら」と言いたげに、すまなさそうな表情をした。そんな智里を安心させるように、千晴は微笑む。「智里さん、久しぶりだね。今までどうしてたの? 若宮さんのお屋敷で、さんざんオレが呼んだのに出てきてくれなかったじゃん」「ごめんね」 申し訳なさそうに智里は頭を下げた。さらさらと長い栗色の髪が肩に落ちる。「あの時、私はあなたに入り込めなかったの。だって、あなたの心は、あの人との初めての夜のことでいっぱいだったから……」「は、は、初めての夜って……」 しどろもどろになる千晴を見て、智里がクスッと笑う。ムッとして千晴は言い返す。「元はと言えば、あんたが原因だろ。あんたがオレの体を勝手に操って、おっさんにあんなこと……」「私は力を貸しただけよ」 心外そうに智里は言った。柔和な少女だが、意外にはっきりと意志は表示するらしい。さすが実里の姉だ、と千晴は思った。 つづく
2006年03月18日
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今日、一ヶ月ぶりに美容院に行ったら「お腹大きくなりましたねえ」と女の美容師さんたちにお腹を触られた。 嬉しいような、恥ずかしいような……。
2006年03月17日
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きちんと引いていなかったカーテンの隙間。 促されて目をやったら、グランドピアノのような艶のある黒いガラスに、自分の白い背中が映り込んでいた。 尖った肩甲骨から腰までの、流れるラインは逆さまになっている。 その有様を見せられて、千晴は今まで自分が取っていた痴態を思い知らされた。これは獣の格好だ。体中、才口に舌を這わされているうちにそんなことも気づかないほど千晴は夢中になっていたのだ。頬に血が上るのを感じ、とっさに身をよじろうとする。「どうした? 何が嫌なんだ?」 少しふざけた才口の声が背後からする。なぶられている、と分かってよけい羞恥が増す。「い……嫌に決まってるだろ」 千晴の声はかすれていた。その間にも、才口は粘っこく腰を動かすからどうしても声が震えてしまう。「こんな……こんな動物みたいな格好……こんなの、オレじゃない」「じゃあ誰なんだ? 智里さんだっていうのか?」 才口に、千晴は答えられなかった。自分の中に智里は今いない。快楽を感じているのは、間違いなくこの自分自身だ。黙り込む千晴の髪を、才口が優しく撫でる。「動物で何が悪い? 俺もお前も、何もかも脱ぎ捨てて、生まれたまんまで愛し合ってるんだ。それがどうして悪い?」 千晴の耳元に口を近づけて、才口はささやいた。途端に電流が走る。こんな些細な刺激にも大きく反応してしまうほど、千晴は燃え立たされていた。喘ぐ千晴に才口は笑って、千晴のそこをこすり上げる。千晴の喘ぎは甘い悲鳴に変わった。体の中心に渦が巻く。才口が腰で円を描いたからだった。 口をシーツで塞いで泣くのをこらえようとする千晴の顔を、才口が前に向ける。「ほら、見ろよ」 千晴を二重に攻め立てながら、才口が言う。「俺に抱かれてるのは、このお前だ。俺に愛されてるのは、他の誰でもない千晴だ。分かるだろう?」「や、やだっ……」 涙でぼやけた視界に、貫かれている自分が映る。才口に後ろから抱きしめられ、顔を歓喜に染めて喘いでいる自分が。「嫌じゃないくせに」 甘えた声で言い返された。同時に、もっと早く手と腰を動かされる。震えが走った。「ああっ!」 瞼を閉じて、大きく肩で息をする。体中に汗が流れていくのを感じる。ふと、うなじにやわらかく熱いものを感じた。才口の接吻だった。ちろちろと舌で首筋を舐め上げられて、千晴は振り返る。「もう、やめろって……!」「やっとお前の可愛い顔が見られた」 少し汗ばんだ顔で、才口が笑う。そのまなざしの優しさにつつまれているうちに、口を吸われる。舌で顎や歯茎を愛撫されているうちに、頭がぼぅっとなってくる。 いつしか、才口は起き上がって胡座をかき、千晴はその膝の上にまたがらされていた。千晴がバランスを崩さないように、才口はその腕を自分の首に巻き付けさせる。次に才口は千晴の背中に両手を回した。二人は密接に抱き合う格好になった。「ちょっと休むか」 白い歯を見せて才口は笑った。上から見る才口の顔は、普段よりも若々しいような気がした。垂れた目を覆う睫毛は長く、目鼻立ちが整っているのがよく分かる。不意に照れくさくなって視線を下に落としたら、才口と結合部分が見えた。千晴は羞恥に息をのむ。「……!」「どうした? どこか痛むのか?」 怪訝そうに才口が訊ねて、千晴の視線を追う。才口は目尻を下げた。少しおどけて、そこに手を触れる。「これが恥ずかしいのか?」「は、恥ずかしいに決まってるだろ! この変態!」「ああ、たしかに恥ずかしいよな。一番深い部分で繋がり合ってるんだもんな。だからさ、おいちゃんは嬉しいんだよ。お前とこんな風になれて」「な……!」 反論しようとする千晴の唇を、才口がおのれの唇で塞ぐ。瞼をうっとりと閉じて、才口はくちづけていた。本当に嬉しそうな表情だな、と千晴は思った。このおっさんは、本当にオレのことが好きなんだ、と実感した。 キスだけでは足りないというかのように、才口の手が千晴の背中を抱きしめる。その手がゆっくりと腰に下り、そこを撫でた時、千晴の内側は熱くうずいた。「千晴、どうした、お前……」 少し驚いたように、才口が訊ねる。千晴は自らぎこちなくも才口を求めていた。体の中に熱がたまって、それを少しでも鎮めたくてたまらない。そして、千晴を助けてくれるのは才口のそこだけなのだ。「う……あっ」 水っぽいみだらな音が聞こえる。自分の上げるいやらしい声が恥ずかしくてたまらない。 それでも千晴は才口を求めずにはいられない。才口はふっ、と笑った。小さく音を立てて、千晴の頬にキスする。「おいちゃん、感激だよ。お前が自分から俺を欲しがってくれるなんて――ほら、こっちだろ」 才口の手が千晴の腰を掴んだ。才口に導かれて、一番敏感な部分を千晴は抉られる。千晴の中で何かがはじけた。「あ……はぁ……ああっ――!」 夢中になって、千晴は腰を振る。恥ずかしいと思っても、もう止められなかった。才口の手がそれを励ますように千晴の腰を撫で上げる。千晴は後ろに倒れ込んだ。快楽に体が痺れて、思うように動かせなくなったのだ。「どうした。もうギブアップか?」 余裕たっぷりに笑って、才口が覆い被さってくる。くやしいと思ったが、口に出るのは切ない吐息ばかりだった。「う……ううっ」 「大丈夫だ。おいちゃんが、ちゃんと最後まで気持ちよくさせてやるからな」 才口が元気づけるように言った。あやすように頬を指でつつかれてから、両手で顔をつつみこまれる。才口の瞳は、いとおしげに潤んでいた。熱にうかされるようにくちづけられる。途端に、強くねじ込まれた。千晴の体は悦んで才口を呑み込んでゆく。「うっ、うっ」 塞がれた唇から、こもった喘ぎ声と唾液が漏れた。才口は唇を離して、千晴の頬や首筋に垂れた唾液を舐め取っていく。そこから新たな愉悦が生まれ、千晴の悲鳴はますます大きくなった。いつしか千晴は、才口の律動に合わせて喘ぐみだらな楽器となっていた。「あ――ああっー、あ、ああっ」「いいか、千晴?」 かすれた声で才口が訊ねる。千晴から最大限の快楽を引き出すように、あらゆる角度で律動を刻む。耳や首筋を唇で愛撫され、大きな手が胸や性器を撫で回す。頭の芯がどんどん痺れていく。もっと才口が欲しい。もっと貫かれたい。そう思って、脚を限界まで開いて、才口にしがみついた。粘った体液が溢れて泡立ち、卑猥な音を立てる。「すげェ……やらしいな、千晴」「や、だ……」「体はそう言ってないぞ」 興奮を隠しきれない声で、才口がからかう。動きが焦らすようなものに変わり、千晴はもどかしく才口の背中に爪を立てた。かすかに才口が顔をしかめる。「こいつめ」 笑って、才口は千晴にくちづけた。ゆるく目を開けながら、千晴は懇願する。「お願い、見ないで……」「えっ?」「見ないで、オレの顔……」 そう言って、千晴は顔をそむける。怪訝そうに才口が眉をひそめた。「何でだよ?」「だって、だってオレ、変な顔してるだろ? いやらしくて、きたない顔してるだろ?そんな表情、おっさんに見られたくない……」 最後の方はすっかり涙ぐんでいた。脳裏に、自分を襲った叔父の姿が浮かぶ。あの時、叔父は言った。お前はいやらしいから、自分を誘惑したのだと。たしかに今、千晴はみだらに才口を求めている。智里なしでも、貪欲に才口を欲している。叔父の言う通り、自分は穢れた人間だったのだ。 しばしの沈黙の後、才口は言った。「たしかにお前は、いやらしい顔してるな」「――」 自分で言い出したこととはいえ、肯定されて胸が痛んだ。静かに才口は言葉を続ける。「いやらしくて、すごく綺麗な顔してる。そんな表情を俺に見せてくれて、おいちゃんは嬉しいよ、千晴」「えっ……」 驚く千晴の顔を両手で覆って、才口は自分に向けさせた。この上なく優しく才口は微笑んでいた。その目はまっすぐに千晴を見つめている。「もう死んでもいいくらいに嬉しい。本当に嬉しい」「やだよ、おっさん」「どうして嫌なんだ?」 不安そうに訊く才口に、少しはにかんで千晴は答える。「だってオレ、おっさんに死なれるのやだもん」「お前――ずいぶん可愛いこと言ってくれるじゃねェか」 才口は笑って、千晴の頭をくしゃくしゃと撫でた。その拍子に、才口のそこが千晴を強く抉る。「あっ」 よみがえった熱に身をおののかせる千晴に、才口は熱っぽくささやいた。「大丈夫だよ――俺は死んでも、ずっとお前のそばにいるから。でもやっぱり、生きてたいな。死んだら、お前とこんなことできないもんな。じゃあ、生きてる間にたっぷり愉しもうや」 そう言って才口は、千晴の脚を両肩に持ち上げた。いっそう深く貫かれて、千晴が悲鳴を上げる。衝撃はすぐに甘いうずきに変わり、千晴は髪を振り乱して喘ぐ。最奥にいる才口の分身が大きく脈打って、千晴を波立たせる。ぞくぞくと背筋が痺れ、千晴は泣いた。「あ……やっ、怖い」「何がだ?」 激しく千晴に腰を打ち付けながら、才口が訊ねる。「なんか……なんか、変。体が、どっかいっちゃう……」「お前、イきそうなんだな」 満足気に才口が喉を鳴らした。「えっ……?」「初めてセックスでイきそうなんだよ、お前は。いいぜ、一緒にいこう。一緒に、天国に行こう」「や、やだ……怖い……」 天国、という言葉が千晴を怯えさせる。そこには智里も、そして両親もいるのだろうか。「怖がることねェよ。オレと一緒だからさ――いくぜ、千晴!」 千晴にくちづけて、才口は腰を大きく蠢かした。千晴は上も下も、才口でいっぱいにされる。内側で何かが膨らんで、はじけようとしている。すでに恐怖は消え、才口の与えてくれる律動がもっと欲しくてたまらない。遠くで、自分たちの体のぶつかり合う音と、自分の泣き声、そして「愛してる、千晴」と告げる才口の声だけが聞こえる。 身も心も才口に溺れながら、千晴は才口にしがみついていた。才口のくれるものなら、何でも欲しい。そして自分のすべてを、才口にあげたい。 やがて、才口の体が一番大きな律動を刻んだ時、千晴は高く長い悲鳴を上げて、何かを叫んでいた。瞼の裏が真っ白になり、千晴は意識を手放した。熱くたくましい才口の腕に抱きしめられるのを感じながら。 つづく
2006年03月16日
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大手電機会社社長の豊島アツシは苛立っていた。先月リストラした大島という研究職員がしつこく電話をかけてくるからだ。大島は優秀なエンジニアだった。特にアンドロイド製作に卓抜な才能を発揮し、アツシは大島にアンドロイドを開発させようとして雇った。 会社の期待に応えようと、大島は必死に働いた。大島の開発した技術のいくつかは、会社に大きな利益をもたらした。だがそのうち、その研究にコストがかかりすぎることが判明し、アツシは大島をクビにしたのである。大島の頭脳と忠誠心は買うが、それだけで企業はやっていけない。切り捨てるところは切り捨てないといけないのだ。『社長、素晴らしい作品ができました。一度ぜひ見ていただけないでしょうか』「うるさい。私はお前などのくだらん研究に関わっている暇はない。たっぷり退職金はやったんだ。もう二度と私に関わるな、この能なしめ!」 そう言って、今日もアツシは電話をガチャンと切った。まったく、機械いじりだけが取り柄のオタクほど質の悪いものはない。苦々しくアツシは息子のヒロシのことを思い浮かべた。ヒロシは部屋にこもって、機械いじりばかりしている。俗に言う引きこもりだ。幸い、父親であるアツシは金持ちだから、ヒロシは働かなくても金に困ることはない。それどころか、たっぷりの小遣いを与えられている。 このままでは息子が心配だとアツシは気をもんでいた。それに息子が引きこもりでは世間体が悪いではないか。どれもこれも、妻のしつけが悪いせいだ。自分は仕事にかかりきりで、息子にかまわなかったから、咎は妻にある。「まったく、すべて母さんの責任だぞ」 それが家庭におけるアツシの口癖だった。そう言うと、妻は泣きそうな表情をするが甘ったれているとアツシは思う。誰のおかげでこんな優雅な暮らしができているのだ。(どいつもこいつも、私以外はバカばかりだ。自分のことしか見えていない、ひとりよがりなガキばかり! まったくもう……) アツシが胸の内で悲憤慷慨していると、社員の一人であるケンイチがマネキン人形のようなものを持ってやって来た。「社長。この品はもう処分してよろしいでしょうか」 それは会社にいたころ、大島が試作した女性型アンドロイドだった。とは言っても、人間のごとく会話できるわけではない。ただプログラミングされた言葉を、呼びかけに応じて何パターンか答えられるだけである。 見た目は人間の美少女そっくりだが、いかんせんアンドロイド。まばたきや瞳孔の動きが不自然きわまりなかった。他が精巧にできているだけに、そこがいかにも作り物めいていて不気味なのである。(まったく、くだらんものを作りおって……) 大島にこの商品を作れと命じたのが自分であったことも忘れて、アツシは憤慨した。気晴らしにケンイチに八つ当たりする。「君、私は忙しいんだよ? こんなものを始末するかどうかくらい自分の頭で考えろ」「はっ。しかし、この前、社長はすべて自分の指示をあおぐようにと僕におっしゃったのですが」「口答えするな、このバカが!」 アツシは怒鳴り、ケンイチは即座にわびてから言った。「やはりこれは処分すべきでしたね。これから廃棄して参ります」 その時脳裏にある考えが閃いて、アツシは言った。「その必要はない。これは私が引き取ろう」 「息子や。お前にプレゼントだよ」 アツシはそう言って、ヒロシにアンドロイドを渡した。ヒロシはパソコンに向かったまま、興味なさそうにアンドロイドを横目で見る。(無関心を装ったって、私はだまされんぞ) アツシは思った。ヒロシの動向は、監視カメラで随時見ている。ヒロシに自殺でもされたとあっては、自分の評判はガタ落ちするだろう。 最近、ヒロシが外界に興味を抱きつつあるのをアツシは知っていた。インターネットで取り寄せたファッション雑誌を読んだり、アイドルグラビア写真集を見たり、さらにはネットで知り合ったらしい友人達とチャットしたりもしている。 ヒロシは引きこもってはいるが、人間と付き合いたいと思っているのだ。だからこのアンドロイドは、効き目がある。なぜなら、精巧に作られてはいるが、しょせん機械である彼女と会話しているうち、息子は生身の人間と付き合いたくなるだろう。そうなれば、そのうち引きこもりをやめるのではないか。ヒロシが引きこもりをやめない限り、アツシは会社を他人に引き渡さなければならないのである。「まあ、ゆっくりこのアンドロイドと遊んでやりなさい」 アツシはそう言って、ヒロシの部屋から出ていった。 しかし、アツシの期待はもろくも崩れ去った。ヒロシはアンドロイドにまったく興味を示さず、それまで通りパソコンと機械いじりに夢中だった。 監視カメラに映るヒロシを見て、アツシはぐったりとうなだれる。「何ということだ……ヒロシはここまで他者に興味がないのか。ヒロシが興味を抱くのは、ネットでのヴァーチャルな人間関係だけなのか。私がこんなに心配しているというのに、なんてヒロシは自分勝手でひとりよがりな人間なんだろう」 おどおどと、アツシの妻が口をはさむ。「でもあなた、ヒロシはヒロシなりの世界を築いているんですよ。あの子は私にはとても優しい子ですし、そんな一方的にヒロシを悪者にしなくてもいいんじゃありませんか」「うるさい! 元はと言えば、お前の教育がすべて悪いんだ!」 そう言って、アツシは妻に殴りかかった。そんな夫婦をよそに、今もヒロシはチャットで誰かと話している。「君の父さんの様子はどう?」「部屋にいるのが僕そっくりのアンドロイドだって、全然気づいていないみたいだよ」 ワンルームマンションの一室で、ヒロシはケンイチと話していた。彼らは偶然チャットルームで知り合って話しているうちに、友達になった。二人ともアンドロイド制作に興味があったことと、とある人物の悪口で意気投合したのである。その人物とは、ヒロシの父親――すなわち、ケンイチの上司・アツシだった。 自分とうり二つのアンドロイドに取り付けられたカメラ映像を見ながら、ヒロシは言う。「本当に父さんは僕のことなんかどうでもいいみたいだな」「そんなことないよ、ヒロシくん」 そう遠慮がちに口を出したのは、大島である。ケンイチの紹介で、アツシは大島と知り合った。今では大島はすっかりヒロシと仲良くなり、こうしてよく談笑しているのだ。 銀縁眼鏡のブリッジを上げながら、大島は言った。「だって君の父さんは監視カメラまで使って、君の様子を気にしているじゃないか。それに君の引きこもりをやめさせようと思って……」 なんて大島は人がいいんだろう。ヒロシは少しあきれた。会社にいる間、大島はさんざんアツシに罵倒され、プライドを踏みにじられたのだとヒロシはケンイチから聞いて知っている。それでも大島は未だにアツシを信頼し、新型アンドロイドを製作したことをアツシに報告した。その時、ヒロシたちは自分たちの計画が反故になると不安になったが、幸いアツシは興味を抱かなかったようだ。 苦笑をにじませて、ヒロシは大島に反論する。「でも父さんはあの部屋にいる僕がアンドロイドだって見破れないだろ? ちゃんと僕を見ていない証拠さ。どうせ父さんは僕が自殺さえしなければいいくらいに思っているんだ。だからちゃんと僕と向き合おうとしないで、母さんに当たり散らしてばかりいる。父さんの興味は会社を大きくすることしかないんだ」「でも、君のお父さんは偉大な方だよ」「たしかにそうかもしれない。けど、大島さんは父さんのこと、人間として好き?」 大島は黙りこくった。ヒロシとケンイチは大島の肩に手を置く。退職金を手にして、途方に暮れていた大島に手をさしのべたのはヒロシだった。大島にいっしょにアンドロイド製作をしようと持ちかけたのだ。研究のための資金と施設は大島の退職金と、ヒロシが今まで貯めた多額の小遣い、ヒロシの母親から援助してもらった金でまかなった。この無駄遣いはお父さんへのささやかな復讐だと言って、母親は笑っていた。 いつか僕があなたを救ってあげるからね、母さん。ヒロシは決意を新たにして、言葉を続ける。「父さんが嫌で、ここに飛び出した。時々家には帰って、こっそりアンドロイドと入れ替わってるけどね。引きこもりを始めたのだって、父さんへの反抗心が引き金だったんだ。でも表立って家出したら、母さんが父さんに責められてかわいそうだし……」「それに、僕らの計画にも、君そっくりのアンドロイドは役立ってるからね」 ヒロシとケンイチは、顔を見合わせて微笑み合った。 二人の夢は、人間そっくりなアンドロイドを作って売り出すことだった。大島が以前作ったあの美少女型アンドロイドを改良したのが、ヒロシにそっくりなこのアンドロイドなのである。それは、大手電機会社の社長であるアツシの目もだましおおせた。 もしこのアンドロイドが商品化されれば、二人は大もうけできるだろう。その時にはケンイチは独立して、ヒロシと大島の三人で会社を興すつもりだ。そうすれば、アツシの会社を追い越せるかもしれない。もしそうなったら、アツシはどんな顔をするのだろうか。 ヒロシはモニターをふたたび見つめた。画面を切り替える。そこにはヒロシがアツシに隠れて仕掛けた監視カメラの映像が映っていた。アツシは母を殴っていた。どうせヒロシをあんな子に育てたのはお前のせいだと母親を責めているのだろう。アツシはいつもそうだ。自分のことしか考えず、不都合はすべて他人のせいにする。ヒロシはつぶやいた。「まったく父さんときたら、本当に人間に自分勝手でひとりよがりなんだから……」 END
2006年03月14日
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「智里さん、おっさんのこと好きだったんだよ。ううん、死んでしまった今でも。だからオレに憑依して、おっさんと……」「千晴、それどういうことだ?」 戸惑いを隠しきれない声で、才口が訊く。才口の表情はひどく険しくなっていた。自分が才口を傷つけてしまったことを知った千晴は、黙って顔をそむけた。 しばし実里は千晴の顔を凝視してから、冷ややかに訊ねる。「それは、君が姉さんに憑依されたから了に抱かれたってこと?」 静かにうなずく千晴に、実里は質問を続ける。「じゃあ、君は好きこのんで了に抱かれたっていうわけじゃないんだね?」 千晴は息を詰めた。才口を横目で見る。才口はこわばった面持ちで、千晴を静かに見つめていた。返答次第で、才口は自分との関係を解消しようとするだろう。もしかしてマンションからも追い出されるかもしれない。 けれども、実里に嘘はつけない。必死に智里が守ろうとしている、この孤独な青年――というには、線の細すぎる美しい人には。 深呼吸してから、千晴は答えた。「そう、です」 才口が息をのむ音が聞こえた。きっとその顔は青ざめていることだろう。実里はけたたましく笑い始めた。身を乗り出すようにして、千晴は訴える。「実里さん、笑い事じゃありません! 智里さんに憑依されたオレには分かる。本気で智里さんはあなたを心配してるんです。あなたの身に迫る危機から、あなたを守ろうとしてるんです。だから……」「いいかげんなことを言うね」 皮肉っぽい笑いを浮かべて、実里は言う。「そこまで僕を心配してる姉さんが、どうして君に取り憑いて了に抱かれたっていうんだい? それじゃまるで、姉さんは色情狂じゃないか」「そ、それは……」 言葉に詰まる千晴に、冷ややかに実里は宣告する。「さあ、ここから出て行ってくれたまえ。そして、二度と僕の前に姿を現さないでくれ」「実里さん、オレの言うことを真面目に聞いてくださ……」「うるさい!」 実里は激昂した。すっくと立ち上がって、瀟洒な飾りのついたドアを指さす。その姿は気品あふれる王子のようだ。怒りに頬を赤く染めながら、実里は言葉を続ける。「どうせ君は、僕の家の財産が欲しいだけなんだろう? 僕が姉さんを恋しがってると思って、でたらめを並べて僕の気を引こうとしてるだけなんだろう?」「実里さん、そんな……」「言い訳は聞きたくない! もう僕に近づくな――了に愛されてる君なんか、見たくもない!」 実里は叫んだ。大津が痛ましげに眉をひそめる。実里の蒼い双眸に涙が浮かんでいたからだった。実里はおのれの両肩を抱きしめるようにして、嗚咽した。「実里さん、オレはただ……」 思わず実里に歩み寄ろうとした千晴を、才口が引き留める。千晴が振り返ると、才口は黙って首を横に振った。その表情には、苦い微笑がにじんでいる。あいつの気持ちも分かってやれよ、とその瞳は語っているようだった。何も言えなくなる千晴に、大津が静かに告げる。「大変申し訳ございませんが、本日はこれでお帰り下さいませ。後日、報酬はお届けいたしますので」 体を二つに折りたたむようにして、大津が低頭する。才口が千晴の背中に手を回して、出口へ向かった。「帰るぞ、千晴」 才口に引きずられるようにして、千晴は後ろを振り返る。顔を覆って、実里はむせび泣いていた。その姿は小さな子供のようだと、千晴は思った。 マンションに帰っても、不思議と才口は普段通りに振る舞った。「疲れたな」と言いながらドアの鍵を開け、電灯をつけてガスレンジの前に立つ。その姿を、隣室のベッドに腰を下ろして、千晴はぼんやりと見ていた。才口の機嫌が気になっている自分を情けなく意識する。「あんなにだだっ広い屋敷じゃ、どうも冷え込んでよくねェや。やっぱりうちくらいの広さでちょうどいいやな。光熱費もかからねェし。茶でも飲んでゆっくりしようぜ」「ねえ、おっさん……」「何だ? コーヒーじゃなくて、紅茶の方がいいか?」「そうじゃなくて……」「日本茶もあるぞ。ちょっとしけてるけどな」「おっさん!」 焦れて、千晴は叫んだ。やかんを手にしたまま、才口が少し驚いたようにこちらを見つめる。「何だ?」「あのさ……あの……」 うまい言葉が見つからなくて、千晴はうつむく。何度か浅く呼吸してから、千晴は言葉を絞り出した。「実里さんのこと……」「あいつのことは心配しなくていい」 思いの外、あっさりした返答だった。驚いて顔を上げると、才口は落ち着いた仕草でカップにお湯を注いでいた。ティースプーンでカップの中身をかき混ぜながら、才口は言葉を続ける。「あいつには大津さんがついてる。今回のストーカーが捕まった一件をきっかけに、警備を厳重にしてあいつを守ってくれるだろうよ」「でも、それだけじゃ……」「足りないっていうのか?」 黙って千晴はうなずいた。子供をいさめるような笑みを浮かべた才口が、カップを二つ持って来る。千晴に湯気の立つカップを渡して、才口は隣に腰を下ろした。「あいつは自分からお前の助けを拒んだんだ。無理強いはできないだろ」 さりげなく才口は慎重に言葉を選んでいた。きっと実里に絶交を言い渡された自分をおもんばかってくれているのだ。成り行き上とはいえ、あれだけ千晴は無神経なことを言ってしまったのに。才口の優しさに、千晴は涙ぐみそうになる。自分を落ち着かせるため、千晴は熱いコーヒーをすすった。「でもさ今朝、オレ、智里さんからメッセージを受け取ったじゃん」「実里を助けて、ってあの血文字か?」「そうだよ、だからオレたちは実里さんを救わないと……」 意気込む千晴に、才口はぴしゃりと言った。「千晴、本気でお前、あれが智里さんのメッセージだと思ってるか?」「えっ……」 虚をつかれる千晴に、才口は言い聞かせるように語りかける。「俺は夢遊病の一種じゃないかと思ってる。お前の深層心理がああいうことをさせたんだよ。千晴、お前は実里に自分を重ねてるんだ」「オレが実里さんに、自分を?」 そうだ、と才口は首を縦に振る。千晴は引きつった笑いを漏らした。「どうしてオレみたいなヤツが実里さんと? オレはあんなお坊ちゃんじゃないし、それに……」「実里とお前には共通点がある――それは天涯孤独で、親族に襲われたってことだ」「――!」 千晴は目を見開いた。胸が痛くなって、自分を守るように握った拳を胸の前にあてる。才口は千晴の肩を抱くようにして、手を回した。「すまねェ。気分を悪くしちまったな。けど、聞いてくれ。お前は実里に同情したんだよ。早くに肉親を亡くして、ひとりぼっちになっちまった実里に。汚ねェ大人に身を汚された実里に。けど、当の実里はお前を拒絶してるから、素直に実里に同情する気にはなれない。だから智里が自分に憑依したって思い込んで、その気持ちを表現した。あの血文字でな。お前は自分と同じような心の傷を抱えてる実里を助けてやりたい、って思ったんだ。でも表層意識ではそれを認めたくなかった。自分を憎んでる実里が癪に触ってたし、まだ自分が家族の死や叔父さんとのことで傷ついてるってことを認めたくなかったからだ」「でも、実里さんに降りかかった事件は……」「あれは単なるストーカーの仕業だろ。スープにガラスの破片が入ったのは、単なる偶然だ」「じゃ、じゃあ……」 膝の上で手を組み合わせながら、千晴はついに胸に秘めていた「あのこと」を口に出した。「オレが、おっさんに抱かれたことはどうなるんだよ?」 才口は瞠目した。千晴の予想に反して、その瞳は少し照れくさそうに細められる。「それはお前が俺に惚れてたからだよ」 言い終えてから、才口は無精髭が生えた頬をポッと染めた。つられて自分の頬も熱くなるのを感じた千晴は、それまでの気まずさも忘れて叫ぶ。「な、何言ってやがんだ、このオヤジ! 冗談過ぎるぜ!」「本気だよ」 千晴を見据えて才口は言う。そのまなざしの深さに千晴は射すくめられた。「お前は俺のことが好きで、俺に抱かれたいと思ってた。実里に挑発されて、俺に告白されたことで、自分でもその気持ちに気づいた。けど、叔父さんとの一件で、お前はセックスに恐怖心を抱いていたし、自分に性欲があるのも許せなかった。特に同性とのセックスにはな。おいちゃんのことが好き、抱いて欲しい、でもそんなことを望む自分は嫌。その矛盾した気持ちをお前は智里さんに憑依されたと思い込んで、解消しようとしたんだ」「そんな……」 才口に見つめられたまま、千晴はそれだけ言うのがやっとだった。才口は間違っている。確実に、智里の霊は存在する。そう言いたかったが、言葉に出せない。才口という男に、千晴はからめ取られていた。「違うか、千晴? おいちゃんの言うこと、間違ってるか?」 甘えるように才口が千晴に顔を寄せてくる。ゆっくりと才口の唇が近づいてくる。顔をそむけてしまえばいいのに、なぜかそれもできない。「お前は俺のことが好きなんだよ」 才口は千晴の頬を両手でつつみこんだ。そのまなざしは本当に優しく、千晴に注がれてゆく。「それでさ」 瞼を静かに閉じながら、才口はささやいた。「おいちゃんは、お前のことが大好きなの」 才口のくちづけは、あたたかかった。千晴はそれに浸されてゆきながら、ゆっくりと才口に押し倒された。今夜は智里を感じない。けれど、才口を拒む気にもなれなかった。 つづく
2006年03月13日
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ダンナの両親、そしてダンナの妹さん(つまり私の義妹)とダンナと一緒に食事をする。 以前、ダンナのご両親と会った時は妊娠4ヶ月だったので、妊娠中期に入ってから会うのは初めて。 私が部屋に入ると、みんな開口一番、「お腹が大きい!」と叫んでいた。 はい、その通りです。 七ヶ月になってから、私のお腹は凄まじい速度で膨れています。 ダッフルコートを着ても、はっきり妊婦だと分かるほど。 それまで言わなかったら妊娠中だと気づかれなかったのになあ。 もう歩くのもしんどくて、普通の人の半分くらいの速度でしか歩けない。 うちの母は歩くのが遅くて、いっしょに歩くとよく私が追い抜いてしまって母が苦言を呈していたのだが、その母より歩くのが遅い。 今日も、ダンナのご両親と待ち合わせるのに十五分くらい歩いたんだけど思ったより時間がかかってしまった。 言うなれば、お腹に重しをつけて歩いているみたい。 自治体によっては、父親に妊婦の感じている重さを知ってもらうためにおもりをつけたエプロンをつけさせるそうなんだけど、まさにそんな感じ。 自分の体に明らかに自分じゃないものがくっついているようなのだ。 お腹を押してみると、ぷよっていうやわらかさはなくて、固いしこりがついてるみたいなのもなおさらそんな感じがする。 ダンナの両親と妹さんに4D写真を見てもらったんだけど、みんな口を揃えて「ダンナに似てる」と言っていた。 でもうちの家族に言わせると私に似てるって言う。 みんな自分の親族に孫が似てほしいのかなあ。 これって、遺伝子を残したいっていう願望? ダンナは自分に似た方が嬉しいらしくて、家族に「似てる」って言われてる間中、ニコニコしてた。 その後も、「赤ちゃんは僕に似てるんだねえ」と言ってご満悦だった。 そういう私はどうかって? それは微妙。 実は、私はあんまり自分の性格が好きじゃなかったりする。 私みたいな性格の持ち主は一家に一人でいいので、子供の性格はダンナに似て欲しいと思っている。ダンナは陽気な人なのである。 顔は……どうなんだろ。 ものすごく自分の顔が好きっていうわけでもないし、嫌いっていうわけでもない。 お化粧するのは好きだけど。 まあ、ダンナは自分に似て欲しがってるみたいなのでダンナに似た子が生まれた方がいいでしょうかね。 たっぷりごちそうを食べたのはいいんだけど、お腹が重くなって立ち上がるのがしんどかった。 妊婦はつらいよ。
2006年03月12日
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とある映画批評で「ハリーポッターの二番煎じみたいな映画」と評されていたけど、原作がハリポタに影響を与えたわけで(発表時期的にそうでしょ)、こっちがファンタジーものとしては古典だと思います。 子供のころドキドキして読んだ原作だから、どう映画化されるかすごく不安でした。 まあ、ちょっと派手派手しくておやすい感じはするけれど、よくできてるんじゃないかな。 子役がみんないわゆる「カワイイ」子役じゃないところが逆にイギリスっぽくて良かったと思う。 ティルダ・スワンソンがこんなところに出てくると思わなかった。 「オルランド」の彼女がなつかしいです。
2006年03月11日
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描きたいことは分かるんだけどなあ……っていう映画。 一番の問題点は、ヒロインである傾国になぜ二人の男があれだけ惚れ込んだかがよくわからない点だったと思う。 いくら美人だからって言われても、それだけじゃ今ひとつこちらの心に伝わってくるものがございません。 それに傾国役の女優さんって、私から見ると「神経質そうな島谷ひとみ」って感じでした。 そんなに美人か? と失礼ながら思ってしまった。 この監督の映画は「さらばわが愛」が大好きだったんだけど、あの鮮烈さはもう見られないのかしら?
2006年03月10日
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うなじに手を添えたまま、千晴はうめくようにつぶやいた。頬がカァッと熱くなるのを感じる。「こ、これは……」「どんな言い訳を考えてるの? 蚊に刺された跡? それとも湿疹? そんな言い訳には僕はだまされないよ。いろんなヤツからキスマークをつけられたことがあるんだから。そこにいる了にもね。そうだよね、了? いつだったか僕は、了に体中、キスマークだらけにされたこともあったよね?」 実里の挑発に才口はのらなかった。ただ心配そうに千晴を見つめている。 だが、千晴は才口のように冷静ではいられなかった。才口と実里が睦み合う姿が、頭の中でグルグルと回って、千晴は才口をにらみつけた。「どうしたんだ?」と太い眉を上げる才口に、千晴はいっそう苛立つ。 そんな千晴の様子を面白がるように、実里は言った。「ねえ、ひょっとして君、了に腹を立てたりしていないかい? 昨夜あんなに自分を愛してくれたのに、ってね。ここでは素っ気ない態度を取ってるけど、君は了のことが好きなんだ。自分だけのものにしておきたいんだ。どうせ自分から喜んで了に抱かれたんだろう?」「違う!」 反射的に千晴は叫んでいた。才口と千晴が驚いたように自分を見つめる。次に才口の瞳は悲しみの色を帯び、実里の瞳はしてやったりと輝いた。 自分は間違ったことをしでかそうとしている。心のどこかで自覚していても、千晴は尖った言葉を紡ぎ出すのをやめられなかった。「オレは……オレは、おっさんに抱かれたくて抱かれたんじゃない。オレに憑依した智里さんが、オレの体を操っておっさんと寝たんだ」「千晴――それ、本当か?」 才口が呆然とつぶやく。傷ついているであろうその顔をみるのが怖くて、千晴は才口に目を向けることができなかった。 大津が瞠目して、千晴に訊ねる。「なぜ、智里お嬢様がそのようなことをなさったと言うのです?」「分からない。けど、たぶん智里さんはおっさんのこと……」 思いをめぐらせながら、千晴は答える。たしかに千晴は才口の腕の中で「了、大好き」と叫んでいた。
2006年03月09日
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今日、七ヶ月目の検診に行ってきた。 この日記をずっと読んでくれている人は「つい1週間くらい前に検診行ってなかったっけ?」と思うかもしれない。 たしかに行きました。そして「太りすぎ」との注意をいただきました なぜこんな短い間隔で検診に行ったかというと、行ってる病院が違うのです。最初にかかった産婦人科に産院がなかったもので(先生に言われるまで知らなかった)。 今日行った病院は産院なわけですよ。 太りすぎの宣告をもらってから、ダイエット開始して1週間。ヤセていない。 お小言をいただくのが怖い。 経産婦の人からよく「体重が増えるとお医者さんに叱られるよ」などと悲哀がこもった愚痴を聞かされていたのでなおさら怖い。 それにやっぱり面と向かって(いくら医者としてのつとめとはいえ)「太りすぎです」って言われるとやっぱり堪えるものなんです。 そこで私は考えた。 検診前に下剤を飲むのである。 これは「あしたのジョー」でジョーが計量の前にやっていた手段で、それからさらにジョーはサウナに行ったり、飲まず食わずを続けたりしていたが、私はボクサーじゃないのでパス。 ここのところ、外出が続いていて長い間出ていなかったので(こういうことを書いていると本当にオバサン化してきた自分を感じる。妊婦だからまあいいか、って気分になるんですよ)、もう出るわ出るわ。 どこにこんなものたまってたんだろうと、人体の不思議を感じた。 余談だけど、下剤が効き始めてから実際に出るまでの時間って、案外空しいものです。 お腹が痛いから何も手に付かないし、部屋から出られないのよね。 便秘症って、下剤を買うお金(ウンコ代と私は呼んでいる)も必要だし、排出準備時間も必要だしで、便秘症じゃない人よりずいぶん損してるように思う。 そういう時間を過ごした後で、いざ検診へレッツゴー。 道中、トイレに行きたくなるのが怖くて、予定時間より一時間遅れて行く羽目になった。 さて、問題の検診が始まる。 さっそく体重計に乗ると、なんと体重が1キロ減っていた。さらに腹囲を計ると5センチ減。 すごいよ、自分。 そこまで溜められるなんて……と自分で自分をほめてしまった。 先生からもおとがめなし。 それでも不安なので、「私、この前、別のお医者さんで太りすぎって言われたんですけど」と質問してみたら、「ああ、あの先生は厳しいよね」とのお答えが。「でも10キロ以上太っちゃいけないんですよね?」と言ったら、「まあ、難産になりやすいってのもあるけど、産後やせるのはせいぜい5キロくらいだからね。ダイエットに苦労したくないでしょう? 肥満は怖いからね」と言われる。 たしかに怖い、怖すぎるよ、ママン……。 あらためてダイエットしよう、と誓う私だった。 その後、普通に食事したらすごく胃もたれがする。 食事前はお腹すいてるんだけど、した途端に胃がムカムカするのだ。 七ヶ月になってからこういう症状が出てきたんだけど、ものの本によるとそういうふうにできているらしい。 妊娠3ヶ月のころを思い出すなあ。あのころもぱくぱく食べては気持ち悪くなったっけ。 どうせ気持ち悪くなるんだったら、最初から食欲をなくしてくれよ、赤子よ。 そう思う妊婦なのであった。
2006年03月08日
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肥満を宣告されてから早や1週間。 昼はずーっとサラダで、お菓子を食べるのも控えました。 それなのに。体重が1キロ増えてしまった 閑話休題。 楽天の顔文字、今回初めて使ってみました。 ビミョ~にあかぬけない……じゃなかった、素朴な感じがいかにも楽天ブログって感じでいいですね。 どうして私が太ってしまったのっ? なんて嘆きはもうやめとこうと思います。 きっと赤子のせいなのよ。赤子が羊水を増やしまくっているのよ。 そうよ、きっとそうに違いないわ! それが本当かどうか分からないけど、お腹が大きくなったのは事実。 この前、一ヶ月ぶりくらいに会った友人に、「もうどこから見ても妊婦だね」と言われた。 それまであんまり意識してなかったんだけど、街のショーウィンドウに全身を写してみるとたしかにお腹がせり出しているのがコートの上からでもはっきり見えた。 どうしてそんなに自分が妊婦かって意識しないかというと(正確に言うと周りが私を妊婦だと気づいていないと思っているかというと)、妊娠してから一度も電車やバスで席を譲ってもらったことがないから。 今からン年前、ものすご~く太っていたころ、妊娠どころか結婚もしていない乙女だった私に席を譲ったりするおじさまや、「予定日はいつですか?」と笑顔で訊ねてくるおばさまがいた。 べつに腹は立ちませんでしたよ。だって善意で言ってくれてるんだもん。 で、本当に妊娠してみたらだれも席を譲ってくれないし、予定日は?なんて訊ねてこないわけよ。 これってどういうことかな? 私がちょっと大人っぽくなって声がかけにくくなったせい? それとも日本人がそれだけ薄情になったせい? ちょっくら席を譲ってもらえないおじいさん、おばあさんの不満な気持ちが分かったでございますよ。 まあ、普段からぽっちゃりしてる人は妊娠してもお腹が目立たないっていうけどね。 そんなふうに巨大な腹になったせいで、やたらと歩くのがしんどい。 立ち上がる時なんて「よっこいしょ」と言ってしまう勢いだ。 一番つらいのはかがんだ時。膝がお腹にめりこんで、キックを入れられたみたいになってしまう。 お腹がパンパンにふくれあがっているので、おへそが限界まで開いてしまい、そこに指を入れると赤子に触れてしまいそうだとダンナは言う。 妊婦用パンツってお腹をすっぽりと覆うからたまに蒸れちゃって、おへそのあたりがかゆくなるから掻いてるわけです。 ダンナはそのたびに「イヤ~、怖い 赤ちゃんに指が当たっちゃうからやめて」と騒いでいる。 他にもダンナは私のおへそに目を当てて、「あ、今赤ちゃんがイナバウアーしてたよ」などと言って遊んでいるのだった。 ものの本で調べたところ、妊娠七ヶ月というのは赤ん坊が急ピッチで大きくなる月、つまりお腹が一番大きくなる月だそうな。 だからそれだけ体重が増える可能性も増えるわけで、妊娠中毒症と体重増加には要注意! らしい。 要注意って言っても、注意してすべてコントロールできるわけじゃないのがつらいところ。 今日、ダイエット食ばかり食べてるのに体重が増えてるのに嫌気がさして久々にケーキを食べた。 そうしたらお腹が急に痛くなって、ケーキを食べるのを中断してベッドで寝る。 この痛みは妊娠3ヶ月頃、よく感じたあの張ったような痛み。 子宮が拡大する痛みである。「赤ちゃん、せっかくママがケーキ食べてるんだから邪魔しないでよ」とうなりながら言ってたら、ダンナが「ユミがこれ以上太らないように赤ちゃんがストップかけてくれてるんだよ」「それとも自分もケーキ食べたいから、ママずるいって言ってるのかな」などと言う。あいかわらずダンナはポエマーなのだった。
2006年03月07日
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親戚たちは、今夜は若宮邸で泊まっていきたいと口々に申し出た。仮にも寝込みを襲われた実里が心配でたまらないので、一晩でもそばにいたいというのを実里は丁重に断り続け、ようやく彼らは若宮邸を後にした。大津がうやうやしく扉を閉める。 親戚たちの足音が聞こえなくなってから、ソファに実里はどっかりと腰を下ろした。「ああ、欲深どもの相手は本当に疲れるよ」「ホットミルクでもお飲みになりますか?」 大津の言葉に、実里は頬を薄赤く染めながら千晴たちを一瞥する。「僕はもう子供じゃないと何度言ったら分かるんだ、大津。この年になってホットミルクはないだろう」「失礼いたしました。ですが、坊ちゃまは昔から寝付けない夜は智里様とごいっしょにホットミルクを飲んでいらしたものですから、私はつい……」「よけいなことを言うな、大津!」 実里は叫んで、大津にテーブルの上にあった灰皿を投げつける。危ういところでそれは大津からそれ、先ほど、実里の親戚が吸っていた葉巻の吸いカスが飛び散って、壁に四散する。大津は顔色ひとつ変えなかった。千晴は実里の剣幕に息をのみ、才口はあきれたように顎の無精髭を撫でる。「大津さんに八つ当たりはやめとけよ、実里」「僕は八つ当たりなんてしていない!」 肩で息をしたまま、実里は才口をにらみつけた。蒼い瞳は余裕のないギラつきを帯びている。「嘘付け。どうせ気に入らない親戚どもに愛想笑いしている自分に嫌気がさしたんだろ。嫌なものも嫌と言えない自分に、な」「あいにく、僕は大人になっただけさ」 才口に実里は鼻で笑った。構えるように腕組みする。「処世術ってものの存在を知ったんでね。僕のことを嫌っていて、僕も大嫌いなあの人たちの前でも笑っていられるようになった。そうすれば角が立たずにその場を切り抜けられるって分かったから。だから、僕を襲った重文のジジィの前でも……」「重文? 僕を襲った?」 思わず問いかける千晴に、才口が耳打ちする。「あの葉巻を吸ってた人さ」「よけいなことをそいつに教えるな、了!」 実里は激昂した。才口が肩をすくめる。「すまない。けど、この問題は憑巫である千晴に知ってもらった方がいいと思うんだ。お前たち双子を若宮家の頭首と定めた後ろ盾である親父さんが亡くなってから、あの親戚たちはお前たちをいじめ抜いた。子供だったお前たちの弱い立場をいいことに、慰み者にしようとするヤツまで現れた。そいつがあの重文さんだ。それが嫌で、お前は屋敷を飛び出してあの店に来たんだろ、千晴?」「僕はそんな……ただセックスに興味があって、いろんなヤツと寝てみたかっただけだよ」「悪ぶるんじゃない」 うそぶく実里をひたと見据えて、才口は語る。そのまなざしは、かつて叔父に犯されそうになり、傷ついていた自分に向けられていたものに似ていると千晴は思った。さらに実里の姿が、かつての自分に重なる。傷を隠すために、強がっていた自分に。 大津は切れ上がった双眸をすがめて、実里を見守っていた。才口は噛んでふくめるように言葉を続ける。「智里さんは俺に言っていた。実里は優しい子で、私がちょっかいを出されないように自分の身を犠牲にしたんだって。だから私は女としての幸せをあきらめてでも、実里に尽くすことにしたんだって」「たしかにご立派な姉貴だったよ、僕の姉さんは。けど、僕を置いて勝手に死んじゃったんだから、その決意も意味ないよね!」 実里はけたたましい笑い声を上げた。それにかまわず才口は、実里に語り続ける。「だから俺は思うんだ。千晴の言うことは嘘じゃないって。肉体をなくした霊になっても、智里さんはお前のことを心配している。だから怪奇現象を起こしたりしてまで……」「それならさっき解決しただろ? 僕と姉さんのことが好きな変態がやらかしたんだって」「それだけじゃないんです、実里さん」 ついに黙っていることができなくなって、千晴はソファから立ち上がっていた。実里が虚をつかれたように目を見開く。だが、すぐに険悪な目つきで千晴をにらみつける。「へえ、何がだい? まさか姉さんが君に、僕の寝室に不法侵入しろって命令したっていうわけじゃないよね」「……それに近いことが、ありました」「えっ?」 実里は驚いたようだった。冷静な大津までもが瞠目する。「オレ、自動筆記したんです。自分でも気が付かないうちに、指先を噛み切ってそこから出た血で文字を書いてました。『お願い、実里を助けて』って。ふだんのオレとは全然違う綺麗な女らしい文字でした。それからオレ、急に胸騒ぎがして今晩実里さんのところに行かなきゃって思って……」「それで痴漢と鉢合わせかい? まったく大した霊感だね」「でも、実里さんに起こった怪現象でまだ解明されていないものもあるでしょう? どうして実里さんが食事をしようとしたら、いきなり窓ガラスが割れて破片がスープの中に入るんですか? 変ですよ「そ、それは……そんな偶然もたまにはあるだろう。それに」 皮肉っぽく実里は笑った。「この前、姉さんの霊を呼び寄せられなかった君が、その後どうしていきなりそんなこと分かるんだい? いったい君に姉さんの何が分かるっていうんだい?」「分かります」 無意識のうちに、千晴は即答していた。才口が驚いたようにこちらを見る。嘘をつけ、と言いたげな表情で実里が訊ねる。「何がさ?」 しばし躊躇した末、千晴は答えた。「智里さんが、このおっさん……じゃなかった、才口了滋のことが好きだったってことです」「姉さんがっ?」 実里が瞳を揺らがせて叫んだ。才口までもが驚いた様子で、ぽかんと口を開けている。大津のみが静かに目を伏せていた。だまされまいと言いたげに実里が訊ねる。「どうして君にそんなことが分かるんだ?」「だ、だって、智里さんはオレに……」「オレに?」 意地悪くおうむ返す実里に困って、千晴は首をかしげながら言葉を選んだ。才口とのあの夜を、実里に説明するわけにもいくまい。そんなことを考えていると、実里の視線が自分のある一点に注がれていることに気づいた。ハッとして、千晴は実里が見つめるうなじを手で押さえる。そこには才口がつけたくちづけの烙印が押されていた。だがもう遅かった。 実里が歪んだ笑いを浮かべて、訊ねる。「それ、キスマークだよね?」 つづく
2006年03月06日
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正直な感想。 う~ん、フツーのアニメになっちゃったねえ…… 今回、「驚愕のラスト」ということが宣伝文句にも大きく取り上げられていたので、皆さん覚悟して行かれたと思いますが、テレビ版のZから入った身としては、テレビ版の方がよっぽど驚愕だったと思います。 最近のポジティブシンキングで行こう! な富野監督のインタビューをチェックしていけば、ああいうラストになるのは予想していました。 あのキャラが好きな私としては、実に嬉しい展開です。いや、嬉しい展開のはずだった。 でもね、私の好きなあの二人の関係っていうのは、やっぱりテレビ版の切ない二人の仲だったんだなあということがよく分かりました。 なんだかラストを無理矢理変えたせいで、取ってつけたような終わり方になっていたような気がします。 「Z」のカミーユって、尾崎豊みたいな魅力があったと思うんですよ。 青くて、余裕がなくて、トンガってて、でもそこが魅力っていう。 それを削っていくと、やはりどうしてもカミーユらしくないカミーユになってしまうと思うんです。 富野監督のやりたいことは分かりますよ。 たしかに今の世の中、ギスギスしてるから、暗い作品を作っても仕方ないっていうのは事実だと思います。 でもね、明るく前向きな富野アニメが魅力的かっていうと、そんなことはないんだよなあ……。 おそらく富野監督は、現在冷蔵庫の中身が全部なくなって、新しいものを模索している状態ではないでしょうか。 クリエイターの世界の厳しさというものをひしひしと感じたりして。
2006年03月04日
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深夜だというのに、今夜の若宮邸はちょっとした親族会議の趣を醸し出していた。 運転手つきのリムジンで駆けつけてきたという実里の親戚たちは、千晴と才口に批判め視線を送りながら、応接室のソファに腰を下ろしていた。そのうちの一人が、葉巻を片手に口を開く。「まったく何だね、人騒がせな。単に実里に懸想している使用人を殺人犯だと思っただと?」 あれから、実里の寝込みを襲おうとしていた男は大津たちによって取り押さえられた。その自白によると、その男は若宮家の使用人で、以前から実里に恋情を寄せていたのだという。それで思い余って、今夜実里の寝込みを襲おうとしていたところを千晴たちに現行犯逮捕されたということだった。 豪華な毛皮を着た中年女性が、わざとらしく鼻を鳴らす。「人騒がせっていう言い方はないと思うわ。だって実里が仮にも襲われそうになったのよ。まあ、実里ほどの美貌と気品があれば強引に言い寄る男の一人や二人はいると思うけれど。ひょっとして、ここにいるそのお二人もそうなんじゃないかしら? 片方はずいぶん綺麗な顔をした坊やだけれど」 真っ赤な口紅を塗った口で、女性はけたたましく笑った。他の親族たちも軽蔑を込めた笑いを千晴たちに投げかける。才口は涼しげな表情でやり過ごすが、千晴にはそれができなかった。ぶるぶると拳を震わせて、唇を噛みしめ、思い切ったように声を張り上げた。「オレたちはそんなつもりじゃありません!」「やめろ、千晴」 才口の制止を千晴は振り切って、親族たちをにらみつける。彼らは一瞬ひるんだが、すぐに哄笑した。「おやおや、怖いこと」「ではどうして、実里の寝室に忍んだんだね?」 千晴はまっすぐ前を向いて答えた。「それは、オレたちが実里さんに依頼を受けたからです。智里さんの霊がどうも何か言いたいことがあって、さまよってるみたいだって」 葉巻を持った男が、目を丸くする。「霊? これはずいぶんうさんくさい話だな」「たしかに一般社会ではそう見られるかもしれません。けど、この世に霊は実在します。現にオレは憑巫として智里さんの霊とシンクロしました」「シンクロって……どういうことが起こったんだい?」「そ、それは……」 千晴の頬はカァッと熱くなった。智里に操られるまま、才口に抱かれた昨晩のことを思い出す。それを見取った才口は、千晴の手にそっと自分の手を重ねた。そんな二人の様子に何かを感じ取ったように、実里の目が光る。「何だ、言えないのか」 葉巻を手にした男は鼻で笑った。「どうせ口から出任せなんだろ。駄目だな、実里。いくら君が若宮家の財産を手にしているからと言っても、暇つぶしにこんな詐欺師に金を払っては」「暇つぶしだなんて……実里さん、そんなことないですよね?」 歯ぎしりする思いで、千晴は実里を見つめた。実里は千晴から目をそらして、紅茶をすすっている。千晴は拳を握りしめて、実里に語りかけた。「実里さんはオレたちに依頼したじゃないですか! 智里さんの洋服がなくなったり、実里さんの食べ物にガラスの破片が入ったりしたって。オレ、それは絶対に智里さんのメッセージだと思ったんです。だから、実里さんを守ろうと思って、今夜オレ……」 あいかわらず実里は目をそむけたままだった。その理由を問おうとする千晴に、親戚の一人が小馬鹿にしたような表情を向ける。「智里の洋服がなくなったのは、あの男が取っていったからだとさっき分かったじゃないか。あいつめ、双子である智里と実里が同じように美しいからと言って、二人に惚れていたという。まったく色ボケしたヤツは手に負えん。君もその口じゃないかね? それとも……実里をたらし込んで、若宮家の財産を狙おうという魂胆かね?」「ち、違いますっ!」 千晴は真っ赤になって否定した。子猫をいじめる悪童のように、実里の親族たちは笑いさざめく。才口は痛ましげな視線を怒りに震えている千晴に送った。大津は千晴を気の毒そうに見て、実里に何か言いたげなまなざしを送ったが、実里はそっぽを向いたままだ。 ほとんど泣きそうになって、千晴は実里に訴えた。「実里さん、この人たちに違うって言ってください。智里さんは実里さんに夢の中で言ったんでしょう? 誰かが実里さんの命を狙っているって。だからオレたちに……」 親族たちが笑うのをやめる。一気に不遜な空気が室内を支配した。「実里が命を狙われているですって? いったい誰に?」 真っ赤な口紅の女性が訊ねた。しばし考えてから、千晴は正直に告白する。「若宮家の財産を狙う誰かです。特に親族……」「ふざけるな!」 葉巻を持った男が机を叩いて激昂した。「そんな不遜な輩が若宮家にいるだと? バカにするのもいいかげんにしろ!」「そうよ、名誉毀損で訴えるわよ!」 一族の者たちは、口々に千晴を非難した。才口が千晴を庇おうとした瞬間、それまで黙っていた実里が口を開いた。 つづく
2006年03月03日
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イエ~イ! 妊婦のみんな元気か~い? 妊婦じゃない人も元気か~い? 私は元気だよ~ん! だけど体重が減らないんだ…… 恥骨離開を宣告されてからの私の一日の食事メニュー。朝 オニギリ1個 イチゴ4粒昼 オールブラン(いわゆるふすま)夜 サラダ、魚、野菜スープ つまり朝しか炭水化物は食べていないし、糖質といえば果物くらいなんだがこれでも痩せない。 太ってないからそれでよしとすべきなんだろうか? 有人と喫茶店に入っても、相手がケーキ食べるのを横目でみながら砂糖なしの紅茶をすする毎日。 こんなのはもう嫌だ。 あれからさらに調べてみたところ、恥骨離開というのは妊婦3人に一人起こる事態らしい。 作家の吉本ばななさんなどはあまりに恥骨離開がひどいため、出産してから3ヶ月車椅子で過ごしたそうな。 普通は出産とともに治るんだけどね。 大きな原因は、出産のために骨盤が徐々に開いていき、そこで恥骨結合という筋肉がゆるんで炎症を起こしてしまうからだそうな。 つまり体の出産準備が裏目に出ちゃうわけよ。 これ以上痛みがひどくなるのは嫌なので、妊婦用ベルトというのを買った。 腰の周りをぎゅっとしめて、骨盤がこれ以上開かないようにするんだけどたしかに効いてる感じはする。 でもこれすると蒸れちゃうのが難点。 だからオーガニックの腹巻き巻いてます。 そうするとお腹とベルトが直接くっつかなくて蒸れるのがマシになるのだ。 しかし、こんなことで散財しなけりゃいけない妊婦の自分がうらめしい……。 これがその骨盤ベルトです。 痛みがマシになりました。◆フロントフック仕様/ソフトタッチ骨盤ベルト◆ 痛みがひどい日はこっちを使ってます。 効き目も大きいです。中山式腰椎医学コルセット(ワイド)中山式腰椎医学コルセット(ワイド)安産腹帯(ダブル二重 オールシーズン)サイズM 2枚組犬印 腰部保護プロテクターまもり帯 H...
2006年03月02日
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アバの楽曲を全編使ったミュージカル。 メインキャラが昔イケイケだった元気なおばさまたちというのが、アバを聞いていた世代をとっても意識していて泣ける。 かつてはイケイケだった人たちも、そして今イケイケな人たちもみんな年を取る。 その時、どんないい表情をしていられるかが勝負ですな。 このミュージカルに登場するおばさまたちは、たとえ人生つらいことがあってもこうなれたらいいな~という見本みたいなもの。 現実はこんなにうまくいくはずがないし、ラストもいかにも娯楽的なエンターティンメントですがこうじゃないと後味悪いもんね。
2006年03月02日
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ようやく目が闇に慣れてきた。 深夜一時、実里は自室で眠っていた。天蓋つきのベッドの中から静かな寝息が聞こえる。 実里の部屋で、千晴と才口は息をひそめて、クローゼットの中で何者かが侵入してくるのを待っていた。二人は無断で、大津邸に忍び込んでいた。才口には泥棒の才能があったようで、若宮邸の厳重なセキュリティシステムをあっさり突破したのである。そんな才口を見て、千晴はこのオヤジの底知れなさにおののいた。 なぜなら千晴が憑巫の役割を果たせなかった一件から、どうやら実里は千晴の霊能力に疑問を感じたようだった。大津を通して、才口に「今回の依頼に千晴の同行はいらない」と言ってきたという。「まったく、憑巫のお前がいなきゃ俺は何もできないのによ」と才口はなぐさめるように笑っていた。きっと実里は自分が邪魔なのだ、と千晴は思った。 それでも千晴が、才口の反対を押し切って実里の見張りを決め込んだのは、今朝見た血文字のせいだった。あれは智里からのメッセージに違いないと千晴は思ったのだ。 何者かが、実里の命を狙っている。千晴はそう確信していた。もし実里が襲われるとしたら、警護のものがいなくなるこの時間帯だろう。実里が睡眠中に誰も室内に入れさせないことを危険だと大津はこぼしていたからだ。 見張りを始めてから、どれくらいの時間がたったのだろうか。焦れたように才口が言った。「一向に誰も来ねェな」 千晴は返事をせずに、実里の寝ているベッドを見つめ続けた。それにかまわず才口が言葉を続ける。「なあ、わざわざここまで俺たちがしなくてもいいんじゃねェか? こんなの不法侵入もいいとこだぜ」「……智里さんが、俺に実里さんを守れって言ってきたんだ。あのメッセージ、おっさんも見ただろ」 才口は大きく嘆息した。張りつめた思いの千晴をなだめるように言う。「あのよォ、あれってもしかして、智里さんの霊うんぬんじゃなくてお前の深層心理によるものかもしれないぜ」「それってどういう……」 千晴が才口に問いかけた時だった。部屋に明かりがかすかに入ってきた。何者かが闖入してきたのだ。千晴と才口は息を詰めて、そちらを注視した。手にしていた警棒を握りしめる。 そっとドアを閉めてから、侵入者はそろそろと実里のベッドに歩み寄った。そして、ゆっくりと実里の枕元に手を伸ばし――。「動くな!」「てめェ、何しやがる!」 千晴と才口は同時に叫んで、隠れていたクローゼットから出てその何者かを取り押さえた。「う……うぐぅ!」 才口に押さえつけられて、侵入者は野太いうめき声を上げる。その間に、千晴は部屋の明かりをつけた。侵入者は、黒いシャツとスラックスに身をつつんだ二十代半ばの男だった。「な、何……?」 寝ぼけ眼でベッドから上半身を起こす実里に、千晴は駆け寄る。「大丈夫です、実里さん。怪しいヤツは捕まえましたから」 「怪しいって……お前が一番怪しいんじゃないか。どうして僕の部屋にいるんだよ?」「み、実里さん、それは……」 千晴が弁解しようとしても、もう遅かった。勢いよく、実里は壁に備え付けられた警備スィッチを押した。けたたましいベルが部屋中に鳴り響く。「お、おい、実里、これはな……」 侵入者を取り押さえたまま、今更ながらにあわてふためく。狼狽した拍子に才口が腕の力を強めてしまったのだろう。侵入者は「く、苦しい……」と白目を剥いていた。 ややあって、室内に警備員たちがなだれ込んできた。彼らとともに入ってきた才口が、めずらしくうろたえた様子で、実里に駆け寄る。「実里さま、お体に別状はありませんか?」「ああ、今のところはね」 皮肉っぽく実里は笑ってから、千晴を指さした。「でもね、もうちょっとのところであいつにどうにかされるところだった。あの憑巫の坊やは僕の寝首をかこうとしたんだよ」「ち、違います! 誤解です!」 必死に千晴は顔の前で両手を振った。だが、千晴は警備員たちに瞬く間に取り押さえられた。「千晴!」 千晴を助けようとした才口も、周囲を取り囲まれる。今や侵入者よりも、千晴たちの方が悪者扱いされていた。 床に体を押しつけられながら、千晴は空しく叫ぶ。「違うんだ! オレはただ智里さんに頼まれた通り、実里さんを守りたいだけだ――!」 つづく
2006年03月01日
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