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2012.11.03
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カテゴリ: 読書案内
【レディ・ジョーカー/高村薫】
20121103


◆この社会に、本当の平等は存在するのか?

長編にもかかわらず、一気呵成に読了した。この圧倒的な描写力はお見事!
著者の高村薫を、ポスト山崎豊子とでも言ってしまって良いだろうか?(いや、まずいだろうな)
複雑に絡み合う人物の背景を、最終的には「ああ、なるほど」と万人を納得させてしまうテクニックには脱帽だ。登場する個々のキャラクターそれぞれが、どうしようもない孤独の闇を抱え、持て余しながらも、その上さらに社会という荒波に揉まれていくのだ。

この作品は、30年ぐらい前に日本社会を騒然とさせたグリコ・森永事件をモチーフとして描いている。ここでは製菓会社の代わりにビール会社がターゲットとなっているのだが、この企業テロをめぐる裏取引やら警察、公安、ジャーナリズムの世界が、おもしろいように現実味を帯びていて息を呑む。
女流の社会派作家と言えば、やはり山崎豊子が白眉だと思う。だがミステリー作家と違うので、エンターテインメント性にはやや欠ける。比較の対象としては、むしろ宮部みゆきあたりになるのだろうが、こちらはどちらかと言えばのど越しスッキリ、ライトな感覚の作風で、高村の人間存在の意義や意味を問うた作風の前には撃沈かもしれない。

事件の発端となったのは、岡村清二という東北大学理学部出身の、日之出ビール社員が解雇されたことに始まる。岡村清二が労組運動に関わったとするのが原因だった。晩年は痴呆を患い、郊外の老人ホームでひっそりと亡くなるという設定なのだが、この人物一人を取っても、人生って一体何なのか? という命題を突きつけられるストーリー展開となっている。
被差別部落問題も扱っているので、いいかげんな気持ちで字面だけを追うなんてことは、一切できない。

さて、ここまで書いてみると、『レディ・ジョーカー』がいかに優れた長編小説であるか、お分かりになっていただけたのではと思う。だからこそあえて釘を刺しておきたい点が一つだけある。
それは、登場人物に同性愛的傾向のある男性二人が出て来るということだ。しかも主要人物。男でありながら女の心を持っているとか、女装趣味があるとか、そういうのとはワケが違う。しっかりとした男であり、男として男を愛しているようだ。(たぶん)

私は1997年に単行本化されたものを読んだのだが、その後、文庫化されるにあたり、かなり改稿されたようだ。このあたりの描写が一体どんなふうに変更されたのか、興味津々ではあるけれど、硬派なはずの社会派サスペンスが最後に来て「あれれ?」という感触は否めない。
もちろん、こういう世界観もひっくるめて人間存在の深淵を追求するのだという意見もあるだろう。だがしかし・・・。
高村作品に女性読者の多い理由が分かるような気がする。
いずれにしても、圧倒的なリアリティで完成度の高い社会派長編小説だ。

『レディ・ジョーカー』高村薫・著

※今週は読書週間とのこと。日ごろ、その気はあってもなかなか本を手に取ることが出来ないあなたも、ぜひ最初の一ページだけでも。
その最初の一ページが、読書の始まりなのです。

~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人


◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2012.11.11 06:13:45
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