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♪ 徒歩なれば旅とも呼べる十キロの風と探査の百八十分 朝倉駅から忘れ物を取りに走って往復した後、3日間ほど筋肉痛ぎみで自重していたウォーキング。歩きたくてムズムズしてきたし、暑熱順化のためにもちょくら汗もかきたい。 それで昨日、遠く南の海を台風1号が北上中で、一日中曇り空。雨も降らなさそうなのでマリンパークを目標に、午後3時過ぎに家を出た。 いつもの古見駅裏の旧堤防道路へ。旅館の前に見慣れない鉢植えが飾られている。薄紫の星型の花が垂れ下がるようにたくさん咲いている。洋花はまったく名前が分からない。 産業道路の有料道路へ新しく分岐していく場所の工事個所。様子がなかなか変わらない。なにやら道路新設工事のために余分な工事が必要でその準備をしているようだ。 拡大します。 盛土をするために下水道(汚水幹線)の一部が盛土の下になってしまう。その補強のために杭を打ち込み、コンクリートで覆う必要があるらしい。この7㎞ほど先のインターチェンジができる場所近くでは、橋梁下部の工事がすでに始まっていて、10月末には終わる予定になっている。 鉄塔の位置がずらされ、ずいぶん高い鉄塔に変わっている。高架になった道路が名鉄の線路を跨いで通った先にインターと料金所ができる大工事。 本格的な工事はまだまだ先のようだ。完成すると景色が一変するだろう。ここから先は民家も少ないところを通るので、立ち退きなどの手続きは簡単に済んでいるのだろう。★ 日長のインター近くにこんな看板があった。あまり知られていないんじゃないだろうか。 JAあいち知多は花半島事業「花いっぱい運動」の一環として、2019年からプロジェクトを開始している「知多半島 桜一万本プロジェクト」。10年後、20年後、知多半島が桜の名所となるように毎年、同JAの組合員とその家族、組合員が参加する地域のコミュニティなど希望者に桜の苗木を無料で贈っているんだとか。2020年にはすに1910本を寄贈しているらしい。 阿久比町では2023年12月に、「阿久比町制七十周年記念植樹」の記念碑と並んで「知多半島桜一万本プロジェクト」の一環として寄贈された5本の苗木を植樹しているらしい。★ マリンパークに到着。風もなくおだやかなウィークデイ。人工の海浜公園は人影も少なくてぽわーんとした空が広がっている。 無料のドッグランがあるので、ここだけは平日もけっこう賑わっていたりする。この日は4時半近い時間となって、皆さんちょうど帰るタイミングだったようだ。犬連れの人々が駐車場に向かってくるところだった。 小型犬は普通に散歩で出会うので珍しくないが、ここには大型犬を連れてくる人が多く、さまざまな犬種が見られて、それはそれはなかなか壮観なものです。ダルメシアン、シェパード、ゴールデンレトリバー、シベリアンハスキー、バーニーズ・マウンテン・ドッグとか、名前も知らない珍しいのがいたりする。 ベンチでくつろいでいるプードルがいて、トイプードルよりちょっと大きい。横に掛けさせてもらって話しかけてみる。「普通のトイプードルより大きいですね」「トイプードルなんです」「売れ残っていて殺処分される寸前だった犬なんです。ビビッときたので買ったんです」「普通のものより大きかったので人気がなかったみたいです」「プードルは大きさが4段階あるんですよね」「今はよく知られるようになってますが、以前はプードルは小さいものと思われてましたね」 「犬はまったく初対面の犬同士でも平気で、喜んで遊ぶところが良いですね」「ええ、でも内のは鼻がぺちゃんこのはダメみたいです。見るとすぐにウーウー言いだすんですよ」「相性が悪いんでしょうかね」「人間との相性もそうですが、この子は私と相性がいいんです」「ペットロスの話しを良く聞きますが、どうなんでしょう」「この子は今12歳でそろそろ老人の仲間入りでしょう。死んだら私もそうなるかもしれない」 中年女性で話し好きの方のようで、いろいろ話してくれた。猫は飼っているけど犬は飼ったことがないものの、動物は好きなのでその雰囲気は伝わっているのだろう。犬の方は飼い主の女性が大好きで、よその人と親しく話をしていると焼きもちを焼くらしい。ソワソワしだしたので、バイバイすることに。 やっぱり海は良いなぁ。風が強かったが寒くはない。腹が減ったので新舞子駅前へいってパンを買って食べた。ふと思い、大野に中古住宅の安い物件があって、新生活の家を買う気になっている息子の目を肥やすため、見に行こうかといっていた。まだ入居中で予約を取らないと中は見られない。住所は表示されていなかったが、写真を頼りに場所は調べてある。 なんとか分かるだろうから、この際足を延ばして下見して来るかと、南へ一駅分歩く。家はすぐに分かった。駅に近いが裏には工場の敷地が広がり、近くに小川もある。海にも近くて海抜は低い。東西に向いている家で庭もついているようだが・・。 築7年3カ月 4LDK 土地面積 190.27m² 1880万円 まあ、買うことはまずないのでどうでもいいのだけれど・・。興味本位で中を見せてもらうのも気が引ける。 ここまで足を延ばして時計を見ると6時を回っていた。こりゃあ歩いて帰っていては7時半ごろになってしまう。電車で帰ることに。大野町は準急しか停まらない無人駅。朝倉まで330円だった。片道だけ、10.2㎞、15,200歩ほどのウォーキング。
2024.05.31
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♪ さくら花散りてしずもる下草の花たおやかに星のきらめき ヴァイオリンの、それもバッハの無伴奏のためのソナタとかベートーヴェンのクロイツェル、ブラームスのヴァイオリンソナタなどがの演奏が鑑賞できるというので、取りあえずチケットを。タイトルからして普通の演奏会とはちょっと違うらしい。 ワンコイン500円なのであまり期待はしない方が良いかもしれないが、プレミア会員の先行販売の後だったのでどうかと思たが、運のいいことに最前列の9番の席をゲットできた。 多目的ホールは、以前も「山根一仁」のヴァイオリンのリサイタルを聴きに行ったことがある。小さな舞台だし間近に観られればそれに越したことはない。 それで昨日、太田川の芸術劇場へ行って来た。 先ずは、バッハのヴァイオリンソナタ1番 アダージョ、そしてフーガ。なんだか音が不安定で硬い。緊張しているのか。 2曲終わったところでMCが入る。会のタイトルの通り、音楽や曲についての解説をすることになっているようで、今回のプログラムの説明などがある。ドイツの3大Bの曲を選んだ経緯や、そのバッハ、ベートーベン、ブラームススの曲の特徴などを説明してくれる。しかし、その話しぶりがいかにも付け焼刃的でまとまりがなく、中途半端で分かりにくい。 ベートーヴェンの曲に入る前にピアノ伴奏者を呼び入れて、なおMCがつづく。その話しぶりがあまりにもたどたどしいので、ピアノ演奏を待つ彼女はちょっとイラついてる感じ。何せ3mか4m先にいるのですから、表情はとてもよくわかる。 合田 有里(ヴァイオリン) 5歳よりヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て東京藝術大学音楽学部を卒業。子どものためのヴァイオリンコンクール金賞及び中日賞、全日本学生音楽コンクール東京大会奨励賞全国大会入選、かながわ音楽コンクールヴァイオリン部門特選、刈谷国際音楽コンクール奨励賞、神戸国際音楽コンクール最優秀賞、兵庫県教育委員会賞等、多数受賞。 大学在学中に札幌交響楽団のオーディションに合格。札幌交響楽団を経て現在、名古屋フィルハーモニー交響楽団ヴァイオリン奏者。 江川 智沙穂(ピアノ) 東京藝術大学音楽学部器楽科卒業、愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程修了(修士)。国内のコンクールにおいて受賞多数。器楽伴奏、室内楽、オーケストラなどアンサンブルピアニストとして定評がある。 2013年、セントラル愛知交響楽団とブラームスのピアノ協奏曲第1番を共演。2014年より定期的にリサイタルを開催している。2019年、イタリアの音楽祭Musica Prospettiva に招かれ、ドビュッシーとアジアの作曲家で構成したリサイタルで好評を博し、イタリアのレーベルSheva Collection よりソロCDをリリース。瀬戸音楽協会理事。 東京藝大出進つながりでピアノ伴奏をお願いしたのでしょうか。どちらも東京藝大出進ということで期待していたのですが、前回鑑賞した山根一仁(音大は出ていない)の演奏に比べると雲泥の差。2,000円のリサイタルと比べる方が悪いのでしょうが、学歴で判断するのも間違いだということを知った夜でもありました。 ブラームスはとにかく難しいことを力説して、自分の無力さを認めるような発言もあった。「練習し過ぎで指を痛めているので今回はアンコールは無しということで」と、あっさり終了してしまった。 ワンコインで開く音楽会を舐めていたんじゃないだろうか。冒頭で「無名なのにこんなにたくさん(7割ほどの入り)のお客さんで驚きました。」との発言にその演奏家としての無自覚さが現れていたように思う。 終了してから、ピアノの江川さんからきっぱりとしたダメ出しを受けていたことでしょう。そうでなければこの子はダメになってしまう気がする。 野球でもなんでも、プロになったと満足して努力を怠って消えていく人は数限りない。モチベーションを維持することもプロとしての必須条件だし、際限なく上を目指していくという自己の哲学がなければプロとしては失格だ。プロとは孤独なものなのです。
2024.05.30
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♪ 頑迷の爺(じじい)がまたも始めおる独り相撲の背中の黒子今朝の富士山「緑地帯とちびっこ広場」が市の職員の駐車場になるという件で、市会議員にメールを打ってあった。2度送ったのに読んでくれていないようなので、直接電話をしたら、「いろいろなメールが来るので迷惑メールに入っているのかもしれない」と、読んでいないことを告げられた。今やメールは役に立たないものと知る。 私が誰だかすぐには分からず、去年、家に来ていただいたことを言ってもピンとこない。いろいろ説明してようやく思い出してくれた。あれこれやり取りして、市役所に確認してみますということになった。 しばらくしてTELがあり、すでに周知の事実として動いているという。詳しいことが知りたければ「朝倉駅推進室」へ行って自分で確かめ、意見が有ったらそちらに言ってくださいとのこと。「請願」という手つづきには議員の紹介が必要だが、「私は遠慮させてほしい」という。理由を聞くと「脊柱管狭窄症」で入院・手術するので、6月14日からの定例本会議は欠席することになっているとか。痛み止めでなんとか持っている状況らしく、恐縮してしまった。 しょうがないので、今年度の区長(駐在員)に「相談があるのだけれど」電話してみた。すると、この件は平成30年に済んでいる話で「今更知らないといわれてもどうしようもない」というようなことが返って来た。本人も駐在員になった段階で説明を受けているらしい。 それはそれとして、個人的にはどう思うかを聞いても何も意見など持っておらず、関心はなさそう。右へ倣えのスタンスで、自分から何かしようという意識はないようだ。「市の土地なのでどうぞ自由にやってください」というのが、これまでの大方の意見のようだった。 結局、「意見や要望があるなら自分で直接『朝倉駅推進室』に行って、話をすればいいじゃないですか」ということで電話は切れた。 そもそも駐在員って何なんだ? *駐在員 第2条 駐在員は、次の事務を行うものとする。 (1) 当該区域住民と市との連絡に関すること。 (2) 市の事務の協力に関すること。 (3) 当該区域における防災活動に関すること。 (4) 当該区域におけるコミュニティ活動の支援に関すること。 市と住民の仲立ちをする立場にあるわけで、この1、に該当するものには「市民の意見を市に伝える」という重要な役目があるはず。単に上意下達をしていればいいといものではないと思うも、聞く耳を持たないのでは・・。★ 2018年(平成30年)3月に「朝倉駅周辺整備基本構想」が発表されている。「緑地帯は遊休化している」との査定がされている。 当初から職員の駐車場を想定していたのじゃないかと思えてくる。駅前に新庁舎を持ってくるという段階で、他に場所がないのは想定していたはずだ。 コロナ禍で計画が遅れ、ロシア・ウクライナ戦争で予算の見直しを迫られ、2024年(令和6年)2月にようやく「知多市新庁舎整備基本計画」を策定。2024年(令和6年)9月を目途に実施設計を完了し、2025年(令和7年)4月の建設工事着手に向け、事業を進めているところ。来客用の駐車場は、庁舎正面と立体駐車場で十分に確保できている。 この段階で議会で質疑・応答があり、職員の駐車場確保が問題になっている。去年3月に確認してもらったところ、「緑地帯を職員の駐車場にする計画はない」という返事で喜んでいた。しかし、それは決定していないという意味であって、年度が変わって直ぐに決定したのだろう。 そして、駐在員に正式に「知多市新庁舎整備基本計画」が伝えられたのだろ。担当者から住民への説明会が必要ですかと聞かれ、「それは必要ないです」と断ったことが分かっている。この事を問題にしているのは、対象エリア周辺の住人だけで、それ以外の人たちはまったく関知していないということらしい。 確かに緑地帯といっても170mほどしかなく、ちびっこ広場と旧ゲートボール場を合わせても230mほどのもの。誰かに影響が及ぶわけでもなく、ましてや公共の埋め立て地であって直接的な関係性は薄い。 この際、職員は出来る限り公共交通機関を利用することとして、駐車場スペースを減らしてもらい、木をたくさん植えてもらうという希望を出すくらいしかないようだ。具体的にはどうするか。個人の意見など通るはずもなく、かといって署名運動も関心のない人ばかりでは無理だろう。 とりあえず「朝倉駅推進室」へ行って、内容を詳しく聞いてこようと思う。
2024.05.29
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♪ 気まぐれの風来坊や風まかせ戻って来いよ脳の定位置 前線と台風1号の影響で、今日から明日まで雨。ところによって大雨が降っている。東海地方は明日の未明までには止むらしいが・・。 短時間に猛烈な雨が降る可能性がある。小さな河川は注意した方が良さそうです。★ 日曜日の朝にグリーンキャンペーンがあって脚を踏ん張って草取りなどやった。その後、名古屋に出かけたのですが、電車のホームに上がったところで手土産を忘れたことに気が付いた。電車は1本遅らせることにして、大急ぎでmanakaをキャンセルし、脱兎のごとく家に駆け戻った。 こういう時、近いというのは有難い。自分でも驚く速さで戻って、何と! 往復7分で改札を通過し、次の電車に間に合った。片道420mほどで信号が一つある。アスリートでもなんでもない75歳の爺だ。それも革靴をはいてのこと。これはもう火事場の馬鹿力的な偉業といえる。ホームへの階段はさすがに無理でエレベーターを使ったけどね。 何が言いたかったかというと、そのせいできのうから腿の前と後ろに軽い筋肉痛がでている。階段を上がり下り出来ないほどではない。最近はランニングはやっていないものの、ウォーキング時に階段や坂を駆け上がったりはしている。その自負が有ったればこそ、駆けて取りに戻る気にもなった。 自慢話みたいになってしまったが、自分で自分を褒めてやりたい気分なんです。 昨日、雨の止み間に朝顔の本葉が出たやつを植え付けてやった。湿った土にポット苗を崩さずに作業するのに好都合だし、ひきつづき雨も降るの活着にもいい。蝶豆がこぼれた種から1本生えてきている。キバナコスモスのところにも。ここは西日がまともに当たる場所。なんとか咲いてくれるだろう。 蝶豆は順調に芽が出てきているが、まだまだ小さくて植え付けは1週間ほど先になりそうだ。今後も雨の日が多いので、植え付けには好都合だ。★ 道路を流れる雨はどうやら側溝に沿って流れているようで、その先のグレーチングにうまく流れ込んでくれそうだ。隣家のブロックの部分は傾斜もあるし砂利が敷いてあるので、雨が云々という状況にはなっていない。台風が上陸するような激しい雨はどうなるか、たぶん大丈夫だろう。 こんな日はゆっくり本など読んで過ごそうか。★ 以前入会していて今はもう解散してしまったアメリカ在住日本人の「円居短歌の会」。メンバーだった人が日本に里帰りしていて、最後の第五歌集の余剰分があるからと送っていただいた。3年前のもので、4人が50首寄せている。 自分ながらいい歌ばかりで、充実していたことが窺える。 人間は、脳が勝手にいろんなことを考えたり、彷徨ったり浮気したり、落ち込んだり茶の木畑に入り込んだり、いろいろするので安定した状態を維持することが難しい。そんな状況がわかるものが残っていることで、自分を見直すこともできる。 でもその反面、完全ではないものが後世に残るというのも辛いものがある。プロともなると、それさえも凌駕していかなければならないわけで、大変なことだ。 もう一冊、同時に郵便で送られてきたものがある。「短歌生活」角川短歌大賞に応募したことを完全に忘れていた。入選した歌が掲載されている。その自分の入選歌を読んで、結句が良くないと思った。なんで結句にこの言葉を選んだのか? 頭が変だったとしか思えない。 よそ事に気が行っていて、締め切り間際に慌てて応募したに決まっている。反省しきりだが、またそれもすぐに忘れてしまうのだろう。
2024.05.28
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♪ 選択を積み重ねきてこの出会い数かぎりなきものの一コマ 次男が5年お付き合いしていた彼女と今年の2月に入籍し、結婚式はせず写真だけのウェディングをした。今年12月で38歳となる。ずいぶんのノンビリ屋さんで、世間体など気にしないマイペースな性格。正式に紹介されたのが昨年の11月。それも何の前触れもなく突然だった。その時のことがブログに書いてある。「小さな結婚式」という今風のやり方で、挙式も上げず証拠写真だけを残してのタイパにエコの超コスパ。余分な経費など掛けるのは勿体ないと思うのは親譲りかもしれない。 何せ自分たちの結婚式は布池の教会で式を挙げ、そこでの披露宴は親戚・来賓招待して「茶話会」という形ので済ませてしまった。そのすべての費用が10万円を切って、スタッフが「こんな料金で出来るんですねぇ!」と驚いていたくらいだ。1969年のことで、友人たちは行きつけの音楽酒場を借りての会費制だった。 そんな話も聞かせていたし、派手なことは嫌いという二人にとって、時代がピタリとマッチしたとも言える。○○家と○○家の云々というのは昭和までのこと。核家族化が進んでいる今は結婚式も、葬儀も小さくなる一方だ。形式的なものがどんどん淘汰されて、真髄の部分だけに心が注がれる。それで良いと思う。 撮影中のスナップ撮影はOKが出たので、フラッシュ無しで自由に撮らせてもらった。この日は初顔合わせとなる二人の両親も加わっての写真も何枚か撮影。 当然、ここは挙式も披露宴もできるメニューも用意されているが、昼食は八事の和風レストランを予約してくれていた。 撮影を終えて着替えをしている間、初対面のご両親と自己紹介するちょっとした時間があった。緊張気味ながらもゆっくりと話しが出来、ランチの時にはもうお互いが打ち解けてリラックス。6人がおいしい和食を食べながら楽しい時間を過ごすことができた。 義父さんは私よりも一回り若い。なかなか面白い方でけっこう話好きのよう。大阪の門真市出身と聞いて納得だ。私は大阪万博の会場でバイトをしている時、守口市に三畳一間のアパートを借りて3カ月間通っていた。そんな私にとって、大阪は青春の1ページを彩る思い出深いところ。大阪好きの私はまた義父さんとゆっくり話がしたいと思った。 トヨタ車体で車の設計を担っていたらしいのでカミさんが「車がお好きなんですねぇ?」と水を向けると「いえ、車は好きじゃないんです」と意外な言葉が返って来た。「私は本当は飛行機の整備士になりたかったんです。」とにかく飛行機が好きで、日本中の自衛隊の基地を訪問しては飛行機を眺めるのが趣味で、航空ショーなどにも家族でよく行っていたらしい。 私が茨城生まれだというと「茨城には航空自衛隊 百里基地がありますね。行きましたよ。」と即座に返って来た。「日本全国に基地はありますからねえ。」と、飛行機に関することなら一晩中でも話が尽きない感じ。百里基地の写真 義母さんも話好きのようす。打ち解けての会話は途切れることなく、あちこちに話題が飛んで楽しく時間が過ぎてゆく。対面している間ずっとどこかでお会いしたことがあるような気がしていた。お嫁さんの真衣ちゃんに初めて会った時も、初対面という感じがなくてずいぶん前から知っているような親近感があった。穏やかで媚びたり変に遠慮したりすることがないごく自然体なところが、親子の共通点なのかもしれない。 私は無口な癖におしゃべりで、心を許せる相手とみるとついついしゃべり過ぎてしまうところがある。どんな印象を持たれたのか分からないけれど、こちらが良い印象を持てたということは相手も同じだろうと勝手に思い込んでいる。 いつか機会を見て築90年以上の我が家(私が先に逝くか、家が先か分からない)に来ていただいて、話のつづきをしたいものです。
2024.05.27
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♪ 古代より救いの花の蓮花に生を托ししやからはらから 沖縄・奄美地方は、平年より9~11日遅く21日に梅雨に入っているし、例年より遅く台風1号が発生しそう。いよいよ雨に泣かされる季節が近づいてきました。いきなりの台風と前線がタッグを組んでくるなんて、いやな幕開けとなった。 28日(火)は西日本で大雨の予想が出ている。九州は今年も雨に難渋することになるのでしょうか。 台風の左回りの湿った暖かい空気が送り込まれて、前線を刺激したりすると雨雲がどう発達するか分からない。厳重な注意が必要です。 台風の進路や大きさ、速度などの変化によっても大きく変わってくる。上陸しなくとも油断は禁物。 今後、勢力を強めて台風に発達する予想。台風の発生が遅れた年は、多く発生する傾向があるというので今年は・・・。☆ 気象庁は10日、夏から秋にかけてラニーニャ現象が発生する可能性が高まったと発表。ラニーニャ現象が発生すると、日本では太平洋高気圧の北への張り出しが強まり、夏は猛暑になりやすいことが知られている。 また、台風にも影響し、発生する位置が平常時よりも北西にずれて、日本に近い海域で発生する傾向があるという。発生してすぐにやってくるということになる。25日の海水温確かにこの海水温を見てもペルー沖の海水温が下がってきているのが分かる。 この冬(2023年12月~2024年4月)は非常に強いエルニーニョ現象(スーパーエルニーニョ)が発生。大規模なエルニーニョ現象が終わった後はラニーニャ現象へ、短い期間で移行する傾向がみられる。 今後、ラニーニャ現象が発生するとしても、夏の前半はインド洋を介してエルニーニョ現象の影響が残り、影響は夏の後半(8月頃~)以降とみられる。4月の日本の平均気温は基準値を2.76度上回り、観測史上最も高くなった。これはエルニーニョ現象の影響とみられ、気温の上昇に歯止めがかからない状態が続いている。(Yahooニュース)片山由紀子(気象予報士) 太平洋高気圧の北への張り出しが強まるため、日本列島全体が暖かい空気に覆われ、一段と気温が高くなる可能性があるという。 前々から言っているように暑い夏になるのは間違いないようだが、それが何時からなのか。夏の後半以降はもちろんのこと、5月に引き続いて6月はより一層暑くなるんじゃないだろうか。☆ 災害の多い日本列島。人為的な悪行もさることながら自然災害が台風、地震、津波、大雨、噴火など天変地異のオンパレードで、最近は山火事まで加わってきている。 自然が相手では抗うすべもなく、仏教とともに蓮の花に輪廻転生の願いを込めて一蓮托生で耐え忍んできた。Green Snap STOREより 何はさておき、今から暑熱順化をしっかりやっておく必要があるね。
2024.05.26
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♪ 里山に桑や茱萸の実笑いおりたけのこ伸びて人影もなし 早朝から真夏のごとき太陽が、ギンギンと窓に差し込んでいる。網戸越でも目を明けていられないほどの強烈さ。 5時30分 右は隣家の壁に映った窓の反射影 24日は、昨日は全国軒並に30℃超え。南岸に前線があり、北から涼しい風が吹き込んでいたのに気温は上がったようだ。熱中症騒ぎも当然のように・・。 群馬県伊勢崎市で33.6℃と今年これまでで一番の暑さ。埼玉県熊谷市で32.5℃、群馬県前橋市で32.2℃、岐阜市で31.2℃など、真夏日が続出。名古屋市は30.4℃、青梅市で30.8℃、東京都練馬区で31.0℃、八王子市で30.4℃。先が思いやられる。 23日は、いつもと違うウォーキングコースへ。翌日は30℃に近くなるというので、中1日で前倒しして出かけることに。 「ちたの竹林」とかいう嵯峨野の竹林の真似をして格好良く整備し、クリスマスにロウソクなど灯す活動などもしている、最近の観光スポットがあるらしい。地元の旭南コミュニティの有志が集まって「竹林をきれいにする会」を結成し、整備しているようだ。 ちょっと興味があったので見に行くことに。雨上がりとか早朝とか、それ相応のシチュエーションを考えずに天気が良い真昼に行ってもどうかとは思った。光線がフラットで、コントラストも強すぎる。多分あまり面白くはないだろうと思いつつ・・。 旭公園の西側にあるらしい。片道7㎞ほどだ。 この公園の端にはフジバカマを植えてアサギマダラを寄せる活動をしている人がいる。しかし、今はその時期じゃない。16時ごろ規模が小さくすぐに終わってしまった。 車ならあっという間に通り過ぎるという感じ。案の定、フラットの光の中では竹の美しさも瑞々しさも感じられず、何の面白味も感じなかった。 市内のいたるところに竹林があり、ウォーキングでもよく目にしたり竹林の中の遊歩道を歩いたりしているので、竹には親近感を持っている。いろんな表情を見せてくれるので、私にとっては身近で好きな植物の一つでもある。 2023年11月25日・26日に、知多市旭公園に隣接する「ちたの竹林」で行われた交流イベント「竹の釜を作ってご飯を炊く体験会」があり、東海市にある成城大・学経営学部の観光・まちづくり分野の教員と学生数名が参加。2年前から積極的に交流をしていて、竹林整備と地域活性化を研究のテーマにしている学生もいるんだとか。 竹の持っているポテンシャルは非常に高い。成長が早く(伸び盛りのタケノコの1日24時間の伸長量は、マダケが121cm、モウソウチクが119cm)、さまざまな用途に使われ、幅広い分野で注目され研究されている素材だ。★ 歩いていて、あちらこちらに桑の木が自生しているのが目についた。実がたくさん生っている。 昔の子どもは桑の実はもちろん、槇の実やサクランボとかグミとか、ヤマモモの実を喜んで食べたものだが、今の子どもはそんなものには見向きもしない。歩道に落ちて踏みしだかれるばかり。 こちらは茱萸の木。たくさん実を付けている。まだ熟すには日が浅く、食べられるものはほとんどない。 比較的色の濃いのをつまんでみたが、まだ渋い。完熟するとかなり甘くなるが、野鳥も狙っているだろう。完熟を今か今かと待ち構えている間に、一瞬早く採ったもん勝ちだ。★ 竹林を抜けたところで、大きな橋脚がにょきにょきと立ち並んでいるところに出た。工事中のものもある。 あまり来るところではないので土地勘がなく、方向も分からなくなっている。スマホで位置を調べるとなるほど、長浦からつづく産業道路の延長工事だと分かった。 その南側に金沢インターが出来る、ちょうどその場所に出くわしたわけだ。 長浦から有料道路となって、セントレア中部空港へのアクセス道路に直結される。 歩いたのは知多市役所から片道7㎞ほどの距離で、もう少し行けば市の境だ。我が家からマリンパークの南端までがやはり7kmほど。如何に小さな市だということがよく分かる。産業道路延長予定経路及び一般道路図 2万歩行くかと思ったが少し足りなかった。昔風に言えば往復で3.5里程度。大した距離じゃない。でもいつもと違うところを歩くのも悪くない。というか、もっと違うところを歩きたいと思う。やはり、名鉄のハイキングに便乗するのがいいかも。
2024.05.25
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♪ 地域から樹木がどんどん減ってゆくサラダ嫌いの食卓のごとく 今、新庁舎の移転・新築の計画見直しが進んでいる。 検案だった職員の駐車場が、以前にもあった「緑地帯、ちびっこ広場、旧ゲートボール場」の場所を使う計画が、密かに進んでいることが判明。 すでに市から「緑地帯」に近い家に「梅の木を伐って良いか?」と打診があったとか、子供会役宅員へ「ちびっこ広場を無くしてもいいか?」という確認を取りにきているらしい。 住民を集めての説明会があるわけでもなく、ごくごく一部にこっそりと・・。★ それで、生協の仲間内で問題になっていて、いろいろ言っているらしい。次期市長候補が分かっていてそちらに訴えようかとか、みんなで反対運動をした方が良いんじゃないかとか・・。 私は以前にその話が持ち上がった時に、公明党の市会議員に「絶対に木を切ってほしくない」との意向を伝え、配慮してもらうように依頼はしてあった。あまり期待はできなかったが・・。 今回、私もさっそくその市会議員にメールを打っておいた。が、計画を変更させるなんて不可能に近い。署名運動するにしても、近隣の住人以外が関心を示すとも思えない。 これらを取っ払って辺り一面が駐車場になるなんて・・。そうでなくともこの周辺の樹木がどんどん減っている。整備された新しい朝倉駅前なんて酷いものだ。新市庁舎ができるというのに、緑地帯もなければまともな植栽もない。 管理し易いための効率優先で、樹木を必要とする「植物と人間の関係」にあまりにも無頓着。景観だけでなく植物の様々な心身に及ぼす影響・効果などに対する意識があまり感じられない。配慮しているのかもしれないが、その優先順位が低すぎるのだろう。 現在の職員駐車場①の257台分のスペースが要ることになる。 さあどうしましょう。陳情というカテゴリーに入るのかどうか。 取りあえず区長に相談してみよう。幸いよく知っている人物だし、同じ環境の中に住んでいる。無関心でいられるはずもない。 発芽率が悪いという超豆(バタフライ・ピー)の芽がようやく出て来た。嫌光性種子でもあり、11日に蒔いて日陰においておいた。10日以上かかってやっと一つの芽がでて、2週間近い今でもまだ半分も出ていない。 朝顔は順調に発芽している。桔梗朝顔の種がうまく出来ず、辛うじて採れたものが何とか発芽してくれた。上手く育ってくれるか。 朝顔は短日性植物のため、夜間に電気の灯りが常に当たって明るい環境にいると、朝と夜の判断がつかず花芽がつかないらしい。暗い時間が9時間より長くなると花を咲かせる性質。夜も明るい環境にある場合は、遮光をするなどして暗くなる時間をつくる必要があるらしい。 植える場所には街灯(LED)があって、咲くには咲くが花付きが悪い。種が出来ないのはそのせいだろうか? 去年と同じ場所に植えるが、こぼれた種から出たものがもうかなり育っている。西洋朝顔がかなりの勢いで伸びている。グリーンカーテンにするにはこれが一番かもしれないが、これだけでは面白みがない。ゴーヤとバタフライ・ピーに朝顔を混植してなんとかごまかしている。 バタフライ・ピーが去年より厚く繁って、グリーンカーテンらしくなってほしいが、この夏は特に暑さが厳しいらしいので管理が難しい。
2024.05.24
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♪ 新陳の陳の部類のわが夫婦代謝の的となるを宜(うべな)う いよいよ残っていた2つの宅地も買い手がついて、近々工事が始まるという状況になっていた。 先に決まった方から工事が始まっている。建築許可票の看板が立っているので建築業者も施主も分かるが、もう一軒の方はまだ何もない。5月19日5月20日 外周の堀も浅いし、二つに分かれている。こじんまりした家が二世帯並んで建つようだ。こちらは一条工務店とは違う「善匠」という工務店で、「木造軸組(在来)工法」を旨とする会社らしい。5月21日5月22日 土台の基礎のコンクリートを入れる前、外枠を設置して全体に鉄筋を組む準備までが済んだところ。鉄筋を組んで1日。ミキサー車がきて、ベタ基礎打ちに1日かかる。★ こちらは21日、草を刈り始めたと思ったら、そのままの流れで北側の側溝の際にブロックを積む工事を始めた。 こちらの家はエクステリアの「日豊ガーデンズ株式会社」が下調べに来ていたことがある。旭化成ホームズ・一条工務店・トヨタすまいるライフ・大和ハウス工業・ミサワホーム・トヨタグループ・三井ホームなどのハウスメーカーとタイアップしている会社だ。 外のデザインが凝ったしゃれた家が建つのかな?5月21日 ここもまた違う業者が建てるようで、他とは違うコンセプトの家が建つことになる。いろいろ違う建築をつぶさに見物できるのは野次馬にとって有難いことだ。5月22日 建屋の基礎工事までこの業者がやるのだろうか。今は、建築許可待ちの状態なのかもしれない。★ 年内に新たな住宅が2軒建ち、新住人がまた増えることになる。この一角だけで8軒目。若い家族が中心なので爺婆夫婦にとってはいい刺激になっている。 僥倖でもあるこの新しい環境。袋小路のような道路ができたことで一体感が生まれ、この一角だけが独立したコミューンのような形になっている。とてもとまりのいい状況で、皆さんとてもフレンドリーだ。●が我が家 隣保班の一部、我が家を入れて9家族になる。来年のお花見はどうなるだろう。そのちびっこ広場が無くなるかも知れない・・・。その問題は明日書くことにする。昨年のお花見
2024.05.23
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♪ だんだんと見えるもの等が減ってゆく神の仕掛けた老いへの計らい 肺炎をやってから久し振りのまともなウォーキング。ヨーカドーの百均seriaへいく予定があって、午後4時半ごろに家を出た。右回りコースで、いつもの様に秋葉神社の階段を駆け上がってからカーマへ寄って、パークロード経由で・・・。 名前が分からなかった木は多分「ジューンベリー」。赤らんでいる実がかわいらしい。秋葉神社から定点観測 ピーカンのこの日は雲一つない快晴で、無窮と思えるような真っ青な空が時を止めて広がっていた。 午後5時45分なんていう時間に月を見ることなんてそうは無い。やや日が傾いた時刻だから見えるのだろう。★ 最近、目が悪くなって小さな字が読みづらくなってきた。特に本を読む時に辛くなっている。それで、カミさんが使っている眼鏡式の拡大鏡を自分も欲しくなった。バネ仕掛けにしてある必要性が分からない。付加価値を付けて高く売るためだろう・・。 カミさんはネットで3千円ほどの倍率1.5のものを買った。乱視が少しあるので本を読む時だけ眼鏡を掛けていたが、このメガネの方がよっぽどよく見えるとのこと。ツルの付け根がバネ仕掛けでパタンと閉じれるようになっている。 ある時、使っている内になんだか動きがおかしくなった。そのバネが組み込んである部分のプラスチックが割れて、バネの部分が固定されなくなっている。原因が分かったので糸で固定し、ボンドで固めて応急処置完了。 一時、TVで大々的に宣伝していた「ハズキルーペ」なんて1万円前後もするような高級なものは必要ない。3千円もしないもっと安いもので十分だ。よく書面に記入するテーブルための置いてある、簡単なものでいい。 カーマでチェックするとレジ前に、ハズキルーペと一緒にたくさん置いてあった。二千円台から3千円台の、倍率が1.5・2.0、2.5、3.0あり、形も23種あっただろうか。 でも百均にあることも分かっているので、最終目的のヨーカド内にあるseriaへ。中国製。20gあってちょっと重いがカミさんのものとほぼ同じ重さだった。 いいのがあった。眼鏡を掛けている上にセットするので普通の眼鏡型では都合が悪い。このクリップ型なら使い勝手も良い。1.8倍しかなかったが、2.0倍でも良いと思っていたのでちょうどいい。細かい作業をするのにも便利だ。★ 年を取ったせいでもないが、こんな何の変哲もない風景と言うか風情が好きだ。暗黙のうちに整えられている自然がなんとも心地いいのは、作為がそこに見えないからなのだろう。 階段や坂を駆け上がっても息が切れるようなこともなく、12,000歩ほど歩いてもさほど疲れなかった。体調が良いということは、それだけで幸せなこと。久し振りに飲んだ一番搾りの美味しかったこと。
2024.05.22
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♪ さ庭との対話に飽きて見上げれば雨降らしますかと雲ながれくる 今日は「小満 (しょうまん)」(6月6日の芒種までを指したりもしまする)。「陽気がよくなり、草木などの生物が次第に生長して生い茂るという意味。」西日本でははしり梅雨が現れる頃。今朝6時の富士山 暑くも寒くもなくとても過ごしやすい季節ですね。新緑に目が優しく包み込まれて脳の中まで浸み込んでくる感じ。動物の必然の伴侶である植物たちが、生き生きとして輝いていることを実感させてくれます。それは動物にとっても嬉しいことだと、心がウキウキと反応しているのでしょう。 今日の知多市は28℃の予想が出ているものの湿度が50%台だし、西寄りの風もそこそこ吹くようなので気温の割には過ごしやすいかもしれない。 5時に目覚めて、朝、ちょいロングウォクに出るつもりだったが、痰に少しの血が混じったり(最初の1回だけ)したので無理は禁物と思って自重した。 芽どきのホップ、花どきのステップ、そしてグーンと伸びるジャンプの季節。適当に雨も降って、植物にとって今が最高のシーズンだ。 梅雨入りは全国的に遅い予想となっている。それが何を意味しているのか。6月の降水量は平年よりやや多いとの予想ですが、まともに穏やかな梅雨になるとも思えない。 今日の14時に気象庁から最新の3カ月予報が出るので、それを見て確認してみよう。 ようやくバイカウツギ(梅花空木)がふっくらとした真っ白な花を開いた。好きで挿し木にしたもので、暮にこの場所に移植している。 狭い庭なので華美な花は似合わない。一時は白い花ばかりになっていたわが庭。あまりに色気がないので色々試しに植えたりしてみたが、どうしても偏ってしまう。 白モッコウバラを、黄色のサハラ'98のつる薔薇に替えてみるのもいいかも。山紫陽花の七段花と七変化 クレマチスも薄いピンクだしミニバラがピンクで、バレリーナもピンクだ。今は決して白花ばかりでもない。(コックテールは矢鱈に虫がつくので、引っこ抜いてしまおうかと思っている。) アヤメの青が早々と終わり、ベロニカ・オックスフォード・ブルーも咲き終わって、窓下には唐綿が咲いている。そしてこれからは紫宝花が咲くようになる。これから生えてくるキバナコスモスは黄色を主張する。 けっこういろんな色が揃って来ていて、まあまあな庭なのかもしれない。 今は薄日が差していて日中はカラッと晴れて暑くなる。無難な夕方近くになってからウォーキングに出ることにした。
2024.05.21
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♪ 珊瑚らが石灰岩となるまでの空に億度の赤気(せっき)降りけむ 5月10日から数日間、普段見られない国や地方でオーロラが観測されて、話題沸騰していましたね。 11日夜には北海道や石川県輪島市などで太陽フレアの影響とみられるオーロラのような現象が観測された。普段は確認されない英国や米国の南部、中国北部、東欧ルーマニアなどでも見られたらしい。ハワイでも164年ぶりにオーロラが発生している。「太陽フレア」が原因とみられる「磁気嵐」やオーロラが世界各地で観測され、米国では衛星利用測位システム(GPS)の一部に異常が生じたりもしている。石川県珠洲市でオーロラがみられた(石川県柳田星の観測館「満天星」提供)イギリス東部の沿岸で観測されたオーロラ=英ウィットリーベイで2024年5月10日 太陽フレアは太陽の黒点の活動期、特に激しい爆発を起こした時に表れる。11年周期で増減を繰り返す。黒点は数の少ない極小期から次の期までを1活動周期として、1755年から順番に番号が振られてる。今は第25活動期に入って、2021年9月が活動の極小期にあって無黒点状態が続いていた。現在の太陽表面宇宙天気予報 日本時間5月8日10時41分以降、15日17時37分までに、Xクラスの太陽フレアが13回発生。Xクラス以上のフレアが72時間で7回発生したことはGOES衛星による観測史上初めて。また、一連の太陽フレアで最大の規模は5月15日に発生したX8.7であり、これは現在の太陽活動周期25が始まってから現在までに観測された最大規模の太陽フレアだそうです。( X線強度は、A、B、C、M、Xの順にクラス分けされていて、1段階上がるごとに規模は10倍になる。)人工衛星SDO(米国NASA)で観測された太陽画像(左:可視光、右:紫外線)爆発で強力なエックス線や電気を帯びた粒子(プラズマ)が宇宙空間に飛び出す。 太陽活動は、13日と16日に活発で、その他の期間では非常に活発だった。今後1週間(17日以降)、太陽活動は活発な状態が予想されるという。 地磁気活動は、10日から11日にかけて猛烈に活発で、12日と16日は非常に活発、13日にやや活発、その他の期間では静穏な状態だった。 電離圏は、10日から13日にかけて非常に乱れた状態、17日に乱れた状態、その他の期間では静穏な状態だった。太陽地球環境情報5月19日5月19日のデータ 宇宙天気現象の分類 ★オーロラの出現ピークは、太陽活動が減衰し始めたころになる。Xクラスの強い太陽フレアが発生した太陽。(ZAKUZAKUより)複数の波長で捉えた画像を合成=米国時間9日(NASA/SDO提供) オーロラは、太陽が放出している太陽風によってつくられる。太陽からプラズマ粒子(太陽風)が放出され、それが地球の極地の高層大気と衝突して発光する、一種の放電現象です。地上から100~500kmの高さで光っている。 酸素原子とぶつかると白っぽいグリーンや赤色、窒素分子とぶつかると紫や青色になる。プラズマ粒子がどの原子や分子と衝突するかで色が変わる。オーロラを引き起こす降り込み電子の源-地球の磁気圏塩川和夫(名古屋大学宇宙地球環境研究所) 地球の磁気圏は、地球の夜側にしっぽのように長く伸びているが、プラズマ粒子は、磁気圏の夜側の中心付近に溜まる。それが、何かしらのきっかけで地球の極域の方に一気に流れ込む。でも、その詳しい仕組みはまだ分かっていない。(JAXA上出洋介) 25年にピークを迎えるとの予測もあって、まだ当分の間は身近にオーロラを見る可能性が続くということになる。宇宙天気予報では、地球環境の予報や「黒点、プロミネンス、フレア」のライブ映像が見られる。これをチェックしていれば “オーロラがいつ出現するか” 見当がつくだろう。 100年に1回程度の大きな太陽フレアが生じた場合、携帯電話や防災無線が約2週間にわたり断続的に使えなくなるほか、変圧器の故障を引き起こし、電力供給が止まる可能性があると指摘されている。今後拡大が予想される自動運転やドローンへの影響についても警戒が必要だ。★ 過去にも日本でオーロラが観測され、その記録が残っている。明和7年7月28日(1770年9月17日)に史上最大の磁気嵐が発生していたことが明らかになている。 京都市伏見区の東丸神社に所蔵されている東羽倉家の日記に、この時の様子が書かれている。「江戸時代のオーロラ絵図と日記から明らかになった史上最大の磁気嵐」 1770年9月17日 晴れ。現代語訳(国立極地研究所) 今日、夕方午後6時頃(午後5時から7時の間)北の空に赤気が現れた。遠く若狭国(現在の敦賀市を除く福井県全域)の方が炎のような色になっていると噂になっていたが、午後10時頃(9時から11時の間)を過ぎると、ますます赤くなり、紅色の雲が北側の空の半分を覆い銀河(天の川)にせまり、赤気のなかに白気がまっすぐに立ち上り幾筋もあらわれ、その状態が午前0時頃(午後11時から午前1時の間)まで続いた。赤気はにわかに明るくなったり、色が薄くなったりして、空の半分が赤気に包まれた。赤気の中には星が透けて見え、白気が一筋銀河を貫き、午前2時頃(午前1時から3時の間)には落ち着いた。(中略) 神社の人々は空を仰ぎ、いろいろ話し合ったが、昔から噂にも聞かない天変で恐ろしいとだけ言っていた。午前4時頃(午前3時から5時の間)空は晴れて通常に戻った。これが天変の次第であり、とても吉事とは思えない。大かんばつのゆえである。江戸幕府の天文方に問い合わせるべきことである。1770年9月。『星解』に描かれたオーロラ。(松阪市郷土資料室所蔵。三重県松阪市) 藤原定家の日記『明月記』には、1204年の京都で1週間のうちに幾晩もオーロラが見えたとの記述があるらしい。★ やっぱりオーロラは一丁目一番地のものが見てみたいものですねぇ。例えばアイスランドのものとか・・。一生に一度でいいから。
2024.05.20
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♪ ふ頭より持ち帰りきて机に置けば珊瑚の死骸が光りを放つ 今朝の富士山。バックの空は雲に覆われているが、東の空には薄日が差していたようだ。 ようやく動きまわれるようになったので、足慣らしのためにそう遠くないところまで歩くことに。この日は暑く、名古屋では30℃ほどまでいったようで、わが市も29℃ほどになっている。 自重して、海が見える最も近い横須賀ふ頭あたりまでいってみようか。 ここはたいがい誰かがクロダイ釣りをしている。乗っ込みの時期は過ぎたが、真夏と真冬以外はフカセ釣りを楽しめるようだ。係船岸壁の一角には家族連れが糸を垂れている。 天気は下り坂で、空には雲がかかってスッキリしないが風が無く、とても穏やかだ。釣り人以外は猫一匹もいない。うらぶれたトワイライトにはまだ早い時刻。 モノクロの時の停まったような空にジェット機が音も無く、夕陽の中へ突っ込んでいった。 ここは名古屋港の一部となっていて、横須賀ふ頭と呼ばれている。海が見えると言っても埋め立地に出来た工場群の間にある人工的な海だ。季節によって沈む位置が変わっていく、太陽だけは手が加えられていない。その自然の営みを、空と雲とのコラボレーションとして眺めることができる。 釣り人がごった返すようなこともないし、平日の日中はあまり来たことがないので分からないが、石灰岩とか砂利を移動させている作業員の姿を見ることもない。ぼーっと釣り糸を垂れているのも悪くないかもと思うが、でもすぐに飽きてしまうだろうなぁと・・。富士山を眺めるのとはわけが違う。 ふ頭には、大きめの岩石のような石灰岩と砂利のように細かいものが積んである。その他にまっ黒な細かい石炭の粉のようなものが積み上げてある。表面は白っぽいが触ってみると中はまっ黒で、手に付いたものがなかなか取れなかった。黒い粉状の石。一体なんだろう? 誰もいないので訊くこともかなわない。 きれいな夕陽も望めないので、石灰岩の小さいのを三つほど選んで持ち帰った。以前にも書いたが伊吹山あたりから運ばれてくるらしく、行き先が決まるまでの仮置き場らしい。石灰石が地面の奥深くで、熱と圧力をかけられた結果誕生する石が大理石だ。 。*サンゴなどの死骸 →*石灰岩 →*大理石大理石は、接触変成作用を受けて変化してできたもので、結晶質石灰岩と呼ばれる。石灰岩はマグマから派生した高温の流体に溶けやすいので再結晶化しやすく、接触変成作用では泥岩・砂岩などの他の岩石に比べ、粒度が粗くなりやすい。もとの石灰岩と同じく、軟らかく、加工しやすい。 8,300歩ほででちょうどいい足慣らしになった。 7軒目の新築工事がいよいよ始まるようだ。9月ごろには完成するらしい。
2024.05.19
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♪ 熱が下がりベッドに猫が戻りきて布団に潜りぬ寒からぬ夜 再度レントゲンを撮り血液検査をして、回復状況を確認。薬で胃腸の調子が悪いのでそのための薬と、咳を出やすくする薬を処方された。 熱も下がり背中の痛みも消えて、肺炎は順調に回復している。熱が下がったからか、アランガ数日振りに就寝時にベッドにやって来た。それで、真夜中になって蒲団の中に潜りこんだのには驚いた。3時ごろの最低気温が13.6℃あっただから、ちょっと理解しがたい行動だ。 今日は、名古屋で30℃、知多市でも28℃が予想されている。身体がうずうずしているがまだ咳も少し出るし、ウォーキングに出るのはまだ早い。体力が落ちて祈を無理してもロクなことがない。熱中症になるのがオチだろう。モミジの盆栽の手入れでもして過ごそうと思う。地植えしたミニ薔薇が咲き始めた。クレマチスも次々と蕾を付けてそれらしくなってきた。 コクテールとバレリーナは多分肥料のやりすぎだろう。おかしな枝の伸び方をしている。葉には今までついたことのない小さな虫が裏側について、見っともない姿になっている。花を食い荒らす小さな甲虫もいる。ちゃんとした噴霧器でないと消毒が上手くできないのでどうしようもない。 何の手もかからないこういう「葉もの」をいじっていれば問題ないのだろうが、あれやこれやに手を出し過ぎだ。
2024.05.18
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♪ トゥッティにアパッシオナート、メゾフォルテ真夏を穿つ蝉の合唱「今年(2024年)は、221年ぶりに13年ゼミと17年ゼミが同時発生する年に当っている。3~6月に数十億匹の「素数ゼミ(周期ゼミ)」がアメリカのイリノイ州中部の台地を覆う。」というニュースが早くから流されていたが、実際に蝉が大量発生ているというニュースはまだのようだ。StertoHomeより この図からすると、二種類がかぶって「W繁殖」する場所はあまり無いということになる。だったらそんなに騒ぐこともないだろうに。厳密にはイリノイ州中央部の一部で重なるところがあるらしい。そうなると、とにかくその騒音たるや100㏈以上もあるらしく、とても外に出てはいられない。 過去にも13年ゼミとか17年ゼミのニュースを見たことがある。大概は死んだセミの亡骸の写真ばかりで、なぜか鳴いているところの音は流されない。 わが近所の緑地帯では、毎年熊蝉が大量発生してその騒音がすさまじい。猛暑の中で、この抑揚のない無機質な金属的な騒音が脳みそを撹乱する。しかしそれでも音圧は90㏈程度。それが10㏈上がるとなると、耳が感じる騒音はその2倍になるというから、もう想像を絶する世界だ。音圧レベル音圧レベルは、10㏈上がるごとに人の耳では音の大きさが2倍になったように感じる。つまり、30㏈が40㏈に上がった時の差と100㏈が110㏈に上がった時の差は、数字の上では同じ10㏈でも体感上ではもっと差があるように聞こえるという。 だいたい100㏈を超えたあたりから、痛みなど、聴覚機能に異常があらわれ始め、苦痛を我慢できる限界がだいたい130㏈だと言われているとか。周期ゼミは「ジェットエンジン並み」の騒々しさと言われる。 ちなみに、地球上の大気の中で出すことのできる音の限界は194㏈だそうで、それ以上の音は空気を通り抜けることができず、「衝撃波」となるのだそう。(sound zoneより) 周期ゼミは、13年または17年の一生の99%を、地中で幼虫のまま、木の根から養分を吸って過ごす。特定の年の夏がくると、周期ゼミの幼虫はいっせいに地面から這い出す。1本の木の根もとから、数日間に最大4万匹もの幼虫が出てくることがあるとか。素数ゼミの生息地域では、サッカーグラウンド1つぶんの面積(1エーカー)当たり、150万匹の素数セミが眠っているという。★ 何年も地下に閉じこもっていた分が一気に地上に出てくるわけで、それによってもたらされる恵みは計り知れない。多くの捕食動物が豊富なエサにありつける(口がある動物はみな、周期ゼミを取って食べる。)鳥などあらゆる捕食動物にとって、今年はエサが豊富なうれしい年になる。 そればかりか、セミが地上に出てくることで生態系の栄養が循環され、土に空気が送り込まれ、さらにセミ以外の昆虫は、いつもの年よりも捕食動物に狙われる心配をしなくても済む(逆に言えば、害虫被害がふえるということ)。(NationalGeogaphicより)「中川翔子は夏になると蝉のぬけがらを身に着けている」というのをブログに書いたことがある。今でもやってるんだろうか。
2024.05.17
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♪ 直線のつづく日高の海沿いをヒッチハイクせし半世紀前 安静にして過ごすと言っても微熱があって体調は万全じゃあない。出来ることと言ったら本を読むことぐらいだ。 最近、目が悪くなって小さい字が読みにくくなった。カミさんの拡大鏡を借りて読んでみると、おお読みやすいじゃないの。眼鏡を掛けている上に重ねて使うので使い勝手は良くないが、目が疲れないのがいい。 ちょうど分厚い本を読み掛けていて、あまりに長いので貸出期間を延長してもらったものがある。ゆっくり読ませてもらおう。明治初年、北海道の静内に入植した和人と、アイヌの人々の努力と敗退。日本の近代が捨てた価値観を複眼でみつめる、構想10年の歴史小説。装画:山本容子 627ページ数もある。 この連載時期は朝日新聞を取っていたはずだが、新聞小説にはまったく興味がなく読んでいない。連載が有ったことすら記憶にもない。 3世代前の御一新後、北海道へ入植した人々とアイヌの人々との美しくも悲しい物語。「北の零年」が、明治3年5月13日(1870年6月11日)に起こった庚午事変に絡む処分により、明治政府により徳島藩・淡路島から北海道静内へ移住を命じられた稲田家と家臣の人々の物語であるのに対して、この「静かな大地」はほぼ同じ時期の徳島藩の陪臣(家来の家来)である淡路衆の話である。徳島藩に疎んじられつつも反骨と気位をもって気高く、知性をもって生きて来た人々の物語だ。 立場が違う故に、描かれている内容が違う。「北の零年」は見るには見たがあまりいい映画とは思えなかったのを覚えている。朝日新聞の連載が終わった2年後に制作された映画で、そのいきさつはWikipediaに詳しく書いてある。 朝日新聞の連載小説(2001年6月~2002年8月)を単行本化 池澤夏樹の真骨頂。構想10年とかで克明に調べ上げ、史実に基づいて書いてあるのはもちろん。アイヌの人々の思想と哲学に共鳴し、心酔した主人公・宗形三郎の生きざまが、娘が思い出を語る形で書かれているて、近代以降の文明批判としても優れたものになっている。 時代に翻弄され足掻いてもどうしようもないものに果敢にち立ち向かていく。主人公の思想・思考と和人との葛藤や、家族とアイヌの生活のなかで変化してゆく情勢。北海道開拓の黎明期に信念を貫き通した純真無垢な男の生きざま。晩年の人間としての矛盾や、自我を通していくことへの心の揺らぎが胸に刺さる。 こんな長編になるとは思っていなかっただろう。書いても書いても書ききれない。それは作者・池澤夏樹の思いでもあるだろう。あらすじは書かないでおくが、最後に2編の短い物語が載っているので、その1編を載せておきます。これを読めばこの本で作者が書きたかった事の幾分かは分かると思います。民話の体裁に仕立てた池澤氏の創作のようです。「熊になった少年」 昔、あるところに少年がいた。 黒い目のきらきらとした、心の気高い、敏捷でしなやかな身体を持つ少年であった。 少年の一族は狩りを業とした。 少年の祖父も父も伯父も叔父も、その朋輩たちもみな熊を狩って暮らした。男が獲った熊を持ち帰ると、女どもは熊の皮をなめし、肉を干し、熊胆(くまのい)を作った。その合間には山に行って木の実や草の根を採った。 だが、彼らは心正しいアイヌではなく、ねじくれたトゥムンチの族(やから)であった。 彼らは熊を獲って、熊の魂を送らなかった。 本来ならば狩りをする者は獲物の魂を手厚く神の国に送る。獲物に向かって、自分のような者の手にかかってくれてありがとうと礼を述べ、自分たちの一族の腹を満たしてくれてありがとうと述べ、その魂が無事に神の国に帰って、またいつか多くの肉をまとってやってきてくれるよう心を込めて祈る。それがアイヌのやりかただ。 だが、少年の一族はアイヌではなくトゥムンチだったから、そういうことを一切しなかった。彼らは、熊の方が自分たちのところに来てくれるのだとは考えなかった。彼らは自分たちが強いから、だから熊が獲れるのだと信じていた。熊を獲った後では送りの儀式などはせず、負けた熊を蔑み、勝ち誇って家に戻った。 小熊の扱いはもっとひどかった。春の母熊を獲ると、子熊を連れて帰る、そこまではアイヌと同じだ。だが彼らは子熊を大事に育てはしなかった。かわがって、一番よい食べ物をやって慈しんで育てはしなかった。彼らは子熊に残り物ばかり与えて、虐めて嬲(なぶ)り、半端に育てて、大きくなると殺して肉にした。それに際していかなる儀礼も行わなかった。 アイヌならばこんな無理無体な話は聞いたことがないと憤慨するだろう。熊に対してこれほど礼を失したふるまいはないうと言うだろう。だが、彼らはアイヌではなく、心のねじれたトゥムンチであった。 従って熊が自ら彼らのところに来ることはなかった。彼らの手にかかって神の国に行こうと来ることはなかった。彼らは奸計を用いて熊を欺き、獲物とした。彼らの狩りの知恵は奸知と呼ばれる知恵であった。 少年はしかし、このようなふるまいを疑わずに育った。なぜならば、少年の祖父も父も伯父も叔父もそうして狩りをしたから。 少年は自分が偉大な狩人になる日を待った。 春のある日、叔父たちが熊狩りから戻った。子熊を一頭連れていた。 少年はその熊の世話を命じられた。世話といっても大したことはない。檻に閉じこめて残り物をやっておけばいいのだ、といわれた。 言われる通り少年は残り物を子熊のところに運んだ。何もない時は水だけ飲ませた。子熊は痩せてみじめだったが、少年はそれでいいのだと思っていた。 時おり大人たちが通って熊を虐めた。檻の間から棒でつつき、熊が怒って棒に噛みつくと笑った。熊は愚かだから棒には噛みついても棒を持つ手に噛みつくことを知らぬと言った。その後でさんざん熊の頭を殴った。 少年はそれを見ているうちに心に不思議な思いが湧くのを覚えた。哀れみのような、憤りのような、悲しみのような思いだった。熊に対してこんな思いが湧くとはおかしいと思った。トゥムンチの言葉に情がが移るという言いかたはない。 やがて子熊は痩せたまま大きくなり、殺された。少年は悲しみを覚え、それを隠した。自分は父や叔父と違って心が弱いのかもしれないと考えた。偉大な狩人になるためにはこの心の弱さに克たなければならない。しかし殺された熊への思いはなかなか消えなかった。 叔父たちについて熊狩りに行く日が来た。少年はまだ弓矢は持たせてもらえず、長い棒を持って後からついて行った。 叔父たちは山の中をすばやく走りまわって熊の足跡を探した。湿った土の上に新しい足跡を見つけ、こっそりとそれを追った。 やがて遠くに熊の姿が見えた。若い木々と笹の茂る間に黒い姿が見え隠れsた。とてもとても大きな、強そうな熊だった。 叔父たちは風を確かめた。風は横から吹いていた。自分たちの匂いが熊に届くことはないと信じて、足を早め、間合いを詰めた。 屋の届くところまで寄って射ようという心づもりだったのに、いきなり風が背中に回った。 熊は何か知らぬ匂いがするので、立ち上がって風を嗅いだ。そして、遠くにいる人間に気づいた。こちらに向かって走りはじめた。 叔父の一人が矢を射た。矢は外れた。もう一人の叔父が矢を射た。それも外れた。熊は猛って向かってくる、マキリやタシロを抜く暇もなく、叔父たちは大きな熊に殴り殺された。 次に少年の方を向き、寄ってきて、立ち上がった。少年は自分も叔父たちのように殺されれるかと思って身を縮めた。 しかし熊は向かってくるわけではなく、ただ少年を見ているばかりであった。少年もじっと熊を見た。怖いと思う気持ちが失せていた。 やがて熊はわずかばかりの首を動かして、従いてこいと合図し、歩き出した。少年はその後を追って歩いた。 山を二つ越えて着いた大きな熊の巣穴に二頭の子熊がいた。子熊は少年を見て毛を逆立て、うなり声をあげた。しかし母熊がたしなめるとおとなしくなって、少年に近づき、匂いを嗅いだ。 その日から少年は熊たちと一緒に暮らした。 母熊が獲って来た食べ物を子熊と分けて食べる。筍などは自分たちでも掘る。夜は兄弟とくっつきあって暖かく寝る。 昼間、母親がいない時、子どもと少年は巣穴の近くで転がり合って遊んだ。熊の遊びは乱暴だから、少年はよく兄弟に引っかかれた。すると。その傷の跡からは黒い毛が生えた。少年の身体は傷だらけになり、そこから生えた毛で体がふさふさと覆われた。身体は丸っこくなり、顔も変わって鼻面伸び、少年は熊になった。 母親は三頭の子を分け隔てしなかった。少年は人間だった頃のことを次第に忘れ、すっかり熊の心になって兄弟と一緒に暮らした。山から山を歩いて愉快な日々を送った。 秋になった。母熊と三頭の子は川に行って鮭を獲った。川の中に入って遡上してくる鮭を長い爪で引っかける。岸へ上がって、鮭を足で押さえ、まず内臓と筋子を掻き出して喰う。その後で身を食う。また川に入って鮭を獲る。 秋の終わりには鹿を獲ってたらふく喰った。朝から晩まで木の実を喰った。そしてよく太ってから、穴に入ってうつらうつらと冬を過ごした。 春になると、母親はは子供たちを追い出した。もう一人前なのだから独りで生きて行けと言って、遠くへ追い立てた。戻って甘えようとすると、したたか殴られた。 元は人間の少年であった子熊は兄弟とも別れ、山の中で独りで生きた。大人の熊になった。 ある日、熊は人間の男に会った。乱れた風の吹き募る日で、匂いに気づいて逃げる間もなく男と対峙していた。殴りかかろうとしたが、そこで一瞬だけ気遅れを感じた。男が矢を射た。 矢は熊の右肩に刺さった。 男の射た矢が右の肩を射抜いた時、熊の身体に異変が起こった。 黒い毛が全身からはらはらと抜け落ち、丸っこい身体は細くなって、顔も変わり、熊は人間の若者に戻った。 その右の肩には矢が刺さり、血が流れていた。 若者は傷を押さえて立ち上がり、矢を射た男の方を見た。そして、ほんの少し前、熊であった自分がこの男に殴りかかるのをためらった理由を覚った。男は若者の父親だった。 父親の方もこの若者にかつての息子の面影を見い出した。 二人は連れだってトゥムンチの村に戻った。 やがて肩の傷は癒え、若者は熊として暮らした日々のことををみなに語った。 そして、熊を獲った後では、熊の魂が間違いなく向こう側に行けるよう、送りの儀礼を行ってほしいとみなに頼んだ。 だがそれを聞いた人々はあざ笑った。自分たちはトゥムンチだ。そんなアイヌのようなことができるかと言った。自分たちには力がある。熊などこちらから見つけだしていくらでも狩ってやる。 そう言って今までのように熊を狩り続けた。 熊の魂は宙に迷ったけれど、若者はどうすることもできなかった。 若者はトゥムンチの村を出た。しかし行くところはなかった。もう熊の身体ではないのだから熊たちのところには戻れない。結局のところ自分は熊にはなり切れなかった。父の矢で人間に戻されてしまった。 若者は山の中で一人で暮らした。毎日、どこかで狩られているかもしれない熊の魂のために送りの儀礼を行った。 熊の姿を見ないまま儀礼を行うのは心許なかった。一人で暮らすのは寂しかった。 寂しさは積もって悲しみになり、悲しみは積もって絶望になった。若者は死を願った。 一部始終を見ていた神々は、若者の魂を若いまま迎えてやることにして、その旨を伝えた。 若者は高い高い崖の上に行って、身を投げた。 その身体は大地に当たって砕け、やがて朽ちたけれども、魂は正しき者の国に生まれ変わった。 それでも、吹雪の夜には、熊になりきれなかったわかものの嘆きの声が聞こえると人々は言う。 トゥムンチは今も送りの儀礼をしない。
2024.05.16
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♪ ゲリラ雨止んで薄日の差したるも晴れには遠く手足が重い 歩いて3分のところにあるクリニックへいってきた。レントゲンを撮り血液検査をして、やはり肺炎を起こしているとのこと。コロナもインフルエンザも関係ないでしょうとのこと。 肝心の肺炎球菌ワクチンの事を聞きそこなった。予防接種は受けているのに肺炎になった!?*肺炎球菌ワクチンを接種しても肺炎球菌による肺炎になることはありますが、この場合でも軽症ですんだり抗生剤が効きやすいといった効果が期待されています。という記述を見つけた。まあ、予防接種を受けてもすべてを排除できないということだろ。おかげで軽く済んだというわけだ。 よほど無理をしましたか? 雨の中で作業を続けたとか・・。 最初の症状から3目ということもあって、しんどくてフラフラしているようなこともなく、元気そうだったからか「あなたは我慢強いですねぇ。不死身だねぇ。」と訳の分からんことを2回も言われた。高熱と嘔吐と咳の症状が、ロキソニン1錠のんだだけで、大方が取れてしまったことを言っているのかもしれない。「レントゲンの白い影も薄いし、癌などではないでしょう。治りかけているようだし・・。薬を出しますから2日後にもう一で見せてください。経過を見て悪ければ総合病院を紹介しますが、多分必要ないでしょう。」「逆流性食道炎? 全く関係ないです。」 日曜日の深夜に一体何が起こったのだろう。穏やかな生活をしていて肺炎になるような心当たりはまったく無いのに。 CRP(血液検査) 基準値:0.30mg/dL以下 CRPの異常高値により、感染症やいろいろな炎症性疾患などの存在がわかる。関節リウマチなどの膠原病でも高値になる。ただ、どの臓器、部位に炎症があるかはCRP検査だけでは判断できない。CRPが上昇する病気の場合、その結果を追跡することで、病勢や治癒効果を知ることができます。 この検査で疑われる病気 ★細菌・ウイルス感染症 ★リウマチ熱 ★関節リウマチ ★心筋梗塞 等 検査値が非常に高い場合は結核などの慢性感染症、関節リウマチなどの膠原病、心筋梗塞、肝硬変、悪性腫瘍などで、軽度の上昇はウイルス感染症、内分泌疾患などが考えられる。 抗生物質と解熱剤を処方される。5日分あり、症状が良くなっても全部飲み切って下さいとのこと。くれぐれも安静にしていてくださいとも。 このまま完治してくれればありがたい。多分2種類の薬が効いて、2日後にはけろっとしてるんじゃないかな。★ 病院選びが難しい パートⅠ
2024.05.15
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♪ 病院を選ぶ基準は曖昧で政党の名を重ねてみらん 昨日の発熱で食欲が落ち、背中の痛みも熱も徐々に良くなっていくだろうと思っていたが、まったく変化なし。7度台の微熱が続いているし、息を深く吸うと胸が痛い。 今朝は熱が平熱に下がっていたので、用事があって名古屋まで出かけた。どうも体がだるいし食欲もない。戻ってから熱を測れば37.8度あって、どうりで怠いわけだ。良くなっている気配が感じられない。こりゃあこのまま間放置しておくのはまずいかもしれない。 それで、どの町医者にかかるかが問題になる。評判の良いところは予約制で、予約が一杯で取れない。空いているところは評判が悪い。家から一番近いところは一日おきで、それも半日しかやっていない。一応レントゲンとかはあるらしいが、イマイチ積極的にななれない。まあどうせ総合病院を紹介されるのだろから、それでいいのかもしれない。 西知多総合病院は朝倉駅から専用バスが出ているので便利なのだが、出来た当初はあまり評判が良くなかった。名大からの先生が多く、「白い巨塔」のような印象をついつい持ってしまいがちだ。 シンプルに考えることにした。結論は、歩いて3分の「知多国際内科」という大げさな名前のクリニックにしようかなと思っている。家が近所だし奥さんも良く知っていて、その関係から息子さんの歯科医院にカミさんが歯科助手として週3回勤務しているという縁もある。 予防接種はここで受けているし、ご夫婦で私の個展にも来てくれたこともある。☆ 正岡子規は、当時、死に至る感染症だった脊椎カリエスに襲われ、寝たきりになる。死の1年前から書き始めた日記「仰臥漫録(ぎょうがまんろく)」がある。 長年、「仰臥漫録」を眺めてきた虚子記念文学館の学芸員、小林祐代(さちよ)さんは「ストレス解消名人説」を主張する。苦悩すると大声でわめき、周囲に当たり散らす。さらに文章を書いたり、水彩画を描いたりして心を鎮める。例えば、自死をほのめかしたときも、しゃくりあげて泣いた後に、小刀と千枚通しを墨で正確に描き、弟子に不満を吐き出すことで不安定な心情を落ち着かせていた。「日々、うまくストレスをコントロールすることで、暗から抜け出したのでは」という。明治34年10月13日付には、自死をほのめかす原寸大の小刀と千枚通しが描かれている この時期の葛藤の闇は深く、この日のことを、ロンドンに留学中の親友、夏目漱石に宛てた翌月6日付の手紙にも書く。「僕ハモーダメニナツテシマツタ、毎日訳モナク號泣シテ居ルヤウナ次第ダ」で始まり、「実ハ僕ハ生キテヰルノガ苦シイノダ。僕ノ日記ニハ『古白曰來』ノ四字ガ特書シテアル処ガアル」と吐露する。「仰臥漫録」の第一部は、小刀と千枚通しの図で終わり、第二部は同じ日の話が続く。しゃくりあげているところに、電報で呼び出された四方太が来る。不平を四方太に漏らし、夜になると晴れ晴れとした心地になる。 よほど体調が悪化したためか、10月29日で日記は中断し、翌年の3月10日に再開。麻痺(まひ)剤(モルヒネ)を服用するようになったことを記している。彼が明治35年5月5日付から死の2日前、「日本」に書いたコラム「病牀(びょうしょう)六尺」や、同6月27日から8月6日まで各種果物などを水彩で描いた「菓物帖」、8月1日から同月20日まで各種植物を水彩で描いた「草花帖」に目を通すと、明るい光彩が放たれ、内面が安定してきたことがはっきり感じ取れるという。 例えば、「病牀六尺」6月2日付。「余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何(いか)なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた」 同7月26日付。「病気の境涯に処しては、病気を楽しむといふことにならなければ生きて居ても何の面白味もない」 同8月6日付。「このごろはモルヒネを飲んでから写生をやるのが何よりの楽しみとなつて居る」で始まり「草花帖が段々に画き塞(ふさ)がれて行くのがうれしい」と結ぶ。死のほぼ1カ月前に描いた「草花帖」のアサガオの水彩画は見事。(国立国会図書館所蔵) ゆっくり進行し、全身の症状としては、微熱や倦怠感があり、初めに棘突起の叩打痛、体動時痛が現れ、進んでくると、亀背、脊髄麻痺、冷腫瘍が現れるとか。モルヒネを服用するようになってようやくその苦痛と苦悩から解放されたのだろう。この人生の大半を病床で過ごした正岡子規。 ずっと微熱や倦怠感の状態で生活するなんて、健康を知っている身にはかなり辛い事だ。それが今の私でもある。子規と比べるのはナンセンスではあるが・・。★ 病院選びが難しい パートⅡ
2024.05.14
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♪ ロキソニンが痛みも熱も取り除きコントレイルが交差してゆく ゆうべ、腹が痛くなってかなり苦しかった。胃の具合が悪いのかと思っていたらその痛い部分が一点に集約されてきた。右胸の乳の周辺で、特に背中側が痛いのだ。その痛さがかなりのもので、尿路結石のときとよく似ている。しかし腎臓の位置はもっと下だから腎臓関係ではなさそうだ。 痛みから消化不良を起こし、痛みに誘発されて嘔吐までした。熱を測ってみれば38.9度。咳が出て薄茶色の痰が出る。息を吸うと喉の奥の方に痰が上がってくる音がする。こういう茶色がかった痰には血液が混じっていて、気管支や肺に問題があることが多い。 昨夜は家族が集っての食事会で、みんなは飲めないか運転があるので私一人が酒を飲んでいた。それも二合徳利のお代わりまでした。手酌なのでついついペースが速くなる。それが良くなかった。逆流性食道炎の常習者なので、酒を飲んだ夜は要注意なのだ。 案の定、それが気管支まで入ってしまったのだろう。そんなことを過去に何度もやっているので、大方想像がつく。 5時過ぎに、むかむかっときてトイレに駆け込んで嘔吐。痛みと熱で手が震えるような状態。ロキソニン(ロキソプロフェンNa)が有ったはずなので薬箱をさがすと、6錠ほどあった。今年の3月に上咽頭(鼻咽腔)炎で処方さたものだ。「疼痛時、38.6度以上の時に飲むように」と書いてある。解熱も痛み止めも同じ薬が処方される。急いで熱を測ったらなんと38.9度も。しんどいわけだ。 5時半に飲んで、1時間後には熱も下がり痛みもすっかり消えてしまった。咳もほとんど収まっている。その後1時間ほどすると、息を吸うと背中の横がわずかに痛くなってきた。咳をするような動きをしても痛い。しかし我慢できないようなものではない。念のために熱を測ってみると37.5度あった。まだ微熱があるようだ。 ロキソニン1錠飲んだだけで、ほぼ治ったようだ。あの昨夜の出来事は何だったのかと思うほどの回復。 過去に、原因不明の高熱を出して仕事を休んだことが数回ある。それは軽い肺炎を起こしたらしいと思い至って、それ以降はベッドに傾斜をつけて寝ている。それでも今回のようなことが起こる。しかしまあ、肺炎球菌の予防接種を受けているので、この程度で済んだのかもしれない。 明後日から高温になるようなので庭の植木の水遣りが大変になる。この雨で、2つのタンクに水を蓄えることができた。真夏には雨が降らないと2つとも空になる。ふろの残り湯も無駄にはできない。 メダカの鉢にも雨が降る。
2024.05.13
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♪ のどを鳴らししっぽを使って意思表示ことばの要らない猫になりたい 昨夜もアランがベッドにやって来た。私が行くのをどこかで今か今かと待ち構えていいるようだ。ベッドに上がって本を読み始めると、さっそくやって来てベッドに乗ってくる。そして、足元に凭れるようにして寝転ぶ。その時の様子がとってもかわいいのです。 小さな声でニーンとかフャーンとか二言三言何か言っている。独り言のようでもあり、何かを伝えたいようでもある。「うれしいなぁー」とか「じじが好きー」とか言ってるのかもしれない。ことばにうまく翻訳できないのがもどかしい。 そして眠る体勢に入ってしばらくの間、聞こえないほどに小さくぐるぐるぐるぐる喉を鳴らしている。ハッキリとごろごろして “嬉しいんだよ~” と意思表示する猫だがそんな風でもなく、リラックスした気持ちがそのまま出ているという感じ。それがなんともいじらしい。 谷崎潤一郎が “猫のしっぽが欲しい” というのを読んで、なるほど “言葉でわざわざ言わずとも、チョイとしっぽで意思表示できる” というのはとても便利だと同感したものだ。それと同じように、こんな風に “しぜんな感じで” 喉を鳴らして、いまの思いを表現できるというのはとてもいいと思う。 言葉を持たないがために身に着けた、ネコ科に特有の意思表示。人間にも有ったら、もっと素直に楽に生きられるような気がする。ネコがうらやましい。 最低気温の予想がけっこ高かったので、どうせ途中でいなくなるだろうと思っていた。ベッドに入った11時ごろは14.7℃あって、最も下がったのが2時。その時点で15.1℃もあった。 案の定いつの間にか居なくなっていた。夜中に行動する時もあるので多分、3時ごろにはもう居なかったんじゃないかな。 5時ごろになって「はらへったよ~」とエサの催促に来た。目が覚めていたのでそのまま起きてしまった。いつもの様にPCのそばにやって来て、しきりに何かを訴えている。ただ甘えたいだけでもなさそうだが何を言っているのか分からない。 ごろんと横になったりするので、背中を撫でてやれば、前脚(ポー)の先を伸ばしたり握ったりして喜んでいる。 でも、どうも違う何かを訴えているようで、いつものぐるぐる回しをやったら起こって噛みついてきた。便秘していて落ち着かないこともあるので、そっちの方かも知れない。 ネコ語を理解するのは至難の業だ。まだ、四十雀の方が分かりやすい。バウリンガルは講評なのにミャウリンガルは酷評が出ているほどのものらしい。2004年だかに発売されたミャウリンガルは、当時でも8,000円もしたらしくその割に程度が低かった。 その気になれば今なら、ディープ・ラーニングでかなりの精度のものができそうな気がするが、単価的にペイしないのかもしれない。 まあ、相容れないまったく別の生きものなので、お互いが分からないまま方が良いのかもしれない。分からないからこそ斟酌もするし、思いやりも生まれるというもの。
2024.05.12
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♪ 五月晴れ山あじさいのほころびの季節は急行各駅停車 ようやく隣家の玄関周辺の整備が終わった。一度敷いた砂利を撤去して別の砂利を敷き直したりしていた。業者が砂利の材料を違えたらしい。駐車スペースはかなり傾斜がある。我が家の庭に雨水が流入することはなさそうだ。 こちらは敷地の周り全部に砂利を敷いたりせず、ちゃんと土の部分が残してある。「花壇になるの?」と聞いてみたら、まだ具体的には決まっていないが、取りあえずそうしてあるとのこと。家の東側が少し広めにとって有り、玄関わきから続いて土のままになっている。 アランが喜んで、毎日用足しに通っているようだ。猫好きだと聞いているので安心だが、ちょっと気になっている。植えられたのはやっぱりシマトネリコだった。 真っ当な感性の持ち主、それもすぐ隣の家だということでとても喜んでいる。偶然にしても、願いが叶ったようでとても嬉しい。 ごそごそと庭いじり。 植木鉢を置く台にしていた脚立が、あまり用をなさないので、斜め向かいの旦那が庭木(シマトネリコ)の剪定をしていたので上げてしまった。これで高いところに手が届く。風も通るようになった。 場所が空いたので、通路の脇に置いていた山桜と樟の鉢が置けるようになった。 狭庭には花を植える場所がない。プランターにと思ってもそれを置く場所もない。それで、通路の脇に無理やり設置。人やバイクが通るので邪魔にならないように、また頑丈にしておく必要がある。 安定が悪いので、L型の棚受けを付け、落ちないように紐で固定してやった。 朝顔の種まき、蝶豆の種まきとかの準備をしたり、薔薇の消毒をしたり。キバナコスモスの種を蒔いたり・・。朝顔の種。植える所もないのに・・。これから蝶豆の種を蒔く。 蝶豆は発芽率が悪いし、直根を痛めるとダメなので直播きが無難らしいが、今年はポットで育ててから植え付けしようと思う。 ゴーヤも4枚ほど本葉が出ている。カンカン照りの場所では上手く育たないので、今年はプランター植え付けてみるつもり。今年もゴーヤと朝顔と蝶豆でグリーンカーテンを作ろうと思っているが、果たしてどうなるやら・・・。 狭庭が今年もやっぱりこうなった。それぞれが大きく伸びると喧嘩するようになるが、整理するものも出てくるし、まあ何とかなるだろう。日に日に様子が変わっていく。 南窓下のアスクレピアス(唐綿)は、切り詰めたので小さく育っている。これなら薔薇と喧嘩しなくて済みそうだ。紫宝花の方はそういうわけにはいきそうにないが・・。 明日の夜から月曜日の午前中は雨の予報なので、今日中にやることをやっておくのがベストのようだ。 草取りやらいろいろやってちょっと筋肉痛も有ったりするところへ、孫とキャッチボール。今朝は全身がケッタルイ。孫はけっこう強い球(球速は81㎞/hくらいらしい)が投げられるようになっていて、左右の視力が違う爺はときどきパスボールする。 自分も肩には自信があったが、それは遠い遠い昔の事。暴投もするし、球拾いしている時間の方が長いかもしれない。今朝は、当然のように右肩が痛い。
2024.05.11
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♪ 老木に底方(そこい)知らざる空洞を抱えて生きる我を見ている今日はぴーかん。 放射冷却で最低気温が下がり、北海道から近畿にかけての広い範囲と中国地方と九州の一部に「霜注意報」が発表された。寒暖の差がかなり激しい。 名古屋に限って言えば、12・13日に雨が降った後、かなり高い日が続く予報になっている。全国的にもかなり暑くなるらしい。 まだ5月だというのに・・・、まったくもう夏の陽気だ。今から庭の水遣りにも注意が要るようになる。鉢植えに遣り忘れがあると枯らしてしまうことになる。☆セダム・オーロラ 鉢を取りに来た義妹が、玄関のこれを見て「いいね~これ」と声を上げた。ただ寄せ植えにしてパーゴラの吊り台に乗せ、ほったらかしにしていたもの。冬場には真っ赤に紅葉するし、多肉植物は管理も楽で良い。伸びて下に垂れていたのを幾つか切って、持たせてやった。 彼女の両親ともに健在で、お父さんは91歳になるも、少し下のお母さんよりずっと元気だとか。未だにパソコンもやるし、矍鑠として元気に暮らしているらしい。運転免許証を今年ようやく返納したばかりらしい。この分だと100歳まで行くかもしれない。 木は中心が枯れてもちゃんと生きている。樹種にもよるが、大概の老木は外からは見えないが、中心部が空洞になっている。京都の清水寺近くの通路で倒れた木もそうだった。 年を取るというのはこういうことなのだろう。しかし、この木はまた若い芽まで出していて、見かけよりも生きる意欲が旺盛のようだ。 一体何の木だろう。特徴がないので調べようがない。 こんな風になりながら元気を装って、うっかり長生きしてしまいそうな自分を見ているよう。なんだかちょっと愛おしくなる。
2024.05.10
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♪ スッキリと目覚めし5時は曇り空アランの耳にささやいてみる ♪ 大谷の試合のさ中水原一平(いっぺい)の罪を認めたニュース流れる♪ 大雨の被害に沈むブラジルの画像に重なるドバイの水害4月♪ アフリカの東部を覆う雨雲やケニヤにダムの決壊を知る4月♪ 進退を極めらんかなネタニヤフ停戦了承のハマスを妬む♪ これさえも山上徹也のなさしめん自民汲々と改革の審♪ また人が殺されたニュース聞いている人口減の止らない国に
2024.05.09
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♪ 緑陰に包まれている湖を眼が食べている薫風の中 最近は間が開き気味のウォーキング。昨日は中5日ぶり。午前中の雨が上がった後だったこともあって、地上は草木の萌えたつ息吹と草いきれの里山は、少し蒸し暑かった。 間がだいぶ開いてしまっているので、この日はいつもより少し多めに歩こうと思って家を出た。家を出たところで、カラスの骸を発見。不吉とかそういうことは思わないが、なんとなく象徴的なイメージが浮かんだもののすぐに消えた。屋根上で二羽の烏(ハシボソ)やかましき春だ恋だよ楽しいじゃないかこの花の名前はなんだ?度忘れの十三秒後に思い出し、晴れ嬉々として追いかけっこの犬二匹描きつづける自在曲線黒柴を追いかけるのは中型の普通の雑種愛しき雑種おちこちにうぐいすの啼く里山の丘に増えてゆくソーラーパネルいつもより足を延ばしてゆく先の庭に見慣れぬ花咲いており地区境をこえて入りたる集落の趣きそして空気の違い忍冬の崖に垂れおり古のアールヌーボーうるわしき模様ツバメの巣のどれも西日の側にあり朝が苦手な物書きのごと「スイカズラ」(吸い葛・吸葛・忍冬、学名: Lonicera japonica)は、スイカズラ科スイカズラ属の常緑つる性木本。別名、ニンドウ(忍冬)やキンギンカ(金銀花)。 和名スイカズラの名は「吸い葛」の意で、細長い花筒の奥に蜜があり、古くは子どもが好んで花の管の細いほうを口に含んで甘い蜜を吸うことが行なわれたことにちなむとか。スイカズラ(忍冬) 日本全国各地に自生しているらしいが、私の故郷、茨城県では見たことがなかった。絞り染めの図案を書いている時に、杉浦非水の文様集でアールヌーボーのデザインを見て初めて知った。それが意外に身近なところにあったので嬉しくなった。 各地の平地から山野の野原、土手、山林、林縁や道ばたによく見られるらしく、庭や垣根にも植えられるらしい。そういえば、ある美容院の庭に咲いているのを見たことがあったし、南知多のどこかで見たことがあるのを思い出した。 花期は初夏(5 - 7月ごろ)で、葉腋から花が2個ずつ並んで咲き、夕方から甘い香りが漂うらしい。つぼみは薄紅色、咲き始めの花は白色をしているが、受粉するなどして徐々に黄色くなる。そのため、一つの枝に白い花と黄色い花が同居することが珍しくない(確かに写真には2色の花が)。 純日本の植物でありながら海外に渡って品種改良され、多くの園芸品種があるらしい。「ハニーサックル・ウィンドワード」 濃いピンク色の花と、蕾の赤に近いピンクのグラデーションがきれいな品種。花の外側は濃いピンクのまま、中は淡いピンクから黄色に変化するという。香りが良く、色の変化も楽しめるとか。 英名:Honeysuckle(ハニーサックル)蜂蜜+吸う。Woodbine(ウッドバイン) 仏名:Chevrefeuille(シェーブルフォイユ) 伊名:Caprifoglio(カープリフォリオ) 欧米では観賞用に栽培されるとともに広く野生化もしていて、特にアメリカでは外来種としてクズとともに森林を覆って打撃を与えるなどと問題となっているとか。ヤブガラシ(薮枯らし)みたいなものか。☆ この日は約17㎞、23,200歩ほど歩いた。間が空いて休養充分ということで、疲れはしたが今朝にはすっかり疲れも取れている。まあ、これしきの事で疲れている様では話にならない。江戸の人々は平気で1日30~50㎞を歩いていて、それも毎日だからねぇ。
2024.05.08
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♪ 可愛さにやり過ぎている弊害を身をもって知る甘える猫に アランがすり寄ってきて盛んに鳴く。エサが欲しい時もあるがそうじゃない。ころんと横になるので背中を撫でてやると、前脚をぐーぱーぐーぱーしながら目を細め、「あれ」をやってとおねだりをする。最近は病みつきになったか、毎日のように言ってくる。「変な癖がついちまったなぁ」と言いながら、こっちも面白がってやってやる。 それは、「横になっているところを、“首の辺りと脚の辺り” を押さえて、体をグルグルっと回転させてやる。フローリングの上なので良く滑る。目が回るといけないと思い、右回り、左回りを交互に。鳴き声は立てず、前脚をぐーぱーぐーぱーやって喜んでいる。様子を見て、場合によってはさらに2~3回繰り返してやる。」 こんなこと普通では絶対に体験できない。猫ブームであっても、そんなことやってもらっている猫は、世界広しといえどもどこにも居ないんじゃないだろうか。 アランは、紐やボールなどで遊ばせてもあまり興味を示さず、遊ばせ方が分からない。それで、面白半分にやり始めたこと。それがえらい気に入ったようだ。自分からは何もしない、まったくの受け身。まるでなんとかサロンでスペシャル施術を受けているようなものだ。☆ そんな事をしてくれる爺だからか、甚く気に入ってくれていて何かとそばにいたがる。それはそれで可愛いのだが、暖かくなった最近は毎晩、私の布団の上に乗って寝るようになった。それがちょっと・・。 ベッドに入る時間が遅いと、待てずに箪笥の上で寝ていたりするが、私が行くとタンスから下りてベッドに移動してくる。夜の様子を始めて撮った。 本を読んでいる足元に、ごろんと体を凭れかけて喉を鳴らしている。この日は11時前だった。こっちはまだ本を読んでいるので、ヤツは先に寝ることになる。 私が寝るころには完全に眠りに入っているアラン。起こさないように体をそーっと下に潜り込ませる。腰から脇のあたりにアランが居ることになる。寒い時期ほどには密着してこないので少しはましだが、重いので寝返りが打ちにくい。来てくれるのは可愛いが、居ないならその方が良いと思ったりもする。 朝になってもアランはまだ寝ていることが多い。私が抜けた後の状態ばかりだが、証拠写真が撮ってある。目を開けたので、間もなく起きるだろう。未だ夢の中。爺様は起きたか、まだ早いのになぁ・・。この夜は下の方へ移動して寝ていた。やけに暑い夜だった。 こうして写真が撮ってあるのを見ると、夜中は邪魔でウンザリしているのに、私はやっぱりアランガ可愛いと思っているんだねぇ。 欲といったら食べることと寝ることくらい。ただ無心で慕ってくる猫が可愛くないわけがない。 朝飯を食べた後、いつも決まってPCのところにやって来て膝の上に乗る。ずっと夜一緒に寝ていたのに、まだ一緒に居たいらしい。嬉しいけど迷惑だ。しばらくすると居心地が悪いと見えて、どこかに行ってしまう。 4月5月はこんなことの繰り返しの毎日。これから暑くなるにつれて様子は変化していく。 今年の夏は、猫にとっては居場所のない厳しいものになりそうだ。地獄の釜ゆでのような、逃れようのない状況ではクーラーが嫌いなんて言ってられない。
2024.05.07
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♪ 「大谷が二(ツー)ホームラン四安打」ブログの合間に聞く翔タイム 後半はいい天気が続いて、まあまあのGWでしたね。我が家はいつもの様に家でノンビリ庭いじりしてました。 5月ともなればやることも多く、この小さな庭でもそこそこの仕事量だ。モッコウバラが隣家の庭に枝を伸ばしていたのを剪定したり、ドクダミを引き抜いたりの草取り。鉢の植え替えをしたりで、45ℓのゴミ袋が一杯になった。しばらく日陰で養生だ。 花を咲かせたいと思って頑張っていたパキラは、置き場所に困るようになってバッサリと強剪定して植え替えをした。青ドラセナも短くカットして、鉢を一回り小さくして植え替え。 強引に鉢上げしたブーゲンビリアはなんとか息を吹き返したようで、ようやく葉っぱを出してきた。この分なら鉢植えでうまく花を咲かせられるかも知れない。 姫沙羅は昨夏の暑さに負けて、さらに枝が枯れてしまっている。脇芽が出てくれればいいが、貧弱な姿が哀れだ。家が建ったことで環境が良くなるかとも思ったが、夏の日当たり具合は変わりそうもない。 涼しい林の中でこそその可憐な姿を発揮できるのに、ちょっと可哀そうだが仕方がない。今年は今まで以上の猛暑の予想。環境に順応できるかどうか、瀬戸際の状態だ。 テイカカズラの仲間らしい蔓植物はいよいよ元気で、エサ台を覆い尽くさんばかりに新芽を伸ばしている。ハツユキカズラが全体に独特の小さな白い花を咲かせて、こちらも元気だ。 右がハツユキカズラ ミヤギノハギもここへ来て、タケノコのごとき勢いで伸びている。株を少し小さくしたものの早や110㎝にもなっている。大きく枝を広げるので、今年は切り戻しの時期を少し遅らせた方が良いかもしれない。 間もなく咲く山紫陽花2種。内一つを植え替えしてある。昨年はあまり良くなかったが今年はどうだろう。暑さに水遣りを怠るとまずいが、2つのタンクが空になるほどの夏は外へ出るのも憚れて、ついつい疎かになる。 メダカは数が減ってしまい、鉢を整理することに。飼い方を少し変えてみようと、カミさんがいろいろ工夫している。真夏は真上から日が射して、あまり環境がいいとも言えないが、ここしか置く場所が無い。新しく生まれた稚魚のために鉢を新調し、パーゴラのところへ持ってきた。 余った鉢を処分したいが壊して捨てるのは勿体ない。誰か欲しい人がいないかと思っていたら、弟の奥さんが2つとも欲しいと言って来た。最近はガーデニングに凝っていて、何か目算があるのだろう。息子を東大に送り込んだ秀才だ、今日さっそく取りに来るというので訊いてみよう。 大きい方で外寸が、高さが37㎝・直径が37㎝もある。 狭庭になんやかんやで大小の鉢やポットが並んでいる。実生でどうかと、試しに蒔いたナツツバキとハナミズキの芽がなんとか出てきている。しかし、大きくなったらどうするのか、全く考えていない。ゴーヤもようやく双葉が出てきた。 置き場所に困った実生の山桜と、アオスジアゲハの幼虫のためのクスノキの鉢。通路を削ったりして無理やり場所をこしらえた。 パーゴラの中は、いずれパキラとドラセナを置くことになる。シュウメイギクは他の場所へ植え替えたが、半分だけ残しててある。ヒメウツギの鉢の行き場所がない。 とにかく、場所がないのにものが増える。短歌と同じように詰め込み過ぎは良くないのに、気が多いというか無計画と言うか。枯淡からはほど遠い。テストステロンが多いせいなのか? 5日(日本時間6日)、大谷翔平投手は2本塁打を含む4打数4安打3打点で4連勝に貢献。 第1打席で2戦連発の先制9号2ランを打った。2試合連発!打球速度104・3マイル(167・9キロ)、飛距離412フィート(125・6メートル)、角度31度。これがメジャー通算180本目(日米通算228本目)。 第2打席は左前安打、第3打席は中前安打で2試合連続の猛打ショー。 そして8回の第4打席で両リーグトップに並ぶ10号ソロを放った。打球速度110・6マイル(178キロ)、飛距離464フィート(141・4メートル)は今季最長、キャリア3番目。角度26度。 1試合2発、4安打は今季初めて。打率を3割6分4厘まで上げ両リーグ単独トップに浮上。
2024.05.06
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♪ すれ違う犬がずーっと吾を見て動かないから吾も見返す 少子化に歯止めかからず、こどものカズは43年連続の減少。子どもの割合は50年連続で低下。1982年から43年連続の減少となった。比較可能な50年以降の統計で過去最少を更新。65歳以上人口は3625万人(29.2%)と、子どもの数の約2.6倍となっており、人口構成のアンバランスがますます顕著に。中日新聞 3歳ごとの年齢区分では、12~14歳が317万人と最も多く、9~11歳305万人、6~8歳288万人、3~5歳257万人、0~2歳235万人と年齢区分が下がるほど人口が減っており、少子化傾向に歯止めはかかっていない。 国連人口統計年鑑によると、人口4000万人以上の世界37カ国中、子どもの割合が最も低いのは韓国の11.2%で、日本は2番目に低い。次いで、イタリア12.2%、スペイン13.5%だった。 過去のことは過ぎたこととして、未来はどうなるか統計上ハッキリしている。 超少子高齢化、超人口減少の未来の国に生きてゆく。☆ 以前、「☆ リニア新幹線と今後のテクノロジーの変化 パート4」で書きました。『ヒトは社会生活を営む動物であり、子育てには血縁・非血縁を問わず多くの他者の協力が必要です。「子供は授かりものではなく、天からの預かりもの。」その大きな脳をもっているため育てるのに時間のかかる子供を、地域が共同で育てる必要がある。 人類・民族の存続のために、その意識を再認識する方向へ舵を切るべきではないでしょうか。 少子高齢化で市町村が消滅していくのは必至のこと。 そう遠くない将来、学校が閉鎖・統合するように、市町村もそうならざるを得ない。それを前提にして、共同で子育てする「環境と理念」を今から暫時作り上げていくことが必要ではないでしょうか。 地方が過疎になり、不便だからと大都市に移住する人が増え、ますます中央が肥大する。その前に手を打たなければならない。中央集権を否定しているのに、実行が伴わないところへ人口流入しては、都会が動脈硬化を起こし、成人病が悪化する一方です。 目先のことを考えるのは生活者の宿命ですが、その感覚に政府が引っ張られ、迎合している。それではいつになっても良くならないし、病気が進み国は蝕まれて行く一方だ。ポピュリズムと極右の台頭は、進んで自閉症になる道を選んでいるようなもの。 いっそのこと、政治はAIにやらせた方が良いとさえ思う。よほど公平な判断を下してくれるでしょう。☆ 純血主義のごとく移民の受け入れを嫌い、労働力としか見ておらず、いい気になって使い捨てていた。日本の経済力の低下で、そのわがままも通用しなくなり、もっと賃金のいい国に流れようとしている。経済大国は、かつての歴史の中の1ページにしか過ぎない。中東やアジア諸国からも置いてけぼりになりそうな今の日本。 終戦間もないころを知っている団塊世代の私は、皆が貧乏だったが生き生きしていたあの頃が懐かしい。横並びでみんなが貧乏だったので、平等意識をもてて生きやすかった。 「選択の科学」という本の中に、革命で自由を勝ち取ったはずの国民が、おしなべて「統治されて自由じゃなかったときの方が、平等で豊かだった」と言っている話が出てくる。 また、“禁止されればされるほど、よけい欲しくなる” という人間の本質をうまく利用して、禁煙を上手に導いた例がある。禁煙をしたいと思っている人が対象の調査で、ある国は「煙草を厳禁、吸えば厳罰」とした国は、密輸入品を買う人が増え、禁煙した人はごく少数だった。それに対してある国は煙草の料金を上げた上で、「なるべく吸わないようにしましょう」と緩めに規制した。その結果、禁煙した人が大幅に増え、返って税収も増えたという。 生成AIを活用してこういう手法が、ますます使われるようになるでしょう。巧妙に人心操作されるわけですが、“いい方向に利用さえすれば、良い社会になる” ということ。 民族のために、ひいては人類のために、子どもを共同で育てたくなるような秘策を立てる。是非、AIに託してみてはどうだろうか。』人口の推移 我が家の周りに最近新しい住宅が数件建ったお蔭で、まだ保育園児だったり保育園前の子どもの声や姿を見ることができます。その元気な姿を見ているととても幸せな気分になります。 ただ最近はは、共働きのため1歳から保育園に預ける家が多く、子育てにあまり重点が置かれていない事が気になります。 この先もこんな調子で進んでいって、ほんとうに良いのだろうかと思ってしまいます。しかし、新しくやって来る社会に対応していくしかないことを考えると「昔はよかった」などと言ってはいられません。 一体どんな世界が待っているのか、誰にもわかりません。分からないから生きていけるとも言えます。子どもがそうであるように、未来を信じて毎日を前向きに過ごしていくことができればいいのですが・・。
2024.05.05
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♪ 春宵に花を閉じたるサボテンの幼きどちのいたころのこと クレマチスがようやく花を咲かせた。2023年2月に挿し木苗をネットで買ったもの。ジャックマニー系とかで、今年の3月にパーゴラの一画に植え付けたもの。薔薇との相性がいいとかいうので、以前から植えてみたいと思っていた。ピンクファンタジー 寒さにも暑さにも比較的強いらしいが「移植を嫌うので、植え場所をよく考えてから植えつけること」というので、いろいろ考えてこの場所を選んだ。 ずいぶん下の方に花を付けた。 ジャックマニー系は花のサイズが大きめで多花性のクレマチス。四季咲きで5月から10月と花期が長い。耐寒も耐暑もあって育てやすいらしい。ツル性なので、株が充実すると壁面やフェンスを埋め尽くすように咲くらしい。 シーズン中は、花が終わったら地際から2~3節の節と節の間を剪定し(つる全体の長さの1/3~1/2ぐらいを残し)、秋の最後の開花が終わったら地際でカットする。 前年のツルと今年のツルの両方から花芽をつける新旧両枝咲きとも書いてあり、 咲きだすと1カ月近く花が開花していて、開花期間が長いのも魅力のひとつとか。花の後は剪定しておくと、剪定から1~2カ月後に再度開花。1シーズンの開花の回数は2~3回。この回数の違いは剪定のタイミングが大きく影響するという。ツルの長さは2~3メートルくらい伸びるらしい。一般的な四季咲きの管理 肥料は、春から秋の生育期(夏場を覗く)に液体肥料を2週間に1回与え、同時に緩効性肥料を2カ月に1回施す。 鉢植えでも庭植えでも、蕾の時期から開花中は、多くの水を欲しがるので、水切れは厳禁。 クレマチスには一季咲き品種と四季咲き品種があり、旧枝咲き・新枝咲き・新旧枝咲きの3タイプがあってややこしい。 この薔薇の方へ誘引してやろうと思っている。これでパーゴラを設置した効果が存分に発揮できるようになる。
2024.05.04
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♪ 半熟の卵のごとき根性に今日も悲観の文を書いている 鍋を磨き、包丁研ぎに自信あり。なり行きついでに鋏を2丁、研いでそこそこ切れは良し。斯くなるは、刃物を全部研いでやろうか。 5月3日の今日は「憲法記念日」 1947年5月3日に施行された日本国憲法。その柱となる3つの原則が「国民主権」 「基本的人権の尊重」 「平和主義」。第2章 戦争の放棄 〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 ★憲法第 9 条(戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認)について ~自衛隊の海外派遣をめぐる憲法的諸問題」に関する基礎的資料~ 平成15年 憲法改正は昔から自民党の主要案件であり、反共思想と背中合わせで抱いてきた悲願とでもいうべきもので、自分たちの手で都合のいいものに作り替えて、国を操りたいという野心があっての事だろう。★ 77年前とは国際社会が大きく変わり、9条のあり方が大きく問われることになっているのも事実。 法律を無視し、国際的な秩序も規範にも背き国際法さえ守らず、築いてきた協調の足並みを反故にする。そんな国が紛争(戦争)を起こして平然としている。そして、それを国際社会は止めることができないでいる。 極右の指導者・首長が台頭して、自国主義がまかり通るようになってきている。1970年の大阪万博のスローガンは「人類の進歩と調和」だったし、その流れで「世界は一つ」が謳われるようになっていた。 それが今は、野蛮な時代へと逆戻りしている。拡大します この画像は、代表的な民主主義の指標であるV-Dem(http://www.v-dem.net)の最新レポート「DEMOCRACY REPORT 2022 ★ Autocratization Changing Nature?」のデータをもとに作成されたもの。 歴史は繰り返されると言われる。 この図を見ていると頭が痛くなってくる。自由民主主義国は、2012年の42カ国をピークに減り続け、25年を経て34カ国となり、世界人口の13%にな1989年当時のレベルまで下がっているという。また、独裁体制の国・地域が25から30に増えている。世界179か国・地域で、権威主義国家と民主主義国家の数がほぼ拮抗していて、権威主義国家の方がやや多いというのも驚きだ。 ●V-Dem民主主義国ワースト10 1.エリトリア 2.北朝鮮 3.アフガニスタン 4.イエメン 5.ベラルーシ 6.シリア 7.トルメキスタン 8.中国 9.サウジアラビア 10.タジキスタン 政府によって表現の自由が著しく悪化した国は、10年前はわずか5カ国だったものが35カ国に増えているb。また、悪しき2極化が進んだ国は32あり、前年の5カ国から大幅に増加。また、危険なレベルまで2極化が進んでいる国は40カ国に達し、2極化は独裁主義を強化しているという。 地球温暖化によって、ますます二極化が激しくなっていく。その両極端がもたらす自衛という行動が、切羽詰まって権威主義国家と民主主義国家の戦争に発展しないとも限らない。★ 日本が軍隊を持って自衛しなければならないということが、絶対に起こらないとは言えない。「日米安保条約が破棄される日」と題して、中日新聞の「視座」欄に、内田樹(神戸女学院大学名誉教授)が寄稿している。 前半略 日米安保条約は一方の締結国が宣言すれば1年後に自動終了する。そもそも戦後の在日米軍基地はソ連侵攻を想定して配備されたもの。ソ連から一番遠い沖縄に基地が集中しているのは、日本列島がソ連から蹂躙された後も米軍主力は無傷で残るという理由から。 だとすれば、米軍が対中戦争を想定して基地を配備するなら、最前線である沖縄と南西諸島は出来るだけ自衛隊に委ね、米軍主力はグアム=テニアンの線まで退くのが合理的だ。 日本の左派は「米国が始める戦争に日本が巻き込まれるリスク」を語るが、むしろホワイトハウスは「台湾や韓国や日本が偶発的に起こした対中戦に米国が巻き込まれるリスク」を憂慮している。 仮に、日中間で軍事衝突が起きた時、米軍は参戦するだろうか。「参戦拒否」すると私は思う。米国には在外米軍基地の縮小や廃止を主張する議員も多く、「アメリカ・ファースト」で「日本のために米国の若者が死ぬ必要はない」と言いだせば世論も同調するだろう。日本有事で米国民が一人も死なないためには、日本列島から米軍基地を撤収すること。「安保条約」が機能しなくなる日に備えて、日本も「日米同盟機軸」以外の道を考え始めるべきときが来ている。(4月7日) 戦争のない平和な時代が続き、戦争放棄という憲法のお蔭だと思って来たが、そうではなくて原爆投下という大打撃を受けて、「戦争などこりごりだ、もう絶対にやりたくない」という心の底からの叫びがあって、その意思が日本国憲法にも反映され、今の日本を支えてきたのだろうと思う。 さあどうしましょう。アメリカが頼りにならないとなると徴兵制度が復活するかもしれない。
2024.05.03
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♪ 鶯のドラマティコなる美しい声を聴きゆく朝のウォークドラマティコ=音楽用語として声楽の声質名として用いられ、重厚で劇的な表現力を持つ声質 未明の4時半ごろ、発情期を迎えた野良猫の鳴き声が響きわたっていた。アランが反応して飛び出していったようだった。すわ、喧嘩になるかと思ったがそんなこともなく、直ぐに静かになった。アランも何事もなかったように部屋に戻っていた。 5時頃起きて少し体を動かし、10分後にウォーキングへ。5時の日の出には間に合わなかったが、前日の雨に洗われた早朝の風景はことのほか気持ちがいい。いつもながらの秋葉神社の境内から、昇って来た太陽の中の景色。 朝日に輝いて美しかった。ほぼ快晴の空だったが、ここだけは雲がスタンバイしていい、具合に情趣を添えてくれていた。もう30分早ければもっとよかったが、そのためには4時半には家を出なければならない。 次回は、目覚ましを掛けて寝ることにしよう。溜池や里山のぞむ住宅地大葦切の鋭(と)き声のなか草むらに太くて高き声ひびき離れて雉の頭が二つまず春に始まるドラマつぎつぎとわれが主役の幕が上がりゆく5人連れそれぞれ違う犬を連れ違うことこそ自慢の一団いろいろな朝の挨拶する人を二十五数えて清々しけり新しき家の住人おしなべて夜勤のあるを知る五月かな調律師のお隣さんに来るらん妻がショパンを弾いていた時寺本駅 パークロードを歩いていて、ふと目に入った。枯れ木に穴が空いている。自然に空いたものではなく、明らかに掘ったものだ。こんなところに穴を空けるのはケラ類(キツツキ)ぐらいなもの。 下を見ると穿った時に出る木屑がたくさん落ちているので間違いない。 右の画像は拡大できます。 これは多分「コゲラ」のものだろう。この辺りにいるキツツキと言ったらコゲラぐらいなものだろう。家の近くで何度も見ているし、造成される前の隣家の柿の木にも来ていた。 しかし何でまたこんな人通りの多い通路のすぐそばで、それも高さが1.2mほどのところだ。いくら何でも危険すぎる。抱卵して子育てなんて出来るはずがない。 我が家の巣箱に営巣した四十雀は結局、諦めて来なくなってしまったし・・。自然界の野鳥たちが生息する場所が減ってしまって、止む終えずこういうことになっているのだとしたら、あまりにも可哀そうだ。安心して子育てができないなんて、少子化の原因でもあるし・・
2024.05.02
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♪ 長生きをしてよかったと祖父言いきまだ太陽に節度のありき 先日、民間の有識者グループ「人口戦略会議」が、全体の4割にあたる744の自治体で、2050年までに20代から30代の女性が半減し、「最終的には消滅する可能性がある」とした分析を公表しました。 10年前、2014年に行われた同様の分析に比べると「消滅可能性自治体」は896から744となり、152少なくなっている。 これは、最新の人口推計で、将来の外国人の入国者が増加すると見込まれるためですが、有識者グループは「実態として、少子化の基調は全く変わっておらず、楽観視できる状況にはない」としています。自治体は全体の4割にあたる744市町村。 今回、新たに「消滅可能性自治体」と指摘されたのは99自治体で、前回は、東日本大震災の影響で対象とならなかった福島県の33自治体も含まれています。 2050年までの若年女性人口の減少率が20%未満にとどまっている、65の自治体を「自立持続可能性自治体」と名付け「100年後も若年女性が5割近く残っており、持続可能性が高いと考えられる」としています。 1729自治体について消滅可能性自治体の他、若い女性が100年後も5割近く残る「自立持続可能性自治体(65自治体)」、人口増加分を他地域からの流入に依存し出生率が低い自治体を「ブラックホール型自治体(25自治体)」などと分類。 大半が該当する「その他」(895自治体)でも人口は減少傾向にあり出生率改善などの対策は必要だとした。 ブロック別の分析では、西日本に比べ北日本の人口流出が厳しい。東北には消滅可能性が165自治体あり、全国最多だった。一方、九州・沖縄は消滅可能性が比較的少なく、自立持続可能性が34自治体あった。(日本農業新聞) ★「自立持続可能性自治体」は以下のとおり。(宮城県)▽大衡村(茨城県)▽つくばみらい市(群馬県)▽吉岡町(埼玉県)▽滑川町(千葉県)▽流山市▽印西市(東京都)▽八丈町(神奈川県)▽葉山町▽開成町(石川県)▽川北町(山梨県)▽忍野村(長野県)▽原村▽南箕輪村(岐阜県)▽美濃加茂市(静岡県)▽長泉町(愛知県)▽大府市▽日進市▽東郷町▽飛島村▽阿久比町▽幸田町(三重県)▽朝日町(滋賀県)▽守山市▽栗東市(京都府)▽木津川市▽大山崎町(大阪府)▽島本町(奈良県)▽葛城市(鳥取県)▽日吉津村(岡山県)▽早島町(広島県)▽府中町(福岡県)▽太宰府市▽福津市▽那珂川市▽志免町▽須恵町▽新宮町 ▽久山町▽粕屋町▽苅田町(熊本県)▽合志市▽大津町▽菊陽町▽南阿蘇村▽御船町▽嘉島町 ▽益城町(鹿児島県)▽宇検村(沖縄県)▽宜野湾市▽浦添市▽豊見城市▽うるま市▽南城市▽宜野座村 ▽金武町▽読谷村▽嘉手納町▽北谷町▽北中城村▽中城村 ▽与那原町▽南風原町▽八重瀬町▽多良間村▽竹富町 因に、愛知県の消滅可能自治体と自立持続可能自治体は下図の通り。■自立持続可能自治体 ■消滅可能自治体 ★「消滅可能性自治体」とした自治体一覧は “こちら” 。 ★「ブラックホール型自治体」と指摘されたのは、以下の自治体。(北海道)▽喜茂別町▽占冠村(埼玉県)▽蕨市▽毛呂山町(千葉県)▽浦安市▽酒々井町(東京都)▽新宿区▽文京区▽台東区▽墨田区▽品川区▽目黒区▽大田区 ▽世田谷区▽渋谷区▽中野区▽杉並区▽豊島区▽北区▽荒川区 ▽板橋区▽練馬区▽青ヶ島村(京都府)▽京都市(大阪府)▽大阪市「ブラックホール型自治体」とは 今回の分析では、出生率が低くほかの地域からの人口流入に依存している25の自治体をあらゆるものを吸い込むブラックホールになぞらえて「ブラックホール型自治体」と名付けている。 2050年までの30年間に20代から30代の女性の減少率が、▼人口の移動が一定程度続く場合には半数未満にとどまる一方、▼人口移動がないと仮定すると半数以上になる自治体を指す。 有識者グループ「人口戦略会議」の副議長を務め中心となって分析にあたった増田寛也氏は、「10年前の提言のあと、各自治体の人口減対策は人口の流出をどう抑えるかという『社会減』対策に重点が置かれ、若年人口を近隣で奪い合うこととなり、『ゼロサムゲーム』のような状況になってしまった」。その上で、今回の分析では、 *人口規模の大きい自治体は『自然減』対策が、 *小さい自治体は『社会減』と『自然減』の両方の対策が必要と、地域によっての特性の違いが浮き彫りになった。今後のまちづくりや人口問題の対策を考える上で参考にしてほしいと述べている。★ 栄枯盛衰、諸行無常。どんなものにも寿命がある。国家も企業もそうだし、市町村とて例外ではない。その変化していく状況に順応していけるように、自ずからして変わっていかなければならない。条件が揃えば、スマートシティーのようなところに新しいコミュニティーを築き、今までにない生き方を模索していくことになるのだろう。 人類という自然界でもっとも不自然な存在の人類が縮小していけば、自然界の生物が本来の姿に戻っていくだけのこと。 今、池澤夏樹の「静かなる大地」を読んでいる。維新によって土地を追われ北海道に入植する人々の、アイヌとの関りの中で “土人と和人” の価値観の違い、生きる哲学の根本的な違いを語って、じっくりと問いかけてくる。 アニミズムと自由主義。本当に幸せなこととは何なのか。近代以降、人は文明という名の欲望を追い求めて突き進んでいくしかないと思い込んでいる。こういう生き方しかできないと信じて疑わず、破滅への道と分かっていながら止めることができない、この頭でっかちの偏狭な生きもの。 テクノロジーに依存している人間は、その依存する対象の方を変化せていくしかないのかもしれない。
2024.05.01
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