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♪ CDとレコードの音聴き比べ空気感とふ音あるを知る ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 先日、ジャズとクラシックを聴かせてくれる音楽サロン「アーデン」で、CDとLPレコードの聴き比べをさせてもらった。 同じ音源のディスクを両方セットし、交互に切り替えて聞く。 想像していた通りハッキリとその違いが出た。 CDは確かにクリアーで、すべての音が立ち上がって、生き生きとしたサウンドを聴かせてくれる。それに比べて、レコードの方は少しくぐもった感じがするものの、音の広がりと奥行きは全く違った。 演奏しているその場の”音のない音”、見えない何かが存在するような、空間の広がりの中から聞こえてくるような感じとでも言おうか。 全ての音が均質に出ているCDに比べ、音の抑揚と陰影をも感じさせるLP。その違いはやはり大きかった。 今は亡い、ここの玉(真空管)アンプを制作した友人も、”如何に空気感を表現するか”を口癖のように言い、その制作に心血を注いでいた。 ビル・エバンス(ピアノ・トリオ)のライブ盤を聴いたわけですが、食器が当たる音など高い音ははハッキリ出ているのに対し、ぼそぼそと客の話す低い声が、CDでは聞こえないのにレコードではちゃんと聞こえてくる。 これは一体どういうことだろう。 エジソンが発明したこのレコード盤の溝をトレースするという原始的?な方法で鳴らす方が、最先端のデジタル技術を使って鳴らすよりも豊かな音がするというのは・・・ 音の柔らかさと、会場全体の空気が伝わってくるようなダイナミックレンジの広さは、レコードの方がはるかに優れているのは確かのようです。 アンプの特性とスピーカー、カートリッジとプレーヤーの相性、システム全体のクオリティー、それらの全てがうまくマッチしないと、こういう微妙な違いは再現できないでしょう。 真空管アンプを使って自分のスピーカーを鳴らしてみたい。好きなレコードを掛けてじっくり聴いてみたい。 さもライブハウスにいるような臨場感でエリック・ドルフィーを、リー・コニッツやミルス・ブラザースをこの部屋で聴けたらどんなにいいか、想像しただけでもワクワクします。 フィリップスのWコーンのユニットは、玉のアンプの方が良い音がすると聞けばなおさらだ。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.31
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♪ 僧侶らよ自死せむ人の一人でも助けむとして汗流せしや ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 高度成長の極楽時代はいざ知らず、このご時世にあって僧侶たちは何をしているか。 特殊法人として優遇され税金も納めていない立場にあって、その社会的意味を考えているのだろうか? 11年連続で3万人以上の自殺者がいて、うつ病患者が2008年には104.1万人と急増しているこの国に、寺院総数:4139ケ寺 (2009年2月23日) あるという。 ただし法人登録されているものに限るようで、実際の数は正確には分からないらしい。コンビニの数より多いことは確かのようです。 布教活動をしているキリスト教の神父さんなどには精力的に活動している姿が見受けられますが、仏教徒には布教の意識があまりないためか、そういう活動を眼にすることはほとんどありませんね。 不況になって一般人と同じように生活に影響が出ているのでしょうが、それでは困るんですよね。そんな時こそ人々の心の救済が必要であり、惑える人たちを導く仕事をしていただかなくてはなりません。 そのための優遇税制なんですから。 都合のいい時だけ”自己を見つめて自ずから眼覚めなければいけない”なんてことを言ってもらいたくない。大乗仏教を標榜して繁栄してきたのですから、その教義の真髄を今こそ見せてほしいし、そのことでしか宗教家の存在する意味を示すことはできない。 葬式仏教なんて糞くらえ! 民社党よ、企業献金廃止と合わせて、この宗教団体への優遇税制を抜本から改革せよ。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.30
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♪ 和座椅子に身を預けいて三余なるながながし夜をたしなみにけり ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 「読書三余」のことばあり。 中国三国時代、「冬学(とうがく)」というものがあった。農村の子らを農閑期に学ばせるため、冬だけ開かれる寺子屋のようなものだったらしい。 勉学する時間がないと嘆く弟子を諭して、読書をするのに好都合な三つの余暇があるという。一年のうちでは冬、一日のうちでは夜、時のうちでは雨降り。 今年は「国民読書年」だそうです。 1月3日の天声人語にこんな詩が紹介されていました。 冬夜読書 ── 菅 茶山(かん ちゃざん) 雪擁山堂樹影深 雪は山堂を擁して樹影深し 檐鈴不動夜沈沈 檐鈴(えんれい)動かず夜沈沈 閑収乱帙思疑義 閑かに乱帙(らんちつ)を収めて疑義を思う 一穂青燈万古心 一穂(すい)の青燈万古の心 訳 雪は山の書斎を降りこめ、樹の陰も深い 軒端の鈴はコトリともせず、夜は更けてゆく。 静かに乱れた書物を収めながら、今学んだ内容を考えてみる すると、部屋の燈火の青い焔がじーっと燃えて、その焔を通して 古の賢人の心が伝わる心地だ。 訳 土岐 善麿 土岐 善麿(とき ぜんまろ、1885年(明治18年)6月8日 - 1980年(昭和55年)4月15日)は、明治末~昭和の歌人・国語学者で彼のこの訳も有名なものとか。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.29
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♪ ただ一人レジスタンスの意地通す君の背中に拍手送らむ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 毎朝前を歩く高校生の中に、たった一人だけズボンを目一杯ずり下げている奴がいる。 県立の進学校だけに無駄口を叩く者も少なく粛々と学校へ向かう、まあ行儀のいい生徒たちだ。それだけに余計に目立つ。当然一緒に連れ添って歩く相手はいない。 限界まで下げているので非常に歩きにくそうだが、ガニ股で歩くことで何んとかふんばっている。それを誇りに思っているかのように堂々としてみえるが、内心はどうなのだろうか。 一時ずいぶん流行った”ずり下げ”スタイルはほとんど見なくなった。そんな中で、一人だけそれをやり続けることは勇気と根性がいる。 それも真冬の寒い中で殆ど腹が出ているような状態では寒かろうに、彼の心はそれを凌駕している。 何に対する抵抗なのか。 青春の一時期の誰でも通る、大人社会への不信感と、大人への道筋で抱える情緒不安、教師への不信や友達との意識のずれ。そんな中で自分の心を持て余し、そのはけ口に社会の正義に反発して抵抗することは一種の通過儀礼だ。 しかし、たった一人でそれをやり通すことは余ほどの事がない限り出来ない。 いつまで意地を通し続けるのか。彼の存在は学校でも評判になっているのか、それとも見事にシカトされているのか。 いずれにせよ、たった一人でやり続ける彼に”男の一分”を見る思いがする。 「がんばれー」と彼の背中に拍手を送りたくなる。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.28
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♪ 雪ぐもの意思あるごとく流れゆく黙然として佇む窓辺 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 真っすぐ前を見て、あたかも目的があるかのように雪雲が次から次へ音もなく流れていきます。 何も手に付かず仕事部屋の机の前に座っている。安定した精神を保ってはいるものの、目標が定まらずモチベーションは行き場を失って空回りしている。 刺激を求めて図書館までひとっ走り。久しぶりのジョギングだ。 目的の本は見当たらず、雑誌のコーナへ。芸術新潮の棚を覗く。そこに「小村雪岱(1887―1940)」の特集の一冊を発見。眼を惹きつけられてしまった。泉鏡花『日本橋』 装丁小村雪岱 (特選 名著復刻全集) 近代文学館 少年時代から鏡花の幻想的な文学世界に魅(ひ)かれていた雪岱は20歳の時、縁あって作家本人と出会い、1914年、鏡花の小説「日本橋」の装丁を手がけた。 表紙は、無数のチョウが舞う川の情景を、細い線とさわやかな色彩で表現。見返しには、路地裏を情緒豊かに描いた。 好みがうるさい鏡花にも認められ、以後、鏡花文学の装丁や口絵のほとんどを担当した。 多色刷り木版などを使った装丁は、実に素晴らしく贅沢だ。 細身の女性、雪や雨、柳や草花などの主要モチーフがしっとり感を効果的に演出する一方、構図にメリハリがある。 黒を大胆に使ったりする挿絵にはぞっとするほどの魅力がある。泉鏡花「註文帳」/『愛染集』より 「註文帳」の一場面を描いたものか。極端なパースペクティヴ、しどけない姿でたたずむ遊女、そして画面全体を覆い隠すかのような雪、雪、雪。この世のものではない美しさ。泉鏡花『芍薬の歌』 見返し 大正8年 春陽堂 装釘小村雪岱泉鏡花『愛艸集』 見返し 大正7年 春陽堂 装釘小村雪岱 2月14日まで埼玉県立近代美術館で開催中で、実物を見てみたいという思いが募る。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.27
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♪ ギャラリーに351点を巡りてついに会えざりしかな ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 友人が第64回水彩協会展の公募に入選したというので、招待券をもって愛知県美術館を訪れた。絵が上手いのは知っているので、入選したことにはそれほど驚かなかった。 最終日にやっと時間を見つけて、どうにか間に合った。 会期の一週間というのは、相場が決まっているとはいうものの、あっという間に過ぎてしまう。案内をもらっても観そこなってしまうことも多い。 大きな水彩画展を観るのは初めて。水彩と言っても表現が多様でそのテクニックも多様なことに驚かされ、また、あまりの数の多さに驚いた。 最終日の終了間際という事もあって搬出のための出品者も揃い、かなりの人が会場に溢れていた。ほとんどが出品者だったのかもしれない。 人の間を縫うようにして、一点一点を観ていく。版画部門81点を合わせると、その総数434点。びっしりとひしめく様に壁に並んでいる。 で、順に最後まで行ったが肝心の友人絵が見つからない。入り口に向かってもう一度見直してみたが、やっぱり見つからない。 私には自信がある。探し物はほとんど見つからない探し下手だということが。 本人の姿も探してみたが数百人がいる中ではさすがに見つからず、搬出作業も始まったので仕方なくギャラリーを出てきた。 いづれまた彼女の絵を見る機会はあるでしょう。 公募展というのは、出品者にとって他の作品と自分の作品を比べる絶好の機会で、会場に並んだ自分の絵を客観的に観ることの意義は大きい。ただ鑑賞に行くのと、出品した立場で観に行くのとでは、そこから得られるものには雲泥の差がある。 それぞれが何を考え何をしようとしているのか、どんなテクニックを使っているのか等など周りから得られる情報も多いでしょう。 独断と悪癖に凝り固まった自分の感性をもみほぐすには、他流試合は良い薬になる。 私も何か新しいものに挑戦していかないといけないなあ、と思う今日この頃です。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.26
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♪ シアターを割引で観る齢なり我家(わぎへ)に彷徨うリフレイン 嗚呼! ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 我が家は最近、落語に出てくるつんぼの夫婦みたいな会話が多くなってきた。 「ばあさんや、あそこを行くのは隣の熊さんじゃないかえ?」 「いやですよぉ、おじいさん。あれは隣の熊さんじゃありませんか!」 「おやそうかい? わしゃ、てっきり隣の熊さんかと思ったんじゃが。」と、こんな様な会話が繰り返される。 カミサンは片方の耳が元々少し遠い。鼓膜が硬くて、いわゆる”耳抜き”という機能がうまくできないらしい。 聞こえなくて同じことを何度も言わされるのにはうんざりする。繰り返すほどでもない”つぶやき”のような言葉も、もう一度言うのは面倒だ。 私はというと、右耳の聴力がちょっと低く、特に低い音がよく聞こえにくい。 ここへ来て、年も食ってきたこともあって相手の言っていることがよく聞こえない時がちょくちょく出てきた。カミサンの声は高いのですが、ともすると聞こえにくいことがあるのです。 自分がそうなってくると、むげに相手を責めるわけにもいかない。 かくして、聞こえないことを揶揄することは避けて、話を続けることになる。そうすると冒頭の会話のような具合になるのです。 夫婦合わせて100歳以上は映画が1000円で観られるというのはありがたい。レイトショウーを待たずにいつでも1000円ですから嬉しいですね。身分証明になるものを見せなくても納得されるのは少し悲しいですが・・・・「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.25
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♪ 見上げれば白く化粧の玻璃の上に 雲に掃かれむ白き月光(つきかげ) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥久しく窓が白くなっている朝を知らないでいましたが、今朝は裾の角あたりがうっすらと白くなっていました。 大寒ですから寒くて当然ですね。 あと一カ月ほどの辛抱です。 ところで、またカミサンがTVドラマ「24」の新作「シリーズ7」を、仕事の仲間から借りてきました。 連日、一緒に観ることとなり、当分はジャック・バウアー漬けとなりそうです。 今回の大統領は女性です。前回は黒人の大統領で、オバマ大統領の誕生を示唆していて、実際にその通りになりました。 今回の女性大統領もその可能性を先取りし、ドラマでは冷酷なほどにぶれない確固たる信念のある大統領に設定されています。 近い将来、女性がなるという筋書きがすでに出来上がっているのだろうか。 アメリカという国はいろんな意味で興味深いね。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.24
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♪ あくまでも平らな国にオベリスク砂漠に栄えて孤高にそびゆ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ドバイに世界最高の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」が完成しました。高さ828mの約160階建てで総工費は1400億円。124階の展望台からは市街を一望できるそうです。 「フランスのスパイダーマン」こと、アラン・ロベールさん(47)がこのビルを素手でよじ登る計画を立てていることが明らかになった。 マレーシアの国営ベルナマ通信が16日伝えたところによると、ロベールさんは「ドバイの人々が(私がブルジュ・ハリファによじ登ることに)興味を持っていることを知っている。登らなければならない」とした上で、今年1月から4月の間に登ってみせると語った。 ロベールさんは、ブルジュ・ハリファをよじ登る上での問題は40度以上にもなる暑さで困難な使命になるだろうとしながらも、「私にとって(ビルなどを)よじ登ることは食べたり呼吸をしたりするのと同様に重要なことであり、生涯を通じての情熱だ」と述べている。 ロベールさんはこれまでに、エンパイアステートビルや台北101を含む多くの超高層ビルを素手でよじ登っている。〔AFP=時事〕(2010/01/18-11:00)ホ ント、想像を絶する話ですが、いつも思うのはどうやって下りてくるのかということ。ビルによっては許可が下りずに無断で登ったりもするのでしょうから、下りの手配はどうするんでしょうね。 登山にしても下りの方が危険な場合も少なくないらしいですから、そのことが気になって仕方がない。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.23
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♪ カフェテラスほっと息つく風景はあのいにしえの茶店そのもの ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 時代劇では、茶店はいつも店の外にある床几に腰かけて飲むものと相場が決まっている。 丸子 名物茶店(歌川 広重) これって正しくカフェテラスだよね。春日大社本殿西、奈良公園の「水谷茶屋」 現代では、往来に座ってのんびりとお茶を飲めるというのは、ある条件が揃っていないと無理だ。あまりせせこましい場所でなく、騒音や排気ガスなども少ないような落ち着ける場所でないとね。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.22
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♪ 袈裟がけに傷を負いたるJAL死んで桜の花は咲くのだろうか ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ とうとうJALは事実上の倒産となる、会社更生法の適用を申請しましたね。グループ3社で債務超過8676億円に達する見込みで、負債総額2兆3221億円というとてつもないもの。 以前から気になっていたあのロゴマーク。いつ見ても、身体の真ん中に傷を負って血を流しているように見えて仕方がない。袈裟掛けで切られた手負いの志士みたいじゃないですか。 2002年にエアシステムと経営統合し、「JAL」の黒文字に太陽をあらわす赤と銀のアークをあしらったというこのシンボルマークがスタート。そして新しい機体デザインには垂直尾翼に日の丸のイメージをあしらって日航は新しい幕を上げた。 政官業もたれあう「責人者不在」の構造が首を絞めていったことが原因で、「役所と民間の悪いところを合わせたような会社」との批判も。 様々な問題を抱えながら、リストラや機種更新のスピードはジェット機時代にふさわしいものではなく、問題の先送りと日本政策投資銀行の融資などで延命してきた。しかし、2008年のリーマン・ショックと新型インフルエンザによる航空不況にあらがう体力はもうなかった。 それにしても、貸した金を棒引きさせられる方はたまったものじゃないね。 昨日の新聞の一面広告「JALは飛び続けます。」にはお詫びの言葉一つなく、面子と奢りの体質そのものが現れていました。 果たして今後、日航は日本を代表する大空に舞う華として、みごとに咲き誇る時が来るのでしょうか。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.21
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♪ 道路にもユニオンジャック現れて縦横無尽に人行き交えり ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ロンドン有数の繁華街にあるオックスフォードサーカスの交差点。2本のショッピングストーリーが交わるこの地点は、ピーク時に1時間に4万人の観光客や買い物客が詰めかけ、年約2億人が訪れるんだとか。 歩道は狭く、フェンスがあって混雑し、地下鉄の駅にも容易に出入りできない状況だったらしい。 そこに、東京・渋谷をモデルにしたスクランブル交差点が出現した。上から見るとユニオンジャックに見えなくもない。 ロンドン市は、12年開催の五輪に向けて街を便利で魅力的にするため、2年と500万ポンド(約7.3憶円)をかけて改修した。すべての方向の車が30秒間ストップし、歩行者がどの方向にも自由に横断できるようになり、2倍の歩行者が一度に渡れるようになったという。肩身の狭かった歩行者は、交差点の真ん中を歩ける喜びを味わっている。 交差する2つの通りもそれぞれ500mにわたって歩道が拡張され、歩行者が使えるスペースは70%ほど増えた。同日のオープン記念式典で、ジョンソン・ロンドン市長は「英国の技術と日本の革新性の勝利だ」と語った。 しかし、ロンドン市民にとって30秒間で交差点の対角線を渡りきるのは、初めての経験。男性は「ちょっと怖いね」と話していたとか。 スクランブル交差点が最初に作られたのは、アメリカ・ミズーリ州カンザスシティとカナダ・バンクーバーで、1940年代だった。日本におけるスクランブル交差点は1969年3月5日、熊本県熊本市の子飼交差点が初めてとされている。渋谷のスクランブル交差点 特に、東京都・渋谷駅前のスクランブル交差点は、その膨大な歩行者の量から日本のみならず海外でも有名で、東京、あるいは日本そのものを象徴する風景として紹介されることが多いんだとか。
2010.01.20
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ノギャルればライスボディとなりぬべし あきたこまちやシブヤ米ラブ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 女性の裸体を模したペットボトルに入ったブランド米「あきたこまち」が、「ライスボディ」という名前で売られているらしい。 1、9号(約340cc)入りで580円(税別)とずいぶん高い。東京湾アクアラインの海ほたるや高速道路のサービスエリアなどで売られ、お土産として人気は上々とか。2月からコンビニでも売られる予定とか。 「ギャル」が農業をする「ノギャルプロジェクト」なるものがあり、彼女らが育てたお米を、ギャルの聖地の渋谷の名前を付けて「シブヤ米」として発売している。 2009年春から秋田県大潟村で、農家が集まり設立したコメ販売会社「瑞穂」がもつ田んぼを使って稲作を行ってきたもの。 その一環でこの「ライスボディ」を開発したんだそうな。 以前TVで、チャラチャラと着飾ったギャルたちが農業をしている様子放映していたのを観て驚いたものだ。派手なファッションの長靴を履いて付け爪をして農業なんかできるのか?と。 地元の農家の人々も最初は戸惑いがあったが、熱心に農業する姿を見て次第に打ち解け合って協力するようになったと伝えていた。 旗振り役は「ギャル文化を社会に理解してもらおう」と活動している藤田志穂さん(23)。4年前、ギャルの動向についてのマーケティング会社を設立した「ギャル社長」だ。エコ啓発やエイズ予防といった社会貢献活動にも力を入れてきた。 「ギャルも気軽に参加できる、イケてる農業ができないか」 そんな発想のきっかけになったのは、食の問題について考えるうち、農業を営んでいた祖父の田畑が、休耕地となり荒れ果てていったのを思いだしたことだ。渋谷の“ギャルママ”との会話で、彼女たちが美容やファッションと同様に「食の安全」に気を配っていることも知った。藤田志穂さん “農業再生”に取り組んでみたい。そんな藤田さんに共鳴した農家の人々の協力を得て、長野県内の田んぼで田植えや稲刈りを体験する企画を練った。畑を借りて野菜作りにも挑戦してきた。 着々と成果を発表している様子をみてると、その理念と行動力にただただ脱帽するばかり。 「人は何をしているかではなく、何を考えているかが重要」 見かけだけで判断してはいけないし、「ギャル」などという言葉だけで決めつけることもできないね。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.19
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♪ 凍て空にベテルギウスは死にゆかん雪中花咲く越前岬 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ オリオン座の一等星・ベテルギウスが寿命を終え、明日にでも爆発を起こすかもしれない(あるいは数万年後かもしれない)という。 朝日新聞(1月10日)記事より 冬の大三角の一つでもあるベテルギウスは赤色超巨星と呼ばれ、直径は太陽の1千倍で、太陽系で例えると地球・火星はおろか木星まで覆われるほどの大きさ。質量が大きく重いために一生は短く、まだ数百万歳(太陽は46億歳)にもかかわらずすでに寿命に近いのだとか。ベテルギウスの表面。明るい部分は盛り上がっていて、周囲よりも温度が高いとみられる部分(右下の棒の長さは、見かけの角度で0.01秒角)=米航空宇宙局(NASA)、パリ天文台提供 地球からの距離は600光年。ガスの放出によって表面が梅干しのように凸凹に膨らんでいるらしい。 もし超新星爆発すれば、満月ほどの明るさになり昼でも見えるようになるという。そして、その後は神秘のブラックホールの様なものになるらしい。 オリオン座。左上の明るい星がベテルギウス これまでは大きな望遠鏡でも点程度にしか見えなかった。近年は、複数の望遠鏡を組み合わせて解像度を上げることにより、その表面や周囲のガスの流れまで撮影できるようになった。 今まで想像するしかなかった星表面の様子も、実際に見て確かめられるようになってきたという。 *雪中花は水仙のこと「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.18
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♪ 空想に感情移入できぬまま映画はエンドロール映しをり ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 今話題の3D映画、キャメロン渾身の新作・アバターを観てきた。 IMAXの本格的な上映のできる映画館は日本にはまだ限られたところでしか観られない。109シネマの全国で4か所だけらしい。疑似3Dというか本来のIMAXではない3Dさえも観られる映画館は限られている。会員になっているユナイテッドシネマは不可なので、とりあえずTOHOシネマ(イオン)で観ることに。 昨日、土曜日は混むと思い、座席だけ確保しようと早めに行ったがすでに真ん中の良い席は埋まっていた。なんとかそこそこの席をカミサンと前後に分かれてGet。 ハリウッド映画はCG全盛で、これでもかの映像で圧倒的な迫力とスピード感で本物のようなリアル感で迫ってくる。 ただあまり3D本来の効果が出ていない。何だかちょっと拍子抜けする画面に少し落胆した。メガネも仰々しくてやたら重いので観ていて鼻の脇が痛くなってくる。特に眼鏡をかけている自分のような人には辛いものがある。途中で何度も外して観たりする。 圧倒的な迫力の画面であり結構おもしろく(ストーリーはステレオタイプで、またかの感がしないでもない)、そんなに長い感じもしなかったが観終わった後に何もなこらないのは何故か。 空想映画であることで、展開している内容が何かあまりに遠い出来事のような気がしてしまい、感情移入が上手くできず情動が揺さぶられるようなことがない。 自分とシンクロする部分がないのが原因か。 昨近のハリウッド映画は、CGを使う事で逆に何かを失ってしまっているように思わずにいられない。CGにエネルギーとマネーを吸い取られ、画面で驚かすことで満足させるという制作理念が先行した結果がもたらす弊害かと思う。 「凄かったねー!」で終わるような映画はもういい、という感じ。 大迫力のスペクタル映画はたまに見るから良いのであって、しょっちゅう見ていれば慣れてきて感動も薄れるし、それ以上の物を観ないと満足しなくなる。これは好みの問題と言ってしまえばそれだけです。観る側が選択して行けばいいのかもしれない。が、選択の余地があまりないのが今の映画事情じゃないかな。 今、ヒッチコックが生きていたら、一体どんな映画を作るのだろうか。彼だったら敢えてすべての虚飾を捨てて白黒の映画を造るかもしれないなぁ、なんて思った夕べでした。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.17
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♪ 夕暮れにいにしえ人の歌を読むアル・ヘイグかかる部屋の片隅 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ JAZZと百人一首。これが今の私の「My favorite things」です。「JAZZと百人一首」この字面も良い感じだ。 40年代後半に活躍し、その後鳴りをひそめてしまい10年後にカムバックを果たした白人ピアニスト「アル・ヘイグ」。そのピアノトリオとして復帰した記念すべき第一作目のアルバム「Invitation」を聴きながら、百人一首をゆっくりと読んでいる夕暮れ時。 綿雲が流れる空がにわかに暗くなっていく中で読むいにしえ人の歌は、活躍していたのに時勢のいたずらで声をひそめてしまったピアニストと重なってくる。 「人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける」紀貫之 簡明なことばで奥深い情感を言い表す古の歌は、日本人が獲得・醸成してきた言葉による美意識の最たるものです。この機械文明の中にあても未だに読み継がれているということに、感銘せずには居られません。 その奥深い魅力は、日本人の心を永遠に押しとどめる役割をも果たしているような気がします。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.16
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♪ ちり一つ入りて眼科にかかりたり過敏センサーにうろたえしもの♪ ちり一つ入りて眼(まなこ)の痛みたり尿路に石の動くのに似て ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ バイク走行中に、眼がチカっとしてゴミが入ったらしい。その時はすぐに痛みは消えて、チリは涙とともに排出されたものと思っていた。 夜、風呂で顔を洗おうとしてま瞼に手が当たった瞬間、チカチカっときて、瞼の開閉ができなき程の痛み。何かが刺さったような痛みだ。涙は出るし眼は開けられず何もできない。ちょっとしたパニック状態に陥った。 水で洗ってみても、水中で瞬きしても、目薬を差してみてもダメ。 暫くじっとしているとどうにか痛みは治まってきたが、ゴミはまだ眼の中にある感じ。その”ブツ”が動くと痛みが出るという感じは、まるで尿路結石のようだ。小さな石が移動するだけで、ものすごい痛みがくるあれだ。 小さなゴミや石が動くだけで、思いのほか痛みは強く、人はその優秀であるはずの機能を失ってしまう。 人間は意外にデリケートにできている。食事中に小さな砂粒を噛んだ時の衝撃的驚きといい、奥歯に物が挟まったときの苛つきといい、細かいところに過剰なほどにセンサーが働く。 もう少し緩やかな反応でもよさそうに思うが、身体の方はそういうわけにもいかないらしい。異物に対するこういう拒絶反応があるからこそ、まともに生きていけるというものか。 有難いと思わないといけないのだろうが・・・・ 翌日、眼科に観てもらったが、何かが刺さっているようなことはなく、小さなゴミがいくつか見つかっただけ。最後に洗眼してもらっている時に”何かが出てきた”と、看護助士が笑いながら言う。 ”洗ってるんだから出てきて当然、洗った意味があるというもんだ”と言い返すと、また笑った。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.15
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♪ 予報士は明日を見据えて真顔なり昨日外せし事には触れず ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 今日はこの冬一番の寒さのようですね。 毎晩、明日の天気が気になってTVの天気予報を見るわけですが、民放と比べてNHKの予報の方が外れる確率が多い。 気温も低めの予想だし雨の確立も多めに出てることが多い。外れるのを危惧して、悪目の方へずらしている感じがします。 意図的にではなのかもしれませんが、悪い予報を出しておけばそうならなかった時の気分は、外れたことよりも安堵の方へスライドするという事を意識しているような気がしないでもありません。 全国から寄せられる非難・苦情を考えると、NHKのプレッシャーが気象予報士にも乗り移るのも致し方ないのかとも思う。 翌日の天気予報時には、昨日の予報が外れたなんてことはおくびにも出さず、何事もなかったような顔をして明日の解説が始まる。民放では「外れてしまいましたね」とMCが水を向けて、外れた訳を簡単に説明するシーンがありますが、NHKには全くそんな余裕がないようです。 気象庁が”桜の開花予想をしないことにした”との発表がありました。それだけ気象予報士のレベルが上がり、地域のポイント予想まで出る今日この頃です。 過去のデータを読み込み、天気図と格闘して予想を立てる天気予報はすごいもんだなぁと思います。難しい局面も現れて、たまには外れることもあるでしょう。 天気図だけ見ている分には、あれで雨が降るの?とか、なんでそんなことが分かるの?、とか思うようなことがよくありますね。お天気姉さんは難しい試験をパスしてきた人たちですから優秀なんでしょう。 美人も多く、さわやかに明日の天気を教えてくれることを有難く思って、多少の誤差には眼をつぶりましょうか。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.14
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♪ 六千の星を放てしプラネット宇宙(そら)にひしめく人工の星 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 1957年に最初の人工衛星「スプートニク」を旧ソ連が打ち上げた。日本は1970年に米・仏に次いで4番目に「おおすみ」を送り出した。 それ以来、半世紀あまりの間に世界中で打ち上げられた人工衛星は6000個にもなるという。軍事衛星、科学衛星、通信・放送衛星、地球観測衛星、GPSに代表される測位衛星などなど。その半分が今、地球の周りを回っているそうです。 衛星の中でも特にGPS関連の人工衛星の開発を、EU・中国・アメリカ・ロシアがしのぎを削って競争している。アメリカの独走に対する強い危機感があり、独自の衛星を持つ必要性に迫られている。 これらの国の計画が順調に進めば2020年ごろには4極の体制が整い、それぞれの思いと狙いを込めた100個以上の測位衛星が地球の上空にひしめくことになるという。 アメリカ(GPS)6軌道・24機(現在30機)、EU(GALILEO)3軌道・30機、ロシア(GLONASS)3軌道・24機(現在19機)、中国(北斗)35機、という計画と現状。 中でも中国の意気込みがすごいらしい。 2000年以降4機の静止衛星が既にあり、昨年2機が追加されて試験運用が既に始まっているという。今年中には本格的な運用が始まり、2020年ごろまでに35機まで増やし、30機を運用するアメリカのGPSに匹敵するシステムを構築する計画だという。 今まで無料で開放してきているアメリカは、GPSを上回る性能を実現しない限り追い抜かれることはないと自信を持っているというが・・・・。 「脱アメリカ依存」をうたうEUも27の加盟国の足並みがやっと揃い、アメリカと協定を結びGPSとの間に互換性を持たせ、ロシアとも協力するしたたかな姿勢で臨んでいるという。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.13
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♪ 冬の田を耕すわけを問いたれば減りゆく里の嘆き返らむ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ となりの町に住む知人に新作キムチを届けようと、久しぶりのウォーキンギも兼ねて出かけた。途中に田園地帯があってほとんどの田んぼが耕してある。が、冬の間にそれを何のためにするのかを知らない。 田んぼで作業をしている翁がいたので聞いてみて、納得した。イネの根が張った田んぼは冬の間、水を抜かれてカチカチの状態になっている。それをそのままにしておくと、ますます固まって土の呼吸が出来なくなり良くないんだとか。 今の時期に耕してやることで掘り返した土が寒さに霜に晒され、雪や雨などが浸透して細かくこなれてくれるのだと。田んぼが呼吸するのを助けてやるという事らしい。一つ勉強になった。 そして翁は、近年どんどん里山が削られ、均されて住宅地となって姿を消していくことをしきりに嘆いていた。まったく同感です。里山は日本の原風景ですから・・・・。 さて、せっかく訪れた知人の家は、あろうことか留守だった。仕方がないのでもう少し足を延ばして、義兄の家へ行くもやはり誰もいない様子。こうなるともう一軒、久しぶりに親方の作業場まで足を延ばしてみよう。 で、辿り着いてみると、いつも聴いているラジオは点いていて、ちょうど永六輔の「いつかどこかで」が始まったところ。しかし、本人の姿がない。用心のために出かける時もラジオは点けっぱなしにしておくので、どうやら留守らしい。 いくらなんでももう限界だ。キムチをそのまま持って帰るなんてことはできない。仕方がないので紙袋にメモを書いて、置いてきた。 帰る途中、コースを大きく変えて別の義兄のアトリエに寄り、ホームページ作りの打ち合わせをして帰ってきた。 およそ10キロのウォーキング。最後はランニングして汗をかき、シャワーを浴びる。昼食後、予定の庭木の剪定、デラウェアの剪定をして穏やかだった一日の予定終了。 後は、ゆっくり酒飲みながらJAZZを聴くことに・・・・。それも大音量で。 まあ、こんな日もあるね。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.12
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♪ とりどりの猫そろいきてそぞろはし「猫に虎判」や初春の展 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 絞り染めのメッカ・名古屋市緑区有松町にある古民家ギャラリー「クリエーターズこらぼ」で”猫”をテーマにしたクラフト・民芸の展覧会があります。 かわいい小もの達が、来る1月13日から31日まで様々な表情であなたに愛でられるのを待っています。イギリスの本の挿絵にも採用されているイラストレーターによる原画や、多様な作家の個性豊かなネコ達はなかなか魅力的です。 私もちょっと仲間に入れてもらい、昨日、作品搬入してきました。 タペストリーと間仕切りを兼ねた猫絵を出品。絞り染めはちょっと無理な変わった麻布を使用していているため、ローケツ染めで仕上げてみました。面白い味が出ていると思います。地図拡大出品者 20名 ayako・工房いちのせ・布工房 右京・大井文枝・大澤奈津子・kinoneko・CUG・SASHAの人形・ち江す・とうきあにまる・中井久游・にわあすみ・晴三・ヒダミチヨ・平野美帆・工房ぽつり・MEOWMEOW・山附貴世香・unico・remoremo ネコ好きの方、どうぞお越しください。小物ばかりですが、結構みなさん力が入ってます。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.11
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♪ 一日の仕上げの極みありぬれば湯にてゆるゆる歯を磨くべし ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 風呂場で、もうずいぶん前から習慣にしていることがあります。頭からつま先まできれいさっぱりした洗い流した後の最後の仕上げに、湯船に浸かって歯を磨くこと。 何んと気持ちがいいことでしょう!!。これを覚えたらもう止められません。 ゆっくり時間をかけて電動歯ブラシ(使っているのはブラシが振動するタイプ)で口の中の隅々まで磨きあげます。 舌先で点検して、全体がツルツルになっていることを確認して終了です。3分か4分ぐらいはやっているかな。 頭は毎日洗わなくても平気ですが、これはもう絶対欠かせない。 まだ経験のない方は一度お試しを! 上がり湯の中で一日の出来事をゆっくり反芻しながら、最後の仕上げに歯磨きをする。嫌な出来事も忘れられるというものです。時間の有効利用にもなりますし・・・。 ただ、間違っても風呂場に歯ブラシを置いておくことは避けた方がいいでしょう。雑菌が繁殖して具合が悪いですからね。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.10
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♪ 「陽水」はどこか「春樹」と重なりて囁きかける吾のイマジン ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 井上陽水の歌は、ストレートに結論を言い切ってしまわないところに特徴があるように思う。抽象的な虚無を漂わせて・・・・。 それは村上春樹の小説にも言えることで、二人の描くものに共通するのはイマジネーションの重要性。 こちら側の「想像する」能力を試されていると言えなくもない。その能力次第で描かれる世界はいくらでも広がっていく。人によって頭に描く内容や想像する世界が違うところが作品の魅力にないる。多くのファンの心をとらえる由縁でしょうか。 後に余韻が残るのはそういう想像の余地があるからこそ。良い作品に共通することですね。 何度でも聴きたくなるし、読みたくもなる。その都度新しい発見があったりする。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.09
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♪ ようやくに身を起こしたる暁の空に冴え冴え月輝きぬ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ この頃は寒くてなかなか起きられません。近所の雨戸をあける音をきっかけにしてようやく起床モードのスイッチが入ります。 普段より30分ほど遅れてやっとの気分で、のこのこと布団から這い出すことになります。 今朝は快晴。西南の空に、真鍮の板のような下弦の月が張り付くように輝いています。半月でありながらも明るい光が、夜通し街灯のように吾が頭上を照らし続けていたんですね。 今日は寒さも少し和らいで、穏やかな良い日となりそうです。太陽の恵みを体いっぱいに享受できる、絶好の日となりそうですね。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.08
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♪ 陽の射せば心の目盛3℃ほど上がる気のして小寒をゆく ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5日にいよいよ”寒の入り”となりました。二十四節季の「小寒(5日~19日)」にあたり、いよいよ本格的な寒さの到来ですね。20日からの「大寒」を控えていよいよ寒さの最も厳しいころ。風邪などひかないよう心引き締めてまいりましょう。この時期は太陽の恵みを痛感することが多いですね。あの犯罪的な夏の暑さと比べて、慈悲さえも感じます。わずかな雲にも弱弱しく隠れてしまう太陽ですが、雲間から差し込む陽光に心は躍り、足取りも軽くなるというものです。立春(2月4日)まであと一ヶ月足らずの辛抱です。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.07
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♪ 鹿鳴けるさ宮の杜に初詣でこの日ようやく正月となり ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥年末年始は副業でつぶれ、ようやく休みとなった昨日、春日大社を参詣に訪れた。北風の冷たい日で、正月も五日ともなるとさすがに人の数は少なく、あちこちにたむろする鹿たちも少し寂しげだった。春日大社は建物の配置が悪いのか、神殿の前が狭苦しく感じた。もっともあまりに寒かったので、南門から拝観料500円を払っての本殿参拝をせずにそそくさと次のコースへ移動してしまったのでコメントを言えた立場じゃないな。東大寺大仏殿はさすがにゆったりとした敷地に威容を誇った建物に圧倒される。ここは遠くから見ても近づいて見ても何とも素晴らしく、その込められた「念」の強さを思い知らされる。盧舎那仏坐像の施無畏印・与願印で迎える姿に圧倒され、如何にも有難い存在として迫ってきます。747年ごろ天然痘が大流行していたことや、干ばつ、飢饉、地震、藤原広嗣の乱などがあり、聖武天皇はこれらを鎮めようとして国ごとに国分寺を造ることを奨励していた。その総国分寺ともいえる存在を東大寺に求め、これだけの巨大な大仏が必要になったらしいですが、約2年と1ヶ月の歳月で完成したというから驚きです。奈良時代にこれだけのものを造ったこと自体が驚きです。大仏完成後の758年に大仏殿の建物が完成しますが、過去2回戦火に見舞われ、現存する大仏は1691年2月に修復し完成したもので、大仏殿の建物は1709年3月に完成しています。 大仏は姿の上では釈迦如来など他の如来像と区別がつかないが、華厳経に説かれる「盧舎那仏」という名の仏です。盧舎那仏はこの華厳経に説く「蓮華蔵世界」の中心的存在であり、世界の存在そのものを象徴する絶対的な仏である。華厳経・八十華厳では「毘盧遮那仏」と表記されており、これらの原語はサンスクリットの「ヴァイローチャナ」であり、密教における大日如来(マハー・ヴァイローチャナ)と語源を等しくする。密教では「毘盧遮那仏」をさらに展開していったのが「摩訶毘盧遮那如来」であり、密教における最高神ともいえる如来を「大日如来」と呼ぶ。密教では「釈迦」も大日如来が姿を変えたものであるという考え方をしており、この東大寺の「盧舎那仏」は釈迦如来の印を結んでいるのが特徴です。右手(向かって左)は手のひらを正面に向けた「施無畏印」、左手は手のひらを天に向けた「与願印」を結び、足の裏を天に向けて「結跏趺坐」しています。★”施無畏(せむい)”とは無畏(おそれないこと)を施す、つまり種々の恐怖を取り除くこと、おそれない力を与えるという意味。★”与願(よがん)”とはその名の通り願を与える、すなわち誓願を象徴するということ。神と仏の両方を参詣して、私の本年がようやく本格的にスタートしました。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.06
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♪ 誉れなる朝日俳壇賞四人秘めて三人(みたり)の病くぐりき ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 歌を詠むことと病気を体験することに何か因果関係があるのだろうか。朝日俳壇賞受賞者の四人のうち三人までが何らかの病気を経験しているらしいのです。 因果関係というより、歌・句を詠むことでその苦しみを少なからず和らげることができるということがあるのだろうと思う。病をきっかけに短歌や俳句を始めたという話もよく聞きます。 内面を見つめ、病気とそれに罹っている自分を客観的に眺めることで、病気に取り込まれることから逃れる事が出来る。 自分を客観的にみるということは非常に重要なことだと思いますが、そのきっかけを病というテキストが与えてくれるのでしょう。そして、その逆作用として病気が力になるということが有り得るのでしょう。 そこには”前向きな意思”が、厳然と存在していると言えます。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.05
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♪ 諦観と達観ありてこの国をまほらとなせし古の民 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 日本民族の誇れる資質は「諦観と達観」にあり。この二つがあってこそこの特殊な環境の中で、独自の文化を築くことが出来たといえます。 八百万の神をいただき畏まりながら、たびたび起こる天変地異を受け入れて生きてきた。 人の力ではどうにもならないことを、耐えて忍んで受け入れることでしか生きられないことを悟るまでに、一体どれだけの時間が必要だったでしょうか。 現代にあって、何でも手に入ると思うようになってから人は脆くなって、簡単にギブアップするか他者のせいにする癖がついてしまったようです。 この山紫水明の豊かな国土と引き換えに、忍従というものが不可欠であるということをもう一度見つめなおすことが必要な気がしています。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.04
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♪ 初春の福を寄せむと福袋 買えば所望の服入りをり ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥今年は珍しく福袋を買ってみた。ほしかった服が入っているらしい広告を見て、早速かみさんが買いに行ってきた。昨近は福袋の中身が完全に分かる状態になっている上に、試着までできるという。これなら絶対気に入らないものを掴ませられることもなく安心して買えるというもの。売値が9,990円のものと4,990円の物が入ってジャスト”3000円”。これは絶対お買い得でしょう。もちろんほしいと思っていたものですから、物凄~く得した気分だ。初日に行けず二日目だったので、最後の一つだったらしい。”残りものに福”の言葉通りだね。いい気分で正月がスタート出来たぞ。人は単純な生き物だとつくづく思うね。これしきの事で嬉しいんだからねぇ。そうでしょう?「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.03
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♪ まっさらな一歩のための真っ白な朝に始まり佳き年ならまし ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 新年を銀世界で迎えられた今年はいい年になりそうな気がします。すべての過去をぬぐい去って、新しい価値観を新鮮な気分をもって零から積み上げていく。そんな心構えでスタートするには2010年という区切りもいい。 すべては心が決めること。こころ次第ですべてが変わる。「こころ」の項を大辞林で調べると、ほぼ4頁にわたって様々な心に関することばが載っています。 「こころずから」自分の心から。自分の意思で。自発的に。 ”春風は花のあたりをよぎて吹けこころずからや移ろふと見む”(古今和歌集)「心機一転」関心、善心、改心、不動心。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.02
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♪ 遊星の時の舳先を止め処なく巡り巡りて2010年 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 明けましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートすることにしました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選
2010.01.01
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