全25件 (25件中 1-25件目)
1

昨日は山へ、今日は海へと歩いて、歩いて、歩いて行けばきっと素敵な景色に出会えるだろう…そんなことを想いながら、今日も地元を徘徊していました。地元の民俗資料館で時間を潰した後、港の方に寄りました。毎度の「ぼーっ」を暫くした後、織物研究所の庭で綿の実を見つけました。綿の実畑からこぼれ落ちていた綿の実を一つ拾って持ち帰りました。綿の実ってホント綿なんだよね~と綿の実を眺めながら、妙に納得してしまいました。鳥の名前は分かりませんが、群れで飛んでいました。ねぐらに帰るんでしょうか…さて、私もボチボチ帰えろうっと。今晩、何食べようかなぁ…
2009.10.31
コメント(6)

<十三夜>十三夜には日本独特の風習があり、一般に十五夜を月見したら必ず?、十三夜も月見をするものとされてきました。十五夜にはダンゴや芋などを供えますが、十三夜には丁度、食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を「豆名月」または「栗名月」と云います。俗っぽい話ですが、江戸時代の遊里では十五夜と十三夜の両方を祝いどちらか片方の月見しかしない客は、「片見月」または「片月見」といって、縁起が悪いと遊女らに嫌われました。遊女らは二度目の通いを確実に行うために、十五夜に有力な客を誘ったと云います。(相手が十三夜にも来なければならないため)明日がその十三夜の月です。一晩早く十三夜の月を書いてみました秋の夜長…月を眺めながら、遥か古に想いを馳せてみるのも悪くないですね。名月は 二つ過ぎても 瀬田の月 (芭蕉)■瀬田…滋賀県大津市の地名風邪などひかれませぬように…
2009.10.29
コメント(6)

最近、役所は勿論のこと、スーパーやちょっとした商店の入り口で消毒液を見かける。新型ウイルスの影響ですね。しかし…この様な光景は、初めて見るんではないかと思う…<名も知らぬ花><垣根の曲がり角>…山茶花<これは何の実?>今後、もっと流行ったりするのでしょうか…輸入ワクチンの副作用もハッキリ解明されていないみたいだし…タミフルって本当に安全なのかなぁ…いろんな不安がよぎりますが、取りあえず、外から帰ったときには手あらいとうがいを必ず実行しています。小さなお子様がいらっしゃるご家庭では神経質になっていると思います。嫌なものの流行は早く去って欲しいなぁ…
2009.10.28
コメント(4)

<赤い実>すっかり葉を落としたハナミズキが赤い実をつけていた。木の実が赤いのは鳥によく見えるためなのか…鳥が木の実を食べて遠くの方まで種を運ぶ。落とされた種はそこがどんなに不毛の土地であろうが、生きてゆかねばならぬ。植物に土地や場所を選択する余地はないのだ。受け継がれる命の住処は、鳥まかせ、風まかせ…
2009.10.27
コメント(6)

<野良猫のひとりごと>今年も残り二ヶ月と少しか…毎日、変わり映えしない日々だニャー…オイラ時々、このままの人生でいいのか、考えたりしちゃうんだよニャー…公園の木の葉が全て散る頃には、またあの寒い季節が来るニャ。さて、今年の冬は、何処で寒さをしのごうかニャ~…毎年、この季節になるといつも考えちゃうよオイラも飼い猫みたいに、暖かいコタツに入りたいニャ~…暖かいスープも飲みたいニャ~って…でもニャー、オイラは生まれついての野良猫だニャ!人間に束縛されたくないんだニャーいつも散歩に訪れる公園で石の上に座って遠くを眺めていた野良猫。
2009.10.26
コメント(4)

地元を散策していると時々、意外な物を発見することがある。昨日、近所に「上ノ郷城趾」があることを知りその場所に散策に出かけた。帰り道、散々歩き回った疲れもあり、近くにあった神社で休憩をすることにしました。一服しながら、辺りを見回すと柵に囲まれた木が目に入る。「ご神木かしら?」と思い近づいてみると下記のような文字が彫ってあった。「玉の海って誰?」自宅に戻ってからネット検索をしました。昭和46年10月11日、大相撲の横綱玉の海が虫垂炎の手術の後、退院目前にして急逝した。27歳であった。1970年1月にライバルの北の富士(後の九重親方)と同時に横綱に昇進して、大鵬、柏戸に続く新しい時代のスタートの始まりと云われた。四股名、玉ノ嶋から玉ノ島。その後、三代目玉の海を襲名した。名古屋場所で全勝優勝した記念か?それとも横綱に昇進した記念なのか?いや、いや、ただ頼まれての植樹かも…どのようないきさつで、地元の神社に植樹したのかは、私には分からないが、記念植樹をした一本の木は、彼の変わりに生きている…そして、今も成長し続けている。新しい発見…それは、今は亡き、地元出身の横綱が植えた一本の木。
2009.10.25
コメント(4)

<午後の散歩で見つけた秋>お寺の庭に大きなクチナシの木があり近づいて見るとたくさんの実がついていました。クチナシの実雑木林ではツルウメモドキの実が絡んだ枝の先ではじけています。このツルウメモドキは束ねてリースを作ったり、生け花に使われたりします。可愛い実ですね。ツルウメモドキツワブキきゃらぶきの佃煮は、この若葉の柄を材料にしています。腫れものの吸い出しに生の葉を火であぶり患部に貼る。打撲傷や切り傷にも効果的で、生の葉を青汁が出るほど手で揉んでから貼るとよい。魚の中毒には葉を煮詰めた汁や、生葉のしぼり汁を飲む。健胃、下痢には干した根を煎じて飲むなど身近な薬草植物の一種です。(根の採取期間10月、根は水洗いしてから、刻んで日干しする。葉は一年中、生で用いる。)シロヨメナ薄暗い林の道にシロヨメナの花が咲き、民家の塀からツルソバの花が溢れんばかりに咲いています。午後の散歩で見つけた秋…でした。
2009.10.24
コメント(4)

昨日の続きで海岸から眺めた空と海岸周辺の風景画像の日記です。我が町には竹島と呼ばれる島が観光スポットにあります。三河湾国定公園の中にある440メートルの橋と繋がる小さな島。これが竹島です。島には弁財天が祀られています。地元のカップルの間では昔から、この島に恋人と来ると「別れる」という言い伝えがあり、カップルで橋を渡らない…らしいですその理由は、弁天様は女性の神様だからヤキモチを妬くんだとか…(ホントか?~あらら…「おい!そこの鳩、行儀悪いぞ~」島は歩いて一周り出来るのですが、先日の台風で島の周りが崩れてしまい現在は通行止めになっていました。今度18号のような台風がきたら、きっとこの竹島はなくなるんじゃないか…そんなことを想像しましたとりあえず先端まで行きます。コレが龍神の松…と思われます上をながめる…おーーー松だわ!下に方を眺める…おーーー海だわ!(一人でふざけていました。ここから右回り、左回りと島の周りを歩けるのですが、上記に書いたよう今は行けません。橋の横に座って暫くの間ボーっと空と海を眺めていました。時々通りすぎてゆく観光客が、そんな私を見て、同じように空を眺め「何かいるんですか?」と聞いた。(へっ?アセここでは変人扱いされると思って(ボチボチ帰ろう…)と腰をあげる。橋を渡り終えたところにスケッチブックが風に吹かれていた。書いていた人は、トイレにでも行ったのか?…コンクリートの階段に寝ころび、私は再び空を見上げる。枯れた草の枝に雲の花が咲いていた。「枯れ木に花を咲かせましょ…」とひとりごと。平和です。
2009.10.22
コメント(6)

<今日の空>10月21日洗濯物を干しながら空を眺める。雲の姿が美しい…この空は海に行って見るべきだな…勝手な思いこみをして、久し振りに海に出かけました。10月21日PM2時頃の空空といえば…毎年、10月21日に活動のピークを迎えるオリオン座流星群がピーク(21日)前後の数日間に見えるという。今年は月明かりの影響も無く、絶好の観測条件なのです。東の空からオリオン座が登ってくる午後10時頃から明け方にかけて一時間に30個程度の流星を見ることが出来ると云います。同流星群はハレー彗星が地球接近時に残したチリが起源で、毎年、10月20日前後に出現する。例年は条件がよければ一時間に20個程度の出現だが、06年以降、最大50個以上に急増しました。ペルセウス流星群などの「三大流星群」に四敵する数だと云います。国立天文台が計算したところ、約70年に一度、ハレー彗星の残したチリの多くが、地球の公転軌道と交差することが判明。 ☆ 現在は、この時期に当たり、 数年間は流星の出現率が高いことが分かりました。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 私も今夜は夜空を眺めて久々にロマンチックな気分になりますわ♪ ☆さぁ~てっと…何をお願いしようかしら~☆ (うふっ)
2009.10.21
コメント(8)

ネットニュースを見ていたら興味深い話題が載っていた。10月19日産経新聞の記事。ブラックホール周辺の環境を、強力なレーザーを使った実験で再現することに、大阪の藤岡慎介教授らのチームが成功し、18日付けの英科学誌ネイチャー・フィジックス(電子版)に発表した。教授らは大型レーザーを使い、ブラックホールに吸い込まれつつある物質がX線を出している状態を再現。すると、X線がブラックホールと双子の恒星・伴星に見立てたシリコンガスをブラックホール周辺で観測される「光電離プラズマ」に変化させた。このプラズマが出すX線データーが、実際の伴星で観測されるX線に似ていたという。今回の実験で、様々な星の状態を地上実験でつくる見通しが立ったという。教授は「論理的に想定される未発見の天体のデーターを模擬実験で集めることで、実際の天体の発見に応用できるだろう」と話す。この画像は10月4日に写したものです。宇宙の神秘を研究者達が様々な方法によって解明し私たちに情報を提供してくれる…人々は地球という星から他の星を眺めたときどのようなことを想うのだろう…そういえば…東大阪宇宙開発協同組合が16日、記者会見をし、小型人工衛星「まいど1号」の運用終了を発表した。組合によると大阪府立大の管制室から、衛星に電源を止める指示を送り、宇宙航空研究開発機構も管制業務を停止した。「まいど1号」は今後も地球の周囲を回り続けるが、重力の影響で20~30年後に大気圏に突入、燃え尽きる見通し…いつも見上げる空の彼方では喜怒哀楽が交差する宇宙が存在するようだ…夜空に瞬く星や月を見てあー綺麗だなぁ…と思う。青い空に白い雲が流れてゆくのをただ、ぼーっと眺める。私の見る空は、それでいい…
2009.10.19
コメント(8)
<屋根の上>朝から金槌片手にトンカン、トンカン午後はペンキ塗りでシャカ、シャカ屋根の上でオバサン二人が張り切りました。友人の家の戸袋の修繕は二階だった。高所恐怖症でなくてよかったぁー屋根の上に登ったのなんて何年ぶりだろう…実家にいたとき以来です。テンション上がりましたわ~。材料の板はサイズを測っていけば安い手数料でホームセンターの方が切ってくれるので楽ですね。作業の合間に周りを眺めると公園ではゲートボールを楽しんでいる人達、その遠くの方に海が見えるあーカメラ持ってくれば良かった…この屋根の上から夜空を眺めたらさぞかし星が綺麗に見えるんだろうなぁ…屋根の上で釘を打つ音だけが静かな町に響いていた。
2009.10.18
コメント(6)

近所を散策していると金木犀の甘い香りがどこからともなく匂う季節…町は秋祭りのまっ最中、朝から花火や爆竹の音が聞こえ家の前をお囃子の太鼓が通りすぎていきました。でも、私は自分が現在住んでいる町のお祭りよりも隣町のお祭りに魅力を感じて、こちらに戻ってから隣町のお祭りばかり見に行ってます。隣町は、私が生まれて17歳まで育った町でそのお祭りには子どもの頃からの思い出がたくさんあるから…三谷祭り(海中渡御)例年ならば10月の第4土日に行われるこのお祭りが今年は潮の関係で第3土日(17日、18日)に変更となった。うーーん残念!今年こそはこの海中渡御を動画に収めてこようと思っていたのにィ~~~二日ほど前…海の近くに住んでいる友人から電話があり、先日の台風18号で「家が壊れたので修繕したいから、日曜日に手伝って欲しい」と言う。友人は旦那様を亡くしひとり暮らし話しを聞くと、戸袋が風に飛ばされ、隣の空き地に飛んでいった?という。友人は仕事があるので日曜でないと時間がない。修繕を業者に頼むほどのことでもないらしい…予定していた祭り見物は中止祭に未練を残しながらも、修繕を手伝いに行く約束しました。実は私、大工仕事好きなんですよ~明日はさしづめ俄大工さんかな。友人の家がこの近くだったら最高ですが、まるで反対方向にあるのです。残念ながらお祭り見物は来年までオアズケ。※画像は市の観光課のHPからサイズ変更の加工をしてから転載させて頂きました。
2009.10.17
コメント(6)

<夢の記憶>遠い昔…まだ子どもの頃サツマイモ畑やトウモロコシ畑の上をすれすれに飛んでいたことがある。何故畑なのかは、私にもさっぱり解りません…空でなかったのは確かです。地面に落ちそうになると体が、ふわぁ~と浮いて、またスイスイと畑の上を飛ぶ夢。遠い昔…まだ待つことを知らなかった頃、恋をして、待つことを知った或る日待てども、待てども、彼が来なくて、秋の道で泣いた夢。遠い昔…何を語って、何を夢見ていたのか何を待ち、何を望んだのか…追いかけても届かない夢が夢の中では叶っていた。遠い昔…何かに追いかけられて逃げる、逃げる…無我夢中で逃げた先は断崖絶壁で、覚悟を決めて飛び降りた。真っ逆さまに落ちてゆくが必死で平泳ぎをすると不思議なことに体が、ふわぁ~と浮いてスイスイとスーパーマンのように飛べた飛びながら下を見るといつか飛んだことのある畑が見えるその畑の上を日が暮れるまで飛んでいた夢。夢は現実離れした出来事を見せてくれますが、最近、その夢をみる回数がめっきり減りました。ひょっとしたら、夢は見ているんだけれども記憶に残っていないのかもしれません。
2009.10.16
コメント(8)

<ちょいといっぷく>久能山東照宮の画像を整理していて、カタログには書いてない歴史に興味が沸いて、少しだけ歴史の勉強をしましたら、戦国時代の社会的な人間関係、親子、兄弟などの複雑なあり方を改めて知り、「この時代に生まれなくて良かったわ」と先祖に感謝したい気持ちでした。(大袈裟な…そして…普段使ってない脳みそを久々に使ったものだから、頭の中がパニック状態になってしまった。これ以上脳みそを酷使したら、「熱が出るかも~」元々賢くもないし、勉強も余り好きじゃない、覚えても直ぐに忘れちゃうし…(見苦しい言い訳してますはっははは…。。。まあ、こんなものですで、ちょいといっぷく 駿河路や はなたちばなも 茶のにほい (芭蕉)「風流な乗り物ですなぁ~」お後が宜しいようで…
2009.10.15
コメント(10)

<久能山東照宮の歴史>久能山は推古天皇の時(西紀600年頃)久能忠仁が始めて山を開き一寺を建て観音菩薩を安置し、補陀落山久能寺と称したとあり、久能山の名称もこれから起こったものと思われる。其後、僧行基を始め多くの名僧等が相次いで来たり住み建物の数330坊も立ち並んで非常に隆盛であったが、嘉禄年間(1225年頃)山麓の失火によって類焼し、昔の面影はなくなった。永禄11年(1568年)武田信玄は当山が要害であることを聞き、久能寺を近くの北矢部(清水市、今の鉄舟寺)に移し、山上に城砦を設け久能城と称した。天正10年(1582年)武田氏滅びて駿河の国一帯が徳川氏の領有するところとなったので、久能山も自然徳川氏のものになる。徳川家康は大御所として駿府城に在城当時、「久能城は駿府城の本丸と思う」と久能山の重要性を問いたといわれる。家康死後、その遺言によりここに葬られ、二代将軍秀忠によって社殿が造営された。日光東照宮へはここから御霊の一部を移したといわれています。唐門の扉の彫刻牡丹に獅子拝殿の彫刻ロープウェイ乗り場久能山駅から眺めた駿河湾長い年月の間に浸触作用等のため堅い部分だけが残って、現在のように孤立した山となったが、昔は日本平と続いていた。高さ270メートル。日本平の方が標高がある。日本平から眺めた風景久能山東照宮の博物館も見学しましたが撮影は禁止でした。往きは表参道の石段を登りましたが、帰りはロープウェイで日本平まで行ってここからは路線バスで…ありがとう御座いました。
2009.10.14
コメント(8)

<久能山東照宮参拝その壱>静岡駅南口のバス乗り場から石田街道線のバスで久能山下の終点まで約35分。バス停から200メートルくらい歩き右に曲がると久能山東照宮の鳥居が見えてきます。表参道の鳥居一ノ鳥居から見上げるとそれほどの高さでもないのですが、これから登る石段は、十七曲がりの石段で1159段あります。参道は海に面していて、登るに従って視界が開け駿河湾の素晴らしい景色を眺めることが出来ます。石段の途中から眺めた風景石段を登りきったところに一ノ門、門衛所があり、緩やかな坂道を登ると勘助井戸があります。勘助井戸武田信玄の軍師であった山本勘助が掘ったと云われる井戸。社務所を通りすぎると楼門が見えます。楼門境内の鳥居唐門拝殿本殿神廟に向かう廟門神廟説明書き神廟から境内を眺める昔の人はこの1159段の石段を登りながらイチイチゴクローと冗談を言いながら参拝されたとか…交通手段が下までしかないので、現在でも巫女さん達はこの石段を登って来るんだそうです。お疲れ様でした明日は画像の続きを少し載せます。
2009.10.13
コメント(8)

<癒しの風景1><癒しの風景2><喜び><困難1><困難2><荘厳1><荘厳2>人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し、急ぐべからず。不自由を常と思へば不足なし。心にのぞみおこらば、困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思へ。勝つ事ばかり知りて負くる事を知らざれば害其の身に至る。己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。 (慶長八年正月十五日 家康)人はただ身の程を知れ草の葉の 露も重きは落つるものかなということで今回、静岡県の久能山東照宮に行ってきました。
2009.10.13
コメント(8)

静岡の友人宅に明日から出かけますので13日頃まで日記をお休みします。帰宅しましたら、訪問に伺いますので宜しく御願い致します。m(_ _)m
2009.10.08
コメント(10)
午前中はパラパラだった雨も午後から本格的な降りになってきました。大型の台風が本州上陸ということで、私は朝からご飯を炊いて、おにぎりを五コほど作りました。ヤカン、ペットボトルに飲み水を確保。ボンベ用のコンロOK、懐中電灯、マッチに蝋燭OK、携帯ラジオに、以前からの買い置き缶詰などをテーブルの上に準備しました。備えあれば患えなし…と申します。外では、広報車が地域の避難場所の案内放送をしながら市内を走り回っていました。私のささやかな災害準備が無駄に終われば、こんな良いことはない。恐ろしい時間が刻々と近づいてくる。今夜…寝られそうにないです。
2009.10.07
コメント(8)

気の早いモミジが枝先の葉を赤く染めていた。赤く染まった葉に「せっかちね」と夏色の花。「私はマダマダ頑張って咲くわ」と云ってるようだった。「おい、おい、もう秋なんだよ」垣根に絡んだクレマチスが旅立ちの準備をしている。お洒落な家の庭には真っ赤なバラの花。畑に咲いてたダリアの花が歩く私を見て微笑んだ。「ふふふ…あなたもキレイね」とダリアに話しかけた。道に落ちていた柿の葉が余りにも芸術的だったので栞にしようと数枚拾って持ち帰る。花はどれも好きだけど一番好きなのはコスモスの花。可憐な花のわりには逞しくて野性的かな。散歩に出かけるといつも楽しいことがいっぱい…待っている(*^_^*)/
2009.10.06
コメント(4)
うっ、うううううう…また雨だよ~~~それに台風が近づいているんだと~~~最悪!6日から出かける予定が…いつから私は雨女になってしまったんだろう…台風のバカヤローーーー!!!ということでまたもや山登りは中止…静岡の友人宅にも行けません。仕方ない…台風が過ぎ去るのを待つか…ふぁ…
2009.10.05
コメント(10)

昨日からの続きになります。白竜池の周囲を散策しました。ノハラアザミ?目の前を黒い物がヒラヒラと…昆虫図鑑で調べたのですがハッキリした名称が判りません。よく似たのでは昼に飛ぶガの種類で(シロホソオビクロナミシャク)というのが載っていました。近づきすぎて画像がボケましたm(_ _)mシダ類この先の道は聖山(ひじりやま)328メートルへの登山口となっていますが眺望は無しです。聖山は前回載せました赤日子神社の奥の院となり、山頂には磐座(いわくら)があるだけです。更に進むと遠望峰山(とぼねやま)443メートルに。山頂からは三河湾を眺望できるとるそうなので、今度登ってみようと思っています。この日は白竜池まで…帰り道で眺めた空の風景無花果ノウゼンカズラ町まで降りる途中の民家の庭先にピンクの花が咲いていた。写真を撮っていたら丁度この家の方が、農作業を終えて帰宅しましたので、花の名を聞きました。「ノウゼンカズラですよ」と聞いて、オレンジの花しか知らない私はびっくり!でした。身勝手な思い込みは視野を狭くしてしまう…とノウゼンカズラの花に教えられました
2009.10.04
コメント(6)

みかん、ミカン、蜜柑…見渡す限り、みかん畑と温室が続く道…私の目的地は、みかん畑の先にある池まで。その場所に着くまで民家の庭先に咲く花や木の実を眺めながらのんびり歩きました。目的地まで行く道で出合った植物などの画像を載せましたので皆様も私と一緒に秋を感じながら、ハイキングを楽しんで頂けたら幸せかな。(^^)/芙蓉筆柿レモン右手にキュウーイ畑を眺めます。棚から道路際までキュウーイの枝が伸びてきてます。何の実か私にはサッパリ判りませんデス足元に咲いていた花ですが、コレも名前が判りませんデス千日紅だいぶ歩きましたね。来た道を振り返ってみましょう…町がかなり遠くに見えます。これから少し上り坂。左手に小さな川が流れていますこの川の上流にはホタルが生息しているんですね。川の向こうで時々、「バサッ!」と何やら音がします。音の原因はこれかな?伸びた栗の枝から落ちたのでしょうか。足元に栗のみが落ちていました。周囲を見回すと…「あった!」他には?無かったです勿論、拾って家に持ち帰りました。やはり名前が判らないデス柘榴小さな川はここで二手に分かれていました薄紫の花が咲いています。近づいて見ましょう。ホテイアオイこの植物を見ると金魚が飼いたくなる?さあ、もう少しで池に着きますよ。あと一息!着いたぁーーーー!!!白竜池白竜池から町を眺めた風景お疲れ様でした。お弁当にしましょう… ))))) )))ααα )))今日は十五夜… !!!!お月様も見られそうです。 ((((())))) 優雅にお月見でもしましょうか…
2009.10.03
コメント(8)

4時間ハイキング…その2青い空に白い雲…気持ちの良い風が吹いていて散策には絶好の日でした。ブラブラとミカン畑を眺めながら歩くこと20分、赤日子神社(あかひこ)に到着しました。4,5日が神社のお祭りということで地域の方が境内の草むしりをしていました。■赤日子神社について… 旧 県社(雨乞いの神様)創立年代は不明ですが、「総国風土記」によれば674年(天智天皇申戌)に宝飯郡赤日子郷赤日子神社より寄進があったとの記事があり、この頃には創立されていたと伺える。拝殿祭神は、綿積豊玉彦命(わたつみとよたまひこのみこと)彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)豊玉姫尊(とよたまひめのみこと)で、市内では最古の式内社ですが、「文得実録」で赤日子神社が851年(仁寿元年)に従5位下を授かったとあります。江戸時代までは「赤孫神社」と称していました。養蚕祖を祀る塚三河地方は養蚕の伝統が古くからあり、なかでも赤日子神社は養蚕の祖神を祀る代表的な神社。「アカヒコ」の社から、伊勢神宮に貢納された三河赤引の糸と関わりがあると指摘されています。長野県安曇群穂高神社でも安曇連(あずみむらじ)の祖であり綿積豊玉彦命が祖神とされており、この地との関係が想像される。拝殿の東側にこの様な石が立っていました。説明書き渡来族である安曇族が養蚕を日本にもたらした事を考えると、渥美半島からこの地方にかけて古くは安曇族の勢力下にあったことが考えられます。拝殿裏の林の中に稲荷神社がありました。お寺に神社に…次は白竜池です。神様、仏様、白竜様…(古っ!温室とミカン畑の道を彼岸花が赤い彩りを添えています。先日、彼岸花が群生する風景をつきささんのページで見て「いいなぁ…」と羨ましく画像を眺めましたが、この日、その様な場所に偶然遭遇しました。(感激!彼岸花に見とれながら10分ほどの休憩…あーお茶がウマイ!さあ…これからが長いぞ。
2009.10.02
コメント(2)

しとしとと降っていた秋雨も昨日の夕方には上がり今日は一日中秋晴れのスッキリしたお天気となりました。市内を4時間かけて散策してきました。最初に向かったのは安楽寺というお寺です。自宅を出てから歩くこと30分、安楽寺が見えてきました。山門山門の説明鐘楼■安楽寺について…楠林山和合院安楽寺応永十五年(1408)に創建された浄土宗西山深草派の寺院徳川家康の生母、於大の方が、松平広忠と離別後嫁した久松佐渡守俊勝の菩提寺で、宝匡印塔(ほうきょういんとう)は有名です。 ↑(竹冠のある字が出てきませんのでご勘弁を…)安楽寺本堂 鐘楼の横に銀杏の木があり、実が地面に落ちていました。上を見上げれば…安楽寺を後にしてその後、赤日子神社(あかひこじんじゃ・旧 県社)に寄り山の方に向かって歩きました。白竜池という池がある場所まで…明日、続きを書きます。(^^)/
2009.10.01
コメント(8)
全25件 (25件中 1-25件目)
1