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夕方、部活で遠方へ出かけた息子を町の駅まで迎えに山道を通り抜ける。ずいぶんと日が長くなってきた。道の両側にヒメヤシャブシの若い葉が溢れるように伸びていた。木の芽の萌えいずる時、という感じがする。この季節、山菜採り人の姿も目に付く。『山菜盗り』も多くなったようだが・・・。2年ほど前に描いたCG。(再アップ)「萌え~」という言葉が流行ったので、「萌える」とか「萌えいずる」というタイトルを付けにくかった記憶がある(笑
Apr 29, 2007
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椿、水仙、チューリップ、芍薬、牡丹などなど家の周りに好んで植えられた花と、勝手に生えて咲いている花がある。ほとんど振り向いてもらえない花。いや、疎まれて、気持ち悪いと嫌がられる花もある。「私だって咲いている!美しいといって欲しい」と、言っている?いや、そこまでの思い入れは要らないだろう。花は花として自然の摂理の中で生きているだけだから。この植物名、全てが分かると・・・田舎人?(笑
Apr 28, 2007
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牡丹の花の写真を撮ろうとしたが、まだ少し早かった。見上げると澄み切った青空の下、八重の桜が鮮やかだった。自然と人との関わりは微妙なものだと思う。自然の中に人がいて、自然と人によってその土地の風土が培われ、人が長い年月の中に集団で暮らして文化が生まれる。そして、人の為すが下、また自然の脅威の下、人の暮らしが壊されると集落は崩壊し、土地の文化は無くなり風土は消滅し、不自然な形で自然が残り、時間とともに元あった形とは違った形で自然に戻っていく。桜の木の寿命は60~70年らしい。人の寿命は70~80年か・・・人の姿も花の姿も、移ろい行くものだからこそ、変わらないでいて欲しいと思うのかもしれない。変わっていく町の姿を見ながら、変わってしまうもの、なくなってしまうもの、滅びるものも受け止めていく気持ちと、新しいものを生み出す気持ちが混沌とした中にある。地震のあと、どうも躁鬱の波が激しいような気がする(^^;
Apr 27, 2007
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海に向かって吹く風に乗って、鯉のぼりがたなびいていた。あぁ、もう子供の日が近いんだと思う。この季節になると、そろそろ牡丹の花が咲くようになってくる。職業上、花の絵を描くことが多いが、その中でも最も多いものの一つが牡丹。『五月の風』と題した牡丹の花。ローケツ染めと友禅彩色による染色パネル、絹布、F6号。作品は手元に無く写真ネガも不明で過去のHP用に作った画像しか残っていない。着物の上では意匠として描くので華やかさや美しさを強調するが、この季節の強い風の中で咲く花の表情を描いた私としても珍しい作品。10年以上も前の作品だが・・・老後でも、もう一度挑戦してみたいものだ・・・目も見えず手も動かずで無理かも~(^^;
Apr 26, 2007
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能登半島地震から1ヶ月。被災し避難所生活の人々も仮設住宅にもうすぐ入れそうだ。半壊、全壊家屋の取り壊し撤去から、「商売上、一日も早く壊れた店舗を建て直したい」という商店主の声も聞こえたが、町や商店街の復興方針が決まるまで待って欲しいと言われたとのこと。国や県の補助金額、町の財政なども含めて、総額どれくらいの規模の復興ができるのか未知数の部分も多いので早くに方針を決められないのかもしれない。難しい問題が山積していることは想像できるが、町の復興は景観や区画整理なども含めて町や商店街を「どういう考え方」で作っていくのかのビジョンを持って進めて欲しいと思う。例えば「老人子供(生活弱者、交通弱者)が歩いて暮らせる町」。この町は人口一万人程で商店街も一箇所。町の中心部の駅から町役場も病院も小中学校も高校も歩けば遠くても15分から20分ほどで行ける範囲にある。車に乗って移動するには感じないことも多いが、車を運転しない老人子供が歩いて生活必需品をそろえられて、安心して暮らせる町というのは、とても貴重なのだと思う。今でも老人比率40%に近い田舎町。この先、更にその比率は高くなり、今後、交通網が便利に整備されることは無いと断言できるから尚更だ。商店街や住宅地の区画整理など町の公共施設の全てをバリアフリーにするという大規模な整備は無理としても、考え方として「老人子供が歩いて安全、安心な暮らしのできる町」という考え方をメッセージにして段差の無い歩道への整備や手すりのある商店街などという『まちづくり』ができれば良いのに・・・などと思うのだった。街中のアンテナショップ『染工房』も壊れ危険家屋となり、慌てて作品や資料を持ち出して家に放り込んだのは良いが、被災したお客さんから納品延期といわれたり注文のキャンセルもでてきたりして混乱が続いて、まだ地震の片付けと整理ができていない状態のまま慌しく一ヶ月が過ぎた。写真は『一心』ローケツ藍染。これも染工房から慌てて持ち出したのだった。あれこれと雑用も多いし次々と問題も生まれてくるのだが、染の仕事、改めて一心に集中したいと思う震災一ヶ月目の夜だった。
Apr 25, 2007
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昨日の日記に書いた染め手ぬぐいが届いたので、写真と詳しい内容をアップ。染工房のメンバーで、穴水町在住の家あゆみさん(妊娠8ヶ月の奥さん)が自宅の玄関崩壊で大変な中、震災見舞いをいただいた方へ『復興手ぬぐい』を染め上げてお礼として届けている。家さんは多くの知人からお見舞いをいただいたが、何かお礼をしようと思ったとき町の復興に汗を流している人に使ってもらおうと手ぬぐいを染めようとした。同じく穴水町在住の知人で、やはり自宅が半壊した若林美恵子さんの詠んだ歌を中央に配し桜の花と能登半島のマークに2007.3.25を入れて染め上げた。「激震に かたむく家に とどきたる あたたかき文 涙して読む」家さんから染グループの私に相談がきて、桜の花の絵と全体の構成をアドバイス。私もちょっとだけのお手伝いだが、被災者3人の合作と言えるかな。家さん宅の壊れた玄関は解体されテントで覆われた状況で、妊娠8ヶ月という御自身の体調などを考え、染め作業をするのに二の足を踏んでいたが、友人たちの元気な活動を見て触発されたという。 夜、リビングの床に布団を敷いて寝ている家族の邪魔にならぬよう、手元のライトを灯し型を彫った。上の子供がまとわりつくのを追いながら煮染め。待ちくたびれてぐずって泣く子を寝かせて、ようやくアイロンがけをして仕上げた。染め上がった手ぬぐいの左端に、家さんの名前マークと私の名前マークが並んでいるのを見て「家の半壊の意味かな?」と言われたという。笑いあって、ちょっと元気を出しているのだった(^^;
Apr 24, 2007
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能登半島地震のあと、今夜で4軒目のお通夜に行ってきた。同級生の親、同級生の親、母の従姉妹、義理の伯母さん。高齢者だが避難していた人ではないから地震との関連性は無いだろうが、毎週お通夜というのもキツイわ。顔見知りと会うと地震の話から始まる。倒壊、半壊などなど、けっこう強烈な被害のある人もいるが、被害を受け止め現実として受け入れたら、もう「やり直すしかない」と開き直るしかないようだ。染グループのメンバーで妊娠8ヶ月の奥さんが玄関崩壊で大変な中、震災見舞いをいただいた方へのお礼に、幼い子供さんの世話をしながら知人の地震を詠んだ短歌を入れて「復興手ぬぐい」を染め上げた。半壊で家を建て直す方のお宅に「復興のれん」を染める話がまとまってきた。巡り巡って、それぞれに。誰かに元気を与えて誰かから元気を貰っているような気がする日々。
Apr 23, 2007
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私の本棚にある資料から水仙の花の図案をアップしてみた。一部の資料だけで断言はできないけど、図案にすると、国によって描き手によって随分とイメージが変わってくる。 上;Art Nouveau Floral Ornament in Color/U.S.Aより私には描けないスタイルだ。もちろん描いても用途が無いけど(笑)日本の水仙も外国の水仙も花自体は同じような形だろうけど、表現方法で違う花のようにさえ思える。 下左2枚自作 右;日本の文様フリー素材私も、もっとエネルギッシュにならなければイカンなぁ~・・・(^^
Apr 22, 2007
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桜の花が散る頃になり、家の周囲の水仙の花が順番に咲いていたのを全て写し終えた。種類が幾つあるのか分からないけれど、春先から長い期間楽しませてもらったものをランダムに羅列。水仙の花咲いて、それぞれに美しい~(^^
Apr 21, 2007
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桜も、そろそろ散り始めてきた。地区の春祭り。昨日の桜の花が惜しいという氏子の声が多いので、もう一年花を見ることになりそうだ(^^仕事で出かけた折々に目に付いた桜のスナップ。田の畦をぬるお婆さんが「あんた、どこの人やいね?」と問いかけてきた。「ここの近くのモンやわいね」と応える。「どこ、写しとるが?」「桜ゃ田んぼの水に映っとるが撮っとるぎわね」と言う。本当はお婆さんの仕事姿を撮っていた(^^川面に花びらが散って流れていく。ぼんぼりの灯りに咲く花も妖しげな気がする。 あまり長時間桜の木の下に居ると、息苦しく、妙な幻想に捕らえられるような気がするのは私だけだろうか(^^;
Apr 20, 2007
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今朝は地区の春祭りが明日あるぼで、神社の掃除&草むしり&準備に出かけた。昨日の蜂は季節的に力不足だったのか、私の体内の毒のほうが強かったのか?まったく体に異変は出なかった。まだ死ねない、ということのようだ(笑能登半島地震で周辺の神社仏閣の被害が多かったが、地区の古い鳥居2基を昨年までに新築してあったので神社の被害は石灯篭の一基が破損した程度で済んだ。青空に神社の桜が満開。この角度が一番綺麗だったが電線が邪魔だった(--;しかし、この桜も石灯篭に覆いかぶさっているので切られてしまう可能性大で、今年が見納めになるかもしれない。なんだか、地震のあと、身の回りの一つ一つの事柄が、いとおしく大切に思える気分になってきた。老人の気持ちが分かるような・・・気分かも(^^;
Apr 19, 2007
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今日は冴えない一日だったので、ブログは休もうと思っていた。風呂上り、髪の毛を乾かそうと寝室の電気をつけてテレビを点けたとたん、右肩にチクッ!あわててシャツを脱ぎ異常なモノを探すが不明。バスタオルを開くと蜂が居た!ハエタタキで退治したが・・・これってスズメ蜂じゃ・・・無いよね?(--;虫刺されの薬を探したが無い。ので、そのままの状態で放置して1時間以上経過。今のところ発熱や悪寒、嘔吐の症状は無い。刺された部分が少しカユイかな~という感じ。明日、異常があれば病院へ行くか~~。今日はネタが無いからブログは休もうと思っていたが、すぐに携帯で写真を撮ってネタにしようと思ったことが、自分で笑えた(^^;明日以降、ブログが更新されなければnotonoteは亡き者と思ってくだされ。
Apr 18, 2007
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統一地方選、第2ラウンドで行われる町議選が告示された。先の15日に告示された県内4市議選と同じ22日に投開票される。能登半島地震被害の大きかった輪島市の門前選挙区でも穴水町の選挙区でも、被災地への配慮から『選挙カー』の自粛が立候補者で申し合わされてハンドマイクの演説になった。街中で辻説法のように訴える立候補者の姿から真剣味は伝わって来るが、遠めで見ると立候補者の名前が分からない。名前を連呼されるだけの選挙活動は迷惑だが、名前の分かる方法として大きな看板などはあっても良いように思えた。災害時には地方選挙の延期という柔軟性のある特例は無理なようだが、こういう被災地の状況下では住民感情への配慮から十分な選挙運動も行えない。立候補者にとっては皆同じ条件なのだが、十分な選挙運動が行える状態での選挙であってほしいと思った。穴水街中では倒壊家屋の撤去が進み、町の姿が日々様変わりしていく。路地に入ると白壁の蔵の被害が目に付く。こちらも更地が増えている。人がいなくなる田舎の過疎に拍車をかける地震の厳しさだが、ともすれば地方の権力争いや利権のための選挙になり易い田舎町。今回は特に生活格差の広がる中で、街づくりのビジョンや具体的な考え方を出して、しっかり実現していって欲しいものだ。財政の状況の悪いこの町の議会は人口が1万人に12人の議員定数。その定数の減らし方も少ないし、議員報酬も削減額が少ないままだ。議員が率先して行政改革の案や条例を出しても良いはずなのに、それさえ出さなかった。正直、本気で町を良くしようと取り組む人以外は議員として必要ないんだ。
Apr 17, 2007
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着物に友禅模様をつけるには、染料にカゼインやアルギン酸などのノリ分を入れて描きやすく調節するが、それだけでは思い通りの色遣いに留めることができない。布の下からガスや電熱で加熱し強制乾燥させて思い通りの状態に彩色する。彩色のための机は既製品も市販されているが、私の場合は木枠だけの机の上にダンボールで四角い穴を開けて、その下から電熱で加熱している。細かい仕上げや一部分だけの彩色などのときに使用する。この机、普段はガラスが入っているものを利用。写真、真ん中の黒い穴の部分に下から熱が当たる。オリジナル穴あき机はダンボールだから、反物の端に押しピンで止めて布を安定させることもできるし、机の両サイドに雨どいを付けて反物の両端を巻いて受けてあるので転がったりはしない。いっぽうでは、電熱の下の板にも染料の台にもキャスターが付けてあり、自由に動かせるようにしてあるのだった。あとは、私が動いて机の前に座るだけだ~(^^
Apr 16, 2007
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能登上布に草花の素描き。まるで古典的模様シリーズだ(笑)華やかさを出すために、松や蔦の模様よりも少し多めに色をつけた。約60cm×180cmタペストリーの一部分。こちらは数年前、能登上布の暖簾にローケツ染で秋草のシルエットを染め上げたもの。2枚の写真を撮った状態が違うので同じ生成りの地色が変わって見えてる。色は植物染料のゴバイシを鉄媒染。能登上布、麻のれん約85cm×130cm。2枚は別物なのだけど並べると、お月見のよう・・・(^^;麻のれんは夏の季節モノだけど、タペストリーだとインテリアとして一年中飾っていても良いような気がする・・・かな?
Apr 15, 2007
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麻布のタペストリーに描く(その3)麻布の素材に描くのは浸透さえ良ければ『かすれ』と『にじみ』の両方を使うことができるので楽しい。生成りの生地の素朴さと墨描きは良く合うと思う。2種類の蔦の葉を描く。左は葉の切り込みの大きなもの。もっと切り込みを大きくすると葡萄の葉になるが今回は秋用ではないので花も実もつけない。右は、比較的シンプルな感じの表現。風を感じるようにサラリと流してみた。
Apr 14, 2007
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麻布に竹を描いたが、案の定布の浸透が悪い。しかも竹の幹を真っ直ぐに描く途中で絵が途切れた(--;が、しかし、納品するには布のせいにはできないのだった。もちろんやり直しはできない。別の布に描き直しもできない。朱色で描いた『朱竹(しゅちく)』が額に入れて飲食店などに飾ってある。これは、それに似たような仕事だが、アクロバット的な一発勝負のようなものかもしれない(笑最近の日々。なにか落ち着かない中で、どれだけ集中力を保たれるのか試されているような気がするわ。
Apr 13, 2007
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能登上布のタペストリーに描く松林。少し苦戦・・・布に描く場合は繊維の状態が問題になる。実は精錬が十分な状態でない場合、湯通しで繊維の糊分や油分を洗い落とすのだが、麻布の場合は風合いの問題で素材の硬さを維持するために、それを十分行わないことがある。布を見るだけでは分からないし飾る場合も問題は無い。しかし、描く場合は問題が大きい。緯(横糸)の一部分が水分を弾く。描いている途中で繊維が色を弾いて絵が無くなるのだ(--;という状況を把握して浸透剤などで加減して絵をつなげていく・・・だからリズムが悪くなる。という、言い訳をしながら描いた2枚・・・2枚セットではなく60cm×180cmを並べただけ(^^そして、次に描くのは竹なのだった。これは、もっと問題がありそうな気がする(--;
Apr 12, 2007
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突然の出来事。メインPCがクラッシュ!・・・データが!!!(--;バックアップが不十分!文章はともかく染色資料や写真がなくなるのが痛い!というより絶望的だ!Win98の時には毎年2回ほどフォーマットしていたのでバックアップもこまめに行っていたが、1昨年に2台ともXPに変えてからは初期化は無いだろうとタカをくくっていた。データをあきらめて泣く泣くリカバリーCDで復元・・・ところが、幸いなことにデータを残したままで復帰できた(^^)起動の遅かったPCが速やかに動く(^^)しかし、やはり、こまめにバックアップしておかないとイケナイわ。もう、地震から子供たちの入学。引越しに、昨日と明日はお通夜。ほとんど毎日落ち着いて仕事ができない状態でパソコンのフォーマット(泣く)・・・Officeの認証番号は分からないし画像ソフトが行方不明だし・・・そうした中で金沢の姉が地震見舞いでお客さんと一緒に来るし、今日はパニックだった。というわけで地震をかいくぐってきた2台のパソコンの配置写真(左)と黒い液晶のデスクトップの合成。ちなみにデーモン閣下は自作CG(笑)しかし、データを残したまま初期化できることが嬉しかった。これってXPに付いた機能なの?それともソフトのおかげなのかな~???(^^
Apr 11, 2007
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古民家は、見る人にとっては一種の憧れにも似た気持ちもあり、原風景のような潜在意識の底にまで訴えるものがあるようだ。能登の古い民家の多くは田の字型で4部屋がセットになっているが、昨日の知人宅は、それが2セットあるという感じ。4部屋の襖を取り外して祭りや法事などが行われると居間は宴の席になる。和の暮らしには、こうした一室多様性や、一つの道具を他の用途にも使う一具多用性、脚を折りたたむ机や掛け軸の仕舞い方、立体である着物を折りたたんで平面的にする収納の方法も魅力だといわれていた。湿度の高いこの地方では正月や祭り以外は畳を上げて家の中の通気性良くしていた。節約とモノを長持ちさせる生活の知恵でもあっただろう。(幼い頃は、畳の上げ下ろしが苦痛でもあった)しかし、実際に暮らしている人にとっては維持管理の負担が大きく、今の時代の暮らしとは違った感覚が必要だ。築140年の知人宅は1階だけでも10数室。木造は通気性が良く、それゆえに長持ちするのだが今の時代の冷暖房完備の部屋に慣れた人には居心地が悪いだろう。ちょっと見ただけでもエアコンの数がすごかったが、逆に部屋ごとに置かれた火鉢と炭が目に留まった。木造家屋は再生や修理がしやすいものだけど、手入れと随時修復を行い続けることができる人が暮らすもののようだ。和の暮らし自体が、金銭面だけでなく気持ちの上でも凄く贅沢なもののように思えるのだった。私自身、自分では和の暮らしをしないくせに「大切にしてくださいね」などと言うのであった(^^;
Apr 10, 2007
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知人宅に築140年の家屋の写真を撮るために伺った。地震によって傾いてしまい取り壊すことに決めたので写真で残しておきたいのだという。なんとも味わいがあって写真を撮るには良いモチーフだったが、こうして地震によってこの町の良いものを、また一つ無くしていくことになる。玄関には格子窓に木製のポスト、飾り板(正式名称を知らない)吹き抜けに白壁陶芸を趣味とした奥様の手作り雛。古い家はなくなるけれど、新しく建てる家には、ここで使われている材料を、もう一度活かして使うのだという。木造なればこその再生だ。長い時間をかけて作られてきた町の姿は、この先、やはり長い時間をかけて作っていくものだと思う。今は厳しいけど、きっと、この町が再生することを信じてカメラに収めてきた。
Apr 9, 2007
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今回描いている布は、『能登上布』のタペストリー。『能登上布は』は『カラムシ』の繊維で織り上げた上質の布、という意味だが『上布』は麻布の中でも夏物の着物にできる上等な布という意味。今描いている布は『生平(きびら)』麻の生地素材そのままの平織りで60cm×180cmほどのタペストリーになる。そこに水墨で植物を描く依頼品。こういう古典的な絵は、記憶の中に大家の絵がいくつもインプットされているので、自分なりの色々な技法と意識の発見を埋め込み独自性を出そうとするのだが、どう描いても私の意識の中ではモノマネになってしまう。それは、依頼されて描くものの宿命のような気がするのだった。
Apr 8, 2007
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午後。松の描き方のイメージをまとめて、さて実際に取り掛かろうとしたら、またしても余震。震度4。・・・座っていると床が揺れる感触が身体と記憶に埋め込まれたのだろうか?集中力がブチッ!と音を立てて途切れた。仕事場の天井や床がミシッ!というとドキッとしてしまう。家にいるとストレスがたまりそうなのでカメラを持って松の木を写しにいく。そうだ、地震の騒動で今年は春蘭の開花を撮っていない、と思い出して、いつもの丘へ。藪の中に入り込み下からカメラを構えるが、それでも良い角度にならない。枯れ葉の中に身体を埋めてシャッターを押す。絵を描くよりカメラのほうが被写体の魅力に向かって集中力を高められる。帰宅すると、また知人の家が取り壊しになったという連絡。やり場のない悔しさがこみ上げてきてしまった。
Apr 6, 2007
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松を描く為に筆を作る。黒軸鹿毛筆を5本連ねて横一直線に固定する。一本の筆で一挙に5本の線、ほぼ平行な状態の線を引くことができる。この筆を使って一気に描き上げる予定。昨日のラフを描いた段階で、松の木の表現を考えていたが松葉を一本ずつ描くのは無理(笑)長谷川等伯の松の絵を思い出してジックリ見たが、近距離から見られる絵で私があの描き方をしても的確な表現は不可能(^^;というわけで、今回の絵は筆作りから始まった。・・・もすこし練習。
Apr 5, 2007
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ようやく余震も減ってきた。それなりに明るい話題も聞こえてくる。役所もボランティアも被災者も頑張っている。笑顔も出たりしている。実際、我が家も娘が運転免許証を得たり、息子も娘も新たな入学だし私にも新しい仕事が入ったりしているんだが、すっきりしない。時間が経つほどに、また知り合いの被害が増えてくる。台風や大雪の被害は、もちろん怖いし辛いものなのだが、被害の重さと長さがズシンと堪えて長引く感じだ。これが地震の被害から来るストレスなのかもしれない。それでも仕事に向かう。タペストリーのラフ。笑ってみる。無理しないでおこうとする。それでも頑張ってみる・・・微妙な日々だ。
Apr 4, 2007
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壊れた事務所の荷物が整理できない状態のうえに娘の引越しで、なかなか仕事モードになれないが、知人の依頼で留袖の模様の直しを行った。結婚のときに両親が持たせてくれた着物は20年から30年ほど経ってから着る機会が多くなるが、模様の色が派手で着るのを躊躇することもある。4月の下旬にハレの席があるという。気持ちを切り替えて本気で直しに取り組んだ。留袖スソ模様を解き並べる。左の朱色の松をそのままの形で右側部分は彩度を押さえた状態。更に緑やブルーの松など全体の調子を整えながら金彩の仕上げをしていく。私は原則として自作オリジナルしか染めない。創作を本分としているからではあるが、他の人が染めて作った模様を直すのは心苦しさと難しさがある。一言で直しというが、実は新たな模様を作るよりも直しの方が、はるかに高度な技術と感覚が必要になる。創り手の感覚や呼吸が私と違うから気持ちのリズムも乗らないし、技法や使用した染料の状態が不明なこともある。安易に行うと取り返しが付かなくなる場合もあって、事前の判断が難しい。そして実際問題、直しと言うが、着物の胴裏、比翼、仕立て代金を加算すると結構な値段にもなるのだった。だが、着る人にとっては両親の作ってくれた気持ちや思い出など、大切なもったいないものが沢山詰まったものでもある。今あるものを、良さを生かして直していく・・・地震で壊れた町並み、家屋、人の気持ち、お金・・・これらの上にのっとって、良い方向に直していくこと・・・このことが思い浮かんで結びついてしまった。人の暮らす家や町並みと着物の模様を直すことを比較するものではないが、壊れた町を直し復興させることの難しさが脳裏をよぎっていく。
Apr 2, 2007
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