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今日も晴れたり雨が降ったりの一日だったが、とうとう雪の全く降らない1月という気象データを取って以来、初めてという記録ができてしまったらしい。この冬、積雪を見たのは昨年の暮れに1回、薄っすらと2~3cmあったのみ。寒くないのはありがたいが、このところ室内に篭りっぱなしの一日。今日も図案。着物の模様を原寸大で起こす作業用の図案、ほぼ完成 家族以外は誰とも会わない日々が続く・・・まあ、いいか(^^;
Jan 31, 2007
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絵画教室の女性像・・・あらかじめ完成予想図を小さな画面のCGで作ります。パソコン上は色相を変えたり描きなおしやすいので重宝してます。 絵は色によって暖かい雰囲気や引き締まった感じを与えることができるからイメージをまとめる為の参考にできるのです。職業上、絵のイメージを考えるときに色の着いた映像は脳裏に浮かびますが、あくまでもアバウトなので、こうしてパソコン上で、細部まで確認できるのが実にありがたいのです(^^)ただ、現実のアクリル画にした場合、描くときの気分次第でニュアンスは変わっていきます。実生活では、まれに知人の顔を描くことはあるのですが、けっこう難しいことがあります。形や色を整えて本人に似せることは可能ですが、モデルに渡して周囲の人に見られることが前提なので、気に入って貰おうという気持ちが大きくなります。特に女性や子供を描く場合、妙なデフォルメは避けて優しいイメージに仕上げて喜んでもらえたら良いと思う・・・至極、当然ですが。 本業の染色やデザインで模様や絵を描いている場合、こちらも依頼主に喜んで貰おうという気持ちが大きく働く。これも仕事として当然のこと。 しかし、仕事以外の絵は人の目や感想を気にしないで思いっきり好きなように描きたいものだと思う。私自身の醜さや激しさをぶつけるような絵も描きたい時もある・・・コレは、やはり10年後くらいにしかできそうもない。もっとも、10年後の私、そんな激しい情熱と実現できる身体を持っているかどうかは大いなる疑問(^^
Jan 30, 2007
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草木染の仕事の方は酸味が抜けるのを待つため、ただいま室内に放置状態。その下で振袖の下絵のための作業を進める。CGは完成イメージの一部分。手描きの振袖の図案がCGというのも、文章的には矛盾がありそうだけど、私の場合、CGはパソコン上の手描きだから矛盾はない?(^^;)個人の「あつらえ(誂え)の着物」なので、依頼主の好みの色や好きな花などの意向を図案の中に取り込みます。最近の若い人は手が長いので標準寸法では「裄(ゆき:背中の中心から袖口まで)の長さ」が足りなくなります。依頼主の体型にもぴったり合うように寸法をとって、一枚だけのオリジナルの着物にします。この先「下絵」→「ロー置き」→「染」→「ロー落とし」→「彩色」→「蒸し」→「湯のし」→「仕立て」の工程を踏む。「ロー置き」→「染」の工程は数回行う予定で、状況によって他の工程も多くなりますし彩色は花の模様が多いので時間がかかります。・・・完成への道のりは遠い(^^;
Jan 29, 2007
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昨日の絵画教室の参加者は全員で5人。かつては我が家の子供達も参加して多いときは15人ほどいたが 中学生から高校生になると、どの子も絵を描かなくなった。どうやら、父親のように絵を描く方面に進むことは拒否した様子(^^;参加者は、いつも自由に好きなモチーフで描く。私は親子連れの娘さんを描こうとしたら拒否されたので、そのお母さんを描くことにした。 画面の左側。ボードにアクリル絵の具。色で下書きをする感じで1時間ほど。今のところは全くの別人と言ってよいくらい。この先、修正しながら細かい部分を描き重ねる。月1回なので夏ごろまでには仕上げたい・・・(^^; 右側は、娘さんと一緒に来たお父さん。パステルで描いたものをPC加工。ご夫婦で登場してもらったが、こういうのはモデルに許可なくアップして良いものだろうか?肖像権は、どうなるのだろう?ごめんねFさん。旦那さんを若く描いて奥さんを老けて描いてしまった・・・逆が良いわ(^^;まあ、苦情受け付け有りということで、そのときは削除します。この教室に参加した人は、だいたいモデルにされる。・・・ん?もしかすると、それが参加者の減ってきた一番の理由だろうか?(笑
Jan 28, 2007
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今日は月に一度の絵画教室。 といっても絵の好きな仲間が集まった同好会のようなもの。一応、講師という立場になっているが、私は絵描きではないのであまり教えることがない(笑)で、一緒になってアクリルで水彩画などを描いたりする。 「親子」 アクリルによる水彩+パステル「夏の日の少年」 アクリルによる水彩+パステル+CG加工なにしろ月に一度なので年間に一枚しか完成しない。「親子」2年前、「夏の日の少年」は3年前。 去年は・・・ない(--;) 実は年賀状に使った「雪解けの丘」をアクリルで描いていたのだが、途中からパソコンに取り込んでCGになった(^^;絵画教室と言いながら、ほとんど絵を描いていない状態。文化祭に間に合わせたり年賀状に使うために描いているようなもの。今年は、何とか、せめて一枚だけでも描きたいものだが・・・疑問だ。
Jan 27, 2007
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パソコンの古いデータの中にネットを始めた頃の日記で染色に関するものがあった。今はもう削除してしまったものだが、読み返してみると今より良く書けている(笑)ので少し修正と加筆をしてアップ。◆染色の工程の中に「蒸し」がある◆私が染色を好きになった理由の一つに「染まる」ということがある。布や紙に色をつける場合、『塗る』と『染める』という作業をする。普通、繊維に色を付ける場合、例えば紙の上にポスターカラーで色を『塗る』といい、油絵の麻キャンバスの上に絵の具で絵を描く場合も、繊維の表面に『塗る』という言い方をする。この場合の多くは、紙やキャンバスの裏まで絵の具の色が染みこむことはない。『染まる』という場合、布や糸(繊維)の内部まで全て同じ色に変わる。裏はもちろんのことである。しかも、基本的には繊維の性質が色の付く以前と変わらない。絵の具を塗り重ねたり金箔等を貼ると繊維の素材は覆われて見えなくなり、布の通気性は無くなる。だが、染めは何回も色を重ねても素材はそのままだから繊維の通気性などの特徴は元のままだ。繊維がある。染める。乾かす。染色は、簡潔に表すとこうなる。しかし、これでは洗うと色が流れてしまう。繊維の内部に染料がとどまっていないのである。大まかに言うと、布(繊維)には強さと硬さの性質の「結晶部分」と柔らかさの性質の「非(結)晶部分」がある。この繊維の構造の中に染料色素が入り込む。だが、そのままでは、色素の出入りが自由なので洗うと流れ出る。そこで、「蒸し」という作業が登場する。難しく言うと「蒸熱処理」染めて後、洗う前に、80℃以上の蒸気を20分間以上繊維に当て続ける。すると繊維の非結晶部分が変形する。染料色素は入ってきた部分が変形して出られなくなる。これで、洗っても色落ちがしなくなる。今は少なくなったが京都で木造の箱のような(多くは黒い)家から湯気がモクモク出ていたら、「蒸し屋さん」。染色整理の専門業者さんである。一般的な草木染の基本は、染液に布を浸して染料が沸騰してから20分間染める。加熱時間が5分や10分では染めた色が長持ちしないというのには、こうした理由がある。簡単なクラフト染めでスチームアイロンをかけるのも蒸熱処理で、ほぼ同じ理由。 友禅では蒸しを行って色素を繊維の内部に留めてから、染色作業で使った糊(米糊、ふのり、カゼイン、アルギン酸など)等の不純物を流水で洗い流す。これが友禅流し。京都の鴨川や金沢の浅野川で風物詩的に行われているが、ほとんどは人工的に作られた川で行う。繊維に染めるための絵の具を「染料」。水彩絵の具や油絵の具は「顔料」。色素粒子の大きさが違う。細かい物ほど繊維の内部まで入り込む。色素の大きさはこんな感じ(アバウト:例外もある)染料<インク<墨<ガッシュ<ポスターカラー<粉絵の具化学染料の色素は、ほぼ同じ大きさなので繊維全体を均一の状態に染めることができる。一方、植物染料は色々な大きさの色素や染料分以外の物質が入っているので繊維の内部の結合が複雑になり、視覚的には乱反射した色を見ることになる。染料色素は媒染剤と結合し顔料化する。これが草木染の複雑な色合いやムックリ感になる・・・と言われている。イメージでは草木染の色が自然のものだから純粋に思えるかもしれないが、実は不純物が多く、化学染料のほうが純粋に色素だけで染める。プリント、型染めも染色。ステンシルも染色の範囲に入れるが、顔料で色付けを行う場合もある。かみ砕いて、わかりやすく書いたつもり・・・。却って、分かりにくくなったかも(^^;初記述:2000年7月29日(土)
Jan 26, 2007
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草木染タペストリーのローケツ染工程(その2)草木染の媒染を行った部屋に入るとフワ~ッと酸っぱい臭いがする。 ▲媒染を行った染布 ▲下絵用の作業図案布の大きさによって作業用具が変わる。作品の大きさに合わせて全てを揃えることはできないので手元にある道具を工夫して使う。左は染布の横幅を「伸子(しんし)」で伸ばした状態。短い伸子を何本もつないで張りが出る長さにしてある。右は一番初めの作業。イメージを原寸大の作業図案に描く。今も媒染剤の酢酸が部屋に蔓延している。染が乾燥するにつれ臭いはなくなるのだが、今日はその中で一日中作業・・・私自身が酸っぱいかもしれない(^^;
Jan 25, 2007
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草木染タペストリーのローケツ染工程(進行中) ▲木綿布に青花液で下絵を描く ▲張り木と伸子で張った状態 ▲染液とハケ ▲染めた状態染色後は布を水平の状態に保って乾燥させます。◆草木染の基本工程・・・引き染め◆1)植物液を用意する:植物の葉や幹、根などを煮出した液を染液にする2)煮詰めるなどして濃度を高める3)刷毛でムラなく染める4)乾燥後に媒染液を刷毛でムラなく染める◆媒染(ばいせん)◆◎媒染剤と種類植物の抽出液で染めた布や糸を発色させるため、植物の色素に金属イオンを結合させる。古くは植物を燃やしたあとの灰の上澄み液や泥水の中に浸すことによって、その液中に含まれるアルミ成分や鉄分などで染め色を発色させていた。現在では主に酢酸アルミや酢酸銅、木酢酸鉄液、ミョウバン、石灰液などを使用している。
Jan 24, 2007
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どうしても開かないフタがある。どうしても開けなければならないフタがある。両手の指に力をこめて全神経を注ぎ込み奥歯を噛み締めて気合を入れて回してみてもビクともしない。長いあいだ放っておいた液体が今使わなければならない液体が使えない。そうだゴム手袋で回すと良い。回らない回らない。開かない。そうだ万力で固定してペンチで開けよう。回らない開かない。何度やってももうムリだ。仕様がない。だけどどうしても今必要なんだ。そうだビンを割ろう。液体は少ししか要らないから今 使えるだけあればいいのだから。そうだビンを割ったら良い事だ。だけど、ビンのガラスが飛び散ったら、どうしよう。ガラスの破片が危ないからそうだろ過紙でこしたらいい。だけど液体が飛び散ったら、どうしよう。慎重に割ろう。そうだ周りに新聞紙を敷いてバケツの中で割ろう。それをろ過紙でこしたらいい。そうだそうだ。それでいいんだ。かなづちでビンを割ろう。ビンの代わりは、いくらでもあるから。・・・。?どうして?どうして、フタだけ割ることを思いつかなかったんだろう?
Jan 24, 2007
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あまりにも良い天気!家の裏にある丘に出てみる。フユイチゴの実が陽に当たって綺麗だ。正月に散歩した折りに見つけて10粒ほど食べたのだが、「真っ白い中に朱色の実があると綺麗な写真になる」と思い、ず~っと雪の降るのを待っていた。そのときには・・・彦麻呂のように「まるで銀世界の中の宝石箱やぁ~」というコメントを書く予定だったのだが(笑)という、あざとい文章まで用意してシャッターチャンスを待っていたけど、この様子だと雪が降る前にイチゴの実がなくなってしまう。今年は撮れそうにないわ。家庭配置薬の担当者が集金に来て、3ヶ月で使った風邪薬11箱分の清算をし、「いゃぁ~降りませんね~」「外回りの人には有り難いでしょう」「ちょっと不気味な感じですわ」「2月3月に、どかっ!と降るんじゃないかなぁ~」「・・・」お互い(それは嫌だが、あるかもしれないという想いで)苦笑して彼は帰っていった。他にも富山の売薬など薬箱が合計4箱も置いてある。こちらは「命を守る宝石箱やぁ~」・・・違うだろう(--;)4箱もいらないだろうに、断りきれない人間がいる。温暖化?エルニーニョ?・・・ある意味、不気味な暖かさの日々。
Jan 23, 2007
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草木染は一言で言うと「植物から抽出した液を繊維に染める」のだが、植物の液によって耐光堅牢度や自然退色の程度がわからない。染めてすぐの状態は不安定なので、しばらくの間「寝かせておく(冷暗所に保管する)」のが良い。これは6年ほど前に染めた能登上布の麻のれん「芍薬模様のローケツ草木染」(約90cm×150cmの一部分)注文があって、この模様と同じものを木綿のタペストリーで染めることになり図案を探したが・・・見つからない。ので、今日は現物を写しているところ(^^;)染めた後の今までの6年間は「染色後、どういった変化をするのだろう?」という確認の時間でもあったし、上記のように、染めて時間が経過した実物を渡すのが良いのだけど、展示してあるタペストリーは汚れてしまったので新たに作ることになった。現実の生活の中では、お客さんは注文したら一定期間で納品してもらうものだと思うのが当然だし、作るほうも、作ったらすぐにお金になるほうが有り難いのは言うまでもない話。物を作った人間、販売した人間の責任が問われるのは必然だが、草木染のように時間が経過してからのほうが良い品というのは例外的で、多くは賞味期限や保障期間が問題となる。このところ、お菓子やファンヒーター、建築物の手抜きが目立つ国になってしまった。日本人は「ものづくり」で経済成長を遂げて、日本の製品に誇りと自信をもっていたと思っていたけど、なんだか「凄く情けない国」になってしまったように思うのは私だけだろうか・・・。わが身を振り返ると、周辺が慌しく仕事への取り組みが悪かった!だから図案さえ見つからないのだ!と自己を叱責するのだった(--;)勿論手抜きをしているわけではないが、地区や町の係り、寄り合いなど断りきれない状況の中で資料作りなどに追われてしまうと集中力が分散してしまう。若くはないし、この先できることも限られている気がする。もう歳だから、一度に幾つものことを考えられなくなっているんだよ(^^;)今年はジックリと腰をすえて仕事に取り組む!これまでやってきた仕事を振り返り、自分自身が「手づくり人間」であることの原点に帰ろうと思うのだった。
Jan 22, 2007
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写真や資料を基にして絵を描くことも多い。今回の資料はこれ。「そうけ」・・・若い人にはわからないかも(^^資料に従って描いたもの。う~~、こんなもんか?描いている私は描くことに熱中しているから、良いのか悪いのか?もはや判断ができない状態(^^;)子供や妻に見せると「光っている部分が凸で丸く出て見える」という意見。おぉ・・・エッシャーの世界かな?(--;)・・・で、描きなおしたものがこちら。・・・この辺で手を打とう。パソコン上での描きなおしは楽で良いわ(^^こうした資料を参考にして絵を描くしかない場合も多い。しかし、写真に対しては観る人が素直に受け入れるのだが、実際は光の当たり具合で見え方が変わるし、レンズの種類によって不自然な比率の場合もある。そのまま絵にすると不自然さが目立つこともあるので修正する。で・・・この辺で手を打とう、になる(^^;写真のレンズは一つ。人間の目は二つだから、遠近感や空間は描き手が感覚的に補正するしかない。また写真だけでなく実物を眼の前においても、描いている本人には判らない場合もあるし、わかっていても直せない場合もある。直せば直すほど泥沼にはまり込むことも往々にして・・・ありすぎる(^^;だから、・・・この辺で手を打とう、になる(笑子供に絵を教える場合、「見えるものを見えるままに描けば良い」などと私も言うのだが、描く現場では言葉どおりにならないし、イメージのままにはならないものだ(^^;で、結局・・・この辺で手を打とう、になる(爆いや、違う!納得するまで追及するのが本当のものづくりだ!などと言ってみる・・・(^^;
Jan 20, 2007
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暖かな一日だった。この冬は、雪らしい雪が降らない。12月下旬に1度だけ3cmほども積もっただろうか。これほど雪の気配の無い年も珍しく、今日も路面は粉っぽく冬タイヤも意味がない。今の時期、本来は鉛色の空が重く垂れ込めているはずなのに、今年のイメージはこんな感じ。川も海も、その水面が冬らしくない。さすがに現実の川岸には花が咲いてないけど。仕事の休憩に、散歩がてら家の前の海を見に行く。水面の輝きと、透明で深さのある水を描きたいと思う。水面の輝きや流れを描こうとすると深さが描けない。深さを描くと流れが描けない。実際、流れが早いと水の底は見えないし、底が見える時には波が見えないし水面は光っていない。水面を見ながら・・・水は見たものを見たままに描いても納得できるものにならない、とつくづく思う。何かを感じて見つけたものがないと描けない。これまでに水を描いて満足したことは一度もないなぁ~(--;
Jan 19, 2007
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絵馬です。飾り用のヒモが付いてるが・・・飾っておいても良いものだろうか?袋に入ったまま。今のところ、誰も食べようとはしていない。
Jan 18, 2007
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右「なぁ、俺たちって、いつの時代の人間なんや?」左「さぁ~わかんねぇ」右「作者は戦国時代のつもりらしいが」左「ふぅ~~ん、じゃぁ、そういうことにしとこう」右「俺たちを想像で描くのは難しいかもしれんけど、馬は資料があるだろうから、もっと上手に描いてもいいんじゃないか?」左「都合のいい写真が見つからんかったらしい」右「そっか、しかし、馬は牧場とか競馬場とか動物園で実際に見られるだろう」左「作者の家は、ど田舎なんで、そんな気の利いたものはない」右「だが、俺は作者に文句がある!」左「なんだ?」右「戦国時代の侍なのに、俺は何で刀を差していないんだ!」左「お!丸腰!・・・今気が付いた!」右「作者は、この絵で何が言いたかったんだ?」左「さぁ・・・?」右「絵ってのは、感じたものとか、情景とか伝えるモンだろう?」左「そうだな。良い絵というのは言葉が伝わってくるもんだ」右「言葉にならない気持ちやイメージも伝えられる」左「思想や哲学も含まれるかもしれない」右「そこまで行ったら、すごい!」左「もっとも、教訓地味たものはキライだがな」右「それにしても、今日の絵は駄作だな」左「作者は練習だと言っている」右「今日の日記って、作者の言い訳か!」左「あぁ、そうだ。まちがいないっ!」 ・・・((((^^;)
Jan 17, 2007
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今年の「かぶらずし」も、もう無くなってしまった。今日で食べ収め。 能登は発酵食品が多いけど、その代表的なものが「かぶらずし」と「鯵のスシ」と「いしる」。我が家でも夏の「鯵のスシ」と冬の「かぶらずし」は自家製。12月中旬に82歳になる母と妻が漬けこみ、2週間ほど重しをして正月前後に食べる。今年は暖冬で「発酵の状態が心配だ」と母親が騒いでいた。塩味がどうの、酸味がどうのと、いつも心配そうな会話が交わされる。だが、どういうわけか心配する割りに調味料の分量などのレシピを作ったりはしないのが不思議だ。・・けれど開けてみると毎年だいたい似たような味になることも不思議だ。ご飯を敷き詰めて麹を振り、塩漬けにした魚をはさんだ蕪を桶に一段並べ、柚子、ニンジン、昆布、トウガラシなどを交互に漬け込んでいく。、蕪の間に挟む魚は、ガンド(鰤の少し小さいもの)。家によっては鰤、はまち、塩さば。見た目の美しさを追いかけて鮭を使ったことがあったが我が家では魚の脂の加減が足りないと不評だった。家の味というのは、作る人の手と、その家に棲む(?)細菌?によって決まるのだろうか。こうしたものは、どれが美味しいというより各家庭の味として、食べる人が美味しいと思えば良いような気がする。酒の肴にも、ご飯のおかずにもなるけれど、麹で発酵したご飯を一緒に食べるから・・・たぶん、しっかり正月太りになっている・・・と思う(--;
Jan 16, 2007
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息子が年賀状の当選番号を見て「切手シート、1枚しか当たってない」という。200枚以上の賀状が来ていて1枚ということはないだろう・・・ということで、二人で再確認。なんと2等(地域の特産品小包1個)が当たっているではないか!へぇ~、当たるモンなんだ(笑)レターセットは当たったことがあるけど4桁の数字が当たったのは初めてだ。ずっと以前には下1ケタが切手で2桁はレターセットだった記憶があるのだが・・・最近は3等までしかないんだね~。それに、今日届いた1枚の年賀状も切手シートが当たっている。差出人のTさん、どうせ遅い年賀だったんだから、もう一日投函するのを待てば良かったかもね。(^^;ん?ふと思ったこと。未使用の賀状は当選の権利がないのだろうか?
Jan 15, 2007
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2007年1月13日16時29分。二度と作動することのない踏み切り。砂利の中に立ち入りカメラのシャッターを切った。レールは取り去られ枕木がめくられていく路がある。かつて賑わった路があった。大地を揺らすようにして人と物が移動していた。時を止めることは誰にもできず国鉄「能登線」は第3セクター「のと鉄道」になった。そして、一昨年レールだけが残っていた。去年、草の生い茂った鉄の路を描いた。この路の向こうは能登半島の先端へと続く。親戚も、友達も、子供たちも、母親も、僕も、まだ、この土地に生きている。この冬、レールは、めくられていく。僕は、この路のあったことの記憶を刻み込むためにシャッターを押し込んだ。
Jan 13, 2007
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能登の方言を楽しむのが講じて、いつのまにか700語ほど集まりましたが、言葉に関しては門外漢なので専門的な説明はできません(^^;また、意味なども一応は書きますが能登でも地域によってニュアンスが違うようです。と、はじめに言い訳しておきます(笑先日の方言の意味、参考です。●「あごかき」(あごを動かしている人→常に食べている人・おしゃべりが過ぎる人)「あご」の付く他の言葉「あごをたたく(小言や余計なことを言う・反論する)」●「ごうさらし」(業、性をさらす:悪い本性を晒す人)●「ごうつくばり」(業をつくばる:強情さに居座る人)「ごう」を使う言葉に「業がわく(本心から怒りが沸いてくる)」●「ずんべこき」(ごまをする人)似た言葉に「べらすこき」「べらす」(おせじ)を言う人●「のどかき」(食いしん坊・いじきたない人) ●「らっぱこき」(ホラを吹く人)●「だらぶち」と同じ使い方をする「だらぼち」には、民話に登場する「だいだらぼっち」「でぇだらぼっち」のように「○○法師」が「ぼっち」→「ぼち」になったという説があります●「ぼち」←→「ぶち」、どちらかが転じたという説もあり、いずれも真偽のほどは判りません(^^;)能登の方言の中には「そぅやさかい」が変化して「ほぅやさかい」となったものや、「だら」という言葉は関西の「あほんだら」から来たという説もあり、文字で書くと関西系の表記のものも多くありますが、アクセントは関東系のものや地域独自のものもあり、船によって人や文化が移動伝播した時代、北前船や朝鮮半島からの影響もあったといわれています。また、能登には古語や都ことばが残っているとも言われますが、その時その時代の文化が流行る限界地点で言葉が止まり、それ以上奥の地域まで新たな言葉が伝わらなかったので古語が残っているという説明や、輪島塗の行商人が都市部の文化を持ち帰り伝えたもの、富山の薬売りが伝えた言葉もあるといわれます。※色々な人の説や推測、伝聞を基に書いていますので、全て参考程度にして下さい(^^;※方言に詳しい方のご指導ご指摘歓迎致しますm(__)m
Jan 12, 2007
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仕事として依頼されて受けたならば、描いたことの無いものでも描くしかない!空想の世界ならば誰も知らないから間違いとはいえないが・・・・。許されるなら、時代考証を問わないで欲しいものだ。 でも・・・言われるだろうな(--;
Jan 11, 2007
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「お父さん、また変な言葉を使っている」と子供たちが言う。私は意図的に方言を使うことがある。あまり刺激のない能登の僻地暮らし、田舎ならではの楽しみの一つだと思う。しかし、私の話の中で、どの言葉が変であったのかの自覚症状はない(^^;)で、能登の方言をいくつか書いてみる。「あごかき」「ごうさらし」「ごうつくばり」「ずんべこき」「だらぶち」「のどかき」「べらすこき」「べんこちびり」「らっぱこき」いずれも人の性格や様子を表す言葉・・・能登の人間でも若い人は殆ど使わない。比較的知られているのが「だらぶち」・・・「だら」は「馬鹿」、「ぶ(打)つ」は「語る」「演説する」などを強調する動詞で「ぶち」は連用形。(※「だらぶち」の語源の一説)話し方の例「だらぶった話、信じんなまい」(馬鹿が言った話、信じないでおけ)「わりゃあ、ほんまに だらぶちやな」(おまえ、本当にバカだなぁ)動詞の連用形が名詞になるパターンとしては標準語で「汗かき」「酒飲み」「嘘つき」「だてこき」など。「だてこき」は方言かと思っていたら標準語だった(^^)「べんここき」と同じような言葉に「べんこまき」「べんこちびり」がある。「べんこ」は「理屈」。「こき」は「こ(放)く」→「言う・行う」などを卑しめていう言葉の連用形。「うそをこく」「ばかこくな」など。「べんここき」「べんこまき」のニュアンスとしては「理屈をまきちらす生意気な者」だが、 「べんこちびり」は少し「漏らす」程度に理屈を言う人かもしれない。使い方としては、「だらぶち!べんこちびっとらんと仕事せーまぃ」・・・もしかして、今日の私は「べんこちびり」になっているかも?ん・・・「べんこまき」?(^^;)※「だらぶち」を「だらぼち」「だらけ」という人と地域もあり、語源には諸説ある。方言については「能登弁・能登の方言」のページへ
Jan 10, 2007
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昨日の図案をアップして時間が経ち、少し離れてみると、けっこう修正しなければならないところが見えて「あぁ、いつものクセが出ている」と思うのだった。こうした図案を何枚も描くと、いつの間にかパターンができてしまって自分では気付かないクセに陥ってしまう(具体的に言えないけど・・・^^;)人の生み出すものを何でも良いほうに見ると個性に見えるけれど、本人には気付かない「個悪」というのもある?時間が経って離れてみれば、自分自身のことも、ある程度は客観的に見えるのかもしれない。2年前に描いた図案・・・去年修正したけど、また修正したくなる(笑パソコンで描く絵の利点は何度でも直せるところだけど、直しはじめるとキリが無いのは欠点かも。絵を直すように・・・私自身の性格も治せるものならば治してみたいもんだ(^^;
Jan 9, 2007
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さて、日記に写真や絵に関する内容ばかり書いていると私の本業がわからなくなる(笑)本日は本業の染色図案。訪問着のスソ模様が完成。 上が上前部分のアップ。下がスソ模様の全体。『あつらえの着物』この図案をお客さんが見て気に入れば多少の変更も含めて実際の生地の上に染めていくのだが、その前に作業用の原寸大図案を制作する。作業用の図案は、着る人の裄(ゆき:肩幅と腕の長さ)と身丈・身幅に応じた寸法にし、地色もお客さんの好みによって変えていく。20歳代のころの私は、こうした図案をデザインガッシュ(デザイン専用のポスターカラー)で手描きしていた。依頼主から地色を別の色にして欲しいと言われると、全く同じ模様で地色を変えて新たに全部を描き直すこともあった。 今はパソコンで背景の色を変え全体の微調整をするだけでよい。 色変え操作は10分くらいだろうか・・・。 今の若い世代のように10~20歳代の頃にパソコンと巡りあえたら楽しかっただろうな~と思う。パソコンが普及し始めた頃、図案を描けるようなマックで100~200万円必要だったと聞いていた。もちろん今ほどのCPUじゃないから作業スピードは比べようもないだろうが。 54歳の私はパソコンで、ようやくある程度は意図する表現ができるようになったと思ったら、目と神経が付いていかない(--;)産まれてくるのが30~40年も早すぎたのかぁ~などと詮無いことを思ってしまう。 それでも次々と新しいことに挑戦することが、この年齢の脳の活性化に繋がっているのだと自らに言い含めてみるのだった。・・・結局、年の初めから歳の話だった(^^;
Jan 8, 2007
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お昼に子供達と一緒に食事をしテレビを見ていたら「なんでも鑑定団」(昨年の秋の放送らしい・・・コチラでは初回放送)で牧野義雄という画家の作品が紹介されていた。染色という仕事がら絵に関しては35年ほど関わっているが、氏の名前も作品も初めて知った。日本人にはあまり知られていない画家だが、「雨のBBC」という水彩画に思わず「へぇ~」と言いながら身を乗り出して見入った。イギリス、ロンドンの霧の中の建物と人物を描いた水彩画は、「湿気(水気)」を感じさせるものだった。日本の風土の特徴でもある「水や湿気」を感じさせる絵は、日本画でも水墨画でも少ない。雨や川など「水」を描いていても、その絵の中に「湿った空気」を描いている絵には、なかなか出会えないものだ。ともすれば「目に見える光景」や「個性的な表現」の絵が人を惹きつけることもあるが、「乾いた空気」や「湿度」「香」「臭い」「痛さ」「話し声」「音やメロディ」など触覚に訴える作品に出会うと嬉しくなる。絵を描く時間はないし、何でも描きたいなどとも思わないが、10年後にでも私なりの「時間」を描くことができればイイか・・・遠いな~(^^;)
Jan 7, 2007
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最近、なかなか絵を描くことができません。月に一度だけ絵画教室の仲間と2時間ほど描くだけ。落ち着いて絵を描くとしたら、あと10年くらい先かな~(^^) 「割れたペアグラス」 これは以前に作っていたブログで時々描いていた素描の一枚。 わずかな時間の中で、その日その時、一枚の絵の中に時間の経過や気持ちの動きを描こうとしていたもの。 ケント紙等の上に2H~5Bの鉛筆で描いたものをスキャンしPhotoshopで加筆して仕上げたもの。手描きなのかCGなのか?・・・自分でも良くわからないけど、こちら素描集
Jan 7, 2007
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雨の上がった午後。出かけた折、南向きの斜面にふきのとうを見つけた。 植物は雪が降ろうが晴れようが自然の摂理の中で息づいている。斜面には大小数十個のふきのとう。まだまだ固く閉じているので一番大きそうなのを探し携帯で数枚写す。携帯カメラなので接写でも綺麗に写らないのは仕様がないな~。暖冬だからということではなく、この南向きの斜面では毎年いち早く時節に芽吹いている草木を楽しむことができる。見上げると藪椿の花も咲いている。梅の蕾は・・・さすがにまだ大きくはなっていない。明日以降また冬型になるので、写真を撮った後に中が見えるように開いたふきのとうの葉?(がく?)を閉じておいた(^^
Jan 6, 2007
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2007年の初めに・・・手描き、手作り人間としてのブログを開始。先ずは今年の年賀状から。能登は北国とはいえ今年は全く雪がない。昨年は大雪で被害続出だったが、これは3月に輪島市三井地区を通りがかったときに出会った光景。何層にも積もった雪の木々の根元から融けていく様子が目に留まり、路肩に車を止め携帯で写真を何枚か撮ったものを参考にしてCG作品として完成させた。CGといえば写真を加工したものという印象をもたれることも多いが、私の場合はペンタブレットで手描きするから、「コンピュータによる手描き」だと説明する。・・・???説明としては、変かもしれない(^^;本来は絵に説明など必要ないような気がするけど「写真ですか?」と聞かれることが多いので、こちら拡大画像。手描き、手作りに関するブログのはずなのになのに、CGから始まった2007年です。良い一年になりますように。
Jan 5, 2007
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