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2月は逃げる!と言うらしい。1月は行く、3月は去る、なども聞いたことがある。4月は何だろう?何であれ日々の過ぎ行くのは早い。年齢を重ねるにつれ子供のころより時間の過ぎるのを早く感じるものらしい・・・理由も聞いたのだが覚えていない(^^;一昨日に出かけた折、黄色い塊が眼に入ったのだが、急いでいたので確認できなかったものがある。で、やっぱり菜の花だった・・・花の落ちた形跡もあって、この様子だと、ずいぶん前から咲いていたのだろう。今年の2月は記録することがいっぱいだった!ん~、そんなに急いで春にならなくてもいいような・・・もすこしゆっくりがいい。今度雪が降ったら「菜の花に雪」という写真を撮れるから~(^m^
Feb 28, 2007
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陸に上がった小船「立山ゃ見えっさけ明日は雨やぞいね」と、タバコ屋のオバさんが言った。「そやねぇ~」と言いながら地面に這うようにしてシャッターを押した。「また今度、もっと美しいがに見える日に撮らっしま」「そ~しょうかね」と笑って自販機でタバコを2個買った。船の舳先(ヘサキ)を沖合いに向けて、はるか立山連峰を目指すように置かれた小船。傷ついてその役目はとっくに終わっているのだろうけど・・・。西日を受けてピンクに染まる立山連峰に憧れているような、妙に色っぽい写真になったのが逆に痛々しいかも(^^;・・・実際は、これほどピンクは濃くなかったが(笑さて、「立山が見えた翌日の天気は?」タバコ屋のオバさんの言葉どおり、午後は雨が降ったから今日に関しては当たり!(^^
Feb 27, 2007
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晴れ渡った2月の午後・・・って、例年のこの時期には見られない光景(^^梅が咲きそろってきた。その上に月までくっきり出ている。何か良いことがありそうな・・・あまりの青空に写真を撮っていたら妻から電話があり、娘がインフルエンザになったから迎えに行ってほしいと・・・。う~ん、卒業式は3日のようだし、息子の入試も近いのだった(--;
Feb 26, 2007
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昨日は月に一度の絵画教室。前回描いていたアクリル画の続き。右上は完成イメージで下が前回の下描き。顔の角度を修正したつもりだったが、まだまだ直っていない。こうしてパソコン上で比較してみると違いが良くわかる。一枚の絵だけを見ていると良いのか悪いのかの判断が出来ないけれど、並べてみると次に進む方向が明確になる。パソコンで描けば1時間ほどので完成する絵も、実際に手描きすると苦戦するわ~(^^;PCでは顔の角度も大きさの微調整も簡単だが、リアルでは大幅描き直しになる。たとえ同じように見える絵になったとしても、パソコンで描くことの意味とリアルで手描きすることの意味を考えてみるのも面白い。
Feb 25, 2007
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写真を撮ることによって色々な出会いと発見があった。空の色や空気に反応し、霧や虹がかかるとカメラを持って出かけていた。夏の駅タブレットを渡す二人立山連峰奥能登の内浦地域では、気象条件が良いと富山湾を越えて海の上に立山連峰が見える。写真は穴水町古君駅付近。南向きで緩やかな地形の田園地帯を列車が走っていた。1985年7月11日午後2時21分。古君駅~鵜川駅間の盛土の崩落によって金沢発蛸島行きの急行「能登路5号」は全4車両が脱線、前の3両が水田に転落し7人が死亡、32人が怪我をした。けたたましく鳴り響くサイレンの音に飛び出して事故の現場に向かった。カメラを持ち出し転覆車両の写真を撮ったが負傷した人を写す気になれなくて、何もできずに、ただ現場の推移を見ていただけだったように覚えている。6月末から降り始めた雨は7月11日までの12日間で540ミリになっていた。1985年7月11日 1986年7月11日あれから20年以上の歳月が流れた。レールが撤去される日々。軌道の上に枕木が山積みされた光景が目に付く。もう2度と、この軌道の上を列車が走ることはない。人口が減り、鉄道がなくなり、学校がなくなり、更に過疎は進む。だが、それでも私たちは、この土地に暮らしている。1986年4月 正院駅
Feb 23, 2007
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緑の中を行く祭へ虹と紅い傘雪の無人駅終点終着駅は蛸島。桜が満開の頃、逆光がまぶしかった。写真を撮り始めたころ「能登線」の赤字や存続が問題視され始めていた。 良い写真が撮れたら「能登線の写真集でも出そうか」と写真仲間の先輩と話していた。そして、「動くギャラリーとして列車内で写真や絵の展示すればどうだろう?」と「のと鉄道」に打診したが実現しなかった。 昨年、私のCG「鉄路」から話が進み、現在の「のと鉄道七尾線」の列車内に「動くギャラリー」をすることになった。・・・だが、その後、妻の父親が亡くなり私は新たなCGを描くことができず辞退し、知人の企画による作品が車内展示された。「動くギャラリー」は実現したが、これも時の巡り会わせだろうか、と思わざるを得なかった。2006年5月、トンネルや橋などは板によって囲われていた。立入禁止そして、草に覆われた廃線の絵を描こうとしたとき・・・この鉄路の向こうに眠る記憶へと辿り着いてしまうのだった。
Feb 22, 2007
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能登に帰ってきたのは25年前。写真を見るとあの頃の記憶が甦ってくる。仕事をしながら能登に暮らすことに漠然とした気持ちの私にできることは、身の周りのことを記録しておくこと。その一つが能登線の写真だった。キリコ祭り菜の花5月の帰省川を渡る 通学路写真は1985年前後に撮影したもの。そうだった。高校の3年間を毎朝この能登線に乗って藤波駅まで通った。普通科高校と水産高校の2校があり、時には座ることも出来ないほど満員の状態だった。この駅で下車し高校までの道のり15分、2つの高校の生徒達は長蛇の列となり歩いていった。そして、母校は水産高校と統合されて無くなり、能登線、のと鉄道も無くなった。それが、この20年の歴史。能登の過疎化の歴史。能登線・のと鉄道能登線の歴史1959年6月15日 国鉄 能登線 穴水~鵜川間(22.9km)が開業 1960年4月17日 鵜川~宇出津間(9.9km)が開業1963年10月1日 宇出津~松波間(13.8km)が開業 1964年9月21日 松波~蛸島間(14.5km)が開業(全線開通)1985年7月11日 古君~鵜川間で豪雨のため盛土が崩壊、急行「能登路5号」の脱線転覆で7人死亡1988年3月25日 JR能登線廃止、のと鉄道能登線 『のと穴水~蛸島間(61.0km)開業 』2005年4月 1日 のと穴水~蛸島間(61.0km)廃止 2006年11月……線路の撤去作業が開始されており2007年8月まで続く予定画像の無断使用、転用を禁止します。
Feb 21, 2007
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古いアルバムの中から廃線となった能登線の記憶 写真は1985~86年霧の駅 駅の夜汽車を待つ 秋の陽写真の無断使用を禁じます。
Feb 20, 2007
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この季節になると毎年のように水仙の花を描いている気がする。毎年描いていても何枚描いても納得できない気がする。28歳?の頃のスケッチ35歳?くらいのとき墨でスケッチしたもの近年のデッサン水仙に限ったことではなく、どの花を描こうと、風景を描こうと、人物を描こうと、色を変えたり、表現方法を変えたりして模索する。しかし、そういった表面的なことではなく、その対象物に何かを感じたからとか、新たな発見を得たとか、深く掘り下げたとか、自分の中で今までとは違った感覚を表現することができれば良いのだが・・・ソレが難しい!・・・できるなら、とっくにやっている(^^;
Feb 19, 2007
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仕事をしている横で娘がパソコンをしていた。何げなく『神田川』を口ずさんでいたら、娘が聞いてきた。「それ、小梅太夫の新作?」・・・(--;暖かい日曜日の午後のことだった。あまりにも雪が降らないので『雪の描くライン』の写真を並べてみた。
Feb 18, 2007
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染めは水のアート(3)染めの失敗の話ならば書き尽くせない程ある(笑家庭の台所で染めていると気付かないうちに「布に錆が付いている」「ミカンの汁が飛んでいる」「油やたんぱく質も染めた後でシミとして出てくる」などなど布を汚すこともあれば、染め液に別のものが混ざってしまうこともあるし、染め液自体が変質する場合もある。水の中の成分は目では見えない。見えても実態を解明できない。実態が分かってもその影響がわからない。やってみて、はじめて失敗が分かる(--;そして、失敗の数だけ水の中の世界に疑問が湧いてくる。学校の給食センターで大量のタマネギの皮が出るのを頂いて煮出す。我が家で栽培したタマネギを煮出した液と学校給食で使ったタマネギの液、同じタマネギの色なのに染まる色が違う。我が家のタマネギはアルカリ土壌で栽培されており煮出した液はアルカリ性で、学校給食のタマネギの液は酸性だ。栽培する土壌の成分が影響していた。染める液も、洗う水も染め色に影響する。タマネギの染めは染め液自体も弱酸性で、洗う水も弱酸性の水を使ったほうが鮮やかな黄色に染まるのだった。この理由が分かるまでは「疑問」であり「摩訶不思議な世界」でしかなかった。タマネギ染め。上は布を折りたたみ割り箸で締めて染めている。右は鉄媒染を行っている。ハンカチは左からアルミ媒染2枚、銅媒染1枚、鉄媒染2枚。布を同じように折り、同じように割り箸を当てて絞り、同じ液を使って染めても染め上がりは変わってくる。板の当て具合、布の折りたたみ方、締まり具合だといえばそれまでだが(^^工業試験場ならば専門的な分析もできようが、一般人が家庭で分かることは限られている。「あの水は染まる」「あの水を使ってはいけない」「あの水と、この水では、こういう違いがある」経験と勘で染めた時代、科学が発達していなかった時代には、自然界の不可思議なことは脅威でもあり、水の中に魔物でも棲んでいて祟りや天罰でもあったようだが、理由が解明されると自然への畏敬の念が薄れてくるようだ。「なぁんだ」と。だが、それでも草木染に失敗はつき物だ。自然のこと、染めのこと、分かったつもりになっていると、また失敗に陥る。傲慢になるな、自然を侮るな、そう言われているような気がする。失敗のたびに「自然をナメルんじゃないよ!」と自然が私のことを嘲笑っているのかもしれない(笑もしかすると、単に私に疑問解明の能力が足りないだけかもしれないのだが(--;そして、もうひとつの失敗の理由は分かっている。強引に行ったとき、考えが足りないとき、手抜きをしたとき・・・原因はこの3つだから(^^;水の中に魔物が棲んでいるのと同じくらい、私の中にも魔物が棲んでいるような気がするのだった。
Feb 17, 2007
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珍しく天気予報が当たって雪が降った。でも地面に薄っすらとシャーベットを敷き詰めた程度。この冬2度目で、今年に入って初めて雪道を走った(^^2日前に咲いた梅の花にも雪。いかにも寒そう。正月からこちら「福梅」→「初梅」→「雪梅」・・・と、勝手に名づけてみた(笑だが、梅の花に雪が積もるのは、そう珍しいことではない。こちら、いつだったか忘れたけど、たぶん15年以上前。4月の中旬だったことだけは確かな記憶。写真の記録は正確だけど、リバーサルでもやっぱり劣化している感じがする。ポジのスキャナ取り込みではムリか!(--;今夜は寒い!マウスを持つ指がかじかむ!久しぶりの感触。う~~久しぶりの冬~~~(笑
Feb 15, 2007
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ハナママさんからバトンいただきました。こういうの初めて書きます(^^1 血液型は O型。2 無人島に持って行くもの3つ 筆 紙 パソコン(電源のある無人島であることを祈る^^;)3 好きな色 全部好きだけど、特にグリーン。4 好きではない色 ・・・ないです。5 100万円当たったら 温泉でリラックス・・・設問は「一億円当たったら」にして欲しい! →答え「温泉を掘って露天風呂を作る」6 家族、友人以外でないと困るもの 時間とコーヒー・・・それにタバコ(--;7 チャームポイント オヤジにはチャームポイントはないです(爆8 好きなタイプ 嘘を言わない人ならば、どんなタイプもOK(^^9 挑戦してみたい仕事 空間デザイナー。10 これからの人生とブログ生活 あと10年は仕事。 その後、生きていれば美の価値観を変える作品を創作する予定(笑 ブログは細く長く続けたいものです。どなたに渡そうかと思いましたが、私の知っているブログ仲間の一番若い方(たぶん)kamoppieさん、もし可能ならアンケートつないでくださいね(^^
Feb 15, 2007
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染めは水のアート(その2)それはまだ私が草木染を始めて経験の浅い頃のこと、中学校から講習の依頼が来た。与えられた時間は2時間。あらかじめタマネギやソヨゴ、ヤシャブシなどを炊き出してアルミ媒染、銅媒染、鉄媒染の見本を作って出かけた。2クラス70名ほどの生徒をグループ分けして好みの色を染めてもらう段取りだった。割り箸と輪ゴムと綿糸で木綿ハンカチに絞りを施す。見本を見て各自自由に絞ってもらう。染めは20分、布を上下する生徒以外は手持ち無沙汰な時間だ。「人は裸の時代からやがて木や草の繊維を体に巻きつけ、時代を追うごとに衣の繊維は細くなり、泥水で染めたりして色をつけ、だんだん模様が発達し衣服を楽しみ生活を楽しむようになったんだよ。人々の工夫の上に今の私達の暮らしがある・・・」などと講釈をたれて退屈させないように。時には作業をしない生意気な生徒の横で「お、暇そうな君には前へ出て次のことをしてもらおうか」(笑)等とわいわいやっていた。染め始めて5分?・・・10分・・・???ソヨゴとヤシャブシの染めが良くない。変だ。染まりつきが悪い。15分、おかしい。染まらない!何故?染料が異常ないか?腐っていないか?少し早めだが媒染をかけよう。急いで媒染剤を用意し発色を確かめる。・・ダメだ色が出ない。どうしょう?「今日は都合が悪くて染まりませんでした」って、そんな説明はできない。なんとしても染めるしかない。染と媒染を2回繰り返し2時間で講習を終えるスケジュール。余分な時間はない。原因は何?分からない。時間がない。決断のときが迫る。もはや行儀の悪い生徒も相手にしていられない。時間を見ながら染3回、媒染を3回、いつもより染料をタップリ加え媒染剤も濃くした。持ってきた余分な染料の全てを使い果たし、少し薄めだが染め上げた。結局、休み時間に少し食い込んだが、最後は強引に話をまとめ、なんとか授業を終えた。片付けながら布の状態、媒染剤の状態、染料のpH状態、水のpH状態・・・え?この学校の水道水、pH5の前半?・・・酸性水!!!!くっそう原因はこれだ!カルキと塩素の入った水が屋上のタンクに貯められている。酸性分が濃縮されている?お婆ちゃんたちと一緒に染めている公民館の教室の水は、それほどでもなかったから染まるのが当たりまえと思っていたことが落とし穴になった。草木染は絹や羊毛の動物性繊維にはよく染まるが、木綿や麻には染まりにくい。井戸水や地下水、湧き水は場所にもよるがpH8程度かそれ以上で、これも比較的染まりやすい。講習会は綿のハンカチで酸性の水を使う・・・条件は最悪だった。自然のものを使って昔と同じようなことをしようと思っても、今の時代は環境自体が変わっている。一見キレイで透明だが、その水の成分は分からない。染まる水、染まらない水があろうとは思ってもいなかった頃の失敗談。それ以降、講習会があると初めに水のpHを確認するようになった(^^;
Feb 14, 2007
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初梅・・・?こういう日本語はあったのかな?と考えていたのだが、お菓子にあったような気がして、「あぁ、それは福梅だ!」と一人でボケ、ツッコミをした午後は春の陽気(^^;そろそろ蕾が膨らんで、今か今かと待っていた今年初めての梅の花が開いた。たった一輪だけ。しかも、ものすごく写真に撮りにくい場所で、一輪というのは絵にならないもんだ。特に梅の花に思い入れする理由はないのだが、梅の花が咲くと春が来たようで嬉しい。寒かった去年は3月の下旬に咲いて、桜と一緒に花を見たような気がする。家の周りの水仙の花や藪椿は、とっくに咲いているのだが、申し訳ないが梅の花ほど嬉しい気持ちが沸いてこないのは何故だろうか?花には花にまつわるイメージがあるような気がする。梅には天神様の学業成就の願いや春への祈りなどの思いを込めるのかもしれない。桜は入学式や卒業の歌に使われ(過ぎ)るし、大和魂の潔さに結び付けられてしまうイメージもある。水仙は、ものすごく地味に春を待つ気分だし、藪椿は一年中咲いているような気がして注目度が薄く、雪が積もったときに思い出す・・・あぁ、ちょっと花には申し訳ないような、あくまでも私の個人的感想(^^;15日には雪が降るという天気予報。藪椿は雪が降ったら写真を撮ってあげるからね~(笑
Feb 13, 2007
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アノニマスアート「誰のものでもない皆んなのもの」京都で染の仕事を10年間学び田舎に帰って20数年の歳月が過ぎた。身の周りにある植物を染めてデータを取り始めて15年以上になり、地区のおばあちゃん達と1998年4月に草木染教室を始めて今年で9年になる。「お婆ちゃんたちの草木染」「草木染教室受講生作品集1998~」ある時「お金出すさけ、教えてくだっしま」というお婆ちゃん達の言葉で、この教室は始まった。自分たちで「お金を出してでも、やりたい」という言葉が気に入って、私も「無料でいいし、1ヶ月に1回か2回やるぞいね」と言ってタマネギ染めの簡単な教室を始めた。「センセ、もっと違ご色も染めたいがね~」と言うので、簡単に染まるインド藍で割り箸の板締め絞りを教えた。何気なく「食べ物に使とる木やったら木のアク出んぞいね」と言ったらアイスクリームの木のスプーンやキャンディの板や蒲鉾の板で締めてきた。少しナイフで削ったらおもしろい形の折り込み絞りができた。「センセ、こんなが、どうやいね」と鹿子の絞りを縫ってきた。「ほんなら、図案かくさけ、これ縫うてらっしま」と言ったら、花びらの絞りをたくさん縫って持ってきた。私はローケツと友禅が専門で、実のところ絞りはあまり知らなかった。手持ちの本をひっくり返したが分からないことが一杯で、図書館へ行ったり新たに専門書を買い求めた。おかげで知らない技法や染めの理論がよく分かってきた。教室を始めて2年目頃のハンカチ「ハンカチばっかり飽きたさかい、ノレンでも作りたいぞね」と言うので図案を描いたら、「やり方、教えて下いまね」と、電話がかかってきた。私も面白くなって、いつの間にか絞りに熱中し始めた。一人が大きなノレンを染めたら他の5人にも図案が必要になった。できあがったら嬉しくて、また電話がかかってきたので、また別の図案を描いた。作品が増えたので、その冬に町の料理旅館のギャラリーで展覧会をした。お客さんに呼ばれて20cmの新雪の山を越え、車で30分かけて説明に出かけた。「梅の木剪定したが染まらんがぁ?」本で調べて染めてみた。「ビワ染まらんがけ?ピラカンサの実はダメかいね?」試し染めをして確認した。「まだ染まるが無いけ?」おかげで、いつの間にか試し染めをした草木は200種類を優に越えた。作品が増えたので皆んなで金沢のギャラりーで草木染展を開いた。噂を聞いて他の市町村から見学に来るようになり、テレビやラジオの取材も受けた。やがて県の「緑化フェアー」や「加賀博」などから打診が来て出展するようになった。いつの間にかお婆ちゃん達は他の人に教えられるまでになった。旅行に行くと、必ず草木染を見てくるようになった。帰って来ると「雑な売り物しかなかったぞね」と言うようになった(笑)売り物はお金が絡むから、あまり手を入れられない。お婆ちゃん達は時間をかけて丁寧な仕事をする。売ることが目的ではないから時間をかけられる。失敗すると何度でも作りなおしをする。おばあちゃん達の草木染はコツコツと時間をかけて絞り上げ、1色2時間かけて染め上げる事を何度も繰り返す。気の遠くなるような作業の積み重ねの作品の数々だ。そんな草木染教室のおばあちゃん達が「一緒な植物の液を使うても家ごとに違うモンやねぇ」と言う。教室で一緒に染めると同じ色になるが、家の水にも色々あって、水に含まれる鉄分などの含有量が違うので同じ植物によっても染の発色が変わってくる。「あんたの家の水てが、よぉ~染まるぎねぇ~」「なんと、不思議なもんやね~」と言う(^^泥大島はテーチギ(テカチ木、シャリンバイ、ハマモッコク)の抽出液で染めた糸を泥の中に通すことによって、泥に含まれる鉄分で発色させる。上村六郎氏は「日本染色辞典:東京堂出版」の「重炭酸鉄」の項目に、泥染めは八丈島の黒染め、大島紬、久米島紬の黒染めに天然産の重炭酸鉄を利用している。テーチギに含まれるタンニン剤を薬として煎じるのに鉄の容器を使ったことから来ている。泥水、井戸水を発見することが必要である(要約)と記している。土地と人々の経験と長い時間の中で、より発色の良い水を探し、工夫を重ねて染め続けてきたのが泥染めの歴史。家によって違うのも産地によって少し色合いが違うのも色素と反応する金属イオンの成分の違いだから、その土地の特色が出てその土地ならではの染め色になる。泥染めは20回以上も染と泥の中に浸される。草木染の手間を惜しんで良い色は染まらないし、染めた色は長持ちしない。教室のお婆ちゃんたちは気が長く、色を重ねて10工程も20工程も手間をかけたて作品を染め、惜しげもなく孫や知り合いにプレゼントしている。この欲の無さ、おばあちゃん達の草木染は、それで良いのかもしれないと思う。かっこよく「染は水のアート」と言う。そして、かっこよく「アノニマスアート」と言う。 雨は誰にでも降り注ぐし、川や池、湧き水は誰でもが使ってよいだろうし野山の雑草や雑木は誰が使っても文句は出ない。図案も皆んなで使い、わいわい楽しくやっている。自然が誰のものでもないように、自然から得られたものは誰のものでもない皆んなの作品だ。でも、やっぱり水の違いと取り組み方の違いで染め上りが違うのが現実。皆んな少しずつ違うのがアートらしくて良いようだ(^^ 2007/02/13 草木染のハンカチ写真を追加
Feb 12, 2007
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休日、所在ない息子が家の中をウロウロする。退屈そうにパソコンを覗き込むので描いている絵の感想を聞いてみた。「これ、どうや?」「・・・貧乏臭い」「・・・へっ?」「わざとらしい」「・・・ん?」「お父さんの絵は上手く見せようとしているから好きじゃない」そう言って立ち去った。オイオイ・・・(--;)昨夜だったか、バラエティに『手描きの文字で性格を見抜くコーナー(?)』があった。「みえっぱり」「内気」など文字で性格を見抜くのが好きな人がいる。そういう統計もあるらしい。手で描いたり作ったものには性格や心理状態が読み取れる場合はある。落ち着いて取り組んだ作品と慌てて作った物では明らかに違うし、料理や手工芸には作り手の性格も現れそうだ。私は仕事がら絵や文字を描くから、そういう印象を利用することがある。絵には「喜び」「明るい雰囲気」「楽しさ」「寒さ」「暖かさ」「勇ましさ」など、依頼者の好みや望みそうな要素を盛り込んでいくし、意図しなくても結果的にそうなるものも多い。確かに見方によっては「わざとらしい」(^^;写真・左端は販売用シールや名刺などに使っている文字。2番目(ボールペン)は郵便の宛名や提出書類等「人の目を気にして」書いた文字、3番目(サインペン)は普段書いているタッチ。4番目はメモなど。当然、急いでいる時はもっと乱暴になるし現実にはこういう文字を書いていることが最も多い(^^;)右端は「一人(染文字)」シールの文字は、いかにも筆で描いたように見せてある(笑実際は筆ペンで書いた文字を、パソコンに取り込み、大小、太細、カスレなどメリハリをつけ修正してある。たぶん、このくらいならば「文字にうるさい人」も納得するだろうという読みで(^^;)営業用の文字として、絵に近い看板のロゴのようなものとして使っている。「人の目や気持ちを判断して」話したり商品を作るのは営業活動としては当然で、大人には身についている。最近は身についていない大人も多いらしいが(^^;子供に「わざとらしい」「貧乏臭い」と映るのは、お客さんに媚びたりペコペコしている印象に近いのかもしれない。写真一番右の「一人」(隷書)はケレン味を捨てて、な~んにも気にしないで、な~んにも飾らない気分でローで書いたものだけど(染め上がりは意識していたが)、見た人は殆ど無反応で誰も買ってくれない(笑)こういう作品ばかり作っていると本当にもっと貧乏になる(>_
Feb 11, 2007
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草木染の話を書いているが、どうも何かが変だと思ったら最も基本的な部分を端折っていた(^^; 基本は植物の葉や幹、根、実などを煮出して染液にする。染める方法には(1)浸し初め(2)引き染めがあり、染めた繊維をアルミや銅、鉄などの金属イオンと結合させ発色させる。 ◆染液を作る◆ 花びらや葉など、厚みのない部分を煮出して染液を作るには、 植物の分量を超える水の量をいれ20分沸騰させて布漉しをし、もう一度水を入れ20分煮出し2回の液を混合して染液とする。 今日は、たまたまピラカンサの葉を煮出していた。写真左は煮出し。アクが赤みになっている。もちろん、取り除く。右は煮出した2回分の液を混ぜたもの。液は朱色っぽい。家庭ではタマネギの皮が手に入りやすく染めやすい。染液はピラカンサと同じで2回煮出した液を混合して使う。 ◆浸し染の工程◆タマネギ タマネギの染めはアルミ媒染で黄色、銅媒染で茶色、鉄媒染でカーキー色ハンカチ1枚ならば約500ccの液があれば良い。1色を染めるのに 「植物液(80℃以上で20分)→水洗い→媒染(20分)→水洗い→植物液(80℃以上で20分)→水洗い→媒染(20分)→水洗い 」これで約2時間が必要。もっと詳しくは こちら参考 ◆ピラカンサも同じ工程で染めるが、煮出した次の日に染めるほうが発色が良い。 アルミ媒染で渋みのピンク、銅媒染でレンガ色、鉄媒染で赤みのグレー。 植物を煮出した液は透明感があってキレイだ。コップに入れておくとジュースのように見える。漢方薬として使われるものもあるが、効能は整腸剤、利尿剤などが多い・・・つまり飲むと下痢をするものが多い(^^;
Feb 10, 2007
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今日はタペストリーの「蒸し」染色後の「蒸し」は、染めた布同士が直接接触しないように(写真左)布の間に「不織布(ふしょくふ)」を入れて包み込み80℃以上で20分間蒸す。写真右は市販の「簡易蒸し器」で蒸しているところ。布を入れる中央の円筒状の部分は2重構造になっており、一番下の鍋で沸かした蒸気が筒全体に回るようになっている。不織布は園芸用に市販されているものを使用。染め色は蒸し上がると発色する。このタペストリーの黒い色も実際には赤紫味に発色している。赤、紫など色によっては想像を絶する発色をする場合もあり、試作のときの判断ミスを嘆くこともある。このあと「湯通し」。お湯の中で染作業によって伸び縮みした布の幅を整える。そして「水元(みずもと)」で染料に含まれた糊や不純物を洗い流すことによって、さらに色は冴える。染色は「水の美・水のアート」とも呼ばれ布を水にくぐらせる度に美しく変わっていく。水の世界は不思議だが、・・・けっして「水」に「お」をつけないように(^^
Feb 8, 2007
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「脱ロー」着物など染作業の為に布の上に置いた(描いた)ローを落とすには、京都などの染色整理の専門業者やクリーニング業者に依頼する。私は小さな作品等自分で扱える大きさのものは家庭でローを落としている。◆「脱ロー」◆新聞紙にローのついた布を挟んでアイロンがけ(下の写真左)新聞のインクが布に転移する場合もあるので、布を和紙など無地の紙で挟む場合もある。この段階では新聞紙にローが溶けた分だけ落ちる。布からは完全に落ちていない。ローを完全に落とすためにはパークレンなど有機溶剤(不燃性キハツともいう)を加熱して「脱ロー」する(下の写真右)鍋を2つ用意して1番目の有機溶剤で全体のローを落とし、手前の2鍋目に新たな溶剤を入れてローを落としきる。友禅の場合は米糊で糸目を置いて模様をつけるが、広い面積の色を染める場合には「伏せ糊」を用いて「堰出し」を行う。染めた後に模様を加える場合、下の地色を蒸して染を定着させないと色が変色してしまう。(染料は水溶性、米糊も水溶性)特に草木染の場合は「糊」の中に入れてあるナトリウム分などと草木染の色素が化学反応を起こし、糊を置いた地色部分の色が変わりやすい。ローの場合は油性なので蒸しをかけないでも染重ねの技法を用いることができる。作業後、乾燥してキハツ成分はなくなるが・・・非常に臭い!ゼッタイに体に毒だ!環境にも悪いと思う。・・・だったら使うな!と言われれば仕事になりませぬ(--;換気扇で空気を抜いたアトリエは外と同じ状態だった・・・今日は暖かい一日だったが、やっぱり寒い!ちなみにキハツした成分は比重が重いので床に下りてくるから換気扇の効果は疑問・・・(^^;
Feb 7, 2007
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依頼されていた絵本のイラストと構成ができた。「いつでも良いから」という言葉に甘えてイラストの完成が延びていたが、ようやく3年越しの実現になりそうだ。写真は原稿をパソコン、レイアウトソフトで組み込みA4サイズでプリントアウトして、屏風だたみの裏面をセロテープで貼った状態。奥のほうを閉じると一冊の本になる。この絵本は土地に伝わる物語。依頼者のMさん、ようやくできます!・・・遅くなったのは、み~んな私が悪いんですm(__)mこの後、データを渡した印刷所で版を起こし文章校正と色校正、3月には出版の予定。Mさんは子供たちに読み聞かせなどして、土地の物語を伝え続けたいのだということです。高校生のころ手作りの機関誌や文芸誌のようなものを作った。放課後集まって皆でワイワイ楽しかったが、50冊や100冊作る程度でも手間は大変だった。今は手作り絵本のセットも市販されているし、家でこうしてカラー絵本もできる・・・良い時代です(^^土地学、郷土学という言葉もあるが、土地の歴史や伝統、風習、民話や方言を見直すことも多くなってきた。その背景には地域づくり、まちづくりの為という場合もあるけど、その土地に暮らしていることを豊かに楽しむこともありそうだ。いづれにしても、まず自分たちの身の周りにある物事を知るということからですね。土地の人が地元のこと知らないということもある。ん、私も知っているフリをしているが、ホントは、よく知らないことがイッパーーーイ!(^^;
Feb 6, 2007
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染色の模様の技法には、友禅染や絞り染め、ローケツ染め、型染めが代表的ですが、プリントや素描き、ステンシルも染色技法に入ります。私は主にローケツ染めや素描きを行いますが、草木染の場合はローケツ染めや絞り、型染めの技法が多く用いられます。今製作中のタペストリーはローケツ染め。模様の中の新たに染める部分以外のところをローで伏せます。ローで伏せた部分は染まりませんから今の生地の色で残ります。この技法を「堰(せ)きだし」と言います。ローで伏せた部分に色が入り込まないように堰き止めるという意味です。左の写真、ベージュ味を帯び光っているのがローを置いた部分です。固形のロー(石油から作ったパラフィンとワックス)を熱で溶かし液体状のときに筆で描いていきます。右側、濃い色の部分が染め終わったところです。また乾燥させてしばらく放置しておきます。草木染は手間がかかります。染めてから放置しておく時間が長いのです。ただし、布全体を水平にして光や熱の当たらない所に置いておかないと乾燥ムラが出たり変色したりします。とても気難しい子供を世話するような気分です(^^;
Feb 5, 2007
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「時間」描く素材は何でも良かった。花、人、風景、一枚の画面の中に「時間」の経過による「物語」を埋め込むことができれば、それでよかった。「花びらの落ちるとき」着物という仕事柄、花を描くことが多いから、修行の頃も(今でも)花のスケッチが一番多かった。花を分解し、その花びらの基本形を描き、メシベとオシベを数え、葉の付き方を互生、双生、輪生と幾多のメモを書き込みしたスケッチは、職場の仲間から「あ、また植物図鑑を描いている」と笑われた。ソヨゴ・部分(ケント紙にアクリル)模様の世界では、リアル過ぎると気持ち悪い場合もあるので単純化し、その花に見えるように図案化し、観る人の意識と共有できる範囲にまとめることが多い。が、それでも描き手の観察して得たものは表面化する。椿と山茶花は違うし牡丹と芍薬も、あくまでも違う花として描き分ける。季節ごとの花を描き、花が終われば家の周りの落ち葉をスケッチし、組み合わせた絵を何枚も描いていた30代の頃。「還土」紬地の名古屋帯の「太鼓」に染めたものをパソコンに取りみCGとして再加工。この帯は2~30本の追加があったので、今頃、どこかのお宅の箪笥に眠っているかもしれない(^^最初に染めたのは20年ほど前のこと。描いたときは花も葉も土に還るという考えはあったが、「時間」を描こうとは思っていなかった。むしろ落葉を素材にして「風」や「音」を意識していた記憶がある。その後、葉を素材にしたものを何枚も描いているけれど、この時ほどの印象は強くない。今思えば、あの頃から私の内面の根底にあるものは変わらないのかもしれない。20年の時間を越えても私の絵を描く意識の中で大きな意味を持つ一枚になっている。一枚の絵の中に時間を描こうとしている私の中で、一枚の絵が20年という時間を超えて繋がっているようだ。仕事に追われ時間に追われる日々ではある。自由に絵を描けるのは、きっと老後(笑20年後も生きていたら(私も土に還っているかもしれないが)通算の長い長~い「時間」を総括したいもんだわ(^^
Feb 4, 2007
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「化粧の匂い」若い頃、京都にいて会社の仲間と足繁く美術館へ通った。大正ロマンなどが盛り上がっていた頃、甲斐庄楠音(かいのしょうただおと)の作品に足が止まった。甲斐庄楠音研究室絵には大正デカダンスの不気味さと妖しさがあった。友達は「趣味が悪い」と嫌がった。確かに飾って楽しい雰囲気ではないし決して美しいといえる絵ではなかったが、私はその毒々しいともいえる空気の中に魅かれていった。妖艶な女性像から「化粧の匂い」「体臭」までもが感じられた。絵を学ぶ過程では、たいがいの人が女性像を描く。ヌードデッサンやクロッキー教室に通うパターンも多い。私もやっぱり女性像を描いた(笑そして、パソコンでもやっぱり描いた(^^いや、図案を描くため色々な表現技法を学ぶのには、女性像はうってつけなのだと説明する(爆)が、説明すればするほど墓穴を掘りそうだ(^^CG初期(2001年ごろ)に描いた女性像「化粧」昨年(2006年7月)CG展を開いた折りに見に来てくれた女性が言った。「あっ、いやらしい絵」「・・・」「妄想を掻き立てるわ」・・・あのね~(--;)ここは一言、きり返すしかない。「それは見ている貴方に妄想があるんじゃない?」「あはは、絵は妄想を掻き立てるくらいが良いのよ」・・・私が口で勝てる相手ではない(^^;)この絵が「出かける時の化粧」か「帰る時の化粧」かの話題になる。すると、必ず「帰る時」という答えになる・・・(なんのこっちゃ(笑))私は単に化粧する姿を描いただけ(嘘)だったのに、「物語」が勝手に作られていく。「待つ女」 「帰る」 たぶんタイトルが問題だ・・・どうしても意図的に妄想を引き起こそうとしているとしか思えない(笑)だが、女性像を描くにつけ、つくづく思うのだった。化粧をする「姿」は描くことができるけど、今のところ化粧の「匂い」は描けそうもない。・・・。やっぱり「化粧の匂いがする絵」を描くには、私の「修行」が足りなかったんだと思う・・・。
Feb 3, 2007
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「雪の日」普通の具象は一枚の絵に一画面しか描かない。動画じゃないから時間と空間を切り取って一枚の平面の中に何かを表現しようとする。出来上がった絵に、見る人は色々とイメージを膨らませてくれる場合もある。絵を描くうちに「目に見えないもの」を描きたいと思うようになってきた。そのきっかけになったのがこの「雪の日」数年前のこと。この絵を見た人の感想が、私が思っていた以上の物語だったので嬉しくなった。あぁ、そういう絵もあるんだ、と思った。何か分からないけど描きたいから描く。一生懸命描いたら何か分からない魅力が生まれる場合もある。しかし偶然だ。だが、それを意識して描けば・・・1枚の絵の中に時間を描けないだろうか、と。その時間の中に「聞こえないはずの言葉」は描けないだろうか。「見えないはずの物語」は描けないだろうか・・・たぶんタイトルは重要だと。「割れたペアグラス」という作為的なタイトルも付けてみた(^^;)・・・きっと何かを感じさせるはずだ(笑「夏の日の少年」「あぁ、うちの子も同じだわ」という感想が聞こえた。小年生のときの息子、夏の日の午後の記憶が甦る。画面に描いてある一瞬だけでなく、その前後の時間の行動も同じだった。「うんうん、そうそう」と笑い合った。毎日仕事で絵や模様を描いているが、いつでも好きな内容を自由に描けるわけではないから、描くときには一枚の絵の中に「目に見えるもの以外」の「物語」を描きたいと思う。「時間」や「音」や「声」「水や湿気」「乾いた空気」「温度」「香りや臭い」そんな触覚を刺激できたらいい、と思いながら一枚の絵の中に試行錯誤を繰り返す。
Feb 2, 2007
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2月。暖かい冬、一転して雪の日。屋根も 道路も 畑も 草も 薄化粧。今朝、妻が「金沢行くから車貸して」と。山は雪道になりそうだから私の4WDで出かけると言った。「あぁ・・」と言う。妻は『ファブリーズ』を持って車庫へ行った。・・・。「車貸して」 雪の朝 妻の手に ファブリーズ・・・字あまり(--;)雪が降ると、やっぱり、とても寒い。
Feb 1, 2007
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