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大沢真幸「正義を考える」(NHK新書) 最初にお断りすると、この投稿原稿は、ほぼ十年前のことですが、当時、高校の教員をしていたぼく自身が学年の担任団から外れて、図書館の係をするようになった頃、授業を受け持っていた高校三年生に対して書かれたものです。 何だか老人の繰り言になっていますが、図書館の館長という役目には、少し興奮していました。お読みいただければ幸いです。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 2012年5月。この「読書案内」を読んでくれるであろう高校3年生が、新しい3年生になりました。1年生のときから3年間付き合った、3月までの3年生が出て行ってしまって、ぼくはぽっかり空いてしまった穴ぼこのようなココロと1ヶ月ほど向き合っていました。 4月になって、新しい3年生と出会っても、なんというか、申し訳ないことに、ピンと来ませんでした。3年間付き合った生徒さんたちの卒業を送って、いきなり、もう一度3年生の授業に出かけるのも久しぶりの経験だったからかもしれません。 もちろん、仕事なのですから、格別困ることがあるわけではありません。学校の中のポジションも変わりました。春休みの間から図書館の司書室でラベルを張ったり、棚の整理をして過ごしているのですが、こっちは30年間の教員生活であこがれ続けてきた仕事なのですから、何の文句もありません。 文字通り、あらゆる棚や、そこに並んでいる本がホコリまみれなのが哀しいのですが、公立高校としては、かなりな蔵書を相手にする仕事は教員生活最後の仕事としては、悪くないと思っています。なにせ、ぼくは、本が好きです。 何はともあれ、つまらぬ感傷に浸っていないで、元気を出して、もう一回やってみようという訳で、「読書案内」です。 新しい読者諸君に、この「読書案内」というペーパーについて一言いって置きたいと思います。 ここ数年間、ぼくは授業で出会う生徒諸君にこの案内を配布しています。できることなら、ゴミにしないで読んでほしいのですが、まあ、もしもこんなものはゴミだと思っても、教室ではなく、家に持って帰って捨てていただけないでしょうか。名前は週刊と威張っていますが、経験上、年間に15号程度がやっとのようですから、そんなに迷惑はかけないと思います。なんとか通算150号にたどり着きたいというのが目下のところの目標というところなので、一年間おつきあい願いたいと思います。 ところで、PCを新しくしたせいで写真の貼り付けが思うようにいきません。ここに貼った大澤真幸「『正義』を考える」(NHK出版新書)の写真も、どうも変なのですが、まあ、そのうちやり方もわかってくるでしょうから、今回はこれで勘弁してください。 さて、大澤真幸です。国語の現代文の教材で「責任と赦し」というエッセイがありますね。あの、大澤先生です。 社会学という学問領域で一般向けの本を書いている人というのは、結構多いのですが、その中で、今、最も面白いと、ボクが思っている人がこの人です。京都大学で教えていたはずなんですが、調べてみると大学の先生をやめてしまっていました。だから今はフリーランサーというわけでしょうか。 今回の本は腰巻に著者の写真がついていたのですが、これがどうも通販のやらせのオッチャンのような写真で、内容とそぐわないですね。いやいや、逆にそぐうのかもしれませんが、何せ「正義とは何か」なんてことを講義しているわけですからね。 諸君が高校1年の時だったでしょうか、作家の高橋源一郎、この人もぼくの中では評価が高いのですが、まあ、その高橋源一郎さんがやってきて、なんかインチキ臭かったのですが、話をしたことがあったことを覚えているでしょうか。 諸君を相手の冗談のようなおしゃべりだったのですが、あそこで彼がしゃべっていたことは要するに現代社会に正義は可能か!? ということだったと思いますが、忘れてしまったでしょうか。 あの時、高橋源一郎さんは「最大多数の最大幸福」ということが、現代社会の一つの指標となっていることを前提にして話を進めながら、多くの人が幸福になるときに犠牲になる少数の人がいる場合、あなたならどうすると畳掛けてきましたね。 例えば、今、暴走する電車が走っていてポイント(転轍機)を右に切れば工事をしている5人の作業員が死に、左に切れば1人で働いている作業員が死ぬだけだ、さあ、どうしますか? と、まあこういう風に倫理の問題を語っていたと思いますが、あの時語られた問題は、生易しい問題ではないですね。 最近、本屋さんの平台に山積みになっているマイケル・サンデルというハーバードの先生の「これからの正義の話をしよう」(ハヤカワ文庫)という本があります。気付いているでしょうか?高橋君のおしゃべりも、大澤先生のこの本も、サンデルさんが、その本で火をつけた「正義」の問題に対して答えようとしているところが共通していて、答えがないところもまた共通しているのです。「なんだ答えはないのか!」 と、思うかもしれませんね。サンデルさんの本の原題は「JUSTICE」ですから本人は自信たっぷりなのですが、日本で出版するときには「これからの」をつけたところがミソですね。 実は「正義」ということは相対的な問題 なんですね。では、相対的とはどういう問題をはらんでいるのでしょう。 それは、例えば中国の聖人孟子なら「仁義あるのみ」と、一言で言い切った問題が、時代や社会によっては、特に現代社会においては、そうとも言えないということなのですね。 大澤真幸はこの本で、マイケル・サンデルの議論を最初に軽く紹介し、そこから角田光代「八日目の蝉」(中公文庫)を、落語でいえば枕、読み手に対する「つかみ」として語り始め、アリストテレス、カント、マルクスと、まあ、そうそうたるメンバーによる「正義論」の歴史を辿りなおしながら、答えのない問題に挑んでいます。歴史的に変化するのです正義は。そこが相対的という所以の一つですね。 この本の面白さは、倫理的判断の固有性(ぼくはこう思うというところ)から、いかに普遍性(みんなこう思うべき)へジャンプできるかどうかを試しているところだとぼくは思いますが、諸君はどう読むでしょうね。 教科書の「責任と赦し」でも見せていた、大澤先生のスリリングな語り口がぼくは好きなのですが、皆さんはどう感じるでしょう。 「責任と赦し」は「正義論」を展開するための「入門」のお話のようなところもあります。しかし、両方ともにすっきりこれが正しいという答えがあるわけではないところがだ重要だということに気付いてほしいと思いますね。乞う、ご一読。(S)追記2022・12・15 こういうペーパーを「読書案内」と称して高校生に配って、自分でいうのも変ですが、そこそこ反応があって面白がっていたのですが、その頃から、たかだか10年しか経っていないのですが、隔世の感というか、時がたったことを実感する今日この頃です。 時々お出会いする国語の先生になりたいと希望している大学生に「中学生や、高校生に読書をすすめるのはなぜ?」と尋ねたところ「語彙が増える。」と答えられて、どうリアクションしたらいいのかわからない体験を最近しました。「そうですね、でも、思っているほど語彙って増えたりしないものですよ。それに、語彙が増えて何の役に立つのですかね。」とでも言えばいいのでしょうか。 しかし、よく考えてみれば、なんで、今更、本を読むなんてことをすすめるのでしょうね。何が何だかわからない時代になって来たようですね。どなたか「わかりやすく」御教授いただけないでしょうか。ちょっと、笑えない気持ちの今日この頃です。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.31
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「ベランダでチューリップが増えています!」 ベランダだより2020年3月28日 昨日は雨でした。今日は曇り空です。ところでベランダのチューリップですが、曇りの日には蕾を閉じるって知ってましたか? すだれで暗くなっているから余計にそうなのでしょうか、昨日も今日も蕾を閉じたままです。 同じ鉢のお隣りで、少し背の低い花もつぼみが膨らんで、開花をまっている様子ですが、こちらもじっとしています。 こちらは、少し明るいところに置いている鉢です。こっちのチューリップは開き気味でした。同じ植木鉢で、先に開いた赤いチューリップは、散り始めていますが、黄色は今朝咲いたところです。 おや、これは何でしょう。オダマキだそうです。「苧環」と書くそうですが、食べ物の「おだまき」とは違うようです。おだまきや どの子も誰も 子を負ひて 橋本多佳子 うーんよくわかりませんね。 ついでにちょっと玄関から出てみました。雨がぱらついています。棟の出口の脇にある水場にこんな花が咲き始めていました。 スズランですかね。向うでは水仙と花韮(ハナニラ()が頑張っていますよ。 ところで、昨日の雨で椿の木はこうなっていました。「花腐(くた)し」という言葉がありますが、あれは長雨で花のまま腐ることをいうのでしょうが、椿は落花のありさまがよく短歌や俳句になっています。落ちつみし 椿がうへを 春の雨 松岡青蘿地に触れし ものより朽ちて 落椿 柴田奈美落椿 絵空事みな 賑々し 櫛原希伊子 三つ目の句がいいなあと思うのですが、意味は分かりません。外出自粛の午後ですが、チッチキ夫人は「三島由紀夫」を見に出かけました。シマクマ君は約束がキャンセルになり、家でうろうろしています。追記2020・03・29 今日は、風は冷たいですが日射しは暖かでした。チューリップがお姉さんと妹の二人連れで風に揺れていました。 いい風情だと思いませんか?角度を変えてみました。日射しが差し込んで色が変わりますね。チューリップ ゆらゆらものを 思ふ朝 石原八束チューリップ こみあげてくる 色新鮮 三宅未夏 二句目は「いろあらた」と読むのでしょうか。花びらの中を覗き込むと、本当に鮮やかな色が「こみあげて」来ますよ。追記2020・04・02ベランダのチューリップ情報。 ちょっと、背丈が足りないのですが、黄色いチューリップがノンビリ咲いていました。左右にある桃の小枝は、花が重くてそっくり返りがちな様子に、チッチキ夫人が支えになるかと差したものですが、あんまり役に立っているようではないですね。 もちろん、チューリップではありません。なにやらオダマキ君に話しかけている様子です。「あの黄色いの、なんていう花?」「知らん。」というわけです。 雨の日のベランダ情報です。とか言いながら四月になりました。追記2022・04・01 2年前の記事を読んでいます。今年も4月1日になりました。知り合いの若いお友達が転勤だという連絡が複数聴こえてきて、新しいところで元気に暮らしてほしいと、結構まじめに祈ったりしています。今年は桜が満開の4月1日です。ボタン押してね!
2020.03.30
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ベランダだより(番外) 2020年3月29日「松本は雪だそうです」ゆかいな仲間のカガク君から写真が送られてきました。今日は2020年の3月29日ですが、信州松本は雪だそうです。 朝から、季節外れの雪のせいで自動車の方は大変だったそうです。松本というところは雪があんまり降らないところだそうです。その上、今年は、特に少なかったらしいのですが、そこに、3月の大雪です。地元の人は大変でしょうね。 トーゼン、ユナちゃん姫は雪だるまということになりますね。これが、本日の雪だるま3号。 こっちが雪だるま1号かな。 で、これが雪だるま2号かな。 サクラの花がどうのと騒いでいる神戸とはまた違った風情ですが、いろいろ、変わったことが起こる春ですね。追記2022・07・19 雨が降って鬱陶しいうえに。むしむしと暑い一日でしたが、古い記事を修繕していると雪の写真がありました。2年前の3月下旬、信州松本の大雪の写真です。 見てると、少し涼しくなるかなあって。(なりませんね(笑))ボタン押してね!
2020.03.29
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「いよいよサクラです!(その2)」徘徊 2020年3月28日(その2)団地あたり 2020年、3月25日に咲き始めた、あの桜が満開です。昨日一日雨でしたが、風は生ぬるい南の風でした。先日の夕陽の写真と同じ、棟を出て西向きの方向です。 同じ並びのもう一本は、二分咲き。向うに見えているのは小学校。もちろん子供たちはいません。 駐車場の一番北に、枝垂桜があります。もう八分咲きです。どうも、自動車の運転手を待っている風情の近所のおばちゃんたちがいておしゃべりなさっていました。「やっぱりね、以前の方が元気もよくて、キレイかったね。」「そら、桜も年とんねんよ。あー、アカン、アカン。1メートル以内に近寄らんといてよ。」どうも、よくわからない会話が弾んでいましたが、ぼくはそこから南の方を向いてパチリ。 西の駐車場にそった桜並木も、花がつき始めていますが、まだ少しかかりそうです。 全体としては三分咲きでしょうか?すぐ手前の棟の裏にはこんな花も咲き始めています。これは桜でしょうかね? 今日は花曇りというには、暖かさも花も、物足りませんね。団地を全部うろつく気分にはなりません。明日の天気に期待して、これでおしまいにしましょう。 3月25日の記事は「徘徊3月25日」をクリックしてみてください。追記2022・05・06 今年も、同じ枝垂桜が花をつけて、写真も撮っているのですが投稿できていません。もっとも、「昔はキレイかった。」おばちゃんたちとは出会えませんでしたが、サクラは、やっぱり少し老いた気がします。そのうち、季節外れの投稿を考えています。その時はよろしくね。ボタン押してね!
2020.03.29
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「いよいよサクラです!」徘徊2020年 3月25日 団地あたり 風は少し冷たいのですが、一日中ポカポカしていました。裏の遊び場では子供たちの声がずっと聞こえていますた。お彼岸の連休辺りからベンチにたむろしたり、芝生でボールを蹴ったりして遊ぶ姿を見かけるようになりました。このところトンと見かけなくなった中学生のグループいるようです。 いつもの春なら、「春休みですねえ。」で済むのですが今年は少し違うのでしょうね。この穏やかな活気が続けばいいのですが。 午後になって外に出てみると隣の棟の前の様子が、何だか変わりました。サクラが咲き始めたのですね。 まだ、今日は、この辺りでは一本だけです。やはり華やかさが違いますね。傾いてきた日射しで、少しピンク色がかって見えるのですが、青空とサクラの穏やかなコントラストがいいですね。桜咲く 前より紅気 立ちこめて 山口誓子生娘や つひに軽みの 夕桜 加藤郁乎 二句目は、実は何のことやらよくわかっていませんが、何となくですね。もう少し暗くなってのことかな? 実際の風景は、見る間に日が沈んで、こんな夕映え中の桜です。子等去れば 風のさびしく 夕ざくら 石原舟月夕ざくら 宿直室は 灯りけり 吉屋信子 昼間見かけた子供たちはみんな帰りました。この景色の前方と右には学校があります。最近の学校は、灯ってからが、なぜか長いのですが、ちょっと、失礼して吉屋さんの句をもじれば「夕ざくら職員室は灯りけり」が実景で見えます。この時間から、夜の7時8時まで、職員室でお仕事って、何にをなさっているのでしょうね。 遠くに暮らすようになった、我が家のゆかいな仲間達には懐かしい、春の夕暮れの風景だろうなあと思いました。追記2020・03・28この桜が満開になりました。「徘徊3月28日」をクリックしてみて下さい。ボタン押してね!
2020.03.28
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《2004年書物の旅》小西甚一「古文研究法」(ちくま学芸文庫) 二十年近く昔のことで、この本がちくま学芸文庫で復刊されるずっと前、こんなことを高校生相手に書いていました。とてもさっこうんの高校生の手におえる参考書とは思えなかったのですが、ハッタリ気分で書いていたら復刊されて驚きました。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 古典の授業をしていて、自分が物を知らない事をつくづく感じています。勉強するべきときに勉強せんとこういうオトナになる、なんて説教をたれる気はありません。しかし、授業中に困っても、まめに調べる気力も最近は失われていて、これは、正直ヤバイのですが、高校生諸君に対しては、せめて参考文献ぐらいは紹介しようという次第です。 そう思いついたのは、なかなか殊勝な態度なのですが、残念ながら受験参考書の類は自分自身が30数年前、必要に30迫られて読んだ、「ある参考書」以来まじめに見たことがないからよく知らないのです。 皆さんが「そんないい加減なことでいいのか!」と怒るのももっともです。しかしね、時々本屋さんが「見本に」といって持ってくる最近の参考書の類はみんな、あの頃読んだ「ある本」の換骨奪胎に見えるのですよ、ぼくには。 「肝」になる文学思想は捨て、外観は似せているが、全体を支える「骨」はありません。やればとりあえず点は取れるようになりますが、古典に対する教養はせいぜい枝葉しか身につきません。クイズに強くなる豆本化しいて、パターンと頻出例を繰り返すだけで味も素っ気もありません。結局、面白いのは、面白くもないゴロ合わせだけという始末です。みんな「当てもん」に強くなるためのテクニックなのですね。 皆さんを試そうと待ち構えている「センター試験」や「模擬テスト」が、要するに「当てもん」なので、そうなるのはよくわかります。世間のパターンもそうなっているようですから、ある意味「合理的」なのでしょうね。でも、それって「バカじゃない?!」ってことじゃないでしょうか。 極論かもしれませんが、センター試験の古典で点を取るのは、実は簡単です。一年生で使った教科書がありますね。あれで、漢文はすらすら書き下せること。だから、読めればいいわけですね。古文はすらすら訳せること。それだけ八割は大丈夫です。あの薄い教科書一冊、本文だけでいいです、すべて暗唱できれば、センターなら満点は確実です。 ウソだとは思うが、一度だけシマクマを信じてやろうという人は、この夏休みがチャンスです。せっかくですから、課題の問題集で試してください。 古文、漢文それぞれ15題ありますね。一日、一題づつ、計二題、ノートに本文を写してください。訳や解説は、適当に読んで、線でも引きながらで結構です。これを二往復してください。 狙いは古典の本文を丸ごと頭に入れることです。二度目に口語訳がつっかえるようならもう一度やってください。その結果10月のマーク模試で、あなたの古典の偏差値は10点アップしています。もとが30点台の方は15点から20点上がります。すると文法で説明したくなります。 でもね、点数が上がって勘違いしてはいけないことがあります。模試の数値は古典文学読解の実力を保証しているわけではないということです。それは忘れないでください。放ったらかしてしまうと、すぐに下がります。 で、話を戻します。読む練習ができて、さあ、ここから必要になる本を参考書と呼ぶのです。ぼくが受験生の時に出会ったある本とは小西甚一という人の「古文研究法」という本ですが、本物の参考書でした。 小西さんのその参考書は「古文とは何か」という大胆な問を設定して受験生に説明しようとしていました。ぼくは読んでいて眠くてしようがなかった記憶があります。アホバカ高校生が「古文とは何か」なんて考えるはずがないわけで、考えたとしても「退屈である」という答えしかなかったはずですから、眠いのも当然でした。しかし、ずっと後になって、この参考書のすごさに納得するのです。 ぼくの場合は大学生になって、この人の「日本文学史」(講談社学術文庫)を読んアレっ?と感じた時でした。 「古文研究法」は受験参考書の面(つら)はしていますが、実は日本古典文学概論だったんです。気付いた結果、この人の「俳句の世界」(講談社学術文庫)とか、その他の著作を探したりしましたが、要するに、お弟子さんにしてしまうん本だったんです。 実をいえば、小西甚一という人は中世文学のエライ学者で、なぜか受験参考書もたくさん書いていますが、例えば「俳句の世界」なんて、素人にもとても面白い本です。受験参考書で。そういう参考書もあるということを忘れないでください。 とか言いながら、この本は手に入らないでしょう。古すぎます。学術文庫の方でも読んでみてください。 いつものように「なんのこっちゃ」という話でした。 ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.27
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「チューリップの花が咲きました!」ベランダだより2020年3月25日 午前中の明るい日射しの中で、チューリップが咲きました。こういうのって、上手に写真がとれないものですね。チューリツプの 花には侏儒が 棲むと思ふ 松本たかしチューリップ 或る日或る刻 老い易く 三橋鷹女 いえいえ、ただのチューリップですよ。これが昨日の午後の姿。 こちらが、一昨日の姿です。 そういえば、裏庭のカイヅカイブキの陰の中で咲いていた小さな花の写真も撮ってきました。 ちょっと青い色が見えませんか。スミレかと思っていたら違いました。 ムスカリですね。もうしばらくするとシロツメ草やスミレもたくさん咲くのですが、まだのようです。隣にはこんな花も咲いていました。 カラスノエンドウですね。まあ、ただの雑草です。チッチキ夫人は「実がついたらヒヨドリの餌なのよ。」と敵意むき出しです。彼女はスズメの味方で、カラスとヒヨドリが嫌いなんですね。 写真を撮ってベランダの床下を覗くとこんな花も咲いていました。 ハナニラです。花韮と書くんですね。日当たりのいいところだともう少し茎が伸びていますが、完全な日陰ではありませんが、ベランダの床下、少々日当たりに問題がある成長ぶりですね。花韮に 止るは小さき 蝶ばかり 坊城 中子花韮の みんなハンカチ 振ってをり 阿川道代 なるほど、ここの花も、こじんまり寄り添って咲いていて、悪くないですね。思わぬところに春の花がありました。追記2020・03・26 朝、ベランダ側のガラス戸を開けると昨日のチューリップの花が開いていました。 今日も明るい春の日ざしです。早速、カメラを取り出してパチリ。 上から覗き込んでパチリ。 楽しい春の目覚めでした。お仕事中の皆様、ご苦労様です。妙な不安が蔓延していますが、いつもの春もやってきていますよ。追記2020・03・28ベランダのチューリップ、その後を「3月28日」の記事に載せました。追記2023・03・25今年もチューリップが咲きました。ボタン押してね!
2020.03.26
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「辛夷の花が満開です!」徘徊2020年3月22日 団地あたり 住んでいる団地をうろうろしていると満開の花がありました。辛夷(こぶし)ですね。木蓮ではないと思います。ちょっとアップしてみますね。 木全体を撮るのを忘れました。この棟の入り口には馬酔木の花が満開です。押日と言えば奈良の浄瑠璃寺を思い出しますが、積極的なお出かけ気分には、ちょっと、なりにくい春ですね。 隣りには白い沈丁花も咲いていました。 桜並木のつぼみは、もう少しな感じですが、雪柳の生垣が美しい盛りにさしかかってきました。 何だか白い花ばっかりですね。そう思って隣の棟の玄関先に目をやると八重の椿が咲いていました。 まだ背の低い若い木ですが花は贅沢で豪華ですね。五ツ六ツ いやもうひとつ つばき咲く 高澤良一 いもうとの 袂探れば 椿哉 子規 おや、こちらではアーモンドの花が満開です。 この団地に一本だけあるアーモンドの木です。まだか細くて、背も低いのですがサクラとも桃とも違う、紅を引いたようで、ほのかにピンクの花を咲かせてくれます。 さて、桜が咲き始めるのは、あと一週間でしょうか。「桜」という言葉が、何だかイメージの悪い言葉になりましたが、桜に罪はありませんね。 今日は天気もいいですね。ちょっと、団地を抜けて歩いてみましょうかね。追記2022・04・12 二年前の投稿を修繕していて思いましたが、気温とか日差しとか、その年その年で違うのですねえ。 その上、二年前にはあった藪の中の沈丁花は影も形もありません。切ってしまうのが好きなタイプの人というのはいるものですが、沈丁花とかボケとか言う低木は、花に気づかないで見て、雑木だと思えば簡単に根こそぎできてしまえるわけで、ちょっと哀しいですね。 10年ほど前には雪柳と連翹が競うように生えていて、黄色と白の競演がおもしろかったのですが、今では雪柳が連翹を駆逐してしまって、ワン・パターンの景色を作ってしまっています。それはそれで美しいのですが、なんだかさみしいですね。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)ボタン押してね!
2020.03.25
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「ベランダにシクラメンが咲きました。」ベランダだより2020年3月21日 今日はお彼岸ですかね。天気がよくてよかったですね。我が家のベランダも春めいてきました。シクラメンが紅白で咲いています。メデタイですね。 チューリップももうすぐですね。実はすでに咲いている花もあるのですが開きすぎて写真になりません。不死身のカーネーションはこの冬枯れてしまいました。 ベランダ越しの裏庭もすっかり春めいてきました。日射しが眩しくなってきましたね。立木の影が「春」ですね。芝生の中に小さなスミレの花も咲き始めています。 すべり台の向うには雪柳や連翹が花をつけてきました。反対側を振り向くと、オヤ何してるんでしょう?日向ぼっこでしょうか? スズメくんですね。チッチキ夫人の餌付けの成果です。カメラを向けても逃げ出しません。 北側の玄関を出ると山桜桃梅(ゆすらうめ)と雪柳が満開でした。蝶飛んで ゆすらの花の こぼれけり 正岡子規日本語の 優しすぎたる ゆすらうめ 後藤比奈夫 世間はコロナウィルス騒ぎで大変です。そのせいで、すぐそばの小学校は静かです。でも春は今年もやってくるようです。 カメラ片手に徘徊するのも楽しい「春」です。今週は暗い映画館に閉じこもらず、ちょっとウロウロしようかな。追記2022・04・01 2年前の記事を見ています。コロナは収まっていません。チューリップと山桜桃梅は今年も咲きました。相変わらず映画館に閉じこもっています。知人の転勤の話が聞こえてきます。皆さんあたらしい場所で新しい出会いのようです。変わらないことに焦らないで暮らしたいと考えるようになりました。ボタン押してね!
2020.03.24
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ペアニル・フィシャー・クリステンセン 「リンドグレーン」シネ・リーブル神戸 レイモンド・ブリッグスの「エセルとアーネスト」に感心して、その勢いに乗ってやって来たのがシネ・リーブルの「リンドグレーン」でした。もちろん「長靴下のピッピ」の作者アストリッド・リンドグレーンの伝記映画だと思い込んでやって来たのですが、予想は半分はずれで、半分は当たりでした。 2020年3月初旬の水曜日、もちろん映画館はゆったりのびのびでした。もう、個人試写会のノリですが、ぼく自身は「儲けもの」の気分です。 映画が始まりました。洒落た書棚があって、大きな机が窓に面している書斎が映し出されて、後ろ姿の女性が机に向かい、誕生日プレゼントの手紙の封を切ってゆく手元が映し出されてゆきます。 子どもらしい文面の手紙と絵が出てきます。たくさんの手紙が届いていて、順番にかわいらしい絵がひろげられてゆきます。封を切っている人の正面は、カメラには映りません。とても高い鼻のシルエットが印象に残ります。「お話しの中で、たくさんの人が死ぬのは何故ですか?」「どうして、そんなに子供のことをよく知っているのですか?」 男の子(?)の声が手紙を読み上げます。その声とともにシーンが変わります。 畑で働く農家の家族の姿が映り始めます。男がいて女がいます。中学生ぐらいに見える少女がいて、その父がいて、厳しい表情の母がいるようです。 しばらくすると新しい手紙を読む声がします。新しい場面が展開し始めます。20世紀初頭のスウェーデンの農村です。北欧の自然の風景は美しく、農作業は厳しそうです。「ああ、こうして、少女が、やがて、あの部屋に座ってた童話作家リンドグレーンになるまということやな。。」 そう思いながら見ていましたが、映画の中で少女「アストリッドUnge Astrid」は、作文が上手でソーダ水が大好きですが、とうとう、童話作家にはなりませんでした。 学校を出て勤め始めた少女は16歳だったでしょうか。純情な少女は、勤め先の新聞社の社長と恋に落ち、今でいう不倫の子供を産みます。少女はご都合主義の社長を拒否し、篤実で農村的な、信心深い生活を生きる父からも母からも拒絶されたその赤ん坊ラースをデンマークの里親施設に預け、一人働き始めます。 10代で母になった少女を理解したのは、この施設を運営する女性マリーだけでした。数年後、病に倒れたマリーは「愛すればいいのよ。」という言葉を残し、この世を去ります。少女を母だと理解できない小さな少年ラースとアストリッドの暮らしが始まります。 自転車に乗り、ダンスが大好きだった少女が、マリーが恋しい少年ラースの「母」になった姿がチラシの写真です。 少年ラースの手を引いて森を歩く少女の姿が映し出され、子どもたちから贈られた「歌」が老いた作家の部屋に響き渡ります。 映画が終わった時、少女は、まだ「アストリッドUnge Astrid」であって、リンドグレーン氏の妻、アストリッド・リンドグレーンではありませんでした。しかし、「長靴下のピッピ」の読者の子供たちの質問の「答え」はわかりました。 大切なものを次々と失う、一人ぼっちの人生の中で、ただ、子どもたちに、いや、だれかに「こんにちは」と声をかけることを続けてきたからということですよね。 そして子供たちが応えてくれる「奇跡」が、今、ここにあります。 「こんにちはアストリッド!」 蛇足で、馬鹿なことを言いますが、老いたリンドグレーンの横顔のシルエットの尖った鼻は、本物のリンドグレーンにとてもよく似ていました。主演のアルバ。アウグストの演技には好感を持ちましたが、花の高さが違うんじゃないかということが、見ていてずっと気になってしまいました。アホですね。 でも、予想外に、いい映画だったと思いました。映像が美しく、作り方が丁寧だと感じさせているところと、作家の本質のとらえ方が気に入ったからでしょうね。監督 ペアニル・フィシャー・クリステンセン 製作 マリア・ダリン アンナ・アントニー ラーシュ・G・リンドストロム 製作総指揮 ヘンリク・ツェイン 脚本 キム・フップス・オーカソン ペアニル・フィシャー・クリステンセン 撮影 エリク・モルバリ・ハンセン 美術 リンダ・ヨンソン 衣装 シーラ・ロービー 編集 オーサ・モスバリ カスパー・レイク 音楽 ニクラス・スミット キャスト アルバ・アウグスト (アストリッド:若き日のリンドグレーン) マリア・ボネビー (ハンナ:母) マグヌス・クレッペル(サムエル:父) トリーヌ・ディルホム (マリー:デンマークの里親)2018年 123分スウェーデン・デンマーク合作原題「Unge Astrid」2020・03・04シネ・リーブル神戸no49追記2020・03・23 レイモンド・ブリッグスの「エセルとアーネスト」ととてもよく似た出だしでした。回想に入る人物の設定が、子どもの立場なのか本人自身なのかという具合に違うわけですが、リンドグレーンは映画製作時には亡くなっていたはずなので、本人の回想という設定は少し無理かなと思いました。 伝記的な描き方も違いますし、だいたい「エセルとアーネスト」は全体がアニメなので簡単な比較はできません。もう一つの違いは「リンドグレーン」のフェミニズム的な観点も見落とせない大切なところだと思いました。「エセルとアーネスト」の感想はここからどうぞ。ボタン押してね!長くつ下のピッピ新版 (岩波少年文庫) [ アストリッド・リンドグレーン ]
2020.03.23
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武田砂鉄「紋切型社会」(朝日出版社) 竹田砂鉄、いつの頃からか朝日新聞の書評欄に登場し始めていたこの名前に、どこか「胡散臭い」ものを感じていたのです。 一昔前の「自分」なら、そういうタイプはとりあえず読むという感じだったのですが、「もう、いいんじゃないか」という気分の今は、どちらかというと「敬して遠ざける」ヘンテコな若い人の範疇にしまい込まれそうだったのですが、 今年、メディアに問われているのは、オリンピック周辺で巻き起こる熱狂の裏で潰される声を聞き取る力だが、むしろ、熱狂を扇動するメディアが目立つ。東京は、かつてのように過度な憧れを向けられる場所ではないが、東京が盛り上がれば震災復興にも繫がる、との誤認が大手を振る。(松山秀明著「テレビ越しの東京史」朝日新聞書評:竹田砂鉄) こういう書き出しの書評を読むにつけ、「ひょっとして面白いヤツなんじゃないか」と、なじみの図書館で借りだしてきたのが本書、「紋切型社会」(朝日出版社)ですね。 で、読み始めたところだったんですが、全く偶然に「Fukushima 50」という映画を見たらしい糸井重里という人の、こんなツイートを見てしまいました。 戦争映画や、時代劇だと「いのちを捧げて」やらねばならないことがでてくる。いまの時代は「いのち」は無条件に守られるべきものとされるから、「いのちを捧げる覚悟」は描きにくい。映画『Fukushima50』は、事実としてそういう場面があったので、それを描いている。約2時間ぼくは泣きっぱなしだった。(3月6日ツイッター) このツイートは、その後、所謂、炎上しているらしいのですが、ぼく自身は、「へー、糸井重里がねえ、ふーん、なんか変だな」という違和感のようなものを感じました。それは炎上している様々な意見を覗きましたが、それとは少しずれている感じでした。 で、ウソみたいですが、ちょうどその時、本書の「『なるほど。わかりやすいです。』認め合う『ほぼ日』的言葉遣い」という章段に遭遇したという訳です。 竹田砂鉄はまず、糸井重里をこんなふうに定義して議論を始めます。「不思議、大好き」「おいしい生活」「ほしいものが、欲しいわ」を作ったコピーライターはニュアンスのスペシャリストである。ポイントを絞り込むよりもゾーンを開放する言葉の作り手だ。(竹田砂鉄「なるほど、わかりやすいです。」) 次に引用されるのが、糸井の著書「インターネット的」からのこんな記述です。 この頃、対談用原稿なども、しゃべったように書かれるようになってきています。わかりにくい書き手に対して、読者サイドが「あなたの分かりにくさに、付き合っていられません」と思い始めたのだろうと、ぼくは感じています。いわゆる”書き手”とか“読み手”という「階級」が亡くなってきているのに、読み手は書き手より下だと信じている人たちが、難しいことをいかにも難しそうに語っているのでしょう。(糸井重里「インターネット的」) ここからが竹田砂鉄の「からみ」の骨子です。 糸井は、読み手と書き手の中に分け入って、読み手の方を向いて「これまでのって、わかりにくいですよね?」と言い放つ。ふわふわタオルを広げてウェルカム態勢を築く。ズルい。(竹田砂鉄「なるほど、わかりやすいです。」)「ふわふわタオル」という言い回しは、糸井の「ゾーン」の作り方の極意をさしていることばですが、評言として出てきた「ズルさ」がポイントだと思いました。 「ズルさ」の例として、糸井の「ほぼ日」から出ている対談の例をあげて、その「型」についての武田砂鉄はこういいます。糸井は相手の話を受けた後に自分の言葉をつなげずに「なるほど。」「そのとおりですね。」「ああ、いいですね。じしんをもっていう、というのはすごくいいです。」「なるほど、わかりやすいです。」「そうなんですか。」「なるほど。なるほど。」とひたすら承認を繰り返していく。 確かに、その承認の連鎖によって、すらすら気持ちよく読むことができる。対談の温度感を伝えるために「(笑)」をいれたり、「はははは。」と大盛り上がりする様子を伝えたりするのと、この承認の連発とは位相が異なる。(竹田砂鉄「なるほど、わかりやすいです。」) 互いが理解しあっているムードが充満する開かれた「ゾーン」は確かにある。しかし、例えば「対談」しているお互いの言葉の奥にあるにちがいない、「わからなさ」を巡る躊躇や葛藤、二人の人間のぶつかり合いは、その「場」の「温度感」とは「位相」が違うはずなのに、それはどこに行ったのか。この指摘は鋭い!ぼくはそう思いました。 で、結論はこんな感じです。 人と人の認め合いから肌触りの良さを提供する対話が流行ることで、油でギトギトになった皿の真ん中に注がれる洗剤のように劇的な変化が見込めるプロセスすら、「あなたのわかりにくさには、つきあっていられません」と拒絶されていく。「なるほど。わかりやすいです。」という承認の嵐によって、物事の躍動感が全体的に狭まっているのではないか。 これだけ抽象的な、迂回しまくりの議論をぶつけても、やっぱり「なるほど。わかりやすいですね。」と受け止めて、あるいは「うーん。ちょっとわかりにくいですね。」とかわされて、次の承認に移ろうとするのだろうか。(竹田砂鉄「なるほど、わかりやすいです。」) ちょっと引いてますね。でも、なかなか善戦しています。全くのあてずっぽうですが、「なるほど、わかりやすい」ゾーンの「ことば」による構築は「商品」と「消費者」を結びつける「方法」として作り出されてきたというところに戻る必要がありそうです。この方法を作り出した糸井を、「ことば」に関して、ある種の天才だと思います。ずっとファンなわけですが、「本を読む」とか「映画を見る」という行動は、必ずしも商品の消費活動には収まりきるものではないのではないでしょうか。 読書での理解や納得、映画や美術作品への感動というものは、ありきたりな言いかたですが、お金には代えられない性質を宿しているものではないでしょうか。 ぼくは「本」や「映画」や「音楽」について、いや、他のさまざまなことにおいても、「わからなさ」にどこまでとどまれるかということが、この世界との出会いの基礎だと思っています。しかし、現実の消費社会で「わからない」商品に手を出す消費者はいないのです。 「泣ける」、「心震える」、「怖い」、購入して読んだり見たりする人は誰でもが同じように「わかってしまう」ベスト・セラーや大ヒット映画が氾濫しています。作り手は「小説」書いたり、「映画」を撮ったりする以前に、「商品」を作ることを目論んでいるかのようです。 という訳で、あのツイートに対する違和感の正体に思い当るのです。あの糸井重里が、どんな「映画」であれ、「泣きっぱなしだった」とツイートするというのは、武田の言葉を借りれば、やっぱり、ちょっと「ズルい」のではないでしょうか。 気付かせてくれたのは竹田砂鉄のこの本でした。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.22
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杉山泰一「星屑の町」シネ・リーブル神戸 見終わってから気付いたのですが、大平サブロー、ラサール石井、小宮孝泰たちが舞台でやってるお芝居の映画化だったらしいですね。舞台はかなりな人気で、ロングランの作品だったらしいのですが、映画はいかがだったんでしょう。そういえば、予想に反してお客さんがいらっしゃいました。皆さん、舞台を御存知なんでしょうか? チラシが二種類あったので両方載せますが、下の方がいい感じだと思いました。という訳で映画が始まりました。 山田啓太くん役の小日向星一くんの登場で始まりましたが、ここで、何というか、座席からずり落ちそうになってしまいました。下手クソというのでしょうか、見ていてオロオロするというべきなのでしょうか、いやはや何ともいえない始まりでした。 そこから、まあ、気を取り直すというか、落ち着くのに持参のコーヒーを一口飲んで、ちょっと周りを見回して、皆さん落ち着いていらっしゃるようなので座り直して・・・。 チョット、のんびり見始めると「のん」ちゃんの弾き語り絶唱シーンとか、太平サブローさんの「老い」の顔面アップとか、「ちょっと、コレどうしよう?!」的なシーンが、結構、次々と襲い掛かってきますから油断はできません。 柄本明の名前があったなと思っていると、日本刀を振り回す斬殺シーンだったりして、「えッ、今のが柄本明?」って感じで、もう笑うしかないでしょう。 今は何て名前なのか知りませんが、お相撲の若花田君が年を取って出てきているに違いないと思わせる込山晃役の渡辺哲さんの熱演も笑えます。 「ああ、ぼく、いつの間にか落ち着いて笑ってる。」 ありきたりな筋立てや、上手くもない素人ムード歌謡コーラス、「それが何だっていうの?」としか伝わらない「昭和」のイメージにハラハラ・モヤモヤしながら、中盤から後半に至っては、「よう頑張ってはります」感が半端ではなく襲いかかってくるようです。 まさに(今ハヤリの、掛け声「まさに」ですが)、ドサ廻りのうちに、先なんてない「老い」へさしかかったオジサン・オバサンの「平成」も「令和」も「カンケーねえー」人生!と観てほしがってるいるらしい演出も見え見えなんですが、さほど腹も立たず映画は終わりました。 さすがに「カンドーした!」とも「ぼくも年を取ったなあ。」とも思いませんでしたが、「さて、平成って何だったんだろう?」って、ふと思いました。 でもね、こういうほのぼのバカバカしい系の「喜劇」がぼくは嫌いじゃないんですがね、何だか迫力というか、パワーがない感じがさびしかったですね。それにしても若い人に限らず、スクリーンに映しだされる「お芝居」が下手ですね。そこがよくわからないところですね。監督 杉山泰一 原作 水谷龍二 脚本 水谷龍二 撮影 的場光生 照明 加瀬弘行 木村伸 録音 高野泰雄 美術 湯澤幸夫 衣装デザイン 高橋正史 スタイリスト 清藤美香 ヘアメイク 渡辺順子 菅野史絵 根本佳枝 編集 栗谷川純 音楽 宮原慶太 音響効果 齋藤昌利 助監督 佐藤匡太郎 キャスト大平サブロー (天野真吾:ボーカル)ラサール石井 (市村敏樹:コーラス)小宮孝泰 (山田修:リーダー・コーラス)渡辺哲 (込山晃:コーラス)でんでん(西一夫:コーラス) 有薗芳記 (青木五郎:コーラス)のん (久間部愛:歌手志望の少女)菅原大吉 (山田英二:リーダーの弟)戸田恵子(キティ岩城:歌手) 小日向星一(山田啓太:「愛」ちゃんの友達) 相築あきこ (久間部浩美:「愛」ちゃんの母)柄本明 (久間部六造:「愛」ちゃんの祖父)春風亭昇太(居酒屋店長:何故か出ている人)2020年製作・102分・日本 2020・03・17シネ・リーブル神戸no48ボタン押してね!
2020.03.21
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石塚真一「BLUE GIANT SUPREME 10」(小学館) 10巻は「ダイ・ミヤモト ナンバーファイブ」がノーザンプトン・ロックフェスティバルに挑みます。野外に集まるロック・ファンの大観衆相手にジャズ・カルテットが通用するのか、というわけですが、そこは、まあ、マンガというか、当然、いかに通用し、いかなるドラマが起こるのかというのが第10巻の読みどころということです。 なかなか良かったですね。石塚真一は音楽のマンガ化に、だから「音」をどうやって「絵」に書くかということに挑んでいると思うのですが、この巻の第75話「SPECTRUM」はステージのシーンですが、吹き出しが一カ所しか使われません。 客席から投げ入れられたプラスチックのカップがダイの頭にあたるシーンから24ページにわたって、演奏シーンは「絵」だけで構成されています。「音」は読み手にお任せです。 ちなみに、このページには三人のメンバーの顔が出ているので、紹介すると、左からピアにストのブルーノ、ベースのハンナ、ドラマーのラファエルです。 これが演奏シーン。演奏者から「音」が噴出して、観客に降り注ぎます。でも、飽きない理由は客たちのエピソードの書き込みです。子供が「音」に気付いて指さしている先にハンナの演奏があります。 歓声に包まれる演奏シーンで、次の話にうつります。10巻の読みどころはもう一つありました。ロック・フェスティバルでの成功の結果、主人公の宮本大だけでなく、他のメンバーたちの、覚悟と成長が描かれるシーンです。 たとえばこのシーンです。 家族から、そして誰よりも母からクラッシックの演奏家になることを期待されていたハンナが、ジャズのベーシストになる決意を描いたシーンだと思いました。 ジャズというジャンルに対する石塚真一の、並々ならぬ思い入れがあふれるトーンで物語が描かれて行きます。11巻が楽しみですね。追記2020・03・19 第9巻の感想を書いたと思っていましたが、どうも書き忘れているようです。「ブルー・ジャイアント(全10巻)」と「ブルー・ジャイアント・シュープリーム」(8)の感想は書いているようです。こちらから行ってみてください。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.20
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徘徊日記 2020年3月3日「三宮は工事中」 何だか歴史に残りそうな出来事が静かに起こっている2020年の「桃の節句」、高速バスでやってきた三宮は工事中です。 「そごう」だと思っていたビルが「阪急」になったのが去年の秋ですが、その「阪急」のビルを歩道橋から見あげるとこんな様子です。 ガラスの窓には毀されて、そして多分、新しく作られてゆく阪急三宮駅とJR三宮駅の工事の大型クレーンが映っています。工事は昨秋から始まっています。JR三宮の駅ビルは、最初「プランタン」と呼んでいて、いつごろからか、「オーパ」に変わって、今、跡形もなくなりつつあります。 そのころ神戸に40年以上も住むとは思わなかったんですが、「プランタン」ができたのが学生時代だったような気がします。あの頃からずっと見ていた風景ですね。 この日帰宅して、こんな写真を見つけました。地震の直前の三宮阪急ビルです。 (2018/4/27 06:50神戸新聞NEXT) 懐かしいですね、ぼくの三宮のイメージはここから始まっています。余談ですが、見えている範囲だけで映画館が5軒はあったように思います。阪急ビルの最上階は「阪急文化」。名画座で一本200円くらいだったように覚えています。数ある「アメリカン・ニューシネマ」は、ほとんどここで見たような気がします。 これは駅の北側の写真ですが、JRはこんな感じでした。 「グリーンベアな日々」 今日、「そごう」いや、「阪急デパート」に向かって、歩道橋を南に渡って振り返るとこんな感じです。 阪急の新しいビルは100メートルを超える高層ビルという計画らしいですね。何だかため息が出ます。きっと風景が一変するのでしょうね。 ちょっと新聞会館、いやミントビルの方に廻って、もう一枚撮ってみますね。 高速バスで三宮の歩道橋の下に到着して、「ああ、あのクレーンを撮ろう」と思って、歩道橋からカメラを構えたのですが、なんかしみじみしてしまって、ウロ、ウロしました。もう少し上手に写真が撮れるようになりたいものですね。 今日はこれから、ミントで「1917」を見ます。ではでは。追記2020・03・18 この日に観た映画「1917」の感想はこちらからどうぞ。ボタン押してね!
2020.03.19
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「いよいよ春ですね!」徘徊日記 2020年3月3日 団地あたり 今日は3月3日、桃の節句です。三宮まで久しぶりに高速バスに乗ろうと玄関を出て日当たりのいい西の駐車場にやってくると梅の花が満開です。 青空が気持ちのいい春ですね。団地の向こうには桃の花もあるのですが、バスの時刻が迫っています。歩道沿いのクスノキの並木道はきれいに剪定されています。 低木は雪柳ですが、花はまだまだのようですね。雪柳の向こう、写真の奥にある「ひまわり花壇」(団地のボランティアの人たちのお世話で一年中楽しい)はもう、こんな様子です。 パンジーは冬のあいだズット咲いていました。涸れた花びらはちゃんととられていて、いつも美しく咲いていますね。 エエっと、この黄色い花は何やったっけ?去年も困っていたなあ。ああ、バスの時間や。では行ってきまーす。追記2022・03・02 2年前の記事の修繕をしています。2年前の風景です。時間がたつのが早いことを実感する今日この頃ですが、今年も下段では花が咲き始めています。 「油断してコロナにやられないように」というのが生活の心得です。2年間で変わってしまったものについて、戦争の記事を読みながらあれこれ考えてしまいますが、生活の風景は静かで穏やかです。 昨日、3月1日はイカナゴ漁の解日で、我が家でも2年ぶりにイカナゴを炊きました。もうすぐ春ですね。ボタン押してね!
2020.03.18
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浦沢直樹「あさドラ!(3)」(小学館) お待たせしました、浦沢直樹の長編マンガ「あさドラ!」(小学館)第3巻、3月4日発売の最新刊です。 「ゆかいな仲間」、ヤサイクンのいつものマンガ便に入っていました。中々素早いですね。ほかには「ブルージャイアント・シュープリーム(第10巻)」、「メタモルフォーゼの縁側(3)」、それに加えて「国境のエミーリャ」という新しいマンガも入っていましたよ。彼は、なかなか厳しい肉体労働者なのですが、お風呂が読書(?)タイムだそうです。それは、母親のチッチキ夫人譲りですね。ぼくには風呂で文字や絵を読む習慣はありません。 ところで「あさドラ!3」ですが、表紙の「アサちゃん」がとても可愛らしいですね。浦沢直樹のこういう絵がぼくは好きなんでしょうね。「アサちゃん」は17歳、高校三年生です。こんな女の子が同級生にいたら、男の子たちは毎日ドキドキして大変でしょうね。 時は1964年、東京オリンピックの年ですが、この年のNHKの朝ドラは「うず潮」でしたね。田舎の我が家にTVがやって来た年で、ぼくにとっては朝ドラ初体験の番組です。作家の林芙美子の自伝小説が原作ですが、主演の林美智子さんのことを本物の作家だと思い込んでいた記憶がありますから、見ていたのでしょうね。 朝八時過ぎと、お昼の一時前に放映されていたはずの番組を小学生だったぼくが毎日見ていたはずはありませんが、林美智子さんという女優さんの顔を、この番組で覚えたことは間違いありません。 ちなみに、朝の連続テレビドラマは、最近はちくま文庫とかが再刊して、ちょっとブームだった獅子文六の「娘と私」が第一回で、1960年のことですね。テレビのなかったぼくは知りませんでしたが、「ちくま文庫」はこの辺りの読者層を狙ったんでしょうか。もっとも獅子文六はたしかに今読んでも面白いのですがね。 マンガに戻りましょう。開巻そうそうこの絵です。海の向こうに怪しげなものが描かれていますね。ここからオリンピック開会の前日までがこの間の時間ですが、こんな懐かしい絵もあります。 白黒で描かれているこの空が青空に見える人は、ぼくと同世代ですね。白黒テレビでしか見てないはずなのに、「真っ青な空」にブルーインパルスが描いた五輪マークというキョーレツな捏造記憶の共有を浦沢直樹はよく知っていますね。 「どえりゃーでかんわ!!」 叫んでいるのはもちろん「アサちゃん」です。 空と言えば、このマンガでは少女パイロット「アサちゃん」の出番です。もちろん彼女は自衛隊員になったりしません。さて、どいう役割 で話は展開するのでしょうね。 こんなシーンもあります。 ぼくたちの世代にとって、もう一つの強烈な記憶として焼き付けられている人、円谷幸吉選手です。彗星のように登場して、オリンピック・マラソン銅メダルの栄光の数年後に「疲れ切って、もう走れません」という言葉を残して自ら命を絶った、悲劇のマラソンランナーです。二大会連続金メダルのアベベ選手や、君原健二、寺沢徹といった代表選手の名前を覚えているぼくの同世代には涙なしには読めない、彼の遺書は、今ではネットで読むことができます。 マンガの中で、その円谷選手の後ろ姿を街角で見かけて、後を追うのは「アサちゃん」の幼なじみ、マラソン選手になる夢を生きている「早田正太くん」です。 もっとも、マンガではブルーインパルスの大空の五輪はいびつな練習中のものですし、「早田君」があとを追う街角の円谷選手は石田さんちの若旦那ではあるのですがね。 で、最初のカラー画像の正体は?ってですか?それは、もちろん、次号でのお楽しみでした。次号、第4巻はいよいよ1964年10月10日です。いったい何が出てきて、何が起こるのでしょうね。ヤレヤレ、やっぱり次号待ちですね。「あー、4号は五月くらいかなあ?!」追記2020・03・16「あさドラ」(1)・(2)の感想はここからどうぞ。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.18
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池田邦彦「国境のエミーリャ(1)」(小学館) 「ゆかいな仲間」、ヤサイクンの三月のマンガ便に入っていました。どこで見つけたんでしょうね、全く知らないマンガ家さんです。 パラっとページを繰ってみると、第一章が「寒い国からの手紙」となっています。1962年の東京が舞台ですね。ただし、東京は1946年、第二次大戦の敗戦以来ソビエト連邦とアメリカによって東西に分割占領され、壁によって西東京と東東京という政治形態の異なる二つ国に分けられているという設定で描かれているマンガです。 この表題を読んで『寒い国から帰ってきたスパイ』(The Spy Who Came in from the Cold)という小説を思い出しました。イギリスの作家ジョン・ル・カレの傑作スパイ小説です。 たしか東ベルリンから壁を越えて脱出しようとするスパイのお話しだったと思いますが、映画にもなりました。「サウンド オブ ミュージック」がアカデミー賞をとった1966年の映画ですね。主演のリチャード・バートンがアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされた映画ですが、見たと思いますが、原作の方が面白かったことだけ覚えています。原作は早川文庫に翻訳があります。ぼくは、その後、ジョン・ル・カレのスパイ小説の主人公、ジョージ・スマイリーとは30年に渡る長い付き合いになりましたが、最近はご無沙汰です。 さて、マンガですが、今はなくなった「ベルリンの壁」ならぬ、「東京の壁」をめぐるお話しです。向うに東京タワーが見えますが、壁のこちら側が東京のどのあたりなのか、ぼくにはわかりません。 アップの少女が「日本人民共和国」から「日本国」への脱出を手助けする「脱出請負人・杉浦エミーリャ」ちゃんで、マンガは彼女の活躍の物語ですね。まあ、お嬢ちゃんではなくて、おねーさんですが、とりあえず「ちゃん」で呼びますね。上野駅は「十月革命駅」と名前が変わっていて、駅前にレーニン(?)の銅像がありますね。駅の中にある人民食堂で働いているのが主人公です。 ちょっと蘊蓄ですが、実際に「ベルリンの壁」ができたのは1961年のフルシチョフ・ケネディ会談の決裂の結果で、このマンガの1962年という設定は、ある意味でリアルなんですね。そのあたりもちょっと面白いですね。 何しろマンガは「絵」が驚くほど下手で、何だか同人雑誌掲載のマンガみたいなのですが、ストーリーは、そこそこ読ませます。といって、設定も斬新とまでは言えません。というのは、戦後の日本列島の分割占領というアイデアは、エンターテインメントの世界でも、必ずしも皆無ではなかったと思います。が、面白いものですね、本物の「ベルリンの壁」が消えて、30年たった今、この設定が何だか妙にリアルなんですよね。で、2巻以降が楽しみになってしまいましたということです。 ボタン押してね!ボタン押してね!【中古】 われらが背きし者 岩波現代文庫 文芸281/ジョン・ル・カレ(著者),上岡伸雄(訳者),上杉隼人(訳者)
2020.03.17
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アンジェイ・ズラウスキー「ポゼッション(1980)」元町映画館 先週、といって、まあ、2020年の3月ですけど、通りかかった元町映画館の前のチラシ・スタンドの写真を見て気にかかりました。この女性の写真です。これはいったいどういう感情を表現している顔なんだろう。なんか、ちょっと「怖い」ですね。 ガラス戸の中を覗くと受付カウンターに顔見知りの女性が二人こっちを見て笑っています。「邪魔するでえ、客ちやうけど。」「いえいえ、いらっしゃい。」「あんなあ、あれやけど、おもしろい?なんか、気になるねんけど。」「もちろんですよ。」「怖いんちゃうの?ホラー?ぼくホラー嫌いやねんけど。」「うーん、ホラーとは違います。」「そうか、来週見に来るわ。なんか、怖そうな顔やけど、大丈夫やんな。」「うーん、ある意味、ホラーかも。」「どっちやねん!」 という訳で、一週間後、やって来た元町映画館です。今日は刑務所のドキュメンタリー「プリズン・サークル」と二本立て鑑賞会です。 さて、「ポゼッション」始まりました。 男は、いかにもドイツの人という感じで、お仕事は怪しげな取引の当事者のようですが、鞄一杯のお金を受け取って、お家に帰ってきました。 何だか妻の様子が変です。それは見ていてわかります。妙に甲高いんです。もちろん理由は、ぼくにも劇中の夫にもわかりません。が、二人の間に、何だか食い違いがあることはたしかです。 妻である女性が異様に美しいのですが、どこかで見たことがある気がします。(後で分かったことですがトリュフォーの「アデルの恋の物語」の女性でした。その映画は見たことがありますが、覚えてはいません。) そこから、まあ、大変でした。公開は1980年、ポーランドの監督アンジェイ・ブラウスキーという人の映画らしいのですが、作品を見るのは初めてです。 映画はイザベル・アジャーニという美しい女優さんの一人芝居みたようなものですが、実際、当時のカンヌ映画祭では主演女優賞だったそうです。ウキペディアのリンクを貼ってみましたからお確かめください。 この方が「怒り」から「拒絶」、「悦び」もあったかなあ?「陶酔」、「殺意」、もう何でもあれの超絶演技で圧倒しています。表情だけではありません「狂気の舞踏」とでもいうしかない、一人狂いのシーンもあります。あとで辞書を調べると「ポゼッション」というのは「憑りつかれる」というような意味らしくて、まさに「憑りつかれて」いらっしゃいました。 後半になって、彼女に「憑りついているもの」の正体に、何となく気付いてからは、笑えました。そこまでは、結構「怖かった」 というのが正直な感想です。 1970年代のことですが、映画のタイプによってB級アクションとかいう言い方がありましたが、そのいい方でいえば、これはB級官能・ホラーの傑作だと思いました。 ラスト近くで、アジャーニさんがタコ化したエイリアンのお化けのようなものと全裸で「格闘」(?)しながら「もうちょっと、もうちょっと」と喘ぐシーンがありますが、このシーンをまずよく撮ったものだと感心(?)しました。 こんなシーン、今時なら袋叩きだろうと思っていると、多分、女性の方の最近のレビューだと思いますが、このシーンを気に入ったとおっしゃっているのに出会って、つくづく「女はわからん」と思いました。でも、監督は「男」なんですよね。 もっとも、女優の表情とはうらはらに、この「もうちょっと」は官能的台詞ではなくて、どっちかというとSF的セリフだったようなんですがね。 いやはや、何とも言いようのない映画というものもあるもんだという結末でした。監督 アンジェイ・ズラウスキー 製作 マリー=ロール・レール 脚本 アンジェイ・ズラウスキー 撮影 ブルーノ・ニュイッテン 美術 ホルガー・グロス 特殊効果 カルロ・ランバルディ 音楽 アンジェイ・コジンスキー キャストイザベル・アジャーニ サム・ニール1980年124分フランス・西ドイツ合作原題「Possession」 2020・03・12 元町映画館no37ボタン押してね!
2020.03.16
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坂上香「プリズン・サークル」元町映画館 2019年の秋に見たフレデリック・ワイズマンの「チチカット・フォーリーズ 」というドキュメンタリーが心に残っていて、このチラシが目に留まりました。6年がかりで日本の刑務所にカメラを持ち込んだということに興味を惹かれました。 天気はいいのですが、映画館はすいています。入場時間丁度くらいにチケットを買って10番でした。「コロナ騒ぎに負けないで映画館にはがんばってほしいなあ、でも、お気に入りの席に必ず座れるのもいいなあ。」 座席に座って勝手なことを考えていると始まりました。 煙がいろいろ変化するような絵の「アニメーション」が映り始めて、素人っぽい男性のナレーションの声が聞こえてきました。「ウソしかつけない子供がいました。」 で、その、最初の言葉にドキッとしました。 そこからに実写になって、「島根あさひ社会復帰促進センター」という受刑施設の遠景が映し出されます。 カメラが廊下を歩く刑務官を追うと、チラシの写真で見た椅子が並べられた部屋が映ります。イメージでしか知らない刑務所とは違います。まず、そこに驚きました。 丸刈りの男たちが椅子に座って、学校のホーム・ルーム話し合いのような雰囲気です。映画は章立てされていて、最終章まで、全部で11章だったと思いますが、20代の青年4人の「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムに参加している様子と、このプログラムを経験し、その後、出所した人たちの「今」の様子が、だいたい、交互に、丁寧に、映し出されます。映されている受刑者の顔にはボカシが入っていますが、映像では隠されいるはずの表情や仕草、そして言葉が、とても丁寧に撮られているというのが印象的です。 最初の青年は「オレオレ詐欺」の実行犯で、「ウソしかつけない子供」は彼が書き始めた「自分自身」の物語であったことがわかります。 最終章で、誰からも信用されない「ウソつきの子供」に、一度だけ「本当のこと」を言うチャンスが与えられて物語は完成します。 刑期を終えて出所する青年の素顔が映し出されます。ボカシが消えてホッとしました。でも、そこに映し出された表情、特にその眼差しは、思いのほか「寂しげ」で厳しいものでした。ぼくはその表情こそが、彼が「人間」であることの証であるように感じました。 映画ではそれぞれ罪状は異なっていますが、4人の青年の姿を描いていました。その一人一人が「人間」であることを、生まれて初めて許された「人間」の喜びを伝えていました。彼らが、みんな、「人間」であることに戸惑っていたことが、特に印象に残りました。 ただの印象ですが、ワイズマンの映像の、徹底した客観性に比べて「あたたかさ」のようなものを感じる映像だったことに考えさせられました。批判というわけではありません。ドキュメンタリーに於いて映し出される映像とカメラの「位置」の問題なのか、「編集」の問題なのか。でも、この映画の「あたたかさ」の感じには、たとえば見ているボクをホッとさせる「よさ」もあるわけです。被写体とカメラと映像、そして、それを見る観客という第三者の眼、少しづつゆらぎながら物語が生まれていくことをボンヤリと思い浮かべながら見終えました。 蛇足ですが、坂上香監督の辛抱強い仕事ぶりとその成果には心打たれました。この国の刑務所にカメラを入れたことは、やはりただ事ではない努力の結果ではないでしょうか。監督 坂上香 製作 坂上香 撮影 坂上香 南幸男 録音 森英司 音楽 松本祐一 鈴木治行 アニメーション監督 若見ありさ2019年 136分 日本 2020・03・12元町映画館no36追記2020・03・14 翌日、ラジ・リ監督の「レ・ミゼラブル」を見ました。映画の終わりに「友よ、悪い草も悪い人間もいない、育てるものが悪いだけだ」というヴィクトル・ユゴーの原作のことばがテロップで流れました。瞬間、この映画のことを思い浮かべました。「少年たちの犯罪」に限らず、「犯罪」を当人の責任にして批判し、厳罰を口にする風潮が広がっている印象があります。 二つの映画は「人間」として子供たちに出会っているかどうか、「育てる」仕事に携わっている「大人」に問いかけてくる作品でした。青年たちに生まれて初めて「恥ずかしい」と言わしめた刑務所のサークル状に配置された椅子の方が、かつての職業で記憶にある教室の椅子よりも「人間」的に見えたのは錯覚だったのでしょうか。追記2023・06・21 「私、オルガ・ヘプナロヴァー」という20歳過ぎの少女が死刑になった映画を観ました。主人公が人殺しになっていってしまう姿を見ながら、この映画のことを思い出しました。人は、自分を人として扱ってくれる他者の存在なしに生きていくことが難しいこと、自分が、そういう他者として存在するにはどうすればいいのか、そんなことをボーっと考える映画でした。ボタン押してね!
2020.03.15
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《2004書物の旅 その16》 「水曜日は狐の書評」(ちくま文庫) 今から20年ほども前に、「日刊ゲンダイ」という夕刊紙に、毎週水曜日、「新刊読みどころ」という評判の書評コラムが載っていました。 書き手の匿名書評家は「狐」と名乗っていました。「狐」は1980年代のはじめころに登場し、その書評が「狐の書評」(本の雑誌社)と題して単行本になったころから、知る人ぞ知る存在になりました。 2003年に新聞コラムから姿を消しましたが、この文庫は「狐」が日刊ゲンダイに書いた、終わりの202冊の書評を集めたものです。 たいていの新聞書評がそうですが、一冊の本の紹介記事は800字から1000字程度、400字詰めの原稿用紙二枚から、二枚半の字数の制限の中で書かれています。それに加えて「誉める」という制限もあるようです。 読者は「一般市民」なわけですから、専門用語のひけらかしでヨイショするような文章はご法度です。そうなると、その本に関連した世界も知らないし知識もない人を説得する書き手の幅の広さと、納得させる奥行を、たった1000字の文章で描き出すことができるかどうかがコラムの面白さを支えるとこになるわけです。 面白くもない新聞書評が大手を振ってまかり通っていますが、論より証拠、「狐」の技をご紹介しましょう。 このブログで「案内」した中井久夫の「いろいろずきん」の書評が、偶然、本書に見つかりました。「母国を持たない精神科医が残した贈り物」と題された文章です。 童話絵本である。原作者のエランベルジェは1993年に87歳で没した精神科医。孫たちから、「赤ずきん」の話はあるのに「青ずきん」がないのはおかしい、他にもたくさんの色のずきんがあるはずだと言われ、黄色ずきん、白ずきん、ばら色ずきん、青ずきん、緑ずきんの物語をつくった。それをやはり精神科医の中井久夫が再話し、自ら絵も描き、絵本仕立てにしたのが本書である。 きっと評判になるだろう。このファンタジーには「自分以外の人間に心があることの発見」(中井久夫)や、夢や無意識や性や差別といったことがらが織り込まれながら、その扱いが独断的でなく、幾重もの読み方ができるような深みのある筋立てになっている。登場する動物たちが、人間にとって容易には理解しがたい世界に属していることをさまざまに暗示しているのも絵本としてめずらしい。また中井久夫の絵がシロウトとは思えぬ出来栄えだ。美しい。 ここまではぼくでも書けます。ここからがさすが、プロの書評家「狐」の本領発揮、面目躍如なのです。 しかし実は、この「いろいろずきん」にはもう一つのバージョンが存在する。 本書と同時に、同じ版元から「エランベルジェ著作集」(中井久夫編訳)の第二巻が出ている。その本にも、精神科医学史にかかわる論文と並んで「いろいろずきん」が収録されているのだが、それがこの絵本版とは別物なのだ、 絵本版が簡略化された再話であるのに対し、著作集版は翻訳(共訳)である。文章の両ははるかに増えるし、その分、物語はいっそう重層的になる。さらに、物語について訳者の中井久夫と稲川美也子がそれぞれ委曲をつくして語ったエッセイも付く。中井久夫の絵は、絵本版から少し選ばれ、モノクロームにして載っている。 絵本を読み、著作集に向かうと、この知られざる精神科医への興味が湧く、スイス系フランス人として南アフリカに生まれ、ヨーロッパで教育を受け、アメリカに渡り、最後にカナダ人として逝去したエランベルジェは、母国を持たぬ越境の人であった。 日本を訪れたときに向かえた中井久夫の印象では長身白皙「ひょっこりひょうたん島」の「博士」のようだったという。(「母国を持たない精神科医が残した贈り物」エランベルジェ原作・中井久夫文・絵「いろいろずきん」(みすず書房)1999・9・8) いかがでしょうか、残念ながら評判にはなりませんでしたが、エランベルジェの著作集に手を伸ばしながら、一つの絵本ができていく過程と、無名の著者に対する読者の興味を喚起してゆく、落ち着いた「奥行」の深さの披歴には目を瞠りますね。これぞ、プロの仕事というものではないでしょうか。 本書には「読み手それぞれの思いで味わう小説の厚み」と題した夏目漱石著「こころ」(ワイド版岩波文庫)の書評もあります。そこでは高橋留美子のマンガ「めぞん一刻」からの引用で話を始めています。その軽みもまた鮮やかなものですよ。 2006年に出版された「〈狐〉が選んだ入門書」(ちくま新書)で初めて山村修という実名を名乗りましたが、その年の夏56歳という若さで世を去りました。15年近くの年月が流れましたが、紹介されている本は、今となっては、洞窟の奥に置き忘れられた宝箱の中の宝石の山です。その上、紹介する書評は年を取ることを忘れた浦島さん、少しも古びていません。 もっとも、問題はこの本そのものがどこで手に入るかですね。いや、はや・・・。追記2020・02・25 こんな紹介すると、恥ずかしいばかりですが、ぼく自身の「いろいろずきん」の案内はこちらをクリックしてみてください。追記2023・01・19 今年も1月17日がやってきて、中井久夫さんの仕事を振り返っていると、案外、多くの人の反応があって、ぼくはぼくで、この人の書評を思い出しました。若くして亡くなった書評家「狐」です。 ネット上にレビューやインチキ書評があふれている現在ですが、この人の書評に匹敵する書評は今の世の中にはありません。大学の図書館勤務だったことも関係するのでしょうが、書評のまな板に乗る書物の豊かさと、読みの深さ、今、読み直すべき人の一人だと思います。ボタン押してね!ボタン押してね!【中古】 遅読のすすめ ちくま文庫/山村修【著】 【中古】afb
2020.03.14
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石牟礼道子「魂の秘境から」(朝日新聞出版) 石牟礼道子さんが2018年2月に亡くなって、二年の年月が過ぎました。亡くなった年の四月に、生前「朝日新聞」に月一度の連載で掲載されていたエッセイに「魂の秘境から」という題がつけられた本が出ました。 彼女が晩年、パーキンソン病に苦しめられていたことはよく知られていますが、入所された介護施設での暮らしの中で書き続けられた、いや、口述らしいですから、語り続けらたエッセイが一冊の本になっています。 連載は2015年の一月から、亡くなった2018年の二月十日の十日前一月三十一日まで続いていたようです。 31回の連載には「夢」と「記憶」が綴られています。最初の「少年」との出会い、アコウの大木、父と祖父と石と、沖縄戦で死んだ兄、繰り返し夢に現れる母。大まわりの塘、水俣から不知火の海。 ページを繰っていると、時々白黒の写真があって、文章の淡々しいシーンと交錯します。時に、ハッとするような、こんな言葉が書きつけられています。 文章を書くということは、自分が蛇体であるということを忘れたくて、道端の草花、四季折々に小さな花をつける雑草と戯れることと似ていると思う。たとえば、春の野に芽を出す七草や蓮華草や、数知れず咲き拡がってゆく野草のさまざまを思い浮かべたわむれていると時刻を忘れる。魂が遠ざれきするのである。(魂の遠ざれき 二〇一六年二月二十三日) 石牟礼さんの「魂」が何処へともなくさまよい出てゆく、そのお出かけに付き合うのに、ほんとうは、妙な緊張感はいらないでしょう。そう思ってページを繰るとこんな写真が添えられていました。 彼女の手に目を瞠り、写真の中でその手が書き記そうとしている言葉を追いました。祈るべき 天とおもえど 天の病む 東北の震災のあとの句だったと思います。とても有名な句なのですが、やはり、しばらくの間、言葉を失って見つめていました。 一番最後の文章の日付は二〇一八年一月三十一日です。彼女の死の十日前ですね。題は「明け方の夢」です。 この前、明け方の夢を書き留めるように記した「虹」という短い詩にも、やっぱり猫が貌をのぞかせた。同やら、黒白ぶちの面影があるようにも思える。 不知火海の海の上が むらさき色の夕焼け空になったのは 一色足りない虹の橋がかかったせいではなかろうか この海をどうにか渡らねばならないが 漕ぎ渡る舟は持たないし なんとしよう 媛よ そういうときのためにお前には 神猫の仔をつけておいたのではなかったか その猫の仔はねずみの仔らと 天空をあそびほうけるばかり いまは媛の袖の中で むらさき色の魚の仔と戯れる 夢を見ている真っ最中 かつては不知火海の沖に浮かべた舟同士で、魚や猫のやり取りをする付き合いがあった。ねずみがかじらぬよう漁網の番をする猫は、漁村の欠かせぬ一員。釣りが好きだった祖父の松太郎も仔猫を船に乗せ、水俣の漁村からやってくる漁師さんたちに、舟縁越しに手渡していたのだった。 ところが、昭和三十年代の初めころから、海辺の猫たちが「狂い死にする」という噂が聞こえてきた。地面に鼻で逆立ちしきりきり回り、最後は海に飛び込んでしまうのだという。死期を悟った猫が人に知られず姿を消すことを、土地では「猫嶽に登る」と言い慣わしてきた。そんな恥じらいを知る生きものにとって「狂い死に」とはあまりにむごい最期である。さし上げた仔猫たちが気がかりで、わたしは家の仕事の都合をつけては漁村を訪ね歩くようになった。猫に誘われるまま、のちに水俣病と呼ばれる事件の水端に立ち会っていたのだった。(二〇一八年一月三十一日朝日新聞掲載)註「媛」には「ひめ」とフリガナがついています。 これが、あの石牟礼道子さんの絶筆です。何も言う必要を感じません。石牟礼道子さんという人はこういう人だったんです。追記2020・03・11 記事は口述だったそうです。昨晩の「夢」を語っていらっしゃる石牟礼さんの姿はそこにあるのですが、魂は、時間も場所も超えて、よざれていらっしゃったのでしょうね。 全く偶然なのですが、この記事を書いている今日は東北の震災の日でした。今日あたり、彼女の魂は、どのあたりによざれていらっしゃるのでしょうか。「天」ではなく「人」が病んでいくこの国の世相をどうご覧になっているのでしょかね。追記2022・12・26石牟礼道子の文業を、文字通り、その始まりから生涯支え続けた渡辺京二の訃報をネットで見ました。命日は2022年12月25日、死因は老衰だそうです。92歳だったそうです。 無念という言葉が浮かんできました。 自分はこの世に必要ないのではないかという人がいるが、そんなことは誰も言っちゃおらん。花を見てごらん、鳥のさえずりを聞いてごらん。世界はこんなにも美しく、誰しもを歓迎していてくれる。(2022・12・26読売新聞) どうにも避けることができないことだというのはわかっているつもりですが、こうして、みんな亡くなってしまうのですね。ボタン押してね!ボタン押してね!苦海浄土 全三部 [ 石牟礼 道子 ]
2020.03.13
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テレンス・マリック「名もなき生涯」シネ・リーブル神戸 今日は2020年の3月9日です。昼前の高速バスに乗って三宮に出かけました。さほど混みあう路線ではありませんが、十数人の乗客が乗っていました。マスクをしていないのはぼく一人でした。ぼくは、今のところマスクはしません。理由は簡単でマスクがないからです。いったい、皆さんはどこでマスクを手に入れていらっしゃるのでしょう。でも、マスクを持っていても、多分、ぼくはマスクをしないでしょう。風邪をひいていないからです。同居人のチッチキ夫人は休みの日には手作りマスクを作っていますが、職場の必要に備えてのことのようです。 やってきた三宮ではシネ・リーブルで「名もなき生涯」という映画を見ました。寒くなった一月当初の出不精を反省して、積極的徘徊老人へと気持ちを切り替えて、ここのところ映画館徘徊に精を出しています。 街にマスクをした人があふれ始めた頃から映画館は快適です。「濃厚接触」の可能性は限りなくゼロに近い状態で、ほとんど個人専用試写会会場化! しています。もっとも、当然、売り上げも限りなくゼロに近づいているはずです。その結果「無観客」上映から上映中止という事態の移行をぼくは一番怖れています。 ヒトラーの有名な行進風景から映画は始まりました。1934年にレニ・リーフェンシュタールがニュールベルグのナチスの党大会の様子を撮った「意志の勝利」という映画のシーンだと思います。整然とした大行進、一斉に叫ばれる「ハイル・ヒトラー」がモノクロの映像で映っています。 続けて、美しいカラーの映像で、「アルプスの少女ハイジ」の風景が映り始めました。西洋の悪魔が手にしている、大きな鎌で草刈りをしている人々が映っています。最初にナチスの光景を見たからでしょうか、働いている人たちや、草原と山の美しい風景を見ながら涙がこぼれてきます。年ですね(笑)。 三人の幼い娘と、愛する妻、戦争未亡人の母がいる一人の農夫が戦争に行くことに疑問を感じます。その結果、徴兵とヒトラー礼賛を拒否し反逆罪で捕らえられます。 刑務所で暮らす男と、村で暮らす、その妻の姿が交互に映し出されます。映画は「あなたならどうする?」 を、繰り返し問いかけてきます。男に提示される交換条件、妻や家族が直面する苦難、そして、いつまでもその姿を現すことのない神。 「キリストはローマ人を許した」と諭す神父、くりかえされる暴力、拷問、翻意を促す甘言、村八分の村で暮らす家族、懐かしい山の風景、そして「死」の恐怖。 つぎつぎと映し出されるシーンは、どうして翻意しないのか、どうして一言「ハイル・ヒトラー」が言えないのかという問いを、見ているぼくに畳みかけてきます。そのとき、ふと、「自由」という言葉が浮かんできました。 哲学者の岩田靖夫が「ギリシア哲学入門」(ちくま新書)の中で「人間は、自由な絶対存在である」 と言っていたことばが浮かんだのです。 自由な存在とは、何かするかしないかは、その人が決めるという存在のことである。絶対的存在という、その絶対的とは、「かけがえのない存在」といってもいいし、「取り換えの効かない存在」といってもいい。(中略) 人間は自由な絶対的存在だから、決して他人の道具にならない。道具にならないとは、他人の思い通りにならないということである。あるいは、他人を自分の思い通りにしようとすることはできないということである。本来は、絶対にできないのだ。(中略) 人と交わるというのは大変なことです。自分の善意に相手が答えてくれるかどうか。「こんにちは」と挨拶して、相手が「こんにちは」と挨拶を返してくれるか。それは、相手の自由にかかっている。相手の自由の深淵から湧き上がってくる応答を期待し、希望して、我々は、毎日、一所懸命「こんにちは」と呼びかけ続けなければならない。だから、それに応えが返ってきたら奇跡である。 農夫フランツの「不幸」は最初で最後のというべき「してはいけないこと」 に気付いてしまったことにありました。 最初の「してはいけないこと」は、次々と、新たな「してはいけなかったこと」にフランツを出合わせます。「村の仲間と仲たがいすること」、「家族を見捨てること」、「神を冒涜すること」、「命を粗末にすること」そして「美しい故郷を捨てること」。 最初の「してはいけないこと」が「善」であるのか、「悪」であるのか。「真」であるのか、「偽」であるのか。一人だけ「してはいけないこと」に固執するのは身勝手な生き方ではないのか、葛藤するフランツに答えはありません。ただ、苦しむだけです。 村に残された妻ファニも、村人達の冷酷な仕打ち、苛酷な農作業、幼い子供たちの養育、希望が失われた生活に苦しみ続けています。 死刑執行を前にした面会室で、フランツとファニはやっとのことで再会します。無言の夫フランツの前で、妻ファニは叫びます。「愛している。あなたのJusticeを貫いて!」 「奇跡」が起きたのです。岩田靖夫が言う「自由な絶対的存在」であるフランツは、彼の「かけがえのない身勝手」にもっとも苦しめられている「他者」である妻ファニから「愛している。」 という応答を受け取るのです。 この映画はテレンス・マリックという監督の自己満足の作品でしょうか?ちがうと思います。映画の半分は刑務所における農夫フランツの苦闘を追っていますが、残りの半分で、「自由な絶対的存在」がもたらした過酷を生きるファニと家族を丁寧に描いています。その結果「人間」と「人間」が出会う「奇跡」を描くことができた! のではないでしょうか。 この映画では、「神」もまた挨拶が届かない「他者」でした。そういう意味では信仰への帰依を描いているとは、とても思えませんでした。 余計なことかもしれませんが映画を見ていて謎だったのは英語のセリフとドイツ語の背景でした。ドイツ兵のしゃべるドイツ語には字幕が出ないのですが、なにが意図されているのか、よくわかりませんでした。だいたい、なぜ、全部がドイツ語じゃないのか、という気分でもありますが。 ついでですが、フランツの同房の囚人として登場した男、ある場面で、死刑執行の場について印象的に語る男ですが、「希望の灯り」という映画で主人公を演じていた フランツ・ロゴフスキという俳優だったと思います。とてもいい味の演技でした。 監督、テレンス・マリックに拍手!です。実は、他にどんな作品を撮っていらっしゃるのか全く知らないのですが、この映画は深い! 間違いありません(笑)。 監督 テレンス・マリック 製作 グラント・ヒル ダリオ・ベルゲシオ ジョシュ・ジェッター エリザベス・ベントリー 製作総指揮 マルクス・ロゲス アダム・モーガン ビル・ポーラッド イー・ウェイ クリストフ・フィッサー ヘニング・モルフェンター チャーリー・ウォーケン 脚本 テレンス・マリック 撮影 イェルク・ビトマー 美術 セバスチャン・クラウィンケル 衣装 リジー・クリストル 編集 レーマン・アリ ジョー・グリーソン セバスチャン・ジョーンズ 音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード キャスト アウグスト・ディール(フランツ・イェーガーシュテッター:農夫) バレリー・パフナー(ファニ・イェーガーシュテッター:フランツの妻) マリア・シモン (レジー:ファニーの姉) ブルーノ・ガンツ(判事) 2019年・175分・アメリカ・ドイツ合作 原題「A Hidden Life」 2020・03・09シネ・リーブル神戸no47追記2020・03・12 実は、この映画のあと、ちょっと期待している邦画の喜劇を見るつもりでした。かなり悩んだのですが、歩くことにしてトボトボ神戸駅までやってきました。駅前の交差点に仕事帰りのチッチキ夫人が偶然立っていて、ホッとしました。二人ともマスクはしていません。「だって、ホントは、感染予防の役には立たへんでしょ。」「まあ、自分のバイキンをまき散らさへんエチケットの意味はあるやろ。」「みんな、覆面してて、息苦しいないんかなあ。」「まあ、人それぞれ自由にやってるんやったら、ええんちゃう?ぼくはせえへんけど。今日の映画見て、せえへん自信ついたし。」「どんな映画やったんよ。」 ふたりで兵庫まで歩いて蕎麦屋さんで遅い昼食を済ませて帰宅しました。 帰ってメールを覗くと「ゆかいな仲間」のチビラ2号・ホタル姫がインフルエンザB型との連絡が入っていました。「B型と聞いてホッとするって、へんやな。」「かわいそうに、高い熱出てんのとちゃうやろか。」「こないだお腹痛いって言うとったんはこれやな。」「土曜日やったっけ。」「ぼくらも、ちょっと。うつってるかもな。」「あら、一緒のお皿で食べてたわよ。」「濃厚接触のきわみやな。」 最後は、いつもの冬の「ジジ・ババ、お孫さん心配」会話でした。追記2020・03・23 フランツ・ロゴフスキの「希望の灯り」の感想はこちらからどうぞ。追記2020・08・02 最近見たニコラウス・ライトナー「17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン」という映画でフロイトを演じていたブルーノ・ガンツがこの映画では判事を演じていたことに気付きました。名優の生涯最後の演技の一つがこの映画にはあったのです。 そういうことに、見ながら気づけるようになりたいのですが、なかなか先は長そうです。 それにしても、「新コロちゃん騒ぎ」が始まったころの映画ですね。半年が過ぎようとしていますが、為政者が愚かであることだけが如実になっていくばかりです。ナチスとその支持者が跋扈する映画そのもののような世界が広がり始めているような気さえします。ボタン押してね!【新品】【本】ギリシア哲学入門 岩田靖夫/著
2020.03.12
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加藤典洋「大きな字で書くこと」(岩波書店)(その1) 文芸評論家の加藤典洋が昨年、2019年の5月に亡くなりました。その時に手元にあった岩波書店の「図書」の四月号に彼が連載していた「大きな字で書くこと」というコラムを引用した記事をブログに書きました。それから半年後、11月に岩波書店から「大きな字で書くこと」という題の本が出版されました。 2017年の一月から「図書」に連載されていた「大きな字で書くこと」というコラムと、信濃毎日新聞に2018年の四月から、月に一度連載されていた「水たまりの大きさで」というコラムが収められています。 巻頭には「僕の本質」という詩が配置されている小さな本です。連載の二回目に当たる記事にこんな文章を見つけました。 私は何年も文芸評論を書いてきた。そうでない場合も、だいたいは、書いたのは、メンドーなことがら、込み入った問題をめぐるものが多い。そのほうがよいと思って書いてきたのではない。だんだん、鍋の中が煮詰まってくるように、意味が濃くなってきたのである。 それが、字が小さいことと、関係があった気がする。簡単に一つのことだけ書く文章とはどういうものだったか。それをわたしは思い出そうとしている。 私は誰か。なにが、その問いの答えなのか。 大きな字で書いてみると、何が書けるか。 ここで何が意図されているのか、本屋さんで配布されていた「図書」で「大きな字で書くこと」を読んでいた当時も、この本を手にして、この記事にたどり着いた時にも、ぼくにはわかりませんでした。 読み続けていると、「父」と題されたコラムが数回続きます。そこでは、戦時中、山形県で「特高」の警察官だった父親の行跡がたどられ、青年加藤典洋の心の中にあった父に対するわだかまりが、そっと告白されていました。 ここまで読んで、ようやく、いや、やっとのことで気づいたのでした。加藤典洋は「私は誰かと」と自らに問いかけ、小さな自画像を描こうとしています。それは「死」が間近にあることを覚悟した批評家が、自分自身を対象に最後の「批評」を試みていたということだったのではないでしょうか。 しかし、2019年の7月号に載った「私のこと その6 テレビ前夜」が最後の記事になってしまいました。 小学校4年生の加藤少年は、山形市内から尾花沢という町に転校し、貸本屋通いの日々、読書に熱中しながら、家にやって来たテレビに驚きます。 この年、私は町の貸本屋から一日十円のお小遣いで毎日一冊、最初はマンガ、つぎには少年少女世界文学全集を借りだしては一日で読み切るため、家で読書三昧にふけったが、なぜ講談社の少年少女世界文学全集を小学校の図書室から借りなかったのか、ナゾである。小学校によりつかなかったのだろうか。 マンガでは、白戸三平の「忍者武芸帳」。こんなに面白いマンガを読んだのは初めてで、興奮して眠れなくなった。つげ義春、さいとう・たかを、辰巳ヨシヒロなどのマンガも独力で発掘した。マンガがなくなると、少年少女世界文学全集に打ち込んだ。「点子ちゃんとアントン」「飛ぶ教室」などのほか、「三国志」「太平記」まで大半を読破し、教室で、今の天皇は北朝ではないか、など先生を困らせる質問をした。 この年、「少年サンデー」と「少年マガジン」が発売される。毎週、本屋に走ったが、マンガが週間単位で詠めるのは、信じられない思いだった。 このあと、テレビが家に入ってくる。そしてすべてが変わる。自宅の居間で「鉄腕アトム」を見ながら、なぜこれが無料で見られるのかどう考えても理解できなかった。電波がどこから来るのかと思い、テレビの周りに手をかざしたのをおぼえている。(「私のこと その6 テレビ前夜」) これが、31回続いた連載の最終回、生涯の最後まで「私は誰か」を探し続けた批評家加藤典洋の絶筆です。 ご覧の通り、この文章の中で、彼はまだ問い続けています。テレビが家に入ってきてすべてが変わったことは次回に語る予定だったに違いありません。 自画像としてのエッセイとしても、描き始められている顔の半分は白いまま残されています。 テレビが象徴する経済成長の戦後史が始まったところです。中学生、高校生だった加藤少年について、まだ「大きな字で書くこと」がたくさん残っていたはずなのです。無念であったろうと思います。それ以上のことばはありません。 ただ、この本の案内としては「水たまりの大きさで」と、冒頭の詩について言い残している気がしています。それは(その2)として書いておきたいと思っています。 追記2020・03・11 脈略のない追記ですが、今日は東北の震災の日です。コロナ騒ぎで追悼行事が中止だそうです。あったからと言って、遠くでニュースとして見るだけなのでしょうが、何だか、とても哀しい気分になりました。 「加藤典洋の死」という記事はこちらからどうぞ。追記2021・09・03 加藤典洋のテレビの話を読み直しながら、彼が6年生だった時に幼稚園児だった自分のことを思い出しました。小学校の3年生くらいになったころ近所の家でもテレビが購入され始めましたが、我が家にはありませんでした。現在、2021年、ほとんどテレビを見ない暮らしをしていて、何の不便も感じませんが、40軒ほどの集落で、一番遅くテレビが購入され、家の茶の間に設置された思い出はかなり鮮やかに覚えています。 あれから、半世紀以上のときが立ちましたが、テレビが1930年代の「映画」とか「ラジオ」とかとは、また違った迫力で、ある種の「全体主義」を作ってきた道具だったことにようやく思い当たるうかつさを感じでいます。 最近スマホをいじるようになってテレビの時代が終わりつつあることを実感していますが、テレビよりもずっと便利で手軽ですが、かなり危ない道具であることは間違いなさそうです。 加藤典洋が、「テレビの思い出」で語り始めていることの先に、テレビの時代を論じた「敗戦後論」があると思うのですが、「便利」という言葉が作り出している「スマホの時代」のことを、彼ならどう考えるのでしょうか。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.11
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大江健三郎・柄谷行人「全対話」(講談社) 作家の大江健三郎がノーベル文学賞を受賞したのは1994年でした。この対談集には三つの対談が収められていますが、それぞれ、「中野重治のエチカ」(1994・4月)「世界と日本と日本人」(1995・5月)「戦後の文学の認識と方法」(1996年・5月)と題されています。対談の日付から、ノーベル賞受賞前に一回、受賞後に二回行われたことがわかりますが、それから25年の歳月が流れています。 その当時、大江健三郎と柄谷行人の二人が会い、真摯に語り合っていた様子に不思議な感動が湧いてきます。 ぼくは、この二人の、たぐいまれな文学者の作品を20歳以来読み続けてきましたが、漱石論で脚光を浴びていたころの柄谷行人に「個人的な体験」をめぐる批評があったような気はしますが、二人の間の「からみ」を目したり、読んだりした記憶はありません。この二人は、互いに「遠い場所」にいると思い込んでいました。 その二人が、ちょうど、ぼくの記憶の真ん中あたりで出会っていたということに、まず、意表を衝かれました。それがこの本を手に取った直接の動機でした。 巻頭の「大江健三郎氏と私」の中で、柄谷行人は「大江健三郎という作家」と「柄谷行人という批評家」の在り方を、それぞれ「小説の終わり」と「批評の終わり」を意識せざるをえない場所に逢着した表現者であると結論づけていますが、「終わり」を意識するに至る二人の思考のプロセスを解くカギ言葉として、ambiguous(両義性)とambivalent(両価性)という対義的な二つの言葉について語っています。 何のことかといぶかしむ方には本書を手に取っていただくほかはありませんが、本書に収められた対談についていえば、「中野重治のエチカ」は戦中から戦後にかけての文学的「転向」の「エチカ」、「倫理」をめぐって、語り合う二人の間にはambiguous(両義性)についての思考が底流しています。 「世界と日本と日本人」、「戦後の文学の認識と方法」はともに現代の世界文学におけるambiguous(両義性)をめぐる対談といっていいと思いました。 本書を読み進む中で、二人が、それぞれ、自らの表現スタイルについての告白にも似た様子で、語っているところがあります。ハッとして、表紙を見返すと装幀家菊池信義がすでにに発見していて、表紙を飾っているのに気づいて笑いましたが、その語りはなかなかスリリングでした。 一つ目は批評家柄谷行人の文学的出発と、25年前の現在をめぐる発言です。柄谷 大江さんが文芸誌にデビューされたのは1957年ですね。大江 そうです。57年の夏。柄谷 僕は69年に、大江さんが選考委員をされていた群像新人賞をもらったわけです。当時、その十二年の違いは、随分大きいような気がしていましたが、今から振り返ってみると、さほどのことはなかったという気がしています。そ手も当然で、あれからニ十七年も経っているのですから。特に、九十年代以後の状況の中で考えてみると、僕はむしろ自分が批判してきた前世代と共通の時代的な基盤にあったことを痛切に感じています。大江 あなたはそのころ哲学ではなく、批評という形でものを書こうとされたことには、やはり時代的な必然があると感じますか?柄谷 ええ。少なくとも、現在なら、僕は批評という形式ではやらなかっただろうという気がしますね。僕はたんに小説をあげつらったり理論的に考察したりするために批評を選んだということはありません。それなら、むしろ小説家になろうとしたでしょう。やはり、哲学的というべき関心が強くあったのです。 ところが、それを哲学としてやる気にはならなかったのです。それにはそれなりの理由があったと思います。まず何よりも文章の問題がありました。僕はいわゆる哲学者の書いた文章が好きになれませんでした。それは自分自身の存在と遊離しているような気がしたのです。そして、それはまた日本の現実的な存在と遊離しているということでもあります。 戦中に行われた「近代の超克」という座談会を丁寧に読みなおしたことがありますが、その中に、小林秀雄が京都学派の人たちに、君たちはまともな文章を書いていないとやっつけているところがあります。再読したときに思ったのは、第一にその時、小林秀雄は京都学派の哲学者をこれ以上ない言い方で批判していたのだということです。第二に、実は小林秀雄は哲学者なのだ、しかし批評という形で書くほかなかった哲学者なのだ、ということです。これは日本において、あるいは日本語に置いて考える限り避けがたい問題でもあり、また、そう考えること自体が、批評という形式を強いるのだと思います。 僕にとって、批評とは、思考することと存在することの解離そのものを見ることでした。と言って、それは抽象的な問題で反句、日本の近代以降の経験、あるいはファシズムと戦争の経験、そういうものを凝縮した問題だと思うんです。それはいわゆる哲学や、社会科学や、そういったものから不可避的に抜け落ちてしまうなにかです。逆に、批評という形式においてなら、どんなことでも考えられるのではないか、と思ったのです。今の若い人たちはそういうふうに考えないのでしょうが、僕にとっては、批評は自分の認識と倫理にとって不可欠な形式であったと思うんです。そして、それは現在もなお続いていると思います。(「戦後の文学の認識と方法」) 次は、大江健三郎の、25年前の現在ですね。今、振り返れば、彼はこの後、「宙返り」に始まり「晩年様式集」にいたる作品を書きつつけていますが、この時点でたどり着いている「小説の終わり」に対する感慨を込めた発言には胸打たれるものがありました。大江「ドン・キホーテ」だって、下巻はとくにすぐれていますけれども、完全にサンチョ・パンサの批判、ドン・キホーテの批判で、あるいはセルバンテス自身の批判となっていて、実に高度なものですね。あれだけ高度であるということは、もうそれ以上の抜け道はないわけです。 偉い作家はこぞってそうだし、僕程度の普通の作家でも、小説だけ書いて生きていますと、その形式がよくわかってくるんです。そのうち一つの小説を書くと、次に書くのは最初の小説で発見したことの否定から始めるほかなくなる。猛烈に早くふけてしまう老人みたいに、僕は個人として小説の歴史を早くたどり過ぎたわけです。五十歳になったころ、すでに僕は。小説とはこういうものだという見通しを持っていたように思う。そして、それをもう一回やることには意味がない。本当の興味もありませんし、生き生きとした魅力もない。だから、僕はある段階から後ろ向きになってしまったのじゃないか。 いつも前を見て、わけのワカラナイ方向へ向かって書いていく、それが小説です。認識していないものをなぜかけるのかというと、物語るという技術があるためです。そういうわけで、前を向いて書いている分には健全ですけれども、それがいつのまにか後ろを向いて、自分の書いたものを検討しながらやるようになった。つまり自分にとっての小説の終わりというものを書こうとしてきたように思いますね。ですから、読者がいなくなるのも当然なんです。じぶんとしては、それはそれである面白さはあるんですけれども。(「世界と日本と日本人」) ぼくは、相変わらず、この二人の新しい作品を待ち続けていますが、つい先日、古井由吉の訃報を知り、思わず、丘の上に立って、日が沈んでいく地平線を遠くに眺めているノッポとチビの二人連れを思い浮かべました。 端正なノッポが柄谷行人、チビでかんしゃく持ちの、ちょと太った男が大江健三郎でしょうか。追記2023・03・14 2023年3月3日金曜日、作家の大江健三郎が亡くなったそうです。彼の新しい作品を待ち続けていましたが、かなわない夢になりました。 まったく、偶然なのですが、中期の作品「新しい人よ眼ざめよ」、「雨の木を聴く女たち」、「静かな生活」と読み継いでいるさなかでの訃報でした。次はいよいよ大作群が待っています。亡くなったからといって、作品が消えるわけではありません。読み継いでいこうと思っています。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.10
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ハロルド作石「7人のシェイクスピア(第11巻)」ヤンマガKC お待たせしました。ヤサイクン三月の「マンガ便」です。ハロルド作石「7人のシェイクスピア」最新号、「第11巻」が届きました。 エリザベス一世統治下のロンドンで繰り広げられている「海軍大臣一座」と「ストレンジ卿一座」による劇場戦勝もいよいよ佳境です。「10巻」でシェイクスピアとの恋に落ちた、女王の侍女ジョウウン・ブラントとの禁断の関係も、いよいよ、本格的「大人のマンガ化」しています。画像は載せませんが、ナレーションはこんな感じ。 「宮廷では忠実、家では行儀良く、そしてベッドでは奔放!」 いやはや、こんなシーンが、果たして必要なのかどうか。ハロルドさんの読者サービスとしか思えないのですが、まあ、興味をお持ちの方は本冊へということですね。 さて、上記のページをご覧ください。話は劇場戦争に戻りますが、二つの劇団の対決のために、シェイクスピアが考えたアイデアは何か?秘密の恋人ジョウン・ブラントへの一通の手紙に計画を託します。エリザベス女王は、かねてから「リチャード三世」の再演を望んでいましたが、シェイクスピアは「リチャード三世」を演目として舞台に載せる交換条件として、女王が上演を禁じている「マクベス」の上演許可を求めたのです。「7人のシェークスピア」では、「マクベス」という演目をイングランドの女王エリザベス一世が、スコットランド王の話だという理由で嫌っているという設定なのです。そんな女王の好みを逆手にとって、女王が嫌う「マクベス」を世に出すための「シェイクスピアの挑戦」というのが、この手紙に託された、マンガの筋書きなのですが、シマクマ君は、ここで「はてな?」となってしまったのです。 ここで描かれているロンドン劇場戦争は、エリザベス統治下、シェイクスピアがロンドンでトップスターに躍り出る1590年代の出来事のはずなのですが、「マクベス」は彼にとっては、どちらかというと、後期、1606年ころにできた作品で、それはエリザベス一世が他界した後のことなのですね。 調べてみると、シェイクスピアの四大悲劇「ハムレット」「マクベス」「オセロ」「リア王」は、それぞれ1600年を越えて書かれているようです。で、芝居好きのエリザベス一世は、1603年に死んでしまいます。一番早く書かれた「ハムレット」が1600年だそうです。残りの三つは「オセロ」(1602)、「リア王」(1604)、「マクベス」(1606)というわけで、実際には、エリザベス女王は「ハムレット」以外、その演目の存在も知らなかったのではなかったかと思うのですが、というのがぼくの「はてな?」です。 もっとも、そもそもがシェイクスピアを7人の集合体として描いている虚構作品ですから、こだわるのは野暮ということでしょうね。史実を持ち出してこだわってしまえば、実際のシェイクスピアはこのとき、妻子持ちの「オッサン」なわけで、宮廷の侍女との恋の話も???てことになりかねません。 しかし、一方、11巻に登場する二人の俳優「海軍大臣一座」のネッド・アレンと「ストレンジ卿一座」のリチャード・バーベッジは実在しています。特にリチャードは演劇史に名の残る名優だそうです。 このマンガではこの男ですね。 虚々実々、いよいよ劇場戦争も佳境、最後の対決をむかえます。「12巻」が楽しみですね。追記2020・03・08「7人のシェークスピア」(1巻)・(9巻)・(10巻)の感想はここからどうぞ。追記2023・02・15 過去の記事の修繕をしました。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.09
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ビー・ガン「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」シネ・リーブル神戸 学生時代からの友人で映画の話をブログとかに書いている人が二人いて、最近ツイッターとかで挨拶するようになった、映画好きの若い人が一人いる。ぼくは彼らの映画評を信用しているので、2018年から始めた映画徘徊の、いわば案内人ですね。 その三人が、封切りとほぼ同時に話題にしたのがこの映画「ロングデイズ・ジャーニー」でした。監督はビー・ガン、中国の二十代の人です。これはまいった。ど真ん中直球で好きな映画だ。まだ3月初めなのに、今年はこれと『象は静かに座っている』(フー・ボー監督)の2本で充分にお釣りが来る。監督はふたりとも中国人。いくら私がアジアン・ムービーを好きだとしても、この高打率はすごい。恐るべし、中国語映画。(ブログ「Bell Epoque」) バルトの「明るい部屋」、書きながら考えてる感じがめちゃくちゃ面白かった。写真論かと思いきや私的な愛の話。“そっくりであるというのは、愛にとって残酷な制度であり、しかもそれが、人を裏切る夢の定めなのである”で最近読んだ本が突き抜けた。 意図せず「ロングデイズ・ジャーニー」も突き抜けた。たぶんこれ3Dで観てたら戻ってこれてない。(ツイッター少年) ネッ、見ないわけにはいきませんでしょ。というわけで勇躍シネ・リーブルへやって来たシマクマ君です。会場はアネックス・ホールです。500人くらい入るホールですが、観客は4人。これは映画のせいではありません。「コロナ騒ぎ」の結果ですね。これでは「濃厚接触」の可能性は、ほぼありませんが、やがて「無観客」上映とかになったりして、フフフ。笑い事ではありませんね。とはいいながら、シマクマ君は今週6本目の映画です。こういうの「反社会的」行動というのでしょうか。 で、仰向けになった男の顔をジーッと撮っているシーンから映画が始まりました。「画面が暗い」それが最初の印象でしたが、最初の印象が最後まで続きました。筋が読めません。眠くて困りました。 ボンヤリ映像に見入っていると島尾敏雄の「夢の中の日常」という題名が浮かんできました。続けて、亡くなった古井由吉の「辻」を読んだ時のことを思い出しました。「夢」が現実と出会う場所、あるいは現実から夢へ入ってゆく場所として「辻」があったのではなかったか。眠いのに、次から次へと目の前のシーンとは何の関係もないことへ「想念」が湧きあがってきます。本当に眠り込んでしまいそうです。 泣きながらリンゴを齧る少年の姿が、朦朧としかかった意識を少し持ち直してくれました。相変わらず画面は暗いままです。 3Dを暗示するあたりから、画面が滑るような感じが加わって悪酔いしそうです。暴れる馬のシーンも、もう一度リンゴを齧るシーンも、母親に銃を向けるのシーンも眠気を払拭するには至りませんでした。呪文は唱えられましたが、2Dだからでしょうか、家が廻った感じはわかりませんでした。 前半のどこかに入り口があったのを見損なっていたのでしょうか。戻ってくるも何も、あちら側に入っていくことができないまま、実に暗示的な歌詞の主題歌が流れて、映画は終わってしまいました。 「映画の映画」という方法を、「意識の意識」という、人間にとって、ある意味で当たり前の、多層的な知覚と意識の底を抉るために用いることで、登場人物と彼がさまよう場面とを迷宮化させようとしている映像として映画は作られていたということなのでしょうか。 偶然かもしれませんが、ツイッター君が持ち出しているロラン・バルトの「愛」の話にはこの映画を解くカギの一つがあるように思いました。彼は、実に、鋭いところを突き抜いているのではないでしょうか。 この映画には、若い監督の「才気」とでもいうものが満ちていて、面白い人には面白いのでしょう。しかし、カン違いかもしれませんが、その「才気」が駆使している様々な方法は、本来、描くはずであった「実在」の輪郭を薄暗がりの中の闇に消し去ってしまったのではないでしょうか。 チラシにありますが、この映画が中国やアメリカで「大衆的」支持されたという文言には、ただ驚くだけです。観ていないので何とも言えませんが、3Dという視覚のマジックが受けたのでしょうか。 何はともあれ、消える魔球で空振り三振というのが今回の徘徊でしたが、ボールどころか、ピッチャーがどこにいるのさえ見えないままトボトボベンチに引き上げる気分でした。 上に書いたことは、要するに負け惜しみとヘラズグチですね。トホホ・・・。監督 ビー・ガン 脚本 ビー・ガン 撮影 ヤオ・ハンギ ドン・ジンソン ダービッド・シザレ 美術 リウ・チアン 衣装 イエ・チューチェン リー・ファ 編集 イエナン・チン 音楽 リン・チャン ポイント・スー キャストホアン・ジュエ (ルオ・ホンウ)タン・ウェイ(ワン・チーウェン) シルビア・チャン チョン・ヨンゾン リ・ホンチ2018年 138分 中国・フランス合作原題「地球最后的夜晩 」Long Day's Journey Into Night2020・03・06シネ・リーブル神戸no46追記2020・03・08「象は静かに座っている」の感想はこちらをクリックしてください。ボタン押してね!
2020.03.08
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サム・メンデス「1917 命をかけた伝令」OSシネマズ・ミント OS系の映画館が苦手です。しかし、流行っている映画はこっちでやっています。そこがむずかしいところですが、先日、ピーター・ジャクソンの「彼らは生きていた」という第一次世界大戦のドキュメンタリー映画をシネ・リーブルで見て、こっちでやっている、この映画が気になりました。サム・メンデス監督の「1917」です。 第一次大戦については、ドイツ側から出征した作家レマルクが「西部戦線異状なし」(新潮文庫)という小説を書いています。この小説の翻訳を読んで感動したのが40年前です。そのころ映画にもなりました。見た記憶だけがあります。それ以来の、久しぶり関心なので、よくわかりませんが、西部戦線というのはドイツからみて西側で、この映画も「彼らは生きていた」も西部戦線での出来事でした。 草原で寝ている二人の兵士がいます。一人がブレイク上等兵、もう一人がスコフィールド上等兵です。 登場人物たちはイギリス軍の軍服を着ています。そこに上官らしき人がやってきて命令を下すシーンから映画は始まりました。 昼寝をしていた二人の若い兵士は長い塹壕を歩いて司令官のもとに連れていかれます。そこで彼らは、ドイツ軍の罠に落ちんととしている最前線へ作戦中止命令を伝える伝令として派遣されます。 ここで面白かったのは、ドイツ軍の意図が「航空写真」で暴かれたことと、司令部から最前線への連絡方法が「電話線」を切られた結果、無線じゃなくて、「人」だったということです。 「飛行機」も「電話」も、第一次大戦の新兵器です。しかし、飛行機から、現地へ直接の連絡はできないし、無線連絡もまだなかったのでしょうか?で、結局、「人間」が危険とたたかうドラマを演じるというわけです。 命令を受けたブレイク上等兵とスコフィールド上等兵が出発します。目標地点はドイツ軍の制圧している地域の約15キロほど向こう側の地点です。刻限は明日の早朝です。遅れれば1600名の兵士がなぶり殺しになる悲劇的作戦が発動されます。 ブレイクには最前線で従軍している兄を救うという動機がありますが、スコフィールドには命令以外の動機はありません。カメラは二人を追い始めます。この執拗に二人を追うカメラワークがこの映画の特徴です。もちろん、見所でもあります。 長い長い塹壕を超え、鉄条網を超え、もぬけの殻になったドイツ軍の長い長い塹壕に潜り込みます。そして、この長い塹壕がこの戦争の特徴です。この戦争は何年にもわたって、対峙したまま塹壕を掘りあうような消耗戦だったのです。 撤退した後の橋や街、農家や家畜がすべて破壊され、殺されているのも、残された塹壕にトラップのように爆薬が仕掛けられているのも、記録にも残されているドイツ軍の作戦です。 見ているぼくは、いつになく冷静です。ピ-ター・ジャクソン監督のフィルムの予習が効いているようです。目の前で走り続けている二人の兵士が遭遇する、目を覆うばかりの危機と悲劇がお芝居に見えてしまうのです。 予想通り、兄を救いたい一心だったブレイクは事故のように戦死し、やる気のなかったスコフィールドが本気になります。一人ぼっちで走り出しスコフィールド上等兵は瓦礫の中で生き延びている赤ん坊と女性を救い、自分自身も九死に一生の危機を潜り抜けて、最後には命令を伝えます。 危険な命令を遂行した英雄は、戦友の兄ブレイク中尉に遺品を渡し、一人、広がる平原を見ながら座り込みます。そして、嫌っていたはずの家族と、おそらくは恋人の写真を取り出すシーンで映画は終わりました。その時、彼は泣きはじめていたと思いました。 ひやひや、ドキドキのシーンは満載です。映画を作っている人の戦争に対する批判の意図も、英雄視される兵士たちの「哀しさ」もよくわかります。 しかし、いつかどこかで見たことがあるという不思議な印象がぬぐえない映画でした。そこがザンネンでした。 劇場が明るくなり、いつにない高校生らしき少年たちの声が聞こえてきます。「この話、実話なん?」「最後に出てたやん、誰かののこした手記かなんかやって。」 聞こえてきた会話に、懐かしさが沸き上がってきました。「いや、これは、やっぱり作り話やで。」 おせっかいで、いいたがりだった、元教員は、さすがに声にはしませんでしたが、そう呟いたのでした。監督 サム・メンデス 製作 サム・メンデス ピッパ・ハリス ジェイン=アン・テングレン カラム・マクドゥガル ブライアン・オリバー 脚本 サム・メンデス クリスティ・ウィルソン=ケアンズ 撮影 ロジャー・ディーキンス 美術 デニス・ガスナー 衣装 ジャクリーン・デュラン デビッド・クロスマン 編集 リー・スミス 音楽 トーマス・ニューマン キャスト ジョージ・マッケイ(スコフィールド上等兵) ディーン=チャールズ・チャップマン(ブレイク上等兵) マーク・ストロング (スミス大尉) アンドリュー・スコット(レスリー中尉) クレア・デュバーク(一人だけ出てくる女性) リチャード・マッデン(ブレイク中尉) コリン・ファース(エリンモア将軍) ベネディクト・カンバーバッチ(マッケンジー大佐) 2019年 119分 イギリス・アメリカ合作 原題「1917」 2020・03・03・OSシネマズno5ボタン押してね!ボタン押してね!西部戦線異状なし改版 (新潮文庫) [ エーリヒ・マリア・レマルク ]
2020.03.07
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ジョバンニ・ピスカーリオ「ゴッホとヘレーネの森」シネ・リーブル神戸 シネ・リーブルではしご鑑賞。梯子を見たのではありません。ピーター・ジャクソンのドキュメンタリーを見終えてロビーにでてくると、ちょうどこの映画の入場案内が始まっていました。「これも、ドキュメンタリーか?こっちは普通かな?」 そんなことを考えながらエスカレーターで地上に出ました。京町筋にある喫煙コーナーまで歩いて、ボンヤリタバコを喫って、Uターンしました。 美しい美術館、何だかとても美人の女性が紹介しています。中々落ち着いた出だしでした。ヘレーネ・クレラ=ミュラーというオランダのお金持ちのコレクターの紹介映画のような始まりでした。 おや、彼女について詳しくやるわけではなさそうです。ゴッホの画風や手紙の話になっています。絵の管理や保存の様子もあります。紹介の美人俳優が時々出てきますが、必然性は感じません。 ぼくは高校時代に初めて読んだ小林秀雄の「ゴッホの手紙」を思い出していました。目の前で解説されているゴッホと彼の弟テオとのやり取りも、ゴッホ自身の苦悩も、南フランスへの旅も、ゴーギャンとの葛藤も、浮世絵の影響も、みんなその時に知ったような錯覚に浸りながら美しい画面に見入っていました。 実をいえば、「ゴッホの手紙」を読んでから、あれこれ読んだはずなのですが、みんな忘れてしまっていて、小林秀雄のゴッホを描き出す「手つき」に対する20歳の驚きがすべてを忘却の彼方に押しやっているにすぎません。ぼくの中ではゴッホといえば小林秀雄になってしまっているのです。 何だか、思い出劇場のように映画は終わりましたが、とても感心したことがあります。 絵画に対して、カメラが、いったん異様なまでに近づいていきながら、引いていくにしたがって変化してゆく絵の見え方を実感したことです。細密なタッチが全体の色彩感と光の印象を作り出していました。これは、今まで美術館では気にも掛けなかった「リアル」 でした。音楽はデジタル録音でいいし、絵は写真でいいやなどと考える 雑な発想のダメさを感じました。 小林秀雄に入れ込んでみていると、こういうことは永遠に分からないと思います。罪作りな話ですね。 もう一つは顕微鏡で覗き込んだ絵の表面ですね。TVの教養番組でも見たことがある気がしますが、ニスのようなものが塗られた表面の劣化が如実にわかります。こういうのを修繕するのかと、いたく感心しました。 ヘレーネという人が、いったいどれくらいのお金持ちなのかということが、最後まで気にはなりましたし、映画全体の雰囲気が気どっているのが、少々鼻につく感じはしましたが、こういう「ものしり」映画は好きです。 映し出される「絵」や「風景」はどれも美しいし、ピーター・ジャクソンの「生き生きとした死体の山」に疲れた心を癒すには絶好の映像でした。というわけで、「はしご」鑑賞でしたが疲れは感じませんでした。その上、中々、勉強にもなりましたよ。監督 ジョバンニ・ピスカーリオ 脚本 マッテオ・モネータ 音楽 レモ・アンツォビーノ 美術史コンサルタント マルコ・ゴルディン ナレーション バレリア・ブルーニ・テデスキ2018年 90分 イタリア原題「Van Gogh - Tra il grano e il cielo」2020・02・27シネ・リーブル神戸no45にほんブログ村小林秀雄全作品(20) ゴッホの手紙 [ 小林秀雄(文芸評論家) ]ゴッホの手紙(下) テオドル宛 (岩波文庫) [ ヴィンセント・ファン・ゴッホ ]
2020.03.06
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ロジャー・メインウッド「エセルとアーネスト ふたりの物語」元町映画館 2019年の12月に「ロング・ウェイ・ノース」というアニメーション映画を元町映画館で見ました。その時に予告編で見た映画が、この映画です。 チラシをご覧ください。主人公の二人「エセルとアーネスト」が一人の少年を中に互いに抱き合っています。アーネストは協同組合の牛乳配達員、エセルはその妻です。少年はやがて成長して、下方の写真の男性、絵本作家のレイモンド・ブリッグスになります。レイモンド・ブリッグスは、1934年の生まれで、今年86歳。我が家では「さむがりやのサンタさん」と「サンタのたのしいなつやすみ」の二冊を「愉快な仲間たち」が子供の頃、読んだと思うのですが、「風が吹くとき」という絵本でとても有名になった人です。 そのブリッグスが、自分自身が65歳を越えた頃、両親の出会いから死までの人生を「エセルとアーネスト」という絵本にしたそうです。 映画は実際に絵を書いているレイモンド・ブリッグス(多分)の仕事場のシーンを映し出します。実写です。影になっていてよく見えませんが、かなり高齢な男性が、紅茶にミルクを足して飲みながらふと、こんなことばをつぶやきます。「こんな、何の変哲もない夫婦の話が、どうして、こんなに評判がいいんだろう?」 それから、彼は仕事机に向かい、机の上の白い紙に、鉛筆で誰かの姿が書きはじめます。だんだん輪郭がアーネストになってゆきます。色がついて、動き出して、アニメーションの「エセルとアーネスト」が始まりました。とりあえず、最初の「うまいもんやな!」です。 ロンドンの街の、漫画風の地図が映し出されて、地図の中で人が動いています。ブリッグスの絵が動いています。 窓を拭くエセルはメイドさんで、自転車で通りかかる青年アーネストに恋をします。それが物語の始まりでした。 結婚、ローン、マイホーム、出産。戦時下の暮らし。戦後の社会。子どもの成長と自立・・・・。 イギリスの労働者階級のごく当たり前の生活がブリッグスの素朴な絵のタッチそのままに、1930年代から半世紀にわたって描かれていました。 庭に花が咲いたことを喜び、自転車のハイキングで二人の夢を語る。幼子を疎開させ、防空壕を掘らなければならない戦時を嘆き、一方で、戦地で息子を死なせた友人を心からいたわる。勝手に学校をやめた息子に絶望し、自家用車を手に入れらる時代に驚く。そして息子夫婦に子どもができないことを寂しく思いながら老いてゆく。 それが「エセルとアーネスト」の「幸せな」人生の姿でした。あの日、窓越しに出会ったことの「よろこび」の淡い光が、二人の生活の上に静かにさし続けているかのようでした。 しかし、光はやがて消えてしまいます。エセルは目の前にいるアーネストを見失い、一人で旅立ちます。エセルに忘れられたアーネストも、やがて、一人ぼっちでこの世を去りました。 「生きる」ということの、途方もない「哀しさ」をブリッグスは描いていると思いました。最後に、痩せさらばえた父の遺体と出会う息子の姿を映し出して映画は終わります。エンディンテーマが流れて、エンドロールが終わっても涙が止まりません。 ぼく自身の年齢が、そう感じさせている面もあるかもしれませんが、傑作でした。監督 ロジャー・メインウッド製作 カミーラ・ディーキン ルース・フィールディング製作総指揮 レイモンド・ブリッグズ ロビー・リトル ジョン・レニー原作 レイモンド・ブリッグズ編集 リチャード・オーバーオール音楽 カール・デイビスエンディング曲 ポール・マッカートニー声優ブレンダ・ブレシン(エセル:妻) ジム・ブロードベント (アーネスト:夫)ルーク・トレッダウェイ(レイモンド・ブリッグズ:二人の息子)2016年94分イギリス・ルクセンブルク合作原題「Ethel & Ernest」2020・03・02元町映画館no35追記2020・03・05 映画の中のエセルの姿を見た帰り道、耕治人という私小説作家の「そうかもしれない」という作品を思い出しました。まあ、ぼくがそう思うだけかもしれませんが傑作だと思います。とても短い作品です。 認知症の妻と癌になった夫という老夫婦の生活が描かれています。病床の夫を車椅子で見舞った妻は、夫を見ても知らん顔をしています。看護婦さんが気を使って「御主人ですよ」と声をかけると、妻は「そうかもしれない」と答えます。 このエピソードが題名になっていますが、この作家は私小説、自分の経験した出来事を作品にしている人です。だから、実話なんですね。エセルのエピソードとそっくりでした。「哀しさ」が共通していると思いました。 この作品は「一条の光・天井から降る哀しい音 」(講談社文芸文庫)という作品集で読めます。表題の二作と、三作セットで読んでみてください。ぼくは辛いので、当分読み直したりしません。 ああ、それから「ロング・ウェイ・ノース」の感想はこちらからどうぞ。追記2020・03・06「そうかもしれない」の、妻と夫との出会いは、記憶違いでした。大学病院に入院中の夫を車椅子で見舞う妻の発言でした。本文も訂正しました。追記2023・02・03「エセルとアーネスト」の感想を修繕しました。そのついでですが、耕治人の「そうかもしれない」の感想はこちらからどうぞ。ボタン押してね!ボタン押してね!一条の光・天井から降る哀しい音【電子書籍】[ 耕治人 ]
2020.03.05
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ロビン・ルッツ「エッシャー 視覚の魔術師」元町映画館 オランダ人の版画家で画家マウリッツ・コルネリス・エッシャーという名前は、今の若い人たちの間でも有名なのでしょうか。「だまし絵」って言うんですよね。1980年か90年にかけてだったと思いますが、ブームがあったと思います。平面が立体化して見えるのが、まず最初の錯覚で、次に循環が導入されて、有限が無限化する。そういう絵が、あちらこちらに氾濫していました。 絵や版画は止まっているけれど、映像は動くよなあ、それがこの映画を見た動機でした。 始まりの画面は古いタイプライターのクローズ・アップで、タイプライターを叩く音と一緒に、画面に文字が打ち出されていって「エッシャーを映画にできるのはエッシャーしかいない。」 というテロップになって、シーンが変わりました。 ここからエッシャーの世界のはじまりでしたが、少年エッシャーが、視覚の魔術師エッシャーへと成長してゆく過程が、この映画の最初の見どころでした。 岩山の上の城塞の町や、海に突き出した丘の町のうつくしいスケッチが映し出されます。若き日のエッシャーのスケッチですね。そこに現実の写真が重ねられてゆくのを見て、最初のため息が出ます。そこまでで、充分美しいのですが、その絵が、ぼくたちが知っている「エッシャーの絵」に変貌してゆくのです。 二つ目の見どころは、イスラムのモスク、アルハンブラ宮殿のタイル画の文様に出会った青年エッシャーが、トカゲや鳥や人間を二次元の無限として描き始めるところです。そこには広大な草原の美しい具象的なスケッチから、無限に連なる並木道が生まれてくるシーンもあります。二次元だった無限は三次元へと進化し、やがて無限に上り続ける階段が生まれてきます。 最後は球体の導入です。平面がゆがめられて水晶球の中に描かれます。そこから眼球の眸の奥にある「死」が発見されいていくようです。人間に与えられた「時間」の有限が描かれているのでしょうか。有名な「描き続ける二つの手」で「無限」を描こうとしたエッシャー自身の辿りついた「死」のイメージが印象的です。 それを象徴するのが、最後に描いた「蛇」でしょうか。何とも、禍々しい三匹の蛇の文様です。 たった80分の映像が繰り広げる不思議を、こうして数え上げていて気づきました。キリがないのです。さすがはエッシャーというべきなのでしょうか。 最後にタイプライターのシーンに戻ってきます。そこで、なにが叩き出されたのか、残念なことに思い出せません。ヤレヤレ・・・・。 チラシの裏面にある、テープになった「二人の顔」はエッシャーと彼の妻だそうです。この映画はエッシャーの子供たちの証言を軸にして語られている、現実の時間の中で生きたエッシャーの伝記ドキュメンタリーでした。 裕福で内気な少年時代。彼の才能を見出した師メスキータとの出会い。妻となるイエッタ・ウミカーとの愛。メスキータを殺したナチスドイツ。息子のジョージにファシスト少年団の制服を着せたムッソリーニのイタリア。エッシャーを流行の先端に祭り上げた60年代のヒッピ―文化。病んだ妻との別れ。そしてエッシャー自身の死です。1972年、73歳だったそうです。 エッシャーを称賛するナレーターとしてグラハム・ナッシュが出てきたりします。エッシャーをまだ知らない人にも見てほしい映画でした。バランスの取れたいい作品だと思いました。監督 ロビン・ルッツ 製作 ロビン・ルッツ 脚本 ロビン・ルッツ マラインケ・デ・ヨンケ 撮影 ロビン・ルッツ ナレーション スティーブン・フライ 出演ジョージ・エッシャー(長男) ヤン・エッシャー (次男)リーベス・エッシャー(次男の妻) グラハム・ナッシュ (ミュージシャン・CSNY)エリック・バードン(ミュージシャン・アニマルズ)2018年・80分・オランダ 原題「M.C. Escher - Het oneindige zoeken」2020・03・02 元町映画館no34ボタン押してね!EPO-06-100 エッシャー 上昇と下降(1960) 500ピース ジグソーパズル
2020.03.04
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「生きる」谷川俊太郎:「谷川俊太郎詩集 続」(思潮社) 「生きる」 谷川俊太郎生きているということいま生きているということそれはのどがかわくということ木もれ陽がまぶしいということふっと或るメロディを思い出すということくしゃみすることあなたと手をつなぐこと生きているということいま生きているということそれはミニスカートそれはプラネタリウムそれはヨハン・シュトラウスそれはピカソそれはアルプスすべての美しいものに出会うということそしてかくされた悪を注意深くこばむこと 生きているということいま生きているということ泣けるということ笑えるということ怒れるということ自由ということ生きているということいま生きているということいま遠くで犬が吠えるということいま地球が廻っているということいまどこかで産声があがるということいまどこかで兵士が傷つくということいまぶらんこがゆれているということいまいまが過ぎてゆくこと生きているということいま生きているということ鳥ははばたくということ海はとどろくということかたつむりははうということ人は愛するということあなたの手のぬくみいのちということ (詩集『うつむく青年』1971年刊) 装幀家の菊地信義の「装幀の余白から」(白水社)というエッセイ集を読んでいると、谷川俊太郎の「生きる」という詩の最初の4行が出て来て、さて、残りはどうだったかと書棚から探し、ページをくっていると、いろいろ思い出した。 この詩は、ぼくが学生の頃にすでに書かれていて、「うつむく青年」という詩集に入っていたらしいが、発表された当初には気づかなかった。そのころぼくは詩集「定義」の中に収められているような詩に気を取られていた。 一緒に暮らすようになった女性が持っていた、上に写真を乗せた詩集「谷川俊太郎詩集 続」(思潮社)は900ページを超える、分厚さでいえば5センチもありそうな本だが、この詩、「生きる」のページには、学生時代の彼女の字体で、あれこれ書き込みがしてあった。今でも残っている書き込みを見ながら、実習生として子供たちを相手にこの詩を読んでいる彼女の姿を思い浮かべてみる。 我が家の子どもたちが小学校へ通うようになった頃、この詩は教室で声を合わせて読まれていた。詩であれ歌であれ、様々な読み方があることに異論はないが、声を合わせて読み上げられるこの詩のことばに違和感を感じた記憶が浮かんでくる。 今、こんなふうに書き写していると、「働く」ということをやめてから、さしたる目的もなく歩いている時の、のどが渇き、日射しが眩しい瞬間が思い浮かんでくる。 一緒に詩のことばの異様なリアリティが沸き上がってくる。記憶の中に残っていた子供たちの声の響きが消えている。公園の垂直に静止したブランコに、ふと気を留めながら、のどの渇きに立ちどまる。誰も乗っていないブランコのそばにボンヤリ立っている老人がいる。その老人がぼくなのか、別の誰かなのかわからない。でも、その老人を肯定する響きがたしかに聞こえてくる。いま遠くで犬が吠えるということ 三十代でこの詩を書いた詩人のすごさにことばを失う。 追記2020・03・03菊地信義「装幀の余白から」(白水社)の感想はこちらをクリックしてください。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.03
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ピーター・ジャクソン「彼らは生きていた」シネ・リーブル神戸 ほとんど引きこもっていたような二月が終わろうとしていました。世間は新型のインフルエンザの話題で持ちきりのようです。ほんとに出かけていく気力を失います。 インフルエンザといえば、最近、第一次世界大戦物が目につきます。予告編を見ていて惹かれたのがこの映画でした。「ロード・オブ・ザ・リング」という映画を見ていませんからピーター・ジャクソンとか言われても、実は誰のことかわかりませんでした。妙に美しい戦場の色彩に惹かれたのでした。 神戸駅から元町商店街を歩いて、シネ・リーブルまでやってきました。いつものコースです。途中のイスズ・ベーカリーでアンパン、カレーパン、ソーセージ・パン、あれこれ買って、コーヒーは持参していましたから、これで映画鑑賞昼食です。 久しぶりのシネ・リーブルは、やっぱり、すいていました。コーヒーを一口飲んで、ソーセージ・パンをかじっていると、白・黒の記録映画の画面で映画は始まりました。見たのはピータ・ジャクソン監督の「彼らは生きていた」です。 イギリスから、戦争に行って、生きて帰ってきた人たちの「ことば」が語られていて、それが、今現在も生きている人が、実際にしゃべっているのか、すでに死んでしまっている人の「ことば」を誰かが、セリフとして読んでいるのかはわかりません。 イギリスは、この戦争に1914年に参戦したわけですから、いくら若くても、当時十代後半の人たちが、生きていれば120歳を越えるわけです。だから、誰かが従軍記録を読んでいる映画だとは思いますよ。 何人もの「行って、帰ってきた話」が続いていますが、画面は記録映画のままです。久しぶりのウトウト感に襲われて、ハッと目覚めると世界が一変していました。 さっきまでの記録映画的チカチカ白黒画面が、フル・カラーの現代映画画面に、世界で最初に創られたイギリス軍の「マーク」型戦車、砲塔のない菱形で全身キャタピラの戦車ですね、が写っていました。 ここから、戦場の様々な場面が、リアルなカラー映像で、音も人間の表情や言葉も、今、そこにあるシーンとして映し出されてゆきます。残念ながら飛行機と艦船のシーンがあったかどうかは、気付きませんでした。しかし、それにしても見とれてしまいました。ナレーションは続いています。 そして再び眠くなってしまいました。画面の中で動いている部分と、止まっている部分があるように感じました。その視覚的な違和感が気になり始めると、眠さが拡がってしまうのです。 戦場の青年たちは生き生きと生き返り、戦場での束の間の笑いに興じています。砲弾の炸裂するシーンは、もう、美しいというしかない様子です。地面に転がっている山盛りの死体たちはリアルに、もう一度、死んでいました。 しかし、何かが、決定的にずれているような、ある不安な感じが「眠り」に引き込もうとしているようでした。これは、ある種のカン違い、錯覚に気付かせない、大いなる錯覚じゃないでしょうか。そうでもないんでしょうかね。 再び白黒の画面に戻り、懐かしい音楽が流れてきました。何だか、いいようのない、ホッとした気分を味わいました。 いい、悪いはともかく、映画だからできることだと思いました。素直にドキュメンタリー映画とは言いにくい気分でした。それにしても、これには、相当な手間がかかっていることは間違いないだろうし、すごいことができる「時代」になったものだと思いました。監督 ピーター・ジャクソン 製作 ピーター・ジャクソン クレア・オルセン 製作総指揮 ケン・カミンズ テッサ・ロス ジェニー・ウォルドマン 編集 ジャベツ・オルセン 音楽 デビッド・ドナルドソン ジャネット・ロディック2018年 99分 R15+ イギリス 原題「They Shall Not Grow Old」2020・02・27シネ・リーブル神戸no44ボタン押してね!【中古】 ロード・オブ・ザ・リング コレクターズ・エディション トリロジーBOX /イライジャ・ウッド,ピーター・ジャクソン(製作、脚本、監督),イアン・マッケラン 【中古】【カード最大12倍!3/1限定、要エントリー】キング・コング / ピーター・ジャクソン【監督】
2020.03.02
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野田サトル「ゴールデン・カムイ(5)」(集英社) 第5巻です。 表紙の人物は谷垣源次郎一等卒です。秋田のマタギの出身。日露戦争に従軍し、第七師団、鶴見中尉の部下だった男ですが、「不死身の杉元」を追跡する中で負傷し、アシリパちゃんの村で、おバーちゃんに看病してもらい、軍を捨ててしまいます。 第5巻は、ちょうど村の生活になじんできて、「マタギ」の暮らしに戻る谷垣のもとに、第七師団の追手がやってくる展開です。 谷垣の所持する武器がこれです。大日本帝国陸軍初の制式銃である村田銃ですね。第3巻、第4巻で登場した、網走監獄を脱獄した刺青の「悪夢の熊撃ち」二瓶鉄造が持っていた銃ですが連射できないところが特徴です。谷垣は、この巻ではまだ使っていません。 話が進むにしたがって、おバーちゃんに依頼され、主人公アシリパちゃんを護衛するという重要な役どころを担う登場人物です。 というわけで、今回の「今日の料理・アイヌ・北海道編」です。「北海道編」と追記しているのは、料理がだんだん「アイヌ」の民俗では説明しきれないものを含みはじめたからです。 「ニシン漬け」ですね。身欠きニシンとキャベツ、大根、ニンジンをこめ麹で発酵させた、発酵食品です。これなんかは,まあ、よくわかっているわけではありませんが「アイヌ」の食品とは言えないんじゃないかと思いますね。 今回も、カンドーの動物が登場しました。 「レプン・カムイ」、「沖にいる神」という意味だそうですが、「シャチ(鯱)」ですね。 「シャチ」の皮下脂肪を煎って油を作っていますね。さて、この油で作る料理といえば、揚げ物ですね。 「鯱の竜田揚げ」です。醤油で下味をつけて、粉をまぶして揚げています。うまいでしょうねえ。でも、これは食材以外は普通の料理ですね。漫画家さんが好きなものを描いている気がしますね。もう一つ、旨そうなものを揚げています。 「子持ち昆布の串揚げ」です。いいですねえ(笑)。 昆布にニシンが卵を産みつけたものが「子持ち昆布」ですね。魚卵付き生昆布を串揚げにしています。ちょっと食べてみたいですね。 これは海辺の幸のお料理でしたが、川の幸のお料理もあります。 これもカンドーの動物ですね。幻の巨大魚、イトウです。実際に2メートルを超えるイトウが捕獲された記録もあるらしいのですが、鮭の仲間のようです。「イワンオンネチェプカムイ」というそうです。 そのイトウに咥えられたアホの白石君は今や絶体絶命ですが、新たな登場人物、アシリパちゃんのおとーさんのお友達、キロランケに助けられて事なきを得ました。 アイヌの生活では「イトウ」は、その皮が「チェプウル(魚皮衣)」という服の生地に使われたり、靴や小刀の鞘、膠(にかわ)がわりの接着剤にまで使われるらしい。しかし、ここではお料理です。「あ刺身」でした。最近「トロ・サーモン」とか呼ばれてはやっているあのお刺身ののような感じでしょうか。。マンガでは「ヒンナ、ヒンナ」を連発して、やはり目玉を、しゃぶって食べています。茹でダコの味だそうです。 だんだん、お料理教室のネタが減ってきましたが、この先どうなるのでしょうね。では第6巻もお楽しみに。追記2020・03・01「ゴールデン・カムイ」(第1巻)・(第4巻)の感想はこちらからどうぞ。ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.01
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