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今年も年賀状作成のシーズンである。とらのこどもは関係がない。年賀状というものを止めて、もう8年ほどになる。9年前には400枚ほど書いていた。止めてほっとした。12月が楽になった。止めてよかったと思っている。でも、年賀状でしかやり取りの無かった友達と、音信不通になってしまった。これは、さみしい。実は後悔している。ものすごくさみしい。でも、この人には年賀状を出し、この人には出さない。そういう器用なことは、わたしにはできなかった。止めてよかった、再開はしないだろうと思いつつ、失ったものの大きさも、失ったゆえに噛みしめている。年賀状を書いている人は、うらやましい。。。帰れるものなら、元に返りたいと思う。記:とらのこども
2008.11.30
今晩は、地域を守る安全パトロールの当番日です。黄色のジャンパーを着て、巡回します。防災の呼びかけとか、不法駐車摘発のビラをはさんだり、警察への通報もします。子どもたちを見かけたら、「家に帰れよ~!」と言い、塾帰りの子どもを見たら、「お疲れ様~!!」と言う。みんなで巡回すれば、当然、知り合いにも出会うわけで、そのときは、お疲れ様!とこっちが言われる番。みんなが無事に、安全に過ごせますように!!記:とらのこどもps 帰宅したら、あったかいお風呂に入って、 鍋をつついて、うまい酒を飲もう!!
2008.11.30
生きるとは、生き抜くことだ。憐れみなぞ、かわいそうなぞ、思われても、死んでしまえば何にもならぬ。世界中を全て敵に回しても、生き抜くのだ。正しいだけでは意味がない。強くなくては。上記の元の言葉は、ユダヤの格言より。 さすが、ユダヤは違う。 日本人にも同じ凄みがある。少し忘れかけているだけ。 めだかも同じ、たんぽぽも同じ。 まして、人において思いや如何。 記:とらのこども
2008.11.30
恋する人恋する気持ちは、求める気持ち。大好きな花を求めて、飛んでさまよう花ばたけ。あの花も、この花も、きれいに咲いてはいるけれど、求める花は、「あの子」だけ。。。恋する気持ちは、時間がない。朝も、昼も、夜も。ふっと思い出しては、苦しくなる。あたまの中で考えているようでいて、胸の呼吸、身体の経絡、そういうもの全部で求める。だから、自分の意思じゃ止められない。きゅんきゅん、苦しくなる。DNAが「あの子」のところへ飛んでいけ!!って、指令を出す。いてもたってもいられない。恋する気持ちは、どうしたらいい?お風呂に入っても、ベッドに入っても、仕事をしても、もうどうにも止まらない~。記:とらのこどもPS そういうことがあったなあ。。今は昔の物語り。 枯山水には枯山水の味わいがあるなり。
2008.11.27
毒のある人毒のある人がいる。神経毒もあれば、肉体的な毒もあり、環境を汚染する毒もある。どの毒も、周囲に迷惑をかけることには変わらない。私が一番、困るのは、やる気を阻害する毒だろうと思っている。その人といると、どうしてもやる気がおきない。。。そういう人がまれにいる。その人自身は、やる気の無い人かと思えば、逆にやる気満々。声もでかいし、態度もでかい。頭もすごくいい。そういう人は、目と額が異様に大きく、逆三角形。仮面ライダーにちょっと似てるかも???下の人間への配慮も行き届けば、顔も下膨れの福顔になってバランスがとれるんだろうなあって思う。毒は周囲を毒して、毒を持つ者の身を守り、そこそこ成功すれば、今度は自分の身を毒で苦しめる。毒自体には罪は無い。要は、毒の使い方、タイミングにありというべきか。ネコの爪は、収納自在。毒を持つ人は、ネコの糞を煎じて飲めば、良いかも知れぬ。記:とらのこどもPS さて女性にとっての毒のある人はとみれば、男らしい憎い奴。心を奪う憎い奴。かもしれないが、毒抜きすれば魅力も半減。できれば、自然のまま鑑賞がよろしいかと。いかがでしょう?毒にも薬にもならぬ男に、魅力はないでしょ??
2008.11.27
いいひといいひとの条件は、なんだろう?おそらくは、いいひとは、人を傷つけたりはしないだろう。おそらくは、いいひとは、他人の心がわかるだろう。いいひとは、他人のこころがわかるだけでなく、ちゃんと感情移入できるから、つらい気持ちも共有する。だから、いいひとのこころは痛む。誰に何にも言いはしないが、いつも何かに心を痛める。何かをするときもあれば、しないときもある。だから、他人から見たときに、「いいひと」は見つかりにくいものだったりする。知らず知らず、いいひとは誰かを助ける。その仕事は、おのずと愛がこもっている。その仕事は目立たない。その仕事は、いいひとがいなくなって初めてわかる。そんな「いいひと」に、わたしはなりたい。記:とらのこども
2008.11.26
道楽とは、道を楽しむことであるが、道に落ち込むことでもある。どうしても、一人合点になってくる。野村胡堂「胡堂百話」より。道楽はほとんど唯我独尊に終始するから偽物をつかまされたり、迷路にさまよいこむ確率が高い。谷沢永一選以上は新潮4512月号の扉より抜粋。ほれるという言葉があるけれども、漢字で書けば惚れる(ほれる)と、惚ける(ぼける)は同じ漢字を当てている。仕事上の最大のライバルは、社員の恋人である所以である。「仕事と私とどっちが大切なのよ!」って聞いたことありますよね?記:とらのこどもps 男は女には勝てない。そこに幸せがある。 惚れて過ごす日々こそ、桃源郷??
2008.11.25
「あの子待つのも、マァツゥのぉーうーち~。」なら、艶っぽくていいけれど、飛行機の機体トラブルで、出発を待つのはできればご勘弁願いたい。もう11時間、待った。あと40分で飛び立つというけれど、疲れ果てて、文句を言う気にもならしない。今日は早く寝たい。記:とらのこどもps 今日はちゃあんとホテルを予約済み。 安心だ!! 人間、安心感ってのが大事なんだと、 そう思うできことが最近おおい。
2008.11.24
何事も本番が大事だと思いがちだが、その本番を支える整備というか、準備というか、練習の積み重ねが、非常に大事だと思う。であればこそ、ちゃんとした仕事ができるし、家族のイベントも、大会などでの活躍が保証されるのだ。滑走路まで行った飛行機が、フライト直前に、異常発見で引き返し、乗客に謝るのは、残念なことだ。マニュアルだと思うが、計器の異常発見で、ちゃんと離陸中止をケツ断する機長というものは素晴らしいと思う。家のイベントで、会社の仕事で、同じようなケツ断がちゃんとできる男が、真に男らしい。ということで、飛び立てなかった飛行機に不運にも搭乗していた私。空港のラウンジで、このブログを書いている。記:とらのこどもps 万事塞翁が馬。トラブルの次には、何かいいことがあるかも? そう思いつつ、コーヒーでも飲むとしよう。
2008.11.24
辻原登さんの小説で「許されざる者」という作品がある。このなかで、主人公の夫人が質問を受ける。質問をしたのは、戦争に旅立つ直前の凛々しい甥である。「叔母さん、いま、しあわせですか?」夫人はなんてことを聞くのだろうと思いつつ、今までの結婚生活を頭のなかで考える。ぐるぐるぐると思考を巡らす。この子は、あのこと、このことを知ってるのだろうか。そんなことも考える。いや、知っているはずはない。しあわせなのですか、という問いを、思いがけず、戦地に赴こうとしている甥から突きつけられて、夫人ははじめて、これまで一度も、結婚生活の幸不幸について自覚的でなかったことに気づいた。でも、世間でおこなわれている結婚生活なんてみんなそんなものじゃないかしら?とつぶやく。だけど、わたしの別の選択が許されていたとしたら、つまり、もし、結婚前にあの方と出会っていたら。。。。夫人の心の動きは奇怪である。彼女は、もしを過去という時間においているつもりだが、じつは未来の中で考えているのである。だからこそ、胸がこんなにときめくのだ。(中略)それに気づいたとたん、夫人はこれまでに抑えこまれていたひそかな願望を直視せざるを得なくなった。 世界の不倫統計なるものが、本に出ている。 それによると、最近1年間に良人以外の異性と性交渉を持った人は5%。世界平均。 いかがでしょう、多いですか?少ないですか? 記:とらのこども@休日再掲シリーズ
2008.11.23
わたしの通勤途中に大きな立派な木が2本。毎日、横をすり抜け会社へ行きます。春に1本は「さくらだ!」と気付かせてくれて、晩秋にもう1本は「いちょうだ!」と気付く。普段、青々としているときはわかんないです。なにげなく、ただ通り過ぎるだけ。とっても素敵な女性を見逃すのと同じかも。。。もう忘れちゃったけど、むかしむかし、すごく輝いている女性がいて、ココロときめいて、縁あって我が家にやってきた。今は昔。今は普段の木々の姿でそよいでいます。わたしだけが、とびきりの彼女を知っている。美しいいちょうの黄葉から、連想ゲーム。とらのこどもPS とある「素敵なブログ」のコメントから転載。
2008.11.23
ひとりぼっちの時間を持つと、ともだちの温かさ、やさしさ、ありがたみがわかる。家を出れば、家のありがたみ、家の温かさがわかる。ずっと家にいたままでは、不思議と文句しか出ないものだ。土曜日の夜、街へ遊びに出た。夜遅くまでいろいろ遊んで、はてさて泊まるところがない。あっちに行っても、こっちへ行っても、部屋がない。タクシーで走り、次の街へ行く。やはりない。いつもの街まで、約20KM、タクシーを飛ばして帰る。ここなら大丈夫!そう思ったが、やはり満室。時間は、朝の4時くらい。ソウルの夜は、ずいぶん寒くなっている。『何やってんだか。。。』ひとり、ぐちる。(あの子に、助けてくれ。。。と、電話しようかな?)一瞬、そう思った。けど、そんなことできるわけもない。ひとりぼっちの異国の夜に、人の温かさを思い知った。最後は、いつものホテルに部屋があった。若くもないのに、遊んでいるから罰があたった。次からは、まじめに帰ろう!!記:とらのこども
2008.11.23
■あの子たちを、働かせてやってください!!■> 約50名の従業員を抱える小企業で、知的障害者がその7割> を占める会社がある。ダストレスチョーク(粉の飛ばないチョ> ーク)で3割のシェアを持つ神奈川県川崎市の「日本理化学工> 業」である。>> この会社が知的障害者を雇い始めたのは、すでに50年近く> 前の昭和34(1959)年である。近くの養護学校の先生が訪ねて> きて、近く卒業予定の二人を採用して欲しい、と依頼されたの> が、事の始まりだった。>> 専務をしていた大山泰弘さん(現社長)は悩みに悩んだ。雇> うのであれば、一生幸せにしてやらねばならないが、当時十数> 人の会社では、まったく自信がなかった。「うちでは無理です」> と断ったのだが、その先生は2度、3度とやって来て、頼み込> む。3回目には、大山さんをこれ以上悩ませるのに堪えられな> くなって、こんな申し出をした。>> 大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。でも、> 就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさ> せてくれませんか? そうでないとこの子たちは、働く喜> び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことに> なってしまいます。私たち健常者よりは、平均的にはるか> に寿命が短いんです。>> そこまで言って頭を下げる先生の姿に、大山さんは心を打た> れて「一週間だけ」という約束で、二人の少女に就業体験をさ> せてあげることにした。>> ■「あの子たちを正規の社員として採用してください」■>> 就業体験の話が決まると、子どもたちだけでなく、先生方や> 親も大喜びした。朝は8時始まりなのに、7時には会社に来た。> それもお父さん、お母さん、さらには心配のあまり先生までが> 付き添ってきた。夕方3時頃になると、親御さんたちが「何か> 迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていた。>> 約束の一週間の就業体験が終わる前日、十数人の社員全員が> 「お話があります」と大山さんを取り囲んだ。>> あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。ど> うか、大山さん、来年の4月1日から、あの子たちを正規> の社員として採用してください。もし、あの子たちにでき> ないことがあるなら、私たちみんなでカバーします。どう> か採用してあげてください。>> これが、社員みなの総意だという。それほどに二人の少女の> 一生懸命の働きぶりは、みなの心を動かしたのである。簡単な> ラベル貼りの仕事だったが、二人は仕事に没頭して、「もう、> お昼休みだよ」「もう今日は終わりだよ」と背中を叩かれるま> で、気がつかないほどだった。ほんとうに幸せそうな顔をして、> 仕事に打ち込んでいたのである。>> ■働くことによって得られる幸福■>> 社員みなの気持ちに応えて、大山さんは二人の少女を正社員> として採用した。それ以来、障害者を少しずつ採用していった> が、大山さんには一つだけ分からないことがあった。>> それは彼らがミスをした時などに、「施設に帰すよ」と言う> と、泣きながらいやがる事だった。どう考えても、会社で毎日> 働くより、施設でのんびり暮らしていた方が幸せなのではない> か。>> ある時、法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんに、この点> を尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。>> そんなことは当たり前でしょう。幸福とは、(1)人に愛> されること、(2)人に賞められること、(3)人の役に立つこ> と、(4)人に必要とされること、です。そのうちの(2)人に> 賞められること、(3)人の役に立つこと、(4)人に必要とさ> れること、は施設では得られないでしょう。この三つの幸> 福は、働くことによって得られるのです。>> こう聞いて、大山さんは、目から鱗(うろこ)が落ちるよう> な気がした。「人間にとって『生きる』とは、必要とされて働> き、それによって自分で稼いで自立することなんだ」と気づい> た。>> それなら、そういう場を提供することこそ、会社にでき> ることなのではないか。企業の存在価値であり社会的使命> なのではないか。>> これ以来、50年間、日本理化学工業は積極的に障害者を雇> 用し続けてきた。>> ■65歳のおばあさん■>> 障害者を受け入れたものの、はじめの頃は、どうやって仕事> を教えたらいいのか、苦労の連続だった。普通は設備に人間の> 仕事を合わせるのだが、大山さんは、障害者たちが仕事ができ> るように、一人ひとりの状態に合わせて機械を変え、道具を変> えていった。>> たとえば、数字が読めないために、量りが使えない子には、> 色分けした様々な重りを作って、青い容器の材料は青い重りで> 量って混ぜて、と教える。こういう工夫をして、一人ひとりの> 能力を最大限に発揮させていけば、健常者に劣らない仕事がで> きることが分かった。>> [1]の著者・坂本光司氏が、この会社を訪ねた時、おばあさ> んがコーヒーを持ってきてくれた。「よくいらっしゃいました。> どうぞコーヒーをお飲みください」と小さな声で言うと、お盆> を持って帰っていった。>> 「彼女です。彼女がいつかお話しした最初の社員なんです」と、> 大山社長がぽつりと言った。15、6歳のときに採用されて、> 今は65歳ほどにもなって、腰が曲がり、白髪になっている。> 60歳で定年を迎えたが、その後も嘱託社員として雇われてい> るのである。その50年という年月の重さを思うと、坂本氏は> 涙をこらえることができなかった。>> その後、坂本氏が工場を視察したら、この女性は一生懸命、> チョークを作っていた。>> ■「人の役にたつ」幸福■>> 工場では、健常者の社員たちも実に明るい顔つきをしている。> なぜか、と尋ねた坂本氏に、大山社長はこう答えた。>> 自分も社会に貢献しているんだという、思いがあるから> だと思います。一介の中小企業ではありますが、そこに勤> めて、自分も弱者の役に立っている、社会の役に立ってい> る、という自負が、社員のモチベーションを高めているの> ではないでしょうか。[1,p62]>> ある市役所の市長はじめ幹部役員が同社を視察した後、帰り> のバスに乗り込んだ途端、市長がこう言った。>> 役所で使うチョークは全部、この会社から購入できない> か。それくらいしか、私たちは、この会社に貢献すること> ができないから。[1,p58]>> 「人の役に立つこと」が幸福なら、この会社はこうして顧客に> も幸福のお裾分けをしていることになる。>> ■「社員第一」こそ企業の最大の使命と責任■>> 坂本光司氏の著書『日本でいちばん大切にしたい会社』[1]> には、ほかにもこのような心を打つ「いい会社」が、いくつも> 登場する。それらに共通する点がいくつかある。>> その一つは、これらの会社は、社員とその家族を幸せにする> ことを、最も大切な使命であると考えている、という事である。> 経営の世界では、よく「顧客第一」というが、それは間違って> いると、坂本氏は主張する。>> ・・・自分が所属する会社に不平と不満・不信を抱いてい> る社員が、どうしてお客様に身体から湧き出るような感動> 的な接客サービスができるでしょう? お客様が感動する> ような製品を創れるでしょう?>> ですからいちばん大切なのは、社員の幸せなのです。社> 員と、それを支える家族の幸せを追求し実現することが、> 企業の最大の使命と責任なのです。[1,p21]>> 社員を幸福にするためには、会社は存続し、利益を上げ続け> なければならない。こう覚悟した経営者は、不景気になっても、> 安易に人を切ったりできないので、真剣勝負となる。社員の方> も、会社の存続と発展のために、全力を尽くす。そこから、並> の企業では思いつかないようなアイデアや力が出てくる。>> こういう「いい会社」があちこちで、従業員とその家族、顧> 客や地域を幸せにして、日本を支えているのである。> (文責:伊勢雅臣)>> ■リンク■> a. JOG(354) 道徳力と経済力> 経済発展の原動力は「正直、信頼、助け合い」の道徳力にあ> る。> http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog354.html> b. JOG(489) 天命と天職 ~ 日本人の仕事観> 天命に仕え、天職を持つことが、 「世の中で一番楽しく立派> なこと」である。> http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog489.html>> ■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)> →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。>> 1. 坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』★★★★、> あさ出版、H20> http://www.amazon.co.jp/>exec/obidos/ASIN/4860632486/japanontheg01-22%22
2008.11.20
この頃、山に入れば、松の木が大事にまつぼっくりを抱えている。未熟なまつぼっくりは、固く閉じており、種を離さない。種が熟したころ、ようやく松ぼっくりは徐々に開き始める。しかし、一気に開きはしない。徐々に、徐々にひらく。開いて落ちる松の種。ごらんになったことありますか?松の実をオブラート状に包むうすい皮。その皮が、実のまわりだけでなく、延びてついた尾ひれの部分があり、そこは、飛行機の翼のようになっている。風に吹かれて少しでも遠くへ飛ぶように。もし、種を抱えたまま落ちたとしても、雨が降り、晴れて乾燥。これを繰り返すことで、松かさは花開く。そうして、種をちゃあんと離してくれる。いよいよ巣立ちです。松の実の赤ちゃんが立派に根付きますように!!記:とらのこどもps 固く締めたまつかさのようなお父さん、お母さんが少なくない。 そんな気のするとらのこどもです。飛び立つ日は寂しいけれど、 立派に飛ばしてあげたい親心でありたいと思います。
2008.11.20
とらのこどもは、ちょっぴり中年太りである。中年らしくお腹が出ている。世間ではビール腹とも言う。しつこく、繰り返すがほんのちょっぴりだけ。さて、ある日。BARへ行った。そこで40代男性の体型や病気、中年太りについて、話しの花がさいたことがある。止まり木に隣り合わせたのは、同じ40代のMOMOさん。色黒で引き締まった顔。身体も同じ。力強い胸から肩の筋肉が印象的だ。触ると硬い。MOMOさんは海外担当のバリバリ。でもとってもやさしい眼をしている。MOMOさんが言う。「中年太りでお腹が出てくるでしょ。」「あれって、基本的に脂肪だから血管もあまり通ってないんだよね。」「冬場にお腹を守って、暖かくガードしてくれる、そう医者が言うけど違うよね。」「われわれの場合、アルコールもそこそこ飲むわけだし、冷えや下痢に弱い。」「さらに、お腹の脂肪が店の冷房で冷やされる。」「どうなるかわかるかなあ?」「そう、そうなんだよ。」「お腹の脂肪が冷た~くなって、内臓を冷やすんだ。」「冷やされちゃうと、お腹が痛くなって下痢しちゃう。」「やっぱり、日本人には腹巻きがいい。」「夏場用の薄い腹巻き。あれいいよ。」BARでの結論。中年太りのお腹には気をつけろ。お腹の脂肪が冷えて、大事な内臓を冷やしちゃう。つまり、おなかがおしりみたくなったと思っちゃう。おしりも、触るとなぜか冷たい。とらのこどもは、それなりに鍛えてるから、まだお腹は出てない。おなかがおしりにならないように、お腹に筋肉をつけたいと思ったことだった。記:とらのこどもPS 医学的見地でのブログではありません。以上の主張は主観的意見です。 とにもかくにも、身体のためには冷えは大敵。暖かく、暖かく。
2008.11.19
しっかりした心構えが必要である。それも、明るさが根底になければならぬと思う。 過去に感謝を、 現在に信頼を、 未来に希望を。前出のJTB社長の言葉だが、私はぐっと来た。皆様はいかがでしょう。記:とらのこども
2008.11.19
酒を飲むなら、お冷をぐいっといくもよし。ぬる燗を咽喉に流しいれ、味噌を舐めるのもまた乙なもの。ビールなんて野暮は止し、貝を焼いて、酒やりませう。とびきりうまい肴がある。まずしい肴を食べるから、うまい酒も必要なし。うまい肴を用意すりゃあ、酒はおのずと決まるもの。生一本。これしかない!!だって、そりゃあもったいないってこと。飲んで、酔って、いねむりするまで、飲んで、酔って。隣りにいるのがあの子ならって話しも野暮。今居るお隣さんが、最高のお隣さん。ありがたやの鐘が鳴る。まいどありの鐘がなるまで、この座でしばし酔うとする。「うまき肉たべて腹の満ちれば 壁にもたれていねぶりをする」若山牧水大人の男の止まり木は、笑顔のあの子の着物が似合う。ほこほこお鍋にぬる燗さして。おいらは、今日も酔っ払う。飲んでよし、喰ってよし、寝てもよしの今日の宴。記:とらのこども
2008.11.18
JTBの社長がテレビの対談番組で、旅の効用ということを言っていた。旅は、交流する力をはぐくむ。旅は、文化を創造する力を与える。旅は、健康を増進する。旅は、経済力を作る。(ほんとはもうひとつあった。残念だけど、思いだせない。。。)(誰か教えてください!!)そして最後に、JTBの仕事を通じて「平和を作る」ことが理念であるとおっしゃった。老若男女を問わず、旅に出る心というのは、初々しい!!そういう気持ちを持てるよう今日も努めたいと思います。記:とらのこども
2008.11.18
お題をサウナフジ管理人さんから借用しました。いいな、読みたいなと思うお題でしたので。さて、お題だけではなく、「心晴れ晴れとした」話題がありました。かわいい、かわいい姪が来年2月に結婚することになったのです。もう、それを思っただけで、とらのこどもは、うれしくて、うれしくて、たまりません。学生の頃からのお付き合いで、将来を誓った彼がいたのですが、その彼と涙の別れ。その後、どうなるのかなあと思ってましたが、知らないうちに、良い人にめぐり合っていたんですねえ。若い人はいい。ぜひとも、幸せになって欲しいと願う私です。それにしても、子孫繁栄につながる話題というのは、どうしてこんなに喜ばしいと思うのでしょう?これももしかして、遺伝子の命じるままに???記:とらのこども
2008.11.17
わっはっはっ。あはは、えへへ、ほほほ。あははははー。書いてみると変な感じ?みんな笑い声。人は笑う力を授けられた唯一の動物だ。笑うとという行為には意味がある。泣いて涙を流すのも同じこと。笑ってくらせ、泣いてくらせ。それでこそ人間らしい、神様はそう言ったのだ。笑うと、愉快な気持ちになる。血液の流れが良くなる。こころのなかが明るくなる。リラックスできる。ストレス解消になる。こころに余裕が生まれる。自然治癒力が高まる。免疫力が高まる。脳が元気になる。顔がよくなる。福顔になる。だから、とりあえず笑ってみようよ。楽しいから笑うけれど、うれしいから笑うけれど、笑うふり(動作)だけでも、笑いの効用あるらん。わっはっはっ。あはは、えへへ、ほほほ。あははははー。記:とらのこども@再掲シリーズ
2008.11.17
悪質商法 撃退法 10か条 1 何の用? しっかり聞こう、身分と用件 2 おかしいと 思ったときは ドア閉めて 3 儲かります そんな言葉に ご用心 4 あやしいぞ 人のフトコロ 聞く業者 5 勇気出し はっきり言おう いりません 6 しつこいな そんな相手は 110番 7 迷ったら 一人で悩まず まず相談 8 サインして 後でしまった もう遅い 9 契約は してもお金は 後払い 10あなたです! 自分の財産 守るのは 愛知県警 地域安全パンフレットより
2008.11.16
オバマ氏の誕生は、間違いなくアメリカを中心に世界に自国保護主義を拡大させる・・・このことは近時の金融危機を考えても当然の流れと思います。また東亜政策としては日本よりも中国寄りの外交となる。これも大方の予測の一致するところです。一方、今回のオバマ氏当選に関して、米軍産複合体はほとんど表に出てきません。しかし、この軍産複合体が米国経済の20%を超えるポテンシャリティを持っていることは、誰が大統領になろうが変わらない。軍産複合体にとって、景気が良くなる道はただひとつ。軍事物資が売れること。米国が世界の警察機能を縮小し、自国の生活者優先の政策を実現するためには、米国産の軍事システム・・・いまどき機関銃や弾丸などの規格大量生産品は、大量に売れても金額はたかが知れています。売り物になるのは軍事防衛システムです・・・が、売れてくれないといけない。ところが米軍自体が活動を縮小に向かわせるとなると、新たな軍事システムの買い手がどうしても必要になります。その買い手となるのは、米国の半属国であり、米国に決して逆らわない国、しかも、ある程度、お金を持っている先でなければなりません。そうです。日本です。日本しかその買い手となる国はない。他に可能性のある国がありますか?日本が、米国の軍事システムを購入するというのは、同時に日本にとっても、超最先端軍事技術の80%以上が日本製部品によるという実情を考えれば、日本にとっても産業活性化の意味がある。しかも日本は憲法で戦争を放棄しており、決して自ら戦争を起こすことはない。米軍産複合体にとって、日本ほどよい市場はないといいきることができます。そうなると、中国寄りのオバマ氏は非常に都合のよい大統領ということになります。なぜか。米国政府が中国寄りになり、中国が経済力をつけると彼らは必ず軍事力の強化を拡大を図ります。それは台湾・日本にとってはそのまま軍事的脅威となります。返す刀で、米国は日本に対し、自主防衛力増強のための自衛隊装備の拡充を要求します。自衛隊装備のシステム的増強は、日本の不戦志向と矛盾しません。なぜなら日本は外交のための軍事力の使用を永久に放棄した国であり、自衛隊の防衛システムは自国の防衛にのみ使用されるからです。いま世界が最も求めている防衛システムは、敵国から発射された核ミサイルを爆発前に迎撃するシステムです。これには情報のキャッチアップから、迎撃ミサイルの発射、確実に核ミサイルを破壊する命中精度などが要求されます。また、近海にやってきた敵国原潜からいきなり発射される核搭載のミサイルに対しても、ほんの数秒以内にこれを探知し、迎撃する機能が要求されます。この開発のカギを握るのが日本であり、その装備を日米が協力して開発し共有する。部品は日本が提供し、アメリカがこれを製品化する。さらに迎撃用戦闘機(一機120億円)、イージス艦、原子力潜水艦、陸上迎撃システムを日本が増強する。これだけでも、日本は数十兆円規模の買い物になります。日本も電子部品を中心に輸出が増加し、産業が活性化します。しかも日本が、これから先、年間10兆円の資金をこの先10年装備の抜本的強化に費やすなら(現在の年間予算5兆円)、米国に流れるお金は50兆円、なんと5000億ドルの資金が米国をうるおします。そのために必要な手当てを、米軍産複合体は日本に対して要求してくる。これを日本がのめば良し。のまなければ、米は自国の日本に対する小麦や大豆、リン、自動車、家電品の輸出を禁じ、米国民の生活者保護優先の名のもとに日本を日干し(まさに日干し)にかかります。軍事システムの導入に関しては、異論を持つ方も多いと思いますが、それをするしか日本が生き残る道はない。しかも、装備するのはすべて防衛システムであり、他国を攻めるためのものではない。おそらく中国や韓国はこれに対して猛烈な抗議運動を日本国内で展開することでしょう。政治レベルでは、新中、新韓の民主党がやはり大きな抵抗勢力となる。昨今、民主党は衆議院の解散をめぐってマスコミを巻き込んだ大々的な政権奪取のキャンペーンを張りました。とにかく自民党の代議士や、閣僚が何かモノをいえば「問題発言!」すさまじいとしか言いようのない大キャンペーンです。これだけのキャンペーンを張るには、相当量の資金がかかります。その資金の出所はどこだったのか。一説によれば韓国の外貨危機を前に、民主党に政権を取らせることで日本からの援助資金を得ようとした韓国が、多額の資金を民主党に提供する約束をしていたといわれています。民主党はこの資金をあてこみ、マスコミと協調してめいっぱいの反自民キャンペーンをはった。しかしこのことは、米国が300億ドルを韓国に支援することを決めた10月29日深夜の時点で水に流れます。以後、民主党はいきなり政治資金に困るという事態を招いた。選挙にはカネがかかります。選挙で政権を取るには、マスコミへのカネのバラマキ、中小政党への利益誘導等々、多額の軍資金が必要となります。そのためにあてこんでいた資金が、10月29日の米国の韓国支援(スワップ)の発表で、いっきに消えた・・・・すでに民主党にカネはなく、その利権にぶらさがろうとしていた人たちは、ことごとく資金繰りに困るという事態を招いている。今日が11月7日。あれからわずか9日。。。世の中の変化は一瞬です。一説によれば、こうした日本の民主党の韓国寄りの資金計画が、米国の逆鱗に触れ、米が独自に韓国を世話したともいわれています。アメリカにしたところで、韓国への300億ドル(3兆円)の支援は来年4月30日までと期限付きではあるものの、ただカネを渡すようなバカはいません。それ以上に利益があがることが、どこか別のところに見込めるからカネを出す。。。あたりまえのことです。韓国経済はいづれ破綻する。それは見えている。ならば300億ドルの経済支援は、ドブにカネを捨てるのと同じ。いま金融危機で自国の財務がたいへんなときに、なぜこのカネを米が出したのか。そう考えたら、答えはのずと見えてきます。簡単にいえば、米(米軍事複合体はといってもいい)は、日本の民主党ではなく、自民をパートナーとして選んだ、ということです。一時は、自民党の幹事長として米国のイラク攻撃に際しての後方支援を受諾する立役者となった小沢氏ですが、野党に下り、親韓、親中となる姿を見て、さすがの米国も、呆れたのでしょう。決まったら、世界の動きは速いです。すでに民主党に未来はなく、日本はまちがいなく今後10年、自民政権が続きます。そして日本は、米と共同して防衛力の強化を図ることでしょう。それが日米関係を安定させ、日米両国の経済危機を救うカギだからです。日本が防衛予算を5兆円規模の積み増しするということは、米国が先般出資を決めた韓国への3兆円のスワップ取引に提供したカネをいきなり初年度で取り返す意味を持ちます。これがあるから、米は韓国に300億ドルを出した。出した以上、米は確実に日本に国防予算の積み増しを要求します。なぜならそれが米国軍産複合体の要求だからです。そしてそのことが米国内の景気回復の起爆剤となり、日本にとっても米国にとっても、輸出が伸び、産業が成長し、国防システムが強化されるという一石が2鳥にも3鳥にもなる国益につながることだからです。また同時に、東亜の平和と安定のために、それは必要なことでもあります。こう書くと、それでも国防費というのはちょっと・・・という方もおいでかもしれません。しかし、逆に米国軍産複合体が、日本とほぼ同じ外貨準備高を持つ中国に兵器を売るという選択を取ったらどうなるのでしょう?いまどきの戦争では、機関銃や、ライフルなどの第二次世界大戦当時の武器など、たかがしれてます。戦闘機も60年前のプロペラ機のドッグファイトなんて時代は、とっくに終わっています。いまの中国は、なるほどネパールやウイグルに軍事進攻していますが、それでも、やっていることは第二次大戦当時の陸戦とさして変わらない。ひとことで言ったら、時代遅れの戦闘行為でしかない。現代戦は、システム戦となっています。そのことはイラクでの米軍の熱砂の嵐作戦を見てもあきらかです。イラク軍は、旧ソ連製の重戦車を砂漠に展開した。戦車部隊に対しては本来なら爆撃機による迎撃が一番とされているのですが、米軍は、これに対し、相手の戦車部隊の出撃を見てから、悠然と戦車部隊を繰り出します。そして、米戦車部隊とソ連製イラク戦車部隊が砂漠で激突した。激突というのは、いってみれば白兵戦のようなもので、双方にそれなりの被害が出るものです。ところが、戦闘は互いの戦車部隊の出会いからわずか5分で終わった。イラク戦車は、わずか5分で全車破壊され、米軍の被害はゼロ。ゼロです。なぜか。米軍の戦車には日本製のGPS装置と、射撃システムが備わっていた。敵戦車は衛星システムで現在地を一台一台全部把握しており、会戦時は、一台一台の戦車が敵戦車にいちいち照準をあわせるのではなく、すべて衛生監視システムによって迎撃対象戦車が、各戦車に割り当てられていた。そして、砂漠のでこぼこ道を走行しながら、戦車砲の照準は戦車の揺れと関わりなく、敵戦車にピタリと当たられていた。あとは射程にはいるのを待つだけ。射程に入った瞬間に砲撃開始。30秒後には、敵戦車部隊は、全滅。。。。。これが現代戦です。他にもパトリオットミサイルなんて迎撃ミサイル、ピンポイントのミサイル攻撃なんてのも紹介された。すべて電子部品は日本製です。戦争は怪しからんから、そういう電子部品を日本が輸出することも怪しからんとは言わないでください。そういう迎撃ができるようになったことで、現代戦では第二次世界大戦であったような都市部の一般人に対する無差別爆撃のような悲惨なできごとを回避できるようになったのですから。そうした装備を、人民解放軍が持つということは、そのまま世界の脅威となる。間違いないことです。しかし巨大化した軍産複合体は、その巨大化した体を支えるに足るだけの市場を常に要求します。これが米国最大の内情です。ともあれ、オバマ氏の当選、保護主義への傾斜、という流れの中で、日本は今後、国防システムの強化をし、米国との協調体制を一層強化することになる。その過程で日本は自国への誇りを取り戻し、イデオロギーの悪魔から身を守る新保守主義の道を歩むことになろかと思われます。それが当面のながれです。もし、この選択を間違え、日本が中華や韓国寄りの選択をしたら、間違いなく日本は破壊される。それはとっても簡単なことなのです。東京、大阪、名古屋、福岡に、北からミサイル一本打ち込むだけでいい。たった4発です。これで日本はオワリです。我々の生活を守るためにも、日本の平和な日々を守るためにも、親米政策は今後とも日本にとっての生命線です。そしてその中で日本は日本の誇りを取り戻すことになる。それがいまの世界の流れだと思います。以上は、「ねずきちのことりごと」よりhttp://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-228.html
2008.11.16
株式会社MYO 代表取締役 辻本貴一さんのブログに、今までの日本の歩みが紹介されていました。非常に興味深く読んだものですから、ご紹介します。とても素晴らしい内容のブログです。皆さんにもお勧めいたします。http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-375.html米国の金融危機で世界不況が始まりました。今日は世界経済について思考してみたいと思います。まず日本の経済を振り返ってみたいと思います。戦後、朝鮮戦争の需要で生き返った日本は、体制を立て直してアメリカに繊維を輸出し始めました。日本の低賃金で作られた繊維商品はアメリカを席巻し、アメリカ企業を追い詰めていきました。結果輸入規制を受けて輸出が減少した日本は隣の韓国に工場を作りメイドイン、コリアで輸出を始めました。アメリカは日本の繊維を締め出したはずなのに いっこうに減らないことに気がついて、今度は韓国繊維関係の輸入規制をしました。そこで日本はフイリッピン、インドネシア,タイなどの東南アジアに工場を移して再びアメリカに輸出攻勢をかけました。結果アメリカの繊維は壊滅してしまいました。このやり方を雑貨関係、その他の業種も真似をしてアメリカに洪水のように輸出を始めました。日本はその後も電気やその他のレベルの高い商品に切り替えてアメリカに輸出しました。アメリカは色んな国から輸入していますがその内の数十パーセントは各国に作った日本の工場からです、今もアメリカの政治家は気がついていません。この流れでアメリカは物つくりをあきらめてITと金融に切り替えていきました。そしてアジアにつくった日本の工場のお陰でアジア諸国は発展していきました。アメリカにとって最大の貿易赤字国は日本でなく中国ですが、実態はアメリカ工場が中国に移転してアメリカに輸出しています、それと日本の場合は工場を移転するだけで無しに、中国に資本財を輸出してアメリカはじめ世界に消費財を輸出しています。いまや日本は世界中に工場を作りその国の雇用を促進して、その国を発展させてきました。世界の発展の原動力は実は日本だったのです。日本は貿易摩擦を避けるために、アジア、アメリカ、ヨーロッパに多くの工場を作り、世界経済を発展させてきました。それと世界経済の成長の原動力はアメリカの経常収支赤字です。世界の多くの国の経済成長が対米輸出に依存しています。つまり世界の経済は日本とアメリカが支えています。例えば世界13位になった韓国の場合、日本抜きには考えられません。韓国の大手の企業は、日本の優秀な、資材、部品、工作機械などのいわゆる資本財を輸入して、完成品をアメリカ中心に世界に向かって輸出しています。この日本の迂回貿易は中国も全く同じです。いまや世界中がこの日本の迂回貿易のシステムに組み込まれています。韓国の場合、輸出が伸びれば伸びるほど、対日赤字は必然的に大きくなります、年間対日赤字は250億ドルという巨額に達しています。日本は国内的にはバブルが崩壊してデフレに突入しました。景気を浮上さすために、超低金利、公共投資という経済麻薬を処方することに終始しました。しかし日本の実態は全く不安がなく、バブル崩壊後もアジアはもちろん欧米各国にも続々と工場を進出させ、現地の失業率を減らし、その国の発展に大きく貢献していました。そして日本の超低金利に目をつけたファンド達は円を調達して世界中に投資をしました。結果世界の土地と株の高騰が起こり実力以上に各国は繁栄しました。10年前のアジア通貨危機は規制されていないヘッジファンドが巨額の資金でアジア諸国を経済危機に陥れましたが、今回のアメリカ金融危機は、他人の金を借りて消費してしまったアメリカ人の罪をファンド達は世界中に拡散させてしまいました。オバマ次期大統領は「米国は強く、回復力に富む国だ」と宣言して最強経済顧問チームを結成しました。景気回復の基本は雇用です、アメリカはすでに失業率は7%に迫っています。しかし雇用の増大を増やす工場がアメリカにはすでに減少しています。後は公共事業を増やすしか手はありません。日本はこの20年アメリカに「雇用を輸出」してきました。アメリカ各地に工場を作り、雇用を促進して、アメリカの全輸出の10%以上が日本企業によるものです。ヨーロッパもアジアも事情はおなじで、各国に進出した日本の工場は世界経済を支えています。しかし世界の政治家もエコノミストもこの経済の実態が見えていません。日本は目立たない国なのです。各国で活躍している日本工場の統計数字は各国の成績として挙がってきます、日本数字としてはカウントされません。故に世界のエコノミストも政治家も日本の凄さが見えません。例えばマレーシアに以前建設されたパナソニックの工場はマレーシアのGDPを5.5%も上げました。長くなるのを避けるためにかなり荒っぽい解説をしましたが、私が言いたいのは、世界の表の顔はアメリカですが、裏の顔は日本です。つまりアメリカと日本は一体なのです。ところがアメリカの政治家もエコノミストもこの実態をよく分かっていません。アメリカを支え世界を支えている日本の実態を極端に過小評価しています。そして中国を重要視しています。中国から挙がってくるインチキ統計数字を信用して過大評価しています。ノーベル経済賞をもらったポール・クルーグマン氏は以前バブルが崩壊して沈滞している日本を見て「景気後退はこれまでの行き過ぎた行為にたいする当然かつ必要な罪である」と一喝していました。しかし日本はその間も海外で工場を続々と進出させ、世界経済に発展に貢献していました。日本のエコノミストたちの悲観論だけを聞いて日本の実態を把握していませんでした。つまり私が言いたいのはノーベルをもらった経済学者でも世界の経済が見えていません。今後アメリカは日本と手を結ばないかぎり景気を回復することも世界をリードすることもできません。残念ながらアメリカの政治家も経済学者もその意識はないようです。21世紀は日本と組まないかぎりどこの国も発展しません。世界のビジネスマンの共通語は「日本と組め」です。「技術力の突出した日本、誠実な国民性、利益を独り占めしない人柄、嘘のない日本、いまや組める相手は日本人しかいない」この言葉は私が言ったのではなく、台湾の大手企業経営者が以前私に言いました。(多少お酒も入っていましたが?)以上、「中韓を知りすぎた男」ブログより。
2008.11.16
わたしにはスイッチのボタンがたくさんついている。黄色いボタンを押すとにっこり笑う。連打するとキャッキャと笑う。青いボタンを押すと、すーっと涙が出てくる。長押しするときは、ベットに入ってから。赤いボタンを押すと、走り出す。オレンジのボタンを押すと、歌いだす。黒いボタンは押さないで!!だって、すっごい怒り出しちゃうんだから。子どもの頃は、わたしのボタンを押す人がいっぱいで、笑って、泣いて、踊って、怒って、疲れて、眠るまで。最近は、誰も押してくれないから、自分で押して、笑って、泣いて、歩いて、泣いて、泣いて、泣いて、ボタンを押しても、涙がもう出ない。それに気付いて、涙がいっぱい出ちゃう。誰かわたしのボタンを押して欲しい。。。記:とらのこどもps そういうときは、お電話ください。 こころを込めて、ボタンを押しましょう!!
2008.11.16
熱気球を上げるのは、業者にお願いして40万円。場所の確保で25万円。その他の費用もろもろで15万円。合計、80万円。いきなり、お金の話しで恐縮ですが、これだけ用意すれば、子どもたちを熱気球に乗せることができる。70家族が集まって、お金を出し合い、今日がその熱気球の日。あいにくの小雨もようだが、子どもたちは心躍らせて、気球に乗ってくれるだろう!!私は留守番。ちょっと拗ねている。いつもいないことの多い私だから、仕方ないんですけどね。やる気さえあれば、たいていのことは手が届く。子どもたちよ、大きく育て!!記:とらのこども
2008.11.16
名前は挙げないが、今回の世界金融危機で「すわ、米ドル基軸の時代は、これで終わりだ」と小躍りする論者がいて現場の感覚とずいぶん違うなぁと思っていた。金融危機でまとまった米ドル融資を調達するのがラクでなくなったのは事実。困った事態だけど、要すれば市場が米ドル貨に熱いラヴコールを送り続けているのだ。米ドルに取って替わる存在かと一時言われたユーロ (こちらは高くなりすぎていたが) のほうがずんずん下がっていく。サブプライムローンの債権を金融商品化し世界中にばら撒くビジネスモデルで世界中にご迷惑をかけたのが米国金融界であったのは事実で、歴史的 「責任」 はあるだろうが(はやりの 「米国の罠」 ですかな……)けっきょくそうやって米国国内にはしっかり住宅資産が積みあがり(しかも中国のバブリーな未来永劫だれも住まない投機用マンションではなく、確実に使える物件だ)その費用の少なからぬ部分を負担したのは、ヨーロッパ諸国をはじめ金融商品で儲けようとした国民だった、という構図だ。帳簿上の損失は米国にもしっかり残ったが、資産もばっちり積みあがった。米国外の人々は、ひたすら損をしただけ。だから、あんがい米国が傷ついていないというのは、じつにロジカルなのだ。なぜ 「米ドル」 がいま一層頼られるのか、わたしはうまく説明ができないが11月8日の日経にわかりやすいコラムがあった。記録も兼ねて全文引用させていただく。『日本経済新聞』 11月8日、17面 「大機小機」:≪むしろ再確認された基軸通貨ドル 米国発の金融危機が深刻になるなか、ドルへの信認低下が声高にいわれている。 今回の大規模な信用収縮は、双子の赤字を抱えて過剰借金・消費体質の米国に とってダメージが大きいというのだ。 米国では国内総生産 (GDP)の約7割を占める個人消費が低迷し、住宅価格 は下げ止まりの兆しも見えない。 企業の景況感も悪化し、雇用情勢も失業率が6%台に乗るなど予断を許さない。 こうした米国経済の不振は米国が絶大な信用力により世界中から引き寄せてきた 資金の流れを阻むと懸念されている。 しかし今回大きく為替相場が揺れているのは、サブプライム問題により巨額の 損失を被った大手金融機関やヘッジファンドが資金回収の動きを強めた結果で あり、基軸通貨ドルの信認低下が起きているわけではない。 為替の動きを見ると、ドルは対円では減価しているが、ユーロやポンド、豪ドル などに対しては大幅に増価している。 世界経済が回復への道を歩き出せば、基軸通貨ドルへの需要は高まる。 米国は世界の中央銀行として成長通貨を供給する義務があり、そのために一定の 経常収支の赤字を続ける必要がある。 もし米国が経常収支の黒字国になると、世界経済は強烈なドル不足による金融引き 締め状態になり、世界デフレになりかねないのである。 今回の金融危機において、ユーロは基軸通貨としての機能が不十分であることが 明確になった。 それは欧州中央銀行 (ECB) の中央銀としての権限が平時のものしか与えられ ていないという事実である。 ECBは通貨の供給や金利政策などの機能を持つが、危機時の金融機関の監理監督 権限、すなわち金融機関の破綻の是非、預金の保護、銀行間 (インターバンク) 市場の保証、公的資本の注入などの権限はあくまで各国の主権に属するため、 その調整と管理が極めて困難なことである。 基軸通貨になれば、グローバル経済の拡大に応じてユーロ圏域外に対して成長通貨 を毎年経常収支の赤字として供給しなければならない。 だがユーロの通貨同盟は加盟各国に財政や国際収支の節度ある運営を求めており、 どこの国がどれだけの赤字を負うかなどを決定するのは難しい。 ユーロは基軸通貨としての役割を果たす準備ができていない。 ドル以外に世界経済を支える通貨はない。 ドルは基軸通貨として今後も長く君臨し続けるだろう。(枯山水)≫ 以上は、泉幸男さんのブログ 「国際派時事コラム・商社マンに技あり」より。 http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/
2008.11.16
「ものを書く技術とは、実を言えば、書く技術そのものではなく、下手に書かれたものを削る技術なのです」(ラーザレフ・グルジェンスキーの回想)「海が息づいたり、空が眺めたり、荒野が甘えたり、自然が囁いたり、話したり、悲しんだり、こういう比喩は、描写をいくらか単調に、時には甘ったるく、時には不明瞭にします。自然描写における色彩の豊かさや表現力はただ素朴さによってのみ、つまり、『日が沈んだ』、『暗くなった』、『雨が降っていた』など、こうした素朴な言葉によってのみ達せられます」(ゴーリキーへの手紙)言葉は使えば使うほど、伝えたいことが伝わらない側面がある。例えば、1回の会話では、ひとつだけの主題しか伝わらないと聞いた。けだし名言である。簡潔な文章には明確な主題がある。惚れ惚れとするようなブログの文章に出会ったときなど、道行く美しい女性に出会ったような感動さえある。そういう姿勢の正しい文章を書きたい。記:とらのこども
2008.11.15
良い人と悪い人と言っても、外見ではわからない。でも、自分を取り巻く人々のなかに、良い人と、悪い人がいる。それが社会というものだから仕方ない。誰しも生きているから、他人より優位に立とうと努力している。良い人、悪い人というのは、ちょっと違うかも。。。自分にとって良い人、悪い人というべきか。実父母の言動を考えれば、すぐに理解できると思うが、耳に痛いことを、わざわざ言ってくれる人は良い人である。誰しも、そういうことをわざわざ言いたくはない。それをあえて、その当人に忠告してくれるのだ。悪い情報を教えてくれる人もそう。そういう人は、苦手な人が多い。そういう人は、遠ざけたいと思う気持ちも自然とあろう。そういう諫言をありがたく拝聴できるよう、そういう言葉を授けてくれる先輩、友人、知己を大切にできる自分でありたいものだと願う。甘言ばかりを言う人は、間違いなく悪い人だろうと思う。そういう人に取り込まれる自分には、なりたくはない。記:とらのこども
2008.11.15
人間が一番いいかげんな金の使い方をするのは、 他人のお金を他人のために使うときだ。 M.フリードマン M.フリードマン 故人、ノーベル経済学賞受賞者 昨今はとかく評判の悪くなった市場経済万能の経済思想の大御所だが、 この指摘は鋭い!! 自分の金を自分のために使う人は、節約と効率の双方を心がける。 自分の金を他人に使うときは、効率に関心が薄くなる。 他人の金を自分のために使う際には、あまり節約しない。 他人の金を他人のために使う人は、節約も効率も考えない、 というわけだ。 他人の金を他人のために使うのは役人だ。 フリードマンは、「大きな政府」の無駄を突き、80年代からの 市場競争重視の政策潮流をリードした。 だが、時代はひと巡りし、その市場の暴走が招いた経済危機への 政府の対応が問われる今今日である。以上、M日新聞コラム転載。 さてさて、指摘のことがらは、国や地方の公務員の皆さんだけでなく、 会社のお金も同じだろうし、 家計を預かる主婦もまた同じである。 自分の大切なお金として、大切に、大切に使いたいものだ。 生きたお金の使い方をすれば、気持ちいいだろうし、 もったいないお金の使い方をしたときは、深い自責の念にとらわれる。 反省、反省と思うことの多いとらのこどもです。 できるだけ、家族の喜ぶお金を使いたいものですね。 記:とらのこども
2008.11.15
『精進とは、善行に喜びを感じる心のあり方です』 ダライ・ラマ14世 『誰だって、ほんとうにいいことをしたら、 いちばん幸せなんだねぇ』 宮沢賢治 http://meigen.shiawasehp.net/m/k-miyazawa01.html 善いことを喜んで気持ち好くやれるようになり、 そのことを幸せに思えたらいいのではないでしょうか。 とりあえず、今日のとらのこどもの精進は、 数学の宿題です。時間と時速と距離の問題が、なかなか難しい。。。 ◇いいことをする http://www.shiawasehp.net/hint/6iikoto.html ◇人を愛する幸せを感じられるようになるために http://www.din.or.jp/~honda/kouza7.htm とらのこども@再掲シリーズ
2008.11.15
好かれた!と思って、考えすぎることがあり、嫌われた!と思って、また考えすぎる。そのご本人に聞いてみればよいものを、自分ひとりで思い悩んでしまう。ある人が思い悩んで、酒を飲みすぎたとして、その原因は自分のあれこれ。。。だろうと考えすぎる。思い切って、○○で悩んでいるの?、ごめんなさいと言ってみたりすると、『何の話し??』とのこと。結局は、いつもの勝手な考えすぎ。好きな人のことだから、気を悪くしてないかと、いつまでも気に揉むばかり。なんと、困った人だろう!自我という意識が、わたしにそう語りかける。そう、困った人なのだ。やさしいはずの本心を打ち明けて、こころ結ぶ。そういう日々にしたいものだ。記:とらのこども
2008.11.14
旅は道連れ、世は情け人生は旅のようなもので、ずっとお付き合いするから、妻のことを「連れ合い」というのかなと思ったりする。いてくれるだけで、ありがたい。怒ってくれるから、ありがたい。とはいえ、もっとずっと一緒にいる存在があって、それは自分自身というか、自我というか、意識という自分自身であり、他人のような存在でもある。わたしたちは意識と一体であって、わたしたちがどこへ行こうとも、同じ結果を繰り返し作り出す。そう言ったのは、トーチェ。その意識君とは、こどものころからの付き合いだからそれなりに付き合い方もわかっている。泣き笑いするときに、お前も一緒に泣いてくれるのか、そういうときもある。旅は道連れ、世は情け。記:とらのこども
2008.11.14
不安な気持ちは誰のもの。不安な気持ちはあなたのもの、あなただけのもの。誰もその気持ちはわからない。不安な気持ちはどこからくるの?遠い遠い宇宙から。目の前にいる誰かから。実は不安な気持ちはどこからも来ない。自分で作って、自分で囚われているだけだ。どうして不安になるんだろう。不安の種が生まれて育って、どうしていいかわからない。不安、不安、不安ってただただ泣くみたい。『およそ惨めなものは、将来のことを不安に思って、 不幸にならない前に不幸になっている心です』 セネカ 将来の不幸を想像すると、不安な気もちになります 将来の不幸は、まだ現実の不幸ではありません 不安は、自分が心の中に創り出した不幸なのかもしれません セネカ(ローマの哲学者/紀元前4頃-65) 「人生の短さについて」「怒りについて」他 「不安は注意信号」と、 将来に備えることができればいいのでしょう。 ただ不安な気もちになるだけで何もできないなら、 心配してもしかたがないでしょう。 実際には、将来そうならないかもしれません。 だとしたら、不安な気もちになった分、丸損です。 将来を悪く考えたらキリがありません。 悲観的な想像はいくらでもできます。 『あすのことを思いわずらうな。 あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。 一日の苦労は、その一日だけで十分である』 聖書 http://meigen.shiawasehp.net/prov/082.html 『しんぱいするな なんとかなる』 一休禅師の遺言 ◇不安な気もちになった時の幸せになる考え方 http://thinking.shiawasehp.net/22sakinokoto.html ◇意図的楽観主義のすすめ http://www.shiawasehp.net/hint/6itotekirakkan.html ◇今を大切にする http://www.din.or.jp/~honda/diary9112.htm
2008.11.12
目で見えないもの「星の王子さま」は1943年にアメリカで出版された。原題は「ル・プティ・プランス」(小さな王子さま)だが、内藤濯さんはこれを「星の王子さま」と訳した。なかなかの名訳だ。 サン・テグジュペリは前書きで、「おとなは子どもだった。しかしそのことを忘れずにいるおとなはいくらもいない」と書いている。彼がこの本を書いていたのは、第二次大戦のさなかだった。祖国フランスがナチスに蹂躙される悲惨な戦争のまっただなかだった。 大人たちが始めた戦争で、子供たちが死んでいく。そして、大人たちの中に生きていた「子どもの心」も死んでいった。童心を失い、美しいものにたいする感動を失った大人たちは、「ほんとうに大切なもの」を見失って、お互いを殺し合う戦争に我を忘れている。そうした危機感が、彼にこのような童話を書かせたのではないだろうか。「きみのすんでいるとこの人たちったら、おなじ一つの庭で、バラの花を五千も作っているけど、自分がなにをほしいのか、わからずにいるんだ。だけど、さがしているものは、たったひとつのバラのなかにだって、すこしの水にだって、あるんだがなあ・・・。だけど、目ではなにも見えないよ。心でさがさないとね」 作家の三田誠広さんは、「星の王子さまの恋愛論」という本の中で、「作品の中の設定では、王子さま小さなプラネットからきたことになっていますが、作者のサン・テグジュペリの心の中に、この小さな少年のイメージが宿ったのは、作者自身の過去の記憶に出発点があります。星の王子さまは作者の過去からきた。少年時代の記憶の中から、この少年はやってきたのです」と書いている。 星の王子さまは、幼い頃の作者の化身であり、この童話そのものが、彼自身の少年時代との対話そのものだともいえる。私たちも又、「星の王子さま」を読みながら、自分自身の少年時代と対話することになる。そして、人生に対する大切な認識を、かっての自分自身から教えられるのだ。 王子さまは、小さな星にすんでいた頃、その星の上ですこしずつ椅子をずらしながら、一日に43回も太陽が沈むのを眺めたことがあるという。こうした淋しさを、だれしも子どもの頃に一度は経験したのではなかろうか。 ところで、この本を書いた1943年に、彼は43歳の誕生日を迎えている。そして、この本を書き上げた後、彼は空軍パイロットとして戦場に赴き、翌年の1944年7月31日に、地中海の戦線で愛機とともに姿を消した。「星の王子さま」は戦後1946年にサン・テグジュペリの遺作として、パリのゲリマール社から改めて刊行された。そして、今では世界中の子どもと大人がこの本を自国語の翻訳で読んでいる。この半世紀に、聖書についで、世界でもっとも多く読まれた本ではないかと言われている。 ところで、「南方郵便機」「夜間飛行」「人間の土地」の著者として、アメリカでも評判の人気作家になっていたサン・テグジュペリが、なぜ作家としての地位や名声を捨てて、戦地におもむいたのだろう。「ぼくには飢えている者たちから遠くはなれていることが耐えられない。ぼくの良心と折り合いをつける方法はひとつしか知らない。それはできるかぎり苦しむことだ。・・・ぼくは死ぬために出発するのではない。苦しむため、そうやって同胞と通じ合うために出発するのだ。ぼくは殺されることは望んでいないが、そんなふうにして眠りに入ることはよろこんで受け入れる」(山崎庸一朗訳「サン・テグジュペリ著作集」「戦時の記録」みすず書房) 彼が「星の王子さま」を書き上げた後、フランスにいる妻コンスエロにあてて書いた手紙の一節である。結局彼は暢気で贅沢なアメリカ人たちのなかで、居場所を見つけられなかった。「星の王子さま」の著者は、ナチスドイツが祖国フランスを蹂躙するなか、人々の美しい心や生活が滅び去っていくのを、もはや座視することが出来なかったのだ。(橋本裕さんのひとりごとより)(参考文献) 「星の王子さま」サン・テグジュペリ著、内藤濯訳 岩浪書店 「星の王子さまの恋愛論」 三田誠広著 日本経済新聞社 「サン・テグジュペリの宇宙」 畑山博著 PHP新書
2008.11.12
こちらから話しかけもしないのに、いろいろ話しかけてくる人がいる。いろんな話題をふってくる。こちらも、それなりに答えはするけれど、どうも苦手だ。(正直、あまり話ししたくない!)マネージャーに話しをしているのに、勝手に話しに割り込んできたり、意見を聞いていないのに、勝手に意見を言う。食事に誘っていないのに付いてくるし、私の知っているお店に行くことにしたのに、道も知らないくせに先を歩こうとする。エレベーターは先に乗り、先に下りる。人が降りたら、わざわざ「閉」ボタンを、後ろのほうから押しにくる。そういう人は、気の向かないときには寄ってこない。仕事をするのは嫌いらしい。ところが何もできないのに海外出張には行きたがる。用事があれば話しかけるから、「黙って仕事をしろ!」と言いたくなる。用事があるのに、嫌そうな顔をするのも、嫌悪感がある。わがまま、自分勝手。さらに、それがストレートに顔に出る。まるで子供だ。本当にこういう人は苦手だ。ただし、異性の場合、そういう苦手な人のタイプのなかに好きな人がいたりするから、男と言うのはややこしい。記:とらのこども
2008.11.10
山に行き、林に入る。木々がうっそうと繁っている。木の向こうに木があり、さらに奥の方に、左右に林が広がっている。目の前には、木々の壁ができて、林の先のほうは見通すことができない。ところが、夜の空には星々がまたたいているけれども、星の壁では無い。全天、星に蔽い尽くされていない。黒い部分がいっぱいある。即ち、宇宙が有限であることを夜空が教えてくれている。これから先はなんとなくの感想なのだけれど、宇宙がひとつだけ、というのはあり得ることだろうか?ひとつあるなら、もうひとつあってもおかしくないような気がするのだ。50個も、100個も、それこそ無限の宇宙があって良さそうなものだ。ぶどうの房は、ひとつだけより数十個固まってこそぶどうらしい。きっと宇宙もそうだろう。親宇宙があり、子どもの宇宙があり、孫の宇宙もある。大きい宇宙もあれば、小さくってかわいい宇宙もあるに違いない。植物人間状態が、人と呼ぶのに残念ながらふさわしくない。それは、意識の有無だろうと思うのだけれど、思念というものが、宇宙のどこかからか、この宇宙の、この太陽系の、この地球の、この日本の、この私に宿った。この奇跡に感謝したい。あらゆる存在物を包容する無限の空間と時間の広がりは、この私の思念のなかにもある。この相対性こそ、思念の故郷を示している。なんとなく、そんな気がする。その世界も、きっと黄金比の世界なのかなあと。。。奇跡に気付く「インプリント」が、人の思念の中にあるのだ。欲望ばかりの世界にいてはいけない。そうササヤイテイル。記:とらのこども@休日再掲シリーズ さて、その宇宙。科学的には、有限で丸いブドウの房ひとつのようなもの。 が常識だ。本当にそうなのだろうか? 宇宙って、もしかして、たくさんあるんじゃないの?という考え方もある。 その考え方を、多重宇宙論というらしい。 参考/多元宇宙論:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E5%85%83%E5%AE%87%E5%AE%99
2008.11.08

とうとう冬になってきた。太陽が頼もしいし、恋しくなる。キラキラひかる光がまぶしい。こういう季節の湖、海というのは、夏と違ってまた良さがある。まだまだ行楽の秋。ドライブでもいかがですか?
2008.11.08
ブルーシートにシェラフ。食器といくらかの食料、着替えなど。リュックに10kgほど荷物を詰め込んで、子どもは出て行った。今晩は海岸でビパーク(野宿)。寒いだろうな、大丈夫だろうか、、、と思いながら、自宅で鍋をつついている。ベランダに出てみる。ずいぶん冷えてきた。この空は、こどものビバークの場所まで続いている。気持ちだけ、こどもにおくる。心配しつつ、ブログを書いている。記:とらのこどもps 寒くなってきましたね。風邪にお気をつけください。 子どもは風の子。大人も負けじと、風の中に出たいものです。
2008.11.08
人生に大切なものの一つは、根気である。主婦が子育てをして食事を作るにも、サラリーマンが会社に通勤するにも、毎日これを続けるには、それなりの根気が必要だ。根気がないと、いくら才能があっても、人は何事も成就することができない。<人は才能の前に頭を下げない。根気の前に頭を下げる>これは夏目漱石の言葉だ。才能も大切だが、たしかに才能を生かすものは根気だろう。人生の成果は才能と努力の掛け算になっている。私など学歴も才能もないので、その分は根気で補うしかない。だから根気だけは人に負けない。いつも何かに取組み、いつも誰か仲間がある。しつこく粘る。月日と共に良くなってくる。1年、2年と経つほどそれが明らかになってくる。それを感じるとうれしくてしかたがない。<静かに行く者は健やかに行く。健やかに行くものは遠くまで行く>これはパレートというイタリアの経済学者の言葉らしい。「玉磨かざれば、光なし」(No gemstones shine without polishing)という中国の諺もあるが、「健やかに行くものは遠くまで行く」という言葉は、とても大きな励ましである。諦めずにがんばろうと思えるのである。「健やかに行くものは遠くまで行く」(パレート)そういう姿をときどき見る。まるで、きれいな風景を見るような気がする。無垢な心が人を惹き付ける。韓国の龍さんとか、JJMAMAさんにそれを見ている。人生は船旅の如くであるが、健やかな風に吹かれておられる。私もそうありたいと思っている。記:とらのこども@休日再掲シリーズ
2008.11.08
慈愛といい、慈母といい、慈悲という。「慈しむ」という言葉は、その行為に無私の大きさを感じさせます。 「慈しむ」ことに関して、孔子はこう言っています。 真に人を慈しむ(仁の)心や行いを考えた時、いつの時代においても、 人の助けを必要とする人々、苦しい状況(貧困、心身の傷病、被災、 社会上の問題、家族の問題)等に置かれた人々が存在する。 その人々に思いを向けない人が、己に克ち(我欲への強い執着心を離れ) 人を慈しむ真に仁の人であるとは言えないものであると。 それは、何時(いつ)かしようと思うことでは成立しない。 一日、あるいは一時(いっとき)であっても、只今思うのでなくては、 真の仁の心(行い)は成就しません。少しの仁を行うことであっても、 日常の中にあっては実行が困難なことなのです。顔淵仁を問う。子曰く、「己(おのれ)に克(か)ち礼に復(かえ)るを仁と為す。一日も己に克ち礼に復れば天下仁を帰(ゆる)す。仁を為すこと己に由る、人に由らんや」 また孔子は、仁者は(義において)勇者であると言っています。 しかし、義(正義)の伴わない勇気は、 危険な蛮勇となり得るとも言っています。 勇者は必ずしも仁者ならずと説かれているのです。わたしは、そういう仁者の雰囲気を、オバマ米国新大統領に感じます。それは只の気のせいであるかもしれません。しかし、それが真実であることに、大きな期待と畏怖の念を持ちつつ、新しい時代の幕開けに偉大な光明であって欲しいと祈っています。記:とらのこども
2008.11.06
地球がオゾン層で守られているように、あなたもまた守られている。目には見えないが、いくつもの薄いヴェールに包まれている。感じることはできる。そっと目を閉じて、両手で自分を抱きしめると。そのうえからも、誰かがそっとやさしくあなたをいだいているのだと。手の上に、そっと手を重ねるように。オーラのうえに、またオーラが、いく層にも重なっている。大好きな人、大切な人の名前をつぶやいてみてもいい。ゆっくりと、やさしく、くりかえし、ささやく。銀色の宇宙船がオゾン層を突き抜けて、大宇宙へ飛び立つように、あなたもあなたの力で、どこへでも飛んでいくことができる。でも、時間を超えて、空間を超えて、あなたはいつも守られている。そっと、ぎゅっと、確かに、いだかれているのだ。君守る/いつもどこでも/遠くから/気付いてこころ/キュンと鳴れ!キュンって鳴って、また力の限り、走ればいい。あなたは守られているのだから。記:とらのこども@再掲シリーズps キュンって鳴ってくださいね!! 今日もまた、わたしも頑張ろうと思います。
2008.11.06
【衝撃事件の核心】11月1日10時40分配信 産経新聞結婚式当日に式場放火…39歳男の罪深き“優柔不断”http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081101-00000515-san-soci「俺が悪かった。結婚できない」-。挙式当日になって既婚の事実を相手に伝えた男は、その約15時間後に現住建造物等放火容疑で逮捕された。山梨県北杜市の高級リゾートホテルで25日発生した放火事件。男は式場に火をつけて結婚式を中止にして重婚を避けようとしたとみられるが、「彼女」と「妻」の間で最後まで揺れ動いた“優柔不断男”の身勝手な犯行に関係者はカンカンだ。 (中略)出火から約2時後にも男の声で「火事があったと思うが、結婚式はキャンセルにならないのか」という不審な電話があったことも判明した。「あのキャンセル電話が逮捕への決定打となった」(県警幹部)。当日予定されていた8組の挙式予定者リストから1人の男がすぐに捜査線上に浮かんだ。それが河田容疑者だった。昭和町からホテルまでは片道約30キロ。高速道路で行けば、30分前後で着く。事前に灯油を購入し、ライターなどで放火したとみられる。「自分の結婚式を中止したくて放火した」「既婚がばれるのが嫌だった」逮捕後、河田容疑者はそんな子供じみた供述をしているが、捜査幹部はこう吐き捨てた。「結局は欲望に打ち勝てない弱さ、自らの優柔不断にすべての原因があった。ただそれだけの話だ」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081101-00000515-san-soci 捜査本部もいいコメントを出したものだ。 それにつけても、40歳近くになってこの結果はあまりにお粗末。 あまりにも幼稚。同じ男性として情けなくて涙がでそうな事件だ。 記:とらのこども
2008.11.05
かつては、○○子という名前が世間にあふれていましたが、テレビで女の子の人気の名前TOP10に、最近10年間ランクインしていないとのこと。そうか~。そうなんだって今さらながら、再認識しました。そのテレビでは、なかなか良いことを言っていました。それは、「○○子という名前に込められた願い」というもの。あるとき、明子ちゃんという子が「自分の子のつく名前が嫌い!」と言っていた。そこで、それを聞いたおばあちゃんがこう言ってくれた。明子ちゃん。○○子って名前はね、子という漢字は「一」と、「了」からできてるでしょ。「一」は初め、「了」は終わり。だから、明子が一生、ずっと明るい子でありますようにっていうそういう願いが込められているの。だから、とってもいい名前なんだよ。。。と。明子なら、生涯、明るく過ごせますように、栄子なら、生涯、栄えますように。そういうご両親の願いなんだと。この話し。おばあちゃんの理屈、おばあちゃんの優しさでこういう話しをしてくれた。本当かどうかは私はわかりませんが、そういう周囲の愛のかたちが名前にもあり、子どもたちへ注がれていることは間違いない。こどもを大切に、大切に思っている気持ちから生まれたこの話し。皆さんはどうお感じになったでしょう。記:とらのこども
2008.11.04
韓国銀行と米連邦準備制度理事会(FRB)は29日(米東部時間)、300億ドル(約2兆9200億円)を限度とする通貨スワップ協定を結んだと発表した。同協定は韓国の外国為替市場の不安感をぬぐい去るのに、大きく寄与すると期待されている。期限は来年4月30日まで。朝鮮日報10月29日より。http://www.chosunonline.com/article/20081030000021 これで当面の韓国経済危機は回避されたようですね。 通貨スワップにより、韓国はウォン支払いでドルを調達できる。 この協定がなければ、外貨準備から決済しないといけなかった。 良かったです。でも、どうして期限付きなんだろう。 ちなみに主要通貨間では無制限の通貨スワップが行われている。 ドル、ポンド、ユーロ、そして円。基軸通貨、準基軸通貨の所以である。 記:とらのこども
2008.11.03
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