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「言葉に気を配る」貴方は日常自分がどういう言葉を良く使っているかご存知ですか?出来るだけ気をつけようと思っていても無意識にマイナスパワーの言葉を使っている為にマイナスパワーを引き寄せてしまう事は多々あるのです。以前にも書きましたが、言葉には力があります。特に自分の強い思いを乗せた言葉には強い力が宿り、それを実現させる力があります。しかし日常の言葉は強い力が無いながらもチリも積もって山となるように、微弱ながら力があるため結構大きな影響を与えるのです。良く『金持ちになる為の方法』のような本にも「『お金が無い』と言ってはいけない」と言うことが書いてあるのはそのためです。「~~が無い」と言う表現がマイナスパワーを秘めていて、実際にそうでもないのに「~~が無い」ということで『~~』が自分の中から出て行ってしまうのです。同じように良くない言葉(相手を罵ったり、恨んだり、悲観的な言葉等)を使い続けると良くない言葉と同じ事が起こるのです。「自分は気をつけているから大丈夫」と思い込むのは辞めましょう。そう思い込んでしまえばしまうほど自分の無意識に使っている良くない言葉を発したことに気付かず、「何で良くないことばかり起こるの??」ということを言い続ける事になるのです。まずは今使っている言葉に気を配り、マイナスパワーの言葉を言ってしまったら即座に否定したりプラスパワーの言葉を言うようにしましょう。そうした地道な努力は必ず私たちを変えるパワーになるのです。もちろん今まで無意識に使ってきた言葉を変えるのは大変です。しかしそれをやる事で貴方の周りが変わってくるのです。日常の言葉に気を配ってみませんか。明日は「自分のこと好きですか?」の予定です。
2006.10.19
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火曜日にエスコビージャの変更がありました。結局4回目です~。音が3連の連続ばかりだと音がお団子に聞こえるから、という理由で。まあ、簡単になったといえばなったのですが、変更に告ぐ変更で頭がくらくらします。更に最近は柔軟に対応が出来ないので、頭の中整理しなおすまではおっつけ無いという悪循環。まずいですね。通うは最初に柔軟をしてからブラソの練習。床に長座(足を前に伸ばして座る)をしてブラソを動かすのだけど、そのブラソをただ動かすのではなく身体がちゃんと繋がっているようにという注意を受けました。キチンと身体を整えてブラソをやったらめっちゃ背中の筋肉が痛くなりました。元々私は背中の広背筋がないので直ぐ筋肉痛になってしまいます。しかしこれがなかなか踊りの中に生かせないのは何故でしょう?水曜はやはりまたエスコビージャの変更。そのパソのつなぎで一度しめて抜ける所をまた変更。そこの一連はまた短くなりました・・・。本日は再び『踊る』事を強く言われました。私たちは本当に動いているけど『踊っていない』そうです。今回変更になったとことはメリハリが必要なんだけど、それが出来ていないという事で強く言われました。こればっかりはもっと客観視できなければ、その踊り方は出来ないような気がします。自分はやっているつもりでも実際に他人から見れば全然違う事をして自己満足にひったっているだけになりかねませんから。一番は謙虚になって指摘や助言を素直に受け入れる事なんでしょうね。でもそれが直ぐに行動に出ないからどうしようかと考える所ですね。とりあえず自分の身体と向き合うのが一番の練習法かも~。色々やってみれば動くようになると先生は仰っていたので研究が一番ですね。なんか『やわキャリ』みたいだわ。
2006.10.18
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「自分を見つめる」「自分を見つめる」といわれてそれは一体何?と思う方は多いと思います。鏡を持ってきて自分をずーっと見ていることではありません。「自分を見つめる」とは自分のことをキチンと知ることです。自分は何が好きで何が嫌いで何が得意で何を苦手として、何を嬉しく思って何を望んでいるのかそしてそれは何故なのか。そういったことを自分でキチンと把握する事です。「自分のことなんてわざわざ知ろうとしなくても良く分かっている」等という人も多々いますが、逆にそういう人こそ自分の事がわかっていないのです。例えば「うそが嫌い」「頼まれると断れない」という人がいます。でもその人は何故そうなってしまったんでしょうか?そういう人の理由は色々とあります。「嘘が嫌い」ならもしかしたら他人の嘘によってひどい目にあったとか、嘘をついたために取り返しのつかないことになったとか。そういったことを更に追求していくと「自分が傷つくのが怖い」等の理由になり、その人は傷つく事に恐怖感を抱いているという事が分かります。「やりたい事をしているのに続かない」人はそうやって探っていくと本心からそれがやりたい事ではない可能性があるのです。そうやって隠されていた自分をキチンと見つめると逆にそこから自分を変えたり、行動を変えたりすることができます。ただしそうやって自分を見つめると「見たくない自分」が見えてくる事があります。しかし大抵の人は「見たくない自分」を見ない為に無意識に回避行動をとってしまうのです。その為「見たくない自分」に引っかかりそうになるとわざわざそこを回避したり、そこだけ分析が出来なくなったりします。そういった場合「自分の見たくない自分があるんだな」と思ってください。それから心の準備(自分で自分に悪い事があってもいいんだよと赦しを与えるは効果的です)をしてからそこに取り掛かってください。無理に行うと逆効果です。しかしそこを無視してもいけません。良い所も悪いところもひっくるめて【自分】なのですからそれは受け入れるようにしましょう。そのために一時的に自己嫌悪に陥って自分が嫌いになるかもしれません。でもそれも【今の自分】に限定して赦してしまいましょう。私たちは本当の自分を知らないと良かれと思ってやったことで自分を不幸にしてしまいます。自分を幸せにする為にも一度じっくりと「自分を見つめる」事をしてみませんか。次回は「他人の手を借りるということ」です。
2006.10.16
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「視野を広げる」自分を変えたい、と思ったときに今ある自分の視野(物事の見方や視点)がそれまでと同じ範囲しか無いのなら、いくら自分を変えたいと思っても変えれるものではありません。そのためにもまず視野を広げる事が必要になります。「しかし視野を広げると言ってもどうすればいいの?」という人がいるかもしれません。そういう時はまず本屋か図書館に行く事をお勧めします。そして隅から隅までどんな本があるかを眺めて見ましょう。美術の本、化学の本、政治の本など色々あります。そういった本で今までまるっきり興味の無かったジャンルの入門編(または自分が興味を引かれた本)を探して読んでみましょう。そうしたら今までの自分の見てきた世界と別のものが広がっているはずです。その別の世界を「こんなもの」と馬鹿にしないことも大切です。そうやって斜めに見てはその世界はちゃんと貴方に新しい世界を見せてくれません。もしくはあらゆる年齢層のあらゆる職業の人達が集まる習い事をしてみるのも良いかもしれません。そこに集まる人たちと話をすれば今まで貴方が見たことの無い世界が広がっている事は良くあるのです。「どうせこの人たちは私とは違うし~」と最初から話が合わないと思って話をしないのは一番やってはいけません。自分が見てきた世界以外にも色々あるんだということを認めなくては貴方の視野は広がりません。自分が見てきた世界以外があると認めるということは自分の今まで見てきた世界が否定される事ではありません。世界が広がりを持つという事なのに気付いてください。ですから無闇やたらに自分の見えない世界を否定しないようにしてください。自分の知らない世界を馬鹿にせず興味を持って聞けばその世界は貴方に新しい視点を見せてくれるのです。明日は「自分のこと好きですか?」の予定です。
2006.10.15
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最近、ブログを書こうと思ってパソコンの前に座ると何故か書きたかったテーマが出てこない事が多くなりました。仕事の昼休みとか、PCの電源を入れる前までは「あ、あのテーマで書こう」とか「このことについてこんな風に書こう」等、色々考えているのにいざ立ち上げてログインするとすっぽりと抜け落ちています。ともかく途中まで書くと、何か『違う!』と思って消して、でも新しいテーマで書き直しても途中で「何か違う!!」って思うのを繰り返しています。「こんなの自分が書きたい(伝えたい)事じゃない」ってすごく思うのです。なので無理に書いても仕方が無いし、パワーが落ちてしまうので無理矢理書かないことにしました。「出来ない無理はしない」と言うのが私の信条です。今は自分自身を見直して、人間力をUPさせるための充電させなくてはいけない時期に入ったんでしょうねぇ。とにかく自分にインプットすることが優先指させようと思います。(ブログは私にとってはアウトプットなのです)とりあえず明日から隔週で5回セミナーに行って来ますので隔週土曜日はお休みします。(あ、これはビジネス系です)そこで何か新しい視点を得られたらまたこちらに書いていきます。今はとにかく八方塞の落とし穴に嵌ってしまって抜け出せない感じがあります。この打開法が見つかったら今後書いていきますね。そんな訳で明日はお休み、あさっては「自分を変えたい」の予定です。
2006.10.13
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火曜日からシレンシオの振り付けに入りました。でもその前の歌振りの2番はまだなんですよね。シレンシオ、実は下手くそなんだけどアレグリアスの中では私は好きな所です。かなりゆっくりと動くのですが、今回ブエルタがあるのでちょっと大変です。最初に振り付けされた時、回る回数とコンパスのタイミングが分かりにくくてちょっと大変でした。結局都合4回ブエルタする事になるのですが、最後の2回がすばやく回らなくていけないのでタイミングを外すと目が回ってしまいます~。この時は上手くタイミングが合わせる事が出来なくて何度か目が回ってしまいました。火曜日はシレンシオは5コンパス分だけ振りつけておしまい。というかここでちゃんと『踊る』こととバランスをとることに集中した為なんですけどね。水曜はギターのOさんが来たのでそこの復習から。火曜日に振りつけたシレンシオを抜けてジャマーダをして一度終わる所までを本日やりました。この後たぶんエスコビージャに続くんですよね・・・。本日はシレンシオのブエルタはタイミングが分かってきた為か割とやりやすかったです。ブエルタが続くと自然と腰が据わるので、ある意味バランスはとりやすいかも。今日特に注意されたのは「顔をあげなさい」という事。どうも無意識に顔が下を向くみたいです。これは本当に注意しないと。それより本日やったジャマーダのパソが細かくて早かったので取れなかったです。終わってから教えてもらったけど、あのスピードでこのパソがきちんとできるか不明です。多分慣れたら無意識に出来るんだろうけど、今はまだ不安。来週まで覚えていられるか今はちょっと不安。大丈夫かな?
2006.10.11
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「自分が幸せになることを赦す」こう書くと結構「何で自分が幸せになるのに『赦し』が必要なの?」と言う方もいるのは知っています。しかし実際に自分は幸せになってはいけない、と思い込んでいる人がいるのも事実なのです。しかも厄介な事に表面的には「幸せになりたい」と言いつつも深層心理では「こんな罪深い自分は幸せになってはいけない」と思っていることが多いのです。その元の原因は様々です。でも一番多いものは親からの言葉による精神的な虐待です。しかもたちの悪い事にそれを発した親たちは全然罪の意識も無く、逆に被害者意識の塊であることも多いのです。「あなたみたいな悪い子は幸せになれるわけがない」「あんたみたいな悪い子は要らないわ」「貴方がいなければ私は幸せなのに」ただの腹いせで発したこういった言葉は子供を深く傷つけ、大人になっても苦しめ続けます。更にこういった事が深く「私みたいな悪い子は幸せになってはいけない」と言う思い込みを作り、無意識に幸せにならない道を選択していくのです。根本的な解決はカウンセリングやセラピーで行うのがベストですが、まずは自分で自分が「幸せになる権利がある」と言うことを言い聞かせましょう。そして「自分は幸せになっても良いんだよ」と言う許可を出しましょう。「悪い子だから」とか「いらない子だから」とか自分以外の人(例え親でも)に言われた事は全てでないのだと言い聞かせましょう。人は誰でも幸せになる権利があるし、幸せに生きる義務があります。自分で自分を苦しめたり罰を与えたりすることは必要ないのです。また誰かに罪悪感を感じる必要もありません。同時にわざわざ自分から不幸を選択する必要はまるっきり無いのです。貴方が今、不幸を感じているならば、もしそれが自分に対する相応のものだと思うのであれば、貴方はただ自分の不幸に酔っているだけです。そんな不毛なことはせず、幸せになる選択をしましょう。私たちは幸せになっていいのです。まずは「自分が幸せになるのを赦し」ましょう。そうしてトラウマが自分が幸せになるのを邪魔しているのであれば、それを克服する努力をしましょう。人は望めば幸せになれるのです。次回は「自分を見つめる」です。
2006.10.09
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「直感で動いてみる」貴方はある時突然「××へ行きたい!」と思ったことはありませんか?でも何故そこに行きたいか分からなくて、思わずそこには行かずに特に理由も無いのに別の行動をしてしまった事はありませんか。ある時突然そう思う時は実は貴方が必要としている事がそこにあるか、何かが貴方を呼んでいるのです。そういう時は素直にそこに行ってみてください。もちろんその場所に行っても何も起こらない事もあります。何も起こらず、何も無く、何でこんな所に行きたかったんだろう、と思うこともありますが、実はその行動こそが何かの危険回避をしている事もあるのです。同時にこれは貴方が今現在素直に行動できているか判断する材料でもあります。もし貴方が何か明確な理由がないと自分の欲求に素直に行動できないのであれば、貴方は今素直に物事を見れなくなっているかもしれないのです。また欲求そのものを閉じ込めてしまう状態にあるかもしれません。それは大変危険な兆候です。無制限に自分の欲求を満たす行動をしていてはいけないのと同様に自分の欲求を全て閉じ込めてしまうのはかなり危険な事なのです。上手くバランスが取れていないというのはかなりストレスがたまっている事があります。もし貴方が直感どおりに行動できないのであれば、理由はとりあえず置いておいてその直感にしたがってみてください。もしかしたら何か貴方を変えるものに出会える可能性もあるのです。ちなみに「直感」とは突然出てくるものです。一番最初のひらめきが直感と思ってください。その後に出てくるのは自分の欲求です。間違えないで下さいね。明日は「自分のこと好きですか?」の予定です。
2006.10.08
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この間のすぴこんでオーラソーマ(カラーセラピー)をやったときに「もっと自分ひとりの時間を持ちなさい」と言われましたが、それから今までどうも時間に追われて一人の時間が持てずにいます。一人の時間、というのは一人で自分自信と向き合う時間です。一人でいてもテレビを見たり、音楽を聞いたり、本を読んだりしていては「一人で過ごす時間」だけれども「一人の時間」ではありません。しかし瞑想はある意味「一人の時間」なんですよね。瞑想の導入CDを聞いていたとしても。ちょっと不思議。閑話休題。でも一人の時間を持つという事は自分の心の過去に負った傷と向かい合うという事。それが怖いのでもしかしたら無意識の意図的に「一人の時間」を持っていないのかもしません。でもそれを受け入れないと心の成長はしないし、自分の望む自分にはなかなか到達しない。良いか悪いかではなく、自分がどうしたいかという話。私は私の望む自分になって、その私が望む自分が自分らしく生きていく様になりたいとおもう。なのでうだうだと逃げずにちゃんと今日これからと、この連休中に向き合おうと思います。そうやって私は私なりに努力をする。過去に傷を負った自分と向かい合い、大丈夫だよ、分かっているよと声をかけてぎゅっと抱きしめる。実際に自分の頭をなでなでしてあげる。それだけでも傷ついた自分は慰められるし、前を向いて歩いていける。誰もが心に傷を追っている。それをちゃんと認識して逃げない人は自分らしい生き方をしている。自分らしい生き方をするにはまず自己肯定が必要です。自己肯定≠自分は正しい、では無く良い所は良いと認めてあげること。悪いところはどう悪いか伝えて改善していく事。いいことまで否定せずに、誰が認めてあげなくても自分が認めてあげればいい。そうやって心を癒して自分らしい道が歩けるようになる。いつかそんなお手伝いもしたいと思う今日この頃です。ああ、文章が崩壊しちゃった・・・。言いたい事は分かるでしょうか?
2006.10.06
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「エアポケットに落ちてしまったら」特に大きな原因も思い当たらずに、あるとき気がついたら物事がまるっきり上手く回らず、何をやってもダメになる事があります。私個人はこう言う時は「エアポケットに落ちた」と思ってます。エアポケットというのはそもそも気流や風向きの関係で飛行機が急に下降したりする場所の事を言います。ものごとを行っている時に急に上手くいかなくなってしまった状態に似ていると思いませんか?こう言うときに無理に動いたり何かしようとしても改善するどころか余計に墓穴を掘ってしまうことになるので気を付けて下さい。下手にもがけばもがく程余計に状況が悪化しかねません。そうなってしまった場合、まず無理をせず自分の状況を確かめてください。実は体調がおかしかったり、いつもの自分らしくない言動をしていませんか?もしそうならばまず現在の気にかかっていることを一時的に追いやってゆっくりだらりと休むようにしてください。身体と心が疲れているためにものごとの判断力が鈍っているのかもしれません。自分自身が大丈夫なら次は自分の視点や行動や価値観がどこかずれていないか確かめてみましょう。同時に周りの状況をちゃんと把握しているか、「しているつもり」になっていないか再点検してください。自分は突然の急降下と思っても実は何かを見落としていた為に落とし穴に嵌ってしまった事が多いのです。そういった場合もう一度全てをチェックすれば必ず浮上できる鍵があるのです。これといった鍵が見つからなくても上昇気流にのりなおす事が出来ます。しかしそういった問題でなくエアポケットに嵌ってしまったら、もしかしたら何か急展開する為に前兆かもしれません。ものごとが急展開する前には何故かものごとが停滞する事があるのです。そういった時は難しいかもしれませんが下手にジタバタせずにもう一度自分の足元と周囲を再点検して固めてください。そして何かが急展開しても慌てず騒がず対応できるように準備をしていてください。それが出来ればタイミングを外さずにチャンスをつかむ事も出来るのです。エアポケットに嵌っている時はまるっきりものごとが進展せず、大変苦しい思いをする事があります。しかしそれから逃げ出さず向かい合って、自分を振り返りもう一度足場を固める事が出来れば、必ずそこから抜け出す事は出来ますし、結果大きな壁を越えることにもなるのです。焦らずにじっくりと向き合うようにしましょう。次回は「自分が幸せになるのを赦しましょう」です。
2006.10.05
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火曜日はストレッチから入りました。それから「身体を繋げる」ためのエクササイズ。床に足を前に出して坐骨の上に座って上半身は真っ直ぐにしてブラソの練習。私はこれがなかなか背筋が弱いのでツライのです。それが終わってからブエルタの練習。先ほどの上半身の姿勢を使いながら・・・のはずが全然出来ず。身体がばらばらになるのは分かるけど一つに纏める事が何故か出来ない。どうも上半身がちょっと後ろにそる感じの悪いクセが直りません。やはりそこを注意されました。その後は歌振りを練習。二番の歌振りの頭のところをパソをしてから抜ける所が変更に。パソはンタタタタタタタタタンタンとタコンとゴルペのコンビネーションで、ブラソはゆっくり上がっていて最後の二つで上に抜ける感じ、と言って分かりますか??とにかくタコンを左右交互に2音で音を出しながらブラソを上げるときに、ここにいて、ブラソをあげるのでなく、ブラソが上がっていく方に意識が行っているのがおかしい、という事でそこだけ延々練習。空気を動かすように、でもその動きの方へ意識が飛んでいくのでなく真ん中にいてコントロールするというのが以外に難しい。腰を落として、でも腕を伸びやかにする感じかしら??最後にエスコビージャを簡単におさらいして終わりました。水曜は代教のNさん。ストレッチをしてからパソの強化練習。プランタ・タコンとゴルペのコンビネーション。相変わらずリズムが早いとキチンと「打つ」事が難しいです。プランタがキチンと「打つ」音で鳴らせず、タコンも鳴らない。ちょっと悲しい。それからエスコビージャのおさらい。先週のついたところを細かくおさらい。改めて勘違いしてた頃を訂正。なかなかちゃんと覚え切れていないです。それでなおかつ全身をコントロールして、第三の目で自分が見れないと踊り手としては失格だなぁと思いました。プロのダンサーの人のすごさを感じます。火曜日に先生は「とにかく技術を磨く事を目標にせずに、パフォーマーとしてちゃんと表現できれば、多少の技術力不足は補えるのよ。だからもっと質を上げましょう」と仰ってました。右左動いてそれで満足、というお遊戯レベルから脱却できればいいのですが、私の今の状態からは結構大変かも。それでも目指してやろうとしないとやれないですからとりあえず努力です。フラメンコに関してなかなか教えてもらったのを素直に出せないのが難しいですけどね。
2006.10.04
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「セラピーを受ける」自分を変えたくても変えられない人には、自分の心に隠された(自覚していない)心の傷が邪魔をしている時があります。大きく傷ついた為に怖くて踏み出せない人もいれば、また強がって解決して振りをしている時もあります。これらはほうっておいては自分を何時までも不幸にし続けるだけです。そういった心当たりのある人、また心当たりは無いけどどうも自分を自分の望むように変える事が出来ない人は一度セラピーを受けてみてはいかがでしょうか。見たくなくて見ないふりをしていた事が分かるかもしれません。またそれを思い出すのが怖くて逃げ出したりしたくなるかも知れません。しかし傷を認識せずにいるよりは、ちゃんと自分にそういった傷があるということを認識している方がまだ対策が取れます。いくらでも治療法はあるのです。「そうは言ってもどういったセラピーがいいの?」という方がいるかもしれません。私個人の意見を言わせていただければ、心療内科の相談でも、心理カウンセラーのカウンセリングでもスピリチュアルセラピーでも占い師でも何でもいいと思います。ちゃんと自分自身と向き合う手助けをしている所でしたら、同じように効果があります。本人の直感とタイミングがいいところが一番自分に合うところだと思います。たとえいくら良いという評判でもタイミングが悪かったり、直感的に嫌悪感を感じた場合は辞めてください。また不安ばかり煽るような所は絶対に止めてください。誰かすごい人がやってきて、パッと問題を解決してくれる、何てことはありえないのです。自分を癒すのは自分だけです。貴方が自分を癒したいと思えば、カウンセラー達は色々な手助けをしてくださいます。しかしそのカウンセラーの方々が「ああいったから」「こういったから」と盲信していては意味がありません。そうは言ってもうつ状態などのひどい時は最初は先生の言うことを信じて治療に専念する必要はあります。しかしそれと盲信を混同させてはいけません。信じるというのは自分の判断を信じるという事、盲信するというのは自分で判断するのを放棄して言うことをただ聞いていて、人形のように言われるままに行動するだけということです。そこは間違わないようにしてください。カウンセラーの方はあくまでお手伝いです。行った事をちゃんと自分の中に問い掛けてどう思ったのか、また自分でどうしていこうと考えたのか、というのをちゃんとやらないと意味が無いのです。そうして自分の足をひっぱている自分の傷を癒す事が出来たなら、貴方は自分のなりたい自分になれるのです。自分を不幸の主人公にして自己憐憫に浸るのは貴方の勝手ですが、どうせなら毎日幸せなハッピーな主人公にしませんか。明々後日は「自分のこと好きですか?」の予定です。
2006.10.02
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名古屋すぴこんに行ってきました。本当は朝早く起きられなかったのと雨だったのでどうしようかと迷ったけど、なんとなく行かなくてはいけないような気がして家を出ました。会場について1周もしないうちにとあるブースでハーブティを頂いて(美味しかったです)ついでにどういうことをやっているかをきいていたらオーラソーマをやっていたんですね。元々オーラソーマには興味があったけれど、今まで受ける機会が無かったのでちょうど空いているという事で受けました。すぴこんではこういったものがお試し時間のお試し価格で出来るのでありがたいですよね。ちなみにオーラソーマとは上下2色(何本かは同色の場合有り)に分かれたカラーボトルを直感で4本選んで、それを元に現在の状況や過去のトラウマなどを判断するものです。その結果現在の状態や状況、過去のトラウマなどが見事に出ました。同時に過去に心に大きな傷がある、というのも言い当てられその話をしたとき思わず涙ぐんでしまいました。克服したつもりでいたのだけど、やはり両親から受けた(たぶん当人達は無意識で行った)精神的虐待はまだ完全にいえてないのに気付きました。オーラソーマのボトルによるとそれが引っかかって変わりたいのに変わることに躊躇しているそうです。でも今はちゃんと正しいレールにのっているから不安がらずに自分を信じて自己変容をしていきましょう、という判断でした。ほんの20分のセッションでしたが、すごく安心しました。実は私は今ちょうど私が歩んでいる道は本当に正しいのか不安に思っていたんですね。大丈夫、と自分で言い聞かせながらも不安が心にわきあがるのを止められなかった。そこをちゃんと見てもらいたがっていて、相手の方もちゃんとそれを伝えて下さったという感じです。なので背中をぽんと叩いて貰った感じですね。こういったものは人によっては他力本願に見えるかも知れませんが、私はあくまで自分で自分の幸せになる道を歩いていく為の道しるべだと思っています。夜中に通る道が暗くて自分で灯りで照らす事が出来るより先に何があるのかを知る為に、道しるべを見て判断したりしますよね。それと同じです。その後はのんびりと会場を一回りして、ホワイトセージを買ったり、ちょっと変わったモノを買ったり、ヒーリングを受けて見たりしました。結果、自分って疲れているなぁというのも分かりましたし、なんとなくそこにいると気分がいいのか会場を出たくなかったりしました。そういえば二回目のためか首の後ろが痛かったり、ふわっと意識がちょっと上に行くような感覚は無かったです。出展ブースが少なかったからかな?今回はそんな感じでした。スピリチュアル系に興味があるけど、何も知らずにヒーリングやカウンセリング受けるのは怖いという方もすぴこんは全国でやっていますし、お試しにはちょうど良いのでお勧めです。
2006.10.01
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