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自分を「大切にすることと甘やかす事」を間違えている人っていませんか?この二つは似ているようでまるで違います。自分を大切にする、というのは自分をもっと成長させたい、もっと輝かせたいと思う人がそのために今自分に何にをすればいいかを考え実行する事です。自分を大切にする人はちょっとやそっと苦しくても大変でもそこから逃げ出さず、踏ん張りが利きます。そのためにその苦難を乗り越えた時より大きく輝きを放っています。一方自分を甘やかす事は目先の事しか考えていないためちょっと苦しくなったり大変になるとそこから一目散に逃げ出します。「自分が大切だから苦しいのは可哀想」といういいわけの元に。そのため何時までたっても成長せずその場に留まり、成長した他人に対して嫉妬をしつつ自分の焦りを見ぬ振りをして、他人や回りの責任にし「今が楽しければいいや」と逃避をし続けたあげく、くすんでいきます。自分を大切にする=長期的な視野で物事を考えて行動する。自分を甘やかす=超短期的な視野でその場の快楽を優先し行動する。と言っていいかもしれません。貴方はどちらの人間になりたいでしょうか。もちろん人間ですから時には自分を甘やかし楽しい時間を過ごす事もいいのですが、自分を甘やかすばかりだと人として堕落してしまいます。更に自分にも他人にも言い訳をし続け成長する努力を放棄してしまうと人は一気に醜くなるのです。このように客観的に見ればどんなに自分を甘やかし続けるのが悲劇的なことだと思いませんか?何時までたってもなりたい自分になれず、成長もせず輝かずくすんだまま一生を終えていいのでしょうか。自分を「大切にする」ことはとても大変で難しい事です。というのも自分を大切にすると言うのは楽しいばかりではなく、苦境に立つ事もあるからです。しかし一年後、二年後、五年後に振り返ってみて「ああ、あの時にアレをやっておいてよかったなぁ」と思えることが一番の自分を大切にしていることではないでしょうか。そのためにも自分と向き合い、困難に立ち向かう力を持ちましょう。自分を甘やかすだけでなく大切にする事を何よりも忘れずに生きませんか。次回は「やり直す勇気」です。
2006.03.31
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最近、改めて伊勢神宮と椿大神社と出雲大社に行きたくて仕方が無いです。伊勢神宮はお礼参りに。実は2年程前に一度思い立って参拝してきたんです。それから後は今から思うと怒涛の変化がありました。元々伊勢神宮はただ強烈なパワースポットだと言う事だけで行ってきたのですがそれだけではなかったようです。後から知ったのですが伊勢神宮には物事の改善したり新たに運を開くパワーもあるそうです。でも本当にここ2年間に起こったことは正にそのとおりのことでした。まだまだ改善途中ですがその変化を頂いた事をお礼参りに行きたいのだけど、何故か妙に縁が無くて行けなくなってます。どうも土地と言うのは『呼ばれないと行くことが出来ない』様なのです。無理に行くと体調を崩したり、また行きたい場所の近くに行ってもたどり着けないことが多いのです。バックに入れてあったガイドブックが見つからなくなった事もあります。(家に帰ったら簡単に見つかりました)それだけならまだしも近くに行った時に何故か行きたかった場所だけ考えから抜け落ちていたりします。ちなみに私は神戸の町が好きなのですが、どうも気が合わないらしくあまり良い事が起こりません。これはどう考えても土地から敬遠されているか、まだ縁が無いかどちらかだと思います。行きたくても行けない、好きでもイマイチ良くないというのは片思いみたいで嫌ですね。でもまだ行く必要が無いと言う事なのかも知れません。去年の中ごろから出雲大社に行きたいのですが、どうもタイミングがイマイチ悪くて今年も行けそうにありません。縁結びが目的ではなくただ行って見たいだけなのですが。近いうちにいけると良いけれど。椿大神社は今計画を立てている真っ最中。縁があれば今年中にいけそうです。縁があると良いけれど。それとは別に時々「○○に行きたい!」と強烈に思うこともあります。こういった場合、行ったから何かあると言う事は少ないのですが行った後に何故か元気パワーが溢れてる事があります。結局そこに溢れているパワーが必要だと無意識に感じているようです。結構不思議。明日は「自分のこと好きですか?」の予定です。
2006.03.30
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発表会後の初練習。しかし水曜がお休みのため今週は火曜日のみでした。やったのは発表会の反省と基礎練習。パルマをやったのですが、少しづつやっているためか先生の前でも萎縮せずにやれるようになってきました。でもまだまだですが。スピード上がるとやはり微妙にずれて気持ち悪い。でももう少しでまともに叩けるようになりそうな感じです。さて来週から改めてレッスンの報告します。
2006.03.29
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「自分を諦めない」で下さい。もし貴方が今なりたい自分に向かって努力をしていても、なかなか自分が思うように成長していかないかもしれません。それでも自分がなりたい自分になれるのだと信じる事と努力する事を諦めないでください。もしかしたら滑りやすい坂道を上がろうとするように、ちょっと成長したかと思うと直ぐにもとのスタンスに落ち着こうとする自分を「どうせ自分はこんなもの」と諦めないで下さい。昨日・今日・明日と変わらなく思えても「一つ一つ積み重ねる」ように一年二年と長い目で見れば貴方は成長しているかも知れません。貴方が「限界」と思えばそこが限界になりそれ以上は超えられなくなります。貴方の限界はそこですか?貴方はそれで満足でしょうか?貴方がもう少し、もうちょっとと思えばそのもう少しは進む事が出来るのです。もう少し、もうちょっと。ここまで来たらあと少しくらいいける。そう思うことで貴方は進み続ける事ができ、限界はありえないのです。もし貴方が諦めれば、貴方はそこから先には進めなくなります。貴方が諦めれば誰も貴方をそれ以上にする事は出来ません。それで貴方はいいのでしょうか?分を弁えることは大切ですが、それは貴方に足元を良く見るようにと言うことだけで、貴方は貴方を卑下する事はありません。今はここにいる、でもこれからは上に行く。そう思うことは悪い事ではありません。例えどんなに自己嫌悪に陥ろうとも、たとえどんなに自分のことを嫌いになろうとも、例え周りにどんなに見放されようとも貴方が貴方自身を諦めない限り必ず道は開けるのです。もし貴方が貴方の望む未来を実現しようとするなら尚更、貴方は貴方が望む貴方になることを諦めてはいけません。貴方があきらめる事で貴方の未来も裏切ってしまうのです。辛くて嫌になり逃げたしたくなろうとも、全てを投げ出したくなっても貴方が自分を諦めない限り貴方はなりたい貴方に慣れるのです。いつか自分で自分を幸せになるために自分を諦めないでいきましょう。次回は「大切にする事と甘やかす事」です。
2006.03.27
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会社の仕事にはそれぞれ領域(任された仕事)があります。基本的にこの領域は侵してはいけません。例えどんなに貴方の目に余る行為があろうともです。相手の仕事振りが気になっても、いきなりその仕事に手を出したり、取り上げるような行為はしてはいけません。それは貴方が相手の人を信頼していないと言う表明になるからです。基本的に仕事は信頼関係を崩してはいけないのです。それは自分に置き換えると良くわかります。相手の人が貴方の「仕事の仕方が信頼できないから自分がやる」といって仕事をやってしまったらどう思いますか?「きちんと何処が悪いか言ってくれれば直すのに」と思い、また士気も低下しませんか?もし貴方が「ラッキー仕事が少なくて楽になった」と思うようなら相手の方の信頼・信用が無いのも頷けます。またこれから先も重要な仕事を任されることも無く、給与も上がらず何かあったら真っ先にリストラの対象にもなるでしょう。閑話休題。ですからもし貴方が誰かの仕事の仕方に不満があるならまずしかるべき筋から話をして貰うのが一番良いでしょう。もし貴方の直属の後輩や部下ならまず口で指示をするのがベストでしょう。そしてまず本人でやらせてみる。もちろん貴方がフォロー及び面倒を見る義務が生じます。何度指導してもどうしても無理だとわかったら、本人もその時には自分の不備に気付いていますので仕事を取り上げるなり、直接あなたが介入しても不満・不平はありません。もちろん貴方に対する信頼も揺るがず、禍根も残りにくいものです。もし相手が自分が直接指導する立場に無い人だとしたら、余計に大変デリケートな問題になります。しかしただ何も言わず不満を貯めていては職場の雰囲気が悪くなるだけです。ですからしかるべきところに苦情を申し入れをする事はしましょう。もしそれで多少の改善が見られたら苦情を申し入れした先にお礼をするのは忘れないようにしましょう。とにかく無断で他人の仕事の領域に手を出すのは辞めましょう。貴方に対する信用が低下するだけでなく、仕事の士気を落とし生産性が悪くなるだけです。明日は「自分のこと好きですか?」の予定です。
2006.03.26
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二つの視点があるのを知ろう。前回「視点を変える準備をしよう」で視点とはその人の立場、という話をしました。では世の中には大雑把に分けて幾つ視点があるでしょう?分かりますか?社会人の方には簡単な問題ですよね。答えは二つです。そしてそれは人の上に立つ人の視点と人の下にいる人の視点です。人の上に立ちながら人の下にいる人(中間管理職)もいますが大雑把に分けると二つと言って良いでしょう。ここで「人間は平等だからそんな言い回しはおかしい!」などと言うのは辞めてくださいね。実際には世の中には人をまとめて指導する立場の人(人の上に立つ人)とまとめられる立場の人(人の下にいる人)が存在するのです。一人の人間として優劣は存在しないのですが立場の違いは有るのです。ちなみにこの二つの視点には雲泥の差があります。上に立つ人の視野は自分の周りはもとより他者との利害関係はもちろん全体を見通し今から未来に対しての時間的なことも入っています。一方下にいる人は自分の周りと他者との利害関係くらいしか視野に入ってません。もしこう言う人が人の上に立とうとしても上手く行かないのです。商売をするにしても上手くいきません。逆にもし下にいる人でも上に立つ人の視野・視点を身につければ人をまとめる立場に立ってもそれなりに上手くいきますし、商売もそこそこやっていけるでしょう。そんな話に興味は無い?手っ取り早く自分を変えるヒントだけ欲しい??ちょっと待ってください。実は自分を変えたい場合、何か小手先の事だけやっていても、多少は変わりますが、根本的には変わらないのです。まず最初に一番川上の視点を変えないとダメなのです。渋井真帆さんの受け売りですが、「視点が変われば、価値観が変わり、価値観が変われば、考え方が変わり、考え方が変われば、性格が変わり、性格が変われば、行動が変わり、行動が変われば、習慣が変わり、習慣が変われば、人生が変わる」と言う事が有るのです。逆もまた真なり、という言葉もありますしそれも有効ですが、結局はそれも視点を変えているのです。ですから貴方がもし自分を変えたいなら視点を変えましょう。次回からは上の人の視点のです。明日はビジネス村のルール」です。
2006.03.25
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昨日無事に発表会は終わりました。久しぶりに楽しかったですが後悔も山積み。いつもは出来る足を間違えたとか、外した事の無い音を外したとか、間違えた人につられたとかそういうのもたくさん有りますが一番の後悔は思いっきり踊りきれなかった事です。冷静にコントロールは出来たけど、音も聞けたけど、でもやっぱり「踊る」為に必要な事がまるっきり出来なかったのが一番嫌でした。発表会という場は常日頃やっていることを100%以上出すのは難しい、というのは知っていましたが今回改めてそれを思い知る結果になりました。踊るって難しい。さてまた火曜日から基礎練習から開始だわ。がんばろう。
2006.03.25
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発表会の追い込みです。今週金曜日なので・・・。でも火・水とほとんどザクッと通すだけで終わってます。先生曰く「チェックして追い込んでも萎縮して変にそこだけ気にするし、頑張って踊りが小さくなるだけだからもう言わない」だそうです。そういわれると妙に寂しい・・・。先週の日曜の合同練習の時にタンゴの終わり方の振り付けをカルメン・ロドリゲスがしてくれたのでその練習はしました。先生、カルメンが振りつけていたとき「トイレに言っていたから見て無かったけど、どう振りつけたの?」と言っていたわりに大体こんな感じ、というのをやったら「ああ、そういう風ね。カルメン好きそう。でも貴方達には向かないわね」あっさり理解しアレンジしてしまいました。さすがです。でもちょっとなんか、もう、いい、って気持ちです。こうも毎週毎週、終わり方を変えられると。まあ、出来ない私たちに問題もありますがあっさり変更変更しないで欲しい気もする。でも結局これも舞台に立ってやってみてから、だそうです。昨日チェックされたことですが、肩とか首とかに余計な力が入っていると足まで神経が行き届かないし、踊りが小さくなる言われました。「背骨で踊らないとだめ。背骨で踊れると全然違う」と言う話でしたので、頑張って肩や首に余計な力が入らないように、出来るだけ抜くように踊ってみました。そうすると確かに腰は安定するし、体重もストンと下に落ちるので力を入れなくてもゴルペの音がしっかり出るんです。すごく納得しました。これが一連の踊りの中でも出来ると一番いいのですが、そこまではなかなか行かないのが問題ですね。さて、明日またリハがあって明後日発表会のため二日間たぶん更新できません。次回は土曜日の予定です。
2006.03.22
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「目の前にあるのは壁?」がテーマですが、正確には「目の前にある壁」が正しいタイトルです。貴方は部活や仕事で壁にあたった事はありますか?ここいう壁とは目の前にあるクリアしないといけない課題の事です。「ない」と応えた貴方はこれから当たるでしょう。もしかしたらあえて目の前にある壁を見て見ぬ振りをしているのかも知れません。「ある」と応えた方はそれをどうしましたか?ちゃんと越えられましたか?それとも攻略法を考えている最中ですか?壁は本当は貴方が越えようと思えば越えられるものなのです。貴方がそれを「壁」とちゃんと認識した時に既に越える術はあるのです。それに気付かずに闇雲に体当たりして突っ込んでもはじき返されるだけです。下手すると怪我をするかもしれません。もし貴方が壁に当たったと思ったら、まずいったん壁の側から離れて冷静にそれを見ることをお勧めします。冷静に見れない場合は信用できる人に相談すると良いでしょう。そうすればあっけなく越える方法が見つかる事がたくさんあるのです。また壁とは壊すものでも、嘆くものでも、見てみぬ振りをするものでもありません。壁とは乗り越えるものです。また壁の乗り越え方は一つではありません。壁の種類によって幾つモノ方法があるのです。一度で超えられない場合も少し壁を離れてじっくりその壁を見て、そして幾つかの方法を試して見ましょう。もし貴方が壁に当たってどうしても超えられない場合、それは壁でないのかも知れません。大きな崖や大きな一枚岩、人知の及ばない何かなのかも知れません。そういった大きな障害は簡単に越えれるものではありません。人の力でどうしようもない物は無理に越える必要はありません。迂回するのも一つの手です。というのも壁を越えるのが目的でなく、壁の向こうの目的地に行く事が最大の目的なのです。また最初から大きな壁に挑むような無謀な事はしないで下さい。それは登山をした事の無い人が最初にエベレストの頂上にいきなり登ろうとするようなものです。貴方はその大きな壁をいつか越えようと睨みつつ、その壁を越えれるように小さな壁を順番に越えていきましょう。時には貴方は壁を越えた後にそれを振り返ってみると、その壁が壁ではないように見える事があります。そうしてがっくりして自信喪失する人がたまにいらっしゃいます。でも壁とはそういうものなのです。越えてしまうと小さく見えますが、実は小さくなったのではなく貴方が大きくなったために小さく見えるだけなのです。大人になってから小学校へ行くと、大きく見えた黒板とかちょうど良かったはずの椅子や机が小さく感じるのと同じです。ですから貴方はがっかりするのではなく、その壁が小さく見えることを喜んでください。それだけ貴方が進化した証しでもあるのです。目の前にある壁を貴方は認識してますか?貴方が見ない振りをしていてもそれは目の前にあります。それは越える気になれば何時でも、多少時間が掛かる事が有っても越えられるものです。壁の前で何時までもうろうろして何も出来ない自分でいるか、壁を認識して越えて成長していくか、それは貴方次第なのです。次回は「自分を諦めない」です。
2006.03.20
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視点を変える準備をしよう。視点を変えましょう、と言っても最初に聞いた貴方は何の事か正確には分からないでしょう。「自分の視点は自分が見ることだから帰れる訳無いでしょ?」そういう人もいるかもしれません。視点とはそもそもなんでしょう。国語辞典には一.絵画の遠近法で人の視線と直角をなす、地平線上の仮定の一点。二.物事を書いたり論じたりする時の作者や論者の立場、とあります。ここでは絵画の遠近法云々の法ではなく「作者や論者の立場」のほうですね。つまり視点を変えるとは自分の立場を変えてみる、ということになります。立場なんてそう簡単に変わらない?だから自分の立ち位置以外の視点は分かる訳無い?その考え方こそ間違っています。今の自分の立場は変わらなくてもシュミレーションは出来るはずです。例えば何かあったとき、もし貴方が友達の立場だったら、もし先生の立場だったら、上司の立場だったら、社長の立場だったらどうしますか?またその時考えた事と貴方が「もし・・・」というの出考えた事と、実際のその人の行動は一致しますか?もし一致しなかったそれは何故でしょうか?そこに貴方の視点を変える鍵があるのです。貴方にあってその人達に無いもの。貴方に無くてその人たちに有るもの。一体それはなんでしょう。それに気付いた時本当に自分を変える事が出来るようになります。明日は「自分のこと好きですか?69」の予定です。
2006.03.19
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渋井真帆さんの新刊「仕事心の育て方」買ってきました。楽天ブックスにまだ表紙がupされていないので今回はリンクだけです。久しぶりの新刊で嬉しいです。とはいってもセミナー参加者で生徒でもある私にとっては特に目新しい話は無かったのですが、改めて自分のやっていることの再点検にはなりました。やってるつもりで無意識にやることの幅を狭くしている事があるのに気付きました。良かった~、早めに気付けて。・・・紹介するカテゴリが違う??そんな事ありません。これは仕事に関する「心構え」の本なので、仕事に関するカテゴリでぜひ紹介したいのです。もし今貴方が仕事に対して「ツマンナイ」「何か上手くいかない」「どうせ何やっても無理だし」とちょっとでも思っているならぜひ読んで欲しい本です。そして読んだだけでなく、自分が出来る事から実践して欲しいのです。私がここしばらくの毎週日曜に書いている「ビジネス村のルール」はここに書いてあることを私が実践して、「ああ!!なるほど」と自分で消化して自分の物にした事を書いています。ですからこの本を薦めるのはある意味私の書くブログのネタばれでもあります。でも!でも!それでも良いのでぜひ読んで欲しいのです。もしかしたら貴方の心にグサリと入ってくるものがあるかもしれません。そうなった時「何なんだこの本は!!人のこと傷つけるひどい本だ」等と怒らずに(たまーにそういう人いますよね)それが自分が意識的に目を反らして見ない振りをしてきた欠点(課題)だと自覚して、そのグサリと来たものをクリアしてしまいましょう。もちろんそれこそ直ぐに出来る事では無いので「一つ一つ積み重ねる」ことをしないといけません。でもちゃんと積み重ねていければ自分の力にも為にも幸せにもなるんですよ。「仕事心の育て方」というタイトルですけど、本当は「自分を活かして生きようとする心の育て方」でもあると私は思いました。仕事はもちろん、日々の生活の心構えでもある事を書いてあるこの本。ぜひ読んでください。明日は変則的に「自分を変えたい」の予定です。
2006.03.18
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「一つ一つ積み重ねる」貴方は何かをする時、コツコツとする方でしょうか?それとも手早くさっさと出来てしまう方でしょうか?人は物事によっては直ぐに出来るものと直ぐに出来ないものが有ります。貴方がやりたいことが直ぐに出来る事ならば何も悩まなくても良いでしょう。しかし直ぐに出来ない事をやりたい場合、貴方は出来るようになるまで「一つ一つ積み重ねる」しかありません。もちろんそうやっても直ぐにはできるようになりませんが、そうやってきちんとやろうとすることによって貴方は何時の間にか出来るようになるのです。私のフラメンコの先生は「何かを出来るようになるには直ぐにパッとは変われない。昨日と今日やったからと言って、明日に直ぐ出来るものではないけれど、それが出来るようになるには、出来るようになりたいと思って、練習を一つ一つ積み重ねないと何時までたっても出来ないのよ。」と最近よく言います。でもそれはフラメンコだけでなく生きていく上での真理でもあると最近は感じています。今より違う何かになりたい。今より幸せになりたい。たくさんの人はそう思いますが、現在の状況は結局過去からの積み重ねでしかないのです。もし現在不幸だと感じるなら、そうなってしまう事が一つ一つ積み重なった結果なのです。貴方が幸せになりたいなら、一つ一つ幸せになるためのことして積み重ねていくしかないのです。それはまるで薄い紙を一枚一枚積み重ねていって山を作るようなものです。5~6枚薄い紙を重ねたからと言って地面と大きな段差が出来るわけではありません。しかしそれが100枚、200枚と増えていって1000枚になったらどうなるでしょうか?それはかなりの違いではないでしょうか?現状を変えたければ、変えたいほうへ少しずつ積み重ねていくしかないのです。もし昨日と今日、毎日が変わらなく思っても、貴方の強い思いがあれば1年後、2年後には確実に変わっているのです。貴方は毎日目に見えて変わらないことを理由に変えたい事を放棄しますか?それ目に見えた変化はないけれど一つ一つ積み重ねていきますか?貴方はそれを自由に選べるのです。次回は「目の前にあるのは壁?」です。
2006.03.16
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相変わらず発表会のための練習です。何か今回これだけ練習しているにも関わらずあまり発表会が来ると言う感覚は0です。何故でしょう??火曜日はタンゴの終わり方の練習。どうしても速い足が上手く打てなくて一人ずつ特訓しました。ポイントを教えてもらっても直ぐに反応できない所が悲しい。水曜もタンゴをメインに。結局またまたタンゴの終わり方を変えられました。みんながきれいに出来ないから、という理由で。確かに不協和音を良く出していた私は反論の余地ないです。でも変更したのも上手く出来ればカッコ良いかも。でも何より「踊る」のが相変わらず難しい。なかなか上手くいかなくて嫌になってしまう。自分では「踊って」いるつもりでも、第三者から見ると全然踊っているように見えないそうです。今の感覚の2~3倍でちょうど良いくらいらしい。全てをコントロールしながら踊る。私の中ではめちゃめちゃ難しい。それと今回、月モノにちょうど当たっため、めっちゃ身体が疲れて大変でした。微妙に感覚が鋭くなるクセに身体の反応は緩慢になるから、微妙に音を外しまくってしまいました。発表会の当日にあたる事は無いのでそれはよかったかなぁ。さて明後日がまた合同練習です。どうなる事でしょう。あ、衣装も届くんだ。楽しみ~。(それだけは)
2006.03.15
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今日はなんとなく書けないので通常テーマはお休みです。まあ、たまにそういう日がある。でも何かブログに書きたいというミョーな矛盾。最近私の周りにある一方向へ進む流れが出来ています。悪い意味でなく、自然の流れで。一人取り残されるような流れ出なくて、「行きなさい、行きなさい」と勧められるような流れ。少しずつやりたい事がはっきりしているからかも知れない。自分が進化したがっていたら周りにそれを促されている感じ。でも同時に大きな引潮もあって進もうとするのに逆の方へ押し返す流れも感じる。どちらかと言うと昔のままの自分が何かを新しくするのを怖がっていて、元の戻りたがっているのかもしれない。押し返されてもそれでも行きたい方向に進もうとする気持ちは辞められない。もう前いた場所には帰りたくないし帰れない。だから押し返そうとする力には無理に進まないけどそこで踏ん張ろうと思う。同時に今いる自分の部屋に満足できなくなってきている。今もっている服も満足できない。一度全て捨ててしまいたいくらいに一度リセットしたいと強く思う。同時にそんな事出来ない、とも思う。人は流れの中に生きているので、自分で全て一度捨てたつもりでも何処からか必ず繋がっている。何処かに必ず繋がっていく。下手に捨てたつもりになるとその捨てたつもりのものにしっぺ返しされる。繋がりがあるのを壊さずに自分をリセットしないといいリセットのならない。今は過渡期なのかもしれない。以前の私と今の私、これからなりたい私が私の中でケンカしている。そんなちょっと混沌としています。ここが踏ん張りどころかも。明々後日は「自分のこと好きですか?68」を書く予定です。
2006.03.13
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三日ほど前のちょっと寝坊した朝にご飯茶碗を落っことして割ってしまいました。慌てていたせいか手が滑ってしまったんですよね~。予備のお茶碗があったからそれで当面しのいでいました。でも毎日使うものを何時までも借り物で過ごしたく無かったから、あっち行ったりこっち行ったりりしながら気に入るものを見て回ってました。あんまり安いものは使いたくないし、かといって2千円以上は今は出せなかったので、探すのに苦労した。とにかく明るい色の物が欲しかったんだけど、それがなかなか無いんですよ。今春先だからか桜の花びらモチーフとか多くて、それでも良かったけど何かイマイチ気に入らなかったので店を何件もはしごしました。結局ロフト名古屋でシンプルなものを購入。どれ位シンプルかと言うと外は白磁に朱色のラインが口と高台に入っているだけ。でも中に同じ色で渦が書いてあってそこに2匹小魚が描いてあるもの。直前まで見ていた桜の花の柄のを迷ってたけど、これを見つけたら「あ、これ」とピンときたのでこれにしました。お値段は手ごろな千円未満。でも気に入ったので問題なし。すいません、写真はありません。ま、そのうち。最近、何かを買う時に気をつけているのは値段だけ見て買わないと言う事。というのもちょっと前にコットン入れ用にガラスキャニスターをFranfranで「コットン入れ用にしてはちょっと高いかな?」と思いつつ買ったんだけど、部屋に置いた時に明らかに他のものと比べてエネルギーレベルが違っていたの。それを見てちょっとショックでした。値段が手ごろなのに越した事は無いんだけど、それだけ見ているとエネルギーレベルの低いものだけが部屋に集まって来てしまう。それってどうよ、私。ってその時思った。そんな中に自分を置いておくのはすごくいやだなぁと心底思いました。なので安物買いはしないと心に固く誓いましたね。もちろん気に入ったのなら問題ないけど、そうでないなら安物買いはしないと。でも高いもの(ブランド物)だから良いもの、というわけではないらしい。風水では高価なもには運気を上げる効果があると書いてあるけど、気に入らないものでは逆効果と書いてある。まあモノが良いと値段が高くなる傾向はあるけど、値段が高いから物がいいわけではないらしい。自分でよく見て判断するしかないわね。自分で自分の為にいいものを選んであげて、毎日を気持ちよく過ごせるように自分で気を使わなきゃいけないですよね。明日は外出の予定があるので「ビジネス村のルール」が書けるかしら?
2006.03.11
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貴方は「柔軟に対応する」事が出来ていますか?私は出来る時と出来ない時があります。本当は物事に「柔軟に対応」出来れば世の中はかなり楽しいものだと思うのです。仕事にしても、勉強にしても、生きていく事すべてに置いて。しかし私たちにはそれがとても難しいことでもあります。一体何がそんなに私たちを柔軟に対応させる事を難しくさせているのでしょう?一つは私たちの「欲望」です。私たちの「これがどうしても欲しい」「こうなりたい」「こうだといいな」という強い思いが逆に私たちを支配してしまっている時など柔軟に対応する事が出来なくなります。強い思いに支配されてそのモノしか見えなくなり、ほかの見方が出来ずに固執してしまうのです。同じように「感情」に支配されてしまった場合も柔軟な対応は難しくなります。三つ目は「決まりごと」。会社や学校のルールがある場合、ルールが全てで絶対のもの、と信じ込んでしまった場合も柔軟な対応が出来なくなります。四つ目は「怠惰な気持ち」。これは二つ目の「決まりごと」と組み合わさっった場合、最悪な状態になります。「決まり事がある」とそれに従って自分で考えなくていいと言う怠惰な気持ちが芽生えやすくなります。そうなると柔軟な対応はまるっきり出来ません。本当は「決まりごと」があってもその範囲内で本当はある程度柔軟に対応が出来るはずなのです。同時にその「決まりごと」自体を柔軟に変えてしまう方法もあるハズなのです。それが出来ないということは考える事を放棄している=怠惰な気持ちでいると言う事なのではないのでしょうか。もちろんあまりにも「決まりごと」から外れるのは、やはりある程度問題のある行為なので、相手に対して柔軟に対応できないことはあります。それは仕方のないことです。では、実際に柔軟に対応出来るためには何をしたらいいのでしょう。一番は自分の欲望や感情に自分自身を支配されない様にすることが大切でしょう。同時に一番難しいことでもあります。どうしても欲望や感情に自分が支配されやすい、と自分で感じる人にはどうしてその欲望・感情がこんなに強く出てくるのかを考えると良いでしょう。もちろんそれはちょっと考えただけではなかなか理由が分からないものです。でもずーっと心の片隅に「どうしてだろう」と気にかけておくとある日ひょっこり分かったりもします。分かってしまえば欲望や感情を逆に自分の支配下に置く事はできるようになります。一度やってみてください。二つ目は相手の事を考えるようにするといいでしょう。相手がどうしてこう言う対応をするのか、どうして出来ないのかを考えるとある程度思いやりが出てくるものです。もちろん相手がただ「めんどくさい」と言うような怠惰な気持ち・いい加減な気持ちでいるようであれば、貴方は怒っても良いでしょう。でもどうしても仕方のない理由がある場合は貴方は柔軟に対応できるはずなのです。そう自分を信じましょう。自分の欲望や感情を自分でコントロールし、相手を思いやる。これが出来れば私たちは柔軟な対応と楽しい生活が送れると思いませんか?次回は「一つ一つ積み重ねる」です。
2006.03.10
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「自分はラッキーだから大丈夫」を口癖にする。例えどんなに心構えがあっても、とても大変な八方塞に感じる事が続いたら精神的にまいってしまいますよね。そんな時「自分はラッキーだから大丈夫」と小声で良いので声に出して言いましょう。一種の自己暗示なのですがこれを言うと本当にどうにかなりそうな気がしてきて、私はもう一踏ん張りする事が出来るのです。もちろん自分が大変な事に対して積極的に動く事はとても大切です。しかしそう信じて行動を起こすと何故か支援してくれたり、手伝ってくれる人が現われて何とかなることが多いのです。どうにかなった時は支援してくれたり手伝ってくれた人たちに感謝の気持ちを伝える事と、「みんなに手助けしてもらえて私はラッキーだわ」と言う事は忘れないようにしましょう。もちろん本当にどうしようもなくて最低な目にあうことも有ります。そんな時は「これはとても良い勉強が出来たのよ。だから私はラッキーだわ!」と強引に言ってしまいます。そうする事によって本当にその出来事によって得られた経験で他人を助けたりする事が出来るのです。物事をプラスに考えるのは大切ですが、そうやって考える事が上手く行かない場合はとにかく「自分はラッキーだわ」と言ってしまいましょう。例えどんなにそんな風に思えなくても強引に言ってしまえばマイナスはプラスになります。もやもやとした暗い気持ちも減ります。心の中のどろどろとした気持ちがなくならない時は何度でも言いましょう。そうする事によってマイナスの気持ちを引きずらなくていいようになります。「ラッキー・運が良い」を口癖にすると本に書いてるとおり、本当に良い運やラッキーな事が増えます。逆にマイナス感情を口癖にすると良くないことばかり増えます。「災いを転じて福を成す」事は可能です。「自分はラッキーだから大丈夫」を口癖にして本当のラッキーを呼び込みましょう。明日は「自分のこと好きですか?67」の予定です。
2006.03.09
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発表会のための練習と基礎力アップの為の身体の使い方を知るためのエクササイズでした。火曜日にやったのが「伸びやかに動くための身体の使い方」のためのエクササイズ(?)2~3人組で一人が四つんばいになって右手と左足を伸ばす、という良くあるエクササイズに、もう一人が腰の辺りに手を添えて、そこから手と足が生えている様に感じながらする。もう一人は四つん這いになっている人の腰やおなかが落ちないように指摘するというもの。首から尾てい骨まで真っ直ぐに背中をするのは四つん這いのままだと簡単なのですが、手と足を上げて伸ばすと背中を真っ直ぐにすることをキープするのが難しいんです。気をつけないと腰やおなかが落ちてM字みたいになってしまうのです。これを指摘して貰ってキープしようとするとおなかの中の筋肉をめっちゃ意識しないとキープが出来ない。少しやっただけで汗が出ました。今日は速い足(パソ)をやるための身体の軸を意識して行う、ということをレッスン。速いパソをやるとみんな上体が落ちて体が安定してキープできない、ということでどうしてかというお話。身体の軸をちゃんと持ち、無駄に上下や足を前後に出さないようにコンパクトにしてやるとブレが少なくなるという話ですが、これがまた難しい。パソをやると身体が沈む、といわれていて人がやるのを見ているとその意味がとてもよく分かるのです。しかし自分がやろうとすると自分で気付くのがとても難しい。とにかく先生が言ったポイント(重心は仙骨の前側に、頭は上にピンと引っ張って)に注意してやるのが精一杯。デコルテの辺りに変な力が入っているそうですが、自分ではそれがよく分からないので余分な力を「抜こう」とするのですが、分からないからこそ余計どうしようもないというこの悪循環。意識するかしないかだけでもかなり違うとはいえもどかしいです。そういえば発表会でやるタンゴとハレオは簡単にサラッと通しただけ。「もう振り付けとかは分かっているでしょ」という事でとにかく質を換えることに拘っています。確かにこの間、合同練習での下のクラスの踊りはひどかった。本当に言われたとおりに動いているだけって感じでした。先生が「大人のお遊戯はみっともない」と言っていたのが良く分かりました。好きなのかどうかも良く分からない人たちもいたなぁ。上手でないけど好きで踊っている人はやはりちょっと違います。もう少しパワーが出ているもの。でも自分も人から見ればこうなのかなぁ~。責めてもう少し「踊る」ことが出来るといいなぁ。
2006.03.08
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生きているうちに何度「ああ、回り道しちゃった」と思うことが有るでしょうか?「ああ、10年(5年)位前にこれが分かっていたらもう少し生きるのが楽だったかも」等と思うことは私もちょこちょこあります。しかし自分にとってもその回り道は無駄とは限りません。逆に回り道したからこそ見える風景・分かる事柄が増えている事もたくさんあります。後々その回り道がとても重要になることだってあるのです。だから「回り道も大切」なことなのです。一見回り道にしか見えないことも、自分にとって大切な何かを得るために通らなくてはいけない道だったりするわけです。美輪明宏さんが仰る「それも人生のお勉強」と言うことになります。またその回り道は遠回りに見えて実は一番の近道の事もあります。下手に最短距離を行ったつもりが足を取られ命もとられることだってあります。それを考えると歩いていく道筋に本当の無駄は無いと思います。もし貴方が無駄とか余計なことと感じるなら、貴方はまだその回り道の意味を気付いていないのです。回り道の意味は直ぐにわかりません。何年もたって、それこそ10年以上の月日が経ってから、「ああ、あれは自分がここに来る為の大切な通り道だったんだなぁ」と感じるのです。もし、今貴方が「自分は大きな回り道を強いられている」、と感じるならそれは間違いです。それは貴方にとって必要だからその道を通らざるおえないのです。ですから「この道は一体自分に何を教えたいんだろう」と思いながら進む方がいいと思います。そうすれば得る事のほうが多くなります。貴方が無駄だと思いながら通れば逆に得られるはずのものさえ得られなくなるのです。何かをやり遂げたい、何かになりたいと思った時、人は最短距離で進みたがります。もちろんそうできればそれでも構わないのですが、時には回り道も大切です。回り道したからこそ見えてくるものもたくさん有るのです。次回は「柔軟に対応する」です。
2006.03.06
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仕事をしている上で時々出会うのが責任感が強すぎて全ての仕事を抱え込んでいる人がいます。「私は○○だからあれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」責任感は仕事をやり遂げるために大変大切な要素でもあります。しかし、だからと言ってあれもこれも仕事を一人で抱え込んではいけません。一人で出来る仕事の量はたかが知れています。出来る以上の量を一人で抱え込む事によって、チームの仕事が停滞し、それが課で滞り、部で滞り、会社全体で流れが滞り、下手すると存続の危機に陥るかも知れないのです。まあ、そこまで大げさなことはあまり起こりませんが、貴方が良かれと思ってやっていることは実は大変な迷惑の時もあります。個人で仕事をしているのでしたら一人でやるしかありません。しかし会社で仕事をするのでしたら課単位のチームで仕事をする事になります。大事なのはチームで売上やプロジェクトを遂行する事であって、貴方が全てを抱え込んで行うでは有りません。貴方は仕事の責任を持ちながらも他人を使って仕事をしていいのです。丸投げは行けませんが、助力を請うのは悪い事では有りません。また面倒を見つつ指示をしていけば、貴方と同じ戦力の人間に成長するかもしれません。もしそれが出来ないのであれば貴方は人を信頼する事から始めましょう。人は信頼をすれば答えてくれる人がほとんどです。貴方が心配する事はありません。信頼に応えなれない人もいますがそれはそういう人と割り切って使いましょう。仕事は抱え込まず、苦しくなったら早めに周りにSOSを出しましょう。そうすれば大事にならないでしょう。・・・・すみません、今回特定の方をイメージして書かせていただきました。明日は「自分のこと好きですか?」が書けたらいいなぁ・・・。
2006.03.05
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本日はラシック(という名古屋栄のショッピングビル(?))特設会場でライブという事だったので行ってきました。早い話無料ライブ。15:00からという事だったけど13:30頃に会場に到着。そしたらもう既に席取りが始まっていました。座席自体が40席くらいしかなかったけどね。まあ早く行ったから椅子席をキープ。ちょうど電子ピアノとベースとかの位置チェックをやっていました。ボーっと見ていたら次に音響チェック。寺井さんも出てきてあっち行ったらりこっち行ったり、客席の後ろまで行ったりしながら音の響き具合とかをチェックされてました。音響チェックが終わったのが2時くらいかな。それから始まるまでひたすら待ってました。3時ごろには続々と立ち見のお客さんが集まってきてライブスタート。今回はピアノの北島直樹さんとベースの成重幸紀さんと寺井さんのトリオでした。うーん珍しい。私が屋外ライブや無料のときほとんど行かなかったから知らないだけかも。タンゴの曲目でスタート。寺井さんのいつものMCを挟んでシャンソンとオリジナルの「ラフでいこう」。今年の夏の金鳥のCM(恒例?)用の曲。「星に願いを」をやって最後に「スペイン」。すみません、相変わらずどうも曲名を覚え切れません。知っている曲なのに。寺井さんは相変わらず、よりちょっとノリが悪い感じ?アンコールは無しで約45分間のライブでした。これで一度終了。次は18:00から、という事だったので椅子席を離れて友人とお茶をしに行きました。屋内だけど1階の吹き抜けの広場だったから椅子の下から冷えて大変だったの。次は18時ほぼジャストから開始。ビゼーのカルメンの中から恒例の「バルバラ」。そこへなんとジャズボーカリストのケン・バレルが飛び入り参加!「ニューヨーク…」の曲を歌っていきました。その次にシャンソンの曲目とラテンの曲目。どーしても曲目が思い出せない!!ライブで毎回恒例的にやる曲目なのに。最後にタンゴ系の曲をやって終了。約45分間のライブでした。無料ライブだったのと次が控えていたためアンコール無しでした…。終了したときベースが置きっ放しだったので、もしかしたら次のどっかのグループのアカペラコーラスに飛び入り参加したのかも。ちょっとそこまで付き合えなかったので帰ってきましたが。18時からのは寺井さんがノリノリでいつもの調子で踊りまくってました。感想を言ってしまえばもう大満足でした。1部と2部とで曲目が変わると思わなかったし、いつものブルーノートでのライブさながらの構成で聞かせてくれるとは思わなかったです。さすがというかサービス精神旺盛というかプロ意識がしっかりしているというか。こう言うイベントの無料ライブだと好きな人はもちろん来るけど、何も知らないお客さんが大勢いるのでやりにくかったり手抜きするアーティストもいるけどそんなことはやはり無かったです。通りすがりの人の足を留めさせて聞かせる技量があるから出来るのでしょうね。曲が始まると買い物にきて通りすがった多くの人が足をとめて聞き入ってしまって、静かになるのがすごかった。今月末のブルーノートのライブがとても楽しみになった1日でした。明日は「ビジネス村のルール」の予定です。
2006.03.04
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「疲れたら休む」を実践しましょう。貴方は今、疲れていますか?もし疲れているなら迷わずゆっくり休む事をお勧めします。「確かに忙しいけど疲れているかどうか良く分からない」という人は些細な事でイライラしたり切れそうになったりしていないか自分でチェックしましょう。疲れているという自覚症状が麻痺しているのかもしれません。もし以前と比べて少しでもそういう傾向があったら貴方は疲れています。じっくりと休みましょう。疲れが取れれはまた気持ちに余裕が戻りますので些細な事ではイライラしなくなります。社会人で会社づとめの人などは3月に入りましたから、とても忙しくて疲れていても休めない!って言う人もいるかもしれません。でも疲れた疲れたといっても忙しさに感けて休まないと余計疲れてしまいます。仕事の効率も落ちますし、集中力も無くなります。すると仕事ではやるはずの無い判断ミスをし重クレームになったり、些細な事が気にかかりイライラしたり。そうなると一緒にいる人にも迷惑をかけるし自己嫌悪に陥ったりします。休みを取ったとしてもずーっと仕事のことを考えてあれこれ心配しているようでしたら休みになりませんので気をつけてください。休むポイントは「完全に仕事(疲れる原因)の事は忘れる」事です。ですから丸1日休みが取れなくても一時間でも「休む」コトは出来ます。例えば1時間でもカラオケに行く、普段は行かない所に行く、ゲーセンで遊ぶ等等。寝つきが良ければ熟睡をするのもいい方法です。これらの方法はある意味「休む」というより「逃避」なのかもしれません。しかしこれは逃げる方の逃避ではなく力を貯めてもう一度立ち向かうためのいい意味での逃避なので罪悪感を感じる事はありません。ちなみに出来ればはっきりと勝敗をつけるモノ(パチンコ等)は避けた方が無難です。上手く行かないと余計疲れますしストレスがたまります。でも本当は丸一日じっくり休む方が身体のためにもなります。疲れると自分を大切にするのが難しくなります。自分を大切に出来ないと周りも大切に出来ません。そうなると結局自分が一番貧乏くじを引く羽目になるのです。自分で自分をそんな可哀想な目にあわせないようにしましょう。次回は「回り道も大切」です。
2006.03.03
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発表会の練習です。昨日は先生が東京にジェルバブエナを見に行ってしまったので自主練。人数も少なかったので本当に個人練習でした。私は何故かいつも間違えるパソを練習。どうもパソが身に付かない、というか昔は好きなパソだったはずなんだけど。身体の使い方を芯をきちんと持ってコントロールして踊ろうとするようになってから足が動きにくくなりました。まあ、身体に負担のかかる悪い癖のまま踊る方が問題なので今は過渡期で仕方ないかな・・・と思いつつやはり自分では身体が動かないのがすごい嫌。本日はハレオ(ブレリア)をさらっと通しつつ音と身体の使い方に関してチェックが入りました。最近踊りの「質」を上げる、という方向性で行っているので音を外すより、身体がつかえないほうがチェックが厳しいです。後はタンゴの終わり方のパルマの裏打ちの練習。なんとな~く、しか出来ない人へのチェックが厳しいです。・・・つまり私もかなり絞られています。早いコンパスなのですが、それでやけっぱちでやってもいけない、失速してもいけない、コントロールしつつ後半に『上げていく』様にしなくてはいけない。という事で四苦八苦。初めの裏が上手く入っても失速しやすいのでそこが先生が気に入らない所だそうです。難しいよ~。何が一番難しいかというと個人練習すると自分が微妙に外れているのかあっているのかが客観的に見れないからそこが難しい。リズム感がどうこうと言うより気合と自分の気持ちとコントロールが大事。と先生は言われるのですがそれが上手くバランスが取れるところが自分の中に確立していないので、余計に大変になっているのかも・・・。明日は発表会の舞台の広さの場所での合同練習(立ち位置や移動の位置の確認)です。明日もパルマやるんだろうなぁ・・・。
2006.03.01
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