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コロナの記事でお見舞いの連絡をいただきました。心配かけましたね。まだ家族みんなぼちぼちの体力ですが少しずつ回復していますからね。ありがとう!!日常生活で一番先に復活させるのは通院だケアあっての生活も医療が最優先月に一度の健診と胃ろう交換は多少無理しても出かけます次に3か月に一度の神経内科受診は年に4回で先生もよく交代するのでちょうどコロナ後の予約日でよかった!すると、なんと、診療科がなくなっていた~( ;∀;)なかなか呼ばれないし、なんで~、と心配になったころ初めての先生に呼ばれました4月から総合診療科にかわり、神経内科の専門医の窓口は廃止になったのだというあらら・・・・やさしそうなベテラン先生でホッとした初めて聞く診療科、よく聞いてみると全部をみて必要な診療科を紹介する救急みたいな場所で私のような人は具合が悪いときいちはやく受診できるようにするのが大事というのでなるほど!!しかも平日毎日オッケーと週末も救急が開いているのでひょっとすると今までより安心が増えたのではないだろうか!私たち重度障がい者の成人移行期支援問題はまだみんな苦戦しているようだけれど一人一人が違う重さの中ではどれか診療科を一つ選ぶと他は切り捨てる部分も多くこれからの加齢を思うと呼吸や神経だけでなく他の臓器に心配もでてくるのだろう。一般の大人もかかりつけ医師が必要な専門医につなげて治療をするのではあるけれど私たちは一つの不調がほかの問題と絡まりあっていることも多いので元気な時から全体を診て知ってもらえるのは大きな安心でもある案外初めから専門病院にいくよりナイスな居場所なのかもしれない・・・今回のコロナのように家族の不調で何があるかわからないしたった2週間で側弯も進み健診の値も変化した聞くと外科的手術を必要とする人もある年齢になってきたのでそんな場面も安心なような気がしてきたちょっと健診の結果を相談したら採血しそうな雰囲気になり、今日は大丈夫です~と辞退した( ;∀;)日赤病院は数年後の移転がもう決まっているそれまで、その先、考えたり整えたりする時間をいただいたようにも思ういろいろな課題を抱える私たち総合病院でいろいろな科にかかわってもらえるのは嬉しいことでもある同じ病院だと話が早いもう移転へ向けてのいろいろな調整が始まっているのだろう期待しつつよい方向を模索したいものです
2024.07.13

6月中旬のある日突然母がのどが痛いかも?といいだしたえ~っ!ついに!というわけでそれから2週間あれよあれよの初コロナ自宅療養の体験記を書きます始めに発熱したのが母なので一気に我が家は困りましたケアが止まり、食事が困り、私に感染させないようにと今まで考えてきたありったけが実行された私の居間は扉で逆隔離のICUとなりとりあえずまだ元気な父がケアのすべてを担当した私はいっぺんに不安になったというのもこうして有事はいきなり訪れるのだ!という事実わかっていたけどうろたえた心配するうちに緊張して案の定嘔吐して父の介護負担は増えたけれど発熱したら即受診のタイミングを観察しながら1週間なんとか過ごしたそのうちに弟が陽性になりこちらは静かにしているのなんて困難なので2階をすべてコロナ区域にして自由に暮らすことにしたときどき足音や咳が聞こえたけれどものすごく頑張っていたと思う1回と2階で施設が二つあるようでラインで連絡を取りながら自由行動許可までの2週間手を洗う場所や、歩いていいルート、消毒のタイミング食事の受け渡し、とかとか私はすっかり個室に入院したようで懐かしい感じがしたテレビもエアコンもなんでもある特上個室だ待機解除の最終日隣家の空き家でアジサイを見る会を企画したおにぎりをもって久しぶりに家族がみんなでお会いしたなんかやけに懐かしかったやっぱりみんな元気で家にいる幸せと贅沢をしみじみ味わったいまだに咳や味覚障害が一番長引いているのは母なのだが体力もいまいちらしくていつもより静かである家族が身近でひどい呼吸困難になっているのを見るとやっぱりコロナには絶対かからにようにしなくちゃ!と思うリスクの高い私たちのような状況では細心の注意とが必要だ緊張の連続でほんと疲れた最後に父がぎっくり腰になったみんなに支えられた日常のありがたみをしみじみ思う
2024.07.04
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