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本日は停電回避で、ありがたいことですが停電に備えて、土日も働いていると、肩すかしというか、疲労感の蓄積は半端ではありません。 こうした疲労感にも慣用句のように「被災地を思えば」 と書こうものなら馬鹿が噛みつきます。「計画停電は被災地のためではない」 そりゃ近視眼的に見ればそうですが阿呆です。仮にネット向こう側で匿名の仮面に隠れるものが大人であるなら救いがたい馬鹿です。 諸処の議論を省いても、官邸や霞ヶ関の電気がおちて、被災現場に指示を飛ばせなくなったとしたら? さすがに官邸は非常電源ぐらい用意しているでしょうが、手足として動かなければならない官僚やその下の役人のパソコンが使えなくなりデータが引き出せなくなったとしたら? これを回避するために計画停電を甘受しており、不公平感とエリア策定への不信感、不透明感はあるとしても、「しょうがない」と甘受しているのです・・・が。 え? やっぱり計画停電は被災地のためにならない? だって、官邸は何もしていないジャン。 こいつは失礼ぶっこきマンボ。■マイコミジャーナル[特別編]1日に4回落ちた「計画停電0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/106/index.html
Mar 30, 2011
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地震前に入稿した原稿です。 まぁようやく平常営業という訳です。 相互リンクについて詐欺的な手法が多く蔓延るのは、効果がある裏返しです。 削除されましたが、本稿で紹介するリンク元とリンク先のドメインが異なるのはこうです。指定したリンク先のドメイン「XXXXXX-g.co.jp」リンクしているドメイン 「XXXXXX-g-co.jp」 まるで間違い探し。でも実在します。関西の企業です。■心得其の210「相互リンクがすたれない理由」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/03/30/9940
Mar 30, 2011
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無策です。コピペではなく本音。 外交、国防。相手を誉めるべきでしょうか。いいえふつうのこと。 北では露西亜の飛行機がやってきて威嚇しています。 南(西)では、中国のヘリコプターが海上自衛隊の護衛艦をからかって帰って行きました。 一方で「支援」にきています。 どちらもあるのです。 右手で握手して左手で剣を持つのが一般的な外交なら、彼らは左利きの人間を用意して右手で握手させることでしょう。それが中露という国です。 さて、中国にいちおう抗議しましたが、露西亜にはイカンとも遺憾ともいわなかったそうな。 こここそ菅ちゃんの出番だったのに。演技過剰な涙目で、「これ以上、いじめないでください」 と呼びかけても良いですし、あるいは国会答弁で野党を小馬鹿にするときの要領で「戦闘機の支援は足りています」 ととぼけ、中国には「海上ヘリも足りています。ありがとう」 と。 ま、無策・・・というより、もともとその発想がないんでしょう。 昨日の参院で予算が否決され、衆院の優越により成立の見通しが経った時点での「にやけ」具合といい、初動の遅れを指摘されたときの反論といい、この人は理屈屋であり実務家ではないと再確認した菅直人・・・首相。 悲劇的ですが、彼を婉曲的にしても選んだのは日本国民。 残念ですが、事実です。噛みしめましょう。 さて東日本大地震を受けて、各種芸能人のチャリティー活動が花盛りです。偽善でもやらんよりやったほうがよいという立場ですから否定はしません。 しかし、私はいつの間にやら「足立区の恥」から「英雄」に輝く「ビートたけし」さんの、「被災地にも笑いをなんて戯れ言だ(週刊ポスト4/1号)」 に頷きます。本論に入る前に「足立区の恥」について補足しておきますが「赤信号、みんなで渡れば怖くない」 というツービート時代のギャグに目くじら立てたのは当時のPTAを筆頭とする良識ある大人達で、小学生だった我々に「赤信号はみんながいても絶対に渡っちゃダメ」 と叱ったものです。いま思えばそれは正しく、笑いに一定のインテリジェンスが要求された時代の最後のギャグだったのでしょう。つまり、絶対にダメなことへのアンチテーゼと分かっている人間だけが楽しめるということです。 話を戻します。 チャリティー活動・・・も、いいでしょう。着用していた衣装のオークションも悪いことではありません。売名行為だって名を売る職業なら正当な営業活動です。なにも悪くありません。 そしてちらりと思います。印税やギャラを払った方が・・・いやいや、それも「気持ち」なのでしょうが・・・私は生活に困っている人にとって、金銭に込められた愛情の多寡より、紙幣の枚数のほうが役立つことを知っています。 まぁでもやったほうがマシということに異論はありません。 私が首をかしげるのは「宇多田ヒカルが義援金8000万円を寄付」 が、それほど大きく報じられないことです。 AKB48はグループ全体で5億円。 などなど。一応は報じていますが、お笑いタレントのチャリティーイベントに時間を割きます。どうしてでしょうか。 答え。 啓発活動を世に伝える。 もあるでしょう。こうした否定しづらい建前の影に隠れている本音はこうです。「絵になる」 率直に述べるなら「コンテンツになる。視聴率を期待できる」 宇多田ヒカルさんが寄付をしたとして、ブログやツイッターでつぶやいたとしても、30秒もたせるのがやっとでしょう。 ところが、お笑い芸人が募金箱を持って街角に立つ映像、マイクを持ってイベントを仕切る映像を編集し、最後にひとことしゃべらせれば30秒は余裕で持ちますし、この場合のタレントのギャラは発生しません。 そしてすべてのテレビ局が、すべてのニュースとワイドショー情報番組で同じ映像を繰り返します。 タレントが身銭を切って寄付した話しは小さい扱いで、使用済み衣装を売り飛ばしたり、寄付してくれた方と「握手」するという「一般人には真似のできない支援活動」 を垂れ流すより、幼子が自分のすくない小遣いを郵便局にもっていった話しの方が視聴者の心を動かすのではないでしょうか。 そして本題はここから。震災後にもかかわらず長い前置きですいません。 朝青龍の生国、モンゴル。 かねてより外交政策からもモンゴルと手を組むべきだとくり返してきました。豊富と見られる地下資源も大切ですが、なにより「中露」と国境を接している親日国家です。 まだ経済力は弱いですが、いま階段を駆け上がろうとしている国で、日本はODAなどで援助をしており、今回の震災に際してモンゴル政府が全ての公務員を対象に、給料1日分の募金を呼びかけたのです。 これが一般国民や企業の募金運動に発展し、1億2500万円以上あつまったと産経新聞が報じました。 モンゴルの物価は日本と比較して10分の1といわれていますが、総じて物価が高く、国民にとっての金銭の価値はもう少し高いと見るべきとしても、日本人体感金額にすれば12億円以上の募金が集まったということです。 翻って我が国の「公務員」からこうした話しを寡聞にして聞きません。あるいは「計画停電」の対象になっていない地域の自治体職員からも皆無です。もちろん、我が町、足立区でも。 そして・・・どうでしょうか。「テレビ局」 が義援金を支払っているのかと疑問を持ち、各局の視聴者センターに電話をかけましたが、各局お忙しいようで、執筆時に電話が繋がったのはテレビ朝日だけで、要約するとこういう回答。「ドラえもん募金で受け付けている。 こうした寄付を呼びかける際はテレビ朝日としても寄付し ているが金額は公表していない」 ・・・上場企業ということなんですが、パブリックに近い支出を非公開だなんて、なんて慎ましやかな会社なのでしょうか。 この回答を信じるならば、義援金を呼びかけて身銭を切らないという「卑怯者」ではないということです。すると疑問が残ります。「芸能人のチャリティー活動は執拗に垂れ流すことを啓蒙と 位置づけておいて、自らの寄付はその金額も行為も非公開 にする論理的整合性がない」 1円でも寄付。もちろん。視聴者から10億円集めても。 非公開と言うことなのでこれ以上、議論が進めようがなくテレビ朝日の株でも買って、株主総会に参加しようかと検討中です。 それでは一方、超マイクロ株主となっているフジテレビの公開情報を追ってみます。 社員数おおよそ1400人。平均年収1500万円(弱)。 彼らがモンゴルの公務員を見習い、1割を寄付したとします。150万円×1400人=210000万円 ゼロを整理すれば21億円。 震災直後より開始した「フジネットワーク募金」が24日、総額10億円を超えて、フジテレビの豊田皓社長が日本赤十字社に手渡したと報道がありました。 これは視聴者から集めた義援金で、テレビ朝日のように「非公開」でフジテレビのお金が入っているのかも知れませんが、60万円ほどのマイクロ株主の耳には入ってきません。 フジテレビ社員による募金も以下同文です。もちろん、個人的にやっている人はいるということは想像に難くないのですが、「公共の電波」 を使って商売し、震災にさいして「善意と被災者の映像で広告料を得ている」 のであれば、垂範率先。身銭を切ったことは「非公開」などとせず、堂々と報道して欲しい願いします。 ちなみにこのフジテレビはいま、「ひとつになろう日本」 キャンペーンを展開しています。このひとつが、テレビの中と外で分かれていないことを願うばかりです。 それと「芸能人のチャリティー活動」を垂れ流すのと同じだけ「世界中からの支援の金額、物資を並べありがとうという時間」 も公共の電波が担う役割だと、今朝、佐々淳行さんに、奥ゆかしいテレビ朝日の番組で先に言われてしまいました。 ちなみにこれも「外交」のひとつ。感謝は言葉にして、かたちにして伝えるものです。
Mar 30, 2011
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ツイッターで何万人のフォロワーを集めても商売になりません。 それで商売になるのは「ツイッターでこうやって儲けるんだよ」 と嘯く・・・もとい、宣伝する人だけです。 ただし「無意味」というのではありません。情報伝達や客との接点として役立ちはしますが、それは主従の従にすぎないということ。 もちろん、Facebookの「ファン」も同じ。 いつものことですが、ネット業界に失望しているのも小説家とラーメン屋に興味をもっている理由です。■マイコミジャーナルFacebookなう。1人25円で集めたファンは「イイネ0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/105/index.html
Mar 23, 2011
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えーしー。いらっとしますね。CMなんか見ないと嘯く連中がいますが、日本のCMは面白いんです。海外のドラマ仕立ての長篇CMをもてはやしますが、あれは世界中から集めた「優秀作」で華やかさ、アイデア、キャストなどなど、日本のCMは面白いのです。 もちろん、テレビも。 しかし、つまらないという意見も同調します。 出尽くしたというのは言い訳に過ぎません。 そう断じることができるのは、ネタが尽きたと背中を追われながら連載を続けているからです。 ネタは落ちているものもありますが、ない時は作りだし、捻りだし切り口を変え、盛りつけをかえ、あらゆる手段を駆使して客を楽しませるのが仕事だからです。 ところが今のテレビはパクリばかり。模倣を越えて「パクリ」。 その理由とは・・・本稿へ。先週公開した記事です。■マイコミジャーナルテレビがつまらなくなったシンプルな理由と「多チャンネル0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/104/index.html
Mar 23, 2011
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計画停電ネタ、続きます。 こうした「日常」は報じられませんし、ツイッターでも得ることができない理由は簡単。 計画停電地域になると、毎日に追われ、通電中は仕事に追われて電気が止まった時は生活対策に追われるからです。 それではおまえは? といわれれば物書きの習性。それに本稿は計画停電がなかった三連休に書いています。■心得其の208「地震、その時Web担当者は何を?」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/03/16/9944■心得其の209「計画停電に備えるWeb担当者の心得」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/03/23/9965
Mar 23, 2011
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政府の・・・いや、この震災に乗じてツイッターでの活動を活発化させているフライング雪子(三宅雪子氏)に敬意を表してあえていいます。「民主党」 の無策です。それは「阪神大震災のボランティアに参加して政治を志した」 と名乗る議員の多い「民主党」 なのに、震災への日頃の準備不足が露呈しており、初めてのことだからと見逃せないのは、それが彼らの政治的な「初志」であり、初志を忘れたカナリア・・・もとい、政治屋は税金泥棒か国会議決での投票マシーンに過ぎません。 ちなみに我が町足立区の東半分から選出された「平山たいろう」くん(不倫報道あり、しかも選挙区内の飲み屋のねーチャンを口説く、後援者の話によると「ヤクザ」を理由にしているが、口説いたのは事実)も阪神大震災のボランティアを経て、政治を目指したとのこと。 話を戻します。無策はあまりにも多岐に渡るので「計画停電」だけを追っても、いま、報道では「23区」という表現をしていますが、事実は嘘です。無停電の「21区」と停電エリアの「2区」です。荒川区と足立区だけです。荒川区は全世帯の10分1、足立区は3分の1が停電エリアです。 この事実を水嶋ヒロに触発されて小説家を目指す私が表現するなら「足立区、荒川区を生け贄に捧げて停電を逃れる21区」 私の手元には計画停電発表後の資料が残っていますが、これによれば台東区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、杉並区、豊島区、北区、板橋区、練馬区 で足立、荒川を加えた「12区」です。 豊島区の対象エリアはひとつの町に過ぎませんが、それは「目白」でした。 いまや民主党と親しい「目白御殿」 の主、田中家の所領を差し出されれば、足立区など当然と思っていたら、「見直し」が進むに連れ、上記10区が「免除」され、気がつけば生け贄が2匹です。 また、10分の1の荒川区も大変かと存じますが、肉体の3分の1に血液が行かない状態が3時間も続けば、生命維持が危ういのは自明で、それが足立区です。 さて、それではどう解決するべきか。だから政治です。 知り合いの区議会議員、都議会議員と連絡を取り、実状を説明しています。彼らは彼らにできるかぎりで、役所を動かし状況を改善しようとしています。 その結果のひとつが足立区長、荒川区長の連名での東電への申し入れです。パフォーマンスであっても「声」をあげない限り、なにもはじまりません。このパフォーマンスは、可及的速やかに対応しなければならない原発の消火活動を妨げてまで視察を強行したカイワレ君とは意味が異なります。 ことばを極めて言えば、東電に対して無力な両区長が区民へのメッセージとして行ったパフォーマンスで、東電に対していや、すべての日本国の力をふるうことができる首相と政府、与党民主党のそれとは違います。 ここで原則論に踏み込んでみましょう。「小選挙区」 が、導入された理由のひとつに「地域の声」 が国政に反映されるというものがありました。 なるほど、その通りです。足立区の3分の2を占める東京13区は前述の「平山たいろう」くん、残りの3分の1は東京12区の「青木愛」ちゃん。 どちらも「落下傘」。 たいろう君は民主党のサラリーマンを自称しているとは後援会関係者情報で、愛ちゃんが小沢チルドレンであることは周知の事実で、どちらも「足立区」への忠誠は希薄とみるのが打倒でしょう。 これが今回の「オチ」です。 非常事態により政治の重要性が増します。今回の計画停電で生け贄にされたのは、我々足立区民が選んだ政治屋の資質によるところも大きいという見立てです。 日本全国に拡大すれば・・・これはやめておきます。「日本全国」には被災地域もあり、いま、彼らに今以上の負担を強いることなどできないですから。 だから、いま、「未被災地(いまだ、被災していないだけで、地震国、日本ではいつでも誰でも被災者になる可能性があり、かつ、被災者と我々は同じ日本人だという当たり前のメッセージをこめてこの言葉を使います)」の人間できることのひとつは「政治」 を冷静に見つめる目です。そして、地元の市議、町議、できれば国会議員の「声」をぶつけることです。国会の政治屋さんは「当事者意識」にかけていますので。特に、与党、民主党のみなさんはボールが飛んだところに選手が殺到する小学生のサッカーのような性質が自民党よりはるかに強く、地味な未被災地域が地元であってもスルーします。 一方、被災の当事者となった民主党の黄川田徹衆院議員(衆院岩手3区)は政府を非難します。小沢グループということをさっ引いても「本音」でしょう。 計画停電は不便ですが、それにより被災地復興の一助になれば甘受しますし、停電自体は「23区全域でやれ」という前回の主張と変わりません。むしろ、一分エリアでも、パフォーマンスであっても、23区のすべてで実施することでの「精神的まとまり」 が復興と被災者支援へと向かう気持ちが寄り高まる気がするのです。すくなくとも私は、停電の度に被災者を思い、なにかできることを考えています。「いのちをまもりたい」 と、声を裏返らせたのは前党首、前総理のルーピー鳩山。 いま、いのちが無策で失われつつあります。 そして「首都圏」でも、無策により仕事がなくなる危機に直面しています。このメルマガもいつまで発行を続けられるかと不安がよぎります。ラーメン屋をやるとしたら、天下国家を語るより、ラーメンへのコダワリと愛情を語りたいもので。
Mar 23, 2011
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無策です。ここまで・・・と分かっていましたが、それは喜劇と呼ぶにはあまりにも悲劇的です。 足立区を中心に仕事をしていますが、本を出して以来、日本全国からお声をかけられ、クライアントや関係者のなかにも被災者がいます。あえて「幸い」という表現を使用しますが、被災はされてもご家族皆さん無事だったと、昨日、ようやく最後のひとりから連絡がはいりホッとしております。 そして壊滅的となった商売も、いつか再興に一歩踏み出した日には「いざ、鎌倉」と駆けつけると約束し、この足立区で刃を磨こうとした刹那、私の商売にも暗雲が立ちこめております。 誤解なきようにフォローすれば、幸いにも些少の蓄えがあり震災の影響が甚大でないクライアントも多いので、いますぐどうこうなるわけではありませんが、女性誌の芸能ネタのようにお気軽ではいられないという状況です。 まず、電気を使う商売は停電すると商売になりません。一日3時間程度といっても、それが2回もくるとはなしになりません。本稿執筆時で、3月17日の第5グループだけしか経験しておらず、危機感は乏しいようです。2回目の停電最中の午後5時前、山手線の社内はガラガラだったと友人からメールが来ました。 これにはカチンときます。おまけに同じ足立区内でも、停電しているのは主に西側半分で、東側は停電していません。23区内でこれだけのエリアが停電対象となっているのは足立区だけです。■足立区計画停電マップhttp://www.city.adachi.tokyo.jp/010/pdf/d01900011_1.pdf まぁまぁ、これで救われる命があるのなら、山手線のガラガラも苦虫を噛んだと思って我慢しましょう。しかし、ならば足立区長や区役所が東電に「申し入れ(抗議)」するなり、あるいは東電から「足立区民は多大な協力を戴きまして」 と労いの言葉など寡聞にして耳にしません。※ここまでは昨日書いています。後述する計画停電の影響でネット 回線が不通になったので 東電がするわけないジャン。そりゃそうです。半分お役所のような組織ですから、自衛隊的区分で言うところの現場に精通した「制服組」は電気への愛情も責任ももっていますが「背広組」は、自己保身にしか興味がなく、役人から謝れと言われない限り部下を差し出しません。あ、これは羊を捧げ、トカゲの尻尾を切るという意味です。 それでは我が足立区はというと悲しいかな、ここもやはり役人です。 そして地図を見ると一目瞭然ですが、区役所のある中央本町は計画停電の対象外です。さらに「旧都」であり、区政に隠然たる力を持つ「千住」も対象外。ついでにいえばデンジャラスタウンである「綾瀬」も除外。 自分の利益を損なわない限り何もしないお役所体質と見事に符合します。 主要路線のひとつである「日暮里・舎人ライナー」が終日運休になっても、抗議ひとつしないのは、この路線をつかって区役所にはいけないからです。穿った見方をすれば、区役所勤務の人間でこの路線が止まって困る人がひとりもいないから、放置しているのではないかということです。 電気が止まるだけなら・・・事態はこう簡単なことではありません。通電が再開しても、隣のエリアが停電するとネットが使えなくなることがあります。 弊社はKDDIの光回線を契約しているのですが、これが不通になります。これは事実からの逆算ですが、どうやらKDDIの中継局が隣の第4グループにあり、そこが停電すると2時間ちょっとで非常用のバッテリーが切れて、通信不能になるようなのです。 計画停電合計6日間で、通信不能を確認したのが3回あり、そのすべてが第4グループが停電している時間です。 弊社は電気とネット回線が使えない状態を通算すると最大1日7時間以上なにもできなくなります。事実、3月17日はこの状態でした。 その穴埋めのために、本稿は現在火曜日の夜10時過ぎ(ようやくネットが使えるようになりました)に書いており、明日は4時から仕事をしますが、こんな生活がいつまでも続くわけがなく、ならば引越か廃業か転業か・・・いっそ、国外脱出かと考えてしまうのです。あるいはラーメン屋のオヤジとなり、静かに過ごすのもありかも知れません。※今朝方、報道で足立区と荒川区の区長が東電に「申し入れ」を したとありましたが、これは「オチ」へと繋がりますので、 ここでスルーします。 まぁ私はまだましです。時間に融通が利く仕事なので。 これが街中にある「工場」となれば、深夜に操業するわけにも行かず、客商売は営業時間をずらすことができません。 それを気にすることなく、同一エリアで1日2回の計画停電を行った日、JRは空気を運ぶために電気を浪費していました。 私が知る限り、民間企業である私鉄各社は減便をしており、通常ダイヤの半分以下で運行している路線どころか、我が町の「ライナー」は運休していました。 しかし、JRです。それは国鉄、つまりはお役人でした。 そう、自分たちの利益にだけ関心のある職業体質であることを忘れていました。 計画停電初日、一律に停電した東電は、鉄道各社に一斉に叱られました。「国民の足をどないすんねん」 という恫喝に東電はチビって鉄道を別扱いにすることを即日決定します。弱いものイジメも役人気質のひとつです。強いものには媚びへつらい、弱いものを恫喝します。 それでも鉄道各社は国民生活に配慮して減便しました。 JRは山手線を動かすことで、自分たちの通勤が楽なると訝しがるほど山手線周辺に本社や関連ビルがあります。山手線は通常運行。 そして足立区民は犠牲を強いられます。計画停電と無関係の足立区役所職員は計画停電と被災者受け入れの「当事者」ではありますが、停電とは無関係なので放置します。 もっとも東電やJR、足立区役所を単純な言葉で責めるつもりはありません。お役人気質である以上「組織防衛」に走るのは本能でありそれが良い方向に廻れば、堅牢な組織と評価されます。 問題は「政治」なのです。 原発の消火活動にあたる東京消防庁の隊員に「処罰する」と恫喝した海江田大臣は、計画停電の5グループのエリアを細分化してさらに5ブロックにわけ25のエリアによるキメの細かな停電を検討すると発表しました。 これを「お茶を濁す」というのです。 いまのエリアは変えずに、実施タイミングの僅かな違いを「発表しやすくするだけ」 といってよいでしょう。これにより政治が仕事したかのように見せかけただけで、事実上なにもしていないのと同じです。 この恫喝男・・・といっても、カイワレ菅ちゃんも、東電を恫喝したと言い、「暴力装置仙石」も東電に「俺を誰だと思っている」とすごんだといいますから、民主党の体質なのかも知れませんが・・・海江田千里万里さんは、私の記憶が正しければ「経済産業大臣」 彼が所管する経済と産業は計画停電未設定エリアの都市部の企業ということなのでしょう。でも、それが世界。この方、大企業や金持ちであらずばというお人。 年収1500万円以上の給与所得者について、「金持ちではない。中間所得者だ」 と言った方だったことを忘れておりました。 つまり、この方にとって低所得者にあたる、年収1千万円にもとどかない中小零細企業の経営者や従業員の保護、対策は「厚生労働省の福祉政策」 ぐらいに考えているのでしょう。 政治の無策で被害が拡大しています。私のところにはいる連絡でも福島のいわき市では、水道が止まり物資が不足し、そこに放射能騒ぎで逃げ出せる住民は逃げだし、逃げ出す足を持たない住民が食糧不足に喘いでいるといいます。
Mar 23, 2011
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仕事になりません。 計画停電です。 幸い・・・というのでしょうね。午前6時20分から予定されていた停電が7時からになったと「テレビ」で知ります。 停電になればテレビもラジオもインターネットも見ることができません。 情報難民です。私のような商売は開店休業。これが続けば・・・とここから先は恐ろしくてかけませんが、想像して転業、あるいは副業も視野に入れて行動しなければなりません。 もちろん、命あっての物種。 ただ政府の無策ぶりに呆れています。 被災者救援や原子力発電の大切さは知っていますし、全力を挙げて欲しいと日本国民として願っています。が、しかし、民主党政府は「枝野官房長官の記者会見と菅直人のパフォーマンス」 以外、なにをしているのでしょうか。いや、言葉を換えれば、ふたり以外の「民主党」や「大臣」の姿が見えてこないのです。 株価は無策、円高も放置。 ま、これはいつものこと。 そして計画停電においては、「製造業」 への対策が全く見えてきません。 製造業とはトヨタや日産だけではありません。パン工場、豆腐屋さん、菓子工場まで含まれています。 昨日の計画停電で舎人にある食品工場は「お手上げ」でした。テレビ報道によると「山崎パン」は、焼成が不十分になることを怖れて製造できないとあります。たぶん「発酵」もその理由でしょう。2次発酵のあと放置すれば商品にならないのかもしれません。 さて、一方、山手線に代表される「都心」の交通網への電気供給はぬかりなく行われています。 まもなく「計画停電」となるようなので、議論を手短にすすめます。 都心は便利を確保したままで、地方に不便を強いる。ま、これは我慢しましょう。ただ、都心が「日常」であるなら、労働を求めるのがジャパニーズビジネスマンです。つまり、そこにあるオフィスに向かうためにエネルギー消費し、そこでエネルギーを消費するのです。 裏返してみます。「都心」を労働に適さないほど不便にすれば、企業は休みだし、結果的にエネルギー消費量が抑えられるのになにも手を昂じない政府を無策と呼ぶのです。 そしてこれは更なる悲劇を生むことでしょう。 我が町、足立区は第5グループと第4グループで停電になっていますが、以前住んでいた古千谷本町3丁目は、どちらにも属しています。つまり、同じ町内でも停電と停電にならない地域があります。 さらに、昨日は第5グループは停電しましたが、第4グループは停電していません。すると、第4グループにある工場は「日常」のなか生産し、物資不足から販売でき儲け、「非日常」に置かれる5グループは生産できず、ものを作れず、売るモノがなく赤字が拡大します。 思い出してください。地震前から景気は悪かったことを。 中小企業に緊急融資(つなぎ資金)が必要だったことを。 もっといえば、都心にある企業は、この供給不足を「チャンス」にすることができ、計画停電対象エリアは「ピンチ」となるということです。 条件が異なればレースになりません。 被災者のことを思えば、これぐらいの我慢はなんてことはありません。 まもなく電気が落ちますが、部屋の片付けと、手書きで原稿を書き時を待ち、昼になり午後に可能性のある「追加停電」もあれば、日中に電気が付くのは2時間ちょっとで、それも致し方ありません。 ただ、移動にエネルギーを使い、潤沢にエネルギーが供給される「都心」が有利なら、廃業して、「都心」の企業に再就職して、エネルギーを使う側に廻った方が・・・いやいや、そんな我欲はいけません。 しかし、「政府」はこうした、弱い零細企業が計画停電地域にいることをすっかり忘れているようです。 まもなく落ちます。リアルに。一部、ツイッターにも転載しますので拡散希望です。 被災者も原発も心配です。ただ、いま働ける人の働く環境を確保するのも政府の仕事であることが、電気が潤沢に流れる永田町から聞こえてきません。
Mar 17, 2011
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なんとも言葉がありません。 そしてこうしてネット回線を占有してしまうことへの疑問もとけぬまま、それでも書かなければと筆をとります。 すべての犠牲者に哀悼の意をあらわすとともに、すべての被災者がいちにちも早く、暖かい布団で眠れる日が訪れることを心よりお祈り申し上げます。 揺れがながく続き、あきらめにも似た感情が支配したことを告白します。みぞゆうの揺れです。 ごめんなさい。こんな時ですが、こんなときだからこそ、いつもの文体で失礼します。新聞四コマ漫画での対応で、産経新聞は「ひなちゃんの日常」を休止しましたが、読売新聞の「こぼちゃん」は続けており、3月15日号のオチに落涙しました。 いぜん、居候していた「たけおおじさん」は学校で体育を教えており、生徒から「パワーが違う」と力を讃えられます。そしてオチで「このむだな体力を被災地の人にわけてあげたい」 と男泣きです。 漫画により一瞬でも心を休め、しかしメッセージを込める。 遠く及びませんが、わたしもこちらを採用します。 というわけでみぞゆう。産まれてはじめての揺れでした。 原子力事故もそうです。そして民主党政権にとっての大震災もはじめてで、この規模は日本の憲政史上初めてです。 だから後手に回っても良いということではありません。 カイワレ管ちゃん(非常時につき敬称略)の演技過剰の記者会見は繰り返すごとにワンパターンの芝居しかできないことが露呈し、受けが悪いことを気にしてか、昨日は東電の本社に乗り込んで叱りつける体たらくです。 原発の処理に関しては東電の立場からすれば、「廃炉」を選択するのは苦渋の決断です。もちろん、国民の安全の方がはるかに大切で、日本人の命は地球より重いと、かつての政治屋がいっていました。 しかし、平時には「経営努力」を求められる民間企業という側面からみて躊躇することのすべてを否定する気持ちに、私はなれません。 廃炉にして電気代が上がれば文句をいわれるのは東電です。「命の方が大切だろ!」 という突っ込みは、100回自問自答しました。 だから私はこう考えるのです。「政治判断しかないだろ」 つづいても同じく東電の「計画停電」。 みぞゆうの計画停電にパニックるのは仕方がありません。 ならなぜ、「日曜日」からやらなかったのでしょうか。 地震翌日の「土曜日」から、輪番停電という名前で、噂はでていました。ならば、翌日にお得意の「社会実験」 をすべきだったのではないかということです。 足りる足りないではなく行うから「実験」です。足りなくなってからでは遅いのです。 みぞゆう・・しつこいですね正します・・・未曾有の事態でも打てる手はあります。停電すれば混乱するのは分かっていることで、ならば「休日」である「日曜日」で、実験をすることで混乱を最小限に抑えることも「政治判断」 だということです。ちなみにこの「日曜日」に政府のしたことは蓮舫さんを節電啓発担当大臣に指名したことです。 見切り発車ではじまった計画停電は、被災地まで停電にしました。国民のインフラである鉄道まで問答無用だったことで、混乱はさらに増し、東電の幹部社員の頭を下げるシーンを何度見たことでしょうか。きっと、スーパーマーケットの一角を占めた「ぷっちょ」がAKB48とコラボした「ヘビーローテーション」のCMより多いことでしょう。 被災して心細いなか電気が消される恐怖。東電の無神経さは非難されてしかるべきですが、交通インフラの確保とあわせて、それらを横断的に「見渡す」のは「政府」の仕事です。 ついでに述べれば、この緊急事態に対応できる猶予期間を「特別休日」 として、すべての活動を強権により停止できるのは「政府」しかないのです。これは「株式」でも同じで、落ちるに任せて急落しまるでヒモなしのバンジージャンプです。 あるいは、政府与党が推し進めようとしている「連休分散」を前倒しにして、「関東、東北、北海道は14日から21日まで慰霊の日として連休」 とするのだってありでしょうに。 それぐらい未曾有の危機・・・ではないでしょうか。 そしてこれが言葉が詰まるのですが、不明者の捜索と被災者の救助、支援とどちらに舵を切るかは紛れもない「政治判断」 で、それこそが「政治主導」 なのです。はぁ。 しかし、それでもいま「責任論」をもちだすつもりはありません。 ちゃんと働いて欲しいだけです。 わたしなら自民党の危機管理の有力者を「特使」や「参与」として、一本釣りします。良くも悪くも官僚の使い方を知っていますし危機対応の経験は遥に豊かだからです。 最後になりましたが、「暴力装置」のみなさん。 大変でしょうが、頑張ってください。もちろん、警察官、消防官、各地の県職員に、現場で戦う東電社員とその関係者の皆さん。 そして各国の救助隊の皆さん、ありがとうございます。 そうそう、命を懸けて救出活動に当たる自衛隊を暴力装置と称したあのお方は、地震当日、予算で責められていた国会中に地震が起きたことで菅直人首相を「ラッキーな人」 と称したとかしないとか。絶句して筆をおきます。
Mar 16, 2011
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第5グループ足立区舎人の「計画停電」ライブレポート。 まず、突然落ちます。予定時刻は9時20分。これを過ぎたのでやおら仕事を始めようかと仕事部屋に足を入れた瞬間、ぷつん。 おちました。 慌てないでください。携帯電話は生きています。無停電地域在住のスタッフに電話をして、指示を出します。ちなみに、IP電話は死にますが固定電話は生きており、電源がいるタイプでも「親機」なら通話ができるたいぷもいるので、停電前に電源を抜いて確認しておいてください。 街にでました。信号が落ちています。住民は不満を口にします。 コンビニは開店休業中(リアルに)。 そして「交差点」にはご注意を。 主要幹線道路でもお巡りさんは希です。 尾久橋通りを北に向かい、舎人公園を越えてから見沼代親水公園入口まで信号が停止していますが、その間にお巡りさんがでていたのは2箇所だけ。さすがに見沼代親水公園駅の信号に立っているのはわかりますが、もうひ一箇所はパチンコロケットのところで、確かに川口方面からの合流の台数はありますが、地元民がバス通りと呼ぶ竹の塚駅から尾久橋通りに接続する交差点にお巡りさんはいません。 そしてもう一つの駅の舎人駅前の交差点もいません。 我先に駆け抜けるタクシー、道を譲るトラック。さまざまです。 お菓子工場は仕事にならず、休憩し、近所のおじいさんは「ウォシュレットが使えない」 と嘆きます。 ちなみにウォシュレットが使えない、指示するパネルが別にあるタイプでも本体の脇に「流しレバー」がついています。断水しなければ水は流せます。こちらも焦ることなきよう。 そして思います。 停電。経験すると被災者の何万分の1かはわかります。 だからこう思うのです。「都心も落とせよ」 皇居や官邸まで落とせとは言いませんが、六本木ヒルズや渋谷のセルリアンタワーあたりをバチンと落とせば、ツイッターで偉そうに原発を語り、上杉隆の発言を頭から信じている連中の目が覚めるのではないかと。
Mar 16, 2011
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みなさん、大丈夫でしょうか? こちらはおちょこ一個が大破しましたが、ほかはとくになく。 ツイッターではそれなりに発言してきましたが、あきあきしています。あの「おれ、いま何かしている」感。 莫迦じゃなかろうか、いや馬鹿でしょ。 被災者を思うなら、すこしでもネット回線をあけなさい、節電を呼びかけるなら、ツイートを減らしなさい。 こうした正論は通りません。 だって「善意」だから。 その「善意」が誤報や虚報を流している反省はありません。 いま、私たちにできること。私たちとは被災者ではなく、どうにかこうにか日常生活が送れる私たちです。 仕事しましょう。株を買いましょう。そして祈りましょう。 被災者がもどってきた日常が豊かで平和な日本であるように。
Mar 15, 2011
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正義の味方面しているブラックキューピー孫正義さんはともかくそれに尻尾を振る人に溜息を覚えます。だからムジナさんだって、auもドコモと同じ穴の。 孫さんはビジネスマン。儲けにさといのは当然で、本稿で記したように、普通の商売なら「分かりやすい料金」になるのが当然で、ヤフーBBも定額料金で、フレッツもauプラス(いずれも家庭用通信回線サービス)も同じです。 ところが「なぜか」、携帯電話だけ複雑な料金体系になっている理由は・・・金儲けというのが私の結論。 公正取引委員会と総務省が動けば是正できるんですがね。■マイコミジャーナル高すぎる携帯料金への邪推とガラパゴスゾウガメの気持ちhttp://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/103/index.html
Mar 9, 2011
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売れるモノなら媚びでも売ります。 営業マンの心得です。 「ものづくり」の人間として許せない一線があり、そんなときは 勝ってくれるなら喧嘩も売ります。 じつはこれも営業マンの裏心得です。 ただ、できるだけ仲良くするに越したことはありません。 そこで編み出したのが本稿で紹介する一石二鳥のサクセスストーリー。■心得其の207手軽で実用性の高いサクセスストーリー。ペンだけで作れる販促コンテンツhttp://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/03/09/9891
Mar 9, 2011
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知日派と目されていたケビン・メア米国務省日本部長が沖縄県民を「ゆすりの名人」と称したとか。これに一斉に日本のメディアが噛みついています。 アメリカ人如きがなにをかいわんやと唾を吐きかけたい・・・ところですが、私の知っている沖縄の人で、似たようなことをいう人が少なくありません。ある人は「甘え」といい、ある人は「ぶらさがっている」と。 基地問題にしても「本当に米軍がいなくなったら経済がもたない」というのは一致しています。 一方で、何万人(笑)も広場に集まり、基地反対集会が読谷の広場で行われたり、デモ行進ばかりが報じられ混乱します。 これは本当に親しくしていた沖縄(伊良部島出身)の人がいっていたことですが、「沖縄県民は嘘つき」 とのこと。私は額面通り、うけとってはいませんが、大らかさを拡大解釈すればそうみることもでき、定刻の前後1~2時間を許容する「オキナワンタイム」も約束を守っているか否かの視点で厳密にジャッジすれば「嘘つき」です。少なくとも東京のビジネス街でオキナワンタイムを繰り返せば、嘘つきという誹りは免れません。 基地はいるかいらないか? こう尋ねれば「いらない」というでしょう。しかし、基地がもたらす経済効果と、ルーピー鳩山が学んだ方便の「抑止力」などと絡めて尋ねて、それでも「いらない」と答えるのでしょうか。 基地に反対しながら基地が主催するフェスティバルには参加し、基地に反対しながら、基地に関連した補助金を貰うことは当然と考える沖縄人がいます。 それについての明確な答えを出せないままに僕はこの時代への空気に雑然とした殺意のようなわななきを隠しきれない。あ、つい「大江健三郎」風の、傍観者のふりをしながら、読者を誘導する阿部四郎(極悪レフリーとして名を馳せた女子プロレス黄金時代のレフリー、ヒールを贔屓する)のような表現になってしまいました。 沖縄というと大江健三郎さんのプロパガンダ作品を思い出さずにはいられなくなるのと、私が沖縄の政治活動を見る目は重なります。 それはそれ、これはこれ。フェスティバルはフェスティバル。 補助金は補助金、そしてでていけ。 こうした沖縄の現実をみてきたケビン・メアさんが「ゆすり」と思うことに私はなるほどと。つぶやきます。 それは彼が「たかりの名人」であるアメリカ人だから。 戦争を仕掛けて上前を跳ねる「たかり」的な米国発想から見ると静かな恫喝と感じて「ゆすり」と表現したのではないかという見立てです。 そして穿った見方をすれば、ルーピー鳩山&民主党による、日米同盟の亀裂を修復するきっかけとなるはずだった前原前外務大臣のポカにより失脚で、されに遠のきそうになった日程を、米国側の失点により、挽回するチャンスをメアは用意したのでは・・・ってことはありませんね。 いずれにしろ「チャンス」です。菅内閣のラストチャンスかと。 交渉相手の失言はチャンスカード。 ただ、民主党の人たちって失言を囃し立てることしか知らないので、宝の持ち腐れになりそうですが。 ついでにいえば調査捕鯨が環境テロリスト「シー・シェパード」によって妨害され、中断して帰国の途につきました。船員の安全を考えて引き返してきたのですが、こんな馬鹿な話しはありません。 私ならこうします。「自国船艇警護のため海上自衛隊派兵・・・を、検討」 日豪は先の大戦で戦っており、いまも日本嫌いの豪州人は少なくありません。カンガルーとコアラの観光都市のイメージから、脳天気な日本人は勝手に親しみを持っていますが、祖父母の時代の憎しみは伝承するものです。ついでに言えば白人主義から来る人種差別感情は理で理解しても感情を制御できるものではないということは、お気楽な日本人にはわかりません。 クジラもその轍にのって存在しているのです。 威嚇するようなことをしたら相手の感情を逆撫でする。 と、日本人は考えるでしょう。しかし、ゆすりとたかりの解釈があるように、同じ行動を世界はこう考えるのです。 本気で怒っている。 さて、その時に、国際法に則った調査捕鯨を、違法行為で襲い続けるシー・シェパードを豪州が守るか否か・・・というチャンスだったのですが、これも無策で放置して、尻尾を巻いて逃げ帰るように指示しました。 相手国の傷口には塩を塗るのが国際ルール。 前原さんの辞任を受けて、さっそく中国は尖閣諸島にちょっかいをだしてきて、今日明日にでも露西亜が動くと私は見ています。 だから「ゆすり発言」は、日本のチャンスカード。「米軍も日本からたかってばかりいないで、尖閣諸島に第七艦隊で も派遣しなさいよ」 と、いえる政治家は・・・与野党どちらにもいませんでした。 しかし、オフレコ発言をヒステリックに捉え大騒ぎするのはルーピーです。私が沖縄の基地反対派なら、この言葉を持って、永田町に押しかけて「言質」を引き出すことでしょう。それが交渉です。
Mar 9, 2011
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立て続けに「うつ」ばなしを耳にしたもので、この春のうつ対策の一助となればと自分語りをしています。 これは私見で医学的根拠はありませんが「自覚」もうつには大きいとみています。それも2種類。ひとつは「仮病系自覚」。用語は私の命名で「家庭の医学」にないことばです。 最近多い「ぷちうつ」を自称するひとに多く見られます。仮病なので単なる落ち込みや身体の不調に起因するものですが、油断ならないのがこの思いこみから「本気」になることがあるのです。こちらについては症状が固定化する前に手を打ちたいモノです。 つぎの「自覚」は、症状がでていることを自覚して、前向きにひらきなおるということ。私はこちらで・・・と、続きは本文にて。■心得其の206Web担当者の憂鬱。うつは治る? 治らない?http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/03/02/9787
Mar 2, 2011
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100回記念以降、コンサルタントづいています。 と、いうのは「実戦」に身を投じているものの多くは、手の内を語らず、そこから遠い人ほど、ペラペラと語り、唆すからです。 そして日本人に善人が多く、だれもが自分を騙さないと根拠もなく信じて疑いません。そんなわけはないのですが。 コンサルタント・・・それも0.2・・・は人を騙しています。 その言葉を換えれば「エンターテイメント」。 近いものが「泣き売」。 つまり「さくら」。 ・・・はぁ。本当に多いのでご注意くださいませ。■マイコミジャーナルキャンセル待ちセミナーのからくりは「コンサルタント0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/102/index.html
Mar 2, 2011
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最近、お気に入りのキーワードは「苦役列車」。 西村賢太さんによる第144回芥川賞受賞作品のタイトルです。 作品は読んでいないので「語感」によるものですが、私の周囲になんだかピッタリの人間が多く、本作の示唆するところと違うかも知れませんが、この列車の住民のいちばんの問題は、自分の置かれている環境の不幸に気づいていないことです。 ある意味、ポジティブ。それは人間が本来持つ「性」でありそれがゆえに悲しみにも不幸にも苦役にも耐えられるのですが、そこから這い上がるには、いま置かれている環境がネガティブなベクトルに包まれていることを自覚しなければならないことに気がつかない無限ループに突入します。 つまり、「よくない」「悪い」環境にいるのだということを知らなければ、いま置かれている環境をポジティブに受け入れてしまい、それは受け入れることによりようやく人は生きていけるというコメディのような人間の真実がそこにあるのです。 繰り返しになりますが、自分の置かれた環境がネガティブであることに気がつかない限りひとはそこを抜け出せることはありません。 逆説的に北アフリカの革命ドミノが裏付けています。 ネットや衛星放送により、自分たちの置かれている環境がネガティブだと気がついた民衆により行われており、環境を知ったことが爆発の導火線となり、携帯電話やツイッター、フェイスブックにより点火されたのです。 反対にポジティブにおいても同じです。自分が置かれている環境がポジティブな選択を許されることに気がつかない限り、ひとは不幸の奴隷となります。 仕事があり、彼女もいて、食べるのには困らないが、自分は恵まれていないと思う人がいます。彼の周辺にはもっと金持ちがおり、さらに美人の彼女がいる友人がいて、体型を気にしてダイエットばかりしていることにより幸福感は損なわれてしまいます。 しかし、仕事があるのならそれに没頭し貢献することで、自己実現は容易で、この場合の自己実現とは周囲の信頼を勝ち取ることであり、スキルアップです。追加投資も自己啓発も必要ではなく、「ひとりでできたもん」 なみの自然な満足を与えてくれることでしょう。これは経験則ですが、大きなプロジェクトを任されるには、こうした小さな信頼を積み重ねていくしか近道はありません。 つぎに彼女の美醜は主観に過ぎず、しかし、彼女という人間と過ごす時間をどう楽しむか、どう楽しんで貰うかは前向きな努力でいくらでも改善できます。 そして美味しいものを少しずつ食べるというダイエットもあれば、日頃小食にして、ハレの日にご馳走を食べたり、賛否はありますが一日一食ダイエットを奨める医師もおり、これなら体型を維持しながら贅沢をすることも不可能ではなく、充分な満足を得ることができることでしょう。 苦役列車の乗客と比較して相反することをいっているようですが、幸せには、他者との比較からうまれる相対的な評価と同時に自ら創り出す絶対評価もあり、列車の乗客は相対的な不幸を知らず、幸運が日常の人間のなかには絶対評価があることを知らない人がいるということです。 平易な言葉に落とし込めばこうです。「馬鹿と貧乏人は不幸な世界に甘え、 小利口ものは幸福に囲まれながら不平と不満を繰り返す」 ・・・自己啓発ではなく、社会制度や道徳の話しです。「職業訓練校」 というとどういうイメージがあるでしょうか。 手に職をつけるための施設で、新卒、社会人を問わず、ここでまなび、ハローワークと連携して、就職を斡旋します。 いまは「職業能力開発センター」など別の名称で呼ばれますが本稿では「職業訓練校」のほうが語感が良いのでこれで通します。 ここの電気工事科とは、住宅設備などの配線工事の基本技術を学び、一年をかけ国家資格の取得を目指すコースです。 以前は読み書きができれば入学できたのですが、数年前より「算数」は必須命題となっており、単純な話し、算数ができなければが抵抗や電圧の計算が怪しく、実際、そのレベルを克服できず卒業時に国家資格の取得が困難となった反省からです。 知識や勉学においてはその程度です。しかし、現場では頭の回転だけではなく手先の器用さや肉体の耐久性も求められるガテン系です。 コンクリート打ちざらしの建築中のマンション、そぼ降る雨がみぞれへと変わるなか、カンテラのあかりを頼りに配線する手先は尋常ではない寒さに震えるといいます。 しかし、面白いものでネガティブな環境で育った苦役列車の住民は、肉体的な辛さへの耐久力をもっているもので、つらくても仕方がないとあきらめる悲しいまでの人間の本能で、辛さも受け入れることで生き抜く人間の業です。 進学できなければ働けばよい。 という環境で育った人間は現場で、親方や上司に判子のかわりに拳固を貰い仕事を学びます。かつては「手に職」といわれた世界の未来はいま、ほの暗いのです。 各種規制がゆるく、よく言えばおおらかだった時代、職人は無学でも仕事ができ、「矜持」から仕事の手を抜くことなど考えられず、ゆえに資格は重視されませんでした。技術は複雑となり、社会は不寛容となり、矜持は捨て去れれ仕事の担保となるのは学歴を含めた「資格」になりました。 「腕一本」で食えた時代は去り、資格がしゃもじとなり、持たざるものは「配給」を待つだけとなりました。つまり無資格者は腕が良くても下請け仕事しかまわってきません。これも時代の変化と言えば、それまででしょう。 そして「職業訓練校」に大卒が学びます。 資格を取るために、就職口を得るために「学士」が苦役列車に乗り込んできます。 今年、ある職業訓練校の電気工事科は異例の盛況で、募集人数を大きく上回り、近年まれに見る倍率となりました。東京の職業訓練校は都営ですから公平性が求められ、倍率を超えればテストの点数による順番で機械的に選抜されます。 この春中学を卒業する15才と大学を卒業した22才が競争します。 選抜からもれた少年には苦役列車の指定席が渡され、少なくとも大学卒業までの9年間、学生生活を謳歌した学士が、さらに一年間、広義での「学生」を続けます。 この話を聞いたある区立中学校教諭は「狡い」とひとこと。 補助金という税金が投じられた大学を卒業して、さらに公的機関に通い資格を取り、一方では「義務教育」で学習機会を奪われ、苦役列車に乗り、労働者として税金を納めます。 しかし、リアル苦役列車を知っている私にとってはごくありふれた日常のひとこま。ザ・ブルーハーツのテーマが耳に響きます。「弱いもの達が夕暮れ、さらに弱いものを叩く」 弱いものが這い上がるチャンスは・・・希です。
Mar 2, 2011
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