2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全11件 (11件中 1-11件目)
1
すっかり何事もなかったかのように日常が過ぎていきますが、先日久しぶりに訪れたヤスリ屋の三代目が、事務所を見て「すっきりしましたね」 そういえば、最後に事務所で打ち合わせしたのは「震災前」。 震災後に一度、東京の「水騒動」のさい、わが家の備蓄水を分けたのですが、この時は玄関までだったので初めてです。 すっきりしたのは事務所のレイアウトを変えたから。計画停電で電気が通じなければネットももちろん通じません。そこでレイアウトを変えたのです。 「通電中」は、ついつい仕事をしてしまいますが、停電なら遠慮なくケーブルを引っこ抜けるのではかどりました・・・が、それも二日が限度。三日目からやることがなくなったのでした。 しかし、それでも仕事に穴をあけずに済んだのは「メタル」です。■マイコミジャーナル(短期集中連載)災害リスクに備えた企業コミュニケーションを考えるVol.2「電気が止まった日を生き抜くビジネスルール」http://journal.mycom.co.jp/series/comrisk/002/index.html
May 25, 2011
コメント(0)
現時点で一部図案が抜けておりますことを担当編集者になりかわりお詫びします。 ここで紹介しているのは、ほんの一例ですが、実戦の妙法です。 ロゴ作り・・・もといCIづくりを始めた頃は「デザイン」からはいっていました。芸術性、革新的、創造性などなど。 でも、我々が取り組むのは「作品」ではなく「商品」。 ユーザー視点に立てば「わかりやすさ」がなによりも優先されるということは自明。 言葉により理解を深め、言葉を活かす形で魅せる。■心得其の第217回左脳的発想で作るCI。デフォルメでは省略を意識するhttp://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/05/25/10306
May 25, 2011
コメント(0)
電気がなくなる生活。 これは短期連載でも書いていることですが計画停電を経験して、ものすごくリアリティがある話しです。 政府が「要請」して原発が止まるなら、同じく要請して「再稼働」させなければ、1年後にはすべての原発が沈黙します。 そのとき、電気は・・・という話しではなく、今回は「安全安心」という言葉がいかに空疎なものかという実例です。■マイコミジャーナル思いつきか英断か、13ヵ月後に訪れる「安全安心0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/113/index.html
May 25, 2011
コメント(0)
色って大切です。 どうでもよいという人もいますが、本心では気になるもので無視しては痛い思いをします。 そしてCI。本稿ではロゴやシンボルマークなどの総称として用いていますが「色」から決めていくとよいでしょう。 もちろん、サイト設計でも役立ちます。それは「ページもの」の基本として使えますので。■心得其の第216回はじめてのCI。取り組みはコーポレートカラーからhttp://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/05/18/10258
May 18, 2011
コメント(0)
JALに乗ると「JAL名人寄席」をチョイスします。 いかんせん、機内アナウンスなどで「さげ」が聞けないこともあるのですが、長時間拘束されることで「じっくり」落語を楽しめるのは機内ぐらいでしょうか。 寄席に足を運ぶほどの落語ファンではありませんが、小学生の頃に「ときそば」と「寿限無」を暗記したぐらいのファンではあります。 ところが今回の原稿で困ったのが、落語の資料を集めていると、ついつい読みこんでしまい、本筋と関係のない「ネタ」ばかりチェックしてしまいます。 たぶん、いままでで一番、長い執筆時間だったでしょう。 で、まくらとさげは、笑えない「政府」です。■マイコミジャーナル真打ちは政府か東電か。「落語のようなPOSシステム0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/112/index.html
May 18, 2011
コメント(0)
全国的に知名度は高いのですが、さしたる興味も持たれない我が町「足立区」の選挙戦の結果はどうでもよいでしょうが、記す理由は野党時代の民主党に倣ってのこと。「直近の民意」 から民主党は議席を失いました。個人的に親しくしていた民主党区議会議員が落選したのは非常に残念ですが、個人の実力というより民主党らしさの発露でしょう。 国家権力を握った途端、政治主導の名の下に傍若無人に振る舞う民主党を「平家」と語ったことがありますが、我が世の春に盲目になるのは地方議会にも現れました。 その素地は、足立区が一部かかる東京12区は、政治より愛に生きると噂される「青木愛」さんが、残りの全域の13区は奥さんをまじえた3Pを愛人に懇願したと週刊誌に暴露された「平山たいろう」と、どちらも民主党が小選挙区を制しました。また、都議会議員選挙でも民主党候補者がトップ当選。 そして、今回議席数が50から45と削減された足立区議会に現職6人から新人を4人追加しての10人立候補して、当選したのは現職半分の3人。7議席の日本共産党の半分以下への凋落です。 完全に「戦略ミス」です。 一方、民主党の失政にも決め手を打てない自民党ですが、党中央はともかく、永年与党を支えた地方組織は冷静に現実を見極め、前回の23人から17人へと絞り込み、全員当選を果たしました。 戦力の集中は戦略の基本ですし、落選による人心離れを避ける狙いが的中したということです。 民主党に戻ります。「民主党関係者」が続々と出馬します。 例えば先ほどの衆院議員の政策秘書や都議の秘書などです。 党幹部と知り合いになれば出世が約束されるという、それはまるで中国共産党。 秘書経験を積み、政治を目指す。 と、いうのは今回は建前に過ぎません。 政治家の秘書を本気でやっていたのなら、今回の選挙がどれだけ厳しいものかは想像に難くないでしょう。民主党支持者でさえ、誰もが口にしていたことです。 ならばそうした「身内」こそ身を引くか、あるいは「選別」すべきなのですが、全員出馬した心には「慢心」があったのでしょう。 それはすっかり民主党と書いて「傲慢」と読むようになった・・・なってません?・・・体質に加えて、悲しいかな民主党躍進の轍に重なります。「新人、若者で浮動票ゲット」 つまり、自民党への回帰の少ない世論とあわせて、現職につきまとう「現政権の失敗」のイメージがない「新人」なら勝てるだろうという浅はかさです。すべてを自民党責任と批判だけしていればよかった野党時代の記憶もあるのでしょう。自民党を現政権に置き換えたということです。 事実、足立区の民主党支持者・関係者から耳にしたのは現職の大半が落選して、新人だけが残るというものです。 そして、現役が半分落選しました。 関係者筋によると、新人が立候補するために、現職がそれまで活動していた町を離れなければならないという異常事態まで起こったといいます。 落下傘舞台として足立区に降り立ったその民主党区議は、浮動票で当選したといっても過言ではありませんが、その分、恐ろしさを知り、地元の会合にも最初は門前払いされながらも少しずつ支持者を拡げて活動してきました。それは補給路を断たれたレンジャー部隊が、ジャングルで生活物資を調達するようなものです。 ようやく創りあげた「住居」を、本部(党)からの指示で明け渡さなければならなくなった区議は落選しました。 新人も落選しました。こちらは当然。足立区民を舐めるのもいい加減にして欲しいものです。 これが直近の民意・・・というと、私も民主党レベルになるのでやめておきます。 先ほども述べたように戦略ミスです。現職と同じ人数の6人を擁立していれば、10人中下位4人の得票数を合算すると7936票。これを「6人の候補者」で均等割すれば、ひとりあたり1322票が上積みされ、この仮定における10人中6番目の候補者に加算すると、4000票を越え当選しているのです。 もちろん、単純にはいきませんが、「票が割れた」ことそして、それは事前に予測されていたことで、それは多くの後援者が口にしていたことは「民主党」は無視した結果の惨敗です。 いわば、後援者という「側近の直近の民意」 すら無視しているのが「中央民主党(共産党ぽくて、今の民主党を表すのにちょうど良い気がするのは私だけでしょうか)」ということです。 そもそも野党時代に「直近の民意」を理由に当時の与党を攻撃していたところにも、いまの体たらくの片鱗があったといえます。それを端的に述べればこうです。「直近の民意という他人任せの評価」 いま振り返れば、これを武器に戦っていたのが中央民主党なのです。 東電に責任転嫁しているのも、これまた「中央民主党らしさ」 ということです。 その「中央民主党」による「東電イジメ」が加速していきますが、ザ・ブルーハーツが謳ったように「弱いものはさらに弱いものを叩く」 のように、虐めた幹部の矛先は部下に、社員は下請けにいくので気をつけて欲しいものです。 東電イジメの一例。「50%カットしていくら残るかといったら、実は3600万円くらい」 海江田千里万里大臣の発言。 ・・・地震前は天下の上場企業の役員だから、当然と言えば当然の報酬なのではないでしょうか。もちろん、感情論からいえば「全額カット」という声が上がっても良いのでしょうが、それが許されるのは「テリー伊藤」さんなどで、無関係な評者だからできることです。 国民受けする「暴露話」で人気をとるあさましさが透けて見えます。 つづいて東電がらみで銀行への「債権放棄」の枝野さん。 これも公的資金の注入などでとかく批判の多い銀行ですが、金融ビジネスの常識からいって、債権放棄をすると金融支援ができなくなる、ざっくりといえば、こういうこと。「借金をチャラにする代わりに、こんごビタ一文たりとも金を 貸さないし、協力もできない」 銀行側にたてば当然のことです。銀行にも株主がいて、経営者は株主の監視に晒されているのですから。 株は売れず、債権の引受先がなく、金も借りられない。 つまりは東電に倒産しろということ・・・ならば、それもひとつの選択です。だから、「政府の意思」 としてそれを示したのなら「イジメ」とはいいません。「政治主導」 です。しかし、千里万里も福耳男もカイワレちゃんも、いつも東電や中電、あるいは銀行に責任転嫁して、矢が届かぬ距離にいてネチネチとイジメる。 これが中央民主党です。 ・・・頑張っている「地方自治体民主党議員」もいたのですが残念ながら、足立区では議席を失いました。
May 18, 2011
コメント(0)
マイコミジャーナルで短期集中連載をはじめました。「災害リスクに備えた企業コミュニケーションを考える」 本日は東日本大震災よりちょうど2ヶ月。 すぎた喉元はすっかりと冷え切っているのではないでしょうか。 しかし、わずか2ヶ月前。多くの帰宅難民をだしました。 そのとき。は、対策を考えるものです。後悔は先に立ちません。 ところが・・・どうでしょうか? Gmailアカウントを用意しましたか? ツイッターで家族や友人をフォローしていますか? メディアが報じるようにFacebookが役立つでしょうか? いま、この時が「災害リスク」に備える好機です。■マイコミジャーナル震災時に帰宅難民を本当に救ったネットサービスとは?http://journal.mycom.co.jp/series/comrisk/001/index.html
May 11, 2011
コメント(0)
一年ほど前、ツイッターによる販促を公開数値からみて、それほどではないという私の指摘に「ROIなどから捉えていない」ともっともらしい能書きをならべて「トンチンカン」と侮蔑したWeb業界著名人がいましたが、私はこの侮蔑を忘れません。新月の夜は気をつけるとはいいませんが、街角で偶然会った時はしかるべき「男の対応」をとる所存です。 ツイッターのビジネス活用という幻想が砕けて今度は「震災対応」として躍起になっているWeb業界人ですが、すべてはリアルと地続きで、逆に言えばリアルで「つながり」がなければ、どれだけ優れたネットツールがあっても、何の役にも立たないと断言します。 ところが「ネットツール」をWeb業界人は過剰に礼賛し、実状をしらないメディアが追随し、それを「普通」にしようとします。 そんな背景から生まれたグループウェア0.2。 ネットがなくなれば、いまの私の商売はできなくなりますが、培ったノウハウや人脈を使えば、別の商売は可能です。 私はリアルの住民です。いや、これは当たり前のこと。初音ミクでもリン・ミンメイでもありません。 だから、侮蔑した男を忘れません。■マイコミジャーナルROIを悪化させるグループウェア0.2http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/111/index.html
May 11, 2011
コメント(0)
動画・・・強いです。 本稿にも記しましたが、かつて私は動画に否定的な立場でした。 高校時代に「映画研究会」を立ち上げ、数本のショートショートなコメディを撮った経験から「作品」をつくる難しさを知っているからです。 と、同時に友人に子供が生まれる度に見せつけられた「我が子映像」 の経験を加味します。 しかし、時が過ぎ、視聴者が素人映像に慣れ、また撮影する側のノウハウも上がってきて「それなり」の動画が作れるようになりました。 そしてYouTubeなどのインフラも揃いました。 だから、いま「動画」をすすめます。 ちなみに本稿で紹介した「動画」はこちら。http://www.youtube.com/watch?v=dOxfkrNzCnk■心得其の第215回YouTubeとデジカメで問い合わせは増やせる。百聞が一見なら動画は千聞http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/05/11/10203
May 11, 2011
コメント(0)
いま、足立区は熱い選挙戦の真っ最中。 驚いたのが所属政党を離反して、都議選に出馬し「惨敗」したふたりの元区議が立候補していることです。出馬は個人の権利ですからご自由にとしか言いようがありませんが、区議として選出され任期半ばで「や~めた」としておきながら、都議になれないことが明白となると、「も、いっかい」と出馬する厚顔さに何票集まるか注目しています。 そのうちのひとりは「みんなの党」。この党の底の浅さ、存在感の軽さに重なってみえるのは私の乱視が進んだせいでしょうか。 また、前回の選挙で「民主党フィーバー」という病により、トップ当選した女性議員が公示前に配布したビラに「民主党」の文字が見つからずに「産地偽装」 を疑いました。ところで、小泉元首相に対してメディアは「小泉フィーバー」 を多用しますが、政権交代の原動力となった“熱病”にたいしてこの表現を使わないところに、いじましいほどの反自民芸風を感じてしまいます。 他にも東電の労組系の立候補者もいますし、前回「最年少」で当選した某候補者のマニフェストが軌道修正されたのは「成長」とみるべきでしょうかね。 ちなみにそれは「足立区内の全小中学校の選択自由化」で、いまでも学校選択制という名前で、選べるようになっているのですが地元優先という当たり前の制限を課しているものを、完全自由化を目指すというとんでもないものです。 彼の政策が実現した暁には、目の前の公立小学校に通えない児童がでるというもの。彼はそれすらも抽選などで「自由に選べる」をなにより優先しようという、若さ故の原理主義的な発想です。 理想主義と呼び替えても良いでしょう。まぁ区議会議員の父親をもつ「政治屋稼業」としては、利権に絡みつくよりは健全といえるかもしれませんがね。 学校選択制の弊害は、随所で耳にします。優秀校と底辺校の住み分けが進み、底辺校はスラム化・・・というと言い過ぎですが、「しつけ」ができていない子供は親の「しつけ」から始めなければならないレベルになっているのです。 実際、私も甥の中学校に何度も足を運びましたが、パンツが見えるほどずりおろしたダボダボのジャージをはいた「父親」に、こちらはおパンティーが見えるほどの超ミニスカートで、美輪明宏さんをリスペクトしたような金髪の「母親」が授業参観にいらしておりました。それと最近、卒業式や入学式といった「式典」で、ガムをくちゃくちゃ噛んでいる「保護者」は当たり前におり、足を組み腕組みして来賓挨拶を聞き流す「親」は普通です。底辺校だからでしょうか。 だから「自由に選べる」というのは論理のすり替えで、以前はあった「地域の目」から子ども達と、しつけのできていない親が離れることで「野放し」になっているのです。 つまり、自由に選べることにより、同じ区内の公立学校での教育格差がより顕著になったのです。 ついでに足立区内ではいくつかの「小中一貫校」という取り組みをしていますが、こちらも芳しい話しを耳にしません。小中一貫教育により、計画的にゆとりを持った教育を実現できるというお題目はどこへやら。中学校進学時に「別の公立中学校」 へ「転校」する生徒が少なくないのです。これについては取材をすすめていますので、いずれ別の機会に紹介しますが、小中一貫という「枠組み」を作っただけで、教育プログラムという「中身」をないがしろにした結果と見ています。 さて、冒頭からあげた各候補者、選挙期間中につき名前は控えておりますが、彼らに私が感じるのは「政治家になりたいだけの人」 ということ。権力は職業として・・・という輩もおりますが・・そうした「私利」ではなく「自己実現」 の手段としてです。もちろん、それはご本人の自由ですがね。 そもそも「首相でいたいだけの人」が総理大臣をやっているのですから、現代日本のトレンドなのでしょう。「政権交代したかっただけの国民」 が選んだ、「権力の玉座に座りたかった左翼活動家が支配する民主党」 ですから、致し方ありません。 神は細部に宿るといいますが、足立区にも神さまがいたようでどうか「貧乏神」でないようにと祈るだけです。 そして「浜岡原発」。国民の皆様に、と芝居がかった菅直人(節電中でなくても敬称略)が高らかに停止を要請したのも、彼の自己実現に過ぎません。首相で居続けるための。 浜岡原発の危険性について、今回は触れません。 というか、菅直人氏が、本気で「国民の安心安全」を優先に考えているのであれば、■チャレンジ25キャンペーンhttp://www.challenge25.go.jp/about/about_c25/index.html の見直しをまず宣言するべきでしょう。 2020年までに1990年比でCo2の25%削減。 発電時のCo2発生量が少ない、原発を当て込んでも実現不可能とみられていた数字です。浜岡原発を止め、全国的な電力不足に対応するためにCo2を多く発生する火力発電を稼働させ・・・ているのは、電力会社の問題で菅直人的には関係ない。だから、チャレンジ25の撤回をする必要がないという「屁理屈」でしょうか。 停止も「要請」で、法的裏付けがないと弁護士出身の枝野(節電中につき敬称略)が考えたのでしょうが、そもそも「非常事態宣言」 をだしていれば、なんでも「政治主導」でやれていたのです。 民主党の大好きな政治主導です。 ただし、宣言を出せば「結果責任」も当然追わなければならずすると「首相」どころか「与党」でもいられなくなる可能性もでてきます。 するとすべては民主党の「自己実現」のため。 まぁなんどでもしつこいぐらいに繰り返しますが、選んじゃったんですよ。彼らを。われわれ国民が。だからせめて区長と区議会議員はちゃんと選びます。
May 11, 2011
コメント(0)
ゴールデンウィークにつきお休みしようかと思ったのですが触れずにいられないネタが登場しましたので、書き下ろします。 ビンラディン・・・のほうこそ、ビッグニュースで、彼の殺害、いや惨殺を無邪気に喜ぶ米国国民の姿が世界のリアルで、もっとその悦ぶ姿こそ報じるべきで、その影に見え隠れする「情報操作」はわかりやすいのですが、何故か口をつぐみます。 記者クラブ廃止を唱える自称ジャーナリストは本件に関しては「リツイート」をするだけで、都知事選挙を広報活動に堕落させたお笑い芸人はホリエモンの逮捕に「残念」とツイートしながら、こちらはノーコメントです。 端的に述べれば著名人にとってのツイッターは「信者化」させる最適解のツールで、攻撃する外部をブロックしているので、短文ゆえの語弊も好意的に解釈され、閉じた世界の平和が守られます。 だからこそ、日頃、「天下国家」を語るなら、世界的事件に指針を示す必要があるかと思うのですが、不都合な出来事は「スルー」して、彼らの世界は今日も平和です。その平和が棄損されない程度に世界の平和を祈り、被災者への同情を語り、原発に憤ります。 もっともそれが正解なのでしょう。「レクレーション」 としては。 で、おまえは? という問いにこう答えます。「不公平な報道ばかり」 ビンラディンを擁護するのではなく、例えば一報直後、彼の遺骸はイスラム式で水葬にしたとシレっと報じられましたが、その後、イスラム式は土葬だととってつけたように記しますが、そんなことはウィキペディアをみるまでもなく当たり前のことです。ちょっと考えれば分かることです。「砂漠の民がどうやって水葬にするの?」 宗教上の理由を挙げればキリがありませんが、ちょっと首をひねれば浮かぶ疑問でしょう。 そしてコードネームは「ジェロニモ」。米国の先住民族、いわゆるネイティブアメリカン、昭和の頃は「インディアン」と呼ばれていた彼らのなかのアパッチ族の酋長の名前。 ここに「差別意識」をみるなという方が無理でしょう。単純な人種差別というよりは、「敵か味方か」の区別で、敵はイコール蛮族であり根絶やしにして良い存在という意味での「差別」があるのですがこれに触れるメディアは皆無です。 すべてをあげつらえば貴重な休日がなくなってしまうので、掘り下げませんが「情報操作」を知る、ケーススタディとして注目しています。 さて、本題は「生肉」について。 水に落ちた犬を打つ趣味はないのですが、2ちゃんねるでは「殺人ユッケ」 と称される「焼肉酒家えびす」の株式会社フーズ・フォーラス代表 勘坂康弘さんが「法律で生肉を禁止すればよい」 とほたえたことに怒り心頭に発しております。 こういうのを盗人猛々しいというのでしょう。 あのね。日本全国の焼き肉屋から居酒屋まで、ユッケ、レバ刺し牛刺しを提供しているお店は多数あり、そのなかで「殺人ユッケ」がごくまれに出ることはあっても、「名物料理」となったのは勘坂康弘さん、あなたのところだけなのですよ。「焼肉酒家えびす」はひと皿100円から提供し焼き肉界で「価格破壊」を起こしており、事件前は島田紳助氏のバラエティ番組で大絶賛され、業界紙ではゴマすり記事が量産されていました。 こちらがそうとはいいませんが、ワイドショーやバラエティで登場する「名店」って、広告代理店や業界人(コーディネーター)が絡んでいることが多く、基本的に「誉めて育てる」のです。 そこには単純な金銭だけではなく、紹介により売上が伸びれば、広告収入などの直接的なメリットに加えて「俺が育てた」 という看板と人脈ができ自分のフトコロは痛みません。 話を戻します。法律で云々という主張は「ホリエモン」と同じです。 つまり、法に触れていないからやった、その結果、人が死んだ。 しかし、法律は犯していない。 ・・・大嫌いです。食を法律で規制されてはたまりません。 価格破壊は営業戦略上の自由ですが「美食の破壊」を勘坂康弘氏が行う権利などありません。 生肉、はっきりいって旨いです。 勘坂康弘氏が主張するように、日本国内では「生肉用」と明記されて出回っている牛肉はありません。しかし、牛肉は「生」で食べても大丈夫・・・と、私は亡父から教わりました。 新鮮なものでなければお腹を壊すと添えられて。 補足しますと「生」で大丈夫という理由は「寄生虫」の有無です。 同時に新鮮なものでなければ、焼かなければ食べられないとも教えられました。表面について微量のばい菌(細菌)が繁殖してしまうからです。 ステーキの「レア」が大丈夫なのは、ばい菌が付いている表面を焼いて殺すからなのだと。 実際、私は今でも「焼き肉用」のかたまり肉を買ってきては、自分でおろして生食しています。ユッケも自作します。あるときはギフトで戴いた「すき焼き肉」も、その刺しのはいり具合に誘惑され刺身で食べたこともあります。素性の怪しい安い牛肉でも、刺身として旨そうなかたまり肉を見つけたら、表面を焼いて内部をあたためる「たたき」にして食します。我ながら美味です。 食は自己責任。 その昔、板前(というか喫茶店のオーナー)を目指し、すこしだけ修行していた人間として、店が出すから安心というのは幻想で、特にアルバイトの多い店、厨房が店内から見えない店で、なにが行われているかはわかりゃしません。 もちろん、勘坂康弘氏の行いを認めるものでも許すものでもありませんし、大人にまで被害者がでている状況から「酷すぎる」としか言いようがないのですが、妊婦が生肉を食べてはならないように、抵抗力の低い子供や老人も控えるべきでしょう。 生肉というのはリスクがあるのです。 そしてこれは「魚」も「野菜」も同じです。 雑菌が「繁殖しやすいか否か」の確率論に過ぎないのです。 子供がどうしてもとせがんだのなら、「我慢せよ」とぶっ飛ばせばよいだけのことで、人生の先輩である老人が冥土の土産とせがむなら、少量を、水分をとらないようにして食すように諭してください。 曽野綾子さんのコラムより学んだことですが、健康な人間の腸はたいがいの雑菌より強いものですが、水分を摂取して食事をすると胃酸などが薄まることで、菌を殺しきれなくなることで「あたり」やすくなるそうです。 決して私の日常である「アルコール消毒」と、ビールや強めのお酒を流し込まないように。 それではサラダも刺身も食べられない! とエキセントリックにならないでくださいね。 こう考えてください。 キャベツを洗わずに千切りにする。トマトをそのままぶつ切りにする、トイレからでてきて洗っていない手で刺身をおろす。 論外ですよね。生肉は野菜よりデリケートですが、基本的な調理技術と、調理の心得、そしてなにより「お客様を思う心」 があれば、殺人ユッケがここまで広範囲に提供されることなどあり得ない話しなのです。 例えば1店舗だけでたのなら不運と同情もします。 しかし、多店舗で起こったのであれば、仕入れ業者になすりつける責任はありません。仕入れた責任と提供した責任は、勘坂康弘氏に帰趨します。 ちなみに足立区鹿浜の行列ができる焼き肉屋「スタミナ苑」では生食用のメニューは一切ありません。もう10年近く前になりますがやはり同じような事件が社会問題となったのを受けて、すべてメニューから外したのです。 牛刺し、ユッケ、センマイ刺し、レバ刺し。幻のメニューです。 被害が出た事件で「自己責任」を論じることに違和感を覚える人もいるでしょうが、「クチにいれるもの」の最終決定権は食べる本人です。 匂い、色、ツヤ。そしてそれが分からないようになっている「生肉」は心してください。 お店が出すものだから「安心」というのは幻想です。 しかし、「安心な店」は存在します。 そして自己責任としない先にまっているのは、完全無菌パックされた「食事」 のみが流通する味はあっても味気ない世界となります。 そもそも「法律」に書いていないからやる、やった。40過ぎたおっさんがはいてよい台詞ではありません。
May 4, 2011
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1