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今回は勝手にWeb担当社Forumとコラボ原稿。 もちろんこちらは「失敗例」。 どうしてソーシャルメディアが商売に繋がらないのか。 それは利用方法が間違えているから。 公民館に集う人にレアメタルの重要性を伝えても、草野球の会合でプロスポーツのマネジメントを語っても、「へぇ」ぐらいのリアクションしか期待できないように、ソーシャルメディアという「場」への誤解があるのです。 いくらつぶやいても同じですし、なによりソーシャルメディアって・・・まぁ、インターネット業界はこの10年、たいして進歩していません。■マイコミジャーナルソーシャルメディアとインターネットの違いは「リパッケージ0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/135/index.html
Oct 28, 2011
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そしてこちらが解答例。 「ソーシャルメディア」という言葉のチョイスがまず胡散臭いというのが率直な感想。「Web2.0」が国内で定着しなかったので、対抗するために「メディア」という単語に食い付いたと私は見ています。 キャッチーさはどの分野においても大切なのです。 ただし、本稿に記したようにインターネットでの必勝法は、それがソーシャルメディアでもブログでもミクシィでも一緒。 答えは「分母」なのです。■Web担当者Forum 現場の心得 第238回ソーシャル疲れと、ソーシャルメディアが役立たずとはいえない理由http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/10/26/11411
Oct 28, 2011
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本稿執筆の理由はクライアントからの注文。「こっちも売れるようにしてよ」 ・・・わたしは魔法使いではありません。売れないモノを売ることもできますが、それは「詐欺」に限りなく近づきます。 そこでこの注文は爽やかにスルーしました。 実際のところ、ひとつでも商品が売れ出すと、ほとんど全てのお客はあれもこれもと売りたがります。気持ちは分かりますが、これは愚策です。 まず、売れる商品をもっと売れるようにすること。■通販支援ブログ 孤独な社長の裏マニュアル【第33回】売り上げを伸ばす究極の成功法則http://blog.scroll360.jp/ec/keiei/post-599.html
Oct 28, 2011
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自転車のマナーが社会問題化しつつあります。 根底には日教組教育の果実である「権利主義」です。 俺様が走る。です。 かつてのウォークマン、いまならiPodで音楽を大音量で聞きながら自転車で走行する危険性は四半世紀前からいわれており、自転車通学をしていた知人は、通過する歩行者にまで聞こえるほどの大音量で聞き難聴気味になっていたのは25年前からのことです。 ただし当時は少数派。それが危険であることは、同級生でさえ指摘し、注意したものです。しかし、いま、「俺様」がすべてに優越すると国民が錯覚しています。 先日、愛犬「さくら(1才と1日)」と散歩中、信号のある丁字路で信号が変わったので丁の時の横棒から縦棒の横断歩道を渡ろうとすると「びゅん」と目の前を影が横切ります。 赤信号の横棒をおおよそ時速30キロで通過したのは自転車です。 一拍ずれていれば大惨事。信号無視と安全運転義務違反といったところでしょうか。心情としては「傷害未遂」をつけたいところです。 すれちがいざま見た自転車の付属品の耳にはイヤホンが添付されていたことを添えておきます。 また自転車に乗りながらのメール、携帯操作も日常です。これがスマホになって悪化しています。屋外でのタッチパネルは反応が一定ではなく、操作に集中してしまうからで、これについては来週にでもネタにする予定ですが、これも俺様。いま、メールしたいし。 歩道をチリンチリンと鳴らして猛スピードで駆け抜けるのも俺様。 ならば車道を走ればいいといえば、車道には路駐しているクルマがあり、大型車も走るので危ないなどとほざく俺様もいますが、それを換言すれば「自動車は危ないが歩行者なら安全」 と明らかに人命軽視した俺様です。 そして見かねた警察が取り締まりを強化すると報じられました。 そこで言いたいこと。「違反者は反則金プラス、ボランティア活動」 俺様は金で済むことはすぐに忘れます。例えば自転車の片手運転で罰金100万円でもとれば話は違ってきますが、そこまで厳罰は世論の反発を招くことでしょう。 だからボランティアです。「わたしは交通違反を犯しました。 あなたは私のように罪を犯さないでください」 と前後に書かれたビブスを着用させ、歩道を走る自転車やメールを操作する自転車、イヤホンをしている自転車などに「それをやめてください」 と話しかけるボランティアに従事させるのです。 立場が変われば見方が変わります。警察側の視点で、違法自転車をみれば、次第に怒りが湧いてくるものです。その心が再犯防止につながります。 また、注意される側も「公権力」である警察には一定の反発を覚えるかも知れませんが、同じ側の民間人の問いかけは無碍にはできません。 もちろん、ボランティア活動の後ろには警察官が銃を構えて見守り、ボランティアに歯向かう犯罪者を威嚇することも大切で文字通りの「援護射撃」。 ・・・最後は現実的ではないかも知れませんが、軽微な犯罪は取り締まるだけではイタチごっこ。それより意識改革と再犯防止に力点をおくべきなのです。
Oct 19, 2011
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痛すぎます。この原稿は超赤字です。 それでなくてもWeb系の原稿は単価が安く「セブンイレブンの闇」の著者 渡辺仁先生に正直に単価を語り絶句されたほどです。 だから取り戻す・・・ことなどできませんが、体験的に提起しなければとまとめました。 そして本稿のこぼれ話を少々。 Googleに問い合わせるとこちらの操作だと一点張り。まぁこれは仕方がないとして、代換え策や本稿に記した通り、引き落としの通知やさらには「前払い金の減額」を要求してもこの一点張り。「仕様ですから」 ・・・Googleがヒューマンライクでないことは知っていたので、「やっぱり」という感想ですが、日本でいまひとつブレイクしない理由はGoogleそのものにあります。 さらにおまけ、Googleからのカードの引き落とし名義は8月まではGoogleダブリンだったものが、特段の通知もなくGoogleシンガポールになっていました。さすがグローバル企業と褒めそやすべきでしょうか、顧客軽視とみるべきでしょうか。■Web担当者Forum 現場の心得 第237回広告でも大切なお金の話。リスティング広告の管理ミスに学ぶキャッシュフローの選択http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/10/19/11348
Oct 19, 2011
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とある上場企業の話ですが、中小企業でもよく耳にする話しです。 特にオーナー企業の場合、目的と手段をはき違えることはままあり、それに振り回される社員も不幸ですが、この状態に陥ると手段が目的化して破綻するまで、行いが正しいと信じて疑いもしません。 いまの復興増税議論も同じでです。 タイトルに含めた「止血をせずに輸血をするな」は上品な例えですが、いまの野田内閣の復興増税は、復興費用調達の手段に過ぎない増税が目的しているように見えてならず、それは本稿の最後にしるした「●●で金を借りておきながら、●●金には手を出すな」 と同じです。■マイコミジャーナル「復興増税の影に組織防衛0.2」- 止血をせずに輸血をするなhttp://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/134/index.html
Oct 19, 2011
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逃げなかった友達を馬鹿として、涙のひとつ、せめて声を詰まらせるぐらいの芸当を見せれば、逆説的友情の証明と共感する声が大きくなるのでしょうが、人間的な薄さが際立つ民主党にそれを望むのは欲張りというものでしょう。 そしてこれは自民党が噛みつく話しではありません。自嘲をコホン、自重を促したいところです。 それ以前のことで、自浄作用のない民主党は放置しておけば、必ず腐り、人も住めない「死の町」となるのは自明で、そこに噛みつけばポンポンを壊すので、ポンポンの痛みの恐怖は安倍晋三元首相に尋ねれば良いでしょう。 いま、もっとも「除洗」が必要なのは民主党そのものです。 それはさておき、そんな民主党だからできることがあるというのが今回のテーマ。いまだ与党気分の抜けない自民党にはできないことで、同時に、いますぐ取り組むべきコトがやはり「除洗」です。 自らではなく、もちろん放射能です。 我が町、足立区の学校でもちょっと強い放射能が見つかりまたもマイナスな知名度が上がったのですが、我が町足立区では一定の制限はありますが公立の小中学校を各家庭で選択できます。そこで来年度以降、この学校の希望者がいなくなり、これも風評被害と東電に請求したらどうなるでしょうかとは余談。話を戻します。 年内に冷温停止が見えてきたと報じられる原発&放射能。 そして「死の町」と呼ばれたあたりの住民は「移住」のレベルということは残念ながら確定的でしょう。 ここでいま行わなければならないことは「社会実験」です。 被災者、避難を強いられている方には辛い現実ですが、悲しむだけでは未来の扉は開かれません。その扉を開くことに痛みが伴ってもこじ開けるのが政府の仕事です。 東電が・・・と、民主党の連中(おっと本音が)はいいますが原発が国策事業であり、事故前はその依存度を高めようとしていた民主党がいまなすべきことは東電に責任をなすりつけるのではなく「社会実験」です。 それはなにか。「放射能被害を克服する社会実験」 です。 まさしく「言えないこと」で語弊を多分に含んでおります。 と、以下を書くのに5分の逡巡、そしてこのネタは4週間先おくったことを告白しますが、放射能の被害を被っている地域とは「広範囲な放射能被害という実験場がある」 ともいえます。マッドサイエンティスト的な視点で、お叱りも覚悟しておりますが、あたりまえの日常では当然、厳重に管理されている放射能がばらまかれました。 これを除去、除洗するノウハウを蓄積するチャンスと発想を切り替えることこそ、いま、政府がなすべきことなのです。 具体的にはこう。 放射能の汚染レベルをABCの三段階に分け、それぞれに除去除洗作業に従事する業者を公募します。三段階は便宜上で、5段階でも松竹梅でも結構。区分するのは、高レベルの汚染除去と低レベルでは必要なノウハウや機材、事業規模が異なることを想定して、高レベルに対応できる大企業や研究機関と、町の工務店や清掃業者でも対応できそうな低レベルとで住み分けをさせることで、地域振興と景気刺激策につなげる狙いがあります。 次に要件を満たした業者で競争させます。 可能であれば隣接エリアを与え、1週間単位での進捗状況をすべて一般公開して、より早く、より清潔に、より安く行う業者にインセンティブとして、より広範囲な作業エリアを与えます。 そしてすべてのノウハウは国が指定した第三者機関で一元管理します。 外国に門戸を開くのも良いでしょう。事故直後話題となったフランス・アレバ社の機械は、故障続きで稼働率の低さに、いまは停止しています。直後の緊急時はともかく、長期戦に移ったいまは過去の検証と同時に、未来にかかる費用を適切にしなければなりません。結果的に外資がはいったとしても、参入条件にノウハウの公開を掲げれば、問題はありません。 また、一部の報道では放射能を無害化する理論が国内の大学で発表されました(メモを取り忘れて、出自を失念)。こうした研究、そしてフィールドワークを「贔屓」するのも政府にできる重要な仕事のひとつです。 低レベルの除洗に関しては、政府の無策で野放しになった結果、「100万円の除洗費用を請求された」 という声が上がってきており、それでも除洗をしていれば救われますが、これから社会問題となるのは「除洗詐欺」でしょう。 方法は簡単。ラジオ周波数を検知しデジタル表示させる機械に「放射線測定器」 とラベルを貼り、住民を脅しておいて、適当な清掃をしたあと「故障した測定器」 で調べれば詐欺の完成です。ただし、この詐欺は立件が難しく早めに手を打たなければなりません。詐欺は被害者からの金品の搾取が要件となりますが、適当でも清掃をしていた場合、対価を受けとっています。放射線測定器に関しては「誤作動」を主張すれば犯罪と追究するのは難しくなります。仮に起訴された暁にはこう主張します。「国策操作だ。放射能の実態を知られたくない政府と検察の暴走」 と、小沢一派にアンチ原発教の主張を絡めれば、一定の支持者は集まることでしょう。 放射能に加えて詐欺・・・と、野放図にすれば被害が拡大することは自明で、それを防ぐという狙いも込めての「社会実験」をいまこそ行うべきなのです。 ましてこれから東北には雪が降り、春になれば雪が解けます。 積雪時の放射能、雪解け時の放射能。この除洗の実証実験ができるのは今しかありません。 実験などとなにを無責任なと思うでしょうか。 しかし、わたしが汚染地域で農業や牧畜を営んでいたとしたらこう考えます。「なんでも良いから早くやってくれ」 ABCと区分するのもそれぞれを競わせる狙いがあります。 と、いうのも研究機関や大企業は確実性を求める体質があり動きが鈍重・・慎重となりますが、町の工務店などはちんたら仕事をするのを嫌い、次々と現場を終わらせていくのは身についた習性で、汚染度の違いはあっても刺激となるからです。進捗状況を一般公開する狙いもこれです。 あるいは重大な汚染地域は除洗が進まなかったとしても、軽度な地域は一早く復興に注力できます。 想定外の重大なトラブルが起きた時は、まず目の前のことを片付けるのが鉄則です。「優先順位」とは机上の空論です。なぜなら、優先順位とは自体の軽重がみえて初めて分かるもので、これは時々刻々と変化していきます。 いまは除洗です。広範囲の除洗は不可能という意見もあります。 だから「社会実験」なのです。「無理」 という結論も実験により証明されるということです。 そして、この社会実験の「結論」も重要です。なぜなら、民主党政府はいまだ「原発輸出」をあきらめていないからです。 ならば、「事故後」もパッケージとして保障するのが責任ある人間の行動ではないでしょうか。売りました、あとは知らん。いまのままでこう言っているのと同じです。 また、日本全国にある原発に「もしも」が起きた時の対応策もできます。 これができるのは社会実験が大好きな民主党政権だけです。 仮に自民党政権で「社会実験」などと命名しようものなら、「国民の生活で実験とはなにごとか」 と野党の民主党に国会審議を止められたことでしょうから。 放射能被害にあわれている地域の住民、関係者には不愉快に思われる表現が多々あったことと思います。それでも最後までお読みいただいたことに感謝します。
Oct 19, 2011
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映画評論家の本ではありません。コホン。「障碍者」の著者が映画出演をきっかけに変わっていく人生を綴った実話です。 だからといってお涙頂戴の善人話ではありません。 ひたむきに生きたから神様が祝福してくれた・・・というものでもありません。 なぜなら、「普通の女の子のものがたり」だからです。 作中で30才を迎える女性を「女の子」と表現することへの違和感は脇に置いて、「短肢症」と病名をつけられた女性の苦悩と葛藤が綴られており、親や兄姉への恨みを隠そうともしないひとりの人間がそこにいます。 是非、手にとって欲しい一冊なので、さわりにとどめますが、手足が人より短く、背も低いという特徴を持った女の子は短肢症とされ、親族より冷遇されます。本書にある通りに記載しますが「片端(かたわ)」は一族の恥という親族・・・あるいは時代だったのかも知れません。しかし、私は本質において、いまもそれほど変わっていない気がしますが。 その女の子はひとりで生きていくことが困難でした。身体的の不利だけではなく、社会が受け入れてくれるということの第一は収入を確保することで、見た目によるのか、能力か、あるいは本人の性格かはわかりませんが、平たく言えば定職にありつけずにいました。 ある日、映画出演のオファーが舞い込みます。後に80年代伝説のカルト映画と呼ばれる「追悼のざわめき」で、レ●プ、ヌード、殺人、近●相姦にあからさまな差別と、21世紀なら制作する困難で、寺山修司が「映画になったら事件だ」と評した映画です。※●は楽天日記における規制で表現の自由が守れた表現をご希望の方は弊社サイトに掲載したブログをご覧ください。ま、想像通りの言葉ですが 女の子「まみこ」は映画出演を決意します。重大なる決意というよりは「なんとなく」。 ここまで読んで、一旦休み、止めたページを再開するに表紙を見て、「映画が私を変えた・・・ってもっと刺激的なタイトルでも」 とつぶやいてはたと気がつきます。「まみこ」を特別としてみることで、刺激的という視点が生まれていることに。 身体的特徴をエキセントリックに取り上げたがるのは、私の物書きとしての本能か、広告屋として身についた技術なのか、それとも無意識にある差別意識か。 本書には「障碍者」と呼ばれるだけの普通の女の子がいます。 可愛く、ずるく、打算的で、それは普通のことに過ぎません。 そして読了して一日が経ち、偏見を持っていることを自覚した上で嬉しくなりました。 可哀想な人ではなかったことに。 不自由ではあるが不幸ではない。「障碍者(というレッテルが貼られている人)=不幸」 というのは浅薄な人間の傲慢に過ぎず、そこには同じく自分の人生という映画の主役を生きる人々がいることを知り、読後じわじわと込み上げる「爽快感」に浸れる一冊です。■映画が私を変えた 『追悼のざわめき』&小人症の妹http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4901964216
Oct 12, 2011
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無料・・・魅惑的なこの言葉。 しかし、マーケティングの世界では無料はあまり費用対効果が高くないというのが定説です。 無料は有象無象の絶対に客にならない層まで引きこみ、結論からいえば「ノイズ(商売に邪魔な存在)」が増大し、経営を悪化させるからです。 ちなみに試食品や試供品は事実上は無料ですが、お試しであり、テストであり0円ではありません。 ところが「ネット」になると、ノイズの排除コストも限りなく0円に近づくため「無料」が喧伝されるのですが、無料サービスは死屍累々で、成功例のほうが少ないことはあまり知られていません。■Web担当者Forum 現場の心得 第236回あのアクセス解析が終了。無料について考えるhttp://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/10/12/11314
Oct 12, 2011
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本当にWeb業界の著名人にはマーケティングのまえに統計学から学んで欲しいと切に願います。 典型的なデータ詐欺です。Facebook煽りです。 これはTwitterにおける「豚組 しゃぶ庵」の成功事例のようにターゲットを絞り込んだマーケティングにおいては成功する可能性があることを示唆しますが、一般社会において通じる手法ではありません。 ちなみに「豚組 しゃぶ庵」とは「しゃぶしゃぶ屋」で、Twitter初期に「Web業界の著名人」に絡んだことで、ネットの住民を中心に有名となり、Twitterの成功事例を探していた著名人が積極的に成功事例として喧伝し、メディアがあとノリしたというものです。 しかし、これにはIT企業及び、そこに勤めるネットの住民という票田がそばにある都心の店舗という成功要因もあり、Twitterだけの勝利ではないのですが、当時の「しゃぶ庵」でアンケートを採れば、間違いなくTwitterを成功理由としてあげることでしょう。 いま、それと同じ構図がFacebookで起こっています。 だからFacebookというネットサービスの特性にあった客層を相手の商売なら役立ちますし、社会の大半を占める特性に馴染まない企業にとっては役立ちません。■マイコミジャーナル「Facebook利用企業は84%」を盲信する「ネットの住民0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/133/index.html
Oct 12, 2011
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成長戦略もないままの増税に嫌気がさします。 また、復興増税ならやむなしといっている庶民が、いざ増税が決まると不満を口にする姿が目に浮かぶことと重なります。 いやならイヤというべきです。ところが体面を気取りお為ごかし、決定してから本当は反対だったとは、それはつまり無責任な告白です。反対したところで覆らないであろうし、それは対案をだす責任もない楽な立場への逃避です。 わたしは増税はイヤです。冒頭に述べた通り「成長戦略」のない増税は希望のないダイエット、あるいは食糧の欠乏による自然減で貧困や飢餓と呼ばれるものに似ているからです。 先週述べたように少し痩せました。もうすでにリバウンドの影が忍び寄るとはいえ、運動により消費カロリーを増やす方法で少しだけ絞ることができました。 もうこの10年以上、食事制限によるダイエットはしていませんが、かつて「もてたい」と刹那に願った10代から20代前半は摂取カロリーを抑えたものです。社会人となりひとり暮らしを始めてからは1日1食など当たり前。ワカメだけを夕食にしたことも多く、甘味をほとんど食べなくなったのもこの頃です。 最初に勤めた会社を辞めて1年後。貧困がやってきました。 それまでも楽な暮らしではありませんでしたが、定期収入と年2回の賞与に加え、僅かばかりでしたが亡父の死亡保険金を切り崩しての生活が、無職になって1年で破綻したのです。 フリーターなどと気取って見せても、蓄えはなく、次の仕事の目処も立てずに止めてしまえば、自転車は倒れます。 自然とダイエットができます。みじめです。 食べたいものが食べられない。それも天丼の上と並で悩むレベルではなく、昼食を食べるか否かの決断です。それまでのダイエットは「食べるお金はあるけど我慢」 でした。ところが、お金がなくなると、そもそも買うという選択肢がありません。なまじ、食べられる時代・・・というかバブル経済を知っているだけにこれは「惨め」でした。 成長戦略なき増税はこうした惨めさを招きます。詳しくは後に述べるとして、増税により可処分所得だけが減るということは、使えるお金が減ることであり、食べたくても金がないという自体となり、ダイエットには良くても心がすさむことでしょう。 この当時、高校以来の「親友」にスーパーの食品売り場で偶然再会し、わたしは逃げました。カゴには「半額シール」が貼られた食料品。普通の時なら気にもしないでしょう。逆にそのお得さに我が目利きを誇ったかもしれません。しかし、心を支配していた惨めさが、そんなものしか買えないと自分を卑下し逃げたのです。すぐに追いかけられ捕まり、軽い挨拶でお茶を濁しましたが、この親友は15年以上たった今でも言います。「あんな(情けない)ミヤワキはもう見たくない」 ・・・追いかけたのはおまえだろう・・・とはいいますまい。 紆余曲折を経て、独立し、事業が順調に伸び、ときに停滞し月収が3万円しかないこともありましたが、「食べる」ことは止めなかったのは心の貧乏にだけは戻りたくなかったからです。 金がないのに美食をしたのではありません。順調な時に多少の蓄えを残し、月収3万円でも1年間は遊んで暮らせる資金を貯めていたからです。そして価格は安くても美味しいものを食べる工夫、楽しい時間を持つ努力は惜しまないようにしたのです。 優雅でも堅実でもなく、私を動かすのは「貧困への恐怖」です。 話を戻します。「増税」を受け入れる論調があります。 新聞各紙は社会保障にからめて「消費税」まで議論をすすめています。 このままいくと増税することでしょう。野党、自民党はもとから増税路線。運良く参院選で菅直人がパクってくれたので、増税カラーが薄まってくれたところに、民主党政権が旗を振り増税しようとするのですから願ったり叶ったり。 自民党にとって消費税は鬼門中の鬼門で、平成元年の消費税導入が日本新党ブーム、そして非自民政権のきっかけをつくり税率アップが自民党の瓦解の始まりでした。それを民主党がやってくれるのですから笑いが止まりません。「こういうご時世だから国民も理解してくれる」 とは夢想です。いや、妄想です。この国のすべての民は見たい未来しかみないのです。すべての民には政治屋も含まれます。 これは古代ローマ帝国の中興の祖にして塩野七生さんが愛してやまない「ユリウス・カエサル(英名 ジュリアス・シーザー)」の台詞を引用しました。 指導者たるものは「見たくない未来」も同時に見なければならないとセットになった言葉で、もともと現実を直視する能力に欠けた民主党からすれば、妄想に基づいた政策など朝飯前です。 実際に増税を決定すれば、再度の政権交代もおこるでしょうが自民党が政権を引き継いだとて増税を止めることはありません。もともと増税したかったのですから。 冒頭に述べた通り、わたしが増税に反対するのは成長戦略の欠乏です。言うなれば目的のないダイエットであり、増税により経済が今以上に悪化すれば、国民みんなでカロリー不足によるナチュラルダイエットに突入して、生活習慣病が減ることで圧縮される医療費と、栄養不足の治療のための医療費のどちらが国庫を圧迫するか見てみたいものです。 増税と成長戦略はクルマの両輪で、増税だけでは「夢」がありません。 独立後、月収3万円でも「惨め」にならずにすんだのは夢があったからです。絶対に成功するぞという妄想ではありません。営業戦略をからめたホームページ作り、そこから派生する戦略提起、さらには地元 足立区に特化することによる地域優位性の得てしまえば、優位な競争を展開できるという成長戦略です。 仕事がなくて暇な時はありません。成長戦略を実現するためにあがきもがき、動き続けました。気がつけば、それなりに食べていけるぐらいは稼げるようになりました。しかし、夢がなければ、生活に押しつぶされ挫折していたかも知れません。 復興のため・・・という増税は詭弁です。一時的な支出の復興費用は、一時的な借金(のはずですが)である国債にして返済期間を長くとる方法(建設国債など)もありますし、各種特会が積み立てている準備金を一部取り崩す方法だってあります。 想像してみてください。台風で屋根が飛んだ時、蓄えがあれば蓄えの中から修繕費を支払うようなもので、あるいはその時リストラにあって収入が大幅に減っているので、いざというときに供えた蓄えを残したいのであれば、借り入れた金の返済は長期間に分割して、毎月の支出を抑えるものではないでしょうか。 またちっぽけな零細企業のはなしで恐縮ですが、さきほど述べたように月収3万円のころ、幾ばくかの貯蓄はありましたが、実際に取り組んでみると、成長軌道に乗るのに1~2年と見ていましたが、なにかの不具合で3年目にはいれば資金がショートする可能性があったので金融機関からお金を借りました。 足立区が事業家を支援する制度を利用したのですが、この時の借入金は制度が許す最長の返済期間にしたのは、「いま」をしのぐためです。軌道に乗ったあとも追加融資を受けたのですが、それは金利がバカみたいに安かったからで、当初分も含めて1000万円の借り入れは先月全額返済が完了しました。ちっぽけすぎてすいません。 野田首相が「未来にツケを回さない」という主張も詭弁に過ぎないと言うことです。未来は現在から連続した先にあり現在がこけては未来にたどり着けず、月収3万円当時に金がないからと事業転換を止めていれば、今の私はいません。 ブラックキューピー孫正義さんを例に挙げるまでもなく、経営において、借金も実力のうちです。国家が借金漬けになっても借金できる信用があるという証明です。 ただし、成長戦略がなければ金は借りられません。 私は夢をまとめた「事業計画書」をなんども出しました。 そこが「両輪」なのです。 方法論からいえば「増税」と「借金」は別のものです。 税金は企業活動における売上のようなもので、商品の対価として受けとるのが売上で、国民生活のサービス対価として受けとるのが税金です。 一方、借金は売上とは入口は別のものですが、毎日、毎月の売上から貸し手に返すもので、金融機関からの借り入れなら金融機関に、国債なら国民へと渡ります。 つまり、どちらにとっても「売上」は重要となり、それを叩き出すための「成長戦略」が不可欠ということです。 「増税」とはいわば売価の値上げです。 さて、なにも変わらぬ商品が理由もなく、値上げして客は文句をいわずに買い続けるでしょうか。 復興のためだから・・・で、復興している最中も日本経済は歴史的円高に喘いでいます。復興がなされるまで放置しろというのでしょうか。また、復興とは復旧からより踏み出した状態で被災地の経済をどう成長へとつなげることも「復興」に欠かせないことですが、その「成長戦略」がないまま「増税」 だけが独り歩きしているのです。 だからわたしは反対します。ましてや国会も霞ヶ関も役人も我が身を切らない増税なんて。 そこから「社会保障費用のための消費税率アップ」も反対です。 今朝の新聞を賑わせた「年金支給開始年齢引き上げ」というののは1000000%「ネタふり」です。しかも最悪の。いやなら消費税を上げさせろと言うね。 最悪である理由はこれにより「年金不信」がさらに深まるから。 それは私が子供頃に経験したこと。「あんたたちが受けとる頃には80才にならないと年金は貰えないよ」 と、支給年齢引き上げの議論が活発になった昭和、大人達から刷り込まれた経験は、われわれの世代の共通体験で、年金不信の原体験です。 ゴールが見えたら、ゴールが先に逃げる・・・なら、最初からレースに参加しない方がよい。とね。
Oct 12, 2011
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大人気だったブラック・テキスト芸の第2弾。 これは自己啓発系ビジネス書で多用されており、私が神田昌典氏やその亜流に洗脳されなかった最大の理由です。 限りなく詐欺師の手法に近いのです。それを薄めると広告屋の作文。 また洗脳商法はこれをさらに強化し、手段心理などを複合的に悪用します。 ・・・ただし、効果的があります。ご使用の際はご注意ください。■Web担当者Forum 現場の心得第235回読者に“気づき”を与えるブラック・テキスト芸http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/10/05/11238
Oct 5, 2011
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これがソーシャルの実態です。 文明論といえば大袈裟ですが、Web関係者が絶対に触れない真実がココにあります。 ソーシャルで販促。一種の幻想です。 特に日本人には不向きなのです。■マイコミジャーナルソーシャル疲れは日本人特有。SNSが「そもそも0.2」http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/132/index.html
Oct 5, 2011
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すこし、痩せました。たぶん、病気じゃないと思いたいところ。 これは心の病気。と、いうかトラウマに近いのでしょう、父親をガンで亡くし、その後、各種雑学を身につけるなか、痩せる=ガンというステレオタイプの妄想に近い恐怖心です。 もしかしたらそうかもしれませんが、しかし、身につけた雑学が囁きます。人間の身体は毎日、がん細胞が生まれ、大半がNK細胞により駆逐されており、需要と供給というと語弊がありますが、NK細胞が生まれるがん細胞に勝っているあいだは大丈夫だと。 と、病気への妄想を抱えているのですが、いま少し痩せているのは「運動」によるものでしょう。この3ヶ月ほど、時間の許す限り1時間弱の散歩と、40分ほどの自転車(エアロバイク)、それにこの1ヶ月ほどは腕立て伏せとストレッチを加えて、長い時は毎朝3時間弱トレーニング(無論、やらんときは1秒もやってません)をしていたからです。 もとが「小デブ」だったので、スリムになったわけではありませんが、久しぶりの痩せた実感はなんだか新鮮です。ちなみに各所で公開している写真は、痩せる以前ものですが、それほど小デブに見えないとしたら、広告代理店上がりの写真の加工技術によります。 ことのきっかけは、高校受験のために預かっていた甥が、わが家を去り、気がつくと、それまではいていた細身のジーパン(デニムとい書くとバベル二世のロデムを思い出して脱線するので)がきつくなったことにショックを受けてのこと。 昨年の10月から今年の4月までの半年間、生活のすべてを甥の受験のために注力するあまり、それまで適当ながらも続けていた運動の多くを減らしてしまったことにより、各所が膨脹していたのです。 そして逆説的に運動が痩せる(肥りにくくなる)ことを再発見したいうことです。人は当たり前のことを、ついつい忘れてしまう生き物です。それでまぁ、しばらく続けてみようかと。 なお、散歩は愛犬と、自転車は新聞を読みながら(テレビも)なので、時間的追加費用はほとんど発生しておりません。 このダイエット・・・いや、シェイプアップは全てに通じる真理を教えてくれます。 それはエネルギー保存の法則。そのままの意味でとらえると語弊があるので翻案するとこういうこと。「出入りは拮抗する」 難しいですか? ダイエットでいえば、摂取したカロリーと用いた運動エネルギー+基礎代謝で体重の増減は決まるということ。 つまり、食べれば太り、動けばやせるという至極当たり前。 そしてこれは「真理」です。 国の借金がまもなく1000兆円になろうとしています。 どうして借金が増えるのか、簡単な話です。使うからです。 あえていいます。「世界一豊かで責任を負わない生活を享受している日本人」 だからです。指標には様々あり、異論もあるでしょうが、格差と貧困にあえぐのは「グローバルスタンダード」で、世界進出と日本の芸能界侵略(ま、日本の芸能関係者が招き入れいており、これには別の背景があるのですが割愛します。そして侵略とするのは歴史文脈と重ねてのブラックジョーク)を着々とすすめる韓国では国策としてのウォン安による物価上昇に国内消費者は困窮しています。 だから「韓国を見習え」という経済界の論にはあきれてしまうのですが、米国でも各地でデモが起きている根本は貧困や就職難などで、イギリスでもおきましたよね。中国はいわずもがな。 さらに北欧の一部の国の豊かさを喧伝する声もありますが、それらの国の国民は高い税負担を甘受しているだけではなく、思想として「国はわれわれが背負うもの」という自負と責任が国民にあるのです。 それではと問うまでもないでしょう。国民だけを責めているのではありませんが、低負担で高福祉や、生活インフラの整備を享受しつづけて積み上げられた借金が1000兆円に達するということです。 借金をメタボとするなら、美食の限りを尽くすだけなら肥るのは自明だということです。「そんな良いものを食べていない」 と短絡な反論にはこう答えましょう。「スーパーに行って食材がある。これだけでも豊かなのだ」 山に分けは入り、罠を仕掛けて猪を捕らずとも、切り分けられた豚肉を金さえ出せば買える豊かさを、道路や橋といった「公共工事」が支えています。 そして数年前には800兆円だった借金が1000兆円となるのもダイエット&メタボと同じ。ある一定以上のデブになるには食欲が欠かせません。飽食に胃袋の許容量は大きくなり、空腹を満たすための食事から満腹感を得るちゃんこへと変化し、さらなる満足得るために餌の量が増大します。国の借金も同じです。より良い生活、さらなる福祉、この福祉には公園を作れ、学校にクーラーをつけろといった要求も含まれ、隣町で行ったことは、我が町でもと欲望は連鎖し、歯止めがかからなくなります。 さらに、肥満により重くなったからだでは、運動全般がイヤになるのは行政組織の肥大化や、すでに得ているメリットを役人だけではなく国民も受け入れなくなることと同じです。 見た目が気になるのも似ています。デブになると、よりデブを探し「アレよりはマシ」 と勝手に下位ランキングを作り始め、我が身を可愛がります。または体重が同じでも、ダンスが踊れるとか、筋肉質だからなどと、珍妙な言い訳をするのは、日本には外貨準備があり、国民のタンス預金があるからなどという説明と重なります。そして100g単位の増減など気にしなくなるのは、いまさら100億や1000億ははした金に思えてくる錯覚に似すぎて怖い。 この状況で「増税」へと野田内閣は舵を切りました。 月並みで申し訳ありませんが、財政再建や社会保障財源の確保のための増税には基本的に賛成の立場に立ちますが、復興財源としての増税の議論しかないところに反対します。 被災地にお金が必要なのはわかりますが、建設国債や民間資金の活用などの議論もなく、とにかく「増税」という姿勢に納得などできません。 なにより、復興対策と1000兆円の借金をどうするかは別の議論です。 仮に復興に100兆円がかかったとしても、被災地が復興した暁には、それ以上、かからない、つまり追加負担のないお金で、さらにいえば「税収増」まで期待できます。一方で、1000兆円の借金はいまのままではその後も増え続けていくのです。 また、桁が上がると借金は坂道を転がる雪だるまになります。 800兆円の1%は8兆円で、1000兆円の1%は10兆円です。サラ金も国の借金も理屈は同じで、いちど加速した金利地獄は抜け出すことが困難であることは実体験を元に知っています。私が小学生の頃、実母がサラ金の借金を重ねて苦い思いをしたものです。 仮に「復興増税」を認めたとしても、同時に「財政再建」に着手しなければならないのです。 埼玉県朝霞の公務員宿舎の建設凍結から解凍、そして再凍結というバカ騒ぎからも解るように、民主党内閣、民主党に財政再建をしなければという意思は感じられません。 それは全議員も同じ。震災以降、議員歳費から半年間3割カット(50万円)していたものを、この10月から「満額」に戻しました。「国費」で賄われるものには、かならず国の借金が含まれています。「これは○○財源だから」というのは詭弁です。 ただこれは指摘しておかなければならないことですが、アンチ自民党芸人達が口を揃えた「野党も協力して国会運営」がどれだけ詭弁だったかは公務員宿舎の問題から明らかです。与党をチェックするために野党があり、復興優先という美名で、野党を、自民党の手足を縛ることを許してはなりません。もちろん、共産党やみんなの党、立ち上がれおいらなどもそうで、手足を縛っても良いのは社民党ぐらいでしょう。 話を戻します。 まずは隗より始めよ。「国会議員の総予算の削減」 から始めるのです。同じく公務員も。国会運営費も歳費も、公務員では各種庁舎の管理費から人件費。国会議員ひとりを1年間養うには1億1千万円ほどで、衆参あわせて722人の議員。それに国会運営費やら、議員宿舎の管理費に大臣専用車など諸々あわせてかかる経費を総額から一律20%削減するのです。30%でもOK。最悪妥協しても10%は削らなければ国民は納得しません。 議員定数は国会議員が決めます。総予算を20%削っても、議員定数を半分にすれば一人当たりの手取りは増えますし、逆に人手が足りないなら、一人当たりの手取りを半分にして、その分スタッフを集めれば良く、「実需」にあわせた運営ができるようにすればよいのです。公務員も同じ。 というより、もうお気づきですよね。民間企業がどこでもやっていることです。 会社には予算があります。それは予想売上から原価を引いて、残る粗利から算出されます。経営方針で使途は異なるにしても、粗利を越える費用が発生した状態が赤字です。長く続けては倒産します。そこで不急不要なものから削っていき、必要な予算を手当します。 するとこう反論することでしょう。「行政サービスに支障をきたす」 これも詭弁。極論をすれば、すべての建築物の建設を中止し、破損した箇所の修繕だけに予算を割り当てれば、短期的には大幅な予算を削減できます。特に道路工事など、雨水浸透型の道路改良工事が全国で行われており、これは大変便利ですが、震災復興したのちでも充分間に合うものです。 逆に従来の行政の予算が、経費や費用のひとつひとつを積み上げていく方式だったことが間違いであることは、東京電力が教えてくれました。 それが「総括原価方式」 です。各種経費、人件費、そして「利益」までをあらかじめ計上してから電気料金を設定していたので、絶対に損をしない仕組みになっており、このことが電力料金を高止まりにさせ、損をしない体質が、自助努力、自浄作用という機能を喪失させたのです。 このやり方は役人も国会議員も同じです。そして1000兆円の借金が生まれました。また、いまの野田内閣の増税案にしても、「これだけの費用がかかるだろうから、金をよこせ」 総括原価方式と何が違うのでしょうか。 民間企業ならこうします。「血の滲む企業努力をしたが、足りない分を値上げさせてくれ」 そしてこれはダイエットと同じです。 運動をせずに痩せようとしているのです。 仮に震災復興を短期間のガテン系アルバイトとします。ガテン系は体力を使うので、昼食にはカツ丼とラーメン、ついでにカレーも必要だといいます。気持ちは分かります。しかし、ダイエットを目指すなら朝と夜ご飯は控えなければなりません。 朝と夜をそのままに、ガテン系だからとカツ丼とラーメンにカレーを食べ続けて痩せることなどないようにです。 フラフラとなるまでカロリーを削り、運動ができなくなるからと栄養補給をするのではありません。いまの「増税」は、ご飯がないならお菓子をもってこいというアントワネット。 だいいち「増税議論」で、国会が紛糾するリスクを考えれば短期的には国債でお茶を濁すのが、本当の被災者対策です。お金に色は付いていませんし、だれも突っ込まないのでつっこみますが、どぜう野田さんは、「未来にツケは廻さない(意訳)」 ということを言っていますが、そもそもこの内閣、「迅速な復興対策」 を掲げて、ギリギリ、民主党による政権のたらい回しを見逃して貰ったんでしょ。なら、未来云々ではなく、今日の、今月の、年内にひつような費用を捻出するのが仕事なんですよ。 アンチ自民党芸人はすっかり忘れたようですがね。
Oct 5, 2011
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