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最近の世界の痛切な問題を一つ取り上げてみましょう。 今、一番衝撃を与えておりますのはECですね。 そのECの委員長でありますマンスホルトが副委員長の時に――と言うても今年の春のことですが――委員長に書簡でヨーロッパ共同体の明日に関して真剣な警告と提案を行い、それがECの諮問機関である政治経済評議会に発表されて、ヨーロッパを始め、アメリカの識者に大きな衝撃を与えております。 これは今までのような経済政策、つまり科学技術工業の発展と、それに伴ういろいろの事業の推進によって、単にGNPの増加を図る、というようなことをやっておったのではヨーロッパは亡びる。 今後はGNPではなくてGNH(グロス・ナショナル・ハッピネス)、国民総幸福でやってゆかねばならぬ、ということを強調しておるわけであります。 先づ問題は人口の増加である。 専門家によると、今世紀末には恐らく世界の人口は現在の三六億から倍の七〇億にまで達するであろうと言われている。 しかも文明諸国の人口は足踏み、若しくは漸減するのに対して、未開発諸国は激増して来ている。 そのため第一に、この人口の増加に対して食糧生産がついてゆけなくなり、次第に窮迫を告げてゆく。 と同時に工業は拡大し、拡大することによって、人間の奢侈・享楽・遊惰がいよいよ酷くなり、更に工業が拡大するということになって、そのために環境の汚染がますます激しくなると共に、一方では資源の枯渇を来たすであろう。 従ってもう今までのように、ただ生活を豊かにすればよい、というような政策は許されない。 奢侈・贅沢・レジャーというような方にばかり走っておったら、ヨーロッパ民族は没落する。 われわれは歴史の教うる通り、勤倹力行に立ち返らなければならん。 そうして生産の問題を始め、社会福祉政策、租税政策といったものを大きく転換しなければならん。 とまあ、こういう厳しい提言であります。「活学 第三編」 安岡正篤 全国師友協会
2015年08月31日
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法の言葉で歴史の論理を語るなら、まず歴史は伝聞証拠の世界である。 伝聞に伝聞を積み重ねて妥当な推理によって真理を発見するのが歴史の方法である。 法は自らにこの方法を禁じている。 次に歴史は巨大な共同主体の世界である。 「キリスト教の功罪」が問われ、「鎖国の利害」が審理される世界である。 参加する個人、時間・空間の幅を無限に拡大して、そこに成り立つ共同的行為を吟味するのである。 そして第三に歴史では事後法が許される。 「あのときにこうすべきではなかった」という後悔の時間性は歴史の判断に許される。 歴史の教訓は法の言葉で語れば事後法から生まれるのである。 このことは歴史の論理を法に持ち込むときいかに大きな法の破壊が生じるかを示していよう。「進歩の思想・成熟の思想」 加藤尚武 PHP
2015年08月28日
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ただわれわれのところでのみ、ひとりヨーロッパのわれわれによってのみ、技術時代がはじまった。 あらゆる事物の徹底した合理化、この合理化と無縁ないかなる知識様式によっても曇らされることのない純粋な経験的科学、計画的に考案し絶えず進歩する技術、そういったものがはじまったのである。 いまだかつて経験されたことのない歴史の変革が、自然支配と商品生産を高め、船や飛行機やラジオなどによる交通、地上を結びつけるこの交通を生み出した。 ヨーロッパ人は発見者となり、他のすべての人々は発見された人間になった。 技術時代が、こうして人類を襲った。 そして、いまやっと始まったばかりの世界史の基礎を置いた。 われわれは驚いている。 地球上に生命が展開しはじめてから長い時がたったあとで、人間が生存するようになってから短い時がたったあとで、いま、六千年の世界史をかりに一分とすれば、技術時代によってはじまった人類史の統一は、何と、わずか数秒でしかない! おそらく、いまだかつて、世界史的状況の一回性が今日ほど切実にわれわれの意識に迫ってきたことはなかった。 どこから? どこへ? なにゆえ? 今日のこのわれわれの瞬間は、あらゆるものの終末であるのか、それとも、まったく新しい条件のもとにおける始まりであるのか? 宇宙から見れば、われわれの歴史は一つの驚異である。 何十億とある銀河のなかの一つの銀河の遠い片隅に置かれたわれわれの遊星のうえで、時間の微々たる一瞬間におこったこと、また現におこっていること、こんなことが、どこか別のところでもおこったであろうか? それとも、われわれは唯一の理性的存在者なのであろうか?「哲学の学校」 カール・ヤスパース 河出書房
2015年08月27日
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「神道指令のスタッフ・スタディ」は、本書に序文を寄せている総司令部の民間情報教育局宗教課長のウィリアム・K・バンスが中心になって取りまとめたものであるが、上申のための責任者すなわち署名人は、民間情報教育局のケン・R・ダイク局長であり、本文は、第一部「問題の提起」、第二部「問題にかかわる事実の認識」、第三部「実施すべき行動」の三部から構成されている。 「神道指令のスタッフ・スタディ」第一部は、問題は「日本では、国家神道が、軍国主義および超国家主義者によって、国民の間に軍国的精神を懐胎育成し、膨張的戦争を正当化するために用いられている。 日本の敗戦、降伏およびそれに引き続く占領は、疑いもなく、神道の政治勢力としての潜在力を打破したが、神道が国家から分離され、神道の訓示が教育制度から除去されない限り、神道が軍国主義的および超国家主義的イデオロギーを宣布するための媒体として用いられるであろう危険が、つねに潜在する。 そこでこの危険を防備するために、連合国軍最高司令官は、神道の国家からの分離を達成し、神道を教育制度から除去することを命令された」ことにあるとして、本指令の必要性を主張している「天皇と神道」 ウィリアム・P・ウッダード サイマル出版
2015年08月26日
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聞かせよう。 私が毎日毎日、お前をつれて来た翌日からでも教えたいと思って、お前をじっと見ていると、お前の頭の中はな、私がどんないいことを言って見ても、そいつをみんな、こぼしちまう。 さっきの、水のいっばいはいっているコップと同じような、そういう状態だと見ているんだ。 いつになったら、この水をあけて来るかな。 水をあけて来さえすれば、そのあとで湯を注ぎ込んでやれば、湯がいっぱいになるんだがな、と思っているんだが、いっこう、水をあけて来ない。 お前の頭の中には、いままでの役にも立たない屁理屈がいっぱい詰っている以上、いくら俺が尊いことを言ってみても、それをお前は無条件に受け取れるか。 受け取れないものを与える。 そんな愚かなことは、俺はしないよ。わかったかい~「天風先生座談」 宇野千代 二見書房
2015年08月25日
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以下の発言は、一九三九年一月十六日、ルーズベルトのヨーロッパにおける重要な代表であったウィリアム・C・ブリット駐仏大使が、パリに帰任する際に、ポトッキ一大使と会談した時に行なわれたものである。 「英仏は、全体主義国家と、いかなる種類の妥協もやめなければならないというのが、大統領の確固とした意見である。領土的変更を目的としたどんな議論も許されてはならない。合衆国は、孤立政策から脱却し、戦争の際には英仏の側に立って、積極的に介入する用意がある旨を道義的に確約する」 これこそが、介入を約し、ダンチヒ問題に関して、いかなる平和のための妥協に対しても、はっきりと反対した、ルーズベルト大統領の戦前の干渉政策の忌むペき証拠である。 ルーズベルトが、一九二九年の初めから「全体主義国家との、いかなる種類の妥協もやめなければならない」として、英仏に対し、影響力を行使していたのを証明しているのだ。 ブリット大使は、合衆国は、「戦争の際には、英仏の側に立って、積極的に介入する用意がある」ということを、確約しているのである。 ブリット大使の発言は、アメリカの不干渉主義者たちが、ヨーロッパで戦争が勃発する前に主張していたことを、まさに裏づけるものである。 それはまた、もしルーズベルトが、余計な介入をせず、英仏を戦争に追い込まなかったならば、ヨーロッパで戦争は起きず、ダンチヒ問題も、平和的調停により解決されていたであろうとする、対ルーズベルト非難が正しかったことを証明するために極めて重要なものである。 チェンパルン英国首相とジョルジュ・ボネ仏外務大臣の二人も、ドイツに対して戦争を起こすよう、ルーズベルトからの圧力があったことを公に認めている。 このブリット大使との会談についてのポトッキ一大使の報告は、ルーズベルト大統領が、ブリット大使を通じて、また直接チェンバレン首相に対して、強力な戦争を起こすための影響力を行使したことの明確な証拠の一つである。 合衆国大統領が、ヨーロッパの政治に直接介入し、平和ではなく、戦争を推進したのはアメリカの歴史が始まって以来の出来事である。「日米・開戦の悲劇」 ハミルトン・フィッシュ PHP
2015年08月24日
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ランケは巧みな類推の大家ではあるが、そのランケのキュアクサレスとハインリヒ一世との比較、キンメリヤ人の侵入とマジャール人の侵入との比較は形態的には無意味である。 幾度か繰り返されたギリシャの都市国家とルネサンス諸共和国との比較もはとんど同様である。 それとは反対に、アルキビアデスとナポレオンとの比較には、より深い正しさがある。 だがその正しさは偶然である。 こういう比較は、ランケの場合でも、他の人の場合でも、プルタルコス的な、いわば通俗的なロマン趣味から描かれたものであって、そういう趣味はただ世界の舞台のシーンの類似だけに目を留めるのである。 それは、俗人の目には、外形の差違だけしか見えない二群の微分方程式の問に内的関係を認める数学者の厳密さとは、似ても似つかないものである。 歴史像の選択を決定するものが根本的には気分であって、理念でもなければ、必然性の感情でもないということはすぐわかる。 われわれは比較のどんな技術からも遠く離れている。 比較は今日ではますます群をなして現われているが、しかも計画もなければ、関連もない。 そうしてそれが後でわかるような、深い意味で正しいという場合があれば、それは僥倖のおかげであり、たまには本能のおかげであるが、原理のおかげではまったくない。「西欧の没落」第一巻 O・シュペングラー 五月書房
2015年08月14日
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子曰く、郷原徳之賊也。(陽家第十七) 子曰わく、郷原は徳の賊也。 郷原、郷は村、一地方、原はまこと・善の意で、つまり村や田舎の善人であります。 孔子が言われた、「田舎の善人と言われるものは――あの人は善い人だと評判のよい人間は、上っ面だけ調子を合せていい子になろうとするから、却って徳をそこなうものである」と。 郷は別に村、田舎に限らない、生活の場、職場みな郷です。 郷原については「孟子」にくわしく書いてありますが、現代にもおりますね、政界を見ても、財界を見ても、その他どこの分野を見ても、郷原がたくさんおります。 心の中ではそうではないがと思っておっても、はっきり言わない、調子を合せる。 みなこれ郷原であります。「活学 第三編」 安岡正篤 全国師友協会
2015年08月13日
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JCS一三八〇/一五は、統合参謀本部(Joint Chiefs of Staff)から連合国軍最高司令官にたいして与えられた命令書であり、「日本の占領と支配のための連合国軍最高司令官にたいする降伏後初期の基本指令」と題されている。 それは、連合国軍最高司令官の権限を明らかにし、連合国軍最高司令官が遂行すべき占領政策の指針を与える第一パラグフラに始まり、第一部「一般的および政治的課題」、第二部「経済的および民政的課題」、第三部「財政的課題」まで、合計五〇のパラグラフで構成されている。 JCS一三八〇/一五は、軍事占領中に日本社会を恒久平和に役立つように変革しようというアメリカ政府のマスター・プランであり、その内容は、フランクリン・D・ルーズベルトのニューディールの精神を受け継いでいた。 しかもそれは、軍隊の命令系統により、その書式と用語を用いて連合国軍最高司令官に命令され、その行動を完全に支配した。 この命令をマッカーサーが実施したことによって、日本は大きく変身するにいたったのである。「天皇と神道」 ウィリアム・P・ウッダード サイマル出版
2015年08月12日
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歴史全体を経験的にみれば、こういう歴史像が描かれる。 何万年あるいはそれよりもはるかに長いあいだ、文字のない前歴史が続いていた。 およそ六千年まえから、記録のある歴史時代がそれに続いた。 メソポタミア、エジプト、インド、シナにおける最初の高度文化は、たがいに砂漠によってさえぎられた地帯、地球全体からみると、大西洋から太平洋にいたるまでの、地理的に影響のとぽしい地帯に成長した。 紀元前八百年から二百年のあいだに(メソポタミアとエジプトをのぞいて)シナ、インド、イラン、パレスチナ、ギリシアに、――ほとんど相互に無関係に――はじめて、われわれの意識を基礎づけた精神的なできごとがおこった。 われわれは今日にいたるまで、この意識にもとづいて生きている。 その当時、もろもろの根本的な問いが、宗教的、哲学的に立てられ、それに対してもろもろの答えが与えられた。 これらの答えは、いまなおわれわれにとって基準的なものである。 われわれはこの時代を、世界史の枢軸時代と呼ぶ。 そこからして、シナとインドとヨーロッパにおいて、三つの並行する展開がはじまった。 紀元後千四百年ごろには、これら三つの大きな文化圏の生活様式、技術的手段、労働様式は、まだたがいに似たものであった。「哲学の学校」 カール・ヤスパース 河出書房
2015年08月11日
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「表」というのは日常的には表面、前面のことで、心理学的には「前面心理」である(例えば表口とは中央玄関のことだ)。「裏」は「背面」を指す(例えば裏口とは建物の裏側にある出入ロ)。「建前」は「表面に出されているもの」「本来そうあるべきもの」の意で、「本音」は正直な内面の声である。一見したところでは、これらの概念は、西欧心理学のそれと一致しているようにみえる。「仮面」や「見せかけ」に対する「本物」、C・G・ユングの言葉でいえば「ペルソナ」と「自我」である。しかし実際には日本人の心理のありようははるかに多種多様である。 外部に対してさらされた面(「表」や「建前」)は、日本人にとっては自分の利益を目的としたり、自分のマイナス面を隠すために作られた個人個人の手段としてあるのではなく、全体の一致と調和のために一人一人が身につけているものなのだ。 形式とは、日本では単なる飾り物ではなく、混沌とした生の自然そのものを制御して、慣習や、美や、芸術に変えてゆく手段である。 同じく「本音」や「裏」は隠された本物ではなくして、整理されていない裏の部屋、つまりいまだに子供っぼく、未熟で、利己的な人間的内面なのだ。 日本人のもつ人間の道の高い理想は、この「散らかった部屋」を隠すことにあるのではない。 個我(エゴ)を超越することによって、より高い宇宙的次元の秩序による完全な調和に到達することなのだ。 しかしよほどこの道をきわめた人格者でない限り、ほとんどの人の場合はこの「ウラ」の部屋が不安や利己的欲求や反感などでごちゃごちゃになっているのが普通だ。 しかしこの乱雑を他人の目にさらすのは失礼であるから、客は「表」の整理してある客間に通すのである。 統御されていない感情を見せることは親密さの証拠である。 最も親しい人にだけはなんの不安もなく、特別な存在として認めるがゆえに迷惑をかけてもよいのだから。「心の社会・日本」 ロレンツ・ストウッキ サイマル出版会
2015年08月10日
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思考はけっきょく論理によって管理しつくされるものではなく、言語は文法によってきわめられるものではなかった。 すなわち、私たちが心に思うこととことばづかいとが出会うところに成立する認識とその表現は、けっして論理と文法によってじゅうぶんに制御されうるものではなかった。 そして、論理と文法の手にあまる認識の動きとその表現を取りあつかうべきものは、レトリックだったのである。「レトリック認識」佐藤 信夫 講談社
2015年08月07日
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如何に権威のある古典でも、自分にこなす力がなければ、単なる一片の古典に過ぎません。 古典が本当の意義・価値を発揮するには、やはりこちらにそれだけの真剣な体験や思索が要る。 と言っても所謂好事家のように広く渉猟する必要はありません。 勿論それでも結構ですけれども、それよりも四書なら四書を読破する方が、どれだけ効用があるかわからない。 「易」の教など殊にそうでありまして、あの循環する六十四卦を学ぶだけでも、この時局を考察することができる。 人間のやっておることはほとんど昔と変ったことはないと言うことが出来ます。「活学 第三編」 安岡正篤 全国師友協会
2015年08月06日
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人生は理屈ではありません。 生きているということは、どこまでいっても現実であります。 夢のようなうつつのような世界でないのが人生であります。 そしてしかも、これも真剣にお考えにならなければならない問題ですが、言われればああそうかと気がつくのですが、たいていの人が気がつかない。 それは、人間てェものは、生れたら必ず死ぬものだということです。 どうも、とかく現在生きてる人は、死なずにいるものですから、自分だけは死にそうもないように気楽に考えている人がある。 しかし、死の魔の手は、いつなんどきあなたの生命の上に襲いかかるかわからない。 ただ自分が急にそういう恐しい目に会いそうもないという、自分だけの独りぎめの観念で、「そりやア、人間はいっぺんは死ぬよ。」というようなことを平気で言っていて、やがて自分もその運命に見舞われる一人だということを、真剣に考えない。 一休禅師の言葉に、「昨日まで人のことだと思いしに、こんだ俺(おい)らか、こいつ堪(たま)らん。」という歌がある。 一ぺんは必ず死ぬということを考えたときに、同時にもう一つ考えなければならないことは、こうして毎日毎日、刹那刹那(せつなせつな)に、生きているものは、すべて一様に、人生の最後のターミナルである死の墓場に、知ると知らざるとを問わず、近よりつつあるということです。「天風先生座談」 宇野千代 二見書房
2015年08月05日
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世界は、我々の認識にとって、一体としてまとまっていないで、むしろ引き裂かれている。 科学的研究は、世界の一定の領域の中で妥当する統一理念によって導かれる。 だが、今迄の所では、世界全体についての科学的に実り豊かな統一理念は、一つも存在しない。 世界は物質から、生命から、精神から、とらえられるべきではない。 知られ得ない実存が認識可能性に先行している。 しかも、認識によっては、この実在は到達されない。 我々の認識にとって世界は測り知られぬものである。「哲学の学校」 カール・ヤスパース 河出書房
2015年08月04日
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西欧.中国・インド型社会は、部族または部族時代以後に他民族との戦争という傷を通して「イデオロギー化された」社会なのだという概念を鍵として、すべての謎が解けはじめたのである。 これはあたかも、顕微鏡のレンズを交換すると突然すべての断片が鮮明に一つにまとまってみえてくるようなものだが、それ以上にまた、自分自身の社会をよりよく理解する機会を含めて、想像もしなかったまったく新しい次元の発見であった。 日本は、その本質において人間社会の正常な姿を示すものである。 本来の部族社会のエモーショナルで集団指向的な価値体系から真直ぐに発展してきたのが日本である。 他方、イデオロギー社会はそこから逸脱して発展した社会であり、彼らの苦痛にみちた歴史がより知的で個人主義的な方向へ社会を押し流したのである。「日本人 ユニークさの源泉」 グレゴリー・クラーク サイマル出版会
2015年08月03日
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