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私は、数多くの書物や議会において行なわれた聴聞記録を読んだが、それらはすべて一貫して最後通牒の存在を無視している。 結局のところ、ルーズベルトは民主党党首として認められており、最後通牒を送った責任が彼にあるなどとでも言おうものなら、彼に真珠湾の惨害の責任を問うのも同じことになってしまうということなのであった(そしてもちろん、ルーズベルトは真珠湾攻撃発生の責任を負っているのであった)。 真珠湾の悲劇の責任はルーズベルトに帰される。 これは、恥ずべき最後通牒のためのみならず、彼が最後通牒に対する日本の回答を確実にキンメルとショートに伝えることを怠ったからである。 その結果として、ショートとキンメルは汚名を着せられ馘を切られたが、これはおそらく、ルーズベルトとその戦争内閣の責任を免れさせるためであった。 ロバート・A・セオパルド海軍少将(米国海軍をすでに退役)は、綿密な考証に基づいた著作『パールハーバー最後の秘密』を発表した。 彼はこの本の中で、ルーズベルトが戦争を開始した張本人であることを確認した。 また彼は、ルーズベルトが、真珠湾における米軍軍艦の位置を知らせる日本側の通信と、戦争を挑発した最後通牒に対する日本の最終回答の内容とを解読したものを、キンメル提督とショート将軍に伝え、彼らに警告するよう、スタータ提督とマーシャル将軍に対し指令することを怠り、真珠湾を無防備の状態にしておくという秘密の計画を助けた、と主張している。「日米・開戦の悲劇」 ハミルトン・フィッシュ PHP
2015年04月28日
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われわれはいま「お天気」ということばをごく日常にもちいているが、この「天気」という語も本来の日本語ではない。 これも、概括的、抽象的なことばなのである。 同様に「春」「夏」「秋」「冬」はある。 しかしそれらを抽象した「季節」はない。 あるいは目に見える「そら」はある。 しかし万物を主宰し、運行せしめ、個人と集団の命運をさだめる抽象的な「天」はない。 いやこの「天」ともなると、単に抽象的というにとどまらず、この観念を生んだ種族の思想――すなわちものの考えかた、世界と人間とのとらえかた――を濃厚にふくんでいる。 概念があるからことばがある。 逆に言えば、ことばがないということは概念がないということである。 理、義、恩、智、学、礼、孝、信、徳、仁、聖、腎‥‥、これらはみな抽象的な概念である。 目に見え手でつかめるものではない。 これらに相当する日本語はなかった。 ということは、そういう概念がなかったということである。「漢字と日本人」 高島俊男 文春新書
2015年04月27日
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この場合の一善事というのは、ある人独自の行事をいうのであります。 たとえば喫煙を廃めるということとしましょう。 これはその人にとっては容易ならぬ苦行ですが、煙草などを飲まない人には何でもないことです。 私は久しく長井津氏開創の真向法という柔軟体操を毎日行っております。 随分多くの人々にこれを勧めるが、なかなか普及しない。 やはり人それぞれ好みとか独自性というものがあります。 ここに一善事を発願すべしというのは、他人とは関係なく、自分自身において、具体的に何か一つこれは善いということを実行するように志を立てることであります。「新憂樂志」 安岡 正篤 明徳出版
2015年04月24日
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統計によれば、日本には一平方キロメートル当り三〇六人住んでおり、スイスは約一九〇人、アメリカは二二人である。 ところが山国の日本は全国土の一六%しか居住面積がないから(同じ山国のスイスでは三二・五%だ)、居住地域だけをとってみたら、一平方キロメートル当りの人口はなんと二千人にもなってしまう。 地下資源はまるでゼロに等しい。 おまけに人口一人当りの耕作面積は西ドイツやイギリスの六分の一しかない。 このような基盤の上に立つ日本経済に底力がなく、非常にもろいものであることはいうまでもない。 日本経済には健全な社会機構、高度の教育水準、それに国民の生活様式を除いたらなんの保障もないのだ。 イギリスやイタリアの実験的なやり方にそのまま合せるとしたら、日本は滅びてしまうだろう。 西欧的「進歩的」なお手本をまるごとまねはせず、一体化した人間資源の上にだけ立つ日本が今日の繁栄と平和を築き上げたとしても、どうしてこれを罰することができようか? もちろん日本は西欧諸国に背を向けることはできない。 経済的にも、軍事的保全はいうまでもないとして、高度に依存しているし、西側の共同戦線に対して、たとえそれがねたみから出ているとしても、全然歯向うことはできないからだ。 世界の中で孤立することは、日本の存在そのものを危うくすることでしかない。「心の社会・日本」 ロレンツ・ストウッキ サイマル出版会
2015年04月23日
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"進歩と成長"の世界から"定常と成熟"の世界への移行というのが二十一世紀の人類に課せられた生存条件であると同時に、文化的な課題であると私には思われる。 この定常化社会で、何が文化的に最も重要な価値を持っているかと言えば、私は配分方法であると思う。 人類の生活規模全体がある上限を定められ、その上限の中で何とかやりくりして生きていかなければならないわけであるから、国際的な規模においても、国家内の規模においても、もしかしたら家庭の中でも、配分方法が最も大きな問題になる。 適正な配分方法を持つ社会になり得るかどうかということが、この人類の未来に課せられた最大の課題ではないかと思うのだ。「進歩の思想・成熟の思想」 加藤尚武 PHP
2015年04月22日
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文字以前の社会にも、家も衣類も、墓も武器も城もあったであろう。 だが、その段階での言葉の発達は、道具を用いた人間が何物かを生産する範囲内での間接的な出来事にすぎなかった。 ところが、文字=書くことの成立は、言葉そのものの直截的生産を可能にし、その言葉そのものの直裁の生産が、他のあらゆる文化、文明の生産を飛躍的に促すことになったのである。 言葉が、この実生産過程に突入すると、幻想領域での言葉の生産であっても、それは筆記具を手にした幻想生産過程に入り、「文字を話し」「文字を聞く」段階に移行するのである。 その意味では、文字成立以前の倭、あるいは倭以前の孤島に散在した名もなき諸国に、中国が秦代頃から文字をもち圧力をかけていたとすれば、倭にも名もなき諸国にも、中国の文物・制度・思想を通じて、文字は間接的にあったと考えるべきものである。 文字のある文明が往来すること、そのことは、たとえ無文字社会であったとしても、すでに文字化段階にあると言ってもよいものだ。 古代エジプトのピラミッドやスフィンクスも、ギリシアの彫刻も神殿もまた、紀元前後から活発になったと考えられる中国大陸、半島、孤島、入り乱れての交流と乱流も、文字化段階の文字に促されたものである。 無文字社会は声に満ちあふれた社会である。 木に声があり、風に声があり、山に家に墓に祭壇に声が満ちあふれ、山川草木ことごとくに声ありという、自然(アニミズム)的言霊(ことだま)の飛び交う世界である。 山は「ヤマ」という声の化身であり、川は「カワ」という声の化身である。 歴史段階に至り、筆記具(鑿や刀)によって、文字が直截的に生産された時に、山は「ヤマ」という声の化身から「山」という文字の化身に転じるのである。 あるいは「山」という文字の化身と「ヤマ」という声の化身とに二重化するのである。「二重言語国家・日本」 石川九楊 NHKブックス
2015年04月21日
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日本の風土の非合理性、断続性は、和辻もすでに指摘している風土の多面的な二重構造に現われている。 すなわち日本の風土の特徴をなす湿気は、自然の恵みであると同時に自然の暴威をも意味し、また日本の風土そのものが熱帯的であると同時に寒帯的であり、さらに日本の気象の変化は(台風によって具体的に示されるように)季節的である反面突発的でもある。 これらの多面的な二重構造は、しかしながらそれぞれに密接に結びついている。 例えば自然が人間にとって恵みであるのは、それが「規則正しい」季節的な移り変りへの期待を満す限りにおいてであって、梅雨期の降雨や夏の高湿高温は、稲作農業にとっては欠かせない必要条件である。 このような季節性を前提としてのみ、日本人は季節ごとに姿を変える自然の美を嘆賞することができた。 季節的変化ということが、もし日本人の生活の基礎を支えるものでなかったならば、季節そのものを愛するという日本的美意識も生まれなかったに違いない。「人と人との間」 木村 敏 弘文堂
2015年04月20日
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ギリシャ以来の伝統的な言語観によれば、ことばとは「ものの名前」です。 その典型的な例は『聖書』に見ることができます。 「神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥をかたちづくられたとき、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて来られた。人が、生き物につける名は、みな、それがその名となった。こうして、人は、すべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名をつけた。」(『創世記』二:十九~二十) アダムの前に野の獣が連れて来られます。 それを見て、アダムは「じゃ、これは牛、これは馬、これは犬」というふうに名前をつけてゆきます。 まず「もの」があり、ただ名前がついていないだけなので、人間がこちらのつごうで、あとからいろいろ名前をつけること、それがことばの働きである、というのが『創世記』に語られている言語観です。 これをソシュールは「名称目録的言語観」と名づけました。 この「名称目録」つまり「カタログ」としての言語観は、私たちにものの名前は人間が勝手につけたものであって、ものとその名は別に必然性があって結びついているわけではないということを教えてくれます。「寝ながら学べる構造主義」 内田樹 文春新書
2015年04月17日
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強烈な外来文化の来襲によって生ずる空白の危機、それを明確に意識していたのは戦後人より明治人であろう。 相手を先進と認め、自己を後進と見、相手に追いつこうとするときまず生ずるのは、「後進なる自己」への自己否定であり、これをバネとして先進に追いつこうとする。 だが否定は空白を生じ、アイデンティティーを喪失させうる。 この「空白」いわば住人なき空家に「悪霊」が住みつく。 この恐しさは新約聖書に記されており、内村鑑三もそれを指摘している。 神社に額ずく人を見て、ある宣教師から、「君はあの人たちにも伝道するか」と言われたとき、彼は「その人に、あれに代るものを完全に与えられるという自信が持てない限り、伝道はしない」と答えている。 その宣教師は「私もそう思う、壊してしまうだけが最も恐しい」と言った。「小林秀雄の流儀」 山本七平 新潮社
2015年04月16日
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反省してであれ、考えぬいてであれ、学問してであれ、自分の意志を他人に押しつけることは不可である。 いわんや親に対してはだ。 自分を抑え、親の意を体して親の好きなようにさせるのが正しい。 そういう見方である。 これは儒教の教えと一致するから儒教の影響と考えられるかも知れない。 孔子も、やはり、たとえ親が悪くとも、親のことはお上などに密告しない。 それが孝の自然の姿であり、人倫の基礎だと主張している。 親を捨てることを要求するキリスト教の理念とは正反対の立場に立つわけであろう。 しかし、日本人にとっては、親が「絶対悪」にはならないという前提が大切なのだ。 親が悪いと知っても、親を「絶対悪」の立場で論断する心情は私たちの中にはない。 親の立場を「察す」れば、そうなるのも「無理はない」。 自分の立場も正当であるが、その正当性は、どちらも相対のものに過ぎない。 この相対性を悟ることが一番の、そして最終的な条件なのだ。 同じ相対価値であるという前提の上で、自分の立場を捨てることが親孝行ということになるわけである。 よく絶対的価値を信じないのが古い日本の特徴だという指摘がなされる。 ベネディクトなどの「恥の文化」という日本文化への刻印には、こういう考えが基本となっている。 だが、それは皮相極まる観方でしかない。 私たちは絶対価値の存在は排撃しているのではない。 ただ、日本人は、自分が、そのような絶対価値の体得者であるというお目出たい信念を容易に持ち得ないだけのことだ。 また絶対というものが、そういう言葉の上で表現できるものではないことを知っているだけのことである。「ヨーロッパ・ヒューマニズムの限界」 会田雄二 新潮社
2015年04月15日
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あらゆる滞りの根本はやはり心の滞りであります。 拘泥と申してもよろしい。 食物でも、血液でも、便通でも、何でも滞るといけない。 水でも滞ると腐敗します。 まして心の滞りは生存の一切を腐敗させます。 聖人は物に凝滞せず、よく世とともに推移すと屈原漁父辞にありますが、長く人の共鳴を博して世に有名なゆえんがわかりましょう。 取敢えず便の宿(つかえ)から、心のつかえ、雑事のつかえを、年頭決然一掃したいものであります。「新憂樂志」 安岡 正篤 明徳出版
2015年04月14日
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文字を獲得した歴史時代以降、それ以前とは比較にならない質と広がりで文化や文明が飛躍するのは、言葉が、現実的に道具=手の生産過程に入り込み――この説明は文字をもつ時代の者の倣慢と思われるかもしれぬが――、ほんとうの意味で、言葉が人間のものとなり、人間化したからである。 さまざまな生産活動に附随するか、もしくは幻想的に生産活動を思い浮かべることによってしか可能でなかった言葉の生産が、文字が生れることによって、鑿(のみ)や筆記具など言葉の生産道具を媒介にして直裁に可能になる。 「内に向かう」とともに「外に向かう」という、対他的であると同時に対自的であるという言葉の構造が、文字を使うこ、とつまり書字することによって確認され、それが蓄積され、累乗されることが可能になった。 この言葉の生産、蓄積、累乗構造が、文化と文明の加速度的展開を可能にしたのである。 言葉が対他=対自の現実的生産過程に入ることによって、前後を画する巨大な歴史が始まった。 比喩的に言えば、鉛筆や筆記具は鋤や鍬であり、文字を書くことつまり書字は農耕と言ってもよいものである。「二重言語国家・日本」 石川九楊 NHKブックス
2015年04月13日
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コーデル・ハル国務長官の広範な回顧録は、当然のごとく日本に対する最後通牒に関するハル自身およびルーズベルトの責任を隠蔽するために、非常に偏ったものとなってはいるが、歴史的情報の宝庫であるといえよう。 この最後通牒に言及するにあたっては、ルーズベルトがパールハーバー攻撃を”恥ずべき行ないの日”と呼んだことにちなみ、”恥ずべき”最後通牒と呼ぶのが適切かと思われる。 ハルの回顧録は、十一月二十五日のホワイトハウスにおける重大な会合についてさえ触れていない。 スティムソンの日記によれば、この会合で協議された唯一の問題は、いかにして日本を操作し、煽動し、刺激して、もって日本に先に手を出させるかであった。 その翌日、ハル長官は、暫定協定、すなわち日本が受け入れ可能であった九十日間の休戦案を廃棄し、野村吉三郎駐米日本大使に”恥ずべき”戦争最後通牒を手交した。 これは、パールハーバー後になるまで発表されず、発表時には注目されるところとならなかった。「日米・開戦の悲劇」 ハミルトン・フィッシュ PHP
2015年04月10日
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ソロモン・ツァイトリンは「記憶だけが財産である」と言った。 確かにその通りで、人間がもっているものといえば、記憶しかない。 それがどこに記されていようと、記憶すればそれは彼の財産である。 パウロは、いわば自己の財産を記したのであって、いわゆる「引用」をしたのではないのだ。 小林秀雄の「引用」も同じであろう。 そしてその財産を得るために行なった方法は、徹底的に読むという、まことに原則通りのことをそのまま行なっていた。 このことは、多くの人の思い出にある。 だが、前述のように原則が活用できるのは達人だけなのである。 そして達人だけが財産を得ることができる。 お金という財産であれ、記憶という財産であれ――。 だが、この財産はいずれも相続できるのだ、もっとも何をどのように相続するかは、相続者によるが。 平田篤胤は本居宣長から相続したが、問題はその相続の仕方にあるだろう。 しかし、宣長はこれをどうすることもできない、小林秀雄も同じであろう。「小林秀雄の流儀」 山本七平 新潮社
2015年04月09日
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ニーチェの道徳論は、 「大衆社会の道徳論」という点において 画期的なものでした。 「大衆社会」とは何かという定義をしておかないと ニーチェの独創性は理解しにくいと思いますので、 そこから始めましょう。 ニーチェによれば、 「大衆社会」とは成員たちが「群」をなしていて、 もっぱら「隣の人と同じようにふるまう」ことを 最優先的に配慮するようにして成り立つ社会のことです。 群がある方向に向かうと、 批判も懐疑もなしで、 全員が雪崩(なだれ)打つように 同じ方向に殺到するのが大衆社会の特徴です。 (ニーチェの予見した「大衆社会」は、 その三十年後にオルテガ (Jose Ortega y Gasset 一八八三~一九五五)の 『大衆の反逆』において活写されることになります。) ニーチェはこのような非主体的な群衆を 憎々しげに「畜群」(Herde ヘールデ)と名づけました。 畜群の行動準則はただ一つ、 「他の人と同じようにふるまう」ことです。 誰かが特殊であること、 卓越していることを畜群は嫌います。 畜群の理想は「みんな同じ」です。 それが「畜群道徳」となります。 ニーチェが批判したのはこの畜群道徳なのです。「寝ながら学べる構造主義」 内田樹 文春新書
2015年04月08日
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生きていくためには、習慣は格言以上の働きをするものである。 習慣は本能となり肉となった生きた格言であるからだ。 自分の格言を改めるだけでは何もならない。 それは本の標題を変えるようなものだ。 新しい習慣をつけるということがすべてである。 なぜならば、それではじめて本当の生活へと到達することになるからだ。 人生は習慣の織物に他ならない。「アミエルの日記」 アミエル 創藝社
2015年04月07日
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日本語はたとえば、「講演」という文字を話し、「講演」という文字を聞く言語である。「文字を話し」「文字を聞く」と言っても、たいていは文字など思い浮かべずに話し、聞いているという方が、実感としては正解である。 それは会話という言語交通において、その語の指す意味――「さわり」や「しこり」、あるいはそれらによって喚起される「像めいたもの」――をやりとりしているからである。 自覚がないからといって、「文字を話し」「文字を聞く」わけではないとするのは、鍵をかけて家を出たかどうか自覚がないから、鍵をかけていないと言うのと同じことであろう。 生活語圏においては、実際に文字を知らない人もさしたる不自由なく言葉をやりとりしているが、この場合においても、概念的にはその基盤はそれぞれの時代に対応した「文字言語」から成り立ち、それが生活語の中にまで浸透しているのであるから、生活語といえども、「文字を話し」「文字を聞く」と言ってさしつかえない。 たとえ「農協」という字を知らずに、金融機関という意味合いで「ノーキョー」という言葉をやりとりしているとしても、実際上それは「農協」という文字に裏打ちされた概念なのである。 言語学者がどう言おうと、少なくとも日本語においては、文字は言葉に内在的な出来事なのである。「二重言語国家・日本」 石川九楊 NHKブックス
2015年04月06日
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日本は「日本国」といふ国境を守るために百年間戦つたのではない。 もしさうであつたら、かへつて後の世にはその「防衛戦争」たる所以がはつきりと見えることになつてゐたであらうが、この百年の戦ひにとつて、国境などといふものは枝葉末節のことであつた(日本人が現在北方領土の問題を考へるにあたつて、しばしば、本来感ずべき痛切さを欠いてゐるやうに見受けられるのは、一つにはそのためである)。 国境が真剣な意味を持つのは、同じ文化圏に属するもの同士の間である。 われわれは国境よりももつと切実に大切なもの ― われわれ自身の文化圏を脅かされてゐたのである。「からごころ」 長谷川三千子 中公文庫
2015年04月03日
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誰しも悔いのない者はありますまい。 意は余りあっても力は足らぬものであり、志はしばしば事と違いがちであります。 好事、魔多しと申しまして、とかく邪魔がはいりやすい。 それらの失敗を内に省みて、自ら責を覚える時、「悔いる」のであります。 これは苦しいことですが、しかし悔いるということは、いかにも人間味のある道徳的な心理です。 ただし徒らに悔いて意気を失うことは、それこそ意気地ないことです。 悔いれば一層躍進を開始せねばなりません。 これ悔悟であり、憤発であります。 くだらぬ悔恨を新年にもちこすことは止めましょう。「新憂樂志」 安岡 正篤 明徳出版
2015年04月02日
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オランダをふくむ全植民地宗主国が、共栄圏を旗印にし、それを根拠とすることで、私欲のためにのみ植民地を設けたわけではないとの証明にしていた、という事実である。 われわれオランダ人だってある種の共栄圏の論法をもちだして使っていたではないか。 オランダ総督の式辞から引用してみよう。 「平和の祝福をうけた、オランダ国の一部であるオランダ領東インド。われわれはここで豊かな多様性のなかに共存し、共同して繁栄を目指している…」 この種の決まり文句は、英領東インド(インド)の臣民であるパル判事が英国から再三聞かされていたことは言うまでもない。 このあたりの事情からパル判事の見方は出ていよう。 つまり同じ尺度をもって判断すべきであるという見方である。 もし日本がアジア侵略戦争の訴因で有罪なら西欧の植民地宗主国もまた有罪であり、西欧植民地宗主国が人道的動機を盾にするならば、日本にもそうする権利をあたえるべきだというものである。「西欧の植民地喪失と日本」 ルディ・カウスブルック 草思社
2015年04月01日
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