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近年、日本では「縄文ユートピア思想」 のようなものが流行っています。 「縄文的な生き方」なるものが、 しばしば二十一世紀の「日本の理想」のあり方 として求められている、 といった文脈で語られるわけです。 「縄文的なる日本」こそが、 日本のあるべき姿であり、 日本のアイデンティティはここしかない、 というメッセージだといえます。 しかし、日本文明の本質として 「縄文的なるもの」だけを抽出して 一般化してしまうことは正しい見方ではありません。 紀元前四世紀ごろから日本でも 水稲耕作(すいとうこうさく)が盛んになり、 弥生(やよい)土器、青銅器、鉄器が 西日本から東日本に伝わり、 金石併用(きんせきへいよう)時代となりました。 弥生土器は、単純な形と直線の模様で、 縄文土器と異なった美意識を持っており、 あらたな文明が起こったのです。 支那の戦国時代に戦乱から逃がれて 日本にやって来た人々など、 大陸からの文化的影響が強くなり、 すでに縄文文明を育(はぐく)んできた 原日本人に対して、 大陸系の日本人があらたな 農耕文化を開くことによって、 縄文と重層的な日本文化を形成しはじめ それは土着の原日本人の中で 大陸とまったく異なった文明が創造されたのです。
2021年01月29日
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日本文明とは何かと考えて、 深く大きく日本の文明史をながめてゆくと、 そこに重要な本質につながる 構造やパターンを見いだすことができます。 日本文明には「弥生的なるもの」と、 「縄文的なるもの」が重層し深く絡み合っています。 いまから一万数千年前に ユーラシア大陸から切り離された日本列島では、 一万年近くも歴史でいういわゆる縄文時代が続きます。 しかしその後、わずか数百年の間に、 水田稲作を中心とする弥生文化が 日本列島に一気に広まって、 弥生時代となった (最近、弥生時代の始期を、 もう少し前にさかのぼらせるべき、 という議論が出ている)。 そのことから、日本の文明史には、 一万年近くもじっと同じことをしていられる 「縄文的なるもの」と、 わずかな期間に物事を激変させる 「弥生的なるもの」という、 文明論的に大きく異なる二つの本質が交錯している、 という全体像が見えてきます。 「縄文的なるもの」は、 自然との調和や集団への同一化の志向を強め、 変化を嫌い、平和を志向する感性であり、 ある種の安定と若干の繁栄を得たときには、 すぐに「眠り込んで」しまう文明の体質でもあります。
2021年01月28日
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日本を統一する主人公は神武天皇です。 この天皇は九州から出てきます。 遠くから出てくるという点では、 海の向こうからやってきた 海の人のようにも見えます。 しかし、神武天皇は 祖先が高千穂峰(たかちほのみね)に天孫降臨し、 日向(ひむか)という山の国で力を蓄えてきました。 神武天皇は山の人なのです。 神武天皇は海をよく知った人々を従えながら、 瀬戸内海を経て紀伊国(きいのくに)に上陸、 大和地方に支配圏を広げます。 これは大変な激戦でした。 そして、紀元前六六〇年に 橿原(かしはら)神宮で即位されるのです。 山の人が中央に進出したと解釈できます。 その神武天皇の即位された 紀元前六六〇年二月十一日が、 日本の建国記念日です。 ところで、日本の古名は大和です。 この「やまと」の語源は 漢字ではいろいろいわれていますが、 その意味は「山の人」です。 山の人-やまのひと-やまひと-やまと-大和 という流れです。 海の人が従い、同化していく。 それを導いた「山の人」が国の名称になったのです。
2021年01月27日
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世界の神話の多くが 非常に断片的な記述であるのに対し、 日本の神話は、 神の世界と人間の世界の間にある国津神 (くにつかみ:日本の国土に土着する神)の物語を 大変具体的に記しています。 これは日本の神話の特徴で、 物語に統合性と連続性が見られるのです。 『日本書紀』は分析したり解釈したりはしません。 このことは一つの事柄について いくつもの話があることを 併記する態度に表れています。 余計な分析や解釈を加えていないのは、 当時の人々が、 神話から続く歴史が魂の記憶であることを 十分に理解していたからです。 日本の神話には、海につながる話が多いのです。 海の向こうからやってきた人々、 つまり神々が日本の風土に同化していく話が、 日本の神話のかなりの部分を占めています。 山幸彦は山の人です。 海幸彦は海の人です。 海の人が山の人に従っていく、 海の向こうからやってきた人が 山の人に従って同化していく、 というのがこの物語のパターンです。 そして、このパターンは 日本が統一されていく物語と重なるのです。
2021年01月26日
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日本の鍛冶術に就いて、 最も誇るべきは刀剣等の武器でした。 武器は歴史時代に入ってますます精巧になり、 その道の専門の刀剣師を産して来ましたが、 これは原史時代から既に上手であったのです。 この事実は当時の古墳に残存し それによって知ることが出来ます。 刀剣はなかなか立派に鍛冶されて居て、 すでに普通の鍛冶から離れ独立した 専門の刀剣師が存在して居たように思われます。 そればかりでなく、甲冑等も存在し、 それには短甲と札甲(さねよろい)の二種があり、 いずれも鍛冶から出来たもので、 これは当時に於いて最も誇るべきものです。 馬具も大いに発達し、 これも彼らの手になったのです。 甲胃はすでに専門の鎧師があったのです。
2021年01月25日
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農業とともに 鉄器の使用は最も注意すべきもので、 鉄の使用は当時の日本をして どれだけ文化を助成促進させたか知れません。 当時の鉄は専ら砂鉄(しゃてつ)であり、 これを鍛冶屋(かぬち)が鍛冶して 色々の器具を作ったのです。 鍛冶は簡単なもので、 鞴(ふいご)で火力を出し鉄を熟し、 金槌(あるいは石槌)で打ち鍛(きた)えたのです。 この方法は頗る簡易なやり方でしたが、 なかなか巧妙で、 工業上誇るべきもの物を製作しました。 鉄器は農具から始まり、 刀、剣、矛、鏃、刀子、甲冑等が主であり、 容器は主として土器や木器等であり、 飲食を煮る甑(こしき)その他は土器であり、 また酒、水等を入れる器も土器でした。 土器は当時に於いて多く用いられたものです。 鍛冶屋は主として 農具、日用器、武器等を製作したのです。 鉄器の製作は鋳物(いもの)は行われず、 専ら鍛冶でした。 支那は古くから青銅で製作をしましたが、 これは容器から利器に至るまで鋳物が主でした。 然るに日本の方は鍛冶で、 すなわち打物(うちもの)でした。
2021年01月22日
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私たちの祖先は人類学、考古学の上からいうと、 有史以前(Prehistoric)の石器時代から 日本島裡に住んで居たのです。 その当時はすでに古くから先着して住んで居た 先住民(Urbewhoner)としての アイヌのような民族が居ました。 私たちの祖先は彼らを征服し、 あるいは同化してここの主人公となりました。 有史以前の私たちの先駆者は、 各所に孤立的生活を形成し、 いわゆる環境に応じて 個々別々に此処彼処に 親族的な集落を形成して居たのです。 それが互いに交通往来を始め、 遂に大きな村落=部落を形成し、 後に来る国家を組織なすように進んで来ました。 有史以前から原史時代になると、 民衆の生活と文化は大いに変化進歩して 前の時代と大いに相違して来ました。 これまで狩猟と漁業とのみの 自然的生活をして居たのが、 ここに植物を人為で栽培する農業が起こって来たのです。 もっとも農業が行われて来たといっても、 まだ鹿や猪などの狩猟も盛んに行われたので、 いわば農と狩りと両方やって居たのです。 狩りは後の歴史時代(Historic)に於ける 遊戯的なものではありません。 更に海岸地方ではなお漁業も行われて居ました。 海岸地方の漁人は、生活様式が 陸上や山上のそれと大いに相違して居たので、 自然に一種のグループが出来、 ついに海部(あまべ)のような集団 ――氏族組織が起こって来ました。 これを海住(わだずみ)といいました。 これに対して陸上や山上のものは その対称として山住(やまずみ)の名も起こったのです。
2021年01月21日
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文明の発達そのものの中に、 野蛮さや暴力性があります。 それが世界の四大文明を形づくる 基本にもあります。 そうした野蛮性、暴力性を伴う 文化によって発達した 数々の文明を考えると、 文明が自然を破壊するという側面、 自然との折り合いがついていない ということに目を向けるべきです。 それというのも、 現代では、自然環境の保全や、 エコロジーが重要視されているからです。 自然と調和して暮らすということが 理想的な人間のあり方であるという 人間回帰が志向される時代ですから、 私たちはもっと自然という要素を 重視していくべきでしょう。 世界史の舞台に最初に現れた古代文明が、 メソポタミア文明のように自然を開発することで、 自然と対立するものであったり、 インダス文明のように、 樹木を乱伐したことによって 衰退してしまうものであったりすることに、 文明の否定的な側面が現れているのです。 それらと比べると、日本の縄文文明が、 もつとも自然を生かした文明であるといえるのです。
2021年01月20日
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著者はわかっておらず、 加筆修正を経て次第に現在に伝わる形に 完成したとされています。 研究によると前漢の張蒼や耿寿昌も加筆したようです。 263年に三国時代の魏の劉徽が 本書の註釈本を制作したことなどから、 制作年代は紀元前1世紀から 紀元後2世紀と考えられています。 『算数書』に続いて、古い数学書です。 九章に分かれ、延べ246個の問題を収めた、 問題集形式の数学書で、 『九章算術』の書名は九章からなる構成に由来します。 方田章は 主に田畑の面積の計算(年貢のため)、 分数の計算です。 長方形、三角形、台形、円の面積を求める方法が 書かれています。 粟米章は交換比率が異なる商品を 物々交換するための計算、比例算です。 粟や米に関する比例や比率について書かれています。 衰分章は商品とお金との分配、 比例按分、利息の計算です。 財産や金銭に関する分配の問題が中心で、 等比級数や等差級数になっている場合もあります。 少広章は面積・体積から辺の長さを求めるもので、 平方根・立方根。土地の測量についての 問題が書かれています。 商功章は土石の量などを求める土木の計算です。 城、家屋、運河などの建設に関係のある 問題が書かれています。 均輸章は租税の計算で、 複雑な比例の問題が書かれています。 盈不足章は鶴亀算、復仮定法の計算です。 原語の盈不足は、 多すぎることや足りなすぎることを意味します。 方程章はガウスの消去法による連立一次方程式の解法、 そのための負の数とその演算規則の導入が 書かれています。 二個ないし三個の未知数の連立方程式を扱うものです。 句股章はピタゴラスの定理に関する問題、 測量などが書かれています。
2021年01月19日
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支那の春秋戦国時代に現れた学者・学派の総称。 「諸子」は孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子 などの人物を指します。 「百家」は儒家、道家、墨家、名家、法家 などの学派を指します。 前漢初期の司馬談は、 諸子百家を六家(六学派)に分類しました。 陰陽家、儒家、墨家、法家、名家、道家です。 班固は『漢書』芸文志で、 諸子百家を六家に三家を加えて 九流に分類しました。 縦横家、雑家、農家です。 さらに、 これに小説家を加えたものを十家としていました。 そして、 この十家に兵家を加えたものを 諸子百家という場合が一般的です。
2021年01月18日
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支那数学や和算で用いられた計算用具です。 支那では紀元前から算木が使われていました。 老子には 「善く数える者は籌策(ちゅうさく)を用いず」 とあります。 算木を用いた計算法を籌算といい、 算木は籌策ともいいました。 算木は長さ 3〜14cm の 木製または竹製の細長い直方体で、 縦または横に並べて数を表し、 配列を動かすことで 四則演算、開平、開立などの計算をしました。 13世紀にそろばんが使われるようになるまで、 算木で計算を行ったのです。
2021年01月15日
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魔方陣の歴史は古く、 支那では紀元前190年前には存在していました。 魔法や神話的な意味を獲得し、 芸術作品の象徴として様々な場所で用いられました。 魔方陣(まほうじん、英:Magic square)とは、 n×n 個の正方形の方陣に数字を配置し、 縦・横・対角線のいずれの列についても、 その列の数字の合計が同じになるもののことです。 易の八卦のうち周易の先天図、 帰蔵易(歸藏易:殷王朝の易)の帰蔵図、 連山易(夏の易)の連山図の三図は魔方陣的な図で、 卦に河図洛書と関わる数字を当てた場合、 帰蔵図は魔方陣となります。 なお連山図は風水の羅盤に記載され使用されます。
2021年01月14日
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これは大変革命的な出来事で、 支那も青銅器は知っていたものの、 オリエントにおけるより貴重なものだったため、 専ら神器・食器・楽器・武器等に使用されるのみで 農具に使用されることはほとんどありませんでした。 つまり、支那は農業においては、 このころまで「石器時代」だったわけです。 オリエントでは遥か昔 前3000年ごろには終わっていた石器時代が、 支那では前5世紀までつづいていたのですから、 支那がどれほど“中央”から後れを取っていたか がわかります。 いずれにせよ支那は、 石器から青銅器を飛び越して、 いきなり鉄製農具を導入したわけですから、 当然経済に与える影響は甚大で、 それにより社会が変貌し、 政治体制に影響を与えたことで、 石製農具によって支えられていた 春秋時代は終焉を迎え、 鉄製農具によって支えられる 戦闘時代へと移り替わっていき、 次代の「広域統一」の準備を整えていく ことになったのでした。
2021年01月13日
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東周の前半にあたる 春秋時代(前770年~前403年)には、 西周時代の封建制度が崩れて 周王室の勢力が衰え、 実力のある諸侯が互いに争う時代となりました。 春秋時代の「春秋」は、 有名な孔子の書物の名前から来ています。 「春秋」は孔子の生国である魯の国の 前722年から前481年に至る歴史を書いた書物で、 その扱っている時代が ほぼ春秋時代と同じであるところから、 この時代を春秋時代と呼んだのです。 春秋時代の半ば頃までは、 それぞれの邑(村落)が国内に点在し、 その間の土地は 必ずしもその国の領域に入っている訳ではなく、 周(もしくは周の諸侯)に服属しない 異民族が多数存在していました。 しかし時代が下るにつれ、 そうした点と線の支配から 面の支配へと移行して行き、 政治制度においても、 それまでの封建制から 郡県制へと移行する段階にあり、 思想においても 諸子百家と呼ばれる思想家たちが登場し、 様々な新しい思想が形作られたのです。
2021年01月12日
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当初は殷(商)の従属国でしたが、 武王は渭水のほとりで釣りをしていた 太公望呂尚と出会い、 彼を軍師・総司令官として 牧野の戦いに勝ち殷を滅ぼした というのは有名な話で、 釣りの上手な人を太公望というのは ここに由来しています。 前1120年に武王は周王朝を創建し、 在位7年で亡くなり、 その子成王が後を継いだが、 まだ幼少だったので、 武王の弟・叔父の周公旦が成王を補佐し、 当時東方で起きた殷の反乱及びそれと結びついた 東夷(山東省辺りに住む民族)を征討し、 領土を東方から長江流域にまで拡大し、 東方の統治の拠点として洛邑(現在の洛陽)を建設する など周の基礎を確立しました。 また彼は周の封建制度の創始者とされています。 前771年の洛邑遷都までを西周、 遷都から秦に滅ぼされるまでを 東周(春秋戦国時代)と区分されます。
2021年01月08日
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一五〇〇年頃まで、 インドと支那の文明はヨーロッパと同じく 進んだ科学を誇っていました。 インドはヨーロッパに数字と、 数学への愛情をもたらしました。 支那からは紙と火薬、 航海に欠かせない道具の羅針盤が伝わっています。 支那の文字である漢字は、 表意文字といって、 意味を表わす小さな絵でできており、 欧米人のようにアルファベットを使う者にとっては 奇妙に見えます。 しかし、その小さな絵の意味を知っていれば、 古い時代の支那語の文章も読むことができます。 また、西洋人はかつて支那に 好奇と疑いの入り混じった眼を向けていましたが、 文字が格段に書きやすくなったのは 紙を発明した支那のおかげなのです。 現在知られている最も古い紙は、 紀元一五〇年前後のものです。
2021年01月07日
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支那では、 宇宙が「木・火・土・金・水」という 五つの元素〔五行:ごぎよう〕で構成される と信じられ、 これらの元素は、 身近にあるふつうの水や火だけではなく、 天と地を構成するとも考えられていました。 もちろん、 それぞれの元素は異なる性質をもっていますが、 それぞれが連結する力があり、 木は土を圧倒し(木の鋤(すき)は大地を掘ることができる)、 金属は木を彫ることができ、 火は金属を鎔(と)かし、 水は火を消し、 土は水をせき止めます (じゃんけん発祥の地が、 支那だったことはなるはどうなずける)。 五つの元素は陰陽と結びついて、 時間と自然の循環リズムや季節、生と死のサイクル、 太陽や星々の動きを司ると考えられていました。 万物はこうした元素とエネルギーで構成されるため、 ある意味、すべてのものに命が宿っており、 すべてのものがつながって、 森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物を さまざまな観点から陰(いん)と陽(よう)の 二つのカテゴリに分類する思想です。
2021年01月06日
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森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物を さまざまな観点から陰(いん)と陽(よう)の 二つのカテゴリに分類する思想です。 原初は混沌(カオス)の状態で、 この混沌の中から光に満ちた明るい澄んだ気、 すなわち陽の気が上昇して天となり、 重く濁った暗黒の気、 すなわち陰の気が下降して地となったのです。 この二気の働きによって万物の事象を理解し、 また将来までも予測しようというのが陰陽思想です。 支那の哲学によれば、 人間はみな陰と陽をもち、 その組み合わせが人柄や行動に影響を及ぼすのです。 支那の人々は、 一種の有機的な生命体として宇宙をとらえており エネルギーによってすべてがつながっている と考えていました。 基本的なエネルギーは「気」と呼ばれ、 気には「陰」と「陽」の二種類がある。 陰と陽とは互いに対立する属性を持った二つの気であり、 万物の生成消滅と言った変化は この二気によって起こるとされ 「陰」は女性的な性質があり、 闇や暗さ、水とかかわりがあり、 「陽」は男性的な性質があり、 日光や熱、温かさといった概念と関係しています。 ものごとは陰か陽かどちらかだけで成立することはなく、 このふたつのエネルギーが さまざまな割合で組み合わされています。
2021年01月05日
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