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近代に入ってから、西洋に流れる時間は、 「人類」にとって 普遍的だとされるようになった時間です。 「人類」に参加した日本人は、 普遍的な時間を生きることとなり、 西洋に流れる時間をも生きるようになりました。 でも西洋人はといえば、 日本に流れる時間を生きることはありません。 日本に流れる時間は特殊な時間でしかないからです。 実際、近代に入ってから、 世界のすべての教養ある人は 西洋に流れる時間を生きるようになりました。 でも、日本に流れる時間を生きるのは、 日本人だけです。 (例外は旧大日本帝国の植民地の人たちで、 かれらは さらに複雑な時間を生きざるをえませんでした。) 日本人は「人類」の一員となった代償として、 このような非対称的な関係を生きることになったのです。「日本語が亡びるとき」 水村 美苗 筑摩書房
2017年06月30日
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国立理系を受験するには 理数で点数を稼がなくてはならないが、 私立の文系では外国語抜きで 国語と社会だけで受験できるところもあり、 科目の負担が大幅に小さくなる。 国立理系を目指して勉強しても差値が不足するとなれば 私立理系に行くか国立文系に行くのが有利になる。 私立の文系の大学を受験しても、 初めから文系受験で対策を立てている者が多いし、 数学を勉強したメリットが生きてこないから、 理系からの脱落組は数学の試験のある 国立文系を選ぶという戦略を立てる。 大学に入ると、文系と理系では教育の内容が全く違う。 文系では安上がりの講義が中心の教育となり、 外国語以外には学習の効果を客観的に評価できない。 受験勉強が本格化するまでは、 別に能力そのものが 文系と理系とに分かれていたわけではないのに、 大学の四年間で学生の能力は人工的に分化させられる。 その結果「彼は文系出身だからコンピュータは無理だ」 という判断が妥当性を持つようになってしまう。「進歩の思想・成熟の思想」 加藤尚武 PHP
2017年06月29日
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まず真珠湾についてラッセルはこう語り出した―― 「日米戦争は真珠湾で始まったのではなかった。 米海軍の脅迫行為が先だった。 日本をおさえこもうとしていた米国が、 米海軍の砲艦パネ一号を 日本近海に遊弋(ゆうよく)させて脅迫行為に出た。 日本はそれに攻撃をかけた。 それは日本の決意を表明するためだった。 米国は、 艦隊を日本近海から東南アジアにかけて 長期にわたって遊弋させていたが、 それは日本を圧迫して、 中国および東南アジアの利権を独占するためだった。 アメリカは多年の間、 日本に対して不平等関係を強制していた。 ワシントンの海軍軍縮会議も、 公然と日本にたいして 軍事的劣勢をおしつけるためのものだった。 日本が、これ以上アメリカに追従できないと確信し、 決裂するにいたったのはまったく偶然ではなかった。 一九四一年十二月八日の真珠湾の爆撃は、 最後の一撃にすぎなかった」と。「人間バートランド・ラッセル」 日高一輝 講談社
2017年06月28日
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両大戦間期における思想対立の行き詰り状態は、 けっきょくファシズムという思想的未熟児を 産み出してしまうのだが、 第二次大戦は、 一面において対ファシズム連合戦線を結成させた点で、 戦後の欧米諸社会のあり方に一つの方向を与えた。 分裂する思想の収斂をめざす折衷の方向が現れて、 論議の座標軸としての役割を果たすことに成功する。 具体的にいえば、 アメリカでは民主党的「進歩派」、 フランスでは サルトルによる実存主義とマルクス主義の接合、 日本では戦後進歩派知識人による 自由主義とマルクス主義の連合などが、その例である。 (もしもマンハイムが戦後も存命であれば、 おそらく彼も折衷主義の一つの拠点を提供しただろう。) やや狭く視野を限って、 経済政策思想の次元に例をとれば、 福祉国家論によって市場原理と 計画原理とを混合させようとした ヨーロッパの厚生経済学着たち、 革命児ケインズと古典派以来の分析とを 「新古典派的総合」しょぅとした アメリカ・ケインジアンたちも、 このようなシンクレティズムに属する。 これらのシンクレティズムは、 ある種の理念対立図式を念頭においていた。 それは広くいえば保守と進歩の対立図式であり、 あるいはヨーロッパ的ヒューマニズムと マルクス風進歩史観との対立図式であり、 あるいはまた、内省による主観化と 歴史を媒介とする客観化との対立図式でもあった。 そのような対立の図式を念頭におきながら、 しかも 分極化傾向に拮抗して一つの求心力となることを志し、 共通の座標軸を設定することによって 現実的な社会の前進に役立とうとしたところに、 それらシンクレティズムの特徴があった。「文明の多系史観」 村上 泰亮 中公叢書
2017年06月27日
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人生の行為において習慣は主義以上の価値をもっている。 何となれば習慣は生きた主義であり、 肉体となり本能となった主義だからである。 誰のでも主義を改造するのは何でもない事である。 それは書名を変えるほどのことに過ぎぬ。 新しい習慣を学ぶことが万事である。 それは生活の確信に到達する所以である。 生活とは習慣の織物に外ならない。 (アミエルの日記)「先哲講座」 安岡正篤 竹井出版
2017年06月26日
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マルクスの思想における倫理性の不在 ①必然性の神話、 ②否定(止揚)の神話、 ③疎外の神話、 マルクスは科学主義によって、 単に空想社会主義だけではなくて、 モラリズムをも脱却できるという夢を見ていた。 マルクス主義者は、生産関係と上部構造の 機械的な対応で説明がつかない事例に出会うと、 「両者が機械的に対応すると解釈してはならない」 と主張して、 「上部構造の特殊性」というような口実を持ち出す。 ところが論敵が「上部構造の特殊性」を持ち出せば、 「唯物論の原則に違反している」と非難する。 問題が「弁証法」となると、 曖昧さと権力性がさらに強まる。 そこで、登場するのは党による文化支配である。 唯物論の法則と例外を自由に使い分ければ どのような論敵でも葬ることができる。 共産党の内部ではしたがって、 唯物論の原則そのものが権力闘争の武器となった。 もともと、あまり厳密に規定できない 生産関係と文化の相関関係について、 機械的な公式を作った マルクスの根本思想が間違っている。 人間の文化には、経済活動と連動するものもあるが、 連動しないものもある。 真理はこのように非公式的である。「進歩の思想・成熟の思想」 加藤尚武 PHP
2017年06月23日
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米国の挑発で日本が間もなく戦争を仕掛けてくる。 それに備えてテニーの戦車部隊が フィリピンに送られる辺りから物語は始まる。 彼がクラーク空軍基地の隣の陸軍駐屯地に入ったのが 十一月二十日。 真珠湾の二週間前だった。 日本は米国の掌の上にあったことがよく分かる。 そして予定通りに開戦。 ただクラーク基地が初日で全滅してしまったのは 現地指揮官マッカーサーの無能さゆえに尽きる。 彼はただうろたえ、リンガエン湾に日本軍が上陸すると バターン半島への撤退を決める。 テニーの戦車隊も半島を目指すが、 途中、人影があれば撃ち殺し、 村があれば機銃掃射して皆殺しにして行った。 「フィリピン人と日本人の区別がつかなかった」 とテニーは フィリピン人の子供まで皆殺しにしていった理由を 記述している。 米国は四十年前、ここを植民地にしたとき 「二十万人を殺した」と上院公聴会の記録にある。 こういうやり方だったのかと頷ける。 バターンに寵って間もなく糧食が尽きる。 先の戦争で米軍が飢餓に苦しんだのはここだけだ。 そして降伏。 テニーは軍保有のドル札の処分を命ぜられ、 木の洞(うろ)に隠す。 ジャップに使われるのは業腹だからと トラックはみなぶっ壊した。 壊さなかった部隊は死の行進を歩むことなく それで収容所まで行っている。 著作はこの辺までは真実の迫力があるが、 そこから先が荒唐無稽になる。 死の行進は全長百二十キロで、 その半分は鉄道で運ばれ、残りを三日で歩いた。 一日平均二十キロの行進がその正体だ。 どこが「死」か分からないから 「馬上の将校が刀を抜いて 行進する捕虜の首を刻ねてまわった」と。 そんな話は聞いたこともない。 収容所ものんびり風でこれでは困るから 拷問されたことにする。 まず 「足の方を高くした板に縛りつけられ 塩水を飲まされた」。 米軍が得意とする魔女狩り審問の水責めだが、 日本人はそんな拷問法もやり方も知らない。 次が「竹の紐(ヒモ)で両の親指を縛って ぶら下げられる」。 ゲーリー・クーパーの「海の魂」に ロープで親指を縛って吊るす場面があった。 次も「竹の紐で皐丸を縛る。 天日で縮み死の苦しみだ」と。 それも昔観た西部劇に 「天日で縮む生皮で縛る」拷問というのがあった。 次も竹で、指の爪の下に挿し、それに火をつける。 これもクーパーの「ボー・ジユスト」だかにあった。 日本人を残忍に描こうにもその事実がない。 で、ハリウッド映画の拷問シーンを特集してみました みたいな内容だが、 これが出版されると日本嫌いのクリントンが絶賛し、 テニーに直筆の手紙を認(したた)めてもいる。「サンデルよ「正義」を教えよう」 高山正之 新潮社
2017年06月22日
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人を用うるは其の短を棄て長を用るべし。 人に癖無き者は稀なり。 大本の所だに違なくば少しの癖は癖にならず。 或(あるい)は一事仕損じたりとて 遽(にわか)に其の人を捨つべからず。 大本の所が慥(たしか)なる人ならば 過を許して任用すべし。 然らざれば人材を尽すこと能わず。「先哲講座」 安岡正篤 竹井出版
2017年06月21日
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学校は「一定期間内に習得しておく」 という必要から生まれた。 知識や情報が、 学校以外の所からほとんど得られない 「夜明け前」の世界では、 役人になる前に法律を、 技師になる前に科学を学ぶ必要があった。 「学校でよく学んでおかなかった」 という後悔は社会的な責任の放棄につながる。 それは現実への船出の準備だった。 しかし今は、現実の側に豊かな情報がある。 世界という書物がたくさんの情報を運んでくる。 だから世界に船出する準備は、 情報を処理する方法の取得であるのに、 学校は相変わらず、 旅立つ前に情報を積み込んでしまいなさい と命令している。 歴史的に学校の時代は終わっている。 学校が文化の推進者であったのは、 あらゆる新しい真理が 学校という血管を伝わって流れる時代に限られる。 学校の時代は終わって、研究所の時代になっている。「進歩の思想・成熟の思想」 加藤尚武 PHP
2017年06月20日
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足るを知れば、 家は貧しといえども、心は福者なり。 足ることを知らざれば、 家は冨めりといえども心は貧者なり。 此処(ここ)ををよく弁(わきま)え、 かりにも奢らず、物好みすべからず。 諺に好(す)きが身を亡ぼすといえる心得(う)べし。「先哲講座」 安岡正篤 竹井出版
2017年06月19日
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「最初に東洋人は一人のものが自由でるあること を知っているだけであり、 ギリシャ人とローマ人は少数のものが自由でること を知っていたにすぎなかった。 我々[ゲルマン人]は すべての人間が本来自由であること、 すなわち人間が人間として自由でること を知っている」 東洋では一人の専制君主だけが自由であり ギリシャ・ローマでは 少数の自由民や貴族だけが自由であり、 ヨーロッパ世界すなわち「ゲルマン世界」では すべての国民が自由だという趣旨である。 自由は人間に固有のもので、 家畜・動植物の自由という概念はない。 歴史の発展の結果として 自由な人間の数が増えるけれど、 人間が自由であるということの 自覚が高まるという質的な変化こそが本質的だ。 それが世界史の根本的な意味だ。 確かにヘーゲル『歴史哲学』の序文だけを読むと、 額縁だけが、一人歩きしているという印象を受ける。「進歩の思想・成熟の思想」 加藤尚武 PHP
2017年06月16日
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彼は「ハリケーンに遭ったニューオーリンズで 屋根の修繕屋が五十倍の料金を吹っ掛けた」ケース を紹介し、 これは人の弱みにつけ込んだ悪徳商人か、 需要が大きくなれば高くなる当然の商行為の結果か と問う。 日本人は戸惑う。 日本では例えば中越地震のとき、 道が崩落し救援物資も届かない山村のスーパーが、 とりあえず必要な食品や野菜二千円分 を詰め合わせた袋を四百円で売った。 「こういう時はお互い様ですから」 と店の主は答えていた。 阪神大震災のときは山口組が炊き出しをやった。 「アウトローは略奪するものだろう」 とロサンゼルス・タイムズの サム・ジェムスンが驚いていた。 日本では儲けどきに安く売る。 ヤクザも略奪よりまず人々を助ける。 だから日本人はサンデルの問いが発生すること自体、 理解できない。 彼はまた南北戦争のときの徴兵制を取り上げている。 みんな兵士となって戦場に出るが、 ただカネを出せば身代りが認められた。 後には三百ドル出せば召集は免除された。 法の前の平等を説く米国も この辺は堂々と貧しい者を差別してきた。 サンデルはそれを非難はしない。 米国人に限らず人は生きたいのだからと。「サンデルよ「正義」を教えよう」 高山正之 新潮社
2017年06月15日
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家を治むるは堪忍(かんにん)を第一とす。 奢(しゃ)をこらえ、 欲を抑えて恣(ほしいまま)にせざるも、 皆是れ堪忍なり。 万(よろず)の事、 心に叶わざることありとも、 此の堪忍を用いて、 怒りののしらざれば、 家の内和らぎ親しむべし。「先哲講座」 安岡正篤 竹井出版
2017年06月14日
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伝統的な日本人の価値観である「大人主義」と 若者を中心に新しく台頭しつつある 「自分中心主義」のせめぎ合いの発生が、 基本になる変化。 この個人重視の価値観変化に伴い、 親子関係・夫婦関係も従来のタテ型中心から変化して、 個人の立場を尊重する ヨコ型の関係が増加していく(家族関係のソフト化)。 さらに、従来は社会的弱者として 画一的にとらえられがちであった 高齢者の健康面、居住面、資産面での階層化、 偏差値信仰一辺倒からの脱却をめざす 子育ての多価値化、 生活の豊かさ・心の豊かさの実現に向けて、 時間と人間関係を資産として重視する傾向も強まろう。 消費や余暇の面でも、 過剰機能や過剰サービスへの反省から見直されている あたりまえの生活、 自分らしさを追求するアイデンティティを育てていく 余暇が求められてきている。 就労面では、個人の自己実現志向、 企業の知的資産重視の環境変化で、 管理を職務機能とする「地位」より、 創造的支援としての「知位」が重視される(知位行動)。「未来萌芽」 野村総合研究所
2017年06月13日
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人の言い難きをことを言い、 人の行い難きをも致(いたし)候は英雄と存じ候。 一心自ら定まらば天にも勝ち申候。 まして順を以て動き申候こと出来ぬ事有る間じく存候。「偉大なる対話」 安岡正篤 福村出版
2017年06月12日
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人間の真実の正しさは、 礼節と同様、 小事における行いに表れる。 小事における正しさは 道徳の根底から生ずるのである。 これに反して大袈裟な正義は 単に習慣的であるか、 あるいは巧智に過ぎぬことがあり、 人の性格についていまだ判明を与えぬことがある。「幸福論」 ヒルティ 岩波文庫
2017年06月09日
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NHKが報道機関でないことは先日、 NHKラジオが流したモンテンルパの 日本人戦犯集団処刑の話でも明らかだ。 朝鮮戦争がたけなわのころフィリピンは 日本に八十億ドルの賠償を吹っかけてきた。 日韓交渉ですら五億ドルだから、 いかにべらぼうな額か分かる。 日本がとても払えないと断ると 大統領のキリノは戦犯十四人を一晩で処刑した。 まだ六十余人の死刑囚がいる。 どこまで頑張れるかとキリノ。 これほどあくどい大統領を他に知らないが、 米国も憂慮した。 これで日本が硬化したら 朝鮮戦争の遂行も危うくなる。 ダレスが急ぎ飛んで キリノに恐喝処刑をやめさせた。 これが史実だ。 しかし元NHK職員の中田整一による番組は 大統領の政治処刑には目をつぶり、 キリノの家族は日本軍に惨殺された。 末の娘は放り上げられ銃剣で刺された。 それでも大統領は残る戦犯特赦にサインした、 いい人だとしている。 キリノの家族は米軍の無差別爆撃で死んだ。 それが史実だ。 放り上げて云々はキリノの創り話か中田の創作だ。「サンデルよ「正義」を教えよう」 高山正之 新潮社
2017年06月08日
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〈フローの文明〉では、 物はことごとく短命の消費財であり、 使いいやすさ、便利さが基本的な価値になるから、 〈ストックの文明〉特有の ある種の執念みたいなものは消えることになる。 愛着系から機能系へという物品哲学の変化は、 ハードウエアの意味を基本的に変えてしまうのである。 ただ、あとにも述べるように、 〈フローの文明〉においても、 なお人間に残された知的領域は少なくはない。 とくに設計ないし計画は、 いまなお重要な知的生産の領域なのである。 限られた予算の枠のなかで、 耐用年数を厳密に読みながら、 その限度内で 最高水準の設計なり計画なりを試みる作業は、 現代ならではの知的スポーツである。 多くの限界を甘受しながら、 それでいて万能の幻想にひたるところに、 現代の設計者ないし計画者の 心理的特徴があるといえよう。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢 PHP
2017年06月07日
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一般に、人々は、自分達の支配者に対して、 もっともデリケートな道徳的資質をもち、 公的利益のほうを多く考えて、 自分の利益を考えないようにと主張するが、 自分自身が問題となり、 特に自分が他人を追い越して 最高の地位につこうとしている時には、 今度は自分が、なんの苦痛もなく、 支配者のまちがいない道案内になっている 教えを守るのである。 だから実際問題として、 われわれが支配者に正当に要求できるのは、 せいぜい、支配者たる彼らが、 自ら統治している社会の道徳の 平均水準以下に落ちてほしくないこと、 自分の利害を ある程度まで公的利害と調和させてほしいこと、 そして、あまりにも低劣で、あまりにも安っぽく、 あまりにも反感を買うようなこと ――要するに自分が生活している環境の中で それを行えばその人の地位が失われるようなこと ――は何一つしてほしくないということだけである。『「常識」の非常識』 山本七平 日本経済新聞社
2017年06月06日
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元来世間の人々は、 長編論文なんていうものによって 人生を渡るものではない。 大抵は片言隻句、即ちごく短い、 しかし無限の味わいのある真理・教えによって、 生きる力を得るのであって、 論理的知識を駆使して 長々と書き記された論文・論説などは、 専門家の知識・技術の研究には役に立つけれども、 人生の案内にはならない。 人生の幾山川を渡る力にはならない。「活眼・活学」 安岡正篤 PHP
2017年06月05日
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私のこれまでの生活で、 自分では気がすすまぬながらも、 他からつよく促されて行ったことは、 ほとんどつねによい結果をみたが、 自分の発意で着手し、 自分ではよいと思ったことは、 一向によかったためしがない。「眠られぬ夜のために」 ヒルティ 岩波文庫 第一部
2017年06月02日
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スターリンはジューコフを司令官に、 密かに戦車四百四十台、 航空機千三百機と六万の精強部隊を 送り込んで日本軍に挑ませた。 日本軍は航空戦でソ連機を残らず撃墜し、 地上戦でも戦車の過半を破壊し、 ソ連軍将兵の三割、二万数千人を死傷させた。 司馬遼太郎が口を極めて罵った「ノモンハン惨敗」が 実は日本の勝利だったことは、 九三年にグラスノスチで史料が公開されるまで 日本人は知らなかった。 しかしスターリンとジューコフは敗北を知っていたから、 彼らは以後ひたすら日本軍を恐れ続けた。 でも怨念は晴らしたい。 それで日本が陸海軍のすべてを失い、原爆を落とされ、 もう降伏という終戦一週間前になって 今度こそ勝てるとスターリンは 満洲と千島に百五十万の軍隊を送り込んできた。 スターリンは満洲のすべてを収奪し、 北海道を取ってやっと日露戦争の恨みが晴れると ヤルタで語っていた。 北海道侵攻はカムチャッカから 千島列島沿いに下っていって 網走辺りに上陸する手順だった。 手始めは千島の最北端占守島(シュムシュ)だった。 日本軍はアリューシャン伝いに来るだろう 米軍に備えて二個師団を置いていた。 八月十八日、つまり玉音放送から三日後、 守備隊は降伏を知って砲台から砲を外すなど もう武装解除を始めていた。 そこに突如のソ連軍の攻撃だった。 ロシア人の性悪は知っていた。 彼らが本土を狙っていることも理解できた。 兵士たちは故郷への帰還を諦め、 無法の敵と戦う道を選んだ。 命が大事という鳩山由紀夫みたいな臆病者は 一人もいなかった。 楽勝のつもりのジューコフの軍隊は 僅か数日の戦いで三千人が殺された。 ノモンハン以上の大敗北だった。 スターリンは慌てて日本に降伏を再確認させ、 占守の兵に戦闘中止を命じさせた。 ソ連軍は全滅を免れた。「サンデルよ「正義」を教えよう」 高山正之 新潮社
2017年06月01日
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