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十九世紀は、 自分は国家主義者で帝国主義者であると 心底から信じていた。 すなわちビスマルクとマッキンレーの世紀であった。 そして、 それがどういうものであるかを知らなくはなかった。 しかし、実際には十九世紀は、 国際主義者で自由主義者であった。 西歐の――ヨーロッパの、と云おう――白色人種は、 その指導の下に、 ローマ帝国の統一を想起させる 世界統一の一形式を実現していた。 人はヨーロッパからでるやいなや、 そのままの足で イギリスの保護をうけて機能をはたしている 一種の国際的商業共和国 (このととばは、エサー・アレヴィのものである) のなかにはいるのだった。 その共和国では、あらゆる白色人種は、 どの種族の人間であろうと、 事実上同じ権利の恩恵に浴していた。 勿論、 国家主義と保護貿易主義につきあたりはしたが。 しかし、その効果は限定されたものにとどまり、 つねに制禦され、その雰囲気は、交易的で、 ほとんど自由貿易といってもよいものであった。「民族の心」 アンドレ・シーグフリード ダヴィッド社
2017年09月29日
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アメリカ合衆国にとって安全は、 その責任範囲の縮小というよりも 拡大からもたらされるものであったのである。 大抵の国家は、 大部分の動物がするような方法で安全を追求する。 それは防備の後方に引き下がることであり、 自らを目立たないようにすることであり、 あるいは危険が存在しそうなことは 何であれ回避することである。 対照的にアメリカ人は一般的に、 危険の根源から逃げるよりも、 むしろ攻撃的な姿勢をとり、 より目立つ様にし、立ち向かい、制圧し、 可能ならば危険の根源を圧倒することによって 脅威、とりわけ奇襲に対処してきた。 我々が身につけてきた拡大は、 安全保障への道なのである。「アメリカ外交の大戦略」 ジョン・ルイス・キャディス 慶應義塾大学出版会
2017年09月28日
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このアンチノミーは、 任意に案出された概念などではなくて、 人間理性の本性にもとづいて発生したものであり、 従って人間理性にとっては避けることのできない、 またいつになっても終ることのない矛盾なのである。 かかるアンチノミーは、次に掲げる四個の正命題と、 これに対立するやはり四個の反対命題とを含んでいる。 一 正命題 世界は時間的に始まりをもち また空間的に限界をもつ 反対命題 世界は時間的にも空間的にも無限である 二 正命題 世界におけるいっさいのものは 単純なものから成っている 反対命題 〔世界には〕単純なものは一つも存在しない、 すべてのものは合成されている 三 正命題 世界には自由による原因がある 反対命題 〔世界には〕自由なるものはない、 すべてのものは自然〔必然的〕である 四 正命題 世界原因の系列のなかには なんらかの必然的存在者がある 反対命題 この系列のなかには必然的なものは なにも存在しない、すべては偶然的である「プロレゴメナ」 カント 岩波文庫
2017年09月27日
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まず悲しみと融和することである。 しかし、 避けられない悲しみを そのまま受け入れるということは、 頭では一挙に考えられるにしても、 実際に生きていく上では、 長い精根の尽きるような 道程を踏まなくてはならない。 それは悲しみという感情が 生の基盤そのものに座をもち、 びまん性で根づよく、 執拗に生命力を抑えつけようと するからであろう。 海辺の砂でこしらえた城が、 築いても築いても 押し寄せる波に繰り返し崩されてしまうように、 頭でこしらえた心の構えは 後から押し寄せる悲しみの涙にさらわれて行く。 しかし、中心をほんの少しでも 自分自身から外せることが出来るようになると 悲しみに耐えられる。 つまり自分の悲しみ、 または悲しむ自分に注意を集中している間は、 悲しみから抜け出られないということである。「生きがいについて」 神谷美恵子 みすず書房
2017年09月26日
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当時の日本の人たちは、 日本を欧米諸国と全く対等の国にしなければならない、 と決心しておりました。 それは日本人のために必要であるばかりでなく、 日本人と同様に遅れた歴史を持ってしまった アジアの人々の代表としても、 日本人が西洋人と比べて 少しもひけをとらないことを証明すれば、 中国人も韓国人も当時は欧米の植民地だった 今日の東南アジア諸国の人たちも、 人間として少しも西洋人に劣るところはないという 気概をもつことができる。 日本はいち早く近代化に着手したから、 いわばアジア人の代表選手として そうしなければいけない、 という気持ももちろんあったわけであります。 そういうわけで明治政府は、 条約を改正して対等な国際的地位を実現するために、 営々として努力を重ねてまいりましたが、 ちょうどこの「女学雑誌」が発刊された 明治十年代の終り頃、 すなわち明治十七、八年頃に、 日本をもっと積極的に西洋に近づけようという努力が 一つの頂点に達します。 それを象徴するのが実は「鹿鳴館」という建物なのです。「利と義と」 江藤淳 TBSブリタニカ
2017年09月25日
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デカルトは中世的な迷妄から 啓蒙の近代への橋渡しをしたが故に 「近代哲学の父」とも呼ばれるが、 これは間違っている。 正しくは、この近代に「反・近代」的な狂信をもたらした 「狂信の起源」ともいうべき哲学者である。 なぜならば、デカルトの主著『方法序説』は、 「理性はすべての人間に平等に備わっており、 正しく用いれば人は誰でも 自分の精神を最高の点まで高められる」と断じたために、 これによって「理性主義」という、 人間を狂暴化して社会を野蛮化する暴走に誘う 新しい宗教を創造することになったからである。 ギロチンによる大量殺戟に象徴される フランス革命の十八世紀末の狂態も、 このフランス革命の模倣としての ソヴィエト連邦に代表される全体主義(社会主義)の 悪魔のごとき二十世紀の圧制も、 その思想的根源は直接的にはルソーらの 十八世紀フランス啓蒙哲学にあるが、 それはまたデカルトを始祖とする 「理性主義」という名の新しい宗教を母胎とする。 フランス革命が最高潮に達したときに ロベスピエールが主宰した、 理性を神とする「最高存在の祭典」(一七九四年〉とは、 この「理性主義」信仰の実にグロテスクな 宗教化の儀式であった。 また、ソ連における計画経済体制とは 人間の頭脳が市場の需要.供給メカニズムを より合理的に代替できるとの 宗教的信仰(狂信〉に基づくものであった。 この意味で、ソ連の崩壊は、 「理性主義」がいかに反理性的であるかを 完全に証明した実験であった。「正統の哲学 異端の思想」 中川八洋 徳間書店
2017年09月22日
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パーソナル・コンピュータの分野では マイクロソフトのウィンドウズ、 あるいはアップルのマッキントッシュの 名前は知られているが、 「TRONなど聞いたことがない」 という人もまだ少なくないだろう。 確かにパーソナル・コンピュータにおいて TRONはメジャーではない。 しかし、身近にある製品で 知らず知らずのうちにTRONを使っているはずだ。 まず、携帯電話のほぼ一〇〇パーセントが TRONーOSを採用している。 その他に、トヨタ自動車のエンジン制御にも TRONのOSが使われている。 ソニーのMDディスカムなどのデジタルビデオ機器、 デジタルカメラ等々、 レーザープリンタ、ファックスにも使われている。 数だけでいえば、 世界中で最も多く出ているOSなのである。「情報文明の日本モデル」 坂村健 PHP新書
2017年09月21日
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わたくしは、われわれの祖先が、 遠大(えんだい)な理想(りそう)のもとに、 道義国家(どうぎこつか)の実現をめざして、 日本の国をおはじめになったものと信じます。 そして、わが国民が 忠孝両全(ちゆうこうりようぜん)の道を 完(まつと)うして、 みんなで心を合わせて努力した結果、 今日に至るまで、 見事(みごと)な成果(せいか)をあげてきたことは、 もとより日本のすぐれた国柄(くにがら)の賜物(たまもの) といわねばなりませんが、 教育の根本(こんぽん)もまた、 道義立国(どうぎりつこく)の達成にあると信じます。 国民の皆さん、子供は親に孝養(こうよう)を尽くし、 兄弟.姉妹は互いに肋け合い、 夫婦は仲むつまじく和(やわら)ぎ合い、 友達は胸を開いて信じ合い、 また自分の言動(げんどう)を憤しみ、 すべての人々に愛の手をさしのべ、 学問を怠(おこた)らず、 職業に専念(せんねん)し知識を養(やしな)い、 人格をみがき、 さらに進んで社会公共(しやかいこうきよう)のために 貢献(こうけん)し、 法律や秩序(ちつじよ)を 守ることは勿論(もちろん)のこと、 非常事態(じたい)が発生した場合は、 身命(しんめい)をささげて国の平和と安全のために 奉仕しなければなりません。 これらのことは、善良(ぜんりよう)な国民として 当然のつとめであるばかりでなく、 われわれの祖先が今日まで身をもって示し残された 伝統的(でんとうてき)な美風(びふう)を、 さらにいっそう明らかにすることでもあります。「昭和天皇の学ばれた教育勅語」 所 功 勉誠出版
2017年09月20日
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日本は驕りもなかった。 中国をはじめ ベトナム、ビルマの若者を迎えて教育を与え、 白人国家には人種平等を説いた。 それに対する白人国家の答えが ワシントン軍縮会嵐だった。 あれは軍縮にかこつけて 日本を孤立させるのが狙いだった。 会議で米国は日本の保有艦比率を下げた上で、 日英同盟の破棄を迫った。 日英同盟を維持するなら日3英5に対抗して 米国はその和の8にすると。 幣原喜重郎はこの脅しに屈して日英同盟破棄に同意した。 「白人国家対日本」の構図が出来上がった瞬間だ。 孤立日本の味方になりそうなのが腐った鯛の中国だった。 日中が手をとればまだ白人の倣慢に対抗できる。 日本は蒋介石や黎元洪を教育し 中国にまともな軍隊を作らせようとした。 しかし米国は一枚上だった。 北清事変の賠償金で清華大を建て、 日本に流れる中国人留学生を 顎足(あごあし)つきで米国に向かわせた。 帰国した留学生を使って反日を煽らせ、 ゆくゆくは日中を戦わせる狙いだった。「日本よ、カダフィ大佐に学べ」 高山正之 新潮社
2017年09月19日
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ニュートン力学においては、 時間(秒で表わす)と空間 (ここでは幾何学的ひろがりの意味で センチメーターで表わす)は もっとも基礎的な物理量である。 ニュートンは、 時間とは自然現象にはすこしも影響されずに、 無限の過去から無限の未来へ、 つねに等速度で経過するものである、 と考えた。 また、空間も、同様に、 自然現象とは無関係に定められるものである、 と考えた。 このような時間と空間は、 自然現象を記述するための形式であり、 自然現象は記述される内容である。 そして、 形式と内容は本来無関係であるべきだと考えた。 さらに、ニュートンは、 この時聞と空間の形式は、 思考的発明品とか仮定ではなく、 公理のごときものであるといった。 また、カント哲学は、 ニュートンの思想を支持して、 時間と空間は先験的なものである、 といった。「現代思想事典」 講談社現代新書 清水幾太郎編
2017年09月15日
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ダーウィンの「種の起源」の理論の話をしたついでに、 二千五百年前に中国の哲学者が、 同じ主題について書いたことを知るのも 興味ふかいこととおもう。 かれの名はツォン・ズ(Tson tse)といったが、 かれは紀元前六世紀の、おおよそ仏陀の時代に、 次ぎのように書いている。 「一切の有機体は、単一の種に起源を発する。 この単一の種が、 多種多様の、持続的な変化をうけて、 種々の形態をもつ、すべての有機物を発生せしめた。 このような諸有機物は、 突然に変異をとげたものではなく、 時代から時代へと、漸次的な変遷を経て、 変化をこうむったのである。」 これは、ダーウィンの理論にきわめて近似したものだ。 古代中国の生物学者が、世界がそれを再発見するのに、 二十五世紀もかかった結論にすでに到達していたことは、 おどろくべきことだ。「父が子に語る世界歴史」4 ネルー みすず書房
2017年09月14日
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国家の歴史と伝統と慣習とが大切に共有され、 これに発する権威が敬されているとき、 政治社会は全体主義に堕するのを防がれるが故に、 伝統や慣習こそは 自由を育み国民の自由を守る砦なのである。 過去の祖先が築きあげた伝統と慣習とを相続し守成し、 「平等」と「変革」のデモクラシーに抗する その叡智における「保守する精神」が、 美と崇高な倫理に裏付けられた自由の原理の淵源である。 フランス革命の勃発をもって直ちに このように観相したバークを祖として、 トックヴィル、ブルクハルト、アクトン、 そしてハイエクへと二百年にわたる系譜に立つ 数十名の賢者が継承する「正統の哲学」、 それが、自由な政治社会の光輝ある永遠と 高貴ある徳性とを約束する真正の生命源たりうる、 ということへの覚醒が 急がれているように思えてならない。「正統の哲学 異端の思想」 中川八洋 徳間書店
2017年09月13日
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川中島合戦を対象にしてみると、 一般的には経済的バックも地の利も、 交通の便等も、川中島への近距離の上杉謙信の方が、 竹田信玄に較べてはるかに分がよかったことは 誰が見ても明らかである。 逆説めくが、 もし仮に信玄が春日山城主であったなら、 それこそ数年にして上洛を遂げることは たやすかったのではないかと思えるほどである。 いずれにしても武田信玄が 色々な不利な条件を克服して、 常に対等に戦えたのは兵法者呉子のいう、 「軍(ぐん)に和せざれば、 以(もっ)て出(い)でて陣(じん)す可(べ)からず、 陣(じん)に和(わ)せざれば、 以(もっ)て進(すす)みて戦(たたか)う可(べ)からず」 の原則に、満々たる自信があったからであろう。 つまり君臣上下が相和して協同し、 心を一つにして戦えば、不利を克服して、 かえって「衆心を城となす」ことができるという 思想哲学、行動原理が、信玄の心の中に 常に湧いていたからである。「風林火山の帝王学」 上野晴朗 プレジデント社
2017年09月12日
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直接の発端は、一九八一年十二月に 日本のコンパチブルコンピュータに対抗する新型機を IBMが発表したことである。 これはOSの一部をファームウェアに入れたものだつた。 ファームウエアとは、 コンピュータに基本動作をさせるために コンピュータ本体に組み込まれたソフトウエアのことで、 ハードウエアと密着しておりマイクロコードともいう。 そのため新型機では従来のものと比べて OSの解析に時間がかかるようになつていた。 この措置に対して、 コンパチブルコンピュータをつくる日本企業が、 OSのソースリストなどの技術情報を手に入れようと動き、 一九八二年六月、FBIのおとり捜査にひつかかって、 社員が逮捕された。 この事件では多額の賠償金を支払い、 IBMの著作権を認めさせられた 企業化ベルの痛手も大きかったが、 研究者や技術者に与えた 心理的影響も大きかったと私は思う。 当時、新聞の一面に、後ろ手に手錠をかけられた 日立製作所と三菱電機の社員の写真が載った。 私はすでにコンピュータの業界に足を突っ込んでいたが、 それを見てものすごいショックを受けた。 おそらく、あのときに 電子工学やコンピュータをやっていた人たちにとっては 二十数年たった今でも、触れたくないというぐらいの ショックだったのではないか。 ある意味では、 第二次世界大戦の敗戦以上に大きかったとさえ思うし、 それは確実に日本のコンピュータ関係者の トラウマになっていると思う。 何がそれほどショックだったかというと、 手錠をかけられたサラリーマンを見たときに、 多くの人は「組織のためにやったことであっても、 個人としての責任を免れない」ということを 意識させられたはずである。 これは団体では強くても、 個人の不安にはもろい日本人にとっては、 最高の見せしめとなった。 スパイ容疑で逮捕されるのは会社ではなく、 社員の一人一人であり、 「会社から切り離されたら、 自分は一人では戦えない」と思ったにちがいない。 アメリカ人なら違う。 一人でも国家と戦うだろう。 しかし、セロトニン受容体が少ない 多くの日本人は一人では戦えないのだ。「情報文明の日本モデル」 坂村健 PHP新書
2017年09月11日
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心理学者ローゼンソールの有名な実験に 次のようなものがある。 教師が五人に一人の割合で任意に生徒を選び、 彼らの成績が向上すると宣言して、 教師自身もそれを一生懸命に信じ込むようにする。 すると、しばらくして、 その生徒たちの学力が本当に上がってきた。 ローゼンソールは、 この現象を「ピグマリオン効果」と命名した。 この命名の由来はギリシャ神話である。 ギリシャ神話に出てくるキプロスの王ピグマリオンは、 彫刻の女神を生きていると信じ込んでしまった。 これを見た神がピグマリオンを哀れみ、 彫刻に生命を与え、人間にしてくれた。 心から信じてそのように振る舞うと、 実際にその通りになってしまうのである。 そのような作用が人間の心にはある。「能力が目覚める瞬間」 中島孝志 ダイアモンド社
2017年09月09日
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〈国語〉の成立にかんしての、 アンダーソンの歴史的な分析が画期的なのは、 資本主義の発達という、 下部構造のヴェクトルを入れたことにある。 ご存じのように、十五世紀半ば、ヨーロッパで、 グーテンベルク印刷機が発明され、 今まで手で写していた書物が 機械で印刷できるようになった。 グーテンベルク印刷機の発明が 人類の〈書き言葉〉の歴史のなかで いかに大きな意味をもつに至ったかは周知の事実である。 だが、アンダーソンいわく、 たとえ、グーテンベルク印刷機が発明され、 書物が模械で印刷できるようになっても、 その印刷された書物が商品となって流通しなくては、 印刷機の発明が社会を大きく変えることはない。 (実際、活版印刷機そのものは、 グーテンベルク印刷機よりもまえに 中国や朝鮮で発明されている。) アンダーソンによれば、 グーテンベルク印刷機の発明が のちの〈国語〉の成立に意味をもったのは、 そのときヨーロッパでは 資本主義がすでに十分に発達しており、 書物が商品として市場で流通する 下地ができていたからだという。 書物が商品として市場で流通することによって、 市場原理が働き、 それが最終的には 〈国語〉の成立を可能にしていったのである。「日本語が亡びるとき」 水村 美苗 筑摩書房
2017年09月08日
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「スーパー・ファシズム」ともいうべき マルクス・レーニン主義に代表される左翼全体主義の 脅威から一九九一年ようやく脱出できたものの、 その期間が一九一七年のロシア革命から約四分の三世紀 という長期にわたったために、 自由社会が、全体主義の宗教的ドグマから受けた 思想的汚染は著しく、 われわれはこの汚染源を摘出して除染する作業という 難題に直面しているはずである。 にもかかわらず、 自由社会はこの除染作業に一切の関心もなければ、 その必要性の意識すら欠いている。 冷戦における西側の闘いは、 戦後四十六年もの長きにわたり、 それが自由社会に 「永い平和(long peace)」をもたらしたように、 あくまでも目に見えるソ連の軍事的侵略・領土拡大 を阻止することであった。 日に見えないマルクス主義という「悪の思想ウイルス」を その国境(水際)で防疫することについては、 米国の一九五〇年代のマッカーシズムを例外として、 ほとんど放置されてきた。 かくして自由社会の各国内のマスメディアと教育界に 巣喰い増殖してきた「悪の思想ウイルス」は、 ポスト冷戦の現在も除毒されずに、 今後も幾世代にわたって伝染しうる力を 温存したままになっている。 このことは、この日本に関して言えば、 大学に蟠踞してここに巣喰う マルクス経済学者とマルクス政治学者の群れから 一人として転向者はでていない事実で明らかだろう。 表現スタイルを変更しつつ、 平然とかつ白昼公然と従来どおりのマルクス主義に基づく 「反日」イデオロギーを堅持しての教育をし続け、 マルクス主義に基づく著作を大量に出版して、 その煽動宣伝の手をわずかも緩めてはいない。 新聞.TVのマスメディアにおいても同様である。 共産主義・全体主義思想の退潮が仮にあったとしても、 あくまでも退潮であって、終焉でもないし消滅でもない。「正統の哲学 異端の思想」 中川八洋 徳間書店
2017年09月07日
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大国盛表論は、一つの国の力が絶頂に達して、 その衰退が囁かれる頃によく出てくるものである。 最近、日本で評判になった ポール・ケネディの『大国の興亡』も、 まさにそうである。 ただ、ケネディの本の場合はそもそもの論旨が、 大帝国を維持するために 経済力を超えた軍事力を保持し続けることが、 帝国の衰退の大きな原因となるということである。 したがって、 オランダの抵抗を軍事力で抑えようとして果せなかった、 スペイン・ハプスブルク帝国の没落の記述には詳しい。 しかし、そのあと経済、通商の大国となったオランダが、 その豊かな経済力にもかかわらず ――むしろその富の故に―――― 没落する過程に触れるところ少ない。 第一次英蘭戦争の場合などは、 オランダがそのありあまる富を 軍事力に使わなかった油断を英国につかれ、 それが戦争の誘因ともなり、 敗戦と没落の原因ともなったという、 ケネディの理論とはまさに逆のケースであるのだから、 ポール・ケネディの本の中では とり上げようもなかったのであろう。「繁栄と衰退と」 岡崎久彦 文藝春秋
2017年09月06日
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明治維新で日本が近代国家として生れ変ったとき、 国際関係の上で日本の遅れが どんな形で刻みつけられていたか、 と申しますと、 日本がいわゆる先進諸外国と結んだ条約―― 日米修好通商条約は一八六〇年から発効しました―― には、 日本人にとって大変くやしい二つのことが はっきりと書き込まれていました。 言うまでもなく、 一つは治外法権を外国に奪われたこと、 二つは関税自主権が認められなかったことであります。 この二つの点で、 日本は法律的に外国と平等でない立場で国を開き、 近代化の道を進まなければならなかった。 これはなんといってもくやしいことであります。 明治の人々、政府の役人、政治家は言うに及ばず、 学生たちも、少しでもものを考える人は、 なんとかして日本の国が 世界のどこの国にも劣らない国になってもらいたい という気持をもっておりました。 そしてまず明治四年(一八七一)には、 その日的のために 外国の事情をよく見てこようというので、 実に政府の閣僚の半ば近くをあげて 欧米諸国の見学に出かけたのです。 岩倉具視を特命全権大使とする いわゆる道外使節団がこれであります。 大久保利通、木戸孝充、伊藤博文、山口直芳 の四人を副使とし、 アメリカをふり出しにヨーロッパ諸国を 隈なく視察して歩きました。 その結果わかったことは、 日本が国際的な原則でいろいろなことを 欧米なみにやっている、 ということがわかってもらえないかぎり、 なかなか条約の改正ということは実現できない、 ということでした。「利と義と」 江藤淳 TBSブリタニカ
2017年09月05日
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日本は、最初は真似でも、改善の積み重ねで 本家を凌駕するぐらいの力がある。 これは自動車やVTRでも証明済みのことだが、 コンピュータでもいかんなくその能力を発揮した。 そのときには、すでに述べたように、 日本人はセロトニン受容体の関係で 一人で行動するより集団行動に向いている人が多いので、 一人の人間がやるのではなく、チームワークでつくった。 その結果、七〇年代後半から八〇年代にかけて、 本家のIBMを上回るようなコンビユータの開発に、 日本企業は成功する。 これに対して、アメリカが 危機感を抱いたことは想像に難くない。 日本に対処するにはどうすればいいか。 真似から始めて改善を積み重ね、 本家を凌駕するのが日本のいつものやり方だ。 とすればそれをさせないためには 最初の段階でブラックボックスを押しつけ、 改善する余地を与えなければいい。 これは私の推察だが、 アメリカはそういう長期戦略をたて、 見事に遂行してきたと思う。「情報文明の日本モデル」 坂村健 PHP新書
2017年09月04日
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(国語)は自然なものではない。 今、人類の多くは、自分たちの(国語)を、 おのが民族が、太古の昔から使ってきた言葉だ と思いこむにいたっている。 ところが、『想像の共同体』によれば、 (国語)とは、いくつかの歴史的条件が重なって 生まれたものでしかない。 それでいて、いったん(国語)が生まれると、 その歴史的な成立過程は忘れ去られ、 忘れられるうちに、人々にとって、 あたかもそれがもっとも深い 自分たちの国民性=民族性の表れだ と信じこまれるようになる。 (国語)はナショナリズムの母体となり (国民文学)を創り、 今度はその(国民文学)が母体となり (国民国家)を創っていく。 物理的に存在するわけでもないのに、 人がそのためになら命を投げ打っていいとまで思う、 アンダーソンいわくの、 「想像の共同体」を創っていくのである。「日本語が亡びるとき」 水村 美苗 筑摩書房
2017年09月01日
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